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休酒は体にはいいのだが、ちょっと寝つきが悪い。昨夜も4時前まで、小部屋で「愚にもつかない」テレビを横目で見ながら、ぼちぼちと作業。それにしても、視力が落ちている、こまかい字はスタンドの下でも判別できないことがある、能率の悪いことおびただしい、特に、英和辞典、文字の大きいのを購入しないとダメかな、天眼鏡は不便である。 9時に起きだす、5時間も寝れば大丈夫かなと、庄助さん、さっぱりとして、着替え。奥方、大学時代までお世話になったピアノの先生を囲む会に出席、酔眼より一足早く家を出る。 このピアノの先生と母の友人が知り合い、紹介されて、結婚したので、実質的な仲人でもある。 11時半に、車で登校、昨夜のことがあるので、自分としては安全運転。 コンビニで「水」を調達、研究室に水道は引かれているのだが、手を洗うぐらいは良いが、使用頻度が低いし、酔眼の部屋は端に近いので、鉄管に滞留していたものを使うことになるので、飲料水はペットボトルを購入して使用している。 奥方が用意してくれていた「昼食」を食して、授業の準備、3コマ分ん鞄を並べて、内容をチェックしていく。 作業を始めたら、大学が所在している街の商工会議所の部長が来室、商工会議所が企画しているキャンペーン(アイデア募集)に学生を参加させて欲しいとのことで、ポスターや案内文、応募用紙などを持参される、暫く歓談。 その後、作業を続行していたら、自治会の卒業アルバム担当学生、ゼミ連絡協議会の学生などが来室、作業が中断されるのが「ちょっと辛い」、これも仕事のうちと我慢である。 もう30分ほどで、3コマ連続講義の始まりである、体力、体力+気力 気力で乗り切ろう。 1コマ目 体力の時間無事終わる。 1年生の演習、学生たち仲良くなってきて「和気藹々」、再来週から、商工会議所の「アイデア募集」にゼミで取り組むことにする、目指すは、賞金10万円、もらう前から「使い道」を考える学生たち、全員で同じ方向を向くことはいいことかも知れない。 2コマ目、体力も気力も要らなかった、教職関係の授業、模擬授業用の「学習指導案」をPCで作成させる、全員完成。来週からは。模擬授業である。 3コマ目、専門科目、受講者はスポーツ学生を中心に約80人、出来るだけ「問答」「質問」を軸にする、教室を歩き回って、寝させないように努力。スポーツ学生の演習の受講生がいるので、進めやすい部分がある。 朝食、苺、マグカプで珈琲。 昼食、笹に巻いた「焼きさば」寿司、カップの玉子スープ。 夕食、そら豆の塩茹で、魚の煮付け、チーズ。 おやつ、16時前、コンビニで「あと100円で抽選1回増えますよ」と言われて購入した「ミニ羊羹」をヘルシア茶で楽しむ。休酒予定、明日の授業に備えるに失敗焼酎、バーボンのソーダー割。飲みすぎ。 財布が空っぽでも出来る募金です
May 31, 2005
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昨日、コンビニで「煙」を調達した、「chain smoker」、tobaccosはcarton買いである。 今朝、packageを見ると以下のような表示が掲載されていた、 「たばこの煙は、あなたの周りの人、特に乳幼児、子供、お年寄りなどの健康に悪影響を及ぼします。喫煙の際には、周りの人の迷惑にならないように注意しましょう。 喫煙は、あなたにとって心筋梗塞の危険性を高めます。免疫的な推計によりますと、喫煙者は心筋梗塞により死亡する危険性が非喫煙者に比べて約1.7倍高くなります。(詳細については、厚生労働省のホームページhttp://www.mhlw.go.jp/topics/tobacco/main.htmlをご参照ください。)いよいよ、「悪人」である。 喫煙生活38年、いまさらという気もするのだが、回りに迷惑をかけるのは信条的に「よしとしない」、歩きたばこや人の集まるところでの「煙」は遠慮しよう。 先日、奥方のお誕生日に行った「イタ飯屋」、禁煙ではなかったが遠慮して、入り口の外に用意されていたashtrayを使った。 これだけ、「煙」が嫌われると「止めるべきか止めざるべきか」、紫煙をあげながら、悩む酔眼です。 と、書いたけれども、絶対に「禁煙」という字とは「無縁」だろうな、「一徹頑固」である。 11時登校、業績関係の提出物を作成して事務に届けて、コンビニで弁当調達。 研究室で、お湯を沸かして「カップ味噌汁」を作り、弁当を食べる、3回生が発表の相談に。 少林寺拳法部のOB会長から電話、相談したいことがあるとのことで、来週の月曜日に会うことにする。 昼食後は、来室者もなく、授業関係の書籍や新聞に目を通す、間、就職活動中の4回生から携帯にメールが3本、「激励」の返信メールを送っておく。 まもなく、講義の時間である。 4回生5名の就職内定の報告を聞く、少し前進かな。今年は決定が遅い分、卒論が遅れ気味だが仕方ないかな。 22時前帰宅、高速の出口で、追越をかけようとしたらトラックが車を寄せてきた、別の高速道の入り口に一端逃げて、バックで一般道の出口へ、夜だから出来ることだな。 朝食、トースト、苺と西瓜、マグカプで珈琲。 昼食、コンビニの弁当とカップの「アサリの味噌汁」、これを食べたあと、しばらく気分が悪くなった、ぼちぼち、食中毒に注意しなければ。 夕食、19時過ぎ、授業の合間に、中華飯店で「ラーメンと餃子」 おやつ、帰宅して、コークと551のアイスキャンディー。休酒、明日のハードな授業に備える 財布が空っぽでも出来る募金です
May 30, 2005
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一日に二度、庄助さんした。 ほかに書くこともなき一日。 明日から三日間、頑張ろう。 朝食、トースト、西瓜、マグカプで珈琲。 昼食、讃岐うどんの玉子かけ、豆ご飯、たらこ、香の物。 夕食、天麩羅(海老、鯛、玉葱、南瓜、舞茸、オクラ)、そら豆の塩茹。 おやつ、昼食後、夕食後、551のアイスキャンディーぼちぼち休酒かな?というのは真っ赤な嘘。 財布が空っぽでも出来る募金です
May 29, 2005
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本日は「奥方様のお誕生日」であります、何歳になられたかは伏せておきましょう。朝、母から「ブローチ」の贈物、長男・娘・酔眼は資金を出し合って「システムコンポ」を、娘が手配してくれていたのが、先ほど届いた。次男からは、昨夜電話で「何が欲しい?」と問い合わせがあったようだ、昨日の食事も含めて、奥方様のご機嫌は「うるわしい」ようである。 一日、小部屋でのんびりと作業をと思っていたら、1通のメール。 受験雑誌に掲載する学部案内をチェックして欲しいとの依頼、「はいはい」という感じで、作業をしようと、添付資料を開くと「文字化け」、「おいおい」という感じ、チェックしたら原文は一太郎で作成されていた、「こりゃこりゃ」である。自宅のPCに一太郎入っていない、「こまったこまった」。PCに詳しい知り合いにメールをしたら、読む方法はあるそうだが、酔眼、そんな高度な知識は持ち合わせておりませんです。 申し訳なかったが、送り主にその旨連絡した。 ネット社会、方法が紹介されているかなと思い「一太郎 ワード 変換」で検索したら、実に簡単な方法が紹介されていた、 「やったやった」で、早速、文章を「チェックチェック」、「紹介文」問題「なしなし」の連絡をしようと、メールを開いたら、送り主からワードに変換した文章を送ってくれていた、行き違いである。 「ゴメンゴメン」のメールを送っておく。 登校しないといけないかと思ったが、これで、小部屋でのんびり出来る、「勤労意欲のない」酔眼であります。早速、「だらだら」生活の始まりで、「しょうすけさんしょうすけさん」、週刊誌を読みながら「のんびりのんびり」、湯に「ひたるひたる」。 夕方、散歩、スーパーで西瓜を購入、苺は終わりですね。 原因不明だが、夕食時から奥方の機嫌が悪くなった 酔眼何もしていないのに、「こまったこまった」 朝食、苺、マグカプで珈琲。 昼食、炒飯を作って食す。 夕食、刺身、そら豆の塩茹、冷奴、豆ご飯。 おやつ、食べたかな。 夕食後に、十三の焼き餅。ぼちぼち休酒かな?というのは真っ赤な嘘。 財布が空っぽでも出来る募金です
May 28, 2005
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起床時、部屋中に「大蒜臭」が充満していた、奥方様ゴメンナサイ。気遣って、小部屋で寝ていたら、「風邪を引くよ」と起こされたのが0時過ぎ。ベッドに行ったが、「悪いなー」と思っていたら、目が冴えてきたので、再び、小部屋へ。ダラダラしていたら3時半になっていた、奥方よく眠っているので、臭いも気にならないだろうと、再び、ベッドへ。 朝の散歩に行く奥方に「ブレスケア」を買ってきてもらう、牛乳も「におい消し」に効くだろうと思い1本をぐい飲み。 日頃、銀行の窓口などへは行かないのだが、今日はちょっと雑用で、融資部へ行く約束をしていた、初めて会う人に「大蒜臭」を撒き散らすのも、気が引けるので「ばたばた」と消臭作業である、完全には消えないよな、「肉のたたき」に「みじん切りの生大蒜」思いっきりのせて食べたのだから。 11時過ぎ、故郷の地方銀行の支店へ、手続きなどの説明をお聞きして、今後の作業を確認して、30分ほどで終了。 北の繁華街のパン屋さんで、早朝からバイトをしている娘と落ち合って、昼食に。娘の希望で「石焼海鮮ビビンバ」、作るのに時間がかかるので店としては客の回転悪いだろうな」などと思いながら待つ、お腹がすいていたので、がっついたら、舌が火傷した、馬鹿な酔眼である。ちょっと買物をして、15時に帰宅。 明日は奥方様の誕生日、母が今夜は留守番をしてやると言うので、歩いていける「イタ飯屋」へ、2人で夕食に出かける予定、それまで、小部屋で雑用である。 「イタ飯屋」さん、線路の向こうの某大学の正門を出たところにあった。娘の友人がバイトをしているので、彼女が電話してくれていたので、店主から歓迎される。 学生街のお店にしておくのはもったいない「味」、イタリアに2年近く勉強に行っていそうで、素材の味を生かしていた。酔眼が色々なお酒を飲んで満足。 奥方大満足、21時に帰宅。 今夜は早寝して、明日から雑用に没頭予定。 朝食、マグカプで珈琲。 昼食、石焼あんかけ海鮮ビビンバ。 夕食、イタリアンの前菜をたくさん(奥方のご注文)、スパゲティーの基本のペペロンチーノ、デザート。 おやつ、娘と駅の喫茶ルームで「アイス珈琲」夕食後帰宅して、小さな焼き餅と日本茶。カンパリソーダー(ソーダー好きな酔眼)、ワイン、ウヰスキーのソーダー割。 財布が空っぽでも出来る募金です
