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時間って明らかに伸び縮みしますよね!そう、実際の物理時間と、心理的に感じる心理時間の差の話です。一番簡単な例では、面白くない仕事をしている時、なんかが分かりやすいかな?面白くない、ちょっと退屈な仕事をしている時には、時間がなかなか経たないですよね。時計や時間の経過ばっかり気になって・・・このとき、実際の物理時間が30分でも、心理的にはもう50分や1時間くらい経っているように長く感じるんですよね!逆に楽しいことは、言うまでもなくあっという間です。どうしてそのように(実際の物理時間よりも)長く感じたり、短く感じたりするのか?これはね、どこに集中するか、によるんです。つまり、退屈な時には、時間の経過に集中しているんですね。そうすると、その集中した時間の経過、そうですね、物理時間が長く感じる。逆に楽しいことに集中すると、楽しいことは長く、充実したものになり、相対的に物理時間が短く感じる。こういうことです。今を生きる!未来でもなく、過去でもなく、今を精一杯過ごしましょう!っていうことが、いわゆる自己啓発系の書籍には書かれていますが、これは、上記の時間の伸び縮みで考えると至極当たり前の話ということになります。今を一所懸命集中して過ごせば、時間は(実際の物理時間よりも)長く、充実したものになり得るわけですよね。今、過去の失敗を後悔しても、未来の不安を先取りしても、そういう不安や失敗に集中すると・・・・・・ですよね。時間はいくらあっても足らなくなる、というわけです。ここに今を精いっぱい生き切ることの素晴らしさがあるんですね。あ、ところで、時間の伸び縮みについては、少し前にこういう興味深い本↓ ↓ ↓が出ていました。この本には、子供の時の方が時間がゆっくり流れていたようだけどなぜ?ということが書かれてあります。ここでは、子供はカラダの新陳代謝が(大人よりも)盛んなので、心理的な時計が速くなる。それで実際の物理時間が5分でも心理的には3分と感じ、時間の流れが遅く感じられる。逆に大人は、カラダの代謝が子供より格段に落ちるので、心理的な時計は相対的に遅くなる。したがって、大人が心理的に3分と感じた、実際の物理時間は、2分となり、時間が早く流れているように感じる。こう説明されていました。面白い切り口ですよね。実は、私インスパイア大澤がシツコクお話している、カラダを磨いていく効果はこんなところ(カラダの代謝力アップ→集中力アップ)にもあるんですよ。それはさておき、これも先記と同様、集中力の差でも説明できそうですよね。長くなるので端折りますが、子供は(大人と比べて)同じ出来事に対しても好奇心旺盛に集中し、熱中する。集中している事柄は長く充実しますので、実際の物理時間よりも心理時間が長く、充実する、わけですよね。今という時間に全力投球して、好奇心旺盛に集中する平等に与えられている今、という時間をともに大切にしてまいりましょう!今日もここまでお付き合いいただき、ありがとうございます。あなたの素敵な今を心よりお祈りします♪
2007.06.28
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少し前に、カラダを丁寧に扱うとは・・・?というコラムを書きました。要は、カラダと事・物、あるいはカラダと(他の人の)カラダとの関係性が良くなると、日常・人生が素敵に変わるよ~、って話なんですね。そんなトピックを書いて数日後、偶然とても美味しいケーキを食べる機会があったんです。そのケーキ屋さんのパティシエさんによると、お菓子を作るときには、料理人としての感覚が大事で、決してレシピ通りにつくれば良い、というものではないのだそうです。『この果物少し酸味が強いから、砂糖は心持多めに・・・』とか、『このリンゴは少し甘いから砂糖は少なめにしよう!』などなど、レシピよりも感覚が大切だと言われています。そうですよね。ケーキに使われる、栗とか果物でも産地や時期の違いで、味は微妙に、あるいはかなり違ってくるでしょう。素材の味に合わせて、砂糖やフレーバーを変えるのは当然ですよね。