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秋山巌の小さな美術館 ギャラリー馬美の町田珠実です。遅くなりましたが、東多賀の湯の画像をアップしますね。「まみだより」の読者の皆様は、<たまゆら>はご存じだと思いますが、東多賀の湯の画像にも<たまゆら>が現れてくれました!魂のレベルで嬉しかったり喜んでいたりすると、現れてくれるエネルギーが<たまゆら>だそうですが、本当に久しぶりにゆっくりして幸せな時間でした!道路沿いの大きな看板 外観です。愛車の2台目ディスコ1も一緒に。 入り口には、鳴子を愛した画家「谷内六郎」さんのイラスト行灯。お風呂の入り口です。のれんの下にたまゆらさん♪ あ~気持ちよかった、と私のほっぺにもたまゆらさん。 夫のほうが大きなたまゆらさんです。 お風呂の前にはこんなくつろぎスペースがあります。 こんなお湯につかると幸せになるんですね~。でも、なかなか強いお湯で、かの玉川温泉を彷彿させるお湯でした。3日後ぐらいにデドックス効果が表れました。 壁に貼られた山頭火の句。 まだ出そろっていませんが、こんなお料理でした。 はじめて食べた「干し柿」の天ぷら。美味しかったです。 翌日は、チェックアウトを延長して、お昼までゆっくり休みました。女将がおでかけで写真を撮れなかったのが残念ですが、きさくでチャーミングな女将さんでした!今度は秋山先生をお連れしますね、ありがとうございました。
2009.11.18
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秋山巌の小さな美術館 ギャラリー馬美の町田珠実です。今日は、鳴子温泉郷「東多賀の湯」に来ています。以前にも書きましたが、鳴子温泉の日記だけ抜粋 ↓~山頭火の日記~(昭和11年)『六月廿九日 曇り。沈静、いよいよ帰ることにする、どこへ。とにかく小郡まで、そこにはさびしいけれどやすらかな寝床がある・・・・・七時、さよなら、ありがたう、ごきげんよう、青衣子よ、坊ちゃんよ。十時の汽車で逆戻り、二時、鳴子下車、多賀の湯といふ湯宿に泊まる、質実なのが何よりうれしい。いつでもどこでも、帰家穏座の心でありたい。どしゃぶりになって旅愁しきり。』山頭火が滞在したときと同じく、どしゃぶりです。部屋数は8つと、こじんまりとした湯治宿ですが、掃除もゆきとどいて、本当に久しぶりにゆっくりお湯につかれました。画像は後日アップしますが、お食事も、温泉宿らしいものでしたが、天麩羅の盛り合わせに、干し柿の天麩羅があって、なかなか美味しかったです。なによりも、源泉そのままのお湯は、温度もちょうど良く、とても暖まります。無色の源泉が湯船では乳白色にかわる、お肌に効きそうな薬湯です。夫のモバイルPCを借りて書いているわけですが、e-モバイルもお部屋で問題なく入っていますので、インターネットも安心です.明日は、お客様が二人展を開催中の、川渡温泉「みやま」へ行きます。6年ぶりの「みやま」さん、楽しみです。では、今日はこの辺で。
2009.11.17
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秋山巌の小さな美術館 ギャラリー馬美の町田珠実です。憂国坊 南斉先生より、「ばかげた話」が届きましたのでご紹介します。 「ばかげた話」 居酒屋の鳩六じいさんは、このところ浮かぬ顔をしている。と云うのは、後妻のお福ばばあが、商売上のことにことごとくいちゃもんをつけ、ふくれたりむくれたりするので、商売はうまくすすまない。新酒の買つけにちかぢか、アメリカ屋の尾花店長が来るのだが、問題は、沖の島の支店の移転と拡張でうまく話がつけばいいが、亦もや後妻のお福ばばあが、新酒の値段で文句をつけはじめたことだ。鳩六じじいは、うんうん、いゆうわい、いゆうあいと呟くばかり。困ったもんじゃ。 以上 憂国坊 南斉先生が、旅立つ前に投函したようですので、そのまま掲載します。・・・何とコメントしたらよいのでしょう・・・。
2009.11.13
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秋山巌の小さな美術館 ギャラリー馬美の町田珠実です。実父「秋山巌」が、海軍落下傘部隊だった事は、以前ご紹介した通りですが、資料集めは相変わらず続けております。先日、海軍落下傘部隊も訓練した通称「館砲」、「館山海軍砲術学校」に通った海軍予備学生の日記を入手いたしましたので、簡単にご紹介します。~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 館砲日記 ー海軍予備学生の日記ー(自 昭和18年10月1日 至 昭和19年6月16日) 著者館山海軍砲術学校 第三期兵科予備学生 宮下章 刊行館砲三期会 戦記資料編集委員会 はしがき この日記は、過ぐる大東亜戦争に際し、館山海軍砲術学校へ入校し、教育訓練を受けた第三期兵科予備学生 宮下 章 君の日記であって当時超多忙で、疲労困憊していた大方の中にあってよくぞ逐一筆記していたものである。