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Marianne-Strauss-Kalender 2003.そこに描かれたMuenchenの風景。街でこれを手に取ったのが 希少な偶然だったとそのときは知らずに 今に至った。傷が癒えるまで 知りたい気持ちに余裕が無かった。Isolde M.Maierという画家の手による絵と彼女が描く 月々のそれらに添えられた Helmut Zöpflという作家の短い詩。正視できるまでに 必要だった七年。十一月 -- 雪夜の 中国の塔:Gar viele sehen nur das Graueund suchen nach dem Bunten nie.Sie hören oft nur die Geräuscheund nicht des Lebens Melodie.Man ärgert sich oft über Dornenan jedem schönen Rosenstrauch.Vergiss nicht, drueber dich zu freuen,der Dornenstrauch traegt Rosen auch.Wer nichts von all dem Schönen kostet,erkennt nie eine Kostbarkeit.Wer nie geniesst, wirt ungeniessbarund er vertut nur seine Zeit.Such immer nach der hellen Seite.Doch wenn du keine fändst ?Dann reib die andre dunkle Seiteso lang, bis sie hell erglänzt !
2009.11.22
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強制はされなかったが、新入りはおとなしく郷に従ったほうがいいと打算で動いたのが間違いの元、5000円以上もする副教材の2枚組CDはまともに聴かれず、もう半年近く経った。数日前、思い出したかのようにシリコンプレーヤに落とし、ドイツの言葉に耳を合わせる。 ベルギーの街路などでは、買物客を当てこんだ台車型アコーディオンのような音楽発生機をよく見かける。日銭を稼ぐおじさんが機械のハンドルを回し、フニャフニャと流れ出る平和なメロディ。そんな懐かしい記憶を呼び出させる音に乗ってゆっくりとドイツ語のtextが語られる。 なんだか妙な歌詞だ:Und der Haifisch, der hat Zähne, Und die trägt er im Gesicht. Und Macheath, der hat ein Messer, Doch das Messer sieht man nicht. '鮫には歯がある。でもこのナイフは人目につかない。' この後、Thames川がどうの、胸にナイフが刺さっているだの、意味有りげな歌詞が並ぶ。 シナトラなど往年のシンガーに歌いつがれてきたJazz Standard "Mack the Knife" の替え歌版か何かだろう。教本の中にSatireがテーマの章があるんだっけ。 それにしてもこのドイツ語版はひどい出来だ。何よりメロディに締まりがない。アコーディオンみたいな時代がかったフニャフニャ音も何とかして欲しい。どうしてわざわざこんな出来損ないがCDに入っているのだろう。5000円以上損した気分になるじゃないかい。 南ドイツ時代には、通勤中に Energy(NRJ) という典型的なPOPSラジオ局を選局する事が多かった。そして同僚のローマ人末裔Bからいつも同じ曲ばかり繰り返し聴いてて何が面白いんだと嫌味を言われていた。 ドイツやUKのラジオ局と音楽業界への上納金がどういう関係にあるのか しかとは知らない。今までの経験から想像すると、ラジオ局が日々の放送に必要なピンからキリまである楽曲の数々を、音楽業界を代表するパテント管理団体やレコード会社の類から放送許諾料を支払いまとめ買いするのだろう。 そしてそれらの原価が償却できるまで、即ち買った曲が擦り切れるまで永遠に電波に乗せ続けるのがこの世界の倣いのようだ。結果、ラジオ局毎に固有の、いつ聞いても同じ曲にお耳にかかる事が多くなる。 この音楽資産のバランスシート構造はUSでも同じと感じる。例えば東海岸に暫く貼り付いてた時は、KISS FMというラジオ局にはCoolJazzという括りで吹聴されるイージーリスニングの擦り切れラインナップが存在し、個人的にご贔屓のAnita BakerとKenny Gがそこに必ず含まれていた。他のリスナーが吐き気を催そうとも個人的にこういうのは歓迎。 この逆で、UKの朝の通勤途中に困るのは、比較的良く聞くラジオ局 Smooth の擦り切れラインナップに"Mack the Knife"が含まれていた事だ。こんなカビ臭い曲をどうして選んだのか、高単価のヒット曲と抱き合わせDiscountでパテント団体から買わざるを得なかったのか、想像するのもやるせなかった。 少なくとも俺は朝からそんなの聞きたくないんだ。しかも毎日。 因みに数十年前に日本に出回ってたJazzのStandard集では この曲は文字通りに ’匕首(あいくち)マック’という名前が付けられていた。昭和初期の翻訳なら仕方ない。いまや 「果物」が「フルーツ」に、「みかん」が「オレンジ」で平気な世代が多数派になってきた世の中だ。 ただ、Jazz Vocalものにはもっと夢とロマンと気の効いたタイトルがつくだろ。限度見本の下限のために存在しているようでもの悲しくなる。 ところが、である。無知をさらけ出すのはつらいけど、そこにオチがあったとは知らなんだ。 Wikipediaを覗いてみて驚いた: この曲は元々オペラから来ていて、ドイツ語版がオリジナル。しかもブレヒトが関係していたわけか。確かに自分の教材にはブレヒトの章がある。"Mack the Knife", originally "Die Moritat von Mackie Messer", is a song composed by Kurt Weill with lyrics by Bertolt Brecht for their music drama Dreigroschenoper, or, as it is known in English, The Threepenny Opera. It premiered in Berlin in 1928. The song has become a pop standard. 舞台・演劇に関心がないので、ブレヒトの生涯やら三文オペラの話やらを幾ら授業で聞かされても記憶に残らない。後者についてはあらすじを知っているけど、so whatだしなあ。 でも今回の発見の段差は大きい。最も遠いと思っている場所からいきなり本丸近くに切り込まれるダイナミックな刺激には、いやでも関心が湧くものだ。 今月の終わりに小さな山を越える頃、頭でっかちの学生気分で "三文オペラ" でも読んでみるかな。いや、勿論ドイツ語の原文は第二の人生まで楽しみに取っておいて、翻訳で読むんだけどね。根性ないでしょ。*** 補足 ***マック・ザ・ナイフはマッキー・メッサー
2006.11.05
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緑に塗られた胴体に日本語で「無料」と書かれた電車のようなトロリーバスをホテルから100mほど出た停留所で待つ。気温は95Fといった所か、陽射しのわりにはそう暑くない。 近く遠く、周り一面に美しく列をなして植わった椰子の木々の向こう側には、人の気配がしないゴルフコースが並び、それらを裾野に侍らせた禿山が青空を背後に鎮座している。 時間にルーズな土地柄だと念を押されてはみたが、巡回バスは概ね定刻にやって来た。 ステップに足を掛け乗り込むと、70歳位の運転手さんから 日本人か と訊かれる。 「ワタシはサンセイ。でもまだニホンにいったことはないです。ニホンゴガッコウではまだイチネンセイ。」 イントネーションはともかく、淀みのない日本語は自分の英語もどきよりもはるかに美しい。「日本語、お上手ですね。」と感心して言う。 間髪入れず、返される。「ウソはゼンブわかるよ。」 目的の停留所から徒歩で5分のところにあるBlackRockという岩場のそばの砂浜では、残念なことに、宿泊中のホテルのそれと同じくらい波が強かった。つまり、競泳用ゴーグルで覗く海中は 波のお陰で砂が渦巻き、魚影は全く見られないというわけだ。 地中海やアフリカの北西とはえらい違いだ。日本の南方と比べても、沖縄の久米島では熱帯魚が浅瀬をうようよしていた。 海亀がくる岩場だとはいうが、そう簡単に姿を見せないだろう。見知らぬヒトに接触して、良いことのあるわけがない。 リゾートホテルが並ぶ浜辺から見晴らす海のむこうには二つの巨大な島が山頂に雲をたなびかせ浮かんでいる。 水平線に同化した雲のまとまりの中に夕陽が落ち、島の上空で糸のような三日月が輝きはじめる頃、紫色に霞むふたつの島影は神秘的な力でこちらを圧する。 夜が訪れると、地平線に近づいた北極星を廻る星座がくっきりと現れ、頭上を薄雲のような天の川が蛇行する。 椰子の実とパイナップル。サトウキビと極楽鳥。 精霊を祀る木の柱と木彫りの人形。 花をまとい踊る女性たちと勇猛な戦士達。 隣島の王からの挑戦。カヌーと海亀。 様々な想像が観光客の期待を膨らますが、それらはすでに大過去でしかない。 島々を支配した原住民達は、偉大なる王の軍隊をもってしても敵わぬ国の属州となり、その文明にさらされた。太平洋に咲く楽園の噂は世界の人々を惹き付け、住民達は文明の庇護の下に暮らせる術を得た。 移り変わる人間達の営みのそばにある、変わらぬ海と大地と空。 Maui島からHonolulu空港で乗換え、日本ヘ向う飛行機はミッドウエー諸島上空を通過する。20分前の機長の予告がタイミングを逃したのかもしれないが、わざわざそのために緊急脱出用小窓付近に佇んでいるのは自分だけのようだ。 雲と深い青しかない景色の中、じっと待つと、窓枠の周縁から薄青く丸い、透明な平板のようなものが洋上ににじり出てくる。その全体をみれば、太陽の直射を受けた小さな小さな島を囲む広い浅瀬が、青い海の上に薄緑がかった円弧のコントラストをつけているのだと判る。 子供の頃、庭先に置いた天体望遠鏡の接眼鏡の視界に初めて入った月の表面を見た時の恐怖に似た驚き。それを思い出させる自然の姿を、青い空から覗き込み、暫く息を呑む。 人知の及ぶ果てに隠された神のデザインに突如肉薄するとき、人間は本能的に硬直するのか。大海原のなかに浮かぶ薄青い鉱石のかけらのような巨大な物体、いや、海から顔を覗かせそうな地球の表面がそこにある。 太平洋の孤島と呼ぶにまったくもって相応しいこの大海原の只中で、同じように息を呑むことの出来た大日本帝国海軍の飛行士達は 何人いたのだろう。 双方合わせて3000を越す人命が絶たれ、何十万tもの鉄塊が海底に没し、青空に散華した鉄片が波間に消えた。それらが形作っていた機械の群れは蒼い海面に醜悪な重油のシミを撒き散らしたのだろうが、漂流する怨恨の痕跡はもはや何もない。代わりに、死を賭した過去の狂騒の舞台から遥か上空を飛行する文明の中で、お茶を片手に穏やかに語らう人々の姿がここにある。 昔話は忘れ去られ、誕生から死への道行を繰り返しながら、人もまた変わリ続ける。 わずか半世紀前の出来事を昔話にするのはなんとも気が早いと感じる半面、忘却することが人のもつ性質であるからには止むを得ない。 ただ、そのさだめをどう受け止めるかは、人々の意識次第と言えるだろう。 数多の犠牲者の上に築かれた、物質的には豊か過ぎる生活を 仏前に祈りながら噛みしめる世代と、人から賜った豊穣をそのままに受け入れていいのか 少しは悩む世代。 その後にくる世代にこの迷いが受け継がれるような仕組みが今の日本国で機能していると思えない。そんなものは、日々薄味を増していく便利第一の快適社会にとって 盲腸のようなものでしかないのだろう。 共に敗れ、解体された第三帝国で、穢れを胸に深く刻み やり直した人々の多くは そこまで軽薄ではなく、彼らに固有の迷いは傍目にmasochisticに映るほど受け継がれている。これも彼我の品位の差が露呈される一面かと思うと、やり切れない。 虎が死して皮を残しても、その皮とていつの日にかは大地に還る。それが何であったのか、今を生きる人々の目には形をとどめなくなった、その後に。
2006.08.15
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新装開店直後の成田第一Terminalは広く明るく、入国審査後の土産物売り場などの施設はドイツ的に抑制の効いたラインナップとなっていた。 準備する余裕が無かったので、現地で待つIさんの勧め通りに、胃腸薬の類を買い込もうとしたのだが、日本では普通にありがちなフル装備の薬局が無く、(ドイツでは処方箋を持たず薬局で手に入れられる薬が意味をなさないように)これまた非常に抑制の効いたラインナップの中からの選択になってしまった。とは言っても、そんな気休め薬程度で直るものなんか、彼の地では病気のうちに入らないだろう。 なにせこれまで香港より南西に行ったことがないのだから、機内の窓から見る景色は想像力を刺激する。Vietnamに差し掛かった頃に空と大地を橋渡しする積乱雲を飽きもせず眺めていると、飛行機は幅の短い国土をあっさりと横断し、やがてThaiの上を飛んでいた。 Bangkok空港内のラウンジで4時間潰した後、Bangalore行き待合ロビーに移動するとインド人の風貌をした旅人が多くなったことに気付く。当初の計算違いで実はこれから日本対Croatia戦が始まることを知ったが、職業人の義務感から行く事を決めた以上、仕方ない。ホテルのTVで結果のダイジェスト版が見られるかもしれない。 乗り込んだThai航空機は型遅れのくたびれた感じがした。尾翼方向から乗り込むと、余程の湿気なのだろう、機内のBizClassもEconomyも、全ての座席上部の空調吹き出し口から地方の花火大会でよく見るような"ナイアガラの滝"のように白い蒸気が間断なく流れ落ちている。 本当は冷蔵庫なのかこの飛行機。なんだかスーパーの生鮮食料品売り場の乳製品にでもなったような気分だ。よく冷やされた挙句、文字通りこのまま仏様に召されるのか。 召される前に召せ とばかりに機内食のほうれん草カレーを胃袋に入れたりしているうちに、すんなりと深夜のBangalore空港に到着した。 表に出ると、暑く湿気のこもった夜の薄明かりの中に、土埃が舞いそうなむき出しの地面に立つTaxiの運転手たちが旅行客達を群れをなしてのぞいている。殆ど皆が手に札を下げているが、中には人名に加え、IBMやSiemensなど大企業の名前が書かれているものもある。 温度湿度的にはTelAviv空港に似ているが、行為自体はHeathrowなど欧州のどこの国とも差はない。 Singaporeから合流する同僚Eの手配した運転手付きミニバンは苦も無く見つかった。 シートに腰を降ろしまずは時計を合わせたが、日本から3時間30分遅れているらしい。判ったよ、でもこの30分ってなんだい。 蒸し暑い空気をかき回しながらHotelへ向かう車中で、ターバンを被った運転手氏は彼の視界に何かがよぎると即クラクションを鳴らす。 車やノーヘル2人乗りバイクが隣にいると鳴らす(=彼らに対し音で自分の位置を知らしめているのか。)暗がりの中、車道脇をミニバンに正対して走ってくる人に鳴らす(=明らかに危険だからだが、その前にそんな所走るなよ。)犬が2、3匹 道路端で喧嘩していると鳴らす(=仲裁しているのか。) 無口に映るインド人もクラクションを介すと饒舌だ。 小道をくねくねと曲がり、無事にHotel Leelaに着くとターバンを被った探検隊長のような番人さんがお出迎えしてくれた。それまでの廃墟は何だったのと言いたくなる位、落ち着いた高級感を感じる建物だ。Reception Hallは広く静かで、天井が高い。いやがうえにも格式が高そうだ。 それもそのはず、チェックイン後に気付いたのだが、ここはドイツの高級ホテルKempinskiのフランチャイズだった。確認を兼ねて浴室をのぞくと、お気に入りのGroheのシャワーが据えつけられている。となるとこのHotelの中では、我が父国ドイツのようにすべてが快適ってわけだ。アメーバ赤痢に罹ったふりでもして、明日から外に出るのやめよかな。 しかし、その昔は、日本国もきっとこんなものだったのだろう。極東の、しかも未開の異国を訪ねる破目に陥ってしまった異人さん達は、彼らの感覚という血液に最も近い生理的食塩水を備えたホテルオークラでのみ暮らすことができ、窓からのぞく景色を恨めしそうに眺め、東京という名の魔境にもオアシスがあることを噛みしめていたのではないか。 ひとごこちついた後には、自分のなすべき事に注意が向く余裕が出る。居間とベッドルームが別室の、広い間取りの部屋に据えつけられた書き物机。その引出しを開け、国際電話とISPアクセスポイントの情報を確認する。眠い目で繰る客室Manualに見つけたISPの名前は "マントラ・オンライン"と"サティアン"だ。 土地柄仕方ないかもしれないが、もっと旅人を怖気づかせない名前を付けたらどうだい。 異境の蒸し暑さは西欧文明の誇るエアコンがかき消し、静かな夜は、その部屋が印度亜大陸にあることすら忘れさせる。ドイツ系ホテルの点滴のおかげで今夜は浸透圧を保っていられるが、明日からどうなることだろう。世俗にまみれた愚か者に、悟りへの道は遠い。*** 補足 ***The Leela Palace -- Kempinski Bangalore
2006.06.18
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人の気も知らずに勝手に俺の人生の一部をアロケするなよ。行き過ぎた民族主義的に歯をむき出して応援するつもりはないが、世界の舞台で同胞が頑張ってる姿をゆっくりTVの前で応援するのが筋ってもんだよ、いまの時期は。 金曜日の朝、USの日本人マーケティング担当Fさんが 或るMailの件でOfficeの電話を鳴らした。「じゃあ、あの説明は後で追記してもらうってことでよろしくぅー。 ところでJさん、(くっくっくっ)、聞いたよぉー。ガンジス川で沐浴するんだってぇ? あははははー。」「、、、、、、、、。」 ほーら、もうこんな所まで広まってるじゃないか。面白くない。まあ業務分担が変わるとこんなこともあるよな。個人的には馴染んだ地域を見つづけて老化するより、未知の世界で冒険するほうが性に合う。なので今回の上司の判断は自分のwishと一致していて問題ないのは判っている。 だけどW杯期間は外そうぜ。しかも気後れする素振りもなく 土曜夕方帰国 だなんて。俺の青山一丁目のコストを負担してくれるわけでもないのにさ。大枠は営業の決めたことなので上司を恨むのは筋違いだけど。 日曜のクロアチア戦が始まった頃にFlightなので、きっと3月のWBCと同様、客室係さんが試合経過を画用紙とマジックで教えてくれることになるだろう。経由地のバンコクに着いた頃にはとっくに勝負はついているってわけだ。 ところで、こちとら薄皮饅頭と同レベルの、限りなく無神論者に近い神道仏教混在教徒だ。信ずる教義のために噂に名高い"あの"川の水に浸かる、なんて発想はとても理解できない。まあ滝に打たれる山伏の行が確かにあるけど、水質が比較にならない。 そう言えばキリスト教の正統ルールでは洗礼の際に川の中に頭を沈めると聞いた。古いUS映画でそういうシーンを観た事がある。ドイツの教会で見た赤ん坊のおでこに水をつける洗礼の方法も、潜りはしないのにtaufen(=dive)っていったなあ。なんでもいいが、生命の危険が伴う沐浴だけは避けよう。肉を切らせて骨を絶つ、だ。 あれこれ思い悩んでいると、現地Officeの日本人Iさんが挨拶Mailを送ってくれている事に気付いた。 "今回はご協力有難うございます。まあ仕事はほどほどに、ということで、とにかく健康第一で行きましょう。普段から使いつけの薬等がありましたら今回必ず携行していただけるようにお願いします。"「、、、、、、、、。」 朝に電話で約束した通りの追加説明を加え送信したMailに対し 西海岸のFさんから軽いお礼のMailが届いた。”Thank you. Enjoy India ! " 日本に残して来た彼氏とラブラブだからか、随分と軽いノリだな、Fさん。 Replyは勿論この一文しかない。" See you in Nirvana." やれやれの一週間が、また始まる。
2006.06.16
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Landing後に席を立ち、頭上の荷物を取ってから携帯の電源を入れるとすぐにWからの呼び出しが入った。お互い些細な事情があってWashingtonDCまでの空路を別Airlineにしたため、到着後に乗り継ぎ便カウンタで待ち合わせしていたのだが、几帳面なWは怠惰な自分が無事に着いたか(+約束を憶えているか)を心配してくれたようだ。 5年振りの東海岸出張は、同時にその間US入国履歴が無いことを意味する。Sept11以来厳しくなったと言われるImmigrationでどんな酷い検査をされるのか興味津々だったが、何の事は無い、全ての指が親指みたいな巨漢の係員が、自分の両人差し指の指紋をスキャナで取り込み、頼りない画素数のWebCamのようなGadgetで顔の撮影をしただけだ。 これでこの国のどこぞのDataBaseの中に薄笑いを浮かべた自分の写真が鎮座ましますことになるかと思うと、猫も死なないような爆弾がそこにひっそりと仕掛けられたかのようで、ちょっとニヤリとしてしまう。 肖像権侵害だから侵略戦争に使う予定の金を少しよこせ といえる位、自分がBigShotであったならもっと健全だったかもしれないが、それは生まれ変わった後の楽しみに取っておこう。 ところで、こんな所で入国拒否されたくないから言わないけど、入国カードの半券を無造作にホチキスでパスポートの中央部にとめるなよ。どういう意識か知らないが、お前さんはこの瞬間だけは国の代表なんだぞ。 親指野郎の露払いの後には哀れなほど鈍感なX線荷物検査係が待っていた。だからさ、そんな無造作にどんどん荷物を流すからベルトコンベアがスタックしてるだろ。B級CarAction映画じゃないんだから下流でヤラレ役のパトカーみたいに荷籠が積み重なってるのを見て少しは反応しろよ。世界でNo.1の国って標榜できるのは品性が内税扱いになってる場合をいうんだぜ。別に靴脱がされたから毒づいてるんじゃないんだけどさ。 乗継ぎ便のUAカウンタを目指し、殺風景なDulles空港内をそぞろ歩く。一泊三日は望む所だと皆の前で言い切ったが、やっぱりこんな日程じゃ体に悪いかな。新入りのK君に禅譲すればよかったかな。だめだそんな弱気じゃ。この地でテロリストとの熾烈な戦いに勝利した子Bush、じゃなくて、BruceWillisを思い出すんだ。 やがて合流したWが、蒸し暑い中1セントも持たずに喉を渇かしている自分を哀れんでドーナツ屋でアイスコーヒーを注文してくれた。受け取ったコーヒーは湯気が立ち上って持つのも熱い。苦々しくWが呟く。「だからこの国は嫌なんだ。前も同じようなことがあったけど、奴等 俺のイギリス英語をわかっちゃいないんだよ。」 後で知ったが、Dulles空港の旅行者向け施設の従業員には移民が多いらしい。なのでこのように意思の疎通が図れないことはままあるようだ。 先の入国係官達も然りだが、政治のヘソである特別州にしては よくある他州の空港と旅行客への接点について大差はない。 異国からの旅人に現代の覇権国の威光を知らしめる工夫がないのは努力不足じゃないかと余計な気を揉んでしまう。御得意の、根拠が無くても何でもナンバーワンの国というイメージをここぞとばかりに旅行者に植え付けるべきだろう。 素晴しい功績に満ちた政治の首都DC。偉大なる合衆国大統領に対する敬意とその国民であるプライド。材料なんていくらでもあるわけで、そこからくる余裕の接客態度を見てみたいものだが。 などと思いながらショッピングエリアを通り過ぎると、各種土産用Tシャツが売られているのが目に付いた。 軒先で最も目を引くように飾られたシャツと、脇の二番手のロゴは各々こうだ: -(黒字の生地に大きく) "Don't Blame me -- I voted for Kerry !!" -(ムンクの「叫び」の絵柄の下に) "4 More Years !!" 土産物屋のレジの隣には、旅行者に最後の駄目押し買いを後押しする小物が並んでいるが、そのひとつにミントの缶ケースがあった。 子BushがCowboy姿で片手にピストル、片手に金の入った布袋をぶら下げた絵柄が印刷されている その蓋の最上部に一言ロゴが入る: "Embarrassmint" 結局 ここの人達は国の体裁よりも経済合理性で生きているのだろう。そりゃそうだ、子Bushを持ち上げた御土産なんか作ったって地球上のどの国の旅行者にも売れないよな。 座席が合計3列しかない鉛筆飛行機は南東へ向かった。 日の暮れかけたNorfolk空港に到着し、眠い目を無理に開けながらTAXI乗り場を目指すと、空港内の装飾がどこかしら南方系なのに気付く。W曰く、同僚Aが夏に観光目的で来たことがあるらしい。地図上Virginia州にBeachはあるが、こんな緯度の高い場所が夏季の観光地だとは思いもよらなかった。 PalmTreeとインドネシアだかタイだかの高床式住居を模したような場違いな商店が並ぶ中、通路には人魚が刻まれた石の彫刻さえ置かれていた。雪降るMuenchen動物園で息を潜めているゾウと同じで、こんな寒さじゃ人魚もさぞや住みにくかろう。 平たく且つ弾力のある ソーセージという名前の、しかし格好はハンバーガーパティそのものの肉を朝食の皿に取り、薄いコーヒーを流しこんだ後、HotelをCheckOutして隣のビルまで歩く。Partnerさんとの打合せを行うガラス張りの小部屋にはVisitor用に飲み物やちょっとしたSweetsが用意されていた。 苺にホワイトチョコがコートされている手作り風のお菓子をもぐもぐさせながら、Wが呟く。「この会社結構儲けてるかもしれないな。だってVisitor用に苺が出るって、普通は無いよ。」 おいおい、そりゃあ日没帝国では高級品かもしれないけど、ここじゃ物価がはるかに安くて苺なんかありふれてる筈だよ。 君、優秀なマーケティング屋なんだから出張中くらいBrit根性を切り替えないとお里が知れるぜ。だから全部食べないで一つは残しといてくれよな。 やがて先方との打合せが始まった。BritishRocksterのような風貌の饒舌な若手社長と押しの強い副社長、そして敏腕マーケティングとささやかれるM嬢の三名は 良く設定されたSitComのように各々の個性を浮き立たせていた。 なかでもスレンダーで物静かな黒髪のM嬢は60-70年代のEurope映画に出てくるような憂いのある表情で、しかし確固たる意思を持ちそこに存在していた。時間と共に潤いを失い、美しく枯れていく花束を思わせる妙齢の彼女は、放っとくと永遠に話し続ける情熱的な社長と、握り拳のジェスチャーを交えて己の主張を通さんとする副社長の強烈な個性の狭間で、自分の言うべき事を口数少なく 適切な時期を見計らって伝える。やまとなでしこ めりけん版といったところか。 東部にはこういう女性が良く似合うと勝手に納得していたが、昼食の際、彼女がTexas出身ということがわかった。なるほど、男尊女卑の傾向が強いと揶揄される南部では、彼女のような存在は稀でない気がする。あの聞きづらい発音の理由もそこにあるのね。 しかし何故彼女がこんな所で仕事をしているのか、やんわり聞きたい気持ちはあるが、気安く尋ねることでもなかろう。 海岸沿いのトンネルが4時以降ひどく渋滞すると聞き、食事後に空港まで送ってもらう事になった。景色を見ながら、"羊達の沈黙"って映画はこんな感じの東海岸を舞台にした映画だよね、と運転中の女性に尋ねると、あれはここが舞台なのよ、とのこと。更にWが、ここには映画に登場するFBIの訓練学校があるんだと補足する。道理でJoddieFosterの顔を思い出したってわけだ。 Norfolk港はUSの誇る歴史的軍港の一つで、空母も停泊するらしい。150年位前にはペリーの黒船だってここから極東にやってきたくらいだ。件のトンネルに入る前に海をまたぐ水面すれすれの橋から港の様子がパノラマのように見えてきた。 そこから見渡せる対岸にはグレーの空母級の船が2隻いた。橋の脇、車のすぐ脇の水面上方5mくらいの位置にはヘリコプターが1機ホバリングしている。ヘリの直下で救助訓練か何かが行われている様子だ。 FBIは無論のこと、アフガニスタンやイラクにしろ この場所とは何らかの形で繋がっているのだろう。弱々しくも開放的なカントリーサイドの風景はカモフラージュで、その背後で人には言えないような事が企画され、執り行われているってわけか。このPartnerさんにしても、Enduserが政府系の組織だという事以外、彼らの商品の現場での使われ方については何も教えてくれないのはそういう事情が含まれているのだろうか。 EuropeでもUKでも、仮にPartnerさんが軍事産業に関わっているとしても、訊ねたことにヒントくらいくれるのが普通だが、西海岸の同僚から聞いた話も含めて類推すると、この国では情報のリークは文字通り命取りなのかもしれない。 人魚が本当にいるのなら、仮に夏であろうと、水の中まで火薬臭いこんな所でおちおち寝てもいられないだろう。いや、人魚自身がポセイドンの三叉の槍を携えているってこともあるかもしれない。 Norfolk空港を夕暮れ前に飛び立った鉛筆飛行機から、沿岸の様子がくっきりと判る。あちこちに停泊した鈍色の船とドックやプラントのような建造物の数々はやがて薄雲に紛れ込んだ。 日没帝国Officeに戻り、コスト上、涙を飲んで出張を辞退した同僚Nに一連の話を伝えた。仕事の話はさておき、ミステリアスなMにまずは個人的関心があるらしい。そっとしといたほうがいいんじゃないの。何か訳アリかもしれないしさ。 なんて偉そうに言ってはみても、容量不足で使えない自分の脳細胞の一部は、人魚の力ない笑顔に見え隠れする陰りに いまも占有されたままだ。
2006.01.27
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変化の年に際して決意も新た、などと自分を鼓舞したい所だが、暦の一日が変わった位でどうなるものでもない。決意とは日々の暮らしを貫く約束であり、量の多寡ではない。その向きと温度を維持し続けることが本人にとって意味を持つ。 その結果、度重なる体調不良にも拘らず、年初からの思惑通りに終える事ができた昨年。自らの手で作り上げた収穫を前に、新たな年がまた始まる。 回る舞台にどう立ち向かうか。解はない、とはいえ、たとえ蒲鉾にされたとしても、それが鮫の肉であることにかわりはない。決意のある自分を忘れなければいいのだ。
2006.01.01
