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【マンネリズムの効用】 ★斎藤茂太さんの言葉から― ◎主婦が多くの男性諸氏よりも元気なのは、毎日くり返しやることがある からです。 家族の誰よりも朝早く起き、炊事、洗濯、掃除と夫が会社につく頃には すでに一通りの家事を済ませてしまっている主婦も少なくないでしょう。 「主婦業」とはいえ、このくり返しの作業が、生活のリズムをつくり、 また、上手に要領よくすることによって、気分も優れ、活性ホルモンの 働きをも促しているのです。 毎日の生活にメリハリのついたリズムこそが、「元気の素」なのです。 ところで、同じことを何度もくり返すことを「マンネリズム」と言って、 嫌う人がいますが、これはちょっと問題です。 そもそもマンネリズムという言葉の意味は、「マナー」という表現が、 習慣化した行為や行動に結びつく考え方や生き方をさすものでしょう。 マナーとは、人が誰でもよりよく生きていくために、長い時間をかけて つくり出した大切な生活習慣です。 よく考えてみれば、私たちの生活は、みんなマンネリズムでできていると いうことです。 マンネリズムなくしては、成熟した人間社会は成立しないということなの です。 このマンネリズムについて、私のことを少しお話してみたいと思います。 私は「一日一回のすすめ」ということを、だいぶ前から講演などで 話したりしています。 その一日一回の代表例の一つに、「毎朝、バナナ半分と砂糖抜きお汁粉を 食べる」という習慣があります。 この組み合わせは、あるテレビ番組を見たことがきっかけでした。 コレステロールや中性脂肪の値が高い私には、動脈硬化や高血圧の予防は 欠かせないのです。 それ以来、一日一回、私は「食べるクスリ」として習慣にしました。 ここ数年は血圧と肝臓の数値が安定しているのです。 こうした一日一回がいくつかあれば、生活にリズムが生まれますし、適度 な刺激が脳を活性化してくれるのです。 こうして自分に合った一日一回を、毎日の生活の中に取り入れることに よって、快適生活のリズムが守られていくというわけです。 (参考文献:斎藤茂太著「人生に必要な100の言葉」青春文庫)________________________________________ *同じことをくり返すことに飽きやすく、苦痛に感じる人もいる。 反対に、くり返すことの充実感を大切にしている人もいる。 マンネリズムという言葉の響きに、よいイメージを持てないという人は たしかにいるかもしれない。 その理由は「マンネリズム」には、進歩や成長に乏しいという、ある種 向上意欲のなさを表わす言葉に使われることが多いからだろう。 しかし、斎藤さんが指摘するように「マンネリズム」にはくり返すこと、 習慣にするということが本来の意味である。 だから、言葉は大切につかうことが必要だ。 くり返すこと自体に意味や目的があれば、継続も楽しみの一つになるの だから、胸を張ってマンネリズムの充実感を味わいたいと思う。
2018年09月30日
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【与えられている自分の役割】 ★本田 健氏の言葉から― ◎人生の目的を実感している人といない人では、人生の充実度が変わって きます。 人生の目的を見つけた人は、この世界で最も幸せな人です。 なぜなら、生きる意味を見いだして、毎日の活動に意義を感じられる からです。 「自分にとってとても大切だ」と心から思えることを見つけて、毎日 取りくむことができれば、それがなんであれ、誇りを持って生きることが できます。 有意義なことをやっているという実感が、毎日の生活に喜びをもたらし ます。 それは、人生の目的が、あなたを見つけた状態ともいえるでしょう。 どんな仕事にも、意味があります。 どんな人生にも、意味があります。 あなたが、何か仕事をやらなくても、お金を稼がなくても、家事を やらなくても、人生の目的は果たせると思います。 命がある限り、あなたには何らかの役割を与えられています。 私の母は、亡くなる少し前には、入院中のベッドでチューブにつながれて ほとんど体を動かすことも、話すこともできない状態になりました。 それでも、ケラケラッと笑うことはできたようで、看護師さんやお隣の人 お見舞いにきた人を明るい気持ちにさせていたそうです。 その話を師長さんから聞いたとき、涙が止まりませんでした。 思い返すと、父がお酒を飲んで暴れたりして、苦労も多かったはずの母 ですが、どんなときも明るく笑っていたような気がします。 その母の性格は、私に受け継がれ、いま、私を通して、たくさんの人に 楽しさと希望を与えていると思います。 そんな母を持ったことを心から誇りに感じています。 (参考文献:本田 健著「これから、どう生きるか」大和書房)________________________________________ *幸せの種の見つけ方について、著者は本書の中でこう語っている。 ≪幸せというのは、毎日の生活を送っているうちに、「ああ、幸せだなぁ」 とふと気がつくものです。 そのためには、ふだんから、少しずつ心の中を整理していくことが大切 です。 今の生活の中でイヤなものを一つ手放し、そのかわりに好きなものを 一つ増やす、という単純な作業を繰り返していくと、幸せの種が見えて きます。≫ 自分が幸せだと感じることで、自分の役割に気がつく。 また、今の自分の役割はこれだ、と気づいたら幸せを感じることができる。 幸せにはその種がある。 その種を見つけるには、ふだんの心がけを大切にしておくことだ。 この生き方に徹したい。
2018年09月29日
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【一歩、一歩進んでいく】 ★やなせたかしさんの言葉から― ◎アンパンマンのアニメ化も、決してスムーズに進んだわけじゃない。 絵本の人気が出てから、企画は何度も持ち上がった。 でも、企画会議に出すと、上層部に反対され潰されてしまうのだ。 「どうしてもアニメ化したい」という熱心な若いプロデューサーが、 ねばり強く企画を出し続けてくれたおかげで、やっと企画が通った。 彼は幼稚園で、ボロボロになるまで読まれた本を、子どもたちが奪い合う ようにしている光景を目のあたりにして、「アニメ化しても大丈夫」と 自信があったようだ。 ところが与えられた放送枠は午後五時から三十分間だった。 視聴率が平均二パーセントという最悪の時間帯だ。 「この時間なら、視聴率はもう下がらない。上がるだけだ」としょんぼり 思うしかなかった。 だが、放映すると視聴率はいきなり七パーセント。 翌年、文化庁の子ども向けテレビ用優秀番組に選ばれた。 ようやく人気作品を世に出すことができたのだ。 このとき七十歳。古希(こき)を迎えていた。 「せめて一年は続けたい」とスタートしたのが、もう二十年以上続いて、 ぼくは九十歳を超えるまでになった。 ~何事も足元から一歩一歩と進むうちに、 必ずいい結果に向かっていくのです。~ ―『絶望の隣は希望です』― (参考文献:やなせたかし著「明日をひらく言葉」PHP文庫)________________________________________ *やなせさんの作品に人気が出ても、それがすんなりとヒット作品には ならなかった。 世の中とはそうしたものかもしれない。 ただ、その作品を何としてでも、放送したいというプロデューサーが いたから実を結んだのだった。 本人の努力とまわりの熱意。 どちらが欠けてもアンパンマンはここまで知られることはなかったに 違いない。 70歳を超えても、仕事への意欲を持続できる力に胸を打たれる。 それ以上に、それから20年のあいだ、子どもたちに夢を与え続ける 姿勢を、生きる手本にしたい。
2018年09月28日
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【焦りを落ち着かせるには】 ★植西 聰氏の言葉から― ◎あれも、これもと気持ちが焦るときは、まず、やるべきことを紙に 書き出してみましょう。 整理するうちに、冷静さが戻ってきます。 「焦り」という感情は、心を平穏に保てなくなる大きな要因です。 気持ちが焦ってくると、人はイライラが止まらなくなり、ちょっとした ことで、不必要に感情を高ぶらせてしまいます。 焦りの感情が生じるケースはさまざまですが、たとえば「やらなければ ならないことが、たくさんあるという」という状況です。 「あれもやらなければ、これもしなければ」と焦ってきます。 そして、思いどおりに物事が進まないと、つい、周囲の人に八つ当たりを してしまうのです。 焦って、パニックのような状況に陥ったときは「やるべきことを整理する」 ことが大切になります。 3つの手順で進めてみましょう。 (1)やらなければならないことを書き出す (2)やるべきことを取捨選択する (3)やるべきことに優先順位をつける あれもこれもと、いっぺんにやろうとせずに、まずはそれを書き出して、 取捨選択してみましょう。 よく考えてみれば「特別、やらなくてもいいこと」もあるものです。 やるべきことが整理されると、それだけで気持ちも落ち着いてきます。 あとはひとつずつ順番に、自分のペースで片づけていけばいいのです。 (参考文献:植西 聰著 「心の乱れを整える9つの習慣」永岡書店)________________________________________ *やるべきことの中には、やりたくないこともかなり含まれることが多い。 それは仕事上のことや、家庭内のことさまざまである。 そういう作業であれば、一生懸命やることで気持ちが落ち着いてくる ものだ。 著者の植西さんはこうも言っている。 「やらなければならない仕事は、どのみちやるなら、それを楽しむ ほうが得策である。それが自分にためにもなる」と。 やるべきことに、楽しむという要素を加えると気分も豊かになる。 モーツァルトのCDに面白い作品集がある。 「100曲モーツアルト」というものだ。 1枚ごとに題名がついていて、「何かとはかどるモーツァルト」や 「料理もはかどるモーツァルト」「リラックスモーツァルト」、 「勉強はかどるモーツァルト」など10枚セットで合計100曲。 やらなければならない、と負担に感じるより、そこに楽しくなるような 工夫をすることでイライラを減らすこともできる。 楽しむことを忘れない、という生き方を大切にしたいものだ。
