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過酷なスケジュールの夏期講習、みっちり集中できているお子さんもいらっしゃるのでしょうが、うちの子の集中は、例によって『それなり』。声かけすると怒るのですが、ほどほどに見ていると、それなりにはやっています。メモチェは計画をたててやっているようです。授業の復習は、きちんとはできていないようですが、授業中の理解はぼろぼろという訳ではないようです。小テストの計算問題と一行題、集中が途切れていると計算ミスをよくやるのですが、このところは満点。母には驚きです。褒めました。ゴルリナの場合、公開の成績なども、特に算数・国語は、その時の集中度が点を左右するようです。多分、集中しないでいくら時間を費やしても無駄で、無駄は無駄、と、思うとそれはやることができないのだと思います。でも、社理は知識として知らないと太刀打ちできないことが分っています。この夏はマンガを読む以外は、社理を中心に勉強しているようです。マンガと、特定の小説は、繰り返し、一日何時間か読んでいます。長時間の授業を受けて、家でさらに何かをやるためには、この子には、休憩が必要なんでしょう。あの、頭の中、どうなっているのか、母には分りません。でも、多分、本人には分っているのかも??なるべく御機嫌をよくしてそれなりで頑張ってもらうよう、サポートしていこうと思います。
2006.07.30
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一昨日の晩かな、『ゆず』を聞きながらマンガを読んでいたゴルリナが急に言いました。「わかった~~、嬉しい!」それから、何やらパソコンに向かって入力し始めました。何が分ったのだろう、難しい算数の問題でも分ったのかと思ったら、さにあらず。考えていた小説のストーリーをどうすればいいのかが分ったというのです。今ひとつ夏期講習には入り込んでいない風のこの子の頭の中は、書きたい話の筋で占められていたようです。これを押さえつけて講習の復習をさせようと思っても、無駄。しかし、何とか時間を有意義に使わせたいと思って、塾の国語の先生に言われた復習のやり方を、逆にしてコメントしました。読解のポイントは、作品を書くときのポイントでもあるはず。第一文が全体をどう読ませるかにとって重要、場面展開や心情描写の手がかりを考えて書く。ゴルリナは今まで何回か小説めいたものを書いているのですが、発想は面白いものの、文としては稚拙でした。それを、もう、そろそろ、自覚してもいいはず。読解問題でのポイントを自分の文章に当てはめて読んでみることができるようになれば、文章もずっと良くなるはずです。のどが痛いと言っていたゴルリナ、今日は講習に行きましたが、昨日は休みました。お父さんと弟は富士山に行っていたので、母とゴルリナの二人でゆったりと過ごすことができました。講習には行けなかったけれど、会話の内容はとても充実していて母は嬉しかったです。世界の不思議なできごとは、多くがまちがいや嘘であったりするけれど、大発見はそういうものの中にあり、科学的に調べている人がいるということを交えて、宇宙人や、ネッシーや、雪男の話を、図鑑や世界地図を見ながらしました。この話を夏休みの自由研究にしたい!なんて、言っていました。あと、メモチェと地理の暗記と、休んでしまったスキルアップの問題もやっていました。もし、のどが痛くなくて講習に行っていたら、あれだけ語り合うことはできなかったのですが、講習に負けず劣らず、親子で楽しく充実した話題をめぐって話すことには値打ちがあったと思います。夏期講習、ホントに拘束時間が長くて、フルに出席するとろくに話をすることもできません。ゴルリナの場合、プロパーな勉強以外に、何やら色々なものが頭の中に湧いているのです。それだけ、長時間の講習が苦痛になるのだと思います。以前、受験をやめて小説の投稿をしたい、と言ったことがあり、その時には職業としての作家になることには否定的な意見を言ってしまいました。私自身が、そういう方面へのイメージを全く持たないためでもあり、単に今の勉強から逃れたいために言っている部分が見えるためでもありました。昨日は、作家でなくても、脚本家など、文章を書く仕事はあること、ご近所にいらした以前亡くなった、可愛がって頂いたおばさんが、脚本家として活躍していたこと、なども話しました。自分なりに、前向きな自分の将来像を考えてほしいものです。自分の気持ちと、今の課題の折り合いをつけて、有意義にこの夏を乗り切ってほしいと思います。
2006.07.29
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最近、中学受験生の娘のことばっかりが気になって、どうも、いけません。娘は娘でやっているんだから、私は自分のことをしっかりとしなくちゃ。今日は久しぶりに後遺症のことを記録しておきます。三田病院で新しい義顎を作って頂いて、漸く日常的に使えるようになってきました。上あごの癌が結構深かったのですが、放射線治療のおかげで頬骨は残ったので、プロテーゼというほどのものではなく、口の上側半分にすっぽりと入れる、入れ歯のでっかいものです。最初は入れた時に痛くて、2日も続けては入れられませんでしたが、2回ほど調整して頂いて大丈夫になりました。古い義顎の時よりも、噛む時にかかる力が分散されて、支えている金具が当る歯の負担が小さくなった感じです。あと、頬骨も噛む力を支えている感じ。使っているうちに当る部分の皮膚(粘膜?)がタコのように固くなって、しっかり支えられるようになっていくそうです。最近は、この義顎を入れた状態での発音のリハビリを始めています。三田病院では話すことのリハビリをやってくれます。癌研病院でも、横浜市立大学医学部付属病院でも、これはありませんでした。三田病院に通い始めて良かった!まず、話す能力のチェックがありました。その結果、切除した側ではない方の軟口蓋の動きが悪い、という事が分りました。口の奥の方は鼻とつながっていて、正常ならば特定の音を発音する時にはそこが閉じるそうです。私は切除した側は軟口蓋がそもそもないので、義顎で閉じてしまっています。が、切除していない方まで動かなくなっていて、息が鼻へ漏れているそうです。それで、発音が明瞭にできないのです。切除していない方なのだから、これは、リハビリで改善できるかも!とのこと。で、娘の夏期講習初日、三田病院へ行った私には、宿題が出ました。コップに入れた水を、ストローでぶくぶと、吹きます。私はこれが、殆どできません。ジュースもアイスコーヒーも、ストローでは飲めません。吸い込めないので。いつも鼻と口がスースーに通じてしまっているためです。話す時には逆に、口から鼻への道を塞いだ上で息を口から出さないといけないわけです。この練習に、ストローぶくぶくをやることになりました。やると、す~~、と、鼻から空気が出てしまいましたが、勢い良く頑張れば、ぶくっ、と1つか2つの泡を出すことができました。少~しずつ、泡が増えてきています。先日は、電話で、また、自分の名前が相手の人に聞き取ってもらえませんでした。電話だとひときわ聞き取りにくいようです。でも、改善の余地あり! ぶくぶくをがんばらなくちゃ。
