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今や鉄道撮影地情報のバイブル的存在になったネコ・パブリッシング社の『お立ち台通信』ですが、このほどVol.6が発行されました。今回わたしは、巻頭の特集「岡山区のEF65を追う!」を担当させてもらいました。最近、ロクゴの写真が多かったのは、そうゆう訳だったのね(笑)。このブログにアップした写真もかなり多く採用されています。また、特集ページ以外に、本編の方でも信越、関西、九州、四国など15カ所ほどのポイントを紹介させていただいております。撮影地情報が知りたい方は、ぜひ、この『お立ち台通信 Vol.6』をお買い求めあれ、とは編集子になりかわってのPRです(爆)。今日7月31日は、日本最古の市電・京都北野線廃止(1961年)、北陸トンネル貫通(1961年)、東京・山手線に冷房車初登場(1970年)、パラグライダーの日だそうです。
2010/07/31
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姫新線の竜野近くまで来ており、時刻がお昼前ということなら、山陽本線の竜野へ転線すればEF65貨物に間に合います。またロクゴかよ、という気がしないでもないのですが、いつまでEF65、特に0番代が存続するか分かりませんので、撮れるうちに撮っておこうと思っています。この日の運用が0番代なのかPFなのか、はたまた原色機なのか更新色機なのかは分かりません。まあ、希望とすれば0番代の原色機がベストなのですが……。それにしても暑いこと! カメラをセットして待っている間にも全身がチリチリと焦げていきます。帰宅して夜、自宅の洗面所の鏡に映ったわが姿は、中途半端な赤鬼のようになっていました。この日はダイヤに少し遅れが出ていたようです。通過予定時刻になってもロクゴは姿を現しません。ようやく機影を確認できたのですが、なぜか、かなり遠くで停車しているようです。先行する列車に何か起こったのでしょうか? 並んで構えている同業者の方と「どうせ停まるんだったら、もっとこちらに近づいて停まってくれたら撮り放題なのに」と笑いあいました。ようやく抑止も解けたようで、ロクゴは再スタート。ゆっくりと近づいてきます。おかげで、普段より落ち着いてフレーミングをすることができました。更新色のPFという、優先順位としては一番低い機種でしたが、ゆっくり、しっかりと写し止めることができたという点ではラッキーでした。次に行く場所がありましたので、この日の撮影はこれにて終了。撤収です。今日7月30日は、プロレス記念日(日本プロレスリング協会結成、1953年)、明治天皇崩御(1912年)、東北自動車道全通記念日だそうです。
2010/07/30
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サミット越えのキハ40を撮影後、もう少し姫路寄りにある鉄橋へと移動しました。ほとんど真上から降りかかるギラギラ光線。まさしく夏色summerです。足元近くを流れる透き通った川の水を眺めていると、童心にかえって水浴びをした~い! と強烈に思いました。しばらくして、山からキハ127の2連が駆け降りてきました。姫新線用に新造されたキハ122、キハ127のボディには黄色とオレンジの帯が巻かれていますが、これは稔りの稲穂と秋の赤とんぼをイメージしているそうです。「夕焼け小焼けの赤とんぼ~♪」の作詞者として有名な三木露風は、この沿線の近く、龍野の出身です。アキアカネが飛び交うのは、もう少し先のことになります。その前に、この暑い夏をがんばって過ごしていかなければ……。今日7月29日は、アマチュア無線の日(日本アマチュア無線連盟、1973年)だそうです。
2010/07/29
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キハ122、キハ127の導入に伴って、姫新線でキハ40は見ることができなくなるだろう、と思っていたのですが、この日は姫新線カラーのキハ40が運転されていました。もう会えないと思っていた人に、思いがけず会えたような気分で、ちょっぴり、うれしい。朝のうち曇っていた空は急速に回復し、青空の到来とともに気温も急上昇。いや~、暑いわ。サミットを越えたキハ40が軽快に坂を下ってきました。上からみると排気ガスで屋根の一部が黒く煤けています。模型のウェザリングの参考になるでしょうか(笑)。レールとレールの間にも草が生え、ああ、夏真っ盛りです。今日7月28日は、菜っ葉の日、乱歩の日(乱歩忌、1965年)だそうです。
