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就寝11時、起床3時半、曇り。「少林寺拳法の新歓コンパ」が6時半から、南の居酒屋で開かれた。コンパに先立って開かれたOB総会で、監督・コーチの交代が承認された。創部42年、輝かしい戦績を誇る部だけに、歴代のOBにうるさ型が多い、新監督・コーチもすこし緊張気味であった。これで、OB会会長も、指導者も若い方になった、新体制の活躍に期待しよう。体制が変わると、OBの出席者の顔ぶれも大幅にかわったものになる、若い卒業生が増えたように思う。 新入生8名が入部、総勢で27名(女子3名)になる。この数の学生が、ガクランを着ていると、なかなか壮観である、現代、ほとんどの体育会の部が、ブレザーになっている中、応援団と少林寺だけがガクラン着用、学生部からはブレザーの着用の要請がきているが、学生のクラブらしくていいと思っているので、放置してある。 挨拶では、「初心忘れず、四年間文武両道を目指して、頑張るように」話しておく、ゼミの卒業生(優先的にゼミに入れる)を中心に、麦酒を注ぎにくる、近況を話しながらの雑談。9時に終了。 食したのは、たこの刺身、マグロと鯛のサラダ、鳥のから揚げ、ピザ、のり巻き、麦酒8杯位、その他に出たもの(食さず)は、ウインナー、エビチリ、サイコロステーキなどであった。 OBから「もう1軒」と誘われたが、遠慮して10時前に帰宅。 昨夜、熟睡できなかったので、早く就寝したが、目覚めが早すぎた。 今日は、「棒振り」の約束がある、緊張症の酔眼、早朝の約束があると、気になって・・・・・。6時に、後輩が迎えにきてくれる。 後輩の車で、「棒振り会場」へ、車中で、酔眼「雨降り出したらやめるよ」後輩「朝ご飯食べて帰りましょう」 両者とも意欲なし、会場には、もう1人の友人が既に到着していた、完全に疲れている、「完全に二日酔いです、雨降ってきたらやめましょうね」彼も意欲なし。 最後の1人が元気よく登場、「これぐらいなら大丈夫ですよ」、さすがシングル・プレイヤー。 着替えて、朝食。 黒豆の豆腐、さばの塩焼き、生卵、海苔、味噌汁、香の物にご飯。 スタート時、雨強し、仕方ないので、レイン・ウエアを着用、早くやめようと心に誓う、ところが、2ホール目から小雨、4ホール目から雨なし。2ヶ月程してなかったので、ボールは何処に行くか分らなかったが、なんとか18ホールを回る、12時過ぎに終了。 サウナとお風呂、その後、昼食(冷麺)でウヰスキー2杯、飲めるのも後輩の運転のお陰と感謝。 3時に帰宅。久しぶりに体を動かしたのと、睡眠不足で、転寝。奥方が夕食の準備できたとの声を、夢うつつで。起きたら7時半。 夕食は、玉子ご飯と海苔。 サッカー、ブラジル優勝、おめでとう、選手の顔を見ながら、一人一人、今まで様々な苦労があったんだろうと想像すると、目が潤んでいた。サッカーの神様は絶対にいると感じた試合いが幾つか合った、幾つかのの問題もあったが、亜細亜初の共催、両国が身近に感じた1ヶ月であった。 明日からは、静かな7月が始まる。気持ちを新に、元気で頑張ろう。
Jun 30, 2002
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就寝3時、起床7時過ぎ、曇り。昨夜は夕食が早かったので、酔いが醒めて就寝しようとした、入眠出来できなかった。睡眠不足である。 朝食、鮭の腹子、味醂干し、わさび漬け、味噌汁に玉子、ご飯2膳。 朝から、オープン・キャンパスも講義(45分)のパワーポイントを作成するが、遅々と進まない、出来るだけ分りやすくと思うと、解説が多くなりすぎて、時間が足りない。ポイントを絞りきれていないと反省。「知的関心を刺激して、大学で学ぶ楽しさ」が目的、「マーケティングの内容」が手段、理解させるためには、高校3年生が知っている「具体的ケース」を用いるのが一番いいだろう。ここまでは、詰めたのだが、さて、具体的事例を何処にしようか迷っている。一番分りやすいのは「○ニクロ」だろうかな、「無△良品」だろうか、倒産した会社などもいいのかもしれない。 今夜は、部長をしている「少林寺拳法部の新入生歓迎コンパ」である、口うるさいOBも数十人参加する、今回は、旧守派を押さえて、監督交代を行っての初会合、風当たり強いだろう。疲れるだけだが、これもお役目、本屋をのぞいて出席しよう。
Jun 29, 2002
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ページ一覧に、いままで引用させていただいた「中国古典名言」をまとめて掲載しました。これからも順次増やしていきたいと思います。 就寝11時過ぎ、起床8時15分、快晴。寝すぎ、というよりは飲みすぎの結果、飲酒生活25年、アルコールが抜けないと目覚めない体質になっている。約束などあって、無理をして起きると、当然のことながら気分が悪い状態が一日中続く。食べ物は脂っこいものが大好き、喫煙生活は35年、不摂生の権化のような酔眼である。長生きはしないだろうと、勝手に思っている。 今日は、衣服の入れ替えをした、当然、奥方の介助つきである。 「えらいこっちゃ!」、ズボンが・・・。 昨夏に較べて、2センチは確実に太くなっている、どうしよう?着る洋服がない??? 真剣に、体重を減らすことを考えなければいけない、ダイエットという言葉は大嫌いである、なんとなく他力本願のイメージがある。 運動と節食以外にはないだろう。 そこで、夏期休暇の目標は「体重減らし」に決定。歩く運動が一番いいようなので、早起きして、歩こう。しばらく休眠中だった、棒振りにも積極的にはじめよう。 と思いながら、お昼は、酔眼特製の「炒飯」(ハム、縮緬雑魚、馬鈴薯、玉葱、玉子)を食す、 自分自身の決意に、半信半疑の酔眼である。 昼からは、オープン・キャンパスの「ミニ講義」の資料作りで過ごそう。 (追加) 書き忘れていました、水曜日、先週宗男君に邪魔された、テレビ出演の放送があり、奥方がビデオ撮りしてくれていました。 夜学のスポーツ学生も7時限目終了後、先生見たよと声をかけてくれました、自分が習っている教師が写ると嬉しいようです。 ビデオ、アップになった自分の顔、これは完全に肥満であると思いました、話の内容は上手に編集してくれていたように思いました。プロデューサー、なかなか優秀だ。 夕食、牛肉の冷シャブ、奥方は胡麻だれを用意していてくれたが、大根のすりおろしたものに一味と醤油を加えて、あっさりといただく、マグロとろろかけ、胡麻豆腐で、バーボン3杯、水茄子と胡瓜の香の物でご飯。9時前、今日は早くに就寝予定。
Jun 28, 2002
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就寝12時、起床8時、なんとか晴天、蒸し暑し。週の前半は夜学がある関係で、夕食が遅くなる、体調今ひとつである。 今日も雑務のため登校、奥方、二十数年ぶりに、ピアノを指導していただいた先生の還暦お祝いを兼ねた友人だけの会にお出かけとかで、途中まで一緒する。 酔眼は、途中で大名そばの「うまいそば」(丼に冷たいそば、その上に、のしいかのフライ、かまぼこ、のり、刻み葱がのっている、これを暖かい玉子の黄身が入ったつけ汁で食べる)をブランチとする。ここだけの「アイデアそば」だろうが、戦後の早い頃からある。子供の時にも食べた記憶があるので、懐かしさに惹かれているのかもしれないが、そば自体も美味しい。 学校では、来週から教職科目で使用するコンピューター・ルームの借用願い、文部省提出書類の作成など。コンピューター・ルームの借用手続き、危うく、色々な部署をたらい回しになりかける、もっと借用システムを簡単にすべきであると、内心怒る酔眼。 その後、学務部長と雑談、スポーツ学生のクラスの新設などをお願いする。 2時に下校、2ヶ月ぶりに、梅田の散髪屋に、夏向きに短くしてもらう。3ヶ月前に独立した散髪屋さん、お客さんそこそこおられるが、技術者は1人。給料日後は混むのだそうだ、これからは、月中にしよう。 飲み屋街のど真ん中、心が揺らいだが、5時ではしょうがない、家でも飲めると帰宅。 楽天で買ったネクタイが届いていた。ネットでみたとおりの商品で、ちょっぴり嬉しい酔眼である。ブランド3本買って、7200円は安いと思う。 7時過ぎから、夕食。レタスの中華風(レタス+春雨の油とおし+野菜と豚肉のオイスター炒め)、冷奴、胡瓜の酢の物、、これでバーボンソーダ-3杯、もう1杯の突き出しがない、玉子をエッグメーカーでと、奥方に頼んだら、睨まれたが作ってくれた。 いただきものの水茄子の香の物で、ご飯。デザートに、葡萄のゼリー。 東京テレビの漢字チャンピオン(国語の先生出演)を見ながら。国名や外国のフルーツを漢字にしたものはほとんど知らなかった、ある意味、いい番組だと思ったし、その先生方が教える生徒さんたち生き生きしていたのが印象に残った。 教師のあり方が、生徒にも伝播することを感じた、頑張らなくては! 明日は衣替え、それと、宗男君に邪魔されたテレビ放映昨日ありました、詳しくは明日にでも。
Jun 27, 2002