2006.07.28
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一昨日だかに自分が書いた内容が、じ~んと、自分にのしかかってきています。「合格ということの値打ちが、遊ぶための夏休みの値打ちよりも、重要だと思えるかどうか。」そう思えるほどの値打ちを、私は娘に示してあげられているだろうか。通ったこともない、知り合いがいるわけでもない、みんなと一緒に行くことになるわけでもない私立中学。そこに合格するために、今の夏休みの遊びの値打ちを捨てて頑張ることができるのか。私自身は私立中学へ通ったことはありません。カリキュラムや、大学合格実績の抽象的な数字の意味を、子供がどれだけ実感できるのか。少ない見学や会話から得た校風の魅力はどれだけ確かに感じているのか。通学時間などからくる親が設定した制限を納得できているのか。思いっきり背伸びをして、実感しようとして、それなりに頑張ろうとしています。でも、きっと、今ひとつ弱いのです。与えられた少ない情報の中から、選んでいるだけなのに、それの対価として夏休みを捨てなければならない。少ない情報による将来の楽しみのために、今の楽しみを捨てなければならない。考えてみると、随分と高度な課題です。「子供」には、できないことではないでしょうか。でも、現状でもそれなりに、やると思います。何とか、課題に自主的に取り組もうとしています。それ自体がすごい成長です。精一杯、サポートしようと思います。
2006.07.27
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四日目について詳しく書いたのですが、アップしようとした直前に不注意で消してしまいました。ともかくゴルリナは、Nカバンを背負って、行きました。まだ喉はちょっと痛いようですが、熱はなく、ひとまず元気です。昨日メモチェ攻略の予定をたて、今日までの予定分をやり終えて、今日はNカバンを持ったまま、講習の前にお友達と遊んで、その後スキルアップに行ったはずです。お友達と遊ぶという、やりたいことはやってしまう子です。メモチェもこなしているのが感心です。お父さんとゴル吉は、朝早く起きて、富士山に登りに行きました。ゴルリナも、2年生の夏に頂上を制覇し、火口回りの一周(お鉢めぐり)も果たしています。お父さんからメールが来て、さきほど7合目を過ぎたようです。お姉ちゃんに続いて、ゴル吉も頂上を制覇できるか、お鉢めぐりに臨めるか。さて、家に残った母は何をしましょうか。掃除でもしようかな。
2006.07.27
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今日も、スキルアップからちゃんと行きましたが、さっき塾から電話がかかってきました。喉が痛いそうです。今、帰って来て、寝ています。最近睡眠不足が続いていたし、薄着の子なので、冷房で調子が崩れたのでしょう。今朝は、メモチェを2時間、集中してやっていました。お父さんから言われました。「勉強しろ!」 お父さんに言われたのは久しぶりです。でも、最近にはない集中ぶりでやっていました。昨夜は、寝ようと電気を消していたところに、ぬぅっ、と、黒い影。ゴルリナが来ました。夜中、お父さんも弟も寝静まって静かな時間でした。色々と二人で話をしました。朝、勉強に集中できない現状のことをぼそぼそと話したり、読んでいるマンガのストーリーの説明をしてもらったり、受験をしないお友達が将来について考えていることの話を教えてもらったり。ぼそぼそと、私立に行ってどんな楽しい人たちがいるというのか、分からない、今の小学校の楽しい友達が公立中に行くのに、それより楽しい私立中生活になるという気がしない、などの本音が出て来ました。だけど、学校の授業の内容としては、私立中のものを受けたい。私立と、公立の、中間のような学校があればいいのに、と。現状の成績が第一志望校に届かないこと、課題が多くて勉強にとりかかる気力がなかなか出ないことも、そのような元々の受験の動機の部分を再考させているのだと思います。そんな中で、本来の力はあるし成績は上向いている、だけどやる気がどうしても出ないのなら、無理に今までの第一志望校を受けなくてもいいこと、以前話題に出ていたもっと受け易い△△中も立派な学校であること、公立中に行くよりも充実した生活がおくれるだろう、ということを、話しました。各校の大学進学実績の表なども、一緒に見ました。やはり大学のことも本人も考えています。それから特に結論めいたことは出すことも無く、寝ましたが、今朝、ちゃんとメモチェに取り組めたのは、昨夜話して何か安心できた部分があったのではないか、と思います。三日目になり、夏の課題の実態が具体的に見えてきたこともあると思います。今日はゆっくり休ませましょう。どんな無理をして、どんな薄着をすれば、どういう体調になるか、というのも、経験しなくちゃ分らない。そういうところに無頓着な子なので、反省してもらいます。===で、寝ていてもらおうと思ったゴルリナですが、「お母さん、勉強していい?」 塾に戻って授業を受けるのではなく、家でメモチェをやるそうです。ま、好きにしてもらいましょう。
2006.07.26
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二日目も、行きました。こんなの夏休みじゃないぃ、とかも、言っていましたが。そうね、それは、一理あります。その判断、決して、全面的に間違っているわけじゃない。それは母にも、分かる。ただ、受験は競争だから。合格と、不合格があるから。受けるのなら、合格するためには、他の受験生よりも勉強しなければなりません。そういう状況だから、受験の面倒をみてくれる塾には、夏期講習がある。やんわりと、言ってきかせましたが。受験しないということが何を意味するのかも、一年前よりは、分かってきているはず。この子は、そういうことも総合的に、納得しなければ、本腰を入れることができない。それは、本来は遊ぶための夏休みなんだ、という、健全な判断力を、この子が持っているからです。合格ということの値打ちが、遊ぶための夏休みの値打ちよりも、重要だと思えるかどうか。昨日は室長先生はちゃんとお話して下さったようです。が、その内容までは娘からは聞けませんでした。お母さんから室長先生にうるさく告げ口しないで!と、思ったようです。子供だけれど、半分は大人。塾でのお友達とのやり取りなどからも、日々、色々なことを考えていると思います。携帯も、塾友とのやりとりが多くなりました。塾友以外のお友達からも、一緒に遊べないけれど、応援メッセージをもらうようです。そういう中での成長が、母のコントロールよりも、大きな意味を持つのだろうとも思います。もう、母ではコントロールは、効きません。でも、うるさく思われても、うまくサポートになるように、やり方を考えていこうと思います。
2006.07.25
