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パソコンに触っていない間、なんか色々書きたいことがあったんだけど、忘れちゃったなぁって感じで書きたいことが思い浮かばないんですが、分かったことを一つ、前にも「俺、集中力がないなぁ」ということを書いたと思うんですが、それが何故無いかというと、本を読んでいても、作業するにしても、なんか色々他のことが思い浮かんじゃうんですよねまあ、その行為自体がつまんないということも原因ではあると思うんですが、興味のある本を読んでいても、その本からの情報で喚起され、勝手に自分の空想に入っている時が多々ある。なんていうか、人生観レベルにおいてもそうだと思うんだけど、「確定」してないんだよね何もかも、自分の中で迷いがあるから、「弱い」、集中できない、まあ出来る人というのは基本的に「迷わない」と思うのねそれが世間一般をそのまま受け入れただけだとしても、それは強いなんたって世の中の大多数がそれに賛同しているわけだから、確信度も高い「バカヤロー、お前らがなんて思っているか知らないが、俺にとってコレが一番なんだよ」って思えるもの、思えるようになりたいなぁまあ、そうは言っても、やっぱ「誰か共感してほしいなぁ」という気持ちは消えないんだろうけどね
2006年04月23日
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パソコンが故障してしまってしばらく使えなくて、今日復活。ゆるゆるとPQプログを見て回ろうと思います。
2006年04月21日
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生まれてからずっと、ずっと、「暖かな温もり」に触れたかったんだということを再認識できた。一枚皮をめくれば、それを感じていたい、それが欲しいと泣きじゃくる子供がいた。何故今まで得られなかったのか?それは僕の「疑う」という身につけてしまった、基本的性質のせいだろう。「自分の存在への自信のなさ」故に身につけたもの「暖かな温もり」とは「女性の笑顔」だった。偽りの無い、造られていない「女性の笑顔」それが僕には「光」に思えた。と同時に自分が闇である事に気付いた。一時期それを手に入れることができた。僕だけに向けられる「偽りの無い笑顔」、僕は動けなくなるのを感じた。もう後は「どうでもいい」、だからこそ「全てを許すこと」ができた一時だけだったが今は泣きじゃくる子供に対して「ごめんな」としか言ってやれない。「疑う」ことが自分の足を引っ張ってはきたが、「疑う」ことで自分の中の本当に近づけたそれにもっと近づければ「どうしてあなたは今この世界に生きているの?」という疑問に100%の確信を持って答えることができれば僕にとって「世界のこと」などうでもいいことになるかもしれない
2006年04月04日
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僕の今までの十年は、自分の可能性を、存在を放棄し、逃げて、もう一度確かな自分をつかもうとした十年のような気がする。小さい頃からその傾向はあったが高校入学を決めてからの十年はその方向に人生が確定したというか、こんな自分にも出来そうな、お金のいい、安定している職業をという方向性やりたい、やりたくない、面白そう、面白くなさそうより、出来そうかどうか、お金がいいかどうかでやってきた。ジレンマを抱えながら、ブレーキがかかっているなか、なんとかアクセルをかけてやってきた。社会的状況下においても十年前と同じ、いや社会的評価が低いから結構きついと思うけど、十年前から始めてみよう。十年人から遅れをとった、もう一度十年前から始めてみよう。これから自分の年齢が僕の道を阻みことが多々あると思う。でも生きている、「生きるというのは死んでいないことを指すんじゃない」きっちり生きて、きっちり死ぬ。「僕は役者ですからね、僕にとって生きるとは、自分が何を感じ、何を思ったか表現すること、それが僕にとって生きるということ」by松田優作役者じゃなくても普通の人でも同じだと思う、自分が思ったことを、自分の存在を表現する、それが生きるをいうことただ自分の存在の核心と確信がつかめない限り、周りに振り回されたりして、それが難しくなる。
2006年04月03日
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