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渋谷駅前のイケアに寄ったら一風変はった食材を見つけた。パスタらしいのだが、箱に描かれてゐる、バーベキューの真っ最中のやうなトナカイが謎めいてゐる。北欧人のセンスはあまり理解できない質だが、連中が好んで食べるパスタがどんなものなのか、興味本位で買ってみた。箱を開けると、プラスチック製の袋も無く直に入ってゐる。まるでレゴブロックのやうにカチコチである。プラを使ってゐないことで「何やら意識お高い」雰囲気も漂はせる。早速調理してみたが、なかゝゝ茹で上がらない。日本のメーカーで「早茹でペンネ」が有るが、燃料の使用を考へ合はせると、茹で時間が短い方が環境負荷が軽減されよう。プラを使ってゐないから、等と短絡的思考で判断してはならぬのだ。箱の写真を参考に具材を揃へて共に炒めて完成。歯応へが有って「コシ」が大変宜しい。うどんを意識してしまう独特の歯応へを愉しめるパスタではある。其れにしても茹でるのに時間が掛かるパスタであった。コシの強さを愉しむ・・市販のプリンを華やかにデザートは市販プリン、だけでなく自作珈琲ゼリーも。寒天の余りを使い切った。きちんと固まるのか何時も心配になるが、結局「コシ」が強過ぎるオチなのであります。アクセントにデメルの「辛いクッキー」~BGMはシャルル・デュドワ編のピアソラで。プリンは四個セットだったので、後日「プリンアラモード」を即席で作る。ベースゲート関内にオープンしたリンコスで丁度良い果物のセットが手に入ったのだ。本当に並べただけの「プリンアラモード」だが、デザインを意識し始めるとキリがない無限の可能性の有る世界であらう。ちなみに、プリンアラモードの発祥は、山下公園近くのホテルニューグランドらしい。戦後、進駐軍幹部将校の奥さんらの「ウケ」を狙って考案されたメニューだとか。意外とこんなものまで「日本人勝手に作ったメニュー」なのであります。ラ・メゾンうんたらかんたら・・余興に外食のハナシ。桜木町のランドマークプラザは時々通る場所だが、南欧風一軒家の窓のやうな仕切りのある店が気になってゐた。ラ・メゾンアンソレイユターブル等と横文字で書かれても何時まで経っても覚えられない訳で、よくこんな分かりにくい名前で営業できるなと思ったが、牡蠣のグラタンを食べたくて入ってみた。瀬戸内海で牡蠣が採れない事象が問題になってゐるが、別に瀬戸内海総てで採れなくなった訳ぢゃ無いのに、勝手に先回りして牡蠣全体の需要が落ちると云ふ風評被害まで起きてゐるらしい。だから敢えて食べるのである。此のグラタン、想像以上の美味さであった。そしてついでにケーキも。お皿にチョコソースでヤサカ観光バスを描いて呉れるから芸が細かい(意味解ります?)。テーブル横の窓からは道行く人々が見える訳だが、特段風情が有る訳でもなく、何処にでも有るショッピングモールの風景であります。ま、時々此処を歩いてゐる自分もまた、風情無き一人なのだが。
2026.05.10
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去る4月22日(水)~横濱スタヂアムにて阪神-横濱の試合を観戦~平日なので仕事場から急いでプラッテンバウ(拙者の集合住宅)に戻り、いざ「正装」に着替えようとしたが、まだゝゞ外は肌寒く半袖は無理なので「正装」はあえなく挫折した。嫁さんは用意が良くて、近本君のユニがやたらとサイズ大きいと思ったら、上から重ね着する為に買ったらしい。取り敢えずプラッテンバウを出てSバーン(根岸線)のガード下を潜って球場へ。今回もウイング席で、眺望が良過ぎて何を見に行ったのか分からないくらい眺望が良い。ちょうど4対1から大山君が満塁ホームランを打って逆転して大騒ぎになった。面白い試合になりそうだ。先づは小腹が減ったので夕食を探す。今回は「何やら荘のグリーンカレー」なるものを食べる。なかゝゝ美味いですよ。米も「タイ米」を使用するなどこだわりもみられるが量が少な過ぎる!ウイング席の上段は、拙者のプラッテンバウの10階ぐらいの高さに相当する。関内駅方面の景色を眺めてみた。開業したばかりのベースゲート関内は、旧横濱市役所庁舎を一部活用してをり、クラシックな建物に電飾が映える。球場と連動した街づくりのセンスが光るが、球場とベースゲートを繋ぐ歩道橋が何故か閉鎖されてゐた。何の為に作ったのか訳が分からない。そして七回、六甲颪が横濱に響き渡る感動の瞬間がやって来た。噴流式風船が復活してゐたのだ。どうやら今年かららしい。しかも、口で吹くのではなく、圧縮機で膨らませることが使用の条件。其のせいか、旧世界(コロナ以前)のやうな、夜空を黄色く染める程の規模には至ってゐない。処で試合は横濱球団が僅差でリードする展開に。本日は満員御礼である旨の放送があって、確かに阪神側ウイング席は超満員だが、あちこちで「ライト側、ガラヾヽやん」と突っ込みが。そして九回に、碧い電飾灯を振ると云ふ横濱ファンの儀式の時間がやって来た。此の時になって初めて、入場した際にもらったサインペンみたいな物体が電飾灯であることに気付く。阪神ファンに寄越されても迷惑なだけだが、いちゝゝ何ファンか確認して寄越すのも手間なのだろう。ペンライトの有効活用法結局試合は敗戦で、手元に残ったのは横濱球団を応援する為の電飾灯だと云ふのだから舐められたものである。環境上、安易に捨てる訳にもいかぬので、此の電飾灯の活用方法を懸命に考へた。ふと、拙者が「大日本青空教」であることを思ひ出し、スマホで撮影する際に「青空光線装置」として使用することを思ひ付く。勿論、屋外で曇り空の日に使用した処でどうにもならぬが、屋内撮影で青空光線が差し込む雰囲気を出すのに使用するのだ。例へばの写真は晴天時に窓から青空光線が程好く差し込んだ状況。かうした光線具合を人工的に作れないか試してみる。こんな感じでスマホと電飾灯を固定するのであります。下らなさの極みだが、上には上がゐる。ちなみに下らなさを極めた研究に贈られるイグ・ノーベル賞があるが、受賞すると賞金はジンバブエ100兆ドル札だったと云ふオチを思ひ出した。次にやって来た週末、ベースゲート関内にオープンしたリンコスで果物のセットを買った。丁度プリンとホイップクリームと苺が余ってゐたので、プリンアラモードを即席で作る。本日の天気は雲量多めで、普通に撮影したらこんな感じ。横濱球団の電飾灯を点灯させると、やはり雰囲気は異なって来る。でも青空ぢゃないなと。横濱球団のお姐さんらが着る「ピンクがかったユニフォームの色」みたいだが、独特の雰囲気は出せたか。とにかく物は最後まで有効に使おう。ちなみにプリンアラモードは横濱のホテルニューグランドが発祥らしい。
2026.05.04
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神奈川県民を二十何年もやってゐると、県内の鉄道は大概乗った気になってゐるが、未だに全く未知の世界が有った。鶴見線だ。京浜工業地帯などと意外に知らないことばかりで、何やら「海芝浦」と云ふ秘境駅があるらしい。早速、どんな景色なのか嫁さん連れて出掛けることにした。鶴見線は鶴見駅から出る路線だが、鶴見などと横浜から京浜東北線で直ぐだ。駅の連絡橋を渡ると、停車中の電車は超最新型の車両であった。車両は真新しいが、鶴見線プラットホームは完全に旧国鉄の世界。鶴見線開業80周年を記念してか、歴史を記した掲示板が掲げられてゐた。当時の鶴見線は先進的な路線だったらしく、女子工員専用車なる車両まで登場させてゐる。僅か十数分の小旅行いよゝゝ鶴見線海芝浦行に乗車~ちなみに海芝浦は、鶴見線の本線から分岐した盲腸線の終着駅になってゐる。支線へ入ると線路は草ボーボーで、是がまたローカル線の雰囲気を伝えてゐる。次第に海が見えて来た。そして車窓は海が広がる。対岸の埋め立て地が見えるので、石狩湾沿いを走る函館本線の車窓や、錦江湾沿いを走る日豊本線に比べれば景色としては数段劣るが、拙者にとって非日常な景色ではある。今見返して気付いたが、〇〇美容の広告が不気味過ぎる。海芝浦駅に到着~線路は単線で片側のみホームがある。秘境駅らしくホームには屋根すらない。ドアが開けば目の前は「海」~ホームの直ぐ横は「海」なのであります。線路の終端部に改札口があり、申し訳程度の駅舎を出たら、一般人は「行く処が全く無い」のが海芝浦駅。駅の真ん前は会社の敷地で、従業員か取引先の人でもない限り、全く用が無いのが海芝浦駅なのであります。さすがに是では面白くないとでも思ったのか、会社様が土地を提供してくださり、小さな公園が整備された。公園と行っても単線の線路のような、真っ直ぐ進んで直ぐに戻るしかない公園だ。ちょっとした名所になってゐる?サツキの花が満開であります。意外に見物人が多かった。観光地になってしまうと秘境駅感が薄れてしまい、複雑な気分。そもゝゝ会社が休業日だと、見物人しか運びようが無いのが当該支線の面白い処。折り返し出発も20分後程度なので、其れを逃したら1時間以上待たねばならないから要注意だ。終電に乗り遅れたら海を泳いで帰るしか無い。実は此の駅、公道に面してもゐないのだ。再び電車に乗り、元来た鉄路を其のまゝ戻って鶴見駅へ。鶴見線の前時代的プラットホームとは対照的に、鶴見駅の改札を出たら近代的な駅ビルが建ってゐる。生意気にデリフランスなんかが有るから其処で一服。あまりにも直ぐに行って戻って来れる小旅行であります。
2026.04.18
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TVKテレビで「ダーティペア」の再放送をやってゐたのを拝見した。エンディングで流れたのは、是また懐かしい中原めいこの「宇宙恋愛:Space Fantacy」~哀愁系ユーロの「エモさ」だけで萌え死にしそうだ。しかも画像は、デジタルメーター装備のクルマで近未来の高速道路みたいな処を運転するシーン。デジタルメーター(=デジパネ)は、80年代前半から登場した最新エレクトロニクスの産物で、日本車が世界の頂点を目指そう勢いだった時代の象徴みたいなもの。将来のクルマはみんな「デジパネ」になるんだろうと信じて疑はなかった。デジパネ装備の「ソアラ」クラウン、ソアラ、マークⅡ、所謂「ハイソカー」が全盛だった頃、是等のクルマに装着されてゐたのが「デジパネ」であった。初代ソアラ誕生の頃、拙者は大阪在住で、まだ小学校低学年。何時かはクラウン、と云ふコトバがあった通り、自分も頑張って働いて、あんなクルマを運転するんだ、と云ふ漠然とした目標のやうなものがあった。そして拙者が世に出る頃に起きたのは、バブル崩壊と共に始まった氷河期。ハイソカーもデジパネもあったものでは無かった。もうあんなクルマが世に出ることも無かったのだ。三十数年の紆余曲折を経て、せっかく自身に余裕が出来たと思へば、クルマは電化製品のやうになり、何だかダンゴムシのやうなクルマばかり。最近のクラウンを拝見して、是の何処がクラウンなのかと途方に暮れるのも時代の流れであろうが、要は時の運に恵まれなかったと云ふ訳か。「デジパネ」をデザインするもう今時の世はつまらないと投げ出すと、結局はノスタルジーに走る。かつての日産車はカッコ良かった。だから西部警察のミニカーを集めて心の埋め合わせをする。ハイソカーに乗る夢が潰えた。だからデジパネを自分でデザインして気の利いた小物でも作ってみる。ささやかな心の埋め合わせなり。全てが直線的なデザインだから、エクセルで簡単に作れてしまう。作業中は、宇宙恋愛だけでなく中森明菜や工藤静香とか、所謂哀愁系ユーロビートをガンガンかけて、80年代に気持ちだけタイムスリップ。何故あの時代がそんなに輝いて見えるのか。もはや是は病気と診断する他はない。だいぶ「らしく」なって来た。速度計はデジタルの数字で表される。此の規格は、加速や減速時に数字が点滅して速度の変化が視覚的に伝わりにくい欠点があった。タコメーターは、デジタルならではの視覚的な工夫が凝らされてをり、燃料計や水温計にも類似の仕組みとなってゐる。其れでも視認性においては「針」の計器には叶わなかった訳で、時代が進むにつれて「デジパネ」は廃れてゆく。此のデザインは、免許証入れ=定期入れの作成に使用する予定。色は当サイトの基本色=緑青、に改めた。デジパネ風の「免許証入れ」そして、此のデザインをプリントした「免許証入れ=定期入れ」が完成・納品される。括り付ける為の「リール付ネックストラップ」は百均で調達。上手く出来たなぁとにんまり。クルマの免許証入れとしては、ネタとして機能しそうだ。勿論、警官から免許証出せと云はれたら、さり気なく「ナメ猫」の免許証を差し出すのが80年代のお約束。住所が「東京都福生市」と云ふB級感もまた味がある。ストラップを装着すると、何だか既製品感が出る。ちなみに、是まで免許証入れ=定期入れとして運用してた「Hankyu-Pictrain」は、阪急マルーンにゴールドの装飾が施されて高級感があったが、直ぐにボロボロになってしまい引退。予想外に経年劣化が激しかった。結構いい値段したのに残念。
2026.03.28
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アイスクリームにかける為に買ったウヰスキーミニボトルが一向に減らない。普段飲まない人間にとって、ミニボトルを一本空けるのも一苦労なのだ。さぁて今度は何を作りますか。ふと、野毛の歓楽街で「モーツァルト」なる洋酒入りのパフェを食したことを思ひ出した。何処がモーツァルトなのかさっぱり不明だが、あっちがモーツァルトならこっちはメンデルスゾーンでせうと思ひ立つ。パフェ:メンデルスゾーンだが、先づ砂糖を温めてウヰスキーを加えてシロップを作る。飴色の良い色に仕上がった。グラスにはチョコフレークを敷いておく。拙著の読者様からいただいた珈琲でゼリーを作る。お皿に固まったゼリーを包丁で細かく裁断。此処から一気に作るので、ユーハイムのバウムクーヘンもスタンバイ。ゼリーをグラスに入れて、シロップや珈琲フレッシュで味付け、上にホイップクリームを載せて、屋上にはユーハイムのバウムクーヘンを。お酒が足りなかったら、お好みでウヰスキーを垂らします。こんなことぐらいでは、ウヰスキーも全然減らない。更なるウヰスキー消費を促進する為、アイリッシュ珈琲カクテルを作ることになった。ちなみにグリーンピースはベーコンと共に炒める。ドイツ陸軍で流行ったらしい野戦糧食なり。カクテルは超簡単。グラスに砂糖を五~六杯ほど投入し、其の上に熱い珈琲を注ぎ、ウヰスキーをお好みの量で加える。ホイップクリームを載せて完成!ホイップクリームは決して混ぜてはいけない。其のままズズーッと、鼻の下クリームだらけになって飲むのが正統。即席なウヰスキーボンボン今年の嫁さんからのヴァレンタインは、モロゾフの「レオン」とか云ふチョコ。レオンと聞いて「大洋ホエールズの・・・」と連想してしまう拙者もまた「古い!」なのだが、此のチョコレートの何がレオンなのかよう分からん!そしてウヰスキー入りのシロップを作って「レオン」を浸しながらいただきます。新幹線アイスに掛けて食べる其れでも減らないウヰスキー。所用で大阪へ行った際、新幹線アイスにウヰスキーを掛けて食べることを思ひ付く。ウヰスキーだけでなくアイス専用スプーンまで持参して出発した。行きは早朝だったのでアイスを食べる気分になれなかったが、帰りは食後のデザートタイムとして適当だった為、心して食すべし。新幹線アイスを食する前に、阪急百貨店で買った「Hiro珈琲のゼリー」を食する。Hiro珈琲は、阪急百貨店限定大阪ブレンドがお気に入りで、ゼリーも何時か食べたいと思ってゐた。是で念願叶いました。汽車の揺れで倒れないやう、紙ケース付けたまま食する。実は神戸でユーハイムのスポンジケーキも買い、是も汽車で食べようと思ったが、さすがにお腹一杯なので新幹線アイスを優先。ウヰスキーとチビチビ垂らしながらいただきます。其れでもまだウヰスキーは60%くらい残ってゐる。何に使おうか、色々考えなきゃならない悩ましい日々が今後も続きます。
2026.03.21

