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「愛と死をみつめて」で大島みち子さんを好演された広末涼子さん。「オーラの泉」で江原さんに前世のことを言われていた内容をメモしたものを後から見直してみると・・泣けてきました。大島みち子さんと重なったものですから。これまで「オーラの泉」に出演されたゲストの名前をブログに書く時、「さん」付けなしで書いていたのですが・・もうそれは、できないと思った。先日の「オーラの泉スペシャル」を見て感じた。人の命や存在が、あまりにも厳粛なものだと。美輪さん「複雑ドラマね」広末さんの前世に対して。江原さんが語られるには~女性が白いレースを被って祈っている。キリスト教的信仰を持っていた。賛美歌とかお好きでしょ。小さい頃聖歌隊にいた。アート、絵、造形的なものを作る人。それも教会的なものを造る、家がそうだった。ある男と恋仲におちる。男は政治的運動家で。一緒にはなれなかった。男は捕らわれた。彼女もトラブルに巻き込まれた。恋人と遠く離れることになる。恋人と手紙でやりとり。思いを色にする~。「その時の思いによって、ブルーにするかピンクにするかで全然違うんです」広末さん。へえ!素敵なこと言う~便箋の色か。前世での習慣は今生でも同じ習慣を持つようになると江原さん。面白い。彼女は色んな便箋を持ち歩いているそうです。「お子さん持たれた時、とても嬉しかったでしょう」と江原さん広末さんに。前世で子供欲しかった。最後まで一人だった。亡くなる時は、教会か修道院か病院のような情景。自然霊強く稲荷霊系の晴れ女。人の好き嫌いオンオフはっきりの人。「風が強いこと多く困る」「負傷しているのを見たり、戦争の映像みると涙が」と広末さん。メモはそれで終わり。番宣で「愛と死をみつめて」の映像が流れる。それにツラレテ、二夜連続のドラマを観ることに。月曜日どれだけ目が腫れるか・・。というくらい泣き続けた。兄が生まれた昭和35年当時の実話で。子供の頃、大空真弓さんと山本学さんの再放送を見た記憶あり。若き日の山本学さんの爽やかさと声の素敵さが印象的で、大空さんは主人公の明るい性格を表現しているのだなと。そのリメイクされたドラマを観れば、涙が出るなとはわかっていたけど、「オーラの泉」的な観方でいくと、どういう捉え方になるのだろう?という視点で観たなら、ただ悲しいだけじゃないはず。江原さんは、どう思いながらみるんだろう?と思いながら、次の日に目がどれだけ腫れても、まあいいやと。ぞんぶん投入して観ることに。私としては「砂漠の女ディりー」に続く、考えさせられるテーマだった。女性の顔って何だろう?顔って、そもそも何なんだろう?続きは次の日記で。タイトルのまとめ。私が書く便箋は、いつも白に決まっている。私の性格上、悲しい時はおくびにもそれを出さず平然を装っている。うれしくてたまらない時は、恵みをこぼさないように、これまた平然を装っている。つまり本音は現わさない人。好きな色で今を表現するように、と示されれば。こうするかもしれない。悲しい時はピンクを。書いているうちに、きっと気分を明るくしてみせる。うれしすぎる時ははしゃぐ心を沈めるためにブルーを。愛と生をみつめた大島みち子さんの色は?私は赤とイメージする。明るくて頭が良くて、人の為に尽くす、何て魅力的な方か。「私って策略家でしょ」彼女は自分の運命どおりに世に出た。一生分を濃縮して生き、人に影響を与えるものを残した。彼女の魂は、もちろん今も生き続けている。*広末涼子さん(1980/7/18)26歳*壬辰・墓(偏官)魁ゴウ 癸未・敗財・養(正官) 庚申・偏印・長生(偏印)B4/自墓*大島みち子さん(1942/2/3)~(1963/8/7)21歳*永眠 丙辰・冠帯(食神) 庚子・偏財・胎(偏官) 辛巳・正財・建禄(敗財)F10/自墓
2006年03月26日
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「夜王」ホスト監修:零士(No.1ホストを極め現役オーナー)という女性誌の記事に惹かれて全ての回を見尽くした。実際あった話をベースに、ちょっとだけ脚色というものが好き。最終回を見て有意義な番組だったなと満足。聖書の「創世記」に出てくる話に通ずるものがあるではないか。古いもの・先のもの<兄>は、新しいもの・後のもの<弟>が評価されるのに対して嫉妬する。「創世記」の中においては、兄は弟を無き者にしてしまうのだが。オーナーが聖也に、店の「権利証」を渡そうとする場面で・・これは人類歴史に共通する話なのだなと思った。