2018年09月27日
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【ありがとうの壺】 ★佐藤 伝氏の言葉から― ◎自分で自分にありがとうがいえる人は、他の人に対してもたくさんの ありがとうがいえます。 自分には感謝できない人が、その分、他の人に感謝できるのかといったら そうではありません。 感謝というのは多く持てる人には無限に持てるし、持とうとしなければ いつまでたっても持てないものなのです。 どういうことか説明しましょう。 私たちの心のなかに「ありがとうの壺」があると考えてください。 そこには「ありがとうのボール」が入るようになっています。 自分で自分にありがとうといえる人は、自分でボールを生産してどんどん 壺に入れていけます。 いつもボールがあふれているから、そのボールをいくらでも他の人たちに 分けてあげられます。 自分で自分にありがとうがいえないと、すぐに壺が空っぽになってしまい ます。だから他の人からありがとうをいってもらわなくてはいけません。 自分の壺からAさんの壺へ、Aさんの壺からBさんの壺へ、Bさんの壺 からCさんの壺へ……。 感謝のボールはたくさんの人に次から次へと元気にはずんで、パスされて いくのがいいのです。 まずは自分の心の壺に、自分で感謝のボールをたくさん投げ込んでおき ましょう。そして、それをどんどん人に渡してあげる。すると、まわりの 人からもボールがひっきりなしにパスされてきます。 こういう生き方は、自分が本当にやりたいことをやっていてこそ可能です。 疲れを感じながらいやいややっていると、エネルギーも停滞しますから、 自分への感謝のボールもつくれません。 しかし、使命をもってやっていると、面白いほどに感謝のボールが湧き出 てきます。 感謝してもらうためにやるのではなく、自分がやりたいからやる。 マザー・テレサはその典型です。 彼女は神への感謝、それを形にできている自分への感謝で満ちあふれて いたはずです。 だから、無条件ですべての人に愛を捧げることができました。 人は、自分の「ミッション」と「ヴィジョン」に気づいたとき、生活と 幸福が限りなくイコールになっていくのです。 (参考文献:佐藤 伝著 「感謝の習慣で人生はすべてうまくいく!」PHP文庫)________________________________________ *自分に感謝するという感覚は少しわかりづらいかもしれない。 その感じをつかむには、まず自分以外の、人、モノ、事に感謝すること から始めてみよう。 どんな事にも「ありがとうという」気持ちがわくと、生きていること そのものに、感謝できようになる。 これが、自分に感謝するということだ。 自分が生きていることがありがたい。 そう思えるように感謝の習慣を身につけたいものだ。
2018年09月26日
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【「なんとかなる」と「しかたがない」】 ★大越俊夫氏の言葉から― ◎~そのうちなんとかなる? いや、ならないよ。 自分の人生は自分で切り開くんだ。~ 病気になった時、自分が病気を治そうと思わなければ、医者も薬も無用 の長物なように、何か問題にぶち当たった時、自分が「なんとかしよう」 「脱皮しよう」と決心しない限り、局面は変わらない。 私は母から、二つの大切な言葉を教えてもらった。それは、 「なんとかなる」と「しかたがない」。 行きづまり、どうしようもなくなった時は、母は自分に向かって、 「なんとかなる」とぼそっと言っていた。 そうして局面を乗り切ってきた。私はその姿を見ながら、 「人生、なんとかなるものだ」と思ったものである。 またとうとうどうにもならない事態になった時、母はぽつりと 「しかたがない」と言った。 母のこの言葉は、まさに人生の知恵である。 この二つの言葉があれば、人生は乗り越えていけると思う。 「なんとかなる」という言葉には、両面がある。何もしないで他人まかせ の「なんとかなる」では、なんともならない。 やるだけのことをやってからの「なんとかなる」とは、確実に一線を画す。 そこを勘違いしている人が多いのではないか。 漠然と「なんとかなるだろう」と思っているあいだは何も変えられない。 自分自身が「こうしなければ」という意識を持った時に、はじめて人は 依存心を断ち切り、自らの行動に変化があらわれるようになる。 (参考文献:大越俊夫著 「6000人を一瞬で変えたひと言」サンマーク出版)________________________________________ *「なんとかなる」の背景には、可能性を信じる心、あきらめない忍耐の 心、あるいは自分を鼓舞するような心があるといえる。 「しかたがない」の背景には、現実を受け入れる心、リセットする心、 あるいは自分を整理する心の現れといえるかもしれない。 互いに、相反するような言葉ではあるが、互いに補い合う関係でもある のではないか。 人生は矛盾を抱えて生きるものであるからこそ、生活の中ににじみ出る ふとしたつぶやきが、自分をなぐさめてくれる場合もある。 著者の大越さんがいうように、人生の知恵となる自分だけの言葉を どこかにきちんと持っておきたい。
2018年09月25日
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【未来の経験から物事をとらえる】 ★浅見帆帆子さんの言葉から― ◎面白いことを聞きました。 夢を実現している人や、大きな組織のリーダーになっている人や、日々 幸せを感じて生きている人たちは、常に「未来の経験から物事を捉えて いる」というのです。 たとえば、やらなくてはいけないことが目の前にあるとき、たいていの 人は「これをしなくてはいけない、なぜなら締め切りが今日までだから」 「仕上げないと評価が下がるから」「○○に怒られるから」というような、 それをしなくてはならない理由を考えます。 ところが夢を実現している人たちは、「これをすると、自分の気持ちが スッキリするから。スッキリした気持ちになると、今日の仕事に意欲的 になって能率的にこなすことができるから……」 というように、それをしたことで期待できる未来の経験を考えるのです。 さらに大物になると、「これをするとこんないいことがあって、気持が 盛り上がる、すると次はこれが起こる……」の考えを繰り返すことで、 目の前の「雑用」が自分の夢の実現にまでつながっていきます。 前者は、その雑用が生みだす「トラブル=苦しい面」を見ているのですが 後者はその雑用から展開される喜ばしい面を見ているのです。 大事なことは、「これをするとこんなにいい気持ちに」なるという「感情」 の先取りをすることです。 すべてを未来の経験(未来に経験したいこと)から眺めると、目の前の ことが苦しいものに感じなくなります。 「それ」をこなすことが夢の実現にまでつながっていると思うと、どんな 雑用にも、それをする「意義」と「動機」が生まれるのです。 (参考文献:浅見帆帆子著「あなたの可能性」世界文化社)________________________________________ *自分のやるべきことに『意味づけ』をすることで、意欲は左右されやすい。 お腹が空いたら何かを食べたくなるのは、生命維持のために組み込まれた 生き物の仕組みだ。 人間は、その仕組みの上に、他の生き物より優れた発達した脳があるから 自分で自分の気持ちをコントロールしたり、自分の能力を高めることが できる。 つまり私たちは自分の行動や、考えるべきことに意味づけをするかしないか の選択権を与えられているのだ。 やるべきことに、苦しさを感じるような意味づけをすることもできれば、 あえて、楽しみを感じる意味づけをすることもできる。 自分は幸せだ、と思って生きている人は、日々の生活のいたるところで 楽しむという意味づけを行っている人たちだ。 そのような人は、自分の思いグセを楽しむ方向に向けてきた。 心の習慣をもっと大事にしたいものだ。
2018年09月24日
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【不満とイライラについて】 ★医師・矢作直樹氏の言葉から― ◎大なり小なりの不満を持つことは誰にでもあることですが、これを手放す ことはなかなか難しいかもしれません。 病気になりたくないと思っていても、残念ながらなる時にはなります。 そこで開き直って治療に前向きに取り組めればいいのですが、どうしても 「自分ばかりがなぜ」とマイナスの感情を広げてしまい、結果として不満 が爆発してしまうわけです。 不満は見劣り感であり、見劣り感は相対的な感情です。 誰かと自分を比べた結果として生まれるマイナスの気持ちです。 自分ばかりがなぜという感情は、周囲との比較思考で生まれます。 見劣り感をもち、過去を悔いている状態ですが、病気の原因は普段の生活 習慣以外の部分でも生まれますから、それまで自分や周囲を責め立てる ことはないのです。 だからできるだけ今を大切にする、それが結果的によい未来を作ります。 このことは病気になった時だけに限りません。 人は常にイライラの因子を抱えているものだと思います。 それを爆発させないためには、自分がイライラするのはどういう時かを 事前に把握しておき、その状況を意識することが大切です。 意識することで意図的にその状況を回避できるからです。 この分析は「自分を経営する」という意味で重要です。 自分は自分にしか経営できません。 さらにアドバイスしたいことが自己暗示です。 自己暗示には大きなパワーがあります。 古来、「神は乗り越えられない試練を与えない」と言われてきましたが この言葉は真実だと感じます。 それを潜在意識化するくらいまでに叩き込むのです。 だまされたと思って一度、やってみてください。 後悔はしないと思います。 (参考文献:矢作直樹著「悩まない」ダイヤモンド社)________________________________________ *イライラの件数の多い少ない、と不満の度合いが比例しているのは 間違いないだろう。 不満のもとになるのが、イライラすること。 イライラする事象に出会ったら、どのように対処するかが大事なのだ。 ここでは、自己暗示に注目したい。 「神は乗り越えられない試練を与えない」という言葉を深く理解すれば その意味が、意識の奥にまで届くはずだ。 以前ふれた、不満の反対は感謝すること、の視点から考えれば、 「神はこの試練を乗り越える力を得るための、チャンスをくださった」 と感謝することもできる。 意識の向く方向を変えれば、不満やイライラが生む状況でも、避ける ことができるのだ。
