全30件 (30件中 1-30件目)
1
新聞の『惜別』という紙面で、作家・南條範夫市の記事を読んだ。著書は300冊近いとのことであるが、名前は知っていても読んだ記憶はない。 本名は古賀英正と言われるそうで,昼間は大学教授、夜は明け方まで執筆する流行作家だったそうだ。古賀は私の旧姓であり、親密感を覚えた。国学院大学を70歳の定年で辞めるまで2足のわらじを履き続けられたそうだ。 学生時代、好きな人がいて名を範子といった。教員になれば結婚できると思い東大助手になったという。彼女は間もなく結核で逝くが、夫になりたかったからペンネームを範夫にしたのだと・・・ 90歳を過ぎても範子さんのお墓参りは欠かさなかったとある。武家社会の奇怪で残忍な事件を扱った作品で残酷ブームを起こした作家というが、残酷さの背後に、封建時代から現代にまで通じる日本人特有の本性を見ていて、残酷物は決して興味本位の読み物ではなかったとあった。 親しみと読んで見たいという興味がわいて来た。今まで関心のなかった分野の本だが読んで見たい。範子さんは幸せな人だな~と・・・私が逝っても墓参りしてくれる人はいるだろうか?
2004年11月30日
コメント(0)
『返済できない』と言われたと、老人会でこぼされたと聞いた。借りた人は亡くなったご主人は高校教諭、本人は元小学校教諭である。貸した人は弁護士の未亡人で年金暮らしの女性。 二人とも近所の方である。借りた人は当時150坪の敷地に建坪60坪、築13年の屋敷の住人であった。 夫婦の退職金と家屋敷の不動産、200万用立ててもまさか?まして元教諭で、地元の婦人会長などやっていた人であれば、返済が出来なくなるとは考えられなかっただろうと思う。 二人で銀行へ足を運び貸されたというから、人の良さに驚いたものである。貸された時点で家は売りに出ていたのだが、彼女は一人暮らしで周りとの交流が少なくその情報を知らなかったらしい。家を処分しても清算は無理だったらしい。 あれから一年半、家を畳んで少し離れた市営住宅に越されたのを、やっと探し出して毎月5万円を貰っているということだった。それができなくなったと言うのである。 『おれおれ詐欺』なら用心もするだろうが、お互い顔見知りで地元の名士であれば、信じても仕方ないが、大事な老後資金をわざわざ銀行から引き出してまで貸されたのか、あのしっかり者の○○さんがとみんな驚いたのだが・・・ 低金利の今の社会では、200万の穴埋めは不可能だ。他山の石、人に貸すなどという貯えもないが、詐欺同然のこんな事件に巻き込まれぬよう、気をつけなければと思う。 元先生も一人暮らしになった時、東京で生活していた次男夫婦を呼び戻さなければ、こんな事態にはならなかっただろうに、最近は教育者がらみの事件が多いけど考えさせられることである。★広島の殻つき牡蠣を頂いた。焼いてレモンで・・・美味し い。
2004年11月29日
コメント(0)
一日中、折りたたみ椅子の上に立ってのビデオ撮りは、かなり疲れた。毎年の行事なのにやはり年は争えない。足裏と、両膝に樹液シートを貼って万全の体制で臨んだのだが・・・ ネットでなるべく安価のものをと購入するので、今使っているのは、一晩貼ってても、べちゃべちゃにはならない。ちょっと固くなったかなという程度である。今日は帰って剥がしたら、色が茶色に変わっていた。べちゃべちゃになって足を洗うのも大変だが、それだけ効果があるのかなと思ったりもする。 同じ姿勢でいたので、珍しく肩まで凝っている。編集作業は今夜はお休み、明日からボチボチやることにしよう。それより、26日配達のネットショッピングの商品がまだ未着。伝票検索で調べると鳥栖営業所へは25日午前中に到着とある。電話を入れると、調査して後ほどとの答えである。 回答は伝票がなくなってて遅れましたとのこと、今日は日曜なので明日の配達だとのたまう。『なに言ってるの、25日に着いてて、今日は28日ですよ』疲れもあっていい加減してよという気分である。 お店にその旨メールしたら、日曜日にも拘らずすばやい対応で、お詫びのメールと運送会社に手配して下さったらしく、間もなく運送会社から『今からお届け致します』 届いた商品の袋には『11月26日配達・早くてもだめ!!遅くてもだめ!!西濃運輸』のシールが貼ってある。なくしたという伝票もしっかりと健在であった。商品は無事手元に届いた。気持ちよい対応のお店は『京都美人堂』さんです。 すべてマニュアルで撮った映像も納得いくもので、疲れともやもやが吹っ飛びました。
