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政府は本当に戦争をしたことを後悔し、500万人余の国民が苦杯を舐めた敗戦を反省しているのかと言えば、はなはだ疑問である。敗戦を終戦とごまかし、立派な形だけの行事をおこなえばあとは知らない。東京裁判で敵国によって下された判決によって数十人が死刑になったが、その責任はどこにあるのか?戦勝国の連合軍が行った軍事裁判ははたして法的に成立していたのか?戦後の放送界も歴史学会もまともな統一見解を出したことはない。個々に思い々のばらばらな見解を述べているだけだ。まさに国家的欺瞞、ごまかしである。他国と比べるのは僭越だが、同じ軍事裁判の被告であるドイツは、連合国が一方的に行ったいわゆるニュルンベルク裁判と、ナチスが自国内で行った犯罪とは切り離している。片や日本は、連合国が一方的に行った裁判の結果をそのまま受け入れ、自国民による自国民への裁判を起こしていない。唯一、東京大空襲での死者遺族が国を訴えたが、国民は国のやることに受忍する義務があるということで却下されているだけだ。また戦死者には年金が支給されているが、一般国民の戦死者には支給されていない。わたしから言わせれば、赤紙もらって招集されて戦死したのと、意思に関わらず敵国の攻撃で死亡したのと、大した変わりはないと思うのだ。国は国民を守る義務があり、この逆もあり得るというのが国の言い分なのである。ドイツは戦没者には手厚い年金を支給しているが、わが国では、いわゆる銃後の守りで国のために戦った(国はこのようにキャンペーンを張っていた)国民は受忍限度内として支給していない。ドイツはニュルンベルク裁判が始まる前から戦争指導者の摘発を検事局が行い、逮捕者は数千人、そのなかに連合国から呼び出された二重被告もいたのである。またイスラエルが戦後建国され、ユダヤ人への虐殺を追求し始め、ドイツもこの行為に協力した。しかしあくまで逮捕と裁判はドイツ国内で行った。しかしイスラエルは重大犯には違法だがドイツ国内から誘拐して自国で死刑にしてしまったのもある。アイヒマンがその好例で、イスラエルの言い分は、彼はドイツにいたわけでなく、外国(アルゼンチン)に逃亡、そこで諜報機関が逮捕したのであってドイツの司法権は及ばないとしている。閑話休題日本は500万人以上の国民の財産、生命を損傷させた罪を連合国のいわゆる「東京裁判」でみそぎは済んだと考えているのだと思う。しかし東京裁判はわたしから言わせれば違法であり、全部事後法で成立しているのだ。連合国から裁判の結果を遵守するように指示された日本はそれを汲々として守り、もっとも大切な時期、終戦後直後の混乱期に最も必要だった旧軍将校たちの力を借りなかった。これがまず第一の失敗である。被占領された日本で軍隊は解散させられ、連合国の庇護に入ったからである。また戦争犯罪人とは敗戦国だけにしかいないのではなく、戦勝国にもいたはずである。例えば海軍関係者の戦後の著書によくある、撃沈された日本艦艇の漂流者を機銃で射撃した水兵、沖縄での戦闘で村落に放火して出てきた住民を射殺したなんてエピソードも検証されなければならない。またどさくさに紛れて逃げ遅れた満州での日本兵を拉致して重労働につかせた罪などは事後法でなく、れっきとした国際法で裁くことができる。8.15以降のソビエトの不法侵略もまた戦争犯罪である。また日本への航空機による爆撃は一般人の殺戮を禁じたハーグ陸戦条約にも違反している。これら一連の連合国が行った日本に対する戦争犯罪の可能性もまた検証されなければならない。また日本国民は自国が被った戦争の被害を他国だけのせいにせず、自国民にもまたその原因はあるという考えをもって、「自国民に対する犯罪」と「敵国民から被った犯罪」とを追及して初めて公平な国と言えるのだ。馬鹿の一つ覚えのように繰り返す戦没者慰霊行事はこれらの考えをもってすればまた違うものになるだろう。慰霊行事で語られるコメントは主語があいまいで誰が悪く誰が被害者なのかわからない。よく「戦争反対!」などが叫ばれるが、戦争そのものは行為であって全く無意味なスローガンである。言いやすいスローガンは言い換えれば全く無意味なものでしかない。主語と目的語を明快に我々は戦争を非難しなければならないのだ。かさねてそうなれば今の国民が遭遇している他国からの軋轢や脅しなど、また違うものになるだろう。日本人が国際的に堂々とできず、米国のプードルなどとされている現在、すべて戦後の処理のまずさから来ている。きちんとした自覚と歴史解釈があれば、日本は世界からも尊敬され、素晴らしい国になっていただろう。「自国民が自国民に対して行った戦争犯罪」についてはまたの機会に書きます。
2023.08.17
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ビッグモーターのでたらめ経営、ブラック企業の体質があからさまになったが、同時に損保会社とのなれ合いも表面化したこの頃、別な疑問もわいてきた。街路樹ってほんとに必要なのか?ということだ。そりゃないよりはあったほうがいいということもあるだろうが、まず欠点を上げると1.定期定な伐採が必要なので費用もかかるし、作業中は交通規制がかかるから危険が増す。2.道路上の看板や標識が見えづらく、これを探すのに視線がさまよって危ない目に合う。3.目的の施設への入出時の左右確認がしづらい。4.害虫や害鳥の温床になっている。反面いいところは恐らく官製で、視線を誘導するとか、街に潤いをもたらすとか、火災時に延焼を防ぐとかいろいろある。しかし延焼を防ぐというよりは、消火活動の邪魔になっている例をしばしばみるし、歩行者ならまだしも、自動車運転者にとってはわたしは邪魔なものとしてしか捉えられないのではと思うのだ。街路樹も素晴らしい景観をもたらすところがあるが、これはTPOで考えることで、すべての道路に街路樹をっ手のは少し短絡、ショートカットではないだろうか。田舎道を考えてみれば、街路樹など一本もない。初めて通る道路などはどこを見て運転するかと言えば、恐らくセンターラインか路側帯だろう。街路樹って必ず必要とは限らないと思う。政府でどっかの大学に諮問してみるのも手ではないだろうか。これでかなりの予算が浮くと思うのだ。外国の歴史ある道路のマネをする必要はない。
2023.08.06
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NHKでレギュラーで放映している番組に飲酒しながら鉄道沿線をウォッチングして回る番組がある。酒飲みにはまさに最上の時間と思わせるような筋書きにあふれている。缶ビールを開けてぐびぐびやりながら、景色姿のいいところで降車、周囲の飲み屋、または酒蔵を訪ね歩くという内容で、あちこちの特徴ある地酒を紹介しているのだ。俗にいう「呑み鉄・・・・」というタイトルの番組で、まさに主人公は番組のあいだ中飲みっぱなしというやつである。日本以外にこんな番組を作れる国ってそうはないはずだ。中近東ではおおむねアルコールは禁止、外国人は特区で飲酒できるだけで、自国民から隔離されている。完全に酩酊を罪とする宗教も考え物であるが、わたしは日本という一応先進国と目されている国が、この飲酒習慣についてはまず野放しとなっていることに違和感、不快感を覚えること久しい。わたしは別に酔っ払いを憎むわけではないし、下戸でもない。しかし酔っぱらって他人に迷惑を掛けたり、日頃は虫も殺さない人格なのに、酩酊して狼藉をはたらく酔っ払いを日常で見てきた。酩酊は呑み屋、家庭の中だけにしてもらい、全体的に風紀的取り締まりも強化してもらいたいものだ。常軌を外した酔っ払いが多すぎるのだ。
2023.08.06
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なのでまだ早いですが、わたしが禁煙に成功したコツというか、その一部始終をご紹介します。わたしの数少ない成功体験をご紹介してこれからしてみようかという方々のご参考にという感じであくまで軽く行きたいと思います。禁煙前は20本入りメンソールタバコを一日平均50~60本吸っていたわたし、帰宅するときには必ずポケットに手つかずのタバコが二箱はないと何か落ち着かなく、近所のタバコ屋の叔母さんとは顔なじみ(そのうち自販機に代わったが)になり、サービス景品をいろいろもらったりしました。例に寄って喫煙者の常で、車のガラスはやにでベタベタ、においは染みつき灰皿は満タンです。あの頃はガソリンスタンドも灰皿掃除はルーチンでした。職場では今では考えられませんが、デスクの上にそれぞれ灰皿があり、女の子が掃除するのが役目、いまでは考えられませんね。それがだんだん外で吸うようになり、誘い合って喫煙する習慣になり、時は経ってとうとう敷地内禁煙と宣言するようになりましたね。時代の変化は恐ろしいものです。価値観の変化はゆっくりとですが、確実に動いているんですね。それでもこんな風潮の中で一社だけ確実に職場で堂々と吸える会社がありました。それは日本たばこです。仕事で打ち合わせに行きますと、玄関、階段の踊り場、しまいには廊下まで灰皿があり、当然ながら事務室内も懐かしい風景で,各々が灰皿を持ち、空気はかすみ、巨大な空気清浄機が唸っていました。事務員さんたちは例外なくマスクをかけて頭にスカーフを巻いている人もいたぐらいです。一見中金h等の人かと見間違うばかりの風景にビックリした覚えがあります。会議室では皆さんマイ灰皿でしょうか、専用の灰皿と資料を抱えてきますし、目の前には接待用の立派なケースに入ったタバコがあり、それを勧められます。そのころはわたしも喫煙者でしたから喜んでいただきました。閑話休題退職と同時に、車や室内が汚れるのは不愉快だし、そのころの値段が220円/箱だから一日660円の節約です。一か月二万円弱の節約になりますから、当然定職がなくなった身としては実行すべきだと思ったんです。ここで人により禁煙の仕方は分かれますが、わたしの場合は誰にも言わずひっそりと実行したということです。よく周囲に宣言して禁煙に失敗する人を見た反動かもしれません。ステルス禁煙はしかも短期勝負に限ります。よく一か月ぐらいかけて毎日一本ずつ減らすという計画、あれはただみみっちいだけなので性格に合いません。わたしの場合、たった一日でやめてしまいました。そのかわりポケットには一箱のタバコとライターを入れておいたのです。これだといつでも喫煙を再開できるという安心感がありました。そしてその日は夜飲み会がありました。周囲は例に寄って喫煙者だらけ、わたしもまた火を付けないたばこをくわえたまま参加していました。人と話すことで禁煙の苦しみを忘れられるかなと思ったのです。もちろん禁煙したことはお首にもだしません。言えば必ず横やりが入るのは目に見えていたからです。また家族をお持ちの方ならあり得ますが、喫煙者がいるとうまく行きません。こっそり禁煙するというのはつらいでしょう。もし自分だけなら無限実行するだけなので簡単です。たとえ家族だろうが言わないほうがいいと思います。変に誤解されたりするとやる気を失ってしまうからです。さて飲み会が終わって適当に酔っぱらい、騒いで帰宅するとそのまま寝てしまい、次の日目覚めると前の日煙草を一本も吸わないで済んだことに驚きました。なお同時に満足感というか達成感が再び吸いたいという欲望を打ち消してしまったようで、そんなに吸いたいと思いませんでした。これがコツかな。つまり禁煙最初の一日はわざと忙しくして、ヒトの渦に入り込んでしまい、ぐずぐず考えないことかと思います。行ったことのない観光地へ行くとか、好きな映画を見るとか、デパートに行くとかなんでもいいから人ごみに入ってしまうことかと・・・列車の客席に乗って車窓を眺めるのもいいのでは?誰もあなたが禁煙しているなんて思っちゃいないので至って気楽なものです。また心理的に自分なりに評価しますと次のようなことが成功した原因になっているかと思われます。まず遠大な希望を持たないこと。タバコを節約すれば一か月でいくら貯まるから何々を買おうとか、貯金をして、車を買って、なんて目標を一切持たないことです。なぜならいつでも禁煙なんて解除できるというお気楽根性が大切だと思うのです。よく禁煙すればいろいろな方面で利点があると言われます。しかしそんなものは自分が体験して初めてわかるもので、最初からそんな絵に描いた餅を期待して禁煙などしないほうがよろしい。それは禁煙して一年二年とたつうちにだんだんと自覚してくるものだと思います。禁煙したってすぐにがんになって死亡した人も知っていますし、最近人の吸うたばこの煙の薫りが魅力的で、また吸い始めようかなあなどおもったこともあるのです。タバコとおさらばして13年になりますが、やはりたばこの煙は魅力的なものがありますね。ときどき無性に吸いたくなる時があります。ただし今のタバコの値段を見たらとてもじゃないがぜいたく品で手を出しようもなくなっていました。もう少しこのまま禁煙を続けてみようというのがコツかと・・・・あと何年生きられるかわかりませんが今から喫煙再開したって大した健康害にはならんと思っています。そのぐらいのスタンスでいることが秘訣かな。
2023.04.11
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あまりにもボケたタイトルですが、正直に世間で言う「暴力」を考えてみた。わたしなりにである。夫婦間の暴力、他人への暴力、理由はともあれれっきとした犯罪となるのだが、最近はネットでの裏バイト募集がおこす強盗で誰でも暴力を行使して若者が簡単に暴力を振るう機会が多くなったのは衝撃的である。しかも友人や家族には手など上げたことがないという若者がである。「暴力」は昔から悪いこととされてきた。なぜかといえば自分の欲望をかなえるためにする力の物理的行使であり、国家間の戦争と同じ理屈なのだ。しかし暴力は映画でも漫画でも小説でも見られ、人間の本能的な当たり前の行為として描かれている。暴力がここでは正当な出来事として描かれているのがほとんどで、やむを得ない力の行使または相手の暴力に対する正当防衛ということが原則となる。わたしは小さいころから友人がちょっかいを出したりしてもケンカというものをしたことがなく、避けていたほうだった。いじめを受けたことはあったがその意味があまり理解できず、深刻に考えることができなかったためかあまり不愉快な思いをしたことがない方だったように思う。現在まで人に暴力を振るったことはないし、世間でよく報道される夫婦間の暴力やケンカなどは経験がない。暴力は性に合わないのだろう。というよりも暴力を振るえばあとで仕返しが来るだろうし、なによりもその人に恨まれるのが嫌だったし、また女性だったら自分を嫌いになってしまうだろう。これを恐れたのだ。それでも相変わらず暴力はスクリーンやコミックで正々堂々描かれている。暴力礼賛のネタがたくさん世の中にあふれている。この矛盾はどうしたもんだろうか。法学のまず最初に謳われるのは、なぜ犯罪に対して刑罰があるのか?という理由は、個人それぞれが暴力に対して対抗手段をとるということは、個人によりバラバラな対応で、これを勝手にやっていたら収拾がつかなくなる。ある人は機関銃を持ち歩き、ある人はそっちが機関銃を持っているならこっちはバズーカ砲だなど漫画の世界になってしまう。米国などはこれに近いのだろう。アクション映画はだいたいこのあたりの掣肘合戦になっている。国が警察力を使って国民が平和に社会生活を送れるようにするのが基本で、個人の武装は国によって違うが、もし個人にいわれのない攻撃が加えられた場合は法律で国がそれを処罰することになる。我が国などは武器の所有は認められていないので、世界一治安が安全な国として知られている。お上にすべてお任せである。閑話休題、つまり暴力とはいったい何なのか、それを訴えたくて拙文を表したが大した答えにはなっていないな。
2023.04.10
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「鎌倉殿の13人」終わりました。見ていたわけではありませんが、源義経を殺すために起きた奥州征伐のくだりは、東北が現代にいたる千年近い間他地方に比べて文化的にも人材的にも劣る地方として扱われることになりました。人口は少なく気候も厳しいという土地で、産業や文化の勃興するはずもなく、唯一中央に比肩した藤原氏は哀れ義経の巻き添えを食ってしまった格好です。藤原氏の滅亡以降、日本史から東北はほとんど抹消されたと思う。高校で習った日本史の教科書もそんな感じだったように思います。それから東北は歴史的に数百年後再び戊辰戦争を経験し、薩長の支配下にはいり、山県有朋によって「白河以北一山百文」というレッテルを貼られてしまいました。また薩長政治のなれの果て八紘一宇と言われた東南アジア征派事業では、多数の荘丁を満州に送り込み、挙句の果てに荒野に迷わせたという土地柄、2022年の今これをやっと覆す高校野球の優勝旗が白河の関を超えたということでお祝い騒ぎをぶち上げた東北、このことは見方を変えればニヒリズムと言うか自ら蔑視されていることを認めているということにもなります。ある農学者は、明治の北海道開拓に異論を唱えると同時に、東北を「日本のスコットランドたれ!」と檄を飛ばしました。当初は政府も東北をまず整備してそれから北海道という地勢的には正しい方針だったが、ロシアの干渉で北海道優先に切り替えた。福島県猪苗代湖からの「安積疎水」を皮切りに始まった東北への投資は中止され以後北海道に集中したのはあきらかです。東北は余りにも広すぎた(スイスよりもオランダよりもひろい)地域同士につながりが薄く管理しにくい今でもNHK東北のニュースで青森の名産品や温泉を福島の人間が見ても行きたいとは思わない。あまりに遠いから。飛行機でもあればいいがそれもない。具体的に上げると1.地勢的に東北は外国とのかかわりが浅かった?気候も厳しく海も荒れ気味で朝鮮、中国などとの往来には向かない。かといって半年のあいだ氷に閉ざされる北海道、北日本周囲の大陸側は往来極めて寡少だった(せいぜいロシア人がたびたび干渉していた)2.気候が峻厳で人の往来が少なく、交流できる時期が他地方に比べて少ない。ということは学びの場も少ないので、知識のレベルが低く、官の言いなりになるしかなかった。3.明治初期の戊辰戦争での敗北(会津藩)とその後の政府の東北蔑視最後に実体験を話しますが、安積疎水ってそんなに必要だったのか?ということです。水田に水を引くだけなら阿武隈川があったし、また中町、駅前周辺の土地は1mも掘れば地下水の水面が出ます。水質の問題などあったかもしれませんが、安積疎水の目的はほかにあったと思う。要するに敵性地帯だった東北に西側の人間を移住させてガラガラポンする民族混和政策だったと思われます。敵性人間同士でも婚姻が進み、世代が変われば感情的には融和されますからね。そのため、郡山市内の郊外には水田の一角に墓地が作られ、異様な光景を醸し出しています。鳥取、久留米、博多、鳥羽など移民部落ができ、地名は今でも残っています。最後に「東北」という言葉がいかにイメージを損なうかという実例を紹介します。栃木県は数十年前に県内を縦断する東北本線を「宇都宮線」と名称を変えました。これに東北六県を代表して福島県佐藤知事は抗議しましたが、栃木県知事はおかど違いと言うことではねのけたという経歴があります。確かに自分の県内ぐらいは県が自由に名称を付ける権利があります。ただ東北新幹線は名称はそのままで栃木県内を走っています(笑)そのうちこれも名称を変えてくれってJRに抗議されるかも・・・東北が明治以来の被差別を解消する方法は残念ながらないと思う。いちばんいいのは東北人自身がこんなひがみやあきらめを持たないのが一番いいと思います。もし差別的発言や扱いを受けたらその場で断固抗議するぐらいの気構えは必要です。
