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『元気してる?』とSさんの張りある声、『はい、元気よ』と応える。私の方がずっと若いのだし、こっちが電話すべきなのにいつも先方から電話をもらう。 85歳の彼女は編物教室、ご主人の洋品店も手伝ってしる。矍鑠とした彼女の行動力はいつも驚かされる。私が上げた資料の電話番号を頼りに、東京の先生に連絡を取り九州から東京まで一人で講習会に出て行くのである。T市から福岡空港までかなりある。 先日は搭乗時間まで僅か10分、係員の案内でかなりの距離を急いだらしい。途中で『車椅子を用意しましょうか』と3回も言われたとか、『大丈夫、歩けます』と断ったけどショックだったと電話口で大笑いしていた。 羽田に着いてからもじっとしていない。新宿までリムジンバスで行き、吉祥寺のゆざわやまで行ったと言うからすごい。浅草橋で一泊、講習を受けて、帰りは新幹線で大阪の先生宅を訪ね、ついでに『ヴォーグの展示会を見てきたよ、良かったよ』とけろりとしている。 小柄などこにあの元気がつまっているのだろうか。東京と大阪の土産話が楽しみである。 日田の一泊講習で偶然同室になったのが縁である。彼女の生き方をお手本にもっと前向きに生きなければと思うこの頃である。
2004年10月31日
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掃除機を使っていつものように座って編物を始めようとしたら、左目がおかしい。楕円形のギザギザと光るものが目の側でチカチカする。目を閉じても光るものは消えない。 気になって血圧を測ったら上が190、下が95と異状に高い。暫く横になっていたが、時計を見たら11時40分である。土曜日だけど、まだ病院は開いている時間だ。 タクシーを呼んで掛かり付けの脳外科へ急いだ。目のチカチかは治まっていた。土曜日は1時までと思っていたら、12時までだった。掛かりつけといっても14年の10月以来すっかりご無沙汰だった。 血圧があがったら来なさいねといわれて、その後順調だったので、一年に一度位検査した方がと思いながらなかなか病院へは足が向かなかったのだ。 念のためCT撮りましょうねとまな板の鯉である。結果は2年前と全く同じで心配ないとのことでほっと胸をなでおろした。『歳には見えない元気ですね』と看護師さんの言葉に励まされて帰りは足取りも軽くなった。 血圧は正常に戻った。やれやれである。
2004年10月30日
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『カナダの紅葉は雄大で素晴らしい』ご主人の定年で熟年旅行の友達から帰国のメールが届いた。ナイアガラの滝も今年は水が多くて、もの凄い迫力で、ホテルの10階の部屋のベッドの上に寝ながら滝に落ちるのが見られてラッキーだったって・・ グランドキャニオンの朝日も朝6時半から出かけて、お天気に恵まれて此れも感動。 メール読みながら出るのはため息ばかり。亡き姉と当時ロンドンにいた姉の娘のところに行ったのは幾つの時だっただろう。ロンドンを基点に2週間バスツアーでヨーロッパ各地を回った。エリザベス女王の結婚25年の時だった。今度はカナダに行きたいね、いや絶対行こうねと言っていたのに。 姉とはその後ヨーロッパに『ニットの旅』で、アイスランドやアイルランドにも行ったが、カナダへの夢はとうとう果たせなかった。 元気でニットの仕事に頑張っていた姉が、急性白血病でわずか9日間の入院であっけなく天国へ旅立ってしまった。2歳違いの仲の良い頼り甲斐のある姉だったのに・・・ 友達のカナダの旅のメールは亡き姉を思い出させてくれた。いつか姉の『遺骨』を胸にカナダの土を踏みたいと思う。
2004年10月29日
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明大の一場投手の謝罪会見を見た。読売、横浜、阪神と複数の球団から、多額の金品を受取るということがどういうことか、分からなかっただろうか。 球団が悪いのは当然だが、大学生は立派な大人の筈である。不注意だったと謝罪すればそれで事足りると思っているのだろうか。 今年のドラフトの目玉と言われる逸材が、埋もれてしまうのもやり切れないが、大学の野球部の退部だけで許されると言うのも納得できない気がする。 このようなことは、一場投手だけのことであろうか。偶々表に出た、運が悪かったということなのか。 国会議員の秘書給与の不正問題とか、学歴詐称とか類似の事件もあるし、釈然としないのだが・・・俗に『ごめんで済むなら警察はいらぬ』というけどねー
