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最近は平日に料理を作ることはまずないのだけれど、基本的には料理は好きである。レシピ通りにきちんと…というよりは、ひらめきで作るほうだけれど。薄味が好みなので、調味料はあまり必要としない方だ。大人になるにしたがって、その傾向は強くなり、塩も醤油もケチャップもマヨネーズもほんの少しでよい。ただし、唯一の例外が香辛料である。香辛料は普段から種類も多く揃えて置くし、好きなものはかなり沢山使ってしまう。黒胡椒、シナモン、ナツメグ、ミント、バジルなどは特に欠かせない。大好きなポテトサラダには胡椒とナツメグをふんだんに使う。紅茶にはシナモンスティック、最近はシナモンシュガーなどというものも簡単に手に入るので、フレンチトーストにはこれを使う。得意のパスタ料理にはバジルをたっぷり。ああ思い浮かべるだけで、お腹が空いてきた。この季節まだまだリンゴも美味しいな。パイはちょっと大変だから、明日は、バターとシナモンを利かせてベークドアップルを作ろう!
2004年01月31日
ここのところ議員の学歴詐称が随分と問題になっている。まあ、自分が大学を出たのかどうかもわからないというのもどうかと思うし、主権者を欺くそういう嘘を許してよいとは思わない(しかし、学歴がそんなに重要かといえば、その答えは否である。)。ところが、イラクへの自衛隊派遣についての先遣隊の報告書にも多くの嘘があるようだ。この件では、これまでにもたくさんの嘘があったであろうことは容易に推測できる。派遣の方針はとっくに決まっていて、あとから形だけを整えようと、決まった筋書きで事が運ぶ。野党も実際には何もできずこちらも形ばかりの反対行動を取る。嘘だということは多くの人間が気づいているはず。しかし、皆無力感にもう浸ってしまっていて、何もしないし、何も変わらない。今もこの国には民主主義など行われていないらしい。
2004年01月30日
今日は受付窓口当番の日。本来の仕事にプラスアルファの当番なので、それだけでも残業必至の日なのに、窓口が一日中大混雑。こういう日もたまにはあるものだけど…。もう肩もガチガチに凝ってしまっていて、腰まで痛み始めている。今日は早々にお風呂に入ってゆったりと身体をほぐして、週末まであと一日頑張ろうと思う。頭を休めるまで、もう少し時間がかかりそうだけど、こちらもほぐさないと寝付けないんだよね…。布施明のバラードでも聴きますか。
2004年01月29日
通勤には丸の内線を使うのだが、通勤電車などというものをいちいちじっくり眺める人は多くはないだろう。まして、仕事帰り、一日の疲れと一仕事終えた安堵感とでぼうっとしているときである。ホームに真っ赤な車両が滑り込んで来たので、びっくりした。ステンレスのようなシャープな車体に赤いラインという現在の車両ではない。ブリキのおもちゃのような赤い車体に螺旋模様をあしらった白線が彩る見覚えのある懐かしいあの丸の内線なのだ。今時こんな車両が走っているはずはない。いやいや待てよ。形がちょっと四角すぎる。もっと丸みがあって、窓もこんなに大きくなかったはず…、と思いながら乗り込むと、中身は全く現在の車両だ。制作年度も平成7年となっている。何のことはない、丸の内線開業50周年記念のラッピング広告だったのだ。それにしても、一瞬だけだったが、ワープしてしまった(こんな言葉も最近聞かなくなったような…)かと思い、身体感覚のバランスが揺らいだ。乗り継いだ東海道線の中でその感覚を繰り返し思い出してはひとりでニヤニヤしていた。
2004年01月28日