2010/07/28
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今日から姫新線へ転進します。佐用のひまわり畑へ行くべく大阪を早朝に出たのですが、ナビが示す到着予想時刻と列車の通過予定時刻がほぼ同時です。現地の様子は大体分かっているのですが、撮影ポイントのセレクトやカメラのセットにかける時間を考えると、本番であるひまわりカットの撮影は、列車を1本見送って次の列車にした方がよさそうです。姫新線にはいくつか鉄橋ポイントがあります。その1つ、播磨徳久の近くにある鉄橋で列車を待つことにしました。やってきたのは昨年3月から運転が開始されたキハ122の2連です。キハ122は両運転台タイプで、いわばキハ40に相当するものです。キハ47相当の片運転台2輌1組で組成されるキハ127もあります。キハ122、キハ127ともに姫新線でしか使用されていませんが、真新しいキラキラボディはローカルな景色の中では少し浮きあがっているように感じるのはわたしだけでしょうか。しかし、それも時間の経過とともに馴染んでくるでしょうね。今日7月27日は、政治を考える日だそうです。
2010/07/27
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指宿枕崎線は、鹿児島中央駅から枕崎駅まで通して運転される列車はありません。鹿児島中央駅から山川駅、山川駅から枕崎駅と、山川を境に、指宿線と枕崎線に分かれているというのが実態です。列車本数も、山川まではそこそこありますが、そこから先は極端に数が減ります。先ほど山川を発車していった指宿行きの列車が、程なく折り返してきますので、シュロ並木を奥から逆向きに構えることにしました。2007年末にこの場所を訪れたときにはブーゲンビリアが咲いていて驚いたのですが、今回はハイビスカスが咲いていました。しかし、列車と組み合わせるには位置的に難しく、花入りカットは断念しました。キハ47が2輌つながった列車が短い隧道を抜けてきました。撮影位置を少し変え、見る方向を逆にしただけなのですが、大きく印象が変わります。緑に覆われ、シュロの葉が揺れるさまは、南方の国の鉄道風景のようです。そしてこの列車を撮影したあと、今回の鹿児島訪問にあたって事前に調べていた薩摩焼の窯元を訪ねました。工房で間近に拝見させてもらった総透かし彫りの「白薩摩」は、ため息が出るほど美しいものでした。さらに砂蒸し温泉に入ったり、薩摩伝承館(美術館)を訪ねたりと、この日は「お鉄」半分、「観光」半分の1日となりました。まあ、たまにはこんな日があっても良いかな、と思いながら鹿児島のホテルに帰りました。今日7月26日は、福岡市の地下鉄1号線開業(1981年)、ポツダム宣言記念日、幽霊の日(東海道四谷怪談初演)、日光の日だそうです。
2010/07/26
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南国らしい写真を撮りたいと思い、山川駅の方へ移動しました。前回、2007年末に指宿枕崎線を訪れた際、山川駅の東側にシュロの並木があるところを見つけていたからです。そのときは黄色のキハ200が走っていましたが、この日はキハ47の2輌編成がやってきました。この場所では、列車とシュロを下から見上げるような構図になります。事前の天気予報では、ほとんど晴れ間が期待できない状況でしたが、予報に反して、バックの空も良い感じで青空となっています。開聞岳は全貌を拝むことができませんでしたが、代わりにシュロカットで青空を見上げることができました。プラスマイナスゼロといったところでしょうか。ほかでは、なかなかこんなシュロがらみのシーンは目にすることができません。やっぱり南国ですね。来てよかった。今日7月25日は、英国でスティーブンソンが蒸気機関車の初試運転に成功(1814年)、日本住宅公団発足(1955年)だそうです。
2010/07/25
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西大山駅で数少ない朝の列車を撮影したあと、開聞岳を見渡すことのできる跨線橋へと移動しました。しかし、この日は裾野が少し見えるくらいで、上部は厚い雲に覆われていました。晴れていると、きれいな円錐形の「薩摩富士」が臨めたのですけれどねえ。残念……。跨線橋の下に広がっている畑ではオクラの花がいっぱい咲いていました。道の駅の生鮮野菜コーナーで売っていたオクラも、大阪でなら150円くらいするものが50円で売られている、と妻は驚いていました。鹿児島県指宿はオクラの生産日本一なのだそうです。どおりで、オクラの畑がよく目につくはずです。実際に自分の目で確かめた知識は身につきますね。これだから旅行はやめられない?今日7月24日は、劇画の日、芥川龍之介が睡眠薬自殺(36歳、1927年、河童忌)だそうです。
