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毎月末に義姉のケアマネージャーさんの訪問がある。「エライ事になりましたなあ」と開口一番。私 「病院が遠くて大変なのですが、その隣に老健を併設しているのに気がつきました。いざという時に役立つかもしれないと思い、この際遠いけど、しっかりと付き合っておこうと決めました。今後に繋がると思いますので。」ケアマネ「それは、良い考えですね。以前、痴呆がひどい依頼者でガンを併発し、やっと見つけた入院先で手術は出来たのですが、病院にいることが出来たのは2週間、次の施設を探すのに大変苦労しました。」・・・これは理解できる。父が以前、生きるか死ぬかで入院していた時、救急車で来た患者が痴呆で、フロアー全体に響く大声で一日中、「おーい、おかあさん!」と叫いていた。これでは父の安静が保てない、何とかならないのかと思った。夕方、近所の人と立ち話をしていて、耳より?の情報が・・・「その老健に、この通りの人が働いている。大変親切なので、仲良くしておいたほうが...」親切な人だとは良く解るけど、何君は何処の大学から、何とか会社へ就職したということに非常に詳しい。私としては彼女に、これ以上我が家のことに詳しくなられては困るのよね\(^^:;)...
2002.10.30
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夫は孫のお宮参り、わたしは義姉の通院のつきそい。お宮参りの方が良いに決まっている。整形外科での会話は・・・Dr 「ずれてはいないが良くはなっていない。ちゃんと固定していますか?」義姉 「はい!早く直りたいので取っていません。」私 「5回は取り外しています。朝は必ず、外しています。」Dr 「外して、ぶつけたり転んだら、即入院、手術ですよ。」義姉 「はい!手術はイヤなので、キチンと守ります。」私 「・・・・・・・・(-.-)」ホントはこの呆けた状態で入院出来るのでしょうか?と聞きたいのだけど。帰り道、社会福祉協議会により、挨拶をすると、「いつも嫁がお世話になっています。このたびは色々と迷惑をかけて、云々・・・」私が休んでいるのには、気がついていないのだが、会話はそつが無い。夜、苦しくて眠れないと取りはずし「痛い痛い」と訴えて来ること数回(--;)固定してあげると、「これじゃ苦しくて眠れない」だと。「じゃぁ、眠るな!」つい、怒鳴ってしまいました。(^_^メ)ところで、夫は「お姑さんは、実に素敵な着物を着てきた。オレでも高価なものだと解った。」ムムム・・・いつも夫は良いとこ取りで、しゃくにさわるのだけど、今回は行ってもらって正解かも。
2002.10.28
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先日、小樽を散策していた時、この坂道は見覚えがある!小学生の時、父と歩いた道だ!・・・・あの一緒に歩いた日、父は15歳で故郷を出奔してから初めて訪れたそうです。私が大人になってから父は、「あの日、坂道を登りながら、涙が出て止まらなかった。景色は子供の頃と変わっていなかった。」と言っていました。父は小さい頃、両親に死に別れて、小樽の遠い親戚を点々としていたそうです。私は父の涙は、最後まで見たことがありませんでした。夫に「一人で歩きたい、3時に駅で待ち合わせましょう」と提案して探検し始めました。でも、やはり解らなくて駅に戻り、タクシーに乗り「色内小学校ってありますか?父が卒業した学校なの、近くだと思ったのですが」と聞くと「すぐ、そこですよ、でも2~30年前に大火で焼けてしまったので、周辺も変わっていますよ」と教えてくれました。タクシーから降りて、学校の周りを歩くと、見下ろす小樽の町並みと線路は、昔の面影がありました。昔は親戚の家の窓から、蒸気機関車が通るのが見えていました。散々歩き回っても親戚の家は見つからず、東京の母に電話をしましたが留守でした。2時間、飲まず食わずで歩き回り、でも父と共にいるような満ち足りた気持ちでした。何故か、私も歩きながら涙がでました。気持ちの良い涙でした。駅に戻って、夫と食べた回転寿司の美味しかったこと(^^)夫は船を見ていたそうです。
2002.10.26
