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7月15日金曜日、市民病院の夜間救急外来で採血の針を刺すのを何度も失敗されて以来、腕に異物感がある。最後に何となく血が取れた?という、怪しい場所なのだが、3センチくらいの細い物が皮膚の下にあって、押さえると痛いし、そこだけ左右に1センチくらい動く。まさかとは思うけど、点滴の針とか入ってたりしたら…シャレにならんね… 誤診の上、医療ミス? 家族も気味悪がって、あまり触るなというけど、気になるしなぁ…病院行こうかな。整形外科かな?もし異物が入ってたら手術とかするのかな?もうこれ以上痛くて恐い思いをするのは嫌だなぁ結果は後日。
2011.07.31
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昨日誕生日を迎えた、尊敬する人にメールを送ったら…凄く強い光のエネルギーとともにレイキマスターとして愛を持って人生を深く生きているのを感じられるそんな返事をいただいた。こんな内容は、色んな経験をしてどんな事も受け入れて、積極的に人生を楽しんで、自分の中にある喜怒哀楽色んな感情を認めてないと書けないなぁレイキだけじゃなく人生を深いところから感じてないと書けないなぁレイキマスターとして、素敵な人生を歩んでいるんだなぁと感じた。 本当にかっこいい女性である。 私もマスターではあるけれど、やっぱりまだまだなんだなぁ~こんな文章書けないもの…どこまで行ってもまだまだなんだけど、ぼちぼち1歩1歩進んで行こうと思った。体調が戻るのを待ちながら、今出来る事をしよう。今回起きた事をじっくり味わって、そしてセイキムマスター目指して、臼井レイキのアチューンメントを深く味わえるところまで練習だなっ。マスターとして、自信を持って「私レイキマスターです」って言いたいなぁ~
2011.07.30
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薬をもらい原因もわかり、すっかり良くなった気分になっていたが、実際にはどれだけ水分をとってもおしっこは出ず、食事も一切体が受け付けなかった。熱は相変わらず9度以上が続き、体はどんどん衰弱しているのを感じていた。深夜、突如お腹を壊した。脱水の時にお腹を壊したらすぐに病院を受診してと言われたが、どうしよう。また救急車? それとも父に頼むのか?市民病院の救急はもうごめんだけど、他にどこがある?連日私の病院につき合い父はめちゃ機嫌が悪い。ちょっと音をたてるだけで怒る。昼間も病院から戻ると両親が娘に向かって「かなたちゃんのママは本当に迷惑だねぇ。いつも妄想の話しばかりでうそつきなんだよ。本当に具合が悪いのかねぇ。すぐうそつくからこれも嘘でお芝居をしているだけかもね。なんせキチガイだから。あいつがいるとロクな事がない。昔からまともだった事がない。あんなだって知ってたら産まなかったのに。嫌だ嫌だ。早く出ていってほしいねぇ。いなくなってほしいねぇ。」と言っていた。どんな顔して娘はママの悪口を聞いていたんだろう。娘は一言も声を出さなかった。胸が痛く苦しくなった。近くでこんなに苦しむ姿を見ているのに、実の娘が苦しんでいるのに、さらに追い打ちをかけるようにひどい事を言う両親に絶望を感じた。なので、死を意識しながらも、OS-1のゼリーをなめながら朝が来るのを待った。しかしだんだんゼリーも水分も体が受け付けなくなってきていた。そしてゲリが止まらない。何も食べてないのにどうしてゲリになどなるのか、本当に不思議でたまらない。たまらず、ミクシイにHELPの書き込みをした。どのくらい時間がたったか、ふっと体がラクになり急に眠くなった。しばらく眠っていたようだ。目が覚めると汗をかいていた。スッキリしている。気分もいい。左腕の痺れと麻痺がなくなっていて、動くようになっていた。それはレイキ仲間がレイキを送ってくれたんだと後で知る事となる。その時は、守られているんだ、だからもう少し頑張ろうと思ったのを覚えている。朝7時、どうにも我慢の限界にきた。日曜日だったので、救急に行くしかない、でも市民病院は嫌だ。両親に隣町の総合病院に連れて行ってほしいと頼むと、「本当に具合が悪いのか?連日病院に行きどこも悪くないって言われてるじゃないか。お前の気のせいじゃないのか?親に迷惑をかけたいだけだろう。昔からそうだ。お前は迷惑ばかりかけてイヤなヤツだ。休日に具合が悪くなるお前が悪い。我慢しろ」そういう返事が返ってきた。父と母と2人に攻めたてられ、朦朧とする意識の中でどうしようか考えた。