横浜に住んでゐると、何故か神戸の街が気になる。神戸の方が、現在の横浜よりもよっぽど「横濱らしい」雰囲気を感じるなどと云ってるのは拙者ぐらいであらうが、人口が増え過ぎた横浜なんかより、神戸市に納税したくなるのは関西出身者特有の贔屓でもある。で、結局何の返礼品を頂戴したかと云ふと、神戸牛ではなく、西尾迎賓館の食事券であった。弐月某日、堺にあるお寺さんの行事に大阪入りした為、帰りに寄って行くことにした。梅田から阪急に乗って、三宮や新開地で乗り換えて山陽電車の月見山で下車。傾斜地の住宅街を上って行った処に旧西尾邸がある。建物の設計は、旧通天閣をデザインしたことでも知られる設楽貞雄氏。さすが神戸迎賓館と称される程の堂々とした洋館で、レストランだけでなく結婚式場も併設してゐるみたい。受付を済ませて控室で暫く待つ。嫁さんは化粧直しに出掛けて行った。一応、最低限のドレスコードは保って乗り込んだが、其処までする程の処かは微妙。でも、コートはちゃんと預かって呉れた。レストランの部屋は、さすが迎賓館と称されただけあって天井なども高い。須磨の昼下がりは、かうして静かに時間が流れて行きます。思へば須磨に足を踏み入れたのは、両親と須磨浦公園に行って以来四十年ぶりであります。拙者の大阪在住時代は、阪急電車も須磨浦公園まで乗り入れてゐた(現在は新開地止まり)。日本人勝手に作った感が満載先づはカクテルで乾杯。酔ってゐられないのでノンアルコールで。嫁さんは苺、拙者は「須磨の夕暮れ」と云ふ謎カクテル。海辺でうち眺める夕暮れ時のやうにグラスの下部が碧くなるのがミソ?ちなみにカクテルは別料金。さて、お料理は「生姜風味のジュレを纏った鰤と大根のマリネ」からスタート~魚+師で「ブリ」ですか!漢字力の低下が悩みの拙者にとって、あーそうなんだー、でも暫く経ったら忘れそう、の世界ですな。以降「カリフラワーと根セロリのポタージュ」「鯛のポワレと根菜のナージュ仕立て」と進む(食べるのに夢中で写真撮ってない)。日本人勝手に作った感満載の和食のやうなフレンチなんだけど、阪急にみられるやうな独自の文明を築いてこそ先進国家なのだ。デザートは「苺とベリーのショートケーキルアン風」とあるので、所謂ショートケーキが出て来るんだろうと早合点してゐたら↑こんな感じ。ブラームスを聴きに行ったらシュトックハウゼンが鳴り出したかのような「分かりにくさ」が有難い訳です(笑)。でも何だかクールだった。お皿のデザインがよろしい。お皿って大事だよなぁ。ちなみに、我々の席に隣は中国人観光客で、会話のトーンが低いから助かったが、平気で「月賦」をするには閉口した。最低限のテーブルマナーも知らずして大国気取りなどと有り得ない。そして我々は西尾邸を後にして月見山駅に戻る。歩道橋からふと後ろを振り返ると、六甲山系から連なる緑に囲まれた、敷地参千坪の広大な旧西尾邸が見えた。大正浪漫の残像を有難く持ち帰らせていただこう。
2026.03.14
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日本橋のホテルを出発した我々は、先づ阪急梅田駅から神戸線に乗車。よく見たら我々が乗る8000系は懐かしの「Hマーク」を掲示してゐる。大阪在住時代、つまり拙者が小学生の頃、6300系や6000系だけがHマークを掲示してゐて、其の恰好良さに惚れゝゝした記憶がある。鉄ヲタぢゃないと何の話か理解不能で、嫁さんも完全にポカーンであります。是こそ阪急電車の世界であります。神戸線特急は九号線と八号線から交互に発着し、急いで先発に乗るか、次発の空いてゐる席を探すか選べるやうになってゐる。先発でもガラ空きだったが、梅田を出発して次の十三で一気に混んだ。阪急圏内の移動が如何に多いかが分かる。特急は最高時速115キロで一路神戸へ。そして晴天極まる神戸三宮へ到着!下車したのは株主優待が神戸高速線を使えない為と、神戸阪急ビルを眺める為。あちこちでバシャバシャ写真を撮りまくっゐて、神戸市民からすれば此の人何でこんなに神戸阪急ビル好きなんだろうと不思議に思ふだろうが、長い時間をかけて震災から復興しただけに感慨深いのだ。ちなみにの寫眞は嫁さん撮影で、阪急三宮直通の山陽電車が写るスーパーショット。阪急三宮まで来る山陽電車は、近年急速に本数を減らしてゐる。JR側は何やら大事工事中。駅ビルでも作ってゐるのかな?我々は神戸阪急(百貨店)で洋菓子店を物色した後、阪神三宮駅から各停高速神戸行に乗車。高速神戸に着いたら、阪急梅田からやって来た特急新開地行に乗換。僅か一駅でもう降りねばならず、続いて直通特急山陽姫路行に乗換。此のやゝこしさが神戸高速鉄道の醍醐味で、一気に三社の電車に乗れて幸せ。直通特急は高速長田や板宿などの地下区間を出ていよゝゝ須磨へ。快晴だけに地上は日光が照り付ける。我々は月見山駅(山陽電鉄本線)で降車し、此の駅が昔ながらの「構内踏切」を有してゐることに少々感激。須磨浦公園から甲子園・梅田方面へ戻る阪神特急を構内踏切から見送る。ちなみに駅の男子便所が外から丸見えなのが昭和風。快晴下の須磨離宮山陽電車月見山駅を出発した我々は、傾斜地の住宅街をひたすら上った。十数分くらい坂を歩いて離宮へ到着。今から約百年前、皇室の別荘として建設された訳だが、当時は武庫離宮と呼ばれたらしい。大正天皇や昭和天皇、満州国皇帝溥儀も利用されたと伝えられる。帝都からは恐らく列車か海軍の艦艇を利用されたのだろうが、列車だったら山陽電車ではなく現在のJR線の最寄り駅で下車されたのかも知れない。入口からさらに坂を上がり、庭園に着く。庭園からは太陽に反射する七色の海に浮かぶ貨物船なんかも見ることができた。かなりの標高だ。庭園の中央には噴水が有り、繊細な彫刻を形作ってゐる。神戸市内とは云え、随分と遠くへ来た感が有る。やっと小腹も空いて来た。続いて離宮の横に構える西尾邸にて昼食としよう。
2026.03.07
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南海難波から高野山へ行く訳でも無く、目的地は堺東のお寺さん。たまゝゝ特急こうや号が出発準備中であった。我々は急行橋本行(相模原ではなく!)に乗って現地へ。お墓参りを済ませ、日程は無事終了。大阪市内のホテルに宿泊となったが、今回もホテル選定に苦労した。場所は日本橋(にっぽんばし!)で宿泊であります。フロントのお兄さんの日本語が怪しくて心配だったが、バス・トイレ別の案外まともな部屋で一安心。親戚とあべのハルカスで食事をするので、日本橋駅から堺筋線に乗る。やって来た電車は阪急~ミナミで阪急電車に乗ると何だか別世界に感じる。座席指定の「ア」の宣伝にも余念がない。動物園前で御堂筋線に乗り換え天王寺へ。天王寺駅は大幅にリニュアルされたが、往時の雰囲気を残してゐる。御堂筋線の駅はとにかく立派。食後のデザートは苺。小宇宙的な作品に息を呑んだ。さすがプロが作るモノは凄い!かなり怪しい「大阪の日本橋」翌日は横浜へ帰るだけなのだが、せっかく関西まで来たのだから壮大な寄り道をしながら帰ることにした。出発前に阪急百貨店限定大阪ブレンドを一杯。ホテルの前に怪しい雑居ビルが有って、「訪問看護」「ナース」と書いたノボリが立ってゐる。意味がちゃう!とは此のことを云ふ。大阪の日本橋は、かなりディープな場所であります。ホテルの北側に道頓堀が有った。と云っても、観光客が目にするグリコの場所からかなり東の方で、裏側から見た道頓堀と形容すべきか。もちろんまともな施設もあって、国立文楽劇場なんかも有る。ちなみに拙者のひいおばあちゃんは浄瑠璃の三味線のおっしょはんだった。谷崎潤一郎先生の文学碑も有る。蓼食う虫の一節が刻まれてゐるが、何だか引きの強さに気持ち悪くなった。本日、我々は須磨の西尾邸で「ふるさと納税」返礼品の仏蘭西料理を食べる。須磨は、小説に登場する美佐子の不倫相手が住む地なのである(笑)。御堂筋線心斎橋駅から地下鉄に乗るが、此の駅も往時の雰囲気を再現したかのやうに立派に改修された。我々は此の後、梅田から阪急で神戸へ向かうとする。
2026.03.01
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戦前の旧型客車を集めてゐるのだが、二等車・三等車の中古品がポポンデッタで時々売ってゐるので、是ら中古車両を買う機会が増えた。中古品はケースなど付いてゐない。もちろん、ケースだけ別に買うこともできるが、わざゝゞ買う程のものでもない。毎年、大阪の親戚からユーハイムのバウムクーヘンをいたゞくので、其の空き箱でケースを自作することにした。横に四両、縦に弐両は格納できそうだ。車長が長い旧東ドイツのVT-18が入る前提で作るとしよう。VT-18はケース付であるが、ポポンデッタで運転する際、ケースから出すのが面倒だし、急いでゐると傷が付く恐れがある。取り出しやすく、車両を確実に保護するため、台所用スポンジで緩衝の為のガードを配置しておく。ユーハイムの箱の配色は「赤白黒」~つまり帝政ドイツ時代の三色旗。やはりドイツの鉄道車両を格納するとサマになります。仕切り部分は空き箱を切って貼っただけだが、紙でも非常に丈夫。接着はダイソーのクラフト小町で。蓋の固定に「阪急電車オリジナルテープ」を貼る。此のテープも親戚からのいたゞきもの。拙者の趣味を良く分かっていらっしゃる訳です。そして何十年経っても子供扱いなのであります。ケースが完成!蓋側も、車両がブレないやうに緩衝の為のガードを設置。ユーハイムの鉄道模型ケースなどと、個人的趣味の極みであります。ケースが付いてゐない中古車両は、103系中央総武緩行線、三等車オハ31、二等車オロ30であります。普段の保存用として使用するのであります。外への持ち出しに便利マルイ横濱店内に有るポポンデッタで運転を行う。出動したのは、阪急9300系、EF55牽引の旧型客車、中央総武緩行線の三本。阪急は元々ケースに入ってゐる訳だが、旧型客車群は「京とれいん」のケースから阪急車両を抜き取って代はりに格納、中央総武緩行線と一部の旧型客車(一等車のマイテ)を今回製作したケースに格納し、持参した。マイテは20m車なので、京とれいんのケースに入らないのである。ケースの使い心地は非常に良好。一時間と云ふ限られたレンタル時間なので、車両の出し入れ時間の節約にもなった。ちなみに中央総武緩行線は「合理化断固粉砕!」と、国労のスローガンが書かれている「アジ電車」。若い衆にはピンとも来ない光景であらう。鉄道模型と云へども歴史としての味わい深さを愉んでゐるのであります。
2026.02.15
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高市早苗女史は、上手い例えで云うと「令和の尼将軍」であろう。歴史を俯瞰すれば、女性が全国指導者になったのは北条政子以来800年ぶりらしいのだ。(日野富子や茶々は全国指導者として力不足と云う前提)北条政子が、承久の乱と云う危機を前に御家人を団結させたように、昨今の中国共産党による陰湿な嫌がらせが日本人を団結させた、と解釈する向きもある。台湾の人達が随分と過大評価してゐるそうだが、拙者は個人的に、本当に日本の有権者が「其処まで考えた」のかは疑問を持ってゐる。ふわっとした民意の危うさを感じる処だが、国内のリベラル(のようにふるまってゐる人達)は、此のふわっとした民意はネットのせいで、「まともな世論形成を妨げられた」と嘆いてゐる。 だからこそ、大真面目に中共による選挙干渉を警戒すべきであろうが、自称リベラルな人達がこうした危機感を抱くどころか、高市さんが勝利したら民主主義が終わるなどという、さっぱり理解しかねる主張を見聞きして、そらついて行けないと首肯した。自分達を支持するのは「まとも」な現象で、高市さんを支持するのは「衆愚政治」だと云うような人達と、まともな話ができそうにない。高市さんが勝利したら何故戦争がいきなり始まるのか?リベラルを推してゐる「つもり」の芸能人や進歩的知識人(笑)に、こうした雰囲気の主張が多い。好戦的なのは高市さんではなくて明らかに中国共産党なのは、テレビのニュースをちょっと見れば子供でも分かるのに、なんでこうした理屈に行き着くのだろう。そら、ついて行けなくなる。新たな戦前、と云う某タレントの指摘は半分当たってゐる。ただし立場は大日本帝国時代と真逆である。地図をひっくり返せば、現在の我が国は、ナチ・ドイツに対峙するイギリスのようなものだ。大陸側は、韓国以外は全て「全体主義国家」だからだ。新たな戦前と評するなら、チェンバレンの外交的失敗の研究でもしたほうがよいと思うが、せっかくリベラルな人達なのに、全体主義国家に対峙する方法をまともに考えないとは困ったものだ。ちなみにチャーチルは「挙国一致内閣」で難局を乗り切ったが、特段民主主義が終わった訳でもない。議会制民主主義たる自国を守ったのだ。とにもかくにも、高市早苗女史率いる与党の勝利で、プーキンペー徒党らが画策した「高市おろし」は完膚なきまでに粉砕されたことになり、其れ自体は愉快で仕方がないことだが、日本人のお気楽さが故に、そもそも脅しなど初めから効かない、と高を括る訳にもいかない。今後に備え、先ずは中国共産党の執念深さが何処から来てゐるのかを、もう少し理解した方がいい。北条政子以来の800年に及ぶ歴史を俯瞰すると、中国歴代王朝や政権が弱体化した原因は、ほぼ日本に遠因するからだ。この後起こる、元寇の大失敗は元の衰退を招き、倭寇の「大活躍」や秀吉の朝鮮出兵が明の力を削ぎ、清の滅亡は日清戦争、国民党政権の弱体化は日中戦争が遠因だ。中華帝国なるものが、なんであんなちっぽけな島国にやられてばかりいるのか、不思議と云えば不思議であるが、過去800年にわたる因縁の根深さはお気楽な日本人の想像を超えるものである。中国共産党は、やたらめったら抗日戦争「勝利」の式典をやりたがる意味も分かるだろうが、我こそが抗日戦争の勝利者だとする連中の主張は「嘘」である。国民党を日中戦争の矢面に立たせて日本軍にやられまくって呉れたおかげで、中共側が多大な恩恵を被っただけ、と云う事実を覆い隠したい思惑が、過去800年にわたる因縁と結びついてゐるのだからタチが悪い。中国共産党が恐れているのは、自衛隊ではなく「クマのプーさんの画像をアップしても逮捕されない表現の自由」が隣国から波及することだ。ここでリベラルな人達の出番があるはずなのだが、結局何をやって呉れそうなのか、とうとう分からない。香港やウイグル問題にも沈黙してゐるし、中華圏民主主義の牙城である台湾などと、無いかのように振舞う。是では、高市女史が自然と北条政子やジャンヌ・ダルクのように見えても不思議ではないのだ。なるほど、リベラル(みたいな人)の出番は無くなったに等しい。我が家のアイドル「プーキンペー」
2026.02.11
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初詣は東京四谷の須賀神社に参拝する。映画「君の名は。」に登場する聖地とも云ふべき神社だ。あの映画の御蔭で東宝の株価が伸長したので大変有難く、今年も御利益を期待しての参拝だ。創作意欲の一層の向上も祈願しておいた。久々に訪れると、何だか景色も少し変はってゐる。全体的に建物が高くなり、空が狭くなったやうな気がする。東郷神社も参拝しようと云ふことになって原宿へ移動したが、竹下通りの人混みには閉口した。人類の敵:中国共産党による陰湿な嫌がらせで中共からの観光客が居なくなったと云ふが、其れでも大変な数の観光客である。何の店が有るのか分からないくらいの人混みで、神社までの移動に四苦八苦した。かろうじて参拝し、勝負運でも祈願するとしよう。さて、竹下通りは混み過ぎてゐるから一歩外れて「ブラームスの小径」を進む。或る料理屋の店頭に飾ってあるブラームスの彫刻から通りの名称になったのである。残念ながら店は休業日らしく、ヨハネス・ブラームス先生の像だけ拝んでおいた。ブラームスの小径などと土地勘が無い処なので、他に何が有るのか皆目分からなかったが、或る小奇麗な建物に「果実園」があったので其処でパンケーキを食べる。窓の大きな店で、東京の冬晴れがもたらす淡い空色の光線が店内まで差し込んでゐた。大日本青空教(?)の拙者にとって、是程ゲミュートリッヒなひと時は無い。食事を終へて渋谷方面へ抜けようとしたが、何処の通りも大変な人出で、御婦人の化粧室は何処も長蛇の列を作ってゐる。明治神宮の参拝者の影響もあらうが、此の人の多さを思へば、横濱村が如何に田舎かを思ひ知らされた。令和八年の走り初めさて、丸井横濱店が近く閉店すると云ふ。折角エポスゴールドカードを手に入れて、ポポンデッタにて鉄道模型で遊んでリトルセーマンでバニラアイストッピングのサービスを堪能しようと思ってゐたのに残念でならない。閉店前の記念に令和八年の走り初めであります。ポポンデッタへ車両を持ち込む為に車両ケースまで作ったのである。ユーハイムの空き箱を魔改造~緩衝材を配置して車両を保護する本格派。先づは中央総武緩行線(アジ電車)の登場。72春闘勝利!日共糾弾!マル生粉砕!と、当時の国鉄労働組合が車体に書き殴ったスローガンを再現してゐます。反対側は成田空港反対闘争のスローガンが。昭和と云ふ「凄まじい時代」の一端を表現。続いてムーミン機関車が牽引する戦前の特別急行列車。荷物車・三等車・二等車・一等車を連結し、隣の上野東京ライン(お店の車両)と並走。ポポンデッタで購入した中古車両も含まれてゐます。最後に阪急9300系であります。プライベースを連結し、一両減車しない九両編成で運転!現実に有り得ない勝手なことをして遊んでをります。