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就寝12時、起床8時、曇り。扁桃腺君のお陰で、声がちょっとかすれている、昨夜のバーボン悪かったかな、何とか今日1日の講義を乗り切ろう。テレビをつけると、韓国の準決勝敗退が報じられていた。隣の国でありながら、遠い国。W杯の報道を通じて、身近な国になり、両国の国民の意識が友愛の情へと変われば、大会の最大の成果かもしれないなどと思う、サッカー音痴の酔眼である。 これだけ報道がサッカー一色だと、酔眼も無関心ではおれないし、心の中では声援を送っている。ただ、群れて行動することは、どうも苦手である。熱狂して応援する人々の群れを見ると、どこか心が冷えていく。このような心理は、酔眼だけなのだろうか? 朝食をいただいて、出かけよう。今日最初の仕事は、1時からの「教務委員会」、授業運営に関する重要事項の幾つかが議案にのぼっている。 朝食、ブドウパンのトースト、紅茶、ハムエッグ。 11時過ぎに学校着。 事務に寄って、スポーツ委員会開催通知と議題の検討、9月には1回目の推薦入試があるので、役割分担表などの作成を依頼。スポーツ学生のゼミを好意的に担当してくれていた先生が、定年退職になるので、後任が問題であるとのこと、検討課題としておく。 12時過ぎ、学生部長来室、新学部へのスポーツ推薦学生の配分の件で話す、一応、イブニングが無い学部の方に30人、イブニングがある方に120名とする。 1時から教務委員会、最初にもめる、この委員会は現在の学部の委員会であるので、来春開設予定の2つの新学部(新一年生)の教務に関しては議論できないとの意見、確かにそうであるが、それでは準備が間に合わないとの説得があったが、聞き入れられない。 仕方ないので、今後の参考意見として、議事が進められた。 要は、早く委員会を終わらせたいだけのようにも思えた。こんなことで、新学部無事に開講できるのか不安になる。また、大きな転換期の、運営の難しさを実感する。 酔眼担当の委員会は、綺麗にさばいて見せよう。 2時40分終了、その後、コンビニのおにぎりを調達して、昼食。 4回生、就職相談に来る。2つ内定貰っているが、1つはスーパー、もう1つはアニメの会社。本人はアニメ系に行きたいようだが、ご両親はスーパーのほうとの意見。 今ではなく、10年20年の目で、考えることを助言しておく。 4時半から授業が3つ連続、あとひと頑張りと自分を励ます。
Jun 26, 2002
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就寝12時、起床8時、梅雨寒。ニュースを見ていたら、歩き煙草・路上での立ち煙草などが、千代田区の条例で禁止となったとの報道。酔眼はチェーン・スモーカーである、歩き煙草はしないことにしているつもりだが、多分迷惑をかけているのだろうと反省である、ぼちぼち、禁煙の時期かなと思ったりする。 ただ、喫煙者がモラルをもって行動すればいいことを、条例で過料しなければならないのだろうかと思う、それほど、日本人のモラルが低下していることを示しているのだろう、空き缶・ゴミのポイ捨ても目に余るものがある。 学生が公共の空間でそのような行為をすると、「君は自分の部屋でも同じことをするかい」ということにしている。 以前に書いた「空間考」を再掲載。 小生は愛煙家であり、それもかなりのヘビースモーカーです。研究室でぷかぷかやっているのは、小生だけで、部屋に紫煙が漂うと、喫煙しない学生諸君には迷惑なことだと思いながらも、研究室は教員の私的空間だと自らを納得させて、また、一服とタバコに手を伸ばしながら、考えます。 「空間」とは、私的なものか、公的なものなのだろうかと。最近、空間に対する気遣いが希薄になってきているように思うのは、小生だけでしょうか。私的空間以外は、他者と共有している公的空間であるという意識がなくなっています。一例をあげれば、最も公的空間ともいうべき電車、携帯電話で声高に話す人、化粧をする若い女性、足を投げ出す青年(親父もいるか)、荷物を座席に置く小母さん、べたべたするアベック、目を覆いたくなる惨状です。その人たちにとっては、自分という空間しかなく、空間とは広がりを持った、他者との関係で出来上がっている場であるという認識が出来ないのでしょう。同じような現象が、大学のピロティや教室など、校内全体でも見られます。乱雑におかれた自転車などその典型でしょう。大学の施設のあり方にも問題は多々ありますが、社会的秩序と規範を学ぶべき場でもある学内の現状に、寂しさとともに怒りを感じることも多いです。 ニューヨークで生活していた26年ほど前、地下鉄の落書きや、化粧をする女性を見て、驚いた記憶がありますし、テレビでは毎日殺人事件の報道がありました。まさか20数年後、日本で同じ現象が起こるとは思いませんでした。さまざまな原因があるのでしょうが、情けないという感情をもつのは、小生が歳を取った証拠でしょう(酔眼でみているせいもあるのだろうな)。 戦後、あらゆる分野でアメリカを模範として追随してきましたが、真似をしなくてもいいことも多いのです。「ミーイズム」などはその際たるものではないでしょうか。農業社会であった日本には「結」による「協労・共生」の思想が根底にあり、貧しくとも、たえず、他者への「思いやり」や「気遣い」があったはずです。言いかえれば、共生のためのルールや規範がありました。農業社会の規範やルールは、工業社会、情報社会へと基軸が変わるに従って、変質するとは思いますが、第一に経済的豊かさを追い求めるとしても、人間社会であるかぎり、変わってはいけない思想・価値観・規範は存在すると思います。たとえば、「命の価値」が時代とともに変わることはないと思います。 他者への「気遣い」や「思いやり」は、人間として、いつの時代にあっても忘れてはならないことではないでしょう。しかし、今の日本では、他者に対する「やさしさ」・「思いやり」・「気遣い」を知り、学び、身につける機会や場が少ないのでしょうね。それらは、日常の家庭生活や社会生活の中で、自然に身につけていくべきことなのではないでしょうか。 一人一人の小さい空間が、「思いやり」・「気遣い」の満ち溢れたものであることを期待していますし、これからの日本社会が、経済的な豊かさよりも、精神的に豊かさを感じられる世の中になればと、願わずにはいられません。 どうも、お説教調だなー。でも、考えてもらう機会にはなるかな。
Jun 25, 2002
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就寝11時、起床7時、曇りのち雨。明け方は、夢の中で、来月担当するオープン・キャンパスの「ミニ講義」の内容を考えていたようである。扁桃腺君は小休止のようである。 また、新しい週が始まる、教師は曜日で行動する人間である。酔眼の場合、週の前半は、授業と学生との交流、後半は雑用と自由時間である。とりあえず、3日間を乗り越えよう。 毎週、同じことの繰り返しである。 朝食、鰻のお茶漬けをメインに、鰯の味醂干し+たらこの煮付け+わさび漬け+水茄子の香の物(到来物)。 10時半登校。授業用のプリントを印刷、1時10分から講義。今日の授業は学生の熱心に聴講してくれ、非常にスムースに終了する、早く授業が終了したクラスの学生が廊下で騒ぐのは迷惑であった。 昼食は、中華料理店で「焼きそば」(昼食、焼きそば多いなー) 名古屋に配属になった卒業生が、大阪出張で時間が出来たとのことで、研究室を訪れてくれる、卒業式以来3ヶ月ぶりだが、その言動は立派な社会人になっている、まさに、『士別三日、即當刮目相待』「士別れて三日なれば、即ち当に刮目して相待つべし」(有為の人物というものは、別れて三日のちに会ったときには、目をこすって見直さなければならない、必ず進歩しているものだ)である。 教師としての楽しくかつ嬉しい時間を過ごした。名古屋に帰るとのことで、8月のゼミ10周年の会での再会を約して、別れる。 6時限目、卒業論文の指導、終了後、二人が就職のことで相談に来る。 9時半帰宅。 今日の日記で300回になる、自分だけの日記だとこんなに続かなかっただろう、止めようと思ったことも2度ほどある。最初は、病気に罹った日常生活の出来事を記入していたが、段々と、書くことがなくなってくる、止めようかと思った。それを克服できたのは、読んでくださる方々が掲示板にご意見や感想を書き込んでくださることが、励ましになった。書く内容がなくなったときにも止めたくなった、出張や多忙で記入できなくなりそうになったことも多いが、始めたこと、毎日更新を目標に300回になった。一応、1年間を目標に、細々であっても書いていこう。 夕食は、串褐、冷奴、高野豆腐卵とじ、水茄子の香の物、ご飯。 禁酒三日目。やっぱり、アル中ではないことを確信する、次には、日記リンクの誰かさんのように、禁煙にチャレンジしようかな(小さい嘘です)。
Jun 24, 2002
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就寝1時、起床6時半、曇り。飲酒しないと寝つきはすこし悪いが、目覚めは爽やかである、久しぶりにお酒を抜いた。 8時過ぎに出発して、車で30分ほどの隣の市の霊園へお墓参り、芸術霊園、石造の観音像などが、墓石を取り囲んでいる。父が生前、酔眼の机の上にパンフレットを置いていたのがきっかけである。この時期になると、雑草がたくさんは生えている。奥方、長男、娘と小一時間、草抜きをする、他の墓所は石を入れておられるが、お世話になっている院主さんの指導、「石など入れると仏さんが呼吸できない」とお説教されるので、山砂のまま。「秋までは、月2回来ないと」と奥方。子供たちが、墓参りには素直に付き合ってくれるので助かる、よき習慣である。 鶯の声が聞こえていたが、奥方に言わせると「上手に鳴いているのは1羽だけ、その他はホーホケキョーの最後のキョーがない」、酔眼など一緒に聞こえるのだが、さすがピアノ科などと感心する。 帰り道、ブランチ。今日は「不二屋」で、シチューとエビフライの定食を食して帰宅。11時半。 お昼から、娘の買物に無理やりついて行くことにしている。 12時過ぎ、娘とお出かけ、娘の管理役は次男。娘も何でも相談しているようである。通学時の必需品である長年使ったウオークマンが壊れていた、次男は倹約家でなかなか物を新調しない、彼の了解を得て、新調することを決めたようである。アルバイトで貯めた全財産をはたいて。ヨドバシカメラで購入。 その後、某百貨店のインショップのブランド店に立ち寄り、奥方ご推奨の「財布」を購入、来年の新春から使用予定。 心斎橋へ、入学祝に「お財布」を贈ることになっていた、酔眼の知らないブランドに気にいったのがあるそうで、そのショップへ。赤い皮エナメルのものをプレゼント。 ロンドン・ティー・ルームで、アイスミルクティーとサンドイッチ。帰宅、3時過ぎ。 夕食は6時過ぎ、穴子の柳川、鰈の中骨の煮付け(ほとんど身なし)お味噌汁、ご飯、いつもの何かがかけている、今日も・・である。奥方、「昨日、寂しそうに食事していたから、今夜は飲んだら」、こう言われると。天の邪鬼の酔眼、止めておく。 奥方の術中にはまっているのかな? 早寝しよう。
