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共に、生きる。3,4年前の秋に花粉症になった。私の場合とにかく目の症状がひどく、毎日が結膜炎で目が腫れぼったくなり、目も開かなかったので、コンタクトも止めて今はめがねである。しかも、血液検査をしてもらった結果、ほぼ年中の花粉に反応していた。それが、なぜか季節を追うごとに、年々ましになっていくなぁとは思っていたのだけど、今さほど症状は出ていない。多少目がくしゃくしゃする程度。私、治ったのでしょうか?薬も全然飲んでいないし、何にもしていないんだけど、なんでだろ?またコンタクトが入れられるようになるかもしれないよ。
2014/02/28
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竹林から御託を並べてたてている私ですが、そんな私の家だってかつてはそうして建ったのです。(2/1の日記参照)咲いてましたよ。(2/6の日記参照)
2014/02/27
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つまりは、好きです、と。私はおねえさんのカフェの常連客。これまで本当にいろいろなカフェを巡ってきたが、おねえさんを超えるカフェは未だに見当たらない。自分の好みかどうかは、まずは外観から始まり、店内の雰囲気、メニュー、接客、おいしさ、そして私にとっては絶対条件である静かにゆっくりと読書ができる空間、大体このトータルで決まる。お店がオープンしたばかりだとか老舗だとか、立地が良いとか悪いとか、私にはあまり関係がない。どちらにしても良いところは良いし、立地が悪くても行きたかったら行くからである。そして重要なのは、その店主や従業員のお人柄。つまり、度々ここに綴っているように、私はおねえさんが大好きなのである。いつも明るい笑顔で接客し、付かず離れずのおもてなし。なんとなく雰囲気はサザンの原由子さん。お店は築50年だけど、すっきりとした清潔感が保たれている。使用されている器なども、欠けても金継がされてあって、丁寧に使われているのもとても良いと思う。最寄りの駅から一駅先なので、いつもてくてくと30分ぐらいかけて歩いていく。何回通っても、その道すがらのうきうきわくわく感は変わらない。そして今日、お雛様のはがきにお手紙を書いて渡したよ!
2014/02/26
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ながーいマフラーを いっしょに巻こう一年前の今頃は、妹は妊娠中だった。まだまだ妹とのわだかまりがあり、旦那さんと一緒にこちらへ日帰りすると言えば、その都度逃亡を試みていた私。朝早くから夜遅くまで、行くあてもないのに、ただブラブラと徘徊していた。そして、もんたともんじがこの世に存在する今。私、これでも少しは心が大人になりましたよ。ご近所さん家の白梅が満開ですっごくきれいから写真撮りたいんだけど、敷地内には侵入できません…。
2014/02/25
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『尚のピアノつぶやき帖(ショパンバラード2番) その十三』「先生のレッスンさえ受けていれば、上手く弾ける」。ずっとそう思っていた。先生の言われたように練習していさえすれば必ず上手く弾けると。私は、自分の頭で考えることをしなかったのだ。こう言われたからこうする、先生に注意されたのだからこう弾かないと、と。今となっては、なんと浅はかで甘えた考えだったかと自分が恥ずかしい。今はショパンのバラードを一人で練習している。一人で練習するということは、主観的にも客観的にも自分の音楽を全体を通して見渡すということ。自己満足だけでは良い曲は仕上がらない。また、聞き手側や外見のパフォーマンスばかりを意識し過ぎると、中身がまったくない曲に仕上がる。今の私に求められていることは、楽曲そのものを十分解釈してどう弾きたいかを明確にし、場面場面、一音一音に責任を持つこと。「私」という色のついた音色を出せるように研究すること。そして、その音色に弾き手である私の心を込めること、だと思う。
2014/02/24
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馥郁たる梅の香り昨日、本当に本当に些細な嬉しい出来事があった。急に舞い込んできた思いも寄らぬ朗報。チャレンジしてみようかしら。
2014/02/23