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ミュンヘン市中央を囲う環状線MittelererRingを3時方向から12時に進むと、右手にエンジンのシリンダーを模した円柱型のBMW本社ビルが見えてくる。そのまま数分走ればワイヤー吊りの天幕が印象的なオリンピック公園の一角が左手に姿を現す。道路を挟む反対側はドイツ標準で言えば大きい部類に入るモールがある。そのモールを含む一角は、1972年のミュンヘンオリンピック開催時に選手村として利用されていた集合住宅であると聞く。 南ドイツに来たばかりの頃、住居を決めあぐねていた時に、治安の良いことで知られるミュンヘン市周辺にもできれば避けたい場所があると伝え聞いた。例えば日本の「ニュータウン」団地の類にみられる高層階コンクリート造りの建物が並ぶPerlachと言われる地域、そして、この旧選手村の一角である。 偏見なのか事実なのかは知らないが、当時の同僚Mによれば、後者はオリンピック閉幕後に格安の分譲住宅として売りに出され、主に移民やブルーカラーなど低所得者層の居住地になったらしい。 格安に分譲された理由は、邪推だが、人気の無さから生じたのだろう。そしてそれは、オリンピック開催当時のあの事件に起因するのかも知れない。 週末、パンを買うのに立ち寄ったインド人系雑貨屋で、ふとTimeMagazineの表紙に目が留まった。12月12日付けのその号はSteven Spielberg監督の新作映画に関する独占インタビューが目玉らしい。 表紙の約75%を占める黒いタートルネックのSpielbergの右上に、モノトーンの写真のようなものが見え、目開き帽を被った人間の姿が映っている。新作映画の題名は、"Munich"だ。 1972年、ミュンヘンオリンピック開催式に臨んだイスラエル選手団は、彼らとその同胞にとって根深い因縁の西ドイツに何を感じただろう。そして、選手達それぞれの資質を世界が注視するなかで発揮させられる機会が訪れるこの場所で、それが叶わぬ結果に終わるなどとは到底想像できなかったのではないか。 Time誌で引用された"StrikingBack"という本件の調査本に事件の大枠が次のように抜粋されている: 9月5日午前4時10分。警備の甘いオリンピック選手村に、銃で武装した8人の男達が侵入し、11人のイスラエル選手とコーチ及び審判を拘束、うち2名を殺害。 「黒い9月」を名乗るテロリスト達は人質の命と引き換えにイスラエルに投獄されている(パレスチナ人)234名の解放を要求し、イスラエル政府はこれを却下。しかし西ドイツ政府は時間稼ぎの為に交渉を継続。テロリストのリーダーは人質と共にCairo行きを要求。西ドイツ政府は2台のヘリコプタで全員をFuerstenfeldbruch軍用空港に移送する。 テロリストのリーダーは用意されたボーイング727内部は離陸準備もできていないもぬけの殻であることに気付きヘリに戻るが、西ドイツ政府側の狙撃に遭う。1時間の膠着状態の後、4台の装甲された警察車が到着したことを契機に、テロリストはヘリに手榴弾を投げ込み人質全員を殺傷。 事件発生から23時間後、メディアから人質無事救出との報を受けていたイスラエル首相GoldaMeirは自国諜報機関モサドの代表ZviZamirからその知らせが誤りだと聞かされる。 結果、3人のテロリストが生き残り 拘束されたが、そのニヶ月後にハイジャックに遭ったLufthansa機の乗客解放と交換条件で解放された。 後にMeir首相は、一部のMediaから「神の怒り」部隊と仇名されるカウンターテロリストTeamに、Munichの悪夢に携ったテロリスト達の暗殺を指令する。 Time誌にはストーリーの概要すら十分に語られていないが 映画”Munich"はその復讐部隊メンバを主人公に据え、「目標」の追跡とその行為に伴う主人公達の葛藤を描いた作品らしい。 自らのルーツに触れる作品 "シンドラーのリスト"を世に出したSpielbergだが、"Munich"のテーマはいまなお進行形の民族紛争であるためか、自分には重すぎる(=他に妥当な人がいるだろう)として撮るのを放棄し続けてきた。 やがて納得のいく脚本と脚本家からの強いアプローチを受け合意、異例だが撮影現場で脚本家と十分に話し合いをしながらの作品作りとなったと書かれている。撮影は情報のリークを最小限にするために短期間(3ヶ月)で行われ、脚本を通しで見せられている役者は数名しかいないそうだ。 本文記事とインタビューの中にあらわれる下記の叙述が"Munich"の狙いをおぼろげに現している;/この作品には悪魔的な人たちは出てこない。家庭を持つ普通の人間達しか登場しないように意図している。/フィクションも所々に挿入した。その最たるものは、テロの首謀者と暗殺者のリーダーとが話し合いを持つシーンで、このシーンこそが自分と脚本家がこの作品の核心に据えているものだ。このシーンなくしてこの作品はありえなかった。/先の見えないアラブとユダヤの殺戮について、最大の問題は、両者に存在する不寛容にある。対話こそが問題を解決する拠り所だ。/パレスチナとイスラエルの子供達にそれぞれ125台のvideoカメラを渡して普段の生活を撮ってもらう事を個人的に企画している。家庭での生活、好きなCDや食べ物、学校のことなど、身近な事柄を撮影し、videoを交換する。それはお互いがそう違わないことを知る上で効果的だと思うんだ。 12月23日の封切り前に、早速LAのイスラエル総領事館からクレームがついた。「モサドとテロリストをモラル上 同列に扱い、誤った世界観に基づく表面的なメッセージを聴衆に与えている問題作品だ。」 このように意見する人々はSpielberg達の想定範囲内にいるノイズに過ぎない。憎しみの波紋の後を行く復讐者が、その憎しみをもたらした鬼畜達よりも非難されるのは不当であるにせよ、カウンターテロリズムが所詮テロの変種に過ぎない事を正当化すべきでなかろう。 USの或るコラムニストはこう書いた。「現実の世界は単に軍事力の多寡に左右されるものだ。また、テロリストが普通の人間であるという認識を誤用してはならない。例えばHitlerは家庭があり、彼を愛する女性があり、彼自身動物を愛した。そして自分の母親にも愛されたはずだ。だからといって彼のした事を普通の人間の所業ととらえて良いはずが無い。悪魔的なものは確固として存在するのだ。悪に同情する事自体、悪なのだ。」 人にはそれぞれ考えがある。 先のSpielbergの個人的企画がいかにも子供っぽいアプローチであるのは自明なのだが、彼の主張は、死者が生者に意見し続けるのは誤りだという点、そして、対話を通じた妥協こそが困難打破の糸口になると言う点にある。 その意味で、彼の意図する事や、悪魔達を普通の人間に敢えて落とし込んだ"Munich"の向かう先が、今この世に生きている人々が全て死に絶えた未来を目指していると想像するのは困難だろうか。今日生れ落ちた赤子に比べれば、我々は既に死者かもしれないのだ。 たとえ目的地に到達できずとも、その矢が風を切る音に気付き、自らも矢を放とうとする射手がどこかにいるかもしれない。やがて空を行く矢がかすかな一群れとなり、奇蹟的にそれらの一本が的の端に少しでも食い込む日が来るのかもしれない。"Spielberg"という存在に影響力が欠落していれば、勿論、全てはただの妄想に過ぎない。 既成概念に捕われた今を生きる人々にとり、虚構の塊であるファンタジーは理解不能かも知れない。だからといって、Spielbergという名の、現代に大きな居場所を構える少年の心が成し得る僅かな可能性を頭から否定することは野蛮だ。それを「ファンタジー映画の撮りすぎ」といなすのも、数多ある考えの一つではあるにせよ。*** 補足 ***+Munich
2005.12.11
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30年程前に製作された映画 "戦国自衛隊" のリメイクが行われ、各国映画配給関係者からの買い付け希望が引きも切らないと何かの記事に書かれていた。 秋の日本出張の際、機内映画プログラムに その "戦国自衛隊1549" とOriginal版の両方を見比べてお楽しみ下さい という企画があった。 長く異郷にいると、出来はともかく、日本が舞台の時代物?を懐かしみたい心境に至る。ささやかな期待を胸に、椅子の背据付けマイクロサイズ液晶パネルに向った。 平成SF TVドラマっぽい装いで始まるこのリメイク版。特殊演習中の自衛隊小隊(だか中隊だか)が消え、その地面が円形に消え去り、戦国時代の草原と置き換わる。そこには騎馬武者のおまけが一騎落ちている。この出来事を契機とした時間の歪が原因で 日本のあちこちで穴が開き始めた。特にそれが顕著にあらわれた富士山がSFXにより醜く描かれる。 タイムスリップものは(よく出来た作品を除き)えてして醒めた目で見がちなのだが、まあこの程度なら許そう。 原作とOriginal版映画のあらすじをおぼろげながら知っているので、リメイク版がそれらとは別路線であることに この後の場面から気付きはじめる。最初に消えた自衛隊小隊は戦国の世で城を構えるまでの勢力に発展し、未来からの追跡者である特殊部隊をものともしない。降伏した後、主人公は仲間と共に城へと連行され、望んで戦国大名に姿を変えたかつての上司と対峙し、彼らの野望とそれを成立させるテクノロジーが露わにされる。 関心の糸はここで切れた。 SciFi系映画の嘘は紙一重の可能性を持つ虚飾の数々に覆われ、受け手の寛容さという名の眼鏡を通過して成立する。嘘はつき通すから錯覚を正当化する。それなのに、誰がどうやって建てたのか想像もつかない 城の隣に並んだ20世紀的石油精製所の煙突や、誰がどう作業したか予想不可能の 地中深く掘られた穴などが画面から登場してくる。騙せない嘘は効かない麻酔のように性質が悪い。 鼻白む思いで眺めていると、今度は大根役者の猿芝居と日本のファミリーレストランで注文できそうなお子様ランチのような殺陣が、焼酎の一気呑みよろしくノリで盛り上がれとばかりに次々と押し込まれる。 準主役級の侍と姫君との伏線は大河ドラマにあるような平和な明るさを僅かに演出するが、それだけだ。 そりゃあ江口洋介と鈴木京香を観たいだけの理由で映画館に向う人だって世の中にはいるだろう。鹿賀丈史の顔を見なければ料理が喉を通らない鉄人だって居るやも知れぬ。 所詮好みの問題に過ぎないものにくだくだ悪態をつくのも子供じみてて我ながら情けないが、環境資源浪費とSFXに費やす金があれば、少しはどこかに寄付しろと言いたくなる。なにせこのリメイク版制作費は15億円だ。作ることで業界にカネが落ち、ニッポン経済は微視的に潤うとはいえ、作らないほうが世の中の為ということもある。 過去に紛れ込んだ現代人が現代社会の堕落を思い知り、それを破壊して歴史を一からやり直そうとするこのリメイク版は、倭製大作娯楽映画の品質低下を露呈するばかりでなく、"戦国自衛隊"という名を受け継いだ点で、「ご先祖様」に対しおのれの堕落具合を開陳する皮肉な結果に相成った。 作り手側のレベルダウンが作品そのもので代弁され、過去(=Original)を温めた結果、現代(=リメイク版)が否定された という皮肉なオチがついたわけだ。 関係者達はこの酷さに気付いていないのか。いや、気付いていても、ちかごろの聴衆にはこの程度の内容で充分とうそぶくのだろうか。補足: これを買い付ける外国諸国の映画Dealerが、侍の出てくる異国文化情緒を除き、子供すら騙せない内容の無さで満足するとは思えないのだが。。。 いや、もしかするとそんなものかも知れない。例えば "BatmanBegins" の某出演者が「(あんな駄作の)撮影の為 切った木が可哀相だ。」とコメントしたらしいが、まさに至言(=自分も観たから判る。) 娯楽品質軽視の風潮は倭が国だけに限らないのかも。
2005.11.20
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食用油がこびりついた飲食店の裏口のように冴えない都市部が終わりに近づく。高速の脇に、”KOI SALE” と一言、紺地のビニールシートに大書された広告を目にする。その柵で囲まれた四畳半程度の一角に、乱雑に積まれた たらい のようなプラスチック成型品が山積されているのに気付いた。 曲面の様子から予想するに、どうやら造園用の池の張り型らしい。ああ、KOIとは錦鯉のことか。確かにあの生きた極東産工芸品には、KOIという輸入語を与える価値があるかも知れない。 四畳半のなかには人影を見たためしがない。どうやって商売が成り立っているのか奇妙に思っていたが、よく見るとすぐ隣の平屋建ての軒先からAquariumだとかの文字が垂れている。単色ツヤあり群青で壁一面を塗られた、ドア以外には窓のない造り。大陸の街角にあるPornShopみたいだ。するとKOIはただのカモフラージュなのか。 一年位前から日没帝国新聞各紙にSUDOKUという言葉が目立つようになってきた。どういう新聞にも(誰が望むのか)ページのひとつに小さくクロスワードパズル欄が設けられているものだが、SUDOKUはそのお仲間で、九つに区切られた升目とそれを貫く行及び列の升目に重複しないよう1-9の数字を並べていくパズルだ。初めは某紙にのみ取り上げられていたらしいのが、(どこにそんな需要があったのか)熱烈な支持を集め、今やほぼ各誌がSUDOKU欄を用意していると聞く。 自分が初めに読んだ新聞の解説では、「語感から察するに、これがまたも極東日本からの輸入品かと思ったあなたは大間違い。これはNYを発祥の地とするパズルだ」などと書かれていた。実際には日本のニコリという(誰が読んでいるのか見当のつかない)暇潰しパズル専門雑誌出版社?との提携による産物であるらしい。SUDOKU専門の暇潰し専門雑誌も日本同様お目見えし、事実、どの本屋でもその言葉を目にしないでは済まない有様である。日本人向けのミニコミ誌には、SUDOKUの由来を「数字は独身に限る」だと解説しているものがあるが、一般の日本人がそんな省略形を考えつくものか、どうも胡散臭い。 倭が国では近年US語の輸入超過に陥っていることに反し、日没帝国では世界の各産地からカラフルに輸入語を取り入れているようだ。言うまでも無く、多様な人種構成とアングロサクソンの鷹揚さ(=あるいは無神経さ)が背景にあるためだろう。その点、アルプスの氷河のように溶ける事のない保守的風土の故に、南ドイツでは輸入語に警戒心が高いと予想される。街角のDoernerKebabを許容はするが、魂にまで入り込んでもらいたくないのはよくわかる。 そんな日常では、TVやラジオから前触れなく日本語が流れ出る場面に出くわす事も多い。当世ではあれを打ち込み系というらしいが、合成的針飛びリズムをバックに、若い嬢やの黄色い声がClub系新譜のリリースをラジオから喧伝する。べらべらとこぼれ出る音のなかから ぐっと耳に飛び込む 「Stereo スシ」の言葉。 寿司人気に便乗して、星の数ほどあるClub系リリースCD群の中で生き残りを狙ったのか、珍妙で人耳を引くタイトルで勝負にきたようだ。「version ワサビ」という声がダメ押しに続く。首尾よくワサビをそこそこ売り上げた暁には「version トロ」 や 「ガリ」 が続くのか。 ネガティブな色合いがなく輸入語が広告に使用されるなら、その輸入元の国の文化も危険とは見為されていないと言えよう。日系企業にもそれを逆利用しているらしき所がある。例えばホンダUKのラジオCMでは、穏やかな口調で Yume = Dream、および Yume no Chikara という日本語の意味の説明が30秒程度もの時間をかけ電波に乗る。 それを聞くたびこの企画によくOKがでたなと半ば唖然としつつ感心するのだが、ドイツ車と並んで国家ブランドイメージが高い日本車であるがゆえ可能になるのだろう。 Audi UKではCMのナレーションの後に必ず、”Vorsprung durch Technik"の決めゼリフが入る。綴りをそのまま英語読みしているのでドイツ人には失笑を買うところだが、普通の帝国人には購買欲をそそのかす魔法の呪文として機能するはずだ。 これらの底流には、全てがそうとは言わないが、"エキゾチックな風合いならなんでもいいのよ" という作り手側の態度が存在すると感じる。重要なのは如何に異国情緒を言葉巧みに演出し、商いのタネとするかだ。ただの消費材に過ぎないものに言葉の意味なぞ誰が気にしよう という割り切りは、言葉の持ち主側には滑稽で、かつ、初冬の湖のように寂しい。 しかし、今となってはそう鼻で笑う余裕もあるが、残念な事にこれは都合よくその存在を忘れた合わせ鏡の片方にすぎないと気付く。 戦後、例えば自分に物心のついた昭和の後半あたりでは、闇鍋チックな外国語借用によるお手軽な異文化憧憬を買い手の購買動機に利用せん とする広告や商品が倭が国にも溢れた。地道な教育の成果と集団催眠とムラ社会が奏効したか、一時ほどの派手な勘違いコピーを見つけることが少なくなったとはいえ、子供達の衣類や日用品の類に並ぶ意味不明の欧米外国語もどきはいまも健在だ。文法的誤りはなくても外国語による奇怪なコラージュをふと見つけたとき、それを脳が意味にBridgeするための沈黙は、頭の体操に役立つかも知れないけれど。 そんな過去を纏う身には、一方通行に思慕する相手からこちら側に興味を示されるのはむしろ光栄である。しかし相手の興味を積分した結果、闇鍋が仕上がりそうなら、やや不安にもなる。 Ocadoという健康食品指向宅配スーパーのCMがある日ラジオから流れてきた。どこにでもあるような売り口上に混じり、どうでもいいキャンペーンの説明が始まる。 日本のスーパーに並ぶ生鮮食材の品質礼賛の後、東京行きのチケットが抽選で当たるよ などと勧誘する内容だっただろうか、突如、日本人と思しき男のナレーターがパステルカラーの脳細胞の69%をAllocateしたような妖しいスケベ声で、舐めるように、言葉をゆっくり区切りながら囁き始める。「せーる、開催中ーゥ、、、。 君の、トリのモモ肉が、美味しそぉぉうぅだからぁ、、、。」 これを耳にし、異国に対するいくばくかの憧憬や畏敬を胸に抱いた人達もいるのだろう。「それらしい」事が「それ」より大切だというスタンス、ご立派ではありますが、誠に遺憾に存じます。*** 補足 ***+ SUDOKU + Stereo Sushi 甘かった。ワサビのみならず 太巻、酒、照焼までも。。。 (酒、ってどうしたら寿司ネタになるのか。。。 照焼って、、、寿司?) ページTopのキャラクタ付きロゴ右端に小さく見える "ケギノッ" という謎の片仮名の類が、この手のキッチュ広告にはありがち。 しかし、、、。
2005.11.15
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この夏、NicoleKidmanとSeanPenn共演の映画 The Interpreter を例によって日本行きの飛行機で観た。 アフリカ某国の大統領をNY国連本部で暗殺する謀議をたまたま耳にしてしまった通訳(Kidman)が命を狙われ、USテロ対策Teamの腕利きSecretService(Penn)が彼女の護衛を行う。クライマックスの暗殺計画に向けて起こるいくつかの犯罪を通じ、通訳自身の過去と現在を含めて、計画の背景と真相が徐々に明らかになる というのが大枠のあらすじになる。 アフリカの小国で起きている虐殺とそれに伴う政治運動、および国連ロケという二つのKeyPointを除けばストーリー自身に目新しいものは無い。 Interpreterと銘打ちながら、実際にはCommandoといった感じの作品展開、そして観客受けを意識した幾多のありえない設定や(=バス爆破後の被害状況、アフリカ内で白人の政治ゲリラ活動家は目立たないでいられるのか、等々)、様々な事件のDetailの非現実性。これらが観た後に釈然としない残滓となるが、誰かと映画館に観に行く娯楽映画としては充分元が取れる出来になっている。Kidman Maniacならストーリー展開の最初、眼鏡姿の知的な職業人の役柄にきっと息を呑むだろう。 それだけなら敢えてここに書き残す必要はないのだが、一つだけ特記したかった点がある:この映画はSeanPennのものだ。 高い演技力については噂に聞いていたが、彼の出演作をみることが無いままに過ぎてきた。元々Madonnaとの結婚や傷害事件など、ゴシップが飯の種のような廉価芸能人という印象しかなかったのだが、時間の経過が恵みに働いたのか、本作の地味な男の役柄は、演技ではなく現在の彼の”地”であるように感じる。 終盤、川沿いの公園のなかで膝ほどの鉄柵に腰掛けながらKidmanと向き合って語る場面がある。 錆びかけた太いコイルばねが じわじわと蓄えた歪み。中心線から2-3度ほど撓んだ軸心が復元する契機のこの短いシーンで見せるKidmanとの会話。乾いた笑顔の裏側に残る、男の内面の機微。 孤独なUS人を、役柄を通じ(または地の演技で)見事に表現したSeanPennを同設定の連作としてもう一度観てみたい。 興行収入上Kidman抜きのSequelは有り得ないと承知しているが、それでも期待してしまうなんて、やってくれるとしか言いようがない。ある意味絶滅種のような男達を観ていたいこの気持ち、地域と人種を越え、この時代にどこまで通じるものだろう。[追記] 固有の軌道を周回する二つの遊星が じわじわと限りなく近づき、そ知らぬ顔で互いを通過する。鈍色の鋳物細工に滴下され、表面を伝う人肌ほどの暖かな液体。鋳物の温度が液体のそれに達することはないのに、そう信じそうになっていた事を不意に気付かされ、照れ隠しの笑みが浮かぶ。軽く曲げたまま痺れた掌の中を、ひらひらと舐めるようにゆらぎ、すり抜けていくシルクのスカーフをただ眺めているような無力感。 スクリーンを通じてそうした記憶を増幅できる人であれば、淡すぎて色すらつかない場面の中に、自分だけの隠れた色彩を見つけることができるはずだ。そして、体に馴染むこの淡さ加減を 書かずにいられなかったという事になる。*** 補足 ***+ The Interpreter
2005.10.01
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昼間でも気温が20℃を切る日が多くなり、秋分過ぎの高緯度地方にじわじわと冬が忍び寄ろうとしている。父なる郷里では今年のOktoberfestも始まった。 いつまでも失った夏にしがみつきたい訳ではないが、思うところあってこのところ週末は泳ぎに出かけている。日本でも週末になると山のふもとの市立運動公園内プールに足を運んだものだ。とはいえ、いまだ長距離を泳げないばかりか、ターンを試みると前後左右不覚となってしまうレベルの低さなのだが。 かつて、冬の最中に南ドイツでホテル住まいを始めた頃、週末の娯楽が限られていた事と、なにより泳ぎたいという気持ちが自分をオリンピック公園の敷地内にあるOlympia-Schwimmhalleに出かけさせた。 欧州プール行脚の起点がそれだったので、日本と違う設備や守るべき掟など幾つかの事をその際初めて知った:+水は結構冷たい(=27℃位だろうか。東洋人と欧州人の平均体温の差に関係していそう。)+日本だと、水質の点検だといって30分おきくらいに全員水中から強制排除されるが、それがない(=ただの手抜きなのか。)+屋外に芝生があり、夏は水から上がった人々が休憩兼日光浴のためその上をアシカのように転がっている(=その飾り気のなさが倭風の感覚からは遠い。日没帝国にはそういう習慣がないようだが何故だろう。)+子供も安全に泳げるように膝ほどの浅い水位が15mほど続いた後に警告目的のワイヤーロープが張られている(=クロール中に このワイヤーに我知らずウエスタンラリアットを見舞い、腕に青アザが付くことがある。)+その地点を越えて進むと、水底がなだらかに傾斜し 終いには数m以上の深さに達する(=あんな深さは日本では未体験だ。)+プールサイドの水中壁面に並んで設置されたライトに照らされる暗い水底を見ながら泳いでいると、途中で宇宙を浮遊している気分になる(=USでもこの水中照明器具を見たが、日本では一般的でない気がする。)+飛び込み専用プールに潜ってみると、四角い闇のように深い。しかも中で結婚式でもできそうなくらい広い(=招待状が届かない事を祈る。) ローマ人の末裔を名乗る元同僚Bにどこかに面白いプールはないかと尋ねたら、Volksbadに行けと勧められた。ドイツ博物館にほど近い、Gasteigというコンサートホールの坂道を下った所にあるそれは 100年ほど前に土地の豪商が建てたローマ風Spaのようなもので、"プール"と呼んでいいのか躊躇してしまう造りだった。 実用性という点で現代プールに劣るかもしれないが 建築空間の優美さと各種の装飾に、泳ぐ事を忘れただ見とれてしまう。俺もついに皇帝にまで上り詰めたかと、ライオンの口から湧き出る水の重みを肩に感じながら、白壁の天井に施された太陽の浮き彫りの輪郭を追っていると、怪しい東洋人に注がれる監視員の視線が冷たい。 やがて住居を決め生活が落ち着いてきた頃、市内のそこここに地域住民向けのプールがあるのを知った。品定めを兼ねてそれらをあちこちハシゴしてみたが、自宅から近いので、Bayern Muenchen HQの近くにあるGiesing-Harlaching Hallenbadに通う頻度が増えた。 今日、その手の町民プールに相当するPutneyのスポーツ施設に行った。日没帝国にしてはロッカーの鍵が満足にかかるものが多いので余り文句は言わないでやろう。シャワーの水圧が弱いのも、ここだけに限らないので諦めてやろう。熱いお湯がでないのも、いまいましいが 気のせいだと思って忘れてやるよ。忘れりゃいいんだろ。 ただ、サウナが有料なのはいただけない。ドイツや北欧に比べ冬の過酷さが桁違いに楽勝なので、サウナは生活の構成要素でなく一部の道楽者の為にある(=課税対象)と見ているのだろうか。 いつものように見苦しく泳ぎ終え、着替えていると、口腔内に妙にケミカルな味が残るのに気づいた。邪推かもしれないがプールの水をポンプで循環・清浄をしているとはどうも思えない。 人間の体表面から滲む種々の液体は土より出でて土に還るものなのでともかく、体や頭髪から洗い流された化学物質などを長い年月をかけて発酵酒のように取り込んだ帰結が この味 なのだろうか。 見上げた着替え部屋の低い天井はアスベストに塗料を吹き付けたような白壁でできている。この国のことだから、スポーツセンタに健康維持に来て病気になっても決して変ではない。もう来るのよそうかな。 初夏のこと。同僚Mの頬がこけているのに気付いたので、激務がたたったのかと尋ねると、トライアスロンのトレーニング量を増やしたせいだと嬉しそうに答えた。Officeの中に飽き足らずそんな過酷な分野にまで自己実現を求めるとは、ワーカホリックを通過してルネサンス野郎だ。種目ではSwimが最も得意なんだそうな。 Mは今夏のLondonトライアスロンに出場し悪くない成績を収めたらしい。 巨大ドブ川に等しいテムズ川下流でSwimなんて、いくらなんでも気味悪くないかと訊くと、一瞬考えたあと、自分の育った街の川なのでそうでもないよと言う。あのさあ、強がりと冗談にも限度があるだろ。我田引水ナルシシズムは仕事上のことだけにしてくれよ。 毎日昼時になるとOfficeの外を1時間程度走るVはアスリート系の話に感度が高い。Mのテムズ川コメントを呆れ顔で伝えると、関連事例がこぼれ出る。「ドーバー海峡横断のような、世界の海・湖沼・川をレースする強者女性スイマーが、ただ一つナイル川のレースだけはリタイヤしたそうだ。理由は簡単、犬の屍骸だとかその他もろもろ訳の判らないもんが浮いてて悪臭がするし、そりゃあ耐えられなかったんだってさ。でもガンジス川は泳ぎ切ったとかって言ってたっけなあ。」 聖なる川のご利益があったかどうかは知らないが、何が彼らをそうさせるのか。これじゃあまるで宗教だ。そのうち有害物質の体内蓄積が過ぎて我知らず殉教しちまうぞ。 南ドイツでも何処でも、上級者の回遊レーンには筋骨隆々のスイマーは勿論、颯爽とした女性スイマー達がいるものだ。餌が獲れずに疲れ果てたラッコのように壁際に浮かびアゴを出している自分を侮蔑する素振りもみせず、水面を淡々と往復する彼女達の姿は神々しいばかりだ。 やれやれ、Mが殉教の道を選ぶなら、俺は生臭坊主の道を選ぶとするか。お互い、尊い仏の道で精進しような。*** 補足 ***+Olympia-Schwimmhalle懐かしきミュンヘン五輪オリンピック公園の中にあるプール。+Volksbad自称ローマ人の末裔Bご推薦の市民プール。+ミュンヘン市の地域住民向けプール一覧
2005.09.24
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夜とはいえこの地の蒸し暑さを感じないなんて、ちとまずい。バス停で降りて数十歩ほど歩くと、発光ダイオードの電光掲示を「ラーメン」の文字が天地方向に流れているのが判った。こういう電飾に頼るなんて、いかな日本とはいえ味には期待できない。しかし熱いものを流し込んで薬の効き目を少しでも良くする為には寄らざるを得ない。 中華料理屋のドアを引き、航空会社のラベルが情けなく貼り付いたままのトランクを、力なく、ずいと押し込む。席数に対し3割程度の客入りの、冷房の効いた小さな店内は、常連さんがVIP席に貼り付き新参者を胡散臭く眺める南ドイツの小さな酒場のようでもある。 壁面をうっすらと油膜が包むこの店の ドアそばの席にとにかく座り、天井角のモニタに映る日本のTV番組を呆然として見ていると、店主がこちらに近づく。自分の隣を通り過ぎた彼は背後に開け放たれたドアを閉め、場違いな心得知らずの愚か者から店内の安穏と冷気を防衛した。 注文の後 見回した店内には、カウンターのそばに四角い水槽があった。白いネズミのような奇妙な物体が、そのなかで無様に短い四肢を動かしながら上へ下へと浮き沈みしつつ、ぶるぶると不恰好に泳いでいる。 大陸でも日没帝国でも、中華料理屋だってせいぜい生け簀に金魚か淡水魚しか泳いでない。母国と違い、異国の地にあっては妙なものを陳列すると商売あがったりだ。実際に何を食わされてるか判ったもんじゃないにせよ、標準的な欧州人ならこのネズミもどきが素潜りをする姿を目撃した瞬間に、その奥行きが暗示するものを嗅ぎ取り、店主へ断りを入れて退出したくなるだろう。 素潜りに耽るこの生物はかつて日本で話題になったウーパールーパーに似ている。話題になった当時に聞いたが、別名アホロートルというらしい。日昇帝国で大過なく暮らすには、この源氏名は随分哀れだ。ブレアーブッシュとかトニージョージだとか、もっとアングロサクソンっぽい響きがあれば今でもチヤホヤされていただろうに。 カウンターの背後には隠し味用のツチノコの燻製やヒバゴンの掌、より現実的には紅茶キノコの培養器が隠されていたかもしれないが -- 現代医学との相性もあるのだろうか -- 注文したネギ味噌ラーメン完食後に流し込んだ総合感冒薬PL顆粒の効き目はウーパールーパーの微笑よりも甘く、3件目の医院を翌日訪ねる事になった。 去年の熱波騒動が記憶に新しいが、大陸でも日没帝国でも、家庭にエアコンなんて物は一般的でなく、車載のそれにしたって効きは悪い。とはいえ、”快適な高緯度生活にどっぷり漬かり人工冷房を拒絶する体になってしまったのが夏風邪を引いた原因”という説明は、全くの偽りでないとしてもややFancyに過ぎると感じる。 「こっちに長い事居ると、毛穴が充分に開かなくなって発汗の妨げになり、日本で夏を過ごすとき 何とも気持ちが悪い思いをするんだぜ。」と、かつて南ドイツOfficeの元日本人同僚氏が 具体的すぎて何とも気持ちが悪い思いのする助言をしてくれたが、個人的にはそこまでの変化を未だ感じない。ヒトの背負っているものはそう簡単に変わるものではないのだろう。 結果的に今回のケースでは、ドサクサに紛れて体内に侵入したある種の強い菌のお陰で変に風邪がこじれてしまったようだ。診察した医者達が初めから抗菌剤を処方してくれなかったのは、自分の免疫力に期待してのことだろう。しかし 適切な対応をしても治りきらないという事実は、明日への輝きが最早 己が個体に不足しているという結論を示しているのかもしれない。まだそんなに年寄りじゃないんだけどなあ。 一年振りの日本で手痛い不覚を取り、旅程の殆どを無為に過ごしても、日没帝国へのJAL便に感傷は通用しない。 オートバイの耐久レースで言うなら、ガソリン補給のPit-Inの予定が 脱水症状ライダーの治療まで兼ねたようなものだ。朦朧とした意識で仕事という名のコースによろよろと復帰した自分の脇を、夏休みを取らずフルスロットル状態の日本人同僚Nのマシンが疾風のように通り過ぎていく。Hampshireの僻地Officeに出向いたNと一緒に打ち合わせを行ったが、議題ラインの読み、アプローチ、体の切れ、ブレーキングと加速、それら全てで半病人ライダーは圧倒され、Nの姿は視界から遠く風のように消え去った。打合せを終え、周回遅れの自分がデスクに戻ると、欧州で強制導入する事になったグループウェア的ツールを使い始めたかとNが問う。「これ、使ってみると意外にいいんですよ。 JさんまだInstallしてませんよね。僕的にはすぐにでも使ってもらえると嬉しいんですけどねえ。」 仕事柄矛盾しているが、自分はどうもこの手のツールの口上には懐疑的になってしまう。現在のツールと重複しないか、してまで導入する利点があるのか、いやそういう疑問をもつこと自体、労を惜しむ年寄り的発想なのか。5歳年下のNには新しいものに対する好奇心と才覚が並外れており、新製品の類にはハードソフトの隔てなく投資を惜しまない。モダンテクノロジに憧憬こそあれ懐疑はないようだ。 「こっちのメンバでも、成績のいいドイツのBjは既に導入済み、かたやフランスのJeは、、、ご想像通りまだなんですよねぇ、明暗を分けてるって言うか。 登録がないと自分のPCからサービスを利用できないんで、日本のメンバも皆入れて欲しいのに、まだまだです。ここから登録済みメンバが判るんですよ。あっ、営業のMさんやっぱりInstallさえしてない。全くこのオッサンは、ほんっっっっとにITという面でロートルなんですよ。 あっ、こいつもロートル。ここにもやっぱりロートルが。」 M氏と自分はほぼ同い歳だ。デジタルデバイドなんて便利な言葉があるが、新しい概念を全て真とするのは余りにお子様ランチではないか と言ったが最期、”あっち側+能力不足+ロートル”扱いされるのが今の世の習いだろう。 やれやれ、このツールはともかく、先ずは周回遅れをゼロに戻して、背中が見える距離に縮める所から始めなければ。畜生、どっかでコケてくれりゃあ楽なのに、さらに加速がついてるなあ。 脳裏に 白いネズミの泳ぐ姿が浮かぶ。無口なアホロートルに言葉はない。閉じた水槽を日々じたばたと駆け回り、無価値な奴だと蔑まれながら、その超然とした表情を読める者にのみ 静かな微笑のメッセージを送るだけだ。
2005.08.22
