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就寝11時、起床8時、快晴。久しぶりに暑さで目覚める。最近は朝記入する癖がついているので、日記の内容は、昨日の行動記録になりつつある。 昨日は、8時半の電車で学校に。9時40分着、研究室は冷暖房工事中で、10分と我慢できない、多くの先生が資料室、この24日に同僚の先生が急にお亡くなりになったが、ご家族のご意志で学校とは切り離しての葬儀が行われたとのことなどが話題になる。10時になったので、会議室へ。 最初に、同僚の冥福を祈って黙祷。その後、学部長の投票に。うちの学校、古い体質で、選挙権は教授にしかない、有権者30数名(うち、不在者投票6名)。小学校の学級委員長の開票と同じ、黒板に氏名 その下に正の字を書いていく、開票結果は、天の声17票、神の声11票、唯我独尊1票、無視2票、思ったよりも神の声多かった。 これで、天の声で決まるのが普通だと思うのだが、うちの場合は、天の声と神の声の2名を学部長候補者として、本部に上申し、どちらかに決定されるシステム、極端な場合、多数対少数であっても、2名であれば、両者が候補者となり、小数の先生が本部の指名を受けることもある。要は、本部が使いやすい先生を学部長にしたいのだろう。10時半終了。 11時に、四回生の合宿委員長が書類を持ってくる約束、暑い研究室でぼんやりと待つ。11時過ぎ、来室、書類に著名捺印。学生、「今日からロンドンへ行ってきます」、6日に帰国とか。9日に書類渡すことにする。 夕方まで暇、帰宅してから、再び出かけるのはしんどい、研究室が快適なら問題はないのだが、冷房ないところでは辛い。結局、サウナに入って、体の手入れをする。それでも4時。 街をぶらつき、先輩のお店でデジカメの電池などを購入。関西の有名チェーン店だが、関東系のヨドバシやビッグカメラの進出で、以前のようにはお客入っていなかった、競争の厳しさを感じる。 5時20分、洋食屋「さん源」へ。妹夫婦と子供3人、うちの家族5人と母、総勢11名で1週間早めの「お誕生日会」。酔眼は二人兄妹、これで全員集合。母「家族少ないね」、義弟「今、子供が3人いる家珍しいですよ」、母「そんなものかね」、母は6人姉弟の大家族で育っている。 とりあえず、「シャンパン」で乾杯。 料理の内容、前菜三皿(さんまの刺身三切れ、牛トロの握りすしの揚げニンニク添え2貫、生ハムの無花果添え)、蒸し伊勢海老のサラダ、松茸と湯葉のグラタン、フカヒレと青梗菜の煮物(豆板醤・ネギ微塵切り、生姜、大蒜、ザーサイを一緒に混ぜて)、冷製人参ポタージュスープ、鮑のソティを肝ソースで、ミニステーキ(丸ごと馬鈴薯のバター添えなどの温野菜)、デザートはクリームブリュレと紅茶。飲んだものは、白ワイン、麦酒、焼酎など。 食事中、入園前の姪が、場を賑やかにしてくれて、楽しい時間を過ごす、好き嫌いの多い甥(長男のほう)も、必死ででてきたものを食べていた、これも勉強だ。 母も大満足、最初は嫌がっていたが、実行してよかった。来年のお誕生日を元気に迎えてくれることを祈るばかりである。来年は、自分が皆を招待すると張り切ってくれていた。9時帰宅。 忙しい時間を割いてくれた義弟に感謝である。 帰宅して、小旅行の準備。空港まで宅急便で荷物を送ることにする。 今日 一番に送る荷物の整理をし、宛名を書く。ちょっと書類を整理。朝食は、インスタントラーメン、昼食は「河豚茶漬けと茄子の香の物」 午後は、奥方の買物に付き合って、散歩をかねて、電車で4駅移動(散歩にならない)、昭和30年代に建設されたニュータウンの商業エリアに。車窓から見えるマンション群も古くなった、高度経済成長期の「夢の跡」かな。この街(地域)も高齢化が進んでいるという話である。 奥方、買物。酔眼は本屋に、旅行先の「案内書」を購入。その後、奥方がいるスーパーへ。夕食のメニューと明日の食品を購入。 ミスドで「おちゃ」をする、ミスド、ドーナツ以外は、意外と価格高いことを確認。今の時代に、大丈夫かな? 客数減っているように思ったのは、酔眼の考えすぎかな。 駅に向かうと、学校の同僚にバッタリ、奥方を紹介しておく、研究活動で遠征してきたようである。酔眼遊んでいるのに、えらいなー。 帰宅後はのんびりと、旅行の案内書を見る。 夕食は、魚の照り焼き、おぼろ豆腐、厚揚げのしょうが焼き、高野豆腐の卵とじ、でバーボンソーダ―4杯、ご飯は永谷園のお茶漬けを振り掛けて、お茶なしで、あられの香りが香ばしい、最後の蜆のお味噌汁、大満足。 後は、寝るだけ。
Aug 31, 2002
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就寝11時半、起床5時50分、晴れているが、日中は台風15号の影響で雨かな。 昨夜は「お稽古」に。久しぶりの京都、京極の商店街を抜ける、たった2ヶ月の間に、幾つかの店舗が入れ替わっている、通りの情緒が段々消えていく様な気がする。修学旅行生相手の「お土産屋」は健在、店頭を見ると、流行の芸能人などが良く分る、でも定番は「八橋」かな。 いつもの「蕎麦屋」で「てんぷら蕎麦」で腹ごしらえをして、お稽古場に。大先生は出張中。ここの稽古場、月の最後のお稽古は「花月」が恒例だが、風炉薄茶平手前で勘弁してもらう。風炉になっては初めて、柄杓の扱いが・・・・。お客の稽古をさせていただいて、美味しい和菓子とお抹茶、のんびりと至福の時、これが楽しみで通っているようなものである。花月のお稽古を拝見させていただく。 夕食に「お寿司」を買いたかったが、店じまい直前、諦める。10時過ぎ帰宅。焼き魚とおぼろ豆腐で、麦酒、ご飯は省略。 今日は、登校、「学部長選挙」である、「天の声」や「神の声」が、色々なルートで聞こえてくる。選挙と聞くと燃える人種が存在するようである。まあ、妥当なところに落ち着くのではないかと思うが、反対票が多いと、後の運営が難しくなるだろうな。 他の学校では、学部長は1期2年、持ち回りが普通である、学部長になると運営に時間をとられて自分の研究が進まない。しかし、本校は比較的長期政権となる、酔眼の以前の学部では8期16年も頑張った人がいた。変な学校なのである。選挙システムや選挙の様子などはいずれ、小学校の学級委員長の選挙と一緒ですよ。 今夕は、妹の家族と一緒に、「母」のお誕生日会を洋食屋「さん源」で楽しむ。最初は、区切りの年でもないので、「お誕生日会はいらない」と言っていた母。いつの間にか、今日着ていく服を調達しているそうである(奥方談)。 「女心は、わかりません」 楽しいメニューなどは夜にでも。
Aug 30, 2002
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就寝10時半、起床7時半、台風の影響か風強く、晴れたり降ったり、奇妙な天気である。 日記、1年経ち、多くのお仲間から「お祝いの言葉」や今後の「励ましの言葉」を頂戴し、喜ぶと同時に恐縮いたしております、本当にありがとうございました。とくに、「テーマ」があるわけでもなく、自分自身の行動記録として綴ったものです、これからも、マチュア世代の人間としての思いなどを、気持ちを新たに書いていきたいと思っておりますので、よろしくお願いいたします。 昨日は、本当に久しぶりに「棒振り」に。7時過ぎ、女性社長、眠い目をこすりながら来宅。酔眼の車に、バッグ積み替えて出発。高速道路が延長されたお陰で、30分ほどで到着。以前なら.1時間はかかっていた。朝食、ロールパン・ゆで卵・アイスコーヒー。 8時半スタート、ボール前に飛ぶか不安、ドライバー持たずに、5番アイアン。結果はボギー。後は書かない。 3番ホールから雨が降り出し、ホール・アウトするまで、大雨。タイガー・ウッヅにはなれなかったが、それなりに楽しむ。最終パットしている時に、小雨になる。帰りの車に乗ったら、お日さんが顔を出す、誰が精進悪いのだ。 一旦帰宅して、車を置いて、夕食に行く約束をする。以前なら、食堂で「麦酒」など飲んで帰るのだが、飲酒運転の規定が強化されたので、「コーヒーフロート」、食堂の売上も減って、経営の苦しいゴルフ場には追い討ちだろう。 4時前に帰宅、奥方を交えて、女性社長と雑談、蕎麦茶が美味しかった。夕食に、長男と次男を誘う。 6時に約束の店に。やんでいた雨が降り出し、また濡れる、本当に雨に好かれる一日である。 いただいたものは、八寸、刺身5種盛り、出汁まき卵、大根と牛すじの煮込み、穴子の天婦羅、鱧のシャブシャブ、おこげのあんかけ、などで、焼酎「やきいも」(焼いもを使った焼酎)を4杯。親友、息子たちに「色々な人生訓」を話してくれる、来春、社会に出る彼らには、役立っただろう。9時前にお開き。女性社長をお送りして、10時すぐに帰宅。 今日の午前中は、女性社長に頼まれた文章のチェック。父君の急死に伴って、26歳で社長に、社長業20数年、年商数十億円、東奔西走の努力には、本当に頭が下がる。大企業の参入が計画されているようで、ビジネス一層厳しさを増しそうだとのこと、彼女なら頑張りとおすだろうが、健康第一と忠告しておく。 文章には、会社の成長の秘密「現場主義」が書かれてある、若干の訂正をして、メールを送る。 いまから、来月の旅行のパッキングして、明日には「宅急便」で空港まで送っておこう。結局、準備は出来なかった。 今4時、庄助さんして、久しぶりにお稽古に、京都まで出かけよう。2ヶ月近くお休み、月謝も払わなくて、先生に申し訳ない。たぶん、足痺れるだろうな。
Aug 29, 2002