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『尚のピアノつぶやき帖(ショパンバラード2番) その十二』若い時は、もちろん指も動くし、なんと言ってもスピード感がある。「はち切れんばかりの」という言い方がぴったりだと思う。だけど、歳を重ねてから弾くピアノは、悪くない。人生経験が、音色として、オーラとして、音楽性として、現れるようになるからである。だから、同じ曲を弾いたとしても、若さ溢れんばかりの仕上がりと、円熟した大人の色気を纏った仕上がりと、どんな色にもなることができるのである。指が動かなくなったからと言って、引退ではないのが、ピアノの良いところ。やっぱり、私は一生ピアノは弾き続けていきたいと思う。おっとっと。今日2月22日は、にゃんにゃんにゃんでねこの日だそうですよ(笑)
2014/02/22
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残月私にはやりたいことがあるの。夢があるの。でも今はまだ修行中なんだ。
2014/02/21
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下萌え「私にとって旅は、 いろいろな習いごとにいっぺんに通ったように心にたくさんの引き出しを作ってくれるもの」「なにかを作ることよりも、作業する時間を作ることが大切」「ネガティブなことであっても、そこには必ずギフトがある」「自分自身にそれほどまでに期待をかけなければ、もっと気楽に生きてゆくことができる」「うまく描くということは人に良く見てもらいたいと思うために描くということに通じている」「不自由を常と思へば不足なし」「世の移ろい-世の移ろいは場所を選ばない」「恩は石に刻み恨みは水に描け」「喫茶店は人生の止まり木」「暗香(あんこう)浮動…どこからともなく微かに漂う梅の花の香り」「しかし、くよくよしていてはいけません。 過去を振り返るのではなく、さきを見るのです」「安全すぎる人生に嫌悪を覚えるのも人の性なのです」「夜がおそくなると、その魅力が汗くさくなる」「<歩くことは、書斎> アリストテレス」
2014/02/20
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かわいい 梅まだ赤みは遺っているものの、やっと小鼻にできていたヘルペスが治った。立春だったか、にできたので、結構長引いてしまったが、治ってくれて素直にうれしい。と、また今日新しいヘルペスができた。今年に入って既に3回目と、かなりのハイペースである。元日、立春、そして今日『雨水』、ある意味、めでたい。またか、と、うんざりとした気持ちしか芽生えなかったことは否めないが。えっと、そんなに疲れているんだろうか、私?春は毒出しの季節と言われるが、そんなに毒素が溜まっていたんだろうか、私?まぁ、溜め込むよりは出した方が当然いいので、存分に出してください、私。かわいく撮れた♪すごい寒いけど、季節は確実に進んでてうれしいね♪
2014/02/19
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こんにちは の 輪外へ出ないと新しい出会いや発見はないと思っている。だから、お散歩をする。美術館へ行く。お寺や神社へ行く。カフェへ行く。そうやって感じたものを自分なりに噛み砕き、今後に生かしてゆきたい。雪が大変なことになっていますね。みなさんお気を付けくださいね。
2014/02/18
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がんばろう人間の平均寿命は、数年後には90歳に達するに違いない。医学は日進月歩。目にも留まらぬ速さで突き進んでいる。もう、簡単には死ねない時代だ。だが、私は、今後なんらかの病気が告知されたとしても、延命治療などは受けず、ありのまま、自然のままに命をまっとうし終えるつもりでいる。一体後何年生きなければならないのだろうか。おそらく「まだまだ長い」ことは確実だろう。自然の力によって、今こうして心臓がとくとくと鼓動を刻み、今こうして肺がすーすーと淀みなく呼吸を続けているのだから、私たちはただそれを続けるしかない。
2014/02/17
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ここほれわんわん冬は、冬というだけで気持ちがすっきりしませんね。雪や曇りや雨の日が続くと、頭も重たくなります。因みに昨日は満月でした。だんだん春が恋しくなってきましたよ。
2014/02/16
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『尚のピアノつぶやき帖(ショパンバラード2番) その十一』ピアノを練習していると、ついつい上手く弾かなきゃ、とか、上手く弾きたい、と思ってしまう。手首の使い方もこうじゃない、体の持っていき方も、ここも、ここもこうじゃない。今まで演奏会に多々出演してきたので、それはただ単に過去の栄光にすがっているだけなのである。今回弾いている曲は、去年の9月に練習し始めたので、1年後の今年の9月に仕上げることを目標にしている。小さなスタジオでも借りて、そこでたった一人で弾こうかと考えているのだが、実はパートナーへの曲のプレゼントにするつもりなのだ。こんな私をいつも温かい心で見守り続けてくれてありがとう、という感謝の想いを込めて。
