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ガンの告知をされた時、晴天の霹靂。私は上歯肉癌でしたが、歯肉に止まらず上アゴの骨まで溶けていました。そんなことになっているとは思いもよらなかった。なぜ私が。どうして?本で調べてみると、歯肉癌は男性に多い、とありました。私は女です。また、タバコが原因、ともありました。私はタバコは吸いません。また、下顎側に多い、とありました。タバコのヤニなどの物質が下側に溜まるから。私は上顎でした。どれも当てはまりません。お酒も飲みません。暴飲暴食、しません。ごく若い頃には痩せ過ぎのガリガリで、その頃に、ある程度の甘いものは食べていい、と考えるようになりましたが、たくさんは食べませんでした。最近は程よく痩せ型でしたがずっと体重は安定していて、ずっと健康診断では悪いところ無しでした。家族のためにも農薬や食品添加物はできるだけ避け、生協の健康志向の食材を常用していました。肉ばかり食べ過ぎるということもなく、魚や豆製品もよく食べていました。水道水にはトリハロメタンが入っていると聞いて浄水器を取り付け、こんなものじゃまだと夫に外されたりしていました。癌が分って夫は言いました。「そんなに健康にばっかり気をつけ過ぎるから、ガンになんかなるんだ。ほら、僕はそんなに気をつけないけど、ガンになんかならない。」反論できません。そんなもの? ま~、彼は長年私が栄養をつけてあげたため、最近はお肉がつき過ぎています。一般的な意味での血液検査の値は私の方がいいです。「ガンにはなったけれど、カラダは私の方が健康体よ!」と応酬しています。で、話を戻して。じゃぁ、何で私はガンになったのか。タバコや食べ物が原因でなる人もいると思いますが、どうも私の場合にはそうは思えません。唯一、心当たりがあるのは、仕事のやり過ぎとストレスです。もともと好きで続けてきた仕事でしたが、競争の激しい職場でした。競争なんかしたくない、家庭と両立できる範囲でやりたいのに、評価があり、成果主義です。給料に見合う仕事をしろ、とも言われます。降格されてもいい、給料は半分でいいから、と言っても、そんなことを言う人は初めてだ、と取り合ってもらえません。仕事は面白かったけれど、会社だって競争に負けたら危なくなる。仕事の方針は遂次変化し、上司の言うことも変化し、自分の目標とのずれも生じます。そんな中で成果を要求され、評価されます。普段は極力残業は減らしていたけれど、あの年度末にはやりたいこともあったし、上司のとりこぼしの後始末も頼まれたし、他にもやりたいこともあったし。で、残業60時間超過の申請をしました。その前の月も、60H申請はしなかったけれどそれに近いことをやっていたような。60Hの申請をする人は、うちの職場では特別というわけではありません。そうね、忙しいのね、という感じで、普通に受け止められます。そういう人たちと同じ土俵で競争し、成果の評価をされる職場です。無理を感じていたけれど、夫も協力してくれるし、やればけっこうやれてしまった。年度が明けて、ゴールデンウィークが来ても、頭痛が治らなかったっけ。右の奥歯は鈍く痛んだけれど親知らずだろう、と思って、気になっていたけど放置していました。やっと歯医者さんに行ったのが6月で、それがきっかけでガンの告知となりました。どう考えても、あの仕事三昧の日々の中で本人の気づかないうちにガンは成長していたのだと思います。但し、あそこまで大きくなるには数ヶ月ということはない、数年かかっている、とも言われました。数年かかって生まれてきていたものが、あの年度末でぐ~んと大きくなったのか。同僚の中には、ちゃんと家庭と仕事を両立してやっている女性も複数います。できる人にはできるのです。でも、多分、私は一見できていただけで、自分に無理が来ないようなやり方はできていなかったのです。仕事は面白かった。仕事のお陰で勉強できたし、論文も書き、特許も書き、海外にも行き、学会発表もし、立派な人にも沢山会えました。評価があるのはイヤだったけれど、役もついていたからそれなりの評価はされていたわけです。家族もできて安定した生活もありました。私に足りなかったのは何なんだろう。癌でガ~ンとやられたのは、何かのメッセージ。多分、もっと自分や家族を大事にしなさいというメッセージでしょう。仕事の事を考えると、仕事も惜しい。でも、あれと同じことをもうやっちゃいけないのです。そう、あれだけやったのだからもういいじゃん、という気もするし。でも、じゃぁ、今後どうするのだろう。ま、幸いまだ休ませてもらえます。まずはせっせとお父さんに働いてもらいましょう。
2006.10.31
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昨日、ゴル吉とお父さんは釣りに行ったのですが、正直、期待していませんでした。今まで釣れたことはなかったんです。でも、帰ってきてびっくり。防波堤釣りで遅く(午前10時頃から)始めて、なんと、6匹も釣れた! お父さんと息子で、仲良く3匹と3匹。海タナゴ4匹、カレイ一匹、ナントカ(忘れちゃった)一匹。どれも、15cm弱くらいで、ナントカだけちょっと大きめ。夕飯の一品になる釣果、ご立派でした。小さめなので全部フライにしました。調理は私です。魚をさばく時って、ドキドキします。ブスリ、とおなかの下側に包丁を入れ、内臓を出します。息子は無邪気なもので、余計な感傷は入らないようで平気です。魚の中身を見るのも、機械をドライバーで分解するのと変わらない感覚のようです。先日サンマを買った時、いつもはそのまま塩焼きにしますが、ゴル吉が「分解したい~」と言い出し、さばきました。エラを取り出して感心して眺め、写真に撮ったりしました。イカも息子とさばきました。あの胴の中に、息子の小さい手はちょうど入りました。中身をきれいに掃除してくれました。つやつやした内臓に平気で触っていました。私は目玉を落とすのに息が止まりそうになりました。昨日の魚は5匹は内臓だけ出して、鱗を取って、頭をつけたままフライに。ちょっと大きめだった一匹だけは頭を落とし2枚に開いてフライにしました。包丁を頭の付け根にあてて、ぐいっと力を入れて、頭を落とします。如実に理解してしまう。ここにも1つ、死があります。出来上がった夕飯を前に、息子が言いました。「僕が釣ったカレイ、僕が食べる~!」そうだね、良かったね。とは言え、小さい魚なので、箸で上手に食べられません。私が身をほぐして、口に運んでやりました。こうやって、命がつながっていきます。釣られてくれたお魚さん、ありがとう。ゴル吉を連れて行ってくれたお父さんも、釣れてよかった、ありがとう。