ハハーン、こうきたか。やはり<先のもの>長男が後を継ぐというのが本来的な正統的な在り方なのかな?と、思いきや・・聖也はそれを受け取らず。アラッ?あれほど手に入れたかった店の権利だったのに。どんな手を使っても自分のものにしたいという欲望はどこにいった?・・それを超えてしまったというのか。なんと・・大したヤツ。君は歴史を超えたよ。No.1を賭けた派閥争いとは・・主導権を握ってその場を治めたい仕切りたい。競い合いはピークに及んで空中分解する直前、<後のもの>遼介は身を引いた。トラブル発生の前に、トップの座を譲って身を引くとは、何てスピリチュアルなヤツ・・なんて思ってたけど。ああ、聖書の兄と弟の話の中でも、弟が謙虚な姿勢で、兄の心を感動させていたら、葬られる事態には至らなかったのだな・・と、ジーンときたよ。弟、後輩たるもののお手本だ。派閥争いが窮(きわ)まりを見せた時、人の妬みと歪んだ欲望から事件勃発・・これまでの価値や位置は消滅しゼロになった。輝いていた店という舞台はカラッポに。派閥もバラバラに。一人一人は別々の方向をさまようことに。兄が弟に手助けを求めた。聖也が遼介に「手を貸してくれないか」・・二人はチリヂリになった仲間たちの心を呼び集める。リターンマッチ、再生、再建・・派閥同士の険やトゲが消え、店の空気は甘くまろやかなものに。敵対する者の心を溶かせば、その人が住む世界は、こんなふうに一気に大きくなるのか。そうだ、苦手なものを愛そう。イヤと思うものを好きなものに変えよう。今、自分の心にあるものを点検する。そうだ、・・アレだ。自分の敵は?・・自分だ。良いことをしよう!と心が言う。・・えっ?アタシやだ!と体が言う。さあ、どうする。心と体は会議して。協調すれば、団結すれば、神が姿を現わすよ。今日読んだ「フィンドホーンの花」の中のピーターとロスの会話。「科学と宗教はその限界のある教義を捨て、完全に調和し、一体化するでしょう」「船の上でずっと働いてきた私の体験でも、強調と団結の精神は目的達成のための一番大切な要素ですよ。この二つが起こった時、神が姿を現わすのです。我々はいつもそれを認めはしませんがね。もし、神との関係を意識的に認識したら、もっとずっとすごいことができるでしょうな。我々はまさに神の軍人になるんだから!」距離のあった者同士が、しだいに信頼を寄せていく。さて、まとめなのだが・・。聖書の話で兄と弟は、聖也と遼介のように「ロミオ」を建て直すという一つの目的達成のためと同じく、協調し団結する必要があった。兄は農作物を神に供えるが、いきものを供えた弟は、より心を込めて供えたためか神を感動させた。それで、後継ぎの権利は弟の方に。兄、えっ?弟に従うなんて出来ないよ。確かにその気持ちもわかるな。が、聖也の良心は、お客さまの心をより感動させる遼介という人物を認めた。聖也は新たな地へ、開拓に出る。さらに力をつけ磨きをかけて、舞い戻って来ようと。よりお客様を感動させ、本当の意味ある対決で、互いに輝きを放ち合うために。派閥は、そもそも兄弟で。出所は同じなのであり、敵ではない。敵は別なところに潜んでいた。「この世はお金が一番でしょ」野心家で人をおとしめても、強引に一番を取ろうとする二階堂フジ子のような。歌舞伎町の縄張りを仕切る四天王と呼ばれる中の、力ある三人が助っ人に駆け付けた。お金がテーマの傲慢な女、二階堂フジ子は窮地に陥り退散する。お客様の心を捉えた、的場遼介の仕事のテーマは「全ての女性を幸せにする」・・その為にオレの仕事がある、という揺るぎ無いプライド。一見、青っぽい。甘ったるい。が、ばかのようにそれを繰り返せば、こだわり続ければ・・!真理になります。その信念に生きる単純バカなこの人は、楽しい・うれしい・喜び・感動を、与え授けることに熱中する。後は自動的に返事が頂ける仕組みらしい。そうか!それが<輝く秘訣>か。オーナーが聖也と遼介に尋ねる。「トップの者にとって敵は誰だと思うか?」遼介「後から上がってくるやつですか?」オーナー「それもある。だが本当の敵は自分だ。トップでいるには絶えず輝き続けなければならないんだ」「二人が競い合うところに理想を求めすぎた」オーナー立ち去ろうとするところで「手を貸してくれ」手を組もうじゃないかという申し出を聖也。それに対して「No.1からのご指名、光栄です」遼介が答えた。人は一人では輝けない。輝き続けることが出来ない。人と関わる刺激があってこそ、放てるものがある。電車で薬剤師の友達にバッタリ遭遇。職場の話題はこのドラマに因んで、行き付けのホストの話で盛り上がっているという。彼女はその話題には全く付いていけないと。という話を聞いてみると、こちらもリアルとしては全く縁がない世界である。だからこそ、テレビで訪ねたかったんじゃあありませんか。楽しかったよ*ありがとう。
