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土曜日に外回りの雑用を済ませて、日曜日には出かけないのを基本にしているので、家の中の片づけ物は日曜日に行うことになる。だからなるべく晴れて欲しいのだが、今日は午前中は雨が残っていた。大物の洗濯は諦める。一週間分の新聞やこの間に買った本や雑誌の整理に結構な時間を費やす。最近はスクラップはあまりしないが、平日ゆっくり読めない新聞にもう一度ざっと目を通す。買ったまま机や床に積んである書籍類も自分の分類に従って、ある程度整理する。新書や文庫は買ってしまう量が多いので、きちんと書架に収めることはとっくに止めてしまった。書架に余裕もなく、ティッシュボックス(最近スリム化が進んで使えなくなってきたが)を利用して大まかに分類するが、どういう分類なのか他人にはなかなか理解できないと思う。私の興味のつながりと、読みたい順番などが分類の決め手になっている。明日から3月に入るので1か月や2か月ごとのカレンダーもめくってしまう。絵柄が春のものに変わって、部屋の中も急に春めいた華やぎが溢れる。お茶を飲んで一服したら、もう一働きして、夕方からはリラックスタイムだ。ああ白髪も染めておこう。そうそう書いて置きたい原稿もあるのだけれど…。こうして楽しい休日はあっという間に過ぎて行く。
2004年02月29日
昨日久しぶりに日本橋の本屋へ行って、月初めのギャラリーのイベントを見るのを忘れていたことを思い出し、少なからぬショックを受けた。大好きな川瀬巴水の木版画展があったのだ。川瀬巴水は「昭和の広重」とも言われた風景木版画の画家であった。戦前の日本の何気ない風景が繊細な線と色遣いでリリカルに描かれている。その作品は新しい浮世絵であり、彫り師や摺り師との完全分業の方法を取った彼は関東大震災でそれまでの作品も版木も膨大な写生帖も失ったあと、長期に渡って国内を旅した後、静かで穏やかな、そして戦火で失われた日本の風景を描き留めた絵師である。どうしてこういう人の作品があまり紹介されていないのか、よくわからない。私は、師匠である林望の著書でこの人の存在を知った。その著書は今も安らぎを求めてときどき開く一冊となっている。今回の展示は川瀬巴水の木版画集の出版記念であったのだ。しかし、画集は1冊4万円に近い。いや、この値段は絶対に高くない。川瀬巴水の版画にはそれだけの価値があると思う。それでも、この金額は自分の小遣いの中ではあまりに大きすぎて、4月の人事も決まらない今はやっぱり、ちょっと手が出ない。
2004年02月28日
霞ヶ関周辺は久々に物々しい一日だった。あの教祖に対する判決の日を迎えたからだった。それでも、事件直後や初公判の日の緊張感に比べるとずいぶん薄らいだように感じるのは事件そのものが風化しているからだろうか。9年前の3月20日、所謂「地下鉄サリン事件の日」、千代田線の騒ぎが伝わって来たころに私は丸の内線の霞ヶ関駅に降りた。「異臭がするので、早く構外に出てください。」という誘導で、それでも駆け出すこともなく出口を出て、通常通り執務していた。様子がおかしいことに気づいたのもかなり後のことで、テレビのワイドショーで事件を知った家族からの、無事を確認する電話で初めて事件を知った。その日はかなりの混乱があったものの、通常どおり勤務したが、帰りには全ての地下鉄が霞ヶ関駅を通過していて、新橋駅まで徒歩で出た。恐怖心も憤りも、後になるほど増したように思う。いろいろなことに対して実に疑い深くなったのは、ある種のトラウマのせいだろう。視力などに随分長い間後遺症があった知人もいる。あれから9年、我々は何を学んだだろうか、日々の安全はどんどん危うくなってはいないだろうか。その後転勤4回、今またこの日を霞ヶ関で迎えた。多くの人が予想したとおりの結果だったろうと思う。それでも、なお私の中では決してあの恐怖や憤りは揺らいでいない。