2006.10.30
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ゴルリナ、今夜もやってきました。「お母さん、肩もんで。」低学年の頃は結構もんでやっていました。でも私の退院後は多分言って来たのは初めてかも。昨夜のストレッチでバリアが溶けたのでしょうか。もんでやると、気持ちいい~、と言っていました。そして、その後私をもんでくれました。11時になって、寝ました。素直でよろしい。
2006.10.29
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昨夜、ゴルリナがやってきて言いました。「お母さん、暇!」暇なわけじゃない、勉強することは沢山あることは分っている、だけどやりたくない、だけど寝たくない、イライラする、という意味です。ここで勉強のことを言うのは禁句。キレてしまうのは毎度の経験済み。何を言っても反発されるのは解っているので、ふうん、と言いながら、自分のストレッチをやってみました。普段、リハビリで首の運動はやりますが、首から下の運動というと、歩くくらいしかやっていません。家事やお出かけはできるものの、運動するなんて気力は起こらず、何か動くとぐったり疲れ、昼間もなにかと昼寝をし、夜はもちろんぐったりモード、という日々だったのですが、最近、体力が戻ってきているのですね。昨夜は、身体を動かしたくなったのです。足をあぐらにしたり開いたりしながら、前方や左右に上体を倒してストレッチ。曲げたり、伸ばしたり、ひねったり。気持ちいいです。リンパ節郭清で上がらなくなっていた腕は大分前によく上がるようになっています。上方へ両手を組んで、ぐぐっとストレッチすると、上がります。はらばいになって、ぐぐっと上体そらし。その状態で片腕ずつ上げてみると、やはり手術した側は上がりません。はっ、はっ、と言いながら、左右代わりばんこに上げる練習。その様子がおかしかったらしく、普段私の前ではイライラしていることの多いゴルリナが、ごきげんに笑ってくれました。はらばいになった腰の上に乗ってもらうと、気持ちいい。トントンと肩をたたいてくれました。私もゴルリナの肩をもんだり、足をももうとして嫌がられたり。足を前から頭につける練習。昔はつま先が頭につきました。昨夜やってみると、万歳!つきました。ゴルリナが苦労している様子に、できないの?と言ってみると、本気を出したようで、なんとかかとが頭につきました。負けました。そんなことをやっているうちに11時になったので、寝るように促しました。いつも11時には寝るように、厳しく言われています。いつもはうるさがられる母ですが、昨夜は屈託無くリラックスした様子で、寝てくれました。私が退院してから、ゴル吉は無理やりにでも私に登ってきては怒られていましたが、ゴルリナはそんなこともありませんでした。かえってつっぱりが激しかった。でもやはり、無理をしていたのでしょう。何かと弟との取り合いになる中で、甘えたい気持ちは抹殺していたのかもしれません。娘がリラックスできるためには、やはり私が余裕のある元気な状態であることが大事なようです。多分、勉強しなさいと言うよりも、そういうことの方が大事なのでしょう。今日も、カリテと日特に行っています。お父さんとゴル吉は釣りに行きました。私は、、、暇だ! 幸せ。散歩でもしようかな。
2006.10.29
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まる☆///さんのブログ『がん 楽病日記』に、「心でガンは治るのか」と題した日記がありました。その中でアンドルー・ワイルの本が紹介してあり、ワイルは『病者は心の潜在能力を得て治癒を発動させるために、なぜ外部に信念の具象化ー治療家・霊場・薬・メスーを必要とするのか』と問うているそうです。そして、『効力のある信念とは、感情を揺り動かし、脳の下部にある中枢を通じてからだに結びついている、内臓レベルの信念のことだ。それは頭で考えたことだけではなく、からだで体験したことから生まれる信念』である、と述べているそうです。そういう『内臓レベルの信念』が得られると、治癒を発動させることができるらしい。なぜ、かは、分らないけれど、何だかすごく納得。癌っ、とやられないと、分らなかったんですよ。やられてそれだけでも右往左往、わけの分らぬ間に手術だ抗癌剤だ放射線だと治療を受けて、やれやれよろよろと脱力状態の私。つっぱった顔や首は煩わしい。食べにくい話しにくい自分はうとましい。こんな自分を抱えて、いったいどうやって生きて行けっていうの??と思っていましたが。あれは愛の一撃だったのです。川竹さん(癌の患者学)のご本や講演会をはじめ、癌で幸せになった、といったお話をされる方がありますが、「そうそう、がんのお陰で沢山大事なものを教えてもらった、いい経験をした」と思うことも多々あるものの、やっぱり、この不自由な身体は煩わしい、そう思う気持ちはありました。だけど、これは私に身体レベルで何かを教えてくれるためのものらしい。息子が宿題をやらない時、私が口でいくら言ってもやはりやらないけれど、夫がガツンとやると、やるのです。ガツンはやらない方がいいけれど、どうしても分らない時に、分らなくちゃいけないんだと分らせるのにガツンは有効なことがあります。また、行者が悟りを開く時に滝に打たれてわざわざ身体を痛めつけたり、お坊さんが断食をして何かを会得されたり、身体レベルでの行動の助けを借りて精神的なものを得るということがあるようです。この、後遺症の煩わしさというのは、そんな修行なんぞ自分からやるわけがない私に、居ながらにして修行をさせてくれているようなものかもしれない。そう思えば後遺症とも仲良くできるし。癌は心と身体からのメッセージだ、何かを教えてくれている、といったことは、サイモントン療法のカウンセリングでも言われました。だんだん、少しずつ、意味が分かってきているかもしれません。信念の中身はまだあやふやですが。玄米菜食は家族の反対で挫折しているし。信念て、見えないしね。でも見えないから、この残った傷で修行していると思うと、いいかも。ワイルさんは「なぜ」と仰いますが、凡人だから、が答えかも?
