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主人は内科に入院しているが、主治医が外科のDrと今後の治療方針を相談した結果が出た。糖尿病の管理も良好で12月12日に手術となる。放射線の治療の後に手術も検討されたが、その場合、手術までに時間がかかる。放射線治療をしても効かなくて腫瘍が小さくならない場合があるらしい。その間に癌が大きくなってしまうそうだ。現在、癌は大きいが幸い目に見える転移は無い。早速、北海道の義兄に連絡した。以上の事を報告すると、手術に賛成だとの返事。最近,主人の兄の義兄が亡くなったが、放射線が効かなくて手遅れになってしまったそうだ。当日、北海道からは義兄が2人来てくれる。次女が、「かえって、お母さんが大変になるじゃないの。」と心配するが、「それもあるが、それ以上に遠くから有り難い、心強いと思わなくてはいけない。」と、自分にも彼女にも言い聞かせた。私の母も「手術日の付き添いがダメなら、せめてその前の元気なうちにお見舞いに行きたい。」と言ったが、「10月末に父の墓参りがてら一緒に温泉へ行ったでしょう。この時、もう病気に気がついていたのだと思う。手術が終わって少し回復したら来て欲しい。そのまま、暮れとお正月を、うちで過ごして欲しい。」と答えた。ほんとは、今、80才の母に我が家の行き帰りに怪我でもされたら困るので、お迎えに伺うつもり。母は、「それで良いの?ありがとう。」とうれしそうだったと思う。
2005.11.30
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昨夜、やっと、待っていた息子から電話がきた。電話の声は脳天気だ。婚約者のKちゃんが心配して船にFAXを送ってくれたとの事。ありがとう。私も送ろうとしたが海域番号や何やらで、ややこしくて諦めていた。電話のあと、何だか腹が立って朝食用のパンをヤケ食いしてしまった。おかげで夜中に胃が痛くなって目が覚めてしまった。その後は夢にウナされ、あさ目覚めると動悸が速い。血圧計で計ってみたら、正常だった。今日、小児科のDrから孫の水疱瘡が治ったとのお墨付きをもらったので、主人のところへ連れて行った。病院にビックリして恐がらないように、入り口横の売店でお握りやジュースを買って、病棟へ行った。何の事はない。私のお見舞いより、待ちこがれた息子の電話より、主人が一番嬉しいのは孫の顔をみることだった。食堂に主人の昼食も運んで、一緒に過ごした。手術をした後の姿は、孫がかわいそうなので見せるなと言われた。3才の孫を自転車に乗せての往復1時間は、少々疲れた。途中の日当たりの悪い公園で、お家に帰りたがらないのには、まいった。
2005.11.19
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昨日、先生からの話があった。カンファレンス室へ向かう途中、心臓が張り裂けそうになった。間違いで笑い事ですんだら、どんなに良いかと祈っていたが、結果は、悪性腫瘍だった。治療方針は来週になってから決まるようだ。主人は、いたって冷静だった。私は、家に帰って7時に寝た。娘が、孫の世話で疲れているの?と、とんちんかんな事を聞いていた。
2005.11.17
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昨日、夫は入院した。早速、夜、電話がかかって来た。あれを持って来い。これを持って来い等々。テレビ版のコピーなんて物もあった。今日、病院へ行くと、また、明日持って来て欲しいものが沢山。手術をしたら、しばらくコーヒーを飲めなくなると、2人で喫茶室へ出かけた。「やはり、入院するなら近い方が良いな。」と、機嫌良く微笑んでいた。私は、「孫の父親がわりには、あなたが居てくれなければ困る。頑張って欲しい。」と頼んだ。主人は、返事に困ったようだった。本人に頑張れとは、酷だったかもしれない。主人は以前、「癌になったら、言わないで欲しい。知ったら自殺する。」と言っていた。今回、もしもの時の連絡先を書き置き、自治会の仕事も、私の負担にならぬよう出来るだけ片付けて、淡々としているのが気にかかる。帰り際に、「明日の夕方、Drから病状の説明がある。この間のような話はしないように・・・・先生に失礼だ。」と釘をさされてしまった。主人は内科の主治医を、とても気に入っている。全く、間の悪い事に孫が水疱瘡にかかってしまった。一日中、看てやる気持ちは無く、午前中は私が看て、午後は娘がパートから早退して来ている。
