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(2007年10月31日付本稿の再掲)ある昼下がり、昼飯の弁当をコンビニで買い込んで、いつも行く市内の公園の駐車場に行くと、ひと組の男女がしきりとあらゆる駐車スペースから車を出し入れしている。どうやら【車庫入れ】の練習をしているようだ。見た感じ、免許取りたての娘を指導する父親ってな風情だったのだが、弁当食いながらぼんやりとその風景を眺めていてふと、「はて…これってどのくらい練習になるのだろう…」と考えてしまった。この駐車場は、横一列に20台前後駐車可能なスペースが10ヶ所ほどあるかなり広いところ。それも、ワタシがいつも昼飯食うのに停める場所は【第一】【第二】といくつかある駐車場の中でも公園からはもっとも離れたところにあるので、平日の昼間などは駐車してある台数もかなり少ない。実際、駐車する場所もないほど混み合うのは春の花見シーズンくらいのもので、普段は非常に閑散としている場所なのである。だからこそ、ワタシも休憩場所として重宝しているのだが。父娘は、一台も車が停まっていないだだっ広い駐車スペースで、右に左にとハンドルを切りながら車庫入れの練習をしている。まあこれでもハンドルを切るタイミングとか感覚みたいなものはある程度つかめるのかもしれないが、正直言ってあまりこの練習は役に立つとは思えない。というのも、出先でこれほどスペースに余裕のある状態で車庫入れができること自体、そんなにないことだからである。むしろ、停車している車と車の間を何度もハンドル切り返しながらやっとの思いで駐車スペースに車を停めることの方が圧倒的に多い。だから、ワタシがもし父親の立場で娘に運転講習するなら、なるべく車の隣りか、最低でも駐車場の端っこの縁石のあるところを狙って停めさせるようにする。自動車の運転を練習するというのは、100時間教習所に通うよりも、1時間一般道を走る方がより学ぶことが多い。要するに“実戦”が一番の練習でもあるのだ。かく言うワタシも、免許を取ってわずか1週間後には当時住んでいた埼玉の和光市から千葉は船橋までスッ飛ばしたものだ。やはり、車の運転たるもの“経験”がすべて。ドアを少しこすったり、右折しようとしてタイミングを逸し、交差点の真ん中でクラクション鳴らされまくったりという“経験”を積み重ねてこそ、ドライバーとして成長していくものなのだ( ̄ー ̄)ニヤリまあそれでも、娘が父親を毛嫌いして物も言わないなんて話もよく聞くこのご時世、父が娘に運転指導なんて微笑ましいではないか…ん?待てよ…ホントに父娘だったのだろうか?…案外、キャバクラ嬢とそのスポンサーのパパさんとかいう取り合わせだったりして…(・∀・)ニヤニヤぎっちょ
October 31, 2012
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(2008年10月30日付本稿の再掲)自らの肉体が武器とも言えるスポーツアスリートにとって、三十代という年齢はひとつの曲がり角でもある。中にはゴルフのように、五十や六十になってもツアーに出られる競技もないワケではないが、ほとんどは選手が競技の第一線から身を引くのは三十代というケースが多い。そんな折、まさに肉体的曲がり角にいる二人のアスリートが、先週から今週にかけて対照的な動きを見せた。辰吉丈一郎。1990年代初頭、類稀なボクシングセンスと奔放な言動で人気を博し、所要試合数では日本ボクシング史上もっとも早く世界チャンピオンに上り詰めた男である。度重なる目のケガ(網膜剥離)により引退勧告を受け、日本国内では現役続行の道を断たれた格好になっていた辰吉が、このたび5年のブランクを経てタイにその道を見出だし、格下相手ではあったが全盛期を思わせる軽快な動きを見せて見事KO勝ちを飾った。高橋尚子。2000年、シドニー五輪のマラソンにおいて、日本女子陸上選手として史上初となる金メダルに輝き、翌年のベルリンマラソンでは当時の世界記録を樹立するも、その後はアテネと北京の両五輪大会には出場できず、成績も伸び悩んだことから自身の体力の衰えを悟り、現役引退を表明した。世論においては、海外に渡ってまで現役への道を模索する辰吉や、北京五輪出場の道が閉ざされるや国内のマラソン主要3大会への連続出走を表明する高橋のように、衰えてなお現役に固執する姿を『見苦しい』と取る向きもあった。確かに、日本においては余力を残して現役を退く潔さにこそ美徳があり、衰えゆく身体に鞭打って現役にしがみつくのは見苦しいとする風潮がある。それもまた『真』ではあるのだが、ワタシのような凡人の考えるところでは、自身の“散り際”を美しく演出するのも、肉体的にボロボロになりながら自分が納得できるまで現役を続けるということも、一芸に秀でたアスリートだからこそ許される特権なのだと思う。だからこそ、選手としてはもとより一般人としても致命傷を負うかもしれないリスクがあるのは承知のうえで、辰吉にはとことんまで己の信じる道を突き進んでもらいたいし、カンペなど一切見ることなく自分の言葉で引退の弁を述べきったQちゃんには、心から「お疲れ様」「ありがとう」と声をかけてやりたい。このテの会見にありがちな“湿っぽさ”が一切なかったQちゃんの会見を見ていて、彼女は本当に選手として完全燃焼したのだろうなと感じた一方で、あれだけこだわっていた『第一線で走る』ことに、ここまでキッパリと区切りをつけられたというのは、あるいは走る以外の何か“生きがい”みたいなものを見つけたのかな?という気も。ほどなく、おめでたい発表も?と軽く予想してみたりして。ぎっちょ
October 30, 2012
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(2005年10月29日付本稿の再掲)およそ1年半ぶりに、刑事ドラマの専門誌『刑事マガジン』の新刊が発売された。メインは『あぶ刑事』映画の特集、人気シリーズ『相棒』の3rdシーズンについてや、往年の名刑事の現在を取り上げたコーナーなど。前2巻と合わせてなかなか通好みな内容に、通のワタシは全号取り揃えている。といっても、まだ3冊目だがw『相棒』といえば水谷豊と寺脇康文コンビの軽妙なやり取りが人気のドラマだが、このコンビのルーツは90年代前半に放送されていた『刑事貴族』シリーズに起因する。パート3まで制作されたこのシリーズの、2~3で主役の本城刑事を演じたのが水谷、寺脇の藤村刑事は2の途中から加入し、この二人は個人的には『あぶ刑事』以上のコンビネーションを見せてくれたと思っている。また、係長役の松方弘樹をはじめとする他の刑事の設定も綿密に作られており、“平成版『太陽にほえろ!』”とも例えられ、評価も高い人気シリーズである。今回特集以上に目を引いたのが、往年の名刑事たちへのインタビュー記事。『太陽にほえろ!』のゴリさん(竜雷太)、『Gメン’75』から山田刑事(藤木悠)と草野刑事(倉田保昭)、『西部警察』のゲン(苅谷俊介)といった面々である。出演に至るまでのいきさつや自身の下積み時代、倉田氏の「香港ロケ裏話」など読み応えも十分。また近況として、苅谷氏が役者をセミリタイヤして考古学者をされているという異色の経歴に少し驚かされた。また、藤木氏のインタビュー中、『太陽』の“長さん”役のオファーがあったという話があった。スケジュールの都合で叶わなかったのだが、後年“長さん”を演じた故・下川辰平さんから「藤木さんが断ってくれたから、この役が回ってきた」と感謝の意を告げられたことがあるという。『太陽』と『Gメン』といえば、ワタシにとって刑事ドラマの二大バイブル。それが微妙に交わったという因縁と、「役をもらった」とわざわざ礼を言う下川さん、それを「別に断ったワケじゃないのにさあ」と豪快に笑い飛ばす藤木氏それぞれの人柄にも胸を熱くさせられる思いがした。ぎっちょ
October 29, 2012
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(2007年10月28日付本稿の再掲)人間、【天職】なんてもんにそうそう巡り逢えるものではない。そう信じて就いた仕事が反吐が出るくらい糞な職場だったり、逆に嫌々渋々入社したところが働き甲斐があったり、人間関係にも恵まれたり…人生の岐路といえば、大学を卒業して就職する際にワタシには二つの選択肢があった。一つは建設業界に勤める父の紹介で、同業で父のとは別の会社に入社するいわゆる“コネ入社”。もうひとつは、主に円谷プロや東映などが制作する特撮モノを中心として、ドラマなどテレビ番組の効果音を作る会社。小学校の卒業文集でしたためた【アナウンサーへの夢】も捨てたワケではなかったが、やはりどうせやるなら電波の届かない地方局よりも、家族や仲間に声を聴いてもらうためにも電波の届きやすい関東圏内の有名放送局という欲もあって、FM東京(当時)一社に焦点を絞って凸攻するも玉砕。今考えると、地方局でキャリアを積むやり方もあったのにと思ったりもするが。結局、悩んだ末に父の紹介で今の業界に飛び込むのを選んだのは、ひとえに“安定”のためであった。どんな仕事にせよ、放送業界となるとどうしても時間が不規則で、先々結婚して妻や子供に恵まれてもなかなか家族とともに過ごす時間はとれないかもしれない…そう思った時に、多少残業はあるにせよ土日がほぼ確実に休めるであろうサラリーマン稼業というのが、あるいはワタシにとっての天職なのでは…?ふとそんな気持ちに苛まれたのであった。結果どうなったかって、確かにボーナスは年々目減りしているとはいえ月収は安定しているし、休日も土日はほぼ休めるし、果てしなくローンは残っているが自分の城も持てたし…唯一の誤算は、本来その城にともに住むべき伴侶に、齢40を過ぎた今も巡り逢えていないことであろうかw そう、その巡り逢うべき伴侶に未だ巡り逢えていないという事実その一点が、人生における最大の誤算でもあるワケだ。今の安定した生活というのは、そもそもそうした自分の家族たちとともに過ごす時間を多く取るためだったのではないか?その存在がない現状、今の安定した生活に何の意味があるのだろうか?と、こんなことを言ってしまうと、定職に就きたくても就けない方にとっては、「何たる戯言」「仕事があるだけマシ」「贅沢言うな」と叱られるかもしれない。だが、もしもあの時、この歳になるまで独り身でいることがあらかじめわかっていたら…いや、もしもタイムマシンに乗ってあの就活の時期に戻れるのならワタシは迷わず、かの小さな音響制作の会社を選ぶであろう。時々、地上波やCSで何気なく見た『ウルトラマンマックス』とか『ウルトラマンメビウス』といった特撮作品のスタッフロールで、あの時ワタシに「例えば…ウルトラマンの光線の音なんかはね、これを早回しでテープに録音して作るんだよ」とパイプ椅子の脚をスプーンで「チ~ン♪」と鳴らして教えてくれた“あの人”の名前と会社名を見掛けるたびに、その思いを強くするのだ。そんなこんな言っても、この歳になって今から放送業界で下積みからやっていけるかって、さすがにそれは無理な話だ。が、これまで数々の友人や仲間に出会う中で見つけた、もうひとつの理想の職場…そう、志半ばで病に倒れた友人が生涯かけて取り組んだあの仕事…もし、就活の年齢の頃にその方面への選択肢が現在くらいあれば、放送業界と並んで真剣にその世界に飛び込むことを考えたであろうあの職場…あそこなら、今からでも遅くないのかもしれない。いろいろあって、再びそんな思いが頭をもたげはじめている。ぎっちょ
October 28, 2012
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(2006年10月27日付本稿の再掲)ワタシがこの世に生を受けて以来6度目となるドラゴンズの日本シリーズは、今回も敗戦と相成ってしまった。分岐点は第2戦の7回、2死2、3塁から山本昌が金子に逆転タイムリーを打たれたあの場面だろう。結果論になるが、そこまで抑えていたとはいえ左投手に対する右打者の相性や、すでに100球を超えていた山本昌の球数を考えれば、敬遠せずに金子で勝負するならそこで平井投入ではなかったか?それなら間違いなく打たれなかったと言うのではない。あの場面でより抑えられる確率が高かったのは続投か継投か…ということだ。短期決戦では、シーズンより一層“一戦必勝”の色合いが濃くなる。『7戦で4勝すればいい』のではなく『早く4勝した方が勝ち』なのだ。だからこそ継投にしたって“攻めの姿勢”が必要なのだ。特に落合監督は、前回のシリーズでも情に流されて継投に失敗(本稿掲示板『まったり茶房』のシリーズスレ第2戦分参照)している。本当に勝ちたかったのなら、あそこは非情に徹するべきだった。特に、完全アウェーとなる札幌での試合は絶対不利となるのはわかりきっていたのだから、特に名古屋の第2戦は遮二無二勝ちにいくべきではなかったか?そういう姿勢を見せるべきではなかったか?ワタシも含めて、恐らく選手にも何となくファイターズを見下したような“優越感”みたいなものがあったのも事実だ。投打のチーム成績は似通った内容ながら、日本シリーズという大舞台を経験している選手が多いことや、ファイターズ捕手陣の盗塁阻止率がかなり見劣りする(ドラゴンズ谷繁が5割近いのに対してファイターズは3割弱)ことなどから、評論家の事前予想でもドラゴンズ有利と見る声が少なくなかった。そんな中から生まれた“慢心”が歯車を狂わせ、修正できないまま「こんなハズじゃ…」と思っているうちにズルズル…という悪循環に陥ってしまった最大の要因だったのではなかろうか。ワタシも号泣したあの10月11日のリーグ優勝決定試合。今にして思えば、日本一を取りたいのならあそこで落合監督は泣くべきではなかった。確かに、終盤のタイガースの猛烈な追い上げなどあって苦しかったことや、その日の試合もリードしていたのを追いつかれて延長戦に持ち込まれる接戦となったりした緊張感が一気にほぐれたというのもあったのだろうが、あそこでもグッと感情を押し殺し、クールな表情のままで「まだ日本シリーズがありますから」とサラッと言うべきだった。酷な注文なのかもしれないが、落合博満という人はそれができる人だと思う。シリーズ終了後の落合監督のコメント「日本シリーズの雰囲気じゃなかった」のは、あの涙の胴上げでドラゴンズの中のドラマが結実してしまっていたからではないだろうか。ワタシの母が言った「泣くのは日本一になってから」という言葉が、今となっては重い…(; ̄_ ̄)=3また来年…などと考えられる心理状態ではない。それほどの惨敗。ファイターズの勢いを勝因に挙げる人も多いが、勢いを止める最大のチャンスがなかったワケではない。それが、もしかしたら第2戦のあの場面だったのかもしれないのだとしたら、悔やんでも悔やみきれない。もうこうなったら、お気に入りのリエちゃんのいる店に行ってしこたま飲んだくれてデュエットでもして慰めてもらうしかない…か(-.-)y-~~~スパ~ぎっちょ