2006.10.26
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久しぶりに娘の話。今朝、娘(ゴルリナ)がいいました。「おかあさん、この前のテスト、クラスで一番だったよ。」学校のテストではなく塾のテストだそうです。最近、ゴルリナの中学受験はほとんどほったらかしです。クラス落ちもしないどころか、一番とは驚き。内容は見てないけど、多分、範囲の無いテストでしょう。普段のカリテはそんなに良くないし。それに、公開でもそんな期待は、できない、裏切られるのがコワイ。あれで、漢字と社会をやってくれれば、ず~っと違う結果になるのにな。言い方が難しい。たまに言うことはあるけれど、言えば反発必至で。あの子の持ち味。磨けば自分はもっと光ると分っても、行動を変えられるのは、数年後かも。少しは自信を取り戻したとしても、やっぱり勉強はめんどくさいという気持ちは変わらないらしい。先日の市の体育大会ではリレー選手のアンカーを勤めました。そういう所は相変わらず元気です。あと、以前書いた「いじめられているお友達」は、よく一緒に遊んでいて、電話での受け答えもずっと元気な声になってきました。先生との関係は相変わらずかもしれないけれど、もう大丈夫かもしれません。最近のニュースで、いじめを苦に自殺した子供について、いじめのきっかけが先生の言動だったという報道がありました。先生がいじめの原因を作ってしまうことがあると、先生方も自覚して頂く必要があると思います。
2006.10.25
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今日はリハビリに国際医療福祉大学付属三田病院に行きました、小二息子(ゴル吉)を連れて。行事の代休で今日は学校が休みだったのです。私がリハビリをしている間、息子は待たせておくつもりだったのですが、お姉さん先生にお相手をして頂いて作業療法のおもちゃを触らせてもらって、けっこう楽しく過ごしていた様子でした。三田病院のすぐそばには東京タワーが見えます。今日は息子と、歩いて行ってみました。途中のお店でお昼を食べたので正確な時間は分りませんが、10分程度の距離だったのではないかしら。ずんずんとでっかくタワーが見えてきて、楽しめました。以前登ったことがあるし、今日はお天気も悪かったので上には登りませんでした。おみやげ物屋さんをひやかした後、すぐそばの増上寺に行きました。増上寺さんをゆっくり訪れたのは私も息子も初めてです。東京タワーから行くと、お寺の裏手から近づくことになります。敷地の横の道を歩いている時から、たくさんのお地蔵さんが見えました。小さなお地蔵さんで、みんな赤い毛糸の帽子とよだれかけをしています。お寺の横の門から入ると、息子はそれまで外から見ていたお地蔵さんの列をまた逆にたどり始めました。そして、一つのお地蔵さんに手を伸ばすと、ずれて外れそうになっていた赤い帽子を直してあげました。外から見ていて気がついたのですね。それから、百体かそれ以上はあるのではないかと思われるお地蔵さんを全部見て、ずれている帽子を直しました。10個くらいあったでしょうか。お地蔵さんはどれも幼いお顔で、どう見ても赤ちゃんのお顔でした。多くのものが、何々家、と書いてありました。俗名だれそれ、と、名前があるものもありました。ああ、これは、小さくて死んだ子供の、お墓なんだ、と気がつきました。帽子を直している途中で、二人で何度か手を合わせました。全部のお地蔵さんが、風車を持っていました。風が吹いてきて、ザザザザー、と音を立てて風車が回ります。息子が、かけかえのない命がこんなにたくさんあったんだね、と言いました。『かけかえのない命』は、先日読んだ絵本に載っていた言葉です。ちゃんと意味が分かって覚えてくれていたのを、嬉しく思いました。気がついてみると、お地蔵さんはどれも二つの小さな手を正面で合わせて、拝んでいました。何をお願いしているのかな、世界中が平和になりますように、とお願いしているのかな、と私が言うと、違うよ、絶対違う、と息子が言いました。お父さんとお母さんに、一生懸命、生もうとしてくれてありがとう、って言ってるんだよ。そうか、そうなんだね。その声が、君には聞こえたんだね。そのことを、どうか忘れないで欲しい。沢山の、育つことのなかった命達。その中には、生まれ出る事を望みながらも、それが遂げられないことの悔しさを覚えた魂もあっただろうに。この沢山のお地蔵さんに祭られている子供達の事情を、今の息子が分かるはずもありません。全員が病気や事故というわけではない、と、いつの日か教えなければなりません。でも、どの魂も、今は両親にありがとうと言っていると思いたいです。息子よ、あと10年か、20年したら、今日の事を思い出してね。お地蔵さん達、あなた方の声を聞き取った息子を、どうぞお守り下さい。お母さんもあと30年は頑張るからね。お寺の正面から出て案内板を見ると、子育て地蔵、とありました。来てよかったです。----------今朝(翌朝)になってウェブで調べてみたら、このお地蔵さんは千躰子育て地蔵と言って、子供の無事成長、健康を願い昭和50年頃より奉納が増えたそうです。ということは、全部がお墓だというわけではないということ?? そばにあった絵馬にも亡くなった子へのメッセージがあり、横の安国殿にも「水子供養受付け」とあったので、てっきり、大部分は亡くなった子供のだと思ってしまいました。そうでなかったお地蔵さん、ごめんなさい。全部で1300もあるそうです。見た所以外にもあったのかな。
2006.10.23
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色々食べられるようになってきていますが、ラーメンはまだ外では食べられません。箸で一部を口に入れて、すすって食べるというのは無理。上アゴ切除で口が鼻に通じてしまっているので空気が抜けてしまって、すするということができないのです。スパゲッティならば、フォークで丸めて一まとまりにしてから口に入れられるのだけど。家ではラーメンは、小さな器に取り分けて食べています。それでも、時間がかかるからのびてしまって、おいしくありません。口から鼻に通じてしまっているからダメだ、と諦めていたことで、最近できるようになったことはストローを使うこと。正確に言うと、できるようになったわけではないのだけど。鼻をつまんで吸えば、飲み物を吸い込めるということが分ったのです。ストローで飲むのはコップの水をストローでブクブク吹くリハビリの、反対をやることになります。ブクブクはちょっと上達して、以前よりは上手です。吸う方も、ちょっとだけは口に入ってくるようになりましたが、実用にはなりません。が、鼻をつまめばばっちりです。鼻をつまんでいても、口を密閉状態にして減圧にするということ自体も、ほっぺたが痛くなったりして難しかったのですが、練習でだんだん吸えるようになってきました。かっこよくはないけど、曲りなりにでもできるのは嬉しい。前までは、外でジュースやアイスティーを頼むと、ストローを使わずにコップから飲んでいました。それでも飲めるけど、気分がね。ストローの方が、微妙におしゃれ、微妙にリラックス、微妙に贅沢。やっぱり、できないより、できる方が嬉しい。鼻をつまんでたらおしゃれじゃないけど、人目につかない席の時にはやっています。ストローが使えないことで決定的に困るのは、紙パックの飲み物を飲む時。先日は自治会のイベントで、とある工場の見学に行きました。終わり間際に配られたオマケは、紙パックの豆乳でした。今までだったら辞退するか、あらかじめ分っていたら紙コップでも用意して移して飲むところです。だけど、今回は、ちゃんと紙パックのままで飲めました。鼻をつまんでるから変だったかもしれないけれど、今更誰も気にはされなかったようです。紙パックの場合は箱を凹ます力も必要なので、より力が要ります。スーパーから毎日、紙パックの黒酢ドリンクとか、買ってきています。練習、練習。そのうち、つままなくても飲めるようになるぞ。そのうちね。
2006.10.22
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海外に行っている弟が家に来てくれました。おみやげはゴディバのチョコレート。手術の後は、チョコレートが食べられませんでした。飲みこみが弱いので、溶けたチョコレートがのどにからまり、すごくのどが渇いたようになって、味わうどころではありませんでした。さらには、唇の感覚が無くなっている上に閉じる力が弱いので、チョコレートがアゴの方にたら~りと流れてしまう始末。アイスクリームも、アゴにたら~りになってしまい、食べるのが大変でした。噛まなくていいし栄養があるよ、と薦めてくれる同病者もあったのですが、私はダメでした。同じような手術をしていても何が食べ易いかは人によるようです。退院後にふらりと入った喫茶店。久しぶりの娑婆を楽しもうと清水の舞台から飛び降りるつもりで注文したチョコレートケーキ。やっぱりアゴにたら~りになってしまい、気がついていない私にウェイトレスさんがそっと教えてくれたっけ。そのチョコレートが食べられるようになってきたのは、半年くらい前だったかな。紅茶と一緒に食べればよいのです。要はお湯で溶かせば、よく噛めなくても早く小さくなり、のども通っていき、ひどい渇きにならずに潤すこともできることが分ってきました。ゴディバのチョコは昔からの私の大好物。手術の後、食べられないと分ってとても落胆したものです。前回弟が来た時に、最近は食べられるようになってきた、と言ったのを覚えていてくれて、今回のおみやげにしてくれたのです。さらに最近は前回よりももっと進歩していたようで、紅茶が無くてもチョコレートが食べられました!スパゲッティを食べる時にも感じていたのですが、飲み込む力や唇の動きも良くなってきているようで、最近はぶら下がったスパゲッティのしっぽも結構上手に口の中に導くことができるようになっています。チョコレートも、気になってタオルで何度か口を押さえましたが、たら~りにはなっていませんでした。先日は息子とサーティーワンにも行ってアイスを食べてきました。 だいぶ人間らしい食べ方になってきたわ!
