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【左側の顔面痙攣 エピソード51】9/29(月)電車の中からぼーっと外の景色を眺めていると、うっすら色付いた木々が季節の移ろいを知らせてくれる。そうか、もう紅葉の季節かぁ、早いなぁ。美術館へ行く。以前に一度だけ行ったことがあるのだけど、日本国民なら知らない人はいない某◯を創設した方の、コレクションしていた蒐集物を公開するようになった美術館である。展示品の数は少なかったけど、内容は満足。昨日のお風呂上がりに体重を測ったら、1.5kg落ちていた。なんでだろう、食べているのに。数年かけて少しずつ少しずつ戻していったのに。食欲が落ちていた、ということならわかる。経験上、私自身は食べていると思っているのに、実際は落ちているって良くないんだよ…。これ以上落ちないようにしないと…、一度落ち始めるとどんどん落ちてゆく。9/30(火)今年も残り3ヶ月となる。近所の金木犀が満開だ。ところで、蛙さんは一体いつまで鳴くのかしら。もう10月だよ?『クリスマスのケーキの予約承り中』って、もう何が何だか、ちょっと、よく、わからない(苦笑)へんそくがんめんけいれん。病名とは、得てして、長い。えっと、一時的に顔のあちこちで痙攣していましたが、結局のところ、ずっと続く顔面痙攣は左側の顔の下半分のみとなっています。見た目には、もう一息というところまで治りました。ただ、どれだけ症状が良くなっても、左耳に響く音だけは大きなまま消えません。
2014/09/30
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天を変える 蛙そうか、周りの人間が変わったんじゃない。私が変わったのか。
2014/09/29
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【左側の顔面痙攣 エピソード50】9/26(金)歯の詰め物がふわふわとして取れそうだったので、歯科へ行く。詰め物が取れるということはつまりは虫歯だということは知っていたのだけど、「固いものでも食べましたか?虫歯ではないですね。」と言われ、嬉々として飛び上がるも束の間、ブスっと麻酔を打たれてしまう。固いものなんて思い当たる節はない。詰め物を新しくするそうである。歯型を取られる。結局、1時間もかかる。と、2時間半〜3時間で麻酔が切れると言われるが、右のほっぺたと唇と舌の感覚はない、噛んでも痛くない、お茶さえも飲めない、とんでもない、5時間が過ぎてやっと感覚が戻ってくる。完全に麻酔が切れたのは、実に8時間後。まったく、左側は痙攣中だし、私の顔はいつも忙しいわぁ。あーあ、カフェへ行きたかったのになぁ。美術館のチケットを格安で3枚買う(3枚で1枚分ぐらい♪)。とっても楽しみ♪9/27(土)例の難病の医療費助成の書類が届く。最近少し元気になりかけていたのに、こういう書類が届くとやけにうんざりする。書類をすべて熟読→主治医に書いてもらう書類を病院に提出→それを受け取りに行く→市役所で必要書類をもらう→保健所へ提出、毎年毎年結構疲れる一仕事なのだよ、と言いたい。でも、ちゃんと申請しとかないと。どんなに読書にのめり込んでいても、蛙さんが鳴いたらすぐに気付く。だって、お友達だもんね。9/28(日)急に思い立ってピアノを弾いてみる。えーーー、いつぶりでしょうか。痙攣が始まってから初めてか?とにかく3ヶ月は弾いていなかったことは確かだと思う。ちょっぴり楽しめたよ。
2014/09/28