May 27, 2005
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友人たちで作っている年3回の「棒振会」、もうすぐ友人が迎えに来てくれる。 スコア―より、一日、緑の中を歩けるのが嬉しい。 (詳しくは帰宅して。) 奥方も仲良しの女性社長が迎えに来てくれる、年商ウン十億円の社長に運転してもらうのは気が引けるが、運転は彼女のほうが上手、安全運転である。 歌劇で有名な街の棒振り会場、1時間ほど前に着く。時間があるので、お茶をしていたら、先輩は練習場から帰ってくる。心構えが違うな。 10時過ぎスタート、今年2回目、前回(5月1日の日記)は散々な結果だったが、今回は自分としてはまずます、圧巻は、190ヤードのショートホール、向かい風をもろともせず、五番アイアンでワンオン。 今日は快調すぎてすべてのクラブが1クラブ違っていた。気のおけない友人たちと、緑の中を楽しく歩くのは、日頃のストレスから解放されて、爽快な気分、最後のほうは、運動不足の影響で「よれよれ」だった。日々、運動しなければ。 18時過ぎ、送ってもらって、女社長と奥方楽しく歓談。もう1人の友人と一緒に夕食をすることになっていたので、社長の家の近くのステーキハウスへ。 長男の会社の近く、電話したら、「ぜひ食べたい」で、彼も参加。 2時間ほど、昼間の続きの歓談、21時半帰宅。 奥方に「にんにく臭い」と叱られた、ごめんなさい。 朝食、苺、マグカップで珈琲。棒振り会場で、ハムエッグ。 昼食、天丼。 夕食、ステーキハウスで、ヒレステーキと野菜の鉄板焼き、ガーリックライス、シャーベット。 おやつ、棒振りを終えて、サンドイッチ2切れと麦酒。焼酎のソーダー割り4杯ちょっと飲みすぎ、肝臓君を激励しなければ。 財布が空っぽでも出来る募金です
May 26, 2005
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危うく、書き忘れになりそうだった。今日の日記は自分の備忘録です。読まれる必要はないかと思います。 9時過ぎに出講、乗り継ぎの電車の都合で、いつもと違う駅からのルート、歩行距離はすこし長くなる、住宅地を抜けるのでのんびりかな、10時半に到着。 運営会議、11時からと思い込み、昨日同僚から頼まれた仕事をして、ジャストと思って出席したら、既に始まっていた。10時40分からだった。ごめんね、学部長である。 来年度の採用人事、インターンシップの単位認定、ボストン大学の語学学校への留学の単位認定などを検討。12時過ぎ終了。 研究室で頼んでおいた弁当を食していたら、3回生が回答のコピーに。同僚が学部紹介のパンフレットの内容の打ち合わせに。 気がつけば13時前、急いで、教授会、引き続いて行なわれた大学院の教授会、辞令を貰って、推薦入試と出題者の打ち合わせ、原案通り。 某教授、酔眼さん、出題当たっていないね」、酔眼「昨年まで苦労させていただきました」、仕事は平等にネ、某先生。 終えて、研究室で、頼まれた仕事を始めたら、教職を履修している4年生が「教育実習の指導案」のことで相談に、相談していたら、3年生のゼミ生が「発表」の内容について質問に、その間に、院の推薦入試を受験予定の学生が「研究計画書」の相談に、文章をチェックしていたら、院のゼミ生が修士論文の「序論」部分をもってくる、検討していたら、院の講義時間、全部が中途半分である、学生諸君ごめんね、身体が3つ欲しいな。 院の講義、先週の発表に対してのディスカッションの予定だったが、発表者が体調不調とかで欠席。申し訳なかったが、次章の発表をさせる。自覚のない院生、問題にする時が来るかもしれない、指導教授の責任かもしれない。その教授が担当している今日の演習もなかったと、同じゼミの院生が話していた。自覚すべきは、教員の側にあるかもしれない、反省である。 うちの大学院、院生の能力といい、指導教官の姿勢といい、本当に院教育が出来るのだおるか、留学生に滞在延長機関になっているのでは。 自分の留学経験を盾に、今のところ留学生の院生を叱咤激励しているのだが? 18時に終えて帰室、頼まれた作業を始めたら、またまた、院を希望している留学生が、研究計画の件で来室、内容をチェックし、問題点を指摘して、書き直すように話す。 やっと、自分の時間、依頼された作業を中途半端に終えたら20時半過ぎ、纏りがなく無理やり作った文章、ごめんねB先生。 帰りの駅で、以前所属していた組織の先生と一緒になり、近況など話し合っていたら、乗り換え駅になっていた。腹ぺこで帰宅、22時過ぎ。 食事をしてから、「煙」の調達にコンビニへ。 自分の時間が欲しかった今日一日でした。 今日で今週の講義は終了である。 朝食、苺、マグカップで珈琲。 昼食、ほか弁とカップの味噌汁 夕食、茹でたそら豆、冷奴、今日届いた「明太子」と「とんこつラーメン」 おやつ、院生と「珈琲」バーボンソーダー、コンビニで調達した「缶チュウハイ」、ちょっと飲みすぎ、肝臓君を激励しなければ。 財布が空っぽでも出来る募金です
May 25, 2005
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鼻孔拡張テープ「ブリーズライト」のおかげで、鼻つまり、喉の渇きで夜半に目覚めることがなく、熟睡できている。薬剤メーカーの回し者ではないが、いい商品であると思う。 昨日は夕方から雷雨、7時間目のスポーツ学生の演習、何名かは雨に濡れた状態で出席、聞けば、寮を出るときは降ってなかったとか、何名かは傘を取りに帰ったようで遅刻してきたのだが、面倒でダッシュできた連中は濡れている。 一声「先生、風邪を引くといけないので、早めにやめてください」 酔眼「分った、宿題の商品分類を考えて終了しよう、でも1時間はかかるかな」 学生「えー」 酔眼「がんばってやろう、それはそうとして、陸上部、西日本大会はどうだった?」 学生「1マイルリレー優勝しました、それにT君200m優勝です」 酔眼「よくやった、弓道部は?」 学生「団体優勝しました、2連覇です、個人は2年生でした」 酔眼「努力が実ってよかったね、よくやった」こんな会話が出来るのも、スポーツ学生ならではある。ゼミも2ヶ月経つと、学生たちも慣れてきたようでスムースに進む。ちょっと早めだが21時に終了する。 今日も5時限目から3コマ、体力・気力である。 昼前に出講して、授業の準備に取り掛かったら、3回生が来室、自分の発表部分の質問、と言うよりは、マーケティング関係・流通関係の授業を2年生までほとんど履修していなかったので、基本的用語も理解できていない様子。2時間ばかり、付き合ってレクチャー。 急いで昼食を調達にコンビニへ。 15時、帰室して食べ始めたら、学生次々と来室、「ご飯ぐらいゆっくり食べさせろ」の心境。 院を希望している学生が来室し、研究計画書を預かる、今日の7時限目を履修しているので、それまでにチェック。 急いで昼食を終えて、授業の準備に取り掛かる。3コマ連続、各授業で必要なものを順番に並べておく。 5時限目を終えて帰室すると、同僚が慌ててやってきた。何事かと思ったら、来年度の学部案内のゲラを持参、新コースの内容が思い通りの表現になっていないのでチェックして欲しいとのこと。明後日までとのこと、今夜は7時限目まで講義、明日は会議が3つと講義、明後日はダメなので、今夜の夜なべ仕事になりそうである。 7時限目、マイクを落としたら音が出なくなってしまったので、地声で講義。最後はかすれ声になっていた。 帰宅しても、夜なべ仕事が待っている。このまま、研究室で仕事をして、朝を迎えるほうが楽かもしれない・・・。 朝食、苺、マグカップで珈琲。 昼食、コンビニの「蟹寿司」とカップ味噌汁と15時過ぎに。 夕食、食べたものか抜くべきか、思案のしどころである。 おやつ、休酒予定。 財布が空っぽでも出来る募金です
May 24, 2005
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爽やかな風は小部屋に吹き込む朝、寒くも暑くもない、昼間は温度があがるのだろう。 ハードな3日間の始まりではあるが、授業は夕方からがほとんど、早朝に出かけなくて良いのだけはありがたい。3年生の演習は、発表に対する質問への回答時間、さてどのくらい調べてきているか、能力の高い真面目な学生たち努力しているだろう、質問者も自分の質問の回答を考えてくる、その両者の相違を取り上げて、問題を深めていく方法を採用している。 その後は、某学部からスポーツマネージメントコースに設置している「資格」に相乗りしたいとの申し出があったので、某学部の学科長・健康スポーツセンター長・関係教職員とのミーティング。 夜は、楽しいスポーツ学生の演習、毎週、真面目に宿題をしてきているが、本を読むのではなく、自分の感性で書いてくるのが欠点ではある。今のところは、コミュニケーションをとりながらも、ほとんど酔眼が講義をしているが、来月からはスポーツ学生に発表してもらう予定。教室だけでは親交が深まらない、コンパでもして交流を深めようと思っている。スポーツ学生たち、たくさん飲むのだろうな。 3年生が回答のコピーに来室する、ぼちぼちしたくして出かけよう。 朝食、ひやしうどん、苺、マグカップで珈琲。 昼食、 夕食、 おやつ、休酒予定。 財布が空っぽでも出来る募金です
May 23, 2005
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起床9時、鼻つまり対策の「ブリーズライト」をつけて寝たら、口で息をしなくてすんだのか、熟睡できた。ただ、連日の飲酒(ちょっと多め)で肝臓君がくたばり気味か、疲労感あり。 階下に降りたら、母「明け方に眩暈」とか。最近、かかりつけの医院、息子さんに代替わりしたのを機会に、日曜日の午前中も開院しているとのことなので、運転手をすることに。病院も競争時代、日曜日は大繁盛のようである、待合の外にまで人が溢れていた。これも一種の差別的優位性だろう。「人がすることだけしていては、ダメである」。 その後は、雨が降っていることもあり、小部屋でぼちぼちと作業。 夕食は、ほんとに久しぶりに家族5人揃って。平穏な一日、これが一番である。 朝食、マグカップで珈琲。 昼食、ドライカレー。 夕食、餃子、クラムチャウダー、煮豆、ご飯少々大目。 おやつ、夕食後、551のアイスキャンディー。やっと、休酒であります。 財布が空っぽでも出来る募金です
May 22, 2005