救急車か、タクシーで自分で隣町まで行くか..その内気を失ったらしい..気付くと9時を回っていた。体調はいよいよ悪く、声も出なくなっていた。タクシーを呼んで病院に行こうとしたら、父が送ってやるというので、休日救急診療にかかる事にした。運よく実家の近くの病院でやっていた。もう受付も自分で出来ず、椅子で転がっているだけだった。父は私の名前以外、住所も電話番号も生年月日すら何も知らない、というより興味がないから覚えないのだそうだ。カバンの中に保険証が入っていて、それを見て受付をしてもらえた、そうだ。診察室に入ると、2,3質問され、答えられたのか?答えられなかったのか?よく覚えてないけどすぐに点滴をされた、ように思う。やはり点滴は右腕にされていた。しばらく寝ながら点滴をしているとだんだん意識がはっきりしてきて、それから先生と話しをした。これは緊急入院ですよ。と言われた。が、ベッドが満床らしい。空いている診察室のベッドで点滴を受けながら、様子を見る事になった。父が先生に、病気ですか?と聞くと、「気管支炎です。」と先生。「あぁ、風邪ですか。」「いいえ、気管支炎です。」「風邪か」「...」気まずい沈黙が流れた。こんな時に父め、馬鹿すぎるだろう..理解できない事は受け付けず自分の人生から排除する人なんだなと、この時思った。点滴に4時間かかると言うので、父は一旦帰り、1人で寝ていた。帰るにしても入院するにしても、もう大丈夫だと思い、すごく安心した。4時間かけて1.5リットルの点滴をしたが、熱が一向に下がらず父はこんな状態の私を家には連れて帰らないと言い張り、先生を困らせた。そうしてまた新たに1リットルの点滴がつながれ、時間だけが過ぎていった。夕方になり、どうするのか決断が迫られた。先生が看護師にもう1度空きベッドを探すように言い、しばらくすると今朝緊急退院した人がいて1つだけ空きが出たという。そこに入る事になった。父は大喜びで、「厄介払いができた、厄介払いができた」と浮かれまくった。入院手続きはやはり何も分からない父ではできず、自分でやった。こうして初めての入院生活を送る事になった。ゆっくりできるかと思ったが、私に安息なんて訪れないのだと思い知らされる事になる。
2011.07.17
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昨夜の事は思い出さなくても腹が立つ!!今朝も朝一で娘を小児科に連れて行き、私も一緒に診てもらった。娘は丸5日、9度以上の熱がつづいて、今朝になりようやく熱が下がり始めた。まだ咳はひどかったが、山を越えたのでだんだん良くなっていくとの事。ホッと一安心。私はまた血液検査をした。腕を見るなり、先生も看護師さんも絶句。そして昨夜の事を話すと、ありえない..とつぶやかれた。昨夜の血液検査の結果を聞かれたので、教えてもらえなかったというと、信じられない、結果は患者さんに渡す事になっているんだよ、と言われた。左腕は使えなかったので、右腕の微かに残っている正常な部分で針を刺してもらった。ちょっとチクッとしたけど、全然平気。これこれ、注射ってこれだよねーと看護婦さんと笑い合った。結果は悪化していた。細菌も白血球も数が更に増えており、小児科では大人用の薬を置いてない為、別の病院を紹介するので、今すぐ行ってくださいと言われた。今日は土曜日、ただいまの時刻は11時を回っている。慌てて紹介状を持って病院に滑り込んだ。もう何度説明したか分からないここ数日の症状とそれぞれの病院での事を話し、そしてまた血液検査をすると言われた。私の腕を見るなり、若い看護婦さんがひっこみ年配の方が現れた。やはり左腕はダメという事で、右腕に針を刺した。やっぱりちょっとチクッとしただけで、あとは何ともなかった。昨夜のは一体なんだったんだろう..後は尿検査もして、そして診察室に入った。先生に会うのは20年ぶりだった。原因は小児科の先生と同じ診断。身体にウイルスが大量に入っている為。脱水がかなり進んでいるから、水分を沢山取るように言われ、薬を9種類も出された。2つの病院で同じ診断だとちょっと安心する。両方ともとても人気の病院で、常に予約はいっぱい。やっぱりそれだけの事はあるんだなと思った。点滴はしてくれなかったし、体調は相変わらず激悪だったけど、原因が分かったし、薬ももらえたので気持ち的にはずいぶんラクになった。実家に帰り、ゴロゴロしながらとにかく水分を沢山とるように心がけ、大塚製薬のOS-1のドリンクとゼリーを飲めるだけ飲んで、その日は過ぎていった。もうこれで良くなるだろうと根拠のない安心感に包まれながら..