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インターネットって便利ですね。77歳の母の負担を出来るだけ少なくして、次女の家に行く方法を見つけてあげました。実家は京王線沿線にありますが、母は殆どバスを利用していて、滅多に電車に乗りません。でも、乗り換えも無事に出来て何とか、たどりつけました。(^^)帰りは、実家まで送って、おそ~く帰宅しました。初めての曾孫に会えて、満足、満足の母でした。
2002.10.25
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昨日、義姉の薬を貰いに行った後、なんだかムシャクシャする。。。こんな時は、ホテルでお昼のバイキングを食べたら、気分がスッキリ?するかなと向かったら、平日なのに混んでいる。(-.-)こんな事で涙が浮かんできた。何だかヤバイわね。。。。で、別のところでゆっくりしようかと歩いていたら、手相鑑定が目に付いた。「初めてなんです」と、おばあちゃん占い師の前に座ってしまった。「何を相談したいの?」と聞かれて涙目で「疲れてしまったんです」と答える私。手相の診断では、今後二人の女性の世話が10年間続く。その頃、体調をくずす恐れがあるが、常日頃、気を付けていれば大事には至らない。・・・・・・あまり、うれしくないその後10年間はその前の10年ほど大変では無いが、若い男性の世話があるらしい。・・・・・・孫か?75歳からは元気で、楽しく暮らせるらしい。。。お金は絶え間なく入って苦労することはないが、流れるという卦が出ているので、浪費は慎むように。。。・・・・・・その通りと、自分を戒める「もう、仕事を辞めようかと迷っているのですけれど」と言うと、「63歳まで二つの金になる仕事を続け、その後は75歳くらいまで、仕事を続けると出ている。娘さんが非常に親孝行で、息子さんもいるでしょう?非常に変わった暮らしをしていない?手相をみてみたいなあ」と言っていました。息子としての影が薄い。。。。3150円也のストレス解消でした。
2002.10.24
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今朝は、怪我をしていて可哀想だが、ディサービスに送り出してしまった。シャワー浴をお願いした。主人は今日、明日と会社へ出かけ、私の方も色々と用事がある。しかし、ショートスティの責任者から「お詫びに伺いたい」と電話が入る。「忙しいので・・・」と断るが、どうしても、どうしても来たいらしい。あちらさんも、謝りに来ないことには仕事上、済まないのだろう。夕方、来ることになった。昼前、精神科へ義姉の薬を貰いに行く。代理でも受診しないことには薬を出してくれない。薬は2週間分しか出ないので負担感がある。私 「また、骨折しました。ショートスティ中で、夜中に・・・」Dr「それは管理がいいかげんなところだなあ。こういう施設はいくら人員が足りないとは いえ、今に大変な事が起きる。例えば、首をつるとか~」私 「先生、たとえが悪すぎます!又、利用しようかと思っているのですから。。。」全く、このDrは口が悪すぎる(-_-メ)薬はショートスティ中も、服用した方が良いそうです。効きすぎて骨折したのではなく、いつもと違う環境で、興奮のため効かなくて、寝ずに動き回って怪我をしたという見解です。
2002.10.23
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あさ、7時になっても義姉は静かである。こうなると、心配で見に行けば・・・(@_@)昨夜、キチンと腕を固定していたはずのものが無い!見渡しても無い!そして、痛いと訴える。結局、タンスの中に畳んで入っていました。夜中に、骨折した腕で、何やらしていたようだ。今日は、これを繰り替えすこと、数回。前回、指を骨折したときは、元どおりにしてあげようと躍起になり、毎日叱った。でも、効果はなく何度も包帯を取りはずし、きれいに直らなかった。今回はもう、お互いの精神衛生のために、怒るのはやめた。取り外したら、優しく固定してあげて、強くは言うまいと・・・でも、これって一見、優しくて、結果は冷たく見放す事になる。。。そして、義姉のとぼけた顔を見ていると、やっぱりストレスはたまる。今、また三角巾も固定バンドも外してやってきた。私 「その腕、痛くない?」義姉「もう、直った!」
2002.10.22
