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儲け話のことではない。昨年晩秋にわたしがお世話になっている事務所の日本人スタッフが、ニセ札をつかまされた。彼は 夜半 路上で販売されているDVDを購入しようと、物色。3枚のDVDを手にとって、100元札を 店主のオバちゃんに手渡した。1枚10元と言われたので、普通なら 70元のおつりを受けとるところだった。ところが、ここで一瞬の 撹乱にあった。オバちゃんは、「こっちにも 最新作が あるからちょっと見てみなよ」と促したらしい。彼は じゃ 見てみるか、みたいな感覚でサッさーっとDVDを漁ってみたが、あまり 食指が動かない。あっつ、やっぱその3枚だけでいいよ、と彼は答えた時点で、オバちゃん「この100元札 新しい100元過ぎるから、気になる。 別の100元と 交換して」と催促した。時既に遅し。その時点で先方のニセ100元とすりかわっているのを気づけず、彼は しぶしぶイヤイヤと思いつつ、その3枚のDVDに心から離れることできず、新たに100元をオバちゃんに手渡した。そして、70元のおつりをもらった。さて、家に帰ってそのDVDを見ようとしたところ、3枚のうち 2枚が観ることができない粗悪品。そして、その100元がニセ札だと わかったのもそんなに時間はかからなかった。それだけではない。おつりとしてもらった70元のうち、50元札もしっかりニセ札だった。「踏んだり蹴ったり」である。教訓としては、夜の路上で安いからと言ってこの手の商品を買うことは初めから避けることだと思うが、では、もらったお札がニセ札かそうでないかを見分けるのはどうしたら良いのだろうか。100元札も、50元札も日々 元に触れていない外国人であれば、おそらく そう簡単に見抜けぬほど精巧に製造されている。わたしは 彼にその2枚をお借りして(50元ならまだしも 100元札のニセはよほどでないと つかまされないだろうから)検証してみた。いろいろ中国人の人から また日本人からも聞いてみたが、チェックポイントと言われる箇所ではおそらく 瞬時に判断できない、だろうと思わされた。昔 日本の両替商ではニセ札をつかまされないように毎日「本物」だけを 片時もその「触感」を忘れないように、触れることをさせていたのだ、と聞いた事があるが、中国元のクチャクチャの汚いよれたお札を毎日触れているなんて、ばい菌を体内に取り入れるようなものなので、そんなことはしたくもないだろう。で、比較的決定的なニセと本物の見分け方を知った。それはお札のニオイをかいでみる、ことである。本物は お札独特のインクのおニオイがする。ニセ札は ニオイがしない。ただ、これだけ。うちにある本物であろう、と思われるお札を数枚かいでみたが、ニオイがした。しかし、お借りしたニセのお札はまったくニオイがしない。イヌでもあるまいし、束の札をいちいちニオイかぐのはばかばかしいが、中国の製品は 一品一品検品することは 基本中の基本である、はずである。食品には異臭がついてまわることで全面撤退になる勢いの中国商品だが、ことお札にかぎってはニオイを放ってもらってるものが本物だということのようだ。「カネのニオイがする」とはほんとうによく言ったものだ。(写真)上二枚が本物 下二枚がニセモノ。 混ぜるとまずわからない。 ニオイをかぐしかない。
2008.02.23
「目に見える兄弟を愛していない者に、 目に見えない神を愛することはできません。」 (第1ヨハネ 4-20) 主にいただいた信仰を 誇って歩んでいるつもりで、 それがじぶんの「高ぶり」に 変わっているさまを 気づかされた。 それは、ある問題をきっかけに 考える対象を与えられたことによる。 その過程で、 主は「万事を相働いて益とされん」がごとく、 いろいろな気づきのきかっけにたどりついた。 まず、天の国がここかしこにあることはない、 あなたがたのただ中にあるのだ、という 福音書の御言葉によって、 天のすばらしい(見ることのできない天上の)国 を想像しようという思い。 一方 地上での天国、 それは 人と人との関係。 後者は これから「交わり」の機会を 増やしていこうと思い立った、 わたしにとって 極めて大きなテーマであった。 それを工藤信夫先生の「よりより人間関係をめざして」 (いのちのことば社)より 学ぶことが出来た。 そして、二度読見終わる頃、 やはり 精神医学的なアプローチに加え、 さらに 霊的な指導が必要と思い立ち、 アンドリュー・マレーの「謙遜」 (いのちのことば社)を 読むことにした。 この中で おのれの 「高ぶり」が あらゆる 人間関係 社会生活の上で いかに 神の御国を 現す 妨げになっているか を深く示された。 このようにブログ(ミクシーはそうでもないが) で 福音を伝えようと やっきになって いるじぶんの 深層にも 「高ぶり」から 発していることが少なくない、 これが 気づかされた。 もちろん、冒頭にあるように、 人との関係を 神の求める視点に根差して 歩まん、とすれば どうしても この主からの 課題は クリアしていかないと、 主は「鍛錬」される。