2004年10月28日
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菩提寺の庫裏建設の費用納入日が29日ということで、今日送金するために外出すことにした。つい一週間前までは半袖でよかったのに、今日は11月の気温だそうでコートを着た人もちらほら見受けられる。明日の最低気温は6度だとか、霜注意報も出た。 街の変貌も驚くばかりである。私鉄駅側の元ダイエービルも解体されるそうで防音シートが張りめぐらされていた。跡地はどうなるのだろう。 帰宅してテレビを入れたら、地震で行方不明の親子三人の救出の様子が特番であっていた。 整骨院に行く予定がテレビに釘付けで、2歳の男の子が先ず救出されヘリで病院は搬送された。5日間よく生き延びてと涙が流れた。女性の声が聞こえるとの報道にお母さんも生存だとテレビを見続けたが、岩に阻まれ救出は遅々として進まない。 整骨院から帰ったら3人とも救出ならいいなと祈りながら治療に行った。 お母さんは救出された後、病院で死亡が確認されたということである。女の子は一部が見えるが生存反応がないとも伝えられる。 今日も震度6の余震があったとか、東京の子供からのメールでもかなり揺れたとあった。現地の皆さんのご苦労がしのばれる。イラクでは直方の青年が拘束されたという。明るいニュースがないのが悲しい。今から新聞の校正やります。
2004年10月27日
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10月も下旬、急に朝晩は冷え込むようになった。新潟の地震に会われた皆さんはもっと寒くて大変だろうと心が痛む。 昨夜から雨で近くの温泉にでもと誘われ、車で30分くらいの温泉に出かけた。26日は語呂合わせでお風呂の日だそうだ。600円の入湯料を支払うと帰りに無料券一枚を貰えるとのこと、知らずに来て儲かった気分になった。 駐車場が一杯だったのはみんなそのことを知っているためだろう。 お湯はつるつるはしないけど、天然温泉だと書いてある。ぬるめの湯にゆったりと浸かって至福のひと時である。 避難先でお風呂も入れない方々に申し訳ないと思いながら友達と背中の流しっこをした。こんなことも久しぶりである。 露天風呂も半分屋根があったので、紅葉しかけた木々を愛でながらしっかり温まった。温泉が多いってことは火山と関係あるだろうし、地震も関係あるのだろうか。 あまり大きい地震に会ったことがないけど・・・ニュースで中越地震の避難者が10万人を超えたと報じている。テレビで見る映像の凄さに毎日驚かされている。早く余震が収まって、支援活動がスムースに行くようになればいいが。
2004年10月26日
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年上の友人が乗ったバスは、乗客は彼女一人だったという。運転手さんが『ごこまで行かれるのですか』と聞くので『○×駅です』『このバスは○×駅には行かないのですよ』・・・ 彼女は駅近くのバス停で降りて歩くつもりであった。そのバス停から駅まではちょっと距離があるらしい。田舎町だしタクシーを拾うことも難しいと思う。暫く走って運転手が『窓のカーテンをおろして』。彼女は言われるままカーテンを降ろした。するとバスは駅の方に曲がって走り出したという。路線ではない駅で彼女を降ろすと『気をつけて』と一言、声かけて何事もなかったようにバスは走り去った。 バス営業所と運転手の名前を手帳に控えたけど、御礼の電話をかければ、運転手は規則違反で叱られるだろうし、でもほんとに有難かったと彼女は話してくれた。 若い運転手だったという。家におばあちゃんでもいるのだろうかと彼女は言っていたが・・・ 心優しい運転手の行為は美談なのか、やはりいけないことなのか、私には判断がつかない。
2004年10月25日