2011.07.16
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昨夜の点滴のお陰で、朝起きると熱が38度台まで下がっていた。身体もずいぶん楽になっており、そうなると当然のように両親の風当たりはキツクなり娘の面倒も見なきゃいけないし、家事の手伝いもした。おしっこは明け方1回出たきりで、また出なくなっていた。食事は相変わらず全く受け付けず、水分のみの生活が続いていた。午前中は娘を病院に連れていき、ついでに私も診てもらった。血液検査の結果、細菌と白血球が体の中で以上に増えているとの事。昨夜の病院で検査も何もせずにいきなり点滴だけされたのはおかしいなぁ、脱水が進んでいるから水分を沢山とるように、と言われ、娘はまだ熱が9度以上あったので、明日も来るようにと言われて帰ってきた。頑張ってアクエリアス1リットル、お茶500ミリリットルを摂取したが、おしっこは一向に出る気配がなかった。夜6時過ぎ、寒気がしたかと思うと一気に39度6分まで熱が上がり、意識が朦朧としてきた。昨夜救急車で運ばれた病院で、熱が出たらすぐに病院に行ってと言われていたので、この時間から行ける病院を探した。また昨夜と同じ症状が出始めた。両親は全く興味なさげで、娘に「かなたちゃんのママは迷惑だね」などど言っている。6時~7時半の間はどこもやっていないが、7時半から、医師会で診てもらえるとの事。タクシーを呼ぼうとしたら父が送ってくれるというので、連れていってもらった。ところが受付は7時半からだが、それまでは外で待っていろとの事。トイレはどこかコンビニにでも行ってくださいと言われた。まだ1時間以上ある。待つのがきらいな父が市民病院に行こうと言い出した。市民病院は、年末、娘が誤診で症状が悪化、入院するハメになった。嫌だと言ったら、無理やり車に乗せられ連れていかれた。4時間待って、やっと診察してもらえた。とても若い男の医師だった。パソコンに入力をしながらほとんど私の方を見ない。申し訳程度に喉を見て、「全く腫れてないね」と言われた。自分では喉がパンパンで唾を飲み込む事すら苦痛なので、もう1回診て!と言ったらものすごく嫌な顔をされ、何度見ても同じだよ。と言われた。呼吸音がちょっと気になるような気がする..けど、気のせいか..取りあえず、首から骨盤までMRIを取って、血液検査をすると言われた。MRIは何事もなく終わった。ベッドで寝ているとさっきの医師が看護師とともにやってきた。今から血液検査をすると言う。今朝、小児科でやっているのである程度痛みの予測はつく。リラックスして、待った。突然左腕に、げ、激痛が..体を駆け巡った。「あれ?おかしいなぁ..入っているんだけど..」と言い針を刺したままぐさぐさと刺してして血管を探している。耐えがたい痛みに思わず声が出た。そんな事はおかまいなしに、今度は針を刺したままその腕をバンバンと叩き出した。そしてまたグサグサと刺して血管を探した。全然見つからないらしい。そしてとうとう、針が骨を突き刺した。「あっ、堅い物にあたったね。これは骨だね。」と笑って言った。私は脂汗をかきながら、早くなんとかしてくれと祈った。しばらくグサグサしていたが諦めたらしい。別の血管でもう1度やると言われた。隣で看護師が「大丈夫ですよ。先生ならできます。頑張ってください」と応援している。なんなんだ、一体。旦那は目を背けている。何とか体の力を抜こうと奮闘していううちに、また体に激痛が走った。「あれ?やっぱり血管ないなぁ。君、血管ない人間?あははは、そんなワケないか」と爆笑しながら、また針を刺したままグサグサされた。この痛みは何とも形容しがたい。医師もだんだん剥きになってきて、腕を激しく叩き始めた。激しく叩き続けている。まだまだ叩き続けている。そのたびに針が肉を突き刺し、激痛が体を駆け巡った。涙を流しながら「痛い」と訴えるも、「うるさい、気が散る」と怒鳴られてしまった。しばらく腕を叩き続け、しこたま針をグサグサした後、やっと抜かれ、また別の場所でやると言われた。そうしてまた失敗、失敗、失敗..