2004年11月28日
コメント(0)
『過ぎたるは及ばざるが如し』だよね。英彦山登山はやはり頑張り過ぎであった。私にも『登れたっ』という達成感はあったものの、翌々日教室のみんなと歩ける範囲(30分程度)のお店でお昼を共にしたのだが、これも頑張り過ぎだったようである。 両膝の内側がしくしくと痛む。だったら静かにしていればいいのに、昨日・今日と二日続けて所用で外出、いよいよ『ガタ』が来たようだ。バスを降りて足を引きずって歩いているのが自覚できる。 悪いことに、明日は校区の芸能祭でビデオ撮影の仕事が入っている。一日中立ちっぱなしの作業で、また足を酷使すること間違いなしである。 公民館まで遠くはないが、機材を持っての歩行は無理のようだ。タクシーで行くことにしよう。気持ちと体力がアンバランスなのである。 友達から長野のりんごが届いた。たっぷりと蜜を含んだりんご美味しかった。明日の活力になって欲しい。
2004年11月27日
コメント(0)
天気予報が的中し、久しぶり街へ出かけたら帰りは小雨に降られた。近くのATMで引出しが出来るようになって、銀行へわざわざ行かなくても済むようになっていいなと思っていたが、お昼の時間帯でもあったが、行内は以前に比べがらんとして見える。 以前は定期の満期の時期は向こうから家に来てくれたものだが、今は家への訪問は一切しないと言う。利息はすずめの涙ほどもないのに、サービスは逆に悪くなるのだから、納得いかない。 そうかと言ってなけなしの老後資金を箪笥預金にしておくのも心もとない。そのうち預かって貰う手数料が要るようになったりするかもね。そうこの間、新聞の投書欄で500円硬貨を貯めて、金融機関へ預け入れに行ったら、手数料が要ると言われたというのを読んだっけ。 結局、今日で用事は終わらず、再度足を運ばねばならなくなった。街は歳末をひかえ、商店街の売出しやら、駅ビルの創業祭などいつもより賑やかであった。雨と寒さでウインドショッピングもぜず帰宅した。
2004年11月26日
コメント(0)
今日11月25日はウン才の誕生日なんです。起きたら携帯メールが届いてた。『お誕生日おめでとうございます』子供からである。時間は6時5分。朝早く起きたのか、朝まで仕事だったのか定かではないが、忘れずにいたことに感謝しよう。一週間遅れで彼の誕生日なので忘れようがないのだが。 昨日は英彦山に登って、『やった~』という気分だったけど現実には少し冒険が過ぎたようである。 歩くのに痛みはないが、整骨院でいつもの矯正を受けたら、あっと声に出るくらい痛みが走った。余り無理はしない方がいいよとやんわりと釘を刺された。『はい、気を付けます』神妙に答えたものの、仲間で行動すれば一人だけ別行動も出来ないしね。動けないほどではないのでいいかなと内心思っている。 誕生日なのにケーキもなし。教室でケーキ店まで出かけられなかったしね。ダイエットに悪いから、長野から送ってきた『りんご』でお祝いしようか。でもこの年だとめでたいというより、???健康に気を配って周りに迷惑掛けないよう過ごしたいと思っています。
2004年11月25日
コメント(0)
ぽかぽか陽気に誘われて友達4人でドライブに行くことになった。行く先は英彦山神宮と耶馬溪、紅葉の名所である。途中の道の駅で、お昼の食料を買うことにした。椎茸の煮物・干し筍・がめ煮(筑前煮)ご飯は川蟹飯。景色のいい所で食べることにした。 まず、英彦山の近くの温泉に立ち寄り、露天風呂に身をゆだねる。目の前は紅葉の山々至福のひと時である。そこから車で英彦山神宮へ、駐車場の近くにシートを敷いて腹ごしらえである。野天で食べるご飯は格別であった。 英彦山はかって山伏の修験の場で野積みの石段が上まで続いている。英彦山に登るのは2度目だが、一度目は30年位前で、下から眺めると膝が悪い今の体力では果たして登れるかどうか、4人の中で私が一番年上なのである。 