2006.10.20
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しつこく、心理的介入ががん治療の治癒効果を上げられるのかどうか、について調べていて、こんな本にめぐり合いました。「お医者さんがすすめる代替療法」帯津良一(監修)学研 319p「アトピー、糖尿病、ガン・・・治らないといわれたら読む本 病院ガイドつき 」とのことで、日本ホリスティック医学協会会長の帯津良一氏が書いておられて、この本自体すごく頼りになりそうな本ですが、この中に次の情報が入っていることが分りました。pp.76-77 宗像恒次:SAT療法-免疫力を上げ,がん抑制遺伝子をオンにする新タイプの心理療法この内容自体を読んではいないのですが、SAT療法という心理療法が、免疫力を上げ、がん抑制遺伝子をオンにする療法らしいです。心理的な効果で遺伝子に影響が与えられ、ガンが抑制されるということでしょ。「遺伝子をオン」という内容もまだ勉強中なのですが、次の本に出てきます。「生命(いのち)のバカ力」村上和雄 講談社+α新書村上和雄さんは遺伝子工学の権威で、現在ノーベル賞に一番近いと言われている日本人だそうです。この本の中にもガンのことがちょこっと書いてあります。ガンは心の持ち方によって治療効果が改善されると。どういう機構でそれがなされるかは解明されてはいないが、データは蓄積されている、とありました。データの圧倒的蓄積という事実の方に科学者なら注目しなければならないし、村上さんは徹底的にそうしておられます。それがいのちの『バカ力』という表現なのです。心理的な介入ががん治療の治癒効果を高める、という実証的なデータが積み重ねられているという事実は分っていても、実は権威に弱い私は、内富先生のような偉い方に否定されると、気になって仕方がなかったのです。でも、日本でも遺伝子レベルでこの事実を検討されている学者がおられると知って、かなり安心しました。安心して、前向きになる努力をしましょう。バカ力が出て、必ずいい効果がありますよ。
2006.10.18
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昨日、術後2年のお誕生日をしたのですが、ということは、今の私はあの時に生まれたのかもしれません。あの時の病室は、今の私にとっての新生児室だったと言えるかもしれません。がんを経験して、多かれ少なかれ生き方が変わった、という方が多いようです。他の大病や大怪我でもそうなのかもしれませんが。手術で取って元の通りの生活に逆戻り、という方もあるのでしょうが、私の回りでお話する癌経験者はみな、多かれ少なかれ、何かの変化を経験しているようです。特に変わっていない、という方も、昔と同じ暮らし方というわけではなく、以前よりも体をいたわる暮らし方になったり、仕事の量を減らしたり、内容が変わったり、しているのではないでしょうか。がんの手術をした後も同じように大酒のみの暮らしをしていたが、再発し、再発後には生活を全面的に見直して禁酒、玄米食、般若心経を読むなど、その他私には分りませんが大転換をして、再発がんの手術はせずに既に7年(8年?)も元気に過ごしておられる方もあります。(患者会の『蕗のとう』のMさん。)Mさんは新生してから7歳(8歳?)でしょうか。でも最初の手術後の期間も、きっと新しく生まれるための準備期間だったのでしょう。いくつもの転移がんをかかえているけれど、ミャンマーのお坊さんのセアロに出会って、「『あ、適当でいいんだぁ』と分ってから、楽しむことができるようになった。それからがんの成長が止まった。」と仰る方にも会いました。あの方はセアロに会ってから生まれたのかな。でも、その前の、がんに出会った時から変わるきっかけが始まっていたのかもしれません。私は、まだ、新しいこんな自分が生まれている、とまでは、思えません。だけど、新生児って、眠ってばっかりじゃありませんか。生まれて、動き出すまでの準備の時間は、誰にでも必要なのではないでしょうか。赤ちゃんが生まれる時、お母さんの子宮から出てくるのは大変だと思います。苦しい思いをして狭い出口から出て、生まれて初めての息をして、生まれて初めての大気にさらされなければなりません。その大変さから癒されて動きだすためのエネルギーを蓄えるには、一日の大半を眠って過ごすことが必用なのでしょう。がんの手術も大変です。癒されて動き出せるようになるまで、動き方を学べるようになるまで、エネルギーを蓄えればよいのではないでしょうか。私に色々なことを教えてくれるサイモントン療法のカウンセリングや、セアロの満月冥想は、新しく生まれた私にとっての幼稚園なのかも。今、がんの病室にいる方、そこは新生児室です、良い幼稚園を探して下さいね、と言っては、失礼になってしまう立派な人生経験を積まれた方ばかりだと思いますが、せっかくの大変な経験ですから、まずはゆっくりと休み、それから何か自分にとって新しいものをみつけて下さいね。
2006.10.17
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今日は国際医療福祉大学付属三田病院に行きました。眼科と、リハビリ科と、歯科と、血液検査・頭部CT検査と、頭頸科のハシゴでした。フルコースです。他の科も大きな変化はなく、頭頸科ではCT、血液ともに異常なく、診察でも異常なし。再発する人の9割は2年までに再発するとのこと。ここを越したら次の目標は5年です。自覚症状としても異常はないだろうと思っていましたが、やっぱり異常なしと言われると嬉しいです。小さいケーキを買って帰って、ろうそく2本立てました。ハッピーバースディ ディア 手術のおかあさん、と息子が歌ってくれました。意味はあんまり分かっていないだろうけど。明日も普通の日常の予定です。(PTAの定例会だっけ。)
2006.10.16
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「僕が僕に還る旅」心療内科医でホスピス医の、森津純子先生がこの8月に出版された本です。まだ読み終わらないのですができるだけ多くの人に読んでいただきたいと思って紹介することにしました。写真がついていなくて残念なのですが。森津先生は心療内科医として癌患者を治療することを得意とされてる貴重な方です。品川区東大井にひまわりクリニックを開業しておられます。この本は、フィクション仕立てです。至るところに心療内科医としての叡智がちりばめられているのですが、そうと気づかずに物語として読むこともできてしまいます。
2006.10.15
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眠れません。考えてしまいます。内富先生の否定的な発言は私のトラウマになってしまったかのようです。判断としては、あれは間違っている、と思うのですが、それでもいつの間にか繰り返し考えています。今日、参加しているある患者会から、川竹文夫さんの「すべては、あなたが治るため」という小冊子を送って頂きました。素晴らしい本です。その中に、『絶望のコンビ』という言葉が出てきました。お医者さんの中には自分の治療で治せなかった患者をたくさん見続けて、ガンは治せないという悲観的なイメージを強く持っている方があるそうです。このような医者と、そのイメージに感染して、治らないかもしれない・治らないと思ってしまった患者とがコンビを組んでガンと戦い、両者のイメージ通りになり、治らない、これを絶望のコンビと呼ぶそうです。前にコメントの所で書いたように、内富先生の所で心理的介入が治癒成績を良くするという結果が得られないというのも、このようなイメージの相乗効果がおきているのではないかと思います。前向きになっても治癒や余命によい影響を与えることはないということが分かっている、というその言葉は、まるで死に神の宣告のように、忘れようとしても耳の後ろの方から聞こえてきます。私自身、多分あの文章を読んでから免疫力が下がっていると思います。しかし、このような先生方を責めることはできないのです。ものすごく真面目で誠実で、患者のことも心底心配されて、可能な限界を超えるほどのベストを尽くそうとされる方が多いのでしょう。真面目だからイメージは悲観的になりやすい。そしてそういう方ご本人がガンになると、特にイメージ通りに悲観的な結果になるらしいのです。国立癌センターの総長の方が何人もがんで亡くなっておられるのはそのような理由、と川竹さんも書かれているのですか、私もそんな想像をしていました。一患者が天下の国立癌センターの偉い先生方についてこんなことが書けてしまうのがインターネットの恐いところです。でもここが精神腫瘍学の本質だと思うのです。うつ病の研究がメインでいいわけはないのです。国内トップレベルの研究・治療機関である国立癌センターです。権威があります。その言葉はインターネットで広く届けられ、気にしないつもりでも弱っている癌患者には影響を与え、コンビという以上の『絶望の拡散』をしてしまう。実証データを虚心に認めるのが科学的な立場です。癌の治癒率を上げましょう。繰り返し再発して治療を必要とする患者を減らしましょう。患者のためによい効果があるものは何でも、使って欲しいものです。世界に追いつきましょう。三大療法で間に合わないことは明らかなのだから。