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目を瞑る「昨年は、何も無かった。一昨年は、何も無かった。その前のとしも、何も無かった。そんな面白い詩が、終戦直後の或る新聞に載っていたが、本当に、いま思い出してみても、さまざまの事があったような気がしながら、やはり、何も無かったと同じような気もする。私は、戦争の追憶は語るのも、聞くのも、いやだ。人がたくさん死んだのに、それでも陳腐で退屈だ」「私の生命を先に消さなければ、私の胸の虹は消えそうもございません」「饒舌には十度の、沈黙には、一度の後悔がある」「人間は、単純なものであった。些細なことで、現実はすぐ変化する。案外傷ついていない。すぐ、起きあがって微笑む」「人生はそれぞれに、他人の容喙(ようかい)を許さない、様々なアラベスクを持っているものだ」「色々な過程を経て、人間は、素気なく、この世から消えて行く。一例に神の子であり、また一例に悪魔の仲間である」「ドレスの生地を間違って裁断した時みたいに、もうその生地は縫い合せる事も出来ず、全部捨てて、また別の新しい生地の裁断にとりかからなければならぬ」「どの人間も、絶望は長く、喜びは短い」
2014/09/27
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カチンコチン私は、触られることが苦手だ。だから、美容院に行くことも苦手。女性が好きなエステなど論外である。ピアノを弾いていた頃、腕の腱鞘炎で整骨院に数回通ったことがあったが、結局緊張して身体に力が入ってしまい、意味がなかったので、行くのを止めた。マッサージはいいなとは思うけど、行こうとはまったく思わない。歯科も半年に一回定期検診を受けに行ってはいるが、その度に緊張する。友達など、知っている人の軽いボディタッチはいい。だけど、知らない人に長時間触られるなんて、なんとも理解し難いのは、私だけだろうか。
2014/09/26
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【左側の顔面痙攣 エピソード49】ひどく衰えを見せていた「趣味欲」全般も、やっと回復の兆しが見えた(ピアノを除く。ピアノは、蓋を開けようとも思わない)。やっぱり、美術館と、てくてく歩いて写真を撮って、お気に入りのカフェで一息することが一番私らしくいられるようだ。だが、顔面痙攣が始まった6月からいまいちすっきりせず、どこか無気力の状態が続いている。何がと言われるとこれと言ってないのだけど、うん、なんとなく、特に理由はないよ。私は、このままずっとここで暮らしてゆくのだろうか。「今はゆっくりする時だ」と自分に言い聞かすも、そんな風にして、もう前回のバイトを辞めてから4年近くもゆっくりしている。一応夢は抱いているものの、積極的に行動している訳でもなく、ただ乙女のようにふわふわとした淡く儚い想いに浸っているだけ。しかも、その夢にそこまで固執している訳でもない。〜であればいいなぁという程度の淡い期待。他にふとしたチャンスが降って来れば、間違いなく飛びつくつもりだ。でも、チャンスなんてそう簡単に訪れるものでもなく、いやそれ以前に、自分から動くつもりはまったくない。いやはや、なんとも厚かましい話だ。すべてがシャボン玉のように虹色で淡い。いかにも、私は淡いの連続だ。泡にならなければいいのだが。何もかもを痙攣のせいにしているけど、ただ単に自分にもっともな理由が欲しいだけなのだろう。情けない気はするけど、やっぱりどこかで痙攣が引っかかっているのだよ。これは再発だったの?要するに、私は、日々気力が湧いてこない。
2014/09/25
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【左側の顔面痙攣 エピソード48】9/22(月)すごく良いお天気。暑いぐらいだけど、お日様に元気をもらえてうれしい。そうか、台風が近づいているということは、また体調が優れなくなるってことか。より厳選されてゆく目的地。以前は、とにかくいろんなカフェや場所へ行ってみたかった。いろんなものを見たいと思っていた。だけど、その中から「お気に入り」になってまた行きたいと思うところは、正直そうなかった。今は、数少ないお気に入りのカフェや場所に行ってゆっくり過ごせたら、それで幸せだと思う。いろいろ足を運んでこの目で見たからこそだと思いたい。今年初めて、小さなゴキブリを退治する。また、右目の周りの一時的な痙攣が始まる。…なんで?9/23(火)秋分母が栗を蒸してくれた。包丁で半分に割って、黙々とスプーンでほじくる。秋だねぇ。9/24(水)新月2匹の蛙さんと読書三昧。
2014/09/24