『下で待ってるから3人で登って』と言ったものの、行ける所まで行くか、ともう一人の私が囁く。 やっぱり私も登ると一歩一歩登った。途中からは手すりがあるが、階段はきつい。半分ほどで汗が出てきた。 平日なのにかなりの人出で若い人も杖を持って登っている。化して下さった杖を頼りに執念で登りきった。 荘厳な社殿で拍手を打ち礼拝、清々しい気分に浸る。英彦山鈴(土鈴9を買い求め山を降りた。 登って良かった。登れて良かった。多分これが最後だろうけど・・・ 下山して耶馬渓へ周り、ちょっと過ぎた紅葉を観て充実した一日を終えた。
2004年11月24日
コメント(0)
今日は祝日でとってもいいお天気なのにねー。私はなんでこんなことしてるんだろ?そうトイレの大掃除なんです。 ウオッシュレットがなんだか臭うようで、一念発起、『消臭フィルター』の掃除やることにしたのです。 そう度々はしないので、どこをどうやるのかさっぱり分からないので、取説のお世話になることにしました。 本体から蓋を取り外して『消臭フィルター』を取外したら綿埃で目詰まりもいいとこ、水で洗ってすっきりきれいになった。便器の蓋って結構バラバラになるのですね。知らなかった。(@@) フィルターを元に収めてついでに隅々までお掃除しました。レモン系の消臭スプレーをシュッー・・・爽やかな香りが漂う。これで当分トイレの大掃除はしなくてもいいよね。誰も言ってくれる人がいないので『ご苦労様でした』今から美味しい紅茶でも頂きます。
2004年11月23日
コメント(0)
昨夜、山口の友人が電話してきて、パソコンがおかしい、メールできないので・・と言う。彼の職業は家電の修理屋なのだが、パソコンは思うようにいかならしい。 『一度、電源抜いて暫くしてコンセントにさして電源入れて見たら?』と言うと『そんなことで直るの?』『まあ、ともかくやって見よう』と言って電話を切った。今朝、メールが来た、『有難う、直ったよ』だって。 実は私自身が経験済みなのである。メールの送受信が出来なくなって、モデムを見たら緑のランプが消灯している。 子供へ慌てて携帯でメールを入れた。返信に『コンセントを抜いて暫くして入れるように』とあった。指示通りやったらちゃんと接続できたのである。そのことを思い出してダメ元で知ったかぶりを言ったのだが・・・ 友人の感謝にちょっとだけ鼻が高くなったような、悪い気分ではない。
2004年11月22日
コメント(0)
外は穏やかな日差しの日曜日、冬を迎えるための仕事をと先ず八重咲きベゴニアを玄関から南のテラスに移す作業をする。大きな鉢は結構重たい。転ばないようにと気をつけながら・・ 今日は重労働の日のようだ。午後、洗濯機が配達されるので、古い2槽の洗濯機を外へ運び出す。一人で出来るかなと、危惧したが、火事場の馬鹿力何とかなるものである。 新しい洗濯機は扉をはずしてやっと家の中に納まった。築40余年の家は今の家電には似つかわしくないが、仕方ない。洗濯機だけが新婚家庭のような雰囲気である。明日から全自動で楽させて貰えそうだ。4代目の洗濯機さんいっしょに元気で暮らそうね。
2004年11月21日
コメント(0)
約束の時間に余裕を持って出かける母親を笑っていた私なのに、最近は同じことをやってる自分に苦笑する。 博多駅筑紫口に6時半の約束だったのに一時間も早く着いてしまった。地下鉄が予想外の速さが、計算違いだった。 新宿の雑踏は見慣れた光景なのに、博多の街も負けず劣らず、金曜日の夜だったからだろうか・・・ 新幹線で来る今日の講習会の講師である友人が来たのが7時ちょっと前、待つのって辛いよね。早く行った自分が悪いのだけど。彼女と一緒に食事は初めてである。 バツ一であること、還暦まであと2年だってこと。色々と知識が増えた。 ビジネスホテルに泊まるのは初体験、博多までは電車で30分,しかしバスの時間を考えると泊まった方が楽なのでそうしたのだ。どこででも眠れるので助かる。 朝食に降りたら女性客が多いのにちょっと驚いた。みなさん若い人で私たち二人だけが場違いな感じに顔を見合わせて笑ったが。 講習会はいつもの通りで可もなし、不可もなし。お昼、大分佐伯の先生との出会いが唯一の収穫。若い後継者がいるのは何とも嬉しいことである。帰りの電車は混んでいて立ちっぱなし少々疲れ気味である。