2018年09月23日
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【できないことは後回しでいい】 ★精神科医・和田秀樹氏の言葉から― ◎社会人の資格試験はもちろん、学生の受験でもそうだが、本来合格ゾーン にいたはずの人が、不合格となってしまうことがある。 それは几帳面な人に起こりがちなのだが、冒頭の問題で引っかかって しまい、それに時間がとられてしまうというケースだ。 「解けない」「できない」と思ったら、とりあえずそれは後回しにして、 次に進めばいい。 ところが、焦ってしまうと、その問題を解かなければ次には進めない ような強迫観念にとらわれてしまう。 ひょっとするとその1問以外はすべてスラスラと解けるかもしれないのに どうしてもその問題にこだわってしまう。 こういう状態を、「心理的視野狭窄(きょうさく)」という。 焦ってパニック状態になっているといえる。 「できないこと」にとらわれてしまって、他のアイデアが浮かんでこない。 仕事でも試験でも、また他のどんな状況でも、たいていの場合は、タイム リミットが存在する。 限られた時間の中で最大限の力を発揮するためにも、できないことは 後回しにするのがいちばん。 自分が早急にすべきことは何か。もっとも重視するべきことを考え、その場 に応じた優先順位で対処していくのがおすすめだ。 優先順位を正しく見極めて取り組む習慣をつければ、自然に要領よく行動 できるようになり、効率よく進められる。 優先順位を正しく見極める重要なポイントは、 「あきらめること」「捨てること」。 その場で不要なものは、視野に入れない、とりあえずスルーして考えない。 とはいっても、すべてあきらめるというのではない。 あとからうまくできるかもしれないから、そのときに対応すればいいのだ。 とりあえず今はあきらめて捨ててみる。 そうすると、目の前にかかっていたモヤがスーッと視野が広がるだろう。 (参考文献:和田秀樹著「悩みグセをやめる9つの習慣」だいわ文庫)________________________________________ *できないことには、果敢に取り組むことも大切なことだ。 その意欲が粘り強い心に鍛えてくれる。 ところが世の中は、「できないことをできるまで待っていますよ」、という のが許されないことも往々にしてあるものだ。 後回しにする、という考え方は、一つの知恵。 後回しにするのは放置することとは違う。 さらに、できない自分から逃げることとも違う。 選択肢がいくつかある時に、優先順位を決めるための方法として、 一時的に、あきらめてみる、捨ててみる。 そのことで、全体を見る視野が広くなっていく。
2018年09月22日
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【いのちは大切、あなたが大切】 ★渡辺和子さんの言葉から― ◎数年前のある朝のことです。 一人の中学二年生の自殺を告げる電話があり、報告を終えた校長は、 「入学してから今日まで、あれほど、いのちを大切にしましょう、 いのちは大切、と話してきたのに」と嘆くのでした。 翌週、私の大学での講義が、たまたま、いのちに関するものだったので この件に触れ、学生ともども生徒の冥福を祈りました。 私の授業は、集中講義で人数が多いこともあって、出欠はメモで取り、 学生はメモの提出時に、任意ですが、裏に感想や疑問などを書いてよい ことになっています。 その日の授業後に提出されたメモを読んでいたところ、次のメモが目に 留まりました。 「最近、こんなCMがありました。いのちは大切だ。いのちを大切に。 そんなこと何千何万回いわれるより、“あなたが大切だ”だれかにそう いってもらえるだけで、生きてゆける」 その学生は続けて、 「近頃、この言葉の意味を実感しました。“私は大切だ。生きるだけの 価値がある”そう思うだけで、私はどんどん丈夫になっていきます」 この学生は、きっと誰かに、“君が大切”といわれて生きる自信をもらい 丈夫になっていったのでしょう。 いのちは大切と何度教室で聞かされても、ポスターで読んでも、そのこと が実感できなくては、だめなのです。 実感するためには、心に届き、身にしみる愛情が必要なのだと、私も自分 の経験を思い出しました。 戦後、経済的に苦しい中で高等教育を受けさせてもらっていた私は、英語 も習いたくて、通学しながら上智大学の国際部という夜学で、教務の アルバイトをしていました。 そんなある日、仕事の上司でもあったアメリカ人神父が私に、 「あなたは宝石だ」といってくれたのです。 兄や姉に比べても、劣等感を持ち、自分は「石ころ」としか考えていな かった私は、一瞬耳を疑いました。 しかし、この言葉は、それまで生きる自信のなかった私を、徐々に “丈夫”にしてくれたのです。 「宝石だ」これは私の職場での働きに対していわれたのではなく、存在 そのものについていわれたのだということに気づくのに、さして時間は かかりませんでした。 人間の価値は、何ができるか、できないかだけにあるのではなく、一人の かけがえのない「存在」として「大切」なのであり、「宝石」なのだと いうこと。 それが体感でき、魂に響く教育こそが、カトリック教育なのだということ に気づいたのです。 (参考文献:渡辺和子著「置かれた場所で咲きなさい」幻冬舎)________________________________________ *いのちの大切さをいかに子供たちに伝えていくか、これはとても重要な ことだ。 国や自治体の教育行政も万全とはいえない現実の中で、個々の家庭や 親の力には限界もあるだろう。 ただ、親の立場や、社会の一員として子どもたちに、いのちの大切さを どういう形で教え、実感してもらうかの知恵を出し合っていくことも 大事なことではないか。 大人たちが、「君は大切な存在だよ」と言える社会になってほしい。 そのために、私たち大人ができることもあるに違いない。 まず、自分自身の存在の重さを感じることから始めたい。
2018年09月21日
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【気分は変化するもの】 ★大学教授・齋藤 孝氏の言葉から― ◎気分は一日のうちで盛り上がったり、盛り下がったりする。 状況が悪いと、気分も落ち込む。気分が落ち込めば、状況も悪くなる。 気分が後ろ向きの時は、人生まで後ろ向きになってしまうものだ。 そういう時、状況を変えるのが難しかったら、自分のほうを変えてしまう という方法もある。 なぜなら人生とはつねに、 (1)「状況を変えるか」 (2)「自分を変えるか」 の闘いだからである。 もちろん状況を変えることができるのなら、果敢に挑戦すべきである。 しかしすぐに状況を変えられないことはたくさんある。 今すぐに収入を増やすことはできないだろうし、上司を取り替えること もできない。 気分はちょうど外の風景が写る鏡のようなものである。 雲が来て、去っていく。それだけのことだ。 雲が来た時にジタバタしすぎるのがよくない。 自然現象で曇ることもある。でも雲はまた動く。 それなのに、人は雲がかかった時だけを拡大して考えてしまいがちだ。 「今日は一日中曇っていた」と思っても、本当に一日中曇っていたのか、 よく思い出してみてほしい。曇りを忘れていた時間もあるはずだ。 状況が悪くて落ちこんだり、いやな気分に支配されそうになったら、 たまたま今は雲がかかっているだけだと考えればいいだろう。 この雲はいつかは晴れる。晴れない雲はない。 そう思って、自分を変えよう。そしていやな気分でいる時間をできるだけ 少なくしていくのだ。 (参考文献:齋藤 孝著「前向き力」 ちくま文庫)________________________________________ *気分は雲のようにころころ変わるものだ。 変わりやすいものであるからこそ、コントロールするのも大切なこと。 コントロールする力が弱いと、本来やるべきことまで乱れてしまう。 気分によって、行動が左右されないための方法の一つが、斎藤教授が 指摘するように、状況を変えるか、自分を変えるかの二者択一で自分を 見つめることだ。 自分を変えるとは、「考え方を変える」「物事を見る視点を変えてみる」 のと同じことだ。 あまりむずかしくとらえないで、まず、気楽に考えてみよう。 気分のコントロールも、最初は気楽に取り組んでみることから始まる。
2018年09月20日