“リンボウ先生”は、新聞に連載も行っている(実は広告なのだが…。)。月一回のペースで、現代では忘れられがちだが(私が知らないだけだったらどうしよう…。)大変魅力的な人物が毎回取り上げられている。今日は、江馬細香、画や漢詩に優れた才能のあった人だが、生涯独身で風流韻事にのみ日を送り、「三従総て欠く一生涯」と言い切る、独立の気概を貫いた人であるという。その細香が、八〇歳の父親は書を読んで休むことがないのに、自分は倦んでしまい、ふと「お芋でも食べようかしら。」と考えてしまう…などと書いているそうだ。何かに集中しているはずなのに、ふと口寂しくなって「ああ、到来物のクッキーがまだ少しあったっけ。」などとつい気をそらしてしまった経験のある人は多いだろう。そういうことを、気負いも衒いも気取りもなくさらりと書いてしまうところが、ひとりの生身の女性の魅力を引き立たせる。そういう表現はすばらしいと思う。細香に太刀打ちはできないけれど、自分の言葉を振り返ってみたくなった。私は他人の言葉にストレートに反応しすぎる傾向にあって、うまく交わして駆け引きを楽しむなどということがどうも得意でない。その一方で、自分のことを語るときには、素直にそして自然に自分と向き合うということがなかなかできていないようだ。なあんだ、それでは魅力がないではないか。細香を真似てみても爺八一、児四四 爺の目は既に霧に閉ざされて久しく、その中で何十年という時空を自在に往来する。児は明日の食卓を如何に調えるかばかりに悩み、「これではいけない。」と徐に書に向かう。まあ、これが偽らざる現状ではあるが、やっぱり情けないなあ。
2004年01月27日
自宅近くに帰って来たとき、蛍光灯が駄目になったのか、いつもの街灯が消えているところがあった。その暗闇の中に幽かに白くまあるい光が見えた気がして目を凝らすと、枝先に梅が一輪開いていた。本当に一輪きりで、まだ香りで存在を知らせるほどには至っていないし、街灯が点いていれば案外気づかなかったかも知れない。長く伸びて、屋根の陰を逃れ出た枝先の先端である。太陽を独り占めして咲いたような花だ。そんな花を見つけたので、大発見をしたような、得をしたような気がして、何だかうれしくなった。気が付けば1月も残りわずか。風は冷たくても、春は着実に近づいているらしい。もっとも我が家の玄関脇に以前の住人が残していった水仙は花芽をつけているものの、まだ青々としていて咲くまでには時間がかかりそうだ。
2004年01月26日
当選番号の発表があったのは一週間も前のことになるのを不意に思い出して、ようやく自分がいただいたものを調べてみる。数年前からいろいろな事があって、やりとりする枚数を絞り込んだこともあって、今年はついに切手シートさえ当たっていない。もっとも、出さずに手元に残ったものに切手シートが当たっていた。小学校のころに切手収集をしていた時期があり、転校を繰り返したことから文通好きになったこともあって、今も気に入った美しい切手があればシートを買うこともあるが、これは収集というよりも使うことを予定しているものだ。ただ、お年玉くじで当たる年賀切手シートだけは、使わずに収集している。見ると昭和44年から1年も欠けていない。当時はまだ1枚7円の切手が4枚、いわゆる「田の字」に並んでいる。それが1枚の価格が上がるにつれて3枚シートになり、昨今は封書用との2枚セットになって、シートというのも烏滸がましいくらいだ。これなどは元々収集用という印象であまり使うことは考慮されていないに違いない。そういう思惑にうかうかと乗ってしまうのも何となく悔しい気がするが、干支で3巡という長さで続くとやはり止められない。とりあえず1枚当たってよかったなとほっとする。
2004年01月25日
正月気分など遠い昔のような気がするが、明日は初天神、今日から明日にかけて天神様では「鷽替え神事」が行われるはず。もっとも本来の形で鷽替えを行うところはもうほとんどないようで、福岡の太宰府ではその形が残されているようだが、行われる日はもっと年明けに近い日になっていた(7日くらいだった)という記憶である。重工系の会社に勤める弟が、正月に帰省した際に、今年は鷽替えに行こうかなと言っていたのをふと思い出したのである。ここのところ景気の悪い話ばかりで、去年などはなかったことにしたい出来事がたくさんあったらしい。今年に入っても、毎日のニュースであまり良い話は聞けず、何だか不気味な影が忍び寄りつつあるような気配である。やってしまった失敗をいろいろと思い浮かべて…、みんな嘘に替えましょう。
2004年01月24日