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ハテナな日々何度考えても、裏のお宅の家族構成がわからない。何せ、女性の数(年齢層が幅広い)が多いのである。「お父さん」と呼ばれる人物がいることだけは確かだが、どれだけ窓を開け放っても声が聞こえてきたことはないし、男性は一人だけだと思われる。それに比べ、女性たちは、毎日談笑している。何がそんなにおもしろいのかと思うほど大声で笑っている。ここの辺りは都会から少し離れたベッドタウンだし、核家族で、はっきり言ってみなさんご近所付き合いを避けてひっそりと暮らしている。そもそも誰が近所に住んでいるかさえ知らない。その中で、言い方は悪いかもしれないが、裏のお宅だけ田舎のようなのである。そして、女性たちは、おやつの時間が終わるとこぞってピアノの練習を始める。チューリップを延々2時間聞かされる身にもなってほしい。ごめんなさいね、私ピアノを弾いていたもんだから、手が変わったことがわかるのよ。お察しの通り、平日でも家にいるのでみなさんおそらく無職。その長老はデイサービスを利用している。必ず土日には1歳ぐらいの孫を連れて息子か娘が帰省する。娘がそんなに多いのか?まさかの4世代なのか!?ま、誰一人として顔を見たことはないのだが。
2014/09/23
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【左側の顔面痙攣 エピソード47】なんでこんなに病んじゃったんだろうねぇ。もう痙攣はほとんど治ってるのにねぇ。毎日嫌っていうほどゆっくりしてるのにねぇ。別に体調が良くない訳でもないのにねぇ。ごはんも食べてるしねぇ。自覚してるだけましか。
2014/09/22
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【左側の顔面痙攣 エピソード46】9/18(木)自室で、蜘蛛さんの親子と共存中。床を歩いていて、そのまま直角に壁も歩けるなんて、すごいね。ふと思う。毎日誰とも会わず、誰とも話さず、引きこもった暗い日々を送って私は一体何をしているのか。夜にパートナーとの電話で大号泣する。パートナーは、知り合ってすぐの頃、ある絵本をプレゼントしてくれた。読み返してみる。その絵本がすべてを物語っていた。パートナーは素晴らしい人です。私は、自分が浅はかに思えてなりません。9/19(金)現在、左側の片側(へんそく)顔面痙攣は主に顔の下半分のみとなっている。左耳に響くトトトトという音は小さくなり、頭の奥の方でかすかに鳴っている感じ。でも、昨日泣いたことによって、また左目の下の痙攣が復活する。一進一退。というか、このずっと続く痙攣は精神的なものなのではなかろうか?違和感を感じ、鏡を覗いてみると、右下の歯の詰め物が取れそうでふわふわしている。心なしか、左下の奥歯もなんとなく染みる。まったく…次から次へと…。仕方ない、歯医者に電話するわ。あら、台風が近づいているのね。私の台風は3ヶ月半も最接近中よ。9/20(土)肌寒い日が続く。そして、猛烈に眠い。毛布にくるまって寝続ける。9/21(日)彼岸花って大好きなの。赤と白はよく見かけるけど、黄色(というか山吹色)もあるんだね。見方によってはユリのようにも見えて、すっごくきれい。蛙さんまだ鳴くよ♪
2014/09/21
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【左側の顔面痙攣 エピソード45】なんで今なのかはわからない。8年目の真実。私は「MSであること」がコンプレックスであることに、ようやく気付いた。
2014/09/20