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就寝11時、起床6時、快晴。 人間怒ると、気分はよくない。昨夜、寝る前に、奥方にちょっと小言をいった。 先日、娘がクラブの懇親会で帰宅が11時になったことに、奥方が注意をしたら、それ以来、母娘の間で「冷戦」が続いている、一緒に夕食をしても、雰囲気が楽しくない、悪酔いしそうである。 そこで、ちょっと声を荒げてしまった、反省である。 さて、今日は、久しぶりに「棒振り」に出かける。あまり運動をしない酔眼を心配して、親友が誘ってくれた。2ヶ月ぶり、その間、一度も棒を握っていない、真っ直ぐ行くかな? イメージだけは「タイガー・ウッズ」で。 同伴者は、26歳から社長業をし、隆々たる会社に育てた女性社長、彼女とも20年来のお付き合いである。彼女に、ドライバーの飛距離では、完全に負ける。(酔眼の腕前想像してください)。 夜は、小料理屋で会食予定、楽しい一日になりそうである。 沢山の書き込みいただいていますが、早朝出発、帰宅してから。 365日目、一年締めの日、遅れることなく毎日書いたことだけが自慢の日記です。
Aug 28, 2002
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就寝12時過ぎ、起床7時15分、まずまず熟睡、ちょっとアルコールが残っている、天気は快晴。 昨夜は茶道の支部の会議、議題は「次期役員」(各種行事を主催する茶道教授から選ぶ)について。支部長(数寄者がなり、宗家が決定する)提案で、全員留任で決まる。酔眼は、組織が固定されることは好ましいとは考えていない。固定されると、改革・革新の意識がなくなり、自己保身が目的になり、全体の活力が低下する。リーダーの周りには、「YES」マンだけが集まり、正論が通りにくくなる。 いま、茶道の世界は変革期に直面している。学習人口が減少し、とくに、若年者で学習しようという人がいなくなってきている。従来のような面倒な作法・立ち振る舞いだけを教え、道具にこだわる茶道は限界に来ている。 新しい茶道の創造が求められている、その意識を持った人たちがリーダー群を組織することが必要である。 留任したリーダーの方たちには、その意識があるようだったので、支部長の提案に賛成しておいた、ただ、リーダーの重要な仕事の1つは、次期リーダーの育成にあることだけは申し述べておいた。 会食中、参加の方々から、リーダーの四年間の言動に対して、猛省を促す発言や、今後の指導力に対する注文が出た、支部長が作り出したオープンな雰囲気が言わしめたものだろう、支部長の会議運営に感服する。 8時半終了、北新地の近くのホテルでの会合、新地の中の「漬物屋」で家族の好きなものを購入し、久しぶりに「馴染み」のお店に顔を出す。2ヶ月ぶり、経済動向がもろに写される世界、上客(財界人と呼ばれる人たち)の多いお店であるが、30数年の経営、顧客の高齢化が進み、なかなか厳しい経営のようであるが、おかあさん(普通はママと呼ぶようであるが)、元気にしている。25年のお付き合い、息子のように思っていてくれる、昨夜も「酔眼先生、潰瘍が完治していないから、薄めで作りなさい」と、女給さん(表現が古いですが)に指示。 不思議なご縁で、おかあさんとは、檀那寺も同じ。餓鬼供養の話しなどしていたら、10時前。1時間半ほど、精神を開放して、帰宅の途についた。(今日の日記) 朝食は、昨夜購入した「香の物」でご飯を一膳、梨半分、マグカップでコーヒー。 午前中、学校から電話。来年度のゼミの募集要項の提出を失念していた。提出期日までに、何度も登校したのに・・・。ファックスで送る。担当の職員の方には、迷惑をかけてしまった。出来るだけ、提出書類は早く出すように心がけてはいるのだが、年に何回か「ぽか」をする、酔眼である。 健康管理を兼ねて、30分ほど歩いたところにある「東急ハンズ」へ出かける。今日から、バーゲンか、すごい人であった。「万歩計」を購入したくて、従業員の人に尋ねると、「バーゲンで商品配置変わっているので、見てきます」と探しに行ってくれ、案内までしてくれた。ちょっとしたことだが、顧客満足度は高くなる。自分で探すのは、ちょっと難しかったかもしれない。 バーゲンの威力を感じる、皆さん、両手にもてないぐらいに商品を持っておられる。酔眼は「万歩計」(残念ながらバーゲンにはなっていなかった)を1つだけもってレジに並ぶ、暫し待つ、クーポンを出す人もいたりしてレジの人も処理に疲れ気味。疲れが顔に出ているのは、臨時のアルバイトのようである。普段見かける人は、全体の指揮をしていた。 前のご婦人、酔眼が1つだけもっているのを見て、先にレジをさせてくれる、周りの状況がわかる人に感謝である。酔眼、怖い顔でもしていたのだろうか? お昼は、チェーンの九州ラーメン(煮玉子入りラーメン)と餃子、ラーメンそんなに美味しいとは思わなかった。 さっそく「万歩計」つけて、、途中でにわか雨にあいながら、帰り道の距離を測る、家まで4061歩だった。往復して8000歩ちょっと、1万歩歩くのは大変だな。 庄助さんして、さっぱり。 出来るだけ歩くことで、体重とウエストを減らそう。 夕食、牛の冷シャブ(玉葱、もやし、南瓜添え)、お刺身(鯵、蛸)、烏賊のバター焼き、バーボンソーダ―4杯。 食後、ちょっと怒る、家族全員、ちょっと酔眼に甘えすぎ、自分一人で生きていると思うなよ。 こちらの思いの伝わらない人間は、大嫌いだ。 おやすみなさい。
Aug 27, 2002
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就寝11時、起床6時半、快晴。ちょっと寝つきが悪かった、精神が少し高揚していたのかもしれない。 昨日は、特別講義を担当したが、参加者は70名程度、午前中、入試模擬試験を受け、午後は、模範解答の説明、その後の特別講義では参加者少ないとは予想したが、ちょっと気落ちする。あまりに盛りだくさんの内容も考えものだ、担当した特別講演も。急遽決まったもの、思いつきの企画は止めてもらいたいものである。引き受けた限りは、貴重な時間を割いて準備をするのだ。前回のミニ講義で十分である。オープンキャンパス自体は、4000名ほどの参加があったので、成功と言えるだろう。 講義の中でも話したので、10年前には、オープンキャンパスなど考えられなかった、学校教育のサービス産業化を進めなければ、少子化という時代の流れに対応できない時代になったのである。 21世紀、学校も競争時代に突入である、教育のビジョン、それを実現する差別的有利性に基づくマーケティング戦略が求められる、酔眼の学校では、まず、リーダー(理事長・学長)の大局観が明確にされなければ、現状のような、短期的視野の小手先だけの戦術が展開されることになる、結果、5-6年先には「ゆでガエル」の恐れがあるが、一介の教員には「なす術なし」かな、などと考えていたら寝つきが悪かったのだ。 もう1つの寝つきの悪かった理由は、嬉しさで精神が高揚していたからである。特別講義の聴講に、楽天広場の友人である桃花クンさんが貴重な時間を割いて参加してくれた。桃花クンさん、年齢は別として、現役の高校3年生である。年齢から見れば、受験生の親の年であるが、聴講を許されなかったらと、学生証を持参していた、どこか、生真面目な人である。 ビジネスのプロ、高校生向けの授業は退屈だったのか、それとも、早朝勤務の疲れか、多分、酔眼の講義が面白くなかったのが最大の理由だと思いますが、講義中、静かに、転寝をなさっておられました(笑)。 参加された目的は、当然ながら、終了後の飲み会。移動するのも面倒なので、学校近くの「お好み屋」へ。暖簾が下りていないので、水打ちをしていた女将さんに尋ねたら、営業時間前だった。 入れていただいて、まずは、麦酒と柚子酎ハイで乾杯、冷奴、牛すじ煮込み、豚ペイ焼きをあてに、杯を重ねながら、ビジネスの話(営業成績、社員教育の難しさ、新しいロジスティクス計画)、楽天広場も時間経過とともに、参加する人が変わってきていること、お互いのHPを訪問してくれる人たち、自分の今後の日記、などなど話題は尽きない。 河岸を変えようと、近くの「焼き鳥屋」へ。ちょっとだけ、焼き鳥で飲んで、お互いいささか酩酊してきたので、お開きにする、途中で下車する桃花クンさんと、次回を楽しみにと握手、力強い握りに、安堵する。 前にも書きましたが、12月8日には、「桃さんが新年を迎えるオフ会」を企画します、多数のご参加を。 今日の行動記録 少しお酒が残っている。奥方がマグ・コーヒーと梨半分をサーブしてくれる。その後、レトルト・パックのカレーに卵の黄身を入れて。食後、だらだら。 11時過ぎ、転寝、どれだけ寝れば、満足するのか?本当に眠たい。1時半過ぎに気付く。 鯖の煮付け(昨夜のおかず)で昼食。思考停止。訳本「授業の道具箱」をぱらぱらと見る(絵本ではありませんが)、また.睡魔が・・・。 今夜は、茶道の淡交会の支部の「運営会議」(次期役員の話し合い)に出席予定。(追加の記述) 11時過ぎ、帰宅、飲んできました。寝る。
Aug 26, 2002
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就寝11時、起床3時20分、自然な目覚めだが、早すぎるよね。楽天広場を巡回し、メールに返事を書き、今、5時前。 少し眠たくなってきた、二度寝の準備に入ろう。今日の仕事は午後から。(夜中に記入) 10時ぐらいまで寝ようと思ったのだが、8時に目が覚める、左側の頭皮がひりひりとする、歯から来ているのか、耳から来ているのか、時々、ピリピリと電気が走る感覚がする(表現難しいが)。 朝食、娘が頂戴してきた「クロワッサンのハム玉子サンド」をマグカップのコーヒーで、梨2切れ(農協直送のフルーツ頒布会の品)。この農協の頒布会の品、毎月、食べごろのものをいい品を送ってくれるので、楽しみにしている。 散歩をかねて、近くのキャッシュ・ディスペンサーに出かけて、貯金をひき下ろし、明日、奥方に幾つかの振込みを依頼する。今日は久しぶりに暑い、ちょっと歩いただけで、一汗かいたので、庄助さん。 お昼は、素麺を依頼しておく。12時過ぎに出かけよう。久しぶりに、桃花さんにも会える。