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【恩を大切にする】 ★弁護士・西中 務氏の言葉から― ◎大阪に十川(とがわ)ゴム製造所という会社がありました。 日本のゴムホースのトップメーカーなのですが、この会社の創設者である 十川栄さんにはこんなエピソードがあるそうです。 青年時代、十川さんはゴム製品を販売する小さな店に勤めていました。 朝早くから夜遅くまで仕事に打ち込む好青年で、主人からも得意先からも 信用されていました。 また、わずかな給料ながら、将来のためにコツコツと貯金をしていました。 ところが、ある日、十川さんの店は突然倒産します。 店の主人が酒好きで、経営をおろそかにしていることが原因でした。 倒産すると、債権者が押しかけ、店の物から主人の家財道具まで差し押さ えていきます。 その様子を見ながら、店の従業員たちは当然のことながら、次々と店を 出ていきました。 ところが、出ていく同僚たちをしり目に、十川さんは店に残ったのです。 もちろん、他の勤め先を探すという選択肢はありました。 まじめで信用されていた十川さんは、他の店や会社から高給で誘われて いたのですが、それを断った。 「私は給料の額で自分の行く道を決めない。これまでお世話になった ご主人を見捨てるようなことはできない」 理由を聞かれてこう答えたそうです。 そして、店のご主人の家財道具が競売にかけられた日、十川さんは自分の 貯金を全部下ろしてそれを買い取り、ご主人に渡しました。 ご主人を助けた後、ようやく独立したのですが、そのときには十川さんの 人柄を見込んで、彼の事業を援助しようと申し出る人が何人も出て、会社 はたちまち発展します。 さらに、十川さんは、会社が成長すると元のご主人を工場長に迎えました。 そのうえ、ご主人がなくなると遺族の世話まで見たのです。 「なぜ、そこまでするんですか」と尋ねられたとき、十川さんは、 「ご主人は恩人だからです。ご主人が仕事を教えてくれたから、私は今の 道へすすめたのですから」と答えたそうです。 これほどまで、恩人を大切にしたからこそ、十川さんは社会的信用を得ら れたわけです。 有名な経営学者、ドラッガー氏は言っています。 「経営者が身につけていなければならない資質とは、天才的な才能では なく、品性だ」 品性とは人徳のことです。 恩人を忘れない人徳の高さが、運を導く。 私たちも、人徳を磨きたいものです。 (参考文献:西中 務著「運の良くなる生き方」東洋経済新聞社)________________________________________ *ニーチェという哲学者は、人徳について次のように語っている。 『~四つの徳を持て~ 自分自身と友人に対しては、いつも誠実であれ。 敵に対しては勇気を持て。 敗者に対しては、寛容さをもて。 その他、あらゆる場合については、常に礼儀を持て』 恩は人からだけ受けるものではない。 人以外からも、たくさんの恩を受けている。 それは自然であり、社会であり、職場であり、家族である。 つまり、生きていく上での環境である。 自分のまわりに、不平や不満だけを感じると幸運は逃げていく。 誠実さと、勇気と、寛容さと、礼儀をもつこと、これは世界中に共通する 大切な心構えだ。
2018年09月19日
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【自信を持ちたいなら】 ★たかたまさひろ氏の言葉から― ◎画家のピカソは、独創的な画風で有名ですが、はじめからあのような 表現方法を用いていたわけではなく、若い頃は基本に写実的なデッサンを 数多く残しています。 基本のデッサンを極めたからこそ、既成の枠に飽きたらなくなり、あの 独創的な表現に行き着いたのです。 アインシュタインは、ニュートン力学という礎(いしずえ)があってこそ それを超える理論を打ち出すことができました。 基礎の土台がしっかりしていなければ、既成の枠をはみ出すことはでき ません。 できないことに挑戦するのは、できることをやり尽してからでいいのです。 いえ、できることをやり尽していない人は、それ以上のことなどなしえま せん。 人づき合いに自信がもてない人にかぎって、理想は高く、「よどみなく 楽しい会話を続けることができ、誰からも慕われる人気者」になりたい と思っています。 そして、「それができない自分はダメな人間だ」と自信をなくし、恥を かくくらいなら誰ともつき合わないほうがましだ、と心を閉ざして しまいます。 まず簡単にできること、たとえば、にっこり笑って挨拶するだけなら、 深く考える必要もありません。 「おはよう」「ありがとう」という言葉は、口下手な人でも、誰にでも できることです。 そういうことから始めればよいのです。 あるテレビ番組で、友人ができないと悩んでいる若者が、「明石家さんま さんのようにしゃべれるようになりたい」と言っていました。 友人をつくりたければ、面白いことを話そうとする前に、まず、何気ない 会話を心を込めて話すことを心がけなければなりません。 話すことが苦手なら、聞き役に徹しましょう。 相手にとって、「話を聞いてくれる人」はありがたい存在のはずです。 他人の話を真剣に聞くだけでも、充分に感謝されます。 やがて慣れてきて、聴くだけではなく、自分も話したいと思うように なったら、話せばよいのです。 明石家さんまさんは、話し上手であると同時に聞き上手です。 他人の話をとてもおもしろそうに聞くので、相手も楽しく話すことが できるのです。 (参考文献:たかたまさひろ著「こころのおそうじ」だいわ文庫)________________________________________ *自信を持ちたいと思うことがあるなら、その時の自分にやれることを 目いっぱいやってみること。 これはどんな分野にも共通して言えることだ。 目指すべき目標があるなら、まず、今の能力で出来ること、少し頑張れば 手の届く世界をとりあえず、クリアーすることが基本なのだ。 これを継続し、積み重ねていくとき、自信も徐々についてくる。 お相撲さんはよく稽古のときに四股を踏むが、踏んだ四股の成果は一年 過ぎた頃に出てくるという話を聞いたことがある。 自信を持つには地道に続けることも、大事なのだ。 さらに必要なのは、続ける過程に楽しみを工夫して作っておくこと。 次のレベルまでいけたら、好きなものを食べる、買う、というような 現実的な自分独自の楽しみを作っておく。 心は一定の状態に維持できるものではないから、楽しみというのりしろ はもっておきたい。
2018年09月18日
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【生きるとは生き抜くこと】 ★本多信一氏の言葉から― ◎言ってはならぬことかもしれぬが、私は25歳の尿道ガンのおりに一種の 臨死体験をもった。 本当の死とは違うが、「花いっぱいの場所を進み、小川の向こうにお世話 になった人たちがそろって迎えにきている図」のようなもので、ひとり 死にゆく孤独も恐怖もなく、実にどうもひたすら楽しかった。 あの光景を思い浮かべると、(うーむ、また死んでみたい……) なんて思うぐらい。 一市民の若き日の体験ゆえ、別にどうだこうだと言うつもりはないが、 少なくとも自分の死に無用な恐怖など抱く必要はないのだと知ってほしい と思う。 といっても、人は“自分の死”に気持ちの整理をつけることは難しい。 このような“未知のもの”については、あれこれと心を迷わせても仕方 がない。 私たちが生まれる時、母親は痛みを感じたが、私たち自身はちっとも痛く なかった。だから死のおりにも痛みなどあるはずがない、とそう信じて おくといい。 さらには、<人をこの世に生ましめた大いなるものが、生を終わらせる おりに自分をどこかへ運ぶ。その大いなるものにこの身をゆだねよう!> とそうあっさり考える“任天主義”に徹すれば心が安らぐ。 神仏へおまかせしてしまうのが一番なのである。 釈尊は語っている。 弟子の一人が「自分の来世はどうなるのでしょうか?」と問うた時、 お釈迦様は、 「そんなこと聞くんじゃありません。今のあなたにとって必要なのは、 現世をしっかりと生きることです」と語ったといわれている。 仏教の始祖のお釈迦様にして、この言である。 まして私たちは生きている間、あれこれと死についての思いをめぐらす ことはないのだ。 人は生まれる前に五億分の一ぐらいの精子間競争という難関を経ている のだ。 どのように生の内容に乏しくとも、やはり「生き抜くこと」が人の務め なのだと思う。 (参考文献:本多信一著「心の整理が上手い人・下手な人」成美文庫)________________________________________ *ブッダが、弟子の問いに 「生きている間は、生きることに真剣に取り組みなさい」と言ったのは 今やるべきことがあるでしょう、それをやることが生きることです、と 言いたかったはずである。 何のために生きているのか、と考えたくなるような時があるにしても 命を粗末にしないで、一日一日を大切に生きていくこと。 一日の生を大切にした時、一日を生き抜いたことになる。 どうせ生きるなら、今日も生きることができてよかった、という気持ちで 一日を終えたいものだ。
2018年09月17日
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【体の働きは神秘的】 ★手塚千砂子さんの言葉から― ◎あなたは、自分の体をすばらしいものとして、しみじみと味わったこと がありますか。 こんな質問をするのは、“自分を好きでない人”のほとんどが、自分の 性格だけでなく、体に対しても否定的な気持ちを向けているからです。 それでは、頑張って働いている体がかわいそうですね。 かわいそうなだけでなく、脳にストレスを与えてしまいますから、代謝 が悪くなり、免疫力も下がってしまいます。 私は、自分の体に感謝したり、手や足、身体の各部位、頭の働き(脳) などをほめることをお勧めしています。 自分の内面や、毎日の仕事、努力している面などをほめる習慣をつける ことに加えて、体に対しても「ほめ言葉」やありがとうの言葉を毎日 かけてあげましょう。 「今日もお疲れさま、ありがとう」「今日も頑張ったね、えらかったね」 など、プラス言葉の声かけをしていると、だんだん自分の体に愛着が わいてきます。 もう一つ、“自分を好きでない人”は、心と体と頭がバラバラで一体感に 欠けるようです。 頭で判断していることと心が思っていることが違ったり、心が望んでいる ように体が動かず分離している感覚があったり……。 自分自身が自分でないような違和感がありませんか。 こういうことも、プラス言葉の声かけをしていると解決します。 体に対しては、入浴時や就寝前に、手のひらでさすりながら優しく言って あげましょう。 習慣にすると、心と体と頭が一つになる心地よさを味わえるようになり ます。 (参考文献:手塚千砂子「ココロのきりかえ方」PHP文庫)________________________________________ *ストレスが重なると、自分の体に対する思いやりが減ってくる。 体力的な疲労とは違う疲れを感じ、気持は落ちこむものだ。 体や心のメンテナンスを習慣にできる人は、ストレスとうまいぐあいに つきあっている。 ストレスはなくなるものではないから、いかに減らしてうまく自分の 体と心の状態のバランスをとるかが大事なこと。 まず、自分の体のあちこちに、いたわりの気持ちを届けてみよう。 自分の体は、神様からの預りものだという考えも忘れないでおこう。