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先ほど、土砂降りの中、帰宅しました。帰宅を待っていたように、義姉のショートスティ先から電話があり、「もう1度レントゲンを撮るために病院へ来ていますが、立ち会ってほしい。」指定された病院は、自転車で20分と少し遠いのですが、駆けつけました。結果は左腕つけねのあたりが折れていました。困りました。
2002.10.21
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前日は、小樽の朝里川温泉に泊まって楽しみました。そして、本日は上機嫌で法事に参加をしました。ところが、お経の最中にショートスティ先から電話!足がしびれて、ハイハイをしてやっとこさ出れば、ろくな事はない。今朝、未明にドスンと音がして見に行くと、ベッドの足元で義姉が髪をを振り乱して、うなっていたそうだ。段々と腫れてきたので、病院へ連れて行ったが、日曜日でレントゲン技師が不在のため、良く解らないとのこと。折り返し、面会に行った私の娘から電話があり、「痛がっているが、伯母ちゃんはしっかりしている」と報告してくれて、少しホッとしました。
2002.10.20
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18日の夕方、まずは主人の兄宅に到着した。その兄も、兄嫁も口をそろえて、「うちへ泊まりなさい」と言ってくれる。隣の亡き主人の姉宅へ、お線香をあげにいって、納得した。後に残された、その夫は、50歳間近の娘と暮らしている。姪はきれい好きなので、家の中は非常に片づいてきれいである。でも・・・全然、生活のにおいがせず、寒々としている。ちょうど義兄の妹夫婦(70歳過ぎ)も、本州から到着したところだった。その妹さんの手みやげが、お弁当3人前。。。。「どうせ、食べるものが無いだろうから・・・」と言っていました。亡き主人の姉は、お客として呼ばれるのも好きでしたが、人を寄せるのも大変好きでした。わびしく、悲しくなって早々に、おいとました。主婦のいない家は寂しすぎる。観察は意地悪すぎるだろうか?
2002.10.19
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先ほど、ディへ預けてきました。行く前に何度も着替え、持ち物チェック票が悲惨な状態でした。ショートスティのことは、何度言っても忘れて、出かけるときは招待されたと勘違いして、上機嫌で出かけました。(^_^;)これから猫のウリを病院に預けに行きます。ハナはおとなしいので、家でお留守番です。主人が「ウリの方が可哀想なんだろう?」と、口の悪いこと。二十日に法事があり、翌朝に急いで帰る予定です。
2002.10.18
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昨日、明日から利用するショートスティの契約に行ってきた。1Fが、いつも利用しているディサービス、2・3Fは特別養護老人ホームになっている。契約の後、利用する予定の部屋を見せて貰った。清潔で、きれいで明るく、静かであった。しかし、当然の事ながら入居者達は車椅子の人が多かった。足が達者な人は呆けていた。ヘルパー研修で解っているはずなのに、ショックだった。人形をだっこした人が「子供が殴られて困る」と愚痴を言いながら、案内を買って出てくれた。帰るとき、ディサービスをのぞくと、義姉は8人テーブルの真ん中で身を乗り出しておしゃべりに熱中していた。元気でディサービスを利用できる事が、現在の幸せかなと思った。自転車をこぎながら、「お義姉さんはショックを受けるだろうなあ、直ぐに帰りたいと言うだろうなあ。職員さん、苦労するだろうなあ。」と思った。何故かせつなかった。--------------------------------------------ショートスティ利用の件は、今まで義姉に恐くて言えなかった。主人に「あなたのお姉さんなのだから、あなたから言ってください」と逃げていたが、夫も言えなかった。こうなったら、だまし討ちにするしかないと思っていた。利用したことのある知人に聞いたら「キチンと伝えて、当日は出来るだけ遅く送って行き、少し共に時間を過ごしてから帰る。お迎えの日は帰りを待てずに、昼前には迎えに行ってしまう。」これを聞いてガーンとした。心ある言葉に自分が恥ずかしくなった。けさ、私が伝えた。うそ八百を並べて、優しく穏やかに響きの良い言葉を選んでお願いをした。義姉は「私はひとりで、ここで留守番してはいけないのか?」と聞いたが「ごめんね、そうすると心配で心配で・・・本当はもう、北海道のお義姉さんがいない家には、張り合いが無くて行きたくないのだけど、浮き世の義理だから終わったら、直ぐに帰ってくるわね・・・お土産、何がいい?蟹にする?」これでOKが出ましたが、直ぐに又忘れました。(^_^;)義姉は忘れても、こっちは名前書き等の準備で大変だ。