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お彼岸 彼岸花「どこへでも行けるという可能性の雲に乗るよりも、ここで生きると両足を踏みしめる幸福を知った瞬間だった」「もしも全部のしがらみを捨てて旅立ったとしても、生きていれば行き先でまた人間関係の蟻塚はできる」「人は毎日のように亡くなるものです」「あなたの強さは腕力ではなく、意志の力にある」「「正直の頭(こうべ)に神やどる」「テレビの土の科学の講座がはじまると、二階にあがってCDやカセットの音楽に聴きいって愉しんでいるらしい娘たちに、私の少年の日の土のある暮らしのことをどうやって語り継ぐことができるものやら、私にはまるで自信がない」「年齢を重ねていくにつれ、人は「しかし」という言葉を自分の中から失っていく。そして、その言葉を「だけど……」という言い訳の言葉に変えながら生きていく」「あくまで正しい者の味方をする。強い者の味方をするんじゃないんだ」「われわれはみんな、一度は死ぬのだ。古い者は新しい者にその席をゆずらねばならない。それがなければ、進歩ということはあるまいさ」「静寂に包まれた庭に迷い込んでそこにやすらぎを見いだしても、いずれ自分の心に裏切られることになるのはわかっていた。なぜなら彼女は、これまでの人生における迷いも不安も、後悔も失望も、すべて引きずっていたからだ」
2014/09/19
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カフェ 一時代ところで、昨日おねえさんのカフェへ行きましたが、もしかしたら、そろそろ移転か閉店なのかもしれないなぁと感じました。たまたまおねえさんの知り合いの人が来て、あれこれ話をしていたのです。○ビルは家賃が安いとか、○辺りは雰囲気が良いとか、ここにいるだけだと「自分自身の世間が広がらない」とか、新しい○とか、何か次のステップへ動こうとしているような、そんな会話でした。確かおねえさんはここで12年か13年ほどカフェを続けています。いずれはそんな日が訪れます。永遠などありません。そろそろ、そういう時なのかもしれませんね。心積もりだけはしておいた方がいいかな。だいすき。
2014/09/18
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【左側の顔面痙攣 エピソード44】9/16(火)いまいち体調が優れない。お腹の調子も悪い。ということで、お日様に当たろうと思い、日傘を持たないでお散歩へ行く。るんるん。カマキリとアキヲ(のらねこちゃん)に遭遇して気分が上がる。蛙さんも健在。もうすっかり秋ね。さらに、昨日地元の友達が二人目を出産したとのメールをくれて、嬉しくて興奮してしまう。なんと、兄弟で同じお誕生日だって!おめでとう、mちゃん!見えもしない完治をまだかまだかと指折り数え続けるのも、結構疲れる。根気がいる。ところで、私のお誕生日は11月。特に何も理由はないけれど、それまでには痙攣が止まっていてほしいなぁ。無理なら、せめて年内にはね。9/17(水)ここ1ヶ月ほど、この世にはもういない大切な人のことが思い出されて仕方がない。感傷的になってしまう。癒してもらおうと、おねえさんのカフェへ行く。と、おねえさんのカフェの近くで、のらねこちゃんの家族を発見!おそらく10匹ぐらいいた。すぐ側に洋菓子屋さんがあるから、ここにいるとごはんがもらえるんじゃないかしら。ねこの色柄という色柄をすべて網羅した家族で、赤ちゃんねこがたくさん生まれたばかりらしく、じゃれ合う姿が心を和ませてくれる。あら大変、なんて名前にしようかしら!
2014/09/17
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カマキリさんの かくれんぼピクリとも動かない。見つかっていないと思っている。じーっとこっちを見て。あたし、隠れるの上手でしょ?全部見えてるよ(笑)
2014/09/16