2006年03月24日
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「フィンドホーンの花」(著:アイリーン・キャディ)・・図書館に予約した本が廻ってきた。私が本を読む時間は行き帰りの電車の中40分。それと仕事の休憩時間5分×5回で25分程で一日に計1時間程。ちょこちょこ読む本という友達は、時に霊的メッセージをくれる。妙なシンクロニティーをおこしたくないため、負の要素を含むものは寄って来ないようだ。多分、今必要なものが私の手元に廻ってくるのだろうと思う。先回の日記で、《掃除は祈り》などと書いた後・・<待てよ、違うかもしれない>という思いが起きた。その後、この本を半分くらいまで読んだ時、やっぱり違ったなと思った。しかし、掃除は祈りの前段階の準備のための環境整備ではあるだろう。心に浮かんだことを、こうして日記に書き記してみると、間違いをも気づかせてくれるようだ。だから、これといったテーマのあるネタがなくても、とにかく今を書いてみたくなった。アイリーン・キャディという女性は天の啓示を受け取る霊的な特殊能力を持った女性。この本は綱渡りのような波乱万丈の道のりが記された彼女の自伝。読む方もかなり、ハラハラ気を揉みながら読み進めることになる。狭い部屋を時間をかけてキレイにしたところ、3人の男の子たちに汚され血気怒気。経済的な不安定さ。掃除・洗濯・台所仕事で追われる一日の中、家事の手を止めて静かに祈る時間を持とうとする。ある時、<公衆トイレがあるでしょう>と啓示を受ける。寒い冬の日も彼女は早起きし、ペンとノートを持って公衆トイレに行って、トイレに座り天の声を書き留めるという話まで読んだ。そうだな、祈りって神様との対話なのだから、何かをしながらではキチンとした話は出来ないものね。駅前に素敵なコーヒーのお店をちょこちょこ見つけ、入ってみたいななどと思ったりするのだけど。一人じゃつまらないしと通り過ぎるだけ。祈りって・・神様と対面して、喫茶店でお茶を飲むという映像を想像してもよいだろうか。何でも知っている物知りな尊敬する相手を前にして、その方の示唆に富んだ含蓄ある話が、うっとりするほど素晴らしくて、書き留めずにおれないという溢れんばかりの心境だろうか。ここで、アイリーン・キャディの何故、公衆トイレなのかという話に戻る。その頃、彼女たち一家は住む家がなく、バスのような(多分)トレーラーに住んでいたから。つまり、どんな究極にひどい環境に置かれても、神の声を聴くことは可能なのだということらしい。今、こんなことを思い出した。昔読んだ仏教法話の中に人には十段階あるという話。六段階までは六道輪廻(りくどうりんね)といって、朝、最初は頑張ろうとスタートするも、しだいにだらけてくるを繰り返す日々。うーん、感じるものが・・なんだか私の日々は六道輪廻だったなあ、と気づく。そこから、這い出したいと思っている。その車輪から脱却する人の次なる段階が声聞(しょうもん)というもので、多分これが、神の声を聞くという霊的真理に目覚めるの意か。次の段階が、情的に悟りを得て、心と行動が一致化し神に近づいていくというものだったか。(・・と、ここで検索にかけて辞書で調べてみたくなった。・・戻ってみたところ案の定、書き込みは全て消えていた。が、それを予測して検索にかける前、記事をコピーしておいたのでセーフ。アブナイ、アブナイ)「十界」(じっかい)より・・<悟り>と<迷い>の視点から十種の境界を分けたもの。<悟界>は(上から)仏界・菩薩界・縁覚(えんがく)界・声聞界。<迷界>は(上から)天上界・人間界・修羅界・畜生界・餓鬼界・地獄界・・と、これを六道輪廻という。意味は衆生が六道に迷いの生死を繰り返して、車輪の巡るように停止することのないこと。検索、以上。書く事によって自分の日常が分析でき、自身を客観視できました。人はやはり高い方により良く変わりたいという、本心の切なる願いがあるのですね。ちゃんと住める家があるのだから、なんとありがたい日々であるか。公衆トイレに行かなくても、ここに場所をつくれるよ。この場で神様とお茶を飲める時間、毎日一時間作ってみようなんて計画考えたら、ちょっとワクワクしない?実際は神事に関することは、そんなに甘くはないでしょうが・・。でも、神様!本来、人と神様の関係って、甘い時間なのではないの?