2023.02.24
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BS各局で映画を再放送している。昔の評判の映画や最近封切られたばかりの映画も放映するときがある。時が経っていない映画は恐らく再配給できない興行成績しか上げられずにネットワークに売却されたのかもしれない。テレビで見る映画の扱いの便利なところは、録画しておいて後で見ることができる点である。落ち着いて鑑賞できるので、作品の細かいところがよくわかるのだ。小津監督の作品が一挙一週間にわたって放映されたことがある。「東京物語」かっら始って「秋刀魚の味」まで小津監督の代表作である。東京物語に出ていた女優原節子のセリフの言い回しが、秋刀魚の味の岩下志麻と全く同じと言うのには気づかなかったが、これも連続で鑑賞したからこそだろう。女優に全く同じ演技指導をする監督、岩下は恐らくだが原の言い回しを何度も聴いて練習したに違いない。小津の演技指導はこまかいことで定評があるそうだ。エピソードに有名なのがある。どうしても彼がOKを出さないシーンがあった。何度も繰り返させられる女優が思い切って理由を聞くと、まばたきするタイミングが異なっているとの指摘。これは小津自身にも最初わからなかったそうだ。なぜ自分がこの演技を気に入らなかったのか。何度も彼女の演技をやり直させているうちにわかったそうである。このような監督の偏執的な演技指導のせいか、彼の作品は独特の小津ワールドと言われるまでに共通したものがあった。しかし反面、リアリズムを追求する点から行くと彼の作品は評価が分かれていた。安心して見れるのが小津監督の作品で、それ以上のものはなかったようだ。見事なまでに共通の各作品のかたちは、まさに上演回数を誇る演劇のそれとも言うべき精度まで練り上げられていた。見ようによってはマンネリであるが、何となくもう一度見たくなるような味を持っていると思う。もう一つの彼の作品の特色は、別な意味でのリアリズムである。家族や友人、恋人間の出来事をきれいごとで描かず、本当にありそうな筋書きで物語は流れていく。しかし、映画の中の登場人物、とりわけ女優さんたちの美しさを引き出すテクニックは素晴らしいと思う。前述したところのまばたきのタイミングはまさにそれに違いない。リアリズムと登場人物の非現実的なありようこそ映画の魅力で、小津さんはそのあたりを引き出す名人だったのだろう。往年の名監督と言われる人は、最近のリバイバル風潮とあいまって,大した作品でもないのにほめそやされたりけなされたりと、口やかましい評論家たちの材料である。しかし、この人の作品なら劇場に行ってもいい、安心して人に勧められるというブランド感こそが映画人の骨頂だと思うのだ。映画だけではなく今の評論家たちは作品をじっくり味わうこともなく、ネットを検索して他人の嗜好を仕入れて自分なりにアレンジするものが多い。それはそれで悪くはないが、まず鑑賞する姿勢が大事だ。
2022.12.29
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いま二人の人物がマスコミににわかに浮上した。一人は安倍元首相狙撃犯人の山上徹也、もう一人は小川さゆりさん(仮名)である。山上の犯罪はまわりまわって犯罪実行に至る動機のひとつであるある反日宗教団体の実態をさらけ出し、また小川さんはその犠牲者のシンボルとして連日のごとくマスコミに登場している。前者の犯罪動機はある意味達成されつつあると思うし、また殺された安倍前総理の生前の実態を暴くことにもつながると思うからだ。二人のつながりは山上の犯罪がきっかけで、後者小川さんはいまや国会にも招致されて参考人となり、まさに反宗教団体排斥の旗手的存在、それらの動きは安倍の生前の疑惑ともどもいい方向に向かっていると思われる。狙撃犯山上徹也の犯罪は結果として稀なことだが、日本社会の暗部を照らし出した。それと引き換えに安倍総理が生前に生んだとされる数々の疑惑と帳消しになるとすれば、悔しい話である。死人に口なしで、岸田政権も安部が死亡しているので、生前の行いに対しては調査は難しいと明言している。警察畑に任せた方がこんな場合はうまく行くのではないだろうか。被疑者が死亡しても犯罪調査はほとんどが整然と行われるのが常、政治家たちは犯罪捜査のプロではないので、政治家の犯罪はやはり警察、餅は餅屋だろう。小川さんのマスク姿で時折見せる落涙の風情は日本国民を十分に教団憎しの感情を湧き上がらせた。湾岸戦争時の重油にまみれた水鳥の映像はイラクを世界の悪役に仕立てることに成功、図らずも今回この宗教団体を悪者として定着させることに貢献したのだ。善良な信者たちは戸惑い、心のよりどころを失ってしまうのは目に見えている。このあたりはほとんど何も考えていない野党の議員の浅はかさが残念ではある。恐らくだが、犯人山上が長期間観察と言う名目で世間から遮断されているのは、彼の供述はそのまま安部元総理の悪行を暴くことにつながっているのではないだろうか。これを当局は恐れているのかもしれない。
2022.12.10
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ジャズ喫茶に通い出したのは浪人しているころからで、かれこれ半世紀前である。お茶の水や新宿といった駅周辺には多数のジャズ喫茶があり、隆盛を誇っていた。何処々の店はJBLを真空管で鳴らしているとか、いやこっちはタンノイの同軸だとか、ジャズファンとオーディオマニアが共通して通っていたころだ。延べてコーヒーはまずいし、普通の店よりも高い。善意に解釈すると、レコード代が上乗せされているからだ。わがふるさとにも3,4件あり、学生や若い人たちで混んでいた。それが昨今は全く入らない。閉店する店も続出して残っている店は貴重品存在となってしまった。隆盛を誇っていたころは、住宅事情がとても大音量で鳴らせる環境ではなく、せいぜいがラジカセで聴くしかなかったから、大音量を競うジャズ喫茶に客足が向いたのは当然である。店主の特徴はまず不愛想で客商売にはほど遠い人たちだ。客と言えば常連客はじっとひたむきに腕組みして大音量に耐えていた。まるで禅寺の修行僧のようだった。互いに人定めをするように客と経営者は無言で対峙していたのだろう。不愛想な理由は、ジャズ喫茶の経営者ではあるが、同時にジャズの愛好家でもある。いわば好きなものを仕事として、生業としている幸福な人たちだから、ある意味では喫茶店のプロではない。コーヒーの味は二の次で、音質とレコードの在庫で勝負する異質の世界である。このアマチュアリズムがなければジャズ喫茶などできるものではない。しかし逆もまたしかりで、ジャズの知識がそこそこでもジャズ喫茶をやれば当たると知った店主がいて、彼は愛想もいいし、客の入りも悪くはない。ただし、くるお客さんは一般の人たちで、岩や売るジャズファンではないのだ。ジャズを流行ないしファッションとして受け止める人たちが多いのだ。生演奏つまりライブで客を引き付ける店主にはこのタイプが多い。面白いことに、地方では中央よりもライブの入りがいいのだ。理由は生演奏はレコードに勝るという客が多いのである。これもまた地方ならではの理屈で、アマチュアバンドの演奏でもレコードで聴くプロの演奏よりも有難がる人は地方に多いのである。プロに徹したジャズ喫茶またはライブハウスの店主は、店が内容と音質さえ良いジャズをかけていれば客は来るとは思っていない。それだけではない要素、例えば視覚と実在の人間が出す音が客を呼ぶということを知っている。このあたりがアマチュアとプロの差なのだ。一般に全国的に有名で雑誌にたびたび取り上げられるようなジャズ喫茶は閑古鳥が鳴いていることが多い。赤字でも社会的に存在していることが使命だと頑張る店主はそれだけで店を切り盛りしている。喫茶店は一つの文化と言えるが、ジャズ喫茶はそのなかでも極端な最右翼だろう。マスターたちは個人的な趣味を他人に啓蒙しようとして儲からなくても頑張っている。初めて店を訪れるあなたは戸惑うだろう。しかしそれはあなたに気を使わせまいとしているだけなのだ。個人的な優越感もちょっぴりあるかも。常連客は冷たい視線をあなたに浴びせるが最初だけである。話しかけられるのを嫌がるのがジャズ喫茶のマスターである。口下手なのがジャズ喫茶のマスターである。大音量の中では手話をするのが妥当かも知れない。
2022.12.08
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わたしは日頃着信するメールがわずらわしくて、ろくに中身を確認せず次々と抹消してしまうのだが、中には怪しいメールがある。大手通販業者を装って「注文したこともないスマホの最高機種が不在のため持ち帰ったので次の電話番号に連絡してくれ」と言う内容がいちばん多い。ためしに一度だけ電話してみた。そしたら明らかに東南アジア系のアクセントで話す男が出た。そこでこっちも日本人でないふりをし、「あなたの言っていることはわからない」と応酬して電話を切った。そんななかで、知人がフィッシングにあったらしい。23日に着信した宅配業者からの会員再照会の内容に、不用意にもID,パスワードを入れてしまったらしい。そしたら即日送られてくる支払い一覧に行ったこともない観光地で買い物したという明細があり、金額は八万余、さっそく携帯電話会社に被害の内容とID、パスワードの変更をお願いした。その際にわたしもわきに控えてモニターしていたのでこの会社の対応がリアルにわかった。時間は窓口閉店時間ギリギリの八時前だったが、まず落ち着いた声の男性が対応し、丁寧に筋道を通してわかりやすく教えてくれた。警察への被害届の出し方もこれまた手を取り足を取りであった。時間にして約40分、閉店時間を過ぎているにもかかわらず、携帯販売会社の対応によくある「鼻でくくったような」対応とは大違いである。続いて係が変わり、今度は被害の実態を聴取する話になる。今度は女性で、関西訛りだが明快な発音でいろいろ聞いてくる。犯人は常習犯らしく、釣り上げた魚は一度だけ少額で取引、深追いはしないらしい。しかもサーバーはアメリカ経由で観光地の通販を通じて物品を購入し、メルカリあたりで裁くらしい。ここまですぐにわかるのだから大したものだと恐れ入った。われわれの日常のネットでの動きなど手に取るように彼らにはわかってしまうのだろうと逆に怖くなった。それにしても被害者がある程度のスマホとパソコンの知識があったから会話も両者合わせて一時間以上のやり取りをすますことができたが、これがごくフツーのオジサンオバサンの類だったらこうはいかなかったろう。夜九時ごろまでの時間、仕事とはいえ丁寧な応対は心底ストレスがたまるだろう。二交代制なのだろうが、このような仕事をする人たちに支えられて携帯電話屋は成り立っているのだなあと感じた。縁の下の力持ちとはよく言ったものだ。まさにネットの世界は魑魅魍魎、不法地帯です。不明な物には触らない、これが鉄則で、そのまま削除しましょう
2022.11.03
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ソビエト時代はいわゆる「ソ連」と呼ばれていて、韓国の旅客機を撃墜したり、世界のあちこちで核をちらつかせて脅したりと、とにかく昔から悪いイメージしかなかった。しかしロシア人は別で、旧ロシア時代の文化は世界でもリードしていたように思う。文学や音楽のジャンルで独特の曲がりくねった厳寒地方の閉鎖的な考えと言うか醒めた思考と言うか、独特の地位を占めている。ロシア人が今の世界の文化に貢献したのは民族として最大ではないかと思っている。今の映画音楽の基礎は共産党支配になってから自由諸国に亡命したロシア人作曲家の影響大だし、これまた国外追放になったソルジェニーツィンとかピアニストのブーニンとかが著名である。もっとも自由諸国の戦略で、ソビエトを忌み嫌うこれらの文化人をこぞってほめそやしてノーベル賞だの国際的ピアノコンクールでの優勝などを演出した可能性はある。いまでもノーベル賞は中国で収監されていた作家や思想家に賞を送ったりしているから恣意的なところはあるのだろう。純粋な(ソビエト)人として世界的に有名なのはショスタコビッチぐらいではないかと思う。彼の交響曲は確かに有名だが、それは純粋な芸術作品としてではなく、ソビエトと言う特殊な国で生きるために彼が悩んだ末の作品としての研究対象としてではないかと思う。彼のファンには恐縮だが、彼の作風はとにかく勇ましく、それいけドンドン式行進曲風が多い。評論家が言うところの「共産党ににらまれないための工夫」が隠されているというのもなにか重すぎる。わたしなどは「自由諸国をやっつけるテーマソング」としてソビエト当局に歓迎されたのではないかと思っている。人間の悩み、葛藤、喜びなどを体験できるのが芸術鑑賞の楽しみだと思うが、彼の交響曲はナチス時代ににさかんに発表された政権礼賛美術や音楽などと同列にあると思う。閑話休題ロシアのウクライナ侵攻は、近代まれに見る蛮行であり、プーチンと言う愚劣な一人の人間が起こした犯罪だが、彼を生んだロシアという国はまちがいなくわたしの中ではイメージダウンでしかない。ヒットラーと同列に評価される人間であることは間違いない。まともな人間ではない指導者に率いられる国民ほど哀れなものはない。
2022.10.30
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Z世代とかX世代なんてアルファベットを憶えるのは若いころだけにして、新世代と言ってしまう。就職したばかり、社会人新進気鋭の世代を指すことにする。変わったと思うのは、彼らはイメージでまず入る。形からと言ってもいいだろう。そのためには見た目カッコよくなければいけない。時々乗る電車の車掌さんと運転手のペア、アタッシェケース(というのか書類カバン)を引っ提げて男女ペアで乗り込んでくるが、その制服のかっこいいことは昔の国鉄の油臭いイメージはない。ローカル線でもアナウンスが中央の録音で流れるし、ネイチャーの車掌さんのアナウンスでも流れるのでかなりしつこい。常連客にはしつこいかも。わたしは電車通勤をとぎれとぎれにしかやった経験がないので、定期で通勤することにあこがれていた。駅員がパンチャを入れないで済む目視通過と言うやつである。今は外見では定期か単発かわからないからつまらないのだ。よく空港で見かけるパイロットとスチュワーデス(いまはCA)がトレーラー付のトランク押してさっそうと歩くのがかっこよかったがあのイメージを電車にも流用したのだろう。形で入るとは服装、装備でそれらしくなることで、昔は3K(かっこわるいきたないきけん)と呼ばれた建設業も、装備が発達してきたため、三点式のハーネス、ドイツ軍のようなヘルメット、腰に手りゅう弾ならぬ工具類をジャラジャラさせて足場上を動いている。親父を見直したなんて話もあるかっこよさ、昔は「俺たちゐなきゃ橋も道路もできゃしねえ」何て開き直って焼酎煽るイメージだったが、いまは後継者不足もあり、後進を育てるのに業界も必死で,まして見て覚えろなんてのはもう落第である。鳶の昼休みと言えば、あかたんあおたんの世界だったが、いまは他人との接触は仕事中だけでひたすらマイカーの中でお昼寝と言う健康志向である。悪い意味での職人が減り、だいぶ建設業もソフティケィテッドされてきたようだ。我々は職業を最も高い位置に置き、家族を喰わせる手段としてストイックに捉えていたが、今の世代はその区別は薄く、両方とも切っても切れない両立するものとして受け入れているのだろう。昔のような悲壮感は余りなく、世の中転職をもたやすくできる風潮に代わった。子育ても仕事も同列で、イクメン休暇などは役所が先導してやっている。労働者にとってはまことに働きやすい職場になったものだ。残業などは上からの命令がなければやらないし、ましてサービス残業などはお断り、と彼らの額には書いてある。上司がスパルタ教育をしようものなら、その上の上司に訴えてやめさせることもできるし、またその件数は増えている。でもわたしなどは心配する。これで日本は大丈夫か、GNPは下がらないのかというより世界的な位置づけは下がらないのか?中国やキタチョーセンあたりの圧力に負けないだけの軍事力と米国の勝手押し付けを跳ね返すだけのパワーを政治家は持ち得るのか?自分だけが良ければいいのだという考えももちろんある。しかし先進国で暮らす幸せな人間は毎年微減して今や20%を切っているそうだ。残り80%の人間は到底今の日本人には受けいれがたいレベルの暮らしを送っている。いまのレベルを落としてもいいのだという人は皆無だと思う。それでいてなおかつ荒唐無稽な公約を堂々と発表して平気な政治家もいるのだ。また新世代人間の均一化というかマニュアル化には辟易するときがある。まずオペレーターと言う人種だが、言葉遣いは慇懃ながら無礼千万、最後に必ず「最後にご質問は?」とくるので、聞きたいことがなくなったから会話終了だよと言う。決まりきったことが不自然に途切れるのだ。なぜあんな取ってつけたような定番のフレーズが出てくるのだろう。また飲食店などでも全く同じフレーズが違う店の店員から飛び出すのには呆れるを通り越して笑ってしまうときがある。マニュアルしか覚えていないのだから、こっちが少しでも外れた応答をすると困惑するのもこの世代の特徴だ。「お名前を頂戴できますか」にはわたしの「名前くれたらなくなっちまうからいやだよ」と冗談100%のレスポンスも彼らは小パニックを起こしてしまうのだ。せっかくの冗談を理解する余裕もないのだろう。それはそうと、この冗談は意外と使える。銀行窓口、カードの問い合わせ、店舗や役場での各種申し込みなどだが、客の名前を聞くときのセリフに使えるのだ。黙り込んでしまう人とおおらかに笑ってくれる人がいる。当然後者の方が望ましいと思う。マニュアル化の目的は当然ながら客応対、品質管理の均質化だろう。しかし人によって大きな違いがある。棒読みそのものの無味乾燥の人も、マニュアルとは思えない自然な応対の人もいる。こんな風潮の中だが、たまには目の覚めるような接客をするスーパーもある。バックヤードの扉があくや否や「いらっしゃいませ」の連呼をする店員がいる。すると他の店員さんもつられるのか「いらっしゃいませ」を言うようになるのだ。なかなか考えているものだ。本来なら客応対能力がスバ抜けた人ばかりならマニュアルなどいらないのだ。いつの日も基本は「いらっっしゃいませ」です。