ここでは何度か書いているが、私は作家林望のファンクラブ会員である。したがって、その著作にはできる限り目を通すようにしている。エッセイや対談が多いが、作家であるので、新年から大河時代小説(著者はHPで歴史小説と書いていた)の連載を始めた。ファンとしては買わずにはいられない。基本的に本は買うもの(借りるものではない)というポリシーは譲れない。しかし、この掲載誌を買うのにはかなりのエネルギーを要するのである。雑誌の類は特に、買うのがちょっと恥ずかしい種類のものがある。今回の掲載誌が実はその類である。週刊誌でも「週刊新○」や「週刊○春」なら抵抗はない。「週刊現○」がボーダーラインというところで、「週刊宝○」辺りになると何だか照れてしまうのである。つまり、エッチなネタが多く表紙からして扇情的であるので手にするのもちょっとためらわれる。周りの客がいちいち他人の買うものなどそう気にすることはあるまいし、ましてや店員にとっては客であるのだから、何を買おうが構わないではないかと一応は思う。それでも、本というものには読む人の品格が表れると感じている私にとっては、「特集 性の誘惑~快楽への扉」って…、う~ん…。結局他の雑誌の下に隠すようにして、レジへ運ぶのだった。
2004年01月23日
大寒の昨日もそして今朝も横浜や東京辺りでは、さほど寒さを感じなかった。ニュースなどで見る大雪などの情報も何だか不思議な思いで見ていた。が、今日職場を出ると、外気は突然冷たくなっていてびっくりした。マスクをしていても鼻が冷たくなってしまって、眩暈がするくらいだ。それでも、ラッシュ時通勤電車では混雑のため送風機が稼働したりする。風が当たると結構寒いのだけれど…。職場でも次々に風邪で寝込む人が出ていて、ここの所慢性的な人手不足。学校なら学級閉鎖という状況となっている。そんな中昨夜から12時間飲まず食わずで出勤、バリウムを飲むことになっていて…。風邪薬も飲めず、ちょっと体調悪化。湯たんぽでも入れて、今夜はホカホカと熟睡しよう。
2004年01月22日
今日はクリニックの日。予想以上に混雑していて、帰宅が遅くなってしまった。医者によると、明日からまた寒さが厳しくなるという気象情報を聞いて、寒いのはかなわないからと言って来た人が多かったとのこと。皆考えることに大差はないのだ。定期検診で、明日はバリウムを飲まなければいけない。その準備として午後10時以降の飲食は止められてしまった。しかし、約12時間水も飲んではいけないなんて、それこそ健康に悪いなといつも思う。そんなことを考えていたからというわけでもないが、今日は買い物袋を下げた人の姿が目についた。最近は半透明のレジ袋が多いので、中身が透けて見えてしまう。そしてそこからその人の家の、夕食のメニューなどが垣間見えて来る。しかし、時折奇妙に思える買い物もあって、今日も50代くらいのサラリーマン風の男性が人参ばかり30本くらいと半斤の食パンだけという袋をぶら下げているのを見た。普通の家庭で食べる量ではないだろう。人参だってそんなに長持ちするものではない。何かペットでも飼っているのかななどと余計な想像までしてしまう。食べ物の安全性が問題になる昨今、近所の牛丼の店も主役は鳥そぼろ丼に変わったようだが、今、鶏肉というのも果たして人気があるのかどうか…。やはり、今日はちょっと食べ物に執着しすぎているかも…。
2004年01月21日
帰りの電車に乗り込んで来た受験生はシートを確保すると日本史の参考書を広げ、シャープペンを手にした。おおやってるな、と思った次の瞬間、彼女の身体は大きく左に傾いた。45度と言っても大袈裟ではないくらいすうっと、傾いて手すりに頭をぶつけてようやく目覚めたようだ。そう彼女は瞬間的に熟睡していたのだ。ペンを取り直すが早いかまた眠りに落ちている。本当に瞬間的に深い眠りに落ちている。あんなに眠れたら気持ちいいだろうなと、うらやましく思える。眠れるというのも健康な証拠である。疲れ過ぎると意外に眠れなくなったりするものだ。深夜の時間を自分のための時間として、読書などをするためか、もう何年も寝付きが悪い状態が続いている。熟睡するにも体力は必要なのだ。以前、救急病院でアルバイトをしたときに聞いた話だが、普段ベッドを使っていなくても入院患者がベッドから転落することがまずないのは、皆具合が悪いからだということだった。それは案外当たっているのかも知れない。