2006年03月16日
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!コレだ*使い捨て雑巾は、無料ですぐそばにありました。スーパーにおいてある0円の求人雑誌、これです。新聞紙で窓拭きをするのと同じ発想で、玄関の床を拭くのに水をつけて拭いてみました。仕上がりが、ピカピカ光ってます。うっそお*フローリングの床をやってみた。ワックスで仕上げたみたい。玄関の表と裏、十分OKです。台所、うわあ*やみつきになりそうだよコレ。冬場はお掃除の水拭き、やりたくない。雑巾掛けって拭いた後、水洗いしないといけない。寒いからお湯でないと無理。お湯をジャージャー使うのはもったいないし、手も荒れます。それで使い捨ての古布をハサミで切って用意していましたが、圧倒的に足りません。昨日のお天気日和、朝から決意しました。そこで、白黒の求人誌で何となく拭き取ってみたところ・・!新発見でした。フローリングの床は掃除機だけではスッキリしません。昨日は水をつけた求人誌で床を拭いた後に掃除機をかけましたが、仕上がり爽やかでした。木の肌がつややかになると、肌年齢ならぬ部屋年齢が若返ったようです。目覚めました*掃除力。実は私は掃除能力が十分備わった人だったのです。また夜、スーパーに行って2冊もらってきました。ごめんなさい、大事に使わせてもらいます。使ったら惜しげもなく捨てられるのですよ。春先、どれほど家が汚れてるかしれません。洗濯物を干すのに部屋のスリッパで、ベランダのコンクリを歩きました。部屋に戻って、白い雑巾でスリッパの裏をこすってみたら、やはり・・汚れてました。暖かくなったら長靴にデッキブラシでゴシゴシ洗います。コンクリのグレーを新しいグレーに甦らせる夏の楽しみ。それゆえ私の好きな季節は夏なのです。楽しい*うれしい*面白いよおー!(はしゃぎすぎ)女の人が家事を面白いなんて思えたら、何て幸せなんでしょ。綺麗にする楽しみ今、着実に味わってます。この方法で、どこでも試してみたくなるのです。そうしてみますと、あらゆる汚れや溜まったホコリに気づくのです。目に入ってくるのです。緻密な掃除意欲が高まってきました。・・そういえば、最近マウスのカーソルの動きが鈍いのです。ドライバーで分解・・いつかやってみたいと思っていたんです。あっ!中の部品がアチコチに飛んでしまいました。格闘1時間、元に戻りません。部品が繊細な組み立てなので難しいのです。家の向かいにある大型家電屋に、「ここで、買ったんですけど・・」持って行きました。で、無事復旧しました。「こういうものは分解するものじゃありませんよ」「・・スイマセン」赤面、ペコペコ。で、なぜ分解したかというと・・中にホコリが溜まっているのじゃないかと。確かに買ってから七年経っているのですから。それで中を開けてみますと、うわあっ、やっぱり!ホコリがモヤッと、それなりに絡まっていました。PCの前で毛布を羽織ったりしてたし。今後、PC終了後はマウスに袋を被せておくなど考えます。マウスは¥2,000くらいからあるそうですが、やはり物は大事にしたい。実は家電屋のお兄さん「ボク、中を開けたことなんてありませんから出来るかどうか」と、別のお兄さんに相談。丁度、二人とも手が空いてるようでヨカッタ。冷や汗と合掌、無事の復元を熱く祈る思い。正しく組み立て直してきてくれたものの、最後の被せものがカチッとはまらない、ここまでが限界・・と言われました。「ちょっと待って!」・・何と最後、私がカチッとはめ込んだのです。感動~*物事を本来ある状態にカチッとはめ込む。コレだな!何事においても。また楽しくなって家に帰ってきた。ホコリを取り除いたマウスの動きが、なんと軽快・快適であることか。さて、PCの掃除の続き。ツマヨウジ、綿棒、ナイロン・ハケを用意、キーボードをササッと。そう、いつか踊るようにして掃除できたらいいなって思っていた。楽しいからする。遊びながらする。したくてする。四国のお遍路さんの巡礼、内観道場、瞑想など、自己を見つめるために何処かへ行って何かをする。と、いうけれど、私は清掃で内観をする。女性にとって家事は祈り。物事を準備し整理するとは、同時に気持ちをも。手足を動かしながら、ふっと想うこともある。内観という言葉を江原さんもよく使う。ホコリは時間が経ったシルシ。終わった時間をキレイに拭きあげるとは、日々の反省会。さあ、次は何処をやろうかな?家の東西南北を木・火・土・金・水の五行に当てはめる。時計回りで順番にキレイにしていこうね。人間の私も三日に一度はアカスリ・エステが必要。丹念にこする、これをしてこそ精神がスカッとする。家も同じだろう。拭くという行為は愛情を示すということでもある。物は撫でた後、ピカリと返事をくれる。掃除力、物に命を吹き込む。物も人も若返る、初心に帰る。