2018年09月16日
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【目標を見失わないコツ】 ★渡部昇一氏の言葉から― ◎人は誰しも、理想や目標をかかげ、それを目指して生きていこうとする。 だが、理想が高すぎて失敗したり、あるいは人生の紆余曲折の中で目標を 見失って挫折してしまうこともあるだろう。 では、理想や目標というものに対してどのように考えたらいいのだろうか。 個人というレベルで一つ言えることは、理想や目標というのは、それが 高かろうが低かろうが、そこへ到達する努力の量はあまり変わらないと いうことだ。 そして、大事なのは、その地味な努力を継続できるかどうかに、すべて かかっていることである。 目標を実現できる人とそうでない人がいるのは結局、目標を見失わずに 持ち続け、人生の紆余曲折の中であきらめずに進めたか、それを投げ出し てしまったかの差にすぎない。 それについては、若い頃に読んだナポレオンの話が参考になると思う。 ナポレオンは、軍を率いてどこかの地点に進むにあたって、道を見失わな いためだからといって、いつもまっすぐ進む必要はないと、言っている。 もちろん最短距離で進むには、まっすぐ行くのが一番いいし、目標も見失 わなくてすむ。 けれども途中必ず、川があったり、山や谷があったりして進めなくなる。 このようなときは、目標という光さえ見失わなければどんなに曲がっても あるいは後戻りしてもかまわないということだ。 到達点さえしっかり把握していれば大丈夫だというのだ。 ところが多くの人の場合、ちょっとトラブルがあって回り道しているうち に、どこへ進むのか忘れてしまう。 いったん目標を立てたならばそれを見失ってはいけないのである。 (参考文献:渡部昇一著「自分の品格」三笠書房)________________________________________ *何かに向かって努力する時、ゴールへ着くまでのエネルギーがどの程度 必要なのかどうか計算する人もいるだろう。 それは計画という意味では必要なことかもしれない。 しかし。それよりも大事なことは目標を見失わないことだ。 もう一つは、いかにして目標のための努力を継続できるか、どうかだ。 こちらも、目標を見失わないことと同じくらい重要だ。 目標の重圧に負けそうなときでも、努力を継続できれば、また元気になる こともある。 継続は力であることを忘れないでおきたいものだ。
2018年09月15日
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【心の基線】 ★奥村久雄氏の言葉から― ◎心の基線は、自分が幸せを感じる基準です。 小さなことにも喜びを感じ、感謝の気持ちをもてるときは、 心の基線が低いとき。 喜べることが少なく、イライラすることが多いときは、 心の基線が高いとき。 幸せ、不幸せを決めているのは、自分自身です。 誰もが幸せになりたいと思っています。 幸せは誰かが運んできてくれるものではありません。 私は、「幸せになる」とか「幸せをさがす」のではなく、 「幸せは感じるもの」だと思います。 朝、目が覚めて、ご飯をいただき、仕事にでかける。 こうした、ほんとうにごく当たり前のことに、「ありがたいことだな」と 感謝の気持ちをもつと、「ああ、幸せだな」と感じることができます。 以前の私は、「感謝」というのは誰かが私に、私が感謝するようなことを してくれたときにするものだと思っていました。 でもこれは、与えられたものに対してですから受動的な感謝といえます。 もちろん、これも大変重要なことですが、ごくささいなことのありがたさ に自分から気づく能動的な感謝ができれば、幸せを感じる頻度は高まって いきます。 では、感謝の反対は何でしょうか。 私は、不平不満の気持ちだと思います。 日常生活のなかに幸せはいくらでもあるのですが、不平不満の気持ちは それを感じられなくしてしまうからです。 私もかつて、実は、不平不満の名人でした。 周りの物事をすべてネガティブに受け止めてしまう、マイナス人間でした。 幸せになりたいと思っているのに、楽しくないという気分が常に心を占有 していました。 そこで私は、不平不満の逆をやってみようと思いました。 つまり、喜べることを増やしてみよう、感謝してみようということです。 当時、私の身近に「感謝名人」がいました。 「けっこうゲンさん」と呼ばれていた男性です。 彼は、一見困るようなことでも「けっこう、けっこう」と喜ぶのです。 「けっこうゲンさん」をお手本に、感謝の視点で周りを見てみると、私の 日常生活にも、たくさんの喜びがあることに気づくことができたのです。 (参考文献:奥村久雄著「幸せの7つの法則」ダイヤモンド社)________________________________________ *「感謝の反対は、不平不満です」。 『置かれた場所で咲きなさい』の著者、渡辺和子さんも同じことを 言われていた。 いらだつ感情を静めるには、今、自分が恵まれていることを、数えてみる。 数の多い、少ないには関係なく、恵まれていることに意識を向けると 荒れた気持ちは不思議に落ちつく。 それでも収まらない時、深呼吸して、もう一度、恵まれていることの いくつかに意識を集中する。 ことあるごとに、心の基線を下げてみよう。 それが、感謝名人になれる方法の一つだ。
2018年09月14日
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【「できない理由」に負けてはいけない】 ★ロケット技術者・植松 努さんの言葉から― ◎以前、小学生の子から、 「植松さんは、どうして開発をあきらめないんですか?」と聞かれた ことがあります。 「どうしてだろう?」と自分でも考えてみて、それは多分、子どもの頃に たくさん読んだ伝記のおかげだと気がつきました。 だから、 「僕はあきらめ方がわからない。だって、伝記の本にはあきらめ方が 書いてないでしょう?」と答えました(笑い)。 僕はいろんな人にいろんなことを教わってきましたが、最初に僕を救って くれたのは、エジソンだったという気がします。 僕は多分、かなり変わった子どもでした。 人と違うことにばかり疑問を持つ僕は、小学校の先生から相当嫌われて いました。 だから、なんとか救われたいという思いで片っ端から伝記を読む中で、 エジソンと出会ったんです。 エジソンもいろんなことに疑問を持つ子でした。 エジソンのお母さんは、質問しまくるエジソンに百科事典の使い方を 教えます。 エジソンはそのおかげで、学校に行かなくてもたくさんの知識を身に つけることができました。 それを知って、 「自分はダメじゃないかも」と思えたら、気持ちが楽になったんです。 僕は伝記が大好きです。 困難を乗り越える人たちの姿は、僕に勇気を与えてくれます。 自分も努力すればできると思えます。 僕は、伝記の人たちのおかげで、 「やったことがない人が教えてくれる、できない理由」に負けないように なれたのです。 (参考文献:植松 努著「思うは招く」宝島社)________________________________________ *今の小学生たちは、昔の人の伝記をどれくらい読んでいるだろうか? 少なくとも、日本より外国の子どものほうが、歴史上の人物の伝記を学ぶ 機会は多い、という話を聞いたことがある。 親鸞聖人の言葉に、 「先に生まれた者は、後から来る者を導き、後の世に生きる人は先人の 生きた道を問いたずねなさい」という一節がある。 先人から学ぶことは、生き方の財産形成をしていく上で大きな価値がある のではないかと思う。 あきらめるとは、できない理由に負けること。 そして、たやすく誰もがその道を選択したくなる。 あきらめないとは、できる理由を考えて進むこと。 たやすくはないが、険しい道を歩きながら脚力を鍛えていく。 できない理由に負けない生き方をしよう。
2018年09月13日