2026.01.31
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コンクリートのやうに固い新幹線アイスは拙者的にも好評だったが、是にウヰスキーをかけるネタがSNSで炎上したそうだ。是は自分が発明したからお前の記事はパクりだとか云ひ出す輩がゐて騒動になったらしい。こんなどうでもいゝことで時間を費やすようになった我が国は、成る程衰退途上な訳である。此の出来事がニュースになった御蔭で、何だかウヰスキーが欲しくなってヨドバシまで買いに行った。酒を飲まない拙者は、酒=調味料にしか考へてない。勿体ないからミニボトルを購入する。サントリー「RED」と云ふウヰスキーなのだが、高級なのか安物なのか、拙者は全く蘊蓄を垂れることが出来ない。大阪の叔母さんからユーハイムのバウムクーヘンを戴いたので、アイスを乗せて上からウヰスキーを垂らしてみた。珈琲は阪急百貨店大阪ブレンド~此のセットは極上だと自画自賛だが、かうした愉しみ方は、自分が発明したのか他に誰かがやってゐるのか、其のやうなことはどうでもいゝ。とにかく美味ければいゝのだ。世の中クリスマス商戦真っ只中~桜木町のアンデルセンで見つけた「サンタさんのパン」「蒸気機関車のパン」が素晴らしい出来なので追加購入。嫁さんと食べる為に包丁で割ったら、サンタさんの顔が筆舌に尽くし難いほどグロテスクになってしまったのであります。令和七年も静かに終はり・・ワールドポーターズへ買い物に出た。小腹が減ったので食材を探してゐたら、台湾飯店のお店で「玉子麺」なるものを発見。人類の敵:中国共産党による陰湿な嫌がらせに抗すべく、台湾製を積極的に買いたいので早速試してみた。麺はインスタントで、お湯をかけてスープを投入して完成~スープ用のカップで手軽に食べられる量なので、御飯の代はりに丁度良い。大晦日は午前中からケーキ作り。佐賀県産の安価な苺が手に入り、制作費用は850圓くらいで済んだか。三時頃に一息入れるつもりで珈琲と一緒にケーキを食べた。日は傾き一年の終はりを感じ始め、今年一年間の様々な出来事なり成果なりを振り返ってみる。約拾年ぶりの北海道訪問、大阪万博と千里阪急ホテル、金価格の高騰による運用成績の伸長、色々あった。そして関東特有の冬晴れのまゝ日は暮れ、嫁さんが作った年越し蕎麦をすすって、もちろん紅白を見ることも無いから八時十五分に登場して物議を醸した某歌手グループのことも知らぬが仏のまま、もう早目に就寝。年末ぐらい精神衛生上良好な状態で過ごしたい。令和八年が静かに始まり・・元旦は、あらかじめ買っておいた「ローソン100」でお節のレイアウトを。ローソン100のお節ネタは重宝してゐる。何より助かるのは量が少ないこと。栗きんとんなんか一口でいい。最近、海老も登場したのが嬉しかった。黒豆はイオンだが、あわび海宝漬は頂き物。数の子は嫁さんの実家から頂いた。全体的に黄金色を多めにして今年の金運を祈願するとしよう。昼前、半分にカットしたケーキを持って実家へ出発。横濱市営地下鉄に乗って湘南台方面へ向かうが、今年も上永谷の名物「快速待ち合わせ」の場面を愉しむ。こんなのが愉しいなんて鉄ヲタ丸出しなのであります。本当は「中身が見えるケース」が欲しかったが、今年は見つからなかった。寒いせいか、しっかり固まってゐたから崩れずに輸送は成功。実家で改めて珈琲とケーキで乾杯する。幸先の良いスタートかと思いきや、帰りに横浜線の駅でお腹を下してしまい難儀した。不幸中の幸いは、トイレ休憩のタイミングの為に、休日ダイヤだと云ふのに「根岸線直通磯子行」と云ふレアな列車に乗れたこと。金運はともかく、鉄道運も高めであって欲しいと願ってのスタートであります。
2026.01.11
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日本株・投資信託・外貨MMF・金積立に分散投資する我が「相模太郎ファンド」の令和7年12月30日現在の運用成績は、基準価格19,028圓(評価額を投資額で割っただけの話)。半年前の16,349圓から大幅続伸となった。過去最大の伸び率を支えたのは、やっぱり「金」であったが、日本株も投資信託もMMFも其れなりに続伸したのも事実。さて2026年は果たしてどうなるのか?金は此のまゝ続伸するのか?一つ分かってゐることは、人類が不幸になればなるほど金価格は上昇する。ネタニヤフやプーチンやプーキンペー等の頭おかしい輩が発狂すればするほど価格は上昇するのだ。あまり嬉しくはない。相模太郎ファンドの推移さて、日本株は総じて堅調となった。かつて、高市早苗女史が与党総裁の座を逃したことで大暴落したことは記憶に新しい。株価を上げられる人間でなければ、経済政策云々を語る資格も無いと云へよう。某メディア記者の「支持率を下げてやる(?)」発言=株価を下げてやる、なのである。あんな人達こそ人の足を引っ張り、我が国の経済発展を妨げてをるのだ。優勝したのに株は「最下位」池田泉州HDがやっと評価損状態を脱した。背景は金利の上昇であらう。株価が下落する際に備へてゐた債券系の投資信託が伸び悩むのと正反対の動きと云へる。此の銀行は拙者自身利用者でもあるが、資産運用特化の証券口座のやうな使い方をしてゐて、其処で運用してゐる外国株投信~特にアジア株については大幅続伸した。池田泉州銀行本店の金の扉!逆に評価損に堕ちたまゝ這い上がれないのが阪急阪神HD~なんでかな。営業成績は悪くないのに株価の伸びは最下位とは笑わせる。京都線特急で運用中の貴賓車「ア」も好調だそうで、株主宛にポイントを進呈するキャンペーンのチラシをもらった。残念ながら横濱に住んでゐると東海道線二等車を使うことはあっても「ア」に乗る機会が無いので嬉しくも無い。仕方無いから鉄道模型で乗ったつもりになってゐる。ちなみに阪神タイガース優勝の際は、横濱のタイガースショップで「お好み焼き煎餅」を買い、御家老や御家人衆に配った。本当は、独立した記事を書きたかったが時間が無さ過ぎて挫折。佐藤君のホームラン量産に象徴する「強過ぎた阪神」の理由は何か?と問はれれば、やはり「見えない力」の勝利であらう。藤川監督が優勝インタビューの際に述べた「一つのアウトを取るだけで選手・スタッフの目に見えない努力があった」が正に其れだ。所用で大阪へ行った際、阪神電車の車窓から新ファーム球場の様子を見ることが出来た。甲子園を忠実に再現した球場、充実した科学的練習設備、かうした影の力が選手を確実に育て、戦力となってゆく。某球団の、脂が乗った有名選手をかき集めるだけのチーム作りとは正反対の「価値創造」的な球団運営だ。ベンチがアホやから、に象徴される「浪花の球団」は遠い過去のハナシ。頼もしいが、もはや「春団治」のやうな「スタア」が生まれることも永遠にないと思ふと、一抹の寂しさも覚える。今年から「東京海上宇宙関連株式ファンド」への投資を始めてゐる。半年でパフォーマンスはかなりのものだった。ポンと上がると、どうしても利益確定をしたくなるので悩む処だ。我が国はH3ロケットで苦戦してゐるが、人間が乗ってない以上失敗したって構はない~此のくらいの器量で挑まねば新たな景色は見えて来ない。某メディア記者の、勘違い甚だしい吊し上げ的な追及等と一顧の必要もない。あんな人達こそ人の足を引っ張り、我が国の経済発展を妨げてをるのだ。無邪気に「ボクは火星に行く!」と夢を語る子供さんを、どうか暖かく見守って欲しい。大人があんな態度を取ってゐると、子供が遠慮して夢さえ語らなくなる。是では人類の進歩は無い。時代を作り上げた先人達が、一体どれほど失敗を重ねて来たのか?某記者殿は、↓の画像を一億回くらい見た方がいゝ。試作車による人類発の交通事故上向きだした401K401kの運用状況確定拠出年金部門は漸く堅調に推移した。前回、大爆死したバランスファンドのことを述べたが、早々に銘柄を入れ替えたことが功を奏した。401K側は、銘柄入替や配分割合変更を頻繁にやったが、其れだけ試行錯誤の連続だったことが分かる。結局、外国株式のインデックスファンドだけずっと持ってゐれば一番良かったと云ふ元も子も無い結論になるのだが、若い人に投資を指南するプロが同じやうなことを言ってのけてお終いにするのも悲しい。投資とは「価値創造」の後押しをすることであって、人類の発展に寄与するものである~常にかうした前向きな意識を忘れないでおこう。拙者自身の「勝手に大納会」を締めて、嫁さん誘って外食でも出掛ける。久々に椿屋珈琲に入った。従姉殿との会食以来かな?此処ではちゃんと給仕さんが大正時代の恰好をして、会釈する際はカーテシーを踏んでゐた。ちょっぴりメイド喫茶的でもある。もちろん食事料金は、かうしたサービスも加味されてゐる。近年、労働生産性を追求してか、人手不足を補う目的か、猫ちゃんロボットが給仕する店が増えた。猫ちゃんロボットに対して高いサービス料を払う気はさらゝゝ起きないが、カーテシーまでやっていただく店なら、少々値段が張ってもやむを得ないだろう。良いサービスには対価を払う~当たり前のことを忘れないやう肝に銘じておきたい。
2026.01.05
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眼鏡の鼻パットが急に取れると実に困る。両面テープで接着しようとしても上手くいかなかった。ありがた迷惑に「G」の文字がパットに刻み込まれてゐて凹凸があるためだ。仕方なく「ポルタ」の眼鏡屋さんへ行った。部品交換に幾ら掛かるのかヒヤヽヽしたが、550圓だったので拍子抜けする。しかも「ポイント10倍!」の時季だったとは、いきなり神風でも吹いたのか。眼鏡も直ったことだし、お目出たいから嫁さんとポルタで食事をした。ポルタで食事をする時は、なるべくフルーツピークスへ行く。本家は福島県の果物屋さんだからだ。お人好しな日本人は忘れてゐるかも知れないが、中国共産党による陰湿な嫌がらせで、福島県の生産農家は大きな風評被害を被った。更に風評被害を巻き散らしたのは東京電力ではなく、処理水を汚染水などと吹聴する一部野党や「オールドメディア」であり、まったく怒りしか沸かない。中共は、我が国に言論の自由があることに付け込んで来る。其れを意識してゐるか否かの違いは、近代国民国家の一員である自覚が有るのか否かのリトマス紙である。↑どんな包丁で切ってんだろう永遠の憧れは墓の中まで?さて、ポルタを出て丸井の横を通り抜けて日産ギャラリーに行ってみる。日産自動車がいよゝゝ危機的な状況だそうで、日産本社の建物を売却するなどと云ふ報道が出て、もしかして日産ギャラリーも無くなってしまうのでは、と危惧してゐる。危惧してゐながら、自分だって日産車で欲しいクルマがある訳でもない。ケンメリだのスカイラインジャパンだの、あるいは大門団長の専用車だの、子供の頃に憧れた車種が一番カッコいゝ訳で、永遠の憧れは結局のところ墓の中まで持って行くことになりそうだ。消えゆくものほど美しい。↑拙者のコレクティオンであります所用で北関東へ横浜から国電の中距離電車で大宮以北へ向かうとなると、ほとんど旅行である。現地のレンタカーは、折角だから日産レンタカーで借りた。レンタカー借りたぐらいでは応援には程遠いか。深紅と黒のツートンカラーは、西部警察のRSを思ひ出す。久々最新のクルマを運転すると何かと戸惑う。数時間乗り回してガソリン代が340圓くらい。何かの間違いかと思ったが、ハイブリット車の燃費の良さには脱帽である。処でのクルマって何でしたっけ?帰りは小腹が空いたのでキオスクでバウムクーヘンを買い込む。ホッとしたのも束の間、東海道線ダイヤ乱れの為、上野駅で終はりですと告げられた。上野の手前の尾久で長時間待たされたのには閉口した。尾久で停まっても乗り換えが出来ないからだ(笑)。せっかく二等車を買った訳だが、仕方なく上野から京浜東北線の三等車に乗って帰る。食べ物あれこれ所用でスターフライヤーに初めて乗ったが、叔母さんからユーハイムをいただいたので機内で食べる。バウムクーヘンをむしゃむしゃ食ってゐると、CAさんがお手拭きをくださった。珈琲飲んでホッとしたのも束の間、隣の御婦人の手が滑って珈琲が拙者のズボンと靴にかかってしまってちょっとした騒ぎになってしまった。ズボンにかかったのも足首の裾あたりで、特に何事も無かった。ユニクロのズボンにABCマートの靴では何も言いようがない。お手拭きはテーブルを拭くのに使っただけのこと。横浜駅の果実園で嫁さんと食事。拙者が食したのは「フレンチトースト」で、加熱した皿にフレンチトーストが敷かれ、上に生クリームや各種果物が乗っかってゐる。ハンバーグぢゃあるまいし皿をこんなに加熱するフレンチトーストなどと初めて食べた。拙者も食パンでフレンチトーストぐらい作ってみせるが、さすがに是は真似が出来ない。こびりついた皿の食器洗いのことを想像するだけで無理である。近所の元町商店街で元町ユニオンと云ふスーパーがあって、二階が展望の効く食堂となってゐる。道行く人々を眺めながら野菜カレーを食べてゐたが、体に蕁麻疹が出来るほど辛かった。さすが元町、大人の街なり。ありがたう~そして是からも何時までも拙著(相生橋にて)の読者様が退職なさった。広島在住の経験も有る方なので、相生橋や広電本社前等の位置関係も知悉しておられる前提で感想をくださったのが嬉しい。お互い繁忙で、じっくりお話する機会も無かったのが実に惜しかった。いただいたお菓子や珈琲、じっくり味わっていきたいと思ひます。短い間でしたが有難う御座いました。 創作をずっと続けるうちに、誰かがピンと反応を示してくださる。なので自分は是からも無駄を承知で、特段「いいね!」が付く訳でもないけど創作を続けてゆく。其れが自分の使命だと心得ておこう。・小説投稿サイト「FC2小説」で読めるようにしました。
2025.12.13
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乗合自動車の寫眞をダラヽヽと並べてゆくだけであります。先づは拙者の居住地である横濱市内から。ハンマーヘッド前のバス停は、バスが必ず方向転換するのであります。其の際、ハンマーヘッドの真ん前で一回転するのが御約束。山手の聖公会前を走る神奈中の「山手ライナー」~神奈中でも別塗装になってゐて、かなり目立ちます。バスとは云へない車だけど、横濱球団の謎の特殊車両。ファンぢゃ無いので用途は全くわかりましぇん。鶴見駅前で出会った「臨港バス」~京浜工業地帯を走るイメージ。花とバス桜木町駅のバス停は、五月になると皐月や躑躅で埋め尽くされる。グリーンエキスポのラッピングバスもまた美しい。札幌市内編嫁さんの実家へ挨拶しに北海道を訪問した際も、偶然出会ったバスを撮影。中央警察署前を走る中央バス~札幌在住時代、地元テレビのニュースで、市内で何か事件が起きるとよくあの建物が映っていた。大抵はしょうもない事件が多かった。日本は平和だ。こんな平和な国に、ぐだゞゞケチを付ける中共に改めて怒りしか沸いて来ない。様似町とは、日高方面にある町。拙者はまだ行ったことがない。遠過ぎて行くこともないまゝ死ぬと思ふ。まるで王室御用達みたいなデザインの道南バス。何処かのホテルの送迎バスみたいだ。大通公園の横を通り抜けるJRバス北海道。国鉄時代の塗装や燕マーク引き継いでゐる。札幌市交通局資料館内にあった貴重なボンネットバス~いすゞ自動車製だ。交通局資料館の充実した展示については→こちらからその他いろゝゝ編富山駅前にて~一瞬都営バスかと思ったが、富山地方鉄道バスであります。残念ながらバスには乗らず、新幹線で小松へ移動して自動車博物館を見学。堺東駅前にて~南蛮貿易時代のラッピングが素晴らしい(南海バス)。天王寺にて~大阪市バスって今は云はない?オレンヂ色のバスは「いまざとライナー」と思はれる。結局、此の時もバスに乗らず大阪阿部野橋から「さくらライナー」に乗って橿原へ。橿原は日本人しかゐなくて静かで仕方なかった。こんな平和な国につべこべ文句を垂れる中共に改めて怒りしか沸かない。川越市にて~レトロ風味な市内循環バス。結局、此の時もバスに乗らず本川越駅から歩いてた。川越市内の素晴らしき風景は→こちらから。
2025.12.06
