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「超」整理法などで同じ身野野口悠紀雄氏が、「週刊ダイヤモンド」に掲載していた「『超』整理日記」として連載(2005年4月30日・5月7日合併号から2006年3月25日号まで)していたものをまとめて発刊されたのが、この「日本経済は本当に復活したのか?」だ。 もともと、「週刊ダイヤモンド」を気に入った特集号だけ見ていて、そのときに少し読んでいたわけだが、まとまったし、タイトルに惹かれて買ってしまった。最近景気がよくなったという報道がなされるが本当なんだろうかという思いがあり、それで思わず手にとった。 サブタイトルに、「根拠なき楽観論を斬る」とある通り、全11章で構成されるが、野口悠紀雄氏の憂慮から発する理路整然とした批判が繰り広げられる。第1章は、まさにそのメインタイトルにある通り、経済を取り上げる。増益になったことや、金融機関が不良債権処理をしたという事実は認めた上で、それが不十分であったり、小手先であったりするということを、さまざまなデータと国際比較をもとに反論がなされる。 企業増益は、一時的なものであり、利益率は国際比較においては低いこと、企業収益の回復は、今までの時代を担ってきた企業であって、次代を担う企業や業界ではない。そしてその企業収益の回復も、家計を犠牲にした結果にもたらされたもので、企業の増益が、家計、すなわち賃金の増加につながっていないことが説かれる。そう説かれると、マスコミの報道で景気回復が言われる割には実感できないことが理解できた。そして、これは、トーマス・フリードマン氏の「フラット化する世界」に描かれたいた世界レベルでのアウトソーシングの影響ともいえるものである。 ライブドア問題については、「モジリアニ=ミラーの命題」の提唱者の一人、マートン・ミラー教授が、ノーベル経済学賞受賞時に記者に業績について簡単な説明を求められたとき、「ピザを五つに切ろうが七つに切ろうが、総量は変わりないということを証明した」と、答えたことを引き合いに出して、ファイナンス理論は、本来ムダな支出や愚かな投資を避けるためのもので、錬金術として金儲けできるものではない。ライブドアが株式分割(ピザを五つから七つに切り分け)で大もうけしたのは、その理論にあわない現在の制度、そういったことができてしまう株式市場の整備が必要であると説いている。確かに業績を上げた結果、もしくは上げそうだから、それに期待して株価が上がるのは分かるのだが、やはりそういったことではない手段で株価が上がるのは不自然なことなんだろう。 民営化について、1年前に小泉首相が郵政民営化を問うて総選挙を行ったが、野口氏は、本当に民営化すべきは現時点では、公的年金であり、郵政ではないこと(以前はご自身も郵政については民営化すべきと論じたことを認めながら)、なんでも民営化がいいのではなくて、まずは官と民の役割分担を考えるべきで、それがなくとにかく民営化はおかしいと述べられている。確かに2年前にスウェーデンに行ったとき、記憶が正しければ、地下鉄は国でやるほうが安定してできるということを答えたのを覚えている。日本も鉄道をそうすべきというわけではないが、そういったきりわけをきちんと行うことが必要なんだろう。ただ、それをいきなり明示すれば、変革を加えられる予定の相手は、猛反発するわけだし、混乱を生む可能性もあるから難しい問題もあると思う。 今日よく聞かれる「企業の社会的責任」「共生」などにも批判が加えられ、自分自身そういった言葉を考え直すのにいい1冊だと思う。日本経済は本当に復活したのか 根拠なき楽観論を斬る著:野口悠紀雄 ダイヤモンド社定価:1,600円+税 2006年8月24日第1刷
2006年09月21日
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2週間くらい前に読み終えていた1冊。これを読もうと思った理由は、数ヶ月前からお寺に通い、座禅を始めた。お寺で座禅をするうちに、ブッダはそもそもどういったことをおっしゃられていたんだろうという思いからだ。 この本は、ブッダが現れた当時の時代背景の説明や、ブッダの生涯を追いかけながら、ブッダの教えが展開されるので、とても分かりやすい。 ブッダは、古代インドにおいて、農業を中心とした部族集団から、商業が発展し、都市国家が形成される時代の転換期に生まれた。時代の転換期というのは、たとえば、中国の春秋戦国時代の諸子百家のように新しい思想が無数に生まれるもので、インドもそうだったらしく、仏典によると、ブッダが活動した当時、「六十二見」といわれるブッダ以外の思想家が活動していたんだそうだ。 この本を読んで最も印象に残ったことが、ブッダは、理想のバラモンとしてのあり方を説いていたことだ。真の高位のものとしてのバラモンを説いていたというのは、驚きだった。その真のバラモンとは、無一物であって執着のない人、すべての束縛を断ち切り、怖れることなく、執着を超越して、とらわれることのない人と説く。すなわち、これは、カースト制度上のバラモンを指しているのではない。人としてのあり方を表しているのだ。 もしかすると、ブッダは思想家として活動を始めた頃は、自らが当時の支配的な宗教であったバラモン教の「真のバラモン」を説いたのであって、始めから仏教だったというわけではないのかもしれない。そして、それはブッダの死後、弟子たちによって仏教教団としてまとまったのかもしれないのではないだろうか? もう一つ驚いたことが、仏教といえば、修行をし、執着を捨てることによって、「悟り」を開いて、輪廻転生の繰り返しから解脱することと理解していたんだが、ブッダが苦行を積み、ようやく悟りを開いた後も、悪魔が現れて、ブッダを惑わそうとし、ブッダはずっとその悪魔と戦い続けているということだ。「悟り」を開くことがゴールだと思っていた自分にとっては、新鮮な驚きだったし、逆にそれだけ人間の執着を絶つことの難しさを実感した。 この本を読んだあと、つづけて読んだのが そもそもこちらを先に購入したわけだが、少し味気なかったんで、理解を深めるために、先に前の本を読んだ。こちらの訳者と前者の作者が同じなので、かぶっているところもあったが、前の本で、ブッダの背景が分かったので、味気なさが消えてよかったと思っている。 ただ、これらの本を読んで思ったのが、インド→中国→日本と北伝ルートの仏教が、ブッダの修行を重んじ、修行をして悟りを開くスタイルから、念仏や題目を唱えすればよいという形になったのかが、よく分からない疑問となった。ブッダの人と思想著:中村元 田辺祥二 NHKBOOKS定価:970円+税1998年7月25日 第1刷発行 2006年2月10日第12刷発行ブッダのことば スッタニパーダ訳:中村元 岩波文庫定価:860円+税1984年5月16日 第1刷発行 2006年1月11日第45刷発行
2006年09月03日
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