Jun 23, 2002
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就寝12時半、起床9時、曇り、昨日一日、結構気を使った、行動記録。 12時に出発.電車+タクシーで会場のホテルへ。受付でお祝いを渡す。昼食の「点心」(吉兆製)をいただく。支部長・副支部長会議は「ずる」して、大会会場の国際会議場の喫茶室に隠れて読書。 大会式典の時間、会場に行くと、式典の際、壇上に座れとのお達し、仕方ないなー、壇上は結構暑いのだ。壇上から見ると、参加者4300人の割には、出席者少ない。 その後、若宗匠の「講演」、最近のカレンダーは1月単位、2月単位のものが多く、それが1つの単位のようになっている。しかし、一日一日を大切にと考えると、昔ながらの「日めくり」は有用なものであるとの指摘、そうかも知れないと思う。 6時前から、懇親会。テーブル、酔眼が一番若年で、しかも京都の老舗の経営者ばかり、漆器の象○の社長、京つけもの○利の社長、大学の学長などなど、そしてこの方々が、酔眼が属していた団体の先輩方ばかり、疲れたー。水割り3杯と西洋料理のフルコース。 その後、若宗匠を囲んで、少人数で2次会。冷酒2本。ここまでなら、良かったのだが、若宗匠たちが帰ったあと、3次会に北新地のいつものお店(1月4日の日記)で11時半まで、友人たちと「今後の家元制度」などについて、「岡目八目的」議論。友人の車で帰宅。最後の方は、酩酊状態だった、誰かは爆睡していたようにも思う。 このような大会があるお陰で、和装着物店の経営成り立つのであろう。皆さん、いい着物を着ておられた。 起きたら、右の扁桃腺君が腫れている、久しぶりである、熱が出なければいいのだが。小さい頃から、扁桃腺肥大、疲れのバロメーター、ちょっと休養が必要かな。 朝食は、食べやすい「きつねうどん」にする。何時の間にか12時だ。 昼食は、エビドリアを食す、喉の痛みはあるが、胃は元気なのである。食後は、寝るのが一番、牛になる。 韓国チーム、頑張っているようだ、NY時代のルームメートの朴君を思い出しながら、心の中で、健闘を祈る、大袈裟な表現するのは大嫌いなのだ。 先ほどメールをチェックしたら、変なメールが8通ほど、添付ファイル開かずに、全て削除、研究会のメーリングリストがやられているかもしれない、チェックしよう。 どうぞ、お気をつけください。 今夜は、カード会社に申し込んでいる月1回の魚の頒布会、「穴子と鰈」、今夜はお酒を控えると奥方に伝えてあるので、楽しみ半減、でも、扁桃腺のことを考えると致し方ない。 日記は便利だ、過去の日記をチェックしたら、3月15日も扁桃腺が腫れていた、3ヶ月ぶり、周期的なものもあるのかな。 夕食、穴子はてんぷらに、鰈もすこしはてんぷら、刺身でもいただく、でも、お酒のない食事は楽しみが半減するが、その分、奥方は喜んでいる、差し引きゼロということにしておこう。 飲酒するとすぐに就寝だが、今夜は食後の時間が長い。 明日は月1回のお墓参りである。 今日の日記は以上と思っていたが、10時を過ぎても母が帰ってこない、いくら元気だといっても御歳79歳、京都で友人と出会って、どこかに遊びに行くといって、10時前にお出かけした。 奥方も心配するので、何かあれば、友人の方から電話でもあるだろう、駅から家まで3分ほどだが、住宅街のことあまり明るくないので、奥方と駅に迎えに行く、定期で駅に入って、10分おきの電車を4回待つ、その間、夏期休暇の旅行先などを話す、11時ちょっと前に、母、降車してくる、京都の貴船に行って、川床で食事をしたそうだ、「ちょっと寒かったわ」とのたまう元気な母である。元気でいてくれるのが何よりだが、ばあさんの夜遊びは程々に願いたいものである。
Jun 22, 2002
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就寝11時、起床6時半、快晴。書斎の下が娘の部屋、登校準備を始めている、感心することでもないのだが、毎日、1時間目から出席している、いい学校(管理がよく行き届いている)に進学したと夫婦で喜んでいる。学会費などの払込用紙の整理をする、全く事務管理能力がないので、溜まること夥しい。振込みは、手元不如意のため、月曜日にする。 8時半から朝食、起床後2時間経つと空腹感、冷やし細うどん(当然:レトルト食品)に刻み葱などでちょっと加工して食す、お腹半分、レトルトピザにハムをのせて、レンジでチン、食す、満腹。庄助さんし、洗髪。日記を拝見していると、美容院にお出かけのお話しも多い、夏が近づいていることを実感する。午後は、茶道の近畿地区大会に出かける、これもお役目かな。着飾ったご婦人がほとんどの大会、ちょっと怖いものを感じる。 お昼ご飯は「点心」を頂戴して、2時半から式典に参加、懇親会が5時半から、終了後、若宗匠と懇談予定だそうだ、すべて、ベルトコンベーアーに乗って行動しよう。 大会模様などは夜半にでも。
Jun 21, 2002
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就寝12時半、起床8時半、週の前半の疲れでよく寝た、雨。この2週間ほど、目の疲れがはげしい、起床時は焦点が合わない、すこし時間が経つと、正常になる。しかし、夜がダメだ、昨夜も講義中、教科書の字が見にくかった。老眼を自覚したのは、父が亡くなった42歳の時、老眼鏡も3つ持っている、遠近両用もある、持ち歩かなければならない。面倒なことである。 朝食は、娘がバイト先でいただいてきた「コロッケパン」とマグカップでコーヒー。午前中は、奥方と約束していたので、月に1回のアッシー君(表現古い)、スーパーへ日常生活品の買出し作業。帰り道トマト&オニオンで「炒り味噌カツご飯」とアイスティー。12時半帰宅。 昨日の夕方(4-6時)、先週ビデオ取りしたテレビ番組の放映日、ビデオを撮ってもらうように頼んでおいた。残念、宗男ちゃんに邪魔されてしまった。5時から「宗男ちゃん逮捕」の特番、番組はカット。酔眼の出番のコーナーは、後日放送との言葉のみだったそうだ、多分永遠に放送されないだろう。 忙しい中、走り回ったのに(6月12日の日記)。 学校の広報課に連絡してなくて助かった。うちの学校では、事前に全学的に回覧が回される、あやうく、笑い話にされるところだった。 宗男ちゃん、酔眼のテレビ出演を邪魔するである。この程度の迷惑なら、笑って済ませることが出来るが、関係者の中には笑っていられない人も多いだろうな。 午後は、静養であると言いながらも、仕事人間、オープンキャンパスのミニ講義の準備にかかる。高校3年生の人たちの、興味・関心を引き出し、大学で学ぶ楽しさを知ってもらうように工夫しなくてはならない。 すこしだけ転寝しよう。と思ったが出来なかった。 本日の夕食、豆腐に鳥のミンチと山盛りの胡麻を混ぜたハンバーグに和風あんかけ、冷製和風スパゲティー、胡瓜の酢の物、バーボンソーダー3杯。 個人的には、平穏な一日であった。世間のことは無視、知らない。 9時、どうしようかなである。
Jun 20, 2002
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就寝12時、起床5時半、快晴、庄助さん、チョークの粉をかぶった頭髪を洗って、出発準備。 奥方、昨日のことを気にしてか、早朝にもかかわらずコーヒーを点ててくれる。 6時40分出発、スムースに会場のホテル着、早すぎるので、ナビの調整などして時間をつぶす。 7時15分会場へ。経営者の朝食兼勉強会(161回)、今年はよく出席している、昨年など1回も出席しなかったが、年会費を考えると出席しなければ損であることに気がついた。 吉兆の和朝食、小鉢の盛り合わせ(白天、大根おろし縮緬雑魚添え、茄子のおひたし、小魚の南蛮漬け、出し巻き、胡麻豆腐←全部2口の量)、鯖に塩焼き大根おろしと金山寺味噌添え、野菜の炊き合わせ、海苔、赤だし、香の物三種、ご飯、食後にコーヒー、まずまず満足である。 今日の講師は、主催者のお一人の某国立大学の有名教授。うちの学校で教え子が助教授をされている。一昨年、米国で病気になられ、左半分が幾分不自由であるが、元気になられた。 講和の内容は、発病から現在まで、日米の病院比較、米国で約30日入院したら、2000万近い請求が来たこと、カードに海外での疾病保証があり助かったこと、日本でのリハビリの現状や社会保険制度の問題点、闘病中に読んだ司馬遼や五木の本から学んだこと、いくつかの企業の経営戦略など、肩のこらない話を1時間20分ほど、回復されていることが分って嬉しかった。 氏の話から学んだのは、「別の分野の本を読むときにも、自分の分野の視点で読むこと」 9時半終了、経営者の一人に、ゼミ生である中国からの留学生の就職の可能性を尋ねる、一応、面接してもらうことにした。学校への道すがら、留学生に電話、面接の件を伝える。 11時着。昼休みにゼミ生が質問に来ることになっている。その後は、書類の提出、近くの本屋さんに半年の「つけ」の支払い、などなど。授業は4時半から9時過ぎまで3コマ、体力勝負だ。 本屋さんに借金を払いに行って、お昼は280円の焼きそばを購入し、研究室で食す。学務部長、文科省提出用の資料を取りに来る。 9時20分終了、最後の授業、スポーツ学生の受講態度が悪いので、久しぶりに大声で叱る。熱心に聞いてくれている一般学生(社会人を含む)に失礼である。 スポーツ推薦入試そのものの意味を考えなくてはならない。 今から帰宅、今週の授業は終了である。 帰宅、前後して帰宅した長男と食事、奥方助かったかな。 食したもの、平目のムニエル、サラミをメインとした野菜サラダ、お豆腐、買ってもらったソーダーでバーボン、3杯。 やれやれの週の前半でした、寝る。