2004年01月20日
人間長くやっていれば自分の思いとは全く違うことをしなければならないときもある。はなはだ不本意なことが立て続けに起こり、それでも組織の中で生きるならそれも仕方がないと割り切るしかない場合もある。しかし、それでは気持ちが滅入ることだってある。何をやっているんだと自分に腹が立つことだってある。そんなときに、離れているのに絶妙のタイミングで励ましてくれる友が私にはいる。まさにこちらの気持ちを全部見通しているかのように適切な言葉でメールを送って来てくれる。今日もそんなメールで救われ、幸せな気分になっている。彼女のおかげで自分を取り戻すことができた。頻繁に会うことができる訳ではないが、心は繋がっている。そう思える友がいる、そのことを本当にありがたいと感じた一日である。
2004年01月19日
2004年になってからというもの、何かと公の部分に時間を取られてしまい、風邪で体力を落としたこともあって、この日記さえ、いっぱいいっぱいの状態で書いている。ここらで、生活を見直そうと、週末の度に思うのだが、どうも日常に流されてしまう。結構無駄にしている時間も多いのだけれど、一方では何にもしない時間を過ごすというのも案外に難しい。毎日バタバタと2,3の事を平行して行うことに慣れてしまっていて、一つのことに集中している状態は、本当は少ないようだ。そうするとやっていることの底が浅くなるように感じられる。何もかもが中途半端になってしまうのだ。器用貧乏というところだろうか。いつものストレス解消に本を買う癖はことしも健在で、既に新書や文庫を結構買ってしまっていて、そちらも3冊くらいを平行して読んでいる。でも、手元に置くだけで安心してしまうこともやはり多くて…。自分の毎日のポイントをどこに置くのか、この辺で本当にきちんと見極めなければならない。
2004年01月18日
昨夜ついに我が国の自衛隊がイラクへ向った。この日はきっと我が国が平和憲法を葬り去った日として記録されるだろう。現在のイラク情勢に対し、日本がなすべきことは武装した自衛隊を派遣することだったのだろうか。武力行使を永久に放棄したはずのこの国が、それを定めた憲法を議論することもなく、一般の多くの国民の心情とは無関係にこういう事態になってしまうのは何故だろう。民主主義が未だに根付いておらず、現在でもアメリカに追従する国であることが哀しい。何も危険に身を晒すのは現地に赴いた自衛官だけではない。自衛隊をテロの標的になることで、せっかく安定しているサマーワの秩序が乱されることはないのか。また、アメリカに与するものとして、我が国において、9.11のような無差別テロ起こる危険性が高まることはないのか、そういう事態にこの国は責任を取れるのだろうか。雪の降る静かな日に、気持ちまですっかり冷え込む思いである。
2004年01月17日
昨夜はちょっと自分の体調に不安があったけど、少し早めに眠ってどうにか復活、仕事はきちんとこなせた。しかし、ここで油断してはいけないので、この週末はおとなしくしていなくては…。ここ数日何だか急に寒くなってちょっと身体を冷やしてしまったのがいけなかったのかも知れないと思う。北の方では、とんでもない雪が降ったようだが、最近は異常気象が頻繁に起こるものだ。やはり自然は、地球は壊れて来ているのかしら。
2004年01月16日
身体はダメージを受けているようだ。朝の通勤電車で、眠っているという自覚もないのに、吊革から手が外れるわ、手に持っていた紙袋は落とすわ…。自分でも信じられない状況となった。風邪はなかなか完治しない。ともかく休養が必要だと思うので、今日は日記もこんな状態で終わりとする。
2004年01月15日