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地下鉄Southfield駅の近く、郵便局を兼務する雑貨屋の入口ドアに、大衆紙Evening Standardがスポンサーの意見広告を見た。 大書された ”LONDON STANDS UNITED”の文字の下に引用されたLodon市長Ken Livingstoneのコメントは、「Londonは一つの都市と言うより(人種的融合の結果としての)”世界”であり、その調和を乱す行為を市民は誰一人として許さない」という要旨だった。 この雑貨屋から数十mの所にある図書館にオーストラリア、NZ人向けの無償ミニコミ新聞が並んでいる。時折街路に見かける広告Boxには、南アフリカ人 向けのそれが積まれる。駅の対面にあるシニカルな店主のフレンチ惣菜屋にはフランス人向けミニコミ誌が置かれ -- 少数民族向けの店にはよくある事だが -- 時々行く韓国食堂や日本料理屋でも同様である。 仕事帰りに寄ることの多い大手スーパーマーケットTESCOで買い物篭を片手に歩いていると、英語以外の言葉が耳につく事が多々ある。高級スーパーならともかく、深夜のディスカウント系スーパーはそれなりに世間で揉まれている客層が利用することが理由なのかもしれないが、Londonに住むガイジンの多さは肌で感じられる。 例えば大昔に初めてこの地を踏んだ時には、国鉄BRのターバンを巻いた車掌の凍った表情に見入ってしまった。今日も買物に出掛けると、レジには黒いス カーフを巻いたイスラムのお嬢さんが立ち、カフェではイタリア人らしき姉ちゃんがLatteをサーブしてくれ、洗剤が切れて飛び込んだ雑貨屋にはインド人 らしき兄ちゃんの愛想の無い接客が待っていた。外見と言葉で判別できない潜在的ガイジン率が100歩譲ってMuenchenと同じだとしても、顕在的ガイジン率で多いに上回っているのがここだ。 南ドイツMuenchen市では市民の25%が外国人と聞かされていた。仕事を求める近隣諸外国の人々が豊かな土地に流入する結果なのだが、過去の植民地所有数や、最近の難民受け入れ天国というお国事情にも後押しされ、有色人種の比率はLondonの方が圧倒的に高い。 ドイツに居住する少数民族は、よそものと意識されているにせよ、極端に羽目を外さなければ共に生きる許可を与えられている感がある(=トルコ人問題など、確執が全く無いわけでは無い。)社会的弱者に暖かく接する美徳は極東の帝国では風化しかけているけれど。 かたや日没帝国では、圧倒的な各種民族のバラエティ(=帝国の民でもインド系だったり)と量が影響しているのか、そんな情緒はない。外見の違う人々だら けの社会では、よそものチックに見える他者に殊更暖かく接する必要が感じられなくなるのだろう。同じアングロサクソンでも、恐怖を除去する事が根底にある US人の乾いた愛想良さは、撃たれたり訴訟されたりする確率の少ないこの地では存在意義が薄くなる。 そういう背景の中では、祖国からこちらに来たての倭人さんなんかは恐ろしく無愛想な日没帝国民に自ずと不快感を覚えるだろう。なにも日没帝国民が全員愛想が無いと暴論を吐くつもりは無い。互いのいたわりで回っている社会ではあるが、大陸よりもプラグマチックなのは確実だ。 先週金曜、諸般の事情でヒースローまで荷物を引きずりながら電車で行き、バス待ちで永い間モアイに変身し、最後に車を置いたPutneyまで戻った時にはどっと疲れていた。 そこで、興味はあったが行く機会のなかったPutneyのイタリア料理屋Da Francoで夕食を取った。水色をメインに彩色された店では、イタリア語を少し話すと謙遜するアフリカ系のwaitressが、そう多くないお客さん達の世話をしていた。 壁に飾られた画の一つにゴッホの”夜のカフェテラス”を見つけ、一瞬エセイタリア屋かと恐れたが、おっとどっこいMuenchenのそれと同じパスタの 味に驚いた。大陸なら多分単位がそのままEURのところだが、18ポンドの会計を済ませ、店主のFrancoおじさんに美味かったよと礼を言う。 Putneyの中心街からやや外れた所にあるこの店に沿った通りの100m以内にはインド料理屋数件、バングラデシュ料理屋、日本人経営の寿司屋と日系 でないアジア人経営の寿司バー、デリバリー専門の中華料理屋などがある。といってもここは世界の大都市の危険地域にありがちな少数民族のるつぼのような場 所ではない。因みにMuenchenではこういったエスニック系レストランが軒を並べる場所は多くない。 実はPutney駅で降りた後、評判のスペイン料理屋 ”La Mancha”にトライしようとしたのだが、ほぼ満員でしかもタパスのケースがない事に落胆し止めにした。駅に沿うこの所謂ハイストリートにもイタリア料 理、ギリシャ料理、東南アジア系ヌードル屋、はてはモロッコ料理に至るまで、UKパブに混じり民族料理屋が並んでいる。 南ドイツでもトルコ人経営のケバブ屋を筆頭に外国料理屋は少なくないが、この地では層の厚みが伝わってくる。選択の幅がより広いのはガイジン文化の賜物だろう、ただし箱が狭いのと料金がそれなりに高いのが玉に傷ではある。 ところで、London一日観光バスツアーに日本からの出張者の息抜きの為に同行した際、日本人ガイドさんがイタリア料理に警戒するようにと乗客を教育していた。日没帝国で悪名高いこれらエセイタリア料理屋は、安定人気のイタ飯にあやかった帝国民が自分の舌だけを頼りにした(=Referenceのベクトルが明後日の方を向いているか或いはその絶対値が存在しない)創作イタ飯商売で金儲けしようという魂胆から生まれるのだと感じる。 Francoおじさんじゃないけどイタリア人をChefに雇えば済むのにねえ。使えない舌に自信を持つ思い上がりがけしからん。 ドンキホーテの胸像を後にし、いつもは車で通過するだけの橋まで歩いた。女王さんの紋付きと思しき立派な灯篭が欄干に並ぶ、テムズ川に掛かるこの橋の上で薄暮に包まれる景色を眺める。 そのうち、ふと岸辺側の灯篭とその川面に映る像の数の不一致に気付き、川岸の景色がどのように反射して目に映るのかを小学生に負けじと考え始めた。”山椒魚”じゃないが最近とみに思考を放棄しているのが災いしているのだろう、特に灯火の像が川面で上下に流れて滲む理由が判らず、そのまま意識を集中させ佇んでいた。 ふと、背後を軽く叩かれ、振り向いた所にRさんの笑顔があった。昭和の演歌歌手のように独り橋のたもとで、傍目にはナルシスティックに直立不動と化した自分の姿を見かけ、身投げしはすまいかと案じてくれたのだろう。 日本人のRさんとはDa Francoの斜向かいにある行きつけの美容院で約30日おきに首を託す間柄だ。 彼女の隣には笑顔がちょっとナイーブなアングロサクソンっぽい若者の顔 がある。虚を突かれたとはこれの事で、頭の切り替えが出来ず、お愛想の言葉すら出ない。しどろもどろの自分に背を向けた二人は仲良く手を繋ぎながら Fulham方向へ橋を越え歩いていった。 なかなか腕が良く器量の良い彼女は、高い物価に苦しみながらも不便な帝国暮らしを楽しんでいる。暫く前には近所のコロンビア人からテキーラの乾杯作法を伝授されたと言っていた。グラスを持つ親指の付け根の所に塩を少々盛り、ポンと口に含むや否や勢い良くテキーラで流し込むのだそうだ。「『そうそう上手。じゃあ今度は塩の代わりにコカイン盛って、、、あっそれはコロンビア流だったなぁ。僕ら世界の色んな所で悪さしてるからねえー。』なんて言うんですよぉ。まったくう。」と屈託無く話す。本人の名誉の為、コロンビア流を試したかどうかまでは訊かなかった。 いいなあ、あれだけ若いと何もかもが自由で。いや、自分がやると身を持ち崩すのは見えてるからこれでいいのだろう。ガイジンの調和と誘惑に溢れる街で、危なくない程度にガイジン人生を楽しみなよ。*** 補足 ***+ Da Franco+ Da Francoの並びにある宅配インド料理屋。 なかなかイケるのに加え、Website同様、デリバリー用の箱も日没帝国らしからぬモダンなデザイン。ところが新参者ではないらしい。タンドーリチキンがないのが唯一残念。+エセイタリア料理屋の多いUKだがこのチェーン店ならまあ及第。好感の持てるモッツアレラと生ハムの前菜にその理由あり。 因みに一昨日試したWimbledonVillageのCafeRouge隣は期待したにも関らずエセイタリア料理屋だった。油だらけで干しトマト以外に味の無いフェットチーネに玉砕。。。+その後のRさんからの証言(2005/09/03): 「イギリス人に見えるって言われるんですけど、違うんですよお。何人か判ります? えっ、そーうです。Sweden人なんです、あの人。あれからFulhamのサッカー場の隣にある公園にTakeAwayのタイ料理を持ってって一緒に食べたんですよおー。」 お幸せに。
2005.07.31
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気持ちに張りの欠ける時、理屈の少ない物語に入れ込みたくなるのは世の常の一つだろう。金曜午後に仕事を早めに切り上げ、映画館に寄る週が続いた。 折角なので、欠けついでに、そんな話でも。 ラジオドラマ朗読者が少年少女向けSciFi文庫を読んで聞かすような語りで始まるこの物語。原作に忠実に進むのかどうか判らないが、結末は”あれ”意外に考えられないので現代に物語がどのように構成されていくのか、引いた気持ちでスクリーンの画を追いかけた。 世の中に抗いがたい力が存在すると言われ、それがどのような形をしているのか想像するのは、戦争や人殺し、そしてそれ以上に悪寒のする日々の事件に慣れっこになった頭ですら容易でない。殺戮を続ける強大な未知の力とそれによる恐怖、また、ささやかに抵抗する人間製兵器との花火合戦、それらを2005年の技術で視覚化した点がこの映画の存在意義だろう。物語に没入しやすい自分には、未知の力のもたらす恐怖が結構肝に落ちてきた。あの汽笛のような音は実に後を引く。 この手の作品に対するせめてもの賛辞とも言えるが、SFX(VFX)のお陰で、いまいちピンと来ない題材に対する想像力が視覚を通し安直に補われるのは興味深い。例えばKingArthurという映画を昨夏ある事情で観ざるを得なくなったが、Rome帝国のユーラシア大陸支配がどのような色と形と方法で北の島国にまで及んだのかを、うーんまあそうなのかもねとビジュアルに把握することができた点で唯一救われた。 小学生に「ステゴザウルスは大きくて太ったトカゲの楊枝立てのような爬虫類だ」と言い聞かせるより、想像図を見せるほうが早い。(ただ、色彩に関する決定打が未だないと言われる恐竜の想像図に比較しても、アーサー王のこれは 色はもとより遥かにいい加減と推測される代物で、却って誤った印象を記憶に定着させるので観ない方がマシという人もいるだろう。) それ以外を一言で締めくくれば、自分の聴解力に多大な欠落があることを補っても、よくある駄作と切って捨てられる作品 と言える。事実 世間の映画好きの評価も概ねそうらしい。 但し、ファンタジーの存在意義を単にリアリズムに欠けるからと言う理由で認めないのは世の中の見方を狭くするだけなのではと思うのだが。特に、登場する諸事を科学的考証に照らした際の非実現可能性を揶揄するのは、それを言っちゃあ お終いよ である。 主人公の奇跡的な困難回避能力や、ガソリン無しで無限に走行できる車など極めて都合の良い展開は、引っ張り出した分厚い古典本から舞う埃とともにクラッシックに幕を開けた物語を、現代のヘヴィメタル的な性急さと余裕の無さに引っ張り込んでしまう。アレンジを控えめに、中途半端なメッセージ性を捨て、原作の意図するシンプルなメッセージを守った方が娯楽として快適だったのではないか。ところで:非難したいのは、都合の良い展開が倫理にまで及ぶ点だ。ファンタジーの埒内で大目に見ろよと言われても譲るつもりはない。どういう状況であれ、人殺しが何の償いも無く幸せな結末を迎えそうなのはまずい。罪と罰は建前に過ぎないと子供や若い人々が解釈するような素地を大っぴらに与えるべきではない。 思考回路が発展途上もしくはイージーな人々が多く含まれるであろう客層を意識した映画にそういう要素を組み込むのは、産業界でいえば有害廃棄物の不法投棄に相当し、世代をまたぐ害悪の垂れ流しと同義に感じる。 「恐いのは未知の力以上に人間自身だ」というメッセージがおまけ程度に含まれているとしても、露悪主義の汚しっぱなしのままでは何も伝わらない。
2005.07.08
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不本意ではあるが、避けて通る訳に行かないので、書く。 不謹慎を承知で言うが、時間の問題だったのは明白だ。 邪悪との戦い、と唱えれば 世間体は良いだろう。しかし、犯罪の源泉は、狂人達の体だけにあるのではない。それを知りながら、本質的な歪みに手を出さないのは何故だ。 星になるのは、おとぎ話の中だけでいい。
2005.07.07
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ネット付き合いをさせて頂いているさばさん から、 Musical Baton なるもののご指名をいただいた。 どこのサーバに負担をかけるわけでもなさそうだし、音楽系の内容を書く機会が余り無い為、謹んで?お受けする事にした。【5つの質問】 1.Total volume of music files on my computer 2.Song playing right now 3.The last CD I bought 4.Five songs(tunes) I listen to a lot, or that mean a lot to me 5.Five people to whom I'm passing the baton【5つの回答】 1. SonicStageのBackUp容量からすれば約1GB程度らしい(=そのうちどれだけが純然たる音楽Fileなのかは不明。) 手持ちCDの殆どがHDDに納まっていないので、至極当然。音楽は守る為にもある事を理解する人が増えて欲しい。 2. Sweet Thing -- by Flowerpornoes [from Album -- ich und ich] 今たまたま聴いている曲でなく、聴いてみたいと思った曲。10年位前に日本のTowerRecordか何かで買ったドイツ語バンドのCDだが、唯一英語のこの曲が一番心地良かったりするのが皮肉。 3. Austropop Kult -- by Falco 節操の無い固め買いをしていて記憶が定かではないが、恐らくこれだろう。イースター休暇にMuenchenで固め買いをした中の一枚。Falcoの死は6年半程前、Muenchen空港に向かう同僚Bの車の中で知った。 4. 数多ある曲からベスト5を挙げるのは困難というよりもナンセンスに近い無理なので、サンプルとしての5曲: a) Wish you were here -- by Pink Floyd b) Saltans of swing -- by Dire Straits c) Say it (Over and over again) -- by John Coltrane d) Nicht von dieser Welt -- by Xavier Naidoo e) Serenata Rap -- by Lorenzo Jovanotti 5. 洒落と思って受け流してくださるであろう皆さんへ: cozycoachさん ももにゃきさん ゆうぐるとさん ken_wetonさん アニーホールさん *これをどうされるかはご自由に。。。ところで:きっとそのうち Cinema Batonだとか Sports Batonだとかの類が登場するのだろう。ネットの場での血液型別性格判断のようなものかもね。
2005.06.26
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とうの昔に桜の散ったAELTC(All England Lawn Tennis Club)裏通り沿いの桜並木。茂った緑葉のあちこちには直径10mmに満たない赤いサクランボが実っている。 敷地の南端に相当する部分を囲む塀の立替工事も終わり、正門側の敷地内には緑と白の縞模様の尖ったテントが並んでいる。関係者および団体観光客用の駐車場スペースにはそろそろ各国の旗を立てる土台の準備が開始している様子だ。 普段は死んだように静かなこの一角は、静かな住宅街に突然訪れる盛夏のようなテニス選手権大会を前に、また目覚める。 コモンを横切る対面通行の細道、その雑木林側にキャンピングカーと建設機械のようなものの一群がどこからか現れ、数日の内にそれらは野外遊園地の構成物へと変わる。大会とは直接の関係はないが、この時期の恒例行事である。全仏オープンも今日男子シングルスが終了し、いよいよ秒読みだ。 Wimbledonが近づくと、多くの選手がAELTC敷地そばの住宅を隠密に期間借りして本番に備える。自分の住む高層階でも部屋を間貸しする大家が多く、大会終了までエレベータの中でテニスラケットを携えた見知らぬ人々を目撃するようになる。その中には日本から出場する選手と思しき若者とその家族も含まれている。 諸般の事情により、肩身の狭い思いをしながらここに止む無く住んでいるのだが、世界のトップランカーに遭遇する確率が高いため、テニス”プレーヤー”マニアが住んでいようものなら日々浮き足立っているだろう。 2年前のこの時期のこと。家を出て数分にならない内に車を停め、同僚に連絡をする必要に迫られた際、件のタイ寺院に程近い坂道で、車内から携帯電話を片手に窓の向こうを眺めていた。 穏やかな霧雨の中、サンバイザーを被り1kg位の鉄アレイを両手に携えた細身の女性と、その女性の体積の4倍はありそうな女性がゆっくりとジョギングをしながら車の脇を通り過ぎた。細身の彼女は数週間前に全仏を制した(一年おいて今年も制した)ベルギーのJustin Henin-Hardenneだった。 最もAELTCに近い地下鉄駅Southfieldのそばにある冴えないlocalハンバーガ屋の中には来店したVenusWilliamsの携帯電話を片手に微笑む横顔が半畳程の写真になって飾られている。スーパーマーケットで買物をするAndreAgassiとSteffiGraf夫婦そしてその子供を目にする人もいた。 人間の活動の或る領域において、世界で一握りのレベルに位置する人々が日常生活の中に溶け込むこの光景を極東の帝国で目にすることは困難に違いない。サイン帳を片手にプライバシーもへったくれも無く、ツチノコを発見したかのように指差し騒ぎまくる人々の姿が目に浮かぶ。何もこれに限らないが、個人の成熟度に関しては、越えたつもりで足元にも及ばない欧州の貫禄勝ちだろう。 住宅街のあちこちに潜伏する選手達の送迎は、AELTCのロゴマーク付きのTaxiで行われる。大会が迫るとこれらのTaxiを通りのあちこちで見かけるようになり、運転しながらもつい車内に視線が向いてしまう。 先日、諸般の事情で、自分の住む高層階と同じ敷地内にある2-3階建ての立方体チックな建屋が並ぶ区域の路傍に佇んでいると、ロゴマークは無いが何かワケ有りっぽいTaxiが停車し客待ちをしていた。 知らん顔をして暫く待っていると、ジーンズ姿の女性が大きなノートを携えて立方体内部から出てきた。黙ってみている怪しい東洋人に気付き振り向いた彼女は、着衣のセンスもさることながら、整った顔にくっついた長い手足とスリムな体から、女優やモデルのようなオーラを発していた。選手のマネジャにしては若く美しすぎるし、なにせ実用性がなさすぎる。 そ知らぬ顔で更に暫く待っていると、テニスウェアを纏った選手姿の男が出てきた。こちらはSpain人的ラテンの容貌だが、やや骨太で、ゴメスさんといった感じだった。全仏真っ最中のこんな時期にここにいるなんてノンシードの一般選手たちなんだろうか。 その数日後、ゴメス氏抜きのモデルもどき嬢と、同じ場所で偶然再度お目にかかった。今度は無難にテニスウェアに身を包んでいたが、やはり選手にもマネジャにも見えなかった。 病気続きの週末パターンからやっと脱出することができた嬉しさで、隣町のPutneyまで買物に出かけPretで遅い昼食を取っていた今日の午後。ソファの上に置いたTheDailyMailをきちんと読む気がないので後ろからパラパラめくっていたら2年前のWimbledon男子シングル決勝を戦い敗れたオーストラリア人Mark Philippoussisの見開きインタビュー記事と写真を見かけた。 人気テニス雑誌Aceの読者調査で上位にランクされる、ハンサムだが無骨な印象の彼は数年前までプロテニス界のアイドルだったロシアのAnna Kournikovaといい仲だったと聞く。 2m近い身長を生かしたサーブで、対するスイスのRoger Federerを苦しめた決勝の様子はTVの生中継で観たが、今年はWimbledon前にUKのLocal大会に出場し、センターコートから”ロブひとつ分の”近場に間借りし備えを万端にしていると書かれている。 色男のインタビューには、予想に反し色気が無かった:「初めてFerrariを手に入れたのは二十歳の時、そしてそれ以来全てが違う方向に進んでしまった。これまでの人生を楽しんだ事を後悔してはいない。自分の選んだままの人生を生きてしまったんだ。 (6年位前に)ガンでもう長くないと宣告された父は、病に立ち向かい、未だに生き延びている。自分も脚のケガで車椅子を強いられ、もうテニスは出来ないと言われたが、全ては自分が決めるのだ と父に諭され立ち向かった。 Miamiのナイトライフも無意味に感じるようになった。ようやく自分には車やバイクや色恋以上にもっと大切なもの、つまり大舞台での勝利が何よりも必要だとやっと判ったんだ。 これまでテニスに全てを費やしてきたとはいえない。全力を尽くした挙句 勝利に至らないなら、その時は諦めがつく。しかしできるのに投げ出してしまったなら、自分は生涯それを悔いる事になるだろう。自分の最高の時期はほんの半年前に始まったばかりだと、初めてそんな風に思えるようになったよ。」 真の自分があるべき姿を悟った28歳の若者が、正面から読者を凝視する写真。その下に配置された囲み欄にはこれまで彼が浮名を流した美貌のオーストラリア人歌手や、Kurnikovaらを伴った写真が載っている。そして現在婚約中という18歳のUS女優Alexis Barbaraとくだけた様子で話をしている微笑ましいスナップもある。 、、、これってあの実用性のないマネジャー嬢じゃないかい。 日没帝国には日昇帝国の松岡修造氏を髣髴とさせる Tim Henmanという国民的人気選手がおり、Wimbledonの度に彼が今回は優勝できるかというお決まりの記事がMediaの話題になる。 追っかけマニアは狂信的に彼の優勝を願っているが、悲劇のヒーローの座は例年揺るがない。UK人によれば、メンタルの弱さが原因で、傍目にも判るその気持ちの乱れにより勝てる試合を落としつづけているらしい。年齢的な限界説もあり、いつ彼がセンターコートへの挑戦を断念するかがもう一つのMediaの目玉になっている。 ゴメス氏に限りなく近いと思われる28歳は続ける:「毎年出場し、安定した成果を出すTimのあの実力を侮ることはできない。それに優勝できないのが失敗だというのなら、殆どの選手は失敗でしかないだろう。」 意地悪な見方だが、言葉が熱を帯びるのに反比例し、彼は無意識のうちに自分の限界を悟っているのかもしれない。 人の世のなかで、各自に固有の“相対的限界”は、時間と共に生きている。そしてその苦々しい生き物は、どこに逃げても影のようにつきまとい、こちらの弱みを窺うのだ。そこには年齢も職業も、貴賎も性差もなく、対峙する姿勢の持ちようだけが与えられている。*** 補足 ***+ゴメス氏と実用性ゼロのマネジャ嬢+女性読者向けサービス
2005.06.05
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近所にある、コモンと名のつく管理されていない湿った草原には、人間や馬の散歩道が周りを囲むように存在し、中央にしみったれた浅い池がある。初秋から冬の終わりにかけて、冴えない芝生に覆われた野原は正視できない寂しさに溢れるが、緑濃い春にはまだ見られるものになる。 その野原の端の、ちょっとした商店街に続く通り沿いに、石造りの白い小さな塔がある。 去年の暮れ前後に手術のリハビリを兼ねた散歩をしていた時に、そこに立ち寄り、白い石に刻みこまれた言葉を読んでみた。土地バブルのカネ余り酔狂で立てたかと思い込んでいた5m程の高さのそれは、予想に反し第二次大戦の犠牲者鎮魂の為のものだった。クリスマスなどの行事の際には、教会の入口近くの祭壇で見るような小さなロウソクの炎が、視線を気にするかのように献花の中で身を縮めていた。 初夏のこの時期になると、TVのニュース解説者達の胸に赤い花を模した色紙を見かけるようになる。幼稚園の授業で子供が作った工作物のように、技巧を施した跡は感じられない淡白なつくりの花だ。よく言えば印象派による貼り絵のようなものか。会社のデリのレジ脇にもその赤い花々が並ぶ。 そしてこの時期には、自宅の郵便受けにはV型にユニオンジャック柄の安っぽいデザインのロゴが付いた封筒が入る。同封された紙には、軍服にバッチをつけた老人たちの写真と 赤い花、そして感謝の言葉があり、彼らの戦時中の実体験に基づく幾つかの見出しが並ぶ:“海に墜落した大戦のヒーロー、彼がまた沈むのを阻止しよう。” 第二次大戦の退役軍人向け恩給が不足しているため、ポピーを模した紙の花を購入してもらい寄付に充てるという仕組みのようだ。WW2終結後60周年にあたる今年だが、この封筒は日没帝国に来た時から毎年見かけている。 書店にはD-DayやVE-Dayの関連書籍が積まれる。後者は Victory of Europe、すなわち ナチスドイツが連合国軍に無条件降伏した5月8日を指す。 本の表紙やポスターに、大戦に従軍中の英国軍兵士や、市井の暮らしの中で戦争を経験し、勇敢に生き延びた人々の姿と笑顔が溢れる。厳しい暮らしの中で間接的に女は戦い、子供も加勢した。好むと好まざるとに関らず、そこで生活をしているもの全てを戦争の舌が舐め、勝利したとはいえ、運の良かった人々にさえ体のあちこちに赤く擦り傷が残った。 終戦を”祝う“行事が日本に無いように、それは当然ながらドイツにも無い。ドイツにあるのは自らの罪をひたすら思い出し、忘れぬよう祈念する行事だけだ。 しかし、支持した あるいは 支持せざるを得なかった理念の差が その結末に決定的な違いを与えたにせよ、戦争の舌が舐めたのは戦勝国だけではない。 ドイツで目にする歴史的建造物には、その割に外観が歴史の手垢にまみれていない、こざっぱりしたものが多々ある。例えばMuenchenの旧市街を囲む城門の一つIsar門の外壁を飾る絵は、つい数年前に描いたかと思わせる風情がある。爆薬の雷雨をまともに受けて、西も東も無くなった瓦礫の山から作り直せば、そうなることは止むを得ない。 敗残した国々でも男は戦地に赴き、廃墟の中で女は戦い、子供も加勢した。そして状況によっては 戦争の舌が炎と共に踊る喉の奥へ 生きたまま放り込まれた。Dresden空爆がその一つだ。 自分の部屋から外出する際に、エレベータや玄関口でいささか高齢の紳士淑女の方々とお会いすることが少なくない。現在の棲み家は、リタイヤした老夫婦がひっそりと余生を過ごす事を目的とした間取りの、日本でいうマンションの一室にあるためだ。愛想のいい管理人氏達も然り、若く見積もっても恐らく70歳前後のはずだ。 東洋からの異邦人の会釈に笑顔で返す彼らは、乱暴な括りだが、自分の両親の世代とは区分上 言わば仇同士だったわけだ。実際に極東の戦地で銃を取ったり、皇軍の捕虜になったりしたのは更に10歳は上の、さすがにもうカクシャクとしてはいられない人達であるにしても。 60年という人間の平均寿命よりも短い時の経過は、特に欧州では水に流せる過去ではない。しかし、体に刻み込まれた、ざらつく舌の擦り取った傷は 世代と共に浅くなる。 99年頃、南ドイツOfficeの食堂で同僚たちが当時のロシアの政治不安についてヨタ話をしていた。アル中のエリツィンが核のボタンを押せるなんてありえない、何とかならないものかと炭酸飲料を手に呆れ顔でぼやいていたドイツ人同僚達の話に、30歳そこそこのUK人同僚Mが涼しい顔で意見を挟んだ:「ロシアを占領しよう。今のこの混迷の時期に多国籍軍で派兵すれば何とかできる。そして合同統治すれば長年の懸案が無くなる。」 正論かもしれないが、この国の昔話に似ている。ドイツ人同僚2人は無言で互いの顔を覗き込んだ。 考えてみれば至極当然のことだが、この地でいうVE-Dayとは戦争の勝利を祝うものであり、それを忌避するものではない。条件反射のきつい日本人が陥りがちな誤解だろう。 そうとは判っているのだが、自分もひとり、自分の顔を覗き込みたくなる。
2005.05.08
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線路際に並ぶ 5m四方位の大きさの看板群を、通勤途上 横目に見て通り過ぎる。映画や食品の広告が載るそれらは10日程度で適宜更新されるが、新年になった頃だったか、白地に黒い手書き文字の意見広告がお目見えするようになった:「どうして病院を清潔に保つなんて(当たり前の)ことができないの?」「移民に制限を設けることは人種差別ではないと思う。」その広告主は野党保守党だ。 街路樹が新緑でみずみずしいCommon沿いに並ぶ高級住宅の垣根にも、野党保守党支持と書かれたミニ看板を一つ見かけるようになった。昨日はついに自分の家にもチラシが届き、A3二つ折りカラーの紙で笑顔を振りまく、この地区の労働党選挙人の姿がそこにあった。日没帝国の総選挙は今週5日に迫っている。 当然ながらラジオでは連日この話題が登場する。話題の中心人物は勿論 与党労働党の首相Blair氏で、そのKeywordは>うそつき<だ。 2日前に立ち寄ったPubでコーヒー片手に眺めたThe Daily Telegraphの大見出しには“Iraqの亡霊に脅かされるBlair”の文字があった。参戦検討期間中に、Blair氏が“参戦は合法的でない”とする法務長官の私見を、”参戦は合法である“と解釈し国会に提出したという事実が、守秘されるべきドキュメントの流出という形で選挙終了の土壇場で明らかになったらしい。それを受けBlair氏は野党や国民から一層の非難の的にさらされている。保守党党首のHoward氏からBlairとliarという文字が出て来ない日は選挙日を迎えるまでないだろう。 そのThe Daily Telegraphに、与野党3党首の誰が選挙に勝つ為に嘘をついていると思うかを調査した結果が載っていた:Blair(労働党)/ Kennedy(自民党)/ Howard(保守党)= YES 58: NO 26 / YES 22: NO 46 / YES 51: NO 24 (各%、YESは嘘つきの意)そして、どの政党に投票したいか が続く: Blair(労働党)/ Kennedy(自民党)/ Howard(保守党) = 36 / 24 / 32 (各%) 保守党は、公営病院NHSの運営など、労働党の失策に対する様々なNegative Campaignを、国民に対し嘘に嘘を重ねるBlair氏の不誠実さへの集中攻撃に切り替えている。Iraq侵略で息子を失った家庭からは、合法的でない(とされる)戦争を主導したBlair氏を戦争犯罪者として法廷で裁くべきだと息巻く声もある。犠牲を見越して国益とのバランスを取るのが指導者の仕事であり、それを承知で軍務に就いている国民がいるのだが、始まりの合法性が揺らぐ中では気持ちに収まりがつかないのだろう。 上記保守党の意見広告看板は、ラストスパート的総括なのか、数日前にうつむき加減の白黒Blair氏の笑顔に切り替わり「彼が更に5年、って想像してみなよ」という言葉が隣に並んでいる。 しかし、上の結果で個人的に笑ってしまうのが とりたてて嘘をつく必然性の無いHoward氏も嘘つき度が高い(=少なくともNOの%に関してはBlair氏と大差ない)と考えられていることだ。確かに、写真であの不気味な笑顔を見るだけで、財布から幾ら巻き上げられるか不安になってしまう。 UK人同僚Vに言わせると保守党はサッチャー政権から全ておかしくなってしまったらしい。例えば鉱山ストの場合には、対話でなく閉山で話があっけなく終結を迎え、後には失業者が残るといった具合に、その強硬なスタンスは(時には繊細な)UK人の心に大きなトラウマを残したようだ。日没帝国の事を知るにつけ、労働党政権なんてありえないだろうと思った自分にもBlair氏の登場は驚きだった。逆を言えばそれほどの不満が国民に鬱積していたと言えよう。 与党も最後の努力を続けている。上記、自宅への労働党チラシには党と地区選挙人の功績に加え、他党への厳しいNegativeコメントが載る。「強い経済は全てを利する。」という中心主張は勿論、「これは(労働党と保守党)2頭の馬によるレースだ。」という見出しつきで、真の脅威である第三党自民党への流出票を阻止し、保守党を利する事の無いようにと誘導している。 弱い者いじめはやめときゃいいのに「自民党は過去二回の総選挙で惨めな第三位に終わった。」とまで書いてある。隅々まで競合者をコケにする努力を怠らないのは、意地悪なお国柄の伝統かもしれないが。 こうした与野党の努力をよそに、同僚Vは投票したい政党がないとこぼしている。 嘘つき議論とは別に、例えば彼から総選挙前の人気取り政治ショーの一環だと切って捨てられたものに、先月破綻が決定したRover社への資金援助(=労働者に対する未払い賃金の何週間分かの補填)がある。 1ポンドで売られる位お粗末な経営状態の会社なんて、帝国としてのSentimental Valueが幾らあると言っても、資本主義の世の中では死んでいくのを止められない。中国企業に売ろうとしても拒否された(=共産主義ですら救えない)いわくつきの企業を血税で援助する真の目的に、少なくとも選挙期間中は大量失業を阻止して総選挙への影響を抑えたい という意図がある事が、国民には透けてみえるのだろう。 ドイツでは2002年の総選挙に居合わせた。増加する失業率を拠り所にした野党CDU Merkel女史 + CSU Schtoiber氏(=バイエルン州のドン)組に対し、SPD Schroeder氏はIraq戦争批判+US批判で辛うじて連立与党の地位を保持した。得票率は忘れたが、深夜にTVで見た開票速報では僅差の勝利だったことを思い出す。言葉の制約も含め、事情知らずの野次馬がいう台詞ではないが、もし豪腕Stoiber氏が政権を握っていたなら低迷するドイツ経済は今より若干明るかったかもしれない。 素人にもそう予想させるのが可能な背景には、選挙ショウを織り成す構成要因の色分けが容易で判りやすい事が挙げられるだろう。舞台や大小道具、そして役者の個性が明瞭であればあるほど、話のあらすじに想像がつけやすい。 世の中のこういう様子を目の当たりにする反面、自分には 極東の孤島が舞台の 似たり寄ったりcastによる、ウケないアトラクションだらけの真似っこショウにしか参加できない。それは寂しいものだ。楽屋裏では随分とカネの匂いが漂い、薄暗い照明の奥には任侠稼業の方々の椅子も用意されている様子で、勤め人の日々の暮らしからはどうも距離がある。そしてショウの間、街角で、狂気に駆られたように大音声で空中に連射される一方通行の言葉の砲弾は、ユーラシア大陸の反対側の国々から縁あって孤島に移り住む人々から嫌悪されている事を知っている。さもありなん。 しかし、幸か不幸か、ショウにも少しは共通点があるらしい:朝の通勤途上、A3を南下する車中でラジオのDJ達が茶化していた。「でも、労働党にしろ保守党にしろ、俺たちさあ、、、地区選挙人って余り見たことが無いよね?」「そうね。確かに見ないわよねぇ。選挙が近くなれば別だけど。」「そうなんだよなぁ。大体、普段見たことも聞いたことも無い 知らない人達をどうやって選べって言うんだろうねぇ? わはははは。」「あはははは。」*** 補足 *** 保守党意見広告に登場する文言に、説明を盛り込み纏めた小冊子をTesco(=UK大手スーパーマーケット)の雑誌売り場で見かけた。 赤旗よりは売れるかもしれないけれど、政治献金としてはスズメの涙程度でしかないか。しかし国政への参加意識を身近にさせる小道具といった役割は荷っている。 極東でのショウに取り入れるには演出が過ぎるかねえ、というよりそれ以前にそんな妙なもん買わないか。
2005.05.02