Jun 19, 2002
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就寝12時、起床6時半、雨のち曇り。今日も賑やかな一日になることだろう。朝から、提出書類をチェックし、打ち出す。 業績目録を打ち出すと、28年間の教師生活が思い返される、それぞれの著作物に思い出がある、ちょっとだけセンチメンタルである。 酔眼がチェックし、奥方が清書(ワープロもなかった時代)している時、発熱した1歳の長男が泣き喚いて、抱っこしながら必死で整理した締め切りを過ぎた翻訳本の最終稿、徹夜の連続で書き上げた論文(論文を書き始めると、声をかけることが憚られると奥方は言います)、外国にゲラ刷りをファックスしてもらって仕上た原稿、親父の入院先で、ゲラ刷りのチェックをした共著、親父に見せたかった単著(嬉しさを現さずに、多分貶しただろうけど)。土地の食べ物を楽しみにして、全国各地に出かけた学会発表も20数回に及んでいる。 後、10数年、学校の雑用に携わる時間が多くなる年齢、どれだけ積み重ねることが出来るだろう、一歩一歩進んでいこう。 朝食を取ろうとしたが、奥方機嫌悪し(理由は?)、こちらも気分が悪くなるように思ったので、遠慮して、庄助さん。 10時前に出発、高速は快調だったが、一般道、事故でもあったのか大混雑、ナビで迂回路を探す、ナビ本当に便利である、11時過ぎ到着。 空腹なので、昼食をとりに中華飯店、海老のてんぷら、わかめのスープ、ご飯。 1時10分からの大学院の授業、定年退職された方と留学生は出席、発表者の院生来ない、雑談して終える。われわれが院生の頃には考えられないような無断欠席、狂喜乱舞のゲームがあるにしても・・・。今の大学院、この程度だろう。 3時から6時までは、来室者も来ないだろうから、個人研究費の申請書類でも作成しよう。 サッカーのサポーターの共有される熱意を見て思う。 人と群れて何かをするのが、大嫌いなのだろうと思う、喜びや悲しみを共有することの大切さは理解しているつもりではあるが、何故か嫌なのだ、うまく言い表せないが、どこかに醒めた自分がいる、これは家族に対する感情でも同じ。 幼児体験かもしれない。共働きの両親、全て自分でやった。意思決定の時、両親といえども外野であったように思う。 人間、結局は自分一人ではないかと、虚無的ではなく思う酔眼であります。 お教えいただきたい。 9時帰宅、夕食、鯛の刺身、冷たい茶碗蒸、バーボン水割り(ソーダ品切れ、奥方の顔色変わる)、韓国海苔とわさび漬けでご飯。12時前就寝。
Jun 18, 2002
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就寝11時、起床6時20分、曇りかな。入梅したが、降ると鬱陶しいが、夏の水不足も困る、難しいものである。 先日購入した倉嶋厚監修「雨のことば」講談社から、梅雨に関する言葉を拾ってみた。「栗花落(ついり)」・「梅雨葵」・「梅雨寒」・「梅雨しとど」・「梅雨出水」・「梅雨花(ザクロの別名)」・「梅雨闇」などなど、これだけ書けば、雨降るかな(笑)。 辞書を見ていたら「雨施(うし)」という言葉を見つけた。「雨施」 雨が広く降ること。雨が万物をうるおすこと。恩徳などを雨のようにくまなく施す意にも使われるとある。 雨の降り始め、草花の葉をぬらし、大地の色をかえる瞬間を思い出し、短絡的に、「全てのものが、この世に必要とされるものであることを実感する」書きながら、雨の降り始めが好きなことに気がついた。 昨日の少林寺拳法の大会、全体の戦績は今ひとつであったが、乱取で、3年生が最優秀賞、面目を保つ。やはり、スポーツ推薦のある学校が強い。 夜は、3回生のコンパ。出会いから半年、仲良くなっているようで安心する、8時半、先に失礼する。学生とのコンパは、「脂っこいもの」が多いので、帰宅途中で、「赤飯」と「柏餅」を調達、食して寝る。 新たな気持ちで、週の初めに望もう。今週は会議の予定もない(?)。 朝食は、鮭の腹子のお茶漬けと柏餅1つ。 10時半出発、11時20分着。自己評価の書類を提出。3時限目配布プリント印刷、今日の某新聞の一面に載っていた「ドイツもメディアが、わが国で本の割引通販」の話。再販契約を結ばずに、定価の3-5割引で販売、送料全国一律250円。大手出版社も在庫を多く抱えているので、廃棄処分するよりは良い。早晩、本の世界も、定価販売は通用しなくなるだろう。 町の小さな本屋さんは、経営が難しくなるだろう。 1時10分より講義、2時40分終了。学務部から電話、学部分離に伴う教職過程設置のため、文科省に提出する書類作成の依頼、水曜日までに、業績一覧(内容を含む)を提出して欲しいとのこと。 焼きそば(280円)、研究室で、昼食とする しばらく業績の整理。 6時から4回生のゼミ、論文の章立て、外資系の製薬会社に内定している女子学生のものは最高の出来、何事にも努力することが大切である、就職未定の男子学生たち、少しは見習いなさい、章立ての考え方を指導して、7時40分終了。 ゼミの幹事長来室、ゼミ生のお父さんが経営する会社が倒産、しばらく大学へ来れないとのこと、生活費を稼ぐためにバイトに明け暮れていて、出席できないとのこと。 卒論のことは心配しないよう伝えてもらうことにする。優秀な学生なので、後期からでも十分間に合うと判断しているし、既に、卒業単位は取得済みのようでもある。無理に書かなくても、ゼミ生として卒業させることは出来る。 厳しい経済状況の一面を実感する。いつも苦労するのは一般国民である。 宗男君バタバタせずに悪事を吐露しなさい。 ぼちぼち帰宅。9時半着。 食事の前に、文科省提出の書類を作成。最近の資料は家にしかなかった。10時過ぎ終了。 夕食にありつく。平目の煮付け(豆腐添え)、コーンのコロッケ、山芋のたらこ和え、バーボンソーダ-3杯をゆっくりと、お中元のカタログを見ながら、奥方と話しながら。 明日は、苦労しているゼミ生に電話してみよう、携帯電話便利だと思う。12時前就寝。
Jun 17, 2002
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起床6時、就寝10時過ぎだったはず、気懸かりなことはないのだが、夜中はなぜかうつらうつらの連続。最近、起床時は目がかすんでいる、時間が経つとある程度は見えるようになるのだが、昼間も小さい字はダメだ。老眼になったのは、40過ぎの時だが、最近ひどくなってきた。歯はダメ、目もダメ、次は・・・(分る人だけ、分る)、あらぬ方向に行きそうなので、話題を変えよう。 「父の日」、「母の日」に対抗して、無理に作られたのだろうな。 その起源について調べてみた。すこし長いですが、ご参考までに。(社団法人日本メンズファッション協会 http://www.fdc.gr.jp/ から引用しました) 『母の日』がアメリカ合衆国ではじまったのは、1908年のことでした。母の日ができたことを知ったワシントン州に住む『ジョン・ブルース・ドット夫人』は、翌1909年「母の日があって父の日が無いのはおかしい。父の日もつくって下さい。」と、『牧師協会』へ嘆願したのです。それには深い理由があったのでした…。 ドット夫人が小さい頃、お父さんは北軍の軍人でした。軍隊での階級は"Sergeant"といいますから日本でいう「軍曹」でした。 1861年4月12日南北戦争がおこってしまいました。アメリカの悲劇の時代が始まったのです。 南北戦争が終わったのは1865年4月9日でした。「ドット夫人」のお母さんは、夫のウイリアム氏が北軍に召されている間、女手一つで働きながら一家を支えてきました。その為、お母さんはすっかり体をこわしてしまい、お父さんの復員後、間もなく死んでしまいました。 そこからお父さんの苦闘が始まったのです。残された子供達は、男の子5人と女の子が1人でした。6人の子供達を男手一つで育てるのですから、さぞ大変だったことでしょう。お父さんは再婚もせず、生涯独身で働き通 したそうです。今日のような豊かなアメリカではなく、悲劇の時代と言われていた頃のアメリカでしたから、その苦労は大変だったでしょう。 6人兄弟の末っ子の女の子が「父の日」を申請した「ドット夫人」なのです。「父の日」をつくって下さい。と末娘が嘆願してから7年後、1916年に『父の日』が認知されるようになりました。そして、1926年、ナショナル・ファーザーズ・デイ・コミッティがニューヨークで組織され、1972年(昭和47年)になって、アメリカでは国民の祝日となりました。『父親を尊敬し、称え祝う日』それが『父の日』なのです。日本の親父たち、尊敬され? 称えられてるのだろうか? こりゃ疑問だな。 尊敬はされていないが、「父の日」「父の日」と酔眼が言うもので、一応、家族から義理の贈り物を戴く。毎年、子供たちは全員で、ゴルフボール1ダース(最近は安くなっているが、結構高価なボール)、最近は棒振りしないので、昨年の貰ったのがまだある。 奥方は、その年によって違う。先日、一緒に百貨店に行った折に、いいなーと思っていたネクタイ、これは先日の学会に出かけるときに頂戴し、着用した。某ブランドが、W杯を記念して出したものである。 幾つになっても、「贈り物はうれしいのだ~」(赤塚不二夫のニャロメ風に)。 朝食はレトルトの「貝柱のお粥」と喜八州の「酒饅頭」、庄助さんして、大学へ。記念会館で開催されている「少林寺拳法関西学生大会」に出席しよう、その後は、3回生のゼミ生たちと遊ぶ、(陰の声)日曜日なんだけどな。 登校する息子に車を許可して、連れて行ってもらおうと思うのに、いまだ、爆睡中、よく寝る奴だ。(続きは、研究室ででも)
Jun 16, 2002