October 27, 2012
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(2007年10月26日付本稿の再掲)一人暮らしを始めた当初は何もかもが目新しかった。特に料理などは実家にいる頃はほとんど母親任せだったこともあって、自分で味噌汁作ったり魚焼いたりといったやることなすことすべてが新鮮で、毎日献立を考えながら帰宅すると包丁片手に台所に立っていたりしたものだが、そんな“自分のためだけの料理”には飽きるのも早く、仕事に疲れて帰ってから料理する気力なども失せた2~3ヶ月も過ぎた頃になると、いつの間にか我が家の戸棚はインスタントとレトルト食品に埋め尽くされるようになっていた。インスタント食品の中でもソース焼きそばなどは、フライパンに水を入れて茹でるだけというお手軽さや、皿に盛らずにフライパンからそのまま食っちまえば洗いものも少なくて済むということもあって、比較的帰宅後の夕食に選ばれる頻度が高く、戸棚にも多めにストックしてある。液体ソースの『サッポロ一番ソース焼きそば』と、粉末ソースの『日清ソース焼きそば』を好んで食し、これまで買うとしたらそのどちらかを選んでいたのだが、この間買い物に行った時に見慣れないパッケージのインスタント焼きそばを見掛けて、新商品は食べ物飲み物に関わらず試食試飲してみないと気が済まないワタシは、早速その商品を購入してみた。『アラビヤン焼きそば』…パッケージには、昔NHKで毎日夕方に放送されていた人形劇の登場人物を思わせるようなキャラクターが描かれている。頭にターバンなど巻き付けたそのキャラのエキゾチックなたたずまいに、もしかしてソースにカレー粉とか混じってて、ちょっとピリカラ系なのか?などと妄想を膨らませていたのだが…むむむ…?何よりソース焼きそばに必要なソースの風味があまり感じられず、なんとも味気ない…正直、何もかけずに麺だけすすっているような無味で不思議な感覚。その上、製造の過程で何かヘンな油でも使っているのか、食べ進むにつれて飲み込むのも困難に感じるような豊満感が襲ってきた。他のインスタント焼きそばは、空腹時は2パックまとめて大盛にして食しても量的に物足りなさを感じることもあるくらいなのだが、この『アラビヤン焼きそば』は途中で食べるのがイヤになるような感覚をおぼえ、何とか無理矢理完食したものの、しばらく胸のむかつきなどあって気分がすぐれなかった。ただ、その日は休日で昼間に3時間ほど昼寝をしてしまって頭がぼぉ~っとした状態だったので、気分がすぐれなかったのはあるいはそれが原因なのかとも思ったのだが、日を改めて体調万全な時に再度チャレンジしてみても、やっぱり気分が悪くなった。激マズインスタント焼きそば『アラビヤン焼きそば』を買うことは、もう二度とないだろう。さよならノシぎっちょ
October 26, 2012
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(2004年10月25日付本稿の再掲)最悪だ。最悪の結末だ。お世辞にも「夢と感動をありがとう」なんて言える代物ではない。お気に入りのおねいさんに貢いで貢いで、今日こそ勝負!って日に彼氏を連れてこられた、気分はそんな感じだ。6戦まではサイコーだった。仮に負けても愚痴は言うまい。そう思っていた。それがなんだこのザマは。いいように打ち込まれ、打線もシーズン1勝の石井貴に手も足も出ない。仕事を早々に片付けて車すっ飛ばして帰ってきたのに、家に着くはるか前に「勝負あった」だ。今日来たばかりの新しい営業車のドアを壊さんばかりの勢いで、何度も拳を打ち付けてしまった。シーズン中、何度も感動させてもらった。今シリーズも、涙が出るほど必死なプレーも見せてくれた。そのシメの試合がこれかよ。情けなくて涙も出ねえよ。こんなハズじゃない。ドラ戦士たちよ。君たちの実力がこんなもんじゃないとわかっているからこそ、余計に今日のゲームが歯がゆくてたまらないのだ。飲めないワタシが帰りがてら、スーパーで晩飯といっしょに缶ビールを1本買ってきた。もちろん、優勝の暁に風呂場でビール頭からかけてみよう、と思ってのことである。冷やさずに、ぬるめにしておいた方がいいと聞いていたので、暖房をかけた風呂場に置いておいた。試合が終わって、ヤケ酒にとも思ったが、すっかりヌルくなったビールなど飲んでも余計に気分が悪くなると思い、心の中で酒の神・バッカスに詫びつつ、浴槽へビールを流した。思えばやはり、第3戦の岡本続投がキーポイントだったのか。結果論になるし、勝負事に”たら””れば”は禁句なのを承知であえて言えば、あそこで予定通り継投してピシャリ抑えていたら、第2戦の勝利監督インタビューで落合監督が言った通り5戦で決着していたのだ。今日でもそう。勝ちに徹するなら、ドミンゴをもっと早く代える手もあったはずだ。打つ手を打たずに負けたのが悔しくて仕方がない。また来年・・・なんて今はとても思えない。今日の一戦が、すべてを台無しにした。最悪だ。ぎっちょ
October 25, 2012
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(2005年10月24日付本稿の再掲)かつて、我が家には【ヤッホー】という名の犬がおりました(00年10月逝去)。♀の中型ミックス犬で、幼少時に避妊ついでに長期間病院にあずけたことがトラウマになったのか、家族以外には決して懐かない、ちょっとイケナイ子ちゃんでした。そしてそれは、同じわんこに対しても変わることがなく、極端に人(犬)見知りの激しいヤツでした。以前住んでいたマンションで人目を避けて飼っていた時は、散歩も夜に行くことが多かったので他の犬と鉢合わせすることも少なかったのですが、今の実家に越してきてからは昼間に連れ出すことも少なくなく、よそんちの犬が前方からやってくるとルートを変えるか、10数キロもある体を抱き上げてその場を通り過ぎるしかありませんでした。家の近所には他にヨークシャーテリアの【レオ】とビーグルの【ラッキー】という犬(ともに♂)がおりました。ウチの隣には老夫婦が住んでいて、そこに飼われていたレオはチビのくせに威勢のいい犬で、自分より一回り大きいヤッホーに対してほえまくってビビらせたり、散歩の時も自転車に乗るおじいちゃんをさも自分が牽引しているかのような、胸を張った堂々たる散歩ぶりでした。ある日ヤッホーを散歩に連れ出すと、たまたま放し飼いになっていたのか、どこからともなくレオが襲いかかってきました。そのあまりの勢いになす術なくしていると、これまたどこからともなく3軒隣のSさんちからラッキーが風のように駆け付け、レオを撃退してくれたのです。レオはいつもは室内にいるし、ラッキーも普段は綱で繋がれているので、2匹ともなぜたまたまその時だけ放し飼いになっていたのか今思うと不思議でならないのですが、その一件で恩義を感じたのか他の犬とは決して交流しようとしなかったヤッホーが、ラッキーにだけは毎日散歩で彼の家の前を通る時、庭先にその所在を確認するとお互いの鼻先を寄せ合って尻尾ふりふりしていたものでした。ヤッホーが逝く1年ほど前、ラッキーが急逝。その死を知ってか知らずか、「ラッキーちゃん、もう死んじゃったんだよ」と言い聞かせても、Sさんちの庭先にラッキーの姿を求めて佇むヤッホーが、なんとも愛しく思えたものです。ヤッホーの死からも、はや5年の月日が流れた先日、実家に遊びに行ったワタシは母からレオが死んだことを聞かされました。あれだけ威風堂々していた散歩ぶりが最近見られなくなったねー…レオもおじいちゃんだねー…などと噂話していた矢先の悲報でした。町内会のペット社会も“第二世代”に突入。ウチのネコ2匹が我が物顔でかっ歩し、車のボンネットには明らかに何かが丸くなって寝ていたと思われる“ミステリーサークル”が出現する毎日ですd(^-^)ぎっちょ
October 24, 2012
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(2008年10月23日付本稿の再掲)来年行われる第2回WBCの監督問題。一度は消滅したかに見えた星野仙一の名前がここにきて再び取り沙汰されはじめ、それが規定路線かのような流れに対してイチローや松坂といったメジャー組が公に異を唱えたことで、再び物議を醸している。星野仙一がここまで毛嫌いされるのは、北京五輪での惨敗とその責任を他に転嫁するような帰国後の見苦しい言い訳もさることながら、裏で政治的な蠢きが見えるというのもひとつ理由としてある。それも、悪名高きゴミ売=ナベツネがその影の首謀者らしいとくれば、心ある野球ファンのアレルギー反応たるや相当なものだろう。ただ、仮にそういった政治的背景がなかったとしても、星野仙一が代表監督として相応しい人材かと言われると、必ずしもそうではないように思う。ペナントレースにおける星野仙一の監督としての実績は、決して悪くない。むしろ、負けグセのついていたドラゴンズやタイガースといったチームを立て直し、常時Aクラスを狙えるような戦力の土台を造り上げたことは評価されて然るべきであると思う。その礎となったのは、タイガース監督時代にチームのキャッチフレーズともなっていた「勝ちたいんや!」という気持ちを選手に植え付けることだった。星野が監督に就任した、87年当時のドラゴンズ、02年のタイガースに共通なのは、万年Bクラスで選手に覇気が感じられなかったということ。それをFAや大型トレードなどの大胆な血の入れ替えで活性化し、実績のない若手選手を積極的に起用することでやる気を起こさせる一方で、ベテランには危機感を持たせて競争意識を植え付けた。何かと批判も多い“鉄拳制裁”にしても、特にドラゴンズ第1次政権下では選手たちの年齢が若かったこともあるが、チーム内にほどよい緊張感を持たせるのに効果的ではあった。こういった要素を集めて考えるに星野仙一という存在は、特に成績が振るわないチームを長期的視野に立って整備する能力は持っていないワケではないと思われるが、与田や森田といった若きストッパーを酷使し、わずか数年で使い物にならなくしてしまったりといった意固地さの側面も持っていた。国際試合における代表チームとなると、言わば寄せ集めの混成チームで試合への準備期間も限られている。それに、それなりの実力者が集結する形になるので、選手のプライドなど考えたら、星野の得意とする“飴と鞭”を使い分ける采配は振るいにくい。それに、技術的な部分よりもむしろ精神的な部分でいかに本番に向けてモチベーションを高めるような指導、采配が短期間で振るえるかということが重要となってくるから、選手に「この人のために!」と思わせるくらいの人格が必要になってくる。そういった意味では、もはや神格化されたような長嶋茂雄や王貞治こそ監督としてはまさにうってつけの存在で、球団フロントや自ら後を託した後任監督との確執が根強く囁かれるなど、とかく敵も多い星野のような存在は、人身掌握術にはいささか欠けている部分があるようにも思える。もちろん、許された時間が少ない分、その時々で状態のいい選手を見極めて使うという度量も必要で、信念に溺れ情に流されて日本一にすらなれなかった星野仙一が、世界を相手にするのに適格だとはどうしても思えないのである。もっとも、選手の状態については実質的には投打のコーチが判断するべきことで、こと今回ディフェンディングチャンプとして臨むWBCにおいて重視すべきは、イチローや松坂をはじめとする米国に散在している日本人メジャーリーガーを何人招集できるかにかかっていると言っても過言ではない。その点からも、すでに彼らから“ダメ出し”されている人材を担ぎ出すなど愚の骨頂だと、ワタシは考えるのだが…星野仙一よ、これ以上晩節を汚すことなかれ。勇気ある撤退をと望んでいたところ。ちょっとこの件、マスゴミにも振り回されてる気がするなあ…着地点はいずこ?ぎっちょ
October 23, 2012