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春秋、2度の定例行事、『日本唱歌をみんなで歌う会』のビデオ撮影に出かける。朝、『温泉に行かない?』と斜向かいの方に誘われたけど、残念ながら断らざるを得ない。出来れば温泉でのんびりの方が嬉しいのだけど・・・ リハーサルが11時なので10時過ぎ家を出た。何年も同じ会場での撮影でマンネリ化で、今日は会場の外観も撮らなかった。元気で毎回参加されていた、岡山の方とか、小倉の方の姿が見られなくなったのは寂しい。 会を運営されている方のなかには私の恩師が二人もおられる。私より年上なのにお元気でソプラノのきれいな声は昔と全然変わっておられない。何か秘訣があるのかしら。 大声で歌うことは健康にもいいのだろう。童心に返って童謡を歌う人々の顔は何の憂いもなく無心である。 41回目だからもう20年も続いているのは珍しいのではなかろうか。撮影中は立ち続けで足が棒になった。この仕事も何時まで続けられるだろうか・・・・ いい歳の女性カメラマンはいつも好奇な目で見られているが・・・
2004年10月24日
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おお~さむ~今朝は10度を割って思わず叫んでしまった。10月もあと一週間だもんね。これが相応なんだろうな。 午前中、婦人会の新聞作りに時間を費やす。行をまたいで写真を貼り付けることもやっとうまくなった。 ?十の手習いも満更ではない。みんなは機械音痴だからとすぐ逃げるけど、やれば誰でも出来るのにと思う。 携帯メールの便利さも知ろうともしないのだから、どうしようもない。お友達から『かます寿司』の差し入れがあった。郷土料理である。近くの神社の祭りには必ず創られる。塩をしたかますの姿すし、がめ煮も頂いた。方言でがめ煮、筑前煮といえば、分かるだろうか。通称『やまたろがに』という川蟹を甘辛く煮たのも乙なあじである。 飲めるものなら熱燗でいっぱいといきたいのだが、残念ながら全くの下戸、手をぐちゃぐちゃにしながら、蟹を食べつくしたい。今日はいい日であった。子供から地震が酷かったとメールがきた。番組を中断して報じているので結構ゆれたようである。被害がないことを祈るのみ・・・
2004年10月23日
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隔月発行の『女性の会だより』の原稿が持ち込まれた。B4表裏2枚である。新聞は縦書きだが、表など横書き混在である。今晩から打たねば、日曜日は『日本唱歌をみんなで歌う会』のビデオ撮影の仕事が入っている。撮影すれば編集の作業があるし、なんで仕事は集中するのであろうか。 原稿を持ってきた人が『ふれあいの会』の弁当つくりだったからと、夜にでも食べてねと弁当を置いていってくれた。 『○○ふれあいの会』とは65歳以上の独居老人を対象に民生委員やふれあいの会役員が月に2度『お元気ですか』と会員宅を訪問したり、お彼岸には『おはぎ』の配布、年に一度は会長宅での集会など行われている。個人の自由意志で入会という建前になっているのだが、入会を拒んでも実際は監視されてると感じている人も少なくない。 都会だと孤独死で分からなかったと言うこともあるので、そういうことがないようと言うのが趣旨だろうが、独居老人といっても、近隣と仲良く交流の者もいるわけで十把一絡げにされることには異議がある。 弁当は高齢者の分が60個余り、あと弁当作りや配達に携わるボランティアの分が50数個全部で120個ほど作るのだそうだ。 おかずは全て手作りで、煮豆は前日から担当者が煮るそうである。塩鮭、とりミンチの団子、牛蒡、人参、こんにゃく、いんげんの煮物、だしまき卵、白和え、みかん、などなど。ご飯には薄味の梅干も・・・ 市からの補助だそうだが、ボランティア分と配布の数があまりかわらないとの話に、なにか釈然としないものを感じた。 介護保険料の値上がりのスピードの速さ、必要なところへ正しく支給されていればいいが、耳にすると介護保険対象にならないような人も受けていたりで、バカ正直者が損をするという構図も垣間見える。 ふれあいの弁当を頂きながら、月一回の弁当の配布がほんとに必要なことなのか、福祉のあり方はもっと違うような気がしてならなかった。 ちなみに、配布を受けている方々がタダでは申し訳ないと言われるので100円だけ貰っているということでした。
2004年10月22日