2022.10.17
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ハワイの王様は、実際に日本に保護を求めたという事実があるようなので、オアフ島の港湾を日本が租借するということで二枚目が始まります。米国太平洋艦隊はまだ創設したばかり、西海岸にはろくな港湾と造船所がなかったため、ほとんどの艦船は右回りでアジアと往復していた。アメリカはどうしてもハワイに港湾を確保し、同時に西海岸を太平洋航路の拠点として整備したかったが、日本に出遅れたことにします(汗)史実通り勃発した日清戦争は台湾併合とともに終了し、日本は遼東半島を租借地とした。英国の後ろ盾もあって、三国干渉は不調に終わり、日本は大連、長春などを手中にして満州経営の基礎を作ります。1898年、史実通り米西戦争が起きます。ここが大事なところで、日本はこの戦争に介入し、台湾保護を名目にマニラに進駐します。陸軍を敏速に輸送できないアメリカ軍は日本に対してフィリピンの統治を委託、スペインと休戦します。同時に日英同盟を締結、世界の最強国英国と同盟したことでアメリカの太平洋での影響力は薄れ、ハワイ諸島とフィリピンは日本とアメリカの共同統治となります。ここで実際の日米の太平洋戦略の違いを考察してみたいと思いますが、日本は長い惰眠から目が醒めて周囲の状況がやっとわかりえたのが19世紀末、アメリカは米英戦争と南北戦争を経て西部開拓史の世界、日本は大陸に気を取られて太平洋という資源には全く触れることができなかった。西欧に対して出遅れているアメリカは西海岸に達した勢いでそのまま飛び地のアラスカを入手、その勢いでアリューシャン列島を島伝いに子供の陣取りのように伸ばし、太平洋の北端を抑えたわけで、この勢いは続く米西戦争で決定的になったと思うんです。妄想年表では、この米国の勢いに新興国の日本が英国の助けを借りて横槍を入れると言うのが基本です。英国だってただ好意で日本を援助したわけではないが、それを単純に信じたという日本人の真心はある英国人には理解された形跡があります。造船所や砲の製造メーカーのような国防上重要な場所に素性も知れぬ日本人を出入りさせたのは、日本に融資したユダヤ系の金融筋だった。人種間の争いに全く白紙だった日本人が欧州の人間たちに新鮮な息吹を感じさせたのは確かです。妄想年表に決定的まちがいがあるのは、日露戦争の賠償としてロシアがアラスカを日本に割譲と言うのは時系列的に間違っています。1860年代にアラスカはロシアからアメリカに売却されていますからね。20世紀になってからの日露戦争の賠償でロシアから取れるはずはありませんね(汗)ただ日露戦争は英国以外の白人社会を中国から締め出すのに大いに貢献したのは間違いないです。 史実では世界の強国の仲間入りした日本は、中国に深く浸透して米英の資本を脅かしたためにドイツと手を結んで対抗する策を取り、ヒットラーとともに自滅しますが、妄想年表では英国と手を握って米国のアジアでの覇権を一掃します。ロシアからウラジオストックと尼港を入手した日本は日本海、東シナ海の制海権を手に入れ、片や英国は第一次大戦で負ったアメリカへの債務を日本と連帯保証として帳消しにするために対米戦争となり、フランスとともにカナダに進駐、アメリカは日英仏の三か国当時となります。(そんなバカな)さらに三枚目を執筆中です。
2022.10.13
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国内鉄道が敷設されて150年経ったのだそうです。これを記念して畑違いの評論家たちが盛んにマスコミを通じてどうでもいいようなコメントを発表している。脳科学者や医者がアマチュアリズム丸出しで楽しそうにしゃべるのもまた勉強になることがある。その中で、あるジュンキョージュが、もし新橋~横浜間の鉄道が敷かれるのがもっと遅く、緩やかに国内の産業が成長していたらどうだったか?というIFを呈していた。だれもこの事を受けて話したものはいなかったが、本人は大まじめで、鉄道が日本を後進国から脱却させるきっかけの一つになったわけで、そのために日清戦争、日露戦争に続き、大陸に進出して大東亜戦争と太平洋戦争で破滅を招いたという解釈で、富国強兵が成り立っていなかった日本がどんな道を歩いたか見てみたいとの主旨だった。わたしは大いに刺激を受けて彼の発想とは真逆の「もし日本が明治維新をやり遂げず、徳川幕府のままだったら・・・」を空想してみた。Gさんここに夢想極まれりという歴史ネタですが、お付き合いください。題してIF年表です。これはだいぶ前にFACEBOOKに投稿したが、どなたにも反応していただけなかったものです。性懲りもなくまた持ち出してみました。少々長くなるので一枚ごとに解説をします。すべては孝明天皇が暗殺から逃れて存命だったというところから始まります。1863年暗殺未遂事件の犯人逮捕を命じられた会津藩はただちに三条実美ら7公卿を逮捕して死刑に処します。これをきっかけにして孝明天皇の会津藩に対する信頼は不動のものとなり、以後藩主松平容保は天皇の懐刀と呼ばれるほどの権威を持ちます。翌年(1864年)会津、薩摩の連合軍は錦旗を擁して長州に進攻、これを直轄領とします。不穏分子とされていた坂本龍馬は新選組(会津藩の諜報専門部隊)に暗殺されます。1865年)孝明天皇の命により、一斉に廃藩置県が行われ、新選組が仕組んだ罠によって旧薩摩藩、佐賀藩の藩主、家臣たちは逮捕され、武器隠匿、抗命の罪で逮捕されます。両藩は特別地域として会津藩の管理地となります。その後、孝明天皇は会津藩兵の護衛で会津に入り、会津遷都とともに鎖国政策を正式に廃止、英国、フランスとまず国交を結びます。陸海軍の創設とともに将校の養成学校を作り、英仏から講師を招聘します。旧藩校は大学に昇格し、いまの国立大の基礎となります。同時に年号は廃止され、西暦を使うことが決まります。初代総理大臣に選ばれた松平容保は、長い鎖国政策の非を改善しようと、薩長土肥から人材を集め、対外政策にあたります。国内のインフラは外国に派遣した留学生、招聘した講師などによって農業、土木、建築などの基礎がまず整備され、行政は7つの区に分けられます。政治の基礎である国会中枢は江戸に置かれ、実質的な首都になります。対外的に日本が積極的になった最初の件は英国の香港租借に倣った朝鮮半島の釜山の租借であります。続いて太平洋のハワイとの友好条約、英国を最恵国待遇として祭り上げ、仏、露、米、独などをけん制して日本は経済的にも軍事的にも文字通り「富国強兵」の道を歩みます(汗)
2022.10.12
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柳田国男風に書くと、いまちまたで流行るもの、統一教会とコロナとウクライナ、この三題でマスコミはしばらく飯を食える。コロナは社会問題としてではなく純粋に公衆衛生の問題だから、わたしの言いたいことから外したい。ウクライナも一部の狂った指導者の問題だから外したい。となるとやはり旧統一教会を考えてみたい。わたしなりに今までの報道を見聞きして判断すると、まずこの団体が宗教というよりは、日韓関係の軋轢で生まれた一種の圧力団体だということだ。最初は反共団体として日本の政治家に近づき、そのまま定着、いまこの団体はなんと韓国の反日団体と深くかかわっているということがわかってきた。情報の出どころはわからないが、韓国を植民地化した日本はエヴァ国家(賠償する側)であり、韓国はそれを享受する側のアダム国家だといかにも宗教受けするような言葉を使ってその本質をさらけ出した。となると、反共の仮面をかぶっていたこの似非宗教団体の正体を見破れなかったというか、無関心だったというべきか、ただ利用するだけしていた日本の政治家の狡猾さと無能さ、また利用されるふりをして実は日本の政治中枢に深く入りこんでいるこの団体やおそらくバックについているだろう韓国当局の能力にはただ驚くほかはない。旧統一教会の一連の報道のきっかけになった、銃撃事件の被害者安倍晋三はなんとおよそ一年前にこの団体の集会にビデオメッセージを寄せていたというのだ。やはり安部の政治感覚は狂っていたとしか言いようがない。引退後とはいえ、自分の影響力がどのぐらい残っていたかなんては恐らく考えも及ばなかったのだろう。軽率なやからではある。狂っていたのは彼だけではない。日本の政治中枢にある政治家、特に与党の感覚は全く政治家としての基本である清廉、公平、不動の姿勢が見られず、首領岸田に至っては安部政権の踏襲に過ぎず説明しない、できない、聞くのは聞いているんだろうが、そのアウトプットがない。安部以来、首相の座にあるものはその実力を落としてきた。安部がその先陣を付けた本人でうそをこく(東北ではウソをつくことをこくという。この言葉遣いは、ウソをつく人間に対して最大の侮蔑を込めたもので、放屁と同じ動作を示す動詞である。安部の最大の罪は国会や予算委員会を通じて国民を愚弄し、侮蔑に晒し、国際的にその軽侮を喧伝した事であろう。安部の長期政権に彼を批判するものは出なかった。野党よりも与党の方から出るべきだったが、政治家の劣化は野党にも及び、ゆ党なる造語もできたほどだ。唯一の反安部の象徴だった石破は哀れはしごを外され、東京駅の雑踏を付き添いもなくたった一人で歩いていた。幸い彼は暗殺されるほどの憎しみを受けるほどではなかったのだろう。東京駅で暗殺されれれば彼は三人目の遭難者となり、床に道標が設置されたはずである(笑)安部の政治家としての資質は最低だったが、唯一点数を稼いだとすれば、間接的に憎悪を培養していた「魔弾の射手」山上の放った弾丸で落命したことで世間の同情を得たことだろう。しかしこの悲劇ももとはと言えば安部自らが招いたことでもある。
2022.10.10
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奇跡的に好天が続き身も心も快調、庭の金木精も濃い芳香を放ち続け、窓を開いて一身にそれを浴びる毎日、まことに天の恵みと言える期間です。人間やはり天気と精神状態の関係はアリなんでしょうね。何をやってもうまく行く感じがしてプチ行動を積極的に行う毎日ですが、この天気も明日までとか・・・いままでもこんな時期は何回もあったのだろうが、たぶんですがそれを自分が感じ取れなかったのだろうと思います。当たり前にまた来年同じ季節、同じ日々がやってくるというのは生きている限り、健康である限りほぼ間違いなくやってきますが、年を経ればその確率は下がってくるのは自明の理と言えるでしょう。それを心のどこかで感じ取っていて、この時期をありがたいものとして受け止めることができるのでしょう。その考えの変化こそGさん臭くなってきているのだろうなと思います。別に不愉快なことではなく、逆に新しい体験なので新鮮な感覚として受け止めています。また週に1,2度電車に乗ってみる。小一時間ほどの乗車で何をするかと言えば、視界に入る風景はもちろんだが、人のウォッチングですね。これも度を過ぎると犯罪ですが(笑)マスクで顔半分覆われていて、目だけが出ている状態ですが、この異常さが想像を生むのです。きれいな目をしていらっしゃるのでさぞかしマスク外せばきれいな人なんだろうなとか、いや確率の問題でそうそうきれいな人に遭遇するはずはないと思ったり、そんな無責任想像が楽しくて仕方ないのもGさん臭いのかも(笑)その他、自分ではなりたくないと思ってもなってしまうGさん臭さはいろいろあります。思い当たるだけでも、孫の七五三に招かれて心躍らせたり、誕生日が近づくと何をプレゼントしようかとか心ときめく第二の青春、まあこれが人生の後半の楽しみなんでしょうね。しかしやたらと説教臭くなるのもGさんの特徴、まあ嫌われない程度にしておこうと思いますがなかなかね、むずかしいです。また物事にまず批判的になるってのもこれはわたしだけの特徴かもしれませんが、気を付けたいと思ってはいます。またあの狂気じみた冬が来る前に心の準備をしておきたいと思います。ついでに言ってしまうと、冬が嫌いになるのもGさんの特徴ではないでしょうか。まず着ぶくれる、余計な暖房が必要なので手間かかる、布団は重くなるし、動作は鈍くなる、いいことはないですね。冬の試練があるからこそ夏の解放感、秋の花々の芳香、春の甘い弛緩があるのでしょうね。若いころは未来を遠いものに感じていましたが、Gさんはすぐ明日が未来だと思うようになります。この時間短縮も特徴の一つでしょうね。
2022.10.03
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最近のテレビの映像を見ていると、つくづく我が国はまだまだ捨てたものではないと思う。ロシアの徴兵騒動や中国の民族弾圧など、政府が国民を制圧する様が報道されるからだ。批判的なブログなど書いたらまっさきに政府批判のかどで逮捕されているのではないか。安部晋三の国葬反対にしても当日まで数千人が国会を取り巻いたり、自由に報道機関がアンケートなど取って政府の支持率何%などと発表できる社会は、悪いものではない。民主主義とは直接関係ないが、警察官はあくまで敬語を使い、協力していただきたいという態度を崩さず、どこかの国のようにちょっと反抗的な態度を見せただけで拳銃を振り回すことはまずない。住民投票も武装兵士立会いの下で自宅まで押しかけて投票させる国もある。言うことを訊かない民族は再教育して洗脳し、科学の発展は国家の発展とばかり、人体実験を繰り返して自動運転などの分野は最先端を走っている。何人の犠牲者が出ようが、外部には一切発表されず闇に葬られる。議会などはあってなきがごとし、議論は時間の無駄というわけだ。すべて国家が進路を決定して国民はそれに従えばよいのだ。そうして得た技術で最新式の兵器を作り、周辺諸国を威嚇して平和を乱すという、民主主義国家から見たらまさに悪の帝国である。考えることや議論することをやめてしまった国民は幸せと言えるのだろうか?浅草や富良野あたりで見かける外国人の仕草が何となくバカっぽく感じるのはわたしの先入観だけのせいではないだろう。このあいだ、コロナ禍から立ち直る経済の速度が国ごとに視覚化されたグラフがあったが、圧倒的に中国がダントツ、米や欧州、日本などのいわゆる民主主義国家はずっと遅れを取っている。理由は単純明快で、総員右に倣え式の国と、総員勝手な考えの国民をまとめなければならない国の違いだろう。俗に前者を共産党の国、後者を民主主義の国と便宜上読んでいる。なぜなら、国名に○○民主主義人民共和国なんて意味不明の名前を付けて平気な国もあるからだ。さあどっちの国民が幸せか?夫婦の浮気のように、知らないほうが幸せだと思う人は赤を押してください。何気なく毎日見ているテレビが、いきなり真っ黒な画面になったり、町会長が町民の家族調査を事細かに調べ上げて市役所に報告するなんてこともやる、いつの間にか告げ口されていて、ある日突然武装警察が家に踏み込んできて逮捕されることもあるかもしれない。そのために町内会長には町民からちょくちょくつけ届けや密告が届くらしい。すべては国家のために協力する義務が国民にはあるからだ。民主主義も似たようなところはあるが、文章には謳っていない。憲法として国民は国の上にあるもので、国は信託されているという難しい考え方からなっている。共産主義や全体主義(国家主義とも呼び、共産主義とは正反対だがほとんどの部分でやっていることは同じである)の社会では、ごく普通の当たり前の人間が小さな権力を持ち、専制者となりうる。町内会長あたりがいきなり死刑執行人になったり裁判官になったりするのだから始末が悪い。隣人や家族と打ち解けて話もできず、日本ではありふれた家族、社会が成り立たないのだ。ただ、知らぬが仏という考え方もある。自由な社会生活を知らないで、すべて国家に右倣え式が染みついている国民ならばそれでもいいのかもしれない。民主主義の自由な暮らしをしてしまった人は共産主義の暮らしには適応しそうもないが、その逆はいかがだろうか。
2022.10.01
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の代表としては、犬が挙げられる。狼を飼いならしてハンティングに、警備に使い、これほど人間に取り入って永らえている種はいないだろう馬もまたその意味で人に取り入ったというよりは人がうまく使いこなして今に至ると言ったほうがいいだろう。輸送や交通、また軍事にと使われ、その歴史は長い。猫は取り入ったというよりも人が逆に取り入ったのかもしれない。何の役にも立たないが(ネズミ除けぐらいにはなる)それらとは別に、人間を糧に生きてきた動物はたくさんいる。昔は山中に住んでいたのにいまや都会に進出し、わがもの顔でわたしたちのすぐそばを生活圏としている代表的な動物は、カラスだと思う。朝から晩まで人家のすぐ近くでカアカアと鳴き叫び、日常生活をここで送っている。最も身近に毎日目撃する動物は個数にしても最も多いのがカラスだ。(わたしの街では)場合によっては人間を目撃するよりも多いかもしれない。そして彼らはなわばり意識を持っており、街路樹に巣を作ると途端に攻撃的になり、人間様を襲うのである。またいったん巣を作るとその巣は壊されない限り代々使われるらしい。近くの杉に作られた巣はもう十年以上になるが、相変わらず住み着いている。カラスに限らないが、彼らが低空を飛ぶときの動作は極めて優雅で、まるで空気力学の賜物のような詳細な設計された羽を持っているようである。鳥は空中を飛ぶときに振ることで揚力と推進力両方を翼から得るが、その構造はとても人間には真似できなかったのである。いまだに人間は浮揚するのに推力を使い、翼を使っている。今のコロナ禍も新しい生命(ではないと言うが)との遭遇で,ヒトはエライ目に合っている。人類最大の敵ともいえるこの株は、ホントは宇宙からでも来たのではないか?それとも驕る人間への天罰なのか?だんだん怪しくなってきました(笑)
2022.09.28