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プーさん元気してる?呆けてない?おしっこちゃんと出てる?我らが高市先生が、極東平和の基本方針について折角有難いお話をされたのだから、中国国民は謹んで拝聴すべきであろうが、例の大阪総領事の雪隠何某とか云う輩の罵詈雑言は散々ネタとして出尽くしたからもうお役御免として、最近中国政府が日本人向けに放った、何やらぶっ壊れた翻訳機のような、あるいは偏差値35程度のヤンキーが作文したような微妙な日本語羅列が評判となってゐる。確かに「粉骨砕身」と云ったような四字熟語の初歩的な使い方を間違えると、致命的なほど知性の程が暴かれる訳だ。こうした案外フラフラな状態の戦闘機で空中戦と挑もうとするとネット民は面白がる。中国外交部も人民解放軍もネットミームになって遊ばれてゐるぞ!との情報に何のこっちゃと思ったが、最近「大判焼外交部ジェネレーター」なるものが爆誕。是は何かと云うと、誰でも簡単に「中国外交部報道官風」の画像を生成できるそうだ。いちいちこんなものを直ぐ作っちゃう仕事の早さに感心する。これを参考にお前ら何か書け!とのことん-なんか今一つ中国外交部報道官の立場で云う前提で作るんだと思って考えたが、どうも拙者はこう云うのセンスないね。諸先輩方の力作に脱帽するばかりだが、日本のネット民も捨てたもんじゃないなと思った。人類の敵:中国共産党が仕組んだ「敵意」を笑いのセンスで跳ね返そうとしてゐるのだ。クマのプーさんすら検閲の対象となる不幸な中国人民に、表現の自由の醍醐味が伝わることを願うばかりだ。こうしたユーモア外交の本家はもちろん欧米で、歴史に学ぶことは山ほどある。例えばデンマーク人のナチに対する抵抗運動も、風刺と笑いが重要な要素であった。「権威主義者は爆弾よりも笑いを恐れる」のである。プーキンペー徒党らが何故あれほど「プーさん」を恐れるのかが是で納豆納得であろう。早速、アメリカ合衆国駐日大使閣下より、クリスマスカードの画像を添付しつつ「呉江浩駐日中国大使、薛剣駐大阪中国総領事におかれましては、揺るぎない日米の絆を一層深めるためのご尽力、まことにお疲れさまでございます。心からの感謝を」との投稿が。基本中の基本をなぞった小気味いいセリフである。ユーモアは紳士の嗜みと何処かのサイトで謳ってゐたが、こうした哲学をもっと我々が会得してゐれば、野蛮な共産中国などと嗤って終いなのである。いずれ「ポケット局長」なんかも何かのネタに利用されるのであろう(もうなってるみたい~仕事はえー)。合掌・・。
2025.11.21
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夏のお料理ネタ総集編であります。先づは長瀬産業の恒例「株主優待」から。今年も「デミグラス・ハンバーグ」を貰ったので、冷蔵庫の物資欠乏の際に登場。一緒に飲む珈琲は、或る方からのいたゞきもので、伊勢志摩サミットで安倍総理夫人主催の昼食会で出された地元産の珈琲。ハンバーグの脂身とクロワッサンの歯にくっつきまくり感をサクッと洗い流して呉れる爽快感に浸ります。口当たりいいので珈琲フレッシュ要らないかも。そして嫁さんの実家からいたゞいたのが、オーストリア産「かぼちゃの種」「謎のティーパック」~かぼちゃの種は初めて食べました。此処はグスタフ・マーラーのNr.5を聴きながら、ハムスターになった気分で種をポリポリ、シノーポリと洒落込みますか。勝手にアンシュルス(独墺合邦)なひとときほとんど思い付きのやうな一品の話。かぼちゃグラタンであります。先づ、クノールカップスープ(かぼちゃ)を飲む際に入れるお湯+50%の量を小鍋で沸かし、食べやすい大きさに切ったかぼちゃを茹でる。柔らかくなったら早茹でのペンネを投入、お湯を吸うので、少なくなり過ぎたら適宜お湯を足し、柔らかくなったら火を止めてクノールカップスープの粉末を入れる。此処までで十分スープパスタとして食べれる状態だが、一手間加えてグラタンにするのだ。グラタン皿に移し替えて、お好みでチーズ等を乗せオーブンで焼く。仕上げに「かぼちゃの種」をちらして完成!謎のティーパックは「ハーブティー」であることが判明した。叔母様からいたゞいたユーハイムのパウンドケーキも付けて独墺合邦(アンシュルス)のひと時を。長瀬の優待はもう一つ選んでゐて、今年初めて「札幌バルナバフーズ」を貰った。本場ドイツのマイスターを招いて本格的なハム・ソーセージを手掛ける会社だが、今回貰ったセットの「農家のベーコン」が絶品だった。立派なベーコン故に切るのももったいないので、其のまゝ豪快にフライパンで焼く。お皿にドカーンと盛り付けた。もちろんクノールのかぼちゃスープもクルトン代わりに種を浮かべるし、パンは森の切り株、おまけに叔母様からいたゞいたユーハイムのバウムクーヘンと嫁さんの実家からいたゞいた夕張メロンのゼリー。人里の景色を表現した一皿であります。フライパンの後始末が大変だった!「北海道開拓使」のソーセージは玉ねぎ風味。ドイツ直輸入のザワークラウトと、近年評判になった「自決用メロンパン(笑)」と一緒に。もちろんバウムクーヘンは欠かせない。此のメロンパンは国産小麦を使ってゐるのだから、偏狭な日本人ファースト主義者だって文句あるまい。
2025.10.18
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お寺さんの行事も無事終はり、地下鉄谷町線で阿倍野から梅田へ戻って食事を。さう云へば阪急参番街で暫く食事もしてゐない為、喫茶店でも良いから無理矢理其処で食事をすることにした。川の流れる街のほとりの喫茶に入ったのも、思へば大阪在住時代を終へて以降四十年ぶりであります。珈琲を啜った瞬間、湯舟に浸かって「んー」と体が火照るやうな気分になるのが大阪のストロング珈琲。是を飲まねば「大大阪」の雰囲気に浸れない!御堂筋線の梅田駅で乗ったのが、北大阪急行の箕面萱野行。車内は1970大阪万博のレガシーを伝える写真が展示されてをり、北大阪急行が「万博大輸送」を担ってゐたことをアピール。開催期間中二千万人を事故なく運んだのは驚異的と云へる。昨日、夕方からの僅かな時間ながら、我々も大阪関西万博にお邪魔した。拙者として最も印象深かったのがウクライナのパビリオン。ウクライナ国民が戦ってまで守りたい平和と尊厳~我々平和ボケ日本人は、いよゝゝ無力感に苛まれる訳で、それでも自分達に何が出来るか自問自答せねばならない。ロシア・北朝鮮・中共~此の「3バカトリオ」に付ける薬は、連中が一番恐れる「言論の自由」であることは間違いなく、先づ我々が自ら戦って守らねばならない。借別~千里阪急ホテルそして我々は千里中央駅で降りて、宿泊先の千里阪急ホテルへ。1970大阪万博では要人の宿泊先としても重宝され、ミスインターナショナルの各国代表が宿泊したエピソードも。当ホテルは既に閉館が決まってゐる。万博と同時に生まれ、そして姿を消すと云ふ数奇な生涯なのであります。どうせ最初で最後なのだからエグゼクティブツインに宿泊。宝塚スカイステージをぼんやり眺めながら、阪急マルーンの枕に頭を埋めて幸せ感を満喫するか。嫁さん用の化粧台まで完備。洗面台は化粧台の横、独立トイレ内、バスルームにも装備。蛇口のデザインは前時代的で、もはや更新することもなく最終営業日まで使い切るつもりなのだろう。翌朝、ホテルの隣にある池田泉州銀行で用事を済ませて、再び梅田へ戻って来た。御堂筋線梅田駅は、開業当時の開放的なドーム屋根が一部残ってゐる。戦前の大阪モダニズムの名残で、東京がなんぼのもんや的意識を掻き立てる光景。梅田阪急~此処で横濱の御家人衆への御土産を買うのだ。買う物は決めてゐて、ヒロコーヒー(お笑いの彼女ではなく)であります。大阪の喫茶店を知らない関東の人達が「素直に感激して呉れる」んです(笑)。総ての行程を終へて帰りの汽車へ乗り込む。アイスクリームだが、行きは「ヴァニレ」だったから帰りは「ベルギエンショコラーデ」で決まり!お寺さんで配られたのは檀家さん手作りのクッキー。適度な塩味がアイスに合います。配れるに値するクッキーを自作出来る人が羨ましい。拙者もまた創作意欲を燃やし続けることを誓って有難く頂きました。合掌。
2025.09.28
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「取引」で平和を実現出来るなどと云うトランプは、やっぱり外交はド素人だった。不動産屋のオッサンに出来るのは不動産の取引だけなのだ。ウクライナのパビリオンは、一見店舗のような構えながら「NOT FOR SALE(非売品)」の看板が。我々は売り物ではない!狸(トランプ)と狐(プーチン)の化かし合いで安易に売り買いされてたまるか!ウクライナ国民の決意と覚悟を平和ボケ日本人に訴える場となった。小さなパビリオンだが、数十分待った。見学者は一人ずつ「コンビニのレジに出て来るバーコードリーダーみたいなもの」を渡される。見学者は各自、陳列棚に置かれている「商品」のバーコードにリーダーを読み込ませる訳だが、そうするとリーダーの液晶画面からは、戦時生活を送るウクライナ国民の日常を通して、平和や尊厳といった価値観を訴える様々な映像作品が流れて来る仕掛けだ。例えばタイヤの値札をピッとかざすと、市民がタイヤでバリケードを築く様子が映し出される。祖国防衛に自発的に協力する姿勢こそ、金銭に替えられない価値がある。現在の我が国では、こうした価値観をやたらとタブー視してきた。挙句の果て、辺野古の工事現場でトラックの走行を妨害しようとした活動家を静止しようして警備員が亡くなる痛ましい事件が起きたが、更に痛ましいのは、ウクライナ市民の勇気とはまるで正反対の理屈で妨害者を英雄視する人たち。日本のパビリオンでこの事件を取り上げてはどうだろう。もちろんトラックのタイヤに値札を付けて。ヴァイオリンからは、SUGIZO氏の活動を讃えるメッセージが。友情とは、確かに金銭に替えられない価値がある。最近、北京にて「抗日戦勝パレード」なる茶番劇が「華々しく」挙行されたそうだが、愉快なことに集まった各国首脳は例年よりガクンと減った。単に利害で離合集散しているだけで、友情など片鱗も持ち合わせていない実態を暴露したまで。ライオンのような置物からは、美術品がロシア軍によって略奪されたエピソード等が発せられる。アメリカとロシアの違いは明確で、確かにアメリカさんも戦争となったら相手を徹底的に破壊する野蛮さを持ち合わせてはいるが、戦後の復興に援助を惜しまない側面がある。ロシアは破壊し尽くし略奪したまま返しもしない。第二次大戦後、新幹線まで建設できた日本に対し、旧東ドイツはナチ時代の鉄道網を回復することすらできなかった。ロシアによって鉄道レールが大量に接収されてしまったからだ。バラに端末をかざすと、何故か「恋愛リアリティーショー番組のウクライナ版」が流れた。ネット上で戸惑いの声が散見されたが、拙者は戦時下と云う非常時だからこそ恋愛もより真剣になれるのではと思った。今日明日の運命も分からない状況下こそ、自分の思いを率直に伝えない訳にいかないだろう。結局、平和ボケ社会は恋愛に真剣になることも出来ない。真剣に恋愛しないから人生も真剣になれないし、そら投票率も下がるし出生率も下がる。ウクライナ国民が、いくら武勇を尊ぶコサックの末裔と云えども、命懸けで抵抗を続ける姿には頭が下がる。ロシア・北朝鮮・中共と云う「悪の枢軸」の為に、此処まで一方的に犠牲になっていいのだろうかと。そして平均的日本人は手をこまねいたまま千羽鶴を折ることしか出来ない。千羽鶴は平和の象徴と云うが、旧ソ連では「貞子の折り鶴」のエピソードが反米教育のネタにされ、ソ連軍核兵器開発の口実となった。平和の象徴云々も、敵対勢力にとっては敵対行動の燃料にしかならないのだ。ウクライナ国民は其のことをよーく分かっている。だから命懸けで抵抗しているのだ。改めて思い出す「あの妄言」拙著(核戦争三部作)では、日本が南北に分断され、北海道が北朝鮮のようになり、しまいにウクライナ同様ロシアに侵略される「もう一つの戦後世界」を描いた。平和憲法があるから、平和教育を受けているから、だから侵略されるはずが無いと思い込んでいる我々が、いざとなって烏合の衆にしかならない惨めな姿をこれでもかと云うほど書き殴った訳だ。きっかけはロシアによるウクライナ侵略の影響が多分にあるが、ある経済評論家(と云うかタレント)のこんな御言葉に絶望したことも影響している。「とんでもない奴が攻めてきたら、黙って殺されちゃえばいいんだと思うんです。世界の歴史の中で、昔は日本という国があって、戦争をしなくて制度を守るんだって言い続けて、ああそんな良い民族が居たんだなぁと思えばいいんじゃないですか」これが平均的日本人の思考なら、もう絶望するしかない。今直ぐにでも万博のチケットを買ってウクライナのパビリオンに行った方がいい。そして、トイレに行きたくなったら2億円のトイレで用を足せばいい。こんなにフル回転しているトイレが無駄なら、一日の利用者が数えるくらいの公園の公衆トイレは全部無駄ということになる。では公園の公衆トイレは無駄なのかと云うと、いざと云う時に其の有難さが身に染みて分かるのだ。常に有事を想定した思考(=知識武装)を巡らせる癖をつけようではないか。・小説投稿サイト「FC2小説」で読めるようにしました。
2025.09.21
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堺にあるお寺さんの行事に参加するため、我々は横濱から汽車に乗りこんだ。あまりの暑さにアイスクリームを頼んだ処、中々良い塩梅に凍り付いてゐる。成る程、是を食はずして何が人生であらう。汽車が大阪に着き、北大阪急行電車に乗り換へて梅田へ移動。車内は万博ギャラリーと化してゐて、北急電車が1970大阪万博と共に誕生したことをアピールしてをる。実は我々も、夕方から2025大阪関西万博に行くのであります。北急車両に運良く乗れてテンションはMAX!腕時計の宣伝のやうな万博の宣伝。巷では、不毛な反万博キャンペーンのやうな動きはやっと沈静化したやうだ。確かに、万博成功の手柄を掠め取ろうと云ふ勢力が一部に居る事は事実であらうが、連中の企みは成功してゐるとは云へない。世の中其れほど単純では無いのだ。とにかく、大人の事情だけで子供さんの好奇心を潰すやうな真似だけはしないで欲しい。我々のやうな将来に限りがある人間はともかく、是からの時代を背負う世代には積極的に見せるべきであらう。例へば1970万博のエピソードを語る際、月の石を見る為だけに何時間も並んだ昭和の人達をバカにする連中がゐるが、人間の好奇心を軽視することの愚かさを顧みるべきだ。たゞの石ころ、たゞの棒切れ、だから見逃していゝのか?種子島の住民が、南蛮人が担ぐ「棒みたいなもの」に関心を持たなかったら日本はどうなってゐたのか?さて、梅田に着いて北急電車の万博ラッピング車を撮影。興奮し過ぎてブレまくりであります。高校野球は見ないけど甲子園へそして我々は阪神梅田へ移動。何と!赤胴車に塗りなおした阪神電車であります!ジャイアンツカラーを一掃せねば沿線価値の向上はあり得ない訳で、株主として大いに評価したい。列車は鳴尾浜から移設されたファーム球場の横を通過、完成した設備を車窓からじっくり見物させていたゞきました。甲子園着~何故甲子園に来たかと申しますと、大阪市内の旅館は予約が一杯で、尼崎も予約一杯、甲子園まで辿って漸く宿泊場所を確保出来たのであります。荷物を預けて、先づは甲子園歴史館を株主優待で見学。施設も大幅に拡充されてゐました。今から約百年前には、甲子園の地で大博覧会なるものを開催~阪神電鉄もまた「新しい時代の風景を創った」会社なのであります。今年も米価の歴史的高騰が続いてゐるが、1918年の「米騒動」は、高校野球すら中止に追い込まれる程の全国的な騒乱に。日本人にとってコメとは、ほとんど精神的な存在と云はざるを得ない。グラウンド内に入るなとか、いちゝゝかうした注意書きを掲示してゐたのが甲子園。ファンが乱入して巨人の選手が殴られたりしましたからね。実は高校野球決勝の日で、全くの偶然だったのだが、梅田に戻る際は試合終了直後で電車が混んでゐた。処で阪神梅田駅も工事が終はったらしく、見違える程キレイになった。沿線価値向上に余念がない。後はジャイアンツカラーの電車を赤胴車に塗りなおせば完成なり。そして阪神梅田駅改札前に新名所が。一見、ただのドトールコーヒーに見えるのだが、壁面には引退したジェットカーの部品がアート作品のやうに並べられてゐる。と云はれても嫁さんはポカンだし、他のお客さんも意味分かる人ほとんど居てないでせう。例へ地味でも分かる人には分かることこそ、沿線価値向上に繋がるのだ。ジェットカーの写真こちらにあります!