考えてみたら・・・そのケーキ屋さんで食べたケーキがあまりに美味だったので、ついついお店の人に聞いたり、ちょっと調べたりしたわけなんですが、私が言うところの、カラダを丁寧に扱うっていうのは、まさにコレなんです。もちろん、そのケーキ屋さんだけでなく、多くのケーキ屋さんもいろいろ努力をされていると思いますが、あの味、モンブランは栗の美味しい時期だけ(しか扱わない)、などなどのこだわりから生まれる美味は、本当に感動ものだったんですよ。そして、(時に、笑)そんな美味しいケーキを食べて、素敵な笑顔をもたらすケーキ屋さんはそりゃ、商売繁盛の善循環が起こりますよね。あ、そうそう、(ついでに)そのケーキ屋さんのパティシエいわく、『お箸の持ち方がしっかりしている人はいい仕事ができる』というお話を言われていますが、これは著名な武術家もおっしゃられていますよね。最近ますます増えていると言われる、子供の偏食は『箸の持ち方がおかしい』せいだ!ってね。つまり、きっちりとお箸を持てない子供が増えているんですね。で、逆にお箸を日本の伝統に伝わっている形で正確に持てば、消化器官の働きが良くなって、消化吸収も効率が上がるだろう、と言われています。そう、ですよね。これもお箸と内臓の関係性が、箸を正確に持つことにより、より良くなり、その結果として、消化吸収もよくなって、偏食や過食、間食などが減ってくる、ということだと、インスパイア大澤は解釈しています。こうしてみると、ケーキ屋さんにせよ、武術家にせよ、やっぱり一流と呼ばれる方ほど、事物との関係性において、丁寧なカラダ使いをされているのがよくわかります。他にもたくさん事例はあると思います。あなたの身近な例で考えてみて、感じてみて、私たちの日常のカラダの使い方を、出来る限り丁寧に、そしてその丁寧なカラダ使いを継続できれば、きっと毎日の楽しさ倍増、ですよね。ということで、今日もここまでお付き合いいただき、ありがとうございます。あなたのカラダ使いがより丁寧になり、素敵な毎日をより楽しめるよう、心よりお祈りします♪
2007.06.20
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坂道の怪のトピックではないですが、最近の、インスパイア大澤のカラダ変化は、本当にビックリするほどなんです。まぁ、逆に言うと、これまで随分酷使というより、間違った、理に適っていないカラダの使い方をしてきたがために、随分42年間わざわざしんどいことしてきたんだなぁ、というのはありますね。(笑)つまり、カラダの使い方を変えるだけでパソコン上の文字では表現出来難いほどの大きな違いがあるということなんですネ。(一般的には信じがたいレベルなので、敢えてこの位にしておきます。笑)それはさておき、昨今の時事問題を観ていると、自殺やうつ病、凶悪犯罪・人殺しの日常化、大企業の拝金志向(そう、あの○ムスンも不○家もみーんなコレですよね)・・・・・・こういう風に書いているだけで、楽しくない内容ですよね。そして、政府は自殺率20%以上削減なんていう訳のわからない目標数値を出しているのを見ると、それこそ、「はぁーーーっ?????」なんて思っちゃいます。大人がおかしくなると、当然子供も・・・うん、これは仕方がありません。(では済まない話ですよね!未来の日本を背負う子ども達ですから・・・)さて、こんな時代、御時勢にやるべき大切なことの一つ。それはやっぱりカラダを整えること。肩が凝って、イヤイヤ、場合によっては凝ってるの通り越して、ガイガチに固まってる人もおられますよね。首も腕も腰も、いつの間にか、思うように動かせなくなり、可動域が狭まり、何か全身が重く、眼は疲れ目で、呼吸するのもしんどく、仕事帰りは這って帰るように帰宅。なんて日常が毎日続けば、そりゃおかしくもなるでしょう。昨今はいろいろな自己啓発系の勉強会があってそれも目標をもってやるならばいいのですが、むしろ今は、脳よりもカラダを鍛えるべき、時ではないか!ということを痛感しているインスパイア大澤です。