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【「四規七則」と「八正道」】 茶道は中国から日本へ伝えられた文化の一つです。 同時に、茶道の精神は禅の教えに由来するものです。 千利休といえば、茶道の基礎をつくった人であるのは多くの人が知るところ です。 この茶道にも心得るべきことがあります。 「四規七則」(しきしちそく)といいます。 このうち、「四規」とは『和・敬・清・寂』の四つの守るべきことです。 『和』は、すべての人が仲よく 『敬』は、お互いが相手を敬う 『清』は、心が清らかであること 『寂』は、小さなことに動じない心であること 「七則」とは 心を込める・本質を見極める・自然の季節を大事に味わう 命を尊ぶ・ゆとりをもつ・柔らかい心をもつ・相手の人格を尊重する これは、お茶を点てる・お茶をいただくという人と人との関係の中で大事な ことを示しています。 茶道の精神は、人間関係を柔らかくする一面を役割として持っています。 一方、お釈迦様は、人生を生きていくとき苦悩を避けることはできないが、 その苦悩を乗り超えるには八つのことを守れば、悟りの道を歩むことができる と教えています。 茶道の精神の元になる、大まかで大きな教えです。 つまり『八正道』というのがこれです。 一、正しい言葉 二、正しい行為 三、正しい生活 四、正しい努力 五、正しい見方 六、正しい決意 七、正しい思念 八、正しい瞑想 『正しい』という文字が最初についてきます。 私たちの一日を振り返ると、少なくとも正しい八つの道にかなった生活だった とはなかなかいえないほど、難しいものでもあるのです。 すなわち、『正しさ』というのは、簡単にできることではないということを お釈迦様は教えていると思います。 正しくあれば苦悩はないが、人の世は正しく生きることが難しい。 だから、正しい道からそれることがあれば、そのたびに「正しい」基準に戻り なさい。 正しい基準に戻ろうと、反省し学ぶことで人は悟りに近づくことができるー。 これが、お釈迦様が説かれていることです。 ところで、テレビではお馴染みの林 修先生、今ではほとんどの人が知る有名 な方です。 林先生は、東大を卒業した優秀な方です。 もちろん、塾の講師として多くの受験生を合格に導いた立派な人です。 先生は、大学を卒業してある銀行に就職します。 しかし、その銀行を退職して事業を起こすことになりました。 結果は、2000万円の借金を抱えてしまうことになってしまいました。 先生は、その当時「これくらい、なんとかなる、自分ならできる」と考えて いたそうです。 ところが、あるとき「この考え方は間違っていた、自分はできると思い込み、 思い上がっていた」ことに気づいたそうです。 先生なりの言葉でいうと「慢心」「思い込み」と、もう一つは「情報不足」。 この情報不足というのは、相手とのコミュニケーションをとる力の不足。 この三つと向き合うことができたことで、立ち直れたそうです。 自分が間違っていた、ということに気づいたのは、「正しい道」からはずれた 自分を素直に認めたということです。 つまり、林先生の意識の中では、お釈迦様のいわれる「八正道」からはずれて 初めて、正しい基準に戻ろうという考えに変わったのです。 人は、「正しい道」からはずれやすいものです。 そのかわり、その道からはずれたと気づいたら、すぐに戻ることがとても大事 なことです。 失敗から再起するとは、こういうことをいうのだと思います。 そして、再起すると決心したときから、新しく成長した人間に変わりはじめて いるといえるでしょう。 正しい道を歩くことができなかった、失敗した、と自分を責めるよりもそこ から、もう一度正しい基準に戻る勇気を持つことが、何より大切です。 倒れたら立ち上がる勇気を忘れずに生きていきましょう。 (by ハートリンクス)
2020年12月31日
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【可能性に目を向ける】 ノーマンピールの言葉から。 《 欠けているところを絶えず意識することで、 人は想像力を萎縮させているのです。 どんなに最悪な状況になったとしても、 顔を上げて、可能性に目を向けなさい。 あなたの目の前に可能性はあり、 いくらでも手の打ちようはあるのですから。》 * * * 健康であっても突然の病で、悲しみにくれる人生になることもあります。 このようなとき、これから私は何を支えに生きていこうかと不安になるもの です。 しかし、それでも人は苦しい現実を乗り超えていくことができるのです。 ピアニストの舘野 泉さんは66歳のとき、演奏会が終わった後、脳溢血で 倒れてしまいました。 命は助かりましたが、体の右半身に麻痺が残るという後遺症をかかえることに なってしまいました。 懸命なリハビリを行いますが思うように成果は出ません。 ピアニストとしてピアノ弾くことができないことに希望を持てず、2年ほどは 何をする気にもなれませんでした。 そのようなとき、音楽を学ぶために留学していた息子さんが帰ってきました。 息子さんは、何もいわずに一つの楽譜を置いていきました。 それは、戦争で右腕をなくした友人のピアニストのために、イギリスの作曲家 が書いた左手のための曲でした。 舘野さんは、その楽譜を見て慣れない左の手でピアノ弾いてみました。 そのうちだんだんと弾けるようになっていきました。 思うように動かない左手で、夢中で練習を重ねていくうちに、 「左手だけあれば、音楽を表現するのに何ひとつ不足はない」と思えるように なるのでした。 その後、左手だけでのピアノリサイタルで復帰したといいいます。 誰しも、悲しみの直後は暗い世界に沈んだままです。 しかし、人間にはそのままではいけないという、たくましさを秘めています。 ハンデはあっても、なくしたものだけを見つめる自分の弱さから立ち直りたい という力を本来もっているのです。 なくしたものばかりを追い求めても、状況は変わらないものです。 たとえ、何かをなくしても残されたものに、可能性を見つけるところに人間の 想像力を発揮していくべきです。 悲しみの中でも、他に自分にあるもの、持っているものに目を向けていけば そこから、新しい道が拓けてくるでしょう。 (by ハートリンクス)
2020年12月30日
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【自然界にある健康の種】 自然療法家・東城百合子さんの言葉から。 《 つらいときは、自分を忘れるほど何かに打ち込むと、 運命の流れが不思議といい方向にシフトします 》 * * * 東城さんが子どものころ、夏はお母さんから草むしりをさせられたという 思い出があります。 ところが、タンポポ根は深いところにあるので、子どもの力ではなかなか抜 くことができません。 それで、上のほうだけ刈っていました。 するとお母さんから「根から取りなさい」といわれていたそうです。 そんな理由で、タンポポがきらいで踏みつぶしたこともあるといいます。 東城さんは、生まれて間もなく股関節と尾てい骨、背骨がつぶれていたため に足が少し不自由でした。 そのうえ、20代で肺結核を患いました。 それでも結婚して、二人の子どもを授かりました。 しかし、40代のときに離婚。 思春期の子どもを育てていくという厳しい生活に直面することになりました。 障害をもちながらの子育てに悩みはつきません。 そんなとき、恩師の方から助言がありました。 『つらいときは、考えてはいけない。 自分の頭で考えても道は開けない。 自分を忘れることをしなさい。 ドブ掃除でもトイレ掃除でも、忙しく仕事をしなさい』 この言葉に救われ、自然療法運動に没頭することになりました。 その結果、それまでの苦しみから立ち直ることができたのでした。 東城さんの自然療法で、難病を克服したある会社の社長さんがいました。 この社長さんは、東城さんに5000万円の寄付をされたそうです。 東城さんは、そのお金を阪神淡路大震災で親を失った子どもたちのための レインボーハウス資金や、ボランティア活動の資金に活用しました。 東城さんは、結核で療養しているときタンポポの根の効能に助けられている ことを痛感したそうです。 それ以来、体が回復していったことで自然界の中にある力を確信したとも いいます。 タンポポに助けられた東城さんは次のように語っています。 『タンポポはあるがままに生えて、その力を私にくれている。 これが、自然の親切、思いやりだと思ったら、胸がいっぱいになった』 自然界には、もっとたくさんの恵みがあるはずです。 その恵みにも目を向けていくことが、これからの時代に求められていると 思います。 (by ハートリンクス)
2020年12月29日
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【苦しい時ほど前を向こう】 国産初の段ボールを製造した、井上貞次郎氏の言葉から。《 私は今、幸せだ。 折に触れて追憶し、楽しめる『苦しかった過去』を 持っているからである。 苦あればこその楽しみだ。 苦しみを経た者しか、真実の喜びは味わえないと思う。》 * * * 育った環境が貧しかったり、病気だったりすると人は暗い気持ちになります。 しかし、それでもくよくよしないで、明るく生きるようとすることは大事な ことです。 真言宗の祖である、空海は弘法大師という名で親しまれています。 弘法大師が書かれた書物に、『性霊集』(しょうりょうしゅう)というものが あります。 その一節に「背暗向明」(はいあんこうみょう)という文字があります。 どんな意味かといいますと、 “暗い方向に背を向けて、明るい方向を向きましょう”というものです。 同時に、暗い気持ちに背を向けたら、目の前は明るい方を向くようにできて いる、ということにもなります。 さて、明治時代に生まれた、井上貞次郎さんですが小学校を出ると、石炭の 問屋に奉公することになりましたが、実際はその家の子どものお守りをする 仕事でした。 しかし、もっとお金を稼ぎたいと思い店を辞めてしまいました。 それ以後、14年で30回以上転職したといいます。 中華料理店や理髪店、洋服屋、材木屋と多くの仕事を転々としました。 そして、中国大陸に渡りそこでも行商をするなどしますが、結局夢は破れて 日本に戻ってきました。 そして、大工道具や紙箱道具を売る店で働くことになりました。 その店で見かけた機械は、紙にシワをよせるものでした。 この機械がのちに、段ボールをつくる機械の原型となったのです。 当時の井上さんは、畳二畳の部屋で生活していました。 この機械をヒントに工場をつくるまでになりましたが、それでも赤字経営と なる状況でした。 井上さんに投資した人もいましたが、利益を出すことができなかったため投資 した人の中には、井上さんのフトンまでもっていった人もあったといいます。 ところが、その後、井上さんの発案した機械と製法が特許として認可される ことになり、事業は成功への道を歩むことになったのです。 今は、「レンゴー」という名称で日本の経済をになう企業になっています。 人の心には、暗い一面もあれば、明るい一面の両面があります。 そのときどきで、片方に傾いてしまうこともありますが、それでもどちらを 選ぶにしても、最後は本人がどんな選択をするかです。 苦しいときほど、気持ちをしっかり持つ必要あります。 「背暗向明」の精神を忘れないようにしましょう。 (by ハートリンクス)
2020年12月28日