2025.09.13
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いや、そーいうの求めてるんぢゃないの。野球を見に行ってるんですけど(笑)。ほんと凄い高さですよ、ファウルポールの先端よりも高い?外野応援席なんか下の下の下。是でも我々が座った席は前段の方なんだけど、ほとんど展望台って感じ。階段を何段上ったか分からないくらい上ったが、長崎市民の皆さんは毎日かうして上り下りしてらっしゃるんだなぁと現地を旅したときを思ひ出す。岡田監督がボヤいてたけど、横浜球団は出し物の時間がいちゝゝ長い。何やら超ハイレベルらしいチアリーダーの皆さんも、小動物がぴょんゝゝゝ跳ねてるやうにしか見えぬ。ちなみにウイング席はライト側でも阪神ファンがそこゝゝゐます。隣のお兄さんは、ヒッティングマーチを全曲暗唱出来て、久々出た糸原君のマーチも「えーっとなんだっけ?」とはならずに即口ずさめるんだから脱帽するのみ。小腹が空いたのでカレーライスでも買いました。横浜球団の何やら荘とかで作られてゐるカレーだとか。嫁さんは崎陽軒の弁当を食べてゐて、炒飯を一口もらった。絶景を眺めながら食べると崎陽軒でも美味しく感じられる。驚いたのは、こんな階段絶壁でも売り子さんがちゃんと来て呉れてゐます。よくこんな急階段をビア樽担いで上り下り出来るなと感心。対横浜18回戦は1-2で勝利そして肝心の試合だが、新人早川太貴君の初勝利と云ふ非常に意義深い試合となった。早川君は小樽商大を卒業後、市役所に勤めながら社会人クラブで野球を学び続けたと云ふ異色の経歴の持ち主。高校も公立高校だし、もちろん甲子園出場経験などある訳ない。小樽の隣の余市町出身の嫁さんは、小樽商科大学と云ふ響きに直ぐピンと来るものがあった。よく考えたら小林多喜二も学んだ国立大学やがな。インテリさんなのだから頭使う野球をきちっと広めて欲しいところ(笑)。試合が終はり、ヒーローインタビューはもちろん早川君。Nゲージの人形より小さく見えるから、スコアボードの画面を食い入るように見るしかない。スコアボードすら見下ろしてゐるのだから、ウイング席の高さが分かるだろう。処で場内はヒーローインタビューそっちのけで何やら出し物の準備。何か出し物やらないと気が済まないらしい。我々が横浜市に移動してまだ二年弱だが、横浜人の考えてゐることは未だに理解不能なことが多い。さーっと場内の明かりが消えると、横浜ファンの皆さんが持参してゐるペンライトが鮮やかに輝きます。藍色の光は演出しやすいですね。花火が上がり、火炎放射器みたいな炎が上がる。ステージで歌ってゐるオッサンはどっかで見た顔なんだけど名前忘れました(笑)。我が阪神タイガースが勝利したので、試合後の余興は微妙な雰囲気。オッサンの歌が意外に長いので(笑)引き揚げることにした。長い余興のお陰で退場するお客さんが分散されて関内駅の混雑が分散される効果があるかも知れない。もっとも我々は「関内に住んでゐる」から、何も懸念する必要もないのだが。球場内探索も愉しみの一つ便所へ行くついでに球場内を探索です。平成10年~横浜38年ぶりのリーグ優勝~拙者が漸く社会人になった時分でありますが、確かにあんなことあったなー。多くのファンが優勝を見ることなく鬼籍に入られたので「仏壇の前にラジオを置いて」等と云ふエピソードには泣けました。横浜球場の建設は「震災復興事業」だった訳です。関東大震災の横浜における被害が如何に大きかったかは、谷崎潤一郎「一と房の髪」に生々しく表現されてゐる。横浜球場には「野球の神様」も降臨~惜しいことに日米の友好は長く続きませんでした。もっとも、震災復興事業に米国から多額の援助(現在価値で約600億円!)をいただいてゐるとか、かうした細かい話なんか当時の日本人は知らなかったのでしょう。そして此の球場も我らが甲子園球場と同様、長く激動の時代を生き抜く訳であります。
2025.09.06
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旨い!海軍めし、のレセピー集にあるコーンフリスタと云ふかわいらしいメニューは、夜食用に作られてゐたとか。今回の献立は余ったコーン缶詰と余った小麦粉を有効活用であります。缶詰の水分をよく切って卵と小麦粉を混ぜる時点で、元大阪人の拙者は直ぐにピンと来た。まるでお好み焼きの感触である。熱したフライパンにバターを溶かし、いい塩梅になった処で投入するのだが、手応えがやはりお好み焼き。ひっくり返して裏面を焼く感覚も全く同じであります。ちなみに食感もお好み焼きに酷似してゐて、バターの風味だけが異質感を主張してゐる感じでした。其の他は、グラスにサラダ、そしてパン「森の切り株」を添えて、スープは旧帝政ドイツ陸軍に固形スープを納入した「クノール」、珈琲はメリタのミルで挽いてメリタのドリッパーで抽出であります。【中古】 自分でつくるうまい!海軍めし 簡単!早い!おいしい! / 海軍めし愛好会, 青山 智樹, バーバラ・アスカ / 経済界 [単行本]【メール便送料無料】【最短翌日配達対応】ネタとなった本であります。そろそろネタ切れ?軍艦旗よ永遠なれ~のコーナーはこちら~海上自衛隊の写真などを展示してゐます。甘味の話題を一つ二つ近所の繁華街に「アイスは別腹」とか云ふ店が出来た。どちらかと云ふとオトナ向けのお店のやうで、洋酒を用いたアイスも扱ってゐる。拙者は飲まない人間だが、洋酒の御菓子は好きだから、一つ試しに買ってみることに。何が一番美味いのか皆目分からないので迷ったが、「モーツァルト」と云ふアイスがあって、名前に釣られた。何処がモーツァルトなのか意味不明だが、オーストリアだからチョコなんだろうぐらいしか検討がつかない。結局、40番ト短調K.550をかけながら無理矢理モーツァルトなのかなぁと感じながら頬張る。洋酒度は意外と薄かった。此処は濃い目の珈琲と一緒に。今年のヴァレンタインデーで嫁さんが買って来て呉れたのが「デジレー」のチョコ(此のヘンの記事は半年遅れであります)。拙者は直ぐに箱の裏側を確かめる癖があるのだが、会社は茨城県土浦市にあるのだそう。会社のサイト眺めると、ベルギーチョコと台湾混ぜ蕎麦が一緒になってゐて頭混乱してもうた。其れにしても土浦市の会社さん、素晴らしい仕事してますね。
2025.08.30
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大宮から横濱まで二等車に乗った時のことです。幾つになっても子供のやうに外の景色を眺めるのが好きな拙者は、迷わず二階席に座りました。読み掛けの本は、いよゝゝ「富美子の足」へ差し掛かります。此の物語は、老資産家塚越老人がお妾さんの足の美しさに狂うと云ふお話です。其の美しさが如何程であるのか、谷崎先生は延々数頁に渡って其の詳細を描写してをられます。女の足の説明に数頁を要するなど、どなたかの御足をひたすら眺めてをられたのでせうか。まだ十七歳の女体の描写に執念を燃やす異常さと来たら、当局が示す巷の有害図書云々などと吹いて飛ぶやうなもので、にもかゝわらず平然と公営図書室の開架に並んでゐる処が可笑しくってなりません。「富美子さんの踵に踏まれる畳になりたい!」此のマゾヒズムとフェティシズムの協奏こそ、谷崎先生の真骨頂ではないでせうか。犬の真似事をして十七歳の少女の足元にじゃれつく塚越老人~此処まで読み進めるうちに何だか自分も心配になって来ました。二等車の二階席に座りたかった理由は、眼下の景色を見下ろしたいのではなく、階下席に座ることで起こる或る心配事を予知してゐるからではないかと。考へてもみなさい。プラットフォオムに汽車が着きます。階下席から見えるのは人間の脚ばかりです。其の中には勿論御婦人の脚も多く含まれます。御尊顔を拝するどころか上半身もまともに見ることが出来ず脚しか見えないと云ふ光景は、あらぬ興味を掻き立てられるかも知れません。更に悪いことに、人間の体は下から見上げる程脚が長く見えるものであります。誰もがランウェイを歩くモデルのやうに見えてしまうのかと思ふと、益々あらぬ興味を掻き立てられるかも知れません。とうの昔に身を固めた拙者にとっては、かうした心身の平衡を乱しかねない要素に一つの心配を感ずるものであります。成る程、人間には誰しも性癖が有ることを、谷崎先生は百年以上前に明らかにして下さいました。結局、其の負たるエネルギィを正に転換することで、あらゆる創作や芸術が生まれ、文明は発展して参ったのです。昨今、教員が盗撮事件を起こした云々で騒いでゐる御時世ですが、人間の本質など数年で変はるものでもありますまい。クソどうでもいゝ仕事に忙殺され、正のエネルギィに転換するきっかけを失ってゐるだけなのです。さて、汽車は東京驛に着きました。プラットフォオムでは大勢の人が汽車を待ってゐます。二階席から見渡すと誰もが猫背に見え、まるでネアンデルタァル人に戻ったかのやうです。きっとスマァトフォンの性でせうか。折角の美人さんも是では台無しでせう。やっぱし階下席から眺めた方が良かったのかしら。さて言葉遊びは此の辺にしておいて先づはユーハイムのバウムクーヘンを贈っていたゞいた大阪の叔母様に感謝申し上げます。近鉄南大阪線の一等車でも美味しくいただきました。久々の大宮駅で、何処に何があるのか全く分からず、お昼時のカフェーを探すのも一苦労した。迷った時に入るのがベックス珈琲。二等車に乗る為の「クレカ修行」にちょうどいゝ訳だが、アボガドとベーコンのホットサンドがなかゝゝ美味。衝立で仕切られた猫の額のやうな一人席に板張りの椅子~社交とは無縁の「三等車」の世界観か。夕食のレストランを探すのも苦労した。結局入ったのが、客が誰も居ない「卵とわたし」~鏡張りの店内が、余計に誰も居ない感を演出してゐて不思議過ぎた。一応「ルミネ」の店内だったので、此処でも「クレカ修行」に一役。結局、かうした積み重ねで二等車に乗る!ぢゃなきゃ別途料金を出してまで乗る気は毛頭なしと云ふ、お金にシビアな元大阪人の根性丸出しなのが実情であります。ちなみに・・・の美脚写真は、大阪万博記念公園に飾ってあったホステスさんの衣装のマネキンであります。みんなバシャバシャ記念撮影に興じてゐるので何かの材料になるかと思って撮ったらこんな話題で使われるとは。最上段の客車の写真は、拙者が所有してゐる鉄道模型です。青帯は二等車、赤帯は三等車で、現在のグリーン車は二等車に相当。戦前の特別急行列車を勝手に再現して遊んでゐます。映画「風立ちぬ」で、三等車のデッキに座ってゐる二郎さんの帽子が風で飛ばされ、二等車のデッキに居た菜穂子お嬢様が「ナイスキャッチ」するシーンが忘れられない。
2025.08.16

思えば小学校の低学年で、目玉が飛び出し皮膚が溶解する場面をアニメで見させされて、トラウマにならない方がおかしい。あのような残酷な場面を有する映像作品について、欧米各国では年齢制限を厳格に適用すると云う。年齢制限が必要なのは、確実に弊害が起きることが分かっていたからに他ならないのだが、日本の「平和教育」の推進者達は、自分達の主張が正しいに決まっているのだから、幼いうちに刷り込んでしまうことが何よりも大事なんだと思っていたらしい。はだしのゲンの作者:中沢啓治先生は、欧米各国で罪に問われるであろう光景を眺めながら、「泣き叫んだ子供達、ありがとう。君たちは原爆の本当の真実を知ってくれたのだ!」と述べている。此の壮大な勘違いとはつまり、子供達はなにも原爆そのものに対してトラウマになる以前に、平和教育に対してトラウマになったのであり、戦争そのものについて学んだり考えること自体を忌避してしまったのである。其の実害がどれほど深刻なものか、拙者自身の経験は以下のとおりだ。父の書斎には「一億人の昭和史:太平洋戦争」と云う豪華な写真付きの本が置いてあった。好奇心旺盛だった拙者は、既に小学の高学年で読み始めていたが、昭和二十年以降について、とうとうページを開く勇気が持てなかった。つまり、途中から必ず原爆投下のページに行きつくはずで、小学三年で見させられた「はだしのゲン」によって見事なまでにトラウマが植え付けられていたのだ。せっかく昭和十九年までの戦史を丹念に覚えていったと云うのに、肝心の昭和二十年の戦史が分からないとなれば、大東亜戦争を完全に理解したことにはならない。長い間、拙者の脳内は、昭和二十年以降の戦史がすっぽり抜け落ちていたのである。トラウマを植え付けられたことで、歴史を知ろうと云う意欲すら削がれる~是が日本の平和教育の実害なのだと、漸く今になって気が付いた。其れでも拙者は、父の書斎の本のお陰で大東亜戦争の何たるかを理解するきっかけは得られた訳で、歴史の延長線上にある現代について自分なりに考える自頭はあると自覚している。こうした機会も無ければどうなっていたか。トラウマを植え付けられた方々の多くは、世界各地で起こる戦争のニュースすら苦痛を感じたのではないか。もっともロシアによるウクライナ侵略戦争において、「同情するなら武器をくれ!」と云うウクライナ国民の必死の叫びにどう反応していいかも分からず、是が台湾有事や、万が一にもロシア軍による北海道侵攻、などと云う未来予想は現状維持バイアスで忌避しまくり、千羽鶴を何千枚折ったところで事態は何も解決しないことすら理解できない。こうした人間像こそが、平和教育の求める最終形態と云うことであれば、バカげているにも程がある。バルト三国や北欧では、国民は男女問わず自発的に軍事訓練に参加せざるを得ないほど、事態は深刻さを増している。こうした現状を「新しい戦前」などと否定的に捉えて忌避しようとしても、其れは単なる思考停止に過ぎない。我が国における「戦前」と「現代」は、国際関係も地政学的条件も全く異なることは、歴史を俯瞰すれば明らかだが、歴史を俯瞰しなければ理解すらできない。拙者が経験したように、歴史を学ぼうと云う姿勢がトラウマによって疎外されるなら、現状を認識する能力もそれだけ削がれてしまうのだ。世界はどうなるのか、我々はどうすべきなのか、現状を鋭く見つめる目を鍛える為には、結局のところ幼少から好奇心をもって歴史を見つめ、現代との対話を続けるしかない。日本の平和教育は、大東亜戦争の何たるかもろくに教えないまま、判断能力の乏しい小学低学年で、いきなり残酷なアニメを見させると云う最悪なものだった。訳も分からずトラウマを植え付け、学ぶことや考えることを忌避させるのが教育ではないはずだ。何よりも子供の知的好奇心を育むことが第一で、自ら学ぶ姿勢さえ身に着けば、小難しい知識などと自然と後からついて来るのである。その過程で、自発的に「はだしのゲン」を読んだり、映画を見たりする分には何の問題もない。平和教育を「妄信」する人々は、やたらと「歴史の改ざん」なるものを警戒したがる。もちろん「はだしのゲン」だって明らかな認識間違いが散見されるのに、何故か彼らは其のことについてうやむやにしようとするか、話を逸らそうとする。歴史を丹念に学んだ頭のいい子は、「はだしのゲン」が書かれた1970年代の歴史~当時の世相、政治情勢、こうした背景まで踏み込んだうえで鑑賞するであろう。そうすれば、作品中に散見される様々な政治的偏向や歴史の誤認識も、ストンと腑に落ちてくる。こうして、再び歴史の延長線上にある現代について、自分なりに考える自頭が鍛えられるのである。※千羽鶴についての余談だが、「サダコの折り鶴」は、旧ソ連における反米教育に都合よく利用され、ソ連軍核兵器開発の口実にされた。反核運動も逆手に取られて軍拡の口実に~是が国際社会のシビアな現実であることを、一人でも多くの生徒諸君が気付いて呉れることを望む。東京五輪ピース折り鶴だってほぼ理解されずちなみにピース折り鶴は、翼にメッセージを書く前提だが、何か書けと云われたら拙者はと行きたいところだ。自作バナーであります
2025.08.09
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洋館リノベの謎ホテルは八幡坂の麓にある。朝食を終へて、我々は八幡坂を上って洋館を見に行くことにした。通学時間なのか、高校生諸君がみんな坂を上がってゐる。函館市に高校生がこんなに沢山居るんだと少し安心した。毎日此の急坂を行き来するとは御苦労さんなことであります。時間はことゞゝく過ぎてチェックアウトの時間。末広町の電停から市電に乗って函館駅へ戻る。新幹線で食べる菓子パンは「King Bake」で買いますか。函館駅から直に新幹線に乗ることは出来ない。函館ライナーと云ふ接続列車に乗らなければならない。意外と時間が掛かった。新函館北斗まで470圓、首都圏の国電で470圓区間はかなりの距離に匹敵する。北海道は広いのだ。北海道新幹線で旅の総まとめそしてプラットフォオムに下りたら、見事当たりました!JR北海道所属のH5系であります。鉄ヲタぢゃないと刺さらない話です。何故H5系が貴重かと申しますと、東北新幹線の全車両中、僅か三編成しか存在してゐないからだ。御堂筋線で北大阪急行の車両に当たる確率よりも低い。あらかじめ諸先輩方のサイト等を拝見し、どうやら新函館北斗12時48分発の「はやぶさ24号」がH5系で運転されてゐると云ふ情報を得た。其のとおりになる保証は無いが、実際其のとおりになって呉れたのであります!始発駅なのでじっくり撮影出来る時間があるのが嬉しい。成る程、JR東日本所属のE5系と異なり、ラヴェンダー色のラインが特徴です。思へば十五年前、初めて北海道へ赴任した際は急行はまなすで青函トンネルを潜った。是が時代の流れなのであります。さて、H5系の車内もE5系と多少差異を持たせてゐる。例へば床も、雪の結晶マークを配置してゐる。また、ブラインドはアイヌ土器の文様を配するなど、独自色を出してゐる。では「King Bake」を「森彦の珈琲」と共にいたゞきますか。脈々の御菓子は札幌の友人からいたゞきました。ゲミュートリッヒな昼下がり、H5系は貨物線と共用する三線軌道に入り、青函トンネルを目指します。長いトンネルを抜けると、新幹線を眺めることが出来る展望台なるものがあり、多くの人が集まってゐました。列車は本州ながらアイヌ語の余韻が残る奥津軽今別に到着、反対側プラットフォオムは誰も居ません。先ほどの展望台は何処からどうやって行くのでせうか?東京在住時代、鉄道模型コンテストにお邪魔したことがある。生徒さんの作品で、津軽海峡線を再現した作品があったのを思ひ出した。あれは上手く出来てゐましたね。