2004年11月20日
コメント(0)
この日記を始めて、2泊3日で旅行に行った時を除いて、何とか毎日書き続けて来たのだが、今日はこれから福岡に行き、明日もまた福岡で所用があるので、ビジネスホテルに泊まることにした。 寒い夜、一人で電車に乗って、さらにバスに乗って帰るのはやっぱり辛いし・・・日記休むのも嫌なので、せめて一行でもとこうしてキー叩いているのだが、出かける用意やっただけで何も書くことがない。 まあ、これでお茶を濁そう。ちょっと気が引けるけどね~。今晩は仲良し4人組で楽しんで来ます。
2004年11月19日
コメント(0)
カレンダーが一枚になった。『喪中につき年末年始のご挨拶ご遠慮申し上げます』の葉書がぽちぽち配達されるようになった。 ビデオクラブの仲間であった、長崎の元校長先生のOさんの奥様からの葉書もあった。 クラブの撮影会や例会には長崎からはるばる福岡まで高速バスでお見えで、熱心な会員でいつもお話伺うのを楽しみにしていたのに・・・ 20年余続いた民放のビデオクラブが解散、その後お目にかかる機会もなく、多分お元気にご活躍だと思っていたのに、訃報に接するとは、 お歳からすれば考えられないことではないが、まだまだと思っていた。柔和な笑顔と足をちょっと引きずって歩かれる姿が目に浮かんで来る。 東京の友達が長崎に遊びに来たとき、案内役を快く引受けて下さって、グラバー邸、原爆公園や資料館、出島など長崎の名所をあちこちまわって頂いた。茶碗蒸しの吉宗にも予約入れて下さってて、当時中学生だった友人の息子が下足札にびっくりしたり喜んだり想い出は尽きない。 夜、ご自宅でご馳走になった奥様特製の『長崎ちゃんぽん』の美味しかったこと。ご冥福お祈りいたします。『喪中につき・・・』の葉書が少ないことを念じつつ・・・
2004年11月18日
コメント(0)
お~さむう~。この冬一番の冷え込みでした。午後からラベンダー外来へ。九月は食事会で計測なし。10月は市民プールの予定が23号台風で中止だったので計測なし。3ヶ月ぶりの計測になった。体重は8月より+0.1キロ。それなのに筋肉量-1キロ・体脂肪は逆に+1.3キロと最悪の結果であった。やはり運動不足が明確に示されたわけだ。 今日は野外ウオーキング、病院から2キロの公園まで歩く、歩く。昨年まで10分早く出発のB班だったが、今年はA班へ昇格?病院の男性職員と並んで歩いた。A班のなかで真ん中位で現地に到着、公園で2組に分かれ、ゲームを楽しむ。 紙で作った輪を足で隣の人に渡すゲームなど、足のリハビリを考えたものだ。行きはよいよい、帰りは怖いで帰途は足がイマイチ動きが悪い。今日の歩行12000歩私にしては最近稀な数値である。 来月はドレスアップしてレストランでの食事である。招待状も貰った。特別メニューとのことで、どのようなご馳走が並ぶのか、非常に楽しみである。 400キロカロリーに抑えたメニューということだから、しっかりと目と舌で覚えて来なければと思う。 心地よい疲労感というとおかしいが、なんとか皆さんと行動できた達成感でよい日であったと思う。
2004年11月17日
コメント(0)
3日ぶりに整骨院へ出かけた。朝、気温が10度を割るとさすがに暖房が欲しくなる。膝や肘など痛みが走る。なぜか今日は混んでなかった。 先生の話が面白い。全国に報道された、強盗殺人の容疑者の逃走で、長年の計画がおじゃんになったと言うのだ。従業員と言ってもアルバイトが多いがみんなのスケジュールを合わせて、その夜皮肉にも警察署の近くの『スペイン料理の店』へ予約入れていたそうである。 ところがあの事件で『家人が外に出てはいけないと言うので』と断りの電話ばかりで、結局キャンセルしたとのこと。 スペイン料理のはずが一人で『牛丼』だったって先生が愚痴っていた。お店は快くキャンセルに応じてくれたそうである。 ローカルは毎日、新事実の報道であきれ返っている。『同行室』で警官3人と容疑者が一緒に夕食を摂っていたのだと。早く食べ終えた容疑者が、室温が高すぎるのでエアコンを調節してくると一人で部屋を出て、『どうせ死刑になるから何日かしたら戻る』と言い置いてオートロックの扉を閉めて逃走したという。閉じ込められた警官は携帯電話で110遍通報したというから呆れてしまう。 大牟田署の警官であったのが久留米市民としてはせめてもの慰め?住民の安全は誰が守ってくれるのか。なにかあっても自己責任・・・