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昨日は台風で整骨院へ行けなかったので、4時過ぎ出掛けることにした。近所のテニスコートのフェンスが22号で北に傾いていたのが、23号で今度は逆に南に倒れていた。 2階のテラスの屋根が飛んだ家や、看板が落ちた所など、やはり23号の方が酷かったようだ。 10月に北側にお隣が竣工、引っ越して来られて風を受けてくれたようで本当に良かったと思った。 近くのJAまで散歩がてら歩くことにした。タバコの自販機の側まで来たら、自転車がキュッと止まった。 制服姿の高校生が私の方をチラッと見て、自販機にお金を入れている。注意すべきだろうが、最近の子供は怖い。注意する勇気はなかった。 周りに誰かいればまだいいが、暗い夜道である。注意できない自分が情けないと思いながら、空を見上げた。滅多に夜に外に出ることはない。なんと半円の月が出ている。満月や三日月は見た記憶はあるが、見事なまでの半円の月は初めて見る光景であった。 テレビで日の出、日の入りを一度も見たことのない子供が半数以上だといっていたのに驚きを感じたが、自分だってあまり変わらないじゃないかとおかしくなった。 たまには夜の散歩も悪くないな、今日は3985歩歩いた。
2004年10月21日
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23号大型台風で終日、家に缶詰。お昼前後が雨風とも一番強かったが、強風圏が広いので夕方の今も時折り突風が吹くので外出はままならない。 外の物音が気になったので、風の音があまりしない頃を見計らってちょっと様子を見に外に出たら、ピュッーと凄い音と共に突風が、思わずガレージの柱にしっかり掴まった。 台風のときは物がいつ飛んでくるか分からないので、外には出ないようしていたのだが、数分風が納まるまで全く動けなかった。初めて風の怖さを実感した。 外に出掛けられないなら好きな編物をするしかない。せっせと手を動かす。夕方までにジャケットの両袖が編み上がった。明日の教室には完成したジャケットを人体に着せることが出来そうだ。手の込んだジャケットなので、みんなの反応が楽しみである。 今日行われる予定の日本シリーズは中止、明日に順延だとか。台風は四国に上陸して、北上中とか。気象がおかしいと人間もおかしくなるのか、引きこもりの息子が両親を殺したり、母親が娘を餓死されたり、異常な事件が多すぎる。 万歩計は387歩である。運動量の足りない分、今夜はエアーバイクを踏まねば・・・・雨戸閉めたままの一日でした。
2004年10月20日
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ソフトバンクの孫氏がダイエー球団の買収したいというニュースで、彼とライブドアの堀江氏の出身校である久留米大学付設高校が、急にクローズアップされ、今朝は二人の担任だったという阿部先生がテレビに出演されていた。 学校の近くに住む私に取っても明るいニュースにほっとしている。 今まで看護士殺人事件とか、どちらかといえば悪いイメージの方が多く、また久留米かと友達に言われて返答に困ったものである。 先人にはからくり儀衛門で知られる田中久重翁とか、真木和泉守。松田聖子や藤井フミヤなど芸能人も多い。 こんなのんきなことを書いていていいの?今年最大超大型で強い台風23号が来てるというのに・・・・ 今年4個目、台風の当たり年は有難くない。明日のラベンダー外来も中止になった。エアーバイクも勿論中止ですよ。 今から雨戸を閉めて台風の襲来に備えねば・・・酷くないことを祈るのみである。たいふう
2004年10月19日
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一日は長いなあと思う日もあるのに、一ヶ月はあっという間、明後日はラベンダー外来である。先月は食事会でインボディ計測がなかったので、体重を気にしなくて良かったのに・・今月は市民プールでの歩きである。 血圧計、体重計、体温計は病院から持参で計測が行われる。この季節、果物は美味しいし、それなりに食事には気を配っているつもりだけど、旅に出ると、その地方の料理に目がなく、その時はダイエットのことは、念頭にない。 帰宅して体重計に乗って『しまった』と後悔しても仕方ないが、それの繰り返しである。でも嬉しいことに体重は増えたがウエストは若干だが細くなりつつある。 志望が減って筋肉が増えていれば、バンバンザイだが、それは私の希望で、現実はそう甘くはないだろうと、先生の苦虫を噛み潰したような顔が浮かんで見える。 今晩と明日の晩、エアーバイク踏もう。もう雨になりました。
2004年10月18日
