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(2007年9月30日付本稿の再掲)CS「ファミリー劇場」で好評放送中の『太陽にほえろ!』。大病を克服したボス(石原裕次郎)が復帰して、いよいよ“激動”の1982年放送分に突入している。何が“激動”なのかって、これまでほぼ一年に一回のペースだった“人事異動”が、この年だけで3人殉職1人退職、新加入3人という入れ替わりの激しさを見せるのだ。まずは1月。新年早々ボスと同じくやはり病気療養中だったスコッチ(沖雅也)が犯人逮捕後に吐血して壮絶な死を遂げ、代わりに七曲署に着任するのが三田村邦彦演じる“ジプシー”こと原昌之。8月にはロッキー(木之元亮)が長年の夢でもあったロッキー山脈縦走中に事件に巻き込まれて射殺され、解決後には彼(ロッキー)のような刑事を一人でも多く育てたいからと、番組開始当初からのメンバーでもあった長さん(下川辰平)が警察学校教官として転属、代わって世良公則の“ボギー”こと春日部一が新たに加わるがそれも束の間、さらにそのひと月後に結婚間近だったゴリさん(竜雷太)までが覚醒剤中毒患者の凶弾に倒れて命を落とし、その後任に地井武男の“トシさん”こと井川利三が加わる…といった具合なのである。この頃の『太陽』は放送開始から10年の節目を迎えていて、少々マンネリ気味だったことも事実ではあるのだが、裏番組『金八先生』シリーズの大ヒットの影響もあって一時低迷していた視聴率は、従来の“熱血”という若手刑事のイメージを覆すお調子者でひょうきんなドック(神田正輝)や史上最年少という若さを武器に走り回るラガー(渡辺徹)の活躍などあって回復傾向にあり、ここで一気にテコ入れリニューアルが行われた格好だ。現にその後、若手4人衆は当時大人気だった【たのきんトリオ】にならって【み(三田村)わ(渡辺)かん(神田)トリオ】から【かわせ(世良)みカルテット】と名付けられて『太陽』の第二期黄金期を築き上げた。ただその反面、重鎮ともいえたゴリさんや長さんがいなくなった刑事部屋は、ボスや山さん(露口茂)が健在とはいえやはり違和感は拭えず、旧来の『太陽』のイメージからはかけ離れてしまった印象があった。後年、『太陽』が全718話の放送を終えた直後に、奈良岡朋子を新ボスに迎えて『PART2』が制作されたのだが、実質的にPART2へ突入したのはあるいはこの頃だったのかもしれない。ワタシのように最終回まで通して見たファンもいる一方で、初期のファンが「後期作品は『太陽』にあらず」としたり、逆に後期のファンが初期の野暮ったいストーリーを否定したりといった意見が多く見られるあたりからも、この頃が『太陽』としても大きな時代の分かれ目ともいえる時期だったのは明らかである。『太陽』新時代突入。だがボギー登場と同時に、テーマ曲はイントロ後のAメロだけ手直しされた旧タイプに戻される。ドラマに感じられる新鮮味と、それに逆行するようなテーマ曲のコントラストが、あまりにも激しい人事異動と相まって特に心に残る。『太陽にほえろ!』にとっての1982年っていうのは、そういう年なのである。ぎっちょ
September 30, 2012
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(2006年9月29日付本稿の再掲)モト冬樹主演のカルト映画『ヅラ刑事』が話題を呼んでいる。モトの役どころは、警視庁花曲署捜査一課の凄腕刑事。そこは『太陽にほえろ!』の七曲署よろしく同僚をあだ名で呼び合い、リーダーの【ボス】(中野英雄)以下、興奮すると長さ1m硬度がダイヤモンドの11倍になる“ナニ”が武器の【ヅラ】の相棒【デカチン】(イジリー岡田)やら【デブ】(ウガンダ・トラ)やら【チビ】(なべやかん)やらといった錚々たる(?)個性的メンバーが顔を揃える。【ヅラ】は犯人を追い詰めた時、拳銃の代わりに普段は頭に装着しているカツラをブーメランよろしく投げつける通称“モトヅラッガー”で敵を撃退して逮捕する。ギャグ満載、往年の刑事ドラマへのオマージュ、『銭形平次』的勧善懲悪に、テロリストによる核爆弾爆破テロを阻止しようとする壮大なストーリーと様々なテイストを詰め込んだ、『いかレスラー』『コアラ課長』に続く抱腹絶倒荒唐無稽映画シリーズの第3弾である。ところで、今のワタシの頭はほぼスキンヘッドである。スキンなのは剃っているのではなく毛がないせいで、全体的に刈っているからそれほど目立たないものの、ちょっと伸ばすと【青芝ノック】時代の横山ノックのような状態になる。実は、何を隠そうワタシもかつてはヅラの愛用者で、今の職場に配転されるのを機にカミングアウトしたのである。何しろ“たかがヅラ”とバカにすることなかれ。維持費まで含めたら、これまでワタシがヅラのために投資した金があれば外車が新車で買えるほどなのだ。あ~あ、ぶっちゃけちゃった。この話はなかなか面白いので、いずれ機を見てゆっくりお話しすることにしたい。ところで、動物にも【ハゲワシ】というカワイソウな名前のヤツがいる。とは言っても、本当にハゲているのだから仕方ないw本来ハゲワシという動物は、ライオンなどが食べ残した獲物の内臓を食べるためにその体内に頭を突っ込む。普通の鳥のように頭部に毛が生えているとそれに血や骨片が付着し、そこから寄生虫が発生する恐れがある。頭部の毛が少なくなったのは、それを防ぐための進化だといわれているという。これぞ生命の神秘ってヤツか?映画の主題歌、モト冬樹本人が歌う『悲しみはヅラで飛ばせ』も好評発売中。ちなみにこの『ヅラ刑事』、映画館の入口でヅラを外すと入場料がタダになる「ヅラ割引」があるらしい。希望者があれば、我が家に残っているヅラ貸し出しますよ。5枚あるので、先着5名様限定で(・∀・)ぎっちょ
September 29, 2012
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(2006年9月28日付本稿の再掲)自分で言うのもナンだが、ワタシは至極温厚な性格で幼い頃でもケンカなどほとんどしたことがない。あんまり怒らないもんだから、以前勤めた会社の先輩からつけられたあだ名が【平和くん】だったりするくらいなのだ。そんなワタシが口をきくどころか顔を見るのもイヤだってんだから、S木ってヤローは相当なタマであるということは理解していただけるのではないかと思う。実はS木からさかのぼることおよそ20年前にも一人、表面上は仲良しを装っていたが実は大っ嫌いなヤツがいた。高校の同級生で、角川(仮名)という男だ。角川とはクラスは別だったのだが、ある共通の友人を通じて仲良くなった。スラリとした長身にルックスも当時女性に大人気だった三田村邦彦に似てたせいもあってか、ちょっと自分に酔っているところがあるように見えた。何かってぇとすぐ鏡見て髪の毛整えるようなヤツだったが、髪質はどちらかというとカチカチの剛毛系で、むしろ当時まだフッサーラだったワタシの方が髪形だけはよっぽど三田村邦彦っぽかったと自負しているw最初はそんなヤツの“ナル”ぶりをからかいつつもそれなりに仲良くしていたのだが、大学受験が近付くにつれてヤツの本性が露になってきた。ある日、某予備校主催の模擬試験を一緒に受けた時のこと。申込用紙に志望校を記入する欄があったのだが、ワタシは特に「ここ!」という希望もなく、文系志望なのに社会科がまったくできなかったので、受験科目に社会科がないか、代わりに数学を選択可能な大学をいくつかピックアップして記入した。その中には、のちに実際に入学することになるA大学も入っていたのだが、ランク的にはどれも中堅前後のクラス。「志望校、どこにした?」と角川が聞いてきたので書いた通りに話すと「理想低いね」ときた。まあ確かに普通ならどれも滑り止めで受けるような大学だし、英語の得意な角川の志望校は偏差値がワタシのそれより10以上高く英語教育に定評のあるD大学だったから、まあ言われてもしゃーねーわなとその場では(・∀・)ニヤニヤしていた。果たして結果発表。ワタシは、滑り止め同然の大学への合格確率が【30%以下】という衝撃的判定に愕然としていたところ、それをぬっとのぞきこんだ角川が言うことに、「えっ!?ぎっちょ、A大学合格確率30%以下?やべーじゃん(笑)」と大声でのたまったうえに、「俺、D合格確率70%以上だったよ(また笑)」さすがに「ムヒヒヒヒヒヒヒヒ」とまでは言わなかったが、あまり周りに知られたくない結果を口外されたばかりか、自身の結果に酔い痴れるかのような物言い、人を見下したような態度に、温厚なワタシも少しばかり堪忍袋の緒を緩めた。「あんまり下ばっか見すぎて落っこちんなよな」それからというもの、集団の輪の中で接する機会はあっても、1対1で角川に会う機会は極力避けるようになった。その後どうなったかと言えば、お互い一年浪人して同じ予備校に通いながら、ほとんど接する機会のないまま2度目の受験でワタシはA大学に合格。一方角川はと言えば、模擬試験で合格確率70%以上と出たD大学に2年連続不合格となり、結局ワタシと同じA大学に入学と相成ったのであった。その入学式で久しぶりにバッタリ角川と会い、「よっ」と挨拶されたので、「あれ?D大学じゃなかったの?」と言ってやったらムッとしてやがったなあ…v(`∀´v)アヒャアヒャささやかながら、留飲を下げるってこういうことか…ってふと思った。学部が違ったこともあって、入学式以降卒業まで角川と顔を合わせることはほとんどなかった。風の噂では、在学中に役者を目指して劇団に入ったなんて話も耳にしたが、今頃どこでどうしているのか…なんて別にどーでもいいんだけどぉ~(・∀・)ぎっちょ
September 28, 2012
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(2008年9月27日付本稿の再掲)プロ野球パ・リーグは、球団創設30周年の節目を迎えた埼玉西武ライオンズが4年ぶりのリーグ優勝を果たした。今年から指揮をとった渡辺久信監督の指導力が未知数だったことも手伝って、シーズン前にライオンズ優勝を予想した評論家は少なかったように思うのだが、若き選手たちの個性を重視した“のびのび采配”が功を奏し、シーズン全般に渡って首位を快走する堂々の優勝であった。通称“ナベQ”こと渡辺久信といえば、1980年代後半から90年代前半の“ライオンズ黄金時代”を支えた投手で、しなやかな投球フォームから繰り出される剛球と、鋭い目付きの甘いマスクで女性ファンの黄色い声援を一身に受けていた。今でこそ頭頂部はめっきり薄ら寒くなってしまったがwそれも花形選手から一転戦力外となり、海外に渡ってまで活路を求めた苦労あってこそのもので、栄冠をつかんだ今ではそれを勲章としても過言ではないだろう。そんな“ナベQ”にワタシは、ちょっとした思い出話がある。大学4年の春、ワタシは自宅近くのコンビニエンスストアでバイトをしていたのだが、そこでのバイト仲間に【ユリちゃん】という大学生になりたての女の子がいた。小柄で童顔、往年の【伊藤つかさ】を彷彿とさせるユリちゃんは我々バイト仲間にとってもアイドルみたいな存在で、彼女とシフトがカブった時は店の客などそっちのけでレジでくっちゃべったりしていたものだ。ある日、ワタシは会話の中で彼女がナベQの大ファンであることを知った。スポーツニュースなどではその勇姿を見たことがあるけど、まだ実際に球場まで行って生のナベQを見たことがないというユリちゃんに、「ナベQ見せてやろうか?」とワタシは言った。「ええっ!投げる日わかるのぉっ?」まあプロ野球において、ナベQのような先発投手にはローテーションってものがあり、優勝もかかったシーズン終盤ともなるとそうもいかないが、時はまだ開幕間もない4月のこと、雨で流れたりしない限り、中6日の投球間隔は崩れることは少ないので、ナベQほどの投手ならだいたい登板日の目星がつくのである。ローテーションからいくとナベQの次の登板は〇日の×曜日だと言うと、ユリちゃんが是非見に行きたいと言うもんで、ワタシはその日の西武球場のチケットを入手してデートにこぎ着けたのであった(・∀・)ニヤニヤ幸いにもその日までは雨も降らず、予定通り西武球場のマウンドに上がったナベQは、バッタバッタと相手(確かバファローズだったと記憶している)打者から三振を奪い、堂々の完封勝利。ヒーローインタビューに至るまでたっぷりとナベQの勇姿を堪能したユリちゃんは、そりゃもう大喜びしていたもんさ♪んで、そのユリちゃんが現在はワタシの妻…とでもなっていたらまたドラマティックだったかもしれないがwその後ユリちゃんは大学でのサークル活動にのめり込むあまりバイトに顔を出さなくなり、ワタシはワタシで別のバイト先の【チカちゃん】にうつつを抜かして、ユリちゃんとはその後これといった進展もないままフェードアウトとなってしまったのでありました。ちゃんちゃん\(≧▽≦)丿ぎっちょ
September 27, 2012