2006.10.14
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最近、spiritualangelさんのブログで、サイモントン療法に言及されていました。医療を専門とされている方で、アメリカ留学中の方です。私以外の方がブログでサイモントン療法について書いておられるのを読んだのは初めてです。大変参考になりました。
2006.10.12
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がん治療における心理的介入が治療の上で良い効果があるのかどうか(サイコオンコロジー)。日本では否定的な言及をされることがありますが、大学院生の方のお話などとしては、アメリカなどではがん治療に心理的介入が組み込まれるのは既に一般的、とのことでした。既に数百?の論文も出ているらしいです。がん情報サイトというページがあります。米国国立がん研究所とライセンス契約しているサイトだそうです。文部科学省から委託されて、(財)先端医療振興財団というところが情報配信しているそうです。このサイトの支持療法(癌治療の副作用、癌の合併症の管理及び心理社会的関心)というページに、癌医療における霊性というページがあります。霊性というのは必ずしも宗教と同じではなく、霊的ではあるけれど宗教的ではない人、とか、宗教的ではあるけれど霊的ではない人、とか、が、あるそうですが、アメリカ人成人の90%は神への信仰を表明しているそうです。がん治療における心理的介入には、グループ療法やカウンセリングで治療や生活の上での不安やストレスを解消するといったこと以外に、牧師さんによる介入も含みます。重症患者に牧師さんなどによるケアを行うことは長年の伝統としてあるそうですが、がんにおいては、医師も治療の初期から、宗教的または霊的な部分で患者と関わることが始められているとあります。非常に詳しく具体的に考察されているので、上記のページを是非ご覧になって下さい。霊性という、極めて心理的な要因が、治療効果にかかわり得るとして、データも出ており、医師もそれを無視すべきではないとされているようです。適応、生活の質、および健康指標に対する宗教および霊性の関係の部分に「積極的な宗教的関わりおよび霊性は、あるメタアナリシスで示されているように健康的な行動および社会的支持といったその他の変数の調整後でも、より良い健康およびより長い寿命と関連しているようである。[14]」と文献つきで述べられています。支持および霊的幸福の心理的価値が十分に実証されてきているという現状での納得できる考察が、考慮すべき問題という項目にまとめられています。日本では牧師さんやお坊さんが病院の患者を訪問されるということはありませんし、精神科医も、終末期の患者に対してすら、死にどう直面すべきかという点については、かかわりきれない、その点は家族に預けるという姿勢で引いてしまう、と、ネットサーフィンしていて目にしました。まして、初期の告知直後から患者は死を意識して苦闘するのに、そんな一般がん患者の心には何のケアもありません。さらに、国立がんセンター精神腫瘍学(サイコオンコロジー)グループの先生は、「こころや行動が、がんに与える影響についてですが、心のケアを受けた人と受けなかった人では、生存率に変わりはないことが分っています。」と断言までされました。何も言わないより悪いです。引いてくれた方がましですし、実証データ的にはまちがっています。文部科学省から委託されたアメリカ国立がん研究所の情報に、心と治療効果のかかわりは重要とあるのですから、じきに訂正されることでしょうけれど。日本の多くの精神腫瘍医や精神科医は死を含めての心のケアをどうすればよいのか分らない、だから治癒効果も否定されているのかもしれませんが、サイモントン療法はそこに1つ答えをくれました。極めて日本的です。ご先祖様がお守りくださる、という考え方です。死んだおじいちゃん、おばあちゃんが、病気が治るように守ってくれる、は、納得できる考え方です。何教というわけではなく、ごく自然に、一般の日本人が受け入れている考え方ではないでしょうか。牧師さんならば「神様が」と仰るのでしょうが、ここでは特定のどの神様でなければならないということはないのでしょう。それぞれの人が、その人なりに、死後の世界も含めた宇宙の中で自分と世界を肯定し、守られていると感じることが、治癒のための力を引き出すのではないでしょうか。そんなもの必要ないという人には必要ないでしょうが、それがあることによって救われる患者があるのに、それを軽視するのは傲慢です。まして否定すべきではありません。私はサイモントン療法のカウンセリングで、ご先祖様の叡智に聞いてみればどうすればいいのかが分る、と言われましたが、退院後でした。告知されてどうすればいいか分らなくなった時にこのように言われていれば、考えるよすがになったと思います。とは言え、霊性、というのは、分るような分らないような、説明のできないものではあります。先日のサイモントン博士の講演会の時に、霊性を分からないという人にどう説明すればよいのですか、と聞いてみました。先生のお答えは、説明しようとするな、でした。説明せずとも分って下さる一般医師や精神腫瘍医が増えて下さるといいなと思います。アメリカでは普通に医師に求められていることのようです。
2006.10.11
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サイコオンコロジーの、がん患者への治療に心理的介入を加えた時の治療効果の話について調べています。昨日は、このことを解説してくれているページをみつけました。NPO法人ガンバラナイトというところの「サイコオンコロジーとは」。サイコオンコロジーの世界と日本での状況を説明してくれています。詳細は上にリンクしたページを見ていただくとよいのですが、1970年代に乳がん患者について、病気に対する心理的対応が生存期間の違いと対応しているという発表がされ、ついで1989年に、スタンフォード大学のSpiegel(スピーゲル)らにより、乳がん患者について、悩みなどを相談する集団療法を取り入れた場合の治療効果の研究成果が発表されました。「集団療法を取り入れたグループ(介入群)とそうでないグループ(対象群)を10年以上フォローしたところ、平均生存期間が介入群36.6ヶ月、対象群18.9ヶ月 と、集団精神療法を取り入れたグループが約2倍長かったという結果が得られ、大きな反響を呼び起こしました(スピーゲルの研究を引用する文献は800を超えています)。」とのこと。さらに続く研究のことも載っています。これら他にもサイモントン博士の講演会でも紹介されていましたが、沢山の文献が出ているようです。そしてさらに載っているのが、日本人についての、国立がんセンター精神腫瘍学グループの内富先生の研究です。