2010/07/23
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2日間、姫新線のひまわりレポートをしるしましたが、もう一度、鹿児島旅行のブログにもどりましょう。鹿児島2日目の撮影エリアは指宿枕崎線です。朝一番でめざすのは「JR日本最南端の駅」、西大山駅です。ここはもともと「日本最南端の駅」だったのですが、沖縄にゆいレールができたことで、最南端の座を譲らざるを得なくなりました。しかし、そう易々と栄光の座を明け渡したくないということで、上に「JR」の2字を書き足したのです。駅のホーム端に建っている記念碑にも、あとから2字を書き込んだ様子が窺えるでしょう?この場所では、記念碑と単行の気動車、さらに開聞岳の3点をセットにして撮影するのが定番の撮り方です。しかし、この朝、開聞岳は6合目より上は厚い雲で覆われていました。梅雨で連日、記録的な大雨に見舞われている南九州にあって、朝から晴れているので、この点はラッキーなのですが、開聞岳の雲はどうしようもありません。仕方がないので、記念碑と気動車のセットで思い出の1枚としました。今日7月23日は、大暑(24節気の1つ。暑気が至り最も暑くなる)、文月・ふみの日(郵政省、1979年)だそうです。
2010/07/23
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梅雨が明け、待ちわびた夏が到来しました。夏らしい明るいひまわりカットが撮れるはずと勇躍、早起きしていったのですが、大阪を出るとき、空は快晴でしたが、姫路を過ぎたあたりから雲が多くなり、目的地の佐用に着いたころにはどんよりとした曇り空になってしまいました。う~む、今日は晴れ男の神通力も効かなかったか……。曇ったら仕方がありません。逆にそれを利用して、流し撮りをしたらどうかと思いつきました。次の列車はひまわりと逆向きに走ってきますし、全体的に花が下を向いていますので、そうした欠点を少しでもカバーするという目的もありました。1輛で来るか、2輛で来るのか。レンズの画角が違ってきますので、この点は大きな問題です。できれば単行であってほしい。そう思いながら待っていたら、遠くに現れた車輛は単行でした。ラッキー! しかも姫新線カラーのキハ40です。姫路~佐用間で使用されている姫新線の車輛は昨年、新型に置き換わり、キハ40は引退したと思っていたのですが、まだ動いていたのですね。この日は、このあとも何度かキハ40の走行シーンに出会いました。今日7月22日は、下駄の日(全国木製はきもの業組合連合会)、てんぷらの日だそうです。
2010/07/22
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鹿児島旅行の最中ですが、ちょっと割り込みブログです。この3連休のなか日、姫新線に行ってきました。7月の姫新線と言えば、ひまわりカットを欠かすことができないからです。例年だと7月の第1週が見ごろなのですが、今年は梅雨の影響でひまわりの成長が遅れていたのと、第2週の週末には鹿児島へ行っていたため、ようやく足を運ぶことができました。しかし、すでにピークは過ぎており、大半のひまわりが元気なく、ごめんなさいと首を垂れていました。また、いつもの畑の隣の場所に植えられており、面積も少なくなっていました。連作障害を避けるためなのでしょう。できるだけ元気そうな花を手前にもってきて夏のイメージカットとしました。佐用市のHPを見ると、この場所のひまわりは、すでに終了しましたと出ていましたので、今年は撮影が無理かもしれないと半ば諦めながら出かけたのですが、何とか撮影することができてよかったと思いました。今日7月21日は、シベリア横断鉄道が完成した日(1904年)、自然公園の日、神前結婚記念日、南極ボストーク基地で世界最低気温-89.2℃を記録した日(1983年)だそうです。
2010/07/21