Aug 25, 2002
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就寝10時(?)、起床3時、別に心配事があるわけでもない。変な時間に目が覚めた。アルコールの量が少なかったのだろうか。煙草をすいながら、ぼんやりと過ごした。あるがままに、時を過ごすのがいいだろう。 早朝の近所探訪には時間が早すぎる、この時間にうろうろしたら「こそ泥」と間違われるか、夢遊病者ではと疑われるだけである、などと考えていたら、二度寝5時、気がついたら9時前であった。 昨日買ってきたお寿司「磯巻き」を4切れ、お味噌汁(卵落し)で朝食、食後に、麩饅頭を日本茶で。庄助さんして、パワーポイントをしばらく眺める。部屋に散乱している新聞・雑誌を整理し、不要な印刷物の大半を廃棄処分に。コピー機の発達、簡単に複写できることによって、余分な書類が増えたような気がする。少しだけ、本当に少しだけ、部屋が綺麗になる。 信条は「起きて半畳、寝て一畳、食べるご飯が2合半」だけど、足の踏み場もないのは、創造力を失わせる、あまりに整理整頓されているのもダメ、やる気を失わせる、頃合が難しい。仕事をしながら、ごろ寝ができるスペースを作る。 お昼は、素麺とカレー、変な取り合わせだが、昨日、酔眼がお寿司を買ってきたので、ご飯が余ったようである、責任を果たすために、レトルトカレーでいただく。 食後も、ながら族をしながら、引き出しなどの整理。雨の天気予報も当たらなかったようなので、ちょっと出かけることにする。 早朝の散歩できなかったので、2駅向こうの家電店まで、散歩がてら、プリンタのインクの予備を買いに行く、片道約3キロ、上り下り多い。家電店で、CDのラベル作成機を見つけたので購入、これからはフロッピーより、CDだろう。 帰りも歩く、途中で、娘がバイトしているパン屋を外から見る、娘ハリッキって働いていた、家にいるより生気に満ち溢れていた。 ついでに、酒屋に立ち寄って、フォアーローゼスの黒を購入。ちょうど1時間半の、散策、いい運動になりました、というより、ちょっと疲れたと言うのが本音です。 庄助さんして、夕食待ちの状態、運動するとお腹減ります。 今夜は、自家製ハンバーグと豆腐サラダ、それに冷製コーンスープ、おまけが、枝豆。しかし、残念ながら、炭酸を切らしていたのでバーボンはお預け。麦酒を1缶、ご飯をお茶碗に3分目。 少し魂胆あり。 8時半、娘の帰宅を待って、コンビニへ。メインは煙の購入だが、ついでに、炭酸(いつものブランドでないので気に入らないのだが)も。 娘がバイト先でいただいてきた「アップルパイ」と「シュークリーム」で、バーボンソーダ―を2杯、いい気持ちになってきたので就寝。 明日は、少し気合を入れようかな。
Aug 24, 2002
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起床7時、就寝10時前、寝すぎ、曇り。典型的三日坊主、起床時間遅いので、近所の探索は中止、既に世間は活動を開始している、いい歳こいた親父が、短パンでウロウロする時間ではない。許されるのは6時までだ。多くの人が、犬の散歩にかこつけて、自分の運動をしている、散歩用のアクセサリーが必要なことに気付く。散歩をするいい方法があれば、ご教授ください。 今日は登校して、パワーポイントの最終チェック、ちょっと遊び過ぎの内容、受験生諸君には楽しんでもらいながら、大学で学ぶことの意義を理解してもらうことが出来れば、特別講演の目的を達することができる。 専門家相手の場合は「準備5割、実行5割」でも問題はないのだが、予備知識のない学生諸君に話すには、「準備8割、実行2割」、とくに「専門用語」に気をつけなければいけない、何気なく使う専門用語、相手が知らなければ、全体を理解させることができない。 朝食を食べようとしたら、深夜に帰宅した長男、全部平らげていた。奥方「涼しくなって、みんな食欲出てきたみたい、今夜から、多めに炊きますね」 冷凍うどんを食そうとしたが、冷凍し過ぎで、麺柔らかくならない、製造したが、廃棄。諦める。 早めにでかけて、何処かで豪華な(?)昼食を食べよう。 12時前に出発、乗換駅の地下街で、「串褐定食」(牛肉、豚肉、海老、蓮根、烏賊、白身魚、銀杏、山女)、満足して、登校。 学部の建物、改造中。教室の改造と研究室の冷暖房工事、工事関係者の人が行き来する研究室で、レジメを作成し、コピーする。3時半、会場で、パワーポイントの試行、大丈夫のようである。 明日、話す内容を最終整理、きっちり1時間で終るようにしよう。 帰ろうとして、学務部で呼び止められる、全学共通教育機構の規定の改定案を持ち回りで稟議しているとのこと、「判子押したくないなー」と言いながら(理由は一昨日の日記)、捺印する。その後は、学務部長と「学校の現状」について、愚痴りあう。 学校の傍の本屋に立ち寄って、ご主人と雑談。 来月が誕生日の母のお祝いを、妹のところの子供の学校が始まる前にということで前倒しすることにしていた、帰宅途中、西洋食堂「さん源」(何度か日記に登場)に立ち寄り、料理はお任せで、来週の金曜日の予約を入れる。絶品の「クリームブリュレ」をお土産に購入。心斎橋の「福すし」に立ち寄って、「穴子寿司」「ちらし寿司」「磯巻」を購入する。 何故か無性に「お寿司」が食べたくなっている。 もうすぐ、夕食、お酒は控えめに。
Aug 23, 2002
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起床3時50分、就寝9時半、肌寒さを感じて目覚める。パワーポイントに用いる表を作成していたら、5時45分、近所の探索へ。まずは、氏神様の境内へ、ゴルフの素振りしている人がいた、ちょっと不謹慎だな。境内を抜けて、ビルと民家が同居している地域を歩く、出勤の車も結構多い、植木に水をあげる人、犬の散歩に出かけようとする人、6時になると、世間も目覚めるようだ。車を避けて、川沿いの遊歩道を歩く、同病相憐れむ人たちと行き交いながら、お腹の出具合を、チェック。酔眼より大きい人結構多いと、自己満足。45分間の散歩。 いつものコンビニに立ち寄って、ビッグコミック・オリジナル(愛読書)と朝食用のレトルトのうどん購入(誰かの日記を読んだら、うどんが食べたくなった、影響されやすい酔眼)。 帰宅し、風呂の追い炊きをしながら、きつねうどんを作成し、食す、310円まずまずかな。その後、庄助さんして、洗髪。 午前中、パワーポイントづくり、CDに焼き付けて、ノートPCに移動。焼付けをしようとしたら上手くいかない、次男に尋ねたら、CD逆に入れていた。白いほうを上にするのだそうだ、単純なミスであった。CDを媒介に、ノートPCに移す。これで、25日の準備は一応完了。 昼食は、たらこスパとカレーを食す、これは奥方作成。いつもいつも、酔眼が自炊していると思われるといけないので。 昼食後は、だらだらとしながら、10通ほどのメールを送り、楽天広場を徘徊中。
Aug 22, 2002
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起床4時半、就寝9時半、睡眠7時間、何か夢を見たようだが記憶なし。5時半まで、楽天日記で遊ぶ。 5時半、近所の探訪に、早足で30分、コンビニに寄って、週刊新潮と文春、生活必需品の煙を購入。帰宅後、庄助さん、現在7時。 単細胞の酔眼は、カメリア・マキさんの占星術(http://www-6.ibm.com/jp/pc/clubibm/enter/uranai/)に信頼を置いている。今週の運勢は、好き嫌いがいつもより極端になりやすい週。栄養や生活のバランスに気配りとコントロールが必要に。無理なダイエットや不規則な暮らしはやめて、早めに本来のリズムに戻すことをお勧め。体調の不安は専門家に相談で改善を。 盆休みのグウタラ生活に終止符を打てということだろうから、散歩を再開した。ダイエットは全くする気がない、適度な運動を通じて、ウエスト細くしていこう。それにしても、早朝、散歩している人々、意外と多い。ウエスト太い人がほとんど、同病相憐れむで行き交う。 今日は、夏の到来物へのお礼送り、それから、学校に行く予定。 今日の運勢 今までの努力の結果が少しずつ現れてくる時。頑張ったことには正当な評価が与えられるが、手抜きの結果もまた表面化してきそう。ご用心。 いい加減に作成したパワーポイントの試行予定、手抜きがばれるのか? 不安である。 さあー、朝ご飯! 朝ご飯!! 朝食、干物の細魚を焼いて、赤飯をレンジで温めて、昨夜の味噌汁に玉子を落として、いただきました。奥方朝の散歩、すべて自作、食べる事に関しては、「まめな酔眼」であります。 食後、横になったら、寝入っていました。気がついたら、奥方と会う約束の時間ぎりぎり、急いで、服装整えて、電車。 梅田で、奥方・次男・娘と昼食、娘の好きな「スパゲティ屋」へ、酔眼はペペロンチーノ(これしか知らない)、生ハムのピザをシェアして、アイスティー。 専門学校に行く次男と分かれて、百貨店へ。夏のプレゼントをいただいた方々に、残暑見舞いの品を。贈ろうと思った品がなかったので、適当に見繕う。 