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旭山動物園は、テレビで紹介され、ドラマにもなっているほどですが、予想どおり楽しいところでした。天気は今ひとつ良くなかったのですが、「鉄」をきっぱりと捨て、1日観光に費やすのも、それはそれでよいものです。3日目は富良野観光ですが、偶然(!?)C11の牽くノロッコ号が運行されている日でしたので、この見物も重要な観光と位置づけ(笑)、富良野線へ向かうことにしました。しかし、その前に前日同様、朝飯前のDD51撮影です。朝、ホテルを出て、函館本線の撮影ポイントについても、当然のことながら誰もいません。天気は相変わらず良くありませんが、カッコウの鳴き声を聞きながら列車を待つなどという贅沢も経験しました。さすがは北海道。気分は最高です。前日と同じ筋の貨物を、この日は原色機が牽いてきました。このあと、711系の普通電車も撮影し、一旦ホテルへもどって朝食を済ませたあと、いよいよ富良野へと出発です。
2008/06/30
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北海道旅行の2日目は、旭山動物園がメインテーマでしたので、早朝のDD51が唯一の撮影タイムとなりました。旭川の町をはさんで、宗谷本線にするか、函館本線にするか迷ったのですが、翌日、富良野線へ行く予定にしていたため、函館本線は先送りにしました。撮影ポイントは旭川四条と新旭川の間に架かっている鉄橋ですが、近づくとカラス除けのためにぶら下げているCDが意外と目につくため、平行している道路の歩道部分から撮影することにしました。雨がぱらつく生憎の天気でしたが、文字どおり朝飯前のDD51撮影。旅先ならではの朝練に、気分も上々でした。
2008/06/28
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現役蒸機時代、旭川駅構内で宗谷本線のC55 50号機を撮影しているのですが、それ以外の記憶は、ほとんど残っていません。そういうわけですから、北海道旅行初日の締めくくりに訪れた旭川駅も、初めて行ったに等しい状態です。まあ、30年以上前のことですから、駅も様変わりしていて当然。ちょうど、「旭山動物園号」のオレンジカードを販売していましたので、旅の記念に1枚買い求めました。そうこうしているうちに、改札口の向こうでコンテナ貨物が停車しました。この貨物の先頭には当然、ディーゼル機関車がついているはずですから、これを本日の撮り収めにしようと、とりあえず駅の外れへ行ってみることにしました。コンテナ貨物を牽引していたのは、青色更新機のDD51でした。原色機じゃないのか、と一瞬思いましたが、青色更新機を撮影するのは初めてでしたので逆に、初物ラッキー、と思いました。手前にはルピナスの花も咲いています。しばらくすると、赤い711系の普通列車がやってきました。711系は、北海道の中でも急速に姿を消しつつありますが、旭川方面では、まだまだ健在です。DD51と711系の組み合わせという、北海道らしいカットが本日の「思い出の1枚」です。
2008/06/27
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千歳から旭川まで途中、数ヵ所で寄り道をしながら北上しました。天気が良いので、できるだけたくさんの列車を撮影したいと欲が出てしまいます。旭川に着いたのは、すでに日も西に傾きかけた頃でしたが、ちょうど特急「サロベツ」がやってくる時刻でしたので、これも撮影していくことにしました。「サロベツ」は札幌と日本最北端の駅・稚内との間、396.2キロを結んで走っています。私にとって、宗谷本線は未踏の路線なのですが、天塩川の右岸をたどりながらサロベツ原生花園を横切ったあと、抜海駅付近からは沖合いに利尻島を眺めながら稚内へ至るなどと書かれた列車案内を読むと、そうした景色の中を走る列車をぜひ一度、撮影してみたいと思ってしまいます。C55が走っていた時代から、利尻富士の秀麗な姿と列車を組み合わせた写真はファンを魅了してきましたが、今は未来のお楽しみの1つにしておきたいと思います。本日の「思い出の1枚」は、西日を受けて正面がギラリと光った183系「サロベツ」です。宗谷本線を走る特急は、ほかにも261系の「スーパー宗谷」がありますが、「サロベツ」は一往復のみの設定ですので、今回、その列車を撮影することができてラッキーでした。
2008/06/25