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霧島神宮での撮影後、高速に乗って美山へ移動し、沈寿官窯を訪ねました。ここは司馬遼太郎が書いた短編「故郷忘じがたく候」のモデルになった窯です。一般にも公開されている収蔵庫で、精緻かつ豪華絢爛な「白薩摩焼」の名品の数々を堪能したあと、早めに鹿児島中央駅前のホテルにチェックインしました。1人で撮影に来ていたら市内の繁華街へ繰り出すことなど、あまりないのですが、今回は妻が一緒なので、夕食をとるため市電に乗って天文館通りへ出かけることにしました。種子島産の美酒や海産物に舌鼓を打ったあと、鹿児島中央駅へ帰ってきて、駅の隣の商業施設を見物しました。ここの屋上には観覧車があり、夜はライトアップされて、とてもきれいです。そして「鉄」ならば、このライトアップ観覧車を市電と組み合わせて撮ろうと思うのは自然な心理です。流し撮りで撮れるシャッタースピードになるようISO感度を思い切り上げ、発車直後の市電にあわせてカメラをぶん回し! 旅の思い出の1枚となりました。今日7月20日は、海の日、土用(雑節の1つ。立秋の前18日)、アポロ11号が月面に軟着陸(1969年)だそうです。
2010/07/20
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霧島神宮付近で撮影している間に空模様は刻々と変わり、今にも雨が降りそうになってきました。もうこのあたりが限界かな、と思いつつ、次の特急「きりしま」を撮ったら移動しようと決意しました。しかし、通過予定時刻になっても列車はやってきません。いつ来るのか分からない列車を待つというのは中国大陸でいやというほど経験していますが、秒単位で正確に運行され、それが当たり前になっている日本の鉄道では、遅れの程度が分からないのは、違う形のストレスになります。車の中でシートを倒して休憩する妻を遠目に見ながら、わたしは踏切近くの地べたに腰を下ろしていました。ローアングルから見上げる角度で撮ろうと思ったからです。ようやく踏切の警笛が鳴り始めました。赤・黄・緑の三色に身を包んだ485系「きりしま」がやってきました。来春の九州新幹線全通に伴い、余剰となった「リレーつばめ」車輛が、この485系と置き換わるという噂も飛び交っている昨今。事の真偽は別として、485系が元気に活躍するシーンを記録できたのは、今回鹿児島にやってきた成果の1つとなりました。今日7月19日は、女性大臣の日(池田内閣の発足で日本初の女性大臣(厚相・中山マサ)誕生、1960年)、第1回ツール・ド・フランス(1903年)、沖縄国際海洋博覧会開幕(1975年)だそうです。
2010/07/19
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前回鹿児島に来たときは肥薩線から日豊本線へと移動しましたが、今回も同じコースを辿ります。めざすは霧島温泉駅手前の跨線橋です。移動し始めたころから次第に雲が広がってきました。これもまた前回と同じパターンです。なぜか霧島温泉のあたりでは晴れカットが撮れないんですね。現地の跨線橋に着いて様子を確認しようと、車から降りた瞬間、特急「きりしま」がゆっくりと坂を下ってくるのに気づきました。事前の確認では、この時刻に列車が走るはずはないのですが、その理由を考えている余裕はありません。急いでカメラを取り出し、何とか撮影することができました。連日の大雨でダイヤに狂いが生じているようです。本来なら上り下りが交互にやってくるはずなのですが、カメラをセットしている逆方向から現れたりして、あわてる場面もありました。「本日の思い出の1枚」である、このあじさいカットも、本来はこの「きりしま」でない列車で予定していたのですが、想定外の結果となりました。でも、これはこれでよかったかな、と。今日7月18日は、光化学スモッグの日、ロサンゼルス郊外にディズニーランド開園(1955年)、チャップリン来日(1961年)だそうです。
2010/07/18
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肥薩線には嘉例川駅や大隅横川駅など、趣きのある木造駅舎が残されています。特に嘉例川駅は明治36年(1903)に開業し、JR九州で現存する最も古い木造駅舎の1つとして、国の登録有形文化財にもなっています。ロイヤルブラックの観光特急「はやとの風」や単行の普通を撮影したあと、嘉例川駅に足を運びました。開業してから、すでに100年以上の年月が経っている駅舎内の待合室やホームには、木製の長椅子が置かれています。また、改札口も木製です。待合室の椅子に座ってホームを眺めていると、駅員さんが乗客一人一人の切符に入鋏している姿が一瞬、幻のように浮かんでは消えました。