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社内のTeamメンバでParisに集合した際、UKからの到着組は皆 それぞれParis Office組の車に分乗し、陽の完全に落ちた北部の街から西部にあるというRestaurantに向かった。 通りは夕方のラッシュを既に通り越している。小さな渋滞は所々にまだあるが車は流れる。乗り込んだJeの車にそれまで後ろから続いてきたPの車が、なぜか突然左折し、進入禁止表示がはっきり掲げられた上り坂に突入するのが見えた。人の世では何にせよルールというものが存在するが、その効力のありなしは決めた国の人々に委ねられている。「という事はあれが近道?」「いや。皆、今回初めて行く場所だ。」Jeは 彼のdefault表情である微笑に一つの水紋すら立てず答える。 夜の街を縫うJeの車は、目的地近くの狭苦しい路地で律速され、暫くすると 車で混み合う裏通りに車長x0.9分の縦列駐車スペースを見つけた。バンパ同士の力比べの挙句 その隙間はきっちり車長x1.0まで延長された。 どこで聞いたか忘れたが、ラテンの国には「サイドブレーキを引く奴は馬鹿だ」という言い伝えがあるらしい。駐車してる間にランボルギーニがFiatのサイズになったら変形分の責任はブレーキ引いた奴が持つんだよ、という趣旨のこの言い伝えは、少なくともドイツでは聞かない Je組の皆で巷で人気と言うタイ料理屋に入ると、店内には草木は勿論 石を伝う滝のような仕掛が施され、極楽浄土Paris倦怠版の雰囲気が伝わる。殆どのメンバが席につきMenu片手にリラックスした頃、Pとその不運な同乗者達が最後に登場した。 ふた月程経ち、似たようなメンバでUK Office近くのインド料理Dinner。かなり満腹になったあと、Pの話が始まった。休暇の際、Pを含む旅客はあるアクシデントによりNiceからMonacoに移動される事となった。土地柄そういうものだとは言い難いが、その移動手段はヘリコプターで、先に機内に乗り込んだPの目に白いベンツのリムジンが停まり、ドアが開く様子が映った。 話し続ける小型雪だるま体型の P。彼の表情は、自然の要求を我慢しているかのように切羽詰っている。「出てきたのは3kmの足だったんだ。3kmの足なんだよ、わかる? ドアからスゥーーッと出てきたその長ぁーくて細ぉーい足に付いていたのは、なんと、Elle Macphersonだったんだよ。Elleが自分の居るヘリに乗り込み、俺は自分の目が信じられなくて、、、あのElleが前の方に座っているんだ、、、。」 PとJeの説明では、このElle嬢は所謂スーパーモデルで、 愛称を>The Body<というそうだ。(真偽は定かでないが)Mモンローから、私たちがもし結婚したなら素晴らしい子供たちができるわ と問われアインシュタインが返したとされるJokeが頭に浮かぶため、こんな愛称を頂くなんてちょっと気の毒な気がする。 完全にオーバーヒートしたPにJeがニヤニヤと給水する。「そうだよなぁ。3kmの毛むくじゃらの足だよなあ。うわー、ふさふさ。」 やがて隣席のA嬢から映画の話が出て座が盛り上がった時、Jeが嬉しそうに言った。「若き日の自分にとってカトリーヌ・ドヌーブは、美 そのものだったんだ。」 Jeの笑顔にやや狂気の色合いが射す。「本当だよ。本当。当時TVに彼女が映った時、俺は、もうこうだったよ、こう。」と言い、小屋から首輪につながれた犬が、精一杯の脱出を試み 塀に両の前足を掛けて尻尾を激しく振るような仕草をする。Jeは両目を丸く開き、嬉しそうに はふはふはふ、ウォウォウォーン と小声で鳴き真似までしている。おい、わかったからその姿で俺の方を向くな。 >昼顔<の原題 Belle de Jour を知らなかったのでJeに説明できなかったのだが、どうも未見らしい。もし観てたら、犬では収まらず狼男だったろう。 自分の偏見では、基本的欲望に対し一直線 と言う言葉がラテンの男たちを括るのに相応しい。勿論 カバーできる枠に個人差を加味する必要があるにせよ、それは世の人々の総合的偏見を横軸にまとめた標準分布から大きく逸れていない筈だ。Pをかばうわけではないが、生き物である以上そういう趣味に国境はない。例えばイタリアの茶菓子にはLady's Fingerって名前のものがある。 そして、ラテンからフレンチを強引に抽出する手段として、子供の純な無邪気さがふるいの一つに使えるだろう。 それは大人の色恋を巡る不条理ネタで溢れる映画がフランス国内で支持され続けている事とも絡んでいるように思える。大統領を筆頭に、個人の重要事項には愛人および本妻との生活の両立がキッチリ組み込まれていたりする。しかし、それでいて社会は陰鬱ではなく、人々は生命に危害の及ぶ範囲でない限り、ありのままの欲求を表出し、あるいは受け止めている。その理由は 人々が子供のように、動物としての自然な姿に忠実であろうとしているからだ、と解釈するのはかなり月並みではあるが 大外れではないだろう。 隣席のドイツ人同僚Cと暫く世間話をした後でJe達の話の輪に戻ると、どこかへの旅行話をしている。今度はJeの微笑む目がNatasha BedingfieldのSpain版といった面立ちのA嬢を正面からじっとり見据えている。「そうだな、あそこは確かにいい場所だった。Pが言うようにElleとそこに行けるなら素晴らしいだろう。でも、Elleよりも誰よりも、今度そこに行けるんだったら、俺は君と一緒がいい。本当だよ、君と行きたいんだ。」 バケツとスコップを持ったチビちゃんがお砂場へ突進するとき、周りに誰が居るかなど考える理由はない。それに、顔色を窺う幼児なんて、見守る大人の方が不安になっちまう。 後日、ある研修のためUKに集まったメンバにフランス人同僚Paの姿があった。若くはないがラテン系GPライダーのようにシャープな笑顔の彼は、一応GeneralManagerと言う役職にある。 輪になった椅子のどこかに着席するよう講師が出席者達に促す。講師の近くには、長めの黒いブーツ姿の若いアシスタント嬢が既に腰を降ろしていた。その瞬間、部屋に響く明るい声のPaが踊るように身を翻した。「じゃーあ俺はCatharineの隣に座っちゃおうーっと。いいのいいの、俺はフレンチなんだから。今日、フレンチは俺一人だもんねー。」 Paは椅子に腰掛けた状態で、木馬に揺れるかのように50cm程離れたCatharine目指し絨毯の上をにじり寄る。無表情のCatharineは、じわじわと接近する木馬と逆方向に、彼女の大柄な体が乗る椅子をじわじわと遠ざけようとしている。 多国家多民族の欧州を長距離列車とするなら、海千山千の欧州人で押し合うその車両の中に、フレンチ男達の指定席は、周囲の諦めを伴う暗黙の了解とともに存在している。立派というより、他にない。*** 補足1 ***BLUE ELEPHANT International plc Parisの夜に宴は始まり、数段の大皿で構成される鳥かご式鉄製什器にタイ料理は盛られやってきた。まるでアフタヌーンティーのようだ。しかし、店の広告資料には王室の名が登場するのに、料理自身はauthenticでもフレンチ風でもない気がするのは何故だろう。アジア人スタッフは店に多数いるが、インド人っぽい給仕さんはやや場違いな気がする。 店を出るときにもらった名刺大のパンフを眺めるとDubaiやKuwait,Beirut,Bahrainなどの中東圏から、(Bangkokは勿論として)東はNewDelhiにまで支店がある。LondonしかもFulhamにもある。本店の名称にplcが付いてるってことは、、、UKが本拠かい。おいおい、折角大陸まで逃げてきたっていうのに 胃袋にだまし討ちをかけるなよ。 しかしこのフランチャイズ展開に絡むアラブの影は料理以上に興味深い。Parisではアラブの大金持ちが集うレストランは珍しくないようだが。*** 補足2 ***Elle Macpherson 人体標本としては美しいかもしれないけど。。。*** 補足3 ***Natasha Bedingfield からみつくような歌声もイケるし、こうでなくちゃね。
2005.04.25
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近くのタイ寺院が年に一度のお祭りの日を迎え、住宅街の狭い道路には軒並み駐停車禁止の小型パイロンが並んでいる。お釈迦様の誕生日とか何だとかで、Londonやその近郊に住んでいると思われるタイ人達が自動車やバスで繰り出す中に紛れ、門をくぐる。 立派な寺の窓枠には赤と金の細工が施され、白地の壁に映えている。その窓枠は屋根の細工と同じようにまるで炎のように天空を目指す。日本の縁日のようにタイ料理の出店がならび、香ばしい匂いが食欲をそそる様子は、猥雑で逞しいアジアの生命力を判りやすく滲ませている。 寺院に続く階段前では、花に囲まれた釈迦像が参列者から水をかけられ、花びらの浮く水の中で座禅を組んでいる。その上段には別の釈迦像が全身に剥がれかけた金箔をまとっている。 紙や紙幣で、ご神体表面を覆う箔の一部をちぎり取る人たちを目を丸くして見ていると、その逆で、箔を貼り付けていた。歪んだ目につながる貧しい心を、お釈迦様から密かに諭されたかのようだ。 これだけのアジア人の群れを見ると周辺住民は心中穏やかでないだろう。ただ、その点寛容にできているのがアングロサクソンさん達のいい所か。この日はバス停もアジア人の利用客に溢れる。知らない人が見たら何の騒ぎかと思うだろう。自分も昔はそうだった。 南ドイツの故郷では路面電車(トラム)が発達していた。従って、準備ナシだと行先が把握しにくいバスを利用した事は余りないが、遅延などサービス面でのクレームは多く聞かない気がする。普通のバスをゴム蛇腹を介して縦に2台接続したタイプのそれが主流だった。緑の丸にHマークが目印のバス停にはMuenchen市のFCUKYou小僧ロゴをつけ、くすんだ青と銀に彩色されたバスが停まり、発車する。 Londonの二階建てバスには、財政面の理由だろうが、ボンネットのある古いタイプのものが時々運用されている。後ろに車掌さんが乗る奴で、追いかけて飛び乗れる利点がある(命の保証まではない。)そういえば、僻地だったからかも知れないが、物心付き始めた頃は日本もバスに車掌さんがいたなあ。 さすがにそろそろ絶滅させないと乗客の生命にかかわると考えたのか、ややモダンなタイプへ完全移行されると聞いた。しかしモダン号といえども、時折路上で乗客も運転手もなくハザードをONにしたまま乗り捨てられているのを見る。それは被弾して打ち捨てられた戦車のようでわびしい。整備不良なのかもしれないが、こんな有様じゃあどんなバスが来たって乗客の生命にかかわりそうだ。 赤地に白く浮き出したLondon地下鉄マークが目印のバス停での、南ドイツとの相違点の一つは、バスが見えたら、待っている乗車希望者は腕を体の横に出し、停まって欲しいという意思表示をする事である。選択的ヒッチハイクでもしている気分だ。 バス停に人影があれば、普通は停まってくれそうなもんだが、降車希望者がない場合にこの意思表示がなければ、希望の路線でないと見なし、通過するのだろう。腕の先に握ったコブシから親指を突き出す人も見かけるが、その真意は不明だ。 もう一つの相違点は、バス停でモアイの群れを目撃する事である。特にWeekdayの朝の通勤中に目に付くが、老若男女の人間の格好をしたそれらは、皆バス停から道路を正面に見て右側を向き、焦燥と怒りと猜疑心をたたえた表情で、何かを待ちわびるように遠くを見つめている。一体二体なら可愛いものだが、そこにいる人型の全てが同じように凍結し佇んでいる様は異様だ。 London地下鉄には電気仕掛けの掲示板があり、星からのメッセージを確認することができるが、バス停の多くはイースター島のように文明から隔絶されている。遥かな星からの使者を待ち望み、彼方をじっと見つめる目の群れが哀れを誘う。 会社の同僚に市場調査担当の日本人女性がいる。明るく元気な彼女と話していた時、旦那さんとはUKの南のある町で知り合ったと聞いた。「どうしてそこで?」「丁度その頃、私、そこにある大学院に行ってたんです。」「じゃあ旦那さんとはその学校で知り合った、とか。」「いいえ、彼は当時からソフトウェアのエンジニアをしていたんで。それがね、ある日 家に帰るために、私 学校近くの停留所でバスを待ってたんですけど、もう 全ーっっっっ然、来ないんですよ。バスが。知ってますよね、いつまで待っても来ないの。 その時、丁度同じバス停で、ずーっとバスを待ってて、余りに来なくて仕方ないから、世間話をしはじめた相手。それが旦那なんです。」 昨日、日没帝国の皇太子さんとその元愛人さんの結婚式が執り行われたとNewsで知った。元愛人さんは、旦那が将来王様になっても女王を名乗らないそうだ。その皇太子さんの、元お妃さんの訃報に接したのは7年位前、SanJoseの とあるガソリンスタンドのTVでだった。 それから間も無くして、EltonJohnが、NormaJeanの為に創った曲をアレンジしたUKのバラを偲ぶ歌が世界中のラジオから流れ出た。あれだけ無残に変形したメルセデスに似合わない、一輪のバラの幕引きだった。側近が、「皇太子はそろそろ本当の事を話すべきだ」とMediaに語るなど 今になっても暗殺説は消えない。 それぞれ想った路線に乗り損ない、途中下車した二人が、やっと来た望みのバスに二人で飛び乗った。そんなモアイの気持ちを推し量る事は容易だ。人の世ならばそういう形もあるだろう。 しかし、走り行くバスを追う人々の目の多くには困惑の色が滲んでいる。モアイたちの心そのものは、バスを待つモアイたち自身にしか判り得ない。それは誰もが理解していることではあるのだが。
2005.04.10
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イースター休暇の後、車のインパネに表示される外気温は20度に達し ようやく冬が終わった事を実感する。一応Commonと名のついた、近所のただの空地に植わった大木にちょっと緑色が現れたと思ったら、数日後には死に絶えたような枝の先々に若葉がこぼれ、風の通り道だった空間に大きな緑の球体が点描のように浮かび上がろうとしている。センターコート沿いの選手送迎玄関に面した通りの桜は盛りを過ぎ、一部に葉桜が見られた。空地に面する学校の斜向かいにある幽霊が出ると噂のPub前では 猫の額のような芝生に若者達が集い、座って語りあう。桜も木もなく一見小学生の遠足風景のようだが、天気がいいので気持ちは判るよ。 先々週、A3の事故封鎖のため、勤務地まで迂回した際にたまたま通り過ぎた田舎町を今日訪れた。Epsomというこの小さな町の中心には、鐘と風向計のついた白茶レンガ造りの小さな塔の足下に広がる小さな市が出ていた。 屋台の日除けの多くは白と緑のストライプで、初めはFranceの農家が出稼ぎに来たのかと思ったが、それらはSurrey州近郊の中小農家だった。屋台には有機栽培で育った野菜や果物、アイスクリームやキッシュなどの軽食が並ぶ。南はWight島産のトマト、西はサンフランシスコSourDoughをくり抜いたボウルでサーブされるスープ(=看板口上のまま)に至り、例によってどこまで信用できるか怪しさギリギリの出店だ。 勿論肉類も並んでおり、発育促進剤なしの豚肉使用ソーセージやベーコンなどをグリルで焼いて売る店もある。ドイツで食べるWurst(=ソーセージ)群や日本の例えばエッXンポルカなどという商品名のプリプリしたそれらを食べ慣れてなければ触手が伸びたかもしれない。焼けた肉のいい匂いが漂うが、頭は素直に反応できない。 2000年頃、ドイツは狂牛病騒ぎに湧いた。ドイツ国内飼育牛にBSE感染の疑いアリと判ったからだ。確かSpain領のある島に飼育されている牛のBSE感染が報告され、それらが全てドイツからの輸入牛だったところから火がついたと曖昧に記憶している。 それまでBSEは(口蹄疫等の様々な風土病を含め)UKの専売特許であり、時々フランスやポルトガルでも見られる症状であった。原因はUK産の一部の羊に含まれる異常プリオンというタンパク質で、死後に飼料として加工された羊肉を食べた牛に症状が顕れる。牛肉そのものか、その羊肉飼料を輸入していない限り理屈上近隣国での発症は予防できることになる。とはいえ流通の管理は困難であり、BSEに該当する羊を特定する事も相当な根気がなければ現実には不可能に近い。元々草食動物に羊の肉を飼料として与える事自体、自然の摂理を無視しているのだが、カネにならない道理は経済性の名のもとには無力である。 狂牛病は十年以上前から知られていた事もあり、ドイツでは必要充分とされるBSEのFilter検査を行っていたらしい。しかしその基準が甘かったか、或いは条例として施行されていたにも拘らず実態はザル検査に陥っていたかで、農業関連の閣僚が数人 辞任に追い込まれた。ドイツ国内の牛肉消費量は通常の半分程度に落ち込み、赤い肉はスーパーで買い手を失い、冷蔵庫に陳列されたまま、冷たい視線にさらされていた。万単位の牛が、疑わしきは罰するというゲルマン的潔癖メンタリティに則り焼却処分された。人々の肉離れは進み、経済的インパクトが社会を背中から突いた。 TVでUKやFranceの狂牛病騒動を見ながら、あんな国に住んでなくてよかったと安堵しブリブリとかじっていた熱々のBockWurst。それらが一夜にして怪しい食品としてのポールポジションを獲得するとは思わなかった。その当時から、牛肉以外は大丈夫という声を聞くが、食べた牛肉経由で人間に感染するタンパク質が同じ飼料を食べた豚や鶏には感染しないのだろうか。疑いを持たずに生きていくのは、この地に住むならウブ過ぎる。 南ドイツからUKに異動したドイツ人同僚Cとこの話題になった時、真面目なCはホラー映画の語り部のように真剣な眼差しで自分を見つめ、友人の多くがベジタリアンに転向していると語った。なんだか地球最後の日が近づいているかのようだ。 しかし食品汚染騒ぎはEuropeではちょくちょく起きる。99年にはベルギー産の卵に発ガン性物質が含有されていることが判り数多くの食品が市場でリコールされた。どこかの馬鹿者が鶏の飼料に配合する油に車の廃油か重油を混ぜ、その飼料がベルギー国内外に流通した結果の騒ぎだった。鶏や卵のみならず、例えば該当期間内に製造されたベルギー産チョコレートなどの加工食品も小売店のディスプレイから消えた。 こういう騒ぎも度々起きれば慣れっこになる。別のドイツ人同僚にBSEの話を向けると、返って来た返事は、あっさり、「Too late」だった。 確かにジタバタしたって始まらない。大体、飼料が原因なら他の国だって大同小異だろう。例えばイタリア人なんか一部を除いて真面目にBSE検査してるなんて思えない。つまり正直国がバカを見ていると言えなくもないだろう。海を隔ててるといっても、USなんて怪しいもんだ。勿論検査なんかしてないだろうし、万一発覚しても知らぬ存ぜぬを通すんだろう。その点、日本は飼料の流通という点で地理的にやや安心かもしれない。当時、そんな事を思っていた。 ドイツでの騒動以降、暫く肉を避ける日々の中、日経ビXネス等に当時絶好調の吉野家の記事が載る度、舌を筆頭とする消化器官は はるか極東を慕った。 やがて、日本政府はUK及びEuropeに生活する日本人に対し帰国後の献血・輸血禁止の方針を定めた。感染の疑いを持つ怪しい人間から本土の国民を守ろうという腹なのだろう。でも何もしてないのに線を引かれ、B級市民に格下げ扱いかい。Nazis政権下のユダヤ人達の気持ちが、ほんのN分の一、判る気がした。 ところがそれから約一年程経ったある日、日本で初のBSE感染牛が見つかった。報道は日を追うにつれ、感染ルートを明らかにしていくが、感染の原因に関しては解明できぬまま、やがて別の感染牛発見の知らせが飛び込んだ。 狂牛病騒動の王座に位置するUKでは、異常プリオン感染経路および感染牛の特定と焼却などを行った。しかし現在もなお死者が出ている為、BSEは終わりではない、政府の口車に乗らず肉の検査を疑えという糾弾が遺族から絶えない。範囲特定が不十分というそしりは免れないが、それでもUK政府は焼却等のActionに踏み切っている(=道義的にそれが良いと言うつもりはない。生命はカネと等価ではないのだから。)即ちある程度感染をコントロールできている。それなのに、その努力レベルに未だ満たない日本政府が、先のUK/Europe在留邦人献血・輸血禁止を解除したという話は聞かなかった。 更に駄目押しで -- 勿論予想はしていたが -- USからの巨大なBSEの贈り物が、特定できない過去から現在に至るまで、日本に届いていた事が明るみに出た。(結果、吉野屋の牛丼は食べようにも食べられず、お気楽なMediaは最早それを勇んで取り上げようともしなくなったが。) そんな中で献血・輸血禁止が未だ継続したままならば、一体何の意味があるのか。 本土がそんな有様でも、外の血のほうがよりヤバイという事なのか。自分の情報不足による誤解かもしれないが、もし悪い冗談が続いているならば、こちらから逆輸血拒否宣言を政府に通達したいものだ。 2000年当時、南ドイツOfficeの食堂では必ず昼時にWeissWurst(=Bayern州特産の白ソーセージ)を食べていた。最初は肉固有の脂分が少なく食べ応えなく感じたそれは、慣れてくるとあっさりカマボコ風味で上品な美味さに変わった。ビールにも徹底して防腐剤などの混ぜ物を使わないBayernのこだわり、その土地の名物食品であるこの白灰色の肉は脱色によらない巧みの技の産物だろう。 時々含まれる1mm程度の球形ゴム状物体はどこの部位からきたのか判らない、しかし知ったところで風味は変わらない。Officeに居る日には、ほぼ毎日WeissWurstにSuesserSenf(=蜂蜜入りの甘いマスタード)を塗り、食べた。ブニブニ且つサクサクと官能的なこの昼時の甘い生活は、Weekdayの少ない慰めの一つとして確固とした地位を得た。 そして狂牛病騒ぎの後、ドイツに数あるWurstの中でも、牛が原料なのはこの白ソーセージだけという事を知った。数ヶ月経ち騒ぎが収まった頃、WeissWurstが消えた食堂には、”牛肉一切不使用“と謳ったそれがお目見えした。 実直な北ドイツ人同僚Eがぼそりと呟く:「あれの原料は、、、(沈黙)、、、訳のわからないモノだ。」 肉に限らず内臓など訳の判らない部位からなっている、と言いたかったのが沈黙の理由のようだ。骨の周辺部や小腸などは異常プリオン蓄積濃度が高いという。後で判ったが、BSE問題では禁忌の中核である脳 -- 即ち かなりヤバイ箇所 -- も、この白ソーセージ構成要素に加わっているらしい。 その瞬間、一生分の甘い生活が去った事を悟った。そして最悪の場合、甘くない生活の終わりはほんの10年程度先の未来に到来するかも知れないことを。 遺言書いとくから葬儀にはGipsy Kings とSex Pistols 両version の >My WayIt’s too late
2005.04.03
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CeBit2005が終わった。今年はさほど波乱もなく、自分は行かずに済んだのが幸いだった。 CeBitはドイツのHannoverで年に一度開催される電気電子情報通信関連の展示会であり、数年前までIT業界におけるその代名詞だったCOMDEXを超えこのカテゴリにおける世界最大の見本市と目されている。Europeは勿論、北米、極東に至る関連企業が展示ブースを設け、概ね一週間の会期にMeetingや視察と称する物見遊山のために出張者を派遣する。* 因みにHannoverはメッセの街としての国内地位確立に意欲的で(=他にさしたる経済的特徴がない)CeBit開催地の座を毎年維持している。ドイツ人をして世界の物笑いに終わったと言わしめたEXPO2000もこの地で催された。 脱線するがあれは傍で見ているだけで痛々しかった。悲惨な客入りに頬をひっぱたかれ、現実に目覚めて宗旨変えをした主催者(=殆ど政府関係者?)は、futuristicなイメージのとっつきにくいTV CFを、Veronaという売れっ子ボディコン系芸能人の体験レポート的それへと安直に切り替えた。結局期待した観客数に届かず、或る議員が国会か何かで“(こんな馬鹿げた無駄使いをするなんて)ドイツ人にもユーモアのセンスがある事を世界に判ってもらえただろう”という破れかぶれのコメントをしたらしい。 世界最大の触れ込みに違わずCeBit会場はだだっ広く、往々にして陰鬱な日が続くドイツの冬空の下、場内をシャトルバスが周回する。SoftwareからHardware、家電からHighEndシステムまでを広範に展示しているのでまともに回るなら一日では足りない。 不況を反映し入場者数は年々減っている気がしないでもないが、多寡にかかわらず人波の中にいるのは落ち着かないものだ。展示ブースに置かれたパンフレットや販促物の類は次々に見学者の掌に消えていく。英語に”Selling like a hotcake.”という表現があるが、ブースの中で南ドイツ人同僚達から、“Das geht weg wie warme Semmeln. (焼きたての小型の丸パンのように消えていく)”という慣用句を習ったのが懐かしい。 会場にIT業界のTopがお目見えする事は至極普通で、当時HPのCEO就任直後のFiorina氏もはるばるUSから視察に来たらしい。噂では、彼女はシケた街に宿泊するのはヤダと駄々をこね、BerlinかどこかのHotelを根城にしヘリコプタか小型JetでHannoverに舞い降りたと聞く。(お歳を召されているとはいえ、US女性らしい可愛いエピソードだ。尊敬を含め個人的に趣味だったのだが今年辞任してしまったのは寂しい。) 社用でCeBitに出かけねばならない業界のもののふ共は、このイベントの名を耳にするとNegaitveなテンションが高まる。Hannoverの街のインフラが大規模な旅客を迎えるには貧弱だという理由がその筆頭にある: 宿泊施設のキャパ不足でHotelの料金が高騰するのはよくある事だが、Hotel自体が不足している。そのため部屋を間貸しする民家が数多く名乗りをあげる。UKのB&Bが短期的に出現するようなものだ。それでも市内近郊のHotelからあぶれた旅人は更に郊外の宿を予約しなければならない。自分もBadOeynhausenという田舎町に泊まった事がある。 交通事情もネックで、国外からHannoverへのDirectフライト便数が限られておりFrankfurtMやHamburgからの経由便になる。経由便フライトにあぶれた旅人達はドイツの各地方都市から参加するドイツ人よろしく到着した空港から電車を乗り継ぐ事になる。EXPO2000前に中央駅の改装も終わり、Hannover駅舎自体には若干の改善が見られたが、臨時電車を含めた電車本数に大幅な改善はなく、車両は山手線のように人で混み合う。 多くのドイツ人がこんな大規模イベントをHannoverで行う事に疑問を感じているが、それが決定事項なら仕方ないと潔く割り切っている様子が おりこうさんで微笑ましい。 こういう事情をバイアスとし、来場者へのアテンド(=座れない)やPartnerさんとの会議で疲れた体に鞭を打ちつつ、交代時間に、広大な場内を興味のある出展を捜して回るのは結構体にこたえる。 肉体的苦痛に加え、精神的にめげる要因も勿論ある: CeBitは普段物理的にコミュニケーションを阻まれている利害関係者たちが一堂に会する場としての意味合いを持っている。利害の度合いによっては顔を付き合わせるや否や公開リンチや人間バーベキュー開始と相成る。そんなの誰だって御免だが、現実は人に待ったをさせてくれない。 加えて、普段コミュニケーションのない一般来場者達の応対がある。特に土日が厄介で、展示はどうでもよくただ販促品目当てで押し寄せる子供達にどう接するかがブース共同体の共通課題となる。(2000年頃だったか、アテンド中のCeBit会場に一般入場者としてMichaelJacksonが来るという噂が流れた。口裂け女よりも信憑性は高く、事実だったらしいが結局お目にはかかれなかった。人騒がせが趣味なんだそうな。) 更に、ブースを時折訪れる個性的な人達が、鈍色の疲労の上に 予想のつかないサイケデリックな色を添える。 ドイツ人同僚のCがある日言った:「過去にこういうことがあった。一般来場の人が、アテンド中の自分を捕まえ政治の事を延々と話してくるんだ。俺は言ったんだ、自分は出品物の話はできるが、政治の話はできないって。そしたら大統領がどうのとか世界時勢がこうのとか、さらに続けてくるんだ。もう一度言ったよ、政治の話は出来ないって。」 CeBitではないが、南ドイツのメッセ会場で自分にも同様の思い出がある。社内の幾つかのGpで共同展示していたブースでたまたま自分ひとりになり、初老の歳相応の威厳を備えた或る男性がチラシを片手にやって来た。質問がある と静かに言う。「このデバイスはxxGB記憶できるのかね。」自分の担当外サンプルなので正確なMigrationを回答できる商品知識はない。失礼のないように無難に答える。「自分の理解する限り、現在はまだyyMBですが、将来的にxxGBモデルを発表すると考えます。」威厳氏は、一瞬で形相を変え、突然チラシを床に投げつけ、呪いの言葉を口元に並べて、激しい剣幕で自分にそれらを発射した:「競合他社がzzGBの製品を現在出荷してるのに、何をしているんだ! どういう事なんだ!!」怒りの余り 何をしているのか、どういう事なのか わからなくなった様子の威厳氏は、理解を超えたドイツ語でののしりながら隣のブースへと出撃していった。床に落ちたチラシを前に立ちすくむ自分の頭に、彼は自分の会社の創立者なのか、さもなくばこのデバイスの開発者なのか、もしや自分の上司なのか、という疑問文が旋回した。やがてその全てが誤りである事を再認識し、結論が出る:「可哀相だけど、イカレてる。」 同じメッセで同じ日に、小犬を連れた50近い女性がブースにやって来た。ドイツ人同僚達に展示物の質問をしているようだが、同僚達のこわばった笑顔からなんとなく妙な雰囲気が推し量られる。子犬を見つめ目を細くする日本人同僚Fが、可愛い犬ですねと話し掛けたのに女性は気付いた。彼女の表情は硬く、まるで奇妙なロボットを見るかのように澄んだ視線をしている。子犬を抱きかかえた彼女は無表情にFに問う。「あなた結婚しているの?」「ええ。」ここで何故結婚という言葉が出てきたのか誰にも想像がつかない。更に女性は表情を変えず問う。「”何“ と?」彼女には、Fがドイツ語を理解し”つがい”を構成する何かの物体に見えたようだ。その時そこに居合わせた人々の脳は 彼女を除き 完全な真空で満ちた。 CeBitを終えたある日の南ドイツOfficeで同僚達が日本人同僚Tの日本語の口真似をしていた。片言コトバをよく聞くと“CeBit ハ モウ コリゴリ”と繰り返している。 巷に浮かぶ燃え尽きたドイツ人達の屍から、精神は太陽を求め離脱する。それは生贄として参加する祭りのさだめだ。CeBit後はOstern(=Easter)まで長期休暇を取るなどして一時的に開店休業状態になる業界関係者は多い。文字通りの>復活<にかこつけているとしたら、ちょっと出来すぎだが。
2005.03.20
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日本からの出張者に、どうして自宅のネット環境が56kモデムなのかと明らかに馬鹿にした口調で尋ねられた事がある。 ADSLを申し込む際、ドイチェテレコムと揉める気がして腰が引けた事も理由の一つだったが、いつUK移住になるやも知れぬ身の上では、生来のケチ性を差し引いても設備投資に気が引ける。なにせ買ったモデムやらルータやらが他国での通信環境に適合するか、そして動作したとしても万一の場合無事にサポート対象機器として扱ってもらえるか保証はない。ましてそれらの価格はEuropeでは市場規模に比例し比較的廉価のドイツといえども日本に比べるまでもない。 そして移り住んだUKでNarrowBandに終止符を打つべく、事実上親方ユニオンジャック企業のBritish TelecomのPRするBroadBand環境という謳い文句のサービスに手を付ける事をまず考えた。 予想通りの美辞麗句を並べ立てたパンフレットに、”Super Fast Broadband with 512kb/s”の文字がある。恥知らずという言葉が辞書に無いのは判っているが、彼らは国外へ出たことすらないのだろうか。大家と不動産屋の勧めるCableTV会社のサービスを照会したが所謂>夜飛び会社<ではという不安を拭えない。 他にもADSLサービス会社は幾つか有ったが、それらとて先のCable会社の不安要素はあり、しかもBTの電話線契約は前提条件である。 苦渋の選択として、結局BTの軍門に下る事と相なった。やがて届いたパッケージには異形のUSB Modemが同梱されていた。普通は小さく四角いものなのに、それはUSB端子の尻尾を持つ真緑の巨大カブトガニの姿だった。製造元はなぜかフランスの某AlcaXel社。フレンチ企業ってのは国民と同じく予測を超えている事がある。 56k環境より快適にwebsiteが開くし、ロシア系のサイト等から著作権に触れる動画をくすねようという野心もないのでそのまま利用を続けた。日本の各種サイトのバナーで競うように謳われる40Mbサービスだとか、そういうものを目にしても、ジンバブエの天気予報と同程度の事実として受け入れる度量を身に付ければ技術の退歩も恐れるにあらず。日没帝国の動じないメンタリティはこのように涵養されるのだろう。 唯一苦々しいのは、この井の中の蛙+負け惜しみBroadband使用料に毎月30ポンド弱請求されることだ。日本に住む誰が0.5Mb/sに6000円も出すだろう。しかも契約は1年単位なので解約しても残月分の支払い義務がある。水呑み百姓になった気分が満喫できる。 UKといえども時間は流れている。こんなキ印の状況にはやがて穴が空き始めるもので、今年に入って通勤路の看板にBulldogというC&W社の4Mb/20ポンド以下のサービスがお目見えした。Tiscaliも512kb/11ポンド強という狼煙でBTの顧客を食おうとしている。やがてBulldogの広告が消えた頃、”BTから2Mbサービス登場”の文字を目にした。えてして速度は値段に比例するんだから興味はない。どうせ法人向けというオチかもしれない。 それから約1週間後、自宅PCに異変が起きた。ネット接続が確立されない事が多く、されても画面の更新速度が停止しているかのように遅い。妙な事にModemの速度表示は以前の576kbでなく2.2Mbを指している。Virusチェック等を済ませ、ライン自身の問題と確信を持つ。数日PCを放置した後の朝、BTから届いた手紙には512kbユーザの全面的な2Mb移行のお知らせが書かれていた。多分この影響でライン品質に影響が出ているのだろう。 "In the unlikely event that your line is incapable of supporting 2Mb"というくだりから、それがlikelyなeventだと想像がつく。 太字の ”And you don’t have to do anything” ”We’re putting you in control” “Relax and Enjoy”という見出しが、予想される真実の影を写し不安を倍加する。 Upgradeしても使えないならそんなの要らない。BTのCallCenterに原因確認の依頼をすることにした。そして、想像に難くないやり取りが始まる。 最初にCallした番号AからBを紹介され、C,D,E,Fとタライが回る。その都度自分の電話番号と名前と住所を確認され、症状の説明を繰り返し、電話口の担当者は、それぞれ粋なセリフを返す:「あなたは電話使用料を滞納しているの。だから接続が確立できないのよ。」「使用料滞納は履歴にないわね。私の同僚がそういったの?私は知らないわ。」「これは法人用のTechnical Helpだからこの番号にかけてね。」「ここでなくてこの番号が担当してるよ。紙とペンを持ってる?」そして最後の番号担当Fの口から紹介されたのは、先の番号Bだった。 "この中に一人だけ本当の事を言っている人がいる。それは誰か。" という うそつき村の住人当てクイズのようだ。推理ものの結末ではないが>全員が嘘をついている<という答えもありの国ではどんな展開だって可能だろう。 Bの担当Francisを上品に脅し、24-48時間以内にCallBackする約束を取り付けた。2日待つが音沙汰が無い。 再度Bに電話すると、Francisは不在で「とにかくここにかけてくれ」と番号Gが出てくる。 Gの担当者では埒が開かずその上司にCallBackを約束させる。やがて(督促状も来ていないのに)“ 料金滞納問題にカタを付けた ”という説明を受け、Technicalにバトンタッチすると言われる。 Jamesという担当が自宅PCをブートしてRemoteで接続確認をしたいというので電話を切り待つ。5時間待っても連絡が無い。 金曜の午後4時、ここで会ったが100年目とばかりにGreggという担当を捕獲する。運悪く犠牲者のお鉢が回ってきた彼氏には気の毒だが、自分にヒトとしての理性はもうない。毒蜘蛛にでもなった気分だが、こっちも犠牲者。ここまでくれば犠牲比べだ。最終的な落し所として2つのOptionが見えてきた: 1. 512kbのサービスに切り替える 2. BTからOnSiteサポートを派遣する* *但し使用ケーブルなどBT以外の機器が障害原因の場合は130ポンド支払う。 勝手に切り替えられた設定のトラブルに払う金は持たない。そもそもBT推奨ケーブルがどこに存在するのか。 不平不満は言えば言うほど体力を奪う上に、自分の不寛容を思い知らす。長く不毛な、良心の呵責を背負った持久戦は、クレームエスカレーションTeamからの実働日4Hrs以内のCallBackを待つ結論で幕を閉じた。土曜は9時から営業のため、午後1時までに連絡が入ると言う。 土曜の朝、ふと思う所があり居間のFAX電話側のWallソケットにADSL用Filterをかまして接続を試みると、無事に2.2Mb/sで接続が確立する。 気付かなかった自分を迂闊とすれば、CallCenterを名乗る輩は果たして何なのだろう。 午後1時。クレームエスカレーションTeamからのCallBackは勿論ない。 言うべき事は言っておきたいのでBTのパンフレットから24時間x7日対応の番号を見つけ電話する。“今大変混み合っており担当者に繋がりません”という録音女性の声が聞こえ、数秒後に、電話は向こうからぶつりと切れた。 日本の僻地に帰省する時に会う、実家の近所に住む旧友からMailが届いた。件名の”光開通しました”が 見たことのない遠い銀河の煌きを思わせる。 それならこっちは ”影開通しました” だ。 いいだろ。しかもRelaxしてEnjoyできるらしいぜ。