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(2005年9月26日付本稿の再掲)大混戦となった大相撲秋場所、星ふたつの差から横綱・朝青龍が大逆転優勝を果たし、大横綱・大鵬以来史上二人目となる6連覇(通算14回目)を達成した。ここ数場所は朝青龍にやや雑な相撲が目立ち、敗れた二番はいずれも“不覚”の印象がある。強引にまわしを切りにいったところをつけこまれた普天王戦、業師・安美錦の外掛けにひっくり返った一番などは正に油断。自分の強さへのおごりか。さらに強くなるためには、優勝争いでの大苦戦と合わせて良いクスリになったハズだ。序盤、青息吐息だった琴欧州であったが、日増しに力強さを増していった。終盤の連敗、特に格下の稀勢の里に敗れた時は、先場所までの琴欧州なら負けたショックと負けられないプレッシャーで体が動かないところであった。しかし、千秋楽の千代大海戦は今場所一番と言っていい相撲で圧勝。長身らしからぬ差し身のよさに加えて精神面の成長も見られた。気持ちの切替えさえ上手くできるようになれば、大関の座は黙っていても向こうからやってくる。次期大関争いで琴欧州に半歩リードを許した白鵬であったが、ケガを押しての出場ながら見事に勝ち越した。終盤になるにつれ本来の持ち味も出始めた。まずはケガの完治につとめ、遅れを少しずつ取り戻したいところだ。今場所一番の収穫は、なんといっても稀勢の里。手前味噌になって恐縮だが、場所前の展望(本稿8月31日付)で“大爆発の予感”とやったらホントに大爆発した。恵まれた体に、師匠(元横綱・隆の里)譲りのどっしり構えた四つ身、攻めも今場所は早かった。初の上位挑戦が予想される来場所が今から楽しみだ。みなさんにオススメしたい力士が安馬(あま・安治川部屋)。小柄ながら、土俵いっぱい使っての正攻法の取り口。何より、インタビューで「一番一番精一杯…」とか紋切り型のコメントを残す力士が多いなか、安馬が常に心掛けているのが「お客さんに喜んでもらえるような相撲」を取ること。有言実行、どんなに体格差があっても真っ向勝負の安馬の相撲は見ていて清々しいし、力が入る。時天空との水入りの一番も、技の応酬があって見応え満点であった。積極的に朝青龍の胸を借りる姿勢もよし。この力士、必ず強くなるから見ていてほしい。最後に恒例、次回九州場所の私製番付を。 朝青龍 横綱 栃 東 大関 千代大海 魁 皇 琴欧州 関脇 琴光喜○○白 鵬 小結 旭天鵬○ 玉乃島 前頭 北勝力 稀勢里 同2 安 馬 垣 添 同3 普天王 雅 山 同4 出 島 若の里 同5 岩木山 黒 海 同6 安美錦 琴奨菊 同7 時天空 露 鵬 同8 高見盛○豊ノ島 同9 豪 風 琴ノ若 同10 旭鷲山 隆乃若 同11 土佐海 若兎馬 同12 朝赤龍 白露山 同13 駿 傑(石出改め)○栃乃花 同14 霜 鳥○春日錦 同15 玉飛鳥○玉春日 同16 十文字○片 山 同17 春日王ぎっちょ
September 26, 2012
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大相撲秋場所で2場所連続の全勝優勝を果たした大関・日馬富士が、70人目の横綱に昇進した。よく、その数え方を“第何代(目)”と数えるのを目にするが、そもそも“何代目”という呼び方は、固有名詞を襲名したり、総理大臣のように一度に複数の人間が名を連ねたりしないものに用いられるもので、同時期に複数名存在することもある横綱という地位にあるものを“何代目”と数えるのはナンセンスで“何人目”とするのが正解…というのは、今はなき名誌【大相撲】からの受け売りである(笑)さて…日馬富士だが、相撲内容が素晴らしかったのは言うに及ばず、妙義龍戦や隠岐の海戦で見せた危機回避能力、勝負勘、集中力、身体能力、どれも昇進に異論を挟むべきものではないことは認めざるを得ない。だがしかし…ワタシは一点、日馬富士が横綱たる力士として認めるにはどうしても許しがたいことがある。本稿やツイッターでも度々取り上げているのだが、制限時間一杯の直前に“轢かれたカエル”のごとく土俵に這いつくばる、あの仕切りのことだ。一般的には、目の前の一番に向けて気合いを高める儀式のようなものとして是認されているようだ。それどころか、高見盛の時間一杯における“無敵ロボットに変形”するかのようなパフォーマンスと同列に見られたりもしているようなのだが、このようなことは関脇小結どまりの中堅力士ならともかく、角界の看板たる横綱や大関がすることではない。なぜかと言えば、相撲の基本である【仕切り】というものの本質や意味を理解していないと取られても仕方がないからである。相撲の立ち合いはあくまで、土俵上にいる二人の力士が呼吸を合わせて立つものである。遥か昔の大相撲では、現在のように仕切りの制限時間などなかったから、両者の呼吸が合うまで1時間以上も延々と仕切った挙げ句に相撲も取らないまま「勝負預り」となることも多かったという。大相撲が興行として確立されていくにつれ仕切りにも制限時間が設けられ、現在の幕内での仕切りの制限時間は4分となっているのだが、これは【土俵に上がってから4分後に立つ】のではなく【4分以内に立つ】ことを意味する。4分間を目一杯使っても、一回目の仕切りで立っても一向に問題はない。日馬富士と同じく、大関で連続全勝して横綱に昇進し、後に現在も破られていない69連勝を記録した双葉山は、少しでもスキを作ろうと相手が仕切り1回で立ってくる奇策を弄しても、決して「待った」などすることなく、それを受け止めては投げ捨てていたという。日馬富士はどうか。制限時間一杯直前に相手から突っ掛けられて、あんなカエルのように這いつくばった体勢からどう受け止めるつもりなのだろうか。常に相手と呼吸を合わせ、いつでも立てる心構えを持ち、崩さなかった双葉と比べて、漫然と仕切る日馬の器のなんと小さいことか!もともと横綱審議委員会には期待などしていないが、やや品性に欠ける『張り手(張り差し)』には苦言を呈したものの、カエル仕切りに関しては協会ともども不問という構えだ。その一方で、杉山邦博氏やデーモン木暮閣下ら心ある相撲ファンは、それを苦々しい思いで見つめている。立ち合う意思なし=試合放棄と見なし、次の場所からカエル仕切りをしたら相手の不戦勝としたっていいのでは、とさえ考えるのだが。ぎっちょ
September 26, 2012
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(2006年9月25日付本稿の再掲)大相撲秋場所は横綱朝青龍の2場所連続18回目の優勝で幕を閉じた。25歳の若さにしてすでに円熟味さえ感じさせるようになってきた朝青龍だが、時折見せる張り差しや、優勝決定直後の千代大海戦で見せた大振りの張り手は控えるべきだ。ああいうのが“闘志のあらわれ”などと思っているなら勘違いもいいところだ。あんな街中のチンピラの殴り合いのようなもの、横綱としての品位をただ下げているだけだ。優勝回数だけは順調に重ねてはいるが、あの程度でムキになるとは品格の点でまだ大横綱の域には程遠い。勝てばいいというものではない。いい加減大人になれと言いたい。先場所に引き続き焦点となっていた白鵬の横綱、雅山の大関昇進はともに幻となってしまった。白鵬に関して、今場所の成績だけ見て「やはり横綱にしなくてよかった」なんて声もあるがとんでもない。白鵬は今年に入り、名古屋場所までの4場所すべてに13勝以上の星をあげていた。これは横綱ですら容易にできることではなく、それでも横綱に上がれないというところからも白鵬の求められている数字がいかにハイレベルなものかは一目瞭然である。もちろん白鵬はそれだけの逸材だし、放っておいてもいずれ横綱にはなるだろう。だが、大相撲の理想形はやはり東西に強豪横綱が並び立ち、毎場所のように熾烈な優勝争いを展開するような形だと思う。大相撲の人気回復といった観点からしても、しつこいようだがやはり先場所の成績によって横綱にするのが妥当だったのではという思いが、今だにどうしても拭いきれない。大関とりから初優勝、二度の綱とりと半年以上も余りある重圧の下に白鵬を置くのはあまりに酷だとは思わないか?逆にスッキリ横綱にしていれば、ここまで大崩れはしなかったと思うのだが。雅山の大関復帰が成らなかったのは、個人的にはよかったと思う。この力士の気に入らないところは、夏場所のように突き押しだけで14勝できるほどの実力を持ちながら、安易にはたいて勝とうとする相撲が多過ぎるからだ。今場所も9勝したが半数以上が引き技。勝ち名乗りを受ける所作に品がないことも、以前からさんざん指摘されているのに直そうとするところがない。“器じゃない”と自分で言っているようなものだ。一応「大勝ちすれば」という条件つきで来場所に望みは繋がったが、若手の台頭もあるし、次を逃したらもう雅山に大関昇進のチャンスは二度と訪れないだろう。名古屋場所で、千代大海とのイザコザから露鵬が暴力沙汰を起こして出場停止処分を受けたことは記憶にも新しいが、土俵内外でのマナーの乱れは今場所も相変わらずであった。まずは大関・琴欧州。黒海戦で相手の手つきが早かったとして、「なぜ物言いをつけない!」と声を荒げ支度部屋で大暴れしたという。もちろん微妙な相撲にはどんどん物言いをつけるべきとは思うが、あの相撲に関して言えば黒海が掬い投げを打った時点で大関の体は宙を飛んで裏返っており、黒海の手つき以前にそこで“死に体”である。出世が早すぎて相撲文化の理解が浅いのは致し方ないとしても、大関という地位にある以上“死に体”の知識くらいは常識としてあるべき。この発言は、大関自ら「私は無知です」とカミングアウトしているのにも等しいうえに、ことさら上下関係の厳しい角界において審判部長を公然と批判するような発言をするとは言語道断。本人の不勉強はもとより、師匠もこれまで何を指導してきたのかと咎められて然るべきだろう。朝青龍を破って殊勲賞を受賞した稀勢の里も、安馬戦で立ち合いに変化されて負けた後、すれ違いざまに安馬を憮然とした表情で睨みつけていたが、本質は正攻法とはいえ安馬は小兵力士。立ち合いの変化は“想定内”であり、負けたのはその戦法にまんまとハマった稀勢の里の不注意に他ならず、睨みつけるなんてお門違いで責任転嫁も甚だしい。せっかくの賞が泣いているぞ。幕下でも、張り手の応酬の末敗れた40歳の琴冠佑が、腹癒せに支度部屋で20歳の対戦相手・勢(いきおい)に殴りかかるという事件が発生。相撲界といえば“ムリへんにゲンコツ”と書いて【兄弟子】と読ませる、と言われるほど上下関係に厳しい世界だが、年齢差はあっても同じ幕下ならそんなこと関係ない…ではなく、年長の力士に対してはそれなりの配慮も必要なのではないか?闘志満々大いにけっこう。ただそれは土俵の上のみでのことであってほしい。こと礼節を重んじる大相撲において、毎場所のようにこんなことが繰り返されるのは悲しい。協会の指導もあって、仕切り中の無用な睨み合いがなくなったことは救いではあったが。そんな今場所を救ったのが、安馬と安美錦の安治川部屋コンビ。恵まれない体格のハンデを、スピードと技の切れ味で補う気っ風のいい相撲。特に安馬には亡くなった二子山親方(元大関貴ノ花)の現役時代を彷彿とさせるものがあるのがファンとしてうれしい。最後に恒例、九州場所の私製番付を。 朝青龍 横綱 千大海 大関 琴欧州 白 鵬 大関 栃 東 大関 魁 皇 雅 山 関脇 琴光喜 稀勢里 小結 黒 海○露 鵬 小結 安美錦◎ 安 馬 前頭 岩木山 琴奨菊 同2 時天空 普天王 同3 垣 添 豪 風 同4 出 島 北勝力 同5 栃乃洋 把瑠都 同6 旭天鵬〇豊 桜 同7 玉乃島 春日王 同8 鶴 竜◎ 高見盛 同9 朝赤龍○潮 丸 同10 旭鷲山 豊ノ島 同11 豊真将○北 桜 同12 土佐海 白露山 同13 栃乃花◎安壮富 同14 玉春日〇皇 司 同15 隆乃若○今場所は三役の入替えがなく、また前頭中位で勝ち越した力士が少ないために番付昇降のバランスが難しいと思われる。帳尻を合わせるために、小結昇進相当の成績を挙げている露鵬や安美錦が筆頭に留め置かれるような不条理な番付にならないことを切に祈る。ぎっちょ
September 25, 2012
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(2006年9月24日付本稿の再掲)【お前が消えて喜ぶ者にお前のオールをまかせるな】ジャニタレの歌う歌にしては妙にメッセージ色が強い曲だな…と思っていたら、あの中島みゆきの作詞・作曲なのだとか。アイドルグループ【TOKIO】の歌う『宙船』(そらふね)という曲だ。中島みゆきが他のアーティストに楽曲を提供するのは珍しく、薬師丸ひろ子が歌った『時代』のようにかつて自分で歌っていた曲をカバーさせたのはいくつかあれど、新曲を自分以外の歌手に提供して歌わせるのは約30年前、研ナオコの歌った『あばよ』以来のことだという。中島みゆきの歌を歌いこなすのはなかなか難しいものがある。サビが歌いやすくてもその前後の歌い回しが難しかったり、その逆も然り。また、歌詞に情念みたいなものがこもっている曲も多いから、じっくり歌いこむうちに詞に感情移入しちゃって感きわまり、涙声になっちゃうなんてこともしばしばある。『見返り美人』とか『空と君との間に』なんてのは何度聞いてもダメで、人前では決して恥ずかしくて歌えない曲だwワタシの中島みゆきとの出会いは、小学校高学年の時大ヒットした『わかれうた』が最初だった。キャンディーズやピンクレディといったアイドル歌謡の間隙をぬってチャート上位に長く食い込んでいたこの物哀しい曲は、ほっといても耳から入ってきて脳裏に焼き付いて離れなかった。ワタシと同世代の者で、中島みゆきの曲といって必ず話題にのぼるのが『世情』という曲だ。タイトルでピンとこなくても、「金八先生」で沖田浩之の“松浦”と直江喜一の“加藤”が暴力沙汰を起こして警察に連行されるという衝撃的シーンで流れた曲といえば「ああ!」と頷く方も多いだろう。若かりし頃、仲間とカラオケに行った際全員で「シュプレヒコ~ルのぉ~なみぃ~♪」とこれを熱唱しながら「松浦~!」「加藤~!」「このばかちんがぁ~!!」と部屋中に声が飛び交ったのもいい思い出だw何年か前の母の誕生日に、中島みゆきのシングルベストを買ってやった。ワタシがよく聞いていた影響もあってか母は家族でカラオケへ行くとよく中島みゆきの歌を歌う。かつての十八番は『あの娘』という曲で、♪ゆうこ あいこ りょうこ けいこ さちこ かずみ ひろこ まゆみと女性にありがちな名前を連呼するやや難しい部分を「年の割には外さずにうまく歌える」のが自慢であった。最近は『地上の星』と『ヘッドライト テールライト』がお気に入りで、中でも『ヘッド~』は身振り手振り入れながら、プロ歌手の趣で熱唱している。ワタシ、飲み屋のおねーちゃんに「ずいぶん若い歌知ってるねぇ~♪」と言われたい一心でw『宙船』をマスターするべく営業車で繰り返しCDをかけながら練習している。願わくば完璧に歌いこなせるようになるのはもちろんのこと、いつか中島みゆき自身が歌うオリジナルの『宙船』を聞いてみたいものだ。ぎっちょ