風邪を引きずってしまっている。もう少し雨が降ってくれればよかったのだけど、乾燥が激しいので喉がよくならない。職場は特に乾燥しているようで、静電気と肌のかさつきまで気になってしまう。今回の風邪は、胃腸障害を起こす人が多いのだそうで、私も食欲がない。昼食は時間に余裕もないので職場辺りの食堂か、パンなどを買ってくるか…という感じなのだが、今週に入ってから何だか食べたくなるようなものが見つからずウロウロしてしまう。何が食べたいのよ!と自分に聞いてみるが、どうもこれというものが思い浮かばない。これは、いけない。食べる楽しみって結構私の中ではウエイトが高いはずなのに…。まずは体力回復、と仕事を切り上げて、ようやく今帰宅したところである。今夜は湯豆腐で暖まって、早めに寝よう。
2004年01月14日
仕事絡みで知り合った女性ばかり(といっても同僚として一緒に働いたことがあるわけではない)3人で新年会という触れ込みで食事会を持った。40代半ばから50代という世代は、皆同じような悩みを家庭にも仕事にも抱えているわけで、なかなか普段話さないようなことを多分しゃべっているのだろうと思う。それでも、私の心はあまりそこへ寄り添っては行かない。自分でもちょっと信じられないくらい、何だか他人事に感じられた。そして自分の思いも結局は話さなかった。う~ん、こうやってだんだん上辺だけの付き合いになっていくのかな。
2004年01月13日
BB環境が不安定な状況が続いているので(楽天さんが混雑しているだけのような気もするけど)、連休でもあるので、システムスキャンをした。愛機がブツブツ言いながら一人で動いているのを横目に見ながら、文庫やDVDの整理をする。お正月のために取り敢えずスペースに収めただけの文庫はこのままでは使えないので、自分なりの条件をつけて整理をするが、ちょっとさぼっていたので、簡単には終わりそうもない。そうしているうちにまた新しいものも増えてしまうし…。3時のお茶をひとりでのんびりと楽しんでいるうちに眠~くなって10分うたた寝。こういう時間はとても気持ちが良いのだけど風邪のことを考えるとちょっぴり危険ではある。ふと愛機が静かになっているのに気づくと、ようやくスキャンが終わっていた。ウィルスチェックも済ませて安心する。今日は成人の日。もうとっくに成人してからの方が長くなってしまって、リセットしたいような過去も幾つかできてしまったけれど、時間は取り返せないのだから、これからの時間を大切にすることだけを考えて行こうと思う。
2004年01月12日
風邪気味なのでこの連休は専ら休養と決めている。鏡開きなのでお昼にお汁粉で鏡餅を食べる。鏡餅もこのところ買っているのは小さな丸餅2個ずつのパックを鏡餅の型に詰め込んだタイプ。したがって、お湯で温めた包丁で四苦八苦する風流は今はなく、いささか味気ないが、諸般の事情から合理的だと割り切ることにしている。昨年の異常気象でお餅の値段も高かったが、質も落ちているかも知れない。何だか粘りがなくて拍子抜けの感じである。これも、今年82歳を迎える父の安全を考えれば却ってよいというべきか。新年も10日も過ぎれば、何の感慨もなくなってしまうけど、仕方がないのかな。それにしても、身体の休養はよいとして、頭も働かないのは困ったものだ。少し切り替えるために軽い音楽にでも浸ろうかしら。
2004年01月11日
ちょっと負担の重い一週間だった。自分の健康のために割り切ろうと思いながらも、どちらかと言えば仕事にのめり込む方なので、風邪気味にもかかわらず、少しずつ無理を重ねてしまったせいか、さすがに疲れてしまっている。自分では本当に分からないのだけれど、端からみていると常に力が入っているように見えるらしい。もっと楽にしたらと言われるけれどもどうすれば良いのかもうひとつ分からない。布団に入っても、特に肩の力が抜けないのには自分でも驚いたくらいだ。それでもリラックスするには、「ようし、これからリラックスするぞ。頑張って力をぬくようにするぞ!」と気合いを入れてしまう…。バカバカしい話だと自分でも思うが、それが事実だから悩ましいかぎりである。
2004年01月10日