2004年11月16日
コメント(0)
毛糸屋さんが、配達にやって来た。O市からK市の中心地の一番街に進出して来春で2年になる筈である。市で唯一の専門店なので私ら編物関係者にとってはなくてはならない店なのだが、諸々話していたら、12月収支決算で赤字が出たら、撤退すると思いがけない言葉が出てきた。 家賃が45万、アーケード代5万、電気代一日5千円、駐車場、人件費など等少なく見積もっても一日の売り上げ4万でトントンだという。 K市進出の時に採算考えたであろうに、甘かったのか、昨年はまあなんとか赤字にはならなかったとか。 しかし、その後郊外にオープンした『ゆめタウン』が打撃だったらしい。すっかり人の流れが変わってしまったそうだ。 このままだと早晩、倒産と言うことになりかねないからと言われると『つぶれて貰ったら困るもんね』と応えるしかない。 インタネットショップや通販も小売店の経営を少なからず圧迫していると思うが・・・ なんとか踏みとどまって欲しいが時代の流れは止めようがないだろう。
2004年11月15日
コメント(0)
昨日の続き、逃走犯は3時間後熊本県荒尾市で身柄確保だったけど、知ったのはかなり遅い時間だった。まあ枕を高くして寝られて良かったけどね。逃走の全容を聞くとなんと驚くばかりである。 容疑者が逃げ出した『同行室』は、大部屋を金網で仕切った小部屋。取調べ前の容疑者が待機したり、食事したりする場所だという。部屋は鍵がかかるようになっているが、逃走時はオートロックのため、施錠すると外から鍵で開けないと中からは開かないそうで、警官三人がいっしょに部屋に入り、扉は少し開いていたのだそうだ。容疑者が警官の隙をみて逃げた際、扉を閉めたのでオートロックのため、警官3名は部屋の中に閉じ込められたというのだ。 慌てたであろう警官の携帯電話での110番通報で逃走がわかったというから、誠にお粗末な話である。『どこへ逃げたか特定できないまま、市民に大々的に知らせればパニックを引き起こす恐れがある、まずマスコミを通じた広報を優先した』ということで警察からの住民への注意喚起などなかった。3時間で解決したから良かったがもっとしっかりして貰わないと住民は不安である。
2004年11月14日
コメント(0)
7時前の番組の途中、ニュース速報が流れて知ってはいたが、NHKの7時のニュースのトップで、大牟田で高校生ら4人を強盗殺人の容疑者が逃走中との報道は、市民である私にとってはかなりショックである。 間をおかずに子供から『気をつけて下さい』とメールまで貰うと余計に気になるから不思議だ。速報を見たときはそれほどでもなかったのに、あわてて玄関や裏口の施錠の確認をした。 まだ逃走中、警察は万全の体制で云々と字幕が流れたが、逮捕のニュースまでは、チャイムがなっても『はーい』と気軽に出るわけには行かない。何しろ元相撲部屋にいたと新聞記事にあった。容疑者は食事中で、3人の警官がいっしょにいたというが、そう簡単に逃げられては、市民は安心して生活できない。物騒な世の中である。まだ逮捕のニュースは聞かれない。早く逮捕されることを祈るのみである。
2004年11月13日
コメント(0)
誘いがあれば、ドライブも好き、温泉も大好きときてるから二つ返事で車中の人になる。今日の行く先は荒城の月で知られた、大分県竹田市の温泉で、やまなみハイウエーの広大な景色を堪能しながら、所要時間2時間半で目的地に着いた。 月刊誌の温泉手形での入館で、いつものように受付に差し出すと、『手形に1000円相当のランチがついてます。レストランはどうぞ』と言われて、びっくりした。 レストランには私たちグループとあと2組、『鰻のせいろ蒸しにそばの小丼、漬物』温泉も無料なのに、お昼付きとは、盆と正月が一緒に来たようなものである。 有難いけど、ちょっぴり申し訳ないような気もする。でも結構美味しかった。 天然温泉で手足を伸ばして、ゆっくりと温まった。 せめて売店で土産でもと『椎茸わさび』を買った。あちこち温泉めぐりやるけど、こんなことは初めてであった。随分増えた温泉施設も生き残りに必死なのだろうか。今週は2度も・・・ 少しは色白美人になってもよさそうだが、鏡には変わり映えしないいつもの私が映っている。
