ジョー・バイデン米大統領はサウジアラビアへの武器売却を一時停止すると伝えられている。サウジアラビアの皇太子は2017年6月にホハメド・ビン・ナイェフからモハメド・ビン・サルマンへ交代したが、これは2016年のアメリカ大統領選挙でドナルド・トランプが勝利した影響だと言われている。
ビン・ナイェフの皇太子就任はヒラリー・クリントンの大統領就任を前提にしてのことだったが、その前提が崩れて皇太子の座から陥落したわけだ。そして今、ビン・サルマンの立場が微妙になっている。昨年のアメリカ大統領選挙でトランプが敗北し、ヒラリーの後継者とも言うべきバイデンが勝利したからである。
ビン・ナイェフが皇太子になったのは2015年4月だが、この当時、バラク・オバマ政権は戦争の準備を始めていたように見える。2月に国防長官がチャック・ヘイゲルからアシュトン・カーターへ、9月には統合参謀本部議長がマーティン・デンプシーからジョセフ・ダンフォードへ交代しているのだ。
ヘイゲルは戦争に慎重でデンプシーはサラフィ主義者やムスリム同胞団を危険だと考えていたのに対し、カーターは2006年にハーバード大学で朝鮮空爆を主張、ダンフォードはロシアをアメリカにとって最大の脅威だと発言していた。
ジョージ・W・ブッシュ政権は2003年3月にイラクを軍事侵略したものの、思惑通りには進まない。親イスラエル体制を樹立することに失敗し、イランと友好的な政権を作り出してしまった。
ジャーナリストのシーモア・ハーシュは2007年付けニューヨーカー誌に書いた記事の中で、 アメリカ、サウジアラビア、そしてイスラエルがシリア、イラン、そしてレバノンのヒズボラに対する秘密工作を始めた としている。
その記事の中で引用されたジョンズホプキンス大学高等国際関係大学院のバリ・ナスルの説明によると、資金力のあるサウジアラビアは「ムスリム同胞団やサラフィ主義者と深い関係」があり、そうしたイスラム過激派を動員することができるとしている。
2009年1月に大統領はバラク・オバマに交代、2010年8月にはムスリム同胞団を使った体制転覆プラン、PSD-11を承認している。中東から北アフリカにかけての地域からアメリカ支配層にとって目障りな政権、体制を排除しようということだ。そして「アラブの春」が始まり、リビアやシリアでは2011年春から戦争になる。これを西側では「内戦」と表現しているが、侵略戦争以外の何ものでもない。
リビアでは2011年10月にムアンマル・アル・カダフィ体制が倒され、カダフィ自身は惨殺され、それを聞いてはしゃぐヒラリー・クリントンの様子が映像に残っている。その際、地上のアル・カイダ系武装勢力と上空のNATO軍が連携していることが明白になった。「アル・カイダ」の象徴だったオサマ・ビン・ラディンは2011年5月に殺されたことになっている。
カダフィ体制が倒された後、戦闘員や兵器/武器はリビアからシリアへ運ばれた。2012年からアメリカをはじめとする侵略国はシリアへの攻勢を強めるが、その当時の状況をメルキト・ギリシャ典礼カトリック教会の聖職者の報告がローマ教皇庁系の通信社が伝えている。
アメリカをはじめとする侵略勢力は兵力をシリアへ集中させる一方、シリア政府軍の残虐さを宣伝する。例えば2012年5月にシリア北部ホムスで住民が虐殺された際、西側の政府やメディアは政府軍が実行したと主張、イギリスのBBCはシリアで殺された子どもの遺体だとする写真を掲載しているが、この写真は2003年3月にイラクで撮影されたののだった。オーストリアのメディアは写真を改竄し、背景を普通の街中でなく廃墟に変えて掲載していた。こうした西側有力メディアの偽報道をローマ教皇庁の通信社が伝えたのだ。
ホムスの虐殺を現地調査、報告したフランス人司教は、「 もし、全ての人が真実を語るならば、シリアに平和をもたらすことができる。1年にわたる戦闘の後、西側メディアの押しつける偽情報が描く情景は地上の真実と全く違っている 」としている。その後、そうした状況はさらにひどくなっている。
しかし、オバマ政権はシリアでの戦争を「政府軍と民主派の戦い」だと言い張り、内戦だと主張して「民主派」に物資を供給するなど支援するのだが、リビアのようには進まない。シリア政府軍が強かったことに加え、ロシアの大統領が2012年5月にドミトリー・メドベージェフからウラジミル・プーチンに交代してことも無視できない。
2012年8月にはアメリカ軍の情報機関DIAが政府に対してシリア情勢に関する報告書を提出 しているが、それはオバマ政権にとって好ましい内容ではなかった。
その報告によると、シリアで政府軍と戦っている武装勢力はサラフィ主義者(ワッハーブ派、タクフィール主義者)やムスリム同胞団で、戦闘集団の名称としてアル・ヌスラを挙げている。そのアル・ヌスラはAQI、つまりイラクのアル・カイダと実態は同じだともDIAは指摘しているが、その主力はサラフィ主義者やムスリム同胞団。シリアにオバマ大統領が言うような穏健派は事実上、存在しないとしているのだ。
また、そうしたオバマ政権の政策はシリアの東部(ハサカやデリゾール)にサラフィ主義者の支配地域を作ることになるともDIAは警告していた。その警告は2014年に入ってダーイッシュ(IS、ISIS、ISIL、イスラム国などとも表記)という形で現実になる。そうした中、2014年8月にフリンは解任された。そして国防長官や統合参謀本部議長の交代につながる。