左腕は血が吹き出し、パンパンに腫れていた。痛みと痺れで感覚がなくなっていた。もう左はダメだから今度は右腕を出せと言われた。身体を震わせ涙を流しながら右腕を出した。医師の顔から笑みは消えていた。今度は何の前触れもなくいきなり針を刺された。また激痛が体を突き抜けた。また失敗したらしい。腕を激しく叩きながら、針をグサグサと刺している。もう本当に勘弁してほしい。しばらく針を刺したままグサグサして探っていると、運良く血管に触れたらしい。血が少しづつすこ~しづつ注射器の中にたまり始めた。こんなに勢いのないのは初めてだ。血が溜まるのにかなりの時間を要した。そしてそのまま点滴がつながれた。やっと終わった..20分以上もかかっていた。それから点滴をしたまま2時間待った。そして先ほどの医師が来て言った。「MRI検査したけど、僕は専門医ではないので画像の判断はできません。一見どこも悪くないし、原因も見当たらないので専門の科を紹介する事もできません。病気があるかもしれないし、ないかもしれない。僕の口からははっきりとは言えません。何かあるといけないので、はっきりと診断はしません」と言われた。なんじゃそりゃ..「血液検査の結果はどうですか?」と尋ねると、目をそらされ答えてもらえなかった。「喉が痛いのですが、本当に腫れていませんか?」と再度聞いたら診もしないで、「腫れてませんよ。健康そのものです。もうお帰りください」と言って、そのまま帰されてしまった。点滴は2時間もしていたのにほとんど減っておらず、旦那も「これ大丈夫なのか?どうなってるんだ?」といぶかっていた。結局何の為に検査をしたのかも分からず、検査料1万2千円を支払い帰ってきた。左腕は完全に使えなくなり、右腕も腫れて痛みでズキズキする。やはり市民病院はヤブだった..収穫はそれだけで、体調が悪いまま家に帰った。散々な夜だった。
2011.07.15
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14日木曜日。娘も私も相変わらず40度近い熱が出たまま、ずっと娘の看病をしていた。旦那はと言えば、こんな時にドライブに出かけてしまっていた。夜旦那が帰ってきて、ひと悶着あり、限界を感じた私は実家に避難する事にした。実家に行くと安心して気が緩んだ。すると突然めまいがして立っていられなくなり、そして笑いが止まらなくなった。自分でも良く分からない。可笑しくて可笑しくて爆笑してしまう。父も母も「あいつはキチガイだから、ほかっとけばいい」と言って、物置に隔離された。両親に言わせると、私は生まれ落ちた瞬間からキチガイだったらしい。爆笑が何時間も続いた。自分でもわけが分からなくなっている。それでも娘を寝かしつけないといけないので、気力を振り絞って娘を寝かせた。普段と違う様子の私を心配して、娘はなかなか寝なかった。それが夜10時頃。隣で寝ている娘の頭を撫でながら、「こうやって頭を撫でてあげられるのも最後だな。ごめんね、かなた。ママはもう一緒にはいられないけど、ずっと見ているからね。だめだ、死ぬ前に伝えておかないといけない事があった。」と思って誰に何を言うのかしばらく考えていた。涙が後から後から流れてきて止まらなくなっていた。そしてハッとした。死ぬって何?何で死ぬ事を考えているの?私今相当やばい状態って事?だめだ、まだ死ねない。嫌だ、死にたくない。気力をふりしぼり這っていったら、リビングに母がいた。健保の健康相談に電話しようとしたら、恥だ迷惑だと罵声を浴びせられた。気を失いそうになるのを何とか持ちこたえながら、母が部屋を出ていくのを待った。そして急いで電話をした。その時の症状は、高熱が丸2日続き、食事は全く喉を通らなくなっており、おしっこも丸1日全く出ていなかった。笑いが止まらなくなり、過呼吸で過換気症候群になり、体が痺れていてうまく動けない、腰と首の後ろがずーんと重くなり、口の中が乾き唾が出ず舌のぶつぶつがきゅーとなって痛くなった、と伝えたら、相談員の医者が救急車を今すぐよんでください、と言い、家族が呼ばれた。始め迷惑そうにふざけた感じで対応していた父の表情もみるみるうちに真剣になり、電話を切るなり、119番通報をした。