2002.10.17
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実は、週末に北海道で、主人の姉の3回忌がある。葬式の時にうちの義姉を連れて行ったが、到着して直ぐに帰りたがり困った。結局、葬式には出ずに帰ってきた挙げ句、疲れて肺炎になった。一周忌は夫に一人で行って貰った。今回は、義姉をショートスティに預け、同行することにした。(糖尿で一人はヤバイ)ゆっくりと行くつもりで、姪に近くの良い温泉の予約を頼んでおいた。一昨日になり、姪から「温泉の予約は取れなかった。到着する日の夕方は、父はパークゴルフの打ち上げだし、自分はアルバイトが入ってしまったので留守にしている。隣の叔父さん(主人の兄)に玄関を開けてもらって入ってください。」と、電話があった。程なくして隣の兄嫁から、「どうして、今頃になって、温泉の予約が取れなかったというのか?その日はうちもゴルフがあるけれど、早く切り上げて札幌まで車で迎えに行く!」と電話があった。しかし、何となくムッとして「よーし、こうなったら絶対に温泉にいく!」と思ってしまった私。。。。昨日、デパートで旅行のパンフレットを貰い、喫茶店で検討した。小樽にも温泉があるではないか(^_^)v今朝、夫に2泊は温泉に泊まり、最後の法事の日は親類に泊まると宣言すると、「イヤだ、親類に泊まりたい。温泉に泊まるのなら、何もかもキャンセルだ!」との返事。。。でも~、兄嫁のところは、そこの娘が子供達と一緒に出戻っていて、全く落ち着かない。「よーし、解った、キャンセルする!もう今後一切、あんたとは旅行をしない!私と温泉なんか行くより、親戚の方が良いのでしょう!」と啖呵をきったが・・・・主人の出かけに「キャンセルは辞めた。やっぱ温泉へ行く!」と、言い渡す。義姉がディサービスに出かけた後、母から電話があった。以上のことを言うと「二人分予約して置いて、一人分無駄にしても良いじゃないの、一人の方がゆっくりできるかもよ。」・・・でした。---------------------------昼頃、ツーリストへ予約を入れると一泊しか、とることができなかった。何だか、うまくいくものだ(^_^;)しかし法事の話が温泉になり、挙げ句の果てに夫婦げんか・・・なんでこうなるの!まあ、喧嘩は一人ではできないわねえ(^_^;)
2002.10.16
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昨夜、長女が「お母さんの欲しがっていた手提げが、手に入った!」と届けてくれた。娘の方は白を持っていたが、我が家は白と黒の猫達が居るのでグレーを希望した。無印良品の商品で、毛糸を細編みでキッチリと編み、裏もついている。品物が沢山入り気に入りました(^_^)背景の赤いスカーフは、夫が還暦記念のクラス会で、皆で身につけたもの。夫と同様に違うクラスの人がチラホラと居たそうです。夫 「60でもまだ、女は色気があるなあ。」私 「そりゃそうよ、美容院に行って髪を染め、パーマをかけて、精一杯お洒落をしてきたと思うもの。その点、男はダメよね、白髪頭の爺様だったでしょう?」夫 「それが、オレはもてた(^^)、昔も持てたが、もっともてた(^^)」良いわね自信があって・・・・・家族は誰も信じていないけど(^_^メ)今日はそのバッグを持って、美容院に行きました。ところが火曜日で休みだ。行きたくなると、もうダメ!デパートへ行ったら2時間待ち、駅ビルが空いていたので、お客になりました。 娘とおそろいで若々しい気分(^_^)
2002.10.15