急いで、登校。25日のオープン・キャンパスの特別講義のパワーポイントのチェック。学校で用意しているノートPCにインストールされているソフトが古くて、アクセサリーうまく作動しない。 本番は、自分のPCを使うことにして、金曜日にもう一度チェックすることにする。会場の小ホール、急勾配、一番上の席を見るには、首をそらさないといけない。1時間も喋ると、首が痛くなるだろう、マッサージ代はくれないよな、全くのボランティア、来年は断ろうと決める。 その後、研究室のメールボックスをチェック。帰宅前に、教養教育を担当する学務部に寄ると、教養教育を担当する機構の規定に関する改定案を見せられる、改定前は、全学の教務委員長会議の議長は副学長となっていたのが、改定では、機構長である学長が指名した者となっている。教務部長「学長の念頭には、酔眼先生がありますよ、この条項を入れろといったのは学長ですから。」酔眼「勘弁してよ、それでなくても雑用一手引き受けなんだから。・・・・」教務部長「いずれ、学長から話しありますよ」酔眼「・・・・・・」なるようにしかならない。帰り道、ビッグカメラで「CD-R」を購入。作成したパワーポイント、容量大きすぎて、フロッピーでは無理なことが判明。いるも赤飯を購入する店で、「かき氷いちご」を食して、帰宅。 夕食、スコッチ4杯、これがメイン。鰻3切れ(どこか有名な店だったが)、蟹玉(特別注文しました)、生酢し(鯖)、三田屋の生ハムサラダ、食後に、葛餅、ご馳走様。 明日も、早朝、近所徘徊しよう。 おやすみなさい。
Aug 21, 2002
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起床8時、就寝12時、快晴・風強い。ちょっと疲れ気味、昨夜でかけた「お通夜」の会場、予想以上に遠かった。3回乗り換えて、会場まで1時間40分。 人間、始めていく場所だと、残された距離がどれ位あるのか分らないので、遠く感じるのかもしれない。途中のターミナル駅では、帰宅を急ぐ人の群れに押し流されながら、どのプラットホームの電車に乗車すればいいのか戸惑う、人に尋ねるのは好きでないが、時間の関係もあり、駅員さんに聴く、非常に丁寧に教えてくれる、国鉄からJRへ、すこしは「サービス精神」養成できたのかなと感心する。 目的駅について、付近の地図で、お寺を確認。タクシーもあるが、歩ける距離、健康管理の散歩をしていなかったので、夕闇せまる田舎の商店街を歩く、少し不安になりかけた時、案内板あり、想像した距離よりは遠い。 会場は、立派なお寺、久米田寺。ご尊父はご住職、通夜の読経には、30人ほどの僧侶が駆けつけておられた。先輩が歴史のある家系の出身であることは知っていたが、久米田寺とは知らなかった。久米田寺の紹介 久米田池の池畔、池尻町にあり、臥竜山隆池院といいます。天平10年、僧行基建立の49院の一つで、久米田池を維持管理するために建てられた隆池院に始まると伝えられています。寺領田56町300歩を所有していたそうです。橘諸兄は当寺に帰依し、没後当寺に葬られたといわれています。天保14年の寺社覚には、高野山宝性院の末寺で、境内に開山行基堂・観音堂・明王院・華厳院・多聞院等の堂宇を有すると記されています。寺宝には、国重要文化財に指定されている「絹本着色星曼茶羅図」「絹本着色安東蓮聖像」「久米田寺文書」など多数あり、現在境内は府史跡に指定されています。 お参りをさせていただいて、帰路に。最寄り駅まで、車の友人が送ってくれる。この路線の学校で学んでいる長男(理系で実験中)に電話、ターミナル駅で出会った夕食をともにすることに。 ターミナルに着いて、某百貨店の上にある食堂街(全国の有名店が入店していた)へ。駅の掲示板では、10時まで営業、8時30分だったので十分食事の時間はあると思ったのだが、ほとんどの店が「閉店準備」にはいっている、いくら客が少ないといっても、これでは看板に偽りありである。見本を眺めるだけで、嫌そうな顔をする店もある。下関の河豚で有名な「春○○」にはいったら、材料がないという、看板に胡座をかくビジネス、「ばか」にするのも程がある。 百貨店の低迷の一因はここにある。テナントに有名店を入居させただけで、安心している。ディベロッパー役としては、入居店の運営にも眼を光らせておかないと、全体のイメージが壊されてしまう。いまだ、日本には本格的商業ディベロッパーは育っていない。 京都の某百貨店の食堂街、ある京都の有名店、ぎりぎりの時間に飛び込んだことがあるが、従業員全員が笑顔でサーブしてくれた、この違いは何処から来るのか? 授業の教材が1つできた。 最近のマーケティングにおけるコミュニケーションの中心が「口コミ」にあることを認識させてあげよう、某百貨店に(ちょっとした脅しであります)。 酔っ払っての帰り道のこともあるので、帰路途中ののビジネス街にある「教え子」が働いている無国籍料理の店へ。ここなら12時まで大丈夫。「鯛のカルパッチョ、鱧と豆腐の梅肉あえ、蟹のふわふわオムレツ、カマンベールのネギ焼き、トマトと蟹肉のミルフィーユ、生ハムのフルーツ添え」などで、カクテル2杯とドイツの白ワイン、バーボン・ソーダ―で仕上げ。11時20分帰宅。 今日の日記 一時の猛暑と較べると、過ごしやすくなった。久しぶりに学校に出かけようとして、夏期休暇休業日の表をチェックしたら。今日まで休みだった。学校の職員は休みが多い、7日から完全2週間休暇。 母と奥方に頼まれていた用事を済ませに銀行へ。奥方との旅行で使ったカードの引き落としもあるので、別の銀行から引き出して、入金しておく。地方銀行の支店、都市銀行に較べて暇そうであった。 朝食食さなかった。昼食は、銀行の傍の洋食屋(?)で、「ビフカツランチ」を食す、特別に評価する味でもなかったが、食後の「アイスコーヒー」はなかなか美味であった。 喜八州で、水菓子「葛餅と水羊羹」(1個100円)と「赤飯」を購入して、2時過ぎに帰宅。 睡眠不足でもないのに、眠たい、やるべきこと多いのに、精神は現実逃避。 やっぱり、40分ほど転寝。息子たちは帰宅していないが、娘が夕食というので、一緒にお相伴。 魚屋さんが来たらしいが(転寝中)、海が時化ているので、いい魚はなかったようで、秋刀魚をいただいたようである。 メイン「秋刀魚の塩焼き」、昨日、通夜に出かけていただかなかった「牛肉」をサイコロにして、サラダに添えたもの、納豆、きんぴら牛蒡(魚屋さんからのプレゼント)で、スコッチ4杯。 ご飯は、先日の会で韓国の卒業生が持参してくれた「韓国のり」で。 9時前、寝る準備。「おやすみなさい」 「明日は明日の風にまかせましよう」
Aug 20, 2002
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起床8時半、就寝9時、12時過ぎに目覚める。飲酒を控えめにした所為かな、3時半頃から、再度就寝、曇り、台風の影響か風強い。今日から、世間は盆休みも終わり、普段どおりの生活に戻っている。盆休みに便乗して、「ぐうたら生活」を満喫したが、こちらも規則正しい生活に戻るべく努力しなくては・・・。 書くこともなき一日、行動記録のみ。 朝一番に、現在建設中の進捗状況の報告に担当者の方来宅。順調に進んでいるようである。その後、大学から電話、30日の学部長選挙の件。執行部も苦労が多いなー、適当に聞き流して、生返事をしておく。 朝食は「カレー」、昼食は「素麺」、食欲は旺盛だが、頭脳は休止中、パワーポイントをチェックするが意欲が伴っていない、増えるのは煙草の本数だけ、もうすこし、時間的に追い込まれるまで待とう。 ファックス届く、先輩の父君逝去の報、今夜のお通夜に出席させていただくことにする。
Aug 19, 2002
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起床9時15分、就寝12時半、曇り、蒸し暑し。ちょっと二日酔い気味。 午前中は、昨日の余韻でぼんやりとしていた、お昼に、「塩焼きそば」とご飯を軽くいただいて、少し元気に。デジカメを整理して、日記に掲載。その後、散歩がてら、食料品の買出し。今日は「ブタの冷シャブ」とか、お肉は辛いので、「さかな」を調達。40分ほど歩き回って、健康管理、台風の影響か風が強いが、汗ばむ。 5時前に帰宅し、奥方に「煮魚」作成を依頼する。(昨日の報告) 梅田のホテルに向かったのが3時、途中で、デジカメ用のフラッシュ・コンパクトを購入、時間が早かったので、路上カフェで、アイスティーを飲んでいたら、現役の幹事が次々現れる。時間があるので、お茶を奢る。 4時半から準備。開宴までの時間を持て余す酔眼。代表世話人たち、挨拶を考えるのに必死、ご苦労さん。酔眼、このような場合は、壇上にあがるまで、一切考えないことにしている。 隣の宴会場では、同じ学校の理工学部の退官教授を祝う会、面識のある先生方にお会いし、ゼミの会が盛大に行われるのを羨ましがられる。 開宴から2次会まで、立ちっ放し、食べたのは「子持ちわかめ1切れ」、あとはウヰスキーの水割りと紅白のワイン(テーブルごとに先生用を用意してくれる)、後は各期のテーブル回って、近況を聞く、卒業生それぞれの立場で、全力投球のようである。何人かから、卒業に際して「贈った言葉」励みにしていると言われる。2次会にも、大半の卒業生が参加、各期ごとに盛り上がってくれた。 最後に、幹事だけで3次会、終電の関係もあるので12時にお開きとする。 教師冥利に尽きる「一夕」であった。言葉で書くより、写真を数葉掲載して、雰囲気を伝えよう。初代幹事長の挨拶 韓国から一期生の留学生 米国から急遽帰国した8期幹事長 各期ごとに写真(代表して幾つかを)基礎をきずいた1期生たち 最多出席の2期生たち 一番元気の良かった3期生たち現役の9期生 一番良く勉強する10期生 孫に囲まれて好々爺の酔眼 一期生の女性群に囲まれて(鼻の下をのばす酔眼)お世話してくれた歴代幹事長に感謝である。