が、「消防ですか?救急ですか?」と言われ返答に困り、結局私が自分で電話をした。5分もしない内に救急車が到着し、乗り込んだ。寝ていると「どこの家?」と突然深夜の静寂を突き破り、野太い声がこだました。はす向かいの奥さんであった。外に出てきて驚いた感じであった。そのお宅の前に救急車が止まっていたからね。そして誰と話しているのか?「そこだ!そこだ!そこの家だ!」とまだ大声で叫んでいるのが聞こえた。何だかおかしくって、ただでさえ笑いが止まらないのに益々笑いの渦に巻き込まれていった。待つこと15分、近所の病院に運ばれる事になった。私は笑いながらほとんど意識はなかった。病院での事はあまり覚えていない。付き添いがいなかったので、診察の受け答えなど全部自分で答えたのは覚えている。気が付いたら点滴をしていた。そして点滴が終わる頃、旦那がやってきた。1時間点滴をして、そして家に帰った。受付で支払をするよう言われて、財布を探した。救急車の中で財布を持っていない事に気づき、隊員の人が母から財布を預かってくれた。財布はカバンの中に入っていた。深夜で事務がいない為、3千円を預けるという形になった。財布を開くと..あれ?お金が入っていない。十円玉と百円玉しかない..3千円なんて全然ない。まさか母が中身の入ってない財布をくれたとは思わない。状況が飲み込めず茫然としながら「お金、入ってない..」と言うと旦那も「えっ?俺も昨日使っちゃったから持ってない」と焦り気味で財布を出した。受付の人が必至で笑いをこらえている。どっ、どうしよう..とにかく2人の財布の中身を全部出して、寄せ集めた。そうしたら、コインばっかで3千10円あった。そのギリギリさ加減にまた受付の人が笑いをこらえていた。本当に恥ずかしかった。電話相談員の医者には、意識の混濁があったら即受診が必要、意識を失ったら危険。そのまま放置されていると命を落としますと言われた。母には病院なんか明日の朝行けと言われたけど、自分の直感にしたがって電話してよかった。苦し紛れにマスターシンボルを何度もかぶり、セイキムエネルギーとも何度もつながり、臼井先生や女神や大天使たちに「助けて」と何度もお願いしていた。本当に助けていただいた感じ。命拾いをしたんだなぁと思った。本当に苦しい一夜を明かしたが、こんなのはまだ序章にすぎないなんて、この時は知る由もなかった。
2011.07.15
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私の高熱は明らかな浄化熱で、朦朧とする意識の中、同じく40度の熱で倒れた娘の看病を24時間しながら、唯一私の自由時間と言えばトイレの中の1分間だけで、限らた時間の中で辛いながらも多くの気づきがあり、インナーチャイルドと出会い、その私を優しくそっと包み込んで守っている天使のようなエネルギー体の方に出会い、高次元とのつながり、自分の内面の無限の広がりと溢れる愛のエネルギーを感じました。インナーチャイルドとの出会いのその先を体験したのは初めてでした。食事は火曜から喉を通らなくなり、僅かなお茶のみ体が受け付ける状態でした。体が空っぽになると内面も外的な事も感じやすくなって、頭頂から物凄い勢いで高次のエネルギーが入ってくるのを感じていました。 そしてずっと胡散臭くて怖いとさえ思っていた女神や大天使、天使たちの温かく力強いエネルギーも沢山感じました。 そういう状態で娘の看病を続けていました。 まさか、旦那が救急車で運ばれて1ヶ月もしない内に私まで運ばれる事態になろうとはこの時は思いもよらず、 静かにその時を迎える事になるのでした。
2011.07.15