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義姉は夜中に「おばあちゃん、何処?」と、非常に寂しそうな声で探し回っている。夫は留守だし、無視をした。「ここにもいない」と、つぶやいて2階へ上がっていった。結局、それっきり眠れなくて腹が立ち、怒ってやろうと寝室を出た。階段が真っ暗(@_@)・・・危険だ!義姉は起きていて、私の顔を見たらパッと花が咲いたように明るくなった。これで、怒る気が失せて「もう少し寝ましょうね」と優しく声をかけてしまった。私って、人が良いかも(^_^メ)朝食の時、「夫は今日、帰ってくる」と話すと、「鉢あらいで今頃、飲んでいるのではないか。」と言う。私 「鉢あらいって初めて聞いた。」義姉「お祭りなどが終わったとき、ご苦労様と打ち上げをする時に使う。」私 「水商売の人が使う言葉?」義姉「そんなことは無いと思うけど。。。」私 「ひとつ、お利口になった(^^)」しかし、夕方、夫が留守なのから、不穏になる。何でも、義姉のお金を奪って逃げ回っていて、許せないらしい。「もうすぐ帰るから」となだめて散歩に連れて行き、戻って遅いおやつを食べているところに夫が帰宅した。どっと疲れが出た。
2002.10.14
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最近、朝起きて2階へいく途中、狼藉の後がアチコチに散乱している(--;)ディサービスの連絡帳に、そのように書いたら赤い字で「コワイですね」とあった。留守中の息子のタンスに義姉の汚したパンツなどが入っていてマズイ。困ったもんだ。お気に入りのラルフローレンのYシャツが、クサくなったら泣くわね、きっと。。。今朝は早くから、「ゴミ出しをしたいので、外の戸を開けて」と言ってきた。本日は日曜日なので、ゴミは没収してカレンダーの見方の特訓!日曜日(10/6)から土曜日(10/12)まで順番に見て、また次の日曜日(10/13)に目を移す事が出来ない。(@_@)毎日○印を付けているので、最後の○が今日になるのだが、最後の○印を探す事ができない。カレンダー相手に、指さし声だし確認をさせているが、効果のほどは?なんだか空しい努力をしている気がしてきた。もう、月日も曜日も関係ない世界で生活をしている。それで良いのだと思い定めた方が良いのかも・・・・
2002.10.13
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今朝、夫は高校の「還暦記念クラス会旅行」に出かけた。北海道からの御一行25人を羽田空港で出迎え、本日は箱根で宴会、明日は横浜に泊まり、中華街で食事だそうだ。「何で横浜からは帰宅しないの?(我が家は神奈川県民)」と聞くと「最後までご一緒するのが筋」らしい。・・・それにしても、夫は5組、今日の御一行は2組だそう???私「何で、5組のあんたが出席しなければならないのよ!」夫「おれは、良いヤツで皆の人気者だったからなぁ」・・・ただのアホだ!私「くれぐれも、飲み過ぎて救急車で入院なんて事は、無いように。(糖尿の検査数値では旅行はヤバイ)」夫「はい、飲みません。」・・・返事が良すぎるのが怪しい。私「無事に帰ってきて!」・・・義姉を残して先にいかれては困る。ニャロメ!女房にこんな事を言わせる夫が良いヤツだろうか?夫にだけ美味しいものを食べさせる手は無いと、義姉を連れて電車に乗り、寿司を食べに行きました。母に頼まれた手芸用品を買い、団子を買い、長女の働いている店を覗き、乾物屋さんで特価品の椎茸を求め、ささやかだけど、楽しい時を過ごしてきました。これで、義姉も静かに過ごしてくれるかなと思いきや、弟に眼鏡をとられたと、ご機嫌斜めです。。。
2002.10.12
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長女が言うには「おかあさんは昔、ムカツクという言葉は、妊娠中以外は使ってはいけません・・・と言っていたのに、最近、使っているわね」私 「でも、最近ムカツクのよ、いろいろ。。。」今日は8:45 義姉がディサービスに出た後、直ぐに次女の家に行くと言って、夫は聞かない。実はデパートで、4人分の昼食を買いたいのだが、今出たら、開店を待たなければならない。私がぐずぐずしていると、外で花に水をやったり、早くしろとわめいたりでウルサイ。結局、早く出てデパートの開店を待つ羽目になりました。夫は「デパートの開店を待つような、暇人にはなりたくないのに、とうとう仲間入りをしてしまった。」とぬかす。娘の家に着いて、昼を食べたら、もう帰る準備。義姉の帰宅に間に合うためには、1時過ぎのバスに乗らなければならない。私がのろまなので、早くバス停へ行くのだと言って聞かず、ここでも待ちました。普段は私よりも早く、サッサと歩き、時々振り向いて「早くせんか!」と非難がましい目つきをするので、ムカツク。今日は、まだ腰が痛いので「早くあるくな!」と怒る。フフフ・・・ざまぁ、ごらんあそばせ(^_^メ)ところで、次女宅に昨日訪問されたのは保健婦さんではなくて、助産婦さんだったそうです。1時間くらい、色々と相談に乗ってくれて、「自分たちは、心配しすぎだと解った」そうです。時々、様子を見に行ってやらなくてはなりませんね。