疲れきって、(息がつまり)肩で息をしているようなカラダから生まれてくるものと、軽快で、スキップしているような、カラダが自然にリズミカルに動き出すような、そんなカラダから生まれてくるもの、ではぜーーんぜん違うだろうことは想像に難くないですよね。あまり難しい勉強をしたり、大脳新皮質を鍛えるのを少しお休みしても、原始脳である、脳幹や大脳辺縁系や人間の骨格ベースの脊髄系を鍛えた方が今は世の中の役に立つんじゃないか、って思いません?自殺が多いのならば、生存に関連する原始脳や動物脳を鍛えた方がむしろ理に適ってますよね。あ、鍛えるといっても、残念ながら明治以降にせっせと取り入れた、西欧スポーツ型だけでは厳しいかな、というのがインスパイア大澤の私見です。と言うのも、日本にはずーーっと伝わってきた伝統文化があり、畳や正座をベースとした生活から生まれたカラダ文化がまだまだ残っています。せっかく2000年も続いてきた伝統的な文化でもありますし、また、日本人のカラダにはとても合った生活様式を今一度見直してみる時期に来ているように、インスパイア大澤は感じるのです。そう、私自身のカラダの激変の一要因には、生活の中に正座を取り入れていることがあるんですね。実際に・・・カラダを整えるにはカラダ一つでできるんです。人間の原点であるカラダに今一度戻ってみる、そしてカラダを整えて、整ったカラダでより素敵な人生を・・・という一つの切り口をここでは提案しておきますね。ということで、ここまで読んでいただき、ありがとうございます。あなたのカラダがあなたのリズムで素敵に動き出すことを心よりお祈りします♪
2007.06.12
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「最近、坂道がまるで平坦な道とおんなじなんですよ!」おもむろにこう言ったのは、私インスパイア大澤の、ここ2年来のヨガの師匠。それは、昨年の大みそかの日、今から半年ほど前のことですよね!そして、今なんと、その冗談のような(笑)、坂道の怪(?)を経験しているのが他ならぬ私自身、なのです。まぁ、半年前の師匠の言葉を、「??? はぁーーーっ?」と聞き流して、そのことを最近まで忘れていた次第です。坂道を、平坦な道と同じようにスイスイと歩く、水すましのように歩ける、なんてそりゃー誰も信じられるはずがないですよね。当然のことです。でもこれ本当なんですよ。下半身と上半身と頭、もっと言えば、骨盤と背骨、肋骨、肩甲骨、頚椎あたりの連動性が良くなると、どうやら、この嘘みたいな現実が(たぶん)誰にでも起こるようです。逆に言うとすれば、現代の大勢である、筋肉を鍛える、つまり、部分部分の筋肉を鍛える筋力トレーニングの発想では、このような坂道の怪現象は起きにくいものと思われます。なぜなら、部分を鍛えても必ずしも全体にはならず、全体の統合感覚は得られにくいからですね。(もちろん、全身の統合感覚を意識して訓練できれば、それはそれで 素晴らしいことだと思うのですが・・・、なかなかどうして・・・)ところで、以前私インスパイア大澤は、毎朝軽いジョギングをしていたことがありました。(以前このブログでも確か書いたことがありましたが・・・)継続していくと、自己満足もでき(笑)、筋肉も締まり、カラダは軽くなりますよね。言うまでもなく、これは筋力です。でも、この(筋力トレーニングによる)筋力は、走るのを(トレーニングを)止めると、いとも簡単に衰えて、元に戻っちゃうんですね。で、私も今はこの筋力トレーニングと呼ぶべきものはやっておりません。では何をやっているのか?それは・・・1日数回各10分程度行う軽いヨガとボディーのイメージングのみ、なんです。つまり、跳んだり走ったりは一切なし、ということですね。要するに実質的には、この半年間、まぁ1日平均30分程度で坂道の怪現象にたどり着き、どうやらカラダの統合レベルが上がってきているようなんです。(まだまだ現在変化進行中ですが・・・)それはさておき、私が今書き留めている内容っていうのは、多分多数派ではなく、極々少数の人の感性にピッと引っかかるものじゃないか!って最近感じるんです。