2004年02月27日
新刊目録を見ていたら、外国文学というカテゴリーの中に「~の漢詩道場」という本が分類されているのを発見してちょっとびっくりした。漢詩が外国文学っていうイメージが私の中になかったからだ。しかし、少し考えると確かにもともとは中国のものだ。中国だって外つ国であることは間違いない。日本では漢字を使うことで筆記されるようになり、早い段階で文学が成熟した。漢詩が精神や教養のバックボーンであった歴史も見逃せない。我々の祖先達も外国の物を取り入れるのは得意であったらしい。ただ、やまとことばが今辞書からもどんどん減って行くのを見るのは辛い。そう思っていたのに、漢詩や漢語に対する自分の意識が意外に低いらしいことに気づかされた、そんな出来事であった。
2004年02月26日
芥川賞の表彰式があった日、テレビのニュース番組の中で、「今は若い人の感性こそが大事、テクニックは編集者が補います」という感じで、芥川賞予備軍みたいな人とそれを発掘しようという編集者たちが紹介されていた。でも、何か違和感があったなあ、若けりゃもう何でもいいという感じで…。取材されていた女子高生作家は携帯電話のメール機能を使って原稿(下書きとかモチーフといったものだろうけど)を書いていた。私もこうしてパソコンでものを書くけど、携帯では長い文章を書くのは難しいだろうと思っていたところ、テレビに映った彼女の著書はカギ括弧でくくった会話体が多く、ページ上の文字が少なく、所謂「白い本」であった。当然だろうと思う。今回の芥川賞の二人についても、そのインタビューなどを聞いていて、彼女たちの作品を読んでみようという気は私には起こらない。彼女たちの使う言葉に魅力を感じないというか、ちょっと不快感さえ感じたから。こういうオバサンには、現代に通用する「感性」はないということなら、それは仕方がないなあ。
2004年02月25日
何だか頻繁にメンテナンスをやっているかと思ったら、カウンタなどあちこちにちょこちょこと手が入ったようで…、しかしその分また調子が悪いのだから困ったものだ。とにかく安定的に使えれば良いのだけれど、時間によっては全然つながらないこともあり、せっかく書いたものが何故か書きこまれないこともあって、不満がたまる。こんなときには好きな物でも食べるのが一番良い。私の場合、手っ取り早いのはミルク。人肌くらいにほんの少しだけ温めて愛用のマグカップ一杯をゆっくりと飲む。それだけで凝り固まっているものがゆるゆると溶け出して、ほわあっと溜息になって身体の外へ出て行く気がする。まあ乳製品全般が好きなのだけど、私のパワーの源はミルク。朝食は「ご飯と味噌汁」派だけど、そこにミルクが欠かせない。だから旅行などに行くと朝のミルクの確保は結構重要な問題だ。ホテルの冷蔵庫や朝食にミルクの用意がないことは案外に多い。自動販売機にも牛乳がないものは多い。で、一杯のミルクを求めてさまよったりして、同行者の顰蹙を買うことになのだけれど、これがないと私の一日は始まらないのだから仕方がない。
2004年02月24日
忙しい一日だったが、思いの外早く仕事を終えることができ、外へ出ると三日月がまだ沈まずに姿を見せてくれた。ここ数日の桜まで咲いてしまいそうな暖かさが影を潜めて、冷たい風が吹いているのも、却ってこの時期に相応しいものとして、安心に似たような気持ちになる。1か月ぶりにヘアカットに行くと、なじみの美容師が「あれ~、もう1か月経ちました~?大変だ~。」と訳のわからないことを言う。時の過ぎるのが早い→歳をとる→老い・衰え…ああやっぱり大変だ~!?