September 24, 2012
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(2008年9月23日付本稿の再掲)酒を飲まなくてもカラオケを歌えるワタシ。自慢じゃないが、そのレパートリーもかなり幅広く、ニューミュージック、歌謡曲、ポップス、演歌、童謡やアニメソング、英語の歌も何曲か歌える。この広範囲ぶりはまた、飲み会などでカラオケのある店に行った時に、選曲するにあたっても効果的だったりする。その最たる利点は、その場の顔触れによってジャンルを選べるということである。例えば、今の勤務先の面々でカラオケ付きの店に行くようなばやい、ニューミュージックやポップス系の曲を歌っておけば、所長や『爺』といった年配層のレパートリーとカブることはないし、二人が知らない曲でもないからそれなりにウケる。同い年の新人Kくんはそんなにカラオケに行ったりするワケでもないらしく、歌える曲数もあまりないようなので、リクエストが重複することはまずない。逆に面子が若ければ、普段は『爺』の持ち歌である北島三郎あたりをたっぷりこぶしをまわしながら歌ったりすると、ちょっとウケたりもするし、ウルフルズの『バカサバイバー』やブリーフ&トランクスの『青のり』なんてところはコンスタントに笑いも取れる。ワタシの家族もカラオケ好きで、誰かの誕生日ともなるとオカンと妹とカラオケに繰り出したりする。こういう場では、ワタシは普段歌わない歌を試してみたり、あまり知られていないアルバム収録曲などを歌うのだが、この日は途中から【中島みゆき】特集となったので、ワタシは久々に『世情』という曲を歌った。アルバム『愛していると言ってくれ』のラストを飾り、『金八先生』で学校に立てこもった加藤と松浦が警察に連行される名シーンで使われたことでも有名な曲だ。タイトルだけ聞いてわからなくても、♪シュプレヒコォ~ルのぉ~なみぃ~ とおりぃ~す~ぎてぇ~ゆくぅ~という歌詞を紹介すれば「ああ、あの曲か」とお思いになられる向きもあるかもしれない。これをワタシが目に涙を浮かべながら熱唱したところ、「ええ歌やなあ~…」といたくオカンが気に入られた様子。「今度CDに録ってきて。おぼえて歌うわ♪」あかん…持ち歌ひとつ取られてもた…(:D)| ̄|_ぎっちょ
September 23, 2012
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(2005年9月22日付本稿の再掲)昼食のために入ったラーメン屋のカウンター席で注文したこってりラーメン大盛りをすすっていると、席をひとつあけて2人組の男性が席についた。彼らは、注文を終えるやいなやタバコに火をつけてプカプカとやりはじめた。店自体は禁煙でないので喫煙することは特に咎めるつもりはないのだが、タバコの煙がこっちに向かって飛んでくるもんだから、ラーメンをひと口すするたびに煙も一緒に吸い込む形になって、ラーメンがヒジョーにマズくなってしまった。嫌煙が世界的に広まり、愛煙家には肩身の狭い世の中になった。人体への害などもっともらしい理由をつけてはいるが、喫煙者のマナーにも問題が大ありなのではないだろうか。歩きタバコ、ポイ捨て、時と場所をわきまえない等々…歩きながらでも火を自分の体の方に向けたり、携帯灰皿を持ち歩く人も中にはいるが、それもホンのひと握り。こうした行為は街を汚したり、場合によっては他人に火傷など負わせて傷つける可能性だってあるワケだから、こういうことがなくならない限り『愛煙家にも権利がある』なんていくら叫んだって認められるワケがないのである。職場の同僚では、事務員のM子ちゃんとワタシ以外は全員喫煙者である。ただしデスクでは禁煙。仕切りで隔てた休憩所が喫煙場所である。昼食時はこの休憩所を使うのだが、なんとなしに決まった席順では、あろうことかワタシの対面にS木がいる。体臭もキツイのだが、自分が食事を終えると何はさておいて一服をはじめる。それもあたりかまわず煙を吐き出すもんだから、まだ食事中のM子ちゃんやワタシのところにS木の吐き出した煙が漂ってくる。「食事終わるまではタバコ吸わないでくれます?」「え?ああ、はい…」以後、S木は応接用のソファーに場所を移して一服するようになった。所長や『爺』はマナーも弁えているので不快な思いはしたことがないのだが、以前所長が不在の時に、S木と一緒に事務所で昼食をとるのがイヤなワタシと『爺』が示し合わせて外出するフリをしてうなぎ屋で合流した時の話…注文した鰻重を待つ間、「んお?ここ、禁煙かぁ?」と『爺』。「いや、大丈夫ですよ。灰皿も置いてあるし」サッと灰皿を差し出すワタシ。「一本吸っていい?」吸っていい?エチケット。これがエチケットというもんだよS木w『爺』がタバコを吸い始めると、隣のとなりのテーブルにいた中年ご婦人二人が店員を手招きし、なにやら声をかけたかと思うと店員がご婦人たちが食していたテーブルの鰻重を片付け始めて、ご婦人ともども席を移動し始めた。戻ってきた店員に事の真相を尋ねると、根本的にタバコがお嫌いな方々で、『爺』がタバコを吸い始めたのを見て不快感をおぼえたらしい。気持ちはわからないでもないが、こうあからさまに態度を示されるのは、同じ嫌煙家のワタシが見ても不愉快だった。せめて「あのー、わたくしどもタバコが…」と一言、自分で言いにくかったら店員に言わせるとかすりゃあいいじゃん。我々からだいぶ距離を置いた席に移動したご婦人たちに向かって「どーもすんませんでしたぁっ!テエッヘッヘェ~」と大声で『爺』が叫んだ。なにはともあれ、マナーを守ってさえしてくれたら、嗜好品として法律で認められている以上、ワタシはなーんも文句を言うつもりはない。ただそれだけ。ぎっちょ
September 22, 2012
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(2008年9月21日付本稿の再掲)お待たせm(_ _)mこの春より我が職場に仲間入りした、新人Kくんのお話である。Kくんは年齢的にはワタシと同い年。妻帯者で、一男一女のパパでもある。スラリとした長身で、なかなか甘いマスクをしている。個人的には【琴欧洲】に似ているように思うのだが、本人にはまだ伝えていないw実は以前、まだH社の営業マンだった頃のKくんに、ワタシは一度痛い目に逢わされている。かれこれちょうど1年前のこと、月はじめに得意先から、H社にて製品を納入する予定の現場を月末から始めたいという連絡があった。受注製作の製品だったので、今から作り始めても納品には最低1ヶ月以上かかるので月末は無理かと得意先には説明した上で、一応H社の窓口であったKくんにそのあたり確認すると、「大丈夫です。間に合わせますんで。」と予想外の力強い回答。こりゃありがたいとKくんに感謝しつつ、得意先には間に合う旨を報告したうえで、納入前に挨拶を兼ねて改めて現場で打ち合わせしませうということになった。納入が近くなり、Kくんと連れ立って現場を訪問し、付属品の有無や大まかな工程など確認し、第一回の納入日時まで決めて現場を後にし、遠くからわざわざ足を運んでくれたKくんに礼を言ったところで、Kくんから信じ難い言葉が発せられた。「製品、まだ1本も作ってないんです」(・_・)えっ......?数日前に打ち合わせ日時連絡した時も、今日落ち合ってからも、そんなことおくびにも出さなかったじゃん!いやいやいやいや、ってぇか、さっきまで数日後の納入開始の打ち合わせをフツーにしてたじゃん!何それっ!!!結局そのまま、さっきまで納入の打ち合わせをしていた現場へ踵を返し、担当者に製品ができていない旨を伝えて謝罪。特に怒鳴られたりはしなかったが、アキれている様子は明らかに見て取れた。運のいいことに、何とか他メーカーで在庫があったので工程は遅らせずに済んだのだが、後で聞いたところではKくんが担当する他の現場でもしばしばそんなことがあって、所長や『爺』も頭を悩ませていたらしい。営業としては、何とも頼りなかったKくん。実は、営業に回ったのはごく最近のことで、対応のマズさは経験の浅さによるところも大きかった。なんでもKくん、もともとは『機械工学』を学ぶバリバリの理系で、H社に途中入社したのも工場の製造担当としてだったという。鉄筋を組んだり、機械のメンテナンスをしたりという仕事がメインだったKくん、右も左も解らぬ世界にいきなり放り出されてさぞ戸惑っただろうと、そういう点では深く同情するのである。ただ、根はまじめな男なので、少しずつではあるが要領をつかみ始めて、少しは営業らしくなったかな?Kくんがやってきて、ワタシの立場が劇的に変わったのは、指導する立場になったこともあるが、何よりパソコンの取り扱いだ。これまではメモリーの増設などする場合、一番下っ端のワタシが慣れない手つきでそれをやることが多かったのだが、メカに強いKくんが来てからはそういった作業は進んでKくんがやってくれる。まさに“メカニック・K”。これからは彼のことをここでは【メカK】とでも呼ぶか?いや、これじゃ“妾(めかけ)”みたいで語呂が悪いか?wぎっちょ
September 21, 2012
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(2007年9月20日付本稿の再掲)史上空前の僅差での首位争いとなったプロ野球セ・リーグ。残りもわずかとなった今日(20日)の時点で、3チームが0.5ゲーム差の中にひしめき合っている。我がドラゴンズは残り13試合。うち5試合が他2チームとの敵地での直接対決(虚人3、飯珍2)で、それも来週月曜(24日)からの5連戦。文字通りの【最終決戦】である。ここをあわよくば全勝、もしくは4勝1敗くらいで切り抜けれられるようなら自ずとVも見えてくるが、逆に負け越すようなら優勝はかなり苦しいものになってくる。特に、同一カードでの連敗は何がなんでも避けたいところだ。各チームとも負けられない試合が続く中、9連戦の最終日となった昨日のスワローズ戦。我がドラゴンズが先発投手に大方の予想であった憲伸ではなく中4日で目下絶好調の朝倉を持ってきたあたりからしても、「負けられない」感がひしひし。しかし、古田監督の引退・退任発表で士気上がったかスワローズの猛攻に序盤からたじたじで、常にリードを許す苦しい展開。それでも、首位争いを繰り広げているチームの底力でじわじわ挽回し、2点ビハインドで迎えた7回表の攻撃。井端、荒木とやや幸運なヒットが続いて無死1・2塁のチャンスに迎えるバッターは中村ノリ。かつてバファローズの主砲だった頃のこの男には、どことなく“傲慢”な雰囲気が漂っていた。あの頃のノリなら、こんな場面でも迷わずフルスイング。送りバントのサインなど出ようものなら、それこそブンむくれて首脳陣批判のひとつふたつしてもおかしくなかったかもしれない。だが、プレーすることすら危ぶまれたところを拾われた温情を感じてか、今のこの男は明らかに以前と変わった。一球ごとに三塁コーチャー高代のサインを確認、忠実にバントを試みる。二度失敗して追い込まれたが、その後はよく見極めて四球を選びガッツポーズ。ワタシは、この時点で同点あわよくば逆転を確信した。果たして、続くタイロン・ウッズが同点打を放ち、9回に先頭打者として再び打席に入ったノリが決勝のホームラン、最後は岩瀬がピシャリと締めるというシビれる展開。己を捨てて「とにかく、タイロンにつなげばなんとかしてくれると思って」つなぎ役に徹するノリの“更生物語”は、さながら往年の名作青春熱血ドラマ『スクールウォーズ』で見た、不良生徒たちがラグビーに情熱を傾けることで人間的に成長していく様によく似ている。ノリが粘って四球を選んだあの瞬間、ワタシの耳の奥にはあの『スクールウォーズ』のテーマ曲、麻倉未稀が歌う「ヒーロー」の“♪チキチキチキチキチキチキふっふっふっふ~”というイントロが、確かに聞こえた気がしたw例え優勝に手が届かずとも、こんな素晴らしいチームのファンであることを、ワタシは誇りに思う。ところで話はガラモンからピグモンへと変わって、以前7月25日の本稿で「毎朝のように同じ通勤電車に乗り合わせる、中村ノリにクリソツな女性」について書いたのだが、夏休みの時期になってパッタリとその姿を見掛けなくなったことから学生かとも推察された、かの【ノリ女】、夏休みが明けた9月になってもトンとその姿を見掛けることがなかった。別に、付き合いたいとかそういう話ではないので、いなければいないで別にどぉってことはなかったのだが…今朝、直行で銀座にある得意先に10時に訪問する約束を取り付けていたワタシは、いつもより遅い時間に家を出たのだが、最寄り駅に近くなったところで、前方から見覚えのある恰幅の良い女性がのっしのっしと歩いてきた。のっしのっし…のっしのっし…あ…(・_・)【ノリ女】だっ!w(☆o◎)w神出鬼没の【ノリ女】。おまえ、一体何者なんだっ?m9( ・`ω・´)ぎっちょ