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朝方まで、若者たち(?年よりもいるかな)は浮かれていたようである。否定するつもりは全くない、ある意味においては歴史的出来事に、歓喜し、肩を組み、街を徘徊して、喜びを表現するのは自由である。マスコミ報道も、これ一辺倒、若者を煽るような報道もあり、残念に思うに思うのは酔眼だけではあるまい。 6月5日の日記に、単眼ではなく、複眼で社会を見ることが大切であると指摘した。、ついでに5月31日の日記も読んでください。 W杯という目くらまし、国民の狂喜乱舞の陰で、国民負担を増やす政策が着々と決められていく。 昨日、衆院厚生労働委員会で、野党欠席の元で、「医療制度関連法案」が可決された、来年4月からサラリーマン家庭の窓口負担を外来・入院ともに、かかった医療費の3割となる(現行、本人は外来・入院2割、家族外来3割・入院2割、70歳以上は別、高齢の高額所得者は別)。これにより、一人当たりの負担は、70歳未満は年平均4千円、70歳以上は年8千円と推定されている。 約1000億円の医療費抑制が見込まれているが、患者負担の引き上げによる受診抑制が重症患者を増やし結果として医療費を押し上げる可能性、長引く不況の中での負担増が許容される範囲、負担増に見合う医療の質の向上や無駄遣いをなす努力は・・・(新聞による)、など問題は多い。 単なる一時凌ぎのカンフル剤でないことを願うばかりである、すでに、中小企業のサラリーマンが加入する政府管掌健康保険は、今年度で底をつく。 もう1つ、昨日、政府税制調査会は中長期の税制見直し案「あるべき税制の構築に向けた基本方針」を答申した。 主なる内容を要約すると、①増えすぎた控除を簡素化し、課税最低限を引き上げる、②消費税率の引き上げ、将来は10%以上を想定しているようである、③外形標準課税を導入し、赤字法人にも税負担を求める、明らかに、既成事実作りが進行している。 年間30兆円の歳入不足、414兆円の国債発行残高(地方債を入れると約700兆円)を考えると、行政サービスの対価を受ける国民や企業が、中長期的には、「税」で負担しなければならない。いつ返し終えることのできる借金額かは知らないが・・・。 しかし、「痛みを伴う改革」は、改革の後に、「世界と協調できる活力に満ちた日本創造」があってのことである。W杯に向けられた熱い視線を、国に、政治にも向けてほしい。 国なくなりて、サッカーでもあるまい大丈夫か、日本大丈夫か、政治大丈夫か、国民大丈夫か、若者若者よ、苦労するのは君たちだぞ 素直に喜べない酔眼は、やっぱり「天の邪鬼」なのです。喜んでいる皆さん、水をさしてゴメンナサイ。 最後まで、読んでいただいた皆さんに感謝です。(通常日記) 起床7時半、快晴。奥方・母はお泊りなので、娘を送り出してやる。大学生だが、ほぼ毎日1時間目から授業がある、高校時代(土曜日は休みだった)より、「ハードだ」そうだ。「高い授業料、その分取り返しや」と言っておく。 10時に来客、お茶を出せない、コップは準備してくれていたので、紙パックの紅茶を持ち出す。建設の進捗状況の報告を丁寧にしてくれる、電波障害への対応など話す。 <font color="blue">朝昼兼用で、昨日スーパーで調達した、京都の「カレーうどん」とご飯少々。</font color="blue"> 次男、専門学校へ出かける、2次試験まで残すところ1ヶ月半、大学へは履修登録に行っただけのようである、資格目指すのも悪いことではないので、黙認している。 庄助さんしたいのだが、長男は高いびき状態、食事の後片付け・電話・宅配、結構忙しい、奥方、日々のんびり出来ないなと同情する。 各家庭、2・3ヶ月に一度、ご亭主に留守番させると、奥方たちの忙しさが理解できるかも知れない。 今からの仕事 ①平成15年度のゼミ紹介(案)の作成 ②ゼミのHPに、先週までの講義内容書き込み ③学会のワークショップのアンケートのチェックと作成 (これが一番シンドイ) だらだらしながら、仕事をこなす。4時過ぎ、奥方たちご帰還。娘の買ったチケット、いい席で満足そう、「吉兆」の出店もお客がいなくて(昨日の日本の試合の時間)、フル・サービスで満足したそうだ、よかったよかった。 安心して、小一時間、転寝。 夕食は、ミニステーキとサーモンのサラダ、バーボンソーダ-4杯、就寝予定。 明日は、少林寺拳法の関西学生大会が本学で開催されるので出席。3期生のゼミ生たちは、学校の体育館でバレーボール、夜はコンパだそうだ、結構、忙しそうである。
Jun 15, 2002
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起床6時、体全体が沈んでいる感じ。最近、食事時間が不規則なので、胃も機能停止している様子。右足首に鈍痛もある、精密機械の身体、部品取り替えるわけにも行かないし、ぼちぼちメインテナンスしながら使おう。 (朝記入) 久しぶりに日記リンク一覧から、リンクを張っていただいている方々を訪問してみた、皆さんお忙しいのだろう、1週間程度更新されてない方も多かった、ちょっぴり、「寂しい思い」をしながらの、訪問の旅を終えました。 今日の仕事は、教員業績評価自己申告表の作成である、評価点は大きく分けると、教育業績・研究業績・管理運営活動・社会活動(細目あり)である。これを、S:きわめて優れている、A::すぐれているB:標準C:やや劣るD:劣るの5段階で評価し、簡単なコメントをつけることになっている。 自己採点、自分に甘い人と厳しい人で、同じ内容でも自己評価違うだろうなー。酔眼、恥ずかしがり屋、自分で自分に甘い採点は出来ない。すべて、Bだろう。 朝は、あんかけ焼きそばを食す。昨夜、長男が炊飯器空にしてくれたようである、朝は米粒がありがたいのだが・・・・・。 今日。明日は、留守番だ。 奥方と母、京都にお出かけ、「オペラ座の怪人」を観劇して、お泊り。奥方、母に気を使ってありがたいことである。切符は、子供たちからの「母の日のプレゼント」。 長男の学校、長居競技場の近くであるので、登校やめる。一緒に昼食に出かける、回転寿司の「蔵」、ネタは仕方がないが、お米は美味しかった、2貫100円、親子でお腹一杯で2000円(麦酒も飲んで)、満足である。帰り道でスーパーに、夕食用の肉などを調達。 (夕方記入) 後半戦が始まった、今、日本が得点を得た、何故か、ちょっぴり涙、やっぱり日本人だ。 終了、良かった、素直に喜ぼう、日本の勝利を! 今までの努力に敬意を払い、感激を贈ってくれた選手に感謝しよう!!! 夕食は7時過ぎ、奥方が買い置いてくれたカレー。それだけでは不十分なので、酔眼はポテトと玉葱をバター炒め、長男大根サラダ(帆立入り)を作り、昼間買ったステーキを焼く。2人で乾杯。娘は、自分であっさりと済ましていた。終る頃に、次男帰宅。彼はステーキカレー。 洗い物を全員で、でも、ほとんどは自動洗浄機の仕事、奥方の苦労がわかる(?)。 デザートに、アップル・パイ(宝塚ホテル製)、ここの意外と美味しいのだ、ただし、パイだけ(秘密)。 鬼の居ぬ間、しっかりいただいて(飲んで)就寝だ。
Jun 14, 2002
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起床8時半、就寝は2時頃だった、「疲労」という言葉が、全身を駆け回っている。昨夕は緊張の連続(?)、精神的に疲れた。 昨日の行動記録 1時前、登校する長男と一緒にでる。途中下車して、大名そばで「うまいそば」(一種のざるそば)を食す。2時登校。公開討論会の進行表をチェックし、修正などしているとゼミの時間。5時半まで授業。5時45分、市民団体の人が迎えに来てくれて、会場へ。 リハーサルに立会い、机の配置などを変更してもらう。今回はリンカーン・フォーラムの形式を採用しているので、パネリストの発言時間も均等に、指名の順序も公平にしなくてはならない。席順も抽選で決める事にする。選挙がらみの討論会は、選挙管理委員会が五月蝿い。市長立候補予定者(パネリスト3名)に順に挨拶。 一人一人の政策は聞く機会があっても、3人の方が、同じテーマで一緒に話され、それを聞くことによって政策の違いが明確になれば、会の目的は達する。 7時開会、事前に質問項目を渡してあるので、パネリストは時間を守って、スムースに進行、政策の違いがはっきりしたかどうかは不明である。喋りでは、さすがにNHK出身の方がうまい、現市長はかなり緊張気味、元市会議長は古いタイプの政治家、30日投票、候補者の検討を祈っておこう、昨夜の討論会、お二人の手話通訳者が協力されていて、聴覚障害の方が50人ぐらい、前の席で熱心に聞いておられたのが印象的であった。参加者1200人ほど、盛会で、主催者の方々も安堵されたことであろう。 終了と同時に、会館を離れて、Aテレビ局のワゴン車。テーマは「某スーパーが始めた消費者副店長制度」、昼間、副店長の一日を取材したとのことで様子を聞きながら大学へ。研究室でビデオ撮り、今回は、インタビュアーのチャーミングな女性をはじめ、スタッフ5名。狭い研究室、不要なものを廊下に出して、撮影。「始まったばかり、従来のモニター制度の域をでない」ようにも思ったが、メリット・デメリットを話す。来週水曜日の4時から6時の間に放映だそうだ。10時過ぎ終了。疲れた顔で写っているのだろうな~、恥ずかしい。 再び、ワゴン車に便乗して、公開討論会の打ち上げ会に顔を出す、今後のあり方などを雑談、11時半終了。帰宅。 学生部長から電話があった由、12時過ぎまで待っているとのこと、深夜であったが電話。内容は、スポーツ推薦枠学生の問題、現在150名の枠であるが、改組されて出来る2つの学部にどのように配分するか、1つの学部はイブニングコースがあるので問題ないが、一方は、イブニングがない。1つの学部で引き受けると、全体の学生に占めるスポーツ学生の割合が高くなりすぎて、授業に支障をきたす恐れが出るし、引き受ける学部の教員からも不満が出るだろう。 酔眼、スポーツ・2部学生委員会の委員長も拝命しているので、学生部長電話してこられたのだろう、学生部の職員(ほとんどが本学の体育会出身)、スポーツ学生のことしか頭にいなく、一般学生に目が向いていない、改革を進めたいが抵抗が強いというような愚痴を話し合っていたら1時だった。 