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一日目、まずは、参加できました。母は不在でしたが自分で行けました。行く前に漢字と計算・一行題もやり、ちょっとメモチェにも目を通した形跡がありました。やはり、母がいない方がやる気が出るのかな。塾にちょっと寄って、室長先生とお話しました。ゴルリナが最近落ち込んでいる理由が、頑張ったのに社会のカリテの成績が悪かったことにあるらしいのです。一週間、他の教科は殆どやらず、室長先生や担当の先生に言われたとおりにやったのに、上がらなかった、やっても無駄だ、と、思ったようです。室長先生によれば、それは、当然です、とのコメントでした。一週間くらいで上がるわけがない、6年生の内容は多いし、他の子も頑張っているし、あるレベル以上で上げていくには、三ヶ月くらいはかかります。これで、諦める子はドンドン下がるけれど、諦めない子は、本番まぎわでもぐっと上がることがある、とのこと。僕から話しておきましょう、と言って下さいました。そう、室長先生は、単に覚えるというレベルでなく、内容を把握してまとめて、知識を身につけるやり方を会得するように、と、言っておられるのでした。三ヶ月。成果が見えない中で努力し続けることは、ゴルリナのような幼い部分の多い子には特に、厳しい。とにかく、一日目行ってくれたので、やれやれです。社会以外はそんなにひどく悪くはないのだから、調子を取り戻してくれるかもしれない。今度は、室長先生、ホントにすぐに話して下さるかなぁ。是非、お願いします。どうにか、ペースをつかんでほしいです。
2006.07.24
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昨夜はお祭りの後、程なく勉強を始め、寝なさいと言うのも聞かずに朝の5時まで、やっていました。どうやら、室長先生に言われた、社会のまとめをやっていたようです。でも、それを覚えるところまではいかないらしい。そして、カリテには行くと言っていたのに、朝、起きて、やはり、行けませんでした。先日の算数に続いて、カリテもお休みです。今日は、多分、何も勉強はしていないんでしょう。先日注文した、ゴルリナ用の棚が届きました。暫く前に、勉強机を移動したのですが、まだ、まともな本棚がなく、塾のテキストも別の机の上に仮に並べてある状態だったのです。スチール製の組み立て式の棚を組み合わせて、本棚と洋服整理コーナーになるようにして、新しく買いました。それが、今日届いたのです。組み立てるのは大変でしたが、ゴルリナは嬉々として殆ど一人で組み立てました。2時間しか寝ていないにしては、元気です。机の横に置いてみると、シックで落ち着いた機能的な部屋になりました。早速、服やテキスト類を並べました。でも、そこでマンガを読んでいます。勉強の仕方も発展途上、ポチから人間になったのも最近のこと、部屋が落ち着いたものになったのも、今日のこと。リズムがつかめません。それなり。それなりの歩み。明日は夏期講習の初日ですが、私は早くから三田病院へ行かなければなりません。どうか、自分で夏期講習に行ってくれますように。授業で、課題の面白さを、再発見してくれますように。言っても怒らせるだけなので、黙って祈る母でした。
2006.07.23
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今日は近所のお祭りでした。ゴルリナ達6年生女子は、一人の子が浴衣を着ていく、と言ったところ、私も私も、と次々に広がったそうで、来た子達の殆どが浴衣姿。う~んと、10人はいました。目の保養です。母は子供達がすっかりお姉さんになった姿を見て、とっても嬉しい、豊かな気持ちになりました。N研の塾友達も、みんな浴衣姿で、楽しそうでした。男の子はみんなの顔は分からないのだけど、やはりたくさん来ていましたし、N研で優秀なN君も、Sに通っている優秀なA君も、いました。みんな、勉強一色になんて、まだ、なってはいないのね。夏期講習はカリテの後、明後日からです。その前に、今日は思い切り楽しんでいるのでしょう。お祭りには小学校の校長先生と、ゴルリナの担任の先生もみえていました。先生もビールを飲んで、おでんの列に並んで、浴衣姿の教え子達や、低学年の子達にも声をかけて、楽しそうでした。うちのお父さんも、他のお父さん達と、先生を囲んでなんとなく話をしていました。暫くして、お父さんと担任の先生が話しているそばに、何となく近寄ってみました。ゴルリナが友達から聞かれたお学校の配布物の書き方を、先生に質問していました。先生は私に向かって、ゴルリナがクラスにいてくれて助かっています、と、また、言って下さいました。以前も言われましたが、どうも、学校では先生の役にたっているようです。でも、家ではたるんでいるんです、と、お話しました。かなり、学校での様子のお話と、実際、差があるのです。先生はゴルリナに向かって、話して下さいました。先生も、受験をされたそうですが、2月1日に、後悔した、その時に一番初めに頭に浮かんだのが、夏休みだった、2月1日の前に挽回するのは、とても苦しかった、けれど、合格しなくちゃくやしいから頑張った、と。どうするのが一番いいか、自分で考えろ、そして、行動した結果の責任は、自分が取るんだぞ、と、言って下さいました。ありがたかったです。母が言うよりよほどいい薬だったに違いありません。いい薬、効きます様に。
2006.07.22
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今日は、学校は夏休みに入り、塾の授業はなく、一日何もないという、夏期講習前の貴重な一日。ゴルリナは、相変わらずの、波乱含みのそれなり、です。昨夜、ある程度は夏休みの予定について話し合うことができました。まだ、細部は詰めていないけれど、漢字、計算と一行題は、午前中にやる、とか、授業の復習は帰ってから、とか。日曜日には志望校の過去問を解く、というより、読んでみる、ということにも、一応、なりました(でも、これは、大量の多面的な不安含み)。お盆休みは一泊で京都に行こう、ということにも。この辺りはまだお父さんとも相談しなければなりません。で、今日はまた、大荒れです。でも、もう、慣れちゃったというか、荒れたようで、荒れてもいないんですが。一日何もない日だったのだけれど、相変わらずで気分が全く乗らないゴルリナでした。それを、のんびりさせておくことができなかった母が、愚かだった。室長先生は、夏休み前に、メモチェの始めについている「弱点診断テスト」くらいは終わらせておくように、と、言われたんです。で、母は、マンガを読み続けているゴルリナに、それをやったら?って、言っちゃったんです。んんん~~~、と、うなったゴルリナ、もう、受験、やめる~、と、言い出しました。え? そんな。もう、夏期講習の講習料も、とっくの昔に引き落とされているのに。夏期講習を申し込む前に、散々、受験をするということについては、何度も、確かめたはず。やめるって言うのなら、その時に言ってくれなくちゃ。今更言われても。と、言いつつも、またなの~??? という感じで、母はもう、全然、熱くもなりません。何か言えば言うほど、状況が悪くなると思ったので、出かけることにしました。でも、出る間際に言ってしまいました。そんなにいやなら、今から塾に話しに行こう。今からなら、まだ夏期講習も始まっていないし、お金も返してもらえるかもしれないよ。 