2014/02/15
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できること、できないこと。多発性硬化症(MS)を発病し、とうに6年半が過ぎていた。ずっと、おへその辺りまで浅いプールに浸ってる感じである。その境目は曖昧。あーなんとなく痺れが始まっている。あーなんとなく痺れが終わっている。下半身にはまだ痺れは遺こり、ぼや~っとして不思議な感覚である。なんとも表現し難い。でも、もうすたすたと歩けるし、走れる。それを長時間続けることはできるにはできるが、非常に疲れるので、まだ難しいけれど、もう慣れっこである。冬はたくさん着こんで掛け布団もたくさん掛けるから、布団の中は思った以上に温まる。足の痺れが敷布団を伝わり、掛け布団にも伝わり、私だけいつも地震が起きているような錯覚のまま眠る冬。でも、これも慣れっこだ。毎日すやすやと、以前より遥かに熟睡している。ただ、「右足の指先に左足のかかとをつけて、左足の指先に右足のかかとをつけて、という風に歩幅を開けないで一本線の上を歩いてみてください」は、今でもできない。今日はこちらでも雪が積もりましたよ!
2014/02/14
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イズ ベスト私はシンプルなものが好き。例えば、紅茶ならお砂糖も入れないストレートで、コーヒーならブラックで、ソースやドレッシングや醤油などをつけ足すことはほとんどせず、その素材のまま味わう。パンも、クロワッサンや、ただクルミやレーズンなどのナッツが入っているだけの硬いパンが好き。噛めば噛むほどに旨味が広がる。ついでに言うと、この世で一番好きな食べ物は、炊きたてほかほかのお米です。選びたい放題(笑)いいなぁ~
2014/02/13
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<もんもん通信 番外編>実は、もんもん、4月から保育所へ入所することに決まった。もんもんは8月生まれなので、ちょうど1歳になる今年の8月頃から保育所に預けるつもりでいたのだが、妹の住んでいる地域に待機児童がいるということと、年度途中で、しかも二人同時に同所へ入所するという条件を飲んでもらえる所はなかなか難しいと言われたことから、一番決まりやすい年度初めの4月入所で希望を出していたのである。それが、早くも、あっさりと入所決定。0歳児にして保育所へ預けられることとなった。そして、妹は予定では5月に職場復帰する。母乳も大体1歳ぐらいで卒乳するなどと言われるが、保育所では母乳の取り違えというトラブルを防ぐ為(とんでもないことです…)、離乳食とミルクだけになるそう。私はまず免疫の問題が頭を過ぎってしまうのだが(そりゃあミルクより母乳の方が良いに決まっていると思う)、もんもんはかなり早く卒乳することになりそうだ。もんもんの送り迎えは、近所に住む旦那さんのお母さんにも手伝ってもらう為、旦那さんと妹の職場の近くではなく、敢えて家から近くの保育所を選んだ。お母さんに全面協力をしてもらって、夫婦共働きで稼ぎ、今住んでいる結婚当初に購入したマンションを売り払って、一軒家を買うという野望を抱いているらしい。0歳児は、保育料が一番高い。しかも二人分なので、妹のお給料とトントンになるだろうという話だ。妹としては、4月から預けられることになってよかったと思う反面、やっぱり溺愛するもんもんともっと一緒にいたいという親心から、気持ちはとても複雑で悶々としているそう。ついでに、もう仕事もしたくないと。同じように子どもを預けて働いている知り合いの方に、「3歳ぐらいになってから預けたら親と離れたくなくてわんわん泣くけど、 まだ0歳でまったく何もわかっていないから、ぽんと預けちゃえば楽よ」と言われたらしいのだが、私からすると、なんて勝手な理屈だろうと思ってしまう。それでも、妹は預けるのである。いずれ子どもを授かった時に産休をもらい、また職場に復帰できる『保険』を得る為に、正社員になったのだから。ところで、旦那さん、実はある病気が見つかり、来月手術をするために入院する予定だ(良性の腫瘍を取るだけなので大丈夫です)。またこのお話は後日綴ろうと思っているが、私は、このまま突っ走るとなんとなく共倒れになってしまうんじゃなかろうかと、妹を案じている。と、こんなにも心配しているのは私だけで、いつも何でもなんてことなく上手くこなしていくのが妹だった。ふぅ、やれやれ。それより、もんたともんじは妹の元を離れて一日中保育所へいられるのかしら?