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黒船に乗船許可された日本人が見て一番びっくりしたのは、米海軍の制服についたボタンとベルトだったそうな。逆に、下田のお寺に入った米国人が最もビックリしたのは引き戸だったそうだ。鴨居と敷居のあいだを音もなく滑る障子に一同精密な木工技術に驚嘆したそうである。手漕ぎボートにも大きな違いがあり、米艦のはよく公園で見かけるオール式、日本のは櫓で操る式で、幅も狭く、乗員は一列になって乗った。この乗り物に乗って乗艦した日本人の衣服が全く濡れていないことに気づいた水兵がいて上官に報告、さらに彼はペリーに報告、提督は日本人が中国人とは違うものを感じたという。(大江志乃夫:ペリー艦隊大航海記)また動物の世界だが、ボルネオ島に住むオランウータンの群を調査していた学者が、川の流域の両岸で全く違うオランウータンの習性を発見した。木の実の皮をむくとき、石ではぎとる集団と口と手で剥がす集団とに分かれ、この事は逆に互いの文化が川によって接触せずに全く異なる習性をもつようになったとの表れだろう。身近なところで、電車の中でたまに乗り合わせる異国人同士が話している会話がやたらうるさく感じる時がある。中国人やベトナム人だが、なぜだろうと考えた。まず服装のセンスが彼らはより原色に近く、組み合わせが色相環で言うお互い対面している補色同士を使っているのだ。また聞きなれた日本語のイントネーションではないので、これも耳に引っかかるというか神経に触る。別に彼らの会話が大きい声というわけではないのだ。ただ日頃聞きなれないからだけなのだろう。意味も分からないしいわば雑音と判定してしまうのだ。別に敵意はないがこんなことも外国人がバッシングされるきっかけになっているのかもしれない。不思議なことに、韓国語は文法も音節も似ているせいか、意味は別としてただの音として聴いているとそんなに日本語と変わりない。不思議なものである。英語は映画やテレビなどで良く聞くので、そんなに雑音とは感じない。異文化を感じるなら手っ取り早いのは浅草の大ちょうちんから浅草寺までの通りを歩くだけでよい。やたら甲高い中国系、訊きなれた英語、最も世界で話されているらしいスペイン語、近場では朝鮮半島系などが交錯して聞こえる。国同士でもっとも文化程度の違いを表しているのは色の名前の数だと言うのは柳田国男で、「明治大正史」によれば、明治時代には日本では色の種類は40色程度しかなかった。ほとんどが植物から採られた名前をそのまま引用、これは外国も同じだが、低緯度地方になるほど色は増えていく。植物や動物の種類が増え、様々な色が見られるからだそうだ。名前もそのままで、直接的なものが多い。色彩の文化はまさにその民族の最先端を表しているということで、しかも若い女性の服装はその中の先駆けだそうな。「ちかごろ変わったのは若い女の服の色」という認識が定着してきたのは最近のことである。
2022.09.25
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テレビや新聞で、「移住」をテーマにした番組や記事が取り上げられ始めた。これは政府の政策とも一致しているのだろうか、若者が子育てに適しているとか、仕事に適しているということで都会から田舎に移住するというのが骨子である。その理由のほとんどが都会の生活に疲れた、または仕事に疲れたということであるが、中にはリタイア組が第二の人生を求めて廃屋を改造して住み着くという例もある。番組やテレビは移住者の本音を引き出さず、まるでシャングリラにいるような環境だと褒め上げ、移住のすばらしさをアピールしているように見える。冷静にこれらの番組や記事を見れば、それがほとんどの人に当てはまるかと言えば、そうではないようだ。特にリタイア組が移住する場合、ある程度の資産(退職金)を持ち、地域にカネを持ってくるから歓迎される、また複雑な人間関係から逃れようとしてきたはずの田舎が、都会よりもとんでもない泥沼的近隣づきあいを強いられるといったケースは報道しない。ある番組では建築家が廃屋をリメイクして売りに出し、それを買いとるリタイア組が主に紹介される。田舎の人たちは素朴で、都会から来た人たちを歓迎し、時々小宴会が蘇った家で開かれていると言った形である。田舎暮らしも悪くないんだといった一種のCM番組に近い。しかし素直でないわたしにはとても受け入れられるものではない。若者の子育てに適しているというが、自然の中でのびのび育った子供は確かに性格もおおらかであろうが、では彼の将来はどうなるのだ?リタイアした人はやがて後期高齢者に達し、体も動かなくなるはずだ。何年リメイクされた住み心地のいい家に住めるのだろうか?4輪駆動のSUVだっていつまでも操縦できるとは思えない。医療施設だって満足なものがあればいいが、最後を迎えるにふさわしい環境であるとは思えない。確かに新鮮な野菜や果物は身近にあって近所の人たちが持ってきてくれるのだろうが、もらったら世の常としてお返しをしなければならないだろう。流通の原則は、いくら田舎にいても変えられるものではない。商品(地産品)の八割は都会に集積されるのだ。残ったものを地域で販売しているにすぎない。確かにエンゲル係数は下がるだろう。しかし交通費や医療費はどうなのだろうか。このあたりは推測するしかないが、ある程度のあきらめと割り切りが必要で、じっと我慢してどこにもいかずに夜明けの山の端から上る旭日や花や蝶を愛でるのに専念するしかないのだろうか?わたしはまっぴらごめんである。番組に出る人たちはこのような葛藤を乗り越えてきた人たちなのだろうが、そのあたりを取り上げることはないから、一種のギミックとしか思えないのだ。前も取り上げた身近なご夫婦だが、こちらをリアルな移住として取り上げてみる。ご主人は定年退職して好きなピアノを練習する毎日、腕も上がって奥さんともども悠々たるリタイア状態に入ったわけだが、突然東京に引っ越しますとのことである。理由は、友人知人はたくさん周りにいるが、これらの人たちに自分たちの老後を託するわけにはいかない、やはり子供たちのそばがいいとのことで、ご夫婦はいまマンションの買い替えを模索している。しかし前述した田舎への移住とは逆に、物価の高い都会へ移住するには、住居の住み替えは明らかに不利である。保険点数の係数が21%も高い地域ではその分の格差を受け入れなければ息子たちの近くというわけにはいかないのだ。そのあたりが悩みだという。しかし二人だけなら早い話、賃貸しのアパートだってこれまた割り切りで移住できるのではないだろうか。じっさいそうして暮らす人たちはたくさんいるらしい。老人の一人暮らしまたは夫婦暮らしは一戸建てよりはアパートの方がいいかもしれない。一人だと断られる可能性は高いが・・・いつになっても悩みは尽きないものです(笑)
2022.09.11
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に外国に行った人は少なくなっていると思う。学生のころ欧州の建築実物を見るツァーに参加し、有名なフランクフルトの尖塔を見たり、ローマの世界最古のコンクリート建築を見たりしたが、さっぱり憶えていないのだ(笑)ただ地震の少ないドイツだからこそ、ロケットの発射台のような四方から尖塔を支えるバッテラス方式だけはなるほどと思ったものだ。だから材料の強度ぎりぎりまで塔は高くなることができる。ガウディのサクラダファミリアもその一種だろう。さて、ホノルルで360円時代マクドナルドでハンバーガーを喰ったことがある。確か10弗ぐらいだったから3,600円、昭和55年のころの3600円てざっと物価指数がおよそ4.0としていまに換算すると1万4千円ぐらい?ずいぶん高い食い物だったんだなあ。それにまずかった。パンはパサパサ、ハンバーグはぼそぼそで大味、これがアメリカの本場ものかと思ったものだ。日銀が金利を上げないせいで円安だというが、これが続いたらどうなのだろうか。1弗360円のころに逆戻りだとすると、海外に出ていた製造業は国内に戻ってくるのだろうか。失業率は下がるのだろうが、賃金は上がるのだろうか。物価が上がるのは間違いなく、日銀の金利凍結政策はナンセンスなものになってしまうのではないか。経済ジャンルにはまったく門外漢であるが、日本人は生活の質をぐっと下げざるを得ないのではないだろうか。浪費をつつしみ、「もったいない」を復活させ、容器使いまわしや耐久消費財の課税も復活する可能性もある。外国人に頭を下げ、外貨獲得に必死になる時代が間もなく来るのだろうか。もう一度戦後に逆戻りだな。
2022.09.09
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英国の首相が交代し、数々の不祥事で首同然で首班を去るジョンソンさんがうまい演説をした。「私の役割は補助ロケットのようなもので、分離されてからは太平洋の片隅に着水して百姓をやる」この演説の陰には、太平洋のどこかから政権を見つめていて、事あらばまた首班指名に出るぞと言っている。このしぶとさ、言葉のセンスの良さ、とても日本人にはできない相談だ。総庶民意識の日本と違い、ジョンソンさんは名門出身、産まれから違うのである。生まれが違うということは尺度も考え方も違い、貴族が庶民をリードするという欧州独特の階層意識があるのだろう。岸田が数々の失態でやめたとしてもこのような演説は習慣としてしないのだ。「老兵は黙って去るのみ」の精神なのである。それはそうと、欧州はいま冬に向かっていずれも首班は苦悩している。ロシアの天然ガスが猛威を振るい、英国の新首相は一般家庭の光熱費が倍になるのを黙ってみているのか?あるいはロシアの狡猾な駆け引きに屈するのか?ドイツなどは光熱費が8万円を超える平均値になるそうだ。ロシアはとにかく10月いっぱいじっと耐えてウクライナ戦争を戦い抜けば、あとは自然に欧州は降伏するという読みがある。一般市民が一挙に上がる光熱費を黙っているはずがないという読みである。現に新首相のトラスさんに対する野党の要求は、ウクライナ援助を欧州の足並みにならって続けるならば、我が国の国民はどれだけ我慢しなければならないのか?とやんわり批判している。欧州諸国、とくに英独両国とも、ここ半年の国民をいかに納得させるかが彼らの演説にかかっていると言ってもいいと思う。誠実、ていねい、謙虚な態度がその言葉に表れるからだ。いかに日本の政治家が彼らに比べて不勉強または無能なのかわかるというものだ。ロシアの強力な武器天然ガス供給に欧州が屈したら、あとは日本とアメリカしか残っていないのだ。来年の春にはロシアが歴史始まって以来3度目の勝利を得ることになる。最初が対ナポレオン戦争、次が第二次大戦での対独勝利、三度目が今回の対ウクライナ、欧州連合戦争である。書いているうちにエリザベス女王がなくなったというニュース、こちらはまちがいなく国葬で行われるはずだ。運も実力のうちというが、岸田政権も安部の国葬の意義などはまた薄れてしまうだろう。また一段と批判が高まるはずだ。
2022.09.07
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は案外と多いわたしの場合は。まず運動である。若いころは運動神経が鈍いと自負しただけあって体動かすのは嫌いだったし、先天的な強度の近視だったからメガネをかけていて、このころはレンズはガラス製、縁は鉄製またはべっ甲で、重いか高価かどちらかだった。メガネは貴重品で当時はかなり高かったと思う。したがい、サッカーや野球などの球技は絶対にご法度、危なくてできなかった。参加してもなるべく球が飛来しないポジションに居た。今はまったくの無職だから、何かしらやらなければ体に悪いと思いつつ、なにかもっとも効率のいい運動はないものかと思案していたところに、テレビで電柱間疾走てのがあった。電柱はおよそ50m感覚で立っているから、その間を走ったり歩いたり繰り返すのである。純粋な散歩ではかったるいし、消費カロリーも低いだろう。まずやってみたら、すぐに電柱間50mでは短すぎ、2本ごと三本ごとに伸びていまでは角から角へ走り切れるようにはなった。それで走って弛緩を繰り返し、深呼吸も自然にできるし、有酸素運動ともなるし、しかも短時間で済むというのが気に入った。計算するとほぼ同じカロリーを消費するのは2時間の散歩に相当するらしいから、それを1時間たらずでできるのは時間の節約でもある。それにはまず形からということで、スニーカーを二足買って交互に履き、コースも少しづつ変えていく。時間は朝飯前と就寝前と決めた。なぜなら昼間は人や車が多くてよけるのも面倒だし、だいたい知人に会ったら恥ずかしい。「あのじいさんそんなに長生きしてえのか」と思われるのが嫌なのだ(笑)もう始めてから一か月たつが、体重は70キロオーバーから65キロ弱まで減った。腹もだんだん引っ込んだが、残念なことにいったんたるんだ皮膚はしわとなって残っているのが玉にきず、これ以上のことは望まないことにした。モットーは決して目標を立てないこと、たとえばあの角まで走ろうと思っても手前でやめてしまう、これが自分を保つコツだと思う。今日は足が重いなあと感じたら短時間で引き返す、調子がいいと思ったら長躯2キロぐらい徒歩疾走を繰り返す。早朝は同じような走る人たちが多いが、若い人は例外なく、すれ違う時にスピードを上げる。これって見栄はりなのだろうか。お年寄りでもわたしのような徒歩疾走でなく、疾走だけで走りきる人もいる。そんなお年寄りは例外なく体重がいかにも軽そうな小柄な体である。車で言えば軽自動車でエンジンも小型だから持続力があるのだろう。わたしは身長164㎝だから、車の例えで言えばシャーシー(骨格)にふさわしい体重はいまぐらいではないかと思う。今では朝起きるとコースを考えている自分がいる、変な癖がついたものだ。
2022.09.05
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さいきん、ニュースショーにも身近で斬新なテーマが取り上げること多し、その一つが民主主義の国は共産主義に比べて決していいものではないという話で、これはコロナ禍の三年間、非民主国の代表である中国が経済の回復も人的損害の回復も民主主義国に比べて圧倒的に速かったという事実を示すグラフだ。左はここ5年ほどの縦軸のGDP成長度を表している。横軸には民主主義と非民主主義(共産主義)を中央にゼロを持って来て左には中国のような非民主国家、右には米国のような民主国家をプロットしている。右のグラフは、左の民主主義度合いを表す横軸を持ってきて、縦軸にはここ3年ほどのコロナでの死亡者を表している。まず左の経済発展率グラフは、非民主主義代表の中国がダントツにGDPを成長させ、方や右の米国や日本やフランスはほとんど成長していないのだ。次に右のコロナ禍での損傷度ともいえるグラフだが、やはり死亡者数は中国が最も少なく、対照的にわが日本は民主主義の筆頭でありながら世界で最も死亡者が少ない。これこそ世界に誇ってもいい事実なのだが、これは民主主義というよりも国民の衛生意識の高さなのではないだろうか。マスクをすることに抵抗もない国民て、そんなに多くはない。この日本のグラフの位置は特殊な物だろう。この2つのグラフを見て、あるエビデンスを導くことができるだろう。つまり共産国家は意思決定早く、すぐに行動に移すから時間的ロスが少ない。これはコストにもつながることだ。反面民主主義国家は個人主義が発達しており、全体としての国家の決定は遅れる。あらゆる意見をくみ上げ、調整するからだ。共産主義国家の長所はそのまま民主主義の欠点となる。ある意味で子供でも分かる理屈だろう。子育ての最中に親が強制的に子を従わせている家庭は表面上子供は素直ではたから見ても親の言うことを訊くよいこの典型、反面いつ子供がぐれるかわからないリスクを持つ。かたや民主的な家庭は子供に言いたいことやりたいことをやらせ、親が適当にコントロールしていくが、自主性はあくまで持たせるという環境だと思う。子供は勉強は自主的に行い、平均点は強権的に勉強させる家庭よりも弾くだろう低学年のうちは・・・。しかし思春期を迎え、悪いことも覚え始めれば強権的家庭の子供はあっといううまにヤサぐれてアウトサイドする確率は高いだろう。方や自主性をもって育った子供はアウトサイドすることはなく、すくなくとも人格に幅があり、許容性を持っているのだろう。他人にも思いやりがある子に育つのは間違いないところである。閑話休題東ドイツが西ドイツに併合された時、所得格差は1/4。GDPは1/6、またすべての経済数値は劣り、国民の衛生格差が問題となり、差別の対象になった。この時西側社会(民主主義陣営)は勝ち誇って世界にそれを喧伝、ソビエトの崩壊につながったのである。しかし残る共産主義の筆頭国家中国は鄧小平をして「先に富める者から富め」というスローガンで共産主義の欠点である生産性の悪さと個人競争の原理を取り入れて米国をも抜く勢いの国家に成長させたきっかけを作った。例えば個人それぞれの意見を尊重して意見を収斂させていく民主主義国家と比べて共産主義は意思決定早く、全員無条件で右ならえ式であるから、指導者にとってこんな楽なことはない。世界中数々の新興国家が勃興したが、最初は民主主義的に選ばれた首脳部が、やがてその時間経過とともにろくな結果を得られないのに業を煮やした国民あるいは軍がクーデターで政府をひっくり返して政府に収まり、強権的政治でとりあえず混乱を防ぐという光景があちこちで見られる。アフリカ新興国、ミャンマーなどもこの部類か?(将来民主主義に移行するのかはわからないが)これに目を付けたのがまたまた習近平、新興国に金を貸し付け、影響下に置こうという狡猾さ、新興国は哀れにも中国の言いなりとなる。これまた共産圏の拡大となるのだ。いわゆる国家の利益が国民に優先する共産国家の国民はどう思っているのだろうか。民主主義国家の国民に比べて幸せなのだろうか?中国人は国が富み、強くなっていれば安心で、国にすべてを任せて個人的にはそれなりの所得と娯楽があれば文句は言わないものだ。このp傾向は民主主義国家の国民も同様で、イタリーの総督がかつて言った「うまいパスタとカンツォーネが流れていれば国民は幸せなのだ」というのは俗説だが、これに近いものがあるだろう。共産国家の施政システムの末端である隣組では町内会長がある程度の国権施政をまかされ、これをもとに会費を徴収したり不穏な動きがあったら上に知らせるシステムがある。人間は権力を少しでも持つと米屋の親父が憲兵に早変わりするという例は多々変わらず、町内会はミニマム的に大変な権力を持つのだ。これで賄賂、忖度があるのは民主主義も同じだが、自浄作用があるのとないのでは大きな違いがある。習近平は目を三角にして賄賂を取り締まっているが、限度がある。共産党は組織のかたまりだから、賄賂が行われた組織の上部がにぎりつぶせばそれで発覚することはない。かえって民主主義国家では不正があれば告発があり、それは新聞やマスコミで取り上げられ、糾弾されることが多い。政府も勝手なことはできず、憲法に縛られており、改憲するのも一存ではできないのだ。従って民主主義ははなはだ国家間のケンカには向かず、国内の運営に威力を発揮するのだ。不正があれば、国民自体が自浄作用を持って対処するが意見集約には時間がかかるのだ。それをいいことに、しばしば中国やロシアは独裁政治に近い形態をもって恫喝政治を行い、それによって国民から支持を受けて政権を維持しているという特殊な形態がある。ほとんどのこれらの国民は政府を信頼しているので、いったん政府が外部に弱腰を見せると国民は遊離する可能性が高く、独裁政権はこのことに心を砕くのである。さように民主主義国家とは欠点をたくさん持っており、グラフでわかる通りに共産国家に劣っているのは間違いない。しかしわたし個人としては周囲の密告を恐れたり、自由な表現や議論もできない国にはなってもらいたくない。それゆえに日本の現政権にはまともな姿であってほしいのである。岸田政権もまた安部の悪いところをすべて受け継ぎ、説明不足、事柄隠ぺい、臭い物に蓋をする主義らしい。民主主義はコストがかかり、国民生活をある程度犠牲にして維持するものであるから、これを安部のように私物化して勝手な権力の維持に使うものではない。そのいみで安部以降の政権は落第である。真の意味で民主主義を実行できる政権の出現をのぞみたい。