そんなことを話しながらも、甘えんぼのゴル吉も母の回りをウロウロするので、とにかく母は家を出ました。ゴル吉はなんとなくついてきて、本屋さんを一巡りしたところで退屈したのか、帰ると言い出し、帰ってもらって、続いて母は、久しぶりの美容院へ。髪を切ってもらっていると、ゴルリナからメールが来ました。「まじで能研やめた?」ほ~ら、心配になってる。やめたくないんです。塾には行っていないと教えてやりました。続いてのメールは「アイス買ってきて。」アイスを買って帰ると、何もなかったようにごきげんな昼下がり。本当に受験をやめたいわけじゃない、やる気が出ないだけなんです。それでも、母が出かけている間に、休んだ昨日の塾の算数の、基本問題は解いていたようです。そうね、昨日は塾を休んだのだから、カリテもあるのだし、算数を追いついておく事の方が先だったんだ。メモチェにまでは手を出す気にはならなかったのも、分かります(やってほしいけど)。夕方からお父さんとゴル吉は、花火大会へ行きました。でも、私とゴルリナは家に残りました。雨がちの天気だし、花火を見に行く心の余裕も、ありませんでした。でも、家で、新しく買ったゆかたをゴルリナは着てみました。去年まで着ていたのはもうつんつるてんになってしまったので、買いました。去年は頑張って帯を手結びしたけれど、今年は母の方が帯で頑張る気力が出ず、文庫の作りつけの帯がついているセットにしました。大きくなりました。着せてみると、ここだけの話ですが、色っぽいです。写真をたくさん撮りました。すぐに脱いでしまいましたが。窮屈だものね。明日は、ご近所のお祭りです。塾友も、塾以外のお友達も、たくさんで一緒に遊ぶ相談をしているようです。このゆかたを着て行く予定なのです。満足したのか、しばらくして見てみると、自分からまた算数をやっていました。多分、今もやっています。ただ、気がつくと、志望校を書いた「○○中合格」の短冊がはずしてありました。あれがあるとやっぱり、プレッシャーが強すぎるのかなぁ。じゃぁ、つけないでおきましょう。う~んと、過去問はどうなるんだろ。ま、今は言わない方がいいかも。そんな感じの、それなりの一日でした。先が思いやられるけど、振り回されないでいきたいと思います。
2006.07.21
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ゴルリナ、ナーバスになっています。今の偏差値で受かるわけがない、って、初めて本人の口から出ました。母にとっては、何を今更、自覚していなかったのが不思議。やっと、ことの意味が分かってきたのかな。う~ん、半年、遅い。そう、あなたにとっては、雲の上を目指すような高望み。勉強しないならば。でも、すれば、可能性はあると、母は思っているし、あなたを良く知っている、ピアノの先生もそう仰って下さっているし、塾の先生も、肯定して下さっている。そして、今の値では届かないけれど、入塾以来、大きな流れで見れば、成績は上向いている。半年前に気がついていてくれたら、って、今更、言ってもしょうがない。あなたが、そう、決めて行動したのだから、その結果の上にある現状から、進まなくちゃ。ね。現状の位置で受かるわけがない、というのは、ごもっとも。母は、何ヶ月も前から、そう考えて、併願校や、他校の可能性や、いろいろ悩んで検討しました。でも、やっぱり、その第一志望校に、行きたいんだよね。でも、そう、本気で考えて、自分の現状を改めて本気で考えてみたら、やっと、分かったのね。これで合格するはずがない。 模試の登録の志望校に○○中でなく、△△中(もっと合格しやすそうな)を書こうか、と、言ってみました。以前、受けたいって言ってたことがあったっけ。でも、一言で、「受けない!」いつものこと。無理そう、って思っても、やっぱり、○○中を受けたい。学校の先生が仰っていたプライドの高さ。それが、今更になって、△△中を受けることを許さない。何だか、葛藤しているようで、結構、分かり易い悩み方。遊び優先の基本姿勢は保持しています。夏休み前のこの季節、今日は夕方から子ども会のイベントに行きました。もうすぐ夏祭りもあります。もう最後の夏だから、と、受験しないお友達のところへ、お泊りに行く約束もしてきました。そうだね、違う中学校へ行ったら、なかなか会えなくなるものね。でも、遊びだけの姿勢とは大分変わりました。子供会イベントの前に、塾友と一緒に勉強しに行きました。それから、ピアノのレッスンに行って、それから、イベントへ。しかるべきバランスは、本人がみつけてくれなくちゃ。それまで、母はまたサンドバッグのように、翻弄されるのかな。
2006.07.19
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W3組になって初めてのカリテは、不安ではあったものの、何のテコ入れもしませんでした。新しいクラスの様子が分からない上に、夏休みの課題をどう伝えようかということばかりが気にもなっていました。でも、それなりにやっていたのか、国・算は、不思議と記述は全部できていたし、不思議と上がっていました。やっぱり、下手に口を出さないのが正解なのかもしれない。理・社は、挽回が必要。でも、国・算が沈むより、ちょっと気が楽です。逆の場合よりは、なんとかなりそうな気がします。理科は滑車や輪軸の話、社会は地方自治と予算の話、どちらも、にわかに理解ができそうな話題ではないので、分からなかったのでしょう。でも、国語や算数を上げる場合よりは、越えるべきポイントは狭そう。今日の夕方にでも、やってくれるかな。海の日でお休みなので、塾友+その他の友達で、遊びに行ってしまいました。Nフレンズ(塾のイベント)へと誘った母はフラれました。あとは、夏休みも理社をやらなきゃ。とにかく、W3の授業に全然ついていけない、というわけでは、ないようで、ちょっと安心です。今は後ろの方の席のようなので、前半分を目指して、頑張ってもらいましょう。
2006.07.17
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暫く前に、ゴルリナを今まで家でポチ子と呼んでいたのを、やめることにした件(ポチ子からの卒業)について書きました。特に父親がポチ子と呼んでいたのですが、これをやめました。その後、どうなるかなぁ~?、と思って、見ていました。始め、父親はやりにくそうでした。話しかけ方が分からなかったようなんです。2日くらい、娘と何も話さなかったかもしれません。で、名前をそのまま呼ぶことも、恥ずかしいのか、できないようでした。小さい頃、娘がポチ子になる前は、名前に『坊』をつけて呼んでいました。男の子扱いでした。男の子のように、元気に育ちました。で、3年生くらいだったか、あまりに乱暴すぎる、ちょっとは普通にしなさい、という話題になった時に、『坊』って呼んでいるから、男の子みたいになっちゃうんだ、という話をし、父親も、なるほどと思ったらしく、『坊』をやめました。それで『ポチ子』になりました。ポチだけど、一応、女の子になったわけです。6年生になって、受験に本格的に取り組む時期にもなり、かなり自分を律する必要が出てきて、どこまでも遊び優先である姿勢を改め、生活の基本を維持して学習にも多くの時間を割かなければならない時、以前書いたように、『ポチ』であることがその自覚を遅らせているように見えるという話になりました。