Fukui S, Kugaya A, Okamura H, Kamiya M, Koike M, Nakanishi T, Imoto S, Kanagawa K, Uchitomi. A psychosocial group intervention for Japanese women with primary breast carcinoma. Cancer. 2000 ,89(5),1026-36.(PDFファイル 269KB)内容のまとめとしては、「このことから、構造化された心理社会的介入は文化的な差異を考慮すれば日本人にも適用でき、ガン治療において効果が期待できることが明らかになりました。内富氏らはその研究論文において、今後もさらなる詳細な研究が必要であるものの、今回の調査結果は、アジア全体のガン患者に対する医療への心理社会的介入の応用において、将来の研究・調査に刺激と方向を与えた、と締めくくっています。」だそうです。輝かしい一歩です。このように、この2000年の発表の段階では、この先生もがん患者への心理的介入が治療効果を高めると考えておられたようです。だけど、最近の内富先生のお話では、この効果を否定されていることを昨日書きました。昨日紹介した記事は2005年か2006年のがんナビというページでしたが、「生存率に変わりはないことが分っています。」と言い切っておられ、科学者としては危ない、たぶん間違った断言ですが、もう1つみつけました。「がんになっても」というHPに載っていた、2006年『がん-医と心を考える』セミナーハイライト集に、「しかし、残念ながら現在、そういったことががん患者さんの生存期間に直接関係するという科学的な研究の結論にはいたっておりません。」との記載がありました。こちらも、内容的には否定しています。但し、"直接"とか、"結論には"いたっていない、との書き方で、『がん-医と心を考える』セミナーの記事は一応科学的には正しいのですが。心という形のないものが、体という形のあるものの治癒にどうやって効果を与えているのか、解明できている者はまだ誰もいないでしょうし、もちろん"直接"かどうかは分らないし、何百本の論文が出ても疑問に思う人がいる間は結論にはいたらないとは言えますから。でも、臨床医なら、関係のしかたの解明がされていなくても結論が出ていなくても、効果がある可能性があるなら否定すべきではないし、使っていくべきなのに。書き方は色々ですが最近はなぜか効果を否定されている内富先生も、かつては効果を確認しようとする論文を書いておられたことが分りました。しかし、国立がんセンターのHPや、ここへ研修にいらした方々の研修報告や、ここでの研修内容や、学会発表内容をインターネットで見る限りでは、これに続く研究が国立がんセンターから出そうではないかもしれません。だけど世界の潮流は今更変わらないでしょう。日本以外のアジアの国から研究発表があるかもしれないし。日本の機関の体制も、整っていってほしいものです。また、研究発表になるような規模での実施ができなくても、既に国際的には承認されている研究があるのだから、個々の病院で実施することはできるわけです。見つけた中で好ましいと思ったのは、横浜市立大学附属病院(福浦)の専門外来(婦人科腫瘍・がん)。治療に神経科(精神腫瘍学の専門家)も加わったカウンセリングが含まれるとあります。うつ病になっていなくてもカウンセリングが受けられそうで、上の方に書いたスピーゲルさんらの研究結果をちゃんと受け止めて最新の治療をして下さっていると期待されます。こういう姿勢が広まってほしいと思います。横浜市立大学附属病院は、私が最初の頃に行ってお世話になった横浜市立大学医学部付属病院の名前が新しくなったものです。今まで何回か書いていますが、海のそばの、とっても良い病院です。
2006.10.09
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サイコオンコロジーについて調べています。今朝みつけたのは、2004年 8月17日にテレビタ情報局・24時間テレビ企画で放送されたという、『大切なのは心です~がん研究者のある活動~』。熊本大学大学院の宮崎光二セバスチャンさんが、NPO法人サイコオンコロジカル・カウンセリングというものを立ち上げ、サイコオンコロジーにもとづくカウンセリングを行っているという番組紹介です。一部引用すると、「がんに打ち勝つという強い精神を持つことで、がんを乗り越える」というもの。欧米の研究ではすでにこうした強い精神を持つことで、がんの治癒率や生存率が高まることが証明されている。とのこと。この方は大学院に所属されていたようですが、将来の夢は「サイコオンコロジー専門のクリニックか病院を作ること」だそうです。ひょっとして、今はそれができているのかもしれません。日本では大学院生などにはこのようにサイコオンコロジーの本来の重要性を正面から受け止めてくれる方も現れているのでしょう。他方、癌治療の国内トップ機関である国立がんセンターに日本で最初に設立されたという精神腫瘍学開発部の部長の内富庸介先生の解説記事もみつけました。ここには、「こころや行動が、がんに与える影響についてですが、心のケアを受けた人と受けなかった人では、生存率に変わりはないことが分っています。」とあるのです。上の宮崎さんのお話とは正反対。一応、「一見がっかりする結果のように思われがちですが、このことから1ついえるのは、無理に前向きにならなくてもよいということです。」と我々を慰めて下さっています。でも、この内容は、欧米では多々発表されている実証的な研究結果には反するもの。ま~、科学の進歩の過程では色々な立場があって、この方は、いわゆるプラシーボ効果に極端に潔癖に反対される立場であるのか、それとも、こういう立場でいないと、いわゆる3大医療によってがんを征圧するための国内最高の居城であった国立がんセンターで精神腫瘍学を進めることができないからなのか、と、素人目に悲しく推測しちゃいますが。素人の私見としては、いずれ時代の波が、こういう考えは押し流してしまうだろうと思いますけど。なぜ精神面ががんという体の病気に影響を与えるのかは、説明はできないけれど、とにかく影響を与えているという実証的な事実は、前に書いた”対応原理”みたいに、認めてしまうのが科学的な立場なのに。一応分ったのは、国立がんセンターの精神腫瘍科に、患者への心理的介入によって治癒効果を高めることの研究成果を期待するのは無理だということ。精神腫瘍学はがんの治療には立ち入らず、死にゆくがん患者の精神面の苦しみを緩和することが役目という立場のようです。このところ内富先生がよく発表されているテーマはがん患者のうつ病の研究、がん患者の苦しみの内容の国際比較、など。極めつけは、がん患者のトラウマについてというのがありました。私にとっては、がんを死にゆく病気、精神をも病むような病気、として扱われること自体が、トラウマになっています。がんを死にゆく病気として捕らえた中でトラウマを癒そうというテーマを上げること自体、問題設定のセンスが根本的にズレているんじゃないでしょうか。がん患者も半分は治癒し、普通の生活を送るのに、患者が"一見がっかりする"とまで分っておられるのに、なぜそちらに注目しないんでしょう。本質的にがっかりはしないとでも仰りたいようだけど。それだけでトラウマはかなり減るのに。国内の多くの病院や大学から、国内トップ機関としての国立がんセンターへの精神腫瘍学の研修に行かれる方があるようですが、ここでの研修だけでなく、精神腫瘍学の原論文のサーチや、海外の病院の現状についても、勉強してほしいと思います。既に多くの方がそういう勉強をされて、上の宮崎さんのように本来の精神腫瘍学の課題に取り組んで下さっていることと思います。応援します。そしてがん医療が、変わっていきますように。
2006.10.08