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2日間、大阪近辺のDD51レポートをはさみましたが、北海道の旅にもどりましょう。本日の「思い出の1枚」は、789系の特急「スーパーカムイ」です。「スーパーカムイ」には789系と785系の2種類があり、従来は785系だけでしたが、最近、789系が新設されました。メタリックボディの5輌編成で札幌と旭川を結んでいます。北海道の都市部と、なだらかに広がる田園風景の中を疾走し、ビジネスの足としても活躍する「スーパーカムイ」ですが、全28往復中12往復は新千歳空港と旭川間を直通運転し(新千歳空港-札幌間は快速エアポートとして運転)、空港アクセスにも便利な列車となっています。
2008/06/24
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工事臨のあと、どうせならDD51三昧でいこうと思い、ホームグラウンドである城東貨物線へと転進しました。城東貨物線と新幹線を組み合わせた写真が撮れないかと、ずっと思っています。現役蒸機時代に撮られた写真で、城東貨物線のD51のバックに0系新幹線が入ったカットが私の記憶の中に強く残っており、それの現代版としてDD51と500系新幹線(最新型だとN700系になりますが、個人的好みとしては500系になります)の組み合わせで記録できたらなあ、と思っています。撮影ポイントは大体分かっているのですが、いくつもある想像上の理想写真の中で、これもまた見果てぬ夢の1カットとなっています。もしかしたら、という想いをかなえるため、京都から大阪へ移動してきた足でポイントをめざしましたが、時間的な関係で今回もたどり着けず、仕方がないので、いつもの築堤でDD51を記録することにしました。前回、この場所へ来たときは八重桜が満開で、この場所で八重桜とDD51を組み合わせて撮影するのはおそらく最後になるだろう、と思いながらシャッターを切ったのですが、今日はタチアオイが咲いていました。隣にはビワの木も、小粒ながら実をつけています。毎日の雑事に追われるうちに、季節は確実に春から初夏へと移ろっています。
2008/06/23
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北海道旅行中ですが、臨時列車が走りましたので、割り込みレポートです。DD51が重連で東海道本線の工事臨を牽引するとの話を聞きましたので、出かけてきました。夜来の雨はかなりの降雨量をもたらし、一時は撮影に行くのもどうしようかと迷ったのですが、夜があけてみると、空は何とか持ちこたえそうな雰囲気。どこで撮ろうかと思案した結果、チキを牽いたDD51重連の工事臨なら大山崎の名神クロスと思い、とりあえず向かってみることにしました。現場には私を含めて6人のファンがカメラを構えました。工事臨は特急「日本海」が通過したあとにやって来るため、国鉄色の「雷鳥」や電気機関車の牽く貨物列車など、工事臨以外にも短時間であれもこれも、と盛り沢山に撮れるのが何ともうれしいことです。天気も回復の一途をたどり、露払いとなるEF200牽引貨物や特急「日本海」が通過するころには薄日も射してきました。「日本海」が通過していよいよ本番です。近くに見えている踏切の警報機も鳴り出しました。各人一斉にカメラの最終チェックを行います。そして遠くにDD51の姿を見た瞬間、何だか様子が変なのに気がつきました。重連の後ろにチキがついておらず、機関車だけの単機回送状態です。気合いを入れてやって来ただけに、ちょっと肩透かしを食らった感じです。しかし、東海道本線をDD51が重連で走るのは、それはそれで価値があります。天気もまずまずだったし、よかった、よかったと思いながら撤収しました。
2008/06/22
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北海道へ行くのなら、青いDD51重連が牽く寝台列車は、やはり逃したくありません。石勝線の次は、これまたお決まりの千歳線です。3月のダイヤ改正で「北斗星」が減便されたのは残念で、さらに、この日は「カシオペア」が走らないため、「トワイライト」1本狙いとなります。午後2時過ぎ、いつもの場所で待っていると、青いDD51が牽くモスグリーンの「トワイライト」が遠くに見え、急速に近づいてきました。それまで車の中で本を読んでいた妻も降りてきて一緒に列車見物です。鉄道のことは全く分からない妻ですが、青い機関車が2輌つながって走っていくのは、かっこいいと思ったようです。この列車は、今から私が住んでいる大阪まで、ほぼ一昼夜かけて走るんだ、と思うと感慨深いものがありました。一度でよいから、この「トワイライト」か「カシオペア」に乗ってみたいものです。
2008/06/21