ノスタルジックで、どこか温かみを感じるこの駅舎は、これからも末長く存続してもらいたいものです。さらにこの駅では、観光客を目当てに駅弁が売られています。「百年の旅物語 かれいがわ」というこの駅弁は人気が高く、JR九州の駅弁ランキングでは3年連続1位を誇っているそうです。折角の機会ですから、2個買い求めました。朝早くから行動していますので、お腹も空いており、すぐにも賞味したいのですが、その前にちょっと撮影です。反対側のホームの端に弁当を並べ、駅舎をバックに撮影する様子は、偶然来合わせた観光客の目には奇異に映ったようで、「あれは何をしているんだろうね」と話していたそうです。改札口そばの長椅子に座っていた妻は、その会話を聞きながら他人のふりをしていたそうです。今日7月17日は、アメリカの宇宙船アポロとソ連のソユーズのドッキングが成功した日(1975年)だそうです。
2010/07/17
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花粉症のわたしにとって、春先にこの場所で撮影するのは辛いなあ、と思うほど、きれいな杉林が広がっています。また、朝の斜光線を受けて、杉の木1本1本に陰影がつき、立体的に浮かび上がっているのも美しい。次の普通列車は、あの杉林をバックにして撮ろうと決めました。山あいの段々畑をバックに、凛とした姿の杉木立。そこに現れた単行のキハ40。雨の予想が外れ、汗ばむほどの陽気のなか、軽快に走り去る気動車は、樹林の中を吹き抜ける一陣の風のようでした。今日7月16日は、駅弁記念日、盆の送り火だそうです。
2010/07/16
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先日、特典航空券を利用して妻と一緒に鹿児島へ行ってきました。数年前から九州各地を旅していますが、妻にとって唯一、未踏の地が鹿児島でしたので、それならば、と薩摩行きを決意したのです。最近、やきものに関心を持つようになったため、薩摩焼の勉強も兼ねてのフルムーン旅行です(笑)。伊丹空港では、隣のスポットに旧塗装(モヒカンカラー)のB737が駐機しており、実はちょっぴり「ひこう(飛行)中年」でもあるわたしは早速、バックから愛用のカメラを取り出し、待合室の人の視線も気にせず、ついつい激写してしまいました(爆)。伊丹空港を午前8時過ぎに離陸したANA機は、予定どおり1時間少しのフライトで鹿児島空港に着陸。到着後、最初にレンタカーで向かったのは、空港から程近い肥薩線のポイントでした。梅雨前線の活発化に伴い、当初は曇りから雨の天気予報だったのですが、きれいに晴れています。「晴れ男」の面目躍如と、思わずニンマリしてしまいます。ただ、この場所で撮影を予定していた特急「はやとの風」は、車体の色がロイヤルブラックと呼ばれる渋い黒。晴れるとつぶれてしまうため、露出を決めるのに苦労するのも事実です。少し逆光気味の位置関係となったため、余計のこと難しくなりました。しかし、山深い緑の中を駆け抜ける気動車は、ことのほか美しいものでした。今日7月15日は、盆、ファミコンの日、中央線三鷹駅で無人電車が暴走し死傷者十数人(三鷹事件、1949年)、お菓子の日(毎月)だそうです。
2010/07/15
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北条鉄道から程近いところに加古川線があることを思い出し、そちらの方へ移動することにしました。加古川線は電化されていますが、昼間は125系が単行で走っています。加古川線だけでなく、小浜線でも使用されているこの電車は、223系2000番代をベースに、単行運転ができるよう、両運転台としたものです。2004年、加古川線が電化された際に登場しました。久しぶりの加古川線ですが、あまりゆっくりすることができませんので、知っている場所を一回りしました。そのなかで、線路際にあじさいが咲いている場所を見つけました。架線柱が手前に来るのですが、単行なのでポールとポールの間で撮れば、あまり気にならないでしょう。今年は梅雨が長引いており、その分、あじさいカットも違和感なく見られるのですが、もうそろそろ夏らしい天気になってほしいなあ、と思う今日このごろです。今日7月14日は、検疫記念日(日本検疫衛生協会、1961年)、フランス革命記念日(パリ祭)、求人広告の日だそうです。
2010/07/14