2004年11月12日
コメント(0)
『大○先生、亡くなられたそうですね』『えっいつ?』『ひと月くらい前だって』クラス会に行ってその話を聞いたと言うのである。 大○先生とは眼科の院長先生で市内はいうに及ばず、九州でもかなり有名な方なのである。現に編物仲間の先生二人も、一人は糖尿病による白内障の手術を、もう一人は高血圧からの眼底出血の手術を受けて、今も治療中なのである。 朝早く行っても帰りは夕方になると言う位患者が多いという。それほど高名な先生なので亡くなられたら新聞に出るだろうにと思いながら、通院中の友人に電話して見た。 その先生も『噂』は聞いたと言われたが、『8日に病院へ行ったよ、先生は元気ですよ。』と・・・ 『デマ』であった。どうしてそんな『デマ』が広がったのか見当もつかない。目の悪い方々のために『デマ』であって良かったと思うが、人の生死など誰がどのように誤った情報を流したのだろうか。 『先生はお元気だってよ』と電話したら『良かった、目薬を貰いに行ける』と喜んでいた。
2004年11月11日
コメント(0)
10月の終わりに撮影したビデオの編集を、今日やろう、明日やろう、一日延ばしにしていたが、今日はやっと重い腰を上げてやることにした。 ところがである。台風で長時間の停電があったので、時間の設定からやらねばならず、いつの間にか手順まで忘れて、思わぬ時間を喰ってしまった。 いつもだとビデオ仲間の電気屋が助けてくれるのだが、なんと脳梗塞で入院中とあって、自分でやるしかない。とうとう取説まで持出す始末でなんとも情けない。 パソコンで編集の人から見たらバカみたいと笑われるだろうが、衰えてきた頭脳では新しいことへの挑戦は好奇心だけでは解決しそうもない。 手持ちの編集機もタイトラーもまだまだ元気だから、お互いロートル同士仲良くやろうよね。踊りのお師匠さんには申し訳ないがもう少し時間を頂こう。もう外は真っ暗になってしまった。
2004年11月10日
コメント(0)
今日も秋晴れの好日、星野の温泉へ出かけた。家からは一時間くらいの距離である。山はぼちぼち紅葉が始まっている。平日なので先客が一組で、湯船は貸切同様である。 『見晴らしの湯』が奇数日は女湯で、こっちの方が眺望が素晴らしい。露天風呂からは筑後平野と、耳納連山が一望できる。そばのもみじは真っ赤に染まっていた。 お風呂をすませて、地元産のお弁当を頂く。福岡でも有名なお茶の産地でここで頂くお茶は格別である。 2時間の外出が出来るというので、近くの池の山へ、池を一巡りした。石楠花が一輪大きな花をつけていた。 星の文化館とお茶の文化館があるので行ったが、どちらも休館日で残念ながら入館できなかった。 13・14日に星まつりがあるということだった。小さな『おばしゃんの店』で『平茸』を買い求める。温泉に帰り2度目の入浴、今日もまた温泉三昧だ。 イラクのファルージャへの米軍総攻撃のニュースを複雑な思いで聞いた。戦争体験、空爆と機銃掃射の洗礼を受けた身には戦争のニュースは辛らすぎる。逃げまどった時のことが未だに脳裏をかすめる。一日も早く平和が来るように祈らずにはいられない。
2004年11月09日
コメント(0)
ほうれん草がやっと5・6センチになった。まだまだ食卓には程遠いが早く大きくなって食べたいものだ。 狭い庭だけど、ねぎ・ニラ・チンゲンサイ・二十日大根など青物をちょっとづつ植えている。枝豆は台風で全滅で全く収穫なしであった。播かぬ種は生えぬというが、雑草は踏まれても抜かれても次々に生えて来る。 何かの本で『雑草』という草はない。一つ一つにちゃんと名があると読んだけど、蓬・嫁菜・おおばこ・かやつり草・ヒメジョオン・すべりひゆ・どくだみ等など。そう言えば戦時中はすいばとか、のびる、いのこづちの葉っぱなども食べたものだ。近所の空き地には背高あわだち草が花盛りである。その花粉のせいで目がしょぼしょぼとなみだ目で毎日泣いて暮らしている。(笑)ここに居を構えた頃と今では庭の雑草も随分変わった。カタバミが少なくなったのは嬉しいことだが、今の子供はかやつり草で遊んだりすることは知らないだろう。