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お江戸へ参上の疲れ、昼間は小部屋で「某協会」の委員登録などをの作業、協会の担当者の方から、評価ミーティングは「8月下旬で日程決定」の連絡あり。 夕方から、北の繁華街、お初天神で「不動産会社を経営する友人」と落ち合い、友人が知っていたステーキハウス「もう一兆」で会食、不動産業界の現況や今後の見通しなどのレクチャーを受けて勉強、すこし頼み事もしておく。飲み足らない友人と別れて、20時半には帰宅。 22時には就寝。 朝食、苺とマグカップで珈琲。 昼食、鱈子茶漬け。 夕食、ステーキディナー(前菜は「サザエのバター焼き、海老のから揚げ」、コーンスープ、サーロインステーキ、ガーリックライス)、友人がご馳走してくれた、感謝。 おやつ、和菓子を昼食後に。焼酎「冨乃宝山」のソーダー割 財布が空っぽでも出来る募金です
May 21, 2005
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昨日は、17時過ぎにホテルへ。次男の仕事が終わる予定は21時ごろとか。暫しの休息と思い、「按摩」を頼む、あちこち押さえてもらえば、右足踵の痛みの原因がわかるかもしれない、などと考えるが、わかるはずもない。すこし身体全体が活性化したような気分。 旅行のときは、基本的に「按摩」を頼む、これも旅の楽しみだが、時々、力任せだけの人にあたると「涙」であるが、今回は「まずまず」であった。 20時前、次男から電話で「仕事終了」とのこと、三田にいるとのこと、地理不案内、ホテルのレストランも味気がないので、銀座に出ることに。銀座といっても判るのは「三越」ぐらい、ライオンの前にして、着替えて、タクシー。公共交通機関を利用しての行き方などわからない。 待つこともなく出会える。さて、銀座といっても、「食事処などどこもも知らない」。「どうしようか?」思案投げ首の親子。 次男曰く「お江戸に来てから、すき焼き食べたことない」 ふと思い出したのは、昨秋行った「交詢ビル」のダイニング街に「人形町 今半」が入店している、この時間なら大丈夫だろう、自然と早足。 幸い、個室が空いていて、ゆっくり話を聞きながら、杯を傾ける。すき焼き、お江戸風は「割した」を使う、砂糖と醤油で味付けする関西風とは違う、ちょっと辛い感じがした、仲居さんとの話の中、彼女もすこし辛いですね、でも、それが「今半」さんの伝統だろう、次男は満足気に食していた。でも、さすがにお肉は一流、その日によって産地が違うらしいが、食したのは「鳥取産」、鳥取にも良い畜産場があるのだろう、実に綺麗に「さし」が入っていた。22時過ぎ、食事を終える。ホテルのバーで「ナイトキャップ」と思ったが、満員。ホテルの部屋で、すこし話して、次男はアパートへ、確実に成長している姿を見て、親としての喜びを感じた一夜。ホテルで困るのは空調と換気、お酒の勢いも加担して、明け方、喉が「がらがら状態」で目覚めた、枕もとのお茶を何度も飲んで、「うとうと」。窓が開けられればすこしは違うのだが。8時過ぎに起きだす、ちょっと二日酔い気味、カフェでホットチョコレートの持ち帰り。庄助さんして、酔いを飛ばし、お江戸の駅へ。 駅に隣接する百貨店の地下で、昼食用に「鯛めし弁当」を調達する。広島行きの新幹線、ほぼ満員、11時過ぎなのに??? 浜松付近で弁当を食したら、京都まで転寝していた。14時過ぎ帰宅。 16時前に、お世話をしている幼稚園の園長さん来宅。隣接している土地が購入できたので園を拡張する話であった。少子化時代を睨んだビジョンを持っておられる、計画に賛同しておく。 お江戸への旅を終える、今夜は早寝。 朝食、ホットチョコレイト 昼食、鯛めし弁当。 夕食、甘えびとひらめの刺身、煮豆、玉子豆腐、東京で買ってきた「わさび漬け」でご飯。 おやつ、園長さんと「麩饅頭」と日本茶。焼酎 財布が空っぽでも出来る募金です
May 20, 2005
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雨あがる、8時台の新幹線でお江戸に上る。昔なら、何日もかけて「ゆっくりのんびり」物見遊山しながらであったのだろうが、今や3時間ほど、「旅情」はないな。 初めて新幹線に乗ったのは、大学受験で上京した時だった。当時は、本数も少なく、「こだま」だと結構時間がかかったように記憶している。2次試験の帰り、隣の小父さんが話しかけてきたので、「受験で・・・」、小父さんサンドイッチを買ってくれた、よき時代だったのだろう。 車中は、某財団から送られてきている「評価マニュアル」を読むことと「すこし寝不足」状態なので睡眠を補充する。以前は、乗り物で睡眠をとることなかったが、50歳台後半になってからは眠れるようになっている。 新幹線で「貴重品にお気をつけください」という放送を聞くが、他人事だと思っていた。名古屋の学校に通っている時、「財布」を抜かれたことがある。座席の斜め後ろに上着をかけて、本を読んでいたのがいけなかった、上着を着たら、財布が???お金は1万円しか入っていなかったが、免許証やカードが入っていた、これらの盗難届を出し処理をするのが面倒だった。犯人は間違いなく米原で降りて、ホームを歩きながらこちらを見ていたあの男に違いない。 眼鏡を忘れて、送ってもらったこともあるし、切符を紛失したのも1度や2度ではない、国鉄さんJRさんのお世話になっている、「そそっかしい」酔眼である。 学校を代表するような仕事での上京、物見遊山ではない、気を引き締めて出席しよう。 ぼちぼち、庄助さんして、出発準備しよう。 (追記) 長男の会社は新幹線の駅のそばということは聞いていたが、見たことがなかったので、タクシーで送りがてら会社を外から見て、駅へ。 駅弁コーナーをうろうろして、迷い、結局、「天むす」を購入して、汽車へ。2時間半でお江戸。宿泊予定のホテルに荷物を預けて、2駅ほど先の「打ち合わせ会場へ」。 案内状をしっかりチェックしない「悪い癖」、13時開催だと思い込んでいたら、13時半から。時間があるので、会場の周りを散歩、それにしてもお江戸、喫煙できる場所がほとんどない、仕方ないので喫茶店に飛び込んで「煙」。 昨年と違って。今年は分科会ごとの委員を集めていた、2人の先生と初顔合わせ、ご両所とも国立大の先生だが、格式ばった方ではないようなので「ほっと」する。 評価の仕方について、事務局より2時間半のレクチャー。その後、専門委員で打ち合わせ。皆さんの忙しいだろうと思い、評価委員会の日程だけは決めておく。 夜は次男と出会って夕食をともにする。 朝食、天むすとお茶。 昼食、ホテルのそばの蕎麦屋で「天ざる」、お江戸の「蕎麦」は美味しいと思う、「うどん」はダメだが。 夕食、「今半」で「すき焼き」、次男と一緒で安心して「冷酒」飲みすぎ。 おやつ、次男と飲む、「冷酒」たくさん 財布が空っぽでも出来る募金です
May 19, 2005
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いつも日記はワードで作成して、コピーペーストしている。学校の空き時間に日記をしたのだが、来室者があり作業中断して転載するのを忘れていた、どのみち内容のない日記、影響はない。 院を今年卒業したOBが来室、就職先の本屋の経営状況などを聞く、院の授業を終えて、簡単な夕食。 21時過ぎ、帰宅。 明日は、13時から始まる会合に間に合うように新幹線でお江戸へ出かけるので、早めに就寝、おやすみなさい。 かばんの半分は、次男に届ける生活必需品である。 朝食、マグカップで珈琲。 昼食、コンビニのおにぎり弁当、カップのコーンスープ 夕食、院生たちとお好み焼き おやつ、柚子酎ハイ3杯 財布が空っぽでも出来る募金です
May 18, 2005
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腹痛で3時に目覚めた、飲みなれないテキーラなど飲んだためかな。トイレに行っている間に、眠気が去ってしまった。無駄な努力をしても仕方がないので、睡魔が来るまで小部屋で作業。 5時半過ぎ、ベッドへ。8時半まで「うとうと」。合計すれば6時間の睡眠かと自分を納得させる。 遅い夕食、軽めにしたつもりだったが、胃がもたれている。月曜日と火曜日は夕食抜きにしたほうが体調はよさそうである。「食べること以外にあまり楽しみのない毎日ではあるが」、2回の食事時間を工夫しよう。 とくに火曜日は、16時半から21時過ぎまで「3コマ連続授業」、食事をする時間はない、こんな時間割にしたのは「誰だ」と愚痴の1つも言いたくなる。 朝食、苺、マグカップで珈琲。 昼食、餃子定食 夕食、鯛の煮付け おやつ、日本酒のロック 財布が空っぽでも出来る募金です
May 17, 2005
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眠りほうけて、休酒して、いくぶん体調は回復基調、気力も出てきた。 6時に起床して、今週の講義内容を再考、1年生の演習は「就職部のガイダンス」、一緒に拝聴して、今後の参考にしよう。教職の授業、来週からPCルームを使い、学習指導案作り、管理室に届け出をしておかなくてはならない。配布プリントのコピー、結構量がある。 週の後半は、お江戸に登り、他大学評価業務の説明会に出席する、評価項目が変更になることがあるので注意しなければならない。この業務、他大学の状況を学ぶいい機会である。共同作業をする他大学の先生は誰だろうかな? 次男がお江戸で働いている、決算時期だけに多忙を極めているようだが、木曜日の訪問先は21時には仕事を終えることが出来るとのことなので、その後、夕食をともにすることにしてある、4ヶ月ぶり、すこしは成長した姿を見せてくれるかな、楽しみである。今週も「元気に乗り越えなければ」。(書き忘れ防止のため7時半記入、続編ありかな?) 11時登校、コンビニへ出かけて昼食と夕食を調達。コピー作業。 お昼、3回生がレジュメの印刷にくる。まずまずの出来、今年の3回生は優秀だと思う。 4回生のゼミ、欠席者8名、出席者19名。一応、欠席者は全員、欠席理由についての報告が事前に来ている。発表担当者が2名しかいなかったので短時間で終了、その後、就職活動の状況を聞くが、例年に比べて内定者が少ない、企業側が時期をずらしているのか? 不安である。 就職が決まらないと、卒論への意識が希薄である。 まもなく、19時50分から、スポーツ学生のゼミである。 22時過ぎ帰宅。アクセス数が230000を超えました、踏んでくれたのは 230000 2005-05-16 21:09:13 *.kcn.ne.jp さんでした。 書き始めのころは、きり番ゲームなどして遊んだのが懐かしい。今は、内容のない日記になってしまった、来てくれる皆さんゴメンナサイ。 朝食、ハム&ベーコン&玉子、トースト、西瓜・苺、マグカップで珈琲、充実した朝食である。今日・明日は朝充実、昼適当に、夜出来るだけ少なめにの予定。 昼食、コンビニの和風弁当、カップ味噌汁。 夕食、コンビニのサンドイッチ(昼間に買ってあったのを持ち帰って)とエビフライ。 おやつ、ありません。テキーラコークを2杯。テキーラは外国旅行した義弟からプレゼントしてもらっていたもの。 財布が空っぽでも出来る募金です