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北条鉄道の沿線は、住宅街が密集している所と、のどかな田園地帯が広がっている所に分かれます。北条鉄道のダイヤは、基本的には同じ車輛が粟生と北条とを往復するのが運用形態ですから、場所を変えてバリエーションを増やすということになります。ミニ鉄橋、花がらみと来ましたので、次は田園風景とまいりましょうか。田園地帯は今、ちょうど稲が伸びている最中ですので、眺めていると目が良くなるような、新鮮な緑に覆われています。そのなかを単行のフラワ2000-3号がトコトコと駆け抜けていきます。ああ、今の季節ならではの光景だなあ。今日7月13日は、盆の迎え火だそうです。
2010/07/13
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北条鉄道は、もと国鉄北条線。C12が貨物を牽いていたころには加古川線に何度か来たことがあり、北条の五百羅漢を撮影したフィルムが残っていますので、間違いなく北条線にも乗っています。当時の車窓風景は、すでに遠い記憶の彼方へと消え去っていますが、あのころの景色と、今も眼前に広がるのどかな田園風景とに、さほど大きな違いはないと思います。国鉄のキハ20が北条鉄道のフラワ2000に姿を変え、さらにそこを、もと三木鉄道(これも前身をたどれば国鉄三木線です)のミキ304が走る。時の流れを感じてしまいます。そんなことを想いながら、フラワ2000-3号を田んぼのそばに咲いているヒメジオンの花と組み合わせてみました。今日7月12日は、子午線制定日(1886年)、パンの日(毎月)、豆腐の日(毎月)だそうです。
2010/07/12
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午後から神戸の父のところへ行くことにしたため、久しぶりに北条鉄道を訪ねてみることにしました。前回行ったのは2006年9月で、そのときは妻と一緒に北条の五百羅漢なども見て回りました。あれから4年近い年月が流れたにもかかわらず、沿線の景色はほとんど変わっていませんでした。ところが、やってきた気動車を見て驚きました。どこかで見たことがあるのです。思いを巡らせてみると、三木鉄道で撮影した車輌です。妻も同じことを感じたようで、撮影後、車に戻ると「さっきのは三木鉄道のディーゼルカーじゃない?」と言います。三木鉄道が廃止されたのは平成20年3月31日のこと。その前年には、何度か足を運んだことがあり、それで妻の記憶にも残っていたのです。家に帰って三木鉄道のホームページを確認すると、現フラワ2000-3号は、もとミキ304-1号で、平成20年12月9日に三木鉄道から搬入され、翌21年4月5日から営業運転を開始したことが分かりました。三木鉄道廃止後、使用されていた車輛が別の鉄道会社に譲渡されたということは鉄道雑誌で読んだ記憶があったのですが、近くの北条鉄道に来ているとは思っていませんでした。旧友に再会できた気分で、ちょっぴりうれしく思いました。今日7月11日は、新宿・渋谷など東京の5駅のホームで禁煙タイムがスタートした日(1974年)、世界人口デー(国連人口基金、1990年)、真珠記念日だそうです。
2010/07/11
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城東貨物線のDD51を流し撮ったことで、これはマンネリ打破の一方策だと気づきました。翌日、少し天気が上向きましたので、ブログネタ探しと父の見舞いを兼ねて出かけることにしました。朝一番はいつもの東淀川跨線橋です。上りのEF65貨物を撮るのが狙いですが、この朝は流し撮りに徹し、来る列車、来る列車すべてを流し撮ってみました。おかげでまあ、失敗作の大量生産!ダメなら消せばいい、とデジタルなので気楽に挑戦できますが、フィルム時代だとこうはいかなかったでしょうね。EF210桃ちゃんの縦流しを本日の「思い出の1枚」としておきましょうか。今日7月10日は、納豆の日(全国納豆協同組合連合会、1992年)だそうです。
2010/07/10
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わたしは毎日の通勤に阪急電車を利用しています。今日もよく働いた(笑)と、1日の仕事を終え、駅のホームで同僚と話しながら列車を待っていると、反対側ホームにヘッドマークを付けた編成が進入してきました。!よく見ると、祇園祭のヘッドマークです。そうか、もうそんな季節になったのね。というわけで、祇園祭HM付列車を狙うため、雨の城貨DD51を見送ったあと、阪急京都線へ転線しました。しかし、時期が少し早かったようです。来る列車いずれもHMは全く付いておらず、唯一HMを付けていたのが、この「カーボンニュートラルトレイン摂津市駅号」でした。3月14日に開業した摂津市駅をPRするためにラッピング&HM化されているようです。当然、期間限定の装飾でしょうから、これが撮れたのはラッキーと自分を納得させて撤収しました。今日7月9日は、ジェットコースターの日、第1回ウィンブルドン・テニス開催(1877年)だそうです。