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【努力と「運鈍根」について】 平戸藩九代藩主・松浦静山(まつらせいざん)の言葉から。 《 勝ちに不思議の勝ちあり。 負けに不思議の負けなし。》 * * * 江戸時代に、長崎の平戸に「平戸藩」がありました。 藩主は松浦静山という人で、書籍を残すほどの学識があり教育者でもあった そうです。 「勝ちに不思議の勝ちあり。負けに不思議の負けなし。」 この言葉から学ぶことはどんなことなのでしょうか。 野村克也さんの座右の銘の一つでもあった言葉です。 ここでいう「勝つ」とは勝負に勝つということだけではなく、成功するという 意味も含んでいます。 『失敗したことがあれば、謙虚に反省することが大事だ。 そうすれば原因も見つけることができる。 人間は、失敗したとき「ついてなかった」「運が悪かった」と自分以外のせい にして物事を片づけがちである』。 このような内容に解釈することができます。 よく、人生には「運・鈍・根」という考え方が必要だということをいいます。 それは、幸運をもたらすには、鈍いといわれるぐらい、根気強く取り組むこと が必要ということです。 しかし、松浦静山の立場からいうと少々違うものになります。 つまり、失敗から再起するには、 「運」(運が味方をするように、普段から努力を続け) 「鈍」(当たり前のことを、あせることなく地道にこつこつ行い) 「根」(最後まで根気強く、やり通す) ということになります。 つまり、「努力」の継続が最も大事なことだといっているのです。 野球界で努力を実践してきた有名選手の一人として、松井秀喜さんの存在は とても大きいものがあります。 松井さんの言葉の一つに、 「努力しなければ、人並にもなれない」というのがあります。 星稜高校の野球部の当時の山下監督は、高校時代の松井さんについての評価 は「足は速くなく、守備も特にうまいというものではなかった」そうです。 また、巨人の元監督だった長嶋さんも入団したばかりの松井さんを、 「どちらかというと不器用な選手だった」と話していたそうです。 しかし、長嶋元監督の言葉には続きがあります。 「私が監督をした9年間で、いちばん練習をしたのは松井です。1~2か月 一生懸命練習する選手はたくさんます。ところが、彼らは調子がよくなると 練習をしなくなる。 3年、5年、10年先、自分のバッティングがどうなりたいかを思い描いて、 毎日練習しないと大成しない。 ただ、9年間、彼は1日も練習を怠らなかった唯一の選手でした」。 努力の中には、「運・鈍・根」のすべての要素が含まれているのです。 失敗しても再起することができる、これが人間の素晴らしいところです。 目標があれば、努力することも楽しくなります。 楽しめる人生を送りましょう。 (by ハートリンクス)
2020年12月27日
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【掃除が心を磨いてくれる】 鍵山秀三郎氏の言葉から。《 人間の心は、そう簡単に磨けるものではありません。 ましてや、心を取り出して磨くことはできません。 心を磨くには、 とりあえず、目の前に見えるものを磨ききれいにすることです。》 * * * 手についた汚れを洗おうとして洗ったところ、なかなかその汚れが落ちない人 がいました。 油かなにか落ちにくいものをさわったからだろうか、と考えとりあえず雑巾を 洗っておこうと思い、雑巾を洗いました。 きれいになった雑巾を絞って、自分の手を見たらさっき洗っても落ちなかった 汚れがきれいにとれていたそうです。 掃除をすると、気持ちが軽くなり、スッキリします。 心が浄化される効用があるからでしょう。 心の浄化以外にも次のような、よいこともあるといわれています。 掃除をする場所によって、いろいろな点がよくなるそうです。 ・玄関・・・幸運の入り口。不運の出口。 ・キッチン・・・愛情運が育ちます。 ・トイレ・・・金運が上がります。 ・洗面所・・・心と体が美しくなります。 ・浴室・・・マイナスの波動が流されます。 ・排水溝・・・人間関係がよくなります。 ・リビング・・・親子関係、夫婦関係がよくなります。 ・寝室・・・快眠、熟睡できます。 ・クローゼット・・・迷い、悩みが軽くなります。 ・照明器具・・・疲労がとれやすくなり、心が明るくなります。 ・本棚・・・知性が磨かれます。 ・窓、ベランダ、庭・・・窓がきれいだと良縁にまぐまれます。 大切な人との距離が近くなります。 掃除は自分を磨くためには、いちばん手っ取り早い方法です。 それぞれの効用をイメージしながら、体を動かしましょう。 (by ハートリンクス)
2020年12月26日
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【運命とは命を運ぶこと】 野坂礼子さんの言葉から。《自分の「命」を「運ぶ」のが人生。その責任者は誰? 父や母、夫や妻、それとも友だち、上司かな? 「あの人のせいでつらい目にあった」 「あの人にしあわせにしてもらったの」 人はそんなふうに言うけど、「あの人」が責任もってあなたの命を 運んでくれるのでしょうか? いいえ、自分の命を運ぶのは、自分しかできないのです。 責任を持って、幸せ山の頂上に自分の命を運びましょう。 運び方知ってますか? 愚痴や不満、批判や悪口を言っていると、地獄沼に命を運んでしまいます。 いい言葉のエネルギー、笑顔のエネルギーは幸せ山へ、あなたの命を 運んでいくのです。 そして、世界で一番いい言葉は、「ありがとうございます」 運命とは命を運ぶこと、自分の命を運んでいるのは自分。》 (出典元:野坂礼子著 「笑顔とありがとうの魔法」 PHP) * * * 年末になると、来年の運勢について気になります。 健康で幸せな一年であってほしいと誰もが願います。 中国の古い思想に風水というのがあります。 「気」というものの流れを、「モノ」がある位置や場所で判断します。 風水師のひとりが書いた本によると、 「人間の運にはある法則がある」そうです。 この法則の一つに、感謝することが大切ということを挙げています。 特に、自分の命をいただいた両親に感謝すること。 次に、毎日の生活の中で感謝できることを見つけること、だそうです。 「感謝」について、小林正観さんが次のようなとてもいい話をしています。 『ある人が、自分の父親をどうしても許すことができずに悩んでいました。 この苦しみをどうにかしたいと、私のところに相談に来ました。 「許すことができないのですね」 「できません」 「好きになることもできないのですね」 「できません」 「ましてや、尊敬するなんて絶対できないですよね」 「できません」 「では、感謝することはできますか」 その人はしばらく黙ったかと思うと、大粒の涙をこぼしはじめました。 一時間、泣きやむことはありませんでした。涙が止まったあと、やっと声が 出せるようになりました。 そして、「感謝することはできます」と言いました。 「許さなくて、好きにならなくても、尊敬できなくてもいいのですが、感謝 することができるのであれば、お父さんに対して、その感謝の心を持ち続け てはどうでしょうか。二、三年たった頃には、許すことができ、さらにそれ を続けていくと好きになるのかもしれません」』 人の心の一番奥にあるのは「感謝」という概念だと、小林さんはいいます。 感謝の心があれば好きになり、許すこともできるようになるのです。 自分の命をステキな世界に運ぶには、感謝という気持ちを添えていくことが 大切です。 新しい年を迎えるためにやるべきこととして、感謝できる心のスタンバイを しておきましょう。 (by ハートリンクス)
2020年12月25日
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【人は「やれる」「やりたい」と思った分だけ前進する】 カーネル・サンダースの言葉から。 《 私がやったことなど、誰にもできることだ。 ポイントはただ一つ、心から『やろう』と思ったかどうかである。 心が思わないことは、絶対に実現できない。》 * * * 人は自分に対する自信を持つことはとても重要です。 自信は確信になり、信念となります。 たとえば、何かの課題を与えられたとき「私は必ずできる」という自己暗示 を自分自身にかける人もいます。 この「必ずできる」と思って何かの目標を決めて、そのとおりになるという 現象を「ピグマリオン効果」といいます。 昔、キプロスという大きな国があり、その王だったピグマリオンという人の 神話があります。 ピグマリオン王は彫刻の美女を、本当の人間のように愛していました。 この彫刻が人間にならないだろうかと、本気で願っていたら現実に彫刻が人間 になったそうです。 ここから「ピグマリオン効果」という名称が使われるようになりました。 さて、日本でもケンタッキー・フライド・チキンは有名です。 創業者は誰もから親しまれている「カーネルおじさん」です。 カーネル・サンダースは1890年、アメリカのインディアナ州で生まれました。 カーネルが6歳のときに父親が亡くなりました。 母親の料理を助けるために、自分でパンを焼いたこともあります。 弟や妹たちも、お兄さんの焼いたパンはおいしいといってくれました。 家が貧しかったので、10歳から農場で働くことになりました。 そのため、彼の学歴は6年生の修了証しかありません。 大きくなってからも、独学で勉強を続けたといいます。 働いた職種は、市電の車掌、機関士、保険の外交、タイヤのセールスなど40 種にものぼるほどでした。 30代後半で、自分でガソリンスタンドを開業しました。 そして、40歳になるとそのスタンドの中にたった6席の小さなレストランを 設けたのでした。 「サンダース・カフェ」と呼ばれたそうです。 このレストランでは、フライドチキンをつくりお客にだしていたのです。 また、フライドチキンの味がおいしいと評判になり店はとても繁盛しました。 ところが、息子を亡くすという悲しい出来事もありました。 さらに、追い打ちをかけるようにお店が火事になり、経営もあきらめなければ ならなくなったのです。 サンダースは無一文になってしまいますが、おいしいと評判のよかったフライ ドチキンの調理法は残っていました。 このとき彼の年齢は65歳でした。 そして、ワゴン車にフライドチキンを積み込んで売り歩くという、移動販売を 始めたのです。 この移動販売は、口コミでどんどん広がり地元での知名度も高くなりました。 あるとき、フライドチキンのレシピを売って欲しい、という人が現れます。 しかし、サンダースはあるアイデアを思いつくのです。 レシピを売る代わりに歩合をもらう、というものでした。 チキン1羽につき5セントの歩合です。 フランチャイズの事業はこうして生まれたのです。 このシステムを売り込むことを考え、各地を訪ねるという毎日が始まります。 この飛び込み営業で、断られた回数は1000回を超えていました。 65歳で始めたこの事業は、70歳を過ぎたころにはアメリカで600ほどの店舗 にまで成長していました。 サンダースのフライドチキンの味がよかったのは、子どもの頃、弟や妹のため にパンを焼いたときの思い出があったからだと、後年、本人が語っています。 弟や妹が「とてもおいしい!」と喜んでくれたことが、とても嬉しく忘れられ なかったそうです。 また、サンダースは日本のフライドチキンが一番気に入っていました。 サンダースが考えている調理法を守り、それを受け継いでいるという理由から でした。 65歳で再スタートした彼の生き方には、やりたいことがあったことと、人が 喜んでくれるのはどんなことなのか、この二つがあったのです。 やりたいことがあれば、それが信念を育ててくれるでしょう。 やりたいことをやるのは、自分に正直なことでもあるのです。 自分に正直な生き方は、人生を豊かにしてくれます。 (by ハートリンクス)
2020年12月24日
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【ドブ板の努力】 お笑い芸人、絵本作家・西野亮廣(あきひろ)氏の言葉から。 《 絵本『オルゴールワールド』の1万枚のビラ配り(ポスティング)は 10日ほどかかりました。 効果はありませんでした。 それによって生まれたエピソードもありません。 これが挑戦の現実の現場です。 その頃から、 「またダメだった」と考えることをやめて、 「なるほど。このやり方は効果が出ないんだな」 と考えるようになりました。 なんとかして前に進んでいる感じを出したかったのだと思います。》 * * * 人は他人から努力を強制されると、一時的に行動はできても続かないものです。 しかし、自分で決めたことや夢のためにする努力なら、少しぐらいきつくても なんとか頑張ることはできます。 今から8年前、キングコングの西野さんは、当時全国ネットの番組に約10年 の間、出演していた番組が終了し、自分が描いた絵本の宣伝のために都内で ビラ配りをしていました。 ビラ配りは夜に行うのですが、その理由はキングコングの西野さんがポスティ ングをしている姿を見られたくなかったからでした。 翌年、何か行動を起こす必要があると考えた西野さん。 ニューヨークで個展を開こうと決めました。 これまで個展を開いたこともない無名の人間の計画に、協力者もいるはずはな くすべて自分一人で準備に取りかかりました。 まず、個展のためのギャラリーを見つける必要があります。 しかし、どこも門前払いです。 あきらめずに探したところ、あるギャラリーから返事のメールが届きどうにか 日程だけは確保することができました。 1ヶ月の準備期間はありましたが、肝心の資金は不足していました。 そこで、西野さんはクラウドファンディングで資金を集めようと考えたので す。 ただ、当時は現在のようにクラウドファンディングというシステムはあまり知 られていなかったため、周囲からは批判や中傷も受けることになりました。 それでも、ツイッターで一人ずつ呼びかける人数を1万人に決めてコンタクト を取り続けました。 その結果2週間で700名の方とのやりとりができ、その中の583名の方から 530万円の支援金が集まったのです。 また、ニューヨークでの個展は、予想以上に厳しいスタートでした。 オープンして1時間が過ぎ、2時間が過ぎても誰も来ません。 ついに西野さんは、ギャラリーを飛び出して街中にビラを配り始めました。 すると、ひとりのお爺さんが来てくれたのですが、すぐに出ていきました。 しばらくすると、そのお爺さんが自分の孫をつれてきて、その家族の人たちも 観にきてくれたのでした。 さらに、絵を観た人の中には、外の通行人に「だまされたと思って、中をのぞ いてみて」と声かけをしてくれる人もいたのです。 数時間後には、ギャラリーは満員状態になり現地のメディアの取材が来るまで になり、このことは日本のヤフーニュースでも流されました。 西野さんは「ニューヨークは挑戦者を受け入れる街だ」という地元の人の言葉 が、今でも忘れることはできないといいます。 大事なのは、才能よりもやり抜く力です。 やり抜く力はかっこよさの中にあるものではなく、ドブ板の努力によって生ま れてくるものかもしれません。 本気でやりたい夢や目標があるなら、地道にコツコツ、努力を積み上げていく ことが何より大切なのです。 (by ハートリンクス)