父親も、ポチ子からは卒業させなくちゃいけない、と、思ったようなのです。でも、人間になるのは大変なようです。さて、今度は何と呼ぶだろう、と、興味津々でしたが、最近は、名前の後に『子』をつけて呼んでいます。始めはぎこちなかったけれど、だんだん板についてきました。「人間てめんどくさい」と、何度かゴルリナは言っていました。生活の上で、一番こまごまと注文をつける母に、反発がきました。何かと、人間としてこれはちゃんとしなさい、と言う母に、なぜ、『坊』ではいけないの? なぜ、『ポチ子』ではいけないの? 『ポチ子』がいい、とか、『坊』に戻して! と、言ってきました。幼い頃の、思うがままに過ごせた時代が、楽しかったようなのです。でも、否応無しに成長はしていく、社会の中でそれなりにだんだんと、大人に近づけて行かねばならない、と母は思っています。お父さんは、娘を男の子のように腕白にして、ポチ扱いして、そういう親子の交流をとても楽しんでいたと思います。ちなみに、息子は『けろ』でした。又は、かえる君、でした。二人を家来のように従えて、ご満悦でした。でも、娘は年頃になり、否応無しに、「お嬢さん」に育ってきています。最近は夫は息子についても、かえる君と呼ばなくなりました。そう、うちの子達も、人間の子として育てられ始めています。昨日だったかな。びっくりしました。父親が、娘に何か話しているときに、「人間としてこうしなくちゃいけない」って、言っていました。わぁ、お父さんも、人間としての道を説くようになったなんて。そこまで変わってくれたなんて、大感謝です。3年生、4年生、5年生の頃からきちんと受験準備をしたお子さんに比べたら、そもそも人間としての自覚が全然遅れていると思います。ま~、うちは、そういう家だったんです。それなりだけれど、親子で成長です。
2006.07.17
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昨日は、病院に行くのを忘れてしまいました。統合医療ビレッジの腫瘍相談と、刺絡を予約予してあったのですが。暑いし、夏期講習のことは気になるし、ゴル吉は甘えんぼだし、すっかり、意識から消えていました。でも、サイモントンの川畑先生は、病院のことなんて忘れちゃいなさい、って、仰ってたっけ。と、ちょっと言い訳して、自分を納得させています。まー、どこも体調が悪いわけではないのよね~。処方して頂いているサプリメントと悪玉免疫を抑える薬(セレブレックス)が切れてしまったので、代わりに、別に購入している抗酸化力強化のサプリメントと、ビタミン剤を飲んでおきました。手術後2年の目標までに、免疫関係の検査結果とリンパ球数の値を正常にして、次の5年目の区切りへと臨みたい、と思っています。だから、やっぱり予約を取り直して、また、行かなくちゃ。爪も、自分でもんでおくかな。薬指を。ゴルリナに関して。机の前に貼りました。「○○中合格!」の短冊。以前から貼っておきたいと思っていたのですが、本人が、絶対にここを受ける!と声に出して安定的にいつも言う状態ではなかったので、貼れなかったのです。親が押し付けた形にすると、きっとかえって反発すると思われるので。でも、先日の夏期講習説明会で、言われました。本人の意思を確認して、貼っておくように、と。それにからめて、塾の先生が仰ったから、貼ったよ、「○○中合格!」でいい? と、メールで聞きました。ゴルリナの返事、「ダメです」(メールで)。母(メール)「じゃあ、自分で書いて貼って下さい」ゴルリナ(メール)「いやです」これを、真に受けてはいけないのです。口頭で話すときも、母は散々翻弄されました。で、お母さんはどうすればいいの? それを信じた方がいいの? って、聞くと、あ、私、結構、壊れたこと言うから、とか、シレッ、として、言うんです。無茶苦茶言ってもそれを真に受けずに聞き流して欲しいらしい、と、分かるまでに、何度もの経験が必要でした。案の定、そのまま放っておきましたが、あとは何を言うわけでもなく、短冊もクリップで留めてあるだけで簡単に取れるのに、まだそのままにしてあります。おまけに何だか機嫌がいい。夕べも、早く寝なさい、って言うのに、せっかくクラスが上がったんだから落ちたくないから、などと殊勝なことを言って、何やら勉強していました。本人が取らずにそのままにしておくのなら、何度も、そこを受験すると言ったことのある、学校の先生にもそこに合格しろと言われた中学校、本当にそこを受けると、目の前に貼ってあれば、受験生の自覚がだんだんともっとしっかりと、意識に染み込んでいってくれるでしょうか。自負はあり、でも、きっと、だからこそ、不安も強いゴルリナです。でも、本腰が入れば、磨きがかかるのはこれから。じっと見守るしかありません。今日はカリテと日特に行っています。母は、お祭りのゆかたを出すことにします。
2006.07.16
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室長先生の面談は、主に夏休みの学習の仕方の説明でした。志望校のことも、ゴルリナの成績のことも、ご存知のはずなのですが、拍子抜けするくらいに、叱責もなく叱咤激励もなく、学習内容についても夏期講習テキストとメモチェについてのみ。ん~、合格という目標は、本当に達成されるのかしら。ま~、それだけの課題だけでも、十二分に重圧となるような量ではあるのですが。算数:夏期のテキストは一項目が4ページ。後半2ページは難しいので、ゴルリナは3ページまでをやればよい。別冊の『最近の入試問題傾向』は難しいのでやらなくてよい。別冊の計算問題・計算と一行題は、やること。国語:授業で扱った文章だけ、分析しながら読み返す。ステップアップの文章要約の問題はやらなくてよく、長文の記述は後期にやればよい。漢字は、夏期のテキストの語句と別冊の漢字の課題をやれば、受験に間に合う。(母の心の声:本当なのかなぁ。めちゃくちゃ不得意なのですが。本当ならば嬉しい。)社会、理科は、授業の復習をして覚える。メモチェは、夏休み中に一回転する。(あれぇ、三回転とかじゃないのね。)また、W3に上がったが、W3の算数の授業では練成問題までやり、進行が早い。練成問題の定着度は三分の一です。もうすぐ練成問題100題というプリントを配るけれども、全部はやらず、得意なところだけをやるように。ははぁん。ここまで聞いてちょっと分かってきました。W3組に上がったばかりのゴルリナ。そもそも、与えられる課題が、難しいのでしょう。そう言えば、夏休みのテキストは『6M発展』のテキストだけれど、ラクラクでこのコースに入ったわけではないはず。この前の冬休みは『応用演習コース』、去年の夏休みは『基礎充実コース』だったっけ。今回、発展的な演習をフルにこなすことを目標とするより、自分にできることを着実に増やしていきなさい、ということなのかな。それで合格できるのかしら、と不安になり、どこまで伸びるでしょうか、と聞いてみました。「カリテは範囲があるテストで、カリテはとてもよく出来るけれども公開はできない、という子もいます。お嬢さんはそうでなく、公開もできている。」まだ余地がたくさんある、とまでは言って頂けませんでしたが、そうです、現状、カリテだからって、思い切り準備して臨んでいるというわけではない。大きな傾向で見れば、季節講習で見ても、基礎、応用、発展、と、上がっきてはいるのです。一生懸命勉強すれば、まだ、ここで打ち止め、というところには来ていないはず。発展のはじっこに漸く手が届いたゴルリナ、どれだけ頑張ってくれるか。今日は暑くて特に、勉強どころじゃない気分のようです。AIKOのCDを聞きながら、学校の宿題をしています。直接言っても反発することが多いので、夏休みの課題については、導入したての携帯を使って、メール作戦で伝えました。母から室長先生の代理として。読みたければ読むだろう。なるべく本人の自主性が保てるように、なるべく多くのことを伝えていきたいと思います。