May 16, 2005
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日曜日予定なし、もう10年もすれば毎日が日曜日になる、ちょっと待ち遠しい。今朝も体調が十分でない、踵の痛みはシップのお陰で薄らいでいるが、目はかすんでいる。昨夜は夕食を遠慮したのに、空腹感なし。気力も充実していない。 母はお出かけ、奥方、食品の買物に行きたそうだったが、酔眼「今日も留守番か?」の一言で止めたようである。 昼食後、横になったら2時間ほど眠っていた。昨夜22時から7時まで熟睡したのに。 無理は禁物、講義に必要な資料をネットで探す作業だけする。便利になったものである、ほとんどの資料は入手できる、ただ、プリンターの性能が悪い、打ち出しに時間がかかりすぎ、時間が無駄、レーザープリンターが欲しいと思う瞬間である。 夕方、1000歩の運動、コンビニへ。小部屋にいる時間が長いと「煙」の消費量が増える。 昼は好物の「ハヤシライス(ハイシライス)」を食した、これには、グリーンピースを乗せないと満足しない、理由はない、子供の時からの習慣である。乗ってると、ちょっと贅沢な気分になる 料理名が何処からきたのか調べてみた。長いので、関心のない人は読まなくてもいいですよ。大阪の昔からの洋食屋では「ハイシライス」と書いてあるところもある。 ・『日本国語大辞典』では「(洋語 ハヤシは、考案者である丸善の創業者、「早矢仕(はやし)有的」の名から、ライスは、英 riceという。また一説に、洋語 hashed rice からとも)《ハイシライス》」とあり、用例は「*放浪時代(1928)〈龍胆寺雄〉」「*古川ロッパ日記-昭和九年(1934)三月一日」。・丸善ホームページの「丸善の歩み」では、1869年に「創業者 早矢仕有的は師事する福澤諭吉のすすめにより丸屋商社を横浜に創業、書籍・文具・洋品雑貨を販売」。ハヤシライスについては、「丸善特選グッズ」に「明治の初期、丸善(株)創業者・早矢仕有的(はやし・ゆうてき)が考案したとされる「ハヤシライス」。本格デミグラスソースと柔らかビーフの贅沢な味わい。ハヤシビーフ1缶とカレービーフ1缶のセットです。」とあります。・『日本国語大辞典』のいわゆる「一説」の出所は? 楳垣実『日本外来語の研究』(1943) p.161に以下のように。ただし楳垣説は「林」(早矢仕に非ず)説を「作り話に違ひない」としりぞける。 最後に通俗語原が伝説の形にまで発展した念の入った例を二つあげておかう。その一つは「ハヤシライス」に関するもので、このハヤシは英語のhashed(こまかく刻んだ)であるが、それにライス(米)が続いたのでは意味をなさない。おそらくカレー・ライス(curry and rice 又は curried rice)やハム・エッグス(ham and eggs)などから想像してみて、hashed beef and rice とでも呼んだものが省略されて、ハッシ・ライスとかハイシライスとなり、一方で、国語にも「こまかく刻む」意の「はやす」といふ動詞があるところから、「はやし肉」といった語が生れて、「ハヤシライス」が生じたのであらう。このような語原が判らなくなってしまったために、つぎの伝説が生れた。明治初年に林某といふ男が横浜に住んでいた。この男が或る洋食屋へ来て、いつもカレー粉の入らないカレー・ライスを註文した。店員が一々「カレー粉の入らないカレー・ライス」と板場へ註文するのが面倒なので、いつしか「林さんのカレー・ライス」といふことに決めていたが、忙しい時にはそれでも困るので、さらに「林・ライス」と省略した。それがお客の耳に入り、「俺も一度その「ハヤシライス」とかいふのを食ってみよう」といった訳で段々と拡まり、遂に今日のやうにハヤシライスといふ名と共に全国的になつた。 「横浜」「早矢仕さん」「丸善」三題噺{ばなし}ではないが、なるほど!ハヤシとはハッシュ、つまり肉を細かく刻んだ料理のハッシュがなまったもので、正式にはハッシュ・ライスあるいはハッシュド・ビーフ・ライスということになるのだが、とりあえず『丸善百年史』を見た。するとありました。あったのです。・小菅桂子『にっぽん洋食物語大全』(講談社+α文庫) p.456にはだいぶ詳しく出ています。 ハヤシライスの誕生についてはいろいろエピソードが伝えられている。「大河内 (笑)私は、ハヤシライスは林という人が作ったからだと思っていました。「金田一 そういう説もあるんですね。それから林さんという人が毎日のようにやってきて注文する。だから林さんのライスだよということで」 これは『食食食』の「日本の洋食」についての金田一春彦さんと武蔵野女子大学学長の大河内昭爾{しょうじ}さんの対談の一節である。 私も以前資生堂パーラーの顧問だった人から「ハヤシライスは横浜のハヤシさんという人が考えたという話を読んだことがあるよ」と聞いていた。 私自身は「丸善の社員食堂で出したのが最初」という一文を読んだ記憶もあった。 たまたま「カツ丼」の話で早稲田の中西敬二郎さんのところへうかがった折り〔ママ〕、話題が偶然ハヤシライスに及び、それも横浜のハヤシさんのことになった。すると中西さんの表情と声がにわかに熱を帯びて来た。私はびっくりして身を乗りだした。すると中西さんは、「その話は本当ですよ。丸善の創業者は早矢仕有的{はやしゆうてき}といいましてね。日本橋の丸善は、それ以前は横浜にありまして、西洋薬や西洋雑貨を輸入してたんですよ。そのうち頼まれて洋書も輸入するようになったんですが、早矢仕さんはその頃横浜の店で小僧さんたち、つまり使用人の昼ご飯に、ご飯とおかずが一皿ですむハヤシライスを考えだした。それが今日のハヤシライスとして伝わったんです。ぼくはそう聞いていますよ」 こう力説するのである。 「横浜」「早矢仕さん」「丸善」三題噺{ばなし}ではないが、なるほど! ハヤシとはハッシュ、つまり肉を細かく刻んだ料理のハッシュがなまったもので、正式にはハッシュ・ライスあるいはハッシュド・ビーフ・ライスということになるのだが、とりあえず『丸善百年史』を見た。するとありました。あったのです。[会議室:「ことば会議室」発言者:Yeemarさんより引用] 朝食、西瓜、苺、マグカップで珈琲。 昼食、ハイシライス(レトルト)、これにはグリーンピースが乗っていないと満足しないので、昨日、小さい缶詰のものを調達したので、半分ほど乗せて食する。 ハイシライスに、何故グリーンピースを乗せるのかな、確かに彩りはよくなるのだが。 夕食、 おやつ、休酒予定 財布が空っぽでも出来る募金です
May 15, 2005
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昨日、外出から帰って横になったら「17時~20時まで」熟睡していた、何もしなかった連休疲れが残っていたかな(笑)。就寝2時、起床6時、仮眠を入れれば7時間、睡眠時間に不足はないが、体調は悪い、右の踵は歩くたびに軽い痛み、右目の奥が痛い、肩凝りも激しい、全身「ガタガタ」状態である。母、奥方外出、酔眼はいつもの通り留守役、気楽でいいのだが、身体を動かさないので運動不足、夕方、隣駅まで歩いて、酔眼の好物の「西瓜」を調達する。 帰宅してから、踵に痛み、目も痛い。寝るのが一番だろう。 毎年この時期になると「うっとうしい」作業。 「教員業績評価自己申告表」を作成しなければならない。それを学部評価委員会が審査し、その後、全学評価委員会で審査がなされ、その結果が賞与に影響するシステム、2年続けて評価が低いと賞与が減額され、多分、その減額分が、評価の高い教職員に増額されるのだろう。だが、教育と与えられた職務について、誰が手抜きなどしているだろうか。 評価項目は教育業績・研究業績・管理運営活動・社会活動、それぞれに成果と活動内容についての小項目がある。 自己評価は、「きわめて優れている・優れている・標準・やや劣る・劣る」の5段階評価、そして自己評価した理由を評価項目別に簡潔に記入することになっている。しかし、スーパーマンではない、研究に力を入れると管理運営活動は御免こうむりたいし、管理運営に力を入れれば、研究の時間を削らなければならない、矛盾である。 また、自己評価だから絶対評価(自分で勝手に決めればいい)でいいのだろうが、評価の基準が提示されていないので困る。例えば、研究業績(5年間で、単著1冊、共著1冊、論文7本、学会発表7回)、管理運営活動(いくつかの役職をしている)、それらがどの段階の評価になるのか判らない。 「あつかましい性格の人間」と「控え目な性格の人間」では、同じことをしていても自己評価は異なってくる、その点を、学部評価委員会や全学評価委員会で正確に修正しているのだろうか? 本人の申告どおりだとすると、あつかましい性格の人間が有利になってしまう。他の組織で、授業コマ数も極端に少ない(ひどい授業すぎて講義を持たせられない)教授、彼は全ての項目を「きわめて優れている」として提出しているとのこと。 先日、学務部の課長から「あつかましく行かないとダメですよ」と忠告を受けたが、自分に自信はない、どうしたものかと、評価表を前に戸惑っている酔眼である。 昨日の紐育追憶(7)に書いたスーパー・マーケットのボーハック(Bohack)、ネットで調べてみたら、酔眼が帰国した翌年倒産していた。資本主義経済の厳しさ、日本のように政治が介入して救済したりしない。Bohack (New York)In 1887, German immigrant H.C. Bohack opened a grocery store in Brooklyn. By 1939 there were 740 Bohack stores operating in the New York area.The founding family sold the company in 1965.By 1974 the company was in bankruptcy and by 1977 the last Bohack Supermarket was closed. Many of the former Bohack locations were taken over by New York-based C-Town Supermarkets. 朝食、ベーコンエッグとトースト、苺、マグカップで珈琲。 昼食、15時に、冷凍きつねうどんと豆ご飯。 夕食、昼食が遅かったのと、体調不良につき、抜くことにする、 おやつ、11時、芋羊羹。休酒予定 財布が空っぽでも出来る募金です