2005.11.15
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入院前に一度食事をしようということで、長女を呼んで鍋を囲んだ。もっとも長女が来たのは、主人がベッドに入った後だったが。夜8時半すぎ、息子の婚約者Kさんから電話があった。結婚式の招待状の数を決めなくてはならない時期のようだ。気の毒で、言いたくなかったのだが主人の病気の事を伝えた。そして、息子がまだ、それを知らない事も。主人も電話に出て、「結婚式はちゃんと、するように。」と話していた。かわいそうに、かなりビックリした事だろう。でも、手術前に知らせる事が出来て、少し安心した。黙っていたら、今後の信頼関係を損なうかもと心配だった。私は最初、呆けてて電話の声を聞いても解らず「どちらの○○さん?」と聞いてしまった。かなり、気を悪くしたことだろう。ゴメンね。ところで、主人の兄弟にはまだ、知らせていない。黙ってて良いのだろうか?本人は手術後、落ち着いたら自分から電話をすると言っている。
2005.11.12
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昨日は夫婦2人で出かけ、主人名義の定期預金を一つ解約して、私名義の通帳に入れ替えた。闘病資金になる。駅で別れ、私はデパートの地下でフグを買って来た。とても美味しくて、主人は腹一杯食べた。食欲もあるし、元気だし、ガンだなんてかわいそうだ。私にしんみりと、「もしも僕が死んだら、お前のお母さんに来てもらえ。あの家での一人暮らしは、段々と難しくなるだろう。実家の始末はお前の弟にしっかりとしてもらいなさい。」胸がつまって返事が出来なかった。有り難い言葉だけど、「はい」と言いたくなかった。私の居ない時、次女には、「生きて帰れないかもしれない。もし手術がうまく言っても、ガンは大きいので再発すると思う。これからは、しっかりと生きてほしい。」こんな事を言ったそうだ。息子には心配かけたくないので胃潰瘍だと伝えろと言うが、メールではっきりと病名を書き、このHPを見なさいと送った。彼はいったい今、何処の海域に居るのだろう。まだ、返事は来ない。彼の婚約者にも何度もメールを書きかけてやめた。息子が彼女に連絡するのが筋だと思う。主人の兄弟にはまだ、連絡していない。私の妹はこのHPをみて、電話をして来た。はがゆいという。治療法を選べば、来年の春には、歩いて結婚式に参加できるかもしれないのにと。私も歯がゆいと思う。
2005.11.09
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主人の入院前検査について行った。内視鏡検査では気を失ったそうで、診察室の前にズラッと並ぶベンチでは、蒼白になって私の膝を枕に横になっていた。主人が元気が無いのをチャンスだと思い、先生に私の意見を伝えた。他の大学病院等で手術を希望する患者も多いそうで、紹介状と検査結果の書類も用意してくれると、快諾してくれた。入院してからの転院は負担なので、なるべく今週中に申し出てください。が、しかし、主人は私の訴えを遮った。Drに「奥さんには奥さんの考えがある。聞かせてください。」と、たしなめられた。夫婦でよく相談しますと、答えて出て来たが、診察室を出たとたん、主人に一喝された。「おまえがゴチャゴチャ言うと、ストレスで胃が痛くなる。時間がかかる放射線治療等は嫌だ。姉の病院へ行くだけでも疲れてストレスなのだ。遠いのは嫌だ。この病院と決めたのだ。」私としては手術といっても年間3ケース位の実績では心配だ。せめて他の症例の多い病院へ行って欲しい。最後は「うるさい!おまえは俺を殺す気か!」・・・・・これで黙りました。
2005.11.07