2008.02.20
週に一度だけ中国語の家庭教師に来てもらっている金くん。春節は 親戚に不幸があり、寧波で葬式2件出席してきた。両者とも老衰らしい。初めて中国のお葬式の様子を教えてくれたが特に都市以外ではなかなか手間のかかる儀式のようだ。この春節は 寧波も上海並に 大雪に見舞われ、毎夜 マイナス3、4度まで冷え込んだ。その中 習慣に従って、毎晩 亡くなった方とともに夜を徹して喪に服さないといけない。だが、もともと暖房設備のそんなに行き届いていない中国のイナカである。神妙に弔いを進めるというわけでなく、「マージャン」や「トランプ」などをしたり、「豪勢な食事」をしたりして一族で 過ごすのだそうだ。メモ帳に描いたスケッチは マージャンやトランプには興味の無い 金くんが手持ち無沙汰で書いた落書き。さすがに 美術大学生。ユーモア交えて中国の葬式の一風景を描いている。
2008.02.16
ニュースを見れば、 わるい話ばかり。 このニュースを見て、 聞いて、 たいてい ほっとすることは 「じぶんでなくてよかった」という ところだろう。 だが、聖書の福音とは 「いいニュース」 のことである。 それは 誰にでも 分け隔てなく 与えられたものであり、 どんな状況であろうが、 豊かに値なしに注がれている 財宝のシャワーのような ものである。 ところが これを聞いて、 「じぶんに関係なくてよかった」 と感じる人もいる。 聖書を手にし、読むうちに なかなか 心の中心(魂)に 入り込んでこないのは、 神のご計画のうちだ。 主は そのご自分の思うままに ある人の耳を開き、 あるいは 閉じ、 ある人の目を開き、 あるいは お閉じになられる。 わたしたちは 状況がよくなったから、 主に用いられた、とか 主の恵みに感謝する、という ことではない。 人間的に一般常識的な 目から見て、 悪くなったような中でも あるいは サタンのように悪いような人間でも お用いになる。 わたしは一年前 まだ聖書もろくに読みこなせない頃 最初に主から 「神の国と 神の義」を第一に求めなさい、 と強く思わされた。 ところが、この御言葉自体、 どうして最初にわたしに 与えられたのか、 さっぱり わからなかった。 もちろん、その答えは 一生かかってもわからないほど 深い恵みだと思うが、 わたしは いつも世俗にまみれる 普通の地上の人間として、 このことばは 「いのちのことば」に感じるのだ。 だから、武士がいつも じぶんの刀を研ぐように、 この御言葉を たえず じぶんの眼前におき、 じぶんを顧みる時が どうしても必要だ。 だから 目の前にそびえる問題のようなものは、 この言葉を取り出す いい機会なのである。 これに従順であれば いいのだから。 (報告:家内がビジョンを与えられた「祈りと福音の館」の雛形がKさん(日本人女性)提供で与えられました。場所は 中山公園からクルマで5分程度のマンションです。今後は仕事を通じて資力を得て さらに 広く 宿泊設備の整ったものにしたいと思い、 さらに お祈りを続けていきます。ハレルヤ。)
2008.02.14
上海生活14年目の日本人S総経理と そのご夫人日本人K姉の お誘いを受けて、 (家内と二人) 嘉定の上海ゴルフ倶楽部で 初めて ゴルフコースを周ってきた。 昨年10月以来ゴルフクラブから離れ、 しかもまだ4回しか打ちっぱなしに行ったことのない わたしたちにはかなり無謀な初ゴルフだったのだが、 池にも落ちず(ボールではなく自分たちが)、 無事 生還できた。 石川遼選手は ハワイでドライバー369ヤードを飛ばした、らしいが、どんな打ち方したらそんなに飛ぶものなのか、やってみないと その凄さはわからないものだ。最初 乗り気でなかった家内もコースを周っていくうちに「軌道に乗ってきた」と大喜び。大変すいていて周りに迷惑かけずに、またプレッシャーもかからずに安堵。お風呂も浸かれて、いい休日でした。写真)Sさんに指導を受けつつドライバーを初めて打ってみる家内
2008.02.11
6日から12日まで春節の休みです。11日にはゴルフに誘われています。(昨年10月以来クラブを手にしてもいないのに)初めてコースをまわるんです。毎日 DVDを観たり( いままで観た映画6日以降・・・「The All Kings Men」「I am Sam」「Primal Fear」「007 Casino ロワイヤル」「13Days」餃子作ったり、友人の家を訪問などして過ごしています。爆竹は今年は 昨年よりも少し 控えめなような気がしました。 (花火の値段が高くなって消費が落ちていると、聞きましたが)3月には家内の両親に来てもらおうかと、予定しています。
2008.02.08
雪道を踏みしめると、山形にいた頃を思い出す。04年1月福島飯坂温泉はちょうどこんな感じのシンシンと降りしきる雪だった。栗子峠を越えて米沢に戻った時、中国に行ってみようという気持ちは固まっていた。(通勤途中の世紀大道にて)
2008.02.02
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