May 14, 2005
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爽やかな風、ちょっと強いかもしれないが、気持ちのいい朝である。昨夜は11時就寝、夜中に喉の渇きで一度目覚めるが、枕もとのお茶を1口飲んでそのまま眠りを継続、起床6時。 小部屋で「煙」、メールをチェックし、楽天のHPを徘徊する。 お昼前に出かけて、奥方と娘と合流して昼食の予定である。 11時過ぎに出かける、北の繁華街のターミナルで落ち合う。娘の希望と言うよりは奥方様のご希望で「スパゲッティの店へ。有名店、12時前なのに5分ほど待たされる。朝摂りアサリといかのスパゲッティ―を食べたが、塩が勝ちすぎで、アサリの匂いが強く、美味しいとはいえなかった。あれは絶対に朝採りではなく「缶詰」である。それに、作り手もバイトの学生風である、美味しいわけはないが、奥方と娘のご推奨店、我慢して食べたが、アサリは大半を残した。 娘はバイト前に一端帰宅するというので別れて、奥方と2人で百貨店へ。 先日、妹が甥と姪の入学祝のお返しに「商品券」をくれていたので、ワイシャツを作り、いつも行く紳士服売場へ。綿のソフト・スーツがあったので購入するが、ウエストが・・・・で、寸だしをしてもらうことにした。 その後は、地下で食材を購入し、お茶して帰宅、15時前。 出かける頃から、目が「ごろごろ」(表現がおかしいが)している、「ものもらい」でなければいいのだが。 語学学校時代、アパートから3分ぐらいのところにあるスーパーマーケット(確か、ボーハックと言ったと思う、スペルは忘れた)で一週間分の食糧を購入していた、最初、食料品が安いことに驚かされた。 渡米するまで鶏肉は苦手であったが、まるまま(内臓は消毒されてラップに包まれてお腹に詰められていた)が2ドル弱、これを自宅で部位に分けて冷凍保存、一番安いタンパク質である。サンキストのオレンジも安かった。一番気に入っていたのは冷凍のTV dinner setのChinese風、春巻きや肉団子に炒飯が入っていた、疲れているときは、これをレンジで温めて食べていた。昼食は、学校のカフェテラス、食材を選択してサンドイッチを作ってもらうのだが、ほとんど毎日、ベーコン+レタス+オニオン+トマトのサンドイッチ、最後の頃は、顔を覚えていて、注文する前に作ってくれていた、それと薄くて美味しくない珈琲かコークだった。 初めて外食したのは、Jackson Height駅の側の食堂、何を食べたか覚えていないが、セットメニューを頼んだのだが、「side dish(付け合せ)は何にしましょうか」と尋ねられたのだが、追加料金がいると思って「いらない」。日本だと、セットメニューの付け合せを選択する経験はなかった。後で知った、豆、オニオンリング、コーンなどが選択できたようである。 自由にドルを送金することが出来ない時代、留学センターで貰う「生活費証明書」を日本に送って送金してもらっていたので、貧乏学生。母が、手紙にいれてくれる1万円が自由に使える貴重な財源であった。たまに日本食が食べたくなる。当時、日本食レストランは数箇所、本屋が1軒しかなかった。ベニハナはあったと思うが高額だったと思う。ワシントン広場の側にすし屋「亀八」、タイムズスクエアの近辺に「吉兆(日本のものではない)」があった。月に1回の楽しみでどちらかに行き、お調子を1本と日本食。亀八で。サーモンのお鮨が出たときには、すこし気味悪かった。今は珍しくもなくなったが、当時、日本ではお鮨に生のサーモンを使う習慣はなかった。吉兆はすこし高かったように思う。 朝食、西瓜、マグカップで珈琲。 昼食、クラムチャウダー、あさりといかのスパゲティー、アイスティー。 夕食、鯵の塩焼き(すり大根添え)、冷製茶碗蒸、馬鈴薯と玉葱の煮物、茄子と素麺のお味噌汁、豆ご飯 おやつ、奥方と「マンゴジュース」。休酒 財布が空っぽでも出来る募金です
May 13, 2005
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木曜日、前期は講義が水曜日までに集中しているので、嬉しい日である。後期は、金曜日も講義が増える、1週間に9コマ。今から、「ぞっと」している。セメスター制を無理やり導入した弊害であるが、責任の一翼を担ったものとしては「我慢である」。 ただ、疲れのため午前中は使い物にならない状態、今日は、午後もダメ、気力がわきません、午後一番に、お寺さんが祥月命日にお参りに来てくれた時以外は、小部屋で横になっている。夕方、コンビニへ「煙」の買出しが、唯一身体を動かしたことである。 来週の木曜日はお江戸に出張しなければならないのだが、大丈夫だろうかと不安になっている。 紐育の語学学校 クラスメートに日本人の方がお二人おられた。酔眼と同い年のH氏、滞米生活2年、酔眼が帰国するまで仲良くしてもらった、T氏、アメリカで会計士の資格をとり、現在は日本で活躍中である。もう1人がM嬢。年齢不詳(40歳過ぎだろうと想像していた)であったが、英会話は堪能であった。このM嬢、酔眼と同姓(日本語で書いても一緒)、ウィークス先生とエレベーターで2人になった時「×××××(酔眼の名前)、M嬢は君の奥さんか?」、酔眼「いいえ、違いますよ」(内心:「先生それはひどすぎますよ、彼女は中年ですよ、僕にも選ぶ権利がありますよ」と言いたかったが、残念ながら英語力が無かった。)母と帰国時にアメリカを旅行したが、いたるところで「君の奥さんの着物(和服を着ていた)は綺麗だね」と言われた、アメリカ人は日本人(アジア人を含めて)の年齢を推測するのは難しいのだろうかな。 英会話に不自由のないM嬢に尋ねた、酔眼「Mさん、どうしてそんなに会話が上手なの」、M嬢「アメリカ人と付き合うことね、私の場合、朝迎えに来てくれる人、夕食をいっしょにする人などステディーなボーイフレンドが一杯いるのよ」(内心:アメリカ人は黒髪なら誰でも良いのかなと思った。)M嬢、週末になるとワシントンに出かけていた、T氏の想像では、ワシントンに日本から出向してきている外務省関係の人が彼氏ではないかとのことであったが、真意の程はわからなかった。学期も終わりかけの時、M嬢から、深夜に電話。なにごとかと思ったら、「writingとgrammar全くダメなのよ、試験できないと困るので助けてよ」、酔眼「あれだけしゃべれるのに?」、M嬢「実地で覚えた英語、文法など学んだことないのよ、出そうなところ教えてよ」、M嬢の場合は酔眼の全く逆、明け方までテキストの解説をさせていただいた。語学学校を終えてから一度もお会いする機会がなかった、原器にされているのだろうかと、時々思い出す。 同じクラスに韓国から留学してきたP君がいた。P君は徴兵を終えて渡米の22歳、ホテル住まいをしながら学校に通っていた、後でわかったのだが韓国財閥のひとつの御曹司だった。アメリカ人と暮らせるアパートを捜しているというので、家主を紹介した。ちょうど、酔眼が借りた部屋の近くのアパートでルームメートを捜しているアメリカ人がいるとのこと、P君はそこを借りることになり、一緒に通学した。その時、酔眼は同じクラスのタイ人のS君を同居人にしていたが、1ヶ月程で生活態度があわず出て行ってもらった。ルーズな性格はダメな酔眼でした。 しばらく経つと、P君「×××××、困ってるんだよ」、酔眼「どうしたの?」、P君「僕が買って帰った食べ物、冷蔵庫に保管していたら、ルームメートが食べてしまうのだよ。君のところに移りたいんだよ」、酔眼「部屋はあるけど、あの部屋にダイニングと続いていた扉をつけられないよ」、P君「かまわない、一緒に住もうよ」。ということで、P君と生活することに、酔眼が帰国するまで1年8ヶ月ほど、兄弟のように一緒に住んだ。 米食が基本、一緒に買出しをし、金額は折半、東洋人同士話は早い。語学学校が終了するまで、毎晩交替で食事を作ったのも楽しい思い出である。その後は、授業時間が違うので、各自自炊? 酔眼はバーガーショップのお世話になることが多くなった。 朝食、冷やしうどん、西瓜、マグカップで珈琲。 昼食、レトルトカレー(明治の黒カレー)。 夕食、茄子と豚肉の生姜炒め、野菜サラダ、そら豆の塩茹で、シュウマイ。 おやつ、横になりながら「適当に」。 夕食後、コンビニのアイスクリーム。バーボンソーダー3杯。 財布が空っぽでも出来る募金です
May 12, 2005
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学校で日記を途中まで作成して、その後書き込むのを忘れていたので一日遅れで掲載。 2日連続の3コマ講義、それも7時限目まで。7時の寝起き時、体の芯に疲労が澱の如く沈殿している、声もかすれていたので奥方が心配するのには、「煙」の所為だよと言っておく。 すこしでも身体を休めようと、10時前まで小部屋で横になっておく、10時過ぎに出発、予約しておいたコンビニの弁当を受け取り、研究室で食す。13時から、スポーツ学生のコースについてのミーティングに出席。最近は社会人スポーツも企業業績を反映して低迷気味、以前のようにスポーツ学生の就職も容易ではない。そこで、スポーツ特待生の学生たちに資格を取得させ、卒業させるように、一昨年からコースが新設された。ただ、このコースは、他の組織と共同でカリキュラムが構成されているので、その組織との調整が必要である。 他の組織のセンター長が交代した事もあり。来年度(2006年)の基本的運営について打ち合わせた。新センター長、このコースについて批判的な人物だけに、「もめる場面」も想定したが、教務部長、学務部長など職員の代表も出席していたので、「ちくちく」と批判めいた言葉はでたが、こちらも負けずに「ちくちく」と切り替えしておく、以前は同じ組織に所属していたので、気心はわかっている。センター長の子息は、酔眼のゼミの卒業生でもある。 センター長の本音、「相手が酔眼さんでなければ、もっと言うのだがね」 酔眼「お手やわらに、取得できる資格も講義科目もセンター側で決められたことをお忘れなく。センター側の意向は出来るだけ(ここが重要)受け入れて、処理しますからね」 ということで、1回目のミーティングは「大きな波乱なく」終了する、15時。 5時限目の院の授業、受講者8名(留学生6名)だが、ほとんどが院生である自覚が感じられず、積極的な学習意欲も感じられない。だらけた雰囲気、某国立大学の院(この分野では進んだ研究をしている、1回の講義ではテーマに即した参考文献が3―5冊指定されておる)に進学した卒業生も勉強に来ていたので、恥ずかしく思い、「雷を落とす」。「勉強する気がないのなら、履修を止めなさい、君たちは勉強するために院に進学したのではないのか?」、すこしだけ緊張感が走ったようであるが、来週まで持続するかどうか? 修士論文の指導は、来年度以降の「全学の教養教育の時間割」についての打ち合わせが18時半から予定されていたので、用意しておいた参考文献を渡し、次週までに準備することを指示して終了。 夕食をしながら、学務部長と学務課長と「共通教育の時間割り」と全学共通教育機構長(学長)から指示の出ている「一般教養科目のアンケート」について打ち合わせ、機構長の意図を確認することをお願いしておく。21時半終了。 「自己評価表」(学校も厳しくなった)を置き忘れてきたので研究室に取りに帰る、同じ駅から通っている短期大学部の先生と一緒になり、短期大学部の運営方針などを聞きながら一緒に帰る、帰宅23時過ぎ。今週の講義は今日まで、体調の快復をはからなければ。 朝食、西瓜、マグカップで珈琲。 昼食、コンビニの「味噌かつ弁当」、カップの味噌汁(あさり)、ヘルシア茶。 夕食、会食(八寸、刺身、焼き魚、毛蟹、天麩羅、茶蕎麦) おやつ、生麦酒小1杯、酎ハイ2杯、帰宅して、バーボンソーダー2杯。 財布が空っぽでも出来る募金です