Aug 18, 2002
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起床4時半、就寝10時過ぎ、快晴。思いついて、5時半から6時まで散歩、隣の駅の向こうまで、途中で掲示板を見ていたら、老人が近寄ってきて、電車賃がないので300円貸してほしいと酒臭い息でいう、持ち合わせていなかったのでお断りした。ふと、30年前のNYを思い出した、よくクオーター(25セント)くれといわれた、麦酒1杯飲める金額、この場合は強く拒絶しても危害は加えないが、$5くれというのは、麻薬患者、この場合は素直に渡したほうがいいと教えられた。 今日は、粗大ゴミの日、自転車に乗ったオジサン方、色々物色している、時によっては、収集車来たときには、ほとんど何もないこともある、ブルーテント、日本一の大阪だけのことはある。政策の貧しさは、庶民の貧しさと直結しているのだろう、辛く寂しい光景であった。 今日の夕方、「ゼミ10周年の会」が卒業生によって開かれる。80数名の卒業生と40名の現役学生が集ってくれる。ありきたりであるが、「あっというまの十年」であった。その間に、昇格し、所属していた学部が改組解体し、別の学部に所属し、その学部が、来年は改組分離する、学内の雑用係の仕事も増えた。ゼミ生との交流も、こちらの職務上の状況で、濃淡があったことは仕方ないであろう。反省事項ではあるのだが・・・。 卒業生一人一人にも、それぞれの歳月であっただろう、一人一人とは、ゆっくり話をするのは難しいだろうが、元気な顔を見ることが出来れば嬉しい。瞬時に、全員の名前が想起できるように、出席者名簿にらんでおこう。 朝食、昨日仕入れてきた「カレー」を食した。運動をし、入浴後、カレーの辛さで、いい汗をかく。 気候が良くなってきたので、奥方の睡眠も深い、いいことである。 今日の景品にだす拙著の籤作りをする、現役の出席者は、総数だけ聞いて、名前まで確認していなかった。一応、全員打ち出して、会場で確認しながら、籤作りしよう。 ぼちぼち出かけよう、奥方曰く「ソルマック、もしくは、サクロンしっかり飲んで出かけてくださいよ」 「そんな飲みはしないよ」、出かける前の決意は、卒業生がグラスを運んでくれるたびに忘れるのだろうな、奥方の指示には従っておこう。 会の様子や写真は、明日にでも。 行ってきます。
Aug 17, 2002
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起床5時半、就寝8時半、真夜中に、蒸し暑い、寝ぼけまなこの中で、窓を開けて外気を入れ、睡眠を継続。昨日、帰宅して日記をつけようとしたが、お寺に半日いると、疲れ果てていて、気力がなかった。何をしたわけでもない、法要の合間のイヴェントに出演していただいた「今里哲」さん(シャンソン歌手)の接待役をしただけなのに。 帰り道、途中で出席した奥方と百貨店に立ち寄り、夕食の買物。簡単にすべく、「カレー」、ちょっと寂しいので、下鴨茶寮の「鱧入り冷製茶碗蒸」など数品を購入、酒のあてとする。 お稽古は欠席、奥方に連絡をお願いする。夕食後、即、就寝。「終戦記念日」「靖国参拝」「長野県知事選」「教科書問題」「USJ」「食品不正表示問題」等々、世間は騒々しいが、酔眼は目をつぶって巣篭もろう。 朝食は、昨夜の残りのカレー、奥方には「朝から、食欲旺盛ね」と言われたが、食べて元気を出そうと努力中。 明日の準備、昨夜、東京で勤務している卒業生から携帯に電話、休みが取れたので出席したい旨、連絡あり。また、徳島でクリーニング業を自営している卒業生、阿波踊りの後で、洗濯もの(半被や浴衣)たくさん出るが、朝一番で帰徳することを条件に両親から許可が出たので、出席するとの連絡。 奥方を同伴するとの連絡も。一人でも多くの卒業生の顔が見れるのが、教師冥利、嬉しい限りである。 名札の作成と最終整理をして、カメラの準備して、体調整えて、楽しみ、楽しみ。 お昼は、明太子のバターご飯と由布院のそば(賞味期限が限度だった)。 炎天下、ちょっと買物兼散歩に出かけよう。1時半、往復40分、いい汗かきました。 5時過ぎ、うとうと。6時に送り火のおがらをたく。夕食、寝起きで食べれない、とくに、豚肉料理には手が出なかった。 飲むのはいつもどおり、最後に、茶漬けをいただきました。 人間、必死ですべきことがないとダメなようです、精神の堕落。 明日に備えて、寝ます。不明の書について、いいかげんな推測をしてみました。正解は?、書道の先生に尋ねてみよう。 『虚空咬牙』(虚空牙を咬む)真実を見抜く悟りの智慧の一切を截断する鋭さ。大燈国師の辞世の句に「仏祖を截断して水毛常に磨す、機輪転ずる処、虚空牙を咬む」とあるのに基づく。仏祖を截断するとは何ものにも執われない自由なはたらき。吹毛とは般若の智慧を鋭利な剣にたとえたもので、誰もが本来具有している仏性のはたらき、これを自ら使いこなせるようになれば、その切れ味を失うことのないよう常に磨いておけというのが前句の意。機輪とは本来具有しているところの霊機、すなわち吹毛剣の働きのこと。
Aug 16, 2002
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起床3時、就寝8時、現時点では天気不明、雲多し。ちょっと、汗をかいて目覚めたが、ちょっと前のような猛暑ではないようである。秋が足音を忍ばせて、寄り添ってきているようである。 6時ごろ、睡魔に襲われる。 グウタラ生活満喫。今日は、ちょっと行動しよう。 朝一、奥方の実家へ、お参り。7時半出発の約束だったが、酔眼自身二度寝をしてしまい、気がついたら7時40分、急いで、シャワーを浴びて、出発。車で15分はありがたい。無事、お参りをして、次男は「お参り賃」を頂戴する。長男と娘は、13日にお参りさせていただいている、「お参り賃」貰ったんだろうな。孫になりたい酔眼であります。義妹夫婦にも1年ぶりに会う。明日にも、関東に帰るのだが、車では大変だろう。10分ほどで、退散、おしゃべり好きでない酔眼である。 きつねの嫁入り、小雨が降っている。 庄助さんして、檀那寺の法要とイベント(?)に参加する。イヴェントについては夜分にでも。夕方からは、3ヶ月お休みしたお稽古に出かける予定。
Aug 15, 2002
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起床5時、就寝9時、晴れ。ぐうたら生活三日目、起床して、楽天日記巡察、ほとんどの方は「お盆」の休暇中のようである、中には、仕事を十分にしている(?)、大学の卒業生のT君もいるが・・・。 一日、拘束される時間がないほど、精神が伸びやかになることはない、自分の思い通りに「時間」を操れる「自由」、ある面では自己管理能力を問われることになるのだが、グウタラを決め込め覚悟さえすれば気にすることもない。(休みといえども、家族の、家事のお世話をしなければならない、奥様方ごめんなさい、酔眼さめやらないままの戯言です)。 早起きをすると、お腹も空く。奥方はダイエットのためのお散歩にお出かけのようなので、自らコーヒーの準備をし、娘がバイトで頂戴してきた「サンドイッチとホットドッグ」をオーブントースターへ。ジュース(萩の夏みかんの濃縮ジュースを薄めたもの←あっさりしていて飲みやすい)もいただいて、完全に満腹。 娘のお陰で、充実した朝食である、どう考えても、バイト代より頂戴してくる「パン」代の方が高額なような気がする、廃棄するよりはいいのだろうが、在庫管理難しいのだろう。 腹ごなしに庄助さんして、二日間着用し続けたパジャマを洗濯に(下着は着替えています)、ちょっとこざっぱりした気分になって、昼間で一仕事しよう。9時前、やっぱり「早起きは三文の得」である。 午前中、特別講義用のパワーポイントを弄っていたら、次々とアイデアが浮かび、幾つかの表を作成し、はめ込んでみる。段々まとまりも、ストーリー7もなくなっていく、どうしたものだろうか?戸惑っていたら、「お昼」の声がかかる。 今日も素麺、厭きません、自家製の「つけじる」美味しいのである、素麺の具は、錦糸玉子、胡瓜、トマト、薬味に生姜、茗荷、海苔などでいただく。またまた、満腹。 ここ3日で、歩行したのは、1回コンビニへ行っただけ。後は家の階段を7-8回/日 上り下りするだけ、明日、背広を着るのがちょっと怖い状態。 夕食まで、パワーポイントで遊ぼう。まだ、未完成。 4時過ぎに、運動がてら、コンビニへ。片道5分弱。運動にもならないか。一番の目的は、氷の購入、冷蔵庫の製氷機は間に合わない。 帰宅して、昨日頂戴した「豚肉」で豚カツ作り。夕食の準備完了。 また、パワーポイントで遊ぶ。 6時過ぎ、豚カツを自ら揚げて、飲む。7時過ぎ終了、寝る。 明日は、4時起きかな? ちょっと早すぎるかな??? 明日の予定は、明朝に。グウタラ生活とは決別です。
Aug 14, 2002