2014/02/12
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月のない夜だった父が他界して数年後、突然、母の四国八十八か所お遍路さん巡りが始まった。バスツアーで参加し、時には泊まりになることもあった。母なりに、父を亡くして何か考えるところがあったのであろう。あれから約10年。この度、とうとう満願したそうである。まぁ、よかったと思う。ただ、ツアーに参加する度に御札や何やらそういう物をもらってきて、母はその度に壁やらに飾るようになった。今回の満願のいただき物は、子どものおままごとのような「紙幣」だった。聖徳太子と「三億円」と書かれたA4サイズぐらいの、ただの紙。母は、それをリビングの壁に、しかも逆さまに貼った。聖徳太子が壁でひっくり返っている。おそらく、「そこに」逆さまに貼れと言われたに違いない。誰かが家へ訪ねて来れば(誰も来ないが)、あ、ついに頭がおかしくなったのだなと、誰もが思うであろう。もう、一度貼れば、母が死ぬまでは、もしくは、自分で気付くまでは、そこに在り続ける。まず、自ら気付くということは皆無に近いと思われるので、母が死ぬまでそのままだろう。私は、判断力が鈍っていく母を見ていると、歳を取るとはこういうことなのだなと、思わずにはいられない。
2014/02/11
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雪解け水そんな工事の真っ只中にひっそりと、だけど大きくどっしりと建っている行きつけの図書館。(2/1の日記参照)最寄りの駅から家への帰り道にあるので、返す本や借りる本がなくてもいつも必ず立ち寄るのが私の習慣である。図書館には、とても多くのスタッフが働いている。と言っても、おそらくほとんどは臨時職員だと思われる。変わらず顔を合わせるスタッフはほぼ限られていて、ほとんどのスタッフが1,2年でころころと入れ変わる。そんな中で、ここ半年ほどよく見かける女性スタッフがいる。おそらく同じ歳ぐらいではないだろうか。なんとなく私と雰囲気が似ている。そのスタッフも私のことを知っているのは確かで、何となくだが気が合いそうな気がするのである。かと言って、いつも挨拶をするだけだし、うーん、どうしたものか。ちょうど生後6ヶ月になったもんもん。もんじは風邪を引いて熱を出し、もんたはついに寝返りができたそうです!