May 11, 2005
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昼食後の休憩中、昨日予約しておいた某コンビニが実施している「地区の名物」の駅弁「いくらぶっかけめし」を食してみる。「いくら」は良いものが使われていた、まずまず満足のいくものであった。 明日は「味噌かつ幕の内」を予約しておいた。最近は、消費者の目も厳しくなっているので、各コンビニとも「お弁当」類やおにぎりに工夫を凝らしている、お昼に外食をしなければならない人間にとっては有難いことである。 食堂で食べるのも良いが、学校の回りは「脂っこいものが多い」ので、持ち帰って研究室でのんびりと食事ができるのは消化にもいいだろう。 今日は、5・6・7時限が講義、16時半までは自由に使える、昼からは、個人研究費の申請をして、それからは、講義ノートの再点検である。 窓を開けて(8階)作業をしていたら、「くしゃみ」が止まらなくなった、喉も痛い(これは煙のせいもあるのだが)、ちょっと微熱も・・・、これから3コマなのに困ったことである。 まずは、基礎ゼミ、全員読書感想文(スーパーの草創期の経営者の物語)を書いてきているかな、読んでいることを前提に、「プロジェクトX コンビニを作った素人たち」を見せて、感想文を書かせる予定。 6時限目は教職関係の授業、学習指導案作成の基本的考え方を話す予定。 7時限目は「専門科目」、「資本主義の高度化と商業」が講義内容である。 無事終了、22時過ぎ帰宅、就寝0時。 明日はすこし面倒なミーティングがある。 紐育の語学学校には約3ヶ月通った、grammarとreadingの担当はミス パーピンジャーという中年に差し掛かった方であったが、彼女で印象に残っているのは3ヶ月の間一度も同じ服装をしてこなかったことである。こちら授業、言葉は分からなくても、教科書や板書で判断がつくのであまり苦労しなかった。一方、Communicationとhearingは、Dr.Weeks、中年の紳士であった。 彼の授業、他の学生はできるのだが、当方はまったく「ちんぷんかんぷん」(「ことばの語源集」に収録しました」)、困ってしまった先生、酔眼だけを教壇近くの指定席にしてくれる。 最初の間、ウィークス先生、会話の中に出てくる単語をとりだしては、「hi,×××××(酔眼の名前)、apple?」、酔眼即座に「a p p l e」、少々難しい単語でもこれなら「へっちゃら」、難しい単語のスペルが言えるので、クラスメイトは尊敬のまなざし、教室内で話せないということで無視されていたら、学習意欲をなくしていただろうが、この方法のおかげで、クラスメイトにも馴染めた。昼食時、学内のカフェテラスに出かけると、クラスメイトたち(大半が年下)は、なんとか酔眼に話させようと努力してくれた。 ウィークス先生の授業の思い出、最初のころ遅刻をした。「どうしたのか?」と尋ねられたので、細かい表現は忘れたが、“a telephone company came to arrange the telephone installed. So、I am late for school.“と答えたら、”×××××(酔眼の名前)、a telephone company cannot move. It’s so big. You have to say that the employee of a telephone company came。” 日本では「電話会社が来たので」と表現して「電話会社の従業員が来て」とは言わないだろうが、直訳してはいけないことを学んだ瞬間であった。 朝食、苺と西瓜、マグカップで珈琲。 昼食、コンビニの「いくらぶっかけめし」とカップの味噌汁。 夕食、鶏肉と葱の炒め物、鰆の塩焼き、空豆の塩茹で、トマトとオニオンのサラダ。 おやつ、授業の合間に「コンビニの無添加プリン」バーボンソーダー 財布が空っぽでも出来る募金です
May 10, 2005
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1週間ぶりの出講、雑用(公開講座のレジュメの最終チェック、学校に置き忘れている葉書の投函など)もあるので早朝に車でと思って就寝したのだが、3時ごろから半醒状態、このままでは今日の授業に差し支える、目覚ましを切って、6時半まで半睡する。 連休明け、車は混み合うだろうから、ちょっと恐怖感を覚えているが電車で登校することに変更。変更したことで、後に禍根を残すことは無いだろうかと思う。ここまでは朝、書いていた。道路情報をチェックしたら、意外と混雑が無いので、車で10時に登校。公開講座のレジュメを整理して、総務部に届けておく、ゲレのチェックをさせて欲しい旨伝えておく。 出し忘れていた葉書を記入して、郵便局に行って速達にする、明日には着くだろう、担当者の方がごめんなさいである。コンビニに立ち寄る、この春から、顧問をしているクラブの卒業生が働いている。彼曰く「明日から特別弁当の販売が始まるのですよ」、酔眼「折角だから、予約しようかな」、卒業生「ぜひ、お願いします」、ということで、明日の昼食を確保。これも付き合いである。 昼休みは「卒業アルバム」の打ち合わせを自治会の学生と業者と一緒に。学生のアイデアを生かせてやりたいが、肖像権の問題があることを指摘しておく。 4・5・7時限の演習を終えて、22時過ぎ帰宅。 日記書き込みを忘れかけていた。紐育追憶はお休み。 朝食、苺、マグカップで珈琲。 昼食、「ちらし寿司」をお弁当にして。 夕食、柿の葉寿司、煮豆、野菜サラダ。 おやつ、kihachiのクッキーを1つ(奥方が弁当に入れてくれていた)焼酎少々 財布が空っぽでも出来る募金です
May 9, 2005
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気がつけば、連休最終日。 気がつけば、公開講座のレジュメ未完成。 気がつけば、講義ノートの整理未完成。 気がつけば、運動不足でウエストが・・。 気がつけば、忸怩たる思いだけが残る大型連休。 本当に馬鹿だな、残り少ない人生なのに。 今朝、以前来ていたメールをチェック整理していたら、セミ1期生H君の結婚式の日、幹事長からお祝い電報の依頼メールを貰っていた。電報の受付が始まる8時を待ちかねて、電話するが、混み合っているのかつながらない。「電報の需要はどれ位あるのだろうか」などと待ちながら考えていたら、繋がった。おじさんが受け付けるのかと思ったら、声美人であった。例文をすこし替えてもらって文案作成、台紙は「おめでたいものに」、ミッキーマウスやプーさんのものあるようだが、教師の威厳もあるのでちょっと気の利いたものにしてもらった。2-3時間で配達してくれるようなので、夕方の披露宴には間に合うだろう。 朝食後は、必ず完成させなくてはならない「公開講座のレジュメ」作りである。と言いながら、日記を作成している。 今日は母の日、以前今日のために買ってあった「軽いポーチ(?)」を母にプレゼント、朝から機嫌が良かった。 奥方には、子供たちと資金を出し合って今月末のお誕生日祝いの兼ねて「システムコンポ」を贈ることに、娘が手配してくれるだろう。奥方曰く「温泉旅行のほうがいいのだが」。 昨夜、娘は奥方の好きなクッキーをいくつか買ってきて渡したらしい、奥方様ご機嫌よかった、娘も気遣いが出来る年頃になった。 夕方まで、レジュメ作成に追われる、切羽詰らないと動かない性格は直らないだろうな。夕方、コンビニへ「煙と飲み物(酒類ではありません)」の調達に、往復1000歩ほどの唯一の運動である。 紐育、まずは大学付属の語学学校への入学手続きをしなければならない。地下鉄のE路線、Jackson HeightsからManhattanのダウンタウンのWashington Sq. へ。当時の紐育の地下鉄は危険が一杯、警察官が同乗している電車も。中には、全く電気がついていない車両もあった、最初は敬遠していたが、しばらくすると慣れる、環境適応性の高い酔眼である。トークンと言うコインを買って、改札口にいれると地下鉄で何処にでもいけた。紐育大学の校舎は、Washington Sq. Park(解説:グリニッチ・ビレッジの東側にあるわりと大きめな公園。このワシントン・スクエアは、多くの人とペットの犬で賑わっています。五番街はこの公園から北に伸びていきますが、その始点には、ワシントン大統領就任100周年を記念して造られたワシントン・アーチが建っています象徴的に立っています。公園の中央には噴水、また公園の隅にはチェス台が数台設置されています。)のそばにあった。チェス台では、老人たちが日がな一日楽しんでいる姿があった。 Washington Sq.駅について、突然話し掛けられる。この駅にはいくつかの路線が乗り入れているので、どの列車に乗ればいいのかを尋ねられたらしい(あくまで想像)、唯一と言ってしゃべれる言葉「I don’t know」、直ぐに離れていったので「ほっと」すると同時に、紐育は異民族の集合した街であることを実感する。誰が永住者で誰がおのぼりさんか分らない。 語学学校、カウンセラーと面談、と言っても、ほとんど分らない。「ゆっくりしゃべってよ」を繰り返す、カウンセラー「住所はdorm?」酔眼「???」、dormがdormitoryであることが分るのに数分間かかる、会話のためにはslangも覚えなければと思う、最後は筆談、それにしてもアメリカ人の筆記は個性が強くて分りにくい。tの横棒を振ってくれなければl(エル)に見えるよ。 とりあえず、「Daytime Comprehensive Course in American English」に入学することになる、朝9時から夕方4時ぐらいまで英語漬けの生活が始まることになる。所属したクラスは 、実験的にアジア人だけを集めた中級クラスであった。日本人も2人が、滞米生活1年以上の人たちだった。それに、中国人、韓国人、タイ人など10数名。Reading、Grammarは全く問題がないのだが、HearingとConversationは全くダメ男君、「water supply」を「what a surprise」と書いて笑われたのも楽しい思い出である。 朝食、トースト、苺、マグカップで珈琲。 昼食、冷やうどんと鯛ご飯。 夕食、奥方ご自慢の「ちらし寿司」、里芋の煮物、豆腐とわかめの吸い物、枝豆、食後にチーズ(すこし肴が少なかった) おやつ、モスバーガーの「フィレオフィッシュ ノーチーズ」を15時前に。お酷起きた息子が昼食の調達に行くのに便乗して買ってきてもらう。座していても、お腹はすくものである。肝臓君大丈夫?焼酎少々 財布が空っぽでも出来る募金です