2006年03月12日
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J-POPを聴きながら、「オーラの泉」の長文の感想を書いていた。ふとした弾みで消えてしまった。こんな時って、時々あります。却下、書き直し・・と言われているようです。心の動機が半端だったようだ。チャンネルをクラシックに切り替える。心の深さに段階がある。もっと掘り下げて、もっと本音で言葉を描いてみたらいいのに。俗っぽかったようだ。・・悔い改め。・・やり直す。ベッキーという今回のゲストは、人格的に老熟している。前世の信仰的基盤もあるようだ・・マリア信仰の人がいるという。江原さんの本からの教えで毎日、周りの人達のことを名前をあげて祈るという。なかなか出来ない実践だ。顔から光が出ていると感じる。表情から醸し出される光は、美輪さん江原さんもいつも以上だ。今年観た中で、一番波動が高い。高級オーラの交わりの場に思えた。そのような高い霊性を備えたゲストを迎えて、美輪さん江原さんの霊性も刺激を受けたようだ。今年で71歳になる美輪さんの、オレンジ色のふわりとした衣装に華やかなメイクで、ゲストを迎えて、江原さんと国分さんとの調和を持ったトークの収録・・アートだなあと思った。こんな70代の在り方も*いいな*・・と思ったり。江原さんの衣装は、ほぼ固定。美輪さんは、ゲストによって変化をつける。そういう美輪さんも、ベッキーの「感謝の時間」の話に引き出され、祈りの話をしてくれた。1時間くらいお経をあげたり、仕事仲間や関わりある人たちのことを祈るという。こういう話がテレビの電波から、普通に聞けるなんてスゴイなと思った。特別な人たちがするというのでなく、これからは特に信仰を持たない人達も、こういう意識で生活するようになる時代なのだなという驚き。だからといって、すぐに真似できるわけではないけれど。除々に人々は、より良いことに感化されていくのだろうな。と、この自分も。徐々に、素晴らしいなと思える人や事柄には引かれていくだろう。江原さんの本の中で、霊的真理を知る前は、この世はなんて不平等なんだろうと思っていたという。が、深く知ってみると「この世は平等である」という結論に行き着いたと言う。苦労の少ないと見られる人は、魂の成長において初期段階の人であり。複雑な苦労を担った人というのは、ある程度進んだ修行の段階に入っている人。何回かの魂の生の段階を経て完成するという見解らしい。私は、これらの内容がすっかり飲み込めているわけではないけれど。人は、こういうことから誰しも平等なのである・・という考え方は非常に良いと思った。なぜなら、人を羨まないからだ。ねたみ・嫉妬・悲観する必要がないからだ。中学一年の魂の友人が書いてくれた。「人の幸せを共に喜べる人、人の悲しみを共に悲しめる人」と。これは、一般になかなかできない。しかし、江原さんの言う霊的真理からみる、魂の修行の話を読んでみると、難しいとされる感情は、理想的在り様にコントロールできる。いや、コントロールというのではない、自然とより良い気持ちを生み出せる。ベッキーのように皆に好かれる女性をみると一見、羨ましい。完璧すぎる人、優秀すぎる人を前にするとちょっと引いてしまったりもする。しかし、平等ということを考える。彼女の前世を見る時・・軍人さんの男の人が見える様子。占領する側だった。トップの立場にあった。その影には、恨みを持つ人たちが当然いる。そういうことも含めて、感謝の時間*祈りを続けていってねという意味と思った。
2006年03月10日