2004年02月23日
ようやくお雛様を飾った。今頃何を言っているのかと言われそうだけれど、忙しいし場所はないし…と言った事情からまあこういうことになる。嫁に行き遅れるなんてもう誰の目にも明らかなことだし…。仕舞うのはいつも早いのだけれどね。我が家のお雛様はもう30年以上前に両親に買ってもらった五段飾り。少し古めかしいスタイルが今もとても気に入っている。この季節に思い出されるのは我が故郷佐賀に近い柳川の雛飾り「下げ物(さげもん)」である。天井から吊す、そう餅花やモビールのような飾りもので、端切れでつくった様々な人形や花飾り、色とりどりの糸でかがった手鞠などをいっぱいに飾りつけて雛人形に彩りを添える。それぞれの家は開放的で、気軽に見せてくれる所も多かったが、一度だけ水路を巡る舟からこの飾りが家の窓から川面にまでしだれ桜のように溢れているのを見たときの印象があまりにも強い。母親達の手作りの飾りものはそれぞれ愛らしく、柔らかく穏やかで、その静かで優しい華やかさは、まさに心まで温めてくれる女性の祭りに相応しい光景として鮮やかに記憶されている。今でもああいう光景は見られるのだろうかとふと心配になる。今も料理やなどで立派な下げもんは見られるらしいが、それらは有料で見物させていただくものらしい。もっと家族的でそれでいて町全体が華やぐあの雰囲気を期待するのはやはり無理なのだろうか。あのときの印象を壊したくなくて、なかなかそれを確かめに行くことができずにいる。
2004年02月22日
テレビでも雑誌でも占いはあちらこちらで目にする機会が多い。現代の日本人はかなり占い好きなのではないかと思う。信ずるかどうか、気にするかどうかは別として、目の前にあれば私もつい読んでしまう。良いことが書いてあれば“ヨシッ”と思うし、悪いことが予想されていれば気をつけようと思う。が、その場だけである。すぐに忘れてしまうのだ。まあ、何かをきっかけにふと思い出すこともある。「今日のラッキーポイントはパスタです。」という声が甦ってお昼はパスタを食べるなどということがないわけではないし、金運がよくないから宝くじを買うのは明日にしようと思うこともある。しかし、それ以上のことには決してならない。パスタを食べたのだからきっと良いことが起こると期待することはないし、何も良いことがなかったからあの占いは当たらないと腹を立てることもない。それにしても、ここのところ休日に仕事運が良いということが多いのはなぜだろう。今日は仕事はしないぞという日に限って「今日は信頼感がアップして重要な仕事を任され、ステップアップの足掛かりが掴めます。」って言われても…やっぱりうれしくないな。
2004年02月21日
最近公務員に対する世間の目は非常に厳しい。今日も横浜市が市の職員の通勤に割高なMM21線の利用を認めていることが取り上げられていた。市の財政が逼迫している中で、コストの徹底的な削減が進められるべきなのに…、という筋書きである。国家公務員も今後の交通費の支給は6か月定期相当額で支給するという。ただし、それでは6か月の交通費をまとめて先に支給してくれるかというと、今のところ歯切れの悪い答えしか出て来ない。年度途中の転勤は原則的になくなるのかという問いも発するだけ無駄というべきであろう。公務員制度の改革は極めて重要だと思うし、指弾されるべき公務員が少なからずいることも認めざるを得ない。不正や不当は断じて許してはならない。しかし、目先のこと、些細なこと、わかりやすいことに気を取られて、もっと大きな悪事が見過ごされることはないのか、本当に大きな権力を持ち、裏で暗躍するものを白日の下に晒すべく、国民全員で見張っていくべきときが来ているのに、いつも問題のすり替えが行われてしまうような気がしてならない。マスコミの尻馬に乗って、木っ端役人をやっつけて喜んでいるのではなく、自分の目で本質を見抜く力をもっともっと発揮してもらいたいと期待している。
2004年02月20日