2004年11月08日
コメント(0)
朝は放射冷却で9度と冷え込んで、九州でも朝晩は暖房器具が欲しくなって来た。日中は外はぽかぽか陽気だが、家の中はひんやりと肌寒い。 菊の初咲きを仏壇の供えた。午後庭先の、山芋に『むかご』を見つけた。小指の先ほどの小粒だが、『むかごご飯』が炊ける位は採れそうだ。 手で取ろうとするとぱらぱらと勢いよく落ちる。ならばと、思いっきり幹をゆすって、落ちた実をひらうことにした。 ダンボールの小さな箱を持ってきて、落ちた実を丹念に拾う。土や小石に似ていて面倒な作業だが、暖かな日差しを浴びて日光浴と今夜の夕食の材料調達、そう思えばさして苦にならない。山芋の周りには、ニラやら、茗荷やら植えているので、掻き分けながら一つ一つ拾っては箱に入れる。 一時間近くかかってカップ3杯ほど拾えた。今晩は『むかごご飯』。残った『むかご』は炒って食べるのもいいな。 一人で秋を満喫は息子にすまない気がするが仕方ない。都会では『むかごご飯』など食べることはないだろう。美味しいって物ではないが素朴な味で懐かしい味である。
2004年11月07日
コメント(0)
『豚肉を食べ続けて痩せる』講習会から帰ってテレビのスイッチを入れたら、そんな声が聞こえてきた。えっほんと?信じられないっと・・・ 着替えもせずに食い入るように画面に釘付け。豚肉+ゴマがそうだというのである。ごまの『セサミン』という成分が豚肉と一緒に摂るといいらしい。名付けて『ぶたゴマダイエット作戦』。刻んだにんにくと長ネギと豚肉を炒めゴマだれで味付け、ご飯の上に茹でたキャベツをのせ、その上からさっきの豚肉をかけて『特製豚丼』の出来上がり。これで体脂肪が燃焼するのだそうだ。ほんとかな?半信半疑の私だが、挑戦してみる価値はあるかも知れないな。 番組の途中からしか見なかったのが悔しい。出かけるのが早くて今日のテレビ番組などチェックしなかったから仕方ないけど・・・ぽっこりお腹をなんとかしたい。それが今の私の一番の願望である。
2004年11月06日
コメント(0)
行楽日和ということで、いつものメンバーで紅葉の雲仙にドライブすることに。メンバーは女性3人、男性1人ドライバーである。女性3人のうち主人持ちがひとりであとは身軽な独り者、ドライバーの男性はよそのご主人でというちょっとおかしなメンバーである。ガソリン代として一人500円払うことになっていて、運転の出来ない私にはこんな有難いことはない。 自宅まで送迎だから・・・温泉好き、ドライブ好きな人でその恩恵に甘えているのだ。 唯一の不満は高速道路の運転をしないことである。従って雲仙までとなると早く出かけることになる。紅葉には少し早かったが、有明の青い海を見ながら車は目的地へ。太良町では名物の『かき焼き』の旗が風にはためいていた。これがまた絶品であるが今日はお預け、お昼は小浜の六兵衛茶屋で『六兵衛定食』を。 サツマイモを切って乾燥し、粉にしたものをうどん状にしたものである。色はくすんだ紫?味はもちもち感があって見た目より美味しい。ひじきと揚げと干し大根の煮物、椎茸、ぜんまいの煮物、揚げじゃが。高菜の漬物に包まれたおにぎりなど野趣あふれた品々。庭の秋を堪能しながら舌鼓を打った。 雲仙で創業元禄8年と言う老舗旅館で温泉に浸る。『忠臣蔵は元禄何年だっけ?』誰も答えられない。 高校の駅伝大会があっていた。全国大会の県予選なのだろう。帰りに小浜で厚生年金施設の温泉に入った。 老舗の温泉と、新しい温泉どっちもそれぞれの個性があって悪くない。今日は温泉三昧の日であった。
2004年11月05日
コメント(0)