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仕事の関係で飛び石連休となるため、振替休日をはさんで休みをまとめ、久しぶりに北海道へ行ってきました。今回は妻も同行する旭川、富良野の観光を兼ねた「鉄」旅行、もとい、「鉄」を兼ねた観光旅行です(笑)。朝、関空を飛び立ち、昼前に千歳へ着くいつものパターン。この日は旭川まで移動する必要があるのですが、晴天に恵まれましたので、旭山動物園は明日のお楽しみとし(天気が崩れる予報が出ていました)、初日は「鉄」中心の旅にしました。子どもが同行していたらこうしたことはなかなかできないのですが、長年の連れ合いである妻はある程度、理解を示してくれます。「亭主の好きな赤烏帽子」というわけですが、一部からは「すでに諦めている」という指摘もあります(笑)。千歳空港から程近い撮影ポイントとして石勝線の跨線橋があります。いつもの店でレンタカーを借り、早速向かいました。正午過ぎにDF200の牽く貨物列車があるのですが、斜め前から撮る定番の編成写真は、貨物の前に通過する特急で試しましたので、DF200はストレートの直線で真正面から撮ることにしました。
2008/06/20
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信楽の里で焼物を見て、列車を何本か撮影したあと、草津線の方へ移動することにしました。信楽高原鉄道というだけあって、貴生川から信楽に向かっては結構な上り勾配となっていますが、今回は逆コースですので、坂を下っていくことになります。貴生川に近づくと、あちらこちらで黄色く色づいた畑が見えてきました。麦畑です。色づいた麦を表す言葉に「麦秋」というのがあります。「麦の秋」という字づらからすると、つい「秋」と思ってしまいますが、季節的には初夏のことで、俳句でも「夏」の季語となっています。関西では、麦が栽培されている光景をあまり目にしませんので、私自身も金色に輝く麦畑を見たことは数えるほどしかありません。電化される前の加古川線で麦秋に気動車を配して撮影したことがあったなあ、などと思いながら、色づいた麦と草津線の電車をからめられる場所を探しました。幸い、貴生川と三雲の間にある築堤のそばで西日に輝く麦畑とともに撮影することができました。湘南カラーの中間車をJR西日本色の先頭車でサンドイッチした普通列車が「本日の思い出の1枚」です。
2008/06/19
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撮影ポイントを探しながら車を走らせていると、道路と並行して桜の木が植えられているところがありました。4月なら迷わずに車を停めてアングルを考えるところですが、今は青々とした葉が繁っています。でも、それなりに木の形が良いため、遠くに列車を配して撮影することにしました。この木、何の木、気になる木~♪ と思わず鼻歌が出てきます。新緑の季節に信楽の里をトコトコと走る気動車。最近、編成写真を撮影することが多くなっていたのですが、久々に情景写真を撮ることができました。
2008/06/18
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たぬきの置物で有名な信楽焼の里へ行ってきました。焼物を見るのと、信楽高原鉄道、草津線の撮影をするという1粒で2度、3度おいしい撮影行。名づけて「グリコのアーモンドキャラメル」作戦(笑)。信楽高原鉄道といえば、やはり平成3年に起こった列車の正面衝突事故が忘れられません。死者42人、重軽傷者614人を出す大事故でした。そうした過去の痛ましい記憶を忘れ去らないために、信楽高原鉄道の信楽駅構内では事故車の部品などを今も展示しています。事故の反省を未来に生かそうとする鉄道会社の真摯な姿勢は評価に値します。信楽駅に立ち寄ってから撮影ポイントを探したのですが、ロケーションが分からないため、信楽駅からそれほど遠くないところにあった小さな鉄橋でとりあえず最初のカットを撮ることにしました。カメラをセットしてしばらくすると、列車の接近してくる音が聞こえてきました。小さな鉄道会社の昼間の運行なので、当然のごとく単行でやって来るもの、と思っていたら、2輌編成の列車が姿を現しました。しかも、前と後ろは異なったタイプの車輌で構成されています。おや、まあ、と驚きの二重奏でした。ところで、なぜ、お商売のお店に信楽焼の「たぬき」が縁起物として置かれることが多いのか、ご存知ですか? 私もずっと疑問に思っており、信楽へ行ったらお店の人に尋ねようと思っていました。しかし、どうやらたくさんの人から質問されるようで、信楽焼のお店には解説が貼られていました。もちろん諸説があるようですが、「たぬき」は「他を抜く」に通じ、商売繁盛につながる、というのが縁起物として好まれる由来だとか。な~るほど。