(と言いましても、本当は本人の覚書の色が濃い わけなんですが・・・笑)だって、世の中の大勢は、なんだかんだ言ってもカラダを鍛えると言えば、ストレッチから始まって、ジムへ行ったり、走ったり、ウォーキングしたりとやっぱり負荷をかけることが中心になりますもんね。もちろん、それらも正しいカラダの統合感覚でやればそれなりの効果も期待できるのですが、多くの場合、無理な姿勢や余分な力みが統合感覚を邪魔しちゃうようです。おまけに残念ながら、かえって怪我を助長したり、というのが関の山です。(プロでも、スポーツ選手に注目していると、とても多いように感じますよね。)ともあれ、事カラダに関しては、多数派よりも少数派の感性を志向した方が、ひょっとしたら良いかもしれません、ヨ(笑)。足し算よりも引き算発想でね・・・長くなりましたので、今日はこれくらいで失礼します。あなたの素敵なカラダの統合感覚がよみがえることを心より願いつつ・・・ここまでお付き合いいただき、ありがとうございます♪
2007.06.08
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正直な話、カラダを丁寧に扱う、とかカラダを大切に扱うなんて言われても「???・・・・・・?」っていうのが現実だと思います。そうですよね?(笑)逆に、「そんなに荒っぽい(カラダの)扱いはしてませんよ!」っていう方もいらっしゃるのではないでしょうか。イヤ、イヤ・・・それでも、私たちの多くは、と言いますか、(私を含めた)ほとんどの人は、多くの場合カラダをあまり、あるいは、全く丁寧には扱っていませんと、ここでは言いきっておきます。さて、私インスパイア大澤が意味する、「カラダを丁寧に扱う」ということをもう少し具体的に言ってみますね。例えば、ボールペンを持って、紙に何かを書く、という場合。私たちは、忙しいからって、ついつい乱雑に文字を並べがち、だったりしますよね。(正にかつての、というよりつい最近までの私です。はい。笑)でも、もしこれが書道家とか、ペン習字の先生だとしたら、どうでしょうか?自然と自分のカラダに合った角度でペンや筆を持ち、紙の感触を確かめたり、味わったりしながら、丁寧に書いていくのではないでしょうか。また、たとえば、お料理をする時、トントントン・・・と野菜を切って、フライパンに投げ込みなーんて感じがごくごく普通ですよね。でもおそらく料理のプロは、包丁を入れるときに素材の感じを確かめたり、感じたりして、野菜や肉や魚との関係を無意識に感じながら、素材素材に一番合ったタイミングや形で調理をされるのではないか、と私は思うのです。(このトマトは熟しているから、火は弱めで等々)つまり、カラダを丁寧に扱うとは、カラダと道具(物)との関係性をも丁寧に大切にする、というわけですね。これは、例えば、パソコンで文字を打ち込む時も、実は全く同様です。もちろん、物だけではなくて、人との関係性でもどうやら同じように言えると、インスパイア大澤は感じています。そして、このように丁寧な扱いを事・物・人にすると、当然のことながら、カラダと事・物、あるいはカラダと(他の人の)カラダとの関係性が良くなり、その結果得られる文字や文章、お料理やコンテンツ、さらには人間関係までもがより良くなりそうだ、というのは想像に難くありませんよね!こうなると、カラダを丁寧に扱う、ということは、単にカラダだけのお話にとどまらず、日常生活全般、人間関係全体にまで話というか、その影響力が広がる、というわけです。あ、ちなみに、パソコンとの関係が良くなると、パソコンを使って長時間キーボードを打っても、カラダの疲れは最小限に出来ますよ!だって、パソコンと(私)との関係性が良くなるんですもんネ!これって、実際、結構凄いこと、だと思いません?長くなりましたので、今日のトピックはこれくらいで失礼します。ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。あなたのカラダと、事物・人との関係性がより良くなり、より素敵な力が生まれることを心よりお祈りします♪
2007.06.02
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