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ショウ(竹野内豊)は”神狗”(シェンクー)の一員だったユナ(チェ・ジウ)と銃口を突き付け合う。ほんの少し前には信頼し合い、互いに守りたい相手だったのに。「妹を傷付けないと約束したのに・・裏切られた。信じた私が愚かだった」女が言う。「俺の母親に危害を加わえようとしたのはお前だな。誰も信じないと決めた俺だったのに・・お前を信じた。・・もう決して信じない」男が言う。「輪舞曲・ロンド」(第8話)こういうことは普通のカップルにも起こりえる場面。相手の身内を傷つけないとは、男女間の鉄則である。相手の身内を悪く言うとか、何気ない言葉の暴力も厳禁である。仲良しの雰囲気は一気に冷却する。愛し合う二人の心が銃口を向け合うのはいとも簡単。親愛と信頼を厚くするには、徹底的にその逆をすることだ。相手の身内の長所を、まずは賞賛することだ。と、夫の親族と離れて暮らしている私は、四柱推命を根拠に、夫の家族の良い部分をさりげなく日常の会話に織り交ぜる。それは間接的に夫を賛美しているのだ。「それだから、あなたは良い人だということだ」と。夫も客観的に、家族を思い直し考え直しする・・自分をも見直し、勇気づけとなるはず。私もそれを夫から受ける時、自分の家族を新鮮に見直すことができ、自己の勇気づけを得るからだ。有線で「輪舞曲・ロンド」の挿入歌のバラードが心地良く、歌詞を紙に書き出してみた。カラオケで歌ってみたいな・・もう6年も歌ってないけど。カラオケは一人じゃダメで、やはり大勢の観客がいないと張り合いがない。声を出すって気持ちいいな。ボイス・トレーニング、滑舌(かつぜつ)を良くする発声練習、お経でもいい、日常でも出来る事はありそうだ。井上陽水の声と歌が好き・・春なんだな。■「さよなら3」♪RUI(イ・スンチョル) 夢見ているのは凍えた指先 同じ朝は二人にはまだ届かない昨日の何処かに残してきたもの 心だけが目覚めない空に今探してるさよなら さよなら さよなら言うのは 二度と眠らない悲しみに光を知らない影などないから 愛のためにできることがある 並んで見えても離れた星たち 時は何処へそれぞれの道を今きめているさよなら さよなら さよなら言うのは 二度と流さない涙だけ触れ合う未来を信じているなら 愛を誰も見離さないから むなしさに 流されて いかないで さよなら さよなら さよなら言うのは 二度と巡らない悲しみに光を知らない影などないから 愛のためにできることがある
2006年03月10日
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「オーラの泉」から三日目、ヒロシにアドバイスされた言葉に心を動かされ、ちょっと行動に移してみた。今日は土曜日、わあーい!ニ連休でお楽しみの日だぁ~い。朝、眠りから目を覚ましかけの時、<母親に電話してみよう!>と思いつく。干し芋をつまみ、コーヒーを流し込み・・「もしもしぃ?あたしだけど・・」タイミングが良かった。父は外出していて、遊びにくる予定の兄の娘の孫はキャンセルになったところだったという。二時間、ゆーっくり話に花を咲かせられた。まずは、テレビの話題から始まる。「オーラの泉」で意気投合した。最近は父も兄も関心を持っていて、今、江原さんの本を読んでいたところだという。(へえ~)江原さんが母の胎内から、夫婦喧嘩をしているのを見ていた場面の話などに及ぶ。父が母を突き倒す。けど、文句ばっかり言っていた母が悪いと胎内にいた江原さんは客観的に見ていた。そして幼少時に父を亡くし、母をも早くに亡くすというところまで読んだという。母と電話で話すのは半年ぶり、以前の話題は韓ドラだった。母への手紙、やっと葉書一枚を電話の後サラサラ書き終えた。その一枚を書こうと決意してから一年後の今、実現となる。私は孤独性が強く、人に相談したり弱さを露(あらわ)にすることが殆ど無い人だったが、それをあらわしてみたくなった。葉書の文面~『お母さん、今日(H18/3/4)は電話でいっぱい甘えさせてくれてありがとう!テレビの「オーラの泉」ヒロシの母性の愛を求めていたという話と、江原さんのアドバイスで母親と交流を持ちなさいという話に、心がジーンときました。