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久しぶりに高熱が出た。娘も数日前から40度の熱が出ており、私は以外にも元気で何ともなかったのに、昨日から、水分を取るとらないにかかわらず30分おきにトイレに行く。久々のトイレ浄化?と思っていたら、今朝起きたら39度。ここのところ色んな感情が出てきてて、色々と助言をいただいたりして、気付きも一杯あり、そのエネルギーが動いているのを感じる。ふぉぉおぉ~苦しい..こんな状況の中、娘が「レイキして」と言ってきた。流してやると、「ママ、気持ちいいよ、ありがとう」と言ってくれた。ちょっとした癒しの時間。レイキ、ヒーリング、瞑想、クリスタルなどが日常に当たり前にある生活をしている娘はいったいどんな娘に育つのだろう。ちょっと楽しみだな
2011.07.13
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忙しい毎日が終わりホッと一息..つこうと思ったら..娘が高熱を出したケガや事故が続いてはいたものの熱が出るのは1か月ぶり。ちゃんと私の用事がひと段落して、時間が出来たところで熱を出すのがニクイ。娘は39.8度熱が出ても家の中を走り回って遊ぶので、ハラハラする。なのに、夜中はぐったりしてゼーゼーと息をして眠れない。気が休まる時がない。母という人は、休める時がないんだなぁ~これは母になってみないと分からない事だよなぁ~もうすぐ夏休み毎日毎日毎日毎日娘が家にいるなんて、今では考えられない。幼稚園のありがたみが良く分かったわ。
2011.07.12
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ここ1週間毎日忙しかった。娘が幼稚園に行っている間も自分の時間は1分だってなかった。まだまだ大丈夫だと思っていたんだけど、今日、体が動かなくなった。動かないからと言って寝ていていいわけではない。自分で頬を叩き喝を入れ、何とか娘を幼稚園に送り出した。ここんところずっと娘は幼稚園から帰ってくると機嫌が悪い。プールが始まり疲れも限界のようで、とにかく酷い。でも用事がありすぎて疲れていると娘を受け入れる余裕がなくなる。ぐっと自分を抑えて我慢して、なんて事私にはできない。寝る前娘が一言「ママ、大好きだよ」と言った。こんなひどい私を好きと言ってくれるなと涙が出てきた。で、気付いた。私は自分で思っている以上にキャパが小さい。家事と育児で結構いっぱいいっぱいなのだ。これで仕事を始めたらどうなるのだろう、と少し恐くなった。子どもを言い訳にするな、とかやろうとしないだけ、とか色々言ってくる人はいるんだけど、やっぱり無理なものは無理。仕事よりも今私が大事にしたいのは娘との時間。家族の一員として家事をやって、みんなに気持ち良く過ごしてもらいたい。それが今の正直な気持ち。仕事はもう少し手が空いてからかな..受け入れてもらえない考え方かもしれないけれど、自分の思いを貫こう。自分のために、娘のために、家族のために。離れていく人がいるかもしれないけれど、でもこれでいい。そう自分を許した。
2011.07.06
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今日は初めて自宅でレイキヒーリングのフルセッションを行った。空間を整え、用具を準備し、エネルギーチャージしてクライアントを出迎えた。クライアントと言っても友人なんですが..普段遊びに来る時と全然違う雰囲気にちょっと驚いていた。先生の所ではベッドに寝てもらうが、うちでは場所がない為布団に寝てもらった。ずっとあぐらをかいて不安定な体勢だったので、これは結構筋肉に効いた雑念は出てくるし、初めての自宅で完全自分プロデュースのヒーリングの為ちょっと心配事もあって、なかなか集中できないまま終わってしまった。情けない..友人からは、途中感情が出てきて苦しくなったけど、いつの間にかなくなってて終わったら体も軽くてスッキリした、と言ってもらえた。私としてはちょっと不完全燃焼。もっと出来たのでは?と思ってしまう。言ってたらきりがないけど。今日はとても良い経験をさせてもらった。勉強になった事も反省も沢山ある。書いてもらった感想は宝物。来てくれた友人に感謝だなぁ~ミキティ、ありがとう
2011.07.05
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