September 20, 2012
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(2007年9月19日付本稿の再掲)スワローズの古田敦也選手兼任監督の今シーズン限りでの退任と現役引退が正式に発表された。類い稀な強肩と巧みなリードで、1990年代のスワローズ黄金期を牽引した立て役者。また一人、偉大な足跡を残した選手が球界を去ることになる。昨年、師匠ともいえる野村克也(現・楽天監督)以来29年ぶりとなる選手兼任監督に就任した古田。その知的なイメージから、野村譲りの巧みな采配でセ・リーグに旋風を巻き起こすかと期待されたが、昨年はAクラス(3位)とはいえ勝率5割を切り、今年はカープと最下位争いの体たらくで、その責任を取って詰め腹を切らされた格好だ。こと投手陣では五十嵐、石井弘寿とリリーフの軸となるべき選手を故障で欠くこととなり、大リーグで“お払い箱”となった石井一久や木田、高津に頼らざるを得ない状況では苦戦も致し方ないのかもしれないが、打線は首位打者を争う青木やラミレスに、ムラッ気はあるが長距離砲のガイエルの加入、若手の台頭もあって、他球団から見てもそう見劣りするものでもなかっただけに、たった2年の成績で評価せずにもっと長い目で見てやるべきではないかという意見も多い。しかしその一方で、古田の指揮官としての資質に疑問を呈する声も、少なからず漏れ聞こえてくるのである。古田の師匠・野村克也は、スワローズの監督時代4度リーグ優勝、3度日本一に輝き“名将”の名を欲しいままにした。特に、カープの小早川やホークスの田畑など、他球団で戦力外となった選手を招き入れて主力として再生する能力に長けていて、特に優勝した年には必ずそういう選手がチームにいたことから【野村再生工場】という異名もあったものだ。だが、そういった名声と裏腹に、「采配がキマれば自分の手柄、失敗したら選手の責任」にするという自分本位、という声も少なくなかった。だが、それによって生まれかけている不協和音を、野村は「勝つ」ことで封印できた。その野球理論は野村にたたき込まれたといっても過言ではない古田も、やはり野村に似てそういう部分があったようだ。加えて、現役当時日陰のような存在であったパ・リーグでプレーしていた野村と違い、全国区の虚人を中心とした華やかなセ・リーグで人気球団となったスワローズの中心選手であった古田は、どちらかというとチームのことよりも自分をいかに輝かせるかに重きを置いているようなところがあって、ファンからの人気とは対照的にチームメイトからの人望は薄かったという話も聞く。故障者続出の上、笛吹けど選手が踊らぬ悪循環では、師匠のように勝ってそうした声を封じることもままならないワケだ。これまで、栄光に包まれていたとも言える古田の野球人生。あまり挫折を経験していない分、苦境を脱する術を古田は持ち合わせていなかったのかもしれない。奇しくも、後任候補として名前が挙がっている荒木大輔は、スター選手として入団しながらケガに苦しみ、晩年は他球団に移籍してまで現役の道を模索し続けた苦労人である。古田は、まだ若い。今回の挫折を糧にして、将来再び指導者として捲土重来を果たせるか。古田の監督としての評価を下すのは、それからでも遅くないような気がする。ぎっちょ
September 19, 2012
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(2006年9月18日付本稿の再掲)先日、猫のエサとカミソリの刃を買いに近所のドラッグストアに行った時のこと。ワタシの前に子連れの若いご婦人が並んでいたのだが、レジでカゴの中の商品が露になるにつれて愕然とした。上に乗っていたトイレットペーパーやティッシュが取り除かれると、出るは出るはインスタント食品とスナック菓子の山!1.5Lペットボトルの炭酸飲料数本!!その傍らで、母親のシャツの裾をしっかりと握って寄り添う4~5歳くらいの女の子が、何だか不憫に思えてならなかった。近年、凶悪化の一途をたどる少年犯罪。それも、肉親に対する凶行が目立つようになっている。同様に、学校内での犯行も増え、今や小学生が同級生を刺し殺したりする時代。そんな事があるたびによく言われるのが、「いじめはあったのか?」「学校はそれに気付かなかったのか?」もちろん学校の責任はゼロではないが、いじめに関しては気付かなくても致し方ない面はあると思う。だって、バレないようにやるのがいじめだから。日本の法精神が『疑わしきは罰せず』であるように、確たる証拠をつかまなければ叱責することもできないし、公にいじめをしているとバレるようにいじめるバカもいないワケで、その手口の巧妙化もあってなかなかいじめの証拠はつかみにくい。だからってほっといていいワケはないが、鬼の首でもとったように学校ばかりを責めるのもどうかと思うのだ。だって、本来学校以上に子供と永く、深く接しているのは親のハズ。勉強さえできていれば何も言わないで褒めるばかりだから子供が増長する。SOSを発していても気付かないから、子供が余計に追い込まれて自殺する。その責任が問われるのは、いつも学校。なぜだ?教育は学校がすべてか?親は子供の教育は学校にすべて任せておいて、食事はインスタントにスナック菓子、よくてファミレスか。大したお気楽ぶりじゃないか。もちろん、すべてがすべてそうではないのはわかっているが。コラムニストの勝谷誠彦氏が、出演するラジオ番組でこんな出来事を紹介していた。ある学校のあるクラスで大掃除をした際、あまりにキレイな仕上がりに一人の生徒が「これなら床もナメられる」と発言した。先生が「じゃあナメてみろ」と言ったところ、生徒は本当に床をナメてしまったという。この出来事を、帰宅した生徒が母親に話したところ母親が激怒。学校に怒鳴りこんで先生が謝罪する事態にまで発展してしまったという。生徒が床をナメた後の顛末については詳細が不明なのだが、これはそこまで大事にするほどの出来事だろうか?生徒は床を強制的にナメさせられたのではなく、自主的にナメたのだから。こんな時、子供にはどう接すればいいのか?親、先生、どちらの立場でもワタシなら、まずは掃除をやり遂げたことと、その「人間が床をナメられる」くらい仕上がりが素晴らしいことを褒めまくる。その上で、日頃靴で歩いている床の上は、どんなに掃除してキレイに見えても雑菌なども多いから、これからはナメろと言われてもナメてはいけないと説く。そうすることで生徒には「共にやり遂げた充足感や一体感」を味あわせ、むやみに床をナメたりしてはいけないという道徳も教えることができる。それが“教育”というものではないか?我が子かわいさに、状況もよく確認しないまま闇雲に学校に怒鳴り込んだ親は、その行動を恥ずべきだ。昔は当たり前であった『おふくろの味』も今や死語と化しつつあるのか…冒頭で紹介した親子。インスタント食品とスナック菓子を袋いっぱい詰め込んだ母親に連れられて店を出る少女の行く末を考えると、ちょっと暗澹たる思いにさせられた。ぎっちょ
September 18, 2012
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(2007年9月17日付本稿の再掲)先日、変な時間に夕食をとったせいで夜遅くなって小腹がすき、11時過ぎに近所のコンビニへ買い出しに出かけた。我が家は駅からほど近く商店街も近いせいか街灯がほぼ切れ間なく設置されていて、こんな時間でもけっこう明るい。そこそこ人通りもあるし、歩いていても“コワさ”はまったく感じない。そんなこんなでふと夜空を見上げた時、はるか数十年前に京都にある生家付近の夜道を歩いたことをふと思い出した。生家の周辺は閑静な住宅街で、今でも人通りはおろか車の通りも少ない。街灯も申し訳程度にしかないから、前方数メートルはもう真っ暗闇である。ワタシが生家に住んでいたのは小学生の頃だったから、夜遅く帰宅することはほとんどなかったのだが、バスに乗って市内の図書館に本を返しに行ったり、定期的に通っていた耳鼻科からの帰り道、時間はまだ7時過ぎなのに、そのあまりの闇の深さに横から上から下から何か飛び出してくるような予感に苛まれて、後ろも振り返らずまっすぐ前を見たまま全力疾走で家まで帰ったものだ。オバケや幽霊の類を信じて怯えていたのは、高校生くらいまでだったであろうか。父の転勤で引っ越した先は東京都下のとある商店街の真っただ中で、生家にいる時みたいに7時過ぎたらもう真っ暗なんてことはなかったのだが、それでもワタシは夜10時を過ぎたらすぐ近くの自販機に缶ジュースを買いに行くにもダッシュしていた。それだけ、夜の闇には「何かが潜んでいる」ようなおどろおどろしさがあった。大学生から社会人になって以降だろうか。いつの間にか、そんな感覚がなくなったのは。折しも当時はバブル景気の絶頂期。街は“不夜城”と喩えられ、人は眠ることなく朝まで遊び続け、明るいネオンは朝まで消えることはなかった。いつの間にかワタシを含む多くの人々は“闇”の存在を忘れ去っていたのかもしれない。コンビニで買い物を済ませたワタシは、明るい表通りを敢えて避けて、人通りの少ない裏通りを歩いてみた。街灯はポツンポツンとしか設置されていないのだが、ところどころセンサーで玄関先の灯りが自然に「パッ」と点灯する民家がある。もはやワタシの周りには、お化けでも出てきそうな闇など存在しないようだ。ぎっちょ
September 17, 2012
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(2008年9月16日付本稿の再掲)先に行われたF-1イタリアGPは、予選から決勝を通して雨のレースとなった。モンツァで雨とは珍しいと思ったら、フジテレビでF-1の放送を開始して以降では初めてのことだという。とかく荒れることの多い雨のレース。得てして今回も予選から大荒れに荒れ、いつもは熾烈なポールポジション(PP)争いを繰り広げるマクラーレンのハミルトンやフェラーリのライコネンといったトップドライバーが軒並み後方に沈み、彼らに代わってPPを獲得したのはトロ・ロッソのセバスチャン・ベッテルというドライバーであった。以前はよく見てたけど、最近はF-1あんまり見てないんだよねぇ…というお方には、ベッテルというドライバーはおろかトロ・ロッソなるチーム名すら聞いたことがないかもしれないが、トロ・ロッソ=ミナルディとご説明すれば、はたと膝を叩く向きもおありかもしれない。ミナルディといえば、毎年のようにシーズンオフには“撤退”が噂されるものの、開幕にはなんとか走れるだけのクルマを用意してグリッドに並ぶという慢性的な“崖っぷち”チームだった。しかも、ホント走るのがやっとだったから、他のクルマよりはコンスタントに数秒遅く、スタートから十数周もするとトップを走るクルマに周回遅れにされ、口の悪い向きからは“走るシケイン”などと揶揄されたりもしていた。それだけに、長くF-1には参戦していたけど優勝はおろかPPも、表彰台の経験すらないまま、買収されてレッドブルのセカンドチームとして新たな出発をしたばかりだった。ミナルディからの流れでトロ・ロッソを見ていた向きにとっては、PPを獲得するだけで快挙であったことは想像に難くない。ただ決勝となるとアクシデントも心配だし、何より後方からの激しい追上げに窮することは大いに予想されたので、優勝や表彰台はともかくせめて入賞できる位置でフィニッシュしてくれれば…くらいの気持ちで見ていたのだが、幸か不幸か決勝も生憎の雨模様で、セーフティカー先導によるローリングスタート。果たして、セーフティカーが消えるやベッテルは後続をぐいぐい引き離してトップを快走。途中ピットストップで一時的に順位を落とした以外は一度もトップを譲ることなく、見事優勝を成し遂げてしまった。ワタシがF-1を見始めて以降、意外なドライバーが優勝を飾ったレースもないワケではなかった。1996年モナコでのオリビエ・パニス(リジェ・無限ホンダ)、1998年イタリアでのジョニー・ハーバート(スチュワート・フォード)、優勝はできなかったが、1997年ハンガリーでのデイモン・ヒル(アロウズ・ヤマハ)。だが、パニスやハーバートはクラッシュによる主力ドライバーのリタイヤに助けられた感もなきにしもあらずだったことを考えると、トップチームを後方に従えてのベッテル堂々の快走は、快挙として特筆されるべき要因のひとつであろう。前身のミナルディから通じての初PP、初表彰台、初優勝に加えて、フェルナンド・アロンソの持つ史上最年少優勝記録も塗り替えたベッテル。この若きドイツ人の、雨中での切れ味鋭い走りは、数年後にはこの若者がF-1グランプリの中心となることを予感させた。表彰台で喜びを分かち合う、かつての名ドライバーで名うてのプレイボーイで鳴らしたチームオーナーのゲルハルト・ベルガーの激しすぎる劣化ぶりがいささか気にはなったがw愛すべき弱小チームの流れを汲むトロ・ロッソ一世一代の晴れ姿に、ちょっとだけ感傷を禁じ得なかった今年のイタリアGPであった。おめでとうベッテル!おめでとうミナルディ!!!ぎっちょ