2020年12月23日
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【感謝のコツ】 松下幸之助氏の言葉から。 《 感謝の心が高まれば高まるほど、 それに比例して幸福感が高まっていく。》 * * * 不平や不満ばかりを考えたり、口に出しているとしだいにストレスになってい きます。 ところが、感謝することを考えて言葉にしていると元気になり、生きているこ とが楽しくなるものです。 つまり、体も心も元気になり、疲れにくくなるということです。 これは、人間生理学のうえでも証明されています。 皆さんは脳波というものをご存知だと思います。 脳には波動があり、幸せだと感じているときの脳波とストレスまみれのときの 脳波は違うかたちをしています。 簡単にいいますと、愛、共感、寛容、感謝という気分のときの脳波は高く早い 周波になりますが、反対に不平不満、怒りの気分のときの脳波は低く遅い周波 になるそうです。 ところが、私たちはこのことが何となくわかっているのですが、つい感情や気 分の影響を受けやすいほうに流されて毎日の生活を送ることが多いのです。 多くの女性は化粧品には興味をお持ちです。 最近は男性も美肌のためのケアにお金をかける人も多いそうです。 化粧品メーカーで有名な資生堂という会社があります。 創業者は福原有信(ありのぶ)という人です。 明治時代の初め、福原さんは海軍病院の薬局長をしていました。 23歳のときに調剤薬局「資生堂薬局」を東京銀座に開きました。 この薬局も大きくなり、知名度もしだいに高くなっていきました。 福原さんには日課があったそうです。 その日課とは、部下を連れて会社の周辺である銀座界隈の散歩をすることでし た。ただ、その散歩は普通の散歩とは違うものでした。 一軒のお店の前に来ると立ち止まり、「おはようございます」と挨拶をするの です。これを何軒も続けていくというのが、福原さんの散歩なのでした。 ある朝、毎朝挨拶をしていた一軒のお店が閉まっていました。 すると福原さんはいつものように立ち止まって「おはようございます」と手を 合わせて合掌したのです。 一緒に歩いていた部下は福原さんに尋ねました。 「お店は閉まっているようですが、どうして手を合わせて挨拶をされるのです か?」 すると福原さんはこういいました。 「みなさまのおかげで銀座があり、銀座のおかげで資生堂があるからだ」 福原さんにとっては、銀座という街で暮らしている人たちのおかげで、商いが 成り立ち会社があるのだから、たとえ不在されていても感謝の心を忘れてはい けない、という考え方を根本に持っていたからでした。 こういうのを感謝行というのかもしれません。 もちろん会社というのは、社員が働き、経営者が努力することで維持されてい くものです。 しかし、福原さんは、自分たちの力だけではなく、みなさんのおかげで会社を 経営することができるのはありがたいことだと、考えていたのです。 感謝には初級、中級、上級があると思います。 初級は、ありがたいから感謝する。 中級は、当たり前に感謝する。 上級は、逆境や困難な中でも、無条件に感謝する。 感謝すれば、幸福感は高まります。 まず、ありがたいと思えることから感謝することを覚え、次に当たり前のこと に感謝するようにこころがけましょう。 そして、最後は無条件に感謝する境地になれば、幸せは自然に訪れてくること になるのです。 (by ハートリンクス)
2020年12月22日
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【挫折・失敗・逆境の中にあるもの】 ナポレオン・ヒルの言葉から。 《 人間に、挫折や失敗、逆境はつきものである。 これらには、すべてそれ相応かそれ以上の、 大きな利益の種子が含まれている。 大切なのは、そこから教訓と成功の糧を引き出せるかどうかである。》 * * * 私たちの人生には、いいときもあれば悪いときもあります。 いいときには、すべてのことが楽しく感じられ、生きていて幸せだという気分 になるものです。 この気分を、悪いときに感じることができるなら、どんなに素晴らしいことで しょう。 しかし、世の中には環境がどうであれ、自分は成功し幸せになれると信じて生 てきた人、あるいは、いま現在生きている人はたくさん存在するのです。 その一人に、成功哲学の祖とも呼ばれるナポレオン・ヒルという人がいます。 1883年、ナポレオン・ヒルはアメリカに生まれました。 そして9歳のときに、母親は亡くなりました。 社会に出て、雑誌記者の仕事に就くことにしました。 仕事で彼は、当時、鉄鋼王ともいわれていたアンドリュー・カーネギーの取材 をする機会を得ることになるのです。 この取材の仕事がきっかけになり、その後20年もの間、約500人の各界の著 名・有名人との取材を続けました。 そして、それらの人たちが、どのような考え方や行動によって成功したのか、 成功へのプロセスと成功の秘訣を、ナポレオン・ヒル独自の方法で体系化する ことにしました。 そしてそれをプログラム化するための研究を、無償でおこなったのです。 彼のこの姿勢は、周囲から大きな信頼を得ることになり、ついにルーズベルト 大統領の顧問官を務めるまでになったのでした。 いっぽう、ナポレオン・ヒルには、障害をもつ息子がいました。 それは生まれつき、耳がないという障害だったのです。 医師からは、一生聞こえることはないだろう、と宣告されたのですが、彼は、 息子の可能性を信じました。 さらに、「自分の息子は聞いたり、話したりする能力を持っている。耳はない かもしれないが、音を脳に伝達する方法が必ずあるはずだ」と信じました。 「そのためには、父親としての信念と願望を息子の心に植えつけなければなら ない」と考えたのでした。 この思いを強く持ち続け、息子と接していくうちにあることに気づきました。 たまたま、ナポレオン・ヒルが息子の頭蓋骨の斜め下のところの、少しとがっ た骨に唇を当ててしゃべると聞こえるようになることを発見したのです。 これは奇跡的な発見となりました。 その後、息子が20歳になる頃には、耳に相当する部分に補聴器を当てると音 を聞くことができるようになったのです。 しかも、息子は補聴器の改良点を提案することになり、メーカーからの収入を を得ることにもなりました。 ナポレオン・ヒルの自らの言葉にあるように、挫折、失敗、逆境というものの 中にはそれを上回る成功の鍵が隠されていることが、息子の障害を通して証明 されたのです。 彼の著書が世界的なベストセラーになっているのは、このような自らの体験に 裏づけられた多くの成功事例があるからといえるでしょう。 ふつう自分の近しい人がこのような境遇にあるなら、常識ではあきらめてしま うかもしれません。 しかし、常識というのは、人間の信念や強烈な願望が生むエネルギーによって 覆ることもあるのです。 現状がどうであれ、その状況を好転させようという思考をもつことは大変重要 なことです。 プラス思考で物事を考えるというのは、本来このようなことを意味するもので、 たんなる気休めとしてとらえることではないのです。 大切なことは、どんなときにでも成功と幸せの種は、その中に隠れてはいるが 存在しているということを信じ抜くことなのです。 (by ハートリンクス)
2020年12月21日
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【苦労と努力の違い】 経営コンサルタント・小宮一慶氏の言葉から。《人には苦労と努力の両方が必要。 人が宝石の原石なら、努力は宝石を大きくする。 苦労は原石を磨く。 苦労によって、原石は磨き削られ、光り輝く宝石となる。 努力だけの人は、宝石は大きいがトゲがある。 苦労だけの人は、トゲはないが宝石が小さい。 人という宝石の原石には、苦労と努力の両方が必要。》 * * * 人は宝石の原石であると考えると、自分のこともそれまで思っていた存在より も、もっと価値のあるものに感じられるようになります。 ただ、宝石は原石のままでは宝石としての値打ちは出てこないのです。 原石は、誰かの手によって加工されてはじめて宝石という違う姿に変わってい きます。 人も同じように、苦労し、努力することで、その人の輝きが生まれるのです。 では、その苦労を努力で乗り越えようとする意欲は、いったいどこからくるの でしょうか? そのひとつは、夢や目標があることで私たちは、どんな苦労にも努力を惜しま ずに生きていくことができます。 たとえば、ディズニーランドをつくった、ウォルトディズニーは、苦労と努力 の両方を経験した人でもありました。 120年前、ウォルトディズニーはシカゴの貧しい農家に生まれました。 絵の好きな子どもでした。 友人からある仕事を誘われたときの話です。 友人が「ゼリー工場にいい仕事があるぞ。金になるから行かないか?」 といいますが、彼は、「僕は、工場で働くつもりはないよ。僕はアーティスト になるんだから」とあっさり断るのでした。 そして、いくつかの仕事をしながらアートスクールで絵の勉強をして技術を磨 いていくのでした。 22歳になり、自分でアニメの制作会社をつくりますが、当時アニメはまだ注目 されるような業界ではなかったので、どこも相手にしてくれませんでした。 しかし4年後、「しあわせウサギのオズワルド」という作品を制作したところ、 これがヒットしたのでした。 ところが、彼の未熟さもあってこの作品の著作権を設定していなかったため、 配給の親会社に著作権と社員を奪われてしまうという事態に陥ったのです。 ウォルトディズニーは、落ち込みましたが自分が夢とするアニメをつくること をあきらめませんでした。 その後、彼はもう一度作品をつくろうと決心し行動に移したのでした。 そして、そのキャラクターは「ミッキー」。 ミッキーマウスの「ミッキー」を発案したのです。 ミッキーを主人公にしたアニメ「飛行機クレージー」と「蒸気船ウィリー号」 を制作発表にまでにこぎつけました。 結果は大ヒットとなり、以後ミッキーマウスは世界的な人気キャラクターとな っていきました。 彼にとっての最初の大きな苦労は、著作権の設定ミスが原因でした。 しかし、この苦労は次の努力をする力を生み出したといえます。 彼自身の言葉の中に、 「過去の出来事に傷つけられることもある。でも私が思うにはそこから逃げ出 すこともできるが、そこから学ぶこともできる」という一文があります。 ウォルトディズニーのエネルギーのもとになったのは「子どもたちの心」でし た。 彼の人生が、一匹のネズミに託した夢からからはじまったように、子どもたち には夢を持ってほしいという願いがあったからです。 苦労は、障害や困難、トラブルをつれてきますが、努力があればそれらを超え ていくパワーを生むことさえできるのです。 そのためにも、目標や夢を持つことはとても大切なことなのです。 夢があれば、目標があれば苦労も努力も楽しみに変わるといえるでしょう。 (by ハートリンクス)
2020年12月20日