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(2004年10月22日付本稿の再掲)この時期になると思い出すのが、大学時代の学園祭のことです。幼い頃からアナウンサーに憧れを持っていたワタシ。中学では主に校内放送を担当する【放送委員会】がありましたが、1クラスあたりの定員が決まっており(男女一名ずつ)、立候補はするものの抽選やらジャンケンやらでことごとく落選していたこともあって、大学ではまさに”満を持して”の放送部入部だったワケです。世は『オールナイトフジ』に端を発する”女子大生”ブーム。深夜放送などで”女子大生DJ”華やかなりし頃だったこともあり、”花満開”の放送部…を夢見ての入部でありましたが、現実は厳しく、同期の女性部員は『0』。その後、中途で3人入部しましたが、一人は併設の短大のコだったので2年で卒業、あと二人は諸事情により途中退部してしまったため、3年生からは再び同学年は野郎ばっか、となってしまったのです…。我々放送部の一年で最大のイベントが、秋の学園祭。校内で喫茶室を開きつつ、ブースを造ってそこから様々な番組をお届けするというものでした。会場設営から、”宴”が終わるまで約一週間…多くの仲間が心を一つにして、ひとつのイベントの成功のために邁進する…あそこまでの熱気を今後の人生で経験することは恐らくないだろうと思えるほどです。”宴”が終わると、もうひとつのイベントが待っています。校内にある池に男子部員全員で飛び込むのです。もはや初冬でかなり冷え込む時期でもあり、勢いで飛び込んだはいいが水から上ると唇が紫に変色しているという一種”命懸け”のイベントでもありました。中には…というかワタシと”相方”は毎年飛び込むにあたって”ネタ”を仕込んでおりまして、池の縁から側転して飛び込むワタシwに、相方は海パンに水中メガネのいでたちで飛び込み、水から上がってくるなり洗髪する(あらかじめ頭にシャンプーが塗ってあった)なんて細かい芸をしたりしておりました。今考えると背筋が寒くなるのですが・・・2年生当時のワタシは学校近くに住んでいたので自転車通学をしておりました。これを使わないテはないと、飛び込む前に密かに池の端にベニヤ板を用意し、そのベニヤを助走台にして自転車で一気に駆け上がってダイブ!空中でほぼ半回転して背中から池に落下!妙に盛り上がる周囲の歓声に気を良くし、池(かなり浅い池でした)の中で自転車をこぐ姿を記念撮影したりノリにノッていたのですが、いざ池から出ようとすると体が重い…背中でも打ったのかと思ったら、なんと縦10センチくらいの裂傷が!古い池で、小石やらガラスの破片やらがうじゃうじゃ入っていたらしいのです。幸い、バイキンが入ったりすることはありませんでしたが、落下の角度といいひとつ間違えるとあわや…という場面でした。バカですねぇ~wでも、そんなバカなことを怖れも知らず実践できる、若きあの日にもう一度帰りたい…なんて気もチラホラ(^ヘ^)vぎっちょ
October 22, 2012
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無事に、コロンの旅立ちを見送ることができました。亡骸は、母と相方によって綺麗なお花たちで彩られました。ひとつ記し忘れたのですが、コロンはブラッシングが大好きでした。目の前で、自分の手のひらにブラッシング用のクシを押し当て、前後にシャカシャカ動かすとスッとワタシの足の間に入り込み、ゴロゴロとノドを鳴らしながらブラッシングされていたものです。生前の愛らしい姿をいくつかご紹介して、気持ちに区切りをつけたいと思います。
October 22, 2012
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(2004年10月21日付本稿の再掲)ウチの母は60過ぎても活動的です。30代の頃からテニスに木彫りなどの習い事に加えて、自ら主催してご近所の主婦連を集めて手編み教室(無償)を開いたり。最近はコーラスを習っています。数か月に一度発表会も開かれていて、数十人ほどの小さなホールですが、そこの舞台で”ソロ歌手”としても何度か美声(?)を披露しています。この活動的な母から、なぜワタシのような内向的な子供が生まれてきたのか不思議でなりませんw母のいいところは、”まず楽しもうとする”ところ。ワタシは割と頑固なところがあって、人間関係や見るテレビにいたるまで「イヤなものはイヤ!」という向きなのですが、母はまず自分でそれを楽しもうとします。来客があれば積極的に話しかけ、見たくないテレビでも、どこか楽しめるところはないかとりあえずチェックしてみる。顕著な事例が【格闘技】。最初は「おとなしいアンタがなんでこんな野蛮なもん見るの…」と眉をひそめていた母が、今や家事の手を休めてワタシと一緒に見るようになったのです。きっかけは、『ミルコ・クロコップ』。そのシャープなたたずまいに一目ぼれし、ハイキックの切れ味にもうメロメロなのでありますwまだルールなどには疎くて、昨年ミルコがノゲイラの腕十字にタップして、ノゲイラがミルコの腕を放すなり母が「よっしゃー!」と喜ぶので「ミルコ負けたよ」と言うと「なんで?手ェ放したやん」「マット叩いてギブアップしたんだよ」「え~っ?わからへんそんな~ん」まあ、これはご愛嬌w母はいっちょ前に携帯でメールなどもできます。自分でアドレスを打ち込むのは苦手なので、自分とこにきたものに返信するのみですが。この間、母の”コンサート”に行った時や、母が同窓会で帰省するため父のお守りをしに実家へ行った数日後、自宅に母から手紙が届きました。達者な毛筆でお礼の言葉が綿々と綴られておりました。実家は車で30分かからないほどの近場だし、第一メール使えるんだからメール送ればいいじゃん…wとは思いつつも、まあこの律義さが母の最大の魅力なのかもしれませんがd(^-^)ぎっちょ
October 21, 2012
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(2006年10月20日付本稿の再掲)俳優の藤岡琢也さんが亡くなった。今年はじめに体調を崩し、長年出演していたドラマ『渡る世間は鬼ばかり』を降板して療養生活を送られていたので心配していたのだが、それにしても突然の訃報に驚いた。藤岡さんといえば『渡鬼』の他にもインスタントラーメンのCMや、最近では「カンタンじゃないかぁ~」の台詞でおなじみの携帯電話のCMも印象深いのだが、『太陽にほえろ!』フリークのワタシにとって藤岡琢也といえば“ごろんぼの鮫”こと鮫島勘五郎をおいて他にない。鮫島は『太陽』初期からたびたび登場していた名物キャラで、藤堂(石原裕次郎)と同期生の刑事。これがまた、破天荒な一係の刑事たちさえたじたじとなる暴走刑事であった。当初は城北署の刑事としての出番だったのが、無茶がたたって第156話「刑事狂乱」で辞職。その後は“探偵”“結婚相談所”“学習塾”“モデルプロダクション”“健康食品販売”と姿を見せるたびに職業が変わり、一係の面々を驚かせるやら呆れられるやら。実は【テキサス刑事】役の勝野洋がテキサスとして登場する以前にテストのために出演した回があった。役どころは、藤岡さん演じる鮫島とコンビを組む若手刑事・青木。鮫島が自分の身代わりに射殺された青木の弔い合戦に奔走する話だったのだが、その後テキサス刑事となった勝野と再び共演する156話、ことさら思い入れがありかわいがっていた後輩刑事・青木に瓜二つのテキサスに必要以上に肩入れした結果、テキサスの恋人でもあった殺人犯の女性を必要以上に庇いだてしてしまい、それが刑事辞職の引金となってしまったのだから皮肉としか言い様がない。鮫やん思い出の名シーンをいくつか紹介しよう。ボン(宮内淳)とは同じ関西出身ということもあって息の合ったところを見せた。鮫やんが私立探偵となって登場した第205話「ジョーズ探偵の悲しき事件簿」という回、最新鋭のコンピューターを導入しているから見に来いという鮫島に、ワクワクしながら事務所までついて行ったボンが見せられたのは…なんと“電卓”。「あのー…最新鋭のコンピューターって、コレですかあ?」シーン前後のボンの表情の落差が妙におかしい。モデルプロダクション社長として登場した際の相棒は登場して間もない頃のドック(神田正輝)。初期のドック主演の話はもともとコミカルタッチのものが多いのだが、この回もメリハリのきいたテンポのよい掛け合いが笑いを誘う。鮫やん最後の客演は、番組も終了間際の第711話「ジョーズ刑事の華麗な復活」の回。自身が経営する健康食品会社を巻き込んだ麻薬密売事件をDJ(西山浩司)と解決する。そのクライマックス、犯人のアジトに助手席にDJを乗せたまま車ごと突っ込む鮫やん。呆気に取られる犯人を前にしての、鮫島「やらかい家やっ!」DJ「ホンマやっ!」という掛け合いはまた抜群に間がよく、大いに笑わせてもらったものだ。この鮫島というキャラは、脚本を書いた市川森一氏の原案。『太陽』史上に残る名キャラクター・鮫島勘五郎。市川氏の格別な思い入れもあってのことながら、その存在がレギュラー刑事以上にインパクトを残したというのは、奇跡と言ってもいいだろう。関西弁丸出しのガラの悪い(失礼)キャラだが、泣かせるところはキッチリ泣かせるあたりは、演技派・藤岡琢也の面目躍如。前出の156話、犯人の女性を庇って口を割らない鮫さんに、友人でもあるボスから「あんたから刑事(デカ)取ったら、何が残る?」と留置所で問いかけられ、藤堂がその場を去ったあとに発した台詞…「ええ思い出なんて…ひとっつもあらへん!!何がデカじゃっ!!」と咽び泣く姿は、ことさら居丈高にわめき立てる鮫島のキャラが際立つ分、余計に哀愁を誘う名シーンである。謹んで、藤岡琢也さんのご冥福をお祈りいたします。合掌ぎっちょ
October 20, 2012
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実家で飼っていたぬこ【コロン】(♀)が昨日、虹の橋を渡っていってしまった。コロンが実家にやってきたのは、1999年秋のこと。コロンは、避妊手術を受けた以外はケガも病気もしない医者いらずの“健康優良ぬこ”だったのだが、ひと月ほど前から急に体調を崩し痩せ始めていて、いよいよ自力で水を飲むことも歩くこともできなくなったから一目逢いに来てやってと母から連絡を受け、夜勤明けの疲れた身体にムチ打って相方ともども実家に駆けつけたのだが、まるでワタシの到着を待っていたかのようにコロンは、ワタシの腕の中に抱かれながら息を引き取ってしまったのであった・・・今から13年前のあの頃、実家では近所のノラぬこに餌付けをしていて、夕食時になると近所のノラが数匹縁側にやってきては夕食のおこぼれにあずかって帰っていたのだが、それを遠巻きに見つめる1匹のぬこがいた。他のノラが帰った後に残しておいたエサを出してやると、そいつはゆっくり近づいてきてそれを食べて帰った。そんな毎日を繰り返していたある雨の日、軒下にズブぬれになって雨宿りしているそいつがいて、不憫に思えたワタシは「こっちさこいっ!」とそいつを抱え、両親に見つからないように自室に連れ込んだ。それが、コロンとの出逢いであった。結局、両親にも黙認されることになったコロンがなぜ【コロン】と名付けられたのかというと、庭の敷石の上でコロンコロンとのた打ち回る仕種がなんとも愛らしかったからであった。コロンとは、新聞紙で作った紙ボールでキャッチボールをしたり、近所の公園で一緒に走り回って遊んだりした。仕事から帰宅したワタシが、母の作った夕食に舌鼓を打っていると、コロンはテーブルの下、足元でじっとワタシが夕食を食べ終わるのを待ち、「ごちそうさま」の合図とともに2階にあったワタシの自室に一緒に入った。テレビを見るときはヒザの上、寝る時は右の脇の下がコロンの“定位置”。毎朝6時が起床時間だったのだが、5分前になるとコロンがワタシの胸に乗っかってきて、前足でペチペチと頬をたたいてくれた。それが土曜も日曜もそうなので、「今日は休みなんだよ」と言ってやるのだが、コロンは首をかしげるばかりだった。いつも、そばにはコロンがいた。そんな毎日が永遠に続くのかとさえ思えていたある日、すでに三十歳半ばを迎えていたワタシは親元を離れて一人暮らしを始めることになってしまった。35年ローンを組み購入したマンションはペット飼育禁止だったので、コロンは連れて行くことができない。それでも、当時は独身だったから、一日中誰もいない部屋で主人の帰りを待たせるより、自由気ままに家の中と外を行き来できる方がコロンのためにも幸せなのだと自分に言い聞かせて、ワタシは泣く泣くヤツを実家に預けていくことにした。そして、引っ越しの日。すべての荷物を運び出し、マイカーに乗ったワタシが新居へ去って行ったあと、コロンが家の門柱の上にたたずみ、しばらくじっとワタシが走り去った方角を見つめていたと母に聞かされ、涙が止まらなかったものだ。まあ独り立ちとは言っても、車なら30分もかからない場所であったので(笑)それからもほぼ毎週、週末限定でコロンとの“逢瀬”は続いた。実家でテレビを見ながら、ヒザの上でコロンがくつろぐ瞬間は、仕事に疲れたワタシの心をどれほど癒してくれただろう。オトンが失踪して姿を消し、意気消沈する母を励ますためにと一時的に実家に戻った2006年春から約半年の間は、オトンの身を案じつつも久しぶりにコロンとの蜜月関係を楽しんだりしていた。実家にはもう1匹、コロンとほぼ同時期に我が家の一員となった茶虎の【ぶう】(♂)もいるのだが、やんちゃなぶうと違ってコロンは暴れたり、イタズラしたりということは一切なかった。そんなコロンが、一度だけワタシの手を煩わせたことがある。母がガーデニングを趣味としていたこともあって、庭には大きな木製のラティスが据えられているのだが、ある日どこからか「ニャン・・・ニャン・・・」とか細いぬこの声が聞こえるので何事かと思い見回すと、そのラティスに上がったはいいが下りられなくなったコロンが助けを求めていた。コロンがワタシたち家族に“迷惑”的なものをかけたのは、その時が最初で最後のことではなかったか。今の住まいは、コロンを連れて行くことを断念せざるを得なかったペット禁止マンションのままなのだが、なぜかワタシの家には【ニャーニャ】(ニャニャ夫)というぬこがいる。ニャーニャと暮らし始めて3年あまり。寂しがり屋の甘えん坊ゆえ、ちょっと家を空けただけで「ニャ~!ニャ~!」とわめくニャーニャの声は、部屋の壁などものともせず館内に漏れ聞こえてしまっている。それでも、これまで気づかれず・・・いや、気づいていて黙認されているだけなのかもしれないが、こうしてニャーニャと暮らしている現状を考えたら、楚々として大人しいコロンを内緒で飼うことなどは、もっと容易にできたのではという後悔の念に襲われることがたびたびあった。しかし裏を返せば、コロンがここにいたらニャーニャには逢えなかったかもしれないし、前述したように実家での生活の方がコロンのためにもやはり幸せだったのだと、ワタシは自分に言い聞かせるようにしている。コロンが逝ってからしばらくの間、ワタシはその亡骸をかつてそうしていたようにヒザの上に乗せた。あまり苦しむことなく、あっさり、安らかに逝ったコロンは、まるで眠っているかのようにそこに身を任せていた。次第に硬直していく身体を、頭を撫でながらコロンに向かって思い出を語りかけているうちに、涙が止まらなくなった。五十歳近いスキンヘッドで小太りのオッサンが、まるでボロきれのように泣きじゃくっていた。母の都合もあり、名残惜しくはあるが今日、コロンは荼毘に付されることになっている。夜になって我が家に帰り、夕飯を食べたらほとんど寝ていない疲れもあって、たちまち眠りについてしまったのだが、しばらくしてふと足元に重みを感じて起きてみると、コロン・・・ではなくニャーニャがそこにいた。ワタシが起きたのに気付いたニャーニャは、ワタシの胸にすり寄ってきた。「元気出しなよ」とでも言いたげに。よ~し、コロンにかけてやれなかった分まで、愛情注いじゃうぞ。遊んでやるぞ。だから・・・コロンの分まで、永く一緒にいような。そう話しかけたら、すべて悟ったとでも言わんばかりにニャーニャは目を細め、ゴロゴロとノドを鳴らした。ぎっちょ