普段の調子に戻るべく頑張って仕事をし(相棒は結局今日までインフルエンザに倒れている)、その他の用事もあり、医者通いなどもあって、連日帰宅が10時を過ぎるという、年始からいきなりフル回転が求められる1週間だった。今夜は定年退職する上司の送別会に出席した。昼休みに昨日に続いて注射をうってもらって、風邪の方も撃退できそうだ。それでも、ここで気を抜いてはいけないので、3連休はなるべく休養に努めたいと思う。
2004年01月09日
昨日、今日と月が美しいと思っていたら、今日は立待月だという。待つにはちょっと冷たい風が強過ぎたけれど…。そうは言っても、年の初めの仕事量の多さが続いていて、職場を出る頃には、月はもうかなり高く昇っている。風邪の症状が続いていたところ、火曜日から休んでいる向かいの席の同僚がA型のインフルエンザに感染していることが判明し、自分の症状とは違うものの、早めに医者に行っておこうと今日は早々に仕事を打ち切って掛かり付けの診療所に滑り込む。こんなときには休養と栄養をとることが一番効果的なのはわかっているものの、休養をとることが実は最も難しい。自分が大事と割り切ってしまえば簡単なのだけれど…。
2004年01月08日
新年も今日で一週間が過ぎる。菜摘という名前になったかも知れない私としては、七草という行事は特に疎かにすることはできない…、と言ってしまうとちょっと大げさだが、我が家ではちゃんと七草粥を食べる。さすがに摘み草ができるほどの自然は身近にあるわけではなく、小さな鉢に寄せ植えにするような若草がパックされたものをスーパーで買って来て細かくたたく。そのときに七草の名を唱えていたのを誰かから聞いた記憶から春の七草の名はしっかりと覚えている(秋の七草はすぐには思い出せない…)。鏡開き、小正月もあるものの、七草が過ぎると正月気分はすっかり抜け落ちる。まあ明日からは多くの学校で三学期も始まり、通勤ラッシュもまた戻って来ることを感じさせる、最近はそういう日になっている。
2004年01月07日
姪は、言葉も身体の動きもどんどん発達している最中である。昨年のお盆休みのときには、「美味しい」を覚えたばかりで、自分にとって気分の良いことはなんでも「オイシイ」と言って愛嬌を振りまいていたものだが、今度は「嫌い」、「怖い」、「同じ」、「1個」なども覚えて少ない語彙でもたくさんのことを表現する。「1個」は、文字通り「ひとつ」であることを意味するほか、「もう一つ」や「もう一回」の要求である場合もある。自我が芽生え、自分が一人前であることを主張するように大人と同じことをしたいのである。たとえばイチゴを姪の分だけ小さく切ったところ、それは母親に渡し、自分は大人用に供された丸ごと1粒のイチゴを楊枝に取り、周りの大人にも同じように取らせて、「同じ」と言いながら乾杯でもするかのようにイチゴをかかげる。周りは皆そのたびイチゴで乾杯をすることになる。そうすると姪は、フフンと鼻を鳴らすようにしてにっこりと満足そうに笑う。ところが、自分の好みに合わなければあっさりと「嫌い」の一言で切り捨てる。もちろん遠慮会釈もないのだから、近所の人からの頂き物でも口に合わなければ「嫌い」と言ったきり見向きもしないので、親としては「オイシイ」だけのころと比べると具合の悪いこともあるらしい。それでも、自分が嫌なことに対しては「キライ~!」とスッパリと言えるならどんなに気持ち良いだろうと、少々羨ましくもある。
2004年01月06日
公務員にかかわらず、今日仕事始だったところは多かったことと思う。急激に現実に引き戻されるが、今年は生活のペースがあまり乱れなかったためか、スムースにお仕事モードに入っている。まあ、ぼうっとしていても仕事場のデスクにたどり着いてしまうくらい仕事が身に染み付いてしまっていて、却って身体が軽い気がするのは何とも複雑な想いではある。それにしても、初日から予想以上に忙しかった。まあ、9日間の郵便物の処理を1日でしようなどというのが土台無理な話であって、その辺はもう少し調整してもらいたいものだが、今日中にやらなくてはいけないものはやはりあって、最初から誰も定時で帰れるなどとは思っていない。しかし、それが当然という職場体勢は如何なものかと思う。公務員に限らず、リストラなどで現場の一人一人の負担はどんどん重くなっている。そのツケが回ってくる日は案外近いのではないかと感じているのだが…。