2022.08.30
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昨日、6チャンネルのニュースショーで、ひきこもりの原因の一つにSNSによる仮想空間での認識違いが挙げられていたが、人生経験の多い老人層には少なく、ほとんどが若者世代であるとの見解を評論家がしていた。この意見は極端ではあるが、当たらずとも遠からず?わたし自身SNSを利用するし、こうしてブログも上げている。わかものはSNSに上がる毎日の利用者のコメントのほとんどが自慢話であったり、楽しい時の体験だったりで、つらいことや悲しかったことはそのままあげられていない。たとえ挙げられていても、それはこうして克服したとかのいわば自慢話の一つであって、悲嘆にくれるコメントではないから、これを若者は読んでますます自己嫌悪に陥るのだろう。けっか孤独感にさいなまれてひきこもりとなるのかもしれない。反面老人の場合、実際にやることは若者に比べてはるかに少なく、体を動かすこともない。これと言って趣味もないし、友人もいない。ひきこもり同然の暮らしだが、自分はそう思っていないという人も多いのだ。このような人はひきこもりとは言わない。ただ友人=知人と区別のつかない人はここで当惑して他人不信に陥る場合がある。信頼できる友人がいても、これからの残り少ない人生には大した役に立たないと割り切っていたほうがいいかもしれない。自分を孤独に追い込み、それに耐える力をつけたほうがいいのかもしれない。
2022.08.29
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って案外と多いものだ。まず若いころ観てさっぱりつまらんかった映画「東京物語」のセリフにドキッとしたり、共感したりと新鮮な感覚で同じ映画を鑑賞した。主人公夫婦が東京の子供に会いに上京するが、すでに彼らは一人前の大人、医者だったり美容院経営者だったりして自分の生活がある。わたしもじっさい息子の家に急だったが泊めてもらい、そのありがたさに感激したのだが、映画は表面的な歓迎のセリフと、反する本音のセリフが小津の脚本で明らかになっていく過程でまさに初めて現実が理解できたのだ。息子はおろか、嫁もそう思っているのだろう。子供は孫を持ち、育てる責任がある。嫁を扶養する義務もある。そんな戦場とも言える家庭に、年よりが割り込むのはまあたまにはいいかと自己弁護するのだ。浴室を借りてシャワー浴びた時、バスタブの周囲はびっしりとキャラクターの人形が並び、孫をあやしながら夫婦だけで子を入浴させるという光景が浮かび上がり、ほほえましいというよりは彼らの子育て戦場なのだ。長居はできないとばかり帰ってきて荻窪駅前のクラシック喫茶(なぜか早朝からやっていた)でいろいろと考えを巡らす。けっきょく年寄りが孫をかわいいと思うのは離れて暮らしているからで、めちゃくちゃ動物的にかわいいだけ。一緒に居たらそうはいかないのだろう。小津の脚本は痛烈なことを劇中で言っている。じいさん「なあ婆さん、孫はかわいいというがどうじゃった?」ばあさん「わたしはやはり子供の方がかわいいですね。お爺さんは?」じいさん「そうじゃなあそんなもんかなあ」とあやふやな答え、ここに小津の言いたいことがあると思う。こんな会話ができるような夫婦になれば申し分ないのだろう。母親の葬式の最中、息子の一人が「親孝行したいときには親はなし、墓石に布団は着せられず」という俗っぽいセリフから、亡くなる前の危篤状態の時、駆け付けた子供たちは喪服を持っていくかどうかで打ち合わせを済ませておくという冷静さ、また長男が「ハハキトク」の電報を受け取った時、平然と庭の犬と戯れるシーンなど、この年にならないとなかなか理解できないものだ。また、原節子扮する戦死した息子の嫁が、きれいごとばかり言ってみんなに嫁の見本と思われている存在なのだが、いきなり老人に本音をぶちまけるシーンは何度も見たが、今回初めて理解できたのである。わたしの現実と言えば、初めて孫の手をとって歩いたときぐらいかな感動したのは。戦前の英国映画「小公子セドリック」はアニメや漫画になって子供のころから見ていたが、映画の中での伯爵が孫の素直さにすっかり頑迷な態度を改めて、周囲の人からも尊敬されるようになるストーリーもよーく理解できた。これらの旧作が無料で好きな時に鑑賞できるYOUTUBEはホントにありがたい存在である。
2022.08.28
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日本は異常な国だと外国から見られることがまた増えた。安部の政治家としての評価も定まらないうちに、安部が射殺された責任を幹部が取るという。メディアが奈良県警の落ち度を揃ってキャンペーンを張った。しかも「後からなら何でも言える式」の元警察官評論家を使ってだ。日本の警察官は世界的に見てもそんなに優秀ではない。こと対銃器の分野ではことさら。元々アメリカなどと違って、威圧的な方法というよりは、国民生活に溶け込んで防犯に役立たせるという存在、いわば化学反応での触媒的役割なのだ。コトが起きなければそれに越したことはないというのが日本式だろう。警察の役割は本来要人警護ではなかったのだが、三木総理殴打というのがあってから日本はアメリカのマネをするようになった。しかし日本の銃器犯罪率の低さとその民主主義的存在が今回の批判の対象となったと思うのだ。また冷静に考えて、現職の総理大臣でもないものが射殺されたからってクビのすげ替えまでやることか?と思う。またよく指摘されるところの現場の一般人の銃声に対する反応の無警戒ぶりを批判するやからもいるが、よく考えれば、これは日本のいいところだと考えられないものだろうか・平和な国日本を象徴しているのではないだろうか。結果安部と山上の今回したことで評価できるのは、悪質な宗教団体の本質を世間にむき出しにしたことではなかろうか。
2022.08.28
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先週、最終の新幹線に乗り遅れるという醜態を忍んで息子のアパートに泊まった話をしたっけ?お詫びの意味を込めて翌日、息子夫婦と孫にランチを驕ったが、ここにも級地現象が存在する。「級地」とは保険点数の計算に使う用語で、人件費の地域格差を考慮して総和数にパーセントを掛けたものを加算するのだが、わが自治体はゼロ、これに比べて東京都は21%である。イタ飯屋で占めて23.100円也、まあ食うも食ったが、地元なら逆算して23.100÷1.21となろうか。わが自治体なら19.000円ぐらい?いやもっと安いかもしれないな。介護保険業界も1から2級地からわが自治体に転院させて利潤を稼ぐ連中もいるらしい。これは先進国から後進国へ生産がシフトダウンするのと同じ理屈で、人件費の安いほうへ生産は流れるという法則にのっとったものだ。そんなことよりも、わたしがつくづく感じたのは、東京は年金生活者の年寄りがうろつくところではないということだ。電車の中では優先席をゆずってくれない若者が急増、みんな速足で歩くから年寄りも健脚でなければ務まらない。電車の中は私より年上はついぞ発見せず。早朝の電車に居た!彼らはたぶん再就職組で、夜勤帰りか早朝出勤のどちらか、みんな決まったようにくたびれたカバンを膝の上に抱きしめ、無理やりなのか目をつむっている。もう東京の連中に軽々しく驕るのはやめにした。今度は割り勘にして居住地の級地を訊き、係数をかけることにしようか。複雑な計算はネットの「高度計算サイト」がやってくれる。本当に見栄を張っていたら生きていけないのが地方の0パーセント地域居住年金生活者である。
2022.08.17
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近くの仕立て屋から聞いた話だが、旦那のジャケットを修理したが、その方法が奥さんからクレーム付けられて本人も取りに来ずに困っているとのことである。めんどくさいなあ女房持ちって!と思ったのがこの拙文の始まりである。何を言いたいのか?そう、独身者なら意思決定も早く問題ないが、妻帯者となると、ある手続きを踏まねばこのようなことになってしまうのだ。つまり前者なら一党独裁国家、共産党もその部類、後者は民主主義国家、米国がその代表と言えるだろう。一党独裁の独身者の欠点としては、どうしても一人の頭脳での話だから選択肢は限られるが、後者は異性としての意見や一般常識に近づく判断が得られるため、意思決定に時間はかかるがより適正な判断が得られるはずである。なかには配偶者の意見がほぼ100%通ってしまうだらしのない国家もあるが(笑)俗にいう恐妻家というやつである。これは論外とするが、夫を首長、妻を議会と考えるといろいろ思い当たることはたくさんある。まず民主主義の代表である夫婦家庭だが、意思決定は独身者に比べて大変遅く、円満と言われる家庭ほど遅い。これはお互いを尊重しすぎるためで、意見がぶつかるからではない。しかしはたから見てイライラするのはこのタイプかな。それとも旦那の意思を忠実に実行と言うタイプで、夫婦にも旦那にすべてお任せと言う方もあり、いわばK市の議会のような夫婦もいる。今の中国は独身貴族(昔この言葉が流行したことがある。独身者は可処分所得が既婚者よりも多い場合が多く、うらやましがられた時代があった)の典型で、書記長が絶大な権限を持ち、議会などはない。しかしこの欠点は首長の能力いかんで国の方向が大きく変わり、とんでもないほうへ発展する危険がある。意思決定の速さを是としてこの体制を続けると破綻してしまうことも多いのだ。第三者の冷静な値踏みと言うものが必要である。しかし首長の能力がずば抜けており、采配よろしきを得ることで、爆発的に国力は力を得て夫婦者など馬鹿らしくなることもある。しかし狡猾な妻は、夫を建てて傘下に入り、のうのうと一生を過ごすというのも多い。昨今のK市議会がそうである。夫の欠点をわかっていながら指摘すると夫の逆鱗に触れるので黙っている。こんな議会を持つ自治体は不幸である。また市民がたまったものではない。このような議会を偽装夫婦という。市民である子供にとってこんな自治体を親に持つのは不幸である。またも閑話休題いま民主主義の国は世界でも劣勢にある。つまり結婚していることで意思決定が遅く、人格なども尊重しなければならないので、個人の犠牲など国家の利益の前には吹っ飛ぶ共産主義が優越している。技術的にも人命がかかる自動運転や空飛ぶタクシーなどでは圧倒的に中国が優位に立っている。何人死んでいるかわからないが、深圳あたりではテストコースではなく一般道路でいきなり本番で実験している。将来、民主主義国家よりも共産党のような一党独裁国家が出現するのは間違いない。後進国が素早く国家の体裁を整えるためには、民主主義などかったるくてしようがないということだ。現に小さいながらも民主主義を掲げて発足した政権が、軍のクーデターであっさりと独裁国家になってしまう例はたくさんある。架空の理論だが、マイケル・クライトンのオッドマン仮説は「ぐずぐずしている間に敵はお前をやっつけてしまうぞ」という理論で、議論は前にやっておき、いざというときは行動が先というシステムである。母ちゃんと相談してからってのは通用しないのだ。
2022.08.13
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というのは共産党の理屈であって、資本主義では何の役にも立たないし煩わしいだけである。あるブログを読んでそう思ったのだが、紹介するとある学校の校長がお母さんたちの前である生徒の作文を読んで聞かせたとのこと。大意は「父親の職業はいわゆる鳶で、足場を掛けたり穴を掘ったりと忙しい。家では母親から邪魔者扱いされても一言も文句を言わない。ある日、足場の上で父親が仕事をしているのを見て、仁王様のように大きく見えたのに感動したという話だが、創作のようにも思えるブログだ。鳶はわたしから言わせれば技能職業で、ホワイトカラー(古い表現)にはない直接的な仕事感覚を持っている。彼らは高所、または地面で作業するから、ホワイトカラーに比べて危険度は数倍のリスクを背負うだろう。なので常に単純直哉的な行動が求められる。遠慮していたら始らない。自分が危険にさらされるだけなので、彼らはそれこそ必死にチームワークを守るのである。パートナーがどんなに鈍くても自分より劣っていても、彼らは黙々と仕事をこなすのだ。これこそ職業に貴賎はないという見本であろう。昔のフォーク歌手の歌詞に「俺たちゃ居なければビルも道路もできやしねえ」なんてのはとんでもない話で、特定の職業を差別する事になろうか。また昔の話しばかりで恐縮だが、女性が運転する車のうしろに見えるようにヘルメットを置くのが流行ったことがある。これは女性一人だとバカにされるので、ヘルメットを見せつけることで、土建屋のガラの悪さを利用したアピールであったらしい。当時は確かに鳶土工のたぐいは風来坊、無宿人、ギャンブラー、その日暮らしなど、社会的なイメージは低かった。しかし今はどうか?彼らは天空を背にして安全帯(三点姿勢)のベルトを着け、工具をカラビナでぶら下げていかめしくもかっこいい。昔からあんな危険な職業にしかつけないのは、学校で勉強しなかったからだよと教わった。それは確かに誤りではないだろう。しかしみんなが勉強してしまったらどうなるのだ?東大卒の鳶土工が増えたりするのではないか?ナンセンスな話である。音楽界でもそうである。クラシックは何となく努力研鑽、自己制御の匂いがするが、ジャズは正反対で、努力などとは無縁の世界、自己中心主義、快楽始業主義、イソップ童話でいうところのキリギリスであろう。公立大学を出てバンドマンになり、将来を誤った人間はたくさんいる。こんな実例を見ていると、職業には貴賎があるから、学業に精出せよと言う昔ながらの教えが正しくなってしまうではないか。反抗期の息子に頭を下げて「頼むから進学校に入ってくれ」と頼み込んだ父親は立派である。父親の威厳もかなぐり捨てて息子に頭を下げるという行為は捨て身でなければできないことだ。その息子は立派に薬剤師になり、家業を継いでいる。これこそ教育ではないだろうか。
2022.08.11
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さて、日本は世界で最初に戦略爆撃と言うものを小規模ながら敢行した国である。蔣介石の国民党政府が揚子江を遡行して重慶に逃げ込んだのを追って日本海軍が双発爆撃機で爆撃したのである。空から降る爆弾など見たことも経験したこともない中国人はたちまちパニックになり、地下壕に避難した市民は圧死や窒息死を遂げた。これが毎夏続いたが、爆撃機の規模が20機前後と小規模だったため、市民の敵愾心をあおる結果になった。これは先に書いたドイツ空軍の偽装爆弾散布と同じ結果であった。この時の日本軍指揮官は数人変わるが、戦後「最後の海軍大将」として有名になった井上成美の言動を紹介したい。彼は参謀に過ぎなかったが、爆撃隊の指揮官に対して「目標を定め、一般人に危害のないように努めよ」と指示したとの話がある。伝聞なので確かではないが、おそらく後日井上の評価が高まるにつれて出来上がった伝説なのかもしれない。しかし目標は前と同じ揚子江の中州で、住宅が密集した区域であったから、日本側には一般人に被害が及ばないようになどと言う考えはなかったのかもしれない。井上の指示と言うのは怪しいものではある。参謀が直接現地の指揮官に指示するのはあり得ないからである。まったく逆の話だが、米軍捕虜を死刑にした罪で絞首刑になった岡田資と言う陸軍軍人がいた。彼は当時軍管区の司令官で、捕虜を斬首する前に陸軍の法務将校に何度も確認をして執行したと言う(このあたりは大岡昇平の作品を読んでください)。東京裁判の際に、岡田はB29の搭乗員をして無差別爆撃を行った爆撃機の搭乗員を処刑したのは当然という論法を主張して連合国側の矛盾を暴露したが、しょせん勝者の裁判など何の価値もないのだからここでは論じない。検事から、斬首された捕虜の家族に対して謝罪する気はないか?と問われても岡田は「そのようなことを考えていたらきりがない」と言い放ち、はなはだ検事側の心証を悪くしたという一本気の軍人であった。おそらくこの問答は、日米の軍人たちの考えを象徴しているのかもしれない。家族の心情をおもんばかる米軍の検事とそんなことは恐らく考えの枠外だったろう日本の軍人との差である。米軍検事は製薬会社の経営者だが、有事になって志願して将校となり、司令官の副官となった人、司令官は陸軍大学を出たカチカチの軍人だったが、彼はいわば民間出身で社会的常識を持っていた。軍人は社会的常識など持っていても役に立たないというのは世界の常識だが、米国ではこのような軍人の欠陥を補佐する役目の人事も行われていた。家族とはなにか?軍人だろうがサラリーマンだろうが坊主だろうが、個人的には最高の、また最後の心のよりどころだというのが古今東西共通しているが、それは軍人の血生臭い任務とは相反している。アメリカ側は常にそれを基準としてモノを考えることができた。これは両国の軍人の教育課程を見れば明らかである。日本の軍人はドイツの模倣に始まったせいもあって、プロシャ式軍人を生育した。家族はあくまで滅私奉公の支えであり、家族よりも天皇を優先した。軍人の養育は早くから始まり、幼年学校は15歳で入学でき、18歳で陸軍士官学校に入学すればエリートコースを歩んで将校となる。さらに上をめざせば陸軍大学校があり、ここを卒業すると超エリートとなって国を左右する将軍をめざせた。他の道はないのである。社会的な常識は嫁さんに任せて自分は任務に没頭するというのが日本式の軍人だった。これに対してアメリカの軍人は多彩である。前述したドゥリトル(最初の東京爆撃指揮官)は曲芸の飛行士で、メキシコとの定期便などもアルバイトし、密輸にもかかわった。空母から陸上爆撃機を発進させるという素人同然のアイデアに飛びついた彼の度量は、東京爆撃にぴったりだった。1930年代名声を博したピアニストのエディ・デューチンは元薬剤師で、戦中は志願して駆逐艦隊の副長として勤務し、少佐まで昇進した。どんな経歴かはわからないが、日本ではこんな人間は生まれ得なかった。米軍航空隊の最高指揮官アーノルドは純粋な軍人教育しか受けていないが、そのアイデアと積極性は慎重さを欠き。しばしば部下を当惑させた。若いスタッフが叱責されて目の前で卒中で死亡したこともあるほどだった。陸軍長官から何度も注意されたが全く効果はなかった。言い放ったのは「私の任務は敵国の上空で多くの爆弾を落とすことで、あなたの叱責を受けることではない」これも与太話に近いが、彼の性格を表している。これまた日本ではありえないタイプである。米国軍隊の特徴は、師団長や艦隊司令官クラスの副長または参謀には娑婆では医師だったとか会社の経営者だったとかいう経歴の人間をつけて部下との間を取り持たせたことにある。常に米軍の組織には新しい新鮮な空気が流れており、高官が部下に対してハラスメントなど行うと新聞記者が早速記事にした。シシリー島を制圧したパットンが砲弾病になった兵士を叩いたと新聞にかかれ、ブラッドレー(パットンの上司)が平謝りしたこともあった。このようなニュースは日本やドイツには考えられないことだった。ハルゼー提督が艦内のアイスクリーム製造機の前で並んでいると、水兵の集団が割り込んだ時がある。ハルゼーの星の数に気づいた水兵がすぐに最後尾に回り、事なきを得た。ドイツや日本の軍人は若くして従兵がつき、洗濯や靴磨きなどの身の回りの世話をするように仕向けられていた。今でも付き人と言う習慣が残るのはその名残である。ここで気づくのは、アメリカは軍隊も民主主義的な思考プロセスを重ねるということだろう。これが民主主義と言うのであれば、まさに民主主義は敵にも気を配り、戦争とは一方的な力の行使だけではないということに気づくはずだ。日本が降伏するのに必要な戦力を見積もったアメリカは、まだまだ日本人が改悛していないとのことで原爆を使用したというのは自然な成り行きである。無条件降伏をした日本とドイツに対して、大統領は軍の糧秣庫を開かせ、飢えた国民に供与を与えた。これが戦後、アメリカが同盟国を増やした原因でもある。