2008/06/17
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湖西線・北陸本線を走っている「雷鳥」や、福知山線を疾駆する「北近畿」「文殊」、山陰本線の「まいづる」「はしだて」など、京阪神周辺では、まだまだ国鉄色が健在です。ただ、「北近畿」「文殊」「まいづる」「はしだて」などの場合はJR西日本色、通称カフェオレ色の編成も混じっていますので、国鉄色を確実に押さえられるのは「雷鳥」だけとなります。しかし、「雷鳥」については、残された時間が少なくなっています。先日、有名な撮影ポイントである山崎のサントリーカーブの少し大阪寄りにある、もう1つの撮影ポイントへ行ってきました。そのとき撮った「日本海」の写真は、Web版の「お立ち台通信」(ネコ・パブリッシング)にも掲載してもらいましたが、本日の「思い出の1枚」は、同じときに撮影した「雷鳥」のカットです。この「雷鳥」も、なくなるとなれば超フィーバーが起こるのでしょうね。消え去るときに大騒ぎせず、日ごろからこまめに撮っておくべし、というのが私の持論ですが、「雷鳥」や「0系新幹線」など、さよならの日が近づいている列車がいくつもあります。行きたいところはいくつもあるし、撮らなければならない列車もいくつもある。ああ、ああ、忙しい……。
2008/06/16
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休みの日に妻と買い物に出かけたときには、ときどき吹田機関区をのぞくようにしています。いわばまあ、お散歩のついで、みたいなものです。いつものように、望遠レンズをつけたカメラで、ゲートの外から留置線の機関車を見せてもらいました。以前から吹田機関区ではEF66のファーストナンバーが留置されていました。廃車されているという噂は聞いていたのですが、外見上は特に変化もなく、当分はこのままなのだろうと思っていました。しかし、この日訪れたときには正面のナンバープレートが外されていました。ボディサイドのナンバープレートはそのままだったのですが、顔の部分のナンバープレートがなくなっているのは、正直、ショックでした。この場所に留まっているのもあとわずか、と最後通牒をつき付けられたみたいで、何とも寂しい思いがしました。思えば、D51やC11などが現役で働いていたころ、吹田機関区を訪問したことがあります。ターンテーブルに乗ったC11や扇形庫にずらりと並んだD51を嬉々として撮影したのですが、留置線の傍らにはEF66の1号機が停まっていました。当時は最新鋭の電気機関車で、それが私とファーストナンバー機との最初の出会いでした。あれから35年近い年月が流れ、お互い年を取ったのですが、1号機の方が一足先に引退してしまいました。ナンバーを外された1号機と、同じく一桁代の僚友3号機が本日の「思い出の1枚」です。
2008/06/15
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過日、城東貨物線で撮影したカットが、本日の「思い出の1枚」です。天気も悪いし、家で片づけないといけない用事もたまっているし、ということで、久しぶりにほとんど外へ出ず家に籠っていましたが、だめですねえ、2日ともちません。次の日も天気は今ひとつで撮影には不向きなのですが、ホームセンターへ買い物にいきたいという奥さんの要望に、それじゃ、城東貨物線の近くにあるホームセンターへでも行こうか、ということになりました(シメシメ)。この前、城東線へ来たときには八重桜が咲いていたはず……。う~む、時間が経つのは早いものです。3月におおさか東線が開通し、城東貨物線の南部エリアは様変わりしましたが、北部エリアでも急ピッチで工事が進んでいます。今のうちに記録しておかなければ、というのは城東貨物線を訪れるたびに思うことです。しかし、いつでも撮れるという気持ちから、天気の良い日には遠出をしてしまい、その結果、最近は天気の悪い日にしか撮影に来ていない。DD51が日中に定期貨物を牽いているというのに、何というバチ当たりなことをしているのでしょう。とはいうものの、現実問題として雨混じりの日に出てきているわけですから、これはこれで何とかしなければ。結局、流し撮りでシャッターの遅い分をカバーすることにしました。お昼過ぎ、いつもの場所に現れたのは、更新色のDD51。城東貨物線では、まだまだ原色機の方が多いので、むしろこれは少数派。今日のところは、これで良しとしましょう。
2008/06/14