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『ばっかり食い』って知ってますか?と子供からメールが来たのはちょっと前のことだった。メールで大体のことは分かったが、最近テレビでこのことが取り上げられ、学校の給食で問題になっているという。 塾だ、スポーツだと家族で食卓を囲むことが少なくなったのが原因なのだろうか。 『ばっかり食い』とは給食の場合、盆に載ったものを、好きな順か、嫌いな順か、個々によって違うのだろうが、一皿づつきれいに残さず食べて、次の皿へいくのだそうである。テレビで見たのは『ひじきの煮物』『汁物』『ご飯』だったが、先ずひじきを食べる、次は汁物、最後はご飯だけといった具合だ。 先生は『ばっかり食い』を直すのに『三角食い』を子供たちに約束させていた。おかず、汁物、ご飯と交互に食べるよう指導していたのだ。或る子供は『味がごっちゃになるから嫌いだ』と答えていたが・・・・ 昔は大家族で、教えられなくても『門前の小僧経を読む』で食卓のマナーも箸使いも自然に身についたものだが、所謂『孤食』が増えて、子供がどんな食べ方をしているのか、親が感知していないのだろうか。 日本の食文化がいつのまにか、とんでもない方向に向かっているようでただただ驚くばかりである。やかましく教えなくとも我が家の子供は私より箸使いは上手で親の貫禄喪失である。 姪の夫はスペイン人だが器用に箸で『鯛のあら煮』など食べている。姪が別に教えたわけじゃないけど私より上手と笑っていた。
2004年10月17日
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土曜の朝なのに、10時過ぎの福岡行き特急は混んでいた。34分立つしかないかとポールに手をかけて覚悟を決めた。膝が痛い者には少し厳しいが、これで行かないと11時にホームでの待ち合わせに間に合わない。その時、少し離れたシルバー優先席に座っていた若い女性が、つと立って『どうぞ』と声をかけて下さった。自分では歳よりは若く見えると思っていたが、他人様には歳相応の見えるらしい。複雑な気持ちで『有難うございます』と腰掛けさせて頂いた。 東京では滅多にそういうことはないが、地方ではまだ人の情けがあるように感じるのはふるさと贔屓だろうか。それにしては凶悪犯罪の多い土地柄ではあるが・・・・ お陰で楽な旅になった。 待っていた友人とおすし屋さんへ『鯨のさえずり』が美味しいとご馳走になった。午後は今日の目的のアイリッシュ・クロッシェの講習会へ出席した。初歩の初歩であまり勉強にはならなかったが、久しぶり沢山の同好の友と会えたのは何より嬉しいことではあった。 秋はつるべ落としである。K市に着いた頃はもうほの暗くなっていた。
2004年10月16日
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私の住む市は、県内では3番目の都市である。ダイエーの問題が騒がれているが、ダイエーが進出した当時、市内にあった大型スーパーは次々にダイエーに買収されて、やがてダイエー一色になってしまった。私鉄の駅の側には目と鼻の位置に2店舗、中心地に1店舗、JR駅前に1店舗と大店舗が4つもあった。まさにわが世の春のダイエーであった。今は中心部の1店舗が残るのみである。その1店舗は今後どうなるのであろうか。 ダイエーと直接関係のない話だが、以前は毛糸専門店が数軒あったが、一つ減り二つ減り今は僅か一店になってしまった。 商店街の真ん中にあるが、前の店が健康と後継者がないことで店を閉じるとき、隣のO市のお店が移転してきたのである。O市の頃からの取引先で当市への移転は有難いことであったが、その後広島が拠点のスーパーが郊外に出店、人の流れが全く変わったと言う。自前の店舗ならまだいいが賃貸で住まいはO市、通勤も大変でこのままここで営業が続けられるか、と配達に来た主人は悲観的な話をされていた。 講習会などで時々店に行くが、シャッターの下りた店が段々増えて、そうなると益々人の動きが減る、悪循環である。 固定資産税が他の都市に比べて高いと噂の当市である。従って賃貸家賃もかなりの額だろうし、顧客としては現在のまま営業を続けて欲しいけど、ダイエーのことよりそっちの方が一層気になっている。
2004年10月15日
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昨日に比べ急に気温が低くなった。これが平年並みなのかも知れない。昨日は半袖でも良かったのに、明日の朝は放射冷却で霜が降りるかも知れないとテレビで報じている。 歳を重ねると体温の調節が難しいようで、まめに服を脱いだり着たり忙しいことである。 教室が遅く終わったので、これからなにか夕飯の支度をしないとと重い腰を上げかけたら、斜向かいのお宅からほかほかと湯気がたったシュチューの差し入れがあった。体も心も暖まりそう、あとはご飯をチンして、鰯の煮付け、甘藷の茎の煮物、千葉の弟から送ってきたてっぽう漬け、一人住まいは楽なものである。近隣の皆さんに助けられて有難いと思う。 今夜は冷えそう、今からお蒲団出さねば・・・