May 8, 2005
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8時過ぎまで降っていた雨もあがり、現在は青空が一面に広がりつつある、小部屋の窓から入り込む風も爽やかである。近くの電器屋さんがチェックにきてくれたようだが、10年間使った天井の換気扇、いよいよ寿命らしい、取替えを依頼したこと、煙対策の生活必需品だけに我慢は出来ない、予定外の出費だがしかたないな。 午後は某学会の関西部会に出席、発表を聞かせていただいて充電である。 紐育到着後の作業の始まりは住居探し、金銭的制約がある、一番安く上げるのは「ドミトリー」(寮)に入ることだが、紐育生活の長いY氏に聞くと、寮に入った日本人は群れて語学力が向上しないので、1人で住むほうが良いし、当時のManhattan(マンハッタンではなく、猫が鳴くようにミャンハッタンと発音するほうが良いと、英語学校のDr.Weeksに教えられた)は殺人が日常茶飯事に起こっているので、治安の良いQueensの中が良いのではとのアドヴァイス。(酔眼がいる間に、日本人も2人殺害された。) 新聞広告をチェックして、これと思われる物件を見に行く。当時の紐育では、リビングとキッチンが共用で、ベッドルームは個人用というのが多かった。一人が契約し、いくつかのベッドルームをまた貸しする方式である。また、「生活用具付き(ファニチャーつき)」と「生活用具なし」があった。永住するわけではないので、ファニチャーつき、共用で捜すことした。これだと、安くつく。 同窓の先輩のG先生が住居探しを手伝ってくれた。 今でも思い出す物件があった、広々としたリビング、ベッドルームも1人の生活空間としては十分、アメリカ人の新聞記者が借りていて、ルームメートを求めていた。価格も格安、片言の英語にも丁寧に付き合ってくれた、親切そうである。これに決めようかと思い、Y氏に相談すると、即座に「やめときなさい、条件が良すぎる。たぶん○○だと思うよ」、当方にその趣味はないので断念。 Y氏の住居の近くに、物件があった。自分自身で借りなければならないのがちょっと辛かったが、家主は高校の歴史の教員Souder氏、当時の金額で月210ドル(1ドル360円)、高額だが、ルームメートを見つければ何とかなるかなと契約することに。 Y氏からアドヴァイス、「契約書はよく読んだほうがいいよ」。何処の国も契約書の条項の文字は小さい、辞書を片手に読む。こんな条項が「部屋が汚れていると家主が判断した時は、掃除業者を呼ぶことができ、その費用は借主が負担すること」(掃除費用は1回100ドル程度だったかな)。 綺麗か汚いかは主観的判断、そこで、特約事項をつけてもらうことに、 「家主が汚れていると判断した時は、借主にその旨伝え、借主が掃除をしてもなお汚いと判断した時は、家主と借主である酔眼とが相談すること」。 アメリカは契約社会であることを実感した瞬間であった。 1年10ヶ月、一度も、この条項に触れることはなかった、意外と綺麗好きな酔眼なのです。 朝食、黒糖トースト、苺と枇杷、マグカップで珈琲。 昼食、がんこの「ヒレカツとエビフライ定食」、学会の同行したT君と。 夕食、海の商人さんから届いた「天然鯛」の炊き込みご飯、蛸のバター焼き、野菜サラダ、おから、玉子豆腐の吸い物。 おやつ、夕食後、551のアイスキャンディー缶チュウハイ 財布が空っぽでも出来る募金です
May 7, 2005
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今日は「雨」、酔眼に外出予定がないと「晴」、お天道様に恨まれているのかな、などと馬鹿なことを考えるのも、連休ボケによるのかな。 最近日記もマンネリ気味、34年前の「紐育」(ニューヨーク)時代の思い出でも書いていこうかと思っているが、あまりに昔、記憶も定かではない。 「紐育」(ニューヨーク)には、Manhattan、Brooklyn、Queens、Bronx、Staten Islandの5つの地区があるが、多くの日本人のイメージでは摩天楼のManhattanを思い浮かべるだろう。 酔眼の住んでいたのはQueens(クイーンズを最も象徴していることといえば、やはりここは移民文化に溢れるエリアだということだろう。観光化やビジネス街化が進んだマンハッタンとは異なり主に住居エリアとして機能しているためである。もし「本当のニューヨーク」を体感したいのであれば訪れるとよいだろう。クイーンズにはJFK空港、ラガーディア空港がありまさにニューヨークの入口と呼べる交通の要所である)。借りたアパートの回りの東洋人はほとんどが中国人の方だった。クリーニング屋さんも中国人、ここのお婆さん、「日本人だ」と何度も言ったが、「あんたは中国人」、おばあさんが店番している時は、中国人になることにした。 23.JAN.1972(最も古いパスポートでチェック、18日に学生ビザを神戸の領事館で取得していた)、両親と妹の見送りを受けて羽田空港を出発、妹の涙を見て、何年かは帰国できないとの思いが強くなる。飛行機はダグラスDC8だったように思う、乗り合わせた外国人が「no movie」と怒っていた。初めての1人での生活、それも外国となると不安が一杯のフライトであった。 入国は桑港、ここでトラブル。入国管理官、180cmはあろうかという女性、色々質問してくるのだが、「????????」全く理解できない。内心「困ったな」、でも、ここで追い返されるわけにはいかない、フライトの疲れと緊張感で引きつる笑顔を精一杯浮かべる、冷や汗が背中を流れていた。後ろに並んだ人たちからは「ブーイング」、「困ったな」が約10分(実際は5分ほどだったのだろうが)。 入国管理官、業を煮やして、JALの職員を呼ぶ。職員の通訳を得て、やっと入国、「これでは先が思いやられる」。コミュニケーションの訓練は全くしなかったことを反省。乗換にも一苦労、アメリカの空港は広すぎる。ガックリと疲れて機上の人に、「紐育」まで6-7時間、アメリカは広い。 ありがたいことに、JFK空港には大学の先輩のG先生(外地研修中)が迎えに来てくれていた、先輩のアパートはQueensのJackson Heightsにあった。その夜は先輩のアパートにお世話になる、同居しているNYU博士課程のY氏の歓迎を受け、「紐育」の第一夜は不安とこれから期待がない交ぜの心境で更けていった。長旅の疲れで熟睡したように思う。 午前中、来宅2組、短時間で用事を終える。 奥方、酔眼の生活習慣病の薬を貰いに。医者、本人が顔を出さないので怒っているだろうな。娘は久しぶりに学校へ、今日は演習だけらしい。長男、電気街へ。 母、隣駅の郵便局と銀行へ、元気である。 結果、酔眼はお留守番である(現在)。 夕方から出かける、息子と娘と落ち合って、ソニーのショウルームへ、彼らは最新式のウォークマンを購入するらしい。 その後、ゴールデンウィーク中のイヴェントとして、三人で夕食の予定、脛が細くなるがこれも親の役目かな。南の繁華街の「あし火」を訪問する予定。 朝食、苺、マグカップで珈琲。 昼食、レトルトのハヤシのルーを使って、ハイライ、福神漬けとらっきょう。 夕食、「あし火」にて。じゅんさいの酢の物、刺身(尾の身、トロ、たこ)、蒸し物、毛蟹、焼き物(ぐじ、いい蛸の粕漬け)、中華風ステーキ(えりんぎ、アスパラ)、鯛めし、香の物、味噌汁) おやつ、子供たちとお茶、昔風のクリームソーダー。肝臓君活躍かな?宝山全量芋麹のロック3杯半 財布が空っぽでも出来る募金です
May 6, 2005
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連休ボケの酔眼であります。休みが続くと「のんびりモードで気力減退」、やるべきことは山積みなのだが。文章化しなければと思いながらも、半日、ネットで資料漁りをしていた、それにしても、便利になったものである、白書関係、審議会の議事録なども簡単に見ることができるし、ダウンロードも可能、必要な図表だけを切り抜き、貼り付けることもできる。 昔は、「のりとはさみ」が必須アイテムだったのだが、時代は変わった。原稿用紙の頃は、書き直すとなると「ぞっと」していたのだが、今は簡単、その分だけ「推敲」が甘くなっている。 便利になることは、「退化」につながっている。 一日座すると「肉体が退化」と思い、夕方散歩に一駅向こうのスーパーへ、専攻が流通なので、スーパーに出かけて品揃えや価格をチェックするのも勉強のうちだと思っている(奥方様にこき使われているわけではありませんので念のため)。 昔、NY時代、院の「消費者行動論」の授業で、いくつかの商品を決めて、スーパーマーケットに毎週出かけて、価格やプレミアの景品などをリサーチする課題があった。これが院の授業かと思ったが、洗剤など大きいパックのほうが、単位当たりの価格は安いだろうと思っていたが、時々、小さいパックのほうのユニットプライスが安いこともあることを発見したり、コーンフレークの「おまけの食玩」で売れ行きが違ったりすることを学んだ。アンケート用紙を作成して、実施、統計処理、分析もやらされた。 「マーケティング」の授業では、毎週ケース分析。最初の提出の結果で教授と揉めた、広告媒体でどれが有利であるかを分析し媒体ごとの広告効果は測定して提出したら90点、100万ドルの広告費、媒体ごとの配分を書かなかった、教授曰く「配分が書いてないよ」、酔眼「どの媒体にどれだけ使うかは、経営者の意思決定である」、教授「経営者として意思決定までするのがケーススタディーである」、酔眼「トータルの成果は予測できないよ」、教授「意思決定とはそんなものだよ、ケースでは最終的な意思決定まで書かないとダメだと」、酔眼「分りました」、以後は「A」をくれたのも懐かしい30数年前の思い出である。 実学志向を骨の髄まで叩き込まれたNY時代であった。思い出を書くようになったらダメだな、明日から前向きに。 朝食、菓子パンと珈琲。 昼食、サンドイッチ(エビフライ、カツ、野菜サンド)とコーク(自宅にて、奥方の買物に便乗して買ってきてもらう、出来たてはまずまず) 夕食、魚のムニエル、野菜サラダ、そら豆の塩茹で、冷奴、烏賊とにんにくの芽の中華炒め。 おやつ、母の土産のミスドのドーナツ焼酎のソーダー割 財布が空っぽでも出来る募金です
