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前回の続きになるんですけど、多分、夢とか憧れとか僕を持ちにくいのは前回に書いたようなことが原因のような気がします。自分が目指しているものが本当なのかどうか、目標、目的が確かなのかどうか、自分の中の衝動というか望みは実感としてわかるけど、今自分の目指しているものでそれが解消されるのかどうかの確かな感覚がないから、なかなか進めない。う~ん希望を抱く前に絶望していてそれで自分を守っている、これは前回の対人について書いたことと一緒だと思う。絶対的な感覚、これが僕の目指すものだという絶対的な感覚が欲しいけそ、でも半信半疑のままでも進むしかないのかもしれない
2006年10月19日
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最近改めて実感として思うのが人の「本音と建前」が僕の一番の人間不信の原因だなぁと思います。「本音と建前」を使い分ける人に心を開けないんですんね、やっぱり影では何を言われているかわからないという恐怖というべきなんでしょうけどそれと同じ理由で余りに健全過ぎる男性も信じられない。何というか「建前」だけの男性というか、「奇麗事」だけの男性というか結局自分は人「本音」を見ようとしすぎる癖があるというか、でも結局それは自分の推測の範囲しか出なくて、相手が答えを提示してくれるわけでもないから、疑って疑って終わってしまう僕が見ようとしている事、感じていることと、他人が感じていることはかなりズレがあるのかも知れないと最近思います。僕だけが他人の深くまで見ようとしているのかもしれない。それは他人の言動と態度の裏側を見ているということで、他人を信じていないということになるんでしょうが
2006年10月17日
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カラダとの対話というか、感覚をチェクする時脳から対話を始めた方がいいなぁと思う、自然な感じがする脳から緩ませ、カラダを意識してみる。脳は司令塔だから当たり前といっちゃ当たり前なんだけど、それと大腰筋あたりにも対話を向ける脳と大腰筋この二つが自由になれば身体的には楽なんじゃないかと思う。大腰筋を餅のような意識で掴めるとさらによい話は変わるけど、問題中毒完全版にも書かれてあったが、共同体への恨み、集団の中で疎外された経験を持つものがアウトサイダーとなるとあったが昨日あたりからそれを実感し始めている。「集団の中で個人を完全に発揮できなかったという思いでがあり、集団に恐怖し、嫌悪している」この逆が本当かも知れないがまあなんにせよ、これは僕個人が勝手にそういうことにしてしまっただけでなのかもしれないが昨日あたりから自分の中にある「根」の精神を根強く実感している。僕は多分PQ開発で「根」を忘れようとしていたんだと思う。忘れて毎日を楽しく過ごそうみたいな「根」を持っていたって自分が苦しくなるだけだし、争いの種になるだけだ、面倒の種になるだけだこれは一番最初に倉本さんのプログに書き込むとき同じようなことを書いたと思うけど。スピリチュアルな方向に進むとそういうのが無かったことにされがちで、多分僕が生きている理由があるとすれば、前に進もうとする意思の根源は復讐者としての意識だと思う例え共同体、集団の中で居場所をあてがわれたとしても、不快にしか思わないだろう。だからといって居場所を確保するために自分を強く主張し、今までの場を崩すことはしたくは無いそうすることによって誰かが嫌な思いをするならなおさらで、いや自信が無いだけだと思う、その人に代わって役割を引き受ける自信が、と言うよりも怯えているだけだ、他人の評価に書いてみて思ったけど、これはただの自惚れだな、僕の方がいいと決め付けている集団の中できちんと自分なりの繋がりを体現しながら、たった一人の自由を体現する。それが僕の理想だ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・やっぱり独白調だ(笑)
2006年10月13日
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