2004年10月14日
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占いなど信じる方ではないが、何気なく見た今日の運勢はしし座がトップであった。ちなみに私はいて座で6位か7位だったと思う。 そのしし座の友人の車に同乗、右折しかけたら前方から杖をついた夫人がよろよろと車に当たりそうになりこけてしまった。 悪いことに倒れたところに病院の看板が立っていて,その看板にあたり、土台のコンクリートで右脇腹を打ったと言う。乗っていた私には全く衝撃はなかった。近くの方だということでお店の方が車で迎いに見え、かかりつけの近所の外科病院へ行かれたが、お昼休みだと言う。お昼だからと一先ず自宅へ同道し、息子さんだという酒店の社長に会った。 『2時になったら病院へ連れて行きます、心配しないで下さい、本人が騒ぎ立ててるだけですから、どうぞお引取り下さい』とお茶まで馳走になり、複雑な心境で辞した。 先日、運転者がシートベルト不着用で取締り中の警官に捕まり、その後違う友人が送ってくれた際、家の花壇のブロックに後部バンパーをぶっつけ、傷は5cmほどだったが、ブロックに車の赤い塗料がくっついていた。昨日はこれも違う友人の車だが、出発前にバッテリーがあがり、充電のアクシデント。そして今日である。これで4度、車のアクシデントはもうお終いに願いたい。今日の運勢なんて絶対に当てにならない。でも現実に人身事故でなかったのは運が良かったのかもしれないけど・・・
2004年10月13日
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平成16年8月と、平成17年4月までの各偶数月に指定された金融機関の預貯金口座に下記の通り振込みの手続きを行うこととしましたので通知します。という年金振込み通知書が届いたのは8月15日付けのはがきである。 介護保険料が上がって貰える年金が減額になった。ああまた減っちゃったと段々心細くなる。 8月分はそれで振り込まれたのだが、実は本日、また社会保険庁から一通の書類が届いた。『重要書類』とある。 開けてびっくり玉手箱ならぬ、なんと10月分から介護保険料が変更になったという通知であった。3600円が5800円に変更になったというのである。 毎日社会保険庁の無駄遣いのニュースが報じられているさなか、この値上げの通知、腹立たしい限りである。 議員や社会保険庁の方々は月にして1100円の値上がりは応えないかも知れないが、年金生活者に取っては、たかが1100円では済まされない。17年の4月までとなっているが、8月に一度変更され、10月にまたでは、来年4月までと絶対に値上げはないのか、その保障はないと思わざるを得ない。 2枚のはがきを前にごまめの歯軋りである。
2004年10月12日
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今日は月曜日だが祝日で教室はお休み、快晴の洗濯日和になった。 出雲大学駅伝を見ながら、編物に精を出していたが、ちょっと一休み、早稲田や山梨学院の常連の出場がないのがちょっと寂しい。勉強不足で不出場の事情は分からないが・・・ PCの電源を入れ、買物日記を覗くのも最近の日課になった。掘り出し物を見つけた時は嬉しいし、地震のあとは、非常食の購入がずらりとあって買物日記から様々な情報が得られる。しかし、今日は3連休の最終日皆さんお出かけなのか、体育の日だもんね。野外で体を鍛えておられるのかな。 そういえば我が家の校区は月遅れの敬老会だったっけ。また夏が戻ったような暑さ、駅伝はもう最終区になっている。 今夜はダイエー、西武の最終戦。どちらのファンでもないが地元だしダイエーの優勝がいいかな。退屈な午後漫然と日記を書いている私です。
2004年10月11日