May 5, 2005
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今日はお留守番日であります。近くの友人が切符の手配をしてくれて、母と奥方は「スーパー歌舞伎」へ。子供たちもバイトや遊びでお出かけ、必然的の酔眼様はお留守番。 ゆっくり本が読めるので良しとするかな。休日、勧誘の電話も宅配もないようである。『巨大市場「エルダー」の誕生(消費構造を激変させる“新しい大人たち”の新潮流)』と『シニアビジネス』に目を通す。 読書で印象に残った言葉「市場が飽和しているのではない。市場を見るわれわれの目が飽和しているだけなのだ」鈴木敏文セブンイレブン会長「POSを使うと、確かに売れ筋はわかる。しかし、売れなかった商品が、なぜ、売れなかったがわからない。売れなかった商品にこそ、次の販売機会が隠れているはずだ」 夕方、息抜きに、携帯電話に着メロを取り込こむ。「地上の星」・「ヘッドライト・テールランプ」・「シクラメンのかおり」・「昴」・「氷雨」・「さくらさくら」・「きよしのズンドコ節」、これで100円かな??? 17時過ぎ、母と奥方、満足されてご帰館である。 夕食後、コンビニまで散歩、目的は「煙」の調達。 基本的にマスコミ報道は偏重していると思っているので、 今回の事故のことは触れないでおこうと思っていたのだが、琴線にふれる報道もあった。 昼のワイドショー、今回の事故でご子息を亡くされたご家族を訪問していた。JRを罵るご家族が多い中で、最後に、お母さんが「運転手のご家族への思いやる言葉」を述べられていて、思わず涙した。悔しい心の中でも、人を思いやれるご家庭、亡くなられたご子息もすばらしい人格の持ち主だったことがしのばれた。 朝食、レーズントースト、苺と西瓜、マグカップで珈琲。 昼食、稲庭うどんをざるにして。 夕食、すし萬の「ちらし」、シュウマイ、冷奴。 おやつ、夕食後、お土産の柏餅。肝臓君休憩させるかな?ダメ、焼酎ロック二杯 財布が空っぽでも出来る募金です
May 4, 2005
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連休も中日かな、家庭のコミュニケーションも大切、本日の午前中は奥方様のご命令にて、まずは「お墓参り」。霊園は車で30分ほど、隣の都市の丘陵部にある。 両親は四国の出身、父は次男坊だったので、亡くなった後、霊園探しをした。母も色々見学に行ったのだが、最適なものが無かった。 父が酔眼の机の上においてあった案内パンフレットが今の霊園、これもご縁かと、前にお釈迦様の掌の石碑がある池の後ろの墓地を購入した、これで前に他家の墓石が建立される心配がない、そして、墓石を建立して18年が経つ。 霊園を開発した寺(うちの旦那寺ではない)に墓地管理料を支払っていたが、更新時に「値上げ」をしてくる、こちらは人質を取られているようなもの、このままだとずっと将来管理料が支払えなくなると揉めごとが大きくなってくる(管理料を支払わないと無縁仏にされる可能性がある)ので、交渉して永代借用料を支払った。相手は宗教家だと思っても、なかなか金銭には厳しい(関西で言えば「がめつい奴」である。) うちの宗派では、建立後3×7、21日間は毎日お参りをしなさいというのが旦那寺の院主さんのご下命、院主さん曰く「最初に丁寧に扱っておくと、水の上がりが違って、墓石が何時までも綺麗である」。21日間学校の行きかえり毎日通い、お掃除したのも今となれば懐かしい思い出(これは、お参りの習慣をつけるためのものかと、今ごろは思っている)。 以来、毎月お参りをして、お掃除をして、父に報告をする習慣がついた。先日、奥方が草むしりには行ってくれていたので、今日は墓石のお掃除とお参りだけ。帰り道、ミスドで「朝食」、久しぶりに奥方様と2人で食事、奥方、2人での食事に満足しているのか、話すこともないのか、次男にメールなどしていた。9時半帰宅。 近くのガソリンスタンドが閉店してから、約半年洗車をしていなかった。最近、給油をしているスタンドに行き、給油と洗車、車も面倒見てやらないと「怒る(故障する)」可能性がある。洗車が終わる頃、奥方から電話、妹夫婦が姪を連れて来宅。 甥と姪の入学祝のお返しを持参してくれたようである。暫し、姪のお相手、母は妹が来宅すると上機嫌。昼前、母は友人との約束とかで外出、妹一家は、姪の誕生日祝いを購入とかで続いて帰る。 奥方のご命令で、一緒に車で「夕食の買出し」。スーパーの近くの蕎麦屋で昼食、奥方はゆっくりと食すので、酔眼のペースとあわない、将来「不和の原因になるかも」と内心思ったりした。その後、買出し、酔眼も米焼酎を2本調達(自腹です、買出しにも援助金を出して、すこし良い食材を購入)、13時過ぎ帰宅。 解放されて入浴、小部屋で「のんびり」と思ったら、小部屋の天井に備えた「換気扇」から異常音、電気屋さんも休み、たちこめる煙にむせながら日記作成(やめればいいのに、血が固まるよとお節介な姪に言われたのだが)。 さて、Amazonから続けざまに届いている「シニア」関係の本でも読もう、明日は母と奥方は観劇に出かけるので、のんびりと留守番しながら「公開講座」のレジュメ作りである。 踵の痛みは、すこし和らいでいる。 年寄り三人で夕食、飲む量が多いので、母に睨まれる。自重自重。 朝食、ミスドで「汁そばセット」(アイス珈琲)と豆腐ドーナツ(メイプルシロップ)。 昼食、天麩羅ざるそば。 夕食、鰈の煮付け、鯛の子の卵とじ、野菜サラダ、ご飯を半分。 おやつ、夕食後、粽と柏餅。肝臓君休憩させるかな?ダメ、焼酎ソーダー割り3杯半 財布が空っぽでも出来る募金です
May 3, 2005
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風は強いが、快晴といっていいだろう。よりによって、酔眼が今年初めて「棒振り」に行った昨日だけが「雨」とは、精進が悪いわけではないと思うのだが・・・。 今日は出講日であります。連休の谷間の週日、なんとなく学校も静かであります。一階のピロティーにたむろするB系の学生も少ないようである。 月曜日は演習が3つの日、先週課題をそれぞれに出して、基本的には「自主休講」を認め、質問や相談のある学生は来室するように連絡してある。先ほどまでに3名ほど来室、質問に答え、その後は雑談(来年の就職活動など)。 時間的余裕があるので、来週からの配布物をコピーしたり、個人研究費の申請書類を作成したりする。 今年も他大学の評価委員を引き受けた。今日連絡があったのだが、分科会の主査を任じられた。第1回の打ち合わせ会が、お江戸方面で今月中旬に開催される、出席して、「今年の評価ポイント」確認しておく必要があるので、出張願いを作成、提出しておく。6月は、評価作業に忙殺されそうである。主査は現地調査も必要になるので、秋ごろにも「ちょっと忙しく」なるだろう。 他大学の評価作業、大変だが、自分の学校を見直す良い機会でもある。 以前から、時々、右のかかとが痛くなる。以前患った「通風」が「かかと」に来たかと思い、数回、違う医者にレントゲンを撮ってもらってチェックしたのだが、「通風」ではないし、写真では異常がないとのことだった。 ある医者曰く「酔眼さん、歩きすぎですよ」、酔眼「体重減らしには歩かなくては} 最近、散歩をすると、その後、痛みが生じる。昨日の「棒振り」、雨中をかなりの距離を歩いたので、プレー中から痛み、足を引きずるように歩いていた。シップを張って就寝したのだが今朝もかなりの痛み。 学校の駐車場から研究室まで歩くのが苦痛だった。いつもの靴を履いているのだが、足すこし腫れているようである。原因が分からないのが困る。 推測では、腰骨の「ずれ」が原因ではないかと思うのだが、痛みがなくなることもあり、????? 朝食、ざるうどん、苺、マグカップで珈琲。 昼食、餃子定食 夕食、焼き鯖の寿司、味噌汁。 おやつ、アイスキャンディー(夕食後)肝臓君休憩 財布が空っぽでも出来る募金です
May 2, 2005
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今年初めての「棒振り」、一度も練習もしない、約8ヶ月ぶりに道具バックを開く、黴は生えていないようである。 7時過ぎ、友人が迎えに来てくれる、高速道路混みあっているかと思ったが、順調に棒振り場へ。スタートより1時間20分も早い、ゆっくりと「和朝食」、友人は「朝は食べられない、酔眼さん元気だね」。今日のメンバーは皆同い年、還暦目の前であるが、昔の還暦前の人に比べれば、若々しい。 9時半、スタート、3ホール目から雨、それでなくても練習していない、昔の感性だけが頼り、うまく行くわけはありません。昼食を挟んで、なんとか18ホールを回る。 ファミリーコンペとか、ブービー(成績が下から2番目)メーカー(要はどん尻)も景品があるとのことだったので、恥ずかしいスコアだが提出しておく、 夕方からは、友人宅で夕食会、先日大手術をした友人も顔を出してくれて、美味しい料理で、焼酎鱈腹。友人たちとの、楽しい交流の一日であった。 朝食、和朝食 昼食、蛸の煮付け、白魚の和え物、バーボンソーダー二杯。 夕食、友人宅にて、刺身(鰹、烏賊)、モズク、筍の煮物、つくね鍋、鯛のカルパッチョ、などなど。 おやつ、夕食後、アイスクリーム焼酎鱈腹 財布が空っぽでも出来る募金です
May 1, 2005
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