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日本の精神腫瘍科は、本来の精神神経免疫学に基づいた癌についての認識に届いておらず、日本的ないわゆる精神科になってしまっている、と昨日書きました。この領域は日本では新しいのですが、場所によっては精神腫瘍科と言わず、サイコオンコロジー科、と言っています。サイコオンコロジーは精神腫瘍学を英語にしただけ。でも、一応語感は違って、従来の日本的ないわゆる精神科を連想させないためでしょうか。日本人にとってだけだけど。学会名も最初は精神腫瘍学と言っていたらしいですが、今はサイコオンコロジー学会と言っています。何か、希望が湧いてくる新しい学問ていう語感を与えることを期待してなのでしょうか。日本の精神腫瘍科はうつ病など精神に病的な不全状態をもつ場合を対象とするものが殆どで、国立がんセンターを含めて、本来の旬の精神神経免疫学に基づいた治療をしてくれるところは極めて稀なようですが、稀には、ありました。やっとみつけたのは、群馬県の伊勢崎市民病院の、トータルサポートチーム。ここは今年の8月にがん診療連携拠点病院に認定されたそうですが、素晴らしいです。トータルサポートチームの中に精神面担当医師という方がおられて、この方は、サイコオンコロジーに言及して「こころと体を切り離しては十分な治療にはならない」と言って下さっています。この先生は、うつ病になったがん患者だけでなくがんの治療をする患者全員が、治療のためにこころについてのケアを必用とすることを分って下さっているようです。他に、関西医科大学付属滝井病院の心療内科。治療内容の説明に「各科のがん:サイコオンコロジ-(精神腫瘍学)に基づくがん患者さんの治療やケア」とあり、がん患者の治療、と言って下さっています。がん患者の精神病の治療とは言ってないのです。この病院の他のページを見ても、素人目にですが、ここのお医者さんにはちゃんと旬の精神腫瘍学の意味が通じていると期待してもいいんじゃないかと思える印象です。他にみつけたのは、桜美林大学の国際学人間科学専攻 健康心理学専修2003年度修士論文要旨の、「笑いと健康に関する研究」。ヨーロッパやアメリカの医学分野での心理的介入はすでに一般化している、として、精神神経内分泌免疫学や精神腫瘍学の進展と笑いの効果についてまとめてくれています。欧米ではすでに一般化しているという医学分野での心理的介入は、日本では地方の一部の病院で始められていて、また、一部の大学の学生さんの研究テーマに上がっている、という状況のようです。あとは、サイモントン療法のように、大病院とは離れて実施されています。日本でのメジャーな研究も、追いつくように頑張ってほしいな。
2006.10.07
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心療内科という科があります。心身症について診療する科だそうです。ストレスが原因となって生じる病気について治療します。胃潰瘍や気管支喘息や蕁麻疹などが含まれるとのこと。でも、心療内科という科があるのは、日本とドイツだけだそうです。アメリカや他のヨーロッパの国では、心理面が原因となって生じる体の病気は、精神科で扱うそうです。つまり、世界の殆どでは、心身医学は精神医学と分けられておらず、心身症は精神医学を学んだ医師が精神科で診るものとのこと。日本では精神科と心療内科が分けられているために、精神科ではストレス起因の胃潰瘍は診てもらえない。日本では精神科は体の問題とは離れた精神の病を診るところのようです。日本で最近生まれてきている精神腫瘍科の殆どは、日本的なところの精神科のようです。がん患者はうつ病やせん妄に陥る者が多いから、ケアしないといけない、また、末期の者は死の恐怖に直面するから、ケアしないといけない、ということらしいです。これ、違うと思うのです。がん患者は別にうつ病にならない者でも、告知、治療、治療後に、色々な精神的な負担を経験します。そして、治療中、治療後の、長い長い時間を、多くの他の病気の方や健康な方と同じように、再発や死のことを考えながらも、普通に日常生活や仕事をしながら過ごします。今のがん医療はそこはず~~っと放置して、まるで再発するのを待っているかのように、ただ定期検査を延々と続けるのです。みつかって初めてお医者様の出番になる、なんて、何のために病院に通ってるのか、空しいものです。その後に末期の状態になったり、他の病気ででも、皆が結局死ぬわけです。最後の所だけケアしようとしても、効果が薄い。良い死に方ができるかどうかはその前に良く生きられたかどうかではないですか。癌⇒精神病や、癌⇒末期、死 のイメージは、やめてほしいものです。精神病にはなっていないけれど生き難さを経験しているがん患者は多いはず、というか、殆どのがん患者はそうなのではないかしら。せっかくできてきた精神腫瘍科、いわゆる日本的精神科ではなく、心療内科にもなってほしいものです。っていうか、精神腫瘍学の醍醐味は心療内科的な部分、精神神経免疫学が示すように、精神状態が免疫系に働いて治癒に影響を与えるという部分ではないのでしょうか。アメリカでは1970年代に告知などについての議論が一段落して、その後に心理状態ががんの治療に与える影響についての研究が急速に進んだそうです。心理状態への介入をすると治癒効果が上がるという結果が続出とのこと。日本も追いついて欲しいです。
2006.10.06
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精神神経免疫学関連のことを調べてます。精神状態とがんのことを調べる学問を、精神腫瘍学というそうです。日本ではなじみがないですが、急速に展開してきているのかもしれません。日本サイコオンコロジー(精神腫瘍学)学会は1986年に創設。国立がんセンターの精神腫瘍学研究部は1995年に創設。広島大学医学部は、わが国のサイコオンコロジー分野ではパイオニア的存在だそうで、『サイコオンコロジー:がん医療における心の医学』(1997年)という著書があるそうです。その著者の1人の内富庸介氏という方が、国立がんセンターの精神腫瘍学研究部の初代部長になられたそうです。年度が前後するけど、広島大の教授の方の解説 にそうありました。今年の春に精神腫瘍科が新設された大学病院もありました。国立がんセンターの精神腫瘍学グループの見学研修というのも、行われているそうです。だけど、それらの精神腫瘍学の活動内容の印象は全体に、地味って言うか。いえ、素人目にですけど。内容、目的が、がんにまつわってうつ病になったり、不眠になったり、苦しんでいる状態を、どう緩和するかということに終始しているようです。やっぱり、日本の精神腫瘍学では、特別に苦しんでいないと、手をさしのべてもらえない。いかに日常生活を元気に過ごし、がん患者でなく健康な人間になっていくかという観点は、殆どゼロです。ま~、国立がんセンターの所長さんからして、何人もが癌で亡くなっているということですから。がんセンターでなくとも癌研病院でも、先生方の忙しさは殺人的とも言える状況でした。あれで病気になられないタフさ、患者のために誠心誠意の尽力をして下さるありがたさは、すごいと思ったものです。でも、そんな先生方から一般人へ、精神的に楽に元気にして癌を治していって下さい、という言葉を期待するのは、不自然で無理なことかもしれない。わずかに、上記の日本でのパイオニア的書物の紹介には、「がん患者の精神状態を前向きにすることで、がん細胞の増殖を抑制しようとする精神免疫学に関する研究も重要なテーマとしている。」という記述があります。でも課題のテーマには上ったけれど、現場のテーマにはなっていない。まだ告知も十分に浸透しておらず、さらに精神科学への偏見もあり、課題満載ということらしい。日本では、よほど参っているがん患者でないと、精神腫瘍科にかかってもかえって憂鬱になっちゃうのかもしれない。サイモントン療法は現状、大病院の医療とは別個に展開されていますが、それでいいのかもしれません。でもアメリカ(やイタリア?)ではそうではないようです。先日、サイモントン療法のホームページの、医療従事者のコメントのところが新しくなっていましたが、UCLA前教授でアメリカ癌協会の支部会長のコメントがありました。サイモントン博士はアメリカやイタリアでは大きな賞ももらっています。日本ではマイナーですが、きっと、日本独自のこの分野への寄与ができるはず。じきに日本の精神腫瘍学も追いついてきて、日本のがん患者を幸せにしてほしいものです。そして世界のがん患者も。---と、書き終わった所でまたちょこちょこ見ていたら、葉っぱさんのところに精神腫瘍科情報がありました。さすが葉っぱさん!
