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Twitterでは、あらゆる話題交歓を行っている。ブログでは、これまで一貫して酷評しているにも関わらずである。この点については、恐縮だ。しかし油断はしていない。Twitterでのストレスは間違いなくある。ブログの比ではない。なのに、なぜTwitterをメインに過ごしているのか。その理由は、懇ろになった方々との交流が極めて「深い」からだ。短期間に、これまでとは想像できないほど関わりを持てる。多分、WEB上の過去体験したさまざまな設定の中でも有数だと思う。当人同士の内面に踏み込んだ話題が維持できる面がある。あいかわらずTwitterのメインストリートは、ささけだった荒々しい。政治理由の有効性が見えてきたのか、ありとあらゆる党派が闊歩している。油断も隙もない。ただ、使いこなせさえすれば往時のパソコン通信時代のような充溢したものが得られるような気がする。これも試みるものだけの特権だ。
2010年03月21日
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相変わらずTwitterの政治的な部分を観察し続けている。Twitterで一層感じたのは、この国の政治的な閉塞感だ。ブログを綴っていた時点よりも、遥かに政治的閉塞状況が酷いという事が感じられる。見事に利用者が与野党入り乱れているのだが、国民に生活や心情、その環境について思料しているフシがない。いま週刊朝日で音量が嵩増しになっている上杉隆氏にしても、はっきりと党派的な動きを感じるし、その他Twitter上のフリージャーナリストのフリーというのは、ほとんど実態から程遠いという気がする。言い換えればヒモつきでもなく、ノンタイトルではフリーライターなんて過酷な稼業をまっとうできないのだろう。
2010年03月05日
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