2025.08.02
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札幌からシマエナガの顔によく似た特急北斗(261系)に揺られること約四時間、函館駅に降り立ったのは約十二年ぶりであります。当時は薄暗い「雪の函館」でありました。夕日がなかゝゝ落ちぬ六月の函館などと初めて目にするのであります。早速、旧国鉄青函連絡船を見に行かうと波止場へ向けて歩き出す。途中にある御婦人のブロンズ像は謎めいてゐて、すみませーんレモンサワー、或いはHeil Hitler mein fuhrer!とも云ひたげな。十五年前、初めて津軽海峡を渡ったのも青函トンネル経由の急行はまなす~拙者の脳内で青函連絡船などと映画か小説の世界でしかありません。もっとも拙著のヒロインは連絡船で北の大地へ渡ります。最寄りの電停(函館市電)へ着いた。界隈は人通りもなく、果たして市電は来るのか?人間は乗ってゐるのか?心配になって来るほど辺りは静粛な空気しかない。千と千尋の・・で電車を待つシーンのやう。無事市電はちゃんとやって来て、車内は超満員(笑)。電車のモーター音は、鹿児島在住時代に聞き慣れた鹿児島市電の走行音と重なり合ふ。同じ「アルナ車両」だから走行音が同じなのだ。さて、我々は広末町で下車、函館を象徴する坂道の向かうを見上げれば、山々は霧がかってゐます。是では展望台から何も見えないのでせう。函館市文学館は外観を眺めるだけで終はり、どのやうな文学が有るのか建物の外観だけでは分かるはずも無い。函館市は「ついでに寄る」ぐらいではとても時間が足りない。洋館リノベの謎ホテルそして我々は旧安田銀行をリノベした謎ホテルに宿泊。場所は八幡坂の麓にあって、たった二階しかない。室内へ入ると、天井が不自然なほど高くて、是で御洒落だと主張したいらしい巨大なランプシェードが吊るされてゐる。窓から外を見ると、建物の前に線路があって時折市電が通り過ぎる。夕食は「ラッキーピエロ」なる謎のレストランで「チャイニーズチキンバーガー」を食す。何処が「中国アル」なのか意味分からん!函館では超有名な店らしく、店内装飾のセンスが高尚過ぎてなんかよく分からない世界観であります。社長さんの趣味?食べ終わって外が寒い々々。ホテルへ戻って、本日は風呂入って即就寝であります。翌朝、朝食会場へ行くと、其処は「わざゝゞ配管むき出しの自己アピール感がイラっと来る(笑)」インテリアのレストラン。ワンプレートで恰好付けたい感溢れてをるが、味御飯やスープカレーやサラダやチキンなど、案外美味しくまとまってゐました。ワンプレートたる小宇宙は、拙者も週末の昼食時に「よく出来たでしょうアピールのため」に作りがちで、半分自虐感が催す訳だ。部屋へ戻り、ホテル前を市電が行き来するのをぼーっと眺めつつ「ゲミュートリッヒ」な時が経ちます。とにかく静かで人が歩いてゐなくて、確か函館駅に着いてから子供らしき人類に会ったことも皆無。さて本日は、出発前に山手の洋館群でも見物しませうか。
2025.07.27
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北海道再訪二日目、特急北斗の出発時間まで間が有るので、地下鉄自衛隊前に有る交通局資料館を見学することにした。其の前に、チェックアウト前の散歩。大通公園は散水作業中で、一羽の烏君が「気持ちえーなー」と微動だにせず降り注ぐミストに当たってゐる。北海道神宮例祭の山車が出てゐる。札幌在住時代、其のやうな祭が有ることも知らないまゝだった。札幌三吉神社前を札幌市電が通過します。市電はループ線が完成して環状運転を開始、我慢して路面電車を維持する街は発展が続くことを実感。鉄分だけでなく「ゴム」も吸収そして我々は地下鉄南北線に乗って自衛隊前へ。資料館は駅の直ぐ傍に有って、建物が新築されてゐる。館内のセンターには名鉄の前身「名古屋電気鉄道」から移籍した22型が鎮座。博物館然とした雰囲気に満ちてをります。懐かしき東豊線の車両~出勤で毎日乗ってた。南北線は、今の嫁さんのマンションへ遊びに行く際に乗車。だから金曜の夕方はとっても「幸せな」瞬間だった。遠き思ひ出は拙書「誰かが見た結末」で再現。開業時の南北線車両~車体前面の★のマークが美しい。現在の「ST」マークがダサ過ぎてガラナ吹いちゃう程だが、何故に★マークを止めたのか理解不能。ちなみに拙者は2000系の模型も所持してゐます。札幌地下鉄と云へば是でせう!そして屋外展示場に2000系が展示されてゐるのだ。まさか本物に出会へるとは思はなかった。ゴムタイヤで走行する摩訶不思議な世界であります。タイヤがやたらと新しくて、もしや新しいのに交換した?日本初のゴムタイヤ式地下鉄とあって、試験車を製造して試行錯誤が繰り返されたやうだ。其処まで「タイヤ」にこだわったのも訳が有り、丁度此の自衛隊前付近の高架部分(スノーシェルター内部を走る)へ続く急勾配等を計算に入れた結果だそう。ちなみに此の高架線が設置されてゐる場所は昔、定山渓鉄道が走ってゐた。まるでバスのやうな試験車両もあります。オレンヂの車両は何だか工事車両のやう。路面電車の車両も何種類かあって、とにかく高架下のスペースに無理矢理押し込んでゐるのは雪対策。画像上段の車両は何とディーゼル気動車!しかも昭和30年代末にしては近未来的デザインだ。確かあのデザインの車両が何種類も製造され、名鉄岐阜市内線で走ってゐたと思ふ。路上の雪を掃除する「ササラ電車」もあった。残念ながら稼働してゐる処を見ることは出来なかった。雪ミク電車も見れなかったな。案外やり残したことも多かった。そして我々は札幌駅に戻って来ました。此処から特急「北斗」に乗り換えて函館を目指す。北海道の旅はまだゝゞ続くのであります。
2025.07.26
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札幌在住時代、小樽市内は観光で何度も行ったが、必づ旧手宮線の遊歩道を歩いてゐた。当時は小樽駅前の大通りからオルゴール堂やルタヲなどがある方向のみ、遊歩道が整備されてゐたのである。近年、小樽市総合博物館方面の旧手宮線も整備されたらしいので、どんなものか試しに歩いてみた。ラヴェンダーが咲く季節らしく、時折蝶が花弁目掛けてひらゝゝと舞ってゐる。今気付いたが、拙者と嫁さん以外誰も歩いてゐない。もう少し歩くと線路はやゝ右にカーブする。柳腰のやうな緩いカーブこそ廃線跡らしい光景だ。周囲は閑静な住宅街、此の界隈は観光地と云ふ雰囲気は皆無だ。旧日本郵船小樽支店の建物の直ぐ裏を通ってゐたとは知らなかった。此の建物は「日露樺太国境画定会議」が行はれた場所。南樺太が日本の領土であった事を知らない人間がゐるとしたら甚だ遺憾だ。唯一地上戦があった沖縄では・・・等と云ふ誤った言説が一部メディアから平然と垂れ流されてゐることに呆れる他はない。さて、旧手宮線の線路は、此処らから単線から複線になる。小樽市総合博物館が近付くにつれて、線路はどんゝゝ広くなる。何回か道路を横断するが、勿論線路を歩く方が注意して横断せねばならない。やっと人が歩いてゐるのが見えた。小樽駅前の混雑を思へば、此の静けさは貴重。往時の風景を想像しながらの短い旅であります。マックスバリュの看板が見えて来ると間もなく博物館です。此処まで大規模な遊歩道は見たことない。しまいに線路は複々線になって旧手宮駅跡の博物館へ続くのであります。恐らく最も新しい区間?其のまゝ小樽市総合博物館に入場したら、アイアンホース号が出発準備中!米国製の「今でもちゃんと動く蒸気機関車」であります。もうピカヽヽに磨き上げられてゐる。客車が連結されてをり、見学者を乗せて約200米の区間(博物館の敷地)を展示走行。本当は大英帝国の保存鉄道のやうに手宮線を走ったらとんでもなく面白いのだが。当時を彷彿とさせるリアルな客車に生まれ変はってゐました。アテンダントさんによると、最近作り替へたとのこと。一等はクッション有、三等は板張り座席、更に貧乏人は無蓋客車に乗る?嫁さんが一等車に乗ったので、拙者も有り難く使わせてもらった。人生初の「グランクラス」の旅を愉しむとしよう。幻の日本銀行専用車アイアンホース号で見学者らは散々盛り上がってゐたが、更に凄い保存車は「日本銀行専用現金輸送車」だと思ふ。残念ながら内部を見学出来なかったが、札幌在住時代は普通に入れた。当時の貴重な画像が残ってゐたのでちょっとご紹介。日銀職員、鉄道公安官らが乗り込む居住スペースがある。電気ポットが其のまま置かれてゐた。電子レンジと電気ポットは同時受電禁止と云ふ注意書きが。電源装置がしょぼいらしい。現金を積む場所は車両の端っこで、勿論非貫通型となってゐる。実際に此の車両が稼働してゐた時代、存在すら秘匿され、何時何処を走ってゐるのか国鉄職員すら知らなかったらしい。運航する際は必づ機関車と貨車の間に連結されてゐたさうで、其れでも此の車両だけ分離させて強奪するトリックをモリアーティー教授が考案・実行する様は「テレビアニメ:名探偵ホームズ」で見た記憶がある。懐かしい!小樽市内には旧日本銀行小樽支店もあるし、是らがコラボして様々なイベントが開けそうな気がすると、勝手に妄想だけが膨らんだ。やはり小樽は奥の深い街であります。
2025.07.19
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北海道訪問初日、我々はいよゝゝ札幌から余市へ向けて出発した。北海道とは正反対の鹿児島赴任にコロナ渦が重なった運の悪さもあって、嫁さんの実家へ挨拶するのも随分ご無沙汰してしまったのだ。札幌を出発した快速エアポートは、銭函駅を過ぎると石狩湾沿いを走る。海しか見えない区間は、鹿児島駅を過ぎて錦江湾沿いを走る日豊本線を彷彿とさせる。かうした文章を述べるまでになったことで人生の蓄積を痛感。小樽駅に到着~721系のエアポート運用はとっくに終わったと思ってたが、まだやってたとは。藍井エイルのやうな華奢なお顔が乙です。小樽駅ホームに裕次郎さんの寫眞が飾ってありました。裕次郎さんの博物館、もうとっくに閉館したさうだが、西部警察の車両達は何処行っちゃったのだろうか。もう会へなくなる時に備へ、拙者はミニカー全車揃えてます(たゞしサファリを除く)。小樽より先の非電化区間快速エアポートは小樽止まりだ。此処からは非電化区間の為、気動車に乗り換へる。北海道新幹線開通後、廃止が決まってゐる(?)区間だ。裕次郎さんの寫眞を撮ってたら、汽車の座席はとっくに満席になってゐた。別に突っ立っても構はないのだが、座席が埋まる程の列車が簡単に廃止で良いのか?肥薩線の百倍くらい乗ってゐるやうな気がするが。汽車は小樽の市街地を暫く走る。山の中腹まで家々が連なる特異な光景だが、是程までの人口密集地をあっさり素通りしてしまうのが惜しい。塩屋駅までが長い!もちろん交換設備が有るが、随分と余裕が有る交換設備だ。5号線と並走してゐるが、直線的な道路と対照的に、線路はぐにゃぐにゃ曲がってゐる。蘭島駅で列車交換があった。対向列車が来るとは、其れだけ運転頻度が高いのだ。対向列車も乗ってる列車もH100形気動車。キハ150形は既に運用を離脱?余市駅に着いたら、乗客が一斉に立ち上がった。半分以上此処で降りるやうだ。余市より先が廃止になるなら分かるが、余市-小樽間の廃止はどうも納得がいかない。肥薩線があの閑散ぶりでも残るのは、並行在来線ではないからだが、余市-小樽間を残すのであれば並行在来線とは云へない。盲腸線のやうなものだ。結局帰りは待ち時間なしの「クルマ」で嫁さんの実家の挨拶を終え、小樽へ戻る。帰りは結局、ご家族のクルマのお世話になってしまったのは現実としてやむを得ない。列車ダイヤ次第で当日の行動を決めると云ふ拙者の方が異様なのかも知れない。此処で少し寄り道~小樽市総合博物館で小休止した。場内で特急「北海」を発見。函館本線「山線」経由の特急が走ってゐた訳だ。ニセコスキーエクスプレスとか、優等列車も行き交った賑やかな光景はもはや遠き思ひ出なり。人の手で材木を組んで作った高架橋に米国製の機関車が走る~村人らが「うぉーっ」と唸る声が聞こえてきそうだ。僅か数十年で北海道の鉄路は目覚ましい進歩を遂げた。石炭を船に積み込む為の広大な設備に、日本の近代化の凄まじさを感じる。正に北海道の発展を支えた鉄道を象徴するやうなミニチュアだが、今や跡形も無く消え失せた光景に代はって登場するのが新幹線とは、時代の流れと云へばよいのか。
2025.07.13
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令和七年上半期最大のイベントが幕を開けた。約拾年ぶりの北海道訪問であります。行ったついでにちょっとスイーツでも味わうか、などと軽い気持ちでゐたのだが、近年各段に進歩した北海道スイーツの洪水に殺されそうになった訳であります。スカイマアクでキットカットが配られなくなったので、代はりに羽田港にて「ロールカステラ」なるものを買う。オーストリア風に表現しますとロールクーヘンと云ふことになるが、ロールカステラとなどと、思ひ返せば日本人勝手に考へました系のお菓子の一つなのだろう。美味しかったので、なかゝゝ幸先の良いスタートだと思ったのだが。糖分摂って眠気も飛んだ処で本機は千歳航空基地へ。約拾年ぶりとあって、ターミナルビルも何が何だかさっぱり分からない。先づ二等車(Uシート)の切符を買って、続いて汽車の中で食べる昼食を買うことにした。ロイズショコラーデヴェルト?さう云へば、ロイズの工場がテーマパークみたいになって、札沼線の新駅まで出来たことは聞いてゐるが、空港の中までロイズの大規模な施設が誕生とは、どんだけ儲けてゐるのだろう。何とショコラーデの工場まで。本当に作ってゐる?みたいです。ターミナルビルのデカさを感じる光景だ。はっきり云って此処だけでお腹一杯になりそうで、時間などあっと云ふ間に過ぎてしまう。汽車の時間も迫って来た。折角だからロイズを買うしかない!結局買ったのは、ロイズのベーカリーで買ったフレンチトーストと菓子パン。更に糖分まみれな旅は続きます。穏やかに晴れた昼下がり、車窓からは山吹色の木々が鮮やかに映え、梅雨のない北海道の六月を実感。約拾年ぶりの札幌嫁さんの実家へ挨拶にお伺いしたが、其処で特上のハーゲンダッツを振舞われ、断る訳にもいかないから更にさらに糖分まみれ。其の後札幌に到着し、すすきの大交差点で開拓使時代にお世話になったS氏と合流する。此処でもまさか糖分まみれになるとは想定外であった。一次会終了後の締めのパフェ?何なんですかそれ?どうも札幌界隈で自然発生的に生まれた風習だそうで、勿論すすきので「一杯」やることにした。更にさらにさらに糖分まみれであります。すすきので知らない店に入るのは勇気が要るが、客の大半が御婦人だけにまぁ安心。価格も東京に比べて良心的だし、何だかんだ此の店が一番盛り上がってしまった。思へば札幌在住時代、今の嫁さんと飲み会を抜け出して向かったのが「アピア」にあったシャノアールで、一人680圓のパフェを食べた。もちろん、当時は締めのパフェ、なんてコトバは聞いたことも無かったな。翌日、ホテル前の札幌大通を散策し、やはり誘惑に抗えなかったのが「北菓楼」。大正時代建築の旧札幌図書館を改装した、北菓楼のお菓子テーマパークであります。昼食はもちろんケーキセット!旧洋館でシャンデリアに照らされながらスイーツを貪る~是ぞゲミュートリッヒの極み。令和七年上半期の締めくくりに相応しい、糖分まみれの旅程であります。もちろん鉄分も濃すぎたので、続きは追って書いていきます。
2025.07.12