2006.07.14
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今日はこれから、室長先生の面談です。昨夕、電話がかかってきて、面談が決まりました。申込書の相談事項がなかなか書けなくて、提出が遅れたので、急な日時決定でした。わわっ、と緊張する私に向かって、ゴルリナが言いました。「頑張れ!」母「え?」ゴルリナ「あんまりひどい成績だ、って言われるかもしれないけど。」。。。う~ん、励ましてもらって、嬉しいような、嬉しがってもいけないような。とにかく、行ってきます。
2006.07.13
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昨日は、ガユーナ・セアロというミャンマー仏教のお坊さんの満月瞑想会に行きました。セアロは、日本人でミャンマー上座仏教のお坊さんになられたという方です。すごいです。癌のサイモントン療法から、たどりたどってお会いすることができました。左のリンクの『ナチュラルクリニック21 癌と免疫と心』のページから、セアロのホームページにつながります。昨日は満月でした。満月瞑想会は満月の日に、何も考えず瞑想する、という、それだけの会です。それだけなのに、元気になりました。昨日は瞑想会の前にセアロとの面談も申し込み、もちろんお会いできたのは大感激だったのですが、昼前から出かけて夜の瞑想会までだったので、疲れていました。帰るまで体力がもつかどうかあぶないかな、と、思ったのですが、なんと、瞑想が終わったらしっかり元気が自分の中に宿っていました。体の状態は心理面の影響が大きいな、と改めて思いました。満月瞑想は世界中のどこに居てもできます。セアロのホームページから申し込めば、セアロのメッセージのメールを満月の日に受け取ることができます。人それぞれの瞑想をすればいいそうです。昨日のメッセージは、心の鏡をゆらすな、鏡がゆれると満月の完全な姿までゆれてしまう、というようなものだったかな。満月って、自然や宇宙の力をとても受け取りやすくしてくれて、自分についても思い出しやすくしてくれるイベントだと思います。それを、セアロのメッセージが増幅してくれる感じです。でも、昨日思ったことは、もう一つ。最近、セアロだけでなく、同じようなお話を聞くことが多い、と感じるものがあります。『地球交響曲』の中にも、多くの立派な方々が出てきます。地球交響曲V番のアーヴィン・ラズロー博士のお話を聞いた時には、衝撃でした。ピアニストで物理学者で哲学者であるこの方のお話は、ある意味、宗教にも近いのです。宇宙の意思があり、人間の意志はそれと呼応する、とでも言えるようなお話。だから人間は少しでも良い事が起きていくように、精神的な部分を変化させていかねばならないそうです。先日『地球交響曲』のDVDボックスを買い、既刊のI番からV番まで全部見ることができました。III番には、宇宙物理学者のフリーマン・ダイソン博士が出演していました。多元宇宙の理論は、私が学生の頃にはもう出ていましたが、難しそうで私には手がでませんでした。そのダイソン博士も、人間はそれ単独であるものではなく、人間は地球という大きな生命の一部、と言っているのです。だから死は必要なものであり、死によって次の世代に場所を引き渡すことができるとのことでした。地球はそれ自身が一つの生命体、という概念は、地球交響曲の中心テーマです。この映画の中では他にも多くの方が、地球と人間のつながりについて語っています。宇宙空間から見ると自分達は地球と一体のものだと理解できる、と語ってくれた元宇宙飛行士、ラッセル・シュワイカートの事は以前書きました。他にも、人間は空気というへその緒で宇宙とつながっている、という、海洋冒険家のジャック・マイヨールなど。ただ、私は物理の出身なので、ラズロー博士やダイソン博士が、そのような考えでおられるということが、私にはとても重い意味をもちます。そして、先日知ることのできた、生命科学者の柳澤桂子さん。般若心経は科学をもとに考えることによって理解できるとして、現代語に訳して下さいました。ここでも、人間も、原子でできていることから、宇宙と同じもので、それ以上の実態はない、といった理解が、色即是空・空即是色に当てられます。科学が進歩したのに、地球の上では皆が幸せになったとは言えず、新しい問題がますます際立ってきている21世紀。チベット仏教のダライラマ法王がV番で述べておられたように、悲惨な出来事を目にする試練は、より大きな慈悲の心を育てるために与えられているのかもしれません。そうしていこう、と、色々なたくさんの立派な方達が、声を上げておられるように思います。そして、そこに出てくるキーワードが、宇宙、地球、人間、命、など。何か、そういう、大きな思想の流れができつつあるのかもしれません。科学が宗教に帰る、と、お手軽に言っていいのかどうか分かりませんが。宗教も、科学で解明されるだろうと言った方もあったっけ。誰だったかな。一方、セアロとの面談では、子供の話をしました。かまわずに自由にさせなさい、若い時の2、3年の遅れは何でもない、とのことでした。そう、宇宙の規模から考えれば、中学受験なんてな~んにも、問題では、ありません。でもね~。セアロが育てている数百人の孤児たちは、かまわれていないけれど、皆とても元気だそうです。そして、やらない子はやらないけれど、やる子はやる、本人の望みがあれば、一生懸命にやる、とのこと。そうなんだろうな。寮のある学校の話も聞きに行ったばかりですが、何だか、親がいない方が一生懸命に勉強する、という、法則があるのかしら、と思われたりして。本人の自覚が一番大切で、行動の結果を自分に受け止めさせる、親はそれをじゃましない、ということのようです。中学受験でも、そういう自主性が全然ないのはだめだと思います。でも、高校受験、大学受験みたいに本人まかせにはできない。中途半端な、思春期前の要素も多い中での受験。でも、じゃましないようには、しなくちゃね。じゃまにならないようにしなくちゃいけないけど、サポートはやっぱり必要と思われる、中学受験。 なんとか、そういうサポートを目指します。あと、セアロのところに何年も前から来ておられるという方が、末期癌だったけれど、セアロと会って自分が変わり、癌も進行が止まっている、とのこと。たくさん転移しているとのことで、取って完治させるというようなことは考えないようでした。一人で泊りがけで来ていて、荷物を抱えての移動も平気な様子でした。とってもお元気です。もう、末期と言われてから5年とのこと。転移していたって進行が止まっていて、あれだけ元気だったら、一病息災・完治みたいなもの。あの方が末期癌だったなんて。すご~い。そんなこんなの、多重奏の満月瞑想の日でした。