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【自分らしさとは本心にフタをしないこと】 渡辺和子さんの言葉から。《嫌われようと思って生きる必要はないが、 多種多様の好みを持ち、 思いを抱くすべての人に好かれようなどと 思わないほうがよい。 みなに合わせようとして失うのは「自分」なのです。》 * * * 自分らしさというものを、真剣に考えることはあまりないような気がします。 他人との比較ではじめて、他人と自分の違いが分かるものです。 小学校からだんだんと成長していくと、受験という競争の社会で過ごすことに なり、この経験を通して、自分というものへの認識がはっきりしてきます。 そのような意味では、今の子どもたちは、昔の子どもたちが育ってきた環境と はかなり違いますから、どちらが恵まれているのかどうかの答えは簡単出てこ ないかもしれません。 2025年に、大阪で万博が開催されます。 今から50年前の1970年にも同じ大阪で万博が開かれました。 このとき、太陽の塔というシンボルアートを作成した芸術家の岡本太郎さん。 当時は、斬新な建造物として注目を浴びました。 岡本さんの両親は、漫画家で作詞家の岡本一平と作家の岡本かの子です。 小さいころ、親から、「空の雲は何色?」と聞かれたそうです。 岡本さんは「白」と答えました。 すると「お前には白に見えるのか? 白に見えてもいいけど、白に見えない こともあるだろう」 「赤に見えたら赤に描け。みんなが白というから白に描くのはやめろ」といわ れたそうです。 このような教育が子どもの想像性をかきたてる教育のありかたといえるかも しれません。 自分らしさというものは、親の教育の影響を受けるものであることは間違いな いようです。 雲が何色であろうが、子どもが見たものが真実です。 そこを「面白いね」と肯定してあげることが子どもの感性を育てることになる のです。 また、こんな話があります。 ある小学校の授業で先生が、 「氷が溶けると何になりますか?」と質問しました。 生徒たちの多くは「水になりまーす」と元気よく答えました。 しかし一人の生徒は「春になりまーす」と答えました。 先生はこの答えは間違っていると判断したそうですが、後日、この話が教育研 修会で話題になり、間違っているとはいえないという意見も出たそうです。 『氷が溶けたら春になる』という着想はすばらしいと思います。 この話は、岡本太郎さんにも通じるところがあります。 岡本さんにとって、太陽は人の顔をした姿に見えたから、あのようなシンボル アートをつくったわけです。 自分らしさとは、その人の感性が包まれた一つの個性です。 しかし、今の子どもたちは、受験という大きな関門を避けては、前に進めない 時代です。 だからといって、自分らしさを出してはいけないということでもないのです。 たとえば、自分の繊細さが強すぎて、自分の心が傷つきやすくなった人が若い 世代に多くなってきたのは、偏差値優先の教育環境から生じた、負の産物かも しれません。 その反動が、個性的なファッションの流行や、SNSでの共感を求める人が 急増した大きな原因ともいえるでしょう。 自分らしさとは、他人に合わせることではありません。 他人に合わせることに慣れてくると、本来の個性が持つエネルギーを表現する ときの喜びを味わうことはできなくなるでしょう。 自分が感じたものを大事にすることから、「自分らしさ」というかたちが生ま れてくると思います。 (by ハートリンクス)
2020年12月19日
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【運命は受けとめ方しだいで幸運になり悪運になる】 ソニー元役員・ロボットAIBO開発者 天外伺朗氏の言葉から。 《崖から転落したことが「悪い運命」かというと、 必ずしもそうではないだろう。 それによって、自分の思い上がりに気づき、 崖からはい上がったあとに、素晴らしい人生を送ることもある。 ようするに、「いい運命」も「悪い運命」もない。 重要なのは、不運と見えるときに「ジタバタ」しないことだ。 こういうときは「運命を変えよう」と思わなくなる。 起こること、出会う人すべてに感謝できるようになっていく。》 * * * よく、運がよかった、運が悪かったという話を聞くことがあります。 人の運命を「よい」「悪い」という区別をしたくなるのも、人間の一つの側面 かもしれません。 また、普通は「いいこともあれば、悪いこともある、これが人生」と考えたり します。 これは、運がいい、悪いという区別をすることで、自分の責任をどこか他のと ころに求めようとする心の働きがあるからともいえます。 書道家の武田双雲先生につぎのようなエピソードがあります。 それは、ご両親の出会いです。 お二人は、もともとは高校時代の同級生というだけの関係でした。 卒業して二年がすぎていました。 お父さんは、パチンコに負けてイライラしながら店から出てきたといいます。 お母さんは、当時つき合って彼氏とケンカして、プリプリしながら歩いていま した。 そして、二人はそのパチンコ店の前でぶつかってしまいました。 「どこを見て歩いてるんだ!」 「そっちこそ!」と険悪な雰囲気になりました。 すると、「あれ?」「武田君……?」 この出会いが、双雲先生のご両親の出会いの物語です。 ですから、パチンコに負けたこと、彼氏とケンカしたこと、という出来事が 人生を変えるきっかけになることさえある、これが世の中というものです。 中国のことわざに『人間万事塞翁が馬』(にんげんばんじさいおうがうま)と いうのがあります。 みなさんも一度は聞かれたことがあるかもしれません。 要約すると、ある老人の話です。 昔、中国のある地方の塞(とりで)の近くに、占いの上手な老人(塞翁)が いました。 ある日、その老人がもっていた馬が逃げてしまいました。 近所の人たちは気の毒がりましたが、老人は「そのうちに福が来る」という のでした。 すると、数ヵ月して逃げた馬が別の駿馬を連れて戻ってきたのでした。 人々は、祝いますが老人は、今度は「これが不幸のもとになる」といいます。 そして、あるときその駿馬に乗っていた老人の息子が、落馬して足を骨折して しまうのでした。 人々は見舞いますが老人は「これが幸福のもとになるだろう」といいました。 しばらくすると、他国の軍が攻め込んで戦争となり若者たちの多くは戦死して しまいました。 しかし、老人の息子は足を骨折していたため、兵役を免除され戦死しなくてす んだというお話です。 世の中も、人生も状況は変転するものです。 そのときどきの状況に翻弄されたり、一喜一憂するのが生きていくということ なら、私たちの人生に主体性はないに等しいものとなります。 しかし、人間は本来そういうものではなく、もっと自分の意志や考えで生きる ことが存在でもあるのです。 人はいろいろな受け止め方ができる能力があります。 これは生きる知恵ともいえ、心の強さや、変化に対応する力にもなります。 運命をよい、悪いと区別し色分けするよりも、どんな運命でも受け止めていこ うという考えを持ちましょう。 そうすることで、自分の可能性を信じ、生きる力が湧いてくるのです。 (by ハートリンクス)
2020年12月18日
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【人生は習慣でつくられます】 心理学者・加藤諦三氏の言葉から 《幸せになるためには、 自分の人生の目的にそった 習慣を身につけることである》 * * * 習慣はその人の個性のようなものです。 多くは子どもの頃からつくられることが多いようです。 習慣には体の習慣と、もうひとつ心の習慣というものがあります。 どちらも、その人の性格や考え方に影響を与えます。 その意味では、どんな習慣があるかによって、その人の人生を左右するかもし れません。 体の習慣も、心の習慣も子どもの頃の親の教育や家庭環境によっても違って くるものです。 慶応義塾大学を創設した、教育家の福沢諭吉の子ども教育の特徴は、外で遊ば せることでした。 自然にふれさせることが大きな目的だったのですが、もう一つは体を動かす ことで健康な体をつくるのも重要だと考えていたからです。 さらに、家の掃除をさせたり、家事のことなども子どもに分担させていたそう です。 福沢諭吉は教育者という立場で、よい習慣はどうすれば身につくか考えながら、 実践していたわけです。 また、子ども時代の習慣によって人生の基礎をつくった有名な人もいます。 ビートルズのジョン・レノンもその一人です。 彼は、子どものときから本を読む習慣がありました。 そのきっかけとなったのは、彼の家庭環境でした。 ジョン・レノンの両親は不仲だったので彼は、幼少期から叔父夫婦のもとで育 てられました。 四歳をすぎた頃から、叔父さんから読み書きを教えてもらったそうです。 その教え方はとてもユニークなものでした。 毎晩、新聞に書かれている記事を、一音節ごとに読み方を習います。 そして、そのあとその記事を書き取っていくというものです。 後日、ジョン・レノンの友人がこう話していたそうです。 「ジョンが生涯を通じて、新聞をよく読んだのはその癖かもしれない。 彼は新聞を読むことで、ずいぶん歌詞のアイデアをもらったと、ビートルズ時 代に私に語ったことがある」。 ジョン・レノンは、読み書きの習慣があったせいか、おもちゃなどの玩具には まったく興味をしめさなかったといわれています。 そのかわり、本を読むことが好きだったのです。 たとえば『不思議の国のアリス』が特に好きで、物語も暗唱できるほどだった そうです。 このように、誰にでも習慣というものがあります。 行動の習慣というものは、しだいに心の習慣につながっていきます。 この関係が理解できるなら、自分の生き方を選択するときも、どんな習慣を身 につければよいかを考えるようになるのです。 「生活習慣病」というのも最近では当たり前に誰もが話題にします。 もともと「習慣病」という名称は、日野原重明先生が提唱されたそうですが、 のちに別の方の提唱で「生活習慣病」という言葉が生まれました。 今では「成人病」という名称でも呼ばれています。 生活習慣病の原因は、職業上のストレスやその他の悩みからくる思考習慣で つくられるという関係にあります。 体も心も健康になるための生活習慣も、今はたくさんあります。 人生を幸せにすごすための習慣を身につけましょう。 (by ハートリンクス)
2020年12月17日
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【幸せは自分の中にあります】 フランスの哲学者・アランの言葉から。 《幸せを自分の外側の世界に求めるうちは、 幸せはかたちにならない。 しかし、あなたは幸せを自分の中に持っているはずだ。 悲観主義は感情からくるが、 楽観主義は意志からくるものだ。 だから幸せはすべて、意志と克己心から生まれる。》 (出典元:アラン著 「アランの幸福論」 ディスカヴァー) * * * 幸せだと感じるモノサシは、人それぞれによって違うものです。 現在の自分が悩んでいることが健康面のことなら、やはり健康になるのが幸せ だと感じるモノサシになります。 また、仕事のことで悩んでいるなら、もっとよい仕事があればと思い、経済的 な問題であれば、もっと収入が多ければというように考えてしまいます。 世の中には、大きく分けると二つのタイプの人がいるといわれます。 ひとつは、たくさん恵まれている中で生きているのに、その中の少しの不満 だけを見て、何かにつけてグチをいうタイプの人。 もうひとつは、恵まれていることが少しなのに、わずかな恵みだけを見て、 いつも、笑顔で私は幸せだと思っている人です。 次のような説話があります。 「泣き婆さん」という話で、昔、あるお婆さんがいました。 そのお婆さんには、二人の息子がいたそうです。 お婆さん、とても心配性な性格でした。 お兄さんは、桶屋を営んでいます。弟は、傘屋を営んでいます。 心配性のお婆さんは、雨の日が続くと、 「これじゃあ洗濯もできないから、桶が売れない。長男がかわいそうだ」 といって泣いていました。 今度は、晴れの日が続くと、 「これじゃあ、傘が売れない。弟は困っている」と、泣いているのでした。 そこでお婆さんは、なんとか息子たちを助けたいと思い、ある人にどうしたら いいか、相談したのでした。 お婆さんの話を聞いた人は次のように話したそうです。 「天気がいいなら、長男の店では桶が売れていると喜びなさい。 天気が悪いなら、弟の店では傘が売れると喜びなさい」。 この言葉を聞き、お婆さんは幸せになることができた、という話です。 このように、人は考え方や性格によって、自分は幸福だ・不幸だという真逆の 世界で過ごすことになるのです。 このお婆さんは、子どもを心配することが親の愛情だと思っていたのは間違 いありません。ところが、恵まれているのに、不幸だけしか見ないモノサシで 子どもの人生を案じていたのです。 世の中は、天気に恵まれるときもあれば、雨に恵まれるときもあります。 恵まれている世界から、自分の幸せを感じることができれば、私たちはどんな 環境にいても人生を悲観的に思うこともなくなります。 自分の中の幸せのモノサシとは、そもそもどんなものか、一度じっくり考えて みましょう。 何かが足りなくても、恵まれているものがあるはずだ、と探してみるのは大切 なことです。 ちっぽけでも、自分だけの幸せの基準を持つと、生きることにも楽しさを感じ るようになります。 (by ハートリンクス)