October 20, 2012
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(2007年10月19日付本稿の再掲)プロ野球クライマックスシリーズ。パはファイターズが一足早く日本シリーズに駒を進め、セは我がドラゴンズと宿敵ジャイアンツによる第二ステージが昨日から開幕している。第一ステージではタイガースをドラゴンズが圧倒、第二ステージ初戦も制して、本来苦手なハズのポストシーズンで快調な滑り出しを見せている。これまでのドラゴンズが日本シリーズなどの短期決戦や、ここ一番という試合に弱かったのは、采配を振るう落合監督の、特に投手交代における“情の深さ”によるところが大きかった。04年の日本シリーズ第三戦、アップアップの岡本を交代させるべくマウンドに行きながら、気が変わったのかブルペンを出てマウンドに向かいかけた高橋聡を押し戻してまで岡本を続投させた結果、主砲カブレラに特大ホームランを食らって敗れた。結果論ではあるが、素人目に見ても投手交代は妥当と思えたし、あそこで継投がうまくいって勝っていればドラゴンズは4勝1敗で日本一になれたワケだから、悔やんでも悔やみきれない継投ミスであった。また、今季レギュラーシーズンの天王山、敵地東京ドームでの最後の対ジャイアンツ3連戦。初戦を取って、あと2戦のどちらかひとつ勝てば状況的にかなり有利になれるというところで連敗。特にその3戦目は、早めにエース高橋尚を交代させて遮二無二勝ちにきたジャイアンツと対照的に、決して本調子ではない朝倉をズルズル続投させて傷口をひろげて逆転負けを喫し、結果球団史上初の連覇を逃す一因となってしまった。いずれも、落合監督が“情”に流されて投手交代期を逸したことが敗因であるとも言える。落合監督はインタビューなどでよく、「全部は勝てないのだから、負け試合も作らないと」みたいなことを言う。しかし、長丁場のレギュラーシーズンならともかく、短期決戦での負けは確実に後退を表す。日本シリーズでは「3回負けられる」のではなく、「早く4勝した方が優勝」なのだから、やはり目の前の一戦を是が非でも勝ちに行く姿勢が必要だと思うのだ。落合監督は、昨年のファイターズとの日本シリーズでも山本昌の交代期を逸して流れをつかみ損ねている。この胸突き八丁の短期決戦を勝ち抜けるかどうかは…落合監督が非情になれるか?その一点にかかっているといっても過言ではなかった。レギュラーシーズンの本拠地最終戦。絶対の自信を持って臨んだペナントレースに敗れた落合監督は、公約通り頭を丸めた。気のせいだろうか…?これを機に、落合采配がより積極的になった気がするのだ。クライマックスシリーズ初戦。点差も開いたことで、リリーフ投手陣の“場ならし”的な意図もあったにせよ、完封ペースのエース川上を早々と交代させたのは、次のジャイアンツ戦でも早い段階で先発させようという意図が感じられた(実際、中4日で第二戦に登板)。窮地を迎えれば、8回からでもストッパー岩瀬を投入し、誰もが山井を先発に予想したジャイアンツとの第二ステージ初戦で、裏をかいて左腕の小笠原をぶつける奇襲もことごとく功を奏している。ようやく落合監督が本気になったようだ。鬼になった落合博満。今度こそ信じていい…のか?今日も勝って、日本シリーズまであとひとつ…。ぎっちょ
October 19, 2012
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【ニュース速報】埼玉県某所にある、通称“ぎっちょ島”に、ニャン国のニャ・ニャオ大統領が上陸大統領は島の南側から上陸、1分ほどその背中をモミモミしたのち熟睡状態に入る大統領まったくの無警戒鼻ピンク至福の状態前方より接近、ぎっちょ島応答せよ!「あ、後ろの洗濯物の山については触れないで…」 実はぎっちょ島は、島に偽装した戦艦だった!「ただちに浮上せよ!」「らじゃこ♪」 浮上!・・・・・・・お~っと!大統領、微動だにせずっ!!!ニャニャ夫「ぎっちょ島はボクの領土なのにゃ♪」○| ̄|_
October 19, 2012
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(2006年10月18日付本稿の再掲)ところでみなさんはネットでの『祭り』なるものに参加したことがおありだろうか。これはどちらかというと、特定の個人ブログなどを集中攻撃する“炎上”ばかり取り上げられることが多くて【負のイメージ】が強いが、決してそんな『祭り』ばかりでもないのである。例えば、3年くらい前に画像掲示板【ふたばちゃんねる】であった、絵本のタイトルを元ネタとする伝説の『ねないこだれだ』祭りや、これも【ふたば】の“ぬこ板”で一世を風靡した『ねこかるた』祭りは、ほのぼのとした気分にさせてもらっただけでなく、投稿者たちの文才やセンスにもいたく感心させられたものだ。ここのところマメにチェックしている『痛いニュース』というブログで紹介された、ウォシュレットでおなじみ【TOTO】が募集した[トイレ川柳]の話題についてのコメント群にも、ともすれば入賞作よりも秀逸な出来栄えなのではと思わせるような作品が数多く見受けられ(やや“お下品”な作品の方が目立つがw)、ちょっとした“祭り”状態である。これらを通勤電車の中で読みながら、ワタシはふと口許が緩むのを禁じ得なかった。http://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/1044183.htmlこのテの“祭り”は決してキライではないワタシも、いくつか[トイレ川柳]を考えてみたぞ。※お食事中の方は、この先はご遠慮願いますw赤き便 実(み)は血液か ニンジンか男でも 茶色き赤児 産み落とし寝起き尿 【CCレモン】と 紛うかな朝起きて 糞出し思う 昨夜飯片田舎 紙はないのに 縄がある駆け込んで 済ませて気付く 『故障中』流れない 砂で隠せる ぬこうらやましお題がお題だけに…お下品な句になってしまったことをお許しくださいまし…みなさんの作品も鋭意ぼしう中m(_ _)mぎっちょ
October 18, 2012
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(2006年10月17日付本稿の再掲)福岡の某中学校で自殺した少年が、いじめを受けていたらしいことが判明した。しかもそのいじめのきっかけを作ったのが亡くなった少年の元担任で、それは両親が少年のある問題行動を相談しに来たところ、その内容を担任が学級内で暴露したことに起因したという。これまでワタシは、とかく教育問題等でヴァカ親から理不尽な言い掛かりをつけられる学校を擁護するスタンスをとってきたが、学校を頼って相談してきた家庭の問題を暴露しちゃうようなヴァカ教師は、もちろん弁護できないし弁解の余地もない。件の教師、他にも同じ少年を【偽善者】呼ばわりしたり、別の生徒たちをイチゴに例えて高級銘柄や「(出荷できない)粗悪品」に例えていたりしたという。恐らくこういった言動というのは【金八効果】とでも言うべきものではないだろうかとワタシは思う。言わずと知れた、武田鉄也主演の学園ドラマ『3年B組金八先生』のことである。『金八』の面白さというのは、教師・金八と生徒たちとの強く、深い信頼関係がよく描かれていることである。金八は生徒の悩みに正面から向き合い、時には生徒と同じ気持ちや立場に立って、共に悩み、苦しみを共有することでお互いが理解し合っていく。その“共に悩み、苦しむ”というのを抜きにして、おチャラけることだけで生徒と対等な親近感あふれる教師を気取っている輩がけっこう多いのではないだろうか。人間である生徒をイチゴに例え銘柄呼ばわりしたばかりか、高級品から粗悪品まで自分勝手に仕分けするなんて、なんというデリカシーのなさだろう。粗悪品に例えられた生徒がどんなに傷ついたか、この教師は考えたことがあるのだろうか。得てしてこういうヤツほど自分がやってることは棚に上げて、同じ学校の教師内でランク付されたあげく“ダメ教師”の評価をつけられたりしたら烈火のごとく怒り狂うんだろな(・∀・)そもそもイチゴを持ち出すあたりに、『金八』の名エピソードのひとつ「腐ったミカンの方程式」の存在を感じとるのは考えすぎだろうか。ワタシはどちらかというと金曜夜8時といえば『太陽にほえろ!』派で『金八』は再放送でたまたまチャンネルを合わせる程度でしか見たことがないのだがwこの「腐った~」という話は【どんなに良質のミカンがいっぱいつまった箱でも、中にひとつ腐ったものがあると、そこから他のミカンまで腐っていく】ということを引合いにして、生徒たちを諭す話だったと記憶している。(間違いあったら指摘してくださいね♪)少なくとも、誰某が“夏みかん”で誰某が“ハッサク”とか、「かとぉ~!まつうらぁ~っ!おまえらがこのクラスの腐ったミカンなんだいよぅ!このばかちんがぁっm9(`・ω・´)」と罵倒するような話ではなかった。この話に基づいて、“ミカン”を“イチゴ”に変えたというのはあくまでもワタシの想像にすぎないが、年齢的に『金八』放送当時に将来の教壇を夢見る学生であったのではないかと思われるこのヴァカ教師から、ワタシはそこはかとない“エセ金八臭”を感じ取るのである。ぎっちょ
October 17, 2012
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ブランコの劇的逆転満塁弾で、ドラゴンズがセ・リーグクライマックスシリーズのファイナルステージに進出!!やりましたぁ~♪と、いつもなら叫びそうなところが、今年は違う。「ちっ…勝っちゃったのか…」地元名古屋で惨敗、敢えなくファーストステージ敗退…そんな展開を期待していた自分がいた。落合前監督の解任騒動以来、ファン心情を逆撫でし続ける球団への不満から、昨年からドラゴンズに対する熱が冷めていたのは事実である。それでも、四十年来応援してきた愛着もあって、開幕当初は一旦ネジをしめ直して試合を見つめた。しかし、目に耳に飛び込んでくるのは…後先考えない選手起用。度重なるベースコーチの配置転換。醜さ極まる老首脳による確執の露呈。止めが、いつだったか?7回にしてベンチ入りした野手を使いきり、9回の同点機に打席が回ってきた投手に代打が送れないという“恥采配”。その時点ではまだ首位争いをしてはいたが、ここで今シーズンのドラゴンズを応援する気力は、失せた。いかにワタシが今年のドラゴンズに冷めているかは、本稿でドラゴンズについて語る回数を昨年までと較べてみれば一目瞭然である。なるほどと思わせることも多かった一方、常人には理解し難い采配も多かった落合政権時は、最低でも月に一度はドラゴンズについて賛否両論語りたくなることがあった。それが今年は、仕事の多忙さからアップ率が下がっていることを差し引いても、片手で数えられるほどしかドラゴンズについて語っていない、それどころか語りたいとも思わないというのは、我ながらどうしたことかと思えてしまう。もちろん、懸命にプレーする選手のことは応援したい。しかしそれに反して、前述したような情けないことや見るに耐えない老指揮官のパフォーマンス、特に勝利後に流れる「なんとか~モリ~ミチぃ~」という気色悪い歌詞の楽曲に乗せて、ヨボヨボの指揮官がひきつった顔で愛想を振りまく姿は、勝利の余韻をかき消すのには充分すぎる。今日から始まるファイナルステージ。虚人を倒せば、日本シリーズで【完全試合目前の山井を降板】させて物議をかもした、あの2007年と同じ展開となる。が、今年だけは日本シリーズにすら行かせたくないとさえ思える。こんな無能老害監督には、華々しい舞台も輝かしい栄光も似つかわしくないし、必要ない。もっとも、ワタシが懸念するような事態にはならないだろう。順当なら、敵地で戦力充実、休養充分の虚人相手に、ひとつ勝てればいい方ではないだろうか。ましてや、評論家としてネット裏で何を学んできたのかと問いたくなるような、ヘボ老指揮官の采配なら…ぎっちょ
October 17, 2012
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(2007年10月16日付本稿の再掲)本当なら今日は、昨日(15日)発表された新しい総合格闘技の統括団体について書くつもりだったのに、とんだ爆笑ネタが飛び込んできた。【痛いニュース】亀田史郎が興毅に贈った感動の手紙、「侍ジャイアンツ」の丸パクリと判明http://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/1043697.html『侍ジャイアンツ』といえばワタシも好んで見ていて、つい先日も本稿のネタに使ったばかりの懐かしい野球アニメだ。実は去年、ワタシはどこぞの画像掲示板でこの亀父の長男に宛てた手紙のことをすでに見掛けていて、「どっかで聞いたことのある文章だなあ…」とは漠然と思っていたのだが…いや、最終回のしかもラストを飾ったというこの台詞を即座に思い出せなかったのは、自称『侍』マニアとしては大いに責められるところかもしれない。ただ、言い訳させてもらえるならば、『侍ジャイアンツ』最終回のクライマックスは、この川上監督から番場蛮に贈られた最後の祝辞よりもむしろ、無敵の縦分身魔球を大リーグの怪物ジャックスに打ち込まれたことで自信喪失し、敵前逃亡していた番場が、歴戦のライバルたちや思いを寄せる女性・リカの励ましによって球場に戻り、再びジャックスを相手に過去に投げた魔球の要素をすべてミックスした【ミラクルボール】でリベンジするというシーンに集約されていたので、このラストシーンは“おまけ”的に惰性で見ていたところもあって、今一つ記憶に残りにくかった部分でもあるのだ。まあそんなワタシの言い訳などどうでもよい。ほとんどまんまパクリでありながら誤字の嵐。世界王者となった息子への祝辞を、よりによってアニメ番組の台詞から丸々パクるという頭の悪さ、何よりツッコミどころは、野球かよっ!この一点に尽きるのではないだろうかwどうせパクるなら『あしたのジョー』にだっていい台詞はあっただろうに…あくまでもノシあがるための手段として、ボクシングを軽く見ていたのがモロバレの赤っ恥と言ってもいい。これを“お涙頂戴秘話”として放送しちゃったTBSもいい迷惑だが(火暴)もうね、セコンドライセンス無期限停止の処分とこの話題だけで亀父、充分許しちゃるよ。少なくとも、数々の蛮行で不快な思いをさせられた分を半分取り戻すくらい、大いに笑わせてもらったからねっ(・∀・)ぎっちょ