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起床5時15分、就寝? 10時前だったのだろうか、今日も快晴。昨夕は、奥方努力の新作「中華風一品」と「胡麻豆腐」、「アスパラと山芋のたらこマヨネーズ和え」で、フォアーロ―ゼスの黒のバーボンソーダ―3杯。5月に、義母がプレゼントしてくれたバーボン1ダース、昨夜で飲酒完了、日々、ちょっと飲みすぎ。 ぐうたら生活に満足していたら、夢で「基礎ゼミ」のことを考えていた、潜在的にプレッシャーがかかっているのだろう。日記を続けて読んでいただいている方はお分かりだと思いますが、酔眼の提唱で、全学的に1年生前期、専任教官全員が担当する教養科目を来春から開設することことが決まった。その責任者としては、「基礎ゼミ」の開設に至った背景、意義と目的、運営方法、評価方法、参考事例、参考図書などを整理して全学的に提示する必要がある、夏期休暇前に、何人かの先生から要望が出ていた。 準備しておかないと、夏期休暇開けに、全学から袋叩きにあいそうである。 でも、大きな課題があると、ぐうたらになる酔眼です。試験が近づくと、無性に「試験と関係ない本」が読みたくなったように。こうゆうのを、「精神的行動的逃避」(造語です)というのかな。 早起きすると、まだ7時前だ。娘がバイト先のパン屋さんから頂戴してきた「おかずパン」で朝食を済ませて、庄助さんして、ちょっとだけ真面目に作業に取り組もう。 お昼にでも、また、書こう。 奥方と子供たち、義妹が帰宅しているので、義母と一緒に食事に出かける。その後、子供たちカラオケに行ったようである。 酔眼、奥方用意の「素麺」で昼食。 真面目な作業、昨日予定のオープン・キャンパスの特別講義の組み立てとパワーポイントの作成、いい加減に完成。もう少し間があるので、徐々に手直しをしよう。 楽天の友人、高校三年生(歳はくってます)が、見学に来る、無様な講義はできない、すこしプレッシャーを感じるのもよかろうよ、桃花さん。 夕暮れ、迎え火、親父お帰りなさい。のんびりして帰ってください。 夕食、友人のプレゼントの鹿児島のブタのステーキ、冷奴、でブッカーズのソーダ―割り3杯、塩鮭と香の物(奈良漬と菜っ葉)でご飯、食後に、かき氷風アイスクリーム。 今、8時15分、今日は転寝をしなかったので寝る。
Aug 13, 2002
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起床7時、就寝10時過ぎ、曇り。昨夜も寝すぎ、予定のない、緊張感の全くない朝を迎える。進めなければならない作業はあるのだが、気乗りがしないと言うか、やる気がないと言うか、生来の怠け癖か、「こりゃ、ダメだ」という状態である。 朝食は、卵焼きをサンドイッチにして、コーヒーとアイスミルクコーヒーで食して、庄助さん。今日は、オープン・キャンパスの特別講義の組み立てとパワーポイントの作成にでも取り組んでみようかと思うのだが、思考が停止している、エアコンを作動させて、お昼寝が一番だと、怠け癖。 ある作業を進めるとき、締め切りから逆算する悪い癖がある、早くに作業を終了すればいいのに、時間があると、だらだらと思考し、資料を探し、限度ぎりぎりまで作業を開始しない。結果、不十分なものしかできず、そのときだけは忸怩たる思いになり、自省し、次回からはと心を入れ替えるのだが、「喉もと過ぎれば熱さを忘れる」、反省したことなど忘却の彼方である。 今考えているのは、「昼食」のことのみ、素麺かスパゲティか、奥方のみ知っている。 スパゲティでありました、家族は「なめこ玉子」をのせたもの、酔眼は苦手なので、たらこスパにして、飲み物は久しぶりに「麦茶」、麦茶は今年初かな、市販の飲み物より、満足度高い。 食後は、書斎に閉じ篭って、「だらだら」プラス「転寝」、もうすぐ夕食、飲んだら、寝るだけ。 「だらだら」が大切、幾つかの作業の準備段階(構成を考える)なのだと、自己弁護しておこう。 本当に、○○○○な酔眼である。 夕食何かなー?
Aug 12, 2002
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起床6時、就寝9時、晴れ。朝方は過ごしやすい温度になりつつある。寝すぎかもしれない、「夏バテ防止には、睡眠確保が一番である」と勝手な理屈をつけている。夏期休暇、精神的緊張感が欠如しているのは明らかである。 朝食はトースト2枚、夏みかんジュースとマグカップでコーヒー、桃半分。 午前中、思考が停止、手作業でできることをと、ゼミ10周年の会の出席者用名札を作成。その後は、ネットで、ミニ講義に使えそうな資料を検索。経済だけでなく、日本のあらゆるサブシステムの「再生計画」の必要を痛感し、「教育」こそ、その革新の原点であると確信する。 先日、萩を旅した、歴史のある城下町には大体美味しい伝統的な和菓子があるはずだと探したが、見つからなかった。 歌舞音曲にうつつを抜かすことなく、子弟の教育を第一義にしていた地域であったようである。水戸の弘道館、鹿児島の造士館と並ぶ三大学府と称された上級武士の子弟の教育の場としての「明倫館」、下級武士や農民の子弟を教育した「松下村塾」、萩や鹿児島など教育に力を注いだ地域から、旧体制に問題意識をもち、改革に情熱を持ち、自らの命を賭しながら、前進する多くの若者を輩出し、日本の近代化の礎が作られたのである。 萩出身の維新を進めた人物像は、http://www.joho-yamaguchi.or.jp/hagi-cci/shishi.html#anchor9910にあります。 松下村塾の教育方針『松陰の教育は幽囚の「松下村塾」に象徴されています。それは人格の修行を柱とし、社会に有用な人材の育成を眼目とするもので、塾生の個性を尊重し、常に当時の世界の形勢、日本の実情にたって、内憂外患の危機状況にいかに対処して行動するべきかという強い問題意識に支えられていました。塾には厳正な規則を定めず、生徒を率いるというよりも相互に親しみ助け合い、尊敬信頼し、互いに魂のとびらを開いて交わらせるという人間教育でした。魂と魂が通じ合う、士分の者も足軽の子も平民の子も差別のない教育を行ないい、学問をただ学問として学んだり、あるいは仕官の道として学ぶのではなく、時代につながり、生きた学問を実践したのでした。』この中に、まさに、教育の原点と基本的方法論が明確に示されています教育の重要性の逸話をもう1つ。 「米百表」山田直弘氏(http://www.biwa.ne.jp/~yumichan/index.htm)から引用しました。山本有三氏の戯曲「米百表」のあらすじ『舞台は戊辰戦争で敗れた越後長岡藩。藩士伊東喜平太の家。妻子が内職をしている。折から雨が降り、屋根から雨漏りがして、夫婦してたらいを持って走り回っている。そんなところへ友人の藩士伊賀善内、森専八郎がときをおいてやってきます。話題は身辺のやるせない貧しさからいつしか支藩三根山藩から見舞いとして届いた米百俵へと移っていきます。敗戦から1年余り、焦土となった長岡の町は貧しさの底にあります。藩士たちは日に一度か二度のうす粥でなんとか生存を許されている状態です。そんなところに届いた百俵です。藩士たちはいつ米の分配があるのか、それだけを楽しみに待っていました。ところが、その米は藩士に配られるわけではなく、それを売った金で学校を建てることに決まりました。昔の家老にあたる「大参事」の小林虎三郎の発案だというのです。それを聞いた3人は刀を手に小林大参事の家に押しかけます。返答次第では小林を切る覚悟です。押しかけられた小林の家もあばら家に毛の生えたようなものでした。小林は高齢でしかも病気がちで「病翁」と号した人です。しかし、学識と胆力の備わった人物で血気にはやる喜平太たちを前に声涙ともに下る演説をします。「米百俵というが一人当たりにすれば四合か五合しか残らないではないか。それっぱかりの米では一日か二日でくいつぶしてしまう。あとに何が残るのだ」小林の説くところはやがてみんなの肺腑に届くのです。興奮していた喜平太たちは頭を垂れて静聴します。誰かの嗚咽が響いてきます。まさに寂として声なし。「食わなければ、人間、生きてはいけない。けれども、自分の食うことばかりを考えるな。そんなことでは、長岡の町はいつになっても復興しない。お身たちが、本当に食えるようにはならないのだ。だから、わたしは、この百俵の米をもとにして、学校を建てるのだ。これで人物を養成するのだ。子供をしたてあげるのだ。まどろっこしいようではあるが、これが一番、確かな道だ。これが戦後の長岡を建て直す唯一の道だ。そりゃ、みんなつらいだろう。苦しいだろう。しかし、辛抱してくれ。その日ぐらしでは長岡は立ち上がれない。われわれがこの苦しみを引き受けなかったならば、次の時代の人たちはまた同じ苦しみを受けなければならないこんな苦しみは、われわれ一代だけで十分ではないか」 百俵の代金は「国漢学校」に注ぎ込まれます。これが旧制長岡中学(現長岡高校)です。同校から、各界に人材が輩出したのは以後の歴史が示すところです。』このような先達の気概こそ、今こそ引き継がなければならない。言葉で遊ぶのではなく、誰かさんには、実行を求めたいと思います。 「病翁」でありたいと願う酔眼、素麺の昼食後、2時間ほど転寝しながら、教師という仕事を選んだ自らの決意を反省して、目が覚めました。 教育は知識を教えるのではなく、大局観を見る眼を養うことにあると実感する旅と故事である。 今夜も、飲みすぎの酔眼であります。小さな人間ができる限界を感じながら。
Aug 11, 2002