2005.03.13
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一昔以上前、Muenchen郊外で失意の朝を迎えた事がある。事前に準備していたにも拘らず、持ち込み機材が通関に引っかかり、翌朝Brokerに連絡がつくまで空港近くのホテルに待機せざるを得なくなったからだ。 清潔でしっかりした造りの部屋の窓の向こうには帯状の広告のようなものに囲まれた広い芝生があった。フットボールが国技なだけあって、小さな集落に一つはこういう場所が用意されているのだろう。誰の姿もないその草野球ならぬ草蹴球場は 涼しく青くそして高い秋空と静かに向き合っていた。 当時、日本では深夜にBS衛星放送で欧州のサッカーチームによる試合を定期的に放送していた。対戦カードの中にはBayern Muenchenの名前も挙がっていたが、やがてその地に住むことになるまで、このチームの濃紺と赤のユニフォームのセンスの悪さにただ首を傾げるだけだった。 先週、ホテル>最悪<入口奥にあるBar兼喫茶スペースに腰を降ろしていた時、ソファのある広間にはTVの前に各自の机を円弧状に並べ、グラスを片手に食事を待つ6-7人の男達がいた。 Barのカウンタ脇に据えつけられた小さなTVの映像から、この日が今年のチャンピオンズリーグ予選第一回戦に当たる事を知った。しかも放送されるのは英Arsenal対 独Bayern Muenchenという好カード。ややBayernに分が悪そうだが、楽しめそうだ。 Arsenalサポータのこの中年男達は、TVをGKに見立て、敵に一同背中を向けつつFreeKick防御壁を構成するかのようなポジションに陣取っている。割を食った自分は、本を片手に男達の肩越しからゴールを狙うかのように画面を見つめる。やがてレストランからの食事がわざわざFreeKickの壁のそばまで運び込まれ、男達は食事は勿論、文字通りのかぶりつき観戦を楽しみ始めた。中央に位置する男のペテロのような後頭部が暗い部屋から注ぐ光を鈍く反射している。 チャンピオンズリーグというのは、欧州各国のサッカーリーグに属するチームをリーグ内の成績と然るべき基準で選抜し戦わせ最強チームを決める催しで、毎年開催される。なお、4年に一度、EUROなになに(=年号)という欧州選手権が開催されるが、これはワールドカップ的な欧州限定版国別対抗戦である。 どの国でもクラブチームは傭兵のようなプレイヤーが国籍を超え集う場所なので、チャンピオンズリーグではNationalismの戦いという色合いはやや薄まる。 2000年頃のBayern Muenchenは本当に強かった。ドイツブンデスリーガでのリーグ優勝は勿論、欧州の並み居る強豪クラブチームを抑えチャンピオンズリーグに優勝、続く南米代表クラブチームと雌雄を決する一戦のトヨタカップにも勝利し文字通りこの世の春を謳歌していた。しかしその後は徐々に力を失い、桧舞台に立つことはあっても無様な負け方を晒してきた。 自分は商業ベースで組織された強豪Teamには興味がない、というよりしらけてしまう。傭兵集団においては、概ね所属クラブからの報酬に比例しパフォーマンスが向上する。それが世の中の道理ではあるが、金に飽かす態度は極東の某野球チームで見飽きている。そういうクラブチームの代表格としてスペインのレアルマドリードや、ロシアの石油王が資本投下するUKのChelseaがある(後者は今季のプレミアリーグ優勝街道を驀進中。) ただ、財力でPumpUpされてない贔屓のチームを通じ、競技はカネが全てでないという証明の実現を追うファンも多いためこの産業が成り立っているのだろう。 Muenchenでは、自分はむしろTSV1860というチームを贔屓としてきた。州のカラー白と青を取り込んだユニフォームに同じく州のモチーフとされるライオンをシンボルにする地味なチームで、地元ビール会社のLoewenBraeu(レーベンブロイ)が主なスポンサーになっている。同じ街が拠点であっても事実上ドイツを代表する立場のBayern Muenchenに比べ、TSV1860はBayern州およびMuenchen市の庶民を代表する印象が強い。 ホテル>最悪<ソファーの間での観戦は続く。画面に馴染みのMuenchen Olympic Studiumが映る。そうこうしている内にあっけなくBayernが1点を入れた。シーズン無敗の偉業を昨年達成したArsenalの評判の強さからは想像できない展開だ。 小用か何かのために壁から抜け出して戻ってきたペテロに「7-1で勝ってるぞ。」と余裕の冗談を飛ばす男。その後もBayernがArsenalゴールを脅かすたびに「どこ狙ってるんだ、あいつらに教えてやれよ。」と更に強がる。 暫くして自分が席を外した隙に追加点が入ったらしく、応援団にも熱に浮かされた素振りはもはや無かった。結果として3-1という大差でこの試合は幕を閉じ、Oliver Kahnはいつものように憮然としていた。雪国でのawayが影響したかは判らないが、Arsenalの調子も悪かったのだろう。どこかで見たと思ったらArsenalのGKはドイツ代表をOli-Kahnと争っているLehmannらしい。 チャンピオンズリーグのTV中継は、管理団体UEFAの意向なのか、放送される各国で実況の言葉は違っても番組の体裁自身は欧州+UK各国共通である。UKでは高額なケーブルに加入していない為 自宅でそれを観れないが、南ドイツでの呼吸を思い出しいよいよCF後に各ゴールの詳細をスローで楽しめると思っていた時、例のArsenal応援団が、まるでそこに何事も無かったかのようにTVのチャンネルを変えるという必殺技を繰り出してきた。 この地では負けが決まった瞬間に今までPubのTV前で絶叫していた一同が突如別の話題に花を咲かせたり、手近の雑誌をおもむろに掴み突然読みふけり始めるという応用技もあるらしい。 珍しく調子のよさそうなBayernのゴールシーンをじっくりReplayで観たかったのだが、多勢に無勢、これ以上長居は無用と思い駐車場に向かう。 ポット一杯の紅茶とビスコッティーノもどきで5GBP弱というのはちょっと高いが、里帰り気分の今晩は見逃してやろう。 商業ベースの勝負の世界では勝者と敗者の距離はそう遠くない。昨シーズン無敗記録を持つArsenalが、現在リーグ首位とはいえ最近まで調子を落としていたBayernにあしらわれるというのも特に驚くような話ではない。そしてそれはフットボールに限らず、野球でもラグビーでもアメフトでも同じだろう。 醒めた人には理解できない世界に違いないが、人々を競技にひきつけるもの、それは(賭け事を除き)見る側の自己投影をベースとしたチームへの思い入れに他ならない。 競技と興行を同列に比較する訳ではないが、例えば極端で判りやすい例を挙げると、日本独自の文化といっていいプロレスがある。それは因縁や情念の渦巻く世界に観衆が自己投影することで判りやすくカタルシスを得る世界だ。 そういう観点から、自分自身、ドイツ人にとってBayern Muenchenというチームが象徴するものが判るようになってきた。 特にこの数年間、ドイツという国に元気が無い。 景気は絶不調のまま推移し、改善の兆しが僅かにあるようだが失業率は高め安定。市場は冷え込み、企業では容赦ないリストラが続く。優秀の新卒学生といえども就職は厳しい。自動車業界をみれば、BMWは堅調とはいえDaimlerは片膝を付いている有様だ。 比較的足腰の強い南でさえこの調子なのに、旧東独の諸州では何が起きているか想像するのも気の毒になる。そしてこれらの不安材料を解決する日がいつ来るのか、ドイツ人自身にも判らないように見えるのは気のせいだろうか。 そんな時代にあって、Bayern Muenchenまでもが弱小チームに転落した暁にはドイツの市井の人々が自尊心を守るべく投影できる対象はシューマッハ-くらいしか残らないだろう。 かつては自信満々だった小太り+ビール腹+中金持ちのおじさんが明日の見えない日々に物憂げにマッチで灯りをつける、そんな弱った姿はドイツに最も似つかわしくない。 アンニュイなんか決して似合わないんだから、早く正気に帰ってしゃきしゃき働いて、もっと隣人から嫌われようよ、昔みたいに。なんたってそれがおじさんの真骨頂だし、その方がカッコいいんだからさ。〔 To be continued / Fortsetzung folgt 〕
2005.02.27
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諸般の事情で朝っぱらから近所の図書館へ向うことになった。車で坂を下りると”テニス博物館”の前から地下鉄駅に続く見慣れた通りに、今迄なかった派手な色彩が頭上に並んでいるのに気づく。道路を挟む左右の木立に25m間隔くらいで青、黄、白、青などに染められたバナーがぶら下がっており、London2012の文字がそこにある。 数日前、「今日がもっとも重要な日になる」 とヒステリックに実況していたラジオは、IOCの視察団が北京の次に開催される夏季五輪開催候補地Londonの事前査定に訪れたことをよそ者にはうざったい調子で伝えていた。 単純計算で20%と高い当選確率ではあるが、万一Londonに決まればAllEnglandLawnTennisClubの運営する、所謂Wimbledonテニスコートの敷地が五輪テニス会場に使用されるのは想像に難くない(事実そうするようだ。)なのでIOC視察団と招致に血道をあげる一派の接待担当Gpは恐らくこの通りにもやってきたと思われる。急坂を越えたところにあるvillageという古くからの商店街兼高級住宅地には、視察コースでないのかバナーを見かけなかった。 天候不順がつきものの6月に開催されるテニス選手権では雨で試合延期を繰り返すになることがお約束になっているため、競技者をはじめ長年施設の改造を求める声が高かった。2007年頃を目処についにセンターコートに屋根がつく事になったのもオリンピックを見越した判断だったのかもしれない。 ラジオのインタビューに答えていた人が言うには、2000年のシドニーに落ちた観光収入はウン千万ポンド?らしい。他の候補地との競争を勝ち抜けば、経済効果を利用して、日没帝国の首都で虫の息の野ざらし問題群を解決でき、しかも明日に繋ぐ事ができる。一攫千金のこのチャンスを見逃すわけに行かぬと考えるのは競馬をはじめとするギャンブル好きのお国柄か。 それにしては今まで誘致を見送りつづけていたような気がするのは何故だろう。腰を上げようにも不況のせいで先立つものがなかったのか、今回 他の頼りない候補地を見てこれなら勝てると思ったか、別の思惑があったのか(放言癖のある奇人として知られる現London市長が任期中に大勝負を賭けたくなったとは思えないが。)帝国通になる気は無いので敢えて調べないが、いずれ時間が教えてくれるだろう。 しかしバナーへの投資額なんか軽いもんだとしても、これでこけたらLondonバスの運賃は真っ先に上がるだろう。現金だしねえ。 世界にあまねく知られている事ではあるが、LondonでのBigEvent開催には最低下記の課題がある:交通) 高齢すぎるのでリタイヤしたいのに、そうはさせてもらえず点滴を打ちまくられている老人インフラ。ふらつく足を両脇から病気持ちの仲間達に支えられている。地下鉄なんかだと、一旦事故が起こったら最後、その路線は一年は寝たきりになる(実際にこういう事がよく起きている。) 招致血道派のサイトをみるとHydePark近辺に計画されている競技地へHeathrowから15minと表示されているのが特に恐ろしい。Terminal 5を造っているとはいえCapaはもう限界だ。しかも空港からの搬送手段はどうするのか。上手く循環したとしても地下鉄やバスがインドの電車状態になっちまうし、さもなくば空港に野営施設が必要になる(=そのためのT5か?)場所) UK人の選ぶもっとも行きたくない国内観光名所で堂々の1位に選ばれた天下の笑いものミレニアムドーム(=長期展望のないまま勢いだけで建ててしまったらしい。)中身を食べた後、捨てられ白化したようなこの半ウニ建物を含む東のベイエリア再開発による競技場確保を政府は画策しているが、国庫が寂しいのにその財源はどこから作るのか(=イラク撤退+渋滞税区間を拡大?) それにしてもマラソンに限らず排気ガスで一杯の空気を吸うことになる選手の健康状態が心配だ。ハイドパークにトライアスロン会場が割り当てられているようだが、酔狂でswimのパートにThames川を当て込んでいるとするなら、飛び込んだだけでも重金属のoverdoseが懸念される。宿泊) 悪い冗談がきつすぎて笑えない宿泊費の高さ。ホテル数は少ないし、設備が素晴らしすぎてシャワーを使うのにも一瞬躊躇する。ただ、最近のNewsによると実はUKの古い造りのフラット群には空家がひしめいているそうで、その一部を更地にしてホテルに転用すれば観光客の宿が確保できるだろう(交通面との兼ね合いが困難だが。)その際にホテル料金の供給過剰による連鎖的値下げが見込まれれば素晴らしい事だ。 でもそんなにヤワじゃない人達なので割高なホテルの数が増えるだけに終わるだろう。しかも値下げが土地バブルの崩壊に火をつけ、言い出しっぺは北海に浮かぶかもしれないし。治安) 例えば、スーツ姿の日本人を対象にした傷害付き追いはぎ事件(=死なない程度に怪我をさせ追跡できないようにするという悪質なもの)のため、London中心部へ勤務する日本人が私服切替えを励行される騒ぎが現在起きている。スタンディング裸締め追いはぎが名物のマドリード並みだ。拳銃保持は禁止されているとはいえ夜間は余り治安が良いとはいえない。 政治絡みでは、1972年Muenchen開催の夏季オリンピック選手村でイスラエル選手団の銃撃殺傷という痛ましい事件が起きた。現在の社会情勢から言ってLondonで何が起きても不思議は無いだろう。あれだけ捜して見つけられなかったWMDをどこかの愚か者が親切に持ち込んで実演してくれるかも知れない。 ただ、テロの観点からは他の4候補地も波乱含みではある。マドリード、モスクワ、NY、パリという顔ぶれは、花の都を除き小心者には長居無用の面々だ(パリに決まったらUSが不参加を表明したりして。) しかし表彰台を目指し集結せざるを得ないアスリート以外の誰がそんな状態のLondonにわざわざ来たがるのだろう。シドニーや北京なら観光気分が楽しめても、世界のOfficeみたいな潤いのない街でオリンポスの神々しさを求めるなんてのはパチンコ屋で座禅を組むようなもんだ。”国際的”な市民(=各種移民や国外からの一時逗留者達)が多いという意味では、観戦する側は近所に来たおらが国の代表目当てで盛り上がるだろうけど。 半ウニドームの好例もあるように、とりあえず花火を上げ、世間を知らない若い娘をイメージで巧みにたぶらかし、子供ができたら後で考えるというUKらしい計画性の無さが全体として表出しないとも限らない。それを判っているのか、現時点の世論調査によれば、開催地がLondonに決まると思うUK人は40%未満だという。みんな自分を知ってるな。この地では異性からのプレゼントに鏡を贈られる人はきっと少ないことだろう。 結果として、この試みの勝者は 血道派および五輪後もLondonとUKに留まり続ける市民達 であり、敗者は ぼったくられる世界の五輪観光客 という構図が浮かんでくる。 いつものパターンかもしれないが、今回の単位はポンドだよ。払う人は覚悟しようね。
2005.02.20
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仕事を終え、玄関に待機していたTAXIに乗り、北方へ30分のAntwerpに向かう高速に流れ込む。車中で運転手が質問に答える:「そりゃあ、”Happy Birthday”だよ。子供も大人も皆そういうからねえ。」そりゃあ、アジア人観光客向けの余りにベタな回答だよ。子供も大人も皆そういうのはアングロサクソンの刷り込みだしねえ。「うーん、そういうことかい。じゃああれだよ、あれ、フルキゲ フェリヤーダッハ。」「るるきえ えりやーら?」 今回の出張はベルギー人同僚FとDeの誕生日に偶然かちあった。仕事後に彼らのOffice近くの店で一杯やるのに合流する事にしたのだが、お祝いの材料が無いのは締まらないので、フラマン語で誕生日おめでとうの挨拶をしようと考えた。 運転手の講釈によれば、この呪文は “一年でラッキーな日(におめでとう)”という意味を持つ。しかしこの息漏れ系言語の音は思ったより憶えにくい。そのお陰で車中のアジア人2名は ふるきげ中毒を発症した。「うるいげ へいやーが。」意地でも暗記すべく、2分走っては二人でフルキゲフルキゲと毒キノコにあたったように確かめ合い、にわか教師に変身した運転手に矯正される。「違う違う、いいかまずGで始まるんだ、そして次にL、、、。」なんだい、黙って聞いてりゃ始めの部分はドイツ語で言うGluecklich(=幸運な)と似たスペルじゃないか。そういえばフラマン語の特徴の一つにGはHと同じで濁らないってのがあったな。単語からイメージさえ掴めればしめたもんだ。マレーシア人同僚のKはPDAになにやら記録している。おい、反則だぞそりゃ。 渋滞を抜けたTAXIはAntwerpのとある倉庫街の一角にあるPub兼レストランにようやく到着した。出迎えるFに、ドアを開けるや否やKのフルキゲ砲が炸裂する。威力のあるうちに撃っとかないと忘れちまうもんなあ。食事前にまずは入口そばのPub用テーブルで飲みはじめる。カウンターで忙しく酒をサーブする妙齢女性の無理のない気配りは心を和ませる。情けないが梅酒しか駄目な自分はいつもチェリービアだ。それでも度数は4.7%と高目だが、皆の注文した地ビールは8%を越えている。ドイツを凌ぐと自称するビール文化の国ではチェリービアなんてお子様ランチに等しいんだろう。フルキゲ フェリヤーダッハ。 前哨戦を終え、ようやくテーブルにつき各自料理を注文する。仔牛の一口サイズステーキを注文したが、その盛付けの美しさと繊細な味に嬉しくなった。なかなかフルキゲでよろしい。 夜はまだこれからというところで、テーブルの話題は軽めの全人類参加型Topicsへ自然となびいていく。「最近はUK女もきれいに見えるようになってきただって? Jよ、お前本当に終わったなあ。」 Fの容赦ない言葉が耳にしみる。南ドイツからの強制移住が決まったときに真っ先に同情してくれたのがこいつだった。仕方ないだろ。フルキゲ フェリヤーダッハ。ヒトは悔恨の海で溺死しないように造られている。その大海原を泳ぎ抜ける為に”適応”と言う名のちょっとした撹乱剤が我知らず体に仕込まれているのだ。それ以上同情するとこないだの仕事のヘマのことを話題にするぞ。俺、うまく仲介したよな。 自分達の体型なんかそっちのけにしてPearShapeという言葉をダシに笑いまくるベルギー人達。好みの問題だとはいえ、その気持ちはよく判る。 この日仕事振りを見せてもらった若いベルギー人女性達は小柄で細身なタイプが多かった。勿論PearShapeなんて、てんでお目にかからない。仕事の内容にもよるのだが、みんな決してでしゃばる事がなく、攻撃的に自分の主張を通すことも無い。彼女達のみせるその柔らかな雰囲気には、ドイツやUKで目にするものとは微妙に異なる趣がある。息漏れ系言語の音調も手伝ってか、随分フェミニンな印象を受けた。隣のテーブルでは、帰り際に知人と出合った様子の土地の女性が立ち話をしている。正装ではないがまずまずの着こなしをした彼女の姿と柔らかい物腰に、Fの言わんとするPointが浮かぶ。 度数8%が脳に行き渡ったか、Fが調子に乗って自論をぶつ。「Jよ、ベルギー女性もなかなかいいんだが、これはっ、ていうのはロシア人だぞ。東欧系は綺麗だぜ、、、本当に。」自分の言葉が想起するイメージに酔ったのか、どこか遠くを見つめるF。彼のそんな表情を見たって、逆フルキゲなだけで自分にゃ何の得にもならない。 気を抜いているとDeが更に品性のレベルダウンを狙う。「どうして日本人はあの事をあんな大っぴらにしゃべるんだ?」Deの疑問を整理するとこうなる: 日本人は妻子がいたってお構いなしにそういう場所に行くみたいだ。ある人は ベルギーのそれは非常にビジネスライクだが構わないとか、別の人は潤いのある日本式の方がいいとか、またある人は、慣れると金額が高くなる方に推移していくとか悪びれもせずに話していた。そんなのを平気で話すなんて理解できない。 自分にだってDeの引用した日本人のあけすけさは説明できない。世代別の特徴というのが存在しているのは経験上確かなので、プライバシーの共有が善だとする教育で育った時代の人達があけすけに振舞うのだと思う。ただ、補足としてDeには平安時代だとかに遡った日本の歴史を説明せざるを得なくなる。特別良い事であるとは思わないにせよ、元来大和の民はそのことに対し大らかだったのだ。西洋がそれらの価値観を払拭し始める前までは。Deが続ける:「ここではNo one knows だ。誰がいつそこに行こうが、誰にも知る必要が無い。それを言う必要も、訊く意味も無い。自分だけのものだからだ。」 フルキゲの弾を打ちまくるのにも飽き、FがAntwerp市内のHotelまで送ってくれた。治安が良くない場所だと聞いていたが、割合新しく清潔だ。 Laptopを電話線につなぎゴソゴソしていると背後でフラマン語放送を垂れ流していたTVから、男と女の声で互いに「FCUK YOU!」と罵倒しあう声がし 振り返る。画面の中では冴えないチンピラ中年男が周りを囲む若い娘の一人を捕まえて悶着している。 MATROESJKA'Sというこの連続ドラマに、結局小一時間くらい付き合ってしまった。その回のあらましはこんな感じだった:/ワケありのロシアまたは旧ソ連所属国からの娘達がAntwerpのテーブルダンス屋に就職する(リトアニア人だからVisaは要らないという娘もいた。フラマンで話している娘もいるのは現地採用か。)/テーブルダンス屋の元締めマフィアのような男がWelcome to Antwerpに始まり、ベルギー英語で社内ルール説明:-客が飲み物を頼めば金額の10%をGet; -PrivateダンスでボーナスGet; -Bossがオヒネリを徴収する; -そのものズバリは無いがもし自分がよければOK/寮みたいなタコ部屋で女同士の小競り合いがある。/ステージで気前良く脱げないと怒られる。踊りは監視されている。/羞恥心を抑えて頑張る。知り合いを観客の中に認め袖に引っ込む娘もいる。/長くいる娘は慣れてる様子で、控え室に丸出しで戻り堂々としている。/長くいる娘の一人が控え室のドレッサーの前で現金を抱えているのをみた新人娘が、英語に切り替えMuchMoneyというと、秘訣はPrivateダンスよと言われる。/お開きになるとステージに全員登場し、Tombola(=くじ)で当たった客に指名された新人娘は完全施錠のVIPルームに連れて行かれ、客の餌食になる。/その間、客のそばについた他の新人娘達はextraの交渉をされるが、(遵守されていると信じている)社内ルールを盾に断る。/別の新人娘は客が胸に触るなら100EURもらうわよと警告するが、逆に客からそんな額だったらお前をXXXXできるぜと毒づかれる。/VIPルームの異変に気づいた新人娘が勇躍客席に戻ってきた客を叩き流血ダウン。/その娘は後日ある家に連行され、この人が新しいBossだと言われ置き去りになる。新Bossはチビデブハゲでいきなり迫ってくる。 登場する女優達は皆非常に美しいが展開は暗く薄気味悪い。実態は腐った商売なのに金欲しさでそうとは知らずに始めるが、結局は悪い奴等の思うまま人形のようにコントロールされてしまう。スペアは幾らでもいるのだ。しかしその現実に折り合いがつく娘はこれを良しとして進む。悲しいがこれも世界のバランスの一断片ではある。 こういう番組をTVドラマとして制作費をかけ放送するのは 夜の業界に対する抗議なのか、単にスケベ心を充て込み視聴率を稼ぎたいだけかはまだ判らない。ベルギー人のバランス感覚からいうと両方が正解なのかもしれない。 ただ、テーブルダンスよりも踏み込んだそれらがあることで知られているAntwerpにいてこれを観るのはなんとなく心苦しい。その商売自身を悪いとは言わないが、中で起きている事がドラマより奇怪なのか想像がつかないからだ。 翌日午後仕事を終えた時、例のにわか教師を兼務する運転手にこの番組の事を知っているかと尋ねると、フルキゲなトーンで明るく歌いだすかのように言った:「マトリョーシカ! 知ってるよ、 Girls of Pleasure だ!! ははははは!」 番組の背景にあるものが何か念のために訊いてみたが、彼の想像が及ぶ質問ではなかったようだ。例えばベルジャンワッフルにワッフル以上の意味があるのかと思ったのかもしれない。TAXIはザベンテム空港へ向け高速を南下する。 Europeにもこういう夜の顔がある。そこに昼の顔があるように、そのことは事実の一部でしかない。〔 To be continued / Fortsetzung folgt 〕*** 補足 ***1. VTM社(=ベルギーの放送局)のMatroesjka's紹介ページ * Trailerが右下にあります2. 海外放送ブローカー的なUKの会社のMatroesjka's紹介ページ(英語)* フラマンの綴りでは買い付け側が憶えられないと思ったかMATRIOSHKIに改題してますね
2005.02.13
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早朝のTerminal4は気分がいい。悪党Heathrowファミリーの一味にしては小奇麗だし、閑散とした雰囲気は人込みを嫌う頭を涼しくさせてくれる。距離との兼ね合いで朝食が慌しくサーブされる飛行機はLondonから海峡を越え、あっさりと対岸ベルギーの滑走路を踏んだ。 10年以上前に初めて目にしたBrussels空港は、特にその内装が昔映画やTVでみた共産主義国のデザインのように古ぼけた感じを呼び起こさせた。数年前の新築改装でいまやモダンかつ清潔に変貌したが、その垢抜けた姿が“欧州のヘソ”として各人の感傷にマッチするかは別だ。時間の問題ではあるが、もっと力なく汚れていた方がイメージにそぐう気がする。 切り口に応じ多様な色合いをみせるところがベルギーという国の独自性だといっても大外れではない。列強のせめぎあいにより後が無く追い詰められ、囲まれた浜辺から海に落とされる前に妥協の産物として創られたこの王国の生い立ちからしてそこが風合いのやや複雑な社会であることが想像できる。 空港内到着ロビーではいつものようにRelayの赤いKIOSKが目に付く。まるでラテンの犬が片足を上げて縄張りに匂いをつけた跡のようだ。一般的にドイツの都市では空港内にRelayを見かけないのは多分犬同士の見えない抗争によるのだろう。 北に向かう高速道路の左方に遠くアトミウムの球体が浮上し消えていく。左ハンドルのTAXIから眺める交通量のそう多くない3車線が大陸を実感させ、ほっと一息つく。夕方時間ができたらJDさんに連絡せねば。去年の夏に会社の近くで食事をしたきりになっている。あれからどうしただろう。 ベルギー人のJDさんには大昔在籍した日本の部署の仕事でお世話になった。その時のドイツ出張の際にはベルギーから随行してくれた。大柄な体躯に乗った端正な顔には少年のように甘い表情がある。お国柄を反映し、母語フラマン語およびその方言と揶揄される(=立場が変わればフラマンがダッチの方言になる)オランダ語の他に、フランス語、英語、ドイツ語が話せる。ベルギーでは通常の大学より修業が過酷とされるMilitaryの学校で然るべき地位を築いたという経歴で、頭脳明晰+文武両道。アメリカ人ならAll Belgian Boyと言いたくなるところで、ひそみに倣うには大きすぎる。 当時JDさんの所属していたUnitは発足して間もなく、そのメンバ達は落ちついた着こなしに野心を秘めたかのように有能で個性的だった。なかでもUnitのHeadを務める小柄なフランス人C氏はナポレオン然としたフレンチの容貌で なかなかの実力者らしく、JDさんがナイフのように切れる人ならばC氏はカミソリのそれだ と或る人がたとえてくれた。 学業面で激烈なふるいのかかるフランスにあって、エコール・ド・ポリテクニーク卒であればフレンチ社会の中枢にもぐり込み楽勝人生が歩めるという噂だが、祖国からは物笑いの種とされるベルギー王国で、しかも小さな外資のHead業なんて、かの地の教育ママンからみれば非常識の極みに違いない。スケールから外れた人には珍しくないが変人的な面もあるらしく、敢えてそういう道を選んでしまうのが彼の真骨頂らしい。贅沢な人生もあるものだ。 ドイツから飛んできたという噂を聞きつけたからか、Officeのメンバ達からいたずらっぽい笑顔で幾つか入れ知恵をもらった。その一つにこんな陰口がある:「解放記念日にはEurope中でドイツだけが祝日じゃないんだぜ。何でそうなってるかあいつらに聞いてみたら?」 フラマン語圏のBrusselsで話される分にはリスクが少ないにしても、(少数派ではあるが)ベルギー国内にドイツ語住民圏があるというのに こういう軽いジャブが出てもはばかられない。もっとも、Europeのどの国だって、地図の上に線で引かれた国境は言語圏と人々の記憶からなるそれの前には弱い意味しか持てないだろう。 総じて柔和なベルギー人達なのだが、地続きの迷惑な隣人達に依然複雑な感情を抱いているのは当然だ。JDさんとC氏との冗談交じりの会話の中にもそれは現れていた。異邦人の週末観光に適した場所の話をしていたのかユーロスターのUK側駅名の話だったかは忘れたが、ワーテルローの名前が出たときの嬉しそうなベルギー人の青い瞳の向こうに、困惑した笑顔で「その話はもう止めようよ」と嘆願していたC氏の表情を思い出す。 ヨーロッパを総称し>EU<という書き方でMailを送ってくる日本の同僚達も多い。スイス人や旧東欧圏の国々には悪いが便宜上そう書きたい気持ちも判る。ただ、心理的な溝という意味でEuropeが如何に一つでないかを推し量るのは、興味がない限り日本にいては困難だろう。様々な国に立ち止まり見聞きし肌で経験したことが書物の情報を匂いと共に脳に刻み込むので仕方ないことではある。自分にしても、ここまで公然と隣人の短所を明るく声高に罵り合い続けているなんて光景は、現場にいなきゃわかる筈もなかった。 時間は移り、後日JDさんが日本に出張した時のこと。すき焼きと酒を囲む席で先の大戦の話が出た:「責任転嫁じゃないですが、その頃の日本では秘密警察のような機関がニラミを利かせてたので、軍部に逆らう不穏な動きは察知され、ひどい目に遭わされたらしいんですよ。ドイツでも同じで、ナチスに抵抗したい市民がいてもできなかったのではないでしょうか。」「ドイツは違う。ドイツでは市民が>率先して<ナチスと彼らのすることを支持したんだ。」 Europeでの常識を知らない日本人のすすめる生卵に当惑しながらも、不義理を感じそれを受け入れ食べ進める氏。彼ですらナチスを許容したドイツ人を受け入れ難い様子だった。そしてどんな時にも冷静で論理を崩さない彼にしてはやや感情のこもったトーンが印象に残った。 最後の大戦から60年が経ったとはいえ、それはまだヒトの平均年齢未満の時間枠でしかない。同じ種同士が連綿と血で血を洗ってきたおぞましい記憶は時間の希釈を許さず、特に強い意志をもって受け継がれるのだろう。 先の出張中、C氏から海鮮市場で有名なイロ・サクレ地区で生牡蠣などのDinnerをご馳走になった。事実上フランス料理圏であるので世に言う食のレベルは勿論高い。同じ海に面していながら悲惨な対岸の国のことを思うと哀れになる。夜の闇に灯る商店の照明、その中にあるNeuhausやGodiva等の菓子店には豊富なプラリネ(=チョコレート)のバリエーションが繊細に美しく浮かび上がり、駄目を押す。 C氏はワインを片手にかつて彼が新事業所か何かの造成記念式典に招かれた時の事をとても嬉しそうに語ってくれた。式典はドイツのとある場所で行われ、正装した面々の大半はドイツ人だったようだ。ご多分に漏れずホストとゲストは手に手にグラスを掲げ乾杯し合う。「あのときのドイツ人の顔が忘れられないねぇ。」「乾杯の時は”Prost”とか”Prosit”とかってやりますよね。」「ううん、その時は”ホロコースト”って言ったんだ。相手のドイツ人が変な顔して凍り付いてたから、もう一度笑顔ではっきりと言ってあげたんだよ。”ホロコースト”ってさ。」 記憶は絶えずリフレッシュされることでその力を維持する。冗談好きが多いのが災いし嫌味陰口の類が飛び交うEuropeの毎日にあっては不幸な記憶を水に流す事はさぞや困難だろう。 奇矯なC氏をReferenceの一部に取り込むことは避けるべきかもしれないが、Europe人好みのプラリネの一つに悪意100%のビターチョコもある事をBrusselsの街角で思い知らされた。 明るく楽しそうな分には良し とするかなあ。〔 To be continued / Fortsetzung folgt 〕*** 補足 ***Neuhausから発売されているRene Magritte画付きプラリネアソート缶やっと3缶集まった。。。