2002.10.11
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カレンダーの今日の日付のところに「ほけん姉さん」と記入してある。確かに私の筆跡であるが、書いた本人が思い出せない(^_^;)もう、4~5日前から気になって仕様がない。保険証のこと?・・・・・・粗相はないはず。義姉の生命ほけんが満期?(^_^)v・・・そんなはずがない。そして、とうとう今日になった。今日は夫が在宅だし、孫の顔を見に行きたい。(義姉は赤ちゃんを見て、何故か金取られ妄想を思い出してしまった。当分赤ちゃんの話題は禁止!)退院して10日も経つのに娘の家に行っていない。そんなことを考えていたら、思い出した。「ほけん姉さん」ではなく「ほけん婦さん」と書いたのだった(~_~メ)きょう娘の家に、保健婦さんの訪問がある予定だそうで、色々と相談したかなあ?退院して4~5日した頃、赤ちゃんは泣くし、夫婦で緊張のあまり疲れてしまい、娘は婿殿の前で泣いてしまったそうだ。婿殿は赤ちゃんの顔のブツブツに悩んで、保健所に電話をして聞いたそうだ。私が「脂漏性湿しんでしょう?」と聞いたら「何で解るの?」と不思議がっていました。私が役に立たなくて、申し訳ないが、婿殿は良いお父さんになると思う(^_^)
2002.10.10
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昨晩、日赤血液センターから、献血依頼の電話があった。もちろんOKした(^^)さて、きょうは夫は会社へ、義姉はディサービスへ、そして私は、義姉の検査結果を聞きに、北○大学病院へ行き、その帰りに献血に行くことにした。しかし、夫から待ったが掛かった。「心電図に異常があったのに、するのか?」私 「大丈夫よ、でも聞いてみるわね。」聞いてみた結果、心電図で調べてくれて、Drは、「しても大丈夫ですが、無理にしなくても・・・」でした。娘が生まれてから献血を初め、25年間、一度も断られたことがなかった。ア~ァ、とうとう自慢できるものがなくなってしまった。健康には自信があったのに、献血は56回目で挫折。何だか寂しい。義姉の婦人科ガン検診のほうは、来年の5月まで経過を見ることになりました。こちらの方は、なかなか無罪放免になりません。
2002.10.09
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今日、火曜日はヘルパーさんの訪問日。ヘルパーさんが「挨拶をしても、一心に葉書を見ていて聞こえないようです。」と言ってきた。見に行くと10年前の年賀状や、ダイレクトメールに見入っている。(本人は色々と忙しいらしい)今日は、衣類を整理して貰おうかと頼むと、「自分でします!人にいじられると解らなくなる」とピシャリと拒否、やはりダメか、留守の時にでもやるか。。。(もう、とっくに解らなくなって、着物もシワクチャなのだ、下着も直ぐには見つからない)それでは、「散歩に・・」とお願いすると、今度は上機嫌で出かけていきました。ヘルパーさんが言うには「活動時間中、しゃべりずくめでした。会話は成り立ちますが、言っていることは、その都度、違いました。」でした。昼食の後、義姉に「今日は、火曜日でヘルパーさんが来る日でしたね。」と言うと義姉 「今日は、まだきていない。」私 「ヘルパーさんが、ガッカリして泣くわよ。お散歩いっぱいしたでしょう?」食後の薬を用意していて、気がつきました。朝、アルツハイマー薬アリセプトを忘れた(^_^;)機関銃のような、おしゃべりの原因はこれだ!多分。。。。
2002.10.08