2020年12月16日
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【自分の正しさを疑ってみる】 下園壮太氏の言葉から。《もっと寛容力がほしい、もっと心の広い、器の大きい人になりたい、と日々悩 んでいる人たちは、じつは共通している部分が多いと感じます。 まず、自分に対して厳しい、ということです。 たとえば、疲れとストレスで、もういっぱいいっぱいなのであれば、最優先で やるべきことは、自分自身に休息を取らせることです。 本能が「もう限界だ、これ以上は疲れやストレスを近づけないで」とSOS 信号を出してきているのです。 なのに、自分に厳しい人は「いや、頑張らなくては!」と、自らを奮い立たせ さらに疲れとストレスをためて、結果的に他人にも厳しくしてしまいます。 じつは、他にもいくつかの共通点があるのです。 たとえば、「うまくやっている人ばかり見ている」ということです。 自分には嫌いな人や苦手な人がたくさんいる。でも、他の人は自分よりうまく 人とつきあっているようにみえる。 どうして自分はうまくできないんだろう……。 そんなふうに自分を責めてしまいます。 さらに、寛容力に悩む人たちには、自分の「やり方」や「こだわり」をそのま ま、「正しいこと」だと思い込んでいる、という共通点があります。 たとえば、「自分は、仕事はスピードこそ何より重要だ、と思っている。 だから、休日に受けとったメールでもすぐに返信をするのが当然だ」という 人がいたとしましょう。 そんな人が、とある休日に、取引先の担当者にメールを送りました。 しかし、まったく返信がない。すると、「こっちは休日でも対応しているのに なぜ返信がないんだ!」と憤慨したりするのです。 それはちょっと違うでしょう、といいたくなります。 でもこういう人は思いのほか、多いものです。 「仕事はスピードこそ重要」「休日でも迅速に対応する」というモットーは いいのです。しかし、それを、周囲に押しつけることはできません。 「自分のやり方が常識だ」「自分こそ正しい」と思い込むようになると、他人 に攻撃的になります。 いつでもどこでも誰かにふつふつと怒りを抱くようになる。 そして、その怒りを発しては他人を責め、自分も責め、その怒りにフタをして は不必要にエネルギーを消耗させる。 たとえば、日本に観光に来た、外国人旅行者のゴミの捨て方などのマナーの悪 さに私たちは怒りを感じます。 しかし、数十年前は日本人も同じだったことを覚えています。 そこらへんにゴミやタバコの吸い殻を捨てていました。 それなのに、現代の衛生的な生活に慣れてしまうと、私たちはそう振る舞えな い人を「不快」に感じます。 だからといって「自分たちこそ正義だ!」と攻撃したりせず、相手の日常や環 境、精神風土を理解しようとするのが、成熟した社会に生きる私たちの寛容力 ではないでしょうか。 他人の振る舞いが許せずにイライラする人。 相手の悪いところばかり挙げて責めてしまう人。 そんな人は、自分の正義や常識という価値観をチェックし、逆の価値観にも目 を向けてみてください。 相手のためではありません。自分のため。 いまよりずっと、生きるのがラクになります。》 (出典元:下園壮太著 「寛容力のコツ」 知的生き方文庫) * * * 自分に厳しいということ自体には、まったく問題はないと思います。 それは、自己を律するという意味で、人間的な強さにもなるからです。 しかし、この厳しさが、自分を責めるきっかけになりやすいのも事実です。 いちばんよいのは、「自分に素直」であるということかもしれません。 素直さには、抑える、我慢する、自分に意に反した行動をする…などがあり ません。 たとえば、やろうと決めたことでも、ときによってはやりたくない気持ちに なったりします。 そんなとき、素直な対処法は、「なぜ、やりたくないのか」という疑問を自ら に問いかけることです。 自分に厳しくという立場では、「そんなことではだめだ」とやりたくない自分 を抑えていることになるのです。 そうではなく、やりたくない理由をよく考えれば、その原因がわかり結果的に 自分のやるべきことが再認識できるはずです。 自分に厳しくあるべき、というのも時と場合によります。 大事なことは、自分の本心から目を背けないことです。 (by ハートリンクス)
2020年12月15日
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【自分が残していくもの】 本田 健氏の言葉から。《どんな人の人生にも意味があるといっても、 「自分の人生には、たいした価値がない」 と考える人も少なくありません。 そういう人は、この世界で生きた足跡(そくせき)をどう残すかという視点か らも考えてみましょう。 「あなたは、この地球に何を残しますか?」 そんなふうに聞かれたら、ますます、何も残せないと考えてしまうかもしれま せん。 生きる目的には、いろいろなかたちがあります。 なにも歴史に残るような音楽や文学作品を残したり、社会的なシステムを残し たり、政治、教育を改革することが人生の目的ではありません。 「私は主婦だから何も残せない」という人は、子どもや孫を残していることを 忘れてはいけません。 自分はたいしたことはできなかったけれど、子どもを残すことができた、と考 えましょう。 すると今度は、私は結婚していないし子どももいないからダメだと感じる人も 出てくるかもしれません。 あなたが残すものは、人類を変えるようなものでなくてはいけないということ ではありません。 ちょっとしたものでも、あなたが生きた証を残せるものがあるか、探してみて ください。 たとえば外国では、公園などにベンチを寄付する習慣があります。 ベンチの背もたれの部分に、寄贈した人の名前や略歴が書かれたプレートが張 ってあったりします。 自分が死んだあとでも、自分が寄付した公園のベンチで、誰かが疲れた足を休 めているかもしれません。 子どもとお母さんが、そこでやさしい時間をすごすかもしれません。 そんなベンチを残せるとしたら、それは素敵なことだと思いませんか。 「何を残すか」を考え始めると、自分の生まれてきた意味がはっきりしてきま す。あなたらしい何かを残すことを考えてみましょう。》 (出典元:本田 健 「これからどう生きるか」 だいわ文庫) * * * 「生きた証」というものを人はなぜ求めるのでしょうか? それは、自分はかけがえのない存在である、ということを本質的に心の奥底で 知っているからです。 ふだんはそのようなことを考えたりしないかもしれませんが、人とはそうした 生き物なのです。 自分の存在が大事であると知ることから、他人を尊重する気持ちも湧いてくる のです。 生きた証というと何か大げさに聞こえますが、「生きた足あと」という表現で もよいでしょう。 著者がいうように、生きた足跡を少しでも残しておきたいという願いは、生き る意味を知ることに関わってきます。 自分がこの世に生まれてきた理由、あるいは、生きる意味や目的などあまり深 く考えたことがなくても、生きた足あとを何か残そうと思うと自分の存在感を より強く感じることもできます。 足あとの大きさに関係なく、何かを残そうという意欲が、自分の人生を真剣に 考えるきっかけにもなるのです。 (by ハートリンクス)
2020年12月14日
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【「がんばる」の基準】 國分利治氏の言葉から。《せっかく新しく仕事を始めても、1年も経たないうちに(中には3か月くらい で)すぐに辞める人がいます。 自分に合う仕事を見つけることはとても大切なことです。 家族を養うという経済的支柱としての男の責任を果たすためにも、自分の生き 甲斐として、自分に合った仕事を見つけるのは早いにこしたことはありません。 やり甲斐のある仕事に出合うための手段として、たしかに天職は選択肢の一つ だとは思います。 すぐに仕事を変える人たちは、必ず「やってみたけど、仕事が合わない」「仕 事が楽しくない」という言葉を口にします。 でも私はそこで、「ちょっと待ってくれよ」と思うのです。 仕事は学校の勉強とは違って、頑張ったからといって必ず結果に結びつくとい うものではありません。 実際に、3年間休みなしで(私の場合は10年以上ですが)働いた経験者の ひとりとして思うのは、自分に合った仕事がなかなか見つけられない人は、 「頑張るの基準」の基準が低いのではないか? ということです。 本当に自分に合う・合わないを判断できるレベルに達していたのかどうかと いう疑問です。 ところで皆さんは、富士山の頂上まで登られたことはありますか? 私は高校3年の時に、富士山の三合目のゴルフ場で住み込みのアルバイトを したことがあります。 アルバイトの最終日の翌朝、頂上から見た日の出の神々しいまでの美しさは いまでも私の脳裏に焼き付いています。 七合目くらいで、「もう疲れたから止めようよ。とりあえず富士山には登った んだからいいじゃない」と下山してしまう人には、決して富士山の頂上から の景色は見えません。 短期間に仕事を転々と変えて、「自分には合ってない」とすぐに諦めてしまう 人は、頑張る基準の初期設定がどうも甘いと思います。 私が基準としたのは「石の上にも3年」という言葉でした。 自分で実践してみて、本当によかったと思っています。》 (出典元:國分利治著 「成功を引き寄せる地道力」 扶桑社) * * * “石の上にも3年”という格言は、昔からいわれている言葉です。 時間的な期限をある程度決めることで、忍耐や粘り強さが養われるからだと 思います。 時間的な基準のほかに、もうひとつ大事なものがあります。 それは、自分の心が感じる「おもしろい」かどうかという基準です。 もっと掘り下げれば、「おもしろくなるまで頑張る」という基準です。 おもしろいと思えるまでに頑張る基準、これを初期設定しておくことです。 この基準は自分にしかわからないことですから、自分で決めるしかないのです。 もう少し手を伸ばせば届くぐらいのところに、頑張る基準を置くのもひとつの 考えです。 これを何回かくり返すと、自分の目標に近づくこともできます。 頑張る基準を、時間という面と心という面の両方から見て設定することで無理 のない計画にもなるのです。 そして最後は、仕事がおもしろくて、楽しいという境地に到達できるはずです。 (by ハートリンクス)
2020年12月13日
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【知恵を重ねた自分を知ろう】 斎藤一人さんの言葉から。《つらいことがあったとするよね。そんなとき、あなたが今、25歳なんだとす れば、25年間生きてきた知恵で、今日一日生きるの。 そうすれば、明日はさらにその一日分の知恵を重ねた自分がいるんだよ。 それと同じで、30歳の人には30年間の知恵が、40歳の人には40年間生きて きた知恵があるの。 それをもう、若くないからとか、自分にマイナスになるような考えはよしなっ て言いたいんだよね。 そんなこと言って誰が得するのって言いたい。 儲かっていない蕎麦屋の原因は、蕎麦がうまくないか、店が汚いか、愛想が悪 いかのどれかでしょ。 それを休みの日にろくに他の蕎麦屋を研究するわけでもなく、「リーマンショ ックのおかげでウチも景気悪いよ」って言うけど、リーマンの人があんたの 蕎麦屋の客だったのかって言いたいの。 そんな自分にとって得にもならないことを考えてる暇があるんだったら、店を きれいにして掃除して愛想良くし、おいしい蕎麦の研究でもしなって言いたい んだよ。 みんなね、とにかく今まで生きてきた経験をもとにして、今日一日を生きれば いいの。 仕事で失敗しても、失恋しても、それは経験が増えただけ、その増えた経験を もとに、また明日を生きればいいんだよ。 だから、仕事の失敗も失恋もみんな、全部キャリアなの。そうやってキャリア を積んでるの。 あとは、そのキャリアを活かせばいいの。 それを落ちこむ材料にしちゃダメだよ。 落ちこんでちゃダメだっていうのは、自分に得がないだけじゃなくて、まわり にも得がないんだよね。 だって、その落ち込んだ顔や態度を見せられているのはまわりの人だよね。 そうやって人が落ち込んでるのを見せられるのって、まわりもいい気がしない の。 それよりも明るく楽しく生きれば、相手に笑顔を見せることができるんです。 自分の顔って、鏡でも見ない限り、自分では見られないんだよ。 その顔をいつも見てるのはまわりの人たちなんだよね。ブスッとしてられるの は、その顔を自分が見ないで済むからブスッとしてられるんだよね。 自分がずっと見せられるんだとしたら、ブスッとした顔より、笑顔のほうが いいに決まってるよね。》 (出典元:斎藤一人著「変な人の書いた世の中のしくみ」サンマーク文庫) * * * 「今まで生きてきた経験をもとに、今日一日を生きる」こと。 この考えができるようになると、無駄に一日を生きることもなくなります。 ある人の言葉に、「生きることと暮らすことは違う」というのがあります。 これはたんに、暮らしているということがよい悪いということではなく、日々 の暮らしの中に生きていることのありがたさを知るための、戒めの言葉です。 ですから、日々の暮らしに流されるような過ごし方ではなく、しっかりと根を 張った生活をすれば、毎日の暮らしの中にも生きる喜びを感じることができる ということです。 つまり、失敗も苦労もその人にとっては、かけがえのない経験であり財産でも あるのです。 そうなると、失敗も苦労も自分が落ち込む原因にはならないのです。 失敗と苦労が、新しい自分になるために必要なものだったと理解できれば、 自分を大事にすることができます。 最近、自分を認めて肯定することができない人が多くなっているようですが、 もし、そのようなことで悩んでいる方があるようなら、斎藤さんの言葉を参考 にしてください。 (by ハートリンクス)