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【左側の顔面痙攣 エピソード43】9/14(日)不登校になった頃、「なにダラダラしてんの!行きなさい!」と言われ続けた。MSになって元気になった頃、「毎日なにしてんの?働いたら?」と言われ続けた。でも、ただ、唯一、パートナーだけは、そんなことは一言も言わなかった。ねこがイタチを追いかけているところを偶然見てしまう。いろんな意味で衝撃的だった。こんなところにイタチがいるなんて…。しかもそのねこが福子かもしれない…。さらに、その福子は斜向かいのお家の飼い猫ちゃんかもしれない…!一日中眠い。身体がしゃきっとしない。まるで泥になったかのよう。秋眠暁を覚えずだわ。9/15(月)そうか、世間は連休なのね。ご近所さんたちは、それぞれ個々の有意義な休日をお過ごしになられている模様。私は毎日毎日すっきりしないよ。右目の一時的な痙攣は止まったけれど、まだたまにピクピクとする時がある。涼しくなったので、襟なしのTシャツ→襟ありの長袖を着る。すると、それだけでもう首がかゆい。逆に襟ありの長袖→襟なしのTシャツ、これは大丈夫と思いきや、実はこれもダメ。みんなは、は?って思うでしょ?でも、私は信じられないほどの敏感肌なのよ。もう、仕方ないのよ。さっそくステロイドを塗っている。そして、肌の乾燥も始まった。まったく、もう。今日は夏の空と秋の空が混ざり合う「ゆきあいの空」だったよ。
2014/09/15
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秋の空へと「金の使い道に困ったら、ものを集めるしかないのだ。主だったものをすべて手に入れてしまうと、またべつのものを集めたくなるのだよ」「入口があればかならず出口があるんです」「この世に永遠に変わらないものなど ー 永遠につづくものなどありませんからね」「無理があれば、そのうちかならずほころびが出てきます」「人であれものであれ、本質を見抜くのはむずかしい…」「悟るというのは、冷静に物事を見つめるという意味でしょう?わたしの場合は、もう少し利己的なんです。役に立たない感情は捨てることを学んだのです」 「人間の持つ打ち破りがたい楽観性と、人はそんなに簡単に死ぬものではないという頑固な思い込みが、そのことから目をそむけさせていた」「世間に対して見せているのは仮面にすぎず、その仮面の下になにが隠されているのかはわからない」「思いどおりに生きるためには、苦しみに耐えなければなりません。耐えられない苦しみなどないのです」「人がだれかに同情するのは、相手が自分自身を憐れんでいるときだけです。自己憐憫は現代社会における最大の害毒のひとつですよ」「激しい絶望に駆られて自殺をしようとしてるのなら、ひと晩寝れば気が変わるかもしれないわ。でも、冷めた絶望の場合は違うはずよ。わたしは生きる目的をなくしてしまったの」「どこへ行こうと自分は自分だということに気がついたのだ。それに、忍耐には限界があることにも」
2014/09/14
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【左側の顔面痙攣 エピソード42】9/11(木)もんたももんじも、風邪で熱を出しているそう。一日の気温差が大きいですものね。母が急遽出張しています(笑)左耳にトトトトと痙攣が響くからなかなか寝付けない→だから余計に神経が立つ、と、延々にこの悪循環の中で生活している。お布団へ入っても、数時間寝付けず。朝刊が配達されるバイクの音を聞くこともしばしば。そうしてもう3ヶ月が過ぎた。昨日の夜中は、こちらではどしゃ降りの大雨だった。にも関わらず、その雨の音が功を奏したのか、昨日はお布団へ入ってからすーっと眠りに就くことができた。こんなに気持ちよく眠れたのは、いつぶりだろう。9/12(金)そうそう、決して器量が良いとは言い難い、少しぽっちゃりした下ぶくれの御多福に似ているのらちゃんを「福子」と名付けたんだけど(たぶん男の子)、最近福子を見ない。福子、どこ行ったのー?9/13(土)大きなできものが立て続けにできていく。ひどいものなら直径5cmほどにも赤く腫れ上がり、その中心は黄色く化膿する。えっと、足とか…うん、今6つ目だ。いつまで続くのか…。なんでそんなに化膿しやすいの、私?そんなに毒素が溜まっているの、私?数えてみたよ。心臓が一回トクンと打つ間に、左耳のトトトトと響く痙攣は、だいたい3〜4回打つよ。これでもピークの時に比べると少なくなったよ。
2014/09/13
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顔がにやけます今日はある写真展を見てきた。かわいかったー!