2004年01月05日
今年は2日にUSBポートは壊れるし、3日にアクセスカウンターは壊れるしで、パソコン環境に厄が…。所用もあるので、厄払いに行って来ます。これで冬籠もり解除、明日からは仕事モード。ああどんどん現実に引き戻されて行く。思ったほど本は読めなかった(目標が大きすぎたのだけど)。あまり仕事にプライベートを奪われないようにするのが、今年の課題かも知れない。(時間があったらまた書き直します。)
2004年01月04日
アクセスカウンターが故障しております。ご了承くださいませ。何故か献血をしている夢を見た。それも無事に終らないという夢を…。左肩を切られるわ、左腕が硬直するわという状態だったのは肩凝り(頚肩腕症候群)の影響だろうか。この肩の激痛は一昨年の大晦日に端を発しているのだから、一年越しということになる。フー。お正月はテレビは箱根駅伝を見るともなく…というのが例年のパターン。今年は元日から人の出入りがあったのでチラチラと家事の合間に母校中央大学の成績を見ていた。が、今年は本当に振るわず、昨日の段階ではシード権も危ういかと心配した。いつも5区、6区が見所なのだが、今回も6区でようやく溜飲を下げた。午後になって、近所を獅子舞が回っていた。横浜のはずれのこの場所は古くからの園芸農家が多いので、こういう習慣が残っているのも私が気に入っている点の一つだ。囃子の笛と太鼓の音を聞くと本当にお正月が実感できる。私の場合、人との接触を持たない時間がかなり大切である。今日一日は自宅に籠もって、片付けものと読書で過ごす。あまりあくせくせず、心身の解放と充電というイメージで。明日は、所用ができたので、社会復帰のウォームアップ日とすることにして、今夜は好みの音楽など聴きながら、もう少し読書を進めるつもり。
2004年01月03日
弟達がそれぞれ帰っていって、ようやく先ほど一息ついたところ。寝具などの片付けはまた明日かな。姪は海苔が大好き。梅干しは3つも食べるし、黒豆は随分気に入った様子。ケチャップの美味しさを最近覚えたというこどもらしさがあるものの、海老も卵の白味も好きという彼女の食物の好みは、彼女の祖母とそっくり。その祖母と電話で話すときには曾祖母が作った手鞠を必ず持って来るという話はそれがDNAのなせる技かとちょっと不思議な感じがする。シブイ好みとは裏腹に、未だに私の部屋にはミルクのような幼児の匂いが染みついている。今日は書き初め、この日記は昨日も書いているので、キーボードは昨日から使っているのだけれど、今日は筆(ペン)を持って少しだけ仮名の練習。今年こそは自分が本当にやりたいことにもっと時間をかけようと思う。よい初夢をみたいな。
2004年01月02日
2004年がスタートした。この日記も140本めである。この一年が穏やかに過ごせるように祈りたい。昨夜は遠近から除夜の鐘が聞こえて来た。3か所くらいの鐘の音が重なって、それぞれの鐘の音が聞き分けられるが、その間隔が近づいたり遠くなったりするのが面白かった。普段は夕方の鐘など聞くことなどないのだなと改めて感じた。予定より早く昼ころには弟の一家が到着、その後は姪に振り回されることとなった。まもなく1歳11か月の姪は、自我も出て来るし、運動も言語も急速に発達している。記憶力、判断力、数の認識力もこちらの予想をはるかに超える。歌ったり踊ったりもするし、飛び降りたり、グルグル回ったりといったスリルや目が回るのを感じるような遊びも大好きである。機嫌の良し悪しも激しく変わる。まあ見ていると退屈はしないが大変である。82歳になる父もなんとかみんなと一緒に過ごすことができたが、日々体力が落ちているのを痛感する。中途半端に呆けているので、姪よりもわがままで人のいうことにいちいち反発するので扱いに困る。この生活ももう8年。家族としてはなかなかに厳しいものがある。
2004年01月01日
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