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起床6時、就寝10時、曇り。昨夜は、某カード会社の頒布会で「四万十川の鮎とうなぎ」が届いたので、夕食とする。鮎は小ぶりであったが、身はよくしまっていた。天然モノかどうかは分らないが、2匹いただく。その後は、「うなぎ」で、バーボン・ソーダ―4杯。残りの鰻を丼にする。 7時に出発して、隣の市にある「ガンダーラ芸術霊園」へ、お墓参り。涼しい間に、お墓のお掃除。山砂のままで玉砂利を入れていないので、1ヶ月で、夏草がかなり生えている。玉砂利を入れると、仏が呼吸しにくい。奥方と長男の3人で、小一時間、草抜きをする。山砂のままでも、除草剤を散布すると草ははえないのだが、仏に失礼なので、管理事務所に、うちの墓地には散布しないようにお願いしてある。そのお陰で、家族で毎月お墓参り(草むしりのため)できる。今日は娘がいなかったので、少し戦力ダウンで、時間がかかった。お墓を拭くのは、酔眼の役目。親父に語りかけながら、磨きました。お墓を建立して、21日間毎日、お墓を磨きに行った。昨日お参りいただいた院主のお父さんの指導、真言宗は戒律が厳しいとは、墓地を所有している宗派が違うお寺さんの言。黄色の後姿が奥方です 掃除を終えて、登校する長男のために、朝食がいただける店を探すが、ファーストフード店以外ない、車を走らせると、モーニング・サービスをやっているレストランを発見。フレンチの小さなお店。オムレツを中心とするモーニングをいただく、半分は長男に贈呈。長男を駅に送って、そのあしで、奥方の日用品買出しツアーの運転手。買いだし終えて、昼食。「トマト&オニオン」で、ハンバーグとミニカレー、奥方、トマトサラダとミニカレー。12時過ぎ帰宅。 「お盆」とは、どうゆうことなのか少し調べてみた。 盂蘭盆「うらぼん」(梵語ullambana 倒懸と訳す、甚だしい苦しみの意) 7月15日(旧暦では8月15日)に種々の食物を祖先の霊に供えて、餓鬼に施し、祖先の冥福を祈り、その苦しみを救うこと。この日、一般には墓参・霊祭を行い、僧侶が棚経にまわる。(広辞苑) また、盆休みは、「盂蘭盆」を行うために休暇が与えられたようである。あるHPにが、「江戸時代には正月とお盆の時期に「薮入り」といって奉公人は今でいう「有給休暇」が与えられました。これを「宿さがり」または「宿入り」ともいいます。年2回、1月16日と8月16日の各一日だけという大変貴重な休暇で、国許にもどって盆踊りを楽しんで家族と団欒して骨休めをしました。この風習は戦前まで日本に残っておりました。昔、国許にかえるのには徒歩でかえりましたので道中の日数を合わせますと数日の休暇になっていたと思います。現代はお盆休みとなっていて、そのまま3~4日の特別休暇になったと考えられます。 」とありました。「盆」は盂蘭盆の前後数日間の称でもあるようです。 お盆を前に、お盆を勉強してみました。
Aug 10, 2002
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先日の旅行の宿坊「二本の葦束」の書庫にかかっていた額の書、読めなかったのでお尋ねしたが、お宿の方も分らないそうである。 楽天の方々、博学な方も多い、誰か読み方、意味を教えて下さい。読めない書 今日の日記 就寝10時、起床6時、明け方に小雨、曇り。今日から、しばらくは自宅研修(?)。これから1週間、外出予定は、明日の墓掃除と、奥方の買出しの運転手役だけ、「のんびりしよう」と書きたいところなんだがナー。8月の仕事・学部設立50周年記念論文集の原稿作成・実施が決まった「基礎ゼミ」の意義と目的、運営方法の事例紹介などの作成・25日のオープン・キャンパスの特別講義「もののねだんは なぜさがる」の講義内容の検討とパワーポイントの作成・学会ワークショップの「アンケート内容」の最終案の検討 「ぼちぼちと進めていこう」と書けるのもいまのうちだけ、月の後半になると焦りまくりの日々だろうな(笑)。 3時前に、檀那寺の院主さん、お参りに来てくれる。父は四国の出身、本家のお寺は四国。父の葬儀をお願いした関係で、今のお寺の檀家にしていただいた。院主は、酔眼の青年会議所時代からの友人。 父が亡くなったとき、酔眼が院主に電話、「枕経をあげに来るように」、後で彼から「ご遺族から直接電話いただいたのは初めてですよ、先輩」と言われた。 今日、彼から「檀家総代を正式にお願いします」と言われ、書類を作成した。これもご縁、できる範囲で協力させていただこう。 早速、15日にお寺のご用事を仰せつかる。 お墓参り帰りの、妹一家来宅、母、孫たちに囲まれて嬉しそう。
Aug 9, 2002
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就寝11時過ぎ、起床6時、晴。 10時過ぎからのワークショップに向けて、先生方から提出されている質問項目を必死で整理、最終案を作成中。 パソコンの手助けがなければ、徹夜の作業になるところだった。10時前、終了、プリントアウトして、出かけよう。 本当に、倒れそうな暑さである、みなさん、ご自愛ください。 11時からワークショップ、1時食事、その後がいけなかった、今日中に仕上ないといけないのに、些細な部分をだらだらと話している。 久しぶりに、ちょっと声を荒げてしまった、立派な先生方相手に失礼をした。大局を見て、議論してほしかった、何とか予定時間内に終える、数名の先生、九州にお帰りになる。 久しぶりに神経が切れた、疲労が蓄積しているのだろう、先生方、ゴメンナサイ、ここで謝っても仕方ないのだが。 終了後、居酒屋で半額セールの「餃子7個」90円をあてに、生グレープフルーツ酎ハイ5杯。一仕事終えて、美味しかった。 9時帰宅。合宿中の娘に代わって、奥方とコンビニへ。 明日から、家で仕事であります。お休みなさい。
Aug 8, 2002
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起床6時、娘合宿に。 今日は、学会のワークショップ、酔眼の都合(旅行)のため、今日明日にに設定させていただいた。前2回、別の学会発表とオープンキャンパスのミニ講義で欠席。 実施予定のアンケート内容の検討が終っているはずが、全く進んでいない。女性の研究者が多いと、些細な問題に意識が行っており、全体の枠組みが忘れられている。 修正したら、またまた些細な部分に意識が・・・。 旅行の体力的疲れと今日の頭脳的疲れ、終了後、深酒、酔眼であります。 日記を書き込むのが精一杯。明日も続きます、明日中にアンケート完成しないと間に合わない。 明日は5時起き予定、原案作成して出席予定。今夜は無理だ。 お休みなさい、しがらみの人生である。
Aug 7, 2002
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先ほど5時過ぎ、楽しい(?)旅行を終えて、帰阪しました。書き込みをしていただいたお友達の皆さんに感謝であります。 取りあえずの、ご報告までに。 起床6時、早速に庄助さん。仙人の住まいのような露天風呂に浸かり、7時から、奥方と早足で1時間散策。登校日だったのか、行き交う小・中学生が、朝の挨拶をしてくれる、日本のよき風習が残されている、由布院の株がぐんと上がる。帰宿して、再び入浴。 朝の散歩で、9時半からの朝食が待ち遠しい。 11時に由布院を出発、11時59分の「ゆふいんの森号」、2時過ぎ、博多、2時半の「のぞみ」、5時新大阪。5時間の旅、交通機関便利になったものである。 旅終える。 振り返ってみると、「あっと」いうまの25年であった。学生生活を終えると同時に、結婚。最初から、酔眼の両親と同居、結婚12年間、週の半分は、酔眼は名古屋住まい。気苦労も多かったと思う、料理も掃除の仕方も知らなかった。16歳違う妹の存在が、奥方には心強かったようである。父を見取り、母と仲良くしてくれる奥方には心からの感謝である。 結婚生活、2年目には長男が生まれ、その大半は、子育て、子供3人、二人は来春学業を終えて社会人になる予定。下の娘の学校が後3年。後すこしで、子育てからも開放される。 これからの人生、母を交えた3人の生活になるだろう。明るく楽しく、無理をしないで、歩んでいこう。期間限定2ショット 旅終えて、心で歌うおまえに作詞 岩谷時子 作曲 吉田正歌手 フランク永井そばにいてくれる だけでいい黙っていても いいんだよ僕のほころび ぬえるのはおなじ心の 傷をもつおまえのほかに だれもないそばにいてくれる だけでいいそばにいてくれる だけでいい泣きたい時も ここで泣け涙をふくのは 僕だからおなじ喜び 知るものはおまえのほかに だれもないそばにいてくれる だけでいいそばにいてくれる だけでいい約束をした あの日から遠くここまで 来た二人おなじ調べを 唄うのはおまえのほかに だれもないそばにいてくれる だけでいい
Aug 6, 2002