2005.02.06
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「あんたがそんなに好きだっていうUKにどんな楽しみがあるんだい。」と 皮肉たっぷりに言われるかもしれないが、ドイツからUKに出張していたころの楽しみの一つに空港の本屋巡りがあった。 南ドイツでも大きな書店に行けば勿論英語本は入手できるが、そのバリエーションは限られている。Muenchen大学の隣にある英語書籍専門店にも数回行ったが、アングロサクソンの国の小さな書店よりも雰囲気的に購買意欲をそそられない。 当時はヒースロー経由で毎週アイルランドやスコットランドに飛んでいたので空港内で足止めを食う事が多かった。専門書の類は期待できないにしても、英語による書き物を探すにはいい機会だ。欧州大陸での生活が日常になると、贅沢な話だが、頭が違った刺激を求めてしまう。そんなときには軽い調子のUS系Paperbackを手にしたくなる。 空港という場所柄 旅人が軽い気分で手にとれる性格のものを多くしているためか、書店に並ぶ本や雑誌にはUS出版UK輸入のものもよく目に付く。逆転した祖国と植民地の立場を生かし、日没後100年以上経過した帝国をじわじわとイビルかのように昔の怨念が顕在化しているわけではないだろうが、小売価格に少なからぬ差が設定されている。例えばある本の裏表紙にはUS$40 UK£30 と印刷された価格表示枠がある。単純に今のドル円ポンドのレートからいうと50%高い。 世間的にあらゆる面でお仲間同士の癖にそんな小さなマーケットで金儲けしてどうすると没後帝国の肩を支えて(決して持ちはしない)あげたくなる。しかしこれはポーズで実は帝国の法規や流通上のルールやリベートその他に源を持つだけなのかもしれない。 南ドイツからUKへの強制移住準備のため、ありったけの感傷が体の隅々までを満たしていた初冬のある日、小さな記事をネットで見かけた。 コラムニストのボブ・グリーンがある“出来事“のために人気コラムを降板し、所属する新聞社シカゴトリビューンを退職するという内容だった。今週、あるところでそれを思いだすまで、感傷のアオリを食ったこのことをすっかり忘れてしまっていた。 パステルカラーの陽射しの下で、世界一のプライドを胸に静かにギラギラとする会社員のスーツ姿と、くだらないTV番組と、水に浮きそうに浅薄な欲の数々が巷に氾濫する。日本がまだ泡沫経済を謳歌していた80年代、ボブ・グリ-ンの名前と著作は当時の日本人達のアメリカ文化信仰と共に日本のB級Mediaなどで盛んに引用されていた。ついぞかの国を経済的に凌駕したと湧く恐いものなしの日本社会。しかしそれでも当時の作家や文化人達の一部が、アメリカ文化の明快さがもつ広大な農場の香りと楽天主義を世に伝える事を、変わらぬ調子である種の使命のように啓蒙し続けていた。それには、彼らの育った戦後間もない時代のアメリカコンプレックスの影響もあるのかもしれない。後に続く自分達にも、その薫陶世代の置き土産は形を変え伝承される。自分自身、アングロサクソン文化を抜きにしては己の旅の記録を語ることはできない。 その頃、Paperbackがなんとか読めるようになった自分にとってボブ・グリーンのコラムの再構成版であるCheeseburgersは適切なチョイスだった。平易な文体をベースに、アメリカの日常にあるちょっとした驚きと、ちょっと甘ったるい感傷と、空虚さが、押し付けがましくないトーンで綴られている。気のいいアメリカ人が穏やかに微笑みながら、手触りは悪いがほどよくこなれた短冊の紙の中から自分に話しかけてくる。それは時には身の上話で、時には冗談で、そして時には慰めとして伝わってくる。友だちっていいもんだな と思う時、体を流れていく安堵感が、活字から視神経を通じ体に流れ込む。 以来、別の著作も読んでみたいと思ってはいたが、エンジンの小さい車がひとところに留まるには世界は広く、日の照る時間は少なすぎる。ましてハンドルを握るのは怠惰なドライバーだ。ちょっとした知り合いになったアメリカ人への点線は、忘れた頃に度々実線となって蘇っては消えていたが、最近になってLondonのどこかの書店で再び轍が交わるような、そんな予感がしていた。 数日前、その”出来事“のことを取り上げた Esquire誌の取材記事を目にし、出来事の背景と辞職後の暮し向き、そして新たな不幸のことを認識した。 この事件の世俗的な解釈はこうなる: 売れっ子コラムニストが記者の立場を利用し、未成年者と過去に不適切な関係を持った。社会の模範となる報道人にあるまじき行為だ。 14年前に高校のジャーナリズムクラスの授業の一環で母親と一緒にOfficeにやってきた、あと一週間で大学生になる17歳の女子生徒の彼への問いかけは「木にたとえると自分はなにか」 とか「自分を食べ物にたとえると」などという他愛の無いものだった。後の質問に対する彼の答えは、勿論、チーズバーガーだった。 その数週間後に、彼と彼女とに起きた事: sexual encounter that stopped short of intercourse その後も年に一度は彼女から連絡が来ていたが、やがてそれはアクセスされない記憶の一部に成り果てた。忙しい日常を送る中、突然過去からの連絡を受ける。しかし彼女のニュアンスは貯蔵された記憶にマッチしない、乾いたものだった。 しっくりしない足場の部材はやがてFBIに渡され、彼の所属する新聞社が設置する社内規範委員会の手に納まった。彼は辞職し、多くのアメリカ人は勿論、世界中の彼の読者がその知らせに耳を疑った。世の中へ向った衝撃波が反響し、シカゴに戻り押し寄せる前に、彼は最小限の荷物をまとめ、「私の人生に誇ることができない無分別があった」というコメントを残し、トリビューンを去った。 その後、北部の新天地へ車を走らせ市井の暮らしに紛れる彼に、最愛の妻の異変が待っていた。看病の末、文字通り息を引き取った彼女の葬儀で、取材記事は終わっている。記事には、雲ひとつ無い空から身に降りかかったそれらの事に、彼が引きこまれ、揉まれて、絶句するありさまが描かれているが、興味本位のゴシップとして読みたい向きには胸にもたれるだろう。 刑事罰が与えられたとは書かれていないので、隠遁生活は彼の意志によるものだと予想する。自分の人生そのものがある日を境に一瞬にして出来の悪いコラムに堕してしまったジレンマは想像に余りある。しかし、いかなるコラムニストも清廉潔白でなければならないのか。特にアメリカでは法と倫理が遵守されねばならないのは判るが、物書きだって一人の人間に過ぎない。しかもこの件では不適切とされる行為だって知れている。そもそもこの世の善悪を分かつ壁の厚さが均一でないことは、誰だってその肌で判っているはずだ。 好きな食べ物は と問われ、チーズバーガーと答える人は世界に少なくない。2年が過ぎた今、馴染みの本棚から消えたそれを待つ人たちも勿論少なくないだろう。 そんな気持ちでネットを調べていたら、お待ちかねの焼きたてがそこにあった。でもチーズとトマトは、まだ昔のように入ってはいないようだ。 心配した分、値引きしてよね。*** 補足 ***Bob Greene氏のTribune時代のコラムアーカイブ(JWRというこのJewish Media?に氏がコラムを寄稿していた様子)
2005.01.29
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昼を挟んでOffice間の移動になる日はMotorwayの休憩所で食べられそうなものを探すことが多くなってきた。 自分の行くM3のそれはWelcomeBreakと名付けられ、長距離運転者や行楽客のトイレ休憩や食事に利用されている。何故か移動している軍隊の休憩にも利用されているようで、全身迷彩服の若い兵隊さんたちが集団でたむろしている所に出くわすことがある。飲食施設の隣には宿泊施設があることも多く、その点はドイツのそれと変わらない。 駐車場から10段程度の階段を上がれば、日本ほど気の効いていない売店と、日本よりバラエティに欠けるゲームセンタの一角と、Europeのどの場所より味気ないセルフサービス軽食喫茶コーナーが待っている。その一輪挿しで枯れかけた花の哀れさを補うかのように、脇を固めるKenXuckeyFriedChickenとBurXerKingとMcDoXaldの店舗。敢えて悲しみを倍加することを意識してそれらを付け足し配置したとするならば、さすがシニカルなお国柄のことだけはある。 軽食喫茶コーナーではBreakfastと称し、分厚くてビーチサンダルのような弾力のやけに塩辛いベーコンと目玉焼き、ソーセージと呼ぶのがはばかられる腸詰風物体などを含むセットメニューがある(焼いたトマトの事に触れる勇気は無い。) 比較的当たり外れの少ないFishAndChipsも選択肢の中にはあるが、油を好まない人には存在しないに等しい。時々チキンカレーがグリルの上で湯気を立てているのを見かけたりするが、味は街中のレストランに比べればオトナ騙しだ。常設の写真入りMenuに堂々と載っているにも関らず、注文すると「今日は無い」と悪びれもせず答えられるのも、何気なく心が傷ついて寂しい。 半年位前の在UK邦人向け無料情報誌にEurope各国の高速道路沿い休憩所ランキングに関する記事があった。それによると --想像するまでも無い事だが-- サービスの質という点でUKの休憩所は最低評価をたたき出していた。食事の品質が低いのは最早誰にも変えようがないが、その価格もまた、お腹を空かせたドライバー達を懊悩させる。 南ドイツでは通称名でRasthofと呼ばれる休憩所をアウトバーン沿いに見つけると、用も無いのに冷やかしで覗いてみたくなる。例えばA8をMuenchenからSalzburgに向けて東に向う途中にあるそれらに入ると、各種の民芸品、雑誌、地図やお菓子などで賑わう店内に、軽食をサーブしてくれる一角がある。 ハム・ソーセージやチーズの類が得意でない人にはつらいChoiceかもしれないが、塩味が効いたバリエーションに溢れるそれらや、新鮮なサラダやシュニッツエル(=カツレツ)、グラーシュ(=ハンガリー風のビーフシチュー的スープ)などの暖かい料理を選ぶ事ができるのはありがたい。 空腹度がそこそこならブレーツェルン(=粒塩が散りばめられた南ドイツでは一般的なパンの一つ)とカプチーノで済ますこともできる。場所柄も幸いし、表に広がる農地の向こうに、アルプスを構成する山々の一部の姿をテーブルに面した窓から望むことができるオマケまでついている。 郊外までくると、街の中では薄汚れた印象のMcDonaldだって装いを変えてくる。同じA8沿いにあるさっぱりとした山小屋ロッジ風の外観をしたそれは、メリケンヤンキー娘がバイエルンの民族衣装に袖を通したかのようにしおらしく明るい印象を与える。 建物の中も悪趣味な原色使用は抑えられ、長くお付き合いしていると精神に支障を来たしてくれそうなアメリカ風のキャラクタ達は最小限の出番しか与えられておらず、Europe人のUSアレルギーを極力抑えた風合いに演出されている。 金のための努力とはいえ人々を満足させているのだから良しとすべきだろう。 先のUK軽食喫茶コーナーのせめてもの救いは、期待に反して“スパゲティ”がそこそこいけたことだ。スパゲティごとき、中華料理と同じでそう外れるはずがないと思うかもしれないが、UKでは諸事に予測がつけにくい。 卒業旅行と称してUKを一人旅したときEdinburghで食ったそれと、その3年後に教訓を生かさずLondonで食ってしまったそれは脳裏に深い後悔とともに刻み込まれている。前者については、 ふにゃふにゃで水っぽく味が薄い と思いながらも食べ通し、最後になって皿の中に見つけた異物の -- 広げてみるとXXペンスと書かれた値札だった -- おまけまでついてきた。 会計でスコットランド人の邪気の無いお姉さんに「美味しかった?」とニッコリ微笑まれちゃ、「値札が特にまずかった」なんて言えやしない。 UKよりは遥かにマシだが、ドイツでもイタリア人の少ない地域などではパスタのレベルは高くない。おざなりの料理が多かったりする社内食堂などもそれに含まれ、ソースはともかく、茹であがった麺にアルデンテを期待できないことがその特色の一つだ。 日本の偉いさんがEuropeの或るBizUnitを統括するためにドイツに赴任してきた時のことをかつての同僚M氏から聞いた。 この強面氏の耳に、「ドイツで食べるパスタは柔らかすぎて給食の“ソフトめん”に匹敵する」と、周囲が生活上の注意点のひとつとして吹き込んでいた。 見つめられると石にされかねない 眼光鋭い氏は、ある日イタリアンレストランへ出かけた際この心得を思い出した。 ほどよく堅目にゆでられたパスタにありつくべく、注文を受ける店員に静かな威厳をもって、英語ではあるが、堂々と伝えた。「プリーズ、 ボイル、イット、 ベリー、 ハード。」 間違いの無いように、訊き返す店員に、低くドスの効いた声で、ゆっくりと強調する。「ベリー、 ベリー、 ハード。」 厨房に戻った店員は深刻な表情のクライアントの注文をその通りに伝え、料理人は湧き立つ鍋に投げ入れたパスタを、茹でて、茹でて、茹でまくった。 命の限りに茹であげられ絶命した麺を携え、満足そうに皿を差し出す男と、意志の勝利を確信し静かに微笑む男。 暫しの沈黙を、ハードボイルドな夜が包む。
2005.01.22
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翌日のMtgに備えた解のない宿題のつらさに押し黙り降伏宣言をすると、さすがに同僚3人も異変に気づいた。食事がてら、賑やかな場所まで出ようと提案してくれ、近くのハーバーまでTAXIで出ることになった。夕闇を前に拳銃を携えたホテル入口のアンちゃんに会釈し、自分を含む大男3人と標準サイズ日本人1人の一行は夜の街へと向かう。「いやー多いんですよ。怪しいShowPubの類が。さっきパンフレット見てて判ったんですけど本当にここイスラエルかって気がしますねー。」 当地2度目の同僚Nもいまだに予期せぬ驚きを生活のdetailの中に見つけているようだ。しかしよくパンフ見てNightlifeの研究してる余裕あるな、こんな所で。 ホテル周辺の建設資材置場のような粉っぽい空地をヘッドライトで照らし走るTAXIは、ものの数分で無愛想な外壁をした建物のそばに停車した。降りるとハーバーに停泊したヨットの一群が夜の灯に照らされているのが目に入った。その風景を背に、自動小銃のようなものを携えた若い警備員が鉄柵のそばで一人、ハーバーに立ち入る人々の荷物検査をしている。ヤバイ奴がいたら即発砲かい、困った所に来たもんだ。 この一角はモール兼飲食施設になっている。ハーバーに沿う区画には洒落たBarやOpenCafeやレストランが10件は配置され、賑やかな灯りが夕闇に心地よい。子供連れとお年寄りもいなくはないが、もっと脂の乗った華のある場所に見える。 チェックを通過してすぐのPub風レストランの一角を占め、皆で飲み物と食事を注文する。「どこに行ってもこうやってセキュリティが入場時の手荷物検査をしているから安全に飲食ができるんだ。」 イスラエルのベテランDが皆を安心させようとしてか説明する。でもそれって普通のヨーロッパの国じゃ異常だよなあ。 席につくとDireStraitsの曲が流れてきたのが判った。それが発端になったか、食事をしながらDもJeもNも、次々に好きな音楽の話や若い頃のバカ話をテーブルの焚き火にくべていく。Downしている自分が気分転換しやすいように盛り上げてくれているのだろう、みんな良い奴だ。持つべきものはタフな営業マン達だね。 大体こういう局面では下半身の話をするのが後腐れがなくていい。初めてUSに長期出張したときに、同僚達が余りにもくだらないシモの話を好んでするので、こいつら皆 頭がおかしいのではないかと嘆いていたら、先輩S氏があっさり 「だって一番Neutralな話題だろ。笑い飛ばせるし。」と説明してくれた。それでも納得はいかぬままだったが、羞恥心が加齢と伴に抜け始めたのか、自分もいつしかUS同僚を凌駕するくだらないシモ話の語り部になり果ててしまった。水が低きを目指し流れる事実は、自分はおろか、ニュートンにも止められない。 その向きの話に油が注がれるもう一つの理由には、この地で目にするユダヤ人女性達の容姿がある。シンドラーのリストだったか、ユダヤ人女性は何故かゲルマンの心を惑わせるというようなナチスの将校のセリフがあった。しかしかつてのゲルマンだけでなく、今まさにラテンもアングロサクソンもモンゴロイドも現在進行形で惑わされまくっている。 Nはとにかく細い女性が好みなのだが、道行くユダヤ人女性達には長身痩身が多いため、浮き足立っている。Jewishと言ったって実際には、主義信条を同じくするが人種的には幅のある様々な人々からなるわけなのだが。 レストランを後にし、暖かな夜風に吹かれ そぞろ歩く中東おのぼりさん御一行の首はそれぞれ見目麗しきユダヤの女性達に自動追尾をやめない。皆そろそろ自粛しようぜ、さもなくばMtg前に若いセキュリティに変態罪で撃たれちまうぞ。ユダヤの教義じゃないかもしれないが、この近辺じゃ 想像するのも罪だ とひとはいうじゃないか。 やがて足を止め、これまた世界のどこにでもあるようなアイリッシュパブで飲みに集中する。OpenAirの止まり木に座り、各自アルコールを注文する段になって、皆の視線はやや太く短かいが金髪色白のバーテン嬢に注がれる。フランス人同僚Jeは、ラテンの血が呼ぶのか「俺が行ってみる。」と誰もけしかけてないのにもう戦闘態勢に入っている。話をしてみると、彼女の父は某スイス拠点銀行のTelAviv支社勤務で、兄が日本の某私大留学中らしい。彼女も日本に行った事があり、この1-2週間後にまた旅行に訪れるそうだ。丁度同時期に日本出張するNが名刺を渡し何か画策している。苦悩する顔を暫くして上げ、短く呟く。「、、、落とせるか、、なあぁぁ、、、。」 暫くするとパブの隣で楽器を準備していた若い男達がJazzの生演奏を始めた。皆何気ないカジュアルな格好だ。サックスの細くて小柄な兄ちゃんはドレッドヘアを水で戻したような軽めソバージュ的髪型で、London辺りでは普通に転がっている浅黒い肌の優男っぽい風貌だ。こういうユダヤの民はきっと女も惑わすだろう。 Peacefulな雰囲気はイスラエルという音が想起させるものからは程遠く、それ故にこの晩餐の光景を前にした旅人の違和感は募るのであるが、少しづつこの地のことを知るにつけ、日々の暮らしの背後に踊る炎の姿を思い知らされる。 たとえば国民には男性3年、女性2年の兵役が義務付けられており、その期間終了後でも男性は毎年1ヶ月間任務に参加することになっているらしい。空港警備担当などに二十歳前後にみえる若い女性達の姿が目に付くのには、やがて彼女達の多くにやってくるだろう出産育児に備え早目に兵役を終えたいという理由が隠れているようだ。スタイルのよさも兵役で培った日々の訓練と節制に起因しているのかも知れない。 飛行機の音に気付き雲の無い空を見上げると、月を横目に戦闘機が天空を横切っていく。Dによれば、一機だけなら穏やかだが三機は戦闘目的のスクランブル発進を意味しているそうだ。 Jazz野郎達は“枯葉”を奏ではじめ、ユダヤの民は酒と料理を前に友や恋人との語らいを楽しむ。それはEuropeのどこででも見られ、手軽に切り取る事ができる、なんでもない画に見えなくない。しかしその画のカンバスには適度な張力をたたえた布ではなく、金属の板が使われている。その重みは御気楽な旅人達の身には判る由もない苦痛と困難を秘め、その前面に描かれた人々に限りある生命と死の意識を陰影として落としている。そんな気がする。〔 To be continued / Fortsetzung folgt 〕
2005.01.07
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秋口にStuttgart空港からUKに戻る機内で自分の席を捜していた時のこと。Direct便が少ないため機内は取れたてのトウモロコシのように詰まっている。機のどん詰まりに近い場所の目を引く色に気付く。近くまで行くとそのオレンジ色は座席の一つを占めるアジア顔の坊さんが纏っている僧衣のそれであり、その隣が自分の席だった。 くたびれた僧衣の上にくっついている浅黒い顔の坊さんの頭は剃髪されておらず、日本でいうところの坊主刈りで、白髪の比率が多かった。 どこまで行くんですかと尋ねると、Londonまでと答える。愚問だが、心の安定を保つためまずはそう尋ねるしかなかった。なにせ容貌が怪しい。目はギョロリとこちらを睨み、魚でいうとアンコウのような面持ちだ。口元には食後の米粒のようなアワのような白い物体がくっついている。しかも心地よいライムの香りなどとは正反対の、心にのしかかる怪しい生物学的な匂いが漂ってくる。タイ人であればこれは空から縁起がいいわいと思うのかもしれないが。 独り言ともうわごととも話し掛けているとも判りかねるつぶやきが左隣から聞こえてくる。相槌を打っていると、どうやらStuttgartに知人がおり、その人が病気のため見舞いに来たのだと判った。Londonはどこに戻るのですかと聞くと、Wimbledonだとおっしゃる。 自宅から徒歩5分位の坂の多い住宅街の一角にあるタイ寺院。イースター前後の時期になるとただでさえ対面通行すら確保できない住宅街の狭路のそこここに駐車禁止と通行制限が敷かれ、道々はお釈迦さまの誕生日を参拝するアジア人でごった返す。人の波は寺院へ向い、敷地内では日本のお祭りのように屋台などが出ると聞いている。アジア人で溢れるバス通りからその背景を知らない人が眺めると不思議な光景に違いない。先日諸般の事情でそこに足を踏み入れる機会があったが、こざっぱりとした広がりのある敷地のなかに赤白金色が煌く非常に立派な造りの寺院が佇んでいた。冬ではあるが緑の木々も多く、小さな池の周りには極楽浄土を模したか鴨や小動物が飼われている。社務所に相当する建物が典型的なレンガ造りのUK住居なのが不思議な感じがした。 なぜわざわざ地価の高い場所に寺院を建てたのですかと尋ねると -- 合意はしかねるが -- 昔は住人も多くなく住宅事情も悪くなかったため地価も程々だったとお答えになる。 坊さんはその寺院で会計やアドミの仕事をしていると言った。そういう面も作用しているのか、おまえさんの言うPutneyのあのタイ料理屋は美味いがVillageのあれはまあまあだな などと生臭い話もOKで、過剰に禁欲的な暮らし振りは感じられなかった。当の本人も超人をかたるようなつもりは毛頭ないのだろう。ある意味自然なのだ。 既に故郷を離れて数十年になるらしい。いずれ祖国に戻るつもりがあるのか聞いてみたが、どう答えてくれたかは忘れてしまった。 年始休み明け、打ち合わせの為、Office間を昼頃移動することになった。自分のOfficeに着く頃にはDeliは営業終了し甘いものしか出せないことが見えているので、M3の運転者休憩所(ドイツで言うRasthof、日本ではサービスエリアだったか?)で食事をとる。建物入口に、小さなバケツを携えた人がふたり、通行人を両側から挟み込むように立っている。 津波被害の募金らしい。そのままやり過ごし、お粗末なチキンカレーに6ポンド払い、1.5ポンド以上するエスプレッソを片手に表に出る。募金箱が気にはなるが、そのまま車に乗り込む。 世間では自分のようなものを心が貧しい輩とするのだろうが、学生のころ見聞きした日本の街頭募金の実態についての報道がいまだに自分の体から離れない。というより既に血肉になっていて、信用のおける団体が主催する募金でもなければ指は財布に近づかない。国が違えば頭を切り替えるべきだが、なにせこの地では充分過ぎる猜疑心で頭が一杯である。それでも性善説で人を信じお金を落とすように自分を納得させるのが、キリスト教文化の道徳感の国では美徳かも知れない。 ところで、神様が人間の形をして人々を救ってくれるというアイデアや、人の形をしないまでも祈れば救済してくれるといったアイデアを誰かが信じる事、それ自身を否定すべきではないだろう。何を信じようが、信じる所までは個人の勝手である。しかし祈る個人や祈りを率いる集団が信者を率いて他者の血を流す道へ向うのは生活権の侵害であり、言うまでもなく止められるべきである。それは犯罪として糾弾されるのが相応しい。ただ、そうでない限りは祈る気持ちをそっとしておいてやるべきではないか。 例は悪いかもしれないが、世の中にあるエロい類のあれこれが全廃されれば性犯罪は減るという人がいる。しかしそれがないと却ってやり場の無い人々が増え、社会は大事に至るという人もいる。エロも宗教も人間の本質から湧き上がるものであり、社会の安寧という意味では排除できない。とはいえ余りにラジカルなものはお仲間でない他者には害悪である。その線引きが難しいわけであるが。 日本でドイツ語を習っていた時に宗教の話になり、自分は仏教徒というよりむしろシャーマン信仰であるといったら教師N氏の目が輝いた。語彙が無いのでそれを神道というとヒロヒトは君の神かと突っ込まれそうで、そう言うしかなかったのだが、知的好奇心旺盛な弁護士兼極真会館野郎兼過激小説愛好家N氏はNaturalBornKillerのような頭蓋骨の中で自分が恐山かどこかの荒涼とした大地に立ち精霊を集める姿でも期待したのは間違いない。万物に魂ありというそれだけの、いや難解な事を伝えたかったのだが。 年末に父親になったばかりの同僚DとOfficeで顔を合わせ、おめでとうと伝える。俺の人生が変わった、俺にとって仕事はもはや内容でなく金だと息巻いている。UKでは旦那の収入だけではやっていきにくいので共稼ぎが一般的だが、奥さんが復帰するまでのロスを埋め合わせないと月700ポンドの赤字になるだとか色々事情があるようだ。 席に戻ると、"業務の最中なので強制できかねるため敢えて放送はしないが、正午から3分間の黙祷を行う"との旨のメールがOfficeの全員に入っていた。正午には同僚N達とのMtgがあるが、主催のNは電話口で永遠に忙しそうだ。やがて時計は正午を指し、一人ぬっと立ち上がる。背後では恐らくメールを見ていなかったDが別の同僚と笑顔で話をしている。目をつぶり、津波の様子と犠牲者の様子をイメージする。 何かを悼む時に黙祷をすることは宗教的許容度の広い日本人には受け入れられるとしても、この慣習が国を問わず各種宗教上の規制に干渉せずにすむ手段なのはなぜだろう。それは各々の宗教上の祈りとは違う種類の祈りがそこにあるからではないだろうか。 目を開けて時計を見る。まだ2分も経ってない。更に目をつぶる。年齢を重ねるにつれ人の生き死にや自分の命の限りに対しそれなりの覚悟はできてくるものだが、律儀にこうする事で何かが救われる気になる。 人の形をした神様や、形のない神様、選ばれた人達だけを救ってくれる神様、伽藍に乗った仏様、精霊、人々の想像する救いのイメージがこの短い時間に何百人何千人の光なき視野に浮かび上がっているだろう。人々にそれを促すもの、それは世界に生息するヒトという生き物の体に共通に刻まれた、群れを超えた善意そのものなのだと信じたい。
2005.01.05
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祝い事があると花火に頼ろうとする傾向においてUK人はEurope圏で上位にランクされるのではないかと思う。「今日はナントカカントカの日」なんていうときには、待ってましたとばかりに町のそこらで花火が上がる。何故かその当日でなくても上がる。誕生日なのか個人的に特別な日なのか知らないけど一年を通じてしょっちゅう上がる。クリスマスや大晦日(NewYear'sEve)なんて声を聞いたなら、人々は更に燃え上がり、火薬の匂いを嗅ぎ回る。祝い事の前には神も仏もないのかと囁きたくなるが、それが習慣なら余計なお世話だ。 数年前は自動車整備屋が入っていた、外壁に大きなガラスを使った建物が通勤途中にある。ある日その建物の郵便受けが新聞やらレターやらでフォアグラ状態になり、やがて建物は文字通りもぬけの空になった。暫く禅寺のように透徹とした潔い姿を通行人に晒していたが、年末が近づいたある日、>FIREWORKSあります<の巨大な看板とともに寺は蘇生した。そして年末の特需が去り、寺は再び禅に目覚めた。以来この建物は毎年このパターンを繰り返している事から、UKでは季節ものの花火屋は需要に満ち満ちており、Hit And Runで回せるいい商売なのだろう。 ハンドルを握らず、ビールを飲まなければ、あんなにも(表面的に)穏やかな人達の血がどうして騒ぐのか不思議なのだが、大晦日(Silvester)の夜は南ドイツ人も負けてはいない。 新年を迎えるや否や、庭、路上、その他あらゆる地点から花火が発射される。走行中の車の窓から爆竹を放り投げる輩もいる。破裂音が凄まじいことから推測して、その火力は日本で市販されているものより強そうだ。子供時代に2B弾という名称で市販されていた強力爆竹が良い子のみんなには使用禁止だったことを思い出す。兵役がある国ではこんなのどうってこと無いのかもしれないが。 Muenchenのご近所さん達とSilvesterを共にした時のこと。その中で最も世間から吹っ切れているF氏が嬉々としてロケット花火を手に取り、導火線に点火していた。各戸から発射される花火の弾幕に映える夜空目掛けて手榴弾よろしく投げまくる。これ以降彼の仇名はコマンドーに決定した。南ドイツでのこの対空砲火はせいぜい15分程度で終結し、その後、夜空はもうもうと出口のない煙にまみれ再び静まりかえる。こんなことにもドイツらしい抑制が利いている。 棲家がたまたま高台にあるため、部屋からは南から中央にかけたLondon市内を見渡すことができる。深夜にNewYearが訪れた直後に、民家や原っぱなどから次々に上がる素人や玄人の手による花火をパノラマに見渡すのは結構壮観だ。南ドイツに比べLondonの対空砲火の勢いはマイルドであるが、30分以上は戦が続く。今年はどういう風の吹き回しか、日本の花火大会さながらLondonEyeとその周辺に大仕掛けの花火を据えつけたイベントが催され、BBCがTV中継までした。零時にカウントダウンが終わるや否やLondonEyeの観覧車輪に取り付けられた花火が放射状に打ちあがったのを引き金に火薬ショーの火蓋が切られた。斜になったLondonEyeとBigBenが花火の照り返しを受けるのを窓越しに遠く見る。それらをリアルタイムで大映しにする眼前のTV画面との間で眼球が忙しく上下する。夥しい花火が炸裂することおよそ10分程度でやってきたクライマックスはその倫敦目玉の周囲を真っ白に輝かせる花火の大噴水から大爆発への移行だった。光を背景に、BigBenが卒塔婆のように黒く浮き上がる。 2003年にイラク侵略が始められた頃、UKに強制異動して間もない異邦人が見るこのパノラマに”万一”の光景がダブった事を思い出した。市内のどこかで“汚い爆弾”なんか使われた日には自分とて被害無しとはいかないだろう。不安のピークは去ったが、侵略から一年以上経つのにまだあんな有様なんて、仕掛けた奴らもさぞやバツが悪かろう。羞恥心があればの話だが。 例年一時間くらいしつこく続くLondonパノラマ対空砲火だが、今年はなぜか30分程度で速やかに静まった。前述のイベントに玄人衆が花火を寄贈したので本数が不足したのか、15万人の観衆を集めたらしいこのイベントで多くの民家は空家同然だったのか、移民の多いお国柄のため親戚縁者の津波被害でそれどころでない人々が多かった為なのか、UKにしては珍しい年末年始の長期連休でLondonの人口が一時的に減った為か、その理由は定かではないが。 かくして新年はやってきた。国や人種の区別無く酸鼻な出来事に溢れた2004年は去った。しかし、一部の人間達の業による悲劇の数々もさることながら、多くの普通の人間達の生活が知らず知らずのうちに誘引しているかも知れぬ、天災の皮を被った人災は今年も不吉な暗示を送りつづけることだろう。個人にできる事を意識し、ささやかな行動を継続することしかできないが。 夕方、BBCを見ているとキャスターがニヤリと微笑みながらNewsを読み上げていた:「NewYear’sDayの本日、London市内に停められた車の多くが駐車違反の切符を喰らっています。その理由は、今日がただの土曜日だからです。今年のBankHoliday(祝日)は本日1日でなく、3日月曜日に振り替えになっているので。」祝日に市内の駐停車制限が緩和されるのを経験で知っていて車で市内に繰り出した人たちがこのtrickyな振替休日を盾にした警察のカモになってしまったのだろう。 税金が欲しいのは知ってるけど詐欺まがいにセコイこと考えてないで見逃してやれよ、あんたたち。今年もまた今日から丁丁発止の日々が始まるのをここに住んでる皆が骨身に染みて判ってるんだから。せめて今日くらい、過ぎてしまった年の感傷に俺達を浸らせてくれてもいいだろ。それに俺の未払いの罰金も、去年のことだしできれば無効にしてくれるとなおいいんだけど、、、ダメ?