通勤にはちゃんとマスクを使っていたし、漢方薬なども利用し、ヨーグルトも食べて気をつけていたのに、今日は花粉症でクシャミと鼻水に悩まされる一日となった。電話でも窓口対応でもメロメロだけど仕方がない。同僚からはすっかり同情を買ってしまった。どうにもならないので、アフター5にかかりつけの医師(私は「マロ」と呼んでいる)に助けを求めた。「ああ~、この前の日曜日は風が強かったからね。もう月曜日からみんなグシュグシュで泣きが入って続々とやって来てるよ~。」言い、処方ももうパターン化されていた。帰りにときどき利用するハーブのお店に寄ると、花粉症の症状を和らげるコロンまで売られていたので試してみることにする。そこの店員さんも見かねたようで、「帰りの電車のなかでちょっと匂いを嗅ぐと楽になりますよ。本当に少しで申し訳ないのですけれど。」と言ってペパーミントのエキスの結晶をくれた。明日は何とか立ち直らなくてはと思う。
2004年02月19日
気温は桜が咲いてしまいそうなくらいに高い。花粉症を気にしながらも暖かさに誘わ
2004年02月18日
最近書店で『武士道』や『葉隠』に関する本が増えて来た。かつてわが故郷の佐賀(肥前佐賀鍋島)では、「鍋島論語」と言われるほど必読の書であって、私も、明治生まれの祖母などからいくらかその教えを聞き、中学時代には自分で学んだりもした。その内容を面白いとも思う。しかし、イラクへ自衛隊が続々と向かうこの時期に再び注目されるのは何故か。帝國陸軍が声高に取り上げた「武士道とは死ぬことと見つけたり」などという部分ばかりがクローズアップされているのではないかと気にかかる。誤解を恐れずに言えば、『葉隠』は、老いた武士の昔語りである。法螺もあるし、首尾一貫していない箇所も多い。安易に「命懸け」が美化されることが心配である。確かに「死ぬ」ということが何度も取り上げられている。恥をかくより死ねともいう。「死に狂い」ともいう。常に白粉を持って、死に化粧をきちんとしろとか、腕を斬られたら足で蹴飛ばせ、足も斬られたら肩で押せ、肩も斬られたら歯で食いつけともいう。ただ、それは心構えのことを言っているのだと私は考えている。生命の危機に際したときに慌てて対処を間違えることのないよう、常に最悪の事態を想定してそれに備えることの大切さこそを私は学んだ。全文を通して読んで見てもらいたい。そこでは、手紙を書くときには先様で掛け軸になると思って書けとも言っているし、欠伸のかみ殺し方まで教えているのだから。
2004年02月17日
既にかなり疲れてしまった。というのも朝の通勤電車の混雑が激しかったため。車両故障だか何だか、原因はわからないけど、いつも乗る電車が、通常は15両編成(東海道線や横須賀線というのはこんな長さで通勤時間帯は数分間隔で走っている。)のところ、今日だけ11両編成だったのだ。15分の4もカットというのは酷すぎる。なるべく混雑を避けて乗っている電車なのに…。“150センチメートルライフ”の身には、掴まる所はないし、網棚も空いていないし…、本当に流されたり潰されたりで溺れそうな思いだ。それなのに人の頭の上にヘッドホンのコードをブラブラさせながら分厚い漫画雑誌を広げていた“君”は私が精一杯の抗議を込めて送り続けた視線に、結局気づかなかったね。お陰で今日の私はご機嫌斜めでした。
2004年02月16日
休日にもかかわらず朝寝坊もせずに、すっきりと目覚めた。昨夜以来の強風で少し埃っぽいので簡単に拭き掃除などする。休日は作務衣に素足という最近のスタイルには拭き掃除は欠かせないので、ちょっと気持ちが良い。だけどあまり張り切らない。疲れちゃったら元も子もないから。ここのカウンターもいつの間にか3500を超えた。実は今朝危うくまた自分で3500番を踏むところだった。メインページ(TOPを和風に大幅変更)も含めて、装いを変えて見た。内容はこれから少しずつ増やして行きたいと思うので今後ともよろしくお願いします。最近日記以外には更新できていないな。ふう。
2004年02月15日
昨日、今日は暖かさを実感した。東京などは桜が咲くころのような陽気だったという。日ごとの差が激しいので、体調に気をつけなければ…。午後からはずいぶん風が強くなって来た。南風で、“春一番”だったという。毎日確実に春は近づいて来るわけで、バレンタインデーとは無関係に心は浮き立ってしまう。ちょっと調べていたら、バレンタインデーに日本でチョコレートを贈ろうというキャンペーンが始まったのは1958年のことだったことがわかった。最近の習慣だと思っていたのに私が生まれるよりも前のことだったんだ。それよりも今日は「祇王忌」だぞ、と(かつての)文学少女ぶったことをちょっと力んで言ってみる。それにしても風が強いな。ずいぶん窓が音を立てる…あれっ、雨まで降って来た。