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日本株・投資信託・外貨MMF・金積立に分散投資する我が「相模太郎ファンド」の令和7年6月29日現在の運用成績は、基準価格16,349圓(評価額を投資額で割っただけの話)。半年前の15,974圓から続伸となった。某経済評論家(と云ふよりタレント)による、ノストラダムスもびっくりな大予言も、やっぱり当たらないのは過去の御発言を検討すれば分かる。だから拙者は「貧乏神」と呼んでゐる。信じてはいけない相手だ。仰せのとおりトランプ・ショックに慌てふためいて手仕舞い売りでもしてしまえば、此の処の上昇相場に乗れないのだ。「投資なんて指一本触れるな」などと、株式投資を全否定してどうする。株式に投資する人間が居るから世の中が回っているのだ。あなた共産主義者?相模太郎ファンドの推移上昇を支えたのは金であることは否定できない。其れは其れで意味がある。もはや日本のインフレ傾向は鮮明であり、日本が貧乏国になって行くのも肌で感じてゐる。つまり、日本円が相対的に弱くなってゐるのだ。さうなら、相対的に強くなるのが実物資産なんだと云ふ、単純な理論で投資してゐる。超円高になって食料品も電気代も安くなるのなら、わざゝゞ投資をする必要も無いのだ。日本株は回復傾向だが持ち株であるデンソーや長瀬産業がトランプ関税云々の煽りを受けたのは仕方ない。暫く逆風下での模索が続くのであらう。東宝の乱高下が引き続き悩みの種。積み立てを一時終了することにした。明らかに「買われ過ぎ」なのだ。其れ以上高くなったら売る、安くなったら単元株を買う、理屈は単純だ。引き続き状況を注視。ちなみに最後の株主優待は「ドールハウス」に決定。イメージガールは春乃さくら様に一方、池田泉州HDが続伸してゐる。某投資ファンドが大株主になったとかで大幅上昇。其れでもまだ評価損を抱えてゐる。が、気が付いたら評価損は阪急阪神の方が大きいことが分かった。阪急阪神の株価が如何に冴えないかが分かる。儲かってゐるのに冴えない。やっぱり伸び悩む401K確定拠出年金は伸び悩んだ。アメリカの利下げが進まないので債券インデックスファンドが反落したのが大きい。トランプ・ショックは、某タレント評論家様の大予言が的中と思はれたが、さうであれば債券ファンド(しかも為替ヘッジなし!)が続伸するはずだった。処が、米債利回りが急上昇したことから、トランプ氏のトーンにも変化が。多少株が下がっても無関心だが、金利が上がった途端狼狽するとは、NY下町の不動産屋のオッサンのレベルだが、トランプとは其の程度の男なのだろう。某タレント評論家様の大予言が外れてしまったことで、債券はますゝゝ損失を出してしまった。まぁ株が上がったのだから文句を云へないが。確定拠出年金の推移処で、或るバランスファンドとお別れすることになってしまった。証券会社より、401kの対象銘柄から外れるかも、と云ふ連絡が来たのでパフォーマンスを確認したが、拙者は愕然とした。大爆死とは此のことを云ふのかも知れない。まるで某タレント評論家の妄言を真に受けて慌てて株を売却して波に乗り損ねたやうな姿だ。拙者のやうなバカ素人でもやらないことをやってしまった感があり、残念無念。結局、米株でもずっとやってをれば一番パフォーマンスが良かったと云ふ身も蓋もない現実が。401kは、組み入れてゐる投信の成績次第な処があり、自分のコントロールが効かない面もあるのが悩ましい。ポートフォリオの見直しが急務。
2025.07.03
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橿原神宮を参拝した我々は、近鉄特急ビスタカーで京都へ向かった。橿原と対照的に、京都は人々でごった返してゐて早くもうんざり。嫁さんがお土産を買い終えたなり、早々に引き揚げることになった。今回は東海道新幹線のアイスクリームに挑戦しようと思ふ。あまりの固さに、とても食べられる状態ではないと評判になってゐるのだ。本来なら苦情が来るべき処、かえって評判になるのだから、マーケティングの裾野と云ふものは無限に広がることを実感する。早くも時代の流れも感じた。今や車内販売もスマホで注文する時代だ。だから余計に固いのだなと思った。拙者が子供の時分は、売り子さんがアイスクリームを抱えながら車内を歩き回ってゐた。最低1回くらい食べたはずだが、食べられない程固かった記憶はない。クーラーボックスを担いでゐるやうには見えなかったので、車内を歩き回ってゐるうちに程よい固さになったと思はれる。アテンダントさんが持って来てくださったのは、滋賀の近鉄(近江鉄道)と並走してゐるあたりで。ハハハ!霜がびっしり付着してをる。なかゝゝ期待出来そうである。事前にアイスクリーム専用スプーン持参とは、食べる気満々。蓋がなかゝゝ開かなかった。凄まじく気圧の差が生じてゐたやうだ。ひっくり返ったまゝ固まったのか、表面が少々歪である。専用スプーンの出番だが、アイスをすくい取るなどと全くできない。表面にちょっと傷がついた程度である。これ以上力を加えると、スプーンが曲がるかテーブルが破損するかどちらかであらう。こんな調子でフジテックがそびえる米原を通過。まぁ冷静に考へると、アイスクリームなどと所詮液体なのである。関ケ原から濃尾平野に広がる西濃運輸的田園風景を眺めつゝ、気長に待つことにした。橿原オークホテルで買った埴輪饅頭を味わっておきます。本日は、さくらライナーでユーハイムのバウムクーヘンを食べ、橿原神宮のラウンジでパンケーキを食べ、もう菓子食べまくりであります。三河安城を通過したあたりで程よい感じに。乗り過ぎて面白くなくなった東海道新幹線も、久々にゲミュートリッヒなひとときを感じたまでであります。巨大イオンが続けて2件見えてくるあたりでほゞ完食。ちなみに飲み物を置く窪みも、溶けた霜で浜名湖状態に。せっかくもらったお手拭きも、湖水を全部抜くために使ってしまった。数年前に近鉄「あをによし」で食べたアイスクリームは、パッケージのデザインが車体の色彩と共通してゐて、芸術性は抜きん出てゐました。付属のスプーンで抵抗なく食べられる固さで、特に新幹線に対抗する気も無いやうだが、乗車時間が短いだけに、あれで丁度良かったと思はれる。懐かしき思ひ出であります。
2025.06.07
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もう引退は時間の問題だと思ふ。彼女が華々しく登場し、近鉄特急の「顔」となったのは、今から40年以上前の小学生の時分だ(大阪在住時代)。ダイキャストスケールモデルの4両編成を祖父に買ってもらった記憶がある。型の問題なのか、先頭車は30000系でなくて明らかにスナックカーだったっけ。鉄道模型未満の「玩具」なので、何処かいい加減なところがあった訳だ。同じ近鉄車だけマシな方で、他の粗悪な商品ときたら、東急も京急も相鉄もみーんな国電101系に色塗っただけとか、そりゃねーだろ的な商品も多かった。まさにダイキャスト(金型)の御都合だった訳で、今思へば懐かしい。今回乗車するのは橿原神宮前発京都行~出発まで時間があるので、橿原神宮を参拝した。前回参拝時は青の交響曲に乗った。近鉄特急に乗るために神社を参拝しに行ってるやうなものだ。久々に訪れると、やはり景色も変はってゐた。のやうなキレイなラウンジなど無かったと記憶してゐる。前回は、橿原ホテル?なるラウンジで休憩したやうだが、今や更地になってゐた。小腹が空いたのでハットケーキと珈琲を。橿原は本当に静かな街だ。日本人がゆっくり休憩出来る観光地がまだ残されてゐたとはなぁ。帰りに埴輪饅頭を買って駅へ戻る。いよゝゝビスタカーに乗車!何で最近の近鉄特急まで「某名前も云いたくない球団」みたいな色彩になったのだろうか。昔の特急車両は赤ちゃんでも分かるぐらい色が統一されてたなぁ。記念すべきビスタカー初乗車。半世紀以上生きていて、何で一度も乗ったことが無かったのか自分でも不思議。小学生の頃の好奇心や夢が、中学を境にぱったり封印されてしまったまゝ数十年が経ち、今になって必死に思ひ出しながら「取り戻そうとする」自分がゐるのであります。ピアノすら四十年弾いてないのだ。幾度となく改修されたらしく、都落ち感は全く無い。エントランスには志摩スペイン村のキャラクターなるものが飾られてゐる。恐ろしいくらい記憶に残らないキャラクターだ(笑)。二階席に座るに決まっとる訳だが、やはり天井の圧迫感が一種独特。我々は、一番後ろの列の壁際に座った。改修前、一部の座席が回転不可で、知らない人間と延々睨めっこせねばならない恐ろしいことが起きたと云ふ。限られたスペースで作られてゐるから、何かと無理があったのだろう。もちろん、現在は全座席が回転出来るやうになってゐる。シートカバーは、近鉄特急の「顔」が描かれてゐる。鉄ヲタにとって嬉しいご配慮だ。其れにしてもビスタカーは揺れに揺れた。ひのとりの十倍くらい揺れる。重心が高いのと、やはり旧式の車両であることが理由であらう。何時引退しても不思議ではないが、まだゝゞ多くのビスタカーが稼働してゐるのは、やはり二階建て車両の貫禄故かも知れない。
2025.05.31
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四天王寺を見学した我々は、大阪阿部野橋駅に到着。此処から近鉄電車に乗るのだ。大阪阿部野橋~此のネーミングセンスが「ザ・関西の私鉄」らしくて萌え死にしそう(普通なら単純に「天王寺駅」となる訳だが)。是がどれだけ不思議な現象かと申しますと、例えば数多の路線が乗り入れる新宿で、京王線だけが「京王電車:東京淀橋駅」と名乗るやうな現象に近い。絶対違和感あるでしょう。大阪阿部野橋駅は、一路線ながら6面5線の櫛形ホームを備える大規模なもので、かうした光景は何だか欧州的であります。我々が乗るさくらライナーは、6番線の専用ホームから出発!今回は、記念に「デラックスカー」に乗車。此の車両は、荷物棚の下にも照明器具が設置されてゐる凝ったデザイン。奈良時代的むらさき色シートが、千数百年の歴史を誇る異世界への入口へ誘います。デッキを仕切る壁に、桜の飾りつけが。しかもちゃんと光ります。ドアの木目も吉野産木材を使用してゐるとか。車内に飲み物の自販機があるんだけど、残念ながらハルカスで事前に買ってしまってました。だって「セイコーマート」ですよ。懐かしい!お菓子はもちろん、ユーハイムのバウムクーヘン!さくらライナーの愉しみ方は他にもありまして、先頭車に展望スペースまである。ガラス張りなので眺望が素晴らしい!ちょっと腰かけて居られる設備もある。展望室に入り浸ってたら、せっかくのデラックスシートがもったいないし、何とも悩ましい。こんな感じで、南大阪線の旅を愉しむ。列車は、古墳が犇めく歴史深すぎ南大阪界隈を、文字通り古墳の間を縫う急カーブを通り抜けまして、いよゝゝ奈良県内へ。二両編成で走るレギュラー車両特急と一瞬だけすれ違う光景は、まさに近鉄電車の世界。幸せ過ぎる!橿原線で八木西口へ橿原神宮前駅に到着~此処から橿原線に乗り換えであります。南大阪線と橿原線は、レールの幅が違うので相互乗り入れ出来ない。なので必ず構内を行き来する必要があって、其の為か構内にお店が結構充実してゐるのであります。八木西口駅を降りて今井町を散策~堺のやうな、戦国大名からも独立した自由都市みたいな存在で、往時の風景をみんなで頑張って再現しちゃいました感が満載のスポット。此の風景の中にも、医療機関とか普通に混じってます。電線も極力地中化、道路を舗装する際にも「土みたいな」色合いを再現。街灯は無い訳にもいかないから大正時代風にまとめてます。江戸時代と大正時代の構造物はちゃんと調和するんですね。結局、高度経済成長以降の構造物が、日本の原風景をぶっ壊したと云へるのか?或る資料館の館内には、日本放送協會が朝ドラのロケに使った「証拠品」が自慢げに飾られてゐる。明治大正昭和初期を再現するのに重宝されてゐる訳だ。其れだけ完成度の高い街だが、とにかく静か。中国人が大声で走り回ったりする光景など皆無で、小鳥のさえずり音しか聴こえない。今井町を軽く一周して、そして八木西口から橿原神宮前駅に戻って来ました。ホントに此処も静まり返ってゐます。我ら日本人がゆっくりくつろげる数少ない街であります。京都行ビスタカーに乗る前に、神宮でも参拝しませう。
2025.05.25

所用で大阪入りしたのだが、大阪万博によりホテルは何処も満室。天王寺周辺のホテルも同様で、何とか探し当てたのが茶臼山。例の「入口にあるヒラヒラ」も無く、普通のホテルを装ってをる処だが、昔は「ラブホ」だったかも知れない。まぁ嫁さんと泊まるのに、ラブホだって何だって構はないのだが。処が、廊下に「緩降機」が設置されてゐるのを見て、消防設備士の免状を持ってる拙者としては少々身構へてしまった。階段が一箇所しか無い建物だからだ。此の器具は、ベルトで体を巻き付けてロープでもって下へ降りるのだが、いざと云ふ時冷静に操作出来るか自信ない。翌朝~四天王寺まで散策をまぁ何とか火事もなく無事に夜が明けてチェックアウト。時間があるので四天王寺まで散策することにした。先づは茶臼山の歴史を説明した記念碑が味わい深いのでご紹介。「茶臼山歴史について!」と、びっくりマークの付いたお題も味わい深いが、よくゝゝ見ると、普通に句点を打っていゝ処が全部「びっくりマーク」になってゐる!まぁ戦国時代の説明だから、歴史的大事件の舞台になったことを強調したいのかも知れないが!「(真田)幸村は信州の田舎の住人で、」と云ふくだりにアクエリアス吹く処だった!ラブホ街には寺社もあって、統国寺の境内には「ベルリンの壁」が展示されてゐる。東ドイツヲタクの拙者にとって見逃せないスポットだ。谷町筋へ出た。此の界隈なら何処を歩いてもハルカスが見える。谷町筋をちょっと北へ歩くと、日本バプテスト大阪教会の瀟洒な建物が。そして四天王寺に到着。此処だけちょっと飛鳥時代なのであります。ハルカスと五重塔が並んだ光景も素敵ですね。歴史の大舞台となった茶臼山界隈~ほんの数百メートル歩いただけで、ラブホテルにベルリンの壁に飛鳥時代のお寺さんと、ディープなスポットに溢れてをります。
2025.05.18
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北海道開拓時代以来お世話になってゐるS氏が札幌からお越しになった。横須賀鎮守府でも見学しませうと云ふことになり、我々は横浜から京浜急行で横須賀中央へ向かう。金沢文庫で快特待ちの際、何年か前にブルーリボン賞を受賞したとされる「ル・シエル」が通り過ぎた。そして我々が乗る快特は、乗務員室の直ぐ前に展望席のやうなシートがある。僅かな時間だったが、トンネルが次から次へと続く変化のある光景を愉しむ。横須賀中央駅は、京急ミュージアムのジオラマを思ひ出した。もちろん、此処までしょぼくはないが、山が迫ってゐる雰囲気は其の通りであります。要塞島へ上陸!戦艦三笠の横から船に乗って猿島へ。此処は東京湾防衛の為の要塞島だった。こっちこそ軍艦島のやうだが、方々木々に覆われ、其のラピュタ感が人々の心を捉えてゐるやうだ。確かに植物がやたらと繁茂し、こーけーのーむーすーまーああで、の世界観。砲台跡地に、回転台を置いたとされる跡がくっきり残ってゐる。フランス積みと云はれる煉瓦が美しい。ちなみに猿島航路の切符売場は、展示施設や売店等も併設。昔、こんな立派な建物は無かった。戦艦三笠も見学時々補修工事をやってゐるが、一通り終わってゐるらしく、やたらとキレイだ。三笠の訪問は三回目だが、資料が大量に収蔵されてゐるから何時も新たな発見がある。今日は軍楽隊の資料をじっくり見た。ちなみに、やたらと景気良くってたまらない軍艦マーチの作曲者は「瀬戸口藤吉さん」~鹿児島在住経験があると、此の苗字だけでピンとくる。楽譜を入れるカバンだけで此の立派さ。そらテンションも上がる。ナポレオン海軍をやっつけた大英帝国海軍の「ビクトリー」、其の英国をやっつけた米海軍の「コンスティテューション」と共に、世界の歴史を変えた「三大記念艦」と称される三笠~今やコンクリで固めた不動産と化してしまったが、米海軍のコンスティテューション号なんか、今でも「ちゃんと動く」んだから凄い。あれはアメリカ人の魂を表してゐるだけに、そう簡単に引退出来ないのだろう。其れを思へば、三笠の保存に米海軍ニミッツ提督の助力を必要としなければならなかったのは、本当に恥づかしい限り。是が現在も現役とは・・・「ちゃんと動く」軍艦も見る時間が余ったので、軍港巡りも行ってみることにした。切符売場があるショッピングモールでは、猿島航路の切符提示で鍋焼きご飯に割引が受けられた。そして軍港巡りも、猿島航路の切符提示で何と5割引き!猿島航路の切符がこんなに威力があるとは。クルーズ船は、横須賀本港を沖合に向けて走り出す。右手に見える米海軍の駆逐艦は錆びだらけ。修理中ってことか。対する我らが海自艦はピカピカ。6102は、試験艦あすか~試験艦だから色々な試験をやる艦、なのだが、要は兵器の試験をやる訳です。開発中のレールガンを試し撃ちするとかね。一見異様なデザインの「もがみ」~次世代の護衛艦だ。突起物を極力無くして簡素化されてゐるが、最少人数で戦えるハイテクの塊なのだろう。外見の微妙な傾斜角度はステルス性を意識してか。船内アナウンスで気付かされたが、潜水艦の甲板にいらっしゃる自衛官の方が手を振ってくださいました。最近の日本人も、かうしたことを恥づかしがらずに出来る人、増えましたね。総ての日程を終えて、国鉄横須賀駅で解散!此処で取り上げた事物は横須賀のごく一部であります。横須賀は奥が深い!