2022.08.10
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まだ書き足りないこともあるし、原爆投下の意味を米軍の記録から探っていきたいので続編です。思想の流れを大まかに書くと次のようである。第一大戦で短時間のうちに何千人もの荘重が死んでいくのを各国の軍人たちは何とかせねばと思っていた。その中で有名なのはイタリア軍人ドゥーエの発表した理論である。まだ飛行機は完成された兵器とは言えない時代だった。彼は言う。もし飛行機が敵国の都市を直接攻撃できたらこんな戦死者は出ないで済むだろう、兵士はみんな国家の働き手の世代であり、いわば戦死させるにはもったいない資源なのである。兵士の損害を少なくするには短期間で敵の生産力、戦意をくじき戦争の終結を早くすることだと言う。ここに戦略爆撃の思想は生まれた。陸戦を援護するための空軍力とは別に全く新しい思想であった。米国はその地勢上敵を国境に接していず、大西洋、太平洋と言う大きな海に挟まれているから、国防上は大変に有利な地形でもあった。海軍とともにそれを援護する空軍力はどうしても必要だったのだ。必然的に飛行機は大型となり、航続距離は伸びなければならない。海軍の空母艦載機とともに陸上から直接支援できる爆撃機に思想が走ったのは当然である。第一次大戦後、債務国から世界の債権国に変身した米国は豊富な資金でシアトルの豊富な木材資源を背景に発達した製材所が発端のボーイング社がその先鞭をつけた。陸軍航空隊から示された仕様書をもとにして施策された飛行機は1934年に4つのエンジンを持った長距離を飛べるもので、これが戦略爆撃機の原型となる。当初は沿岸警備を任務としたが、大きな積載能力は爆弾を積むこともできた。ドゥ―エの理論は正しかったが、飽くまでそれは二国間の戦争で片方しか持たない技術としての話しで、両国ともお互いの都市を攻撃できる能力を持てば、お互いに持久戦となって「どっちが先にくたばるか」と言う結論に落ち着いた。ドゥーエの戦争を早く終わらせ、自国の荘重をいたずらに消耗させないという願いは消滅した。結局のところ技術開発の速度競争となり、米国は航続距離の長大な4発機の開発によって優位に立ったのだ。第二次大戦が始まり、英独相互の都市攻撃が始まった。ベルリン、ロンドンの市民は至って元気であった。チャーチルもヒットラーも市民が疎開するのを阻止、両氏とも演説の名手であるから、素直に市民は従った。米陸軍航空隊の指揮官たちは英国民の爆撃体験を聞きとり、心理学者がこれを分析した。その中で興味深い1件があるので紹介したい。ドイツ空軍がローマに偽装爆弾を散布したことがある。偽装爆弾と言うのは、人形や万年筆、カバンなどに爆薬を仕込んで触れると爆発する仕組みである。この行為に対してイタリアの市民はドイツ軍を非難、枢軸から連合国に変身する原因の一部となった。心理学者はこのことを航空隊幹部に報告した。「卑怯な手段の攻撃は著しく戦意を上昇させる」というものである。米軍もこの同種の計画をしていたが、直ちに中止した。心理学者はさらにこの種の攻撃は卑劣だが、空襲による被害で著しく自分たちの生活環境が変わった場合は正反対となり、厭戦、政府に対する怨嗟などがみられるとした。これはロンドン市民が地下鉄内に避難した時の証言をもとにして分析した結果である。「すなわち「帰る家があるうちはまだじっと我慢できるが、帰る家が破壊されたらパニックになり、指導者たちを恨み始める」のだ。この問題は軍としても十分考慮する必要があり、政治家チャーチルの人たらし演説と国民を奮い立たせる行動がそれをある程度防いだ。ヒットラーはベルリンに飛来する英国爆撃機を撃墜するのに高射砲を増やし、国民の見ている前で敵機が撃墜され、その効果は絶大だとする彼独特の見解であった。チャーチルの英空軍はさらに工夫して新しい作戦を考えた。まさに悪魔の仕業ともいうべきもので、第一撃の攻撃を行った二時間後にさらに大規模な空襲をかけるというものだった。この二時間と言う時間は、消防隊やボランティアが被害区域に到着して救出や消火活動をしているときである。これを見計らった空襲は、ドイツ国民に内なる打撃を与えたが、日本人と共通して国家を恨み反戦に走るようなものは皆無だった。このあたりが全体主義国家の特徴である。英国の議員にもさすがにチャーチルを非難するものはいたが、チャーチルは毅然として言い放った。「敗北は私にとって個人的に恐怖である。縛り首になるのはあなたでなくこの私だ!」とにらみつけた与太話もある。チャーチルの非情さは自国のコベントリー市が爆撃された時にも現れる。諜報活動によって同市が爆撃される日時がわかっていたのだが、諜報網の存在が明らかになるのを恐れた彼はこれを黙殺、コベントリーの市民に多数の死傷者が出た。転じて今でも被害国の日独は、東京裁判とニュルンベルク裁判で裁かれた以外、自国での戦犯追及はしていない。全責任をヒットラーやA級戦犯に押し付けて戦後をのうのうと生きているのだ。閑話休題米国の航空隊首脳にはドイツ系軍人が多く、同じ姓をなのる敵国人がいても不思議ではない。また日独の軍人と異なり、一般教養を大学で身に着けていたので、建築や美術、あるいは学者の著書が納められた図書館などを破壊するのにためらいがあったのは事実である。日本にも目を向ける軍人はいて、彼は京都、鎌倉などの古都の風景を思い浮かべていた。この両市が被害を免れたのはこのせいだと言われる。また次の目標になる都市には予告ビラを撒いた。この効果は一石二鳥で、市民をパニックに陥れるのと同時に一般市民への攻撃への非難をかわせる口実になった。こうして見てくると、米国にのみ、敵国への攻撃には常にモラルを持って当たったということになってしまうが、残念ながら米国以外の国にはこの種の公的記録がないのである。続く
2022.08.09
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保坂さんは故半藤勝利さんとともに、昭和史を深く研究している人、明快な思想はちょっと左っぽくて知性的なものだが、この記事はどうだろうな。「政治テロ」を定義するのもつまらない話だが、世の中の悪を一掃しようとする内面的な精神力をして行動に至らせるのがテロだとわたしは思うのだ。2.26事件の青年将校たちなどそのいい例で、自分たちは恵まれた環境に育ち、軍人としてエリートコースを歩んだ人たちだが、農村の疲弊とその実情を部下から聞いて立ち上がったというのが動機の一部でもある。直近のフランスでの乱射事件もまた移民や宗教に対する扱いに不満を持ち爆発したのではないか?だとすれば、安部晋三射殺容疑者の山上はこれらに当てはまらない。彼は母親が宗教に狂って一家をぶち壊したのを恨み、心情をすぐれた文章力で表現し、それを保坂さんは解釈したのだと思う。しかし山上はそれを社会に公表しようとしたわけではなく、鬱積した感情を書き留めただけである。その感情は文章にぶつけるだけでは飽き足らずに行動に移したということではないだろうか。いわば自己破滅型の行動を取ったとみるべきで、彼は自分を意識的に生活苦に追い込み、犯行へのエネルギーにしたのだろうと思う。もし彼がきちんと仕事をし、納税をしていたら、そのような感情は外部に爆発することはなかったろうと思われる。社会的に衝撃的な事件は、文筆家にとっていわば食うためのチャンスでもある。まあ週刊誌を買って読んでみてまた再考はします(笑)
2022.08.07
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今日は広島への原爆投下記念日である。必ずと言っていいほどこの日が近づくにつれ、国内にはネットにも新聞にも原爆使用の是非についての論評が溢れる。内容は「非道の兵器核兵器を投下した米国の犯罪を批判する」。しかし投下後77年経っても「原爆投下は過ちだった」とか、米大統領が日本国民に対して謝罪したなどと言う話はない。米国側の言い分としては大きく分けて二つある。一つは東京裁判で日本側の代理人ブレイクニ―弁護士が提起した「原爆を落とした国に日本を裁く資格はない」とした動議は直ちに連合国側に否決されたということ、もう一つは米国側の論理に、「原爆投下は、多数の日米国民の命を救った」という理屈があるからだ。前者の東京裁判での却下は敗戦直後の挫折感漂う日本人にとって痛烈な打撃ではあったが、戦勝国が戦敗国を裁くということ自体が基本的に裁判と言う中立性を保ってされたはずはないから、無理な論理であった。しかし日本人はこの判決から75年、日本側が改めて調査、原爆投下の合否を再び明るみに出したことはない。毎年々繰り返される敗者の恨み言に均しいことが繰り返されるのは残念である。日本の言い分は、原爆投下は間違っていたとする見解なのであれば、国家としてこれを調査、世界に発表しなければならない。しかし公に調査したという話はどこからも聞こえてこない。二つ目の米国の見解は「原爆投下は日米両国の国民を救った」である。この見解は米国のいろいろな人が支持している。根拠は戦後まもなく行われた米国の戦略爆撃調査団によるドイツ、イタリ―、日本の被爆民へのインタービューと膨大な記録が残っているからである。米英のドイツへの爆撃についてだが、両国とも同じ方法ではなかった。米国が目標を港湾、工場、駅などのいわゆる点を攻撃したのに対して、英国は目標を決めず、地域を決めて夜間爆撃を行った。これは米国の考えは一般市民を巻き込まないという言い訳の名分になった。一方英国はドイツ側から「無差別爆撃」として非難されたが、戦後ナチスの戦争犯罪が暴露されるにつれて反論は収まった。調査団の一行が悲惨な焼け跡を見たり、被爆した市民の体験を聞きとってノイローゼ気味になると、調査委員長からアウシュビッツを見てきたまえと勧められた。そこには最良の解毒剤があったのだ。日本への空爆は欧州の例に沿って軍事目標のみを狙い、いわゆる住宅地は外されていた。従って昼間爆撃が採用されたが、対空砲火と迎撃戦闘機からの被害を避けるために高度を上げていたため、命中率ははなはだ悪く、成果を挙げられなかった。司令官は左遷され、今でも日本では悪名の高いカーチス・ルメイ将軍が着任し、方式がガラっと変わった。まず精密爆撃をやめ、英国式に夜間爆撃と目標を地域に切り替えた。さらに日本の住宅がほとんど紙と木でできていることから焼夷弾を使うことにした。ドイツに比べて対空砲火と戦闘機の攻撃が少ないと見たルメイは機銃を取り外し、焼夷弾の積載量を上げてまでこの作戦を徹底した。例外なのは4月におこなわれた郡山の化学工場爆撃ぐらいだろう。この方法は先の英国が取った夜間爆撃と同じで、敗者側は無差別爆撃と非難した。有名なのは10万人の被害を出した3月10日の東京下町爆撃である。ルメイの主張は、「日本の住宅では内職と称して軍事工場へ納品する部品を作っていた。これは軍事目標とみなす」と言うことだった。さらに追って、8月の原爆投下が決定された原因のひとつにソビエトへのけん制があった。日本を降伏させるのにお前の力は不要だというアピールである。日本が無条件降伏をした8月15日を過ぎてもソビエトが分け前を欲しがっていたという事実はこれを証明している。この出来事は二個の原子爆弾が広島、長崎に落とされてその前後の日本政府の記録と合わせて間違いなく日本は終戦への意思を固めたと推測するのは簡単である。原爆が落とされなければ日本はまだぐずぐずと抵抗を続けただろうし、ソビエトは北海道に上陸していたかもしれない。さらに連合軍の本土上陸が行われていれば、日米両方に多くの死者が出ていたのは間違いない。天皇の逆音放送にある終戦の理由の一つ「残虐なる特殊爆弾」というのは原爆のことである。しかし原爆投下はこの推測をまったく違うものにしたのだ。原爆投下にもかかわらず、日本が降伏を拒否していたら、ソビエトが北海道へ上陸していたのは変わらないとしても、日米両軍に多大の損害が出るというのは違っていて、米軍首脳部は兵隊の損害を少なくするためにおそらく第三の原爆をどこかに投下したに違いない。たった一機の爆撃機(10名搭乗)があげる戦果は、司令官や政治家にとって魅力的である。もし先の米軍の空襲目標の統制の取れた方針(最後には無視されたが)も何千、何万と言うアメリカ人の戦死で被る損害は当時の大統領としても受け入れられるものではなかったはずだ。高価ではあるが、原爆によって戦争が終わるとすれば、十分見合う計算になる。つまり原爆がもたらした効果は米国よりも日本人にとって不幸中の幸いだったということになるのだ。一方的な日本人への殺戮は終戦の決断をした日本の指導部が恐怖したことであった。このころ原爆の在庫は少なくとも2個、朝鮮戦争の時は数十個に増えている。マッカーサーは中国が北朝鮮から攻めてきたとき、大統領にすくなくとも十個の原爆が必要だと要求しクビになっている。軍人は道徳的要素など考える必要はないが、それでもこのような軍人をすぐに首にする権限が大統領にあったのは幸いであった。一般国民と言う概念は戦争によってだいぶ拡大解釈され、彼らだって国を構成している一員、当然ながら攻撃の対象になるという考えが定着したのは戦後である。
2022.08.06
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柳田国男さんの名著と言われているこの本、父親の蔵書として書棚に埋もれていたが、息子のわたしが有り余る時間を利用して読み始めた。最初は時代錯誤して難解な部分にぶち当たるが、当時の知識や情報収集環境の違いを想像しながら自分なりにバイアスをかけて読むことにしたら、だいぶ気は楽になった。最初の章は色音論と言うタイトルで、いまの日本人の感覚のもとになったのが色と音だという。江戸時代後期に流行ったものが赤い椿を庭に植え、ウズラをかごで飼ったという組み合わせがこの色音論だそうだ。現代では、日本人はことさら色に敏感で、同じ夕暮れの雲の色が千遍万化する様を捉えてあかね、くれない、などと称して自画自賛するが、実は我々は当時色をはなはだ制限してあまり種類を増やさないようにしていたとの著者の弁である。これは混乱を防ぐことと、当時の染め物の技術が鉱物系、植物系と自然界のものに頼るしかなく、種類があまりにも視覚からはかけ離れていたからではないだろうか。我々が感じる夕暮れの雲の色の種類は、とても当時の染め物師が作れる数を凌駕していた。たとえば俳句で「赤い花」というのは想像するしかないのだが、このあたりの想像力は日本人には現代に自画自賛するような能力が備わっていたのだろう。また著者は言う。もし日本人が低緯度地方で自然の果実や植物の色に遭遇していたら色の数はおのずから増えて色の名前もまたしかりだったはずだともいう。その証拠に、色の数(名称)は外国の方がはるかに多いという。なるほど、例えばレモンは日本になかったが、外国ではLemonyellowとしてあるし、フェルメールで有名な青の顔料はとても当時の日本ではお目にかかれず、ただの青としてしか認識しないだろう。自然界の青を群青とか、紺碧とやったのは独自の日本人の感性だろう。果物のオレンジ色は日本では赤と黄色の中間としか認識されず、オレンジと言う果物から採られた色だとするのは後の話しである。日本人は色を認識するのに最も多い機会は娘たちの晴れ着だったと言う。染め物師が技術の最先端を活かすのはやはり古今東西若い人たちの着物であった。ここに登場する色以外はまったく蚊帳の外だったのが当時の日本であった。若い女たちの着る晴れ着から柳田はまた鋭い解釈を続けていくのだ。当時の情報収集環境は、せいぜいが旅行か旅行者からの見聞きしかない時代、やはり彼ほどの思想家と言うか世俗評論家はいなかっただろう。書物はつぎに服装のことを取り上げる。晴れ着は当時(江戸時代)ほとんどの庶民の若い女には無縁で、一番上等な着物を晴れ着としていた。すなわち、女の着物は晴れ着しかなく、水仕事や料理の際には襷を使って袖や裾を詰めて作業着としたとのことだ。晴れ着の中から一番古くて傷んだものを作業着におろすという決断があったらしい。しかしこれは女の分野であって、男の場合は大工や石工、鳶の職業は仕事着と言うのがれっきとしてあり、女性との差が甚だしかったようだ。警官や兵士はいわゆる筒袖付の洋服が用いられ、まず上着から下履きへと変わっていったという。洋服に袴、またはモンペや股引(タコ)といういで立ちから、上下とも洋装になったのはかなりの年月が必要だったらしい。もっとも変革が遅れたのは履物で、これは欧州の履物文化と異なる文化を持つ日本だからこそできたことで、欧州ではほとんど靴は脱がず、方や日本では靴はしょっちゅう脱着を繰り返す。住居と仕事場のあいだを往復するのに最適の履物はぞうり、下駄類であった。旧制高校の生徒の典型的服装はYシャツに長ズボン、ベルトには手ぬぐいをはさみ、履物は下駄であった。明治中期になるとロシア軍人の履くゴム底製の長靴を見て警察官に採用、兵士から一般人へと広がっていったらしい。およそ百年前(この本ができた時期から)はどんな小さな庭先でも椿とウズラのコンビが日本人の精神を慰めていたというのにである。この速さは驚異的と柳田国男は書くのである。今でいうパラダイムシフトを目の前で体験した柳田はさらに住宅へとその観察眼を移していくのだ。