2005.01.01
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体を十分に動かしながら呼吸器系を機能させるために日中30分は近所の散歩を行うことが習慣になってしまった。師走の風は寒さ十分、戸外に停車している車にはしっかりと霜が降りている。大会の会期中に選手の送迎用に使われる玄関?の柵に沿い、センターコートを左手に見ながら坂を下る。高台が幸いし、遠くにBigBenやLondonEyeやガーキンといったLondon名所をパノラマのように見ることができる。Wimbledonは坂の多い住宅地なので、ほぼ平地といってもよいMuenchen市内から移り住んだ当初はまるで日本の閑静な住宅街にいるかのような印象を受けたことを思い出す。予選用コートの脇を壁越しに通り過ぎると上り坂が始まる。登りきったところにある尖塔の教会Aを折角なのでひやかし見学させてもらうべく中に入る。丁度クリスマスの日なので昼からミサが行われていたが、参加者は10人程度と少なく、結構なお年寄りが殆どだった。教会Aを後にし、Wimbledon Parkに沿う道を歩き続け、同名の地下鉄駅の通りまで足を伸ばした。そこにあるインド入植者中国人が創始した伝統中華料理という触れ込みの店のクリスマス休暇予定を確認したかったのがその理由だが、予想通り、残念乍ら25日から28日まで休業していた。お向かいの小ぶりな地下鉄Wimbledon Park駅の出入口のドアも施錠されていた。通りからは商売の匂いは全くしてこない。駅出入り口の並びに教会Bが有るのを偶然見つけこれまた冷やかし見学する。その後Wimbledon Parkまで戻り、白鳥や鴨が滑っている公園内の冷たい池を横目に芝生の空地を歩く。この空地はWimbledon期間中には当日券を求める人々の行列がとぐろを巻くバッファー区域に様変わりする。空地を抜け、車道に沿ってテニス博物館(=Wimbledon正門)の前を通過し、左にゴルフコースを見ながら三叉路を右に折れ、坂を登り自宅へ向う。キリスト教信者でもないのに教会には興味があるので、時間があれば取り急ぎ中に入り野次馬見学してしまう癖がある。単に静かな場所が好きなのと、人々が何かを信仰するための場に関心があるからそうなってしまう。教会に限らず神社や寺院でもイスラムのモスクでもこの癖は変わらない。教会といえば、ドイツで普通に見る教会群は上から見下ろすと十字架の形になるよう意図的に設計されていたりと、(黄金分割ではないのでキリスト教義上分割とでも呼べばいいのか無学なので確かではないが)宗教上の制約を満たすよう十分な配慮をもって建てられている(と想像される)のに、UKでは少なからぬ教会が民家をそのまま転用したような設計的中心のない左右非対称の家屋から成っている。そして(Londonの中心街にある格式高いカトリック教会などは例外として)小さな町にある教会の多くは内外装とも非常に質素なつくりである事をUKとドイツとの相違としていつも強く意識する。これに関しプロテスタントとカトリックの差はない。余りご利益がなさそうといったらバチが当たるかも知れないが、ドイツのそれに馴れた目にはやっつけ仕事でできた教会であるような印象を受けてしまう。教会Aに関して:ドイツだと尖塔をもつ教会は大体プロテスタント(ドイツではエバンゲリッシュと呼ばれる)のそれなのだが、この教会Aもプロテスタントなのか英国国教会に属しているのかについては教養も興味もないので定かでない。ドイツのプロテスタント教会はメインの十字架一つとっても非常に質素な内装であるがここも同様に過度な装飾は見当たらなかった。小さな庭には墓石が並んでおり、その幾つかはアイルランドでよく見るケルトの丸付き十字架であった。教会Bに関して:まず入口から階段を>下りて<いく。少し不思議な気分。突き当たるとドイツで見るのと同じように頭と掌と足と脇腹から血を流すイエス像やマリア像などがあり、記憶が懐かしさで満たされた。「今丁度マスが終わった所だけど夕方にもう一度やるよ、あんたカトリック信者かね。」と信者のお爺さんから問われた。出口で何組かの家族連れが話しているのが聞こえてきたが、その言葉は英語ではなかった。UKに来た当初、クリスマスの夜にドンパチと花火を上げる輩が多いことに驚いた。ドイツ人が見たらなんてことだと卒倒するに違いない。こういう点からしてこの地では宗教上の厳かさがやや欠ける事が伺え、教会の造りにこだわらない気がするのも判る気がする。これらの真相は意欲的に研究すればさらりとわかるのだろうが、生憎そうする気力は今はない。来年はすこし調べてみるかな。
2004.12.25
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往生際悪くあれこれ考えたが、UKで手術をするのが最も妥当なように思えてきた。運も実力のうちという言葉は歳をとるにつれ重みを増してくる。悔いを残さぬよう、S氏と電話で未確認の詳細を詰めた。「この内視鏡手術に関し、あなたが監督する件数は年間どれくらいでしょうか。」「私の生涯での総件数かね。」 穏やかに答えるS氏は、彼の腕に嫌疑をかけられていることを察し、あてこすっているのか。「いえ、年間平均です。」「大体50-60件程度かな。」「手術は局部麻酔で行うと聞いたのですが。」「いや、全身麻酔だ。君が眠っている間に全ては終わる。その間はマシーンが君に呼吸をさせるって訳だよ。ははは。」やや安堵する。件の日本人医師から、手術は局部麻酔で行い、痛さの余り泣きながら耐えるようだと脅されていたからだ。「手術と入院にかかる大体の費用を教えてもらえますか。」「麻酔と手術で大体1500ポンド。そして、病院に対し2500ポンド位だね。」相変わらずあっさりと言い放ってくれる。日本だと軽自動車が買える金額なのに。St.A病院の下見が出来ることを確認し電話を終えた。その後、St.A病院のマーケティングマネジャーと称する人物から連絡があり、彼が見学の準備をアレンジし、病院の詳細に関するカタログを自分に送付すると約束してくれた。マーケティングマネジャーなんて言葉をこんな所で耳にするとは思わなんだ。車を走らせ、己の目で確かめたSt.A病院は確かにラブリーな感じで、受付や看護婦の態度も横柄ではなさそうだ。送付されたカタログによると修道院がこの病院の礎になっているらしく、その影響がいい意味で出ているのかもしれない。これ以上逡巡していても仕方ないので、ついにまな板の上のヒトとなることに決めた。手術なんて小学校の時の盲腸以来だ。しかし将来UKで手術をすることになるなんて、その頃の自分には予想もつかなかっただろう。ふと、親からもらった体に傷がつく事をなぜか後悔している事に気付く。学生の頃バイクでコケたとき、肘から前腕までストーンウオッシュされた傷がいまだに残っているくせに、今回妙に感傷的になってしまう。その理由は、傷がつくまでの時間を自分で制御できるためなのだろう。そして数日後、入院の日を迎えた。なるだけ自然に努め、身支度をして荷造りをする。S氏の言葉を真に受けるわけではないが、なんていうことはない、眠っている間に痛みなく手術が終わり、数日間は心地よくないかも知れないが、結局は退院できる。普段読めない本を持ち込み、ベッドでひっくり返っていればいいのだ。確かに、全身麻酔から目覚めるか否か唯一気になる所だが、仮に目覚めなくてもその時は既に本人の知るところではなくなってるわけだし。病院に到着すると、ジグソーパズルのピースが徐々に埋まっていくかのような進行になる。必要書類を受け渡し、クレジットカードによる支払確認の後、病室に案内される。TV、Bathroom、電動リクライニング機能付きベッドを備えた個室があてがわれた。丸顔洋梨体型の愛想のいいおばちゃん看護婦とインド系の医者が漫才コンビのようにjokeを飛ばしながらアレルギーの有無や現在の体調などの最新情報をヒアリングしていく。といってもそんなの既に入院前書類に全て書いているので参照して欲しいものだが。丸顔の看護婦が笑いながら、これに着替えなさいと言って 白いストッキング、紙製?(=多分不織布)パンツ、後ろ開きのガウン を手渡した。パンツはわざわざ穴がない代物だ。一瞬TheFullMontyというUK映画を思い出した。ついにダンサーデビューか。受付ではこれに関するコミッションについて説明はなかったが手術と偽り組織的にこんな商売をやっているとは。履き心地の悪いスケスケのパンツの表から内容物がオボロに見える事を知りうろたえていると、看護婦は小型の電動バリカンを携え、にじり寄ってくる。しまった、これは単に彼女の趣味か。何をする気か(気は確かか)と問うと、「あなたの胸は毛深くないわね。じゃあ良いわ。」と言いそれを引っ込めた。「フサフサな男ってカッコよくて羨ましいんだけどね。」「いや、無い方がいいのよ。生えてくるときが、もう大変だから。チクチクしてねえ。」この生々しいコメントで彼女の私生活における性的関心に一瞬思いを巡らしたが、ビジュアル的に余りにおぞましいので即座に気持ちを切り替える。ピチピチのストッキングをたくし上げ、丸顔看護婦を見つめ「Show Time」と呟くとベッドに伏して笑う洋梨。この道で生きていく方が人生楽しいかもしれない。でもオヒネリは10ポンド紙幣以上だよ。最新の肺の状態を知るためX-ray撮影を行い、一人病室で待っていると、S氏登場。さっき撮ったX-rayを見せなさいと丸顔洋梨とインド系に指示を出す、が、様子が変だ。どうやらもうX-ray写真を紛失したらしい。同僚Vの例もあるように、この国では患者に敬意を表し大切な写真を無くすのが文化的伝統なのかもしれない。結局どこかから発掘したフィルムを手に、「いやー左肺は今も完全につぶれたままだよ。つぶれて折れ曲がっているよ。」と嬉しそうに笑うS氏。ほっといてほしい。それよりそのフィルム、本当に俺のか。やがて別の50歳台位の医者が出てきた。ロレツが変だ。何を言っているんだか音が時々判らない。医者だという色メガネで見なければこの人と街ですれ違っても怪しい移民にしか見えない。まあロレツが変でも腕が確かなら問題ない。腕が確かかどうか、については、いや、考えるのを敢えて暫く放棄しよう。手術の時間は午後4時頃と決まる。漫然とTVを見ながら、予定時間を1時間程超過した時、ローラーのついたベッドが個室に運び込まれた。仰向けに乗せられ、お神輿のように手術室へ搬送される。通路を走るベッドとお付きの看護士たち。まるでERだ。ローラーベッドが終点で止まる。例のロレツ氏がゴムキャップにゴム手袋といった外科医の格好をしているのが見える。何か言っているが、さっきと同じくはっきり聞き取れない。そしてやっと気付いた。この人BlueVelvetのデニスホッパーそっくりだ。さては公私混同して麻酔を自分で楽しみすぎた挙句、言葉が怪しくなったのか。しかし後悔しても手遅れだ。既にグリルの上のヒトと相成っている。左手に注射を打たれ、戦闘機のパイロットが付けるような三角形の酸素吸入器を鼻と口にあてがわれる。映画やドラマで見た事のある、手術室にはお馴染みの三つの丸い照明を正面から見据えながら、視界が暗転するのすら意識する間もなく、夢見ることもない急峻な深い眠りにあっさりと落ちていった。〔 To be continued / Fortsetzung folgt 〕
2004.12.07
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最近撮られた映画には、理由はともかく、例外を除きアピールしてくるものが少ないので、興味はあるが実損ねた新旧の映画をDVDで観る事が多い。一昔以上前の名作や話題作もこの流れに沿うのであるが、これらは深夜の地上波などでTV局側の時間繋ぎのために放映されていることがままあり、偶然知らぬ間にそれを観る事になることがある。こういう姿勢は厳しい映画ファンからすれば論外なのかもしれないが、それが現実的なので仕方ない。入院中、途切れ途切れの睡眠の後に付けっ放しにしていた地上波で”BULLITT”をやっていた。SteveMcQueenの代表作だか出世作だか、定義はともかく、言うまでも無く普通の映画好きには知らぬ人がない作品の一つである。21世紀生まれの諸兄はともかくとして。一刻も早く病室とUK的なものから逃避したいと訴える薬漬けの体には昔馴染みのSanFranciscoの街並みが心地良い。病院のベッドで楽に流してみるにはシチュエーション的に丁度ハマッている事もありそのまま観進めた。といっても点けっぱなしのTVで予期せずはじまったので何の映画か判らず、チャネルを変えようかとも一瞬考えたのであるが、それを止めたのは素晴らしいスコアのお陰である。MilesDavisの"死刑台のエレベータ"と比べるのは不適切だが、静かにスローでクールなサックスがOpeningに流れる。映画そのものよりも、そのメロディが薬漬けでうだる鈍い頭を惹きつける。 映画オタクには当てはまらない自分なので、俳優の演じ方や俳優自身のことに関する興味はそれほど湧かない。小中学生だった頃、映画小僧だった友人K君が当時まだ存命中のMcQueenにイカレてしまっていたが、子供だった自分の目には、居並ぶハリウッド俳優の中からどうしてMcQueenが飛び抜けているのか全く判らなかった。少しずつ大人になる中で視点も変わり、McQueenの渋さと男らしさをようやく徐々に意識できるようになった。きっかけは幾度となく地上波で深夜繰り返し放送される"大脱走"でふと見たMcQueenのオートバイ捌きだった。ヘルメットを被らないノースタントで、自由自在に後輪を滑らせるアクセルワークをそう操作性が良いようにみえないWW2当時の軍用バイクを模したそれでやってのける姿をみてこれは相当バイク好きだなと実感できた。今の自分からすれば あの無口さと落ち着き、そして甘さのない鋭い視線は、幾多の困難を潜り抜けてきた男の持つ雰囲気を備え、実に魅力的に映る。しかしスター俳優として見た場合、McQueenの顔の造作自体はお世辞にも良いとは思えない。口数の少ない火星人のように見えなくもない。従ってあの顔だけでは世の女性達の心に触れるような存在にはなりえない気がする。加えて、一般論だが男の魅力は女にはわからないというのが相場(逆も真なり)である。しかし、実際にはMcQueenは男女共に熱狂させた存在だったことからすると何か致命的な魅力を備えていたのだろう。その後好んでMcQueenの映画を観たわけではないのだが、何かの拍子に最近の俳優(男)達の事を見聞きする度に、なぜか迫力を欠く彼らに過去のキラ星達を重ね合わせるという流れでしばしばMcQueenと比較してしまう。今の時代にMcQueenが40歳前後の旬の年齢で生きていたとして、果たしてどれほどの人々、特に女性達に支持されるのだろう。時代が変われば入れ物も基準も空気も変わる。なのでそう設定する事自体意味のないことではあるが、結果は芳しくないことが予想される。現代の一線級俳優(男)達は男臭さが薄れ、多くが甘くソフトタッチ化しているように感じることが個人的な主因であるからだ。例を出したくもないが、泣く娘も黙るDiCaprioなど、控えめに言っても近所の中学生のガキにしか見えない。お前もう宿題済ませたのかと叱りたくなる。百歩譲ってBruceWillisで調停してくれと問われても、タフネスさは良いがMcQueenに比べると超然さに欠ける。最近の映画を見るに忍びないのは無意識にこういう要素も関っているのだろう。こんな事をほざいてる奴がただの年寄り中年に近づいている要素も、認めたくはないにしろ、捨てきれないが。"BULLITT"は、そう抑揚の無い仕上がりであり、現代の、特にハリウッド映画群のハイスピードな展開と -- 時として不必要な位の -- 物語の稠密度に慣れた目には退屈に感じられる。地上波で漫然と観るには持って来いの作品だ。ただ、この映画の持つ静かな間合いとそれの生み出すお洒落なエレガンスには一目置かれるのがフェアだと感じる。目を引くカットの連続からなる奔流もなく、ナレーションにも頼れず、点と点を繋ぐ見方を要求されるというのは時には良いものだ。必ず引き合いに出されるカーチェイスのシーンにはOldファンなら垂涎のFord Mustangが登場し、スタントも使用しているとはいえ、歩いてみると実感させられるあのSanFranciscoの急坂を疾駆させるMcQueenの腕には驚かされる。いい意味の余韻がずっと頭に残る。映画がこのリズムで成立できたその当時、全てを金で定量化する事が使命のような現在の映画作りの土壌よりずっとのびのびとした雰囲気で映画人たちは映画を楽しんでいたのではないだろうか。そうする事による当たり外れはあるとはいっても、そもそも外れのない土壌と言うのは如何なものか。人間的な要素を排除して造られるものに本能の解放を感じるのは教育されない限り困難だろう。今年の秋頃、Londonの街にN社の男性化粧品の広告板が目に付いた。JamesDeanなど懐かしのUS俳優を単独で中央に配置したそれらの写真を良く見ると彼らの脇が白くなっている。普通のデオドラントは塗ると白くなりますがこのドイツ系N社のそれは大丈夫です、という趣旨のものだ。Oldファンはともかく、JamesDeanが生きていたらこの扱いに情けなくなって自暴自棄のあまりPorscheボクスターのオープンに乗ってしまいそうだ。何人かの俳優がこの無粋な広告の餌食になっていたが、McQueenのそれだけは遺族が事前に抗議したのか脇の画像加工も無く、黒いLongSleeveシャツの胸にホルスターを巻いたおなじみのポーズを決めていた。今頃になってようやくこのポーズが"BULLITT"でのそれと判った。アニキ、カッコいいですね、そしてお疲れ様でした、なんて言ってみたくなるのは果たして古い奴だけなのだろうか。
2004.12.06
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今夏帰省した際、NHKのアテネオリンピック朝の速報News終了後に、引き続き画面をぼんやり見ていて唖然とした。"課外授業 ようこそ先輩" という題名の終戦記念日の朝に放送されたシリーズ番組。その画面に映る片田舎の街並みが自分の記憶になぜか引っかかる。先生として登場するジャズピアニスト山下洋輔。20年以上前に姉から、幼少期の山下洋輔が一時期自分達の出身僻地近辺の某所に東京から移り住んでいた事があると聞いていた。しかし(逗留の時期はズレているとはいえ)よもや同じ小学校に在籍していたとは想像外だった。有名人との縁故をひっぱり回すような機会なんて殆ど転がってない自分だが、これにはちょっと驚いた。(呼び捨てでは少しおこがましいので敬称付きにするが、)番組中、山下氏は自身の手による童話を題材に児童達に思い思いの楽器を選ばせ、Gp分けをし、各Gpの作り出す独立した即興の音(=率直に言ってノイズだった)とリズムが最終的に全Gpで調和した一つのリズムに収斂する という実験的な授業を行った。これには児童もかなり面食らったように見えたが結果的に番組は落ち着くようにして落ち着き、終了した。数日後、日本を出る前に本を買い溜めするため、これまた僻地の幼稚園時代からの旧友と渋谷で再会した際に本屋へ入った。文庫本の棚から、かつて自分の掌を何度かすり抜けていった"ピアニストを笑え!"を手に取る。Europe、特にドイツ公演に関するエッセイをその中に見つけ、そのまま会計し、UKに持ち帰る。山下洋輔氏と聞けば、前衛的ジャズピアニストとしての肩書きだけでなく、あの時代に特有の玉石混合芸能文化人達の醸成する、内輪ノリのきつい茶目っ気文化のことに絡む人物として、1980年代前後に多感な時期を送っていた世代の方には記憶されているだろう。まだぽっと出の眼帯をしたタモリの芸風がその文化のノリを残し、伊武雅刀がまだ役者ではなかった頃の話である。当時この怪しい芸能人達の動向を姉がオタク的にwatchしていたため、好きでなくてもそれらのUpdateは毎日の生活にちょくちょく付きまとっていた。自分はそれらに格別の興味はなく、むしろスネークマンショーや三上寛など気味が悪いから存在しなかった事にしてくれと願っていた口である。とはいえ眼前の刺激には無関心でいられない多感な中高生の好奇心は募る。その流れで山下洋輔トリオ等の音楽やエッセイ等にも何度か手が伸びたが、氏のジャズを聞くには幼稚過ぎる自分と、興味の浅さが災いし、それらを自分とは交わらぬものとして学生時代を終え、交わらぬ軌跡のまま現在に至った。加えて、これら一連の怪しい芸能人達の活動の面白さが判らなければセンスが無いと烙印を押されてしまうかのような、あるいは日本人の右向け右指向のような、その当時のサブカルチャー文化の踏絵とでも言うべき 見えない雰囲気に抵抗感があったのだろう。自分の感覚とズレているものを支持するわけにはいかない。そしてズレは明白だった。同様な理由で筒井康隆の著作と言うものをいまだ読む気になれないのかもしれないが。先日の手術に備え病室に持ち込んだ本の中からはまずこの文庫本をPickUpした。肉体的に不健康だと重いものは避けてしまいがちだ。懐かしさ半分で読み進める。まず、氏のトリオがフリーフォームという縛りの中で互いの音を解放しながらどのように連携しあっているか、楽器が出来ない自分でもその意図する所が理解できる描写に感心させられる。しっかりとしたメロディーラインがないインプロヴィゼーションの音は往々にして苦痛でしかない。それを緩和するひとつの方法はその手法の理解だ。漫然とトリオの演奏を聞いていても判りえないその手法がこの解説によって少し明らかになった。更に読み進め、驚いた。最初の出会いから20年以上を経た今、このエッセイに展開されるリズム、エネルギー、(ワル)ノリなどなどが、すっと自分に入っていく。どうしても好きになれないままの、湯村輝彦によるイラストレーションのこの変わらぬ装丁の新潮文庫。当たり前だが浸透圧の変化は自分の変化から来るのだ。その理由として、この10年近くの自分の生活の軌跡が、山下氏がエッセイを手がけた当時のそれと微妙に交わっていることに気付いた。"コンバットツアー"と副題のついた国内外演奏旅行の山下氏流記録。特に興味深いのは海外編で、1975年当時の西ドイツ周辺国(ユーゴ含む)で氏が見聞きしたドイツ人とその街の断片がそう色褪せない姿で記述されている。年月を経ても大胆に変わることの無いEuropeの特徴が幸いしているお陰だろう。氏の抱いた当時のこれらの印象は自分自身がドイツの生活に初めて向き合った時のそれと大差ない事がわかり不思議な連帯感を抱く。かつてのサブカル的踏絵も最早朽ち果てた2004年の現在、様々なエピソードの数々とその表現方法をようやく素直に笑うことが出来ることに気付く。火獣ピアノ狩り、指南を求める学生との漢文問答など山下洋輔文化圏のセンスの冴えは言うまでも無く、本業における氏のコンプレックスの吐露、巧妙にぼかして語られるドラッグ体験、疾走を止めないギラギラとした内面の熱さ、そして様々なエピソードから伝わってくる氏の他人に対する広く深い包容力。その文体と言葉には身一つで生業を立てる職業人としての開き直りと覚悟と力強さが迸り出ている。まさにこの凄みのエネルギーこそが、"生活"というものの判らない20年前のウブい自分に横を向かせる原因となっていたのだとようやく理解できた。いまやどうだ、読んでいるとまるで氏が自分と同じ前線にいる戦友であるかのように感じる。日本の誇る世界的ジャズピアニストと一般人とを実績の面から比べることは馬鹿げているが、国外という名の同じ戦場にいれば、将校でも二等兵でも共通の困難に対峙することにかわりはない。忘れようとしてもなぜか引っかかる過去の記憶とようやく和合できた事を実感し、安堵する。自分もある意味世間並みに逞しく成長したのだと知る。次回日本に帰省したら氏の本業の世界にも手を伸ばしてみようかと思う。山下洋輔邪頭様式の時間差確認だ。グガングガンダパトトン、グガンダパトトン。弾ける鍵盤と共に、あの頃の日本が帰ってくる。
2004.12.05
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"更に突っ込んだこと"が担当の専門医に会うため、St.G病院へ車を走らせた。この専門医から、日時等の詳細は有能な秘書のMonicaと話すようにと言われたが、この秘書、人の話というものを最後まで聞くようにできておらず、こちらの話が終わる前に自分の言いたい事を次々に話し始める。会話においては適宜Jump-Inが必要なアングロサクソン文化圏であるとはいえ、こういう輩と実際に遭遇する事は多くない。迷路のような大病院の敷地内を縫って走りようやく駐車場に到着した後、本館受付で行くべき場所を尋ねる。「それは多分大学病院を突っ切って左にぐるりと回ったところにある呼吸器科の建物よ。」と言われ歩き始める。 5分程経ち、この説明に不安だったのと時間がおしていたのでMonicaに電話したが全く別の建物だった。大病院本館受付の仕事はこれでいいのか。俺も採用してくれ。ようやく着いた受付は不在で、患者さんと思しきお爺さんがカウンターに呆然と立ちすくんでいるように見えた。このお爺さんに勝手が判っている素振りは見えず、"レセプション不在時はこのベルを鳴らせ"と書かれているのでそうすると、奥から中肉中背のアフリカ系女性がよたよたと出てきて自分を斜に見ながらぼそりと言う。「ここに患者さんが待ってるの見てるくせに、あんたわざわざベル鳴らすってわけ。」Monicaや先の受付やこの受付など、こういう断片から医療上の信頼関係に対する疑問がどよどよと湧き上がるのは言うまでもない。自分の体に手を加えられる前に、安心できるTeamの手に委ねられるかの証明が欲しいのは皆変わらないだろう。X-ray写真群をスタッフに渡し、10分程待つと身の丈2m弱、60歳台位の背広姿の男性が手招きをする。顔の造作、頭や各パーツの膨らみ具合から察して巨大系アングロサクソン族?のDNAだ。80年代のMTVのVideoClipに良く登場したレーガン人形を思い出す。動脈硬化の治療入院中のUS人といっても通用しそうだ。部屋に入り、暫くCT等の結果を眺めると、左肺の容量は40%を切っているので手術をすべきだとおっしゃる。「どうって事ない。手術後3日入院して2週間も安静にしてればその後皆何でもやりたい放題だよ。私の日程は明日なら開いてるが、どうかね?」こうまでケレン味なく微笑みながらあっさり言い切られると人の猜疑心は募る。どこまで信用できるのか(そしてこの男性ヒト型物体が悪い冗談で実はハリボテ細工でないか)確認のためのジャブを放つ。「手術はこの病院で行うんでしょうか。」「いや、ここも新築していい感じだけど、別の病院St.Aになる。」「そこは肺機能の専門病院になるんですね。」「うん、St.Aはこじんまりとしているけどなかなかラブリーなハイテク病院だよ。」「機能していない肺の一部を切除すると理解しているのですが。」「そう。体に数箇所穴を開け、内視鏡を通し、TVモニターを見ながら焼き切るんだ。」「日本に戻って手術というOptionも考えてるんですが。」「不安な気持ちはわかるが、St.A程の設備を備えた病院が日本にどれだけあるか自分には判らない。まあ内視鏡手術というのは日本でも一般的だとは思うがね。それに飛行機に乗ると今より悪化するよ。」「発症してから飛行機には何度か乗ってるんですが顕著な差は無いですけどね。」「Europe国内の移動なら高度も知れている。長距離なら気圧もよりシビアになる筈だよ。」以前お世話になったご近所さんのドイツ人医師達の紹介を頼りに南ドイツで手術というOptionも懐にあったのだが、永遠のライバルによるNationalismの戦いに容易に進展する恐れを考慮し 敢えて持ち出さなかった。ただ、日本の医療体制の最近の風評を報道等で知っているので、このS氏の見解も理解できる。むしろS氏のTeamをどこまで信用できるかの見極めが肝心なのだ。”手術”という行為は、執刀医の手先の器用さや仕上げの繊細さを含む美意識、そしてTeam全体にその意識が徹底されているかに肝があると自分は勝手に解釈している。これは工芸品や工業製品を生み出す精神にも通じ(とこれまた勝手に解釈している)、そういう点では自分の潜在意識の奥深い所で”Team手腕の確からしさ”World序列が既に堅固に出来上がってしまっている:ドイツ人>日本人、韓国人等北方アジア人>中国人>その他繊細な神経をもつ人種>アングロサクソン支配国に住む人種>論外 勿論、白でも赤でも人種国籍宗教を問わず優秀なTeamが優秀なのは自明の理なのだが偏見とは恐ろしいものだ。こんなことを書くと特にアングロサクソン族に集団訴訟されてしまいかねないが、余程のインパクトがない限り修正は難しい。或るX-ray写真を見るため巨大な茶封筒から白黒フィルムを取り出すS氏。自分の全神経はこの瞬間、彼の指先の動きの優雅さとそのしなりと敏捷さの判定に注がれた。日付を頼りにゴソゴソとフィルムを引っ張りだし机に積むS氏。大きなRの円弧を描いた平積み写真群は予想通り端からバサバサと床に落ちそうだ。心なしか大きな手も震えている。この程度の器用さで縫合なんかしていいのか。たまらず追加のジャブが出る。「手術は一人で行うのでしょうか。」「数名のTeamで行うことになるね。」「切られた肺は糸で縫合するんですよね。」「糸なんかでやると時間が掛かるので出血はひどくなるし退院も長くなる。数mm長のホチキスのようなチタン合金製の針を複数個使用し閉じていくんだよ」「それって人の造りしものですよね。チタンだから変質はしないのは判りますが、そんなのが体内に残って術後に機械的な問題が起きないものでしょうか。」「糸だって人の造りしものだよ。この手法は非常に一般的なんだがねえ。」結局、週末に再度日程を検討する事を落しどころに診察は終了した。翌日、とにかく風邪を治すのが先決のため、近くの診療所で日本人医師の診察を受けると、自分のカルテから自動的にこのTopicが滑り出てきた。「そうですねえ、悩まれる心境はお察ししますよ。UKにいる日本人の10人中8-9人は日本で手術すると言うでしょう。でも診療体制に不安なら実績等について出来る限りの質問をするといいんですよ。ここでは医者も訊かれるのに慣れてますので。同症例の年間の処置数、手術の成功率、等々。私の日本人の患者さんで喉のポリープ切除手術をUKで行う事に決めていた人がいますが、担当予定医がそのオペを年間5-6例しか扱ってないと知り、不安になって帰国手術に切り替えた方もいらっしゃいます。」親切な方だ。でも安心材料として逆のパターンを引用してもらえないのだろうか。「ただ、運が良いとも考えられますよ。UKは医療先進国ですが例えば発展途上国で同じ病気に罹れば、そこの医療技術で処置するしかないんですし。」それは正しい。日本には戻れそうにないのだから。巨視的に見れば不幸中の幸いではある。「ただ、自分なら絶対に日本で手術したいですよね。UKに比べると、やっぱり医療全般に対する考え方とかきめ細かさとかが全然違うんですよ。こちらに来てもう数年になりますが、日本の医療しか知らなかった身には毎日が驚きの連続です。」結局この人は、暗にシャイニングヤクザキックでも要求しているのだろうか。悲しいかな、選択というのはいつもその当人に悩ましく、他人に楽しいものなのだろう。〔 To be continued / Fortsetzung folgt 〕
2004.12.01
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近所の診療所から紹介されたプライベートの専門医で精密検査の予約を取った。ドアを開けると、20年落ちのスカーペッタのような油っ気の抜けた女医さんが、暗い冬空から漏れる薄い日の光を受け、小さなデスクの前に座っていた。聴診器での肺機能確認のあと、柔らかい口調で診察のPointを説明してくれ、CTスキャンで詳細な原因調査を行った後に酵素による治癒を検討するため血液検査をするという。この間多目にみても15分。同じ建物の、すっかりお馴染みになったX線室に行く。ご先祖は北欧又はゲルマン系だったかのように立派な体格の看護婦さんが、舞台裏の小奇麗な楽屋のような部屋ででんと待ち構えるCT台へと連行してくれる。機械自身はSIEMENS製なので少々安堵したが、スキャナーが目で追える速度で回っているさまは昔のUK特撮映画のようだ。実はハリボテかなと不安がよぎる。カエルの解剖のように寝そべり、覚悟を決める。過剰に被爆しませんように。どの国でもそうだが、お膳立てを全て間に受けてはいけないのだ。その後、再度女医さんを訪ね、採血をし、結果相談の為の次回予約をした。次回予約日、診療は大目に見て10分で終了した。この間、風邪をこじらせたためか、今まで問題なかった右肺まで息苦しいことを説明する。高見山や小錦みたいに強烈に太った人が普通に話しててもゼーハー言ってるあんな感じだ。「CTの結果からは即 >突っ込んだ処置(=手術)更に突っ込んだこと
2004.11.29
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夏に映画館でCGアニメーション映画 The Incredibles のTrailerを見たとき、その魅力に欠ける作画に、お粗末で悪趣味な、そして商魂丸出しB級US映画群の臭みを感じた。別にUS映画を憎んでいるわけでなく、映画好きの立場から妙な映画もどきがそれを名乗るのを嫌悪しているだけだ。例えば最近子供向けに、映画としてのQualityはそっちのけでキャラクターグッズ販売等による力づくの付帯経済効果を主眼に狙ったものが多いと勝手に感じており、本作にもその本末転倒の影が伺えたからである。 とはいえ、こういった選択は幸い与えられた側にあるので自分としては無視するだけで、勝手にやって頂戴 なのであるが。 そして先週、定期的に玄関に山積みされる地域コミュニティ紙のFilmReviewをたまたま読んでいたとき、これに最大評価の星5つ(BridgetJones2は星3つ)が与えられているのを知って少し気分が変わり、近くのODEONへと出掛けた。観た結論から言うと、思い込み100%の悪い予想に反してスーパーマンなどの古きよきアメリカンコミック(=アメコミ)をモダンに解釈し、ファミリーな味付けをした良質の娯楽映画であった。 The Incredibles ^^^^^^^^^^^^^^^^^+まず、言うまでもないが素晴らしいCG技術に脱帽。Spidermanも然りであるがこの技術あってこその映画であるといえる。+モチーフとして濃厚に感じられるアメコミのFantastic Four(HumanTorchもどきも最後近くに登場)とSilverSurfer、そしてX-MenのCyclopsやその他大勢有象無象?の、”こんなにいてどうするんだ?”といぶかしく感じさせるヒーロー達が作中に、殆どは思い出話として、ちらほらと登場すること、そして人間社会との摩擦を避けるためにその資質を封印した一般人として全てのヒーローたちが隠遁生活をしているという設定。これらはアメコミヒーロー文化に興味をもったことのある人々をフフフと微笑ませるだろう。+登場人物設定のKeyPointとなる、キュートでチャーミングなママ(=ElastiGirl)。彼女の生活臭のないレモンのようなフレッシュさが無くては、Incrdible家はハンバーガー臭く脂ぎった、ただの魅力なきアメリカ家族に成り下がってしまい、こいつらに感情移入できるかよ と観客に思わせる仕上がりに成り果てていたのではないか(持ち前の弾力のせいで歳も取らないしシワも出来ないのか? 映画に限らず家庭の中では女性がカギだなあ。)+60年代のスパイ物を彷彿させ、レトロでクールな緊張感を上手く演出する音楽(実際に007シリーズのそれが流用されているようだ。)+そしてコミカルなシーンの数々。新しいコスチュームにはケープ(マント)が欲しいと言うMr.Incredible(Bob)に、ケープにまつわる愚かなエピソードを紹介して諭すデザイナーのおばちゃん。BobがElastiGirlと対面し、彼女が夕日に去っていくゴムゴムの姿を長回しに捉えるカメラ?ワーク。Bobの旧友Frozoneが氷の走路を作るシーン。などなど。。。 以上のPointを踏まえ、本作をもっとピンとくるように括るとこうなる:“アメコミヒーローの姿を借り、ちょっとお行儀よくなったThe Simpsons” 以前、US-raised日本人同僚JJが 「TheSimpsonsは甘さが強いところがちょっとねえ。。だから最近はSouthParkに惹かれるんだ。」と言っていたことがある。彼のこの正しい評価でも示されるように多くのUS人が魅了される要因であるTheSimpsonsの作品世界のコアには過激なJokeとナンセンスにより注意深くコーティングされた家族愛が鎮座している。TheIncrediblesも各キャラクタの性格は勿論異なるのだが、このPointは共通である。監督のBird氏はTheSimpsonsも手がけている(というより多大に貢献しているらしい)ので両作品の与える雰囲気の近さも理解できる。本作はBird氏のアメコミに対するオマージュをTheSimpsons的にアレンジしたのだろう。 ただ一つ、老婆心から言わせてもらえるならば(全体の完成度と満足度からすれば非常に些細なクレームではあるのだが): どんな端役であっても殺生をせずに済ませる余裕と救いが欲しかった。 Europeで暮らしているとこういう子供を守れ的指向が強くなってしまうのは勿論なのだが、そうする事で子供向け娯楽への良心が保たれるというだけでなく、かつてDCとMarvelのアメコミ両巨頭の黎明期に築き上げられた破天荒に明るく前向きな精神とその美徳で、作品を下支えすることにも繋がると考えるのだが(アメコミでも一部の敢えて甘味を捨てた作品群はこの限りではないが。)殺生を感じさせるシーンがまるきり無かったとしてもそれがこの出色の作品の格を下げるとは考えられない。 ファミリー層だけでなく、大人の観客をも意識して作った作品なのは理解しているが、今のような世相の中で子供に近い場所にいることができるメディアの担い手には、(しかも影響力の強いUSの彼らには)敢えてそうして欲しいと願う。現在の大人社会での名声よりも次代でのそれを確立する方がはるかにチャレンジングだし、いまを生きる大人達の多くからはそういうアプローチが求められているのではないか、と期待を込めて想像している。 ところで日本ではプロモーションの容易さからか、タイトルが”Mr.インクレディブル”になっている。きっと翻訳を手がけた人達も抗議したと予想するがこれでは作品の意図が伝わらない。The Incrediblesの場合、長いので仕方ないかと同情できるが、もっとひねって欲しかった。家族あっての話なのだから。 最後に、本作は続編を作ると少なからぬ儲けが見込め、その出来栄えも更に磨きのかかった娯楽作品に仕上がるのだろう。しかし、爆発的なヒット作になってしまった今は判らないが、続編製作はきっと監督の本意ではない(なかった)だろう。自分的には見てみたい反面、続編がないことのほうが美しい気もする。
2004.11.28
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読んでは止め、棚に放置し、を繰り返しようやく読み終えた一冊のPaperback "Hornet's Nest." まだUK出張していた頃、Heathrow空港内の本屋で買ったんだっけ。自分が勤め人になったころ、Patricia Cornwellの作品が ”検屍官シリーズ(所謂 スカーペッタもの)”として日本で話題になりはじめた。同僚にも愛読している人がいたが、何事にも流行を追うのが大の苦手だったので自分は無関心だった。数年前のUK出張の際、ほんの暇つぶしでスカーペッタもののひとつ"Unnatural Exposure"のPaperbackを試してみたことがある。売れっ子だけあって良く書けているなと感じたが、後半の取って付けたような大仕掛けが興ざめさせ、残念ながら特に騒ぐような内容ではなかった。Hornet's NestはそのFBI女性検屍官スカーペッタものではなく、個性的な、というより娯楽小説的な、(婦人)警官達と新聞記者達を中心に据えた別シリーズなのだが、こちらの方が格段に楽しめた。ただ、本作はCharlotte/USを舞台にした>警察もの推理もの
2004.11.26