今朝、起きた時、母親に悩みをきいてもらおう!と思い立ちました。途中、いっぱい泣いてしまって困らせ、気をつかわせてゴメンね。でも、お蔭でサッパリしたよ。泣き疲れてグッタリする赤ん坊のようだね。はずかしいです。それと、お母さんと話してみて自分の欠点を自覚しました。我が強くて、心が狭く小ちゃいということ。愛情の器がとても貧しくて、お母さんの愛情の器はとても豊かだということだ。(ここで又、泣けてしまう)それと、お母さんって、とっても物知りで好奇心が旺盛なんですね。お母さんの話は面白くて、いくら聞いてても飽きないくらいです。又、時々電話してお母さんの話ききたいな。フサおばあちゃんの話を聞けて、とてもうれしかった。神様のような人だったんだとわかって、すごく自慢な思いがします。お母さんと私は実の母娘だけど、魂の前世は他人同士だったろうから、この組み合わせで母娘の情を結びなさいという現世の修行なんですね。楽しい♪』書けたぁー!一枚の葉書の表を半分に線を引く。上、宛名書き。下はピンクの細書きマーカーか色鉛筆で8ミリ程の罫線を引く。裏も上下を半分に割り、同じく罫線を引く。その後、一気にボールペンで書く。書く事じたいはスラスラいくのだが。相手に言葉を書こうとする時、気持ちがないと全く書けない。魂のない体裁だけの葉書なんて書けるわけがない。ここまで出来たことに、お疲れさん!ポンと肩を叩いてあげたい。夕べから四柱推命で母親研究をしていた。初めてそんな気持ちに。母が私を出産した時、どういう年回りだったのか?十月十日を遡って、私を受胎した時はどういう時、状況にあったのか?暦を見ながら、想像力で推理していた。そういう話も電話で詳しく聞けることとなり、母を取材しているようだった。人は相手が関心を持てば、どんどんあらゆる面を顕わし見せてくれるものだ。無関心な相手には、何を見せるものがあろうか。母の人生七十年のうち、十八年しか一緒にいなかった。その頃は、一番苦労していた時期だったという。総合的にひっくるめてその一人の人物像をみる時、興味深い知り得なかったストーリーを探求することって、楽しい!そう思えた。途中から、こんなお姉さんがいたら面白いなというような、お姉さんと話しているような気持ちになった。母は「フランス人形」に憧れた夢見る少女だった。一生を通じて楽しみが多く、理想を現実にし、自分の思いを遂げるチャンスを得る人。さて、いっぱい甘えたので本業の家事に集中します。私は家事が大好きです。魔法の暗示をかけてスタート。私の母(1935/6/8)70歳*乙卯 建禄(比肩)壬午・印綬・長生(傷官) 乙亥・比肩・死(偏印)
2006年03月04日
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ヒロシのテーマは「どうしたらモテるのか?」ということらしい。なぜ?そんなことを口にするのか徐々に紐解けてくる。小学生の頃、苛められていたのがお笑いのモノマネをしたらそれがウケた。もはや苛められというふうではなくなったという。モテる⇒人気者⇒異性に愛される。しかし、「なぜモテたいと思うのか、わかってないでしょ」と江原さん。根本は母性的愛を求めていたのだということを知る。それは前世に関係があるという。前世の時の母親とは七歳くらいで別れている。捨てられた・・という表現をされていた。母親に愛されたかった、甘えたかった。が、それができなかったことから悪い遊びもいっぱいした。周囲は安心して心を開いたり許したりできる人達ではなかった。そして、20歳ほどで毒を飲んで自害してしまう。そういう過去世を引き摺っているため、人とどう接したらいいのかわからない。心を本当には開いていないと。自然な親への甘え方がわからないと。ここで、グッときた。前もって今日はヒロシがゲストということを知っていたため、ヒロシの四柱推命の命式を出しておいていた。私の母と<月上・乙壬・印綬>が同じということに気づいた程度であるが。それと自分の母親がどういう人なのか、客観的に判断も理解も出来ないできたなと思う。江原さんの「本質的に母性の愛を求めている」という言葉に反応した。ああ、私の母もそうだったのだなと。