ほとんど何も食べていなかったので、冷凍鍋焼きでバーボン・ソーダ-3杯。今日の日記 夜中の話で、今日も登校することになった。 (学校にて) 昨夜遅く飲食したので、胃がつらい。イングリッシュ・マーフィーんを1個、市販のアイスコーヒー、桃を食す。 ぐずぐずして、11時半、電車で。 1時に学生部長来室。2つの学部の割り振り案をお聞きする。 その後、学生部へスポーツ学生委員長として、学生部の事務側の案を聞きに行く、「スポーツ推薦枠を減らすことになるかも」と一種の恫喝、事務サイドの案も、学生部長案へ譲歩していたので、了解し、学部の委員会にかけることにする。その後、スポーツ学生の学習指導について意見交換。学校として推薦制度を持っている限り、甘えた学生は別として、卒業させるためのシステムが必要である。 そのために、学務部長に面談、語学と一般教養に関して、スポーツ学生のクラス編成の可能性の検討を依頼する、気心の知れた学務部長、前向きに検討してくれることとなった。 問題は、専門科目の単位取得だろう、システムを考えなければならない。 4時前、同僚とお茶に行き、昼ごはん代わりに、ホットドッグを1つ。 帰室して、スポーツ学生委員会の委員の出講日・講義時間のリスト作成。水曜日がいいのだが、3時限目、教授会のある時間なので教授たちは可能だが、助教授以下は4時限目が空いている、全員が揃っての会議は難しそうである。 学生部長の日程と調整して決めよう。 明日は、自己評価表を作成する予定なので、業績目録集の過去5年分をコピーする。 ちなみに、5年間で、単著1冊、共著5冊、論文7編、学会発表15回であった、努力しているほうだと、自己満足。 ぼちぼちと、帰宅の途に。 今日も、お茶のお稽古にいけなかった(涙)。 8時過ぎに帰宅。この時間だと電車も混んでいない。 夕食、母の九州土産の、ふぐの一夜干し、から揚げ、冷奴、烏賊入りのぬた、煮豆、わさび漬け、疲労回復のためのバーボン(いつもより多め)。 急ぎの用事は、ほぼ終了、明日はちょっとのんびり(本当は学会の部会があるが、欠席予定)。
Jun 13, 2002
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就寝1時、起床7時、今のところ晴れ。昨夜は、テレビ局の記者の電話で就寝が遅くなってしまった。 今日は5時限目のゼミを終えると、7時から市長選挙立候補予定者の討論会の進行役(私見を入れることは、候補者の誰かを利することになるかもしれないので、選挙管理委員会に止められている、あまり楽しくはない)。討論会といっても、こちらの投げかける質問に順番に答えていただくだけで、討論にはならないが、市民の方々に少しでも候補者の「人となり」を知っていただき、地方自治に関心を持っていただければ成功だろう。実質的には、自民党・民主党・共産党の三つ巴である。予報では、雨だが、準備された市民団体の方々の努力を思うと、天気がもってくれる事を祈るばかりである。 終了後9時過ぎから、某スーパーが採用した「副店長制度」に、ビデオ撮りでコメントをつけることになっている。ビデオ撮りの場所何処にするのだろう、前回は百貨店の売り場だったが。 質問項目の整理、コメントの下準備が午前中の作業。 まずは、腹ごしらえである。
Jun 12, 2002
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起床7時20分、晴午後雨との予報。素直な感想、「年とったなー」である。40代前半までの「今日は札幌、明日は長崎」と全国を走り回った自分の行動を思い出したとき、「疲れた」と言う言葉はなかったのだが・・・。 昨夜は、夕食を遠慮して(飲酒をしないためもある)、パンを1つだけ食して、就寝。でも、今朝は、胃は軽いが、肩が重い。 来週の月曜日までに、重要な仕事が1つ。大学も自己評価の時代に入った。今年から、各自が自己評価し、学部の評価部会(学部長と学科長)でチェック、そして全学的評価委員会(学長が委員長)で総合的に評価して、賞与に公平に公正に反映するそうだ(どのように評価するかは決められていないというより、知らされていない)。評価項目①教育業績、②研究業績、③管理運営活動、④社会活動、⑤総合評価で、それそれが幾つかの小項目に別れている。自己評価、それぞれの性格が反映する、積極的な性格、消極的な性格、傲慢な性格、自己顕示が強い性格、いろいろな評価が出るのをまとめるのは大変だろうなと思ったりする、自省するいい機会ではあるかもしれない。 これは、土曜日の仕事にしよう。 さて、朝食いただいて、出発しよう。 今、8時、雷鳴とどろき、雨強し、すこし様子を見て帰宅。その間に、今日の行動記録。 朝食、ハムエッグ、わさび付け、たらこの佃煮、ご飯1敗と少々。 11時前出発、12時前着。 午後一番の大学院の授業の資料を読む、ゼミ生発表用資料のコピーに来る。 1時10分から、大学院の授業、「ポジショニング」について。 3時前終了。 昼食、久しぶりにラーメン(とんこつ味)と炊き込みご飯少々。 同僚来室、来年、経済学部と経営学部に分離予定、所属を本部が専決事項とかで決定、同僚を含めて、所属が違うと思われる教員が10名弱。両学部の方向性を授業内容をどのように考えているのか不明である。 4時過ぎ、3回生の幹事長と副幹事長2名、夏合宿の打ち合わせ、某ゼミが一緒したいとのこと、全員ゼミだけで行きましょうとのことで了解、行く場所を変えるかと相談。その後は、ゼミ活動やサッカーの話。 6時から、教員養成科目の授業、今日から「指導案」(実際の550分間の授業を進める道標)づくり。その時間の目標設定を考えさせる。 今、近くに落雷したようである。 小雨になったようなもで、帰路に着こう。 帰宅9時過ぎ、夕食は、お刺身とスパゲティの海鮮サラダ、妙な取り合わせである、これこそ家庭料理かな。 寝ようとしたら、某民放テレビの経済記者から電話。某量販店の新しい制度についてのコメントがほしいとのことで、すこし話す。明日の夜、ビデオ撮りがしたいとのこと、市民公開討論会が終った後ならということで了解する。明日の夜は、遅くなりそうである。おやすみなさい。
Jun 11, 2002
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起床6時40分、快晴。600キロ以上の移動の疲れが残っている。時間的には5時間ちょっとであったが、物理的移動距離、乗り換え、昔は楽しめたが、加齢するに従って、小旅行も辛くなる。 起き抜けに、学会出張報告書を先月の分と2通作成。悪筆なので、パソコンで。 テレビをつけるが、日本の勝利の報道ばかり。政治は、経済は、どうなっているのかな、全てお休みなんだろうかな? 小泉さん、嬉しそうに「熱気むんむん」だそうだが、リーダーとして、政治を「熱気むんむん」にしてほしいものである。 もう1つ、日本人の最近の特徴は「軽挙妄動」・「付和雷同」などと言ったらお叱りが来るだろうな。 朝食をとって、登校しよう。お勉強、お勉強。 朝食、鰻茶漬けとわさび漬け。 10時半出発、11時20分大学、疲労しているので慎重な運転で110キロ以上は出さなかった。 3時限目の配布プリント・コピー。1時10分より講義、先週会議で授業短縮したので、今日は目一杯2時40分まで。女子学生の2人のおしゃべりが邪魔なので注意、それ以外は、気持ちのいい時間であった。 その後、昼食、喫茶店でドリアとアイスティー。 さすがに疲れていたのか、研究室の椅子で30分ほど転寝。 5時、明後日の市民公開討論会の打ち合わせ、マスメディアが取り上げてくれないと代表者の方嘆いていたが、昨日、某新聞が地方版に掲載してくれたのをきっかけに、各新聞社から連絡有とのこと、当日は某公営テレビも取材があるとのこと、質問項目の整理をしなくてはならない。 6時から、四回生の卒論指導(7名)、勉強不足、ちょっと強く叱っておく、8時終了。 帰りは高速も混んでいないので(?)、120㌔、一般道は違いますよ。 疲れが溜まっているのか、食欲なし。奥方にお断りをする。
Jun 10, 2002
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起床6時20分、昨日は統一論題「デフレ不況からの回復と消費経済」を聞くが、有効なものはなかった。そんなに簡単に回復できるのなら、苦労しないものね(笑)。理事の互選による会長選挙は一波乱あったようで、長期政権を引いていた高齢の会長が負けたようである、一般会員には関係ないことである。総会、懇親会、送迎バスでホテルへ。 ラーメン食べて、酎ハイ飲んで就寝。 今朝は、バイキングの朝食を食して、8時半の送迎バスで大学へ(昨日はバスが出るのを知らなかったので、タクシーで行ったら高額であった)。 午前中、マーケティング関係の発表を聞く、何で皆さん難しく難しく話すのだろう? 早めに昼食いただいて、午後一番で発表、質疑応答は雑談で終える。すぐに、タクシー呼んでもらい、駅に。渋谷まで50分、お江戸の入り口まで約30分。「宮笥」に、山葵漬け、鰻の佃煮(お茶漬け用)、築地のちとせの吟丸(一種のどら焼き←奥方の好物)、それに弁松総本店の弁当(赤飯付)。 4時過ぎの「のぞみ」。ウヰスキーのミニボトルを買って、リラックス。静岡を過ぎるあたりで入眠、気がついたら京都の手前であった。慣れているつもりでも、発表は精神的な負担があるのだろう。7時過ぎ、帰宅。車中で食したお弁当。味付けが濃いので、お酒のあてには良い。この中に入っている「蛸の桜に煮」は絶品、柔らかく、お年寄りでも召し上がることが出来る。 日本人は、なぜお土産を買って帰るのか。もともと「お土産」とは書かなかった。「宮笥」と書き、これは神社でもらう神札を貼る板のことだった。その昔、伊勢神宮へ村を代表してお参りした人が、村人のために買って帰ったのが、この「宮笥」だった。 伊勢参拝する人を送り出すとき、村人たちは、村を代表してお参りする男性に、餞別を渡して自分の祈願も頼んだ。これが「餞別」の始まりであるのだが、神宮に参った男性は、その餞別で村人分の「宮笥」を買い求めた。その後、伊勢神宮の周辺では、参拝客を目当てに土地の産物も売られルようになったが、それらも宮笥にならって「みやげ」と呼ばれるようになった。「今さら他人(ひと)には聞けない疑問650」(光文社)より引用。