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古い羽織の襟を解いて袖をつめ、リフォームをあれこれ楽しんでいると・・・外へ行きたいのに、脱出できない義姉が庭をウロウロしているのが目にはいる。よし!でかけるぞ。襟の裏にはる生地を探しに、歩いて!!11時に家を出て、30分歩いたところで、餃子屋の前にでた。いつも、行列が出来ている店が、まだ、空いていて迷わず入り、しばらく経過。出てからリサイクルショップへ行く。スカーフ2枚を100円で売っている。気に入ったスカーフを、襟の裏に張るつもりで義姉と二人でいろいろひっぱりだし、当てては楽しむ。次に私のセーター2枚で1400円也。気が引けるので、義姉にもセーターを1枚プレゼント。収穫があったので気をよくして家路につくが、途中で義姉が疲れはてる。家に戻ったのは2時、何と3時間のさんぽ!それから二人とも昼寝をして・・・3時に夫が通院から戻ってきたので、入れ替わりに私が義姉の薬を貰いに出かける。またしても、精神科は混んでいた。おまけに初診の患者が二人も居たので、もう、イヤになるくらい待たされた。待ちながら、近況をメモする。そして、それをDrに伝えると・・・「犬と同じ、散歩に連れて行かないとウルサイ」だと。犬と一緒にするとは、いくら何でも口が悪すぎる(^ヘ^)帰宅して夫に「お義姉さん、静かだったでしょう?今日は、長い散歩をして疲れさせた。」と、言うと「道理で、さっきまで高イビキで寝ていた。こりゃ、老人虐待だ!」ふん、何を言ってんだか。。。。。
2002.10.07
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先日、母と温泉へ泊まった時、昼ご飯は選べるようになっていた。母は、「こういう場合は、お任せが一番お得な筈」と言うが、私は何が出るのか解らないのはイヤだと逆らい「信玄そば定食」を選んだ。充分に美味しかった。母の方は、大皿にステーキを一口大にしてこんもりと盛り、湯気が上がっている。「みっちゃん、食べてごらん、スゴク美味しい!」肉の様であり、魚の様であり、ジューシーでレアの炭焼きだが、何だか解らない。私もつまむと、歯ごたえがあり、脂が乗って醤油が香ばしくて美味しい。母はマグロの頬かな?と見当をつけて、板場に聞いて貰うとカジキマグロの背身だと。昨日、早速マネをしてみたが、失敗をした。お買い得品の、薄いソテー用を求めてきたが、これがいけなかった。刺身にもなる厚切りを良く吟味して買うべきだった。フライパンで焼いたので、付け合わせの舞茸の方が評判が良かった。(^_^;)
2002.10.06
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「杖を帰りにも自分で持たない、私と母が悪い」と夫はバカにするのですが・・・・持って行き場の「ある」怒りはいいわね(^_^メ)先日、母と温泉に行ったとき、ホテルから送った宅急便に杖が入ってなかった。母はホテルの土産を買い占めても足らず、追加が来るまで箱は開封したままだった。。。直ぐに連絡をしたら、3段折りたたみのうち一番上の握る部分しか戻ってこなかった。又連絡すると、探して至急連絡しますとのこと。その後、ツラツラと考えてみるに、フロントで誰かがいじって分解したままにしたな?と思い至った。言いたか無いが、あれを分解したら壊れると注意書きがあった。母は「もう、いい」と言うが「良か無いわよ、登山用の杖で高かったのだから」と一喝!母は明日から、箱根に行く予定。杖なしで行くので、具合が悪くなったら、本当に怒るわよ。しかし、ホントに元気な婆さんだわ。元気すぎて心配だわ。それにしても、怒ると元気の出る私って、いったい・・・(^_^;)
2002.10.05
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先日、母と温泉へ行ったときは異常が無かった。一昨日の夜は血圧は平常だったが、動悸と頭痛がした。昨晩は、それに加えて血圧が高くなり、食事もせずに休んだ。今朝も動悸はしていた。自分で診断するに、ご飯作りたくない症候群か、または義姉の顔を見たくないのか(--;)そういえば7月に勤め先で健診を受けたとき、心電図に異常があったっけ。。。5月にヒドイ頭痛で倒れたときは、ストレスからだろうと、抗不安薬と血圧の薬を処方された。幸いなことに1ヶ月で薬は辞めて経過観察になった。今日の診察の結果は、またもや経過観察でした。心電図の異常も、そんなに心配するほどでは無さそうでした。先生は詳しく紙に書いて、どんなときに動悸を心配するべきか、説明をしてくれました。ハイキングもしても良いが、良く自分の身体に聞きなさいでした。一番重要なことは、毎日の健康管理と痩せることかな。これが私にとっては、一番難しい。親切な先生でしょう(^^) 、冷蔵庫に張り付けました。