『ねー、随分、きれいになったでしょ?』整骨院で受付のアルバイトをしている女子大生と久しぶり会った。 初めて会ったとき、青春のシンボル、赤ら顔でニキビがいっぱい出来ていた。うちの息子も中学時代、ニキビだらけで男の子でも相当気にしていたから、女の子は余計気になっているだろうなと何となく心に引っかかっていた。 ふと姪から貰った『アレッポの石けん』はどうかしらと思った。私自身は使い始めて2年くらいになる。顔も体も頭髪もみな『アレッポの石けん』で洗っている。 彼女に『使ってみたら』とそっと手渡すと嫌な顔もせず、受取ってくれた。それから久しぶりの出会いである。見るとニキビがかなり少なくなって、つるりとしている。『肌にあったみたいね』と言ったら、にっこりと頷いた。『無くなったら言ってよ、また上げるから』若い彼女がきれいな肌になりつつあるのがとても嬉しかった。 『アレッポの石けん』の良さを見直した。白髪少ないのも石けん故か・・・
2004年11月04日
コメント(0)
今日は文化の日、以前は明治節と言われていた。『秋の空澄み菊の香高き・・・』と学校で明治節の歌を歌っていた。 今年はまだ菊は一輪も咲いていない。やっと蕾が膨らんできたところだ。 台風と真夏の暑さの影響か、木々も花々も総ていつもとは違うように感じられる。 柿も2個しか実をつけなかった。主人が大の柿好きでりんごや梨は自分でむくことはなかったが、柿だけは剥いて食べていた。カササギやカラスに食べられないうちにと、少し早かったが、もいで仏壇に供えた。 山の木の実が少ないのか、大根の種を播くとすぐに鳥がつつきに降りてくる。追っ払っても、またすぐに降りてくる。 『権兵衛が種播きゃカラスがほじくる・・・』と歌にあるが全くその通りである。台風にも壊れなかった巣といい賢い動物であることは間違いない。 鳥の襲撃と戦いながら、ほうれん草やチンゲンサイなど葉物を播いた。早く成長して食卓に載せたいが思うように大きくはならない。今、食べられるのはニラとねぎ、それでも庭先に青物があるのは有難い。日暮れの遅い九州も5時半は薄暮である。
2004年11月03日
コメント(0)
11月は私にとっては特別の月である。25日が誕生日で一つ歳を取る。20日が連れ合いの母の祥月命日、22日は奇しくも私の父と連れ合いの父の祥月命日である。 結婚して仏壇の位牌を見て偶然にびっくりしたのを覚えている。1934年と1942年で8年差があるが、8年差だと法事が重なるのである。 私は実家に帰るので貴方は家の法事をしてねと話したものだが、どちらかが日をずらせてやることで法要を営んできた。 30歳の若さで父に先立たれた母は11月22日が大嫌いであった。3人の幼子を残されて大変なことだったと思う。 今のように母子家庭の保護などなかった時代だから・・ 姉の子の出産がその日でないことを祈っていたが、皮肉にも22日に産まれた。その子がもう20歳になる。 おまけに結婚記念日も11月で27日である。なんでこうも11月に集ったのか、どこの家にもこういうことってきっとあるのだろう。我が家の子供は私の誕生日より一週間遅れで12月2日かろうじて11月ではなかったが・・・★新球団は『楽天』に決まったそうだ。
2004年11月02日
コメント(0)
『ふれあい○○の会』から『ミニ交流会のご案内』を持って見えた。 連れ合いの死去して、まもなく民生委員と『ふれあい○○の会』の方が尋ねて見え、月に2度『お元気ですか』と訪問すると言われた。 2年7ヶ月主人の入院中も一人暮らしだったのに、その時はなんの手助けもなく、他界したらすぐにその話で、どうしても納得いかなかった。 当時町内会の会計も担当していたし、ご近所との交流もあって、そこまで気を遣って貰わなくても、一人で生活できる自信はあった。 ふれあいの会のHPには、入会は自由意志とあった。自宅への訪問は断った。そして今日の案内状である。 会の催される日は月曜日で私が教えている編物教室の日と重なる。『欠席させて貰います』と断った。 『独居老人』という言葉も嫌いである。人は一人では生きられないが、十把一絡げにされるのも有難くない。何かあったらその時はこちらからお願いに来ますからと言っているのでそっとしていて貰いたい。 ふれあいの会の対象者として誰かに監視されるのはまっぴらである。
2004年11月01日
コメント(0)
全30件 (30件中 1-30件目)
1

![]()
![]()