September 16, 2012
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(2006年9月15日付本稿の再掲)プロ野球セ・リーグ。阪神が中日を射程圏に、と大騒ぎだ。だがちょっと待て。確かにゲーム差は詰まったが、負け数は阪神が8も多く、残り試合数も中日が7多い(14日現在)。勝率で優劣が決まるのだから負け数は少ない方がよく、残り試合が多い方が相手の動向を様子見しながら戦えるから優位なのは言うまでもない。それでいくと、単純に阪神が残りの中日戦を全勝したと考えてもまだ負け数で2つ及ばず、ここですでに1ゲーム差がついている。さらに、中日が残り試合の阪神より多い分を5割強(4勝3敗)で乗り切れば、これでさらに2ゲーム差がつく。つまり、仮に対阪神戦に限り最悪の展開になったとしても、まだ中日には3連戦で3連敗しても追い抜けない、実質3ゲームの余裕があることになる。ましてや阪神がこのままのハイペースで最後まで走れるワケもなく、中日も8月後半から9月前半にかけてのようなどん底状態は抜けつつあり、阪神戦を含めた残り試合で5割以上の勝率をあげる可能性は極めて高い。だから、ドラファンはドンと構えていればいい。まったく心配する必要はない。ただひとつ気になるのは、やや阪神に傾向した感のある報道。さっき話したように状況はかなり不利なのに、ことゲーム差だけ取り上げて「首の皮一枚」と騒ぎ立てる。これは、かつての虚人に対するゴミ売の報道に似たところがある。もちろん、勝負は最後まであきらめるべきではないし、阪神が今や虚人以上に全国区の人気球団となりつつあるのを考えたらそれも致し方ないのかもしれないが、本来公平であるべきマスコミが“経済効果”などにかこつけて偏向した報道をするのは、やはり快いものとは言えないのではないか。来季から、いよいよセ・リーグもプレーオフ制度を導入することになった。すでにパ・リーグが行っているのと同じ形式で、リーグ1位はそのまま表彰されるのがこれまでのパとの違いだ。ただこれも今年のパぐらい競り合っていたならまだ納得もできるのだが、ごくタマに3位といっても首位から十数ゲーム離され、かつ勝率5割にも満たないという場合がある。制度とはいえ、やはりこういうチームが仮に勝ち抜いて「日本一!」って言われたって、なんとなくドッチラケである。どうせリーグ戦の結果をチャラにするなら、同じ勝ち抜きシステムで最下位も含めた全球団で行う方がより公平感が出るかもしれないが、そこまでやっちゃうとなんか“余興”みたいになっちゃって【日本一】の重みが薄れるような気もする。単純に考えたら、4球団増やして16球団にし、4チームずつのリーグ戦(+交流戦)で優勝した4チームでプレーオフすれば公平感も増すというものだ。エクスパンション(球団拡張)が無理なら、セ&パを解体して4球団の3リーグ制にする。そんでもって、リーグ1位3球団+2位3球団のうちの最高勝率(ワイルドカード)の4球団でプレーオフすればよい。リーグは毎年抽選で振り分けるようにすれば、交流戦の試合数を少なくしてもカードのマンネリ化は防げる。シードとか関係なく抽選するから、【中日】【阪神】【西武】【ソフトバンク】といった強豪同士のツブし合いリーグや【楽天】【オリックス】【横浜】【広島】なんて普通にやったら優勝なんてできそうにないチームが集結することもありうる。うわあ~これ、めちゃオモロそう!今ワタシが学生なら、有志募ってファミスタとかで絶対やってそうだな\(≧▽≦)丿ぎっちょ
September 15, 2012
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(2004年9月14日付本稿の再掲)大学では、まがりなりにも法学部に所属していた。とはいえ、毎日【放送研究会】のサークル活動に明け暮れてたもんだから、ホウガクブはホウガクブでも”放送学部”の【放学部】だと自分で茶化していた。法学部を選んだのは、「聞こえがいい」というのが第一の理由だったが、特に刑法における日本の法律の矛盾点について学びたいという志を持っていたのもまた事実だ(結局まったく勉強しなかったがw)。たとえば【刑法第39条(心神喪失・心神耗弱)】。たとえば、【少年法】。そして、【死刑】…。01年に発生した、大阪・池田小学校の児童殺傷事件で死刑判決が確定していた宅間守受刑者の死刑が今日、執行されたという。罪の重さを考えれば至極当然の結果ではあるが、遺族の心境は複雑だろう。失った子供たちが帰ってこない喪失感と、憎しみをぶつける対象がこの世から消えてしまったというやるせなさとで…。宅間という人間の一生も、一体何だったのだろう。平然と無抵抗の児童を次々と傷つけた残虐性はどのようにして彼の心に芽生えたのか…自ら極刑を望み、控訴せずに刑を受け入れた真意は何だったのか…これは一種の”自殺”なのか?とさえ思える。ただでさえ自ら命を絶つ自殺は許せないというのに、自分が死ぬために罪なき児童を8人も巻き添えにしなければならなかった理由とは…?獄中で宅間は、「幼稚園なら30人は殺せた。もったいないことをした」と嘯き、裁判でも後悔や被害者への謝罪の気持ちは最後まで表すことはなかった。ただ、彼とて生まれつきそんな残忍な男ではなかったはず。彼をそういう人間に変貌させたのは、家庭環境だったのか?あるいは人間関係?そんな宅間に、結婚を申し込んだ女性がいるという。「私ひとりでも彼の理解者に…」と言うのだが、勘違いも甚だしい。恐らくこの女は、満足に親の愛情を受けず(感じず)に育ったのだろう。”愛情のかけどころ”がわからないのだ。誰一人理解者のいない(理解できるワケもない)宅間に愛情をかける(ように見せる)ことで、自分の見せかけの優しさに酔って自己満足しているだけなのだ。もし本当に宅間の理解者を気取るなら、まず回りが制止しても人前に出て「主人が大変申し訳ないことをいたしました」と言って頭を下げてみろ。遺族の矢面に立ち、事態を収拾してみろ。賠償金も宅間の代わりに遺族に払ってやれ。そんなことできやしないくせに。夫婦とは、家族とはそういうものではないのか。ハナから”人権”問題やらなにやらで身元がバレないのを計算しての行動なのだ。こっちから言わせれば、お前こそ可哀想な人間だ。救いようがないという意味で、だが。栃木の間々田で幼い兄弟が殺害されたり、やりきれない事件がどうしてこう続くのだろう。単純に一言で片付けられるものではないが、高度経済成長に浮かれ、本来家庭で行うべき『人が生きる』という根本の教育を怠ってきたツケが一気に出てきているのではないか。そんな気がしてならない。ぎっちょ
September 14, 2012
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ワタシと大相撲の付き合いは小学校低学年の頃からだから、もう40年近くにもなる。それだけに、知り合いから“相撲雑学”について質問を受けることも多いのだが、まず9割近い確率で「へぇ~!」と驚かれるのが、国技館の優勝額にまつわる“トリビア話”だ。あれ、カラー写真と思っている方が多いのだが、実は白黒写真に油絵の具で彩色したものを飾っている。間近で見ると、確かに写真よりも平面的でなく肉感があり、力士の姿が額から浮かび上がってきそうな立体感があるのがよくわかる。描き手は、佐藤寿々江さん。御年84歳の女性である。この仕事は、映画のポスター写真の彩色などを手掛けていたお父様の影響で始めたものだという。以前、テレビ番組でその仕事ぶりを拝見したことがあるのだが、巨大な優勝額を丹念に色づけしていく作業は、かなりの根気と体力を要するらしい。それでも、年齢を感じさせない素晴らしい仕事ぶりで、今場所も夏場所優勝の旭天鵬と名古屋場所全勝の日馬富士の優勝額を描き上げられた。国技館に飾られる優勝額は32枚。かつては、化粧まわしでの立ち姿が主流だったのが、92年に貴乃花が貴花田で初優勝した際に締め込み姿で掲額されたのをきっかけに、近年は“シコ踏み”や“せり上がり”などポーズも多様化している。そのいずれもが佐藤さんの彩色によって、今にも次の所作に移りそうな躍動感に溢れている。まだまだ情熱は衰えないという佐藤さんだが、年齢的にはもう10年20年先までバリバリ・・・というワケにはいかないかもしれない。そうなると、次の世代が気になるところだが、現在後継者はいない状態だという。もはや伝統芸とも言うべきこの“彩色術”。大相撲の醍醐味のひとつとして永久に伝承していきたいところだが・・・<大相撲>力士の彩色一筋に61年 優勝額担当の佐藤さんhttp://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120914-00000047-mai-spoぎっちょ
September 14, 2012
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(2007年9月13日付本稿の再掲)CS『ファミリー劇場』で、1981(昭和56)年に放送された刑事ドラマ『警視庁殺人課』の放送が始まった。タイトルを聞いてもピンとこない方も多いと思う。何しろ20年以上も前のドラマな上、前評判の割に視聴率が伸び悩んだため打ち切りになったという“イワクツキ”のドラマだから、それも致し方ないことだ。『警視庁殺人課』が当時なぜ話題になったかというと、仁侠モノを中心に映画の世界で活躍していた菅原文太のテレビ初主演作品であったからだ。警視庁に新設された【殺人課】は、菅原文太演じる通称【ミスター】こと五代警部を中心とした6名の刑事たちで構成されている。その中には、『必殺仕事人』で人気が出始めていた三田村邦彦(ニックネームは【秀才】)や、のちにホモビデオ出演がバレたりひったくりで逮捕されたりしたプロレスラーの剛竜馬(同じく【ウルフ】)、『水戸黄門』の“風車の弥七”こと中谷一郎(同じく【ビショップ】)も顔を連ねていた。他に、一色彩子の【エンジェル】と関根大学の【チャンス】がいる。いずれも、多かれ少なかれテレビ画面ではお目にかかった方々であるが、今だに関根大学だけは「Who?」であるwその他の共演陣も、殺人課を監視する警視庁上層部の人間として鶴田浩二や梅宮辰夫が出演していて、もう仁侠映画をそのままテレビに移植したような顔触れだ。さらに、すでに放送された第一話のメインゲストは、アクション俳優として当時人気の高かった千葉真一と、局(テレ朝)の並々ならぬ力の入れようが窺える。また、千葉真一主宰の「ジャパンアクションクラブ」の一員で、のちに『宇宙刑事ギャバン』で主役を勤める当時無名の大葉健児が、千葉の弟役で顔を見せているあたりも、特撮通としては見逃せないところである。さて、志半ばで打ち切りとなったこのドラマが“伝説”となったのは、その最終回である。なんと【ミスター】をはじめ、途中で突然いなくなった剛竜馬(火暴)を除く全レギュラーメンバーが壮絶な殉職を遂げるのだ。刑事ドラマの最終回で主人公やメンバーの誰かが死ぬという展開は以前にもなかったワケではなかったが、レギュラーメンバーが全員死んで終わるなんて結末は空前絶後。もうこの一種ヤケクソな展開は、むしろ潔さや清々しさすら感じさせるものがある。ドラマの存在は知っていたものの、本放送でも再放送でも未見だったワタシ。先日放送された第一話を拝見したが、文太サンの演技が力入りすぎで違和感たっぷり。ストーリーもありきたりで目新しさもなく、文太サンのキャラが濃い分、他のキャラの存在感も薄くなっていて、早期打ち切りも致し方なし、と思わせる内容ではあった。まあ、せっかくの機会である。思わぬ好篇との出会いを密かに期待しつつ、伝説の「全員殉職」の回までしかと見届けようかと。ぎっちょ
September 13, 2012
