日本でもCOVID-19(新型コロナウイルス)の感染拡大を理由にして経済活動にブレーキがかけられ、恐慌に突入すると懸念する人も少なくない。巨大企業は例によって手厚く救済され、比較的小さい企業や庶民がその尻拭いをさせられることになるのだろう。
2008年9月にアメリカの大手投資会社リーマン・ブラザーズ・ホールディングズが連邦倒産法の適用を申請したときと基本的には同じだろうが、今回の規模は1929年並みに大きくなるとも言われている。
闇金を始め、他人の資産を掠め取ることを生業にしている人たちがいる。そうした人びとの典型的な手口は、まずターゲットを借金漬けにすることだ。他人の借金を背負わせたり、仕事を失敗させたりする。そうした略奪を世界規模で行っているのが欧米の金融システムで、いわゆる発展途上国は食い物にされてきた。
日本の場合、1923年の関東大震災がウォール街に支配されるひとつの切っ掛けになった。この災害で関東周辺は大きな打撃を受け、復興のための資金を日本政府は外債の発行で調達することにする。その責任者が森賢吾財務官だが、当時、最もJPモルガンと親しかった日本人は井上準之助だと言われている。
外債発行の交渉相手はアメリカのJPモルガン。この金融機関を創設したのはジョン・ピアポント・モルガンだが、その背後にはロスチャイルド家が存在していた。
ジョン・ピアポント・モルガンの父親、ジュニアス・モルガンはロンドンでジョージー・ピーボディーなる人物と銀行を経営していたが、業績が1857年に悪化、倒産寸前になる。その銀行を救済したのがピーボディと親しかったロスチャイルド家。そのロスチャイルド家に目をかけられたのがジュニアスの息子である。
1923年当時、JPモルガンはジョン・ピアポント・モルガンの息子であるジョン・ピアポント・モルガン・ジュニアの時代になっていた。その結婚相手のいとこが1932年から駐日大使を務めたジェセフ・グルーだということは本ブログで何度か指摘してきた。ダグラス・マッカーサーもその人脈に属す。
その1932年にアメリカでは大統領選挙があり、ウォール街と対立していたニューディール派を率いるフランクリン・ルーズベルトが当選、1933年から34年にかけてウォール街の大物たちはニューディール派を排除してファシズム体制を樹立するためにクーデターを計画した。それを阻止したのがスメドリー・バトラー退役少将だということも本ブログで書いてきた通り。
ファシズムを「是」とするウォール街が日本の政治経済に大きな影響力を及ぼしてきた。時期によって程度の差はあるだろうが、1923年から現在に至るまで、その基本構造に変化はない。戦後日本の民主主義とはその上に築かれたのだ。
現在、日本は多額の国債を発行しているが、その発行額が急増しはじめたのは1970年代の後半である。1979年に出された「住銀調査レポート」によると、日本では多額の借金をする一方、「資金運用部には余裕資金残高が激増」している。
つまり、1977年度の国庫対民間収支は2兆4430億円の受超で、78年度は実質的に2兆円を上回る受超だと推測、資金運用部の余資残高を推計するとその規模は1978年度末で約7兆円に達するものと見込まれると指摘していた。「資金の効率的運用という観点から極めて不合理な事態といわざるをえない」というのだ。この時から日本では意図的に借金が膨らまされてきたのではないか?
欧米の金融機関が作り出した略奪システムに日本を取り込むためには日本人ではなく彼らが債権者になる必要がある。COVID-19が「新たな関東大震災」として使われる可能性があるだろう。