October 16, 2012
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(2007年10月15日付本稿の再掲)ボクシングの世界戦のリングを汚す行為をした…いや、これまでボクシングをさんざん汚してきたゴキブリ一家に、ついに天誅がくだった。亀田大毅は1年のライセンス停止 JBC倫理委が処分決定リング上で反則しでかしたゴキブリ次男のみならず、反則を指示したとしてゴキブリ父とゴキブリ長男が、監督不行届きとして所属ジムのゴキブリホイホイも合わせて処分されたが…あれ?ちょっと待って。このゴキブリ一家を“理想の家族愛”みたいな取り上げ方をして付け上がらせ、試合当日までかなりゴキブリに片寄った放送をしていたTBSも、お咎めなしなの?ということで、この件をどう取り上げるかという興味から、しばらく視聴拒否していた『みのもんた糞ズバッ!』と『サンデージャポン』というTBSの“ゴキブリマンセー”2番組を、冷やかし半分で敢えて視聴してみた。『糞ズバッ!』については、みのもんたが“ゴキブリ批判”ともとれる発言をしたばかりか、勝った王者をスタジオに招いてドンチャン騒ぎ。みのもんたなんか、王者とのトーク中にチャンピオンベルトを腰に巻いてもらって、「ずっと応援してました~」みたいな口振りではしゃぎまくり。こんなの少し前なら、「神聖なチャンピオンベルトをオモチャにしてはしゃぐみのもんた」とか言って『お笑いみのもんた劇場』あたりで取り上げられたかもしれないが、久しぶりに通して番組を見てみると、“不二家騒動”でこっぴどくやられたのに懲りたのか以前ほどの“毒気”が感じられなくなっている。世の中の納得できないことに「ズバッ!m9( ・`ω・´)」と切り込むのが、みのもんたの真骨頂だったんじゃないの?と思わずツッコミたくなるほどの“ヌルさ”だった。手の平返しという点で、みのもんたより凄まじかったのは『サンジャポ』の似非評論家・テリー伊藤。ゴキブリ一家のことのみならず、返す刀で実況アナも含めてTBSをバッサリ切り捨てた。いやいや、そんなこと前から誰しもが思ってたことですから…今さら声高に言われても…ねえw去年のゴキブリ長男の“疑惑の判定”の時にこれくらい言ってれば【神】になれたのに…神になり損ねた男・テリー伊藤(火暴)それ以上にヒドかったのが、『サンジャポ』コメンテーターの一人で、十何年か前に実話を基にしたという『ロード』って歌が大ヒットした【虎舞竜】とかいうバンドのボーカルやってるロリコンのおぢさん。ゲストとしてスタジオにやってきた王者に対して、恐れ多くもこんなことをのたまったのだ。「何で打ち合わなかったの?」…ハア?…誰がどう見ても、積極的に打ち合わなかったのはゴキブリ次男の方でしたが…「クリンチばっかりしてたよね?」ガッチリとガード固めて、頭低くして、摺り足でジリジリただただ前に出てこられるだけだったら、クリンチせざるを得ないのは素人でもわかること。逆に、あの状態でどうやったらロリコンおぢさんさんの望むような打ち合いが見られたのか、キチンと理論立てて解説してもらいたいものですな、ホントにボクシングをよくご覧になってらっさるなら。ノーガードからクロスって…ダルビッシュに「分身魔球投げてよ」って言ってるようなもん。マンガの見すぎだってば(・∀・)アヒャアヒャhttp://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/1042829.htmlとまあ、よくこんな下らない質問を公共の電波に乗せて恥ずかしげもなくできるな、とむしろ哀れにさえ思った。本人的には、これだけ逆風の中にいてもゴキブリ一家を擁護する漢気あるオレ…みたいなつもりなのだろうか…痛いことこの上ない。伏線として、当日リングで国歌斉唱するため会場入りして、控え室で発声練習していたロリコンおぢさんの声を、「騒音かと思った」と王者に笑いにされた腹癒せもあったのかもしれないが、にしたって大人げねぇ。もうアンタ、下手くそな国歌も歌わなくていいし、何もわざわざ恥知らずなコメントまでして赤っ恥かかなくても、一生『ロード』だけ百章でも千章でも気がすむまで歌ってればそれでいいよ。まあそれでも、“ゴキブリ擁護”を続ける漢気は評価すべきなのか…?いや、商売にならないと見るや一瞬にして手の平返したみのもんたやテリー伊藤、TBSも、どっちもどっち。糞は糞。ゴキブリは所詮ゴキブリ。ぎっちょ
October 15, 2012
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(2004年10月14日付本稿の再掲)ワタシ、ビリヤードを嗜みます。やったことがある方にはわかると思いますが、狙ったポケットに狙った球筋で的球が入った時の快感といったらありません(たとえ”まぐれ”でもw)。ただワタシの場合、チビっ子ゆえ「メカニカルブリッジ」(遠い球をショットするのに使う補助棒)にお世話になることが多いのが、屈辱というかなんというかwCS放送でよく国内外のプロのビリヤードの試合を放送しております。試合形式は7割方【ナインボール】、あとの3割が【スヌーカー】というゲーム形式です。ゲームのルールについては昨年12月29日付け当コラムを参照いただきたいのですが、その時少しお話しした”曲芸打ち”の大会【トリックショット】がこの間放送されておりました。トッププロ数名が持ち時間内に様々な”スーパーショット”に挑戦するというものですが、いつもクールにゲームを進めるプレーヤーたちが、ここではピンマイクをつけて、それこそ”漫談”のごとくしゃべりまくるのも見所のひとつです。観客や審査員を引っ張り出して自分の代わりに打たせたり、分厚い”虎の巻”を持参して「難しくて覚えられないんだよ」なんていうアメリカンジョーク(?)を交えながらゲームは進みます。台の上にランダムに並べた複数の的球を手球ひと突きで各ポケットに沈めたり、的球を8個並べてひとつずつ突いていき、3クッションですべてを同じポケットに入れたり…ラック(球を並べるのに使う三角形のやつ)など小道具を活用してのショットなど、タメ息もののプレイがてんこ盛り。ただ、あまりに難易度が高いせいか成功率はかなり低く、持ち時間内により多くのショットを決めなければならないので、成功しないまま「や~めた!次々!」となるケースも多いのです。ぎっちょ
October 14, 2012
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(2007年10月13日付本稿の再掲)プロ野球セ・リーグも、いよいよクライマックスシリーズに突入。我がドラゴンズ初戦の相手は、ペナントレースではひと足先に優勝争いから脱落した阪神。今シーズン、最後までムチ入れられっぱなしだった【JFK】も休養期間こそ充分だが、これまでに蓄積された疲労や、かえってインターバルが空いたことによる弊害などはないのだろうか。などと、第一ステージの勝敗の行方はやや楽観的に見ているのだが…?とかくドラゴンズが落合体制となって以降、ワタシは広い目で野球を見られるようになった。かつては、他球団の選手はみんな敵!みたいな目で見ていた時期もあったのだが、現在はそれがドラゴンズにとって邪魔な存在であっても、凄いものは凄いと認められるようになった。そんなワタシが「凄い」と認める選手の一人が、阪神の絶対的守護神・藤川球児である。藤川のシビれるところは、ストレートで空振りを取れること…いや、もっと正確に説明すると、ストレートとわかって振ってもバットにかすらない豪球を投げられることだ。これはワタシ的に分析すると、昔の野球アニメ『侍ジャイアンツ』の番場蛮が投げていた一連の魔球に通じるものがある。ワタシくらいの年代にとって、野球アニメといえばこの『侍』か『巨人の星』のどちらかは必ず思い浮かぶだろう。ともに魔球を操る左腕投手という共通点はあるものの、投げる魔球の性質は激しく異なる。『巨人の星』の星飛雄馬が投げる魔球、通称【大リーグボール】は、どちらかというと“目くらまし”の魔球である。相手のバットの動きを予測したうえで、それに正確なコントロールでボールを当てて凡打にする1号。父・一徹譲りの“魔送球”の変化を応用することでボールが巻き起こした砂塵により、一瞬球が視界から消える2号。極限まで球速を殺し、バットを振った時に起こる風圧によりボールがそれを避けて通り“絶対バットに当たらない”という3号。そう、“豪球”のイメージのある星飛雄馬だが、魔球はことごとく変化球なのだ。それに、わざとバットに当てたり一瞬見えなくしたりというその内容も、どこか“姑息”な印象を与える。貧乏な生い立ちに負い目があり、球速に比して軽い球質という弱点が露呈したことで速球投手としての限界を知らされた飛雄馬が辿った変化球投手への道は、作品の性質同様どこか“卑屈”なイメージが抜けきらないのだ。対照的に、『侍』の番場蛮のキャラクターは文字通りの“豪放磊落”。魔球が打たれると、少しは落ち込むけれどもすぐ立ち直って、新しい魔球の開発に勤しむ。物体が落下する際の加速度に着目することで生まれた【ハイジャンプ魔球】。さらに、それに釣竿のしなりの要素を取り入れて球速を増した【えび投げハイジャンプ】。自らの身体を高速回転させることでさらにさらに球威が増した【大回転魔球】。最後に投げた【分身魔球】にしても球そのものは変化球だが、球が不規則に変化するために必要な“ボールを変形させる”ために、空手遣いから教わった『自然借力法(じねんしゃくりきほう)』で硬球を握りつぶすという力技。とことんまで“力”で押さえこむことに拘った番場の生き方は、同じ高知県出身という共通点も相俟って、藤川のそれとイメージがカブるのである。ドラゴンズの主砲、タイロン・ウッズに直球一本で藤川が立ち向かう様に、さながら番場蛮とオズマの夢の対決を見ているようにワクワクテカテカしているのは、多分ワタシだけだろうな…(・∀・)ニタニタヘラヘラ注)文中に出てきた番場蛮の魔球はすべてテレビアニメ版のもので、若干原作とは異なる部分がありますし、現実に投げてもボークとなることが証明されています(火暴)ぎっちょ
October 13, 2012
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(2008年10月12日付本稿の再掲)事件発生から27年目の衝撃…波乱の人生 悲劇の夫→疑惑の夫→無期懲役→逆転無罪→万引き逮捕→サイパン逮捕→自殺… (スポーツ報知)いわゆる“ロス疑惑”が表出したのは、ワタシが高校生の頃であった。当時は、年齢的にも時事に明るくなりつつあった頃でもあり、「グリコ・森永事件」をはじめ倉田まり子ちゃんが巻き込まれた「投資ジャーナル事件」や【豊田商事】永野会長がテレビカメラ周知の中で斬殺される事件など、センセーショナルな事件を興味本位で見ていたものだ。事件発生当時、三浦氏がインタビュアー(亡くなった逸見政孝さんだったらしい)に涙ながらに話していたインタビュー映像は、リアルタイムではなく疑惑発覚後に見たものだが、多少先入観はあったとはいえ、三浦氏の話しっぷりにどことなく“胡散臭さ”を感じたりしたものである。三浦氏はその後、妻を殴打・銃撃した容疑で逮捕され、殴打事件では有罪となったものの、銃撃事件では無罪を勝ち取り、その裁判は実に2003年まで及んでいた。とにかく、何から何まで“ナゾ”な人だった。あれだけ嘆き悲しんでいたのにすぐ後妻を迎えたりするあたりからも明らかにアヤシイのだが、決定的証拠はなく、殴打事件ではクロで銃撃=殺害はシロっていう判決も、どことなくしっくりいかない印象が残った。自身を取り扱うニュースが沈静化するや万引き事件を起こして逮捕されるなど、どこか「世間の話題の中心にいないと気がすまないのでは?」と思わせるような部分も垣間見えたりした。死の前日、ニュースの映像で見る限り、氏には思いつめた様子はなく“余裕”すら感じられた。あるいは、死を急がせるほどの決定的証拠があったため、その発覚を恐れての覚悟の死だったのか?潔白なら、それを証明せぬままなぜ命を絶たなければならなかったのか?すべてがナゾのまま、事件は予想外の結末で闇の彼方に葬り去られた。ぎっちょ
October 12, 2012