2010/07/09
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いやあ、梅雨が続きますねえ。週末の好天が期待できませんので、撮影に出かける気分も薄れがち。その分、たまっていた家仕事は捗っていきますが、それはそれで、う~ん、ちょっと寂しい。先週に続き、近場ネタで写欲を静めます。前回にも少し構想していたのですが、列車の運転時刻に間に合わず、断念した城東貨物線で流し撮りに挑戦です。神崎川を渡るDD51貨物を、西側に架かる道路橋から僅かに見下ろしながら撮影する構図ですが、手前に架線柱とケーブルが来るため、満点のポイントではありません。煩雑物を少しでも目立たないようにするため、苦肉の策として流し撮るわけです。ところで、家を出るのが少し遅かったため、間に合うかどうかは微妙な時間。またしても先週の再現か、少しは学習しろよ、と自分自身を責めながら撮影ポイントをめざします。現地に到着し、三脚を立てるのももどかしく、セッティングを済ませるのとほぼ同時にDD51が鉄橋を渡り始めました。ふ~う、危なかったあ。雨の日の城貨DD51。まあ、こんなものでしょうか。今日7月8日は、質屋の日(各地の質屋組合)だそうです。
2010/07/08
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琵琶湖畔で過ごした1日ですが、そろそろ帰宅の時刻が迫ってきました。納めのカットをどこで撮るか、と考えた結果、琵琶湖ですから、やはり「水」絡みで、ということになりました。乙女ケ池同様、琵琶湖の内湖の1つ、近江舞子水泳場に隣接した池のそばへ行きました。以前ここへ来た時は寒い季節でしたので、冬枯れの景色が広がっていましたが、今は水面に届くほどに水草が茂り、湖面に浮かんだボートの中では、若者たちがルアーフィッシングに興じています。その向こうを、近江舞子折り返しの湘南色113系4連がゆっくりと通り過ぎていきます。あと半月もすると、このあたりは連日キャンプを楽しむ人たちで賑わうことでしょう。そうした喧騒を迎える前の静かな週末のひととき、ごく普通の時間がゆっくりと流れています。今日7月7日は、七夕、乾めんデー(全国乾麺協同組合連合会、1982年)、ゆかたの日(日本ゆかた連合会、1981年)、竹・筍の日(日本竹産業連合会、1986年)、ギフトの日(全日本ギフト用品協会)だそうです。
2010/07/07
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「サンダーバード」が駆け抜けたあとにやってきたのは、原色の117系でした。S字カーブを抜けて直線に入ったあたりまでは、先ほどと同じように編成全体を収めて撮影しましたが、そのあとは先頭車輛だけをクローズアップし、動きにあわせて横にパンしていきます。車体の後ろには琵琶湖の魚を捕るために設けられた?(えり)の杭が見えます。さらに遠くには琵琶湖の対岸もながめることができます。地域の特色を盛り込んだ、こうした情景写真、実は大好きです。天気のことはひとまず置いておくとして、ベージュにマルーンの帯を巻いたシックな117系には良く似合う光景だと思います。今日7月6日は、サラダ記念日、公認会計士の日(日本公認会計士協会、1991年)だそうです。
2010/07/06
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湖西線で撮影するのなら、この場所は外せないというのが近江高島と北小松の間にある棚田です。線路の西側に広がる棚田の中腹から望めば、琵琶湖も画面に取り入れることができます。雨は上がりましたが、依然として曇っているため、この日の湖面はニビ色に光っています。光線的には午後が順光となりますが、この日は天気が悪かったので、そういうことも関係ありません。朝一番のローピン「日本海」、国鉄色「雷鳥」狙いでこの場所にファンが多く集まったのは、そういう理由からでしょう。田んぼの緑が一段と濃くなるこの時期、白い車体の「サンダーバード」は周囲の景色の中で一際映えます。S字カーブを高速で抜け、こちらに急接近してくる様子は、形式がどうの、車体の色がどうの、という以前に、単純に電車を見ていて「カッコいい」と思える瞬間です。今日7月5日は、ビキニスタイルの日(数日前米国がビキニ諸島で核実験を行ったのにちなんだ名前)、ベネズエラ独立記念日、アルジェリア独立記念日だそうです。