2022.08.02
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残虐な犯行に及んだ犯人だからなのか、世間が忘れたころに死刑を執行したなどと実名と写真入りで報道されるってなんだかなあ。刑が確定する前、裁判中はその経過を逐次報道するのは当然だが、わざわざ実名をまたも挙げて世間に忘れるなよと言っているような感じを受ける。それに伴い死刑の執行は現内閣で何人目とか発表するが、これはいいと思う。死刑が法律としてある以上、執行は当たり前の話であるが、中には一度も死刑を執行しなかった内閣もあった。これはこれで国民の評価を受けるべきである。犯人を憎む気持ち、あるいは犠牲者を弔う気持ちは人それぞれである。しかしこの報道でその感情が再度揺り動かされるようなことになってはまずいことだと思う。加害者の遺族、被害者の遺族、両方の遺族の思いは複雑で、それを恣意的とも思われる過剰報道と判断されても仕方のないような報道はまずいと思う。それとも、殺人と言う犯罪に大小があるとすれば、それを計るのは被害者の数が手っ取り早い。1人殺害しても7人殺害しても同じ死刑である。マスコミはこれを勘案しているのかもしれない。実名をそのたびに公表してその名前と憎むべき犯行を大衆に知らしめると言うのが諮らずとも合致しているかもしれない。不謹慎な理論だが、死刑の執行の方法で加害者は罪を償うことができるとしたら、法として釣り合うのかもしれない。思い出すのは中学校で習ったハンムラビ法典だ。「目には目を歯には歯を」という「同態復讐」が基本となっている。この基本は今でもそんなに違っていないと思う。殺害されたのが一人でも何人でも、加害者が一人である以上は死刑は一回で、犯行の大きさが被害者の数と比例するならば、考慮しなければならないのかもしれない。先の不謹慎な理論はあんがいと当を得ているかもしれない。死刑になるまでの死刑囚の心理は心理学者や法学者あたりが研究しているのだろうが、執行の方法を何段階かに分けるのも一方法かもしれない。江戸時代の刑罰の一種で、往来に首だけ出して罪人を埋め、かたわらに竹で出来たのこぎりを置いて、通行人に必ず一回挽かせるというものがある。死亡までに至る時間が長く、罪人の苦しみは言うまでもないが、フランスで考案されたギロチンは一瞬で命を絶つので、よく使われたという。この両方の刑を比べれば、同じ死刑でもおのずと軽重がわかるというものだ。50年代の米映画で「私は死にたくない」と言う社会派の映画では、死刑になった主人公が薬剤注射か電気椅子かを選択できるシーンがある。また最近の映画「グリーンマイル」では公開死刑が行われ、電気椅子での死刑が凄惨にすぎ。立会の検察官や陪審員が倒れたり退場したりするシーンがある。日本では死刑はただ一つの方法、絞首刑であり、採用されている理由は被執行者の苦痛がほとんどないとされているからであるが、本人に確かめようもないので確かではないと思う。閑話休題とにかく、いまの死刑執行の実名での報道は、死刑と言う刑罰を受けたまっとうな人間に対してふさわしくないと思う。
2022.07.31
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感染者4万人を超すかもしれないと言われた日曜日に東京から帰った。気がついたのは、都心の電車内にはほとんどお年寄りがいないということだ。すくなくとも1949年より前に生まれた人は皆無だと思う。優先席は健康な若者が遠慮なく座っている。お年寄りは巣鴨にでも行っているのか?身代わり地蔵など撫でまわしているのかもしれない。ならば神社仏閣の代表である浅草寺は?やはりいないのだ。コロナのせいで客は激減しており、大ちょうちんから奥のお寺まで見渡せるほどだった。ここでもほとんどが外国人または日本人の若者である。お年寄りには都心はまったく親切ではないのだろう。車を持つには地方の維持費の数倍かかるし、かといって電車を使うには歩行での移動距離は長すぎる。東京駅や渋谷駅など地方に暮らす人たちにはなんでこんなに歩かなきゃならんの?と言う感慨がわく。地方では車さえ運転できれば枯葉マークつけて何とか移動できる。早朝の都心には若者がマラソンマンに早変わりでこれまた出現、お年寄りはいない。群れを成して走るマラソングループがなぜ皇居周辺に多いのだろうか?このあたりは歩行者優先の信号感覚で、非常に歩きやすいからかもしれない。あるいは日本の中心地で走るという虚偽のステータス?一人では心もとないので集団で誘い合う心理かもしれない。お年寄りはお呼びでないところ、それが東京である。知人のお医者さんは大宮に介護施設を持っているが、いま地方にも土地を物色、増設する計画である。物価指数は東京の方が断然高いので、この差額で地方に要介護者を移動しようということらしい。東京から流出するのは老人だけかもしれない。土地はいくらでもある。一級河川の河畔には広大な土地が坪800円ぐらいで売りに出ているんだから介護施設は次々と地方に移っているのだろう。最近は介護保険の点数が上昇して穴場になっているとのことだ。
2022.07.31
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われわれ(1949年生まれ)が習ったのは世界史と日本史で、受験はどちらかを選択したっけ。世界史は大学に行くとなくなり、より細分化して西洋史とかアジア史とかに分かれた。しかし近代になるとその区別はあいまいになり、教科書のページもめくるのが早くなってあっという間に終わってしまうのだ。もっとも期末には受験が控えていたので仕方ないところもある。今の日本人が体験している「世界史」の最大のイベントは、やはりコロナとウクライナ戦争と大地震だろう。この三つがわずか10年の間に起きて、われわれは物価高、物不足、医療貧困という不便さに直面している。世界が日本と直結しているから、とても日本だけは安泰と言うわけにはいかないからだ。江戸時代には日本史は純粋に存在した。外国で何が起きてもほとんど国内には影響なく、周囲を海に囲まれた国土では独自の歴史が刻まれていった。時々外敵が攻めてきたり、こっちから外征したりと言うのはあった。幕府が倒れた時、世界は西欧の強国が陣取り合戦の真っ最中で、アジアもまたその勢いに吞まれていた。そんな意味では、明治維新は日本という国が興廃の瀬戸際にあったころと言えるのかもしれない。明治維新がまさに日本史が世界史に仲間入りするエポックだったのだろう。我々は日本は加工貿易で暮らしていると教わった。優れた加工技術を持ち、しかも賃金は安いので価格も競争力があった。今は中国がそれにとってかわり、世界第二位の経済大国となった。習近平が何を考えているかが我々の生活に大きな影響を及ぼす時代、アマゾン川で一匹の蝶が羽ばたくと日本が台風に襲われるというのも冗談ではなくなりつつある今、ニュースの聴取は欠かせない日常事だ。今、世界の歴史学者は何をしているのだろうか?少なくとも地域に分かれたアジア史とか南欧史とかは既存を除いてはもう成立しないだろう。せいぜい北南半球か東西半球、またはアフリカ史、南北米大陸史ぐらいが関の山ではないだろうか。ますます世界史はそのページを加速的に増やし、地球全体を吞み込むようになるだろう。現代にそぐわない無力に近い国連は再編成され、国としてではなく地域として参加する機関ができるかもしれない。東アジア連合、西欧州連合とか北米連合とかなんたらかんたらキリがない。これに加わらない国はこの新機関が軍事的に征服するとか、経済的に協力するとかで、いまのEUがその先進的テストケースになりうるかもしれない。「かもしれない」ばかりだが、その程度の話ではある。
2022.07.29
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実際は「悪い遺伝」とか訳した方が映画の主旨も伝わるというものだ。今日のBSでこの1956年制作のスリラーを放映していた。評判は聴いていたので期待して見たが、なるほどたがわぬ出来の映画であった。この時代、アメリカは第二次大戦、朝鮮戦争を戦い、世相は荒んでいたはずだ。しかし庶民の暮らしは向上し、世界一の繁栄を謳歌してもいた。物欲しさに持ち主を殺害して手に入れるという犯罪癖のある8歳の女の子を演じたパティ・マコーマックと母親役のナンシー・ケリーの演技が見事、幸せそうな母子を演じているが、だんだん友人の水死や叔母の死に娘がかかわっていることに気づく母親の心理的葛藤と、本来の母子愛が行ったり来たりして演技の奥深さを感じる作品。これはもともとブロードウエィで上演された演劇で、さぞ難しい作品なんだろうと思った。迫力ある心理描写は、殺人の秘密を握った下男が地下室の焼却炉の前で焼死してしまうときに、女の子が弾くピアノ練習曲が不気味に響く効果も計算済みか。「悪い遺伝」とは、母親が自らの出自を父親の告白で知った時、母親が稀代の殺人鬼であったことを知り、絶望する。殺人鬼の系統は遺伝するのだという妄想に取りつかれた母親は娘を睡眠薬で殺害、自分は拳銃自殺するが二人とも生き残る。エンディングは凝ったもので、出演者が一人づつスクリーンに登場してあいさつする。子役のパティのあどけなさは演技と言うものがいかに人をマスキングするかわかろうというものだ。また母親がパティのおしりをぶつシーンは、おそらく身もふたもないこの映画の結末をすこしでも和らげようと監督が追加した本来の親子関係を表していると思う。いい映画は何度かリメイクされるが、この映画もまた二回ほど後世に別名でリメイクされている。
2022.07.21
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泥棒に追い銭のタイトルで数日前に投稿したが、あちこちで被疑者安部さんの国葬決定と言うのがくすぶりだしている。岸田さんの決定はいかにも数を頼んで拙速に過ぎる愚策で、もう少しあちこちの意見を聞くべきだった。気象庁の梅雨あけ宣言が外れたのとは違い、こちらは重大な責任を伴う決定だ。国際的には安倍さんが国内で何をしでかし、何を疑われているかなんてはどうでもいいことで、要はカネをもらったり貸してもらったりした恩義があれば犬と同じく尻尾を振って飼い主に媚びる。しかし国内ではきちんと検証して疑惑があれば徹底的に調査して国民のもとに晒さなければならない。これは当たり前の話で一党独裁とは違うのである。下手すれば岸田政権の命取りになるかもしれない。またこの問題は別なところに新しいベクトルを発生させ、成長しつつある。ろくに名前を憶えていないのだが、「旧統一教会」と言う宗教団体である。朝のモーニングショーはまさにこれ一色で、現職の国会議員や弁護士がこの団体について数々のコメントを発表、ベクトルは確かにある方向に向かって整合されつつあるようだ。調査が進み、安部さんは被害者であるのにまるで自業自得みたいになってしまうかもしれない。これもひとつの世論ではあるが、犯人に対する同情ももちろんあるとみていいだろう。メディアはこんな時弱者の味方をする。勧善懲悪で桜吹雪と御白州の前ではウソはつけめえと国民総金さん気分かも。新聞やテレビと言った機構もニュートラルではなく、世の中を忠実に映しているわけではない。かつて柳田国男さんは長年やってきた新聞の切り抜きを突然やめた理由にこれを挙げている。報道も人間が作る限りは世相を表しているわけではないとのこと。大事なのはその報道の中から真実を読み取ろうとする観察眼であるとのことだ。あやかるのは難しい。世捨て人にはなかなか成れないからだ。
2022.07.19
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安部元首相射殺犯の横顔がだんだん報道によってわかってきた。彼が投かんしたという手紙の内容は、彼は優れた分析力と意思と思いの調整力とを備えており、冷静に自分を見つめていることがわかる。なぜ彼ほどの人物がこのような度外れた犯罪を?と言う疑問は考察する気もないが、一言で言えば彼は彼なりに意思を貫徹、実現したということだ。いろいろな方向から彼を見ることができようが、彼は理不尽極まる宗教団体の犠牲者ともいえ、少々乱暴な理屈だがもっと関連付ければ、安部元首相には因果がめぐって来たともいえるのだ。優秀な人間が宗教団体によって挫折するという図式は多いのだろう。しかも韓国生まれのこの団体、朝のモーニングショーのソースだが、日本人のエリートをターゲットにもしているという。わたしには韓国が宗教団体の隠れ蓑をかぶって日本を思想テロの標的にしているとも考えられるのだ。日本が宗教の自由、結成を憲法に謳っていることを利用し、かつてのオウム真理教への捜査が遅れに遅れ、数人の犠牲者まで出たことを忘れてはならないと思う。
2022.07.18
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福島大学がなぜ他県の国立大よりしょぼいのか?と言う動画、タネを他人のブログから拝借している(汗)まあ冗談半分と言うか100%にしかとれませんが、いまだにしょぼいのは戊辰戦争の敗戦のせいと言うネタ、キャッチーなネタとして捉えればいいと思うが、しかしこの作者はよく各大学の実情を調べ上げており、なかなか痛いところを衝く力作だろうと思います。正直知人のお医者さんによれば、なぜ福大って福島医大と合併しないのか?という疑問がすべて福島県の後進性を表しているというよりも、超保守性、非積極性、事なかれ主義を表していると思われる。その結果、確かに人口が約半分の山形県の国立大学に後れを取っている。理由は明確にはわからないが、作者の言うことは恐らく間違いではない。会津の優秀な高校生は会津高校ではなく、峠を越えて山形東高校へ進学している事実がある。同じ戊辰戦争で冷遇されたとすれば、山形の方がはるかに先進性があったと言えるだろう。実際に山形には国立音楽高校があり、歴史も古い山形交響楽団がある。東北の雄都仙台の通勤圏にありながらその文化程度は高く、福島県とは比べにならない。ジャズ喫茶もまだ数件残っており、そのオーディオ感覚は日本でも有数と思われる音質である。野口英世の出身県とは思えない福島県は数々の不名誉を残して今あるわけだが、やはり戊辰戦争と言うよりは、根底に県創立時の県庁移転のごたごたが後を引いていると言ってもいい。福島県は地政的に南北に交通が発達し、東西は山岳部で隔絶して往来が不便な地形となっている。県庁はけっきょく県北の福島市に置かれて不便をかこつことになっている。このため、県境近くの自治体は福島県の指揮を受けるというよりは他県のおこぼれちょうだいと言う傾向があり、福島県の存在は極めて薄いものとなっている。茨城県に隣接するいわき市は県庁までの距離は120km強、会津若松市からはおよそ100km南端の白河からはこれまた100km弱、これほど分散している自治体を持つ県は他に類を見ない。しかも明治時代に日本で最初の県議会ができたと自画自賛するわりには、県庁を中央の郡山市に移転させる決議がなされた後も数々の福島市側の妨害工作で決議が覆されたという民主主義からは程遠い県議会の体たらくを示した。このあたりが今でも県内自治体の結束が薄く、自治体はみな(県北を除く)わが道を行くスタイルであることと、福島大学のしょぼさは案外と連結しているのかもしれない。また県庁所在地の福島市そのものが仙台市と距離が極めて近く、ほとんど経済圏に飲み込まれており、県民が寄せるであろう県庁所在地としての風格にはほど遠いのも事実、人口は県内でもいわき市、郡山市の後塵を拝している。県はこの批判をかわすために戦中に建てられた県庁本庁舎を建て替えることもできず、耐震補強でお茶を濁し、みっともない姿をさらけ出している。また県は空港を中央部に設置する事、また付帯設備として阿武隈高原道路を作ったが、ほとんど交通量はなく、空港と合わせて超赤字のお荷物施設となっている。これに不満を持つ県民は何度も県庁移転運動を起こしているが、そのたびに施政者、議会は肝を冷やすという図式でもある。しかし県庁移転運動そのものは、その使命が極めて公的な物であるにかかわらず、一部の政治屋の名誉欲のみで行われ、善良な多数の支持者を失望させて失ったのは現状維持派にとっては幸運であったろう。わたしとしては新たな指導者の出現を望むの見である。閑話休題大儀的に見て、戊辰戦争の敗戦は県民の感情の奥底に残っていることは間違いないが、それと福島大学のしょぼさはほとんど関係がないと思われる。
2022.07.16
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マラソンマンは中途半端に見たことは何度もあるが、最初から通しで見たのは初めてである。BSで今日放映されると知って録画しておいたのだ。わたしの一存だが、この映画ほど常に緊張感のある映画ってあっただろうか?と思わせるほどストーリー、配役、カメラワーク、音楽が全て溶けあっているのだ。これぞまさしく映画芸術の極みだろう。元ナチの首領を演ずる歯科医のローレンス・オリヴィエの不気味さ、彼が出ると音楽は彼のテーマともいうべき不協和音に満ちたメロディが鳴る。また誰が味方か敵かわからないストーリーも凝っていて、ストーリーは複雑に過ぎ、やもすればもう一度録画を戻して重要なセリフを確認したりする。とにかく走る男ダスティン・ホフマンは父の形見の大型拳銃を振り回すが、オリヴィエの拷問を受ける役で、歯科医の使う器具が不気味に見えるように演出されている。オリヴィエはまずホフマンの歯を診察し、虫歯を探しだしてそこの神経を器具で刺激するのと丁字油を塗って痛みを止めるのを交互に繰り返す。丁字油が歯の痛みに訊くとは知らなかった。またロイ・シェイダーが「ジョーズ」のしがない警察署長とは比べにならないカッコよさで出てくる。俳優陣が超ベテランたちだからできる映画で、最近のつまらないアクション映画とはできが違う。
2022.07.12