2014/09/12
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秘密の場所ここに載せている写真は、ほぼお散歩途中に撮った雑草である。道端の隅っこに咲く野花や、古い家のぼうぼうに生えた草の中に咲いていた一輪の花や、整備されていない公園、寂れた団地、なんかそんなようなところで。私なりの「四季の名前のわからないお花カレンダー」なるものが頭の中にはできていて、今あそこへ行けばたぶんあれが咲いているだろう、といつの間にか年間カレンダーが完成した。ところが、そんな写真スポットもだんだん減ってきた。いつの間にか工事が始まってマンションが建つのである。ああ、あの小さくてかわいいピンクのお花はなんて名前だったんだろう。ああ、てんとう虫がいっぱい集う憩いの場だったのに。私は悲しくて仕方がない。自然をそのままで残してほしい。あそこの彼岸花は、もうすぐ咲くだろうか。あそこのコスモス畑は、今年は見られるだろうか。これも。すっごくかわいい。キラキラしてる。
2014/09/11
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【左側の顔面痙攣 エピソード41】9/8(月)十五夜 中秋の名月 白露お月見を楽しむ。晴れてよかったな。ピッカピカのお月様が見られたな。うさぎさん、いる?結局、左耳にトトトトトトトトトトと響く痙攣は復活してしまった模様。特に、夜中は寝ぼけていて、心臓の鼓動がこんなにも早く打つのかと錯覚して飛び上がるほどびっくりする。やや症状が逆戻りしてしまいました。今回の痙攣で症状がぶり返したのは初めてです。来月は病院なので、主治医に「治りました!」と報告できるかと思っていましたが、ちょっと難しいようです。9/9(火)満月とても楽しみにしていた美術展へ行く。その一室では、展示物の背面も見られるようにと、それぞれの展示物の背後に鏡が取り付けられている。そこは小さな丸い展示室なので、まるで万華鏡のようにすべての展示物が鏡に映り込み、幻想的な空間に仕立てられている。とても満足。心がスーっとすっきりする。9/10(水)月日はどんどん過ぎてゆく。もう9月も10日だなんて!今年の夏は自然がおかしかったけど、「涼しかった」という点だけに関して言えば、私にはとてもありがたかった。左側の片側(へんそく)顔面痙攣+昨年のような酷暑だったならば、きっともっと辛かったに違いない。ここまで早く回復だってしなかったかもしれない。何と言っても、私の元気の源であった蛙さんの鳴き声と共に夏を過ごせた。運が、良かったのだと思う。9月に入ってから、秋の花粉が飛び始めたらしい。身体が休まる暇もない。ただ、スーパームーンは過ぎたから、少し楽になりそうです。蛙さんまだいるよ♪
2014/09/10
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心の傷いつだったか、お向かいの奥さんが病気で急死した。まだ小学校高学年の一人息子を持つ若いお母さんが。ここ1、2ヶ月で、お向かいさん宅には、世間で言う「悪い友達(おそらく二人)」が、足しげく通うようになった。若い男の子特有の「奇声を発しながら」ゲームをする。夏休み中だって、この辺一帯には、お昼を過ぎると必ず奇声がこだました。お父さんは単身赴任なので、家にはいない。どちら側のおばあちゃんなのかは定かではないが、おばあちゃんと2人で暮らしている。「悪い友達と連日奇声を発しながらゲームにのめり込む」孫を、どう思っておられるのだろうか。お父さんはその現実を知っているのだろうか。私は残念でならない。壁に向かってキャッチボールをしていたあの溌剌な姿など、もうどこにもない。
2014/09/09
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名月を愛でる「「すべてはなんのために存在するのだろう?」それは、人生のあらゆる現象は、自分の喜びか苦しみのために作られたものだと考えたがる、人間が生来持っているエゴイズムを無意識に吐露していた」「だが、わたしの経験からすると、他人のことなど完全には理解できないものなんだよ。それが人生の面白さであり、魅力なんだが」「ときには ー ひとは不幸なとき ー 逃げだしたくなるものです ー」「つまりね、成功が早すぎたんです。それは危険なことですよ、どんな場合でも」 「 漱石」「都も昔の都でなければ、自分も昔の自分でない。都も昔の都なら、自分も昔の自分である」「どうにもならない事を、どうにかする為には、手段を選んでいる遑(いとま)はない」「 ー 人間の心には互いに矛盾した二つの感情がある。もちろん、誰でも他人の不幸に同情しない者はない。ところがその人がその不幸を、どうにかして切りぬける事ができると、今度はこっちでなんとなく物足りないような心もちがする。少し誇張して言えば、もう一度その人を、同じ不幸に陥れてみたいような気にさえなる。そうしていつの間にか、消極的ではあるが、ある敵意をその人に対して抱くような事になる」 「如何に一芸一能に秀でようとも、人として五常を弁(わきま)えねば、地獄に堕ちる外はない」「姫君も父母の教え通り、つつましい朝夕を送っていた。それは悲しみも知らないと同時に、喜びも知らない生涯だった」「かごのなかでは鳴かない鳥もいるんです」
2014/09/08
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【左側の顔面痙攣 エピソード40】9/5(金)とても蒸し暑くて、この夏初めてしんどいと思う。ごはんを食べることもおっくうだと思ってしまう。顔面痙攣が若干悪化して、また左耳にトトトトトトトトトトトトと痙攣が響く。ダメだ、こりゃあ寝るに限る。9/6(土)雨ばっかりだからって梅雨と思っているんじゃないかしら、蛙さん。大量の蛙さんが鳴く。(私の読書のBGM)連日の低気圧と、満月が近づいているせいか、身体がしんどいし、頭痛がする。しかも、3ヶ月連続のスーパームーンだから、そりゃあ体調も優れるはずがないわ。ま、お月見だからうれしいけどね。熟睡して神経が静まったのか、なんとなく痙攣は治まる。ほっとする。ゆっく過ごす。9/7(日)明日はお月見だ。うさぎさんは見えるかな?