誠に珠玉に値するものと信ずる。 昭和18年9月に全国の大学・高専等から繰り上げ卒業した幾多の若人が奮って海軍へ投じたのであるが、宮下 章 君は慶応大学から選ばれて館山海軍砲術学校へ入校した一人である。 随所にプライベートな事が出てくるが、これが全体のニュアンスを破壊せず却って同様類似の各人各様の持つ事柄や事件と関連があると思われるので、敢えて原文の儘を載せることにした。 関係深い同期諸氏は何卒熟読翫味してそれぞれの心の日記をひもといて戴きたい。 なお、発刊に当たっては館砲三期会戦記資料編集委員長 松林宗恵(元東宝監督)監修を経てあり、今後も戦記等お持ちの会員は、進んで申し出て下さい。できればプリントにする予定です。 昭和45年8月館砲三期会事務局 末吉博誌~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~監修をされたという松林宗恵さんは、ウィキペディアによると、2009年8月15日午前7時10分、心不全のため死去。89歳没。だそうです。秋山巌も今年88歳、のんびりしてはいられませんね。「館砲三期会」の皆様は、館山の安房神社で、今年も慰霊祭に参加されたそうです。館砲三期会 慰霊祭の様子は、「南房総の浮雲」さんのブログに詳しく紹介されています。来年、5月27日の安房神社での「海軍落下傘部隊」慰霊祭には、出来るだけ、隊員の方、ご遺族の方に参加を呼びかけたいと思っています。海軍落下傘部隊で、横一特の田口正一さんの甥御さんも、ブログをスタートさせました。語り継ぐ仲間が増えて、大変心強いです。資料はまだまだあるのですが、焦らずたゆまずでご紹介していきます。
2009.11.04
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秋山巌の小さな美術館 ギャラリー馬美の町田珠実です。秋山巌 書き下ろし年賀状3作目は「偉大なる王(わん)」です。「偉大なる王」という虎を、皆さんはご存じでしたか?この虎の原画を描いて、タイトルをつける時に、「そうだ、こいつは偉大なる王(わん)にしよう!」と、パッとひらめいたというか、思いついた先生に、私は「偉大なるわん?、そういう虎の名前?」と聞きました。「うん、そう呼ばれてる虎がいるんじゃよ」と先生。「偉大なる王(わん)」 ニコライ・A・バイコフ著 今村龍夫訳【内容情報】(「BOOK」データベースより)密林の洞窟の中、一頭の虎が誕生した。その名は「王」。かれこそ森林の王者になる運命のもとに生まれた虎だった。幼い虎は、自然の中で生きぬく術を母から学び、ほかの動物たちとの戦いを制し、やがて人間たちからもおそれられる真の王者へと成長していく―。きびしくも美しい大自然を舞台に、ほこり高い虎の一生をえがく動物文学の傑作。ぱっと、本のタイトルが出てくるのは、読書家で、幅広く勉強しつづけている秋山巌だからこそ。本当に見習うことばかりです。それにしても、秋山巌の「偉大なる王」は、愛嬌がありますね。2010年年賀状は、この3点となります。年賀状はこちらからどうぞ。
2009.11.03
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秋山巌の小さな美術館 ギャラリー馬美の町田珠実です。秋山巌 書き下ろし年賀状 2作目は「文字虎」赤い文字の虎に、まわりを黄色と黒(墨)の虎模様で囲んで、思いつきそうで、なかなか思いつかないですよねぇ。シンプルですが、とっても元気になります。年賀状はこちらからどうぞ。
2009.11.02
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秋山巌の小さな美術館 ギャラリー馬美の町田珠実です。大変ご無沙汰いたしましたが、皆さんはお変わりございませんか?私は、いろいろな出来事が起きて、あれもやりたい、これもやりたいと思いつつ、雑務に追われる日々で、セルフマネージが全く出来なくなっておりました。優先順位をしっかり決めないと、時間は増えませんね!さて、実父「秋山巌」から、書き下ろし年賀状の原画が届きまして、とても面白い出来となりました。是非、大切な方への年賀状にお使い下さい。 「おらが春」めでたさも 中位なり おらが春一茶の句を添えています。先月の来相中に、真っ赤なふくろうを数点描いていった秋山先生ですが、これはとっても愛らしいふくろうになりました。バックには富士山で、めでたさ倍増です!年賀状はこちらからどうぞ。
2009.11.01
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