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隣の家に明かりが点いた。空地になって9ヶ月、やっときれいな家が完成、小雨の中引っ越してこられた。 建築主が女性の名前であったし、地鎮祭の時、挨拶に見えたのも女性で、『4歳の男の子がいます、よろしく』とのことで、その後我が家の物置の雨樋の件で相談したときも女性が見えたので、母子家庭なのかなーと密かに思っていた。 今朝、見ると車が2台並んでいる。夕方挨拶に見えたら若いご夫婦と可愛い男の子の3人で感じの良い方であった。 母子家庭ではなかったんだ。父の味を知らずに育った私には坊やにパパ・ママが揃っていることが、とても嬉しく思えた。 隣家の明かりは、温かく心強い。『お隣さん、これから仲良くして下さいね』雨もすっかり上がって心地よい夕暮れである。
2004年10月10日
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アメリカでは手編みブームというが、業界はまだ活気がない。いつまでも暑さが続いたせいかも知れないが・・・ 9月末から今日で3回目の講習会に出掛けた。不況になると販売促進の講習会が増える。参加すれば、少なくても一着分の毛糸は売れるから。 今日のメーカーはサンプルは多いがこれと言って飛びついて編みたい物はなにもなし。 友達と会えただけが収穫であった。帰り車で送ってくれると言うので好意に甘えてそうして貰ったら、我が家にバックで入るときガシャッと衝撃が、花壇のブロックに後部バンパーをぶっつけてしまった。音と衝撃が酷かったので気になって見たが、4センチほど擦り傷が・・・ 免許とって初めてぶっつけたとしょげている友達になんと声かけたらいいのか戸惑ってしまった。御免ね、悦子さん。 事故の範疇には入らない程度だと思うけど何となく後味が悪い一日。
2004年10月09日
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『男女7歳にして席を同じうせず』『3尺下がって師の影を踏まず』男女別々のクラスで教育を受けた世代であるが、敗戦で『女性の参政権』が認められ、『男女共学』になり、男女の在り方が大きく変わった。 世界各国、男女の在り方は様々であることは道論であるが、中東などの一部では、『名誉の殺人』という因習が残るという記事を目にした。男女のうわさがたつだけで、女性は家族の名誉を傷つけたとして、家族に殺されるというのである。 毎年数千人が犠牲になっているとされるとある。そんな因習が未だに行われているとは、衝撃であった。 25年ほど前17歳で恋をし、妊娠して、間もなく義兄にガソリンを頭からかけられ、火をつけられた女性が生き延びて一昨年暮れ、体験を書きフランスで出版、日本でも今春『生きながら火に焼かれて』のタイトルで翻訳が出され、出版社の招きで9月来日『忌まわしい事実を知ってもらい、女性を助けたい』と・・・ その人の名はスアドさん、仮名だという。『もし生きていると知れば、父母は必ず私を殺しに来るでしょう』 今の世の中にこんなことがあるとは、驚きであり、絶対になくすべきことである。
2004年10月08日
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石垣島旅行、昨日は花立山温泉とのんびり生活も今日からは教室、気分を180度切り替えてと思うもののまだ遊び気分から抜けきれない。 3週間ぶり山口に旅行中の一人を除きいつもの顔が揃った。旅の話に花が咲き、教室らしくなったのはやっと午後からである。教室と言っても資格を取ろうという意欲満々な者はいないし、趣味とストレス解消の日なのである。 タブーは、『お嫁さんの悪口を言わぬこと』これだけはきっちり守られている。 今月は『これ』というテーマはないので各自、好きな素材、好きなデザイン全く自由である。 その分、教える方は大変なのだが、最初からそのスタイルで始めたので今更変えるわけにはいかない。どんな要求にも応じられるよう、自分自身が技を磨いていかないと困るわけで、色んな講習会に出掛けたり、友達と情報のやり取りなど、結構多忙である。 今年はコサージュが流行なので可愛いコサージュで一日を終えた。久しぶりだと疲れるね~。夕飯は雑炊なかなか美味、自画自賛・・・
2004年10月07日
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秋風に誘われて、近郊の花立山温泉へ出掛けた。今年4月にオープンの大型温泉施設である。お湯は100%天然温泉でかけ流し。女湯は洋風大浴場『美神の湯』で、古代ローマを思わせる豪華な縞瑪瑙石を使った内風呂、ドーム露天風呂、岩盤浴やジャグジー、電気風呂、サウナなど完備である。 ヘアーカット、顔そり、ヘアーカラー、パーマなども。韓国あかすりや足つぼ療法、楽々整体などヘルシー&ビューティコーナーもあった。 3階には枕や毛布もあって一休みできるようになっている。駐車場も3箇所、ふもとの駐車場からは玄関まで便利なスローブカー8人乗りの可愛い乗り物でそれからの眺望、広々とした田園風景も心が洗われるようである。 湯船にゆったりと浸り、久しぶり温泉を満喫した一日であった。 今度は是非韓国あかすりを体験して見たい。一皮向けて色白になれる?といいけどね。