2014/09/07
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【左側の顔面痙攣 エピソード39】多発性硬化症(MS)になり7年半が過ぎた。MSになったことで生活が一変し、本当に環境が変わった。時間。人間関係。仕事。物という私を取り巻いていた生活用品。心の中。ありとあらゆるものが一掃された。それはいつか必ず訪れたであろう必然的な掃除あったと言える。そうして、私は身軽になり、簡素になっていった。6月から引き続く左側の顔面痙攣。かなり症状は落ち着いたものの、まだ止まることなく続いている。今は、主に左側の下半分が、心臓の鼓動のようにドキドキ波打って揺れている感じ。もう3ヶ月になったようだ。この3ヶ月の間に、また私の中に変化が生じた。7年半の間に積み重ねて快適になったと思っていた生活だって、あっけなく崩れる現実を知った。人は大抵一日の習慣というものが決まっているだろう。1をして2をして3をする。その次の日も、1をして2をして3をする。おそらく、3をして2をして1をする日はないのではなかろうか。いや、そうやって、その人の一日の生活が成り立っている訳なのだ。ただ、私の場合は、いつの間にやらその数字が大幅に増えていた。去年までは60だったとしたら、気がつけば65に。そしてまた新たな習慣を自ら設定する。しかも、例えば、今日は45と47を省くとか、53をまた明日に回して、ということがどうしてもできなかった。一日すべてを完走。これはもう性格だから仕方がない。だけど、今まで特に負担に感じたことはなく、むしろ私にとっては心地よい習慣だったのである。痙攣が始まったことによってごっそりとその習慣も削り取られた今、私の生活はますますシンプルになった。物は買わない、物は所有しない、という観念に加えて、思い込みもこだわりも惰性で続いていた無理な習慣も、全部全部止めることにした。つまり、一度すべてを必要最低限にしたのである。すると、当然ながら、私には「自由時間」が増えた。生活というものは、日々刻刻と変化していくものだ。いつになっても、生活が「完成する」ことなどない。それなのに、こだわりや習慣という鎖でがんじがらめにすることは、自分で自分の首を絞めているようなものである。なんとも、もったいないこと。もっと柔軟になろう。卵の殻がつるんと剥けるように、いつしか私を何層にも渡って覆っていた固い殻が、落ちた。
2014/09/06
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キラリ北海道に、親戚が住んでいた。脱サラをして、夫婦で喫茶店を営んでいた。小学生の頃だったか、家族でそこを訪れた際、「北海道のおじちゃん」がそれはそれはおいしいココアを出してくれたことを覚えている。そして、私の安らぎの場、おねえさんのカフェ。小ぢんまりとした静かで穏やかな空間。もしも、もしもこの先、私にそんな喫茶店を持つことがあったとしたらば、幸せだろうなぁ。お花が咲いてきましたよ。
2014/09/05
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【左側の顔面痙攣 エピソード38】9/1(月)あめふれば かわずなく(たぶん4匹)さて、9月に突入。ヘルペスはようやくカリカリに乾燥し、今大きなかさぶたがへばりついている。むず痒くて、鼻と口の間にできているものだから、かゆみを紛らわせるために不自然に鼻の下を伸ばしてみたりする。と、ついついかさぶたに手が延びる。おっと、触っちゃダメ。9/2(火)大きなかさぶたがポロリと取れ、ヘルペスが完治した。でも、毎度のごとく、火傷の跡のケロイドのような赤味は残る。はぁ〜、半年ぐらいは取れないだろうな〜。9/3(水)今頃になってこの夏初めてすばしっこい蚊に悩まされる。ちょっと手こずったけど、仕留めることに成功。でも、もう一匹いるようないないような…?9/4(木)本当に雨ばっかりね〜。よく降るわね〜。明らかに蛙さんの数が増えて、より一層元気に鳴く(勢いの衰えた蝉とツクツクボウシを抑えてトップに躍り出る)。「あー気持ちいいシャワーだよ〜」蛙さんが冬眠に入るのと、私の顔面痙攣が止まるのと、どっちが早いかしら?
