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「目がまだ見ず、耳がまだ聞かず、人の心に思い浮かびもしなかったことを、神は、ご自分を愛する者たちのために備えられた。」 (コリント人への第一の手紙2・9)久しぶりにブログの方をのぞいてみると、04年上海登場時に日本語学校で お世話になった方からたくさん書き込みをいただけていた。自分のことのように そんなに心配してくれている、のか と思うくらいいろいろアドバイスしてくれました。4年前こちらに来る直前は、少なくとも そこそこ自分で切り盛りしていた商店主ですからね。そんなに 人から指差されるように人生歩んできたつもりはないのですが、なんか 上海に来てビジネスが 思うようには うまくいかなくて、家内が働きに出ていることまで、あれこれ言われることもないと思うんだけども。今のところ 自殺は考えていませんが、上海で洗礼を受けたので、ある世界では 死んでいますから。でも 先日 家内のお母さんが上海に来ても、「元気そうで、前と全然変わっていない」って、こちらの友人たちに感想漏らしていましたから。ブログの印象と 実際はなかなか整合しないかも。いま 毎日とても 忙しい。04年に上海に来たときに考えていたこととは全然 思ってもみなかった用件で、忙しい。上海にいる召命(ミッション)みたいなことを 家内が受けて、(わたしも そうみたいなのですが自覚が足りません)ここにいることに決めている、ということだけなんです。かつて子供の頃には いろいろな人の 伝記とか読んだこともあったが、マザー・テレサとか新島襄とかシュバイツァーとかナイチンゲールとか、そんな偉人ではないとしても、その人に 与えられた 人生の使命みたいなものが あるのか!と 家内を見ていて初めて知りました。生きていくことはいろいろな苦しみや艱難があるでしょう、これからもきっと。でも、誰に頼めば 乗り越えられるかは上海で得ることができました。そういう証し人(ギリシア語では殉教者)になる、というようです。
2008.04.22
O兄の集会に参加して、 交わりの恵みをいただいて はや2ヶ月が経ち、 充足感が大きい。 わたしがメインに属している 集会は、「伝道」という ミッションには 控え気味なので、 この集会で 宣教師らに触れ合うと、 それだけでも 何か違う感慨に浸る。 今回は黒田禎一郎伝道師が 参加された。 1946年 台湾・台北市で生まれる。 1970年 ドイツ・デュッセルドルフ医科大学病院留学、 トリア大学精神衛生学部、ヴィーダネスト聖書学校卒業。 1975年 旧ソ連・東欧宣教開始。 1976年 ドイツ・デュッセルドルフ日本語キリスト教会初代牧師 1981年 帰国「ミッション・宣教の声」設立 1984年 グレイス外語学院設立 1987年 堺インターナショナル・バイブル・チャーチ設立。ミニスター。 1990年 JEEQ(株式会社日欧交流研究所)所長。聖書を基盤に、欧州情報・世界 情報、企業講演等。 1998年 インターナショナル・バイブル・チャーチ(大阪北浜)設立。活動開始。 2001年 韓日ワールドカップ宣教GOOL2002親善大使として活躍 現在に至る 著 書 『世界の日時計』(1~3)『無から有を生み出す神』 『新しい人生』『愛される弟子』 『神のマスタープランの行くへ』韓国語版『聖書と21世紀の秘密』 中国語版『神の聖書的ご計画』、 『ヒズブレッシング』 黒田先生の「主の祈り」という本を 手に入れて、それを 読み終わったばかりの頃の 登場だった、ので ほんとうに これも 人智では計り知れない恵みだな、と 思った。 先生は 特別メッセージを 与えてくれた。 ペテロはガリラヤ湖を 一晩中漁をして、 たった一匹も網にかからなかった。 しかし、 主イエスは、懇願して、 次に命令を下さった。 ペトロは、「でも お言葉ですから」 (But On your words)と 主に 半信半疑をもちながら 従った。 これは、家内が最初の仕事の契約を もたらした時に わたしが家内に示した箇所だ。 聖書のみ言葉を 自分のものとして そこに 網を投げた時、 主は祝福を下さった。 「私は疑い深いものなのです」 わたしも「おそるおそる」 網を投げかけるほどでいいのかも。。。 最近 自信たっぷり 「網を投げかけている」時がありすぎますので。。。 この自信たっぷりの 投網は ペテロがやっていたことですし。。。 やはり 聖書のみ言葉というのは、 ほんとうに不思議だ。 いろいろな時期に合わせて、 多様に用いられるからだ。 「でも、信仰」は隠れた祝福の秘訣なのだ。