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【人との相性】 ★臨済宗・満願寺住職、永井宗直師の言葉から― ◎人には誰にでも相性や好き嫌いがどうしてもあります。 プライベートなら、相性が悪い相手とはつきあわなければいいわけですが 社会や仕事上の関係となるとそうはいきません。 仕事では相性のいかんを問わず、つきあっていかなければなりませんし、 そりが合わないとしても、それなりのていねいな対応が求められます。 だからといって、相性が悪い相手を無理に好きになろうとするのも苦労 ばかり。 好き嫌いは、本能的な感覚だから仕方がないのでしょうか。 それとも好き嫌いも努力で変えられるのでしょうか。 実は、お釈迦様にも苦手な人がおられたようです。 なぜなら仏教のいう四苦八苦(苦しみの定義)の一つに「怨憎会苦(おん ぞうえく)」が挙げられているからです。 嫌いな人や、恨み憎んでいる人とも、人生の中では会わなければいけない 苦しみがあるということです。 四苦八苦はわたしたちの根源的な苦ですから、人として生きている限り 避けようがないものであると受けとめなくてはならないのです。 そう考えたら、相性の悪い相手、好きになれない相手とのつきあいも、 生きる上で引き受けなければいけない、いわば、“試練”であり、これも 縁であるということです。 人生はある意味不公平であり、自分が勝手に思うような平等でもないので す。理想ばかりを追うのではなく、そういう苦しい現実を見ることも大切 なのです。 理想に左右されずに、苦しみは苦しみのままに、という感じで、苦しみや 思い通りにならないことをすべて否定的に思わないことはできると思うの です。 わたしはカルチャーセンターで坐禅会をすることがあります。 坐禅を初めて体験される方の多くは、脚が痛いからと動いてしまったり 脚のシビレを何とかしようと悪戦苦闘されたりします。 そんなときにわたしが平気で坐っていますと、「和尚さんはどうして平気 なのですか」と聞かれるので、「私も脚は痛いですよ」と答えます。 すると皆さん、意外な顔をされますので、わたしはひと言、こうつけ加え ます。 「わたしは坐禅をするということは最初から脚が痛いものだとわかって 平気なんです。脚が痛くて当たり前だと思っているから、痛みも問題 にならないんです」と。 つまり苦しみは誰にでも同じようにあり、その苦しみを自分が問題とする かしないかなのです。 (参考文献:永井宗著著「禅、ていねいな生き方」三笠書房)________________________________________ *人との出会いは偶然に訪れるが、これが仏教でいう“縁”である。 この縁があり、人と人との間に関係が生じていく。 その関係が心地よい関係であればいいが、違う場合もある。 ただ、どういうケースであれ、その関係性を通して、私たちは人との つきあい方を学び、人間としての成長もできるのだ。 相性の悪さからくる心の苦しさを、あえて我慢することは唯一の解決策 にはならないが、現実と相手を否定する必要はない。 著者によると、ある仏教の長老が次のような言葉で祈るのだという。 「わたしの嫌いな人も幸せでありますように」 「わたしを嫌っている人も幸せでありますように」 相性が合う、合わない、好き、嫌いの世界を超えた気持ちがどこかに あれば、人間関係の苦しみもしだいに和らいでくるはずだ。
2018年09月12日
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【不幸は幸福への予兆】 ★藤木相元(ふじきそうげん)氏の言葉から― ◎不幸は、幸福を手に入れるための準備です。 不幸だと思っている人は、まだ本当に不幸ではありません。 それは自分が不幸だと考えるだけの余裕があるからです。 鎌倉時代の禅僧である道元(どうげん)は、「幸、不幸は時なり」と 言っています。 不幸とか幸福というのはそのときによるものだと。 これは人生には幸福なときも不幸なときもあるという意味です。 不幸であることが自分でもわかるから、幸福への希望が持てるのです。 言ってみれば、不幸なときこそ幸福がわかるのだから、それがわかれば 大いに幸福であるともいえるわけです。 「不幸は幸福への予兆だ」と考えた方が、幸福感を味わえるということ ではないでしょうか。 また、今が幸福だと思っている人も、それがずっと続いていくものでは ないことを覚えておきたいもの。 世の中は時とともに流れていますし、刻々と人生も変わっています。 幸福だと思っていても、いつのまにかすき間ができて、不幸という風が 吹き込むときもあります。 しかし、不幸に陥っていても、不幸に迷わされず明日への希望をいだいて いれば、やがて浮かぶ日も訪れるはずです。 「冬来たりなば春遠からじ」とはまさにそのとおりです。 (参考文献:藤木相元著「運を味方につける48の習慣」幻冬舎)________________________________________ *藤木さんは、若いころ松下幸之助さんの支援で大学に入り、観相学の 研究家でもあった。 テレビ番組「笑っていいとも」にも出演していた。 観相学と同時に「脳相学」の研究も行った人だ。 “幸福感”というように、幸福とは感じるものだからその人の主観に 左右される。 不幸の先には幸福がある、という考えを持つというのは、脳が意識する ことで、これが脳相学(心の持ち方を研究すること)でもあるのだ。 不幸もあれば幸福もある。そして不幸は幸福になるための準備である。 こう思えば、気が楽になる。 心の持ち方は大事だ。
2018年09月11日
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【「忘れる」、という妙薬があります】 ★最福寺法主・医学博士、池口恵観師の言葉から― ◎「俺の人生はツイている」と感じている人も、失敗や挫折が一度もない ということはあり得ません。 挫折からどう奮起するか、失敗をいかに成功につなげるかで、人生には 大きな違いが生じます。 挫折も失敗も、その場でどんどん忘れるほうがいいのです。 私もかつて、会葬者の前で大失態を演じてしまったことがあります。 葬式を取り仕切る僧侶の役割は、読経と引導作法です。 その葬式で私は『理趣経』というお経をあげました。 手抜かりはありません。 一時間を超える読経の間、部屋のあちこちからすすり泣く声が聞こえて いました。 引導作法とは、導師が棺のまえに立って行う法話のことですが、初めて 導師をつとめたこともあり、私はこの儀式をすっかり忘れていたのです。 読経も終わりに近づき、そのことに思い至って、私は棺の前にいくために 立ち上がろうとしました。 ところが、突然、よろめいて体が傾いたまま、あろうことか棺めがけて 突進してしまったのです。 手にしていた浄めの水も棺にぶちまけてしまったのだから、導師としては 考えられない失態です。 しかし、失態劇は終わったわけではありませんでした。 なんとか棺を支えに立ち上ろうとしたのですが、足がしびれて立ち上がる ことができず、まるで棺に取りついて泣いているような姿を会葬者全員に さらすことになったのです。 こらえ切れない忍び笑いがあちこちから上がったのも、無理のないこと でした。 初めて導師をつとめた葬式でのこの大失態。 挫折感、屈辱感にまみれ、葬式恐怖症になったとしても不思議ではない 事態ですが、私が思い悩むことはありませんでした。 「すんでしまったことは仕方がない! 忘れてしまうのが一番の妙薬だ」 と割り切って考えたのです。 お大師さま(空海)はこう教えています。 「心暗きとき、すなわち遇うところことごとく禍(わざわい)なり」 心が暗いときは、災難も多く起こる、という意味です。 またその解決策として、 「迷うも悟るもすべて、わが心のなせること。光を求める心が起きれば 闇を抜け出すことができる」(般若心経秘鍵)と答えてくれます。 光を求める心とは、すなわち明るい心です。 挫折をしたっていいではないですか。 何度も失敗するのが“生きている”ということです。 なにもそれらを取り繕う必要はない。挫折したところから仕切り直せば いい、失敗したらそこで、また挑めばいいのです。 世の中に這い上がれない挫折も、取り返しのつかない失敗も、断じて ありません。 失敗はどんどん忘れ、新たに挑むことです。 (参考文献:池口恵観著「空海・折れない心をつくる言葉」三笠書房)________________________________________ *失敗したことを忘れることは、難しいことかもしれない。 忘れたとしても、ふっと記憶によみがえってきたりする。 しかし、それでもかまわないのではないか。 問題なのは、「失敗した自分を責めて、固執すること」から離れられない ことだ。 だから、「失敗は忘れよう」と自分に言い聞かせながら、失敗を教訓に できれば、それで失敗は失敗でなくなったことになるのではないか。 大切なことは、「失敗から学ぶこと」。 できれば、「明るい心で、失敗から学ぶこと」だ。 失敗が成長の素になれば妙薬になる。 失敗を妙薬にできる人間でありたい。
2018年09月10日
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【人は自分を喜ばせてくれた人を好きになる】 ★澁谷耕一氏の言葉から― ◎人は生まれながらに個性をもち、性格も異なり、千差万別です。 しかし、年齢性別にかかわらず、どんな人にも共通する心のあり方が あります。 「人は自分を喜ばせてくれた人を好きになる」という法則です。 相手の状況をよくみて、何をしたら先方が喜んでくれるだろうか、と 考えてみましょう。 相手にマッチした方法、意外性のある方法で喜んでもらうと、相手の 心が動き、親近感が生まれます。 今まで「人を喜ばせること」を意識して実践したことがなく、あまり いいアイデアが湧かないという人の場合は、自分自身を振り返って みましょう。 夜、寝る前に「今日一日のうちで、うれしいなと思ったこと」 「人に何かしてもらってありがたいなと思ったこと」を思い返して みます。 少し、注意深く日常を振り返れば、うれしさの種、ありがたさの素は あちこちに落ちているものなのです。 日頃から感謝の心に敏感でいると、自分の感性が磨かれて「人を喜ばせ ること」も発見しやすくなります。 このよい循環を根気よく繰り返していると、豊かな人間関係の輪の中に 入っていくことができます。 (参考文献:澁谷耕一著「感謝する力」金融財政事情研究会)________________________________________ *著者の澁谷さんは、注意点として次のようなこともいっている。 人が喜ぶことをやろうとして、行動が行き過ぎてしまうことがある。 自分の気持ちに反しても、相手が喜ぶことをしようとする。 この場合、相手には喜んでほしいが、自分に迷いがあるなら、自分の 本心の声に従うべきだと。 自分にウソをついてまで、相手を喜ばせる必要はないと。 つまり、人に喜んでもらうことで、自分自身も喜べること、これが もっとも正しく、大切なことだ。 素直な気持ちを伝えて理解しあえる関係がベストだ。 人に対して、小さな感謝の気持ちをたくさん抱くことができる人、 感謝に敏感な人でありたい。
2018年09月09日