2006.07.12
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ゴルリナののんびりモードは続いているものの、それなりには推移しています。日曜日のカリテは、母は説明会で先に出かけてしまったけれど、ちゃんと自分で行って、日特まで受けることができました。成績は、あれだけのんびりしているように見えた割には、そんなにひどくないです。塾を休んだ社会だけは沈みましたが、それでも平均行ってるからエライ。授業を受けなくてもこれだけできちゃうなんて、かえって意外。室長先生に言われた自分なりの取り組みだけで、それだけの内容は身につけられるということかもしれません。母が手綱を締めなくても、本人の力で今はこんなものなのでしょう。この数日は勉強よりもむしろ、携帯の件でモメました。一つには、メールアドレス。あんまりふざけたものはダメ。次に、発信制限。モメにモメて、結局、アドレス帳を編集する時のロックははずすことにし、本人が編集できるようにしました。ウェブ関係のアプリケーションが使えない事は、納得しているようです。パソコンでできるしね。文字変換用の辞書ファイルを入れてあげましたが、有難みがまだわからず、写真やグラフィックのファイルを探しにくくなった、って文句言ってます。ま~、だんだん慣れるでしょう。結局、携帯関係で何回か泣かしましたが、譲らない部分は母は決して譲りません。でも、結局、双方歩み寄って落ち着いてきました。娘の成長も、成長しきれない部分も、感じることができました。夏休みの取り組みの準備はまだまだですが、何と言っても志望校がはっきりとし、学校の先生ともそれについてお話が通じたことは大きいです。もう、十二分のプレッシャーを感じていると思います。夏休みの学習内容、塾では、みっちり、親に向かって説明するんですよね。親が、これに基づいて子供を指導しなさい、とばかりに。親の手綱を嫌うわが子ですが、伝えてやらないのはいかにも不利。徐々に、でも、ばっちり、機嫌を損ねないように、伝えていこうと思います。 できるかしら。
2006.07.11
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昨日の9日は、恵比寿の日仏会館で行われた函館白百合中学校の東京説明会に行きました。今度は息子同伴で、遅れてしまい、後半を聞いただけ。でも、やはり昨日の佐久長聖中と同じように、親元を離れた寮生活は子供の成長を促すのだな、と思いました。親も、成長できるようでした。また、都会の猥雑な騒音がない環境で、授業時間も多い上に寮でも集中して学習できるようです。札幌というのは移住者を暖かく迎える風土とのことで、雪もそれほど多くはなく、近くに温泉もあるそうです。子供を訪ねて行く親も、この土地を楽しむという感じのようです。寮費は佐久長聖よりもさらに安いようです。でも、隣でおとなしく聞いていた息子が言いました。かあちゃん、やばいよ、こんな遠くにやってどうすんだよ。そうねぇ。札幌はステキだけど、やっぱり遠いなぁ。説明会の後は、日仏会館横の、恵比寿ガーデンプレイスで息子と昼食。恵比寿ガーデンプレイスは、私が昔都内に住んでいた頃はありませんでした。恵比寿駅から長~い動く通路のある、スカイウォークで行きます。横浜の桜木町の、みなとみらいの動く通路よりも長いです。お天気も良かったし、広くておしゃれな建物が点在して、人工の川や滝が多用された気持ちの良いところでした。説明会のついでに久しぶりの恵比寿散策ができました。
2006.07.10
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8日の土曜日は、S久長聖中学校の東京説明会に行きました。正直、行く前は、本気で娘を入学させるつもりは殆どありませんでした。2月1日の本番の前に受ける事ができる学校の一つ、としか思っていませんでした。が、行ってみて、非常に興味を覚えています。魅力をメモしておきます。○寮で、テレビも漫画もゲームもない生活だが、それでも友達と一緒に生活するのでとても楽しい。○寮生活で規則正しく学習できる。学校のすぐそばの寮で、学習指導は放課後まで細やか。○掃除、洗濯が苦にならなくなる。○食育に力を入れ、長野の自然の中で回りの農家の方による美味しい食材を食べられる。○中受時点での成績から普通には想定できない、素晴らしい大学進学実績。○充実した各種の体験学習。○長野新幹線の佐久平駅のすぐ近く。新宿から2時間。○一生の友達ができる。でも寮だとお金がかかるから無理、と、思っていたのですが、説明によれば、寮費は娘が保育園に行っていた頃の保育料と同程度。私は今は働かなくなっちゃってるけど、お父さんの給料は上がっているからな。暮らせなくはないかも!? しかも、学校の指導で寮でもみっちり勉強するから、塾や予備校には行かないそうです。それで昨年度は東大へ8人、半数は国公立合格、難関私立へも多数合格という、素晴らしい実績。首都圏の進学校では、少なくとも大学受験まぎわの高2、高3は、予備校に通うのは普通のよう。その費用も相当かかりそうですが、この学校ではそれはいらないらしい。入学したら楽しそうな、ユニークな学校を一つ見つける事ができました。
2006.07.10
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今日は今、三田病院に行くところ。メールでまとめて更新です。 7日の金曜日、小学校の先生と面談でした。 学校生活のお話をした後、先生の方から切り出して下さいました。「中学受験するんですか、(小さい声で)志望校は○○中ですか。」 「はい、意味が分かっているかどうかも怪しいのですが、受けると言っています。」 「お母さん、それは、分かっている方に賭けましょうよ。あのプライドの高い彼女が、2月に、合格しないで学校にこれるわけがない。」僕が引っ張って連れて行きますが、と言って下さいました。
2006.07.10
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昨日は、塾に行けませんでした。が、かえってゆっくり話ができたかも。結局、志望校は変えるつもりがないようです。ま、夏休み前にそれが確認できたのは、大きな成果です。CDを借りに行ったけれどお目当てのものがなく、なんとなくだらだらして過ごしました。夏休みに頑張るから、って。あと、新しい携帯の使い方をいろいろ試していました。とうとう買いました。携帯電話。ジュニア携帯という、発信先やメール相手を親が制限できるものです。塾で遅くなったり、学校見学に行く時に、ないとどうしても不便です。さっそくいろいろ試して、いつのまにか、お気に入りのマンガの人物を待ち受け画面に登録していました。早いな~。携帯の使い方も、母は色々コメントしたいことが多いので、今のうちに親子の合意をとって使い方を安定させたいものです。そんなことも、広い意味では受験の準備に入れてもいいかもしれません。メールは1パケットが何文字で、いくらかかって、とか、説明しました。通話は10秒10円。高いよね~。その分基本料金が安くなる、子供用のプランなのです。10秒10円と思った方が、無駄電話はかけないでいてくれるだろう、と、母は踏んでいます。あと、夕飯を作るのを手伝ってもらいました。マッシュポテトをかわいく盛り付けてくれました。いずれ、気持ちが復活してくれるまで、母は気長に見守ろうと思います。夏はホントに大変だもの。