2004年02月14日
金曜日、都内の美術館は開館時間を延長していることが多い。そこで、都心に勤めている者の強みで気にかかるものがあればこの時間を利用する。世間はバレンタインデー前夜祭に浮かれているのだから特に今日は人出は少ないだろうと思い、赤坂のお酒メーカーの美術館へ。和歌と日本美術という内容の展示を見に行った。予想通り人は少なく、のんびりと思う存分立ち止まって見ることができた。襖絵、化粧道具、茶道具などの美術品に和歌の世界を意匠にしたものは多く、それぞれ本当に美しい。もっとも私の興味は絵巻の数々だった。「西行物語絵巻」、「浄瑠璃物語絵巻」、「扇面歌意画巻」、「雀の小藤太絵巻」などなど…今回は期待以上のものを間近に見ることができてうれしかった。もっとも興味のある数点の色紙や断簡は3月の展示だったし、図録はまだ作成中だったし…、来月もう一度行くかな~。
2004年02月13日
昨日の天気予報では週末にかけてどんどん気温が上がると言っていた。しかし、朝晩は結構冷えていて通勤時くらいしか外気温がわからない生活をしていると実感がわかない。ここのところ仕事が昼休みに食い込んでいて、お昼も外に出ないので全く自然の様子が感じられない。6時ころに仕事を終えて日比谷公園の中を通ると、この何日かの間で梅の花がかなり開いていた。ああ咲いているなと歩みを緩めると、数歩後ろを歩いていたおじさんも急に気づいたように足を止めた。「夜の梅」ではどこかの銘菓のようになってしまうけど、こんな愉しみを教えてあげちゃったかな、と自己満足といった気分で歩き始めると、梅の枝から7,8歩のところで、極めて強い梅の香りが立ちこめていた。梅に不意打ちを食わされた気分だったが、それはまたうれしい驚きでもあった。自然はいつも人間より何枚も上手である。
2004年02月12日
連休というのもよいけれど、週の真ん中の休みという方がのんびりと過ごしやすいので最近はむしろ好ましく感じられる。2日働いて休み、また2日働けば休みというと、まあ2日くらいなら頑張るか…と言う感じで…。う~ん、あまり意欲的ではないなあ。朝のうちはカラスがうるさかった。我が家の方では今日がゴミの収集日(この辺りはまだ分別はほとんど進んでいない。)なので、カラスにとっては御馳走いっぱいの宴会の日なのだろう。電線に等間隔で並んでいるのはちょっと五線譜の上の音符のようだった。その後は飛行機がうるさい。公害訴訟に参加するほどではないけれど、この辺りは厚木基地の影響を受ける。最近は本当に頻繁に米軍機が飛び交っている。神奈川県というのは沖縄に次いで米軍施設が多いということだが、あまり知られていないような気がする。厚木基地、横須賀基地もそうだけれど、かつて勤めていた相模原もJRの駅の片側は広大な米軍施設になっている。この状況を望ましいとは決して思わない。特にイラク状況などを考えるといろいろと不安も起こって来る。せっかくの休日、つまらないことを気に病むのはやめて、自分の時間を愉しまなければ。
2004年02月11日
通勤に東京駅を使うので、いろんな人を見かける機会は多く、多少のことでは驚かないつもりだ。それでも「えっ?」とか、「おや、まあ」とか、ときには「見ているこっちの方が恥ずかしい」などと思うこともある。今日はそういう人達に立て続けに出会ってしまった。少なくとも60代と思われる女性が髪の毛から靴まで全身明るい黄緑色の女性(ただし、軽く羽織ったコートは白かった。)、携帯電話に直径20センチくらいの大きさのくす玉のようなストラップの束をぶら下げている女の子、この寒さの中臍出しのニットにヒップハンガーのジーパンだけでお臍どころか半ばヒップも露わに颯爽と階段を駆け上がって行った女性、地下鉄の座席で爪を切り続ける学生風の男性…。これくらい自分の許容範囲を超える人に次々に会うと、自分の価値基準が世間とずれてしまったのかとふと悩んでしまう。いいや、たとえ少数派になろうと自分の品格はこのまま保って行かなくては…と少々頑固になってしまう。“オバサンとしてはやっぱり不快ですよ~!”