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【衣服とホルモンの流れ】 ★医学博士・佐藤富雄氏の言葉から― ◎心理学に「心理力学」という分野があります。 これは簡単にいうと、人間の心理に一影響を与えるものはなにかという ことを考察することです。 それによると、人間にとって、人と人との距離が一番重要だと考えられて います。 たとえば、あなたが電車に駆け込んで乗ったとします。 すいている電車の中で、たった一人座っている人の横にピッタリ並んで 座ったらこれはおかしいですね。 これは、人間には、人と人との間に安心できる距離というのがあるから です。 この距離を変えられると、人間は誰しも不安や不快を抱くなど、影響が 出てくるのです。 つまり、人間というのは、自分に一番近くにいるものから最も心理的な 影響を受けやすいといえます。 では、自分に一番近いものとは何でしょうか。 恋人、友だち、あるいは妻や夫、そんな人を想像しますか? ところが、こういう身近な人間よりも、もっと自分に影響を与えるもの があるのです。 それは“衣服”、すなわち着ているものなのです。 ですから、着るものに気を遣わないのは、自分に対してあまり関心がない のと同じことです。 身だしなみに気を配らず、自分をよくしたい、と思ってもだめなのです。 ファッションは、その人の気持ちや気分に大きな影響を及ぼします。 つまり、心境が変わるのです。これが大事です。 心境以外にも、おしゃれをすることによって、ある変化が起こります。 それは、専門的にいうと、ホルモンの系が変わる、つまり、ホルモンの 流れが変わるのです。 ホルモンというのは、目の輝きや魅力に大きく影響しますから、おしゃれ をするということは、外面的にだけでなく、内面的にも非常に大切なこと なのです。 (参考文献:佐藤富雄著「運命は口ぐせで決まる」三笠書房)________________________________________ *人と人との距離は、最低60センチぐらいが必要だともいわれる。 満員電車などではこの距離を保つのは無理だが、人間には適度に離れる ことで快適さを維持したいという欲求があることは事実だ。 衣服から受ける心的な影響は思った以上にありそうだ。 ただ、価格の高いものがよいとはかぎらない。 安価でも組み合わせしだいでは、ファッションセンスを表現することも できる。 人目に触れない場所に気を遣ったり、靴下などワンポイント的なところ にも工夫はできる。 身につける衣服が内面に及ぼすことを考えながら、心のセンスを磨く 心がけは忘れたくないものだ。
2018年09月08日
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【「願望」より「希望」】 ★松浦弥太郎氏の言葉から― ◎種から花を育てて、自分が育てた種を出会う人に贈る。 「この種を蒔いてみてください」と誰かに手渡して育ててもらう。 やがてみんなの庭にあなたという花が咲き、そしてまた、みんなが それぞれに花や種を贈りあう。 それによって、人と人が深くつながっていく。そのサイクルこそが しあわせになることだと、僕は思います。 いくつかの種を育てたら、どんな庭をつくりたいかを考える時期が やってきます。 自分はどんなしあわせをつくりたいのか、思い巡らすときがきます。 そのときに大切なのは、希望を持つことではないでしょうか。 希望というのは、ごく小さな可能性でも信じるということです。 気をつけたいのは、僕たちはうっかりすると希望ではなく願望を抱いて しまうということ。 「こうなればいいなあ」と運頼みをしたり、「こうしてほしいなあ」と 他力本願になったりするのが願望です。 願望とはあくまでも受け身の願いなのです。 その点、希望の核には「自分」があります。 当事者として、すべてを信じ、あきらめない気持ちです。 希望は自分の力で掲げていくもの。 信じるからこそ自分が先に与えられるし、先手を打ってしあわせの種を 差し出し、循環させるきっかけとなるのではないでしょうか。 「ギブ・アンド・テイク」という言葉が僕は苦手です。 「わたしはこれをしてあげるから、あなたもしてね」というのではなく、 まず、自分から差し出したい。 自分から与えたい。そのためには希望が必要です。 人に何かをしてもらう前に、人に何かを与えられる力をくれる、それが 希望の力です。 しあわせになりたいなら、願望より希望を抱きましょう。 自分が何を与えられるかを、工夫して楽しみましょう。 (参考文献:松浦弥太郎著 「しあわせを生む小さな種」 PHP)________________________________________ *願望と希望の一番の違いは何か。 願望より希望のほうが、自分の意思が強く含まれていること。 松浦さんはこのことを言いたかったのだろう。 幸せは自分が能動的にならなければ、手にすることはできない。 だから相手がしてほしいことは、先に自分からしてあげるという 行動が生まれるのだ。 もっと進んで、相手が必要としていることに、力になれることはないか、 こんな楽しみを感じるのも幸せのひとつかもしれない。 希望に向かっていくことが、幸せの始まり。 簡単ではないが、そういう生き方を目指したい。
2018年09月07日
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【能力の「エンジン」を大きくする】 ★小宮一慶氏の言葉から― ◎軽自動車のエンジンは小さい。 小さなエンジンで、無理して走るより、 大きなエンジンで、ゆったりと静かに、しかも速く走りたい。 人間のエンジンは努力次第で大きくできる。 あせらずていねいに本を読む。 あせらずていねいに日々の仕事に全力で立ち向かう。 それらをあせらずていねいに続ける。 はじめはゆっくりかもしれないけれど、 1000回繰り返せば、半分の時間でできるようになる。 急がば回れ。 (参考文献:小宮一慶著「人生の原理」サンマーク文庫)________________________________________ *仕事において、50の能力しかないのにたまたま、80の仕事が できた時、「自分は80以上、100の仕事ができる」と勘違いする ことがある。 50の力しかないのに、80の評価を受けてしまったことで過信して しまい、そのうち潰れてしまうこともある。 これは人生においても同じことがいえる。 自分をカッコよく見せたい思いは、時には人を強くすることもある。 しかし、それは本物のカッコよさではなく、強さでもない。 エンジンには、ウォーミングアップする時間が不可欠なように、 人間にも事を起こす前の準備作業は必ずいる。 あせりと、雑な心では継続できない。 一時的な結果を求めるより、コツコツと積み上げていくことに楽しさを 覚えるほうが、人生は楽しい。 自分を高める努力そのものが楽しいと思える人間をめざそう。
2018年09月06日
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【「伝える」と「伝わる」】 ★書道家・武田双雲氏の言葉から― ◎僕には小学生の息子と、幼稚園に通う娘、二人の子供がいます。 子育ての過程において、子供が親をわざと困らせているのでは? と感じる理不尽な行動をとってくることがあります。 それは、子供からのサイン。 こっちを向いてほしいから。肯定してほしいから。 認めて欲しいから。受け入れてほしいから……。 また、そういう本心に気づかなかったり、気づかないふりをして無視し 続けるとどうなるんでしょうか。 子供たちは、「どうせわかってくれない」と諦めの気持ちになり、心の 扉を閉じるようになります。 もしくは反抗し続けるかもしれません。 しかし逆に言えば、困らせてくれることで、親自身も様々なことに気づき 成長できるチャンスなのです。 価値観が改まる、行動が改まる、人生が改まる……。 親も人間です。弱い部分をたくさん持っています。 困ることで人は成長します。 僕も、子育てや教室の子供たちとの触れ合いの中で様々な困りごとがあり ました。でも、今からふり返るとあのおかげで自分は変われた、成長でき たと感じます。 それなのに、親は言いますね。「子供が言うことを聞かない」。 上司も言いますね。「部下が言うことを聞かない」。 「言うことを聞かない」ということは「言うことを聞かせよう」として いるわけです。 子供や部下の立場に立ってみましょう。言うことを聞かせようと強引に 向かってきたら、どういう気持ちになるでしょうか。 それだけ伝えるのは難しいということ。身近な人間だからといって伝わり やすくなるわけではないのです。 だから「言うことを聞かせよう」ではなく「どうやったら伝わるかな」と 試行錯誤することをおすすめします。 そう、「伝える」と「伝わる」の違いを認識するのです。 例えば「もっと早くやってほしいな」と思っていたとしたら、「早くやり なさい!」ではなくて、「どうやったらもっと効率よく進めるのか一緒に 考えよう」と言える“ゆとり”です。 親や上司、先生というのは無意識に支配しようとしがちな生き物です。 なぜなら、自分の言うことを素直に「はい」と聞いてくれる人だけを 集めたほうが楽だからです。 だから上に立つ人こそ、自分が無意識に支配しようとしていることに 気づいて、「伝える力」を上げていくことが重要です。 (参考文献:武田双雲著 「ポジティブの教科書」 主婦の友社)________________________________________ *「言うことを聞かせる」というのは、自分の思い通りにするのと 本質的には同じことだ。 人間には思い通りにしたい、動かしたいという支配欲をもつ。 しかし、同時に人間には支配されたくないという欲があるのも事実なのだ。 武田さんがいうように、支配する側からみれば、それは楽(らく)なこと でも、支配される側からすると苦痛に感じられるのだ。 「伝える」ことは、意識の共有に必要なことと、もう一つは指示や 命令に近い、強制力を含んでいる。 「伝わる」とは、伝える側と相手側の意思や気持ちがつながることだ。 だからそこには、信頼の気持ちや、いたわりの気持ちが生まれたりする。 自分の気持ちの核心が相手に伝わるには、武田さんのいう心のゆとりを もって、相手の立場になって考えることが大切。 伝わるには伝える力が必要。 伝える力を身につけよう。
2018年09月05日