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(2007年10月11日付本稿の再掲)ただ今、AM8:00。通勤電車の車内で本稿をしたためています。今日は注目のボクシング世界タイトルマッチの日。ゴキブリ一家の次男が、彼らがゴキブリと称するチャンピオン内藤大助に挑みます。ゴキブリ絡みの試合はもう金輪際見ないつもりでしたが、相手がチャンピオンでしかも日本人とくれば、これは見ずにはいられないでしょう。実際、ワタシでなくてもそういうヒトってけっこういるんじゃないでそかwだって、負けたら【切腹】するんだってよ。ゴキブリ次男(火暴)ホントに切腹なんてすると思います?「ボクサーにとって、負けて引退するのは切腹と同じや」とか何とか言って、とっとと足を洗って歌手にでも転向か?んでもって、来年の大晦日は紅白にでも出るおつもりですか?カスの考えそうなことですね。あ、ってことは、こういう風に思いつくワタシもカスか(・∀・)とにかく今日の試合、ゴキブリ次男には負けるリスクがありません。前述したように、タレントに転向するなんて話がまことしやかに出ているし、今度は兄ゴキブリが敵討ち!ってストーリーも作れるワケだから、負けたところで視聴率的にもチケット販促的にもゴキブリ一家とTBSにはオイシイことこのうえない。そうは言っても、去年タイトルマッチを行ったゴキブリ長男の時の“前科”があるだけに、さすがに懲りて今回だけはクリーンな判定をするだろう…なんて考えているア・ナ・タ。あま~い!m9( ・`ω・´)天下のTBSですよ?一家団欒の大晦日、20%近い視聴率で国民注視の中、格闘技の試合で特定選手を勝たせるためには人殺し紛いの仕込みだって厭わないTBSですよ?ゴキブリ一家とベッタリのTBSですよ?判定までもつれれば、多少劣勢でも恐らく無理やりゴキブリ次男が勝つでしょう。また前回長男の時と同様、ゴキブリ父用のベルトも用意されているかもしれませんやね。それにしても、品のカケラもない前日会見でしたね…まるで、街中で行き交う通行人に難癖つけるチンピラそのもの。それを適度に笑いに換えつつ、大人の受け答えをしていた内藤は流石でした。もうとにかくゴキブリ並みのすばしっこさでwゴキブリ次男を徹底的に叩きのめしてもらいたいところですが…何しろタダで終わりそうにないこの試合。終了後にワタシが気持ち良く本稿の続きを書けるように、スッキリと勝ってくれっ!頼むよ、内藤。━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━20時48分、さしものゴキブリ一座も、今回の内容ではマジックを発揮できず。序盤から的確に有効打を当てていくチャンピオンに対して、ゴキブリ次男の攻撃は単発で、頭を低く懐に飛び込んでもみ合いながらのチ○コパンチを繰り出してダメージを稼ぐ姑息な作戦wこれにイラついたか9~10Rあたりはやや雑な攻撃を見せたチャンピオンだったが、じきに冷静さを取り戻してキッチリポイントを稼ぐ。どうせ負けならと自暴自棄になったか、見苦しいことこのうえないゴキブリ次男の度重なる反則による最終ラウンドでの3ポイント減点で勝利確定。贔屓目を抜きにしても、異論を挟む余地のない完勝と言ってもいいのではないか。それにしても、中継のヒドさも相変わらずだった。ゴキブリ次男の単発な攻撃のたび、ことさら大きな声を出して叫ぶアナウンサー。途中でチャンピオンが古傷の右の瞼をカットするや、「傷口が広がればゴキブリ次男のTKO勝ち」を連呼。そんなもんTKO勝ちになってから言え。さらに、ヨイショしまくりの解説。同じ協栄ジムで、やはり同じTBSとの“タッグ”でタイトルを盗んだ鬼塚とあっちゃあ、それはしょうがないかwレフェリーも含めてゴキブリ次男のチ○コパンチは揃いも揃って見て見ぬフリ。そればかりか、「レフェリーへの執拗なアピールはマイナスになる」だって。ふざけんな。とにかく、これでひとまずボクシングの良識は守られた。ただ、気を抜いてはいけない。ゴキブリ一家が、負けた腹いせにどんな難癖吹っかけてくるやもしれない。とりあえず、自ら切り出した“切腹”の一件についてどのように言ってくるかを含めて、明日のゴキブリたちの出方に注目だ。内藤おめ!GJ!!!(・∀・)ぎっちょ
October 11, 2012
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(2006年10月10日付本稿の再掲)過酷な8連戦を乗り越え、ついにマジック1として乗り込んだ東京ドーム。チーム状態、勢いからいっても今日で優勝が決まる可能性は高いと思われたが、それでも朝から気が気じゃなくてソワソワし通し。本来ならドームへはせ参じたいところではあるが、何せ人ごみが嫌いな上に、昨日の神宮の混み具合からしても今日は更なる観客動員が予想されるとあって、足がすくむ。結局、自宅で一人テレビ生観戦を決め込むw早めに仕事を片付けて帰宅するハズが、こういう時に限ってヤボ用が入るもの。これぞまさに“好事魔多し”。いつもは鳴らない携帯が今日に限って鳴りっぱなし。ようやく用事がすべて済んで、家路につくも今度は渋滞で車が思うように進まず。思うに任せぬ展開に少々イラつきながら、帰宅してテレビのスイッチを入れたのは試合開始数分前のことであった。部屋着に着替え、座椅子に座ってじっくり観戦…するために携帯の電源を一旦オフにしたのだが、前の会社の上司T澤さんから懸案の飲み会の連絡が入るかもと電源を入れておいたのが運のツキ。試合開始後さらに3件の電話に対応するハメに…結局T澤さんからは電話かからず…ああ…やっぱ切っておくんだったと後悔しつつ、ステレオ大音量にしていよいよ本腰入れて観戦開始。4回、タイロン・ウッズの3ランで先制するも、眼前での胴上げは阻止したいG軍最後の抵抗。ソロ3発で同点に追いつかれる。膠着状態のまま延長戦突入。送りバントなど、これまで何ともなくできたプレーがプレッシャーからか思うにならない歯がゆい展開。それでも、憲伸の後をうけた久本、岡本、平井が好救援でG軍に付け入るスキを与えない。思えば、ここまで優勝がもつれたのは、驚異的と言えるタイガースの粘りのせい。常に数字的優位は感じながらも、もしやと言うところまで追い込んだ粘りは敵ながらあっぱれだった。マジック1までジラしにジラされ、今日もまたジラされるのか…12回、ドラゴンズ最後の攻撃でまたも岩瀬がバント失敗するに至り、イライラも沸点に達する。しかし、ここからがドラゴンズというチームの真骨頂であった!最後の最後にきて荒木、井端がつなぎ福留が返すという基本パターンがズバリとキマり、とどめにタイロン今日2本目のアーチは満員のドラファンに埋め尽くされた東京ドーム左翼スタンドに突き刺さるグランドスラム!!!!!普段どんな局面にも決して表情を崩すことのなかった落合監督が、半ベソかいてタイロンを出迎え抱きしめるシーンを目にして、思わずこっちももらい泣き(T T)思えば、一昨年のリーグVは負け試合での決定だった。日本シリーズも王手をかけながら敗れた。勝って胴上げ、ついにその悲願達成!2006年10月10日午後10時21分(手元の時計による)、オレ流監督が4度宙に舞う!!勝利監督インタビューに至るまで涙、また涙の落合監督にまたまたもらい泣き(T T)風呂場に用意しておいた缶ビールをしこたま振って、一昨年し損ねたささやかな祝勝会。頭からかぶってみた。う~ん…ビールかけの感覚ってこんなものかあ…けっこうピリピリする。目もチカチカする。さあ、あとは新球団の楽天を除いた全球団でもっともブランクが空いている日本一奪取だがやwP.S. 試合終了直後、実家で観戦の母におめでとうメール。監督につられて号泣した旨伝えると、『日本一まで泣くな』と叱咤を受ける。母は強し(火暴ぎっちょ
October 10, 2012
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(2007年10月9日付本稿の再掲)ワタシ、相撲や格闘技ほど熱烈にというワケではないが、モータースポーツ…それも、どちらかというと二輪よりF-1をはじめとする四輪を好んで嗜む。嗜む…とは言っても、実際に自分でドライブするのではなくて、見て嗜む方で、スポーツ紙で『トウチュウ』を好んで読むのはドラゴンズの話題が豊富なのもさることながら、モータースポーツの情報が詳しく載っているからでもある。同じ見開きに載っているから、F-1の記事を読んでいれば自然と二輪の記事も目に入ってくる。「二輪は、F-1に比べて日本人選手の活躍が目覚ましいなあ…」という羨望の眼で記事を眺めていたものだ…。そんな中で特に、もう10年以上も前から将来を嘱望されていた、童顔で長髪なびかせたライダーの顔と名前は、否応なしにワタシの脳裏にこびりついた。阿部典史。通称“ノリック”と呼ばれ、親しまれ、世界選手権でも3勝を挙げた名ライダーである。その“ノリック”が、あまりに呆気なく死んでしまった…F-1では、1994年に起こったアイルトン・セナとローランド・ラッツェンバーガーの死亡事故以来、試行錯誤を繰り返しながら安全対策を高め、あの忌まわしい事故以後はテストを含めてサーキットにおけるF-1ドライバーの死亡事故は皆無である(最近は以前ほどこまめにF-1の情報を仕入れているワケではないので、本稿の内容に相違がありましたら遠慮なくご指摘願います)。今年のカナダGPで起こったロバート・クビサの大クラッシュなどは、数年前なら死亡事故になっていてもおかしくないくらいの大事故で、クビサがほとんど無傷で救出されたのはひとえに、F-1におけるたゆまぬ安全対策の賜物でもあった。ヘルメットを装着しているのは同じでも、強固なモノコックなどによって二重三重に守られているF-1ドライバーに対し、二輪のレーサーは生身をさらけ出しているから危険の度合いはその比ではない。だからこそリスクを冒すことに生きがいを感じる部分というのがあるのかもしれない。だが、よりによってノリックが命を落としたのが、本来彼が主戦場としているサーキットではなく、一般の公道だったとは!事故当時のノリックは、普段はあまり乗らない500ccのスクーターに乗っていたという。ちょっと近場へ…と気軽にまたがったスクーターが、よもや死に直結していようとは思ってもみなかったであろう。事故の概略を簡単にまとめると、ノリックの前を走っていたトラックが片側2車線道路の左車線からUターンしようと突然右にハンドルを切り、それを避けようとしたノリックがトラックに接触、その反動でおよそ20mほど飛ばされて地面に体を強打、肋骨を骨折し、その折れた骨が動脈を傷つけたことにより容態が急変したという。もしノリックが普段乗らないスクーターにこの日も乗っていなければ…いや、事故に遭っても肋骨が折れていなければ…いやいや、肋骨が折れても血管を傷つけたりしなければ…ありとあらゆる不運が重なったようで、悔やんでも悔やみきれない。無軌道な運転をしたトラック運転手への怒りもさることながら、ワタシ自身の運転でこのような未来ある青年の命をも奪いかねない現実に、今一度心を戒めたのであった。セナが亡くなった時、それを取り上げたワイドショーで、あるコメンテーターが「レーサーたるもの、常に死を覚悟して走っているのだから、サーキットで死ぬのは本望」としたり顔で発言したのに対し、確か中嶋悟であったと記憶しているのだが、「死を覚悟してレースを走るドライバーなどいない。常にそれを心の奥底にしまいこみ、死の恐怖と妥協し合いながら走るのだ。」と反論したことを記憶している。我々一般人と同様、レーサーにとっても死は本望などではない。ましてや、公道での無軌道な運転の巻き添えを食って命を落としたノリックの無念を思うと、胸が張り裂けそうになる。実際にノリックの走りを見たこともないワタシが言うのもおこがましいとは重々承知のうえで、今はただ『ノリックよ安らかに』と願わずにはいられない。合掌ぎっちょ
October 9, 2012
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(2008年10月8日付本稿の再掲)俳優の緒形拳さんが亡くなった。緒形さんで印象的なのは【目】だ。恐らく幼い頃、CMか何かで見掛けた映画のワンシーンの記憶が残っていたせいなのだろうが、緒形さんにはまるで怒られているかのような厳しい目線を常に投げ掛けられている気がするほどの強い目力を、ワタシは画面を通じ感じていた。日本映画史上に残る傑作への出演も多い緒形さんだが、そうした“トラウマ体験”からくる恐怖心も手伝って…というワケでもないのだがw残念かつ失礼なことに氏の映画はこれまでまだ1本も拝見したことがないのである。むしろ緒形拳という俳優を多く目にしたのは、CMやドラマなどテレビにおいてが多かった。最近では…と言ってももう十年近く前のことになるが、人気ドラマ『古畑任三郎』第3シリーズの幕開けを飾ったのが、緒形さん演ずる「監察医・黒岩」。その立場を利用し、検死した遺体の肛門におみくじを入れたカプセルを挿入、連続猟奇殺人事件に見せかけて自身の殺人をカモフラージュしようとする話であった。劇中しばしば出てくる、緒形さんが研究室でアルコールランプを使って石綿金網の上で焼く珍味が妙に美味そうだったのを思い出す。あまり知られていないことかもしれないが、刑事ドラマニアとしては緒形さんが連続刑事ドラマに刑事役として出演していたことに触れずにはいられない。1978(昭和53)年秋からフジテレビで放送された『大空港』という刑事モノで、東京国際空港内にある「空港特捜部」を舞台に、こちらもすでに鬼籍に入られている故・鶴田浩二さんをリーダーとする個性的な刑事たちの活躍を描いた“フジテレビ版『太陽にほえろ!』”とでも呼ぶべきドラマだった。緒形さんは、鶴田さん演じる加賀刑事(通称チーフ)をサポートしながら現場で陣頭指揮をとる“チョウさん”こと梶大介警部という重要な役どころで、番組スタート当初より参加。ところがわずか3ヶ月、14話にして梶は病に倒れた挙げ句それを押して捜査に参加する中で、要人暗殺のため爆弾が仕掛けられ、自動操縦で飛行機に突進するトラックに乗り込み間一髪回避するも、発作で身体の自由が利かなくなってそのままフェンスに激突、爆死するという壮烈な最期を遂げることになってしまう。この夏、ケーブルテレビのチューナーをデジタルに変えたのに伴い、CS【ホームドラマチャンネル】が視聴可能になったのだが、たまたま時期が合って緒形さんの出演する『大空港』初期を目にすることができた。梶が放送開始間もなく殉職することは知っていたので、どういう死に方をするのかだけを確認するために毎回見ていたのだが、割とどの刑事ドラマにおいてもベテラン刑事は家庭を顧みず事件に没頭するタイプが多い中、緒形さん演じる梶もそういう面がある一方で妻と5人の娘(!)とともに食卓を囲むマイホームパパである一面も描かれたりしていて、彼の死後残される家族のことを思ってちょっぴり胸が痛くなったりもした。要職にありながら早期の降板というのは、何か制作スタッフとの軋轢などあったのではないかと邪推していろいろ検索してみたのだが、その真相については未だたどり着けないでいる。功なり名を遂げたとはいえ、71歳はいささか早すぎる旅立ちだ。名優・緒形拳よ安らかに。合掌ぎっちょ