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昨日、義姉の入院している病院の相談員に、「主人が病気でしばらく来られなくなる。」と話した。相談員さんは、家から近い病院にこだわらず出来るだけ、症例の多い病院へ行く事を進めてくれた。私もその通りだと思った。家に居る次女も本で調べて同じ事を言った。今朝、再度夫に国立がんセンター東病院か、東海大学病院の受診を頼んだ。主人は、すぐに逆切れした。「遠いのは、通うストレスで死んでしまう!糖尿病のかかりつけ病院で手術せよと言われたところを押して、入院のOKを貰ったのだ。パソコンなんか信じるな!ゴチャゴチャ口を出すな!」いつでもこれだ。夫の一族の悪いクセだ。人の話を聞かない。逆切れで相手の口を封じる。涙が浮かび上がって来た。とっさに庭に出て泣いた。泣きながら、いつかテレビで見た熟年離婚を思い出していた。「松阪慶子のセリフは全部私が思っている事と同じ。あなたは渡哲也のセリフに共感するでしょう。」・・・・こんな事を夫婦で話したことがある。それでも今、一番辛いのは私では無く主人だということはわかる。主人は現役時代の通勤が辛くて、今でも東京方面には行きたがらない。だからアルバイトも遠くても逆方向だ。涙を振り切って家の中に入った。主人は出勤の準備して、きりっとしていた。頑固親父は昨晩の発熱を押して、今日もお出かけになった。
2005.11.05
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夫は昨日も仕事に行き、今日も行った。14日に入院の予定だが、直前の10日までアルバイトに行くつもりのようだ。いくら人手が足りないとはいえ、人が良すぎる。もっと他にやる事がないのか。。。。もう身辺整理はすませたらしい(-_-)私の方は社会福祉協議会へ電話をし、「もう、ヘルパーを辞める」と言い引き止められる。取りあえず、20日まで休む事にする。その後整形外科へ行き、銀行へ寄って金の工面をし、午後は義姉の介護保険の調査に立ち会うために病院へ出かけた。あの様子では要介護5に行きそうだ。行きも帰りもバスの中でグッスリと寝てしまった。バスから降りると、足が重たくて悲しくて身体が動かない。這うようにしてデパートの地下へ行き、バナナセーキを注文した。元気が出た。やっぱり、この年になってもバナナが好きだ。家に戻ると、帰宅した夫は昼寝をしていた。動き回っている方が気がまぎれる。お互いに。
2005.11.04
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昨晩、遅くまでネットを検索した。主人の兄は膵臓がんで手術をしたが、亡くなるまで壮絶というか、気の毒だった。北海道の主人の姉は、抗がん剤を一本うっただけで、意識不明になり亡くなった。食道がんは症例が少ない上、非常な大手術になるようだ。築地か柏のガンセンターがよさそうに思えた。私ならば手術ではなく、放射線と抗がん剤の治療を選ぶと思う。しかし、主人は国立病院での手術を希望している。取りあえずは、主人の意見を尊重して、7日の検査、14日の入院となる。
2005.11.03
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1週間前に、駅で転倒して肋骨をいためた。レントゲンでは折れてはいないが、一本が曲がっている。全く、粗忽で困る。これから老後を過ごすのに良い警鐘になった。少しずつ、痛みが取れて来て来週からは、仕事に行く事ができるかな?と心づもりをしていた。今朝、主人が一人で国立病院を受診しに行った。一ヶ月くらい前から、蕎麦を飲み込むときに、違和感を感じていたという。耳鼻咽喉科の医師の診断では、食道の胸の当たりに癌があるという。帰宅して開口一番、「みっちゃん、ごめんね。食道がんだ!」あやまられてすむものではない。来年の春には息子の結婚式がある。「俺が出られない時は、お前一人で頼む。」いやだ、そんなの。。。。
2005.11.02
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