2010/07/05
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乙女ケ池を見下ろし、さらに琵琶湖も取り入れて撮影できる場所へ来ました。そう、ここ、ここ。というのは、以前にもこの場所を探して歩いたのですが、よく分からず、あきらめて帰ったことがあるからです。乙女ケ池、池に渡された木橋、その向こうに広がる古い町並み、さらにその奥の琵琶湖。列車をサイドから撮る構図のため、先頭部中心のアングルになりますが、「トワイライト」などにはぴったりです。長年の課題を1つ果たすことができました。稲の緑が目にしみます。晴れていたら琵琶湖の青が際立っただろうなあ……ということは、申しますまい。今日7月4日は、梨の日、那須の日、アメリカ独立記念日だそうです。
2010/07/04
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湖西線では日本海縦貫貨物も走っています。池のそばを歩いていると、今度はEF510の牽く貨物がやってきました。湖西線経由の貨物は以前、EF81が牽いていたのですが、最近はEF510しか見かけません。勢力分布図は急速に塗り替えられているようです。稲穂や線路際の木々が雨に洗われてしっとりとしています。天気が悪くても、それなりに写真は撮れるものだと実感しました。今日7月3日は、波の日だそうです。
2010/07/03
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雨は止みましたが、気温が上がった分、湿度が高く、ちょっと歩いただけで汗が噴き出してきます。勘弁してくれ~という感じ。琵琶湖のそばには内湖がいくつかあります。昔は琵琶湖の一部だったのでしょうが、切り離されて独立した池になっています。淀川のワンドを、規模を大きくしたようなものでしょうね。その1つ、乙女ケ池に行ってみました。ここでは山側から琵琶湖を見下ろす構図が有名ですが、まずは池のまわりを一周しました。バックの山にはまだ雲がかかっており、幻想的です。計ったように、サンダーバードがやってきました。濃い緑の中に横一条の白い車体。自分が想像していた以上に、霧に煙る深山幽谷という雰囲気が出ています。モニターを見ながら、思わずため息をついてしまいました。今日7月2日は、うどんの日(香川県生麺事業協同組合、1980年)だそうです。
2010/07/02
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湖西線では、今でも湘南カラーの113系や原色の117系が普通列車として活躍しています。湖西線エリアと京阪神とを結ぶ新快速などは223系が担当していますが、純湖西線エリアでは113系や117系が普通を担当するといったように、住み分けができているようです。特急や電気機関車も注目すべき存在ですが、地道に働いている、こうした普通車輌も目が離せません。むしろ、人知れず引退していく場合が多いため、遭遇したときには迷わず記録しておくことが大切だと思っています。さて、次はどこで撮影しようかと地図を見ているうちに鉄橋があるのに気づきました。とりあえず行ってみようと車を走らせ、鉄橋の下に辿り着くと同時に列車の接近音が聞こえてきました。683系の「サンダーバード」です。とっさに撮影して、しばらくすると同じ方向からまた列車がやってきました。今度は湘南カラーです。「雷鳥」に代わって勢力を広げ、わが世の春を謳歌している「サンダーバード」に比べると地味ですが、113系の方に惹かれるわたしがいました。昔、当たり前のように見ていたということがあるのかもしれません。今日7月1日は、東海道線全線開通。新橋~神戸間は20時間5分(1889年)、山形新幹線開業(1992年)、国民安全の日(総理府1960年)、更正保護の日(法務省、1949年)、童謡の日(日本童謡協会、1984年)、クレジットの日(日本クレジット産業協会、1977年)、函館港開港記念だそうです。
2010/07/01
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