2004年02月10日
大したものでもないのに突然無性に食べたくなるものがある。それはおかかのおむすびだったり、素朴なメロンパンだったり、ポテトコロッケだったりといったものだ。今日もふとあるバターロールが食べたくなって、「明日のお昼に絶対食べよう。」と決めてしまった。明日は当番で昼食を買いに出る暇がないのを言い訳にして、アフター5に銀座のデパートに寄って入手する。食べたいものを食べる、そんなことでとても幸せな気分になってしまう自分が少し情けないとは思うものの、何だか可愛いではないかと言う気がしないでもない。本当にそんな小さなことで毎日喜んだり腹を立てたりしている訳で、他愛もないものである。けれども、そんなことが案外自分の中では大切なことであったりする。何気ない事にも幸せを感じられる、小さなことにも心を痛めるそういう感覚は大切にしたい、と少し力んで大袈裟に自分を肯定してしまおう。
2004年02月09日
お正月に試して以来これが何とも気持ちがよく、すっかり気に入って、休日の愉しみとしていることが一つある。夕方のまだ十分に陽のあるうちの入浴だ。平日には絶対に無理なことで、休日限定の贅沢感に浸ることができる。身体を洗うことも、ダイエット効果などを期待した半身浴もあまり考えずに、心も身体もときほぐして温める。まあ実際にはそんなことも考えてはいない。気に入りの入浴剤か使い残した牛乳や日本酒などをお湯に入れてひたすらのんびりと身体を伸ばす。気が向けば糠袋で全身を磨き上げることもあるし、とっておきの石鹸の泡に包まれて雪だるまのようになったり、湯船で鼻歌が出ることも…あるかも知れない。そしてその後は…。ぐったりとなるから、お茶でも飲んでCDなどかけて、夕食までは何もしない。夕食を済ませたら、後は頭が飢えて来るので読書でもしたくなるものだ。そうすると幾分月曜日からのやる気も甦って来る…、とそんな気がしている。
2004年02月08日
一昨日のことだが、八重洲にある行きつけの古書店で広辞苑の第一版を手に入れた。箱も汚れているし、本体にシミは出ているけれど、箱もカバーもいちおうきちんとしているし、テクストに何の問題もなく、価格はわずかに1000円だったので、迷わず買った。(荷物になることを考えなかったのはちょっと失敗だった…。)。赤瀬川原平の『新解さんの謎』を引くまでもなく、辞書は好きでいつも手元に置いている。何冊も引き比べるのが面白いし、連想ゲームのように次々と言葉の世界をさまようのも楽しい。今持ち歩くのは専ら電子辞書になったが、これも二台で、国語辞書としては広辞苑と新明解である。ところが、最近の広辞苑の評判はあまり芳しくない。私も第五版は買ってもいない。新しいものを買ったら古いものは捨てる…最近になってそれを後悔している。そして、古書店で広辞苑を見るたびに第1版を探していたのだが、情報を得て駆けつけたのに誰かに先を越されること二回。それが突然に目の前に現れ、ようやく三度目の正直で手に入れた。今夜あたりゆっくりと引き比べて遊んでみたい。
2004年02月07日
週末で仕事に追われ、10時ころようやく帰宅。ネットに繋いでみたら、まもなくフリーズしてしまった。昨日の書店といい、最近は接続がなかなかスムースに行かない。あまり混まない時間に繋げればよいのだが、仕事の都合とそこそこの通勤時間のためにここのところ遅くなりがちである。BB環境も以前ほどのスピードがでないときが多くなって来た。ウィルス対策ソフトの影響もあって、イライラさせられることが多くなった。一日の接続時間は短いけれど、結構ネット中毒なのかも知れない。
2004年02月06日