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一週間安静にした後、再び尋ねた近所の診療所は水浸しだった。階段を上がると灯りの消えた室内に憔悴したスタッフがひっそりと佇んでいた。「これで2回目なんですよ、ベッドもコンピュータも受付の機械も全て水浸しで会計も出来ません。」という先生の足元には、天井を構成するアスベストのような材質のおよそ50cm角位の薄板がフロアで砕け散り水遊びをしている。理由は定かではないが建物内部の給水用タンクに突然穴が空き、直下の診療所スペースを水の奔流が直撃したらしい。「前回の後、補修屋がちゃんとした作業をしてなかったんでしょうね。まあ特殊気候と考えとけばいいんでしょうけど。」と微笑む先生。日本人にしてはこの土地の流儀に馴染むのが早い。機器類全滅のため、レントゲンフィルムを確認する透過光がなく、室外の廊下窓ガラスにかざされる2枚のフィルム。曇空をバックに肺の器官がブラインドの縞模様と重なりアートのようにアレンジされる。診断なのか芸術か。「左肺、凄く回復してるじゃないですかあ。」と上気する先生。「でもこっちのフィルム裏返しじゃないですか。左右逆になってますよ。」「そうですねえ。うーん、、やや回復傾向ですかこれは。」とうつむく。何事にも寛容でないと医者も患者もやってられない。どの土地にも流儀があるのだ。仕事中に突然高笑いしはじめたUK人同僚V。「Momがいま自分の家に来ていて、お湯を沸かしていたんだけど、ケトルが爆発して、メインのヒューズが飛んで部屋中の電気製品が使えなくなったらしいんだ。わははは。そうなんだよ。Momは前からなんでも破壊しちまうんだよ。」「なんでお湯沸かしてるケトルが爆発するわけ。」「知らない。わははは。今日は早めに帰って電気屋でヒューズ探しだな。」涙目のVは息も切れ切れに嬉しそうに笑う。ところでMomは大丈夫なのか。スペイン料理屋で行われた昨夜の壮行会。硬いチョリソを口に放り込み、いまいちシャキっとしないアローシュをすする。UKなんだから仕方ない。餞別のスピーチをし、飲めないビールを飲んでると突然ドアが開き、3人の男たちが異音と共になだれ込んできた。警察帽+女装+かつらの彼らは手に手にSaveChildrenなどと書かれた箱を携えている。開襟ジャケットから覗く地肌の胸元には、微妙な膨らみを形作るタオルが押し込まれている。店内のテーブルに絶叫と共に四散すると同時にくまなく小銭を徴収し、声高に謝意を述べ、飲食客の歓声と喝采を浴びながら、エセ婦警達は瞬く間に店を後にした。この間数分。次の犠牲は対面のイタリア料理屋か。それにしても何のための募金だったのか。考えてもわからないことが世の中には多い。理不尽な驚きが身の回りで起きたとき、その状況をまず詳しく分析し、原因を把握し、影響範囲を想像し、とるべき態度を決める、という一連のプロセスに精度良く乗る。ドイツ人や日本人だとそれが一般的なリアクションだろう。おのずと表情は真面目かつ湿りがちに抑えられる。相手がある事ならば 失礼があってはいけないという意識が態度に表れる。そういう基本はある程度民度が高ければまずどこの国でも常識なのだが、アングロサクソンさんにはこれに"笑い"の要素が加わる。理由なんかどうでもよく、笑い飛ばすのが好きなのだろう。各々のスピーチの狭間。煙草についての雑談をきっかけにGの名前がテーブルにのぼった。リメイク版Starsky and HutchのBen Stiller、いやスタスキーそっくりの南ア人同僚G。USに旅立った彼の壮行会からもうひと月が経つ。「来てくれてありがとう。すぐにでも家を引き払わなきゃいけないのに片付けが全然終わってなくて、明日もお別れパーティーで困ってるんだ。明後日にはUSで仕事をはじめなきゃいけないし。」と焦っていたのを思い出す。同僚Rは13歳の頃はじめて煙草を喫おうとして、前髪を全部焼失したらしい。煙草はもういや、という彼女に 同僚Mがすかさず Gの事を知ってるか と 誰も返事をしてないのに嬉々として話しはじめる。「屋内の片付けが終わり表に出たGは、生い茂る庭の雑草を急いで処理しなきゃと焦り、ガソリンに気付いた。茂みにざっと撒いたそれに直に火をつけるとさすがに燃えすぎると考えた奴は、茂みの中心部から離れたところまで導火線のように、ガソリンを点々とたらしながら引っ張り、自分の足元近くを基点に延焼させようと考えた。足元の地面に首を傾げ、点けた火をつま先近くに落とすや否や、爆炎がGを包み、前髪はおろか、眉毛も睫毛も全て焼失した。顔面をやけどし、包帯でぐるぐる巻きにされ、その包帯を取るだけで病院から半日は抜け出せなかった。そんな姿でUSの新しいスタッフに自己紹介するか普通。」金星人がタクシーを降りようとして転んだのを見つけた少年が先生への報告を待ちきれないかのように、ギラギラした満面の笑顔で夢中で語るM。お前、Gの元上司だろ。ちったあ同情しろよな。他人の不幸は蜜の味。日本やドイツならお通夜ムードになるような話題でも、UK人は笑い飛ばして投げ捨ててしまう。この土地では"笑い"に>意地悪<という隠し味も加わるようだ。あっけらかんとしたところはアングロサクソンの美徳だけど、ちょっと薄情だぜ。そりゃあ俺だってそういうのを好んで笑ってるけどさ、へへ。
2004.11.20
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6-7年位前にUSでバタバタしていた頃、深夜の食事をデXーズなどのフランチャイズ系で済まさざるを得ないことが多かった。そんな所でそういう時に、ついつい「紅茶プリーズ」と口走ってしまい、たびたび後悔したことがある。出てくるものは往々にして安物っぽいティーバッグにお湯入りのカップが一杯。そんなので何ドルも請求してくれるなよ、でかい国なのにあさましいぜ なんて吠えてももう遅い。学生になり親元を離れる前まで、紅茶は自分にとって納豆と同様、嫌悪するものの一つであった。幼い頃自分が口にした紅茶は(恐らく)日X紅茶またはリXトンのティーバッグによるもので、母により、必ず砂糖が投下されていた。それは日本人の標準的な甘さに対する感覚を程良く満足するよりも多目であったのは間違いない。味覚としてその暖かい褐色の液体はどうも子供の舌にはまだありがたいものではなかった。同時に、当時も今も大抵のティーバッグに使われているホチキスの鈍色の針が器のお湯に出入りを繰り返している様子は、無垢な子供心に不衛生に映った。その後一人暮らしをするようになった自分にはインスタントコーヒーが欠かせなくなってしまった(Dripを試せるほど裕福ではなかった。。)が、ある日、トラウマが癒えたのか、コンビニの片隅に置かれていたX東紅茶ティーバッグを何の気なしに試し買いし、啜ってみた。それは記憶の味ほどひどくなかった。以降、砂糖と牛乳はお断りという条件下で、紅茶というものが怠惰な生活の一角にしっかりと鎮座するようになっていった。しかし、紅茶について豊かな造詣も偏執狂的熱意もない自分は、せいぜい日東X茶とリプXンの違いが辛うじてわかるレベルにしか達しなかった。同じ銘柄でも、対象とする客層によって茶葉と商品価格に違いがあるということなどまだ知らず、入れた紅茶が24時間放置され、水彩絵の具の筆洗さながら冷たく濁った褐色になっているのを飲めるかどうか、飲んで体を壊さないかという、人生をチャレンジングに無駄使いする方面に関心が向いていたのは我ながら情けない。インド系UK人同僚R -- 自称007。あるとき、自分が今まで試した中で多分最高の茶葉はドイツの業者によるものだとRに告げると、予想通り、「そんな訳が無い、紅茶といったらUKだ。」と心持ち憮然としていた。功罪はさておき、歴史的に紅茶の普及に果たした大英帝国の役割が大きいのは判るが、自分的にはドイツ Ronnefeldt社の茶葉による紅茶を超える物にこれまで余りお目にかかっていない。勿論、極限の贅を尽くした茶葉をUKの然るべき業者が出してくるなら比較の余地はある(茶葉を染めてなければ、であるが。)しかし主観と経験だけで言わせてもらうと、明らかにここの茶葉はEurope圏で一般的に流通しているそれらよりも格段に美味く、薫り高い。ドイツで気の利いたホテルに泊まると、朝食のバッフェでRonnefeldtのTee Kanne用 胴長ティーバッグにお目にかかることがある。その後には午前中の気分はすこぶるよろしくなる(仕事が始まるまでは。)こんな紅茶を毎朝飲んでる一部のドイツ人が羨ましい、俺もどこかで購入し後に続くぞ とその頃意気込んだものだが、流通経路を制限しているのか南ドイツの街角によくある類のスーパーで見かけることは無かった。こういう事例に接し、ドイツ暮らしを始めた頃はさぞやドイツの紅茶文化レベルは高いだろうと期待していたのだが、どうもRonnefeldt社の茶葉だけ特異点のようだ。ドイツの茶葉取扱い業者は全国区の銘柄を含め各地に各種あるのだがRonnefeldt社に比肩する業者は多くないだろう。そして、消費する側にも少しエキセントリックな点があるようだ:多くの非ドイツ人同僚が指摘するドイツ人の信じ難い行状の一つに、>紅茶にクリーム(日本でいうスXャータなどのコーヒーフレッシュ)を入れて飲む<というのがある。「コーヒーならわかるが、紅茶に入れるのは牛乳だろ、あいつらのあの点は勘弁ならん。」 と、たかが紅茶ごときの話題でUK人同僚Mが眉を吊り上げていたことがあった。機内などで時々そういうドイツ人を見かけるが、確かに気味悪いのは否めない。自分はクリームはおろか紅茶に牛乳を入れることさえためらってしまう。何かの機会にロイヤルミルクティーなんて出された日には代わりに納豆食べるから許して欲しいと懇願したくなる。UK人的には紅茶にレモンを入れるのは邪道なんだそうで、これもレモンティー愛飲派の自分とは相容れない。彼らと味覚のベクトルが揃わないのは誇りに思っていいかもしれないけど。
2004.11.16
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砂塵に霞んだような大気の向こうにのぞき始めた褐色の大地。乾いた丘陵を行く車、工事現場のような構造物、ビル群。着陸する間際に肉眼で初めて目にしたイスラエルはスペインの地中海沿岸や、その所有する島々の都市部を連想させた。TelAviv空港に到着した飛行機を降り、空港内バスに乗り込んだ途端、女性スタッフから降りる様指示される。到着の目的や打ち合わせ先の概要を矢継ぎ早に質問され、パスポート提示を要求される。スタンプで汚れたページからよく識別したものだが、過去のモロッコ入国の目的を述べよという。回答している途中で言葉を遮り、もう結構、と告げると次の生贄に向けて歩き出すサングラスの彼女。身勝手なひとだ。君のニキビに免じてその若さを許してあげよう。一見してよそ者と判る我々アジア人はナンセンスな質問の嵐に遭遇する、と事前に教育されていたので大して驚かなかったが、無事ホテルに着くまでは不安が残る。入国審査を過ぎ、カルーセルでトランクを待っていると、次々と係官から質問攻めに遭うとも聞いていたが、幸い何もなかった。しかし暖かい。10℃程度のUKに比べれば間違いなく南国だ。トレーナーを脱ぎ、手配してもらったTAXIに乗り込むと、頭髪の寂しい丸っこく日焼けした初老のおっちゃんの運転で宿泊地Herzillyaまでの道行がはじまった。「あんたどっから来たんだい。」に始まり「UKではどう言われているか知らないが、ここはParadiseだ。」と左右のジャブを放つサングラスのおっちゃん。空港を出入りするTAXI同乗の旅客を監視しているのであろう警備員詰所、その隣を顔パスで通過し、シフトギア脇の収納Boxからチョコボールの入った袋を差し出す。アーモンドの香りを車内に漂わせ、二言三言話していくうちに、おっちゃんは27年間ドイツ南西部に居たことが判り、世間話は英語からドイツ語に切り替わる。「俺は悲しい、こんな所でTAXIの運転手やってるんだぜ。外国人は皆恐がって観光旅行になんか来やしない。お客なんて僅かなもんだ。悲しいねえ。」おっちゃんはお気に召さない車やトラックにクラクションを鳴らし先を急ぐ。高速道路から見えるOfficeビル群は特に西欧の街のそれと変わりない。勿論ヘブライ文字はこの地特産のフレーバーではあるが。午後の日差しを受ける車内で、ラジオからノリのいいPopsが流れると、それに合わせswingするおっちゃん。先にHotelに到着している日本人同僚Nからの携帯への着信を察すると何も言わずVolumeを落としてくれる。電話終わったからまたラジオ聞こうよ というと、「もうLadyMarmeladeは終わったよ」と肩を落としていた。Hotel近くの住宅街はこれまたスペインなどでよく見かけそうなものだった。茶褐色の壁につたうツル草に咲く花々の目を刺すような紅さ。埃っぽい空地。まごうかたなき欧州の南国情緒の街をTAXIは走る。10数階建てのHotelはその地中海の砂浜沿いに堂々と佇んでいた。ビーチのそこここに踊るウインドサーフィンの帆。これじゃ観光旅行だ。それとも知らぬ間に爆弾が破裂しもうこの世ではないのだろうか。たとえこれがまだこの世でも、今晩寝ている間にホテルごと地中海の藻屑となってしまうかもしれない。爆弾ならあの世とこの世を隔てる時間なんて瞬きのようなものに過ぎないだろう。ホテル入口で警備員が所持品を検査する。ロビーに着くや否や、N、UK人同僚D、フランス人同僚Jeが待っていた。イスラエルのベテラン、余裕のDの第一声は「シャローム。」気乗りしてない自分を知り、「第一印象はどうだい。」とニヤニヤと問うJe。悔しいので「あんたら、自分達が本当にまだ生きていると思っているのか。」と尋ねる。CheckIn後、解の無い宿題を一人悶々と部屋で済ませ、夜のロビーで落しどころを協議する。Cafeに併設されたロビーのレストランではアジア人の容貌の板さんが寿司を握っているようだ。おつまみに握りを一人前注文し、宿題の解答に参加するN。Jeが握りの木枠に潜んでいた、日本でよく見る“虫“を発見し、俺はこれをフランスに連れて帰らないぞとウェイトレスにやさしく抗議している。そう、何か変だ。やはりここはもうこの世ではないのか。なんてこった。おい、じらさないでどこからがあの世だったか教えてくれよ。〔 To be continued / Fortsetzung folgt 〕
2004.11.10
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金曜はNuernbergまで丸一日かけた日帰り出張。比較的小さな都市なのでLufthansaでもBAでもヒースロー直行便はなく、Frankfurt経由に落ちつく。クリスマスの準備はドイツの商店でももう始まっている。丁度この時期に旬であるNuernberg名物Lebkuchenを買い帰路についた。数週間前からまた左の胸が痛みはじめた。背中側の腰の辺りも痛い。前かがみになると体内左側でぐにゃりと何かが動くような奇妙な感覚がある。車でHump(特に住宅街等の路上に多く見られる、ドライバーに強制的な速度低下を促すためUK政府が半ば悪意を込めて敷設したであろう高さ15cm位のコブ)を乗り越えると背中左側に痛みがする。またあれだ。あまりメジャーな病気ではないが、前に気胸(キキョウ)というものを患った。何とも情けない響きだ。ハクもつかなそうな病気だと予想がつくだろう。肺の一部に穴が開く病気で、症状としては呼吸が苦しくなり、痛みがある。発生原因は充分解明されてないが、気胸患者への道を歩むに相応しい資質として 長身、痩せ型、若い男性 という3要素があるそうだ。ただ、経験的にこれらは必要十分条件でないと思う。一年半ほど前だったか、大英博物館内で、気道にゴミのようなものが入った感じがあり、ReadingRoom前のホールでしきりに咳が出始めた。しかも激しく咳き込んでしまう。それが発端だった。横になると、空気の抜けてしぼんだ風船のような肺が肋骨にさわるのか、ビリッと神経を刺激する痛みがある。医者に診てもらうと、手術をしても余計に穴を広げることになりかねないので暫く安静にしていた方がよいと助言された(その後、診断の度にレントゲンをこれでもかと撮るので、気胸が治る前に白血病にかかりはしないかと気を揉んでいた。。。)結果的に完治したわけだが、今回のように忘れた頃に時々同じような症状がでる。きっと何かをきっかけとして、穴が空いたり塞がったりを繰り返しているのだろう。日本の同僚に気胸道の先達がいる。彼は大事を取り、休暇を取り、手術をし、禁煙までしてこれを克服した。業務のプロとしてひたすら尊敬できる人なので、ただ安静にするという(自分のような)あなたまかせの安上がりな解決策があるとは知りながら、彼の美意識が良しとできなかったと聞いた。さすが職人肌。自分は喫わないので想像がつかないが、煙草は立派な薬物なので、禁煙を成功させるには強い意思と動機付けが必要だっただろう。ところで、(USでも同様だと推測するが)Europeでは煙草の雑誌広告やカートン広告面の30%位の面積に確保された白地の枠に”Smoking kills.”などといった黒い文字列が並んでいる。初めてみたときには驚いた。これらがUSでの煙害訴訟関連判決が口火を切った煙草製造販売会社の遵守事項として存在するのか、EUのどこかの委員会のお達しによるものかは判らない。煙草は自己責任でたしなみなさい(=これだけ警告してるんだから病気になっても製販サイドは知らないよ)という訴訟逃れであることは想像がつくが。UKとドイツでこれら警告文内容に差があるかさらりと現物調査をしてみた。結果的に(やはりEU委員会の監督・指令によるものか)共通の口上をそれぞれの言語で記しているだけのようだ。しかしこれだけ脅されても、多くのスモーカーは煙草を手にとってしまうわけで、そこがなかなか笑えてしまう。こうなったら国別にもっと痛いところを突くしかないのではなかろうか。例:/ドイツ向け「煙草を喫うと履歴書でマイナス評価がつくか確認すべし。」(就職難)/UK向け「煙草はあなたの銀行口座を破綻させる。」(物価異常のUKでは1箱1000円近くする)丁度いいタイミングで、日本でもカートンに同様のややレベルアップした警告分記載が始まることをインターネットで知った。しかし予想通り旧態依然とした文言のままだ。日本人向けにはこんなのはどうだろう。「煙草を喫うと、仲間はずれになります。」「煙草を喫わないと指の感覚が鋭敏になり、自販機等の操作時間が平均0.4秒短縮できます。」〔 To be continued / Fortsetzung folgt 〕== 補足 ==[ドイツ及びUKの免税店でみた警告文の一部サンプル]+イデオロギー系^^^^^^^^^^^^^^^^^^^Smokers die younger.D:Raucher sterben frueher.(喫煙者は早死にする。)Smoking can kill.D: Rauchen kann toedlich sein.(喫煙は死をもたらすことが可能だ。)Smoking kills.(喫煙すると死ぬ。)+病名系^^^^^^^^^^Smoking causes fatal lung cancer.D: Rauchen verursacht toedlichen Lungenkrebs.(喫煙は深刻な肺ガンの原因になる。)Stopping smoking reduces the risk of fatal heart and lung diseases.D: Wer das Rauchen aufgibt, verringert das Risiko toedlicher Herz- und Lungenerkrankungen.(禁煙すると致命的な心臓と肺疾患のリスクが減少します。)Smoking clogs the arteries and causes heart attacks and strokes.(喫煙は血管を詰まらせ、心臓発作や心筋梗塞の原因になる。)+他人への迷惑系^^^^^^^^^^^^^^^^^^^Smoking seriously harms you and others around you.D: Rauchen fuegt Ihnen und den Menschen in Ihrer Umgebung erheblichen Schaden zu. (喫煙はあなたとあなたの周囲の人の健康を害する。)+子孫繁栄系^^^^^^^^^^^^^^Smoking can damage the sperm and decreases fertility.D: Rauchen kann die Spermatozoen schaedigen und schraenkt die Fruchtbarkeit ein.(喫煙は精子を傷つけ、妊娠可能性を低下させる。)Protect childen: don't make them breathe your smoke.(子供を守れ。あなたの煙を子供達に喫わせるな。)+他力本願系^^^^^^^^^^^^^^Your doctor or your pharmacist can help you stop smoking.D: Ihr Arzt oder Apotheker kann Ihnen dabei helfen, das Rauchen aufzugeben.(あなたのかかりつけの医者や薬剤師は禁煙の力添えをすることができます。)Get help to stop smoking: consult your doctor/pharmacist.(禁煙のための助けを得なさい、つまりあなたの医者や薬剤師に相談しなさい。)+女性向け^^^^^^^^^^^^Smoking causes ageing of the skin.D: Rauchen laesst Ihre Haut altern.(喫煙はお肌を老化させます。)Smoking when pregnant harms your baby.D: Rauchen in der Schwangerschaft schadet Ihrem Kind.(妊娠中の喫煙は赤ちゃんの健康を害します。)+初心者向け^^^^^^^^^^^^^Smoking is highly addictive, don't start.D: Rauchen macht sehr schnell abhaengig: Fangen Sie gar nicht erst an !(喫煙は強い常習性がある、なので始めてはいけない)+化学者向け^^^^^^^^^^^^^^Smoking contains benzene nitrosamines, formaldehyde and hydrogen cyanide.(喫煙にはこれこれの有害化学物質が含まれている。)+遊び人向け^^^^^^^^^^^^^^Smoking may reduce the blood flow and causes impotence.(喫煙すると血流が減少する恐れがあり、不能の原因となる。)+詩人向け^^^^^^^^^^^^^Smoking can cause a slow and painful death.(喫煙は緩慢とした痛みをともなう死へと誘う。。。)
2004.11.07
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今日から短い休暇でRomeに来ている、と書くと随分優雅そうに聞こえるが、(大した仕事はしてないまでも)実際にはこのところかなりドタバタしていた。その皮切りになった18日月曜のParis出張は幸い冷や汗だけで乗り切り、23日土曜に知人とのLondonでの再会を楽しんだ所までは良かったが、24日日曜からのTelAviv潜伏の後、堤防でせき止めていた濁流が決壊。その流れを受け止めながらUKで数日あくせくと過ごし、29日金曜(昨夜)にMuenchenで苦い打合せを終え、最終便でUKに戻る。本当は部屋に着くなり荷造りを開始すべきところが、体は反応せず絨毯の上でそのままゴロ寝に至り、今日午前5時頃から慌ててPackingのありさまだった。物理的な忙しさはともかく、このところ色々面倒な事がありすぎだ。おのずと雑多な事項の整理はできないまま野放しとなり、時間の経過に伴い、新たに雑多なもろもろが疲れた脳に机にPCにと増殖していく悪循環。それが災いしたか、Romeの休日、初日はTAXIの運賃詐欺から始まった。EU各国の要人が集い、EU憲章かなんだかの調印式が昨日行われたらしく、コロシアムの付近には警察やらミリシアやらがぞろぞろたむろしていた。対向車線と交通法規をやすやすと支配しHotelに到着したTAXIの中で、感じのいい運転手に60EURを渡すと、君は20EURしか渡してないと言う。これは変だ、と新品の50EUR札を折った指は確信しているが、感じの悪くないこの男はややこなれた10EUR紙幣2枚を動かぬ証拠とばかりに見せている。すでに議論する根気はなかったので20EUR紙幣3枚を渡して別れたが、何度考えても財布の収支は赤い。ぶきっちょそうなイタ公野郎に手品師が務まるなんて思いの外だった。きっと隠し持っていた10EUR札を自分の50EUR札と見えないように素早く交換したのだろう。空港でTAXI稼業の男共に声をかけられ、45分で80EURは暴利だな といぶかっている自分の腕をポンと叩き60EURに訂正したイタ公元締め。手下が更に40EURも内職していると知ったら彼は何%の暖簾代を請求するのだろう(勿論、罪を咎める事なんて選択肢に無い。)疲れは頭を鈍くする。ベッドで数時間寝て、いきなりの失態と疲れを少しだけ過去のものにした後、夕食をとりに表に出た。どうもこの界隈はインド(パキスタン)人系や中国人系の仕切る街のようだ。それともまだ頭が麻痺しているのだろうか。雨まじりではあるが暖かな、丁度日本の梅雨に近いRomeの夜空の下、2004年度の夏時間はまもなく終わろうとしている。
2004.10.30
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== 前回の”個人的発見”に関する追記 ==1.Roger Watersの笑顔~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ここで引用した写真はJill FurmanovskyというPF御付きの写真家による メンバのSnap群の中の一つです。ツイードの鳥打帽のようなものを被りセーターらしきものを着ているRogerは右手に何かをつまみ大きな口を開けて笑っています。1975年、AbbeyRoadStudioで撮影されたこの写真に関する彼女のコメント:”PFメンバはここでWishYouWereHereをレコーディングしていて、私はCakeを作っていたのを憶えてるんだけど、自分がこれを撮ったかどうかよく判らないのよ。これは連写された写真の一つ。自分は軽いM3カメラを使っていたの、よく出来てるし、静かだから。(その時)NickはTechyなものに興味があるので私に近づいてカメラを取り上げたわけ。だからこのSnapを撮ったのは実はNickじゃないかと思うわ。”2.Wish You Were Hereのジャケット写真の意図と撮影裏話~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~下記は記述されている内容の記載順序を含めた自分の超(いい加減)要訳です。コメントに関連する人名等は割愛しています。+写真の重要なPoint: 全てが本アルバムの主題”不在と存在”を表現している。 (また、PFのレコード会社と大きな音楽ビジネスに対する関係をも表している。)+不在を表現するのに4つの要素が使用された:1.炎 -- 握手する二人のビジネスマン(片方は燃えている) 契約を行う際に(不利な方には)それは身の破滅をもたらす事になる。その時の握手という行為は空虚なジェスチャーである。この写真の周縁部が白いジャケットをバックに焦げている。それは写真の中で起きていることが外部との境界にも影響を及ぼしているというDualRealityを表現したもの。 撮影には二人のスタントマンが採用され、燃えている方の報酬は500USD、燃えていない方はその半額だった。2.大地 -- 砂丘に立つ黒スーツ+のっぺらぼうのセールスマン この男は手に持ったレコードを売ろうとしているが、あなたには誰だか判らない、ただの透明人間セールスマン。顔の無い音楽産業のお偉いさんの暗示でもある。 砂丘を通りかかるバギー(たまたまラリー開催中だった)の運転手に依頼し撮影。セールスマンの鞄にはDarkSideOfTheMoonの無料ステッカーが貼られている。3.大気 -- 青空の草原と木立のなかに広がる白いベール 葬儀に用いられるこれは、死んだ友人の不在を表現する。写真では背景の木々を見えにくくし、つまり不在を強め、同時に裸の女性をも覆い隠している。4.水 -- 湖の中で倒立している人間 デリケートな音楽産業の只中にいるPFは、望むだけ多く(または望むだけ少なく)波紋を起こす(起こさない)バンドになれる という事を表現している。 湖面の波紋が消え去るまでの2分間、潜水を行えるダイバーによる画。+完成したアルバムは黒のシュリンクラップに包まれていたことがレコード会社の逆鱗に触れたが、この案を貫徹した。リスナーに食料品売り場で買物をするかのような感じでバッグへ入れてもらい、開ける時の中味への期待と驚きを醸成することが目的。+ロボット同士の手が握手しているステッカーとラベルのデザイン: 炎(上記1.)の要素にダブらせ、且つ4分割された円で上記4要素と4人のメンバを代表している。3.デスマスクの謎~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~これは個人的な謎が判ったというレベルの発見です。何年か前に発売されたTheWallLiveのカバー写真は黒地に縦に並んだ4人のデスマスクでした。いまだに大きな溝のある彼らなのでこのデスマスクを作るコンセプトに積極合意するとは考えられません。もしそうなら極めて異例なため、このOneShotだけの共同歩調なのか、あるいは雪解けの兆しなのか興味を惹かれていました。TheWallのライブもそのDVDもまだ見たことが無いのですが、このQ-Magazine特集号の写真によると、ライブではPFメンバが2組登場していたようですね。そのダミーの方が4人ともオリジナル4人のそれぞれのデスマスクを被っている(例:RickWrightとダミーRickの写真あり)らしいので、ライブの当時80年頃に作られたんだなという理解に至りました。
2004.10.17
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南ドイツからUK Officeに送り込まれた、飾り気の無い巨大な3つの箱。締め切りは近い。なんとか期限内に評価を終了しなければ。カッターナイフを手にドイツ語表記の封印を切り裂き、剛性の高いダンボール箱から中身をずるずると引き出す。重い。でかい。渋い。なかなかやるな。ガミラスという仇名をもらうだけの事はある。立派な風格のサーバ達はまるでB級スペースオペラ映画に出てくる宇宙戦艦のような面構えをしている。前部パンチングメタル下半分に装備された3門の連動高速硬盤装置がこちらを威圧する。やれるもんならやってみろ と言いたげだ。まずは第一号艦から。付属のナビゲータCDを投下。リセットを繰り返しようやく準備完了。独英併記のメッセージPaneが "OS Diskを入れて下さい"と促す。甘い誘いに乗り、洗脳目的で派遣した作戦円盤 窓2k3号は艦内発着ポートに到着するなり軟禁され、不気味に沈黙するグレーの巨体。予想通りの戦いがはじまった。割り切った挙句、追加派遣した一階級落ち作戦円盤 窓2k号の功績でようやく到達したDeviceManager配下RemovableStorageのシンボル。ところが、クリックしただけで赤バツ表示になり、開かない。権利が無いとはどういう事だ。今まで見た事の無い症状だ。宇宙戦艦製造元 UK第一拠点へ諜報開始。Queueに入りましたとの録音文の後 暫く待ち、出た女性。 ”皆Busyなの。今日夕方までにCallBackするから電話番号教えて。”半信半疑で待つこと4時間。ようやく第ニ拠点から連絡あり。戦艦名とシリアルナンバを伝えるとあえなく降伏し, 電話口の男は ”第三拠点電話番号にコンタクトされたし”と素っ気無く白旗を振る。しっかりしてくれ、君たちは丸腰の門番なのか。第三拠点。通信回線の向こうには今度こそ強大な敵が潜むのか。しかし、握りしめた電話が辿り着いたのは、Jackieという名の、贔屓目に見てもやや商品知識のさわりを知っている程度でしかない おばはん だった。スロー且つアンニュイに、彼女の口から言葉がいやいやこぼれ出る。”Removable,,,Stor,,,? Ah,ah,,,Storage ! あーん、いま判ったわ。でもそれって、、、何? あなた HDDをひっこ抜いちゃった ってことなわけ?”炎には氷を。怒りには虚無を。敵の戦闘意欲をそぎ取る効果的な戦略。場慣れしている。たらい回しで充填された怒りと言う名の燃料がみるみる抜けていく。この戦い振り、過去に覚えがある: かつてのパートナーD氏。困った事情を判ってもらうため懸命に説明しているが、ベルリン出身の彼の優美な物腰と幾多の人生の苦難を窺わせる微笑みの中に、全ての言葉が吸引されていく。しかし言葉の雪崩は彼の脳まで辿り着いている様子がない。柔らかな笑顔が迫る。ああ、どうしよう。まさか催眠術を副業にしてやしないか。 ルフトハンザのMuenchen空港Luggageコントロール係も然り。Tightな乗り継ぎのため荷物が飛行機に乗り損ね、焦る自分を前にクレームシートを眺めながら爽やかな笑顔で言う:”うーん、あなたはエンジニアをされているんですか? いい数字を書きますね。”ほめれば荷物が戻る特殊能力を備えているのか。もし彼が魔法使いだったとしても明らかに呪文が違う気がするぞ。国は違うが、今回も似た匂いがする。このままではやられる。”でもねえぇ、この機種はもうウン万台も売ってるけどそんな話は聞かないのよー。Removable何とかって、HardWareのこと、、? うん、うん、ほー。そうなの。ああ、じゃなくてMicrosoXtの話? じゃあうちには関係ないじゃないのよ。あなた。あたし達はHardWareのことしか扱わないのよー。ナビゲータCD起動プロセスで自動Installされた何かが悪さしてるってどういう事? SNMP?? それだったらEasyInstallなんか選ばないで、自分で一つづつやってけばいいじゃないの。ええっ、あなたどうしてRAID0で使うの? あっはっは、やめなさいよぉー。それじゃデータ保護なんてできないじゃないのよぉほんとにー。あはははー。”最新版のナビゲータCDを送るから というおよそ解決にならないだろう提案と共に、姿なき戦闘は終結し、虚しさだけが後に残った。諜報活動を捨て、孤独な戦いに移行。怪しいと思しきApplicationが駐留しないよう注意して初めからRe-Installし、解決。やっぱり、初めからそうすりゃ良かった、、。そして数日後 別種の火種が発生した。Jackieは不在とのことだったが、代理の男も負けず劣らず超越している。諦めて、Jackieから受領したナビゲータCDを試してみると、上手くいく。結局、本体付属の同Diskでの動作がflaky(バグってそう)なのでこの問題が起きるようだ。勿論彼女はこの問題のためにDiskを送付したのではない、、、のだが、、、ひょっとしてこれはPlot通りなのだろうか。どうもそんな気がする。負けたよJackie、防御は最大の攻撃だ。そしてあんた達の個性自体、最高の攻撃だったな。
2004.10.16
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日曜から火曜朝まで所用のため出かけたMuenchen。 空港から市内への電車経路をミスり、時間が無くなったためローマ人の末裔元同僚Bとの再会は残念ながら延期。ルートS1の電車はMuenchen市を時計の12時地点あたりから9時の方向へ回る。Oktoberfest最終日とあってプラットホームには沢山の酔客がたむろしている。9時頃の駅で、通路を挟んだ向かいの4人掛けに4-5人の酔客若者バージョンがぞろぞろと乗り込んできた。まだ学生風に見える彼らの一人は手にMassを抱え、1/5くらい残ったビールがみっともなく波立っている。Massにいちゃんは Maia-hee Maia-hoo と鼻歌を歌っている。予想通りOktoberfestのテントでDragosteaDinTeiの大合唱が炸裂し集団トランス状態を通過した後遺症だろう。電車はゆっくりと動き出す。やがてMassにいちゃんが呟くように別の鼻歌を歌い始めた。JapanerとかTokioとかいう言葉の響きがその中に聞こえ、ふとMassにいちゃんを見ると一同 あっ、まずい という顔をしてこちらを向く。Massにいちゃんはにやにや笑いながら英語で ”この曲はいいんだよ、EAVというGroupが歌ってるんだ”と説明する。その後も何度かこの怪しい歌を口ずさむMassにいちゃんと はたと何度か顔を見合わせるうちに若者酔客御一同様は中央駅で降りていった。Massにいちゃんはエスカレータから笑顔でこちらをみている。Europaもの同士の奇妙な連帯感から(こちらは小馬鹿にされているとは知りながらも)お互い窓越しに手を振って別れる。車内に一人残った仲間のお嬢さんは、勘弁して私はあの酔っ払いと違うの違うんだってばー といった面持ちで実に照れくさい笑顔を作っている。宿にようやく辿り着き、荷物を置き、急いで市内方面へトンボ返りし行きつけのItalian屋へ向かう。いつものようにナスのスパゲティを注文、ところが料理人が代わったのか今回はややハズレだった。日本語が多少できる給仕のDiegoの姿もなかった。宣言していた通り自分の店を持つ準備に入ったのだろうか、留守が長くなると生活のdetailがちびちびと浦島してしまうものだ。3つの博覧会とOktoberfestのお陰でどこもかしこも宿がFullだったので、翌日は宿無し。今日は知人宅へ飛び込みかなと腹をくくり、Stroller(通称ゴロゴロ)を引っ張りながら朝の市内へと電車で向かう。運悪く仕事の約束があるのでMarienplatzのCafeから携帯電話で日本と30分のConf-Callをしながら、ドイツ人同僚Nに空港近くの宿の空きをCheckしてもらう。その後、雑貨の買物をするが、荷物を引きずり市内を歩き回るのでえらく体力を消耗。Nから連絡が来たが、270Euroで一室見つかったと聞き、保留にする。いくらなんでも高すぎる、Londonじゃないんだから。結局昼食がとれず、RosenheimerplatzのCafeでドイツ版チーズケーキとカプチーノ2杯で空腹を満たす。無事に所用を済ませ、今度は時計の4時方面にある郊外のモールへと国鉄から地下鉄に乗り継ぎ急ぐ。まるで買物アニマルみたいで恥ずかしいのだが、150ポンドも払ったTicketのもとを取り戻すべく体が勝手に反応している。ここであったが100年目、Saturnという家電量販店でCD/DVDを買いあさる。ドイツ系のみならずアングロサクソン系も含めて物色する理由はUKの物価だけが知っている。へろへろになり、ふらつく足で、奇蹟的に連泊できることになった昨晩の宿へとゴロゴロを引きずり歩く。21時近くになった頃、89Euroの宿に滑り込むと、ほぼご臨終状態。翌日は8時前のFlightだ。寝るか食うかの選択。これ以上体がもたないので遠出はできない。前回宿泊時のここの朝食のわびしさを知っているので、大いなる諦めを胸にこの宿のレストランに目をつぶって飛び込む。が、意外や意外、なんとちゃんとしたイタリア人が仕切っている様子ではないか。アラビアータの出来にすこぶる満足し、部屋に戻り約4時間の仮死状態突入。翌朝6時頃LufthansaにCheck-Inし、UKに戻る。Heathrow周辺の空は相変わらず混みまくり、着陸許可が下りず無為に1時間程旋回する飛行機。この分の燃料代をLHはHeathrow空港運営会社にChargeできるのだろうか。久しぶりに純私用で訪れた故郷を振り返り、天国への近さを再認識すると共に、貧乏暇なしスケジュールを立ててしまうエレガンスの無さに反省。我ながらカッコ悪いよなぁ。まあ一人旅なんで誰も困らないからいいけどね。*** 補足 ***[A. Massにいちゃんのお気に入り曲発見(多分)]10 kleine Japanesen -- by Erst Allgemeine Verunsicherung (EAV)10 kleine Japanesendie loten in Tokio 10 kleine Japanesendie machen niemals krank 10 kleine Japanesenmacht das Loten froh die loten, die loten, die lotenihr ganzes Leben lang *別に日本人の前で歌って気がとがめる内容じゃないけど、"欧州の日本人" の異名をとるドイツ人が歌って小馬鹿にするのはねえ。因みにこのGpはオーストリア出身らしい。[B. いきつけのPizzeria Dal Cavaliere]国鉄(DB)Rosenheimer Platz駅下車 Ostbahnhof方面 徒歩3秒 ここはお薦め。行くべし。食うべし。[C. ドイツの家電量販店の一つ Saturn]サターンではありません。"ざとぅーん" なんです。やれやれですが。2年ほど前に Geiz ist Geil ! の絶叫CFで競合他社からぐっと抜きん出たこの SaturnではバーコードでCDの曲のさわりが確認できるので重宝。
2004.10.13
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