テヘランのイマム・ホメイニ空港を飛び立ったウクライナ国際航空の752便を1月8日朝、誤って撃ち落としたとイラン革命防衛隊は11日に認めた 。撃墜の責任者が隠したのかもしれないが、イラン側の対応は良くなかったと言えるだろう。エンジンで火災が発生して空港へ引き返す途中だったとするイラン側の説明が事実なら、それで攻撃機と誤認したのかもしれない。
この撃墜をアメリカ側は目一杯利用しているが、中東を巡る情勢がこの出来事で大きく変わる可能性は小さいだろう。アメリカは1月3日に革命防衛隊のカリスマ的な軍人ガーセム・ソレイマーニーを暗殺したが、そのソレイマーニーはイランとサウジアラビアとの間で進められていた関係修復交渉のメッセンジャー役を果たしていた。
ソレイマーニーが暗殺された際、イラクの武装組織PMU(人民動員軍)のアブ・マフディ・ムハンディ副司令官も殺されているが、ロイターがアメリカ政府高官の話しとして、 アメリカは同じ日にイエメンを訪問中のイラン軍幹部を暗殺しようとして失敗した と伝えている。
そのイエメンではアリ・アブドゥラ・サレーハ政権とフーシ派の戦争が2004年から続いている。2003年にアメリカ主導軍がイラクを先制攻撃、それに抗議するためにフーシ派がモスクで反アメリカ、反イスラエルを唱和するんだが、イエメン政府はそうした行為を弾圧、首都のサヌアで800名程度を逮捕している。この弾圧が切っ掛けで戦闘が始まった。
2009年には「アラビア半島のアル・カイダ(AQAP)」が創設され、その年にサウジアラビアはイエメンに空軍と特殊部隊を派遣したと伝えられている。
2011年にサレーハ大統領は辞任、副大統領だったアブド・ラッボ・マンスール・アル・ハディが翌年2月から新大統領を務めることになる。任期は2年なので2104年2月までだが、ハディはイエメンに権力の基盤がなく、さっさとサウジアラビアへ逃走した。
サウジアラビアの国防大臣にモハマド・ビン・サルマンが就任した2015年、同国は100機におよぶ戦闘機、15万名の兵士、さらに海軍の部隊を派遣(国境を越えているかどうか不明)した。 攻撃にはアラブ首長国連邦、バーレーン、カタール、クウェートなどの国も参加 したとされている。イエメン攻撃を始めたビン・サルマンは2017年から皇太子に就任した。
その後、イエメン情勢はサウジアラビアにとって好ましくない方向へ進み、昨年9月14日にフーシ派は18機のUAV(無人機。ドローンとも呼ばれる)と7機の巡航ミサイルでサウジアラビアのアブカイクとハリスにあるアラムコの石油処理施設した。深刻な事態である。
そして9月28日、サルマン・ビン・アブドラジズ・アル・サウド国王から最も信頼していた警護責任者のアブドル・アジズ・アル・ファガム少将が射殺され、その翌日にはイエメンのフーシ派軍がサウジアラビアの3旅団を壊滅させたと発表している。
国王へ皇太子の行状を報告していたというアル・ファガム少将はジェッダにある友人の家で個人的な諍いから殺されたとされているが、実際は宮殿で殺されたとする情報がある。皇太子が何らかの形で殺害に関与していた疑いがあるのだ。
国王の信頼を失った皇太子はイスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相やアメリカの傭兵会社に頼らざるをえないと言う人もいるが、ネタニヤフの立場は揺らぎ、イランに対する核攻撃の準備をしているという噂もある。そうした中、皇太子の弟であるハリド・ビン・サルマンが注目されている。
サウジアラビアは戦争どころの状態ではなく、イランとの和平交渉は続ける必要がある。