Jun 9, 2002
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就寝11時前、起床6時前、マッサージのおかげで熟睡できた。森林公園の中のホテル、窓を開けると、いろいろな鳥のさえずりが聞こえるが、寡聞にして、鳥の名前を知らない、唯一分かるのは鶯ぐらいである。 昨日の行動記録。 11時過ぎ、新幹線で「お江戸」へ。お江戸の入り口で、山手線に乗り換えて渋谷。乗り換えにちょっと戸惑い、東上線の急行に乗り遅れる、15分間待つ。渋谷⇔森林公園は56分。駅からお宿まで、タクシーで焼く15分。4時半着。 リゾートホテル。仕事でなければ、身体も精神も解放されそうな環境。別棟の大浴場で入浴、サウナがあるのが嬉しい。リゾートホテルであるが、各種団体が研修会を開いている、夕食は予約したほうがよさそうなので、中華をお願いしておく。 6時15分夕食、 蟹肉入りふかひれスープ、蟹肉と豆腐のうま煮、蟹肉入り卵焼き、酢豚(中国メニューで書こうとしたが、小さいノートでは漢字検索機能が不充分で日本語表記で)、グラスビール2杯とウヰスキー・ソーダー2杯。1皿が少しの量であったので、何品かいただけて幸せであったが、味は全般に濃い目、関東の人たちにはいいのかもしれないなどと思いながら満腹に。 8時半から、マッサージを受ける。上手、今朝は体が軽い、肩のこりも楽になっている、助かる。 長い道中、駅で買った本を読む、発表の準備をしないところが酔眼らしい。読んだ本、エンサイクロネット編『今さら他人(ひと)には聞けない疑問650』(光文社)。いくつかのテーマを「露天商で、いちばんステイタスが高いのは何?」・「奈良のシカの数は、どうやって数える?」・「なぜ、理容室と美容室ではシャンプーする向きが違う?」・「なぜ、寿司屋のお茶は熱いのか?」・「日本銀行が財務省印刷局に払う“お札の仕入れ価格”はいくら?」・「公共料金はどこまで滞納できる?」・「お札の通し番号を使い切るとどうなる?」・「なぜ、ラグビーのトライは五点?」・「なぜ、警察は110番で111番でないのだろう?」・「コックの帽子はなぜ背が高い?」・「出産には、なぜ、健康保険が適用されない?」・「国旗には、なぜ、三色旗が多い?」・「ラーメン丼のヘリの模様は何のデザイン?」などなど、馬鹿馬鹿しい雑学ではあるが、意外と勉強になりました。こんな話を、授業に織り込むと学生たち喜びそうである。 9時半から、大会。懇親会を終えて、帰ホテルは9時ごろだろう。 ・
Jun 8, 2002
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起床6時半、快晴、今日も暑い一日になりそうである。さて、「お江戸」にのぼる日が来た、正確には、埼玉県の森林公園の「お宿」に向かう。 楽天日記のお友達からいただいた「乗り換え」情報を、杖と頼み、とぼとぼと歩みを進めよう。 自宅⇒新大阪⇒東京駅⇒池袋(JR)⇒池袋(東武線)⇒森林公園⇒お宿への小旅行。新大阪⇒森林公園間の情報を見ると。乗車時間3時間52分、所要時間4時間14分、距離617.5kmだそうである。戸惑いそうなのは、池袋の乗り換え、乗り換え時間12分。歳になると、移動時間よりも移動距離が、体にこたえる。 お宿は、W杯開催中のため、学会開催校が準備したもの、そこに100人ほどの学会員が宿泊するそうである、のんびり出来ないかもしれない。 発表しない全国大会は「年に一度のお祭り」、気楽に参加して、懇親会を楽しんでおればよいが、発表があると、齢を重ねていても気が重い。 ただ若い頃の発表前日は、緊張で寝付かれず、徹夜で、あれこれ思案したが、最近はちょっと一杯して、早寝する、「居直り」の境地、どんな質問も「はぐらかして答える術」が身についている、「老獪」という言葉が浮かぶ。(陰の声:本音は緊張しているのですよ) 庄助さんして、朝食をと思ったが、お昼のお弁当を楽しみに、マグカップでコーヒーと苺4粒にしておく。 出発準備、財布(これが一番大切)、デジカメ、ノートパソコン、筆記用具、扇子、煙草(生活必需品)、各種資料(昨年の発表論文、自分用の発表資料、ピボット・テーブルで作成した統計資料)、着替え、洗面具、配布資料などはホテルに宅急便で送付済み。宅急便の発達、重いものを持って移動しなくてよくなったので助かる。続きは「お宿」で。 4時半過ぎに、無事到着しました、夕食は一人で中華を食しました。詳しくは、明日の早朝に書きこみます、そんなに酔眼ではありませんので念のため。
Jun 7, 2002
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起床7時半。昨夜は授業終了後、研究室の散らかった本と書類を整理してから、下校したので、帰宅は10時半を過ぎていた。 車庫に車を入れていたら、奥方迎えにきて曰く「お母さん(九州旅行に出かけていた)、ホテルの前で転倒したとかで、口の上を切っておられてます、やさしい言葉お願いしますね」、酔眼、母にはきつい言葉が多いので、事前忠告である。 部屋に行くと、鼻の下に大きなばんそこう、たいした事なさそうで安心する。ご一緒していただいた方には、ご迷惑をおかけしたことだろう、申し訳なく思う。 夕食、サワラの塩焼き、焼き豚のサラダ、到来物の四国の蒲鉾をバター焼き、サワラは不味かったので半分残す、焼き豚も好きでないので箸をちょっとつけて、帰宅した長男に回す。あて代わりに、納豆を所望し、麦酒コップ1杯とバーボンソーダー2杯。飲みながら、風呂上りの次男に公認会計士と税理士の基本相違について、レクチャーを受ける。 早朝、長男は東京へ、内定をいただいていた会社にお断りに参上とのこと、明日帰阪かと思ったら、10日まで友人宅を転々としながら、東京見物だそうだ。親父は明日行って、9日に帰阪するのに、学生は気楽でイイナー。 今時の学生の親に思うことを1つ。昔は、大学に親が来るのは、入学式と卒業式、それにせいぜい大学祭ぐらいであった。 ここ1・2年、親がクレームをつけに大学へ来ることが多くなった。先日、学部長に聞いた話。若い先生のゼミ生が全く出席しない、先生、ゼミの運営を考えて、顔をあわせることが出来ないので、ゼミを辞めるよう携帯にメールを入れたそうである。教師としては全く当然の行動である。ゼミも1つの集団、ルールがあってしかるべきである。 ところが、そのゼミ生の親(子供を同伴せず)、学部長のところに怒鳴り込んできた「高い学費を取りながら、ゼミを辞めさせるとはどういうことだ!」「携帯のメールの文章は、教師にあるまじき文章である!(酔眼は見ていないが)」「子供の将来をどうしてくれる!」・・・、延々2時間あまり。その間、出席しない自分の子供のことについてのお詫びはなかったそうである。本末転倒である。子供に詫びさせて、ゼミを続けられるようと望むのであれば分るが、自分の子供のことは棚に上げて、相手のことのみ攻撃するのは如何なものであろうか。まさにこの親にして、この子ありでしょうか、いや、この子にして、この親なのでしょうか。 権利(学ぶ)と義務(出席)は表裏一体である。今の世の中、権利だけを主張する人が増えすぎたように思うのも、老いてきた証拠なのでしょうかね。 今日1日、学会発表(40分)の話す内容の準備に没頭しよう。でも、もうお昼前だ。 朝食は、到来物のベーコンに玉子、味醂干し、蒲鉾、味噌汁(一昨夜の鯛入り)、ご飯をいただいたのに、お腹が「お昼ご飯は?」と訊ねている。 どうも集中力に欠けている。学会のまとめを後回しにして、来週に水曜日の公開市民討論会の情報集めのため、政治家志望の青年にメールを送り、地域の情報などを教えてもらうように準備する。 あまりの暑さ、今日も30度を越えているだろう、生欠伸の連続である。 時間に追われ、切羽詰って、発表内容チェック、パワーポイントを打ち出す。 7時前、奥方呼びに来るが、2時半に「焼きそば」作って食べたので、勘弁願う。週の前半の食事時間、夕食が9時過ぎなので、体がそれに順応しているようである。 9時前に、娘とコンビニ。今日二回目、店長に会うのもニ回目、娘に、何の景品か知らないが、小さいコンパクト風の鏡をくれる。誰とでも仲良くなる酔眼。 帰宅して夕食。山口県の友人が自作してくれた「鯵の開き」、帯広の後輩が贈ってくれた「アスパラガス」をメインに、コロッケとこれも到来物の「蒲鉾」のから揚げ。 到来物ばかりの夕食ですと奥方。 明日に備えて、桃花さんほどではないが、麦酒コップ1杯、バーボンソーダー2杯。 明日は「お江戸」へ。 備えて、寝ます。
Jun 6, 2002