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昨日、午前中、門司港のレトロな建物を見学、大正時代の門司の繁栄振りを学ぶ、都市にも栄枯盛衰、繁栄しているときに次代の戦略が必要なのであろう。12時17分、門司から小倉へ。小倉駅で食事をと、構内を歩くがいいもの無し、結局、駅弁にする、奥方、何故か「かに弁当」酔眼「無法松のお弁当(山菜入りおこわ)」、ホームに降りると、立ち食いうどん、天ぷらうどん(かしわの煮込みがたくさん入っていた)を分けて食す。1時半のソニックで別府へ、弁当食し終えたら、別府。ゆふいんの森号に乗り換えて由布院(昨日は字間違えていました)。ゆふいんの森号には、車掌さん以外に、女性が添乗し、写真撮影などのサービス、列車も2階建ての観光列車風、3号車にはギャラリーもあった、九州JR、北海道JRと並んで、新幹線収入がないだけに、懸命の努力である、追い詰められ、危機感を持つことによって、さまざまなアイデアが生まれ、結果、旅人には嬉しいサービスが生まれている。 4時前、由布院。泊まりの「二本の葦束」へ。この旅館、部屋はすべて別棟、敷地内に7つの湯どころ(ほとんどが露天風呂)が点在し、貸切で、いろいろな湯船が楽しめる(いずれ、写真旅日記を作成予定)。俗世界の騒音からのがれ、森林浴をしながら、精神を開放するには良いところである、蔵を改造した書庫もある。少し贅沢な気もしたが、25周年、奥方ののんびりしてもらうために、酔眼、奮発、散在である。 食事は、野菜中心の馳走、酔眼は野菜が少々苦手であるが、奥方は大満足、40種類の果実酒も楽しめるのは良いかな。 由布院の中心からは外れている、夜長は、「バー散人居」がこれも別棟にあり、かなりの銘酒が揃っている、ちょっと飲みすぎかな。由布院の1日目を終える。 8月5日 葦束、朝食は9時半から、これも都会の忙しい人間には驚きである、書庫で、8時からコーヒーが飲めるようになっている。ゆったりとゆっくりと時間を過せとのことだろう。 11時前、タクシーで金鱗湖へ、由布院見学するところは少ない、おみやげ物屋を覗いて歩く、女性向の街、20年ほど前から、まちづくりの見本として有名になった、映画館のない街での、映画祭、仕掛け人は、老舗旅館のご主人だったと思う。 3時まで、街を歩き回って、旅館まで徒歩40分、帰宿して、露天風呂をはしご。 6時から夕食、今日も野菜だらけ、後のバーを楽しみにしよう。 明日の夕方には、日常生活に戻ります。 楽しいことは、「あっと」いう間に終了です。
Aug 5, 2002
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2日目(8月3日)、起床6時、旅行をすると、和朝食がいただけるのが嬉しい。行動の開始、まずは、夏みかんのジュースの宅配を依頼に、昨日見つけておいた製造直売店に。 その後、松下村塾、松蔭神社、伊藤博文の生家、萩藩主毛利家の菩提寺「東光寺」、団体客よりも1歩早かったので、500基を超える灯篭に囲まれて、静寂の中、参拝。 城下町の地域に立ちかえって、骨董店で茶器、高杉晋作の生家などを見学、早昼に「がんこ庵」で毛利そば、少々の日本酒、このお店で使われていた萩の歴代窯元作の器はすばらしいものだった、お皿をひっくり返して見ていたので、奥さんが詳しく一皿一皿、作者を説明してくださり、大満足。 その中に、友人の陶芸家の作品もあった、今度会ったときに、ひやかす材料が出来た。 1時のバスで、「小郡」へ、昼酒で気持ち良く寝る、ただし、連続する駅名の放送が耳障りで熟睡とは行かなかった。奥方、熟睡したそうな。 「小郡」から「小倉」、そして「門司港」へ。今夜の泊まりは「門司港ホテル」設計アルド・ロッシ氏、インテリアデザイン内田繁氏、グラフィックデザイン浅葉克巳氏の3人の手によるものである。いずれ写真を。 荷物をおいて、まずは、レトロの街、お袋ご推奨の「門司港駅構内の喫茶店」でコーヒー。ホテルの周りのプロムナード街散策。 夕食は、ホテル内のレストラン「ポルトーネ」で創作フレンチ、チーフは皿の上のアーチスト樋口伸治氏、写真が撮れていたら掲載予定、白ワイン1本。少し飲み足らなかったので、展望ラウンジ「テンポ」でバーボンソーダー2杯、奥方、ウオッカ・トニック。 奥方、母に電話、ご機嫌いいようで安心。就寝。 8月4日、起床6時、散歩して、朝食、バイキング、和を中心とする。 午前中、レトロな建物見学して、湯布院へ向かう。明日は日記掲載できるかな?
Aug 4, 2002
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10時前の新幹線で「小郡」へ。新大阪で、水了軒の「赤飯弁当」を調達、車中で食す、旅に始まりを実感する、ただし、夏休み、子供たちが賑やかなのには若干閉口である。幾ばくかの睡眠をと思ったが、叶わず。12時前に「小郡」着。 バスに乗り換えて、1時間20分。最初の目的地「萩」、酔眼は、高校卒業時、大学2年、院生のころと3度訪れているが、奥方始めて。奥方所望の、旅行案内に掲載されていた「蕎麦屋」を目指して、案内書片手に、炎天下を歩くこと20分。発見、想像していた店構えと違い、しもた屋にのれん、少し不安がよぎるが、引き戸を開けると地元の人でほぼ満席、幸い1テーブル空いている、もりととろろを注文、本当のところ期待はしていなかった、心では「麦酒」飲みたい、でも食後の炎天下を考えると、我慢する。 そば、こしがあって、美味、ただし、つゆはもう少し強めのほうが好き、萩の周辺でそばが栽培されているとは知らなかった。新しい発見。奥方、大満足の様子。ただ、店の人が食器を乱雑に片付けるのはいただけなかった。 再び、炎天下、タクシーなど走っていない、仕方がないので、重い荷物を引きながら(最近はカートになった旅行かばん)、東萩駅へ、15分の散歩。 やっと、タクシー、泊まりの「北門屋敷」へ、車だと7-8分。一服して、城跡後など見学、1時間半ほど歩く、久しぶりに良い運動である。 7時から、和洋折衷の会席をいただく、地元の食材だけに全て新鮮、美味しかったのは、あわびのソティ、伊万里牛のミニステーキ、うにの炊き込み御飯の蒸したものと吸い物、地ビール「村塾」と白ワインを1本、据え膳・上げ膳で、奥方大満足。 萩祭りの最中ではあるが、「北門屋敷」、町の中心からは少し離れているので、出かけると帰りの足がないので、30分ほど歩かなければならない、断念、昔であれば苦にしなかった距離だが・・・。 早くに就寝、「奥方に感謝の旅」第1日目、無事終了。明日は、萩探訪の後、門司へと向かう。
Aug 3, 2002
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旅に出ます、奥方と。好き勝手な行動の酔眼に付き合ってくれて、25年。「ありがとう」の小旅行。心で歌うのは、夫婦坂作詞 星野哲郎 作曲 市川昭介 歌手 都はるみこの坂を 越えたならしあわせが 待っているそんなことばを 信じて越えた七坂 四十路坂いいの いいのよ あなたとふたり冬の木枯し 笑顔で耐えりゃ春の陽も射す 夫婦坂女なら 花ならば咲くときも 散るときも見ててほしいの あなたに宿命あずけて 暮らしたいいいの いいのよ 一間の部屋であなた待ってる 雪割草もいつか芽をふく 夫婦坂流れゆく 人の世の哀しみに泣いたなら杖になってね 抱いてね肩を貸してね 背負ってねいいの いいのよ ふり向かないわ曲がりくねった 坂道だけどついてゆきます 夫婦坂
Aug 2, 2002
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就寝12時、起床5時、寝苦しくて目覚める。頭は睡眠を要求している。二度寝するだろうな。 8月入り、気分も新たに、夏期休暇入りと行きたいところだが、今日は「補講」である。夜学の補講、暑いことだし、出席者少ないだろうから、授業の本筋を進めるわけには行かない、何か「雑談ネタ」探さなくてはならない、補講は面倒なのだ。「補講の閑話」 ある教授、「補講通知掲示されるけど、授業やらないから、来なくていいよ」と前期最後の授業で、受講生に告げた。当然先生も登校せず。しかし、最後の授業に出ていない、めったに出席しない学生、補講は点数につながると思って、出席。教室に先生が来ない(当然ではあるが)ので、教務課に問い合わせる。結果、先生の行状ばれる、学部長から大目玉を食らったようである。(酔眼ではありませんので、念のため) ある先生、張り切って講義しようと教室に行ったが、待てど暮らせど、学生1人も来なかった、先生、しょんぼり。(酔眼ではありませんので、念のため) うちの学校ほど、文部科学省の指示に忠実な学校はないだろう。年間30回の授業時間を絶対に維持しようとする。酔眼が1回休んだのは、大学所在地の「市長選挙」の公開討論会のコディネーターをしたためであり、1つの社会貢献であり、学校のイメージアップに貢献している、でも、休んだら補講。学会出張(最新の研究を聞くことによって、授業に反映できる、自らの研究を発表し、様々な示唆を受けることができ、これも授業に役立つ)も同様、学会出張でも補講が必要という学校は比較的少ないと思う。あまり厳密に適応すると、学会に出席せず、社会貢献しなくなるよ、事務官殿。 そういえば、学会出張願いを出し、旅費等を受け取りながら、出席していない教師もいますなー。何処に消えたのか、不思議である。(大体は、家でごろ寝をしているケースが多いそうですが、朝、登録だけして発表要旨集だけ獲得するケースもあります、出張報告書書くのには要旨集あるほうが便利ですので)(酔眼はこのような行動はしませんので、念のため)たびたび、念を押すのは怪しい証拠でしょうかね(笑) 今日は月の初めの行事がある。お灯明をあげて、先月が無事であったことに感謝し、今月も家族全員が健康で過ごせることを祈ると同時に、今月の自分の目標を述べる、神棚、仏壇、お稲荷さん、荒神さん。 次男、二日目の試験に出かける、がんばれよ! 11時過ぎ出発、12時到着。本当に暑い。 昼食は、中華ランチ(八宝菜と海老天)、1時。補講の準備、少し本題から離れて、「景品表示法」をクイズ形式で考えることにする、プリントコピー。 2時から4時、3回生の幹事長と副幹事長、10周年の準備に来室、雑談しながら作業。 4時過ぎ、先輩教授を表敬訪問、基礎ゼミの件で、いろいろと質問を受ける、やっぱり、1時間目の授業は担当したくないようである。困ったことだ。 「基礎ゼミ」いざ実施となると、本格的な抵抗が起こりそうである。正念場は、秋以降だろう。 6時10分から、補講。何人来ていることやら。
Aug 1, 2002
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