ダーイッシュは2014年1月にイラクのファルージャで「イスラム首長国」の建国を宣言、6月にモスルを制圧するが、その際にトヨタ製小型トラック「ハイラックス」の新車を連ねた「パレード」を行い、その様子を撮影した写真が世界に伝えられた。
本ブログでも繰り返し書いてきたが、偵察衛星、無人機、通信傍受、人間による情報活動などでアメリカの軍や情報機関は武装集団の動きを知っていたはずだが、そのパレードをアメリカ軍は黙認している。
2014年はオバマ政権がロシアや中国に対して攻勢に出た年でもあった。ウクライナでクーデターを成功させ、香港で反中国運動を仕掛けたのである。
シリア東部からイラク西部にかけての油田地帯を制圧して勢力範囲を広げていくが、2015年9月30日にロシア軍がシリア政府の要請で軍事介入、ダーイッシュを敗走させた。そこでアメリカ政府はクルドと手を組むことになる。さらにアメリカ軍がシリアへ侵攻、いくつも基地を建設し、今でも占領を続けている。
ロシアを締め上げるため、オバマ政権は石油相場を暴落させたと見られている。110ドルを超す水準まで上昇したWTI原油の相場は下がっていくのだが、2014年9月11日にアメリカのジョン・ケリー国務長官とサウジアラビアのアブドラ国王は紅海の近くで会談、それから加速度的に下げ足を速めたことから原油相場を引き下げる謀議があったと推測する人も少なくないのである。年明け直後には50ドルを切り、2016年1月には40ドルを割り込んだ。
エネルギー資源を収入源とするロシアを揺さぶる目的でアメリカとサウジアラビアは原油相場を下落させたと見られているが、ロシア以上にアメリカやサウジアラビアがダメージを受けた。2014年にサウジアラビアは約390億ドルの財政赤字になり、15年には約980億ドルに膨らんだと伝えられている。COVID-19(2019年-コロナウイルス感染症)対策による経済の麻痺でサウジアラビアの財政状況はさらに悪化しているだろう。
モハメド・ビン・サルマンが始めたイエメンでの戦争もサウジアラビアを苦しめている。2003年にアメリカ主導軍がイラクを先制攻撃、その攻撃に抗議するためにフーシ派はモスクで反アメリカ、反イスラエルを唱和するのだが、そうした行為を当時のイエメン政府が弾圧して首都のサヌアで800名程度を逮捕した。この弾圧が切っ掛けで2004年に戦闘が始まったのだ。
戦闘はフーシ派が優勢で、アリ・アブドゥラ・サレーハ政権を助けるため、2009年にサウジアラビアはイエメンに空軍と特殊部隊を派遣、「アラビア半島のアル・カイダ(AQAP)」が創設されている。サレーハ政権はアメリカやイスラエルからも支援を受けていた。
しかし、2011年にサレーハ大統領は辞任、副大統領だったアブド・ラッボ・マンスール・アル・ハディが翌年2月から新大統領を務めることになる。任期は2年なので2104年2月までだが、ハディはイエメンに権力の基盤がなく、辞任後のサレーハを脅かすことはないだろうという読みがあったと言われている。ハディはさっさとサウジアラビアへ逃走した。
モハマド・ビン・サルマンが2015年にサウジアラビアの国防大臣に就任すると、同国は100機におよぶ戦闘機、15万名の兵士、さらに海軍の部隊を派遣(国境を越えているかどうか不明)。 攻撃にはアラブ首長国連邦、バーレーン、カタール、クウェートなどの国も参加 し、アメリカも物資や情報の面で支援 していると言われている。この軍事介入がサウジアラビアを疲弊させる一因になっている。
サウジアラビアでは支配層の内部で対立が深刻化しているようで、2017年10月にジッダの宮殿近くで、また18年4月にリヤドの王宮近くで銃撃戦があったと言われている。その間、2017年11月には 大規模な粛清があり、48時間で約1300名が逮捕され、その中には少なからぬ王子や閣僚が含まれていた。
2019年9月14日にはサウジアラビアのアブカイクとハリスにあるアラムコの石油処理施設が攻撃され、同国の石油生産は大きなダメージを受けた。この攻撃ではUAVと巡航ミサイルが使われたようだが、アメリカの防空システムは機能していない。
泥沼化したイエメンでの戦争についてサウジアラビア国王へ報告する人はほとんどいなかったとも言われているが、例外的な人物が国王の個人的な警護の責任者だったアブドル・アジズ・アル・ファガム少将。この人物は2019年9月28日に暗殺される。アメリカはサウジアラビアの警護チームを解体し、自分たちが取って代わろうと目論んでいるとも言われた。
苦境に陥ったサウジアラビアはイラクを仲介役としてイランへ接近、和平交渉を始める。サウジアラビアからのメッセージに対する返書を携えてイスラム革命防衛隊の特殊部隊と言われているコッズ軍を指揮してきたガーセム・ソレイマーニーがイラクのバグダッド国際空港へ到着したのは2020年1月3日。そのソレイマーニーをアメリカはイスラエルの協力を得て暗殺した。
今年1月26日にはサウジアラビアの首都リヤドの上空で大きな爆発があったと報道されている。その3日前には発射物をサウジアラビアが迎撃したというのだが、詳細は不明だ。
アメリカやイスラエルはイランに対抗するため、ペルシャ湾岸の産油国など配下の国々をまとめているようだ。サウジアラビアもイスラエルと秘密裏に会談を重ねていたようだが、現在、会談は中断しているという。中東情勢は不安定化しているようだ。