October 8, 2012
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(2004年10月7日付本稿の再掲)11月の九州場所で新入幕が濃厚な18歳の有望力士・萩原(鳴戸部屋)が【稀勢の里(きせのさと)】と改名することになった。師匠のシコ名(隆の里)の一部を譲り受け、”まれなる勢いをもって進む”という意味をこめた、なかなか良いシコ名である。シコ名のつけ方はいろいろあるが、個人の希望よりも師匠や後援者が名付け親になるケースが多いようだ。最近は本名で取る力士も多いが、力士たるものやはり何かしらシコ名は名乗ってほしい気がする。シコ名の由来は様々だが、やはり出身地の何かにちなんだ名前が多いようだ。ご当地の山の名前をそのまま名乗った【岩木山】はその代表例。かつての人気力士で現・解説者の【舞の海】も、”土俵で舞う”という意味と合わせてご当地「舞戸町」から一字拝借したというのは意外に知られていないか?外国人力士にもその傾向は顕著で、【黒海】や【露鵬】【琴欧州】など自国にちなんだシコ名をつけるケースがほとんど。変わったところでは、母校(明徳義塾高校)の近くにあるお寺『青龍寺』からシコ名をつけた【朝青龍】は、下の名前も母校からとって『明徳(あきのり)』と名乗っている。師匠の現役名をそのまま、もしくは一文字二文字いただくケースも多く、特に佐渡ケ獄部屋の【琴】、高砂部屋の【朝】、尾車部屋の【風】の字は、所属する全力士につけるという徹底ぶりだ。前出の鳴戸部屋でも、同期入門の二人の有望力士に期待をこめ、師匠の名前を二分割してそれぞれ【若の里】【隆乃若】と名付けたが、半分ずつにしたせいか二人とも実力の半分も出せずに伸び悩んでいるwかつて、妻子がありながら安定した教職を投げ打って角界入りした、のちに幕内でも活躍した【智乃花】は、関取に昇進が決まりシコ名をつけるにあたり、息子の将寿(まさとし)君から【将闘士】というシコ名にしたいと申し出たが、当時の師匠がこれを却下。先生は知性があるからと勝手に【智乃花】に決められてしまった。【智乃花】も悪くはないが、”息子の名前を背負って闘う幕内力士”っていうのも、なんかドラマティックでよかった気がするのだが…?いずれにせよ、実力が伴わなければシコ名も輝かない。素晴らしいシコ名を、文字通り”稀”な存在にするためにも、頑張れ!【稀勢の里】\(^O^)人(^O^)/ぎっちょ
October 7, 2012
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(2008年10月6日付本稿の再掲)10月といえば、テレビやラジオでは4月と並んで大幅な番組改編の時期。女子アナマニアにとっては、お気に入りアナの担当番組の増減に一喜一憂する時期でもある。昨年の今頃はというと、ワタシの極私的ランキングの中で長く上位にランクインしてきたTBSの海保“ちーちゃん”知里アナが寿降板により姿を消すという一大事があったが、今年はおかげさまでというか何というか、ワタシのお気に入りアナは誰一人欠けることなく、10月になってからもいつもの番組のいつもの時間に、いつもと変わらぬ笑顔を振りまいてくれている。唯一、同じ番組ながら担当するコーナーが変わったのが、TBS『サンデーモーニング』の【唐橋ユミ】さんである。これまで、8時台に紹介されるニュースコーナーの担当だったのが、9月で今山佳奈アナが退任した後を引き継ぐ格好で、8時45分頃からのスポーツコーナーを担当することになったようだ。ご存じ、大沢親分とハリさんが「かあ~っつ!」「あっぱれ!」とやる、あのコーナーである。ニュースコーナーでの“おすましユミちゃん”もよかったが、スポーツコーナーは笑顔率が高くなりそうで、そういう点では嬉しい限り。さらに異動初回となった昨日は、広島市民球場の歴史を振り返る「手作りフリップ」コーナーつき!…なのに、よりによって録画し損ねたワタシ…だって、先週まではこの時間、ノーマークだったんですもの…(:D)| ̄|_ユミちゃんといえば、こちらは先週からであるが、ラジオのレギュラーも一本増えた。文化放送『吉田照美・ソコダイジナトコ』のアシスタントである。オフィシャルサイトのスタッフブログでは、オフショットなども多数掲載されている。やや気掛かりなのは、早朝週6日という勤務態勢である。規則正しい生活が送れそうな反面、休みが土曜だけというのは体力面が心配なところだ。そういえば、ユミちゃんと同じ根本“ねもみ”美緒さんも、同じ土曜のみ休みの週6日勤務である。二人とも所属事務所が同じ『三桂』というのも奇遇というか何というか。まあねもみも1年以上そのシフトで頑張ってるんだから、ユミちゃんも頑張れwこれにより10月からのワタシの朝は、テレビの音声を消して『みのもんた糞ズバッ!』で香苗とねもみの姿を嗜みつつ、ラジオから流れるユミちゃんの声も楽しむという実に贅沢で豪勢な朝になったのである(;´Д`)'`ァ'`ァぎっちょ
October 6, 2012
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(2005年10月5日付本稿の再掲)【7ヶ月サボって6ヶ月休み?】7ヶ月もの間無断欠勤していた奈良県財政課の男性職員(38)が東京で見つかった。この男性、仕事にイヤ気がさして今年2月から失踪。北海道、東北地方でホテルを転々としていたという。県は、1日付で男性職員に停職6ヶ月の処分…って、まだ休むのかよっ!!むしろ土日返上で仕事させてもいいくらいじゃないのか。っつうか一般企業ならクビだろ。あ?【着服金9億8000万円の行方】食パンメーカー『敷島製パン』の健康保険組合の口座から9億8000万円を着服していた同組合元事務長の男(56)の初公判で、驚愕の事実が…なんと、着服した金は交際していた17人の愛人に 生活費として渡していたという。56歳で17人…ウラヤマシイ…とは思わんが、女17人も一手に抱えてどーすんの?って感じ。まあ所詮、事務長は「この年でこんなにモテモテ」的なステータス、女はカネという利害が一致したということなのだろう。色ボケオヤジここに極まる。こんなオヤジにはなりたくない。【ヘビ見つかる】新宿区の公園で散歩中、飼い主が居眠りしたスキにいなくなったボールパイソンという種類のヘビが、約1ヶ月ぶりに飼い主の元に戻った。頭部の脱皮痕などの特徴が男性の飼っていたものと一致したことに加えて、男性の腕に巻きつくと 落ち着いているように見えたのが決め手になったという。慣れるもんなんだ、ヘビも?ワタシは飼いたいとは思わんが…。【のまネコ騒動】外国の曲なのに歌詞が日本語に聞こえることで話題のO-ZONE(オゾン)『恋のマイアヒ』のPVに登場するキャラ、通称“のまネコ”が、インターネットの巨大掲示板『2ちゃんねる』から生まれたキャラ“モナー”に酷似していることでトラブルになっている。この“のまネコ”を、「マイアヒ」発売元のエイベックスが図形商標登録を出願したことを快く思わない“2ちゃんねらー”から、掲示板上でエイベックスを誹謗中傷する書き込みが相次ぎ、その内容も社員の無差別殺害やら社長宅への放火予告など穏やかなものではないため、警察も捜査に乗り出したという。っていうか、あの“のまネコ”、ワタシはてっきり『2ちゃん』から派生したフラッシュだと思い込んでいた。そういやあどこぞのPTAだか教育委員会だかが、この曲の「飲ま飲まイェイ!」というフレーズが一気飲みを助長するとか言ってクレームつけて、放送を自粛するよう要請があったなんてニュースもあったっけ。エイベックスもタイヘンだあ。ブロガー仲間の眞鍋かをり師匠が、最新ブログで「マイアヒ」に続く空耳曲として紹介している曲がある。その名も・・・もすかうhttp://www.youtube.com/watch?v=Wj76YgiwdmMぎっちょ
October 5, 2012
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(2004年10月2~4日付本稿の再掲)唯我独尊、常に不満分子でチームワークとは無縁の男…落合博満にはそんなイメージがある。それだけに、ひとつのチームをまとめて率いる監督業は落合には向かないと見る目が多かったのも事実。しかし、現役時代から見せる絶妙の間の取り方や卓越した野球理論に、ワタシはかなり以前から落合の監督としての資質を高く評価していた。何かを起こす、そんな気がしていた。こんなエピソードがある。90年代初め、衛星放送などで大リーグの試合を見る機会も増えたせいか、メジャーリーガーのユニホームの着こなしをマネする風潮があった。カープの一部選手はユニホームのズボンの裾を膝までたくしあげ、ストッキングをむき出し(見た目ハイソックスのような感じ)にしてプレーしていた。それとは対照的に、(今やこっちの方が一般的着こなしとなった感があるが)ユニホームのズボンの裾を足首まで下ろし、ストッキングを隠してしまうスタイルもあった。ドラゴンズでいち早くこれを取り入れたのが当時の主砲・宇野勝。しかし、ともすればだらしなくも取られかねないその着こなし。案の定、星野監督(当時)から「マサル、なんじゃそのだらしない格好は!」と怒鳴られ、元に戻すように言われた。しょげかえる宇野に、落合が声を掛けた。「気にすんな。オレたちはカッコで野球やるんじゃねぇ。どんなにしろ、打ちゃいいんだ、打ちゃ。」そして、しょげる宇野にこう言った。「明日っから、オレもおんなじカッコしてやっから…」どちらかというとズングリムックリとしていて、決してスタイルがいいとは言えない落合にとって、”松の廊下”を彷彿とさせるようなその着こなしは、お世辞にもカッコいいとは言えるものではなかった。しかし、後日談でその話を聞いたワタシは、仲間を思いやる落合の人柄に心底シビれた。我々サラリーマンにも言えることだが、結果を残せないのに我だけ通そうとすると組織にも歪みが出る。落合は己の我を通すために成績にこだわり、成績を残すために人一倍研究し、人一倍練習した。そして、影の努力はおくびにも出さなかった。これはやろうとしてもなかなかできることではない。落合は、心底野球が好きなのだと思う。純粋に野球がしたいからこそ古い体質の学生野球に馴染めず、入部と退部を繰り返した。一歩間違えばプロボウラーになっていた落合という逸材を野球界に引き戻した人たちには、ただただ敬服するばかりである。落合采配は、基本的に選手任せ。しかしこれは無責任なのではない。「実際にプレーするのは選手」という考えのもと、選手との信頼関係の上に成り立つ采配。荒木&井端の1、2番コンビの盗塁などはその代表とも言えるもので、ほとんどが個人の判断。二塁打も、単打+盗塁ならおんなじこと。今年のドラ戦士は、気持ちいいくらい小気味良く塁間を駆け巡った。落合采配のベースとしてあるのは、実は”星野采配”なのではないかとワタシは考える。というのも今年の闘いぶりが、星野仙一が初めて監督に就任し、落合がドラゴンズに移籍してきた年(87年)と酷似しているからである。彦野、仁村、中村らといった後の主力選手を、少々の失敗には目をつむって使い続けたあの年、落合はベンチでは常に星野の真横に陣取っていた。今にして思えば、星野の一挙手一投足を観察していたのではないかと思えるほどである。今年のドラゴンズも、積極的な若手の起用が目立った。シーズン当初、試合終盤訪れたチャンスに、その日スタメンを外れていた立浪をまだ使っていないにもかかわらず、前日初打席で安打を放った新人の土谷を代打に起用するシーンがあった。結果は凡打に終わったが、主砲福留の穴を見事に埋めた英智のように、五輪期間中の福留離脱を見越して早くから若手を場慣れさせるために守備固めやら代打やらで使うことが多かった。一見冒険に見える若手起用も、裏を返せば三か月先を見越した計算されたものだったのだ。頭脳、度量と監督・落合博満の才能の一端ぐらいはわかっていただけただろうか。ピンチやチャンスにもベンチで悠然と構えるから選手が浮き足立つこともない。交代を告げる前に、必ず投手に一声かけて納得させるから蟠りもない。大事なところでは自らサインを出すこともあるが、成功すれば選手の手柄、失敗なら監督の責任を徹底していた。結果論でしか試合を語れない長嶋茂雄や、”他人の手柄も自分の手柄”といった風の野村克也とは、そのあたりからして器が違うのである。【鉄拳制裁】と言われたように、落合が采配のモデルとした(とワタシが勝手に思っている)星野仙一は、厳しさを前面に打ち出すことで緊張感を保った。常に泰然自若としている落合だが、時として鉄拳こそふるわないものの容赦なく選手を奈落の底へたたき落とすようなことをする。特に、不甲斐ないピッチングをした投手に対してそれは顕著で、2回もたずにKOされた野口を試合中にもかかわらず遠征先から名古屋へ”強制送還”したこともあったし、勝利投手の権利を目前にして不用意な四球を出した朝倉を即時に交代させたこともあった。時として見せるこういった厳しさが、チームに独特の緊張感を漂わせていたのではないだろうか。87年の”星野竜”は、若手のバテもあって後半失速したが、”落合竜”は後半に入ってなお、小笠原や山井や森といった伏兵が思わぬ活躍をした。一種”賭け”に見える起用法なのだが、落合からしてみれば恐らく選手の調子を見極めたうえでの”確信犯”で驚くことはな~んにもない、とでも言うのだろうか?先の神宮球場、スワローズに2勝すればV決定だったが残念ながらそれは叶わず。しかし、それまで平然を装っていた落合が試合終了後にスタンドの観客に向かってアピールしたのには驚かされた。マジック1とした28日は”優勝宣言”ともとれるガッツポーズを見せ、敗れた30日は外野と三塁側スタンドを埋め尽くしたファンに深々と礼をした。「こっち(東京)でやるのは最後だからな…」選手、裏方、そしてファン…方々に気を配るあたりに落合の繊細さがうかがい知れる。落合の身の回りには因縁めいた出来事が多い。選手時代、落合は3度優勝を経験(ドラゴンズで一度、ジャイアンツで二度)しているが、決めたのはすべて名古屋。今回も見事、名古屋ドームで決めてみせた。また、1000、1500、2000本目と節目の安打はすべてホームランで飾っているのも特筆に値する。昨日の本拠地最終戦。鳴り物入りでFA移籍後ほとんど使い物にならなかった川崎への粋な演出。川崎の全盛期を知る落合だからこそできる演出だった。演出家としても落合は一級品だ。落合なら50年ぶりの日本一も、球団初の連覇も、いとも簡単にやってのける…そんな気がしてきた今日この頃。ぎっちょ