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目が洗われる、という思いを、この5月から6月にかけて何度、体験したことでしょう。たとえば播但線、たとえば木次線、たとえば伯備線と、最近訪れた線区で新緑がきれいだった場所を思い出すと、4つや5つはすぐに挙げられます。四季折々の美しさを撮影する中で、新緑も確かに重要な題材の1つです。高山に近づいたころ、すでに日は西に傾き始め、谷の深い場所では日の当たらない場所も出来始めていました。しかし、西日の当たる斜面は逆に緑の深さが一段と増し、ここでもまた目が洗われる思いをしました。川幅が狭くなったせいもあり、飛騨川の流れがこれまでとは変わったような気がします。その川沿いを「ワイドビューひだ」が駆け抜けていきます。新緑にまつわる思い出のシーンがもう1つ増えました。
2008/06/13
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禅昌寺の近くに鉄橋がありました。片側には手すりが付いていますが、目障りなケーブルもなく、順光側はすっきりしています。他の線区に比べて鉄橋の多い高山本線ですが、ケーブルを渡すためにポールの立っていることが多く、そのことにいささか失望していましたので、このようにすっきりした鉄橋を見ると、それだけで何とか撮影できないだろうか、と思ってしまいます。橋脚が立っている付近の川床はコンクリートで整備されていますが、これが途切れるあたりは小さな落ち込みとなっていて、水の流れが白い筋となり、目にも爽やかです。折しも白い普通列車がやって来ました。初夏らしいすがすがしいカットを押さえることができました。
2008/06/12
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高山本線を北上する旅を続けましょう。下呂を通り過ぎて目に留まったのが禅昌寺というお寺でした。こんなときでもなければ訪れることはないので、ちょっと寄り道をして参詣させてもらうことにしました。お寺に近づいていくと、計ったように踏切の警報機が鳴り始めました。向こうに見える桧皮葺の鐘楼が何とも良い雰囲気を出しています。やってきたステンレスボディの「ワイドビューひだ」と組み合わせることにしました。禅昌寺は創建が平安時代で、戦国時代に再興されて以来「天下の名刹」として宋様式の伽藍の威容を誇っています。境内には樹齢1200年、樹高40m、幹周12m、国指定の天然記念物となっている大杉がそびえているほか、名勝指定の庭園「萬歳洞」や雪舟筆の「大達磨像」などを見ることができます。妻と2人でしばし、これらの名品を愛でさせてもらいました。
2008/06/11
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高山本線は飛騨川を縫うように走るため、いたるところに鉄橋が架かっています。本日の「思い出の1枚」は、下呂と焼石の間にある鉄橋を通過する普通列車です。この鉄橋を渡るとすぐに、列車は長いトンネルへと入っていきます。実は、この列車を撮る前に、トンネルから出てきて向こうへと走り去っていく特急「ワイドビューひだ」も後追いで撮影しているのですが、列車がトンネルから出てくる少し前、猛烈な勢いで風がトンネルから吹き出してきて、しばらく経ってから轟音とともに列車がトンネルから飛び出してくるシーンを見かけました。走行中の列車が空気を前へ前へと押し出していることの証明ですが、トンネルの中のように一定方向にしか空気の逃げ場がないとこういう現象になるのか、まるで空気砲だな、と科学の実験を見ているようで、とても興味深かったです。
2008/06/10
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高山本線を岐阜から高山に向けて進むと、上麻生を通過し、飛騨川が見え始めたあたりから飛水峡という名所になります。七宗町から白川町にかけて12kmほどの峡谷ですが、長年の濁流により川の岩盤には、甌穴(ポットホール)と呼ばれる円形状の穴が数多く見られます。その甌穴群と飛騨川によって深く削り取られた景観は、1961年に「飛水峡の甌穴群(おうけつぐん)」として国の天然記念物に指定されています。高山本線には「ワイドビューひだ」が俊足を誇っていますが、今の季節は高山本線の白いキハ47も周囲の新緑と両々相まって鮮やかに引き立っています。ゴツゴツとした岩肌の所々に穿たれた甌穴。その奥に架かる緑の鉄橋を渡る白い気動車。模型のジオラマそっくりの景色のなか、気持ちのよい時間が流れます。
2008/06/09