2020年12月12日
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【才能とは、好きなことが努力できること】 臨済宗佛母寺住職・松原正樹師の言葉から。《「習字の上手い下手は才能だ」と、よくいわれました。 書というのは、字の上手い下手ではなく、紙の余白の白と、墨の黒のバランス によるアートになるので、そこまでくると努力がどうのこうのということでは なく、「その人が持つ美的センス」になるということです。 確かに一流の芸術家もアスリートも、努力だけではどうにもならないところが あります。 生まれながらに持ったものがある程度ないと、難しいのでしょう。 ただ、努力はとても大事なことだということは忘れてはならないでしょう。 一流の人々ほど、人一倍の努力をしているものです。 では、才能とは何かといえば、結局は、 「いつまでも努力できるほど、そのことを好きになれるかどうか」 だと思います。 一流のスポーツ選手にしろ、芸術家にしろ、あるいは書道の名人でも、おそら くは人一倍の努力をされていますが、自分では「努力している」なんて特別に 意識をしていないのかもしれません。 好きだから当然に練習をする、好きだから当然に作品をつくり続ける。 好きだから苦にならない。好きだから底知れずのモチベーションの源泉になる のでしょう。 ときにはそれを苦痛に感じるかもしれませんが、それでも「やっていることが 好き」だから、続けた結果、人がうらやむほどの力を発揮できているのです。 私たちは才能のある人を見れば、やはり自分と比較をして、普通に「いいなあ」 「すごいなあ」と思ってしまいます。 そうした気持ちを抱くのは、ごく自然なことですね。 でもその前に、忘れないでほしいことがあるのです。 それは、私たちは、「生きているだけで、すでに100点満点」だということ。 ブッダは、「生老病死」の四つを、人間が背負う苦しみととらえました。 なぜ「生きること」まで苦しみとしてとらえたのかといえば、私たちはただ生 きていくだけでも、毎日のように「努力」をし続けなければならないからです。 苦しみを背負って、生きていかなければならないのです。 別に一流の人々だけではない。誰しもが努力をして生きているのです。 だからどんな生き方をするにしろ、私たちの人生ラクな道ではありません。 だから、生きているだけで、あなたはすでに十分に頑張っている。 誰しも生きているだけで、十分に努力している。 私はつねづねそう思っています。 その上で、才能というのは、そんな「苦しみ」を忘れさせるほど、そこにのめ り込めるもの。 ならば才能ある人をうらやましがるのではなく、むしろ「自分には何かないか ?」と、才能のあるところを探してみてほしいのです。 絶対に、自分がのめり込めることがあるはずです。 絶対に、苦と感じないほど好きになれることがあるはずです。 絶対に、自分しかできないことがあるはずです。 私は誰にだって、必ずそうした才能があるのだと思います。 一人ひとりが天才なのです。》 (出典元:松原正樹著「感情を洗いながす禅の言葉」知的生き方文庫) * * * 何かを好きになることの入り口は、おもしろいと思うことです。 「これはおもしろい」と思うところが、好きになるスタートです。 さらに、おもしろいと思う、興味がわく、関心がある、これらのことが一つ ずつ増えていくとのめり込むぐらいに好きになるのです。 エジソンも、アインシュタインも、子どものころに「おもしろい」と感じた ことがきっかけになって、才能を磨き、発明や発見につなげました。 発明や発見の大きさに関係なく、人には才能というものがあるのは間違いない 事実です。 私たちは、「努力することは、大変なことだ」というイメージや先入観を抱き がちです。 努力することから逃げたいという気持ちがあるから、「努力は大変だ」という 言い訳をしているのかもしれません。 つまり、努力することを遠ざける側面も人間にはあるのです。 しかし、「才能ある人」と呼ばれる方は、努力すること好きだったのです。 本当は、自分も努力することが好きなのだ、と考えると生きるのが楽しくなり そうです。 (by ハートリンクス)
2020年12月11日
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【心を片づけよう】 メンタルオーガナイザー・渡辺奈都子氏の言葉から。《◆あなたの心は片づいていますか? 心は目に見えず、とらえどころもなく、まるではっきりしないものの代名詞 です。 しかし、その存在はと言えば、誰もが自分の内側にあると確信できるものです。 計り知れないスペースがあってたくさんのものが詰まっています。 そんな心の中を見つめ直し、「乱雑に置かれている物を整える。適当な場所に きちんと入れ納める。うまく処理する」ことができたらどうでしょうか。 心に溜め込まれているものについて、ちゃんと仕分けたり、優先順位を決めた り、上手に付き合う方法がわかったら、もっと生きやすくなるのではないでし ょうか。 ◆心を片づけやすくする2つのポイント 空間であれば、丁度いい状態がキープできるかを眺めてチェックすることがで きます。しかし、心の中は意識しないと自らチェックすることができません。 心を片づけたり、整えたりするためには、自分の心の中をしっかりと見つめる ことが不可欠です。 自分の心の中を覗いて現状を把握する力のことを「内省力」といいます。 内省とは、単なる反省とは違って、現状と丁度いい自分とのギャップを認識し て、自分を適切に振り返ることです。 自分を適切に振り返るためのポイントは、 1、自分の良いところを理解している。 2、自分の弱いところを理解している。 の2つです。 自分の良いところの中で、自分が「得意」とし、喜んで「やりたい」ことで、 誰かの「役に立つもの」は、最強の「幸せアイテム」になります。 自分の弱いところを理解しておくことは自分自身のリスクヘッジにも役立ち ます。課題や苦手な側面をちゃんと受容できていれば、必要以上に心を散らか さず、無駄なものを仕入れずにすむのです。 自分を適切に振り返ることの内省力は、心を整えるための大切な力です。 自分の良いところと弱いところをきちんと理解することで、内省力が一層高ま るのではないかと思います。》 (出典元:渡辺奈都子著「しなやかに生きる 心の片づけ」だいわ文庫) * * * 部屋の片づけをするときには、ある程度の手順というものがあったほうがいい ですね。 心の片づけも同じように、心の中のどの部分から整理していくか、その順序や 方法がわかっていると、片づけること自体が大変意味のあることになります。 それが、心の健康を維持するのに役立つのです。 自分の良いところと弱いところを理解する。 これは「自己受容」においては、大切なことです。 とくに、弱いところに目を向けるのは、あまり楽しいことではないように思う かもしれませんが、これは自分を知るには、けっこう大事なことです。 なぜなら、弱いと思っているところも、強さになるからです。 たとえば、自分の意見を主張できない、相手のいうままになりがちだという人 も、相手の気持ちに敏感である人ともいえます。 これは、相手の意見を尊重できる人でもあるのです。 相手を尊重するが、では自分の意見はどうなのか、と考えればいいのです。 そこから、自分の良いところにつながっていきます。 自分の心を整理し、片づけることが上手い人は、自己受容も高い人です。 さらに自己受容をしっかりできることが、人を理解する心の柔らかさや寛容さ を身に着けることになると思います。 (by ハートリンクス)
2020年12月10日
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【年齢を基準にしない生き方をしよう】 松浦弥太郎氏の言葉から。《僕がつねづね思うのは、人はいつでも、いくつになっても、生き方や暮らし方 を変えられるということ。 変化によって、成長できるということ。 そしていつ変わるか、「変わる」と決めたそのときです。 今のあなたが何歳であっても、いったん年齢を忘れてしまいましょう。 なぜなら年齢とは、ときとして「守りの気持ち」を強くしすぎるものだから。 「○○歳らしく、落ち着いてすごさなければ」 こんなふうに、年齢をかさねることで保守的になることもあります。 「わたしは〇〇歳だから、そんなことをしても仕方ない」 年を理由に、否定的になることもあります。 「長年こうしてきたのだから、このやり方がいちばんいい」 積み重ねた年月で、自己保存の気持ちにとらわれることもあります。 しかし年齢は、すべてを決める基準ではありません。 素直に物事を受け入れる心持ちさえあれば、あなたが今いくつでも、少年少女 のように、いいえ、赤ちゃんのように、すくすくと成長できます。 こだわりを捨てた、まっさらになった素の自分を、一から素敵に育てるのです。 心持ちを変えることで自分が変わり、成長し、もっと素敵になる。 それに勝る楽しいことはないと思います。 年齢を重ねた素敵な人と接していると、たいてい「明日になれば、また新しい 自分に変わっていますよ」というくらい、自由な柔軟性があると気づきます。》 (出典元:松浦弥太郎著 「しあわせを生む小さな種」PHP文庫) * * * 「変化によって、成長できる」ということを、違う表現でいいますと、 「成長したいなら、変化することが必要」ともいえます。 自分が変われば、成長できるというのは、ほとんどの人が分かっていることな のですが、実行することができないものです。 わかってはいるけど、なかなかできない。 しかし、それでは永遠に成長は無理ですね。 ところが、世の中の仕組みや、文明に新しい発明や発見があると、人は自分で 変わろうと自覚しなくても、成長してきています。 歴史をみれば明らかです。 たとえば、明治維新の時代は、いやおうなしに変化させられたことで、日本人 は成長できたといえます。 このことを、自分の人生や生き方に置きかえてみると、自分が変化するように 自然にその形をつくることはそう難しいものではないのです。 そのヒントを、著者は年齢を気にしないようにするだけでも、人は変化できる し、結果として成長することになると示しています。 進化論のダーウィンが、「人間が進化できたのは変化に対応できたからだ」と いう意味の言葉を遺しています。 進化とは、成長のことです。 年齢に関係なく、自分の生き方を進化させましょう。 そう思うと、ワクワクしてきます。 ワクワクする生き方が、豊かに生きるということです。 (by ハートリンクス)
2020年12月09日