2006.07.07
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子供の本心は、なかなか見えません。望みがあっても、実力がなく、不釣合いであることを指摘されたくないから、隠しています。やる気がないフリをしているわけでもないのに、実際、大変だから、なかなかやる気を出すこともできません。予防線をはって、やる気が出ない自分を受け入れてしまっていたりします。それでも、現実と望みとの差の意味が本当には分かっていなくて、無謀にも、望みを捨てることも本心ではしていないようです。ガラスのようにもろい、無茶だ、と言ってしまえば、すぐに消えてしまいそうな、無謀な野心。この子にどうしてやればいいんだろう。うっわぁ、諦めてないんだ。。。それでも、地道に努力することができない弱さ。間違いに向き合うことのできない弱さ。努力の仕方が分からない、という、そこから進めない、忍耐力のなさ。隠している腫れ物のような本心を、強化してやることができるだろうか。親の、忍耐力のなさ。ま、イヤでも志望校登録はするから、再確認して話し会おうと思います。
2006.07.05
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う~ん、こう言いたくないけど、ほめるところが無い。そう思ってしまうと、梅雨の季節だし、ずぶずぶと、母の気持ちが沈んでしまいます。何かないかな~。昨日は、何をしていたっけ。机の上を見ると、計算と漢字が広げてあります。そうだ、先週やれなかった分はもう仕方ないから、今週のをやりなさい、って夕べ言ったのでした。ちゃんとやってるじゃん。マル付けはしてないけど。昨日は公開模試が終わった翌日の月曜日。塾はなく、予想通り、リラックスモード全開でした。ただ勉強しなさいと言ってもできるわけがないのが分かっていたので、時代劇のDVDを借りてきました。大河ドラマの「新撰組!」です。見る前に、塾の国語の復習と計算・漢字をやってね、って、言ったのでした。そう言えば、国語の復習もばっちりやった、って言ってたっけ。あらら、けっこうそれなりに勉強してたかも。 DVD効果ではあるけれど。それでもほめるところが無いなんて、一瞬でも思ってしまった欲深い母。だらけていたのは母の方?? 今日はまた放課後、おやつを食べたら程なく塾の予定。それを考えると、よくやっています。頑張っているゴルリナ、あなたはエライ! 母も頑張って、塾の面談の申し込みを書いて、志望校の登録をしなくちゃ(頭痛いよ~、やっぱり)、と思ったら、登録は8日からでした。 ん、。。。とにかく、頑張ろう。
2006.07.04
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昨日は、中ぼめなのですが、ピアノについて一言ほめました。ゴルリナは、小さいときからピアノを習っていますが、大して練習をしません。ピアノの先生に申し訳ないです。でも、先生に叱られながらも、ずっと休まず通っています。つくづく、懸命に努力するということはしないけれど、休まず塾には通っている、というのと、似ています。ゴルリナが生まれても仕事を続け、残業もたっぷりある職場で、丁寧に手をかけて育てるということができませんでした。学童保育に5年まで通ったので、ピアノをじっくり練習するには時間もありませんでした。学童に行かせて手をかけられない代わりに、その親の焦りから、望むままにいろいろな習い事をさせたようなところもあります。学童でたっぷり遊んだ上で、ピアノの他に、スイミングにも、硬筆教室にも、体操教室にも通いました。今はピアノだけになりましたが。どれも楽しんで通いました。仕事もしたいけれど子供にも親として最大限できることをしたい、という思いの結果でした。そう、手間ひまかけられない代わりに、お給料からお月謝を出すことは惜しまないようになったわけでした。通いはするけれどじっくり練習はしない、というスタイルになったのは、必然的なことで、親がそういう状況を作ったようなものです。これは、学習についても同じです。当事としてはベストを尽くした結果だけれど、手間ひまかけなかった代償として、自分から地道な努力をすることが身に付いていません。言葉としては努力が大切、と言い聞かせても、それを身体感覚的に実際に感じ取らせることも経験させることもできませんでした。でも、これは今までに培われてしまった、あの子のスタイル。与えられる環境の中から吸収することによって成長してきたゴルリナは、そのスタイルによってある程度の成長ができることは分かっています。自分の努力がその先を左右する、ということは、もう、現実が教えてくれていると思います。なかなか体得できないのです。受験までに間に合うか。スイミングや硬筆教室から勉強の方へシフトするのが遅すぎたか、という気もします。でも、結果がどうなるかは分からないけれど、子供の成長は著しい。最近、いつのまにか、ピアノがぐんと上達した気がします。曲も以前より弾き応えのあるものになってきて、表現も見違えるように豊かになってきました。多分、本当に豊かな音楽の世界に足を踏み入れて成長していく時期なのでしょう。今のスタイルならば、受験を挟んでも続けていけると思います。そして、ピアノもこんな風に上達しているのだから、彼女の頭の中では色々な事柄がぐんぐん成長しているのだろうな、と思うのです。見えないけれど。練習していないように見えても、勉強していないように見えても、それなりに上達はしている。親がそれを台無しにしないようにしなくちゃ。頑張って褒める所を探します。
2006.07.03
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一昨日はN研を休んだゴルリナでしたが、今日は無事に行くことができ、「クラス上がったよ。」という嬉しいニュースを持って帰りました。直近のカリテは良くなかったのですが、その前のカリテと公開のお陰で上げてもらえたようです。いっぱい褒めてあげました。明日はセンター模試。電車に乗って、某大学まで行って受けます。何も準備していないに等しいです。昨日も、今朝からも、色々言ったのですが、勉強しません。せっかくクラスも上がったのに、云々、と、言いたい。けど、せっかく褒めた直後なのに、あまり言っても逆効果なだけ。自分で自分の行動の結果を受け止めてもらうしか、ないらしい。やる時には、自分のペースでは、やっているようだから。 母も鍛えられます。
2006.07.01
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