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起床7時半、夜半にすこし腹痛を感じて目覚める、その後は1時間おきに意識がもどる、色々な夢を見たようだが記憶にはない。 朝のテレビ、サッカー一色。集団になって、狂喜乱舞する姿が、小泉首相が誕生したときの支持率と重なる、日本人は操作しやすい国民になっているのかもしれない。「付和雷同」の人も多いのだろうと、学生と話していて思った、話題に乗り遅れないに見る人もいるようです。 一方的に流されるマスメディアの情報を鵜呑みにする怖さ、戦前の情報コントロール(大本営発表←酔眼はいまだ誕生していませんが)の結果を学習し直すときかもしれない。W杯は、壮大な国民意識コントロールの実験かもしれないと考える、天の邪鬼の酔眼であります。こんな人間がいても、許されるでだろう。 酔眼も日本人、昨日の試合、気になったし、結果には満足している、もし、勝っていれば、日本のフィーバーは上昇一方、歯止めが利かなかっただろう。 単眼ではなく、複眼で社会を見ることが大切である。 非核三原則破りの発言、禁止物質の食品混入問題、宗男・真紀子ちゃん問題、不審船の引き上げ問題、瀋陽事件、印パ問題、アフガン問題、行財政改革(各種公団民営化問題、郵政民営化問題)なにも解決していない。 一瞬の歓喜の後に、奈落の底に落ちる日本と日本人。明け方に見た夢はこんな内容だったような気がする。正夢にならないことを祈るのみである。 昨夜は、お刺身(鯛とさより)、市販の焼き鳥(つくね、皮、身)、麦酒コップ1パイ(暑かった)、バーボンソーダー2杯(腹痛の原因か)、ご飯を食す。 今日は教授会、「基礎ゼミ」開設問題も出る、W杯どころではない、意識を集中しよう(笑)。 10時40分出発、11時半着。人事課に寄って、給与振込み銀行の合併による社名変更に伴う手続きをする。その後、教務部長を昼食、朝はトーストとコーヒーだったので、喫茶店の和風弁当(天麩羅、煮豆、切干大根、厚焼き玉子、かまぼこ)と小さい素麺(これは初物)。 1時から教授会、議案多く、「基礎ゼミ」の件、問題なく了承。学生からの評価についての報告、驚いたのか、1年生の通年科目の出席が約20%であったこと、「基礎ゼミ」の必要性を痛感する。 3時目に終了、産業・法律情報研究所の先生が遊びに来る、近況の雑談、「知的所有権法」の講座開設について話す。 4時半から、授業3コマ、終了予定9時過ぎ。
Jun 5, 2002
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起床7時、晴で暑い一日になりそう、昨日の疲れが少し、いや、3.5杯が残っているだけとの噂も。でも、健康にお腹も空いている。 朝食、干物と鮭、お味噌汁、ご飯、美味しくいただく。 10時まで、のんびり楽天で遊ぶ、本当は、パソコンのデータを整理しながらだけど。なぜか、デフラグが3%のところから先に進まない(もう1カ月ほど)。ほっておくことに。 10時半出発、11時20分着。1時からの大学院の授業のプリントをコピー、予習の読書。 大学院、60歳の男性、学部からの進学者2名、中国とマレーシアからの女性の留学生の計5名。流通企業のマーケティング戦略の本を輪読しながら、ポイントを整理する、今日は、小売の様々な業態を整理する、スーパー・マーケット、スーパー・ストア、ハイパー・マーケット、ファクトリー・アウトレット、カテゴリー・キラー、コンビニエンス・ストア、ホールセール・クラブ、ディスカウント・ストア、オフ・プライス・ストア、百貨店、専門店、量販店、色々な呼び方がある。実際の生活ではどのような名称でもかまわないが、学問的に研究するためには、分析基準を決めて整理しなければならない。2時40分終了。マレーシアの留学生、自国・日本・中国などで、若者のブランド志向の調査をするとのこと、面白いテーマである。 3時に昼食、喫茶店で、カツカレーとアイスティー。 会計課で、学会出張旅費を受領、学務部長来室、昨日の議事録をチェック、了承する。 その後、3回生のゼミ生、明日のゼミの件と、夏合宿の打ち合わせ、その後、雑談。企業から講義に来ておられる先生方の講義が面白いとのこと、実務をベースの講義のほうが、理論一辺倒より、理解しやすいだろうと思う。 6時限目の授業、教職の科目だけに欠席者なし。学習指導案の作成手順を講義。7時半終了。 帰室して、ラジオ、引き分けのようである、良く頑張ったようで良かったのではないでしょうかね、皆さん。愛国心が顔を出しています。
Jun 4, 2002
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起床7時半。夜明けの雷雨は、夢うつつの中だった。朝食は苺5粒、疲れている、食欲なし。 10時過ぎ、出発。事故で渋滞、3車線の内、2車線が塞がれていた。トラックが1台大破していた、運転手さん大丈夫だったんだろうか。12時前着。 お昼は、焼きそばを研究室で。1時から講義、45分間で打ち切り。 2時からの全学教務委員会に出席。来年度教養科目の時間割編成の手続き、担当科目の多い学部から、運営についても質問が出るが、教学上の問題ではないので、事務部長会議に任せることで了解を得る。 大学に慣れない新入生向けの科目「教養ゼミ」は「基礎ゼミ」という名称にして、全学部、全専任教員が担当して、必修科目として、1年生前期に開設することに最終決定する。施設設備に関する意見や講義の内容などについての質問が多く出たが、強引に押し切る。これも、この学校のやり方。以前は、疑問に思ったこともあるが、今回の場合は「全て学生(新入生)」の学習効果を高め、学生生活を有意義に送らせるため」に必要なことであると考え、「郷に入っては郷に従え」の流儀を採用した。 これから、各学部の反応がいろいろな形で出てくるだろうが、比較的積極的な学部が多いのは、喜ばしいことではある、一番問題なのは、酔眼が所属する学部かもしれない。4時半終了。 研究室に戻ると、4回生・3回生のゼミ生、入り混じって待っている。4回生は卒論(学習するうちにテーマを変更したいとの申し出)や就職活動の報告、3回生は、質問に対する回答の内容の相談などなど、一番楽しい時間かもしれない。ゼミ生で溢れる研究室は活気があっていいものである。6時から4回生の卒論発表(テーマ選択理由と研究の進め方、7名)8時に終了。 今日は、「基礎ゼミ」設置が決まってほっとする、文部科学省に科目変更の届を出さなくてはならないので、明日にでも確認作業をしておこう。 8時半、学校を後にする。楽しみな夕食は? 道路すいていた.昔26分の記録を作った道(自慢にはならないですが)をゆっくりと38分で帰宅。 奥方に睨まれながら、バーボン3.5杯、海鮮サラダ(メインは平目)、豚肉のてんぷら、胡麻豆腐、ご飯、デザートは黒蜜のくずきり。 寝る時間、明日の楽しい日であることを願いながら。
Jun 3, 2002
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起床4時50分、晴。自然な目覚めと言いたいところだが、頭の中では「教養ゼミ」の授業内容の案が駆け巡っていた。忘れないうちに、メモと思ったら、体がパソコンに向かっていた、やっぱり、仕事人間なのだ。 心の片隅に、明日の「全学教務委員会」のことが滓の如く鎮座している。正念場である。 今日の仕事、①学会レジメを最終チェックの上、30部程度プリントアウト(プリンターに頑張ってもらおう)、②教養ゼミの授業内容私案作成、③少林寺拳法部監督交代願い(学生部長宛)とコーチ推薦状作成、などを予定。 人が休んでおられる時、教師は働くのであります。 一昨日の政府高官の「非核三原則」の見直し発言、やっぱり問題視されてきた、人間、普段考えていないことを口にするはずはない。 次は、お昼頃の息抜き時間に。 朝食、明太子、お味噌汁に卵落し、味醂干し、山葵漬けでご飯軽く1膳。 昼食、ペペロンチーノとコーラー。 昔の人は良いことを言う「早起きは三文の得」、朝食までに、仕事を2つ片付ける。 朝食後、学会のレジメを検討し、印刷20部。今夜にでも後10部ほど、プリントアウトしておこう。4つの分科会が同時に開催されるので、参加者数が分らないのが辛い、昨日に続いて、トホホである。 昼食後、発表内容の詰めを行う。 夕方、男子ゴルフで中島常幸プロが7年ぶりに優勝した。1口に7年と言うけれど、諦めることなく、毎日毎日の努力の積み重ね、久しぶりに花咲いた。彼の姿を見て、涙腺の弱くなっている酔眼は、氏以上に涙した。努力しなければと思う。 自戒の言葉 『努力日新学』(日に努力して新に学ぶ) 一日一日、日々おこたらず努力して、さらに新しいものを(新しい気持ちで)学んでいかなくてはいけないと思う。
Jun 2, 2002
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起床8時、昨日のマッサージのお陰で、体が痛い、下手だったんだろうか、半分寝ていたのでよく分らない。朝食、鰻茶漬けとわさび漬け。 今日・明日の二日間で、「学会発表準備」。パワーポイントが使えないので、面倒である。昨年暮の「西日本大会」で発表したものの、焼き直し。すこし、分析に手を加えたいと思うのだが、配布資料が多くなるとプリント・アウトが面倒である。コピーが使えると楽なのだが、グラフを多用しているので、カラー部分が上手く出ない、カラーコピー機もないし・・・、トホホである。 愚痴を言っても仕方がないが、今時、パソコンが使えない教室で、学会発表など「さすな」と怒りである。それに、場所も遠いし・・・、又、トホホである。恩師が言った言葉「発表は、近い会場の時にしなさいよ」、実感する、恩師の言葉には従うべきだ。『恩師は、やっぱり偉いのだ』再確認する酔眼であります。 ホテルもW杯のお陰で、辺鄙なところしか取れなかったし、再々、トホホである。これも、神が与えし試練であろう。何故か、「自業自得」という言葉が浮かぶ。奥方、体調悪そうなので、お昼は自前でする旨、伝えたので、今から、コンビニへ。お昼食べたら、資料改造。夜にでも又。 お昼は、東洋水産のインスタントラーメン「チャンポン麺」(これ大好き)と冷凍ご飯を解凍して、たらこの佃煮。2時。 やってしまいました、窓から入る涼しい風に、ちょっと横になったら、転寝。起きたら5時前。ちょっと、体だるし、トホホ。 急いで、パワーポイントを整理し直し、グラフを中心に配布資料とする。明日は、一日、プリンターを酷使して印刷。グラフのカラー部分を出すためには仕方ないかな 再々々々 トホホ。 会場に設備がないだけで、手間がかかることおびただしい。 9時半、夕食にしよう。秋刀魚の塩焼き、牛肉のたたきの貝割れ和え、梅素麺もゼリー寄せをいただく、感謝。 11時半就寝。
Jun 1, 2002
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