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【嫉妬より憧れる気持ちをもとう】 医師・矢作直樹氏の言葉から。《「比べる」ということにはある種の価値があります。 他人と自分とはこういう点で違うのだと確認するために必要という意味での 価値です。 これが「人それぞれ」という言葉の真意です。でも、そこにマイナスの感情を 持ったり、逆に妙な優越感を持ったりすることは不要です。 特に人間関係において、コンプレックスは異様なまでに活発化します。 人類の歴史は「嫉妬の歴史」とも言われるように、私たちは他者を必要以上に 意識します。 嫉妬心はコンプレックスから生まれると思います。必要以上に相対感を持つこ とで相手に攻撃的な感情を抱き、最終的にはおかしな行動にでてしまうことで 人間関係は確実にこじれます。 嫉妬深い人はどこにでもいます。残念ながら、そういう人が持つ歪んだ感情は 自身で断ち切るしかありません。 相手の気持ちを自分がいかに踏みにじっているかに思い至る、その上で反省す る、反省を踏まえて自分がコンプレックスを持つ必要がないのだと理解する、 これしかありません。 そして自分がそういうマイナスの感情の渦に巻き込まれたくなければ、嫉妬深 い人との交流を断つことです。 いいなあ、と憧れる気持ちは大事です。 憧れる気持ちは前向きなエネルギーであり、コンプレックスではありません。 そんな生き方をしたい、そんな考え方をしたい、そう感じたのであれば「今」 をもっと大切にしてください。 私たちは「今を生きている」のです。 今をもっと大事にしませんか。》 (出典元:矢作直樹著 「悩まない」 ダイヤモンド社) * * * やきもちをやくと、つい、批判をしたくなります。 人と自分との違いを比較することで、もっとがんばろうというエネルギーを 感じることが一番賢明な考え方であるとわかっているのですが、つい違う思い を抱きがちです。 そして、最初は軽い批判をしていたのが、いつの間にか悪口になることもあり ます。 人の感情は、よくも悪くも膨張していきます。 ですから、よりよい生き方を願うのであれば、人への感情はよい方向に膨張 させるほうがいいのです。 著者もいうように、憧れの気持ちは前向きなエネルギーです。 「自分も、あんな人になりたいなあ」という気持ちを、シンプルに憧れとして 感情にのせていくことは誰にでもできることです。 「あんな人になりたいなあ。そのためにはどうすればいいのだろうか」これが いいエネルギーとなります。 「あんな人になりたい。でも私にはその力がないからできない」このような 気持ちがコンプレックスに変じていくのです。 いいエネルギーが湧くような生き方をしたいものです。 (by ハートリンクス)
2020年12月08日
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【仕事に打ち込む】 金閣寺・銀閣寺住職、有馬賴底(らいてい)師の言葉から。《私は、三重県にある知的障害者の施設の理事長をしておりますが、ここで働く 子どもたちを見ていると、われわれの「疲れる」という感覚はまさに頭でけっ こう作っているんだなと感じることがあります。 その施設は小高い丘にあり、その背後に畑が広がっているのですが、先生は 生徒たちをその畑へ連れて行って農作業をさせます。 「鍬(くわ)でね、こうしなさい」と先生が手取り足取り教えるんですが、子 どもはなかなか上手にはできません。 先生の動きをじっと見て真似しても、ゆっくりした動作だったり力が入ってい なかったりして、作業がはかばかしくいきません。 それでも彼らなりに一生懸命です。 あるとき、そうやって畑で農作業をしている最中、引率の先生が電話をかける 用を思い出して事務所に帰ったそうです。 ところが、長電話をしているうちに日が暮れてしまい、生徒を残してきたこと を忘れてしまったらしいんですね。先生は、 「あっ、しまった。子どもたちを忘れていた」 と言って、あわてて戻ったのですが、畑へ行ってみると真っ暗な中で、まだ彼 らは懸命に鍬を動かしていたそうです。 ふつうなら、「ああ、疲れるな」とか「晩ごはんを食べないといけないから、 もうこの辺りでやめよう」となるんでしょうが、彼らは「疲れた、ああ、しん どいなあ」という思いが湧いてこない。 もちろん、肉体的に疲れることがないということはないでしょうが、実際の疲 労を増幅する「疲れる」という観念がどこにもないということなんですね。 私はそれを聞いて、つくづく「ああ、私らは、ほんまにあかん人間やなあ」と 思いました。 いかに頭で賢ぶっている人間がだめかということです。彼らのほうがよっぽど 優れている。気持ちに混じりっけがなくて純粋です。 彼らからは、本当に大事なことをいろいろと学ばされます。 働かされているんではなくて、できる限り自分から働いているという気持ちを 持つことですね。》 (出典元:有馬賴底著 「禅、人生が楽になる考え方」 中経文庫) * * * ソフトバンクの孫正義さんが、仕事に打ち込むことはとても大事なことだと 何かの本で語っていましたが、これは、自分を忘れるぐらいの意気込みで仕事 に没頭するときもあったほうがよいということです。 つまり、集中することがいかに大切かということです。 もちろん、いつも集中することはできません。休息も必要です。 何事も、集中しているとき、打ち込んでいるとき、その人は仕事そのものに なりきっているものです。 たとえば、1時間集中したことで、3時間かかる仕事もやり遂げたという経験 を持つ方もあるでしょう。 純粋さとはこのようなことをいうのだと思います。 仕事に打ち込む、今やるべきことに集中する、この経験を一つでも多く重ねて いけば、生きることが楽しくなります。 仕事に打ち込む力を身につけましょう。 (by ハートリンクス)
2020年12月07日
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【お経は感謝の先取りをしている】 佐藤 伝氏の言葉から。《「感謝こそ人生をよりよいものにする」 私がこう考えるようになったのは、祖父の影響が強くあります。 私の母方の祖父は多田等観という仏教学者でした。 祖父は、明治44年にインドに渡り、そこでダライ・ラマ十三世に謁見します。 その場でチベットのラサにくるように要請され、苦労しながらも一ヶ月でラサ に到着します。 ダライ・ラマ十三世に見込まれた祖父は、それから十年チベットに残り、日本 人としてはじめてチベット仏教のすべてを伝授されます。 祖父が日本に戻るときには門外不出のチベット大蔵経全集や、秘仏、マンダラ など二万四千を超える重要な資料を託されました。 日本に戻った祖父は、それらの整理や翻訳をはじめ、ロックフェラー財団など の支援も受けながら東大・慶応大・東北大・UCLAなどで教鞭をとり、生涯を チベット仏教の研究に費やしました。 そういう祖父がいたので、私は幼い頃から古代サンスクリット語に親しんでき ました。 なかでも般若心経の意味を祖父から教えてもらったときは、子どもながらに、 とてもありがたい気持ちになったものです。 みなさんも、般若心経は全部でなくとも一部は思い出せるのではないでしょう か。般若心経は、もともと六百巻もあるお経を凝縮に凝縮を重ね、本文二六六 文字に収めたものです。 この般若心経はいったいどんなことを私たちに教えてくれているのでしょうか。 じつは、般若心経の、 「ぎぁてい・ぎぁてい・はあらぁぎぁてい……」 ではじまる最後の一文は、こういうことをいっています。 「自由だ、自由だ、自由になった。大宇宙よありがとう」 般若心経が私たちに教えているのは、 「あなたは自由でなんのブロックもない。宇宙と一体で最高に自由な存在であ る。あなたはなにも悩むことはない。日々、宇宙に向かって発信しなさい。 大宇宙よありがとう」ということなのです。 とても意外だったのではないでしょうか? 仏教の教えというと、なにか戒められたり、叱られたりするのだと思っていた のではないでしょうか? そうではなくて、一貫して自由であり、何のバイアス(偏見・先入観)もなく 許しと感謝に満ちているのです。 チベットですべてのカリキュラムを修めた日本人層が最後に行きついたのは 「大宇宙よありがとう」という境地だったということです。 また、お経にはやたらと「…ソワカ」という言葉が出てきますね。これは古代 サンスクリット語で「スバーハ―」にあたるのですが、その意味は、 「すでにかないました。ありがとう」「成就しちゃいました。ありがとう」 というものです。 つまり、お経は「感謝の先取り」をしているのです。 安心して感謝して生きることこそ、本質的な仏教の教えなのです。》 (出典元:佐藤 伝著 「『感謝の習慣』で人生はすべてうまくいく!」 PHP文庫) * * * 般若心経ほど親しまれているお経はないようです。 写経をする人も多いと聞きます。 よく、法事や葬儀のときにこの「般若心経」を唱えられる和尚さんもおられ るようです。 感謝の意味を込めて、故人を供養する、あるいは冥土(死後の世界)にお送り するためにお経を唱えるわけです。 感謝をして、冥土で幸福にお過ごしください、という気持ちをあらわすために 「ご冥福をお祈りいたします」という言葉があります。 これは、故人に対する感謝の気持ちをあらわしているものです。 お経とは、仏事のときだけのものではなく、人生を豊かにするものでもあると いえます。 お経は亡くなられた人だけのものではなく、今、生きている私たちにも教えて くれるものでもあります。 お経にふれること以外にも、感謝を先取りする生き方に努めましょう。 (by ハートリンクス)
2020年12月06日
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【プラス思考とは心地よいとらえ方をすること】 浅見帆帆子氏の言葉から。《起こることすべてにワクワクするためには、起こることすべてに自分が気持ち よく感じる捉え方をすればいいのです。 表現を変えると「プラス思考をする」ということですが、今の私は「プラス 思考」というよりも、「自分が心地よくなるように捉える」という表現が気に 入っています。 すべての物事を、自分が、 心地よくなるように捉える 楽になるように捉える 楽しくなるように捉える 明るい気持ちになるように捉える ホッとするように捉える 「プラス思考」というと、積極的で強いイメージがありますが、たとえば、 「楽になるように捉える」というのもプラス思考のひとつです。 「ホッとするように捉える」というのもプラス思考です。まとめると、あなた 自身がいい気持ちになるような解釈をする、ということです。 たとえば、「待ち合わせの時間に相手が遅れてきた、でもそのおかげでゆっく りメールを書くことができたからよかった♪」というような捉え方も、「そう 捉えたほうがプラスだから」ではなく、「そう捉えたほうが自分が楽しくなる から」です。 また、「行きたかったお店にはるばるやってきたら、たまたまお休みだった… もっとよいお店があるのだろう」と捉えるのも、そう捉えたほうが自分がワク ワクしてくるからです。 自分が楽になるように、楽しくなるように……起こる物事すべてに自分がそう 感じられる捉え方を探すのです。 すると、そう捉えたあなたの気持ちの波動に引き寄せの法則が働くので、実際 にその通りに物事が展開していきます。》 (出典元:浅見帆帆子著 「あなたは絶対!運がいい」 廣済堂出版) * * * “プラス思考”という言葉が、一般的に使われています。 これも、人によっては「たんなる気休めにしかすぎないのではないか」と思う 方がいるかもしれません。 また、「そうか、プラス思考で考えてみよう」と思う人もいるかもしれません。 これはどちらがよいか、よくないかという問題で考えると、少し窮屈になって しまいます。 もし、プラス思考に多少なりとも抵抗感を感じるようなら、「心地よくなるよ うな捉え方」をしようと思うことはできそうです。 プラス思考の言葉の響きには、著者が言うように積極的なものがあります。 しかし、人には場合によって「積極的になれないとき」があるものです。 たまたま、体調やメンタルの疲労の度合いも大きいときは特にそうです。 とりあえず、少しでも元気になりたい、気分を変えてみたいというときは、 「心地よくなるように考えてみるか」と思うだけでも違ってくるのではない でしょうか。 心が疲れているときは、自分に追い打ちをかけるような気持ちにならないこと が大切です。 自分に几帳面な人ほどこのように思いがちですが、疲れているときは心地よさ を優先したほうが、結果的にも元気になる効率がいいのです。 (by ハートリンクス)
2020年12月05日