2014/09/04
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砂時計を 眺めて「一家の伝統というのは、そう簡単にはすたれないものよ」「政治家というのはわれわれに理解できるようなことはめったにいわんからな ー しかし一応はもっともらしく聞こえる。だからこそ彼らは政治家なんだろうが」「つまり、いいところだらけの特効薬のように思われるものにも、やがてマイナスの面が現れて、そんなものはなければよかった、発見されなければよかったと考えられるようになるということなのね」「時代が変われば、習慣も変わるということさ」「年をとるにつれ、彼はますますこまやかな気遣いというものに惹かれていた」「大切なのはお金を貯めることではなく、他人からの信頼を貯めることです」「さみしさは誰の心にもある。毱の中に隠れている小石のように」「〈人間の発達や成長には順序があって、けっして飛び級のようなことはない〉 エリクソン」「女性には女性の基準というものがありますから、男は口をはさんでも、どうにもなりませんよ」「(世の中の)価値観は変わっていくのに ー 自分は ー 老け込んで、そうした変化についていけなかった」「憎むことは時間の浪費です」「下界を見おろす山の頂きの城に住んだら、人はありきたりの人間を軽蔑するようになるんじゃないかな?」「しかし問題は、なにかを取りのぞくことを主張した場合、なにかでその穴埋めをしなければならないということです。自然は真空を嫌う ー 古い言葉ですがこれは真実です」「人生はどこでそう変わりませんよ。違った衣をまとっている ー それだけのことです」
2014/09/03
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線香花火ピアノは、もう趣味でもなくなったらしい。人って不思議だ。あれだけ打ち込んで、弾いて弾いて弾きまくって、毎日毎日共に生き、もう私の身体の一部だと思っていたのに。人同士の付き合いも、そうやって繰り返されてゆく。時の流れには誰も逆らえない。だって、「時」だけは誰にも操れないのだから。サルスベリ。(もんたともんじは間違いなくすべります笑)
2014/09/02
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守り神都市開発が着々と進む、ここ地元。第一弾の工事が終わり、新築マンションに移り住んだ住人達はなんなく溶け込んだ。只今大掛かりな工事は一時中断され、なりを潜めている。順を追って通行止めにされた歩道には、落ち葉やゴミが散乱し始めているので、もうまもなく第二弾の工事が始まることだろう。何と言っても、駅前一帯がまだ見事に手を付けられていない。さて、そんな新築が建ち並ぶ住宅街のど真ん中に、大きな大きな池があった。昔から近くに住む住人も、いつからそこに池があるのか知った人は少ないのではなかろうか。人が踏み入れた形跡はなく、荒れ果て、草は伸び放題、むしろ誰も近寄ることのできない陰鬱な静けさが漂っていた。と、数週間前、その池に異変が起きた。トラックがひっきりなしに往来し、あっという間に埋めたてられてしまったのである。私は思う。そういうずっとその街の変化を見守り続けてきた自然というものは、破壊してはいけないのではないかと。昔の人の言ういわゆる「たたり」などというものを信じている訳ではないけれど、何かそういうものって、あると思う。お寺や神社と同じように、池にも氏神様がいるのではないだろうか。もしかしたら、それこそ巨大な蛙さんがでんと鎮座していたかもしれない。今まで手を付けなかったのではなく、「付けられなかった」のだよ、きっと。おそらく背の高いマンションが建つのではないかと想像している。自然災害や、何らかの問題が発生しなければいいが、実は私はその行く末を密かに案じている。
2014/09/01
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