2008.04.11
信仰生活が長くなるほど 「義人意識」が強くなり、 み言葉がじぶんの中に 入ってこなくなる、ということを 「パワーローマ書」から学んだ。 聖書の言葉を じぶんに向けた言葉と 受け入れられなくなる (刺されるという感覚が薄くなる) ときに祝福から遠ざかる、 ほんとうにその通りだと感じた。 目に見える周りの世界に 振り回されていくと、 み言葉に立って 歩んでいる意識から 遠ざかる、こともある。 しかし、 空しくなりそうになり、 じぶんの力のなさに 倒れそうな思いになるときでも、 主が支えてくれている、という 気持ちだけは持ちつづける 恵みを生かされている。 感謝なことだ。 CGNTVを通して、 初めてアメリカの有名な クリスタル・カテドラル(シュラ―牧師) の礼拝を見た。 ちょうどイスラエルでの 聖地旅行特集で 息子さんが説教されていた。 説教箇所はヨシュア記。 この中で 簡単だが心に留まった言葉があった。 「恐れ」と「勇気」というのは 感情ではない、ということだ。 「恐れ」とは 主にあって何もしないこと。 「勇気」とは 主にあって正しいことをやろうとする能力、 だという。 あと、生きておられる神は 「聞かれる神である」ということを パワーロ―マ書で 確認した。 じぶんの罪を悔い改めして、 新しい命に 歩める恵みに 今一度 感謝していきたい。
2008.04.08
いま わたしたちの身近な周りでは ちょっとしたリバイバルが起こっている。 リバイバルとは 「信仰復興」のことであるが、 かつては 北朝鮮にもあったし (100年前の平壌リバイバル) 日本にもあった。 (昭和初期) こういう時は、 何が何でも教会に足を運び、 神様を礼拝し、賛美することが 他の仕事を差し置いて最優先になる。 身の回りの、というのはどういうことか、 というと わたしが中国語の家庭教師を依頼している 金くんは先月23日に洗礼を受けたが、 かれは 早速 盲人の方々を 教会に連れて行く ご奉仕を始めた。 今まで「働き人」でなかった人が、 主の働き人に加わったのだ。 そして先週 洗礼を受けられた S夫妻。 わたしたちの「母教会」と同じではないが、 「オリーブの集い」の主力メンバーである。 このご夫人は上海の方で、 同時に洗礼された。 もちろん聖書は中国語である。 先週 彼らの友人のご夫妻が 彼ら宅を訪問した際、 テーブル上に放置された「聖書」に 興味を持った。 この結果、来週 わたしたちに福音を伝えた中国人Yさんの 導きで 中国人教会に行くことが決まった。 このSさんの夫人は、 わたしが 手渡した一冊のトラクトが きっかけで 信仰を持つことになった。 では、この一冊のトラクトは、 どこで 手に入れたのか。。。 それは わたしが昨年6月ビザの延長のために 香港に行った際、 宿泊したYMCAホテルの部屋に あったものだ。 その香港に行くための費用は、 じつに 5月のキャンプの際、中野雄一郎先生が わたしたちに献金して下さったお金と わたしたちを常に支えて下さった 中国人LG牧師夫妻からの献金、 によるものだった。 (出資は 日中牧師からのものだ= もちろん 主から示された、と言われて手渡された) YMCAホテルからチェックアウトするとき、 このトラクトが 役に立つことを祈った。 ほんとうに 主は その期待に応えてくださった。 そして 日本で信仰をもって、 上海に戻ってきて 霊的停滞と自覚されていた中国人Yさんは、 昨日は オリーブの集いに 北京のノンクリスチャンの 友人を招待するまでに 力を回復するまでになり、 中国人の受け皿担当に なるべく 感謝の気持ちで 満ち溢れている。 もし わたしたちが やっていることが 主の御心にかなっていないなら、 どうぞ 取り上げて下さい、という 気持ちでいる。 なぜなら、主の働きをするということは、 自分がやった、ということではなく どういうわけだか、こうなってしまった、という ような感覚で なされていく、 これを 続けざまに 味わっているからだ。 「ひとにはいろいろなはかりごとがあるが、 主のご計画だけが なる」 と聖書ははっきり宣言している。 身近なリバイバルは、 わたしたちが期待していた以上に 早く起こっている。
2008.04.06
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