2004年10月06日
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四季、それぞれに美味しい食べ物があるが、秋は殊に美味しいものがあるように感じる。『秋なすは嫁に食わすな』とか。 焼きナスは大好物。秋鯖の刺身やゴマ鯖はこれまた大好物であるが、今年はまだ食べていない。いつまでも夏の暑さが続いて、漁獲量が少ないのだろうか。 何といっても美味なのはマツタケ。焼いて塩で食べるのが一番好きだが、ふんだんに焼きマツタケを食べたのは子供がお腹にいた頃で、最近はマツタケご飯も口に出来ない。 石垣でパパイヤの千切りを買って来た友だちが、煮たのでと持って来て呉れた。 彼女なりに考えて調理したのであろう、戻して油でいためちりめんじゃこと、人参とさつま揚げを入れて味付けしていた。初めて食べたのだが、千切り大根とあまり変わらない味であった。現地の方々はどう調理して食べられるのだろうか。 石垣で食したゴーヤは家で食べるゴーヤより苦味がないように感じたが、種類が違うのであろうか。 お祝いの席で食べられると言うヤギ料理をと誘われたが、匂いがすると聞いていたので食べて見る勇気がなかった。 帰ってからやはり現地の名物料理は食べて見るべきだったなとちょっと後悔している。
2004年10月05日
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失業者でもフリーターでもない無業の若者たち、彼らを『ニート』と呼ぶのだそうだ。義務教育終了後、進学も就職もせず、職業訓練を受けていない若者を指し、英国のブレア政権が使い始めた言葉だという。『ニート』は非行型・引きこもり型・自己実現追求型・自信喪失型の4種類に分類されるとある。今年2月国会で初めて取り上げられたそうだが、新聞で読むまで全く知らなかった。 厚生労働省はニート対策を「若者人間力強化プロジェクト」と名付け来年度予算で231億円を要求。合宿形式の集団生活で、働く意欲の向上を目指す『若者自立塾』の新設を盛り込むとか。 昼夜逆転生活を送りがちな彼らに、まず時間通り集合して貰うことが基本とか。 生半可のことでは解決できない問題だと思う。近所を見ても引きこもりの人、生業を持たない人も少なくない。この問題が今後どのようになるのか、無関心ではいけないと思う。
2004年10月04日
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30日午後憧れの石垣へ。福岡からは約1時間45分、羽田までとほぼ変わらない。飛行機の窓から見下ろすと沖縄本島辺りから海の色が変わって来る。エメラルドグリーンの美しい海、吸い込まれそうな深い色である。 陶直後ジャンボタクシーで石垣めぐりに出発、唐人墓、御神崎、川平湾でグラスボートに乗換え、様々な珊瑚や色鮮やかな魚の群れを堪能、米原のヤエヤマヤシの群落、玉取崎展望台に上った。 翌日は西表に渡り、仲間川のマングローブ、ヘゴ、シダなど遊覧船で見て、日本最大のサキシマスオウの木を見学した。 西表島から由布島へは牛車で、帰りは民謡を聴きながら旅情に浸る。小浜島は『ちゃらさん』で知られた島、ここでお昼をした。最後は竹富島、ここでもさんご礁を見た。民家もお墓も見るもの興味津々の旅であった。 出来ればもっとゆっくりと来たいものである。途中、友達が来たので中断、支離滅裂な文になってしまった。
2004年10月03日
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先月30日出発、石垣島へ一泊し、翌日西表、由布、小浜、竹富島を回って、今日2日無事帰宅。 少々疲れたが3日間のメールにざっと目を通したら今の時間になってしまった。 今夜はゆっくりと手足を伸ばして湯に浸かりたい。旅のことは明日ゆっくりと思い出しながら記すことにしたい。荷物の整理もまだだが、エメラルドグリーンの海が目に焼きついて・・夢でもう一度見たい。
2004年10月02日
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