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(2006年9月12日付本稿の再掲)F-1のスーパースター、ミハエル・シューマッハが今季限りでの引退を表明した。通算90勝、ポールポジション68回(イタリアGPまで)、年間王者7度はいずれも史上1位。91年のデビュー以来、常にF-1界のトップドライバーとして君臨してきた男だ。ミハエルが“皇帝”と呼ばれる所以は、単にレースに勝つだけではなく、勝利に固執するあまり“唯我独尊”で“自己中心”、勝つためにはなんでもやる的な振舞いが多かったレース人生そのものによるところが大きい。90年F-3マカオGP、トップ争いをしていたミカ・ハッキネンに幅寄せして接触、クラッシュしてリタイヤしたハッキネンを差し置いて表彰台に上った。94年、一瞬のミスをついてインに飛び込んできたタイトル争いのライバル、デイモン・ヒルにこれまた幅寄せして接触、相討ちの末に初の年間王者に。97年、最終戦でタイトルを争っていたジャック・ヴィルヌーブとまたまた接触。今度は自分だけがリタイヤとなったうえに“危険行為”と見なされ年間獲得ポイント剥奪という憂き目にあった。レースのみならず、チームでの待遇はすべて自分中心に回るように画策した。ミハエルのチームメイトとなった者はNO.2として常に冷や飯を食わされ続け、ルーベンス・バリチェロのようにゴール目前で優勝を譲らされるなんてこともあった。そんな“鉄面皮”のイメージのあるミハエルだが、その印象が劇的に変わったのが00年イタリアGP終了後の公式会見での“号泣事件”。記者から勝利数が亡くなったセナと並んだことについての感想を求められるや、人目も気にせず声をあげて泣きじゃくるミハエルの姿に誰もが驚いた。何かと啀み合うことの多かった二人だったが、セナはミハエルの憧れの的であり、セナもミハエルを次代のエースと認めたからこそ苦言を呈していたのではなかったか。記録ではすべてセナを上回ったミハエルだが、コース上で打ち負かすことなくセナに先立たれたのが、レーサー人生唯一の心残りかもしれない。レースを離れると、ミハエルもまた人の子だった。優勝した日本GPでは、観客席の目の前まで近付きスタンディングオベーションに応えた。ドライバー全員での集合写真撮影の時、遅れてやってきた鈴木亜久里が座ろうとしたイスを後ろに引いて、亜久里をコケさせるという茶目っけもあった。酒にまつわる逸話もあって、95年日本GP後に行われた自身のドライバーズタイトル獲得記念のパーティで泥酔し、人の群れを離れて店の庭にあった大木と向き合って、しきりに木に向かって何か話しかけていたなんて話も聞いたことがある。ミハエルの去就が注目された、先のイタリアGP。トップでチェッカーを受けて戻ってきたミハエルは、いつにも増して丁寧にスタッフと触れ合っているように見えた。その姿に、ミハエルの“決意”を感じ取った者は少なくないだろう。心血を注いだチームへの愛情、苦楽を共にしたスタッフへの感謝の意…人間ミハエル・シューマッハの姿が、そこにはあった。ぎっちょ
September 12, 2012
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(2005年9月11日付本稿の再掲)CS『フジテレビ739』では、毎夜11時から【プロ野球ニュース】を放送している。かつて地上波で放送されていた頃と同じスタイルで、日替わりのメインキャスター(佐々木信也、谷沢健一、大矢明彦、平松政二、加藤博一、高木豊)と個性豊かな解説者で、往年の番組ファンにとってはタマらない構成となっている。解説陣でもっとも好感が持てるのが、苫篠“とまぴょん”賢治(ヤクルト~広島)。野村IDのもとで鍛えられたせいか、理路整然としていて目の付け所もしっかりしている。例えば先の阪神―中日戦の問題のシーン。アレックス本塁突入のクロスプレーに話題が集中する中、「二点差で一死二・三塁の場面、二塁ゴロなら一塁に送って確実に一死増やすのが常識で守備隊形もそうなっていたのに、なぜあの位置からバックホームしたのか?勝ったからよかったものの、負けていたら罰金ものの二塁手(関本)のチョンボ」と断じた。ホームでの交錯プレーに目が行きがちなところをよく見ていると感心した。対照的にワースト解説なのが斎藤雅樹(巨人)。「気持ちで投げた」「気持ちで打った」と技術論ゼロ精神論のみの“ナントカのひとつおぼえ”解説。アドリブへの対応もお粗末で、自分の担当試合以外でコメントを求められても、「うーん、どうなんでしょう?」と言ったきり黙り込んだりはぐらかしたりするばかり。見ていて不愉快になる。選手心理の解説に長けているのが金村義明(近鉄~中日~西武)。関西弁で時折ギャグも織り交ぜながら、当意即妙の受け答えを見せてくれる。デーブ大久保(西武~巨人)も同類ではあるが、やや感情移入し過ぎて話がクドくなるきらいがある。どこか“巨人ブランド”を鼻にかけたような話しぶりもシャクに障る。メインキャスターはおしなべて安定した仕切りっぷりだが、大矢のしゃべりは暗すぎ。逆に加藤は軽すぎるのといちいち語尾を上げてしゃべるのが気に食わない。週末高齢…もとい恒例の佐々木氏と関根さん土橋さんを交えた“井戸端会議”的な会話は見ていてホッとする。関根さんの「昔、ゲーム中にこんな悪さしてねぇ…」といった裏話は聞いていて微笑ましいし、典型的な“カミナリ親父”然とした土橋さんの苦言はなるほどとうなづくことも多い。野球への愛情にあふれた佐々木氏の司会も心地良い。全試合の結果を余すところなく伝えた後、番組を〆るのはもちろんテーマ曲もそのまま佐々木氏の名調子でお送りするこのコーナー。「今日は13本飛び出しました。それではまいりましょう…今日の、ホームラン!」ぎっちょ
September 11, 2012
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(2007年9月10日付本稿の再掲)71歳で亡くなった“世界三大テノール歌手”として知られるルチアーノ・パバロッティさんの告別式の映像をニュースで見掛けた。“三大テノール”の中でも、大きな図体とまるで油性ペンで描いたような眉毛や髭で特に特徴のあった外見で、恐らく三人の中では一番の知名度を誇っていたのではないだろうか。また、ババロアのようなスイーツを思わせるようなその名前だけで言えば、個人的には異種格闘技戦でアントニオ猪木を破ったロシアの柔道家ショータ・チョチョシビリと並ぶ強烈なインパクトをワタシの心に残している。来日当時は高すぎるチケット代が物議を醸し、晩年も詳細はよく知らないが金銭トラブルが週刊誌上に取り上げられたこともあって、彼に対しては何かと金にウルサいというイメージをワタシは漠然と持っていた。ところでみなさんは“三大テノール”のフルネームをそれぞれカンペキに答えられるだろうか?パバロッティさん以外の二人の名前は、【プラシド・ドミンゴ】【ホセ・カレーラス】という。彼らが話題となった1990年代初頭、『アメリカ横断ウルトラクイズ』優勝を目論むクイズマニアでもあったワタシは、いろいろな本や雑誌で小ネタや雑学の類いをかき集めていた。当然、彼らのフルネームもそのうちのひとつで、それを覚えるのに【ババロア、カレーライス、プラッシー】と崩して覚えたものだ。実際には「三大テノールをフルネームで」などというのはマニア的には常識中の常識で、『ウルトラ』をはじめとするクイズ番組では実際に出題されることはなかったように記憶しているのだが、おねいちゃんを交えたコンパの席では確実に笑いを取れるネタのひとつでもあった。「ねえねえねえ、“三大テノール”全員の名前って、言える?」「ええ~言えな~い」「あのね、【ルチアーノ・パバロッティ】、【ホセ・カレーラス】、【プラシド・ドミンゴ】って言うんだよ♪」「へえ~よく知ってるねぇ~」「【ババロア】【カレーライス】【プラッシー】って覚えると覚えやすいのら(・∀・)v」「キャハッ♪おもしろ~い\(・∀・)/」ってな具合だ。まあその場では盛り上がったが、その後の進展には何の役にも立たなかったことを付け加えておこう…_| ̄|○今思うと、メインメニューが【カレーライス】、ドリンクとして【プラッシー】、デザートに【ババロア】と、飲食物に置き換えた喩えも絶妙の配分である。なんだかんだ言いながら個人的にはあまりなじみのない“三大テノール”だが、クラシックのファンからすれば、ワタシにとっての「いかりやさんが亡くなって未来永劫ドリフが『全員集合』することがなくなった虚しさ」に似たものを感じていたりするのだろうか?心より、ルチアーノ・パバロッティさんのご冥福をお祈りいたします。合掌ぎっちょ
September 10, 2012
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(2008年9月9日付本稿の再掲)先月末から相撲界を震撼させた、現役力士による大麻疑惑。警察に逮捕された若ノ鵬に続き、抜き打ちのドーピングチェックで陽性反応が出た、若ノ鵬と同じロシア出身の兄弟力士、露鵬と白露山までも解雇される事態にまで発展した。正直、露鵬と白露山兄弟については物的証拠が欠けていることもあって逮捕までには至らないと予想されたため、彼らの処分については一定期間の出場停止というのが大方の予想だったので、即解雇という結論が出たとの報には、ワタシもいささか驚きを隠せないでいる。ここにきて大麻吸引を認めたことや、基準値に対して露鵬5倍白露山10倍とその“汚染度”が極めて高かったこと、師匠ともども反論会見を開いたことで反省の色がないと判断されたことなどが、予想より重い処分につながったと見られる。若ノ鵬の一件が発覚した時、同郷でプライベートでも親交があったこの兄弟には、真っ先に“共犯”の疑惑が持ち上がっていた。検査の結果陽性反応が出てもこの兄弟、特に兄である露鵬はテレビなどのメディアを通じ一貫して容疑を否定、身の潔白を訴え弁護士を立ててまで徹底抗戦の構えである一方、白露山の方は一次検査の結果を否定して以降は公の場での発言がほとんどなかった。弟を庇い、敢えて火の粉をかぶり矢面に立つ兄…なんて見方をすればちょっとした兄弟愛の感動噺だが、残念ながら状況証拠の面においてもこの兄弟には疑わしい面があった。露鵬という力士は、決して土俵上で行儀のいい力士ではなかった。いや、素行という点ではむしろ問題の多い力士で、特に格上や目上の力士に対する非道な態度には、目に余るものがあった。中でも大関千代大海と土俵で一触即発となり、取組後に支度部屋で大暴れして出場停止処分を食らった一件は記憶に新しいが、それを仲裁に入ってなだめたのが、弟の白露山だったという。気性の荒い兄に対して、温厚な性格で通っていた弟。それだけに、白露山に関しては兄の誘いを断れずについズルズルと…といった状況であったことも充分に予想できる。昨年の時津風部屋の新弟子リンチ殺人や、横綱朝青龍の巡業サボタージュ騒動、先の若ノ鵬の一件などが起こるたび、北の湖理事長は師匠の管理責任を厳しく問うてきたが、よもや自分の足許からもこのような醜聞が飛び出すとは夢にも思っていなかったかもしれない。ただ、これまで何か事件が起こるたびに自分がことさら声高に叫んでいた【師匠の管理責任】について、北の湖自身はあまり重く受け止めてはいないようなフシがある。というのも、元はと言えば白露山は北の湖の弟弟子だった北天佑の愛弟子。彼が亡くなったためにやむなく引き取った弟子で、北の湖の直弟子ではない。それだけに、北の湖にとっては「ババを引かされた」くらいの考えなのではないかというのは、同じ「弟子による大麻疑惑」で間垣が理事の職を辞したのに対して、北の湖は理事長職は辞したものの理事としては残ったことからもうかがい知れる。昨日の夕方から夜にかけて、不起訴処分となり釈放された若ノ鵬の会見が開かれるといった動きがあった。若ノ鵬も露鵬も、カメラの前では「好きだから」と相撲に対する愛着を語り、今後も相撲を取り続けたい意思を語っていたが、ワタシから見れば土俵での態度や目先の勝ち負けにこだわり一喜一憂するその相撲ぶりからは、彼らが本当に“相撲への愛着”を持っていたとは残念だが思えない。彼らのみならず、異国の者に相撲の奥深さを思い知らせるのは容易ではないが、不可能なことではないのは白鵬の例など見れば明らかだ。恵まれた体格で、鍛えれば立派な横綱大関に成りうるだけの有り余る素質を持ち合わせた力士をこのようなことで失うのは、何も本人たちのせいばかりではない。力士として以前に社会人としてルールを守るという最低限の躾すらできない指導者は、相撲部屋を運営する資格などないっ!ぎっちょ
September 9, 2012
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(2006年9月8日付本稿の再掲)【中田商事】という会社から、製品価格について問い合わせの電話が入った。頻繁に取引があるところではなく、地域的にはS木の担当区域の業者だったのだが、生憎ヤツが出払っていたためワタシが代わりに対応した。今日は『爺』は直帰で戻らず、定時過ぎに所長とS木が相次いで戻ってきたので所長に【中田商事】の件を報告すると、「誰からでした?」となぜかS木が聞いてきた。実はワタシ、うっかり相手の名前を聞き忘れてしまっていて、ああ…絶対S木に「オメェもオレとおんなじことしてるじゃねぇか」って(・∀・)ニヤニヤされてる!…と思いきや、S木にはそういった感情はまったくないようで、「ああ、根岸さんだな。根岸さん。きっと根岸さんですよ」と、ミョーに“ネギシさん”に固執している。「根岸…【中田商事】に根岸なんていたっけ?」といぶかしがる所長が聞く。「最近入った人?」「何言ってんですか所長。昔からいる人ですよ。根岸さん。根岸さん。」S木があまりにエラそうに言うもんだから所長も一旦引き下がったのだが、しばらく経って何か思い出したらしく「根岸さんって【村田建工】の人じゃねぇの?」と所長。「えっ…ああ、根岸さんは【村田建工】だ。【村田建工】。ムヒヒヒヒヒヒヒヒ」【中田商事】と【村田建工】…【田】しか合ってない…普通なら「天然ボケ」と笑ってすむようなことなのだが…オメェがやると妙にムカつく。S木…(-_-;)ぎっちょ注)文中の業者名、及び人名はすべて仮名で、実在のものとは一切関係ありませんが、本文の内容はすべて事実に基づくものですw
September 8, 2012