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【ほどよい加減で生きる】 ★金閣寺・銀閣寺住職、有馬賴底師の言葉から― ◎その場、その場で適当な言動をする人がいたりすると、 「あいつはいい加減なやつだな」とちゃらんぽらんな悪いイメージで 使われることが多いのが、「いい加減」という言葉です。 しかし、「いい加減」というのは本来は、加減がちょうどいいという、 良い意味を持っています。 さじ加減、お湯加減、なんでも加減がよければいいわけです。 加え過ぎても減らし過ぎてもだめで、真ん中のバランスのいい状態に もっていくことが、いい加減にするということです。 ですから、いい加減にするというのは、とても大事なことです。 仕事でも人間関係でも何でも、いい加減が大事です。 仕事を、いい加減でやらないと過労で倒れるかもしれないし、人間関係も いい加減でつきあわないと、あつれきの多いストレスのかかった関係に なったりします。 たとえば、人間関係で言えば、“怒”ばかりじゃだめだから“愛”をもう 少し加えてみようかとか、“哀”が多いからそれを減らして、かわりに “喜”を足そうとか、そんな感じで加減のよいところへもっていけば いいわけです。 ところが、最近はそういう加減がわからない人が非常に増えたため、 人間関係のトラブルや深刻な事件がやたらに多いんだと思います。 昔、植木等の「無責任男シリーズ」という映画が人気を博したことがあり ます。 植木等が演じるこの無責任男の無責任さは、まさに、いい加減という ニュアンスで使われていました。 一見すると、ちゃらんぽらんな適当さを植木等は演じているのですが、 よく見ると実は、それはほど良い加減、という意味での、「いい加減」 になっているんですね。 仕事への取り組み方や、会社における上司たちとの人間関係、取引先 との関係、すべて結果的に加減のいい距離感をもって植木等は行動して いる。 加減がいいから、会社でも出世するし、家庭も上手くいき、すべて ハッピーエンドなんです。 それでは、ほどよい加減にするにはどうすればいいのか。 加減の悪い人を見ていると、視野が狭くて部分しか見ていません。 いつも目の前の見えやすいところしか見ていない。 つまり、ほどよい加減にするには、少なくとも全体をよく見なくては できないということです。 見えにくいところまで鳥のような眼を持って、全体をとらえることです。 その意味でいつも全体を広く、バランスよく見ることはとても大事なこと です。 (参考文献:有馬賴底著「禅、人生が楽になる考え方」中経文庫)________________________________________ *視野を広くするには、ものごとに対する感じ方(感性)を磨くことが 大切だ。 空を飛ぶ鳥の視力は、人間の6倍ぐらいはあるそうだ。 さらに、鳥はスマホのカメラ機能を備えているぐらいに、自在に自分の 見たいものを、必要な時に的確にコントロールできるらしい。 残念ながら、人間は鳥のような眼の機能は持っていないが、鳥が持たない 心の機能を訓練や、経験によって考え方を高め、心の視野を広げること は可能だ。 感性を磨くには、心の持ち方も重要で喜怒哀楽に左右されにくい、柔軟さ は欠かせない。 人生が楽になる感性を身につけたいものだ。
2018年09月04日
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【周りの人を大切にするとラクになる】 ★本多時生氏の言葉から― ◎自分のまわりにいる人を大切にすることは、自分のために大事なこと です。 人間関係がうまくいっていないと、ラクな気持ちで生活することは できません。 人づき合いの相手は選べる場合もありますが、親兄弟は選べないし、 近所の人や職場の人間は簡単に代えるわけにはいきません。 また、いざという時に頼りになるのは、自分のまわりにいる人でしょう。 病気、事故、何かのトラブルなどですごく困った時に、親身になって 助けてくれるのは家族でしょう。 まわりの人を大切にしたいと思っていても、実際にはなかなかできない という人も多いでしょう。 人に何かをしてあげることに慣れていない人は特にそうです。 そういう人は、「感謝の気持ちから始めよう」と考えてみることを おすすめします。 “感謝”という言葉に違和感がある人もいるかもしれませんが、 とにかく自分で試して実感してみるのが何よりです。 もし最近、相手が自分にしてくれたことがあるのなら、そのお返しや お返しを考えればいいでしょう。 そういうきっかけを大切にすることが大事です。 (参考文献:本多時生著「ラクに生きよう」アルファポリス)________________________________________ *感動プロデューサーの平野秀典さんの、ポエムに次の一節がある。 輝かせて輝く人 ~自分だけが輝くと、まわりに影ができる。 まわりの人を輝かせてその明かりで自分が輝けば、 まわりに影はできない。 自分の存在で回りの人を輝かせるのが、本物の一流。~ まわりの人を大切にすれば、その大切にした心で自分も人から 大切にされるということだ。 自分は、まわりの人を大切にするために生まれてきた、と思うこと。 いろいろ考えずに、人を大切にする気持ちが大事だと思ってみよう。 理屈より、思う力は強い。
2018年09月03日
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【憂い】 ★相田みつをさんの言葉から― 憂い むかしの人の詩にありました 君看(み)よ 双眼(そうがん)の色 語らざれば憂い無きに似たり 憂いがないのではありません 悲しみがないのでもありません。 語らないだけなんです 語れないほどふかい憂いだからです 語れないほど重い悲しみだからです いくら説明したって 全くわかってもらえないから 語ることをやめて じっと こらえているんです 文字にもことばにも 到底表せない ふかい憂いを おもい悲しみを こころの底ふかく ずっしりしずめて じっと黙っているから まなこが澄んでくるのです 澄んだ眼の底にある ふかい憂いのわかる人間になろう 重いかなしみの見える眼を持とう 君看よ双眼のいろ 語らざれば憂い無きに似たり 語らざれば憂い 無きに似たり みつを________________________________________ *この詩はイエローハットの創業者・鍵山秀三郎さんの著書である 「小さな実践の一歩から」(致知出版社)の中に紹介されている。 鍵山さんは次のように語っている。 <人間はどんなにいい生き方をしていても、必ず災難とか、思わぬことに、 予期せぬことに遭遇します。 そうすると、 「私は他人に迷惑をかけたことがないのに、どうしてこんな目に逢う のか」 というふうに思う人が多いのですけれども、そうではないことを 相田みつを先生が長い詩に残しています。 不意の災難、予期せぬ出来事に遭遇したときに、どういう考え方、心構え で生きるかということをこの詩で示されています。 「君看よ双眼のいろ 語らざれば憂い無きに似たり」というのは 相田先生の言葉ではありません。 良寛さんの本にも登場しますから、ずっと古くからあった言葉だと思い ます。 「どうか皆さん、私の二つの目をみてください。私が何も言わずに立って いたら、何の憂いもないように見えるでしょう。つまり、苦労も何も ないように見えるでしょう」そういう問いかけです。 そこから先が、相田先生の言葉です。 何があっても、どういう境遇、環境に置かれても、自分自身が流されない ような生き方をしていただきたいと思います。> 憂いや悲しみが大きければ大きいほど、口では言い表せないものだ。 しかし、その時に、「じっと黙っている」ことで心は陶冶されている のかもしれない。 置かれた環境がどういう状況であっても、自分を見失わない心を 持ち続けたい。
2018年09月02日
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【悩みの解決法はいくつもある】 ★辻 裕美子さんの言葉から― ◎日本とイギリスでは、小学生への算数の教え方が異なるそうです。 たとえば足し算の出題をするとき、日本では、 「1+5=□」という具合に書いて、答えを□の中に書かせます。 答えは6ですね。この一つしかありません。 しかし、イギリスでは、「□+□=6」と書いて、□の中に答えを 書かせるのだそうです。 答えはいく通りもあります。 結論に達する方法は一つではない、ということです。 算数の習得だけでない、物事の解決策への大いなる示唆を含んでいる 教え方だと思いませんか。 小さいときからのこうした教育の差が、大人になってからの物事を 考える上での違いとなっていなければいいのですが。 6に達する道はいくつもあります。 山に登る道は一つではないのと同じ。 登り方もいろいろあります。 道がなくても、ケーブルカーやヘリコプターという手もあります。 頭を柔軟にして、解決策をたくさん考えてみましょう。 (参考文献:辻 裕美子著「もう悩まない、悩み方」主婦の友社)________________________________________ *ちなみに、富士山の登山ルートは一般的には4つあるそうだ。 (正確には、5ルートあるとのこと) 悩みから抜け出せない時や、スランプにおちいった時、解決法は 必ずある、一つではない、と考えるのが大事なことだ。 さらに大事なのは、初心、基本に戻るということだ。 マラソン選手がスランプになった時、スピードの速さにこだわらず、 自分の走りでいちばん安定した、心地よい走りの状態に戻す人もいる そうだ。 そこから、徐々にスピードを上げていくことでスランプから脱する リズムを新たに作っていくという。 悩みが生じたら、シンプルな自分の姿にリセットする。 その上で、解決策はあると考えてみよう。 このような考えグセを身につければ、悩みから抜け出すコツを 手にすることもできる。
2018年09月01日
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