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【働きがいがあると、仕事も楽しい】 小宮一慶氏の言葉から。《私は講演などで、「毎日、ルンルン気分で出社していますか?」とお尋ねする ことがあります。 毎日、楽しい気持ちで仕事をしているか―。 このことは、実は、会社が正しい考え方を持っているかを測るバロメーターに なるほど重要なことだと私は思っています。 楽しいと思って働いている人は、「働きがい」を感じながら仕事をしています。 働きがいとは、その名の通り、働くことに意義を見出すこと。 働きがいを持っていると、「自尊心」や「自負心」が芽生えてきます 自尊心とは、自分はかけがえのない存在だと思う気持ち、自負心は、自分なら きっとできるという気持ちのことです。 心理学的には、この自尊心と自負心をもつときに、人はエネルギーが湧き起こ ると言われています。 働きがいを持っている人が、楽しそうに、かつ、パワフルに仕事をしているこ とが多いのはこのためだと思います。 私には、特にここ最近は、ルンルン気分で働いている人を見かけることが少な くなったように思えるのです。 電車に乗ったときに居合わせた人や、街を歩いているときにすれ違う人などを 見ていると、生き生きとしている人よりも、疲れたような表情をしている人の 方が多いように思えるのです。 仕事が楽しい、人生が楽しいと思っている人は溌剌としており、それが自然に 表情にも表れるものです。 もしも、とてもじゃないけどルンルン気分で会社には行かれないと感じている 人は、せめて自分だけは正しい考え方を持って、お客様のために良い仕事をし ようという気持ちを持ち続けて働くことです。》 (出典元:小宮一慶著 「ぶれない人」 幻冬舎新書) * * * 上記の文中にある、「働きがい」という文字を「生きがい」に換えて読んでい くと、また違った意味で「なるほど」と思えます。 働くことと、生きることは直結しているものです。 中には、今の仕事は次のステップアップのためのものだ、という人も今働いて いること自体に意味がある、つまり働きがいがあるといえるでしょう。 心は表情に現れるように、今の時代はたしかに「ルンルン気分」で働いている 人は少ないかもしれません。 特にコロナ禍の現状では、多くの人が何らかの影響を受けています。 しかし、その中でもルンルン気分とはいかなくとも、充実感や使命感を持って 働いている人はたくさん存在しています。 こういう時期だからこそ、働きがいのある仕事になるような気持ちで日々過ご したいものです。 (by ハートリンクス)
2020年12月04日
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【寂しさを解消する本当の人とのつながり方とは】 五百羅漢寺住職・佐山拓郎師の言葉から。《私は、「孤独」とは「一人でいて寂しいこと」をいうのではなく、「社会的な 居場所がないこと」をいうのだと考えています。 たとえば、一人暮らしで、仕事も自宅でしているという人がいたとしても、 その人は孤独ではありません。 社会とのつながりがはっきりしていて、自分の居場所があると感じている人の ことを孤独とは呼ばないのです。 しかしなかには、「一人で家にいることが耐えられず、誰かと連絡を取ってし まう」と悩む人がいるようです。 それが悪いことではないかと考えるから悩むわけですが、さほど気にする必要 はないと思います。 連絡を取ることで喜んでくれる人もいるでしょうし、相手に迷惑がかからない 範囲であれば、たまに仲間に連絡して息抜きをするというのは悪いことではあ りません。 それも人生の楽しみのひとつだと思います。 人間は、世の中の「縁」に組み込まれています。 たとえ一人で過ごしていたとしても、孤独はありえません。 部屋に一人でいても、誰かがつくった家具に囲まれ、誰かが育てたものを食べ て過ごしているわけです。 また、買い物をすれば、その店がその場所に存在しなければいけない理由をあ なたがつくっていることになります。 社会の中で、人間は常に縁に組み込まれています。 「孤独な人」なんて存在しないのです。 それでも「誰かと心のつながりが感じられない」という人もいます。 とてもつらいことです。 SNSが発達し、人とのつながりがつくりやすくなったからこそ、自分は孤独だ と感じる人の寂しさもまた、深まったように思います。 恋愛していないと自分を保てない「恋愛体質」なんて言葉も耳にするようにな りました。 しかし、人間と人間が、本当に心からつながる関係になるには、やはり長い時 間、一緒にいることが必要になります。 時間を共有して一緒にいるなかで、お互いのことがわかってくる。 これはいつの時代も変わらないことなのです。 「私は寂しいんだ」というところからスタートする関係では、本当のつながり は生まれません。 縁というコミュニティの中で、自分がまず何をできるかを考えることが大切で す。 「寂しいな」と待っている間は、その寂しさは解消されません。 自分と社会の関わりを見つけ、縁のつながりを実感することでしか、その人が 抱いている「孤独」という思い込みは解消されないのです。》 (出典元:佐山拓郎著 「流されない練習」 知的生き方文庫) * * * 心的症状の中に、『○○依存症』というのがあります。 身近なもので「アルコール依存症」「ギャンブル依存症」「薬物依存症」……。 これらは、自分の健康だけでなく、家族や周囲にも被害を及ぼすこともあり ます。 依存症の背景には、個人個人の生育環境や、性格上の因果関係がありますから 一律に、その人を責めるだけでは解決しない複雑な問題です。 ただ、このような重たい事例を別にして、単に寂しいということがきっかけに なって、心身の不調になることもあります。 SNSというシステムがもたらしてくれた恩恵はたくさんあります。 この仕組みのおかげで、幸せな結婚が実現したという話はその一つですね。 もちろん、この仕組みでお金をだまし取られたり、犯罪に関わるようなことも 現実に起きています。 ただ、普通に「寂しさ」を解消するには、小さくても社会と関わる機会を自分 から求めていくことが最良の道ではないか。 佐山住職がいわれる通りだと思います。 社会との関わりを持つ、というと一見、敷居が高そうな感じがしますが、そう でもないのです。 いちばん身近な社会とは、家族、友人、職場です。 それでも難しいようなら、SNSで情報を見つけることもできます。 社会は、縁によって成り立っていると思えば、出会った人たちに感謝し、これ から出会うかもしれない人たちにも感謝できるかもしれません。 出会ったら、その人に自分は何ができるのだろう、と考えれば孤独は消えてい くのではないでしょうか。 (by ハートリンクス)
2020年12月03日
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【不満は未来志向で乗り越えよう】 心理学者・内藤誼人(よしひと)氏の言葉から。《◆「それなら、こうしよう!」という発想 江戸時代の農政家、二宮金次郎(尊徳)は、幼少時代に父を亡くし、伯父の 万兵衛のもとで育てられました。 金次郎は勉強がしたくて仕方がなかったのですが、万兵衛は「明かりに使う 油がもったいない」といって勉強を禁じます。 しかし金次郎は、荒れ地を耕してアブラナの種をまき、収穫した菜種を売った お金で明かり用の油を買って勉強をつづけました。 万兵衛「勉強するヒマがあるなら、家事を手伝え」と勉強を禁じますが、金次 郎は夜更けまできっちりと家事を手伝ったうえで、深夜に明かりをともして勉 強をつづけたのです。 このエピソードで重要なのは、金次郎が伯父の万兵衛にひと言も文句を言って いないことです。 ◆「不条理」に負けないために この世の中は不条理に満ちています。そして「どうにもならないこと」に文句 を言っているだけでは、物事は何も変わりません。 だからこそ、「それなら、こうしよう!」と自分なりにできることを見つけ出 し困難を乗り越えようしたほうがいいのです。 世の中は、そうやって建設的な努力をしてきた人たちによって発展してきたの です。 米国カンザス大学のチャールズ・シュナイダーは、500名以上の成人を2年間 にわたって追跡調査し、「どんなに困難な状況でも解決策を見つけようとする 人」ほど、希望を失わずに暮らしていけることを突き止めています。 「納得いかないな……」ということがあっても、「そんなのは、おかしい!」 「こんなのはダメだ!」と文句を言うヒマがあったら、「では、そうすればい いのか?」と未来志向で考えること。 従来のやり方や、既存のシステムは、すぐに変えられるものではありません。 しかし、「自分でできること」なら、いますぐに取りかかれます。 他人の文句を言っても、その人は変わってくれません。 しかし、自分が変わることは、すぐにでもできるのです。》 (出典元:内藤誼人著「いちいち感情的にならない本」王様文庫) * * * 不平や不満、あるいは常識的におかしいと思えることに直面したとき、心では 憤りが生まれます。 私たちには、正義心や道徳心というものがあるからです。 その正義心、道徳心も人によって受け止め方は違います。 どうにかしようと思う反面、言ったところで変わるものでもないと妥協してし まうこともあります。 つまり、問題に直面したときに、感情の世界で片づけてしまうこともあれば、 何とか問題と取り組むこともあります。 二宮金次郎は、建設的な未来志向的な手法を自分で考えたという点では優れた 人物でした。 「試練や困難が時代を変える」という言葉がありますが、その根底にあるのは 「どうすればよいか」という発想です。 この発想には、不平や不満への憤りとは別の「創意工夫」の意識がはたらいて います。 つまり、感情を超えた知恵の世界から物事を判断する力です。 さらに、感情を超えるためには、思考、視点を変える柔軟さも必要です。 (by ハートリンクス)
2020年12月02日
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【免疫力を高める秘訣】 小林正観さんの言葉から。《ある病院があります。 「ホリスティック医学」で有名な、日本でも指折りの病院です。 ホリスティック医学=総合医療というのは、西洋医学はもちろん、鍼灸や気功 といった東洋医学、音楽療法や箱庭療法などの精神医学など、さまざまなアプ ローチから総合的に人間の心や体を治す治療法です。 その病院の院長さんの講演会を聴いた人が、私の講演会に出かけてきて、「こ の前、あの院長先生からこんな話を聴いたんです」と私に教えてくれました。 「医療に関わって五十年ぐらいになるが、がんになる原因も理由もわからな い。そして、五百人にひとりほど、何の治療もしないのに、自然治癒で、がん が治る人もいる。その理由も原因も今もってわからない。 わからないことだらけだが、最近、おぼろげに浮かび上がってきたある種の考 え方がある」 そして、院長先生は、こんなふうに言ったそうです。 「これは確定ではないし、確信でもないけれども、こういうことなのかなと 浮かび上がってきたことがひとつある。がんが自然治癒してしまう人は、温か い雰囲気、温かい空気に囲まれて暮らしている」 この話はとても面白いものです。 院長先生は、「何とかがんをやっつけるぞ」と必死に頑張ってがんと闘う人も、 心穏やかに、ある種の悟りの状況になって亡くなっていく人も、山ほど見てき ました。 頑張っても、心が穏やかになっても、それで自然治癒するわけではない。 何か別の要素が関わっているのではないか。 最先端の医学にずっとたずさわり、ありとあらゆる方向から人の体を治療し、 その頂点に到達した人が見たものというのが、「温かい雰囲気」だというので す。 温かい雰囲気をつくるには、『人に喜ばれる存在』であることです。だれかに 何かをしてあげるのも、『喜ばれる存在』になるひとつの方法ですが、まず、 『自分がそこにいるだけで、温かいと感じてもらうようになる』のはどうで しょう。 それには、まず、笑顔になることです。 それも「面白いから」と笑っているレベルではまだまだ。 何でもいいから笑うこと。 優しい心で笑ってあげることが、温かい空気、雰囲気をつくるのです。 「つまらない、バカバカしい」とか言っていると、自分の体の中にがん細胞を 増殖させてしまいます。 笑うことによって、温かな空気、雰囲気をつくり、がん細胞を減らすか。 「そんなバカなことで笑えるか」と冷たい反応をすることで、がん細胞を増や すか。 さあ、あなたはどちらを選びますか?》 (出典元:小林正観著 「すべてを味方 すべてが味方」 知的生き方文庫) * * * 前回と同じ、“免疫力”をテーマにしています。 小林正観さんがすすめる生き方になかに、「そ・わ・かの法則」というのが あります。 簡単にいいますと、 「そ」というのは、掃除のことです。 残りの「わ・か」。 これらはとっても大切なことです。 「わ」とは、「笑い」を意味します。 「か」は「感謝」を意味します。 掃除をすると、目の前の汚れが落ち心のほこりも取れて、すがすがしい気分に なったうえで、笑いと感謝のある生活を送ると、幸せになるという法則です。 私たちの心にとって、「笑う」ということは大変重要な精神活動にもなります。 笑うことは、医学を超えて人の心の温かさを育むものです。 まずは、ささいなことにも、笑顔になれるような気持ちで一日を過ごしたいも のです。 (by ハートリンクス)
2020年12月01日
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