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(2008年9月7日付本稿の再掲)上尾の頃は何かにかこつけてよく職場で飲みに行ってたものだが、熊谷に移転して以降その機会はめっきり減ってしまった。経費節減の折、これまでほぼ使い放題だった交際費が減額されてしまったこともあるがw所長を除いて軒並み通勤時間が増えたことで、特にワタシなどは電車で帰宅することを考えたら10時には熊谷を出なければならないし、事務所にあったソファーも置き場がないからと処分してしまったので以前のように気軽に事務所にお泊りというワケにもいかなくなり、自然とそういう店からは足が遠くなってしまったというワケである。所長だけは、新規開発に意欲満々なのだが(火暴)みんなで飲む機会が減ったからというワケではないのだが、最近とみに『爺』に覇気がない。原因として考えられるのは、4月から担当している群馬の主要得意先に息子ほど年の離れたタチの悪い担当者がいて、若造に罵詈雑言を浴びながら耐えているストレスがひとつ。娘夫婦のためにと自宅を新築するのに、現在住み慣れないアパートに仮住まいしているストレスがひとつ。これまで、事務所に来ると軽口叩いて周囲を笑わせていた『爺』が、休憩所でタバコ吹かしながら「ふう~…」とタメ息をつくことも多く、見るに見かねた所長が気晴らしにと、夕方全員顔を揃えたところでちょっと歌でも歌いに行きますかと近くの飲み屋に誘った。軽く30分ほど愚痴ったのち、まだまだ若手wのワタシが同い年の新人くんと口火を切り、“ショータイム”が始まったのだが、お得意の演歌を披露する『爺』の声には張りがなく、声量もあまり出ていない。心から楽しんでいるような感じではないようだ。それでも、ちょっとでも勢いつけてもらえればとワタシが【必殺仕事人】の主題歌など歌うとようやく「お、仕事人かぁ!おらあ【鬼平】とコレは大好きなだよなあ!」まあ付き合いも長いし、そう思って選曲したのだが、少しだけでも元気を取り戻してくれたようでワタシも歌い甲斐があったってもんだ。ワタシと新人くんの電車の都合もあり、9時半頃には宴はお開きになったのだが、会計をお願いしている間に『爺』が「今日はありがとう、そしてすんません」と挨拶し始めた。前出の2つの原因もある一方、健康診断であまり思わしくない結果が出たり、群馬での新たな得意先の担当者の顔と名前がなかなか覚えられなかったり、パソコンで見積作るのもワタシや新人くん、事務員のA子ちゃんの手を借りてばかりで、自分が情けなくてしょうがなく、近頃は仕事を辞めることばかり考えてしまっているのだという。ワタシも事務所では、ちょっと場の雰囲気を明るくするつもりで『爺』のことを茶化したりしていたのだが、そんな些細なワタシの一言が『爺』にさらなるプレッシャーを与える結果になっていたことを聞かされ、愕然とした。ただ、我々は決して『爺』のことを蔑んだりしているのではない。パソコンの操作などは確かに我々若い者の方が優れていて当たり前だし、むしろ記号や数字を自分で打ち込んでプリントアウトできるなんて、『爺』と同年代の人でそこまでできる人は少ないと思う。それに、『爺』がこれまで積み上げてきた経験や実績を考えれば、我々はまだまだ学ぶことが多いと思うから、パソコン操作のフォローなんて“授業料”にしても安いものだ。ワタシや新人くんがそう言って励ますと、『爺』はますます恐縮して身を小さくするのだった。帰りの電車内、ワタシは知らずのうちに『爺』を傷つけていたことを詫びた。「いやいや。でも、少しは気持ちがラクになったかな?」飲んで歌って、いつもの『爺』に少しだけ戻れたようだ。親しい仲にも礼儀あり。ワタシもこれからは『爺』に対する言葉遣いには十分気をつけなくては…。ぎっちょ
September 7, 2012
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(2005年9月6日付本稿の再掲)『ロボコン』ご存じですかあ?え?『がんばれロボコン』?いえ、確かにアニメ・特撮系の話題も多いこのコーナーですが、今日の話題は“ロボットコンテスト”の『ロボコン』であります。この『ロボコン』、世界各国から集まった工学系を学ぶ若者たちがランダムにチームを編成し、様々なアイデアを用いて作ったロボットで競技する大会です。世界各国ですから、競技以前に問題となるのが【言葉の壁】。それも、ヨーロッパやら南米やら多種多様の人が集まっているので、まずどんなロボットを作るか以前にチームの意思の疎通をどのように行うかに頭を悩ませるワケです。チーム分けと合わせて、競技方法が発表されます。今年は、ステージ中央に設置された円筒にビーチボールを乗せるというもの。円筒は高いものと低いものの2種類あり、高いのにボールを乗せると4点、低い方は2点になります。ただし、この円筒の上に何かオプションをつけて複数のボールを乗せられたら、乗せた個数分得点が倍になっていきます。地道にひとつずつ乗せていくか、それとも“一攫千金”を狙うか…方針によって戦略も変化します。ロボット製作にあたっては、支給された一定の材料しか使えませんが、総額1000円以内で別の材料を購入することができます。この1000円の使い道も様々で、ボールをつかみやすくしようと【トイレ掃除用スポンジ】を購入してロボットのアームにする者もいれば、折りたたみ傘を購入してそれを円筒に差し込んで広げ、その上に何個もボールを乗せて大量得点を目論むなどのアイデアを各自で出し合います。二週間でロボットの製作と操作練習をして、いよいよ本戦。例の折りたたみ傘を使って“一攫千金”を狙ったチームは、その戦法で順調に加点したものの終了間際に敵ロボに傘を円筒から抜かれてしまいます!円筒に乗った相手のボールを落とすと3点減点になるのですが、アイテムは対照外。こうして、“一攫千金”狙いのチームは敵ロボに“撃沈”されたり、円筒にセットし損ねて“自爆”したりして全滅、4強に残ったのはいずれも地道に乗せる戦法をとったチームでした。なんか【人生の縮図】を見たような気がしましたよ~ヽ('ー`)ノ~ぎっちょ
September 6, 2012
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(2008年9月5日付本稿の再掲)モーブスこと【モーニング娘。】が、辛うじてテレビ番組のレギュラーゼロという“非常事態”だけは免れたようだ。レギュラーゼロを回避! モー娘。が深夜に新番組別にワタシとしてはモーブスなどといった存在、居ても居なくてもまったく大過ないのだが、かつては出す曲出す曲が大ヒット、メンバーの中から派生したユニットも大当たりで、イヤでもテレビや雑誌などでモーブスを見ない日はないというくらい日常的にその顔を見掛けていたことを思うと、隔世の感がある。昨今、モーブスが衰退していく様を見るにつけ、同じアイドル系でもあるジャニタレたちの永年に渡っての安定したテレビ支配ぶりと比べると、その背景(バック)の力の入れようには雲泥の差があるように思う。例えば先の24時間テレビ、週刊誌に麻薬疑惑が取り沙汰されたばかりの【嵐】の大野メンバーが、何ごともなかったかのようにお涙頂戴のチャリティ番組を仕切っていたのに驚いた。週刊誌記事の信憑性について疑義を挟む余地は確かにあるが、それにしたってネタは麻薬である。もともと芸能界は麻薬に甘い世界とはいえ、「シロ」とも「クロ」ともハッキリさせないまま世間的にこの話題をほぼ黙殺させ、「シロ」という確証ばかりか弁明すらないまま大野メンバーをテレビに出せるほどのジャニーズの影響力ってのは、空恐ろしいものがあると感じた。大野メンバー以外にも、グラビアアイドルからレイプ告発された【V6】の森田メンバーも何事もなかったようにテレビに出てるうえに、いつの間にかこの一件は相手の狂言だったみたいな話にされちゃったなんて話もあるし、交通違反の挙句にそれを取り締まろうとした警官をはねて逃走を企てタイーホまでされた【SMAP】の稲垣メンバーが、数ヶ月に渡る謹慎期間こそあったものの、なんかミョ~に感動的に演出された復活劇でテレビに戻ってきたのも記憶に新しい。もっともこうした厚遇を受けるには、やはりシャチョーさんのご寵愛のもと冠番組を持てるくらいのステイタスは必要で、未成年なのに飲酒喫煙してたりした素行不良の名もなきジャニーズジュニアとかの中には、人知れず“抹殺”されてしまった者も多いんだろうね(・∀・)ニヤニヤ対するモーブスのばやいは、未成年での喫煙がバレてクビになったカゴちゃんみたいなのは仕方ないとしても、オトコとの交際がバレて追い出されたヤグチマリとかフジモトミキのケースってのは、まるで「法度を破れば切腹」という新撰組の恐怖政治みたいにも感じる。二人とも年頃の娘さん、恋のひとつやふたついいじゃないwと思う一方で、自作のエッセイにおいて盗作が発覚したアベナツミは、今でもエロイデーなど週刊誌のグラビアで水着ではしゃいでるのが時々掲載されているのを見掛けたりするけど、ヤグチやフジモトはとんとその姿を見なくなった。地上波放送そのものをあまり見ていないので見逃しているだけなのかもしれないが、それにしてもモーブスにおける罪の重さの度合いは恋愛>盗作なワケで、社会通念的にはどうなん?これ、と感じたりする。しかも、干したら干したで徹底放置。もっとも、アベにはプロデューサーであるツンクとただならぬ関係だったなんてウワサも聞くけど…干された彼女らに、さんざんいろんな意味でw甘い汁を吸わせてもらったそのツンクとやらは、そんな彼女らのことなどなかったかのように新たな甘い汁の開発にも余念がない。まさにヤリ逃げ、使い捨ての風体だ。冒頭にもお話しした通り、モーブスとそのメンバーなどに一切思い入れなどないワタシだが、人をはねるという重大事故を起こしておいて同じグループの仲間たちばかりかファンにまで暖かく出迎えられた稲垣メンバーのケースなどと比べると、たかがオトコがいたくらいで冷遇されるヤグチやフジモトの扱いにはちょっぴり同情を禁じ得なかったりするのであった。ぎっちょ
September 5, 2012
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(2004年9月4日付本稿の再掲)先日、ネットのフリマで倉田まり子さん目当てで買った古い芸能雑誌に、『ただいま放課後』というドラマの記事が載っていました。あの”たのきん”主演の学園ドラマなのですが、この記事を見てワタシの【脚本家デビュー】にまつわる顛末が脳裏に甦ってきましたので、今日はそれについて一席。通っていた中学の文化祭、わがクラスの出し物は『演劇』になり、当時から文才には定評のあった(自分で言うなw)ワタシがその脚本を執筆することに相成りました。ジャンルはクラスで協議した結果【学園もの】ということになりまして、そこでワタシが書いたのが「学園間のいざこざを駅伝勝負で解決する」というストーリー。ところがこれが、前述した『ただいま~』の一ストーリーに酷似どころかそっくり同じだったからさあ大変!日頃からワタシと折りが悪かったクラスの番長くん(必ず一人はいましたねぇw)からは「盗作だっ!」とツキ上げられたりもしましたが、誓って盗作なんかではありません。なぜってワタシ、『ただいま~』の時間帯には学習塾に通っていたのですから。また、ヒロインの名前を「倉田まり子」と「石川ひとみ」からとって【倉田ひとみ】と名付けたら、同学年に同姓同名の女の子がいるという問題も発覚!せっかく書き上げた生涯初の原稿は”ボツ”…一から書き直しと相成ったのです。さて、ここからがワタシのスゴいところなのですが(だから自分で言うなってw)、わずか一夜で新しい原稿を書き上げて行ったのです!今度のストーリーは、(原稿が現存しないため、細部についてはうろ覚えなのですが…)担任の先生の不審な行動に疑問を抱いた生徒たちが独自に先生を調査。その結果は…な~んだ、チャンチャン!ってな内容だったと記憶しています。タイトルは『密偵(スパイ)』。まあ~なんて大袈裟なタイトルなんでしょ!wちなみに今だから言いますがこのタイトル、大好きだった『太陽にほえろ!』のサブタイトルからパクリました('◇')ゞ番長くんを”舞台監督”に指名するなど、中学生らしからぬワタシの絶妙の采配(出た!自画自賛w)によってクラスのチームワークもまとまり、舞台は大成功に終わりました。ただひとつ誤算だったのは、番長くんの”陰謀”で主役の男性教師をワタシ自ら演じる羽目になってしまったこと。いや~照れくさいもんですよ、自分で考えた台詞を自分でしゃべるのは。しかし、中学生でも思い付く台本を書くプロの脚本家って…っていうか、そんな台本を書く中学生のワタシがスゴい?ってことにしておいてくださいな(^-^)vぎっちょ
September 4, 2012