2014/02/10
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螺旋階段の向こうには一週間冬ごもりをしていたので、久しぶりに外へ出てみると、空が澄んでいた。目に映る景色、鼻へ入る空気が身体に沁み渡る。今日は、初めて行く美術館へ行ってきた。オフィス街にひっそりと佇む、たった一室しかない小さな小さな美術館。うっかり通り過ぎてしまいそうだった。展示物も数えるほどしかない。だけど、丁寧に書かれた説明文とともに、一つ一つの展示物があるべき場所に心地良く収まっている、という印象を受けた。また、ここへは足を運ぶことになりそうだ。
2014/02/09
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緑茶とみかんが、おいしい。というか、まぁるい柑橘類全般が。実は、以前はあまり食べなかった。酸っぱいものを食べると汗が出るので、避けていたのだ。それともう一つ、「ピアノを弾くから」。爪を短くしていると柑橘類を剥くのが指が痛いということと、手ににおいが付いて、その後にピアノを弾くことがどうしても嫌だったのである。(わかっていただける方もいるかと…。)なんとも不純な動機だが、そんな鎖にがんじがらめにされることもなくなったので、今は存分にいただいている。とても、おいしい。今日はこちらでも雪が積もりました。みなさんくれぐれもお気をつけくださいね。
2014/02/08
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つまりは、こころ「おちついた、おだやかなこころは、 丹田(おへそより指三本くらい下にあるお腹の奥のところ)に こころがおさまっていることをいうのだそうです」「人間を生きることは、くさりのように、つながって生きることだからです。 ひとの個として生きるには、一生で自分がなしえることはあまりにもすくないのです。 だから、先人の智慧をうけつぎながら、 くさりのようにうけついでいくのだろうとやっとわかりました」「栄養を摂るとは、動物蛋白を食べなければ駄目だとの思いこみです」「命は天から与えられたものだから、これは天が決めることだ。 まだこの世に用事があるのだったら生かされるだろう」「現象ややり方は同じようでも、心の世界が変わると、細胞が活気づき、元気よく動き出す」「それで喜んで生活し喜んで食べていると、その心を自然が応援する」「心が楽だと神経も楽、体も楽なことを体が教えてくれました」「食べ物としての限界はこの自分の心の在り方なんだ。 心の世界が開拓されなかったらそれ以上は治りません」「大切なことは巡り来るチャンスをどうキャッチするかです。 その糸は目には見えませんが、心のアンテナでつながっていく。 そして時も人生も流れ動く。 これだと思った時には短いも長いもない。 チャンスは「その時」しかない。 遠い近いもない」「いつ芽が出るのかわからないけれど、根を育てておけばいつか良くなる」「わたしの根は森の奥深くにある」「みんな金や物が大事だというけれど、時だよ。 時間が大事だよ。 時をどう生かすか殺すか、それで決まりだ」
2014/02/07
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冬眠中今できているヘルペス。結構、ひどい。右の鼻の横、小鼻全体にぷつぷつと、左の鼻の中にも、ぷつぷつと。左は鼻の中なのでまったく見えない。だけど、右の小鼻は真っ赤に膨れ上がっていて、鼻が一回り大きくなったよう。膿んだぷつぷつが生々しい。ついでに両耳から鎖骨にかけてのリンパ腺も痛み、のども渇く。鼻なので、マスクで隠せるとは言え、数ヶ月は跡形が残ると思われる。久しぶりにここまでひどいヘルペスができた。だけど、薬は飲まずに自然治癒力を頼りに治しているところである。寒い、ですね。
2014/02/06
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『尚のピアノつぶやき帖(ショパンバラード2番) その十』月に数回とはいえピアノを定期的に弾くようになり、靄がかかったような音だったのが、だんだん一つ一つの音がピンと立ってきたように思う。腕と手の筋肉が少し戻ってきたからかな。<おまけ、連弾情報>先輩から楽譜が郵送されてきて、2曲とも先輩がプリモ(高い方)、私がセコンド(低い方)を弾くことになりました。2曲合わせて約10分間の演奏です。今、少しずつ練習しています。引き受けたからにはそれなりに上手く弾かないといけないので、若干責任を感じますが、それよりも楽しみだという気持ちの方が勝っています。やっぱりピアノは好き。本番まで、先輩と、ピアノと、素敵な時間を過ごしたいと思います。
2014/02/05
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ありがとうとさようなら早くも、今年2回目のヘルペスができた。1回目は元日に、2回目は立春に。ここ数年自分の身体と向き合う暮らしをするようになって、1年の身体のサイクルがわかるようになった。自律神経が整ったので、実はもう夏が苦手ではないこと。これからの花粉が飛ぶ時期に鼻風邪を引いたりして体調を崩してしまうこと。以前は、花粉症と風邪を引くことがとても嫌だったけれど、どうやら私の解毒の時期でもあるようなので、ヘルペスも花粉症も風邪も大いにひどくなってくれて結構よ、と、最近は思う。
2014/02/04
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無は宝隣に座った大学生ぐらいの女の子、「暇が苦痛でしかない」んだって。以前の私なら大いに理解できるけども、なんとまぁ!何にもない、暇な時間こそが、我が心を育てるのです。今日は節分。恵方巻きといわしを食べましたよ!