2006.10.05
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昨日は、サイモントン博士の講演会に行きました。年に一回くらい、毎年日本にみえるようです。統合医療ビレッジでのカウンセリングは受けましたが、博士ご本人から、さらに本質的なポイントについての情報が欲しいと思いました。一番、欲しかったのは、実証データについての文献の情報です。ばっちり、文献情報がありました。1970年代に博士が先駆的な研究結果を発表して以来、計4件の基礎研究文献、3件の比較対照研究文献の、総計7件の論文が出されているそうです。サイモントン療法は、日本ではあまり知られていません。ホームページはありますが、トップページの印象が、癒しとかヒーリングとか、一見して、医療とは関係のないヒーリングサイトなどとの区別がつかないものになっています。本は出版されていますが、どれだけの医療関係者が読んでくれているものかどうか、あまり期待はできません。また、一般向けの書籍で効果を分り易くするための症例がどれだけ載っていても、それでは実証データにはならないのです。アガリクスなどの健康食品についての本にどれだけ体験談が載っていても、それでは医学的な効果の実証にはならないのと同じように、どんな素晴らしい症例の紹介でも、それではエンジニアの夫や、同僚達は、納得しません。と思うので、まだ話してはいないんですけどね。だから、実証科学としての文献が欲しかったのです。今回は文献7個みつかったので、大満足です。7という数字が、結構多いな、というだけでなく、そもそもそれ以前のベースとなる理解が、ずっと以前に日本よりもずっと先を行っています。1960年代には癌治療機関のトップの方が、精神面が癌治療において極めて重要であることを指摘され、西洋医学の限界に言及しておられるそうです。アメリカ政府の代替医療への予算も莫大なものであったと聞いています。サイモントン博士の研究も、博士1人でされたのではなく、回りの多くの仲間の研究者と、予算的な支持があったのです。そういう背景の中でこれらの文献の研究が行われ、発表がされています。日本の医療のトップの考え方や予算はどうなんでしょう。歴代の国立がんセンターのトップの方は、がんで亡くなっているとか聞きましたが。がんにおける精神面の重要性をご存知だったのでしょうか。アメリカではどうなんでしょうね。科研費の項目に、精神神経免疫学はありましたが、見てみると行われている僅かな研究は、患者数が小さくて統計がとれないようなもので、短期間のものでした。日本での研究は始まっているけれど、ばらばらに小規模に行われているようです。上記の7件の文献は極めて重要だと思いますがメモなどとれなかったので、頼んでみたところ、講演レジュメのファイルを送って頂けることになりました。
2006.10.04
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精神神経免疫学というキーワードにたどり着いたのですが、この分野は、成果が得られつつあるものの、超最先端の分野です。精神的なものは、脳の働きに関係しているのだろうけれど、脳のどこにどうやって宿っているのか、そもそも意識というものはどうやって脳から?生じているのか? その説明はひとまず分らないとしても、心理状態が免疫に影響を与えることは、笑うとNK細胞活性が上がる、などのデータが報告されています。どうやって脳から生じているか分らない精神状態は、どうやって脳につながる体の免疫系に影響を与えているのか。まぁ、どうやって、というところは分らないままでも、とにかく影響を与えていることは確かなのです。対応原理みたいなもの。量子力学と古典力学の対応原理を思い出します。量子力学の黎明期、理屈で説明できない量子力学を、平均的には古典力学に対応する、としてとにかく受け入れることで、この新しい科学は発展することができました。かつてのいわゆる西洋医学は、体を心とは別個のものとして薬や手術で治療しました。この薬は効く、とあらかじめ精神的に思い込んでいて効くのはプラシーボ効果(偽薬効果)として、排除しました。プラシーボに拠らない効果がなければ薬ではないのです。だけど、いわゆる西洋医学、体だけについての実証データに基づくことを要求する西洋医学は、とうに時代遅れのようです。それでは病気が治らないんです。アメリカなどでは大分以前から、東洋医学や代替医療が重要視されていると聞きます。思い込みのプラシーボで、ホントに効果があることは日常に経験します。酔い止めだと教えてお菓子のタブレットを娘に与えたら、ホントに車に酔いませんでした。痛いの痛いの飛んでけ~、で、ホントに子供は泣き止みます。自分にだってやってみるといいです。ホントに痛みは減ります。精神と神経・免疫系の相互作用は重要視され、研究が進んでいるようです。一旦は西洋医学は体を心とは別物だと考えていたので、これは最先端です。とは言え、カウンセリングが一般論としても盛んな国であるからなのか、アメリカでの癌のサイモントン療法も、もう30年の歴史があります。が、日本の病院ではそういうことをケアしてくれませんでした。精神面はノーケア、放置でした。精神面の話をすると、胡散臭いものにひっかかかるな、とか、つまらない心配をするな、とかの扱いでした。とにかく、お医者さんは手術をしてくれるのでした。でも、ここに来て、漸く変わり始めてきたかもしれません。国立がんセンターのホームページが新しくなりました。そこに、精神的面のケアのことが書いてあるのです。(がんとつきあう 心のケア) 始めの方は、癌の告知からの各段階で、落ち込んでいないかどうか、特別な配慮が必要な状態になっていないか、のスクリーニングのようなものが書いてあります。そして、癌と言われて落ち込むのは普通です、心配要らないです、みたいなことが書いてあります。これは、私のトラウマを刺激します。そう、普通、と言って、放置してきたのです。それが放置することを正当化する論理だったのです。でも、今までは正面に出ていなかったけれど、国立がんセンターには、精神腫瘍学テーマを掲げるグループが日本で始めて、何年か前に作られていたそうです。それが、正面に出ていて、ページの最後の方で、私達はがんばります、みたいなことが書かれています。日本の精神腫瘍学も、やっと歩き始めてくれたのでしょうか。心が体に関係している、という、古くからあるはずの普通の認識に、最先端でやっとたどり着くという、不自由なものですね、人間というのは。
2006.10.02
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