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(2007年9月3日付本稿の再掲)今日9月3日は、ちょうど30年前の1977(昭和52)年のこの日にジャイアンツの王貞治(現ホークス監督)が世界新記録となる756号本塁打を放ったことから【ホームランの日】に制定されているのだとか。その後も王は1980(昭和55)年まで現役を勤めて通算本塁打数を868まで延ばし、現在に至るまでこの記録は破られていない。先頃、この『756』という数字を久々に耳にした。米国大リーグで、奇しくも同じチーム名であるジャイアンツのバリー・ボンズが、ハンク・アーロンの持つ本塁打数の大リーグ記録を更新したのだ。ただ、日本の全国民から英雄のように讃えられた王と違って、ボンズの場合は必ずしもそういう扱いを受けたワケではなかった。それもこれも、長年ボンズに…いや、大リーグ全体に蔓延する『ステロイドの影』のせいだ。日本国内でもこの記録は冷ややかに受け取られているようで、毎週見ている『サンデーモーニング』のスポーツコーナーでも“ハリさん”こと張本勲氏が「所詮アメリカでの記録」と切り捨てていたが、返す刀で王の記録を必要以上に持ち上げたのにも疑問を感じた。王の数字が記録として凄いのは認めないワケではない。だが、現在と比べて王のいた時代のプロ野球は、どこをとってもひと廻り小さい球場、少ない投手の球種、配球パターン…もし現代にあの当時の王貞治がそのまま甦ったとしても、同じようにホームランを量産できるかは甚だ疑問が残るところではある。話が逸れた。ボンズの記録がそれほど評価されないのは、やはり“禁止薬物を使用して”のものである疑いが濃厚なことに拠る。ことステロイドは、筋力増強に絶大な効果がある反面、使用の度合いによっては精神状態に異常をきたす副作用もあったりするらしい。そんな薬物を使ってまでホームランを打ちたいのか?というのが“ボンズ否定派”の意見である。ただ、米国内のあるアンケート結果によると、一般市民には否定派が大勢を占めているものの、同じプロ選手には肯定派が多いのだそうだ。その意見の大半は、「薬物を使ったって、みんながみんなホームランを打てるワケではない」というもの。ボンズがもともと持っていたホームランを打つ技術に、ちょっとパワーを上乗せしただけ、というくらいの感覚でいる者が多いようだ。ボンズ本人だって、ステロイドを使用することによる副作用は覚悟の上で、ボールをより遠くへ飛ばし、一本でも多くのホームランを打ちたい一心だったのかもしれない。だが、例えステロイドによる本塁打数の上乗せがホンの数本分にすぎなかったとしても、ワタシはやはり「クスリの力を借りて打った756本の大リーグ記録」よりも、例え記録には届かなくともナチュラルな肉体で打った750本のホームランの方を評価したい気持ちが大きい。ボンズの記録。あなたなら、どう評価するだろうか?ぎっちょ
September 3, 2012
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(2005年9月2日付本稿の再掲)楽天のリーグ単独最下位が確定した。言い方は悪いが、所詮は他球団の“おさがり”の寄せ集め。開幕前から苦戦は“想定の範囲内”で、当然といえば当然の結果となった。初代監督に任命されたのは、中日~西武~阪神と渡り歩いて活躍した田尾安志。コーチ経験もない田尾は、手垢がついていないという点では新球団にふさわしい人選と言えた。当初3年契約を結び、一から新球団の育成を任された格好の田尾であったが、シーズンに入って敗戦を重ねるにつれてその周辺がにわかに騒がしくなってきた。開幕早々、GM(ゼネラルマネージャー)に起用したM・キーナート氏を球団が電撃解雇したのに続き、山下ヘッドコーチを二軍監督へ配置転換する事実上の降格人事など激震が続いた。プロたるもの、その評価は「勝つか負けるか」で下されると言っても過言ではない。だがしかし、今年の楽天にそれを求めるというのはあまりにも酷というもの。仮に星野仙一や野村克也が監督をしていたとしても、結果はそう変わらなかったのではないかと思われるからだ。そういった意味では、これらの人事がフロント主導で行われたとするならば、あまりに拙速な対応と言わざるを得ない。反面、そこには巷間伝え聞く田尾の“人間性”の問題も垣間見える。現役時代から自己中心的で、チームより個人の成績を気にかけていたという噂。違うと思ったら目上の者にも遠慮なしに物申す強気な性格。不動の一番打者でチームの中心選手でもあった田尾を中日が放出したのにはそういった裏事情もあったと聞くし、単なる成績不振だけではなく球団を運営する中で田尾と上層部に何らかの軋轢が生まれた可能性もある。が、世論はどちらかといえば田尾に同情する声が圧倒的である。独断専行といわれる楽天・三木谷オーナーには、感情論に流されることなく適切な判断をもってこの監督人事騒動を収拾していただきたい。負けるのを半ば覚悟の上で引き受けてくれた田尾監督の“男気”に応える意味でも、相応の戦力を与えた上で適性を判断しても遅くはないとワタシは思うのだが…?ぎっちょ
September 2, 2012
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昨日【いきものがかり】について語らせていただいたのだが、もうひとつ、最近カーステや自宅のステレオで時間があるとつい奏でてしまうのが【Perfume】の曲である。分類するなら“アイドルグループ”として語られることの多い彼女たちだが、特にステージ上で見せるアクションは、単なるアイドルのお遊戯にとどまらない切れ味を誇る。それともうひとつ、三人が三人ともグループのセンターポジションに価するルックスとスタイルの持ち主ながら、敢えて特定の誰かをセンターに置かず、同じ楽曲においても三人が入れ替わり立ち替わりセンターに立つのも特徴のひとつとなっている。※トークにおいては、三人の中でもっとも機転が利く“あ~ちゃん”がセンターに入ることが多いようだが・・・この三人を見ていると、ふと昭和のアイドルグループで同じ三人組の【キャンディーズ】にイメージをダブらせてしまう。当時小学生だったワタシは、【キャンディーズ】では“ランちゃん”ひとすじで、太めの“スーちゃん”とガリガリの“ミキちゃん”にはこれっぽっちも魅力を感じなかったのだが、解散から三十年あまり経った今、テレビのレトロ特番などで当時の映像を見直してみると、スーちゃんもミキちゃんもランちゃんに負けず劣らずの魅力があって、現在の自分がタイムスリップして当時の若者に混じったら、もしかしたらミキちゃんのファンになっていたかもしれないなどと思ったりもするのである。【キャンディーズ】そのものの魅力といえば、季節感溢れる楽曲の数々とか、近所のお姉さん的な親近感などが挙げられるが、三者三様の個性があって、その三人のファンの間においても御贔屓以外のメンバーに対する“アンチ”感情が少ないのも、その特徴のひとつといえる。例えば、ランちゃんのファンである一方で、ミキちゃんやスーちゃんを嫌う者はほとんどいなかったのではないだろうか。三人それぞれのファンたちは、【キャンディーズ】そのものにもまた、イチ推しメンバーと同じように愛着を持って見つめていたに違いないのだ。同じような“匂い”を【Perfume】には感じる。すべてのファン、というワケではないかもしれないが、例えばネットにおける論調などを見てみると、それぞれイチ推しするメンバーはいても他の二人を毛嫌いし、排除するような感情は持ち合わせていないように見える。「総選挙」と銘打った人気投票でセンターを競い合い、そこを目指すメンバーのファン同士がそれぞれの欠点を挙げて腐し合うこともある、どこぞの十把一絡げアイドルグループにはない清々しさを、ワタシなどは感じてしまうのだが。そんなワタシは、三人の中では断然“かしゆか”推しである(・∀・)ニヤニヤぎっちょ
September 2, 2012
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(2006年9月1日付本稿の再掲)さて、先月は何やかやと書くことが多かったこともあって書きそびれてしまったのだが、ちょうど機種変の手続をしたその日のこと…暑い最中、事務所に戻るべく歩みを進めるワタシ。と、どこからともなく「ぎっちょさあ~ん♪」と呼び掛ける若い女性の声がする。はて?と周囲を見回すと、車道を挟んだ反対側の歩道にいたのは、いつも二次会で使っている『S』のフロアレディ・みさちゃんだった。「お~い♪」戻っても特別用事はなかったし、ムヒムヒヴァカの顔も見たくなかったから、車の波をかき分けてみさちゃんのもとへ。「どしたの?こんなとこで」「うん、そこでぼ~っと外見てたらぎっちょさんが見えたから」彼女は、ワタシの勤務先近くの病院に来ていたという。「よくわかったね」「そりゃわかるよぉ~」確かに、スーツにスキンヘッドってのはそうそうお見掛けできる出立ちじゃないw「どしたの?今日は」「うん、オジさんを病院に連れてくる日でね」みさちゃんが指差した方を見ると、車椅子に座ってうつむいたままの初老の殿方がいた。「ああ、この方が…どうもはじめまして」うつむいたまま返事もしない殿方にご挨拶。この方があの…。みさちゃんに初めて会ったのは昨年の7月。駅前ホテル内にあった『D』というお店のママがその店を閉めて新たに今の『S』を開店して間もない頃だった。ささやかな開店祝いを携え、生まれて初めて一人で飲み屋に入ったあの日(昨年7月13日付本稿参照)、カウンターで向き合ってお話ししたのが入店間もないみさちゃんだった。この店は昼間は普通のOLやってるような娘が多く、あまり水っぽくないのが魅力のひとつで、みさちゃんもそういう娘だった。他愛もない話をしながら、昼間はどんな仕事をしているのか聞いてみた。「何してると思います?」見た目色白でおっとりした雰囲気から、「看護婦とか保母さん」と答えると、「う~ん…違うけど近いこともしてるかな~…」と、前出のおじさんの話をしてくれた。数年前に脳梗塞で倒れて以来車椅子生活のみさちゃんのオジさん。普段はじっと動かないことが多いのだが、何かの拍子に見せるちょっとした反応が面白かったりすると無邪気に話すみさちゃん。かく言うワタシも、恐れ多くも介護の勉強をした身。おじさんにまつわる話と、介護学校での経験談…『介護』という共通キーワードで、随分と話は盛り上がったものだった。「おじさんの薬が出てくるまで付き合ってもらえる?」時計の針は夕方4時をまわったくらいだったから、待っても30分くらいかと薬局内でみさちゃんとしばし歓談。前日はお店が貸切りで、ちょうど亀田好奇のタイトル戦の日だったのでみんなで観戦していたのだが、例の判定には当然のごとく店内大ブーイングだったというような話から亀田論議などに花を咲かせているうちにふと時計を見ると、すでに5時を回っていた。ま、いっか♪携帯も鳴ってないし…w「〇〇さあ~ん」5時半近くになって、ようやくみさちゃんが呼ばれた。「フルネーム、バレちゃったねw」そう、計らずもみさちゃんの苗字がわかってしまった。まあそんなに珍しい苗字じゃないし、別に住所調べようとも思わないし。主治医の先生の話を聞き、薬を受け取って無事に任務完了。「長いことゴメンねぇ~。でも助かったよ~♪」「いやいや(・∀・)」介護タクシーに乗り込み、家路につくみさちゃんとおじさんをお見送りして、ワタシの任務も無事完了。事務所に戻ると、幸運なことに所長と『爺』がいてヴァカは戻ってこないとのことだった。みさちゃんのことを話すと、「誘ったん?」と『爺』。「さんざん付き合わせたんだからデートしろって言えばいいがね!」いや、昼も夜も仕事して、空いてる時間はおじさんの介護…さぞみさちゃんもお疲れでしょうから…第一、そんなことできるくらいならとっくに(・∀・)ニヤニヤぎっちょ
September 1, 2012
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音楽といえば昔は、新作アルバムが出れば迷わず買ってしまうアーティストやアイドルの五つ六つくらいいたものだが、ここんとこヒットチャートを賑わせているものといえば【B'z】や【ハマサキ】や【あっかんべー48】など作品の出来不出来以前に、テメェのファンの購買意欲を巧みに煽りつつ「なんぼ売り上げた」かばかりを強調する下衆な輩ばかりで、もううんざり。そんな中、心から応援したくなるようなサウンドを聴かせてくれる数少ないアーティストのひとつが、【いきものがかり】なのである。以前にも本稿では【いきものがかり】に『yell』を送らせていただいたことがあるのだが、もう発売はかなり前のことになるが、ニューアルバムの『NEWTRAL』も実に【いきものがかり】らしいというか、期待を裏切らない作品に仕上がっている。ところが、その中で1曲、大きく期待を裏切っている曲がある。裏切り…とはいってもそれは、いい方向への裏切り…なのだが。その曲のタイトルは『恋詩』という。【いきものがかり】のサウンドといえば、時に明るく爽やかに、時に物悲しい詞や曲調を織り混ぜた、文字通りの“青春ポップス”といった風情のものが多い。ところがこの『恋詩』は、曲調がこれまでの【いきものがかり】にはなかったものになっている。例えるなら、【東京スカパラダイスオーケストラ】とか【ラブ・サイケデリコ】っぽい楽曲なのである。ボーカルの吉岡聖恵チャンも、この曲ではこれまでの“純粋で真っ直ぐ”な歌い方から一転、どこかアンニュイというか気だるそうな雰囲気を醸し出している。これまで築き上げてきたイメージを大きく一変する…とまで言ってしまうと少しオーバーかもしれないが、これまでの楽曲にはなかった曲調であることは確かで、それをまた見事に歌い上げて【いきものがかり】の世界観に染め上げている聖恵チャンの歌唱力の確かさには、改めて感嘆するばかりなのである。アルバムには、CMなどで使用されていた曲も多く収録されている。それだけに、トータルで聴いて見るとこの『恋詩』の放つ異彩が際立つ。もし、どこぞのカラオケで配信されているのなら、是非ともマスターして自ら歌ってみたいと思わせる…『恋詩』って、そんな楽曲である。ぎっちょ
September 1, 2012
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