2014/02/03
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やま目の前に、今から必ず登り始めなければならない大きな大きな山が、どんと聳え立つ。てっぺんなど、てんで見えやしない。時に、愛情深い二つの手に包まれてただまっすぐと進み、時に、よくわからないけれど、周りの友達たちがぞろぞろと連れ立って一本道をずんずんと進むので、私も一緒になって大きな歩幅で闊歩しないといけないのだと勘違いし、時に、天へ向かって泳いでいるんじゃないかと思うほど気持ちよくすいーっと進み、時に、あ、この山は一人で進むのではなく「一人で登る」のだということに気付き、時に、山を登る速さが日に日に減速して、まるで背中に薪を担いでいるんじゃないかと思うほど足が重たくなり、時に、友達たちの背中はもう完全に見えなくなるぐらいまでに遠ざかり、時に、ついに足が一歩も前へ出なくなって切り株に腰を下ろしてじっとうずくまっていると、お尻に根が生えていつしか2年の月日が経過し、時に、仙人がどこからともなく現れて、お前を弟子にしてやるから何も言わずについて来いと言われたので、二つ返事でほいほいとついて行き、時に、突如舗装されたアスファルトの階段が目の前に開け、2段飛ばしでわき目も振らず駆け上がり、時に、ずる賢い根性が頭に芽生え、もっと楽をして速く駆け上がれるはずだと3段飛ばしにした途端、足を滑らせてあっという間に真っ逆さまに転げ落ち、時に、なぜか仙人と行く道は登れば登るほどひどく天候が悪くなっていくことに気付き始め、長靴が泥にはまって歩けないのでもうこの道は止めようと辞退して方向転換し、時に、まったく予期していなかった落とし穴にずどんと落ちて尻餅をつき、立ち上がることさえも目を開けていることでさえもできなくなり、時に、もうここでこのまま眠ってしまおうかと考えていたら、首に赤いリボンを結んだ一羽の鳥がぴよぴよと飛んできて、こっちに楽園があるからおいでよと真っ暗闇の穴から数年かけて這い上がり、時に、またこの山を登るのかと嫌気が差しながらも、この鳥と一緒になら笑いながら登れるような気がし、時に、アスファルトではなくくねくねした道や沼地ばかりだけれども、とても平坦で歩くのには苦労しない道が前に延び、時に、なぜか私はこの山の斜面を真横に歩いているような気がするけれども、そこに道が延びているのだから、この道にはもうたくさんの野花が咲いているのだから、それに従って登り続けるしかない。
2014/02/02
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私の望みは、最寄りの駅の東側、徒歩約5分圏内が、全域工事中である。以前の面影は皆無になり、道路が広げられ、線路の上には橋が架かり、桜並木はすべて伐採され、昔ながらのスーパーやクリーニング屋さんは軒並み閉店し、その代わりにこぎれいなマンションが立ち並んだ。私の家は駅から徒歩約10分なので、毎日多くの作業員が蟻のように忙しく働き回る現場を横目でちらりと見ながら通り過ぎる。今日、駅からぞろぞろと歩いてくる、首から緑の名札をぶら下げた人たちを多く見かけた。なんだろう、と思っていると、どうも今日からモデルルームの公開と賃貸募集が始まったらしい。みな一様に妹夫婦のようなおそらく30代の夫婦で、一人ないしは二人の幼い子どもの手を引いている。ふと、みんな妹夫婦のような暮らしをしているのだろうな、と思ってしまった。
2014/02/01
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