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美濃太田には留置線がありますが、ここはマニアから見ればお宝の山。茶色の旧型客車のそばに国鉄色のキハ58、その横の線にはキハ82の先頭車が停まったりしています。さらにカバーがかけられている車輌もあったりして、この下には何が隠されているのだろうか、とドキドキしてしまいます。いずれの車輌もサビや汚れが目立つのですが、留置線の中ですし、カバーをかけて保存しているものもありますので、何らかの目的があって停められているのだろうと思います。大宮の鉄道博物館が大人気なのに刺激を受けたのか、JR東海でも博物館を開設する計画があるやに聞き及んでいます。そこでの展示予定車輌なのか。はたまたイベント列車として運転する車輌なのでしょうか。いずれにせよ、お宝の山を目の前に期待に大きく胸がふくらみます。JR東海さまの英断をお待ち申し上げます(笑)。
2008/06/05
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中国地方を巡ってきた旅も、そろそろ帰宅の時刻を迎えたようです。本日の「思い出の1枚」は、緑色編成の特急「やくも」です。画面一面、これでもか、と言わんばかりの緑色。バックの山の新緑が本当にきれいです。多客期ということもあり、列車の編成が長く、最後尾まで収まらなかったのと、編成の途中に薄紫色の車輌がサンドイッチされていたこと。これが予想外のできごとでした。
2008/06/04
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鉄道写真をやっていてよかったな、と思うのは、日本の四季を身近に感じられる点です。自然の景色をテーマにして写真を撮っている方は、いずれも同じような気持ちをお持ちだとは思うのですが、私の場合、鉄道を通じて四季折々の日本列島の美しい姿を見ることができるのは、大きな幸せです。春の桜、秋の紅葉は毎年心おどりますが、初夏の新緑もまた捨て難いものです。見ているだけで目が良くなるような緑の中にも濃淡があり、パッチワークのように山肌を彩っているさまは、美し(うまし)国・日本の1つの表情でしょう。この朝、伯備線の沿線は萌え出ずる新緑に包まれていました。夜来の雨でよごれが洗い流されたのか、遠くの景色もクリアーに見えます。そんななかを最近、塗装変更がなされたレッド「やくも」がやって来ました。新緑に映える赤、格別の味わいです。
2008/06/03
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鉄橋のそばで撮影していると、小さい坊やを抱いた若いお母さんがやってきました。駅などで配布されている1枚物の時刻表を持っていることから、電車好きの坊やとこの場所へ来るのは日課になっている様子でした。これで「鉄」の未来は安泰です(笑)。「大阪から来られたのですか」と、私の車のナンバープレートを見て驚いた様子でしたが、「ここではファンの方がよく写真を撮られていますよ」と言われ、やはりそうか、みんな考えることは同じなんだな、と納得しました。「あと数分で、もう1本列車がやってきますよ」と教えてあげると、「じゃあ、それを見たら帰ろうか」と坊やに話しかけていました。しばらくしてやってきたのは、たらこ色(首都圏色)のキハ47。米子を中心としたエリアでは、たらこ色が、まだまだ元気に活躍しています。西日を受けて、お母さんと坊やの顔が輝きます。たらこ色のキハ47を見送るお母さんと坊やの微笑ましい姿を、本日の「思い出の1枚」として残しておきましょう。
2008/06/02
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木次線の亀嵩駅から米子へと抜けました。途中、20年以上も昔に一度来たことを思い出しながら、足立美術館の前を通りました。米子付近のロケーションは全く分りませんので、とりあえず地図で見当をつけた鉄橋へ行ってみることにしました。この区間では、特急「やくも」をはじめ、「スーパーおき」や「スーパーまつかぜ」、さらには、たらこ色のキハ47なども走っています。米子と荒島の間に架かっている鉄橋は、線路が東西方向に敷設されているため、午前・午後とも上りと下りのどちらかが順光となります。本日の「思い出の1枚」は、西日を受けて終点をめざす特急「やくも」です。現在、ボディーのカラーリングが変更されつつある「やくも」ですが、このときは旧塗装の緑色編成がやって来ました。
2008/06/01
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