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あちこちのネットニュースを見ていると、ブラジルが喪に服した、インドもだあの国もだ、弔電があの国から来たなんだかんだ、これは事実であるが、在任期間が歴代首相で最長なんだから当たり前の話である。決して彼が特に外交に長じていたとかではないのだ。わたしから言わせればただの一人芝居がおおく、空回りしていただけと見る。こんな安部さんを美化する文章も多い。故人を美化するのはけっこうなことだが、こと彼に関してはことさらの美化はいけない。これから彼の生前の数々の疑惑が解明されなければ民主主義の国が聞いてあきれる。野党はこんな時のためにある、一緒に引きずられて喪に服すようでは政党の資格はない。長期政権の驕り高ぶりが行政の自殺者を生み、ウソが噓を生んで安部さんの周りは限りなく黒に近いグレーに塗りつぶされているのだ。行政は彼を恐れ、忖度し、数々の疑惑を秘匿しているはずだ。もう恐れる必要はない。徹底的に暴くチャンスなのだ。凶事変じて福と成すということわざはないが、まちがっても個人を祭り上げてはいけない。有名な戒石銘に「民をだますのはたやすいが、天を欺くことはできない」とある。これなど安部さんに捧げる墓標銘にふさわしい。
2022.07.11
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よく見ないとわからないが、薄く虹がかかっているのが見えますか?これはあるペンションでの日常風景だそうです。しかしわたしには初めての光景、おもわず撮りました。朝は静寂そのもの、鳥の声は全く聞こえず、湖畔の水面も鏡のようです。たまに魚が跳ね上がり、水面の虫を喰っている。自然てこんなに静かなのだと知ったのだが、街の早朝はカラスが泣きわめき、スズメがエサを探し、案外と動物の出番なのだ。山の中は街と違って非日常と言えるほど静かなのだ。生物はじっと息をひそめあって天敵の襲来に備え、逆にまたうまい朝食にありつこうとじっと待ち伏せしているのだろう。このあたりの蚊は人間サマを襲撃するのはたった一回、ブーンと来てあっという間に針を刺している。でさっさと逃げてしまうか生まれてくるだろうわが子のためにリスクを冒してたっぷり吸血して手で叩かれるか、まさに安部を襲撃した暗殺者の手口である。彼は第二撃で目的を果たし逃げなかったが・・。街の蚊はしつこく周囲を飛び回って機会を狙うのだが、山の中では数少ない獲物なので、生存競争激しくチャンスは一回限りなのだろう。このような非日常を手に入れようと、別荘を買ったりペンションのオーナーになったり、また移住する人もいる。しかしそれもいいが、この二つの世界を往復することで両方が日常になりえる。そして日常はグレードアップするのは間違いない。日常が新鮮に見え、ヒントがたくさん生まれるのだ。やはり人間新しい出会いと環境は必要なのだろう。クラリネットのPee Wee Russelのインパルス盤Old Bottle New Wineのタイトルを思い出す。
2022.07.11
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マーチン・スコシッジ監督の昔の映画で「タクシー・ドライバー」と言う映画がある。主人公(ロバート・デ・ニーロ)が幼い娼婦(ジョディ・フォスター)を救い出すためにいろいろな銃器を試して改造するシーンが印象的だが、元々は大統領暗殺を目論んでいたという内容である。安部元首相を射殺した犯人は報道によればかなりのマニアで、実際に改造銃器や爆発物を隠していた由。マニアがどんどんその程度を深めていくとやがて目的は一度使ってみたいという欲求に代わり、動物から人間にターゲットは変わっていくのだそうだ。それにしても第一発目を外したら次はないというのがゴルゴ13の有名なセリフで、これはじっさいにも暗殺者の金言であるそうだ。フレッド・ジンネマン監督の「ジャッカルの日」では暗殺者が一発目を外し、第二発目を装填中に警官に射殺されるという筋書きである。映画とはいえ、事実に相違ない。それにもかかわらず、第二発目が安部元首相の命を奪ったという事実は、警備が甘かったということに尽きるだろう。それにしてもネットの報道が入り乱れる中で、消防署や警察、ドクターヘリと医療機関が次々と詳細な時間系列を発表し、あたかも後で問題にならないようにアリバイ工作をしたような形跡がある。こんなところは自己保身主義極まれり。要人が襲撃された例はたくさんあるが、安部元首相の場合は引退後のことであり、彼の影響力がいかに大きかったかを表している、というよりも引退したのは首相と言うポストだけで、在任中に築いた人脈を生かして最大派閥を率い、しかも数々の疑惑を生んだ張本人であり、そんな意味では引退した人間ではないのだ。彼が亡くなったことで、これらの疑惑が解明されることに躊躇があってはならないと思う。とかく日本人は死人を鞭打つという行為を忌避する傾向があるが、この場合は話は別である。これらの疑惑は日本の総理大臣が侵すことのできる犯罪解明につながるはずである。ロッキード事件の田中角栄にも劣らない疑惑解明に遠慮があってはならない。
2022.07.09
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七夕は盧溝橋事件の日でもある。今からおよそ90年前、柳条湖事件(昭和6年)をきっかけに起きた事変は満州国を作り、さらに6年後の今日、盧溝橋でまた軍同士の紛争があり、日本と中国は全面的戦争を起こした。いずれの出来事も日本軍が仕掛けた自作自演だったらしい。前者では満州を手に入れるきっかけとなり、、後者は逃げる中国軍を追いかけて広大な大陸で鬼ごっこをする羽目になった。とにかく中国軍は弱かった。ろくな軍事教練もできず、将校を養成する学校も西安にあるだけで、そこの教官は日本人が多く、中国の将校を馬鹿にする有様であったらしい。日本人は小学生まで中国人を軽蔑し、差別していた。昔は中国を師と仰ぎ、遣隋使や遣唐使を派遣することもあったのに、中国は欧州の軍事力に敗退し、香港を英国に、マカオをポルトガル、満州北部をロシアに統治させていた。明治維新を日本が成し遂げると、日本に留学していた孫文が日本こそお手本とばかり、辛亥革命なるものを勃興させたが、中国全土には至らなかった。このころ中国には二つの政党があり、内戦状態となっていたのだ。ソビエト共産党の指示を受ける毛沢東の紅軍、蒋介石率いる国民党の軍隊とである。アメリカやドイツから軍事援助を受け、このころは軍事的に共産軍より優位であった。日本はこれをいいことに、内戦状態であればあるほど中国は弱っていくのは明らかと見たが、実際は国共合作と称して国民党と共産党は対日戦線で合意に達し、共同戦線を張ったのである。この情報はまったく日本人には入らず、中国軍恐れるものぞと言う独りよがり的優越感に浸っていたのが当時の日本人である。孫文は日本と中国の橋渡しを望んでいたが、まさに中国のことわざ「燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや」であった。大多数の中国人は教育を受けず、無学で文盲であった。このころの中国の文盲率は100%に近かったはずである。このため外国はおろか、国内のことも知ることはなく、政治的にも全く白紙であった。しかし文盲の中国人兵隊の逃げ足は速く、日本軍が追撃する倍の速さで揚子江を遡行して重慶まで逃げた。日本軍は負うことができず、爆撃機で重慶を空襲するにとどまった。これが世界で最初の戦略爆撃となった。この時すでに心ある日本人は広大無限の中国本土を占領する事の愚を悟ったものが何人かいたが、いずれも少数派で、勇ましい発言ばかりが歓迎される軍内では大きな声にはならなかった。本来、進歩した国の軍隊と言うものは、政府の完全な管理下にあり、軍自体が政府を左右するものなどではない。しかし日本の陸軍は政府の言うことなど聞かなかった。これは陸軍が当時天皇の直接指揮を得るものとして扱われていたからである。政府が天皇の軍隊をして口を出すなどとんでもないと陸軍の一人勝手な理屈であった。そして中国で身動きできずにいる軍隊を目にしながら、さらに東アジアの原油やアルミニウムやゴムなどの軍需物資を得るために軍事行動を起こし、これがアメリカの反発を買って太平洋戦争につながっていくのだ。この責任はだれにあるのか?旧陸軍の幹部にあるというのはたやすいが、それでは答えにはなっていない。陸軍の思いあがった精神を叩き直して正しい道に戻すのが政府の役目とすれば、当時の政府、首班だった近衛、東条、広田の責任もあるが、最大の犯人は当時の国民だろう。 ちょうど英国のジョンソン首相が閣僚の信頼を失って辞任するニュースが流れた。彼は私立のイートンスクールを出てハーバード出、国内では超エリートである。かえって日本の首相だった近衛も東条も広田もこれまたエリートである。日本も英国も同じ内閣制で政治的に似ているところはあるが、ジョンソンと日本の首相たちが違うのは、前者は現実主義者、後者は理想主義者で、現実とかけ離れた思想に固まったお坊ちゃん体質だったということである。ジョンソンはエリート臭をおくびにも出さず、女性ではだらしなく、酒でもだらしなくしてかえって国民の人気を集めた。逆に近衛は天皇五摂家の筆頭で、ジョンソンとは比べにならないほどの家柄だった。これが何を意味するか?首相としての責任よりも自分の家計を守るために生きていた人物と言うことである。そのためにひたすら保身に身をやつし、人の評判をものすごく気にして行動した。そのいい例が対米戦について率直な意見を山本五十六から聞いたときである。山本が、開戦して一年や半年は暴れて見せるがそのあとは確証がない、と言ったとされる。この意見を参考にして近衛が立ち回ったという話を聞いたことがない。彼はそのあと戦争に反対したという記録はなく、御前会議で開戦決定後に辞任した。彼は日米会談も全くやる気がなく、東条に後を任せてしまったのだ。両家の子女に過ぎない彼の特質はまだある。終戦後、彼は珍しくマッカーサーに会見を申し入れ、マッカーサーから終戦処理の指導をするように言われて有頂天になり、憲法改正や国務大臣としての敗戦処理にあたったほどである。しかし彼のマッカーサー訪問は、戦勝将軍を訪問することで、戦犯を逃れるために行動したのではないかとわたしは見る。彼は恐らく戦犯指定の予感があったのだろうが、だからこそ米国の占領軍最高司令官に会ってご機嫌を伺ったのだと思う。それほど彼は世間知らずだったのだ。時がたって東京裁判でA級戦犯として収監される前日、荻外荘で自殺してしまった。彼の神経は細く、それでいてきぐらいは高かった。東条もしかりで、MPが収監にきたとたん、拳銃自殺を図ったが当時の大発明ペニシリンの使用で命を取り留めた。豪放磊落な一面を見せたジョンソンの人間味と現実を見極めて決断する能力、肩や政治よりも家系にしか興味のない男のちがいなのだろう。当時の日本は一部の誤ったエリートたちに国を動かされていたとしか言いようがない。
2022.07.07
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最近は庭いじりばかりやっている。親が作った庭だが、ほとんど手入れもせず放置していたので、目隠しとして植えた杉の根っこがやたら猛威を振るって地面を凸凹にし、庭石を押し上げ、縦横に地下に値を張り巡らせている状態、これを何とかしようと日々格闘しているのだが、つくづく思い知らされるのは、木と言う植物の物理的才能である。水のある方に根っこの先端は伸びていき、やがてそれは排水管の継ぎ目から侵入して管内にびっしり張り付き、中で繁殖して一種のスポンジ状になっている。水脈を辿るわけでもないから、水音でも聞きつける聴覚か水の香りをかぎ分ける嗅覚でも持っておるのだろうか。最近言った温泉の近くに大きな杉があり、神木としてまつられているのだが、その根は昔築かれた砂防ダムとしての石垣にがっちり食い込み、それをXY方向の基礎のベース(専門用語ではフーチンと呼ぶ)に見立てて支柱として垂直に伸びているのだ。地盤調査の専門家が良く言うのは、地盤の耐力(どのぐらいの荷重を支えられるか)はその付近の木の高さを見れば見当がつくそうだ。高ければ地盤は強固、低ければヤバいということになる。一般に海岸に近いと地耐力は下がり、山間部に近づくと上がるようだ。と言うことは、樹木もまた物理学の基礎ぐらいは知っているようで、これ以上伸びるにはベクトルを分解して水平方向に何m必要かを計算するのだろう。根っこが伸びる時の土壌の硬度も計算しているのだろう。常に倒れないように最小限の根っこの長さと深さを絶えず計算してバランスしているのだろう。プレデターのように完全に透明になる物体は自然界にはないので、虫や鳥はこれで多大な損害を被っている。ガラスに衝突して死んでしまう鳥、ガラス窓があるのを知らずにその前に巣を張ってしまう蜘蛛など、生物は正直なのだ。閑話休題木をいじっていると、時々得も言われぬ薫りが立ち上る時がある。庭の殺風景な光景はたちどころに高級デパートのコスメ売り場の周辺と化す。化粧品の大部分は植物から成分を取り出し、それを化学的に合成して香りのデザイナーが調合するらしい。デパートの入り口でオーデコロンの新作ですとか言ってサンプルをくれる時があるが、まあ人間とはいろいろなことをするものだ。庭石の積み方なども温泉や大きな公園の風景を見て勉強してみた。すると共通するのは、尖ったほうが上にする積み方と、平らな方を上にする積み方があり、これを組み合わせてたいへん姿の良い庭ができるようだ。また石の色や種類なども参考になる。明治の元勲山県狂介は庭いじりの名人で、目白の椿山荘などはその遺作であるらしい。造園屋さんに訊くと、コツは自然に見えるように置くことらしい。草花や樹木は成長すれば人口臭さは抜けるが、石は形が変わらないのでずっとそのまま、垂直だったり水平だったりは避けること。自然にそのようなものは水以外はないからだと。なので庭石は時々眺めてみて、あの石はもう少し右に振ったほうがいいとかもっと傾けたほうがいいとかキリがない。
2022.07.07
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BSチャンネルで「リバティ・バランスを撃った男」を見た。ネタ明かしすれすれになるが、米国が銃社会から法治国家に成長?する過程で、こんなこともあったろうなと言う筋書きの社会派ドラマ、監督はウエィンとコンビを組んで長いジョン・フォードだ。1962年の映画だが画面はモノクロ、色を識別する必要がないので、そのぶん画面構成や人物の表情を読むことができる。このあたりの機微をフォード監督はわかっていた?この時代のカラーフィルムは日本ではかならず「総天然色」と言うキャッチが入って、ポスターも今に比べると毒々しい原色に近く、いい仕上げとは言えなかった。しかしフランス映画ではモノクロと総天然色とバージョンがあったのを憶えている。例としては、イブ・モンタンの「恐怖の報酬」があり、YOUTUBEにカラーの方がアップされていたことがある。しかし、モノクロに比べて色調がどぎつすぎて作品としてはモノクロの方が好ましいと思った。今の人には理解できないだろうが、昔はピンク映画と言うジャンルがあり、要するに今でいうポルノ映画の走りだが、カラーフィルムの節約のために画面がなんてことないときはモノクロ、ことに及ぶ画面はカラーになっていた。なので観客はモノクロ画面の時は寝ていて、カラーになると目を開けていた(笑)閑話休題話題を戻すと、ジョン・ウエィンはフォード監督とともに西部劇のジャンルを切り開いた一つの方向で、いわゆる勧善懲悪、銃をもって銃を制すという筋書きだったが、この映画はちょっと違って、ウエインがベラ・マイルスに失恋するという物語、彼は常に強者だったのに降られた彼は泥酔いして自分の家に放火し、従者のウディ・ストロードに助けられるという、恋愛弱者を演ずる。また、マイルスが弁護士のジェームス・スチュアートに惹かれていることを知り、反面弁護士が銃の所持に反対していることを決して否定せず、批判はしながら最後にはスチュアートを助けるという役割は難しかったに違いない。ウエィンの表情の変化はなかなか彼が大根役者ではないという証明になるだろう。なんせ彼の真骨頂は、馬に乗ってインデアンや悪者を追い回し、拳銃では小さすぎるのでウィンチェスター73を乱射しながらやっつけるという役割が長かったから、とかく批判もあったのである。特に社会派の西部劇「真昼の決闘」でのゲーリー・クーパーとの演技の対比が西部劇ファンを二つに分けたのだ。クーパーの重厚な演技に対して、ウエインはただの大根役者と言うファンと、いやいやウエィンこそ本当のアメリカ人だというファンであった。クーパーなど弱虫で、助太刀を求めに街中探し回った挙句みんな逃げだし、最後に一人で悪漢に立ち向かうというストーリーは男らしくないというファンと、いやいやそうではない、彼こそアメリカ人の鏡じゃよと言うファンと、いろいろな方向で論争があったが、これもアメリカが世界の最強国だったころの国民の考え方だった。今でもアメリカに漂う銃規制と反対の流れのぶつかり合いはこのような映画の批評からも読み取れる。
2022.07.03
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関東は梅雨明けだそうだ。6月中に梅雨明けと言うのは経験したことも聞いたこともないが、これも異常気象のうち?と素人判断するしかない。どういうきっかけか思い出せないのだが、やはら庭をいじりまわしている。庭石を交換してみたり、積み方を変えてみたりと、飽きずにやっている。幸い空梅雨で雨が少なく、作業ははかどっている。庭石の積み方って実にいろいろあり、セオリーはないようだが、石の姿をじっと見ていると、この方向から見てくれと言っているような声がする(そろそろお迎えが近いかも)隣り合った石とのバランスもあり、ある種の妥協も必要なのだろう。露天風呂の石の積み方など大いに参考になるので、最近はしっぽり温泉通いもしている。梅雨に振り込められた場合も考えて、内業リストも作っている。摩耗した階段踏板の再生、漆喰の塗替え、窓枠の清掃など実に多い。スコップで土をいじりまわしていると、木の根っこやミミズやなんとカエルまでお目にかかる時がある。前に書いた自然は物理と化学で出来ている感想も新たに、いろいろなことに考えをめぐらす。庭をいじりながら、全然関係のないあの件をどうするこうするとか、あの金は誰に借金しようかなあなど、まさにマルチ人間である。人間ボーッとして生きていられないようになっている。小さな庭だが、正岡子規が晩年病床から障子の隙間を通して見た庭の風景は歌に仕立てられて残っているそうだ。南と北はビルに囲まれているので、空は狭いが鳥は入れ代わり立ち代わりきちんと順序を守ってやってくる。最初がカラスで、食料を探して飛び回り、叫び、だいたい六時ごろまで騒いている。次がスズメで、カラスに比べると小さくて可憐な鳴き声で、実にかわいい。庭の木で休んだ後、またどこかへ飛び立つのだ。鳥を愛でるようになると、花鳥風月の順番からいって二番目、次は風かな。
2022.07.01
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