October 4, 2012
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(2006年10月3日付本稿の再掲)日本テレビの船越雅史アナウンサーが、出張先での系列地元局女性アナウンサーに対するセクハラ疑惑で窮地に追い込まれている。この船越という男、不快度数はアナウンサー界では五指に入る存在で、特に伝説の98年サッカーW杯での実況、日本代表の初ゴールだったとはいえ「ゴール!ゴルゴルゴルゴルゴルゴルゴルゴルゴルゴルゴルゴ~ル!」という「ゴール連呼事件」でさんざん世の不評を買ったのにまったく懲りず、野球中継でも打ったなんて見てりゃ誰にもわかることなのに「打ったあああああああああああああああああああああっ!」と叫ぶ絶叫型の実況を続ける図々しさヴァカさ。今年最後まで白熱したパ・リーグのように、プロ野球の試合自体は面白さを失っていないのだから、視聴率が低迷しているのは相も変わらず続く時代錯誤な虚人偏重主義と、船越を筆頭とした一部の不愉快アナの実況によるところが大きいとさえ思えるのだ。週刊誌の報道によれば、酔った勢いも手伝ったとはいえ単なる“オサワリ”にとどまらない行為もあったとされている。そしてそこには、民放キー局の看板アナとしての威厳は微塵もなく、むしろ驕り高ぶりばかりが見え隠れする。オレを誰だと思ってるんだ?天下の日テレアナウンサーだぞ。それも、全国放送の虚人戦の実況やってんだぞ。箱根駅伝も毎年やってんだ。言うこときかないと局のお偉方に言いつけるぞ、みたいな驕りが。実際、船越は良くも悪くも日テレスポーツアナのエース格であったし、その振舞いも“体育会系”で、日テレでスポーツを担当したければ船越に取り入って気に入られなければならなかったなんて噂もある。大した実況もできないクセに、何が彼をそこまで増長させたのか。地方出張でその振舞いなのだから、自社でも同じような…いや、あるいはそれ以上のことが日常的にあったかもしれない。特に、地方局の女子アナの中には「あわよくば中央で有名に…」という野心がある娘も多いというから、多少イヤなことをされても泣き寝入りするケースもあるかもしれない。それにつけこんで、さらにエスカレートするセクハラ…自分の立場や権力を利用したセクハラほど卑怯なものはない。春先に起きた若手男性アナのトーサツ事件に今度の船越セクハラ騒動…低視聴率に伴う番組の大幅なテコ入れ…かつては“視聴率4冠”を誇り、鼻高々だった日テレの没落、ここに窮まれりって感じである。今やテレビは多チャンネル時代。スカパーやCATVで、プロ野球のご贔屓チームの試合は終了まで漏らさず観戦できる時代である。かつてプロ野球といえば、どこの球団のファンでも選択の余地なく虚人戦を見るしかない状態で、それもどんな山場でも時間がくると問答無用に放送が打ち切られるような放送だった時代とは雲泥の差だ。しかしそんな時代でも、日テレの小川&浅見両アナウンサーの落ち着いていて重厚感があり、かつ抑揚のある実況は聴くに値するものだった。この際いい機会だから、不愉快アナにはこのまま永久に謹慎していただくワケにはいくまいか(・∀・)ニヤニヤぎっちょ
October 3, 2012
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(2007年10月2日付本稿の再掲)F-1日本GP…といえば、鈴鹿サーキットがその代名詞であった。1987年にフジテレビが全戦中継を開始して以来、1994~95年にかけて岡山のTI英田との併催はあったが、『日本GP』の冠は常に鈴鹿のものであった。F-1ドライバーの中では、ベルギーの『スパ・フランコルシャン』と並んでこの鈴鹿を“ベストコース”に挙げる者が多い。ホームストレートを全速力で駆け抜け、1コーナーからダンロップ、デグナーと続くテクニカルコースを抜けてヘアピンを曲がり、バックストレートから6速全開で130R、シケインで一気に減速して再びホームストレートへ…と、いかにも実際に走ったことがあるかのごとく語ってみたが、もちろんそれはテレビゲームでの世界であるwそれでも、例えゲームであっても鈴鹿の攻め応えというのは他の歴戦のサーキットと比べても格別なものがあって、かつて毎年スーファミやプレステのF-1ゲームの新作が発売されるたび、購入してワタシがまず“いの一番”に走るのは鈴鹿であった…というくらい個人的に鈴鹿には格別の思いがあったから、様々な諸事情はあるにせよ『日本GP』の冠が鈴鹿を離れて富士スピードウェイに移行することが発表された時は、なんとも寂しい思いがしたものだった。アロンソやライコネンが頭角を現したあたりから見始めた方にはご存じないかもしれないが、実は以前にも富士でF-1が開催されたことがあった。ちょうど今から30余年前の1976~77年のことだが、その77年のレースはヒドい雨の中強行され、危険だと抗議してタイトル争いをもしていたニキ・ラウダが棄権するという波乱の展開となったが、案の定そのレースで大クラッシュによる観客を巻き込む死亡事故が発生したことで、スーパーカーブームなどあって盛り上がりかけていた日本人のレース熱は一気に冷め、「F-1は危険」との認識のもと、再び日本でレースが開催されるまで10年の歳月が費やされたのであった。いわば、今回の日本GP招致成功は、富士スピードウェイ関係者にとっては30年来の悲願だったワケである。ああ、それなのに…【F1】 「もう来たくない」 レース見えない観客席や、スタートに間に合わないほどのバス渋滞…トラブル続出で、代金払戻しなど発表サーキットまでのアクセスの不便さは鈴鹿の頃からなかったワケではなかったが、それにしてもスタンドからレースが見られないというのは信じ難いミステイクだ。さらに移送のトラブルばかりか、一般客の横断幕を禁止しておいて、観客席いっぱい使って【TOYOTA】だけロゴ入り横断幕を掲げて顰蹙を買うなど、もう踏んだり蹴ったり。肝心のレースも30年前を彷彿とさせるような豪雨で、序盤はセーフティカー先導による“追い抜き禁止”状態で見所も少なく…。主催者は、“見えないスタンド”の観客にチケットの払い戻しをするそうだが、その金額は億単位にものぼるという。これで、混戦の間隙をぬってトヨタやホンダ、日本人ドライバーが上位入賞でもしたならまだ救いもあったのだが、揃いも揃って討ち死にとは…(・∀・)わろとけわろとけいや、決して笑えない、過去最悪と言っても過言ではない日本GPの顛末。再来年からは隔年で鈴鹿と併催になるから、否応なしに比較される。富士の信頼回復への道程は、あまりにも険しい。ぎっちょ
October 2, 2012
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【竹内香苗】という女性アナウンサーに目を引かれたのは、彼女がまだTBSに入社間もない2002年頃のことだった。見るからに帰国子女を思わせるハイソな容姿がワタシのツボにピタリとハマったのだが、その本当の魅力が全開となったのは『サンデージャポン』の三代目アシスタントに就任して以降のことだった。屈託なく、見るからに楽しそうに道化を演じるその姿に惹かれ、徐々にその順位を上げて、【曽根純恵】【唐橋ユミ】とともにワタシの“極私的女子アナトップ3”として名を連ねてから、かれこれもう何年になるだろう…本稿アーカイブでも取り上げているのだが、ワタシは彼女のことを表現するのに“エロかわいい”という言い回しを用いる。男にとって女の“エロさ”を感じるのは、例えば「大きな胸」だったり「綺麗な脚」だったりするのだが、竹内香苗のエロさというのはそういうのとは一線を画していた。特に、ラジオで明け透けに語られる彼女の趣味・嗜好や性的目線が、どちらかというと【童貞男子】っぽいことが、そこはかとない中性的なエロさを感じさせたのだ。容姿美しく女性らしいのに、少年のような感性を持った女性アナウンサー。そんなアンバランスさが、彼女の大きな魅力のひとつでもあった。他の極私的女子アナトップ3に名を連ねる者は「すんちゃん」とか「ユミちゃん」などと“ちゃん付け”で呼べるのに較べて、竹内香苗には「香苗!」と呼び捨てにしたくなるような親近感があった。香苗の魅力といえばもうひとつ。女子アナといえば、テレビでチヤホヤされての“華”という風潮があるこのご時世に、ラジオにこそやりがいを感じると公言していたことだ。ワタシも三十年来のラジオっ子だけに、テレビ以上にラジオで生き生きとする彼女を、勝手に“同志”として見つめていたものだ。そのラジオでは、退社にともない降板するにあたって、アシスタントを務めていたふたつの番組からそれぞれ単独のゲストとして招かれ、伊集院光や爆笑問題といった名だたるラジオパーソナリティーから惜別の辞を贈られた。男女問わず、万人から愛された彼女の人柄がうかがい知れるではないか。何しろ、10年である。10年もの間、ほとんど日を置くことなく見てきた顔が、もう見られなくなることに寂しさを感じないと言ったら嘘になる。それでも、良き伴侶とともに新天地で新たなチャレンジに挑む彼女のことは、やはり応援せずにはいられない。いつかまた、その顔を拝める日が…その声を聴ける日が訪れることを願いつつ…さようなら。そしてガンバレ。我が愛すべき“エロかわ”アナウンサーよ。ぎっちょ
October 2, 2012
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(2008年10月1日付本稿の再掲)今年、相次いで産声をあげた新たな格闘技イベントは、ともに年末年始にかけてのビッグイベント開催がすでにアナウンスされているが【DREAM】は今月23日、【戦極】は11月1日が年内最終興行となっている。【戦極】の11月興行も含めて、双方6回、都合12回にも及ぶ興行を経た今、改めてそれらを思い返してみると、旗揚げから現在に至るまでの両興行に対する感情の波形が、まったく正反対のカーブを描いていることに気付く。【PRIDE】から、昨年大晦日の【やれんのか!】を経て旗揚げされた【DREAM】であったが、地上波放送に伴う試合順の変更や、三崎vsヌル公戦の裁定が我々ファンの気持ちを逆撫でする格好で、主催者であるT糞Sと糞EGの一存によりねじ曲げられたりした経緯もあって、旗揚げ当初はそれに期待する声は少なかったように思う。一方、【PRIDE】が消滅したことで行場をなくしたファイターとファンのためにと、いち早く手を上げていた【戦極】には、その心意気と合わせて【PRIDE】とは違った新たな格闘技熱を生み出してくれるのではないかという期待感が少なからずあった。選手や、イベントの演出を手掛けるスタッフなどを【PRIDE】からほぼ引き継ぐ形となった【DREAM】と違い、そのほとんどを一から作り上げなければならないハンデを背負っていた【戦極】に対しては、少し長い目で観なければならないという覚悟を持って見始めたのだが、辛うじて及第点は与えられたと思われる旗揚げ戦から思うと、現在のイベントそのものに対する興味は下降線を辿っていると言わざるを得ない。その一因として挙げられるのはやはり、ビッグネームの不足という点に尽きるだろう。吉田秀彦をはじめ、藤田和之、五味隆典、三崎和雄、ジョシュ・バーネットとそれなりに名前の知られている選手は集めたものの、彼らが一堂に介した一陣以降はこれといったビッグネームの登場もなく、大いなる期待を持って参戦したホジャー・グレイシーにはわずか一戦しただけで逃げられ、ライト級のホドリゴ・ダムや先の『五陣』にて鳴り物入りで登場したシャンジ・ヒベイロなどは、柔術の達人という触れ込みの割には寝技でまったくと言っていいほど見せ場が作れず、シャンジは総合初戦であったことを差し引いても期待外れも甚だしかった。こうした、参戦選手に対する失望が積み重なっているところに、決して恵まれているとはいえない選手層の中でトーナメントなど開いた影響もあって、試合する選手が限られ、可能性を感じたマーシオ・“ペジパーノ”・クルーズなどは半年も試合が組まれず、『五陣』で衝撃KOデビューを飾った、その異質のキャラもあって面白い存在にも思えたキング・モーも、すでに『六陣』がライト&ミドル級トーナメントで6試合が埋まっていることを考えたら、下手をすると来年まで試合が組まれない可能性もある。もはや後の祭りではあるが、【戦極】においては未知の強豪発掘と実力査定の意味でも、今年はワンマッチに徹した興行を打つべきだったのではないだろうか。対する、あまり期待していなかった【DREAM】はというと、相変わらずT糞Sの中継が糞な以外は、スカパーのPPVで観戦する限りはかつての【PRIDE】と遜色ないイベントだったように思う。そういう意味では、見るたび下降線を描いていく【戦極】に対して、ゆるやかにではあるが上昇カーブを描いたのが【DREAM】で、その2興行はここへきて流線型を描いて一点に集約された感さえあるのだ。ニューイヤーイベントが双方個別に行われるらしいところからしても、両者の関係は決して良好ではないことが伺える。【戦極】に何より足りないのは“熱”。少なからずそれを持ち、それを起こさせる術を知っている【DREAM】と合体することが、地上波はともかく格闘技をライブ観戦する楽しみを増やす第一歩ともなるように思うのだが…ぎっちょ
October 1, 2012
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