母には産みの母と育ての母がいたから。母は産まれてすぐ親戚に養女に出された。育ての母は厳格に過ぎたという。その反動のためか、娘の私には甘過ぎるほどだった。逆に私は母に厳しさを求めたりしたほど。甘過ぎる愛に、愛の手応えを感じにくかったりした。母は真の母親の愛を受けてこなかった・・ならばこの私も。母は育ての母親の最後の法事に「でたくない」などと言って体もこわしてしまう。結局代わりに父が参加したというのだから、心にどんなわだかまりがあったのか。話をヒロシに戻す。江原さんは、前世を引き摺っている事柄に対して、こう言う。「わだかまりを解きなさいと。所詮、人であるから、正しいことも間違ったこともあるでしょう」と。まず母親とよく交流しなさい。レッスン2は友達との利害のない素朴な交流を。それができて異性の愛のステップがあると。あなたを見て心配するのはあなたの享楽主義は、現世に根をはやそうとしないんじゃないかと。まさか、前世のようなことはないでしょうがと。生活に文化を築くことを考えて。奥さんを持つこととか。生活できればいいという殺風景な部屋。スーパーのビニール袋を縛ってためている。もったいなくて捨てられないとコンビニの箸など小物を何でもとっておく。けど、今あなたが亡くなったら片付けがとっても簡単すぎる。現世にもっと愛着をもちましょうよ。「心の世界を部屋につくる」ことをしましょうよと江原さん。彼の孤独・・孤独のエネルギーが高まって芸術が花開くのだけどと美輪さん。番組が終わりに近づく頃、ヒロシのオーラに変化がおこってきたという。そもそものブルー(知的)シルバーのオーラに紫色がすうーっと出てきたのだとか。情的な本来の気持ちが生じてきたことを意味するようだ。それとセキ払いが江原さん、美輪さんに感応しておこっていたのがピタリとやんだようだ。前世の人の影響から、ヒロシはセキ払いがクセになっているという。そして初め怖くて江原さん、美輪さんの目をまっすぐ見れなかった。それが、最後にはすーっとまっすぐ目を合わせていた。世の中を斜めに見ていたのが・・ここから変わり始めるんだね。情が解かれたということなのかな。ヒロシじたいも。そして前世の彼も。初めて自分の孤独と苦悩に理解を示してくれる人たちに出会えて、心安らいだのだろうな。ある程度までは前世と同じような過程を。そして、前世での失敗や過ちを現世の主役は、同じく迫り来る心の試練を乗り越えてくれよと願われているのだろうな。今回の「オーラの泉」を通して何かを得たく準備したこと。ヘアーパックをしながらアカスリエステ45分を集中した。心身をさっぱりキレイに整えてから、夫の足もみ15分程。さあ、始まった!すでに紙とペンは用意してある。ああ、何て面白いんだろう。71歳の美輪さんと41歳の江原さん・・魂と魂のコラボレーションは年齢差など超えている。ゲストによって、お二人のさまざまな側面が引き出される。ゲストの鏡の役割も果たしているかのよう。番組を終えて書いて整理し心に来るものは、<母親に手紙を書く事をしようかな>という思い。ずっと思っていた。このブログの最初の書き出しも、母への手紙を書くことを動機としていたはずだった。もう一年も経つのに、それが実現できていない。ヒロシは、これから母親と上手く交流していけるだろうか。他人の話じゃない。自分のことのための番組だった。母はヒロシのように物がもったいなくて捨てられない。心の要らないものまで取っておく。私も今、物が捨てられなくて葛藤してます。物凄い決意が要ります。動かない心とモノとの格闘をしています。と、手紙に書いてみようか?家にいた時、母は仕事が終わると「早く顔が見たくて見たくて、走って帰ってきたんだから」と言っておやつをくれた。結婚すると、夫が同じことを言った。「あなたの顔が早く見たくて走って帰ってきたんだよ」と。もはや私は十分に愛されている。モテたい、人気者になりたい・・そう思う必要が全くないのだから。■ヒロシ(1972/2/14)乙亥 死(偏印) 壬寅・印綬・帝旺(劫財) 壬子・印綬・病(印綬)自絶・F7
2006年03月01日
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