職場を出るのだけは少し早めで、久しぶりに午後6時過ぎの地下鉄に乗ったらずいぶん混雑していたのでびっくり。定時で帰る人も存外多いのかも知れない…。そうアフター5はなるべく早く仕事から解放されなければいけないと思う。そういいながら、自分は…。用事を済ませて先ほど帰宅、ネット上の書店にアクセスするが今日は何だか繋がりにくい。検索は後刻やり直した方がよさそうだ。先ほどから突然強い風が吹き付けてきた。気温もどんどん下がっているように感じられる。本当に「名のみの春」でこれからがまだまだ寒さは本番。風邪対策は、これからますます重要になる。
2004年02月05日
昨日は一日中どんよりと曇っていて、深夜になって雨までふったが、今日は一転してよく晴れて、光の春を感じる一日となった。昨夜の豆まきで雲を追い払ったような感じである。気温はまだまだ低いけれど(といってもここのところ南関東の寒さはそれほどでもない)、日中は陽光が力強く感じられた。花屋の店先にもチューリップなどが見られるようになってきた。彩りも香も華やかになる春は良い。街中も何だかピンク色だな~とぼんやり眺めていたら、ひょんな所に長蛇の列。なんとチョコレートショップであった。ああ、バレンタインデーが近いのだった。今年は当日が土曜日ということで、義理チョコの手配が不要なのですっかり忘れていた。きっと父は期待しているのだろうな。う~ん。今年はどういう嗜好にしようかしら…。
2004年02月04日
今日は一日中曇り空で、月も雲間にぼんやりと滲んでいた。自宅近くで、男の子の元気な声で「鬼は外!」が聞こえて来た。そう今日は節分である。我が家ではヒイラギの葉を玄関にさして、父が豆をまき、最近はご多分に漏れず、巻き寿司を恵方を向いて無言で丸かじりする。この恵方巻の件だけは、我が家で取り入れたのはごく最近のことである。大阪辺りに住んでいたころもこんなことはしなかったのだけど、近年はこの風習も全国区になって来たようだ。お寿司屋さんかコンビニなどの陰謀だと思うけど…。母が縁起担ぎが好きなので(という表現はちょっとおかしいかも…)、黙って従うことにしている。大阪人ではないからと言って別に強固に拒否するほどのことでもないし…。豆を歳の数(プラス1)食べるのだけはちょっともう…何年も前に止めてしまった。
2004年02月03日
こちらでは本当に久しぶりの雨の一日となった。陽射しがない分少し寒くなったが、花粉症注意報で、喉の状態も回復しない私にとっては、待ちに待ったお湿りである。雨もあまりに降らないのは困ったことである。気象予報士もテレビの天気予報などで「晴れ」のことを「良いお天気」と言うと、「晴ればかりが良い訳じゃないだろう。」とクレームが来ると言っていたことがある。少しは喉が楽になるかと期待したが、今のところまだ効果はない。それでも帰宅時の外気が爽やかに感じられたのは雨のお陰で埃っぽさがずいぶん解消されたからではなかろうか。やっぱり何事も適度な潤いが大切だ。
2004年02月02日
今日は両親の結婚記念日である。今年はなんと45周年である。独り者の私には何とも想像を絶するものがある。最近は自分では一人の自由を謳歌してしまっていて、誰かと一緒に生活するなどとことは考えにくいのである。母が記念写真を撮って欲しいというので、OKする(我が家では大抵私がカメラマンとなる。姪の成長記録も私の手に負うところが大きいのだ。)。しばらく待つと母は着物に着替えてオメカシして来た。母の気持ちを想い、玄関前など場所を選んで数枚撮影する。父の衰えは激しいが、その介護をする母は疲労も重なって体調はむしろ悪い。二人でゆっくり過ごせる時間を大切にしているのは普段から感じていたものの…。母をなるべく綺麗に撮そうと思う。今夜の夕食は私が腕を奮いますか。
2004年02月01日
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