2002.10.04
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先日の旅行の時に母から、甥が就職に難航し大学院への進学を希望していると聞きました。弟はまだ現役で働いているので、それをかなえてやれるにしても、心の何処かで「まだ、楽をできないのか?弟が可哀想」と思ってしまいました。母に言うと、「私もそのように思った。」とのこと。子供を育てあげて、定年に至るまでの期間で、ほんの少しホッとする時期があるものです。待ったなしに出るばっかりだったお金が、逆に子供から入ってきてチョットした贅沢も楽しめる時期。。。あっても良いのではないかしら。そんなことを考えていたら、昨晩、弟から電話がありました。孫が出来た祝いの言葉をいただいた後、夫につなぎ、電話が終わったあと、夫が言うには「○○という会社はどんなものかと聞くので、辞めとけと答えた。」私 「それは就職の依頼よ。弟のためにも、甥のためにも社長にすがって、希望の会社への口利きをお願いしてみて」と頼みました。夫は、明日会社へ行く予定なので、まずファックスにて履歴書を会社に送るように指示しました。今日、夫が留守の時に電話があり、「ファックスがよその家に行ってしまった」というので、「我が家へ送りなさい」と答えましたが届かない。。。。どうなっているの?
2002.10.03
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昨夜の義姉は、風雨の音に怯え、何度も下へ降りてきた。自室へ連れて行き、解放している襖や戸を全部閉めたら、室内はだいぶ静かになった。しかし、夜中には2階の玄関ドアのセンサーがヒンパンに作動する。どうもトイレの場所が解らないらしい。トイレのドアは取り外して、中にも外にも常夜灯をつけているのに、全く困ったもんだ。朝、顔を見ていたら、無性に腹が立ってきた。同い年の私の母に比べて不甲斐なさ過ぎると、つい比べてしまう。ディサービスの日ですよと言えば「大した御馳走が出ないのに行くのか?」と返事(--メ)義姉が出かけた後、母から電話がありました。主治医が言うには、今回の介護保険の認定では、自立の可能性が大なのであるが、ヘルパーさんに今まで通り来て貰うよう、手続きを進めるとのこと。母の気持ちとしては、ヘルパーが来ている身で、温泉へ行くことは友人達の手前、心苦しく自立になるのは喜んでいました。娘としては、介護予防のためにも、ヘルパーさん等の訪問が無くなるのは、困ったと思いました。心臓のパッチ薬を張っている状態だし、粗忽で何かと危ないバアサンなのです。私の粗忽も遺伝だ(^_^メ)自立になると多分、役場からの福祉派遣のヘルパーさんになるので、現在気に入っている介護保険のヘルパーさんとは、お別れになると思う。利用者の立場からは、同じ人に続けて来て貰う方が安心なのにと残念だ。
2002.10.02
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台風に遭わないうちに帰ることが出来ました。(^^)母と散策して、苔を沢山、収集(お正月の寄せ植えに使うらしい)し、さすがの私も重たくて持ち帰られないので、膨大な数の土産と共に宅急便で送りました。しかし、いくら交際が広いとはいえ、土産の数が35個、金額は旅行費用と変わらない、いったい、何のための旅行だ!\(^^:;)...少し前だったら、文句の一つも言いたいところだが、「こうやって、お土産を沢山買えるご身分で良いわね。」と、微笑みながら、イヤミたっらしく、お手伝いをする私。。。。ところで、積翠寺温泉は甲府の山の中にありました。信玄の隠し湯の一つで、低温の鉱泉のため、昔の湯治法は焚き火に当たりながら、源泉の湧きいる「ほこら」にはいる「あぶり湯」という入浴方法で、信玄公もこの方法で浴していたそうです。リウマチ、神経痛に卓効があるそうです。母も足の痛みに効くと喜んでいました。泊まった旅館は和洋室で、設備が良く、当たりでした。(^_^)
2002.10.01
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