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2002.03.06
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カナダで日本語を教えている著者が、日本語教授の経験から、今までの、日本語の文法に疑問を抱き、英文法を日本語に当てはめるのではなく、日本語を日本語として考察し、あたらしい文法大系をうち立てようという意図のもとにかかれている。
 今までに、生成文法や、三上文法という言葉は聞いたことがあったが、それがどのようなものか、この本を読んで初めて知った。
 なるほど、そうだったのか、の連続で、まさに「目から鱗が落ちる」思いを何度も味わった。
 英語では、主語によって動詞が変化するので、主語が不可欠だが、日本語においてはそうではない。主語がない場合、主語が省略されていると考えるのが主流になっているが、もともと主語が不可欠ではないのだ。省略しているのではない。最初から必要ないのである。
 よくある、助詞の「は」と「が」の比較も、そもそもがナンセンスであると論断する。
 「は」というのは、その文を越えてほかのところまで作用するスーパー助詞なのである。
 根底にあるのは、どのように物を考えるか、という姿勢の問題である。
 その点で、高島俊男『漢字と日本人』に共通するところがおおい。
 たとえば、明治時代の日本人研究者が、なぜ日本語にも、英語と同様に「主語」があると主張したかというと、

 基準を欧米におくことが今でもずっと行われていることを、終章で嘆いている。
 瑕疵もないわけではない。
 「理」と「解」は二つとも「分ける」意味の漢字であることに注目したい。「理」の訓読みは「ことわり(=事+割り)」である。
 というように、漢字の字義を日本語の訓読みによって説明してしまっている。
 たまたま『漢字と日本人』を読んだあとなので、気になった。





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Last updated  2005.04.01 21:39:46
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