2025.04.29
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拙著の読者様より、熊本縣産の柑橘類「不知火9個セット」をいたゞいてしまった!鹿児島在住時代、デコポンを食べた記憶があるが、不知火は確実に初めてであります。いかつい風貌に似合わず糖度が高くて、もちろん其のまゝ食してもスイーツみたいなのだが、せっかくなので様々に試してみた處です。ふと思ひ出したのが、川越のくらづくり本舗でパフェを食べたこと。下層にコーンフレークと甘酸っぱいソースが敷いてあって、ソースのヤバさにヤラれてしまった。あのヤバさを再現すべく、不知火でソースを作ってパフェ作りに使おうと思ひ立つ。不知火を半分に切って、果物用スプーンで果肉を取り出し、ドロドロになるまで煮詰める。砂糖をちょっと足して甘さを調整。熱を加えて水分を飛ばしたので更に糖度が増したか。先週、川越に行って来た際に「くらづくり本舗:薩摩芋バウムクーヘン」を買ったので、こちらもパフェに使うことに。熊本と川越の数奇な出会いは、童歌「あんたがたどこさ、肥後さ、肥後どこさ、熊本さ」の発祥論争以来の歴史的事件かも知れない。ソースが冷えてきたので、手早くパフェに加工。一階:不知火ソース、二階:コーンフレーク、三階:ホイップクリーム、四階:不知火の果肉、さらに其の上はホイップクリームを景気よくかけてバウムクーヘンを載せます。ちなみにグラスは結婚時にいたゞいた「おフランス製のDURALEX」、もう十年以上毎日使ってゐるのに壊れないとは頑丈。最近、桜木町駅のアンデルセンで同じメーカーのを見つけてちょっと感激しました。不知火づくしのランチを堪能パンケーキは時間の関係でイオンの完成品を使ったが、ソースの余りをかけます。「みかんサラダ」だが、シーザーサラダドレッシング切らしてた!あーあーと思ったが、其のまま食べて全く遜色無かった。もうみかんがドレッシングの役割も果たしてます!そしてパフェをいたゞきます!ガチャガチャ掘り進んで行って、やっぱりソースがヤバかった!ソースの酸味がコーンフレークの甘味と合わさって、あの感動をもう一度、と云ふ感じであります。そして翌日は「不知火のゼリー」を作るのであります。果汁を絞って、量が足りない部分は水を加えて砂糖で甘さを調整。ゼラチン投入後、冷蔵庫で冷やします。フランフランのカップ&ソーサーは、左側にスペースがとってあって、お菓子を載せる場所と勝手に決めてゐる。なので川越産のバウムクーヘンを。ゼリーが少し硬かったのが反省点で、なかなか安定した硬さに出来ないのが悩みどころです。ウインナーワルツを聴きながらのひととき~Aber sie schmecken vortrefflich!懐かしい熊本の風景遠き思ひ出となり歴史となり・・
2025.04.11
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何処の街か分かります?鹿児島市です。赤いバスはJR九州。赤い電車は京急ではありません。京急のラッピングを施した鹿児島市電です。鹿児島の皆さん!東京行く際には羽田空港からモノレールではなくて京急に乗って下さいとのアピール。鹿児島市電の資料館にあったジオラマ。この車庫は移転し、跡地は再開発でホテルに。ところ変わって埼玉県~国際興行バスの塗色は長い間変わらないものです。川口市内の食堂車レストランに行って来た時のこと。横浜市内編横浜へ移り住んで思ったのは、横浜市営バスだけでなく民間のバス会社が入り乱れて走ってゐること。かなり賑やかです。相鉄バス~昔はグリーンのアクセントだったやうな。何故か富士急のバスが。富士急ハイランドに行く訳ではありましぇん。市内で路線バス事業をやってます。神奈中バス~新しい塗装に順次変更されるそうだが、此の色が超分かりやすかったので、なんで変へてしまうのか疑問。市営バスで「グリーンエキスポ」のラッピングが増えてゐる。街に彩りを添えてゐて好感が持てる。横浜公園前を通り過ぎる京急の空港バス。横浜税関前を右折する「あかいくつ」~現地に住んでゐると、一捻り入った寫眞を撮れるやうになります。次回はハンマーヘッドの前で折り返すバスを撮ってみようかな。
2025.03.29
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さすが百貨店で扱ってゐるモノは捻りが効いてゐる。拙者は横浜そごうで面白い物を見つけた。何と阪急デリカアイだ!こんな処で阪急に出会えるとはね。早速買い込んで、予備師団に組み入れておいた。嫁さんが外出時に活用であります。先づはオリジナルデミソースのハンバーグから。なかなかこじんまりとまとまってゐます。野菜も華やかで、最低必要な栄養は摂れる仕組み。オニオンソースのグリルチキンは↑こんな感じ。実はペンネが敷き詰めてあって芸が細かい一品です。そごうのお隣は・・・さらに、そごうのお隣「マルイ」にあるポポンデッタで阪急電車を走らせました。9300系は、何と鹿児島在住時代に博多のポポンデッタで走らせて以来なので、はじめビクとも動かなかった(笑)。本日はムーミン機関車がデビュー。埼玉県鶴ヶ島市のふるさと納税の返戻品であります。さらにさらに、マルイのとなり「日産本社」のギャラリーにカッコイイクルマが。ローレルですよ。昔の日産車はみんなカッコ良かった。本田の傘下に入る云々などと、当時は笑い話にもならなかった訳です。ちなみに拙者の西部警察コレクティオンは→こちらでも。横濱村の昼下がり~まったりした時間が流れてゆきます。でも時の流れは確実にやって来る。パソコンの処分であります。札幌在住時代のモノですよ。東京在住時代に予備機になって以来、年賀状印刷と転居通知の印刷等、用途は限られてましたが、年賀状もオンラインで注文・印刷するようになって、遂に引退であります。
2025.02.22
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日本株・投資信託・外貨MMF・金積立に分散投資する我が「相模太郎ファンド」の令和6年12月30日現在の運用成績は、基準価格15,974圓(評価額を投資額で割っただけの話)。半年前の15,648圓から続伸となった。過去最高益を何度更新したのか、もう分からなくなってしまった。相模太郎ファンドの推移やはり「金」の底堅さが目立った。あまり高くなっても積立数量が減るだけなので、もういゝですと云ひたいが、市場は自分の思惑どおりに動いて呉れないのは何時ものことなり。今後どうなるかも分からないので、スポット購入もやりにくいのだ。金以外は意外と冴えない東宝の乱高下が悩みの種だ。ゴールデンウィークの興行成績が大コケと年初来安値に沈んだ後、急に息を吹き返して5,900円台をつける。拙者は此処で利益確定を行なった。概ね上手くいったと思へば、アニメ部門や年間興収が良いことから買われ、6,900円台まで急上昇。是は失敗だなーと地団太踏んでゐたら、今度は下降線を辿って6,000円台まで下がってくる。もう少し下げたら買戻しも有り得ると物色中。ちなみに、株式積立も併用してゐる状況なので、どっちに触れてもいゝやうに設計してゐる訳だが。たまゝゝ横を通った其の東宝だが、気になるのが帝国劇場の建て替え。最近、建て替え計画が公表されるようになった。低層階は、従前のデザインを踏襲するらしいが、全体的に周囲と似たような再開発風建物になってしまう。たゞ、地下鉄駅の改札と直結した「駅まち空間」の創出や、JR有楽町駅と接続する地下通路も整備するなど、意欲的な部分もあり、此の辺りはお手並み拝見って処ですかね。閉館した新阪急ホテル阪急阪神が芸術的に上がらない。業績が良いのに上がらない。かつての大阪万博のやうな「万博大輸送」は有り得ないとしても、何らかのお釣りは返って来るだろうと思って調べたら、我々がお盆期間に宿泊した新阪急ホテルが、万博の外国人スタッフ用の宿舎として活用されるだとか。何ともさゝやか過ぎるお釣りである。ちなみに、新阪急ホテルは本年1月4日にて閉館し、跡地は再開発される予定だが、阪急梅田駅全体の再開発となるので帝劇とは比較にならないスケールとなりそうだ。伸び悩む401K確定拠出年金は伸び悩んだ。アメリカの利下げを見込んで、債券投資信託の比重を増やしたのだが、是がすっかり裏目に。なんで長期金利上がってしまうのか!まぁ先進国株式や新興国株式が堅調だったので、まずゝゞの結果にはなったが、とにかく判断が難しい。金を組み入れてゐないとこんなに不安定になってしまう訳か。そして、35%ほど組み入れてゐる「バランスファンド」はどうか。是が大した成績ではないのだ。プロなんだから、拙者のやうな素人よりもいゝ成績を出してくれ!と云ひたくなる。確定拠出年金の推移 20年に及ぶ活動で得た「使命感」当ブログは御蔭様で20周年を迎えた。此の20年は、結局のところ日本が経済的に衰退した「失われた日々」であったとされる。拙者は或る将棋の先生が書いた本の一文「人生とは小さな利益の積み重ねである」に感銘を受け、焦らず着実に歩を進める人生を選んだ。あながち間違いでは無かったと自負してゐるが、結局のところ対処療法に過ぎなかったことを痛感してゐる。いつかはクラウンの「いつか?」さへ永遠に来ないことは既に明らかとなった。そして、近いうちにやって来るのは、人生の畳み方を意識しながら確実に老いていく自分である。何かを作る楽しさに溺れて・・限られた時間で、自分に何が出来るのか?自分に課せられた使命は何かを改めて自問自答してみる。Nゲージのレイアウトや小説、ケーキや珈琲ゼリーに至るまで、常に何かを創作し続け、大真面目にバカなことをやって身近な人を苦笑いさせる、おゝよそ此のやうな人間像が表出されたと推定される。何者かになれたのだろう、そう自分で納得すると、何だか気持ちが楽になった。其れでいゝのだと。まだゝゞ修業は足りぬが、常に好奇心を絶やさず、様々な事物を発見・注視し、阪神タイガースの優勝を願って、引き続き精進を重ねてまいりたい。
2025.01.11
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大納会も終わり帰宅の準備中、太郎さんちょっとこっち来てくださいと呼び出される。何やら女性ばかり十数人くらいの集団に取り囲まれた。え?ボク何されるの?と身構えたが、よーく面々を見廻すと拙書の読者様でした。皆様から珈琲をいたゞいてしまいました!「やなか珈琲」のセットであります。恥ずかしながら拙者は全く知らなかった!珈琲豆は「豆のまゝ」です。大々々正解であります。拙者の本能と云ふか癖として、どう面白く加工するか等と考えてしまう訳でありまして、お約束どおり以下のとおりご報告させていたゞきます。珈琲+ケーキは正に王道さて、此処数年、恐らく天皇陛下の御誕生記念日が二月になってしまった影響からか、クリスマスの時季にケーキを作る習慣が年末年始になってしまった。個人的に「拙者は日蓮宗なんだしクリスマスなんてアホらし」と冷めてしまってゐるので、別に年末でも構わないのだ。今年は年末と云へど結構忙しくて、オーブンで焼いて冷ましてゐる合間に、嫁さんと伊映画「ひまわり」を見に行って、苺を買って帰り再び作業を再開。今回はナッペも適当だったが、まぁゝゝの出来。此処で珈琲を淹れてみました。先づはミルの挽き具合ですが、かなり滑らかであります。此の時点で既にほんのりと漂う香りこそ、正にゲミュートリッヒ。いよゝゝドリッパーにお湯を注いでいきます。丁度いい塩梅ですかね。大晦日もそろゝゝ黄昏時、シャンデリアを灯した処でいたゞきます。一年の締め括りに相応しい、ゲミュートリッヒな時間をありがとうございました。旅するケーキそして元旦を迎えました。お節料理はあまり好きぢゃないので、何時も食べ切り型で済ませます。ローソン100大集合であります。お節は早々に片付けてユーハイムのバウムクーヘン。お重の蓋を勝手にお皿に見立てて即興の和空間。苺はケーキ用で買った余り。ホイップクリームの余りもあるので、ウインナー珈琲と洒落込みますか。実家へケーキを持って行くついでにドリップバッグも持って行きます。かつて実家へケーキを持って行った経験はあるが、当時はクルマがあった時代。電車での輸送は初めてであります。先づは横濱市営地下鉄に乗車。階段なんかでコケないよう細心の注意を。ケーキ持ち歩いてゐる途中なのに、上永谷駅の緩急接続の場面に萌えてしょうがないので思わず撮影。嫁さんが呆れてますわな。だって地下鉄で快速運転ですよ。しかも途中駅で追い抜きがあるなんて珍しいぢゃないですか。途中駅乗換えも無事済んで神奈中バスで最後の行程。ケーキは無事でした。思へば市販のショートケーキが簡単に倒れないのは或る意味凄いな。ケーキと共にドリップバッグの珈琲を味わいました。「ブルーベリーやカシスの風味」「フルーツとスパイスを感じさせる風味」等、面白い作品です。ちなみに珈琲は親からも好評で御座いました。本気の珈琲ゼリー珈琲も飲むだけなんてつまらない。やっぱし珈琲ゼリーでせう。インスタントでなく豆から挽いて作る珈琲ゼリーを、諸先輩方のサイトを参考にやってみました。抽出までは同じでありますが、直接雪平に受けて温め、ゼラチンと砂糖を入れてかき混ぜて冷ますと云ふ要領。冷めてゼリー状になったものを、食べやすい大きさに切ってグラスに投入。今回はパフェを完成形とするので、下地に「シスコーン」を敷きます。コーヒーフレッシュをさっとかけて、ケーキ作りで余ったホイップクリームを廻してユーハイムのバウムクーヘンを載せたら完成!(わざわざ上に載せてこそパフェであります。)珈琲ゼリーに合う飲み物とは何なのか?意外と迷う処だが、同じ珈琲ではゼリーの味が分からなくなるので紅茶をいたゞきます。ゼリーが味的にどうか心配だったが、特別に違和感なく成功!やっぱし抽出で作った珈琲は苦味が効いてゐる。下地がシスコーンなのも良かった。シスコーンもクリームと同列に甘いのでアクセントになるのだ。甘い・苦い・甘いの三段跳び的組み合わせは谷崎潤一郎的魔界への入口のやうであります。
2025.01.04
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亡き祖父が通ってゐた大阪大倉商業学校(現:関西大倉高校)の卒業アルバムが出てきた。時代は戦前、貴重な歴史的資料を前に、暫し時を忘れてしまった。卒業生のお寫眞などを拝見したが、みんな使命感溢れる顔つきをされてゐる。男は日頃の行ひがまともに顔に出る生き物だが、なるほど此の時代の若者は、人生に対する真剣度が違ひ過ぎるのだ。もちろん、我が祖父も拙者より遥かに男前です。上から「タイプライティング」「読書會」「競算會」と、商業学校らしい授業風景。えー願いましてはーの世界はまっぴら御免で御座います。拙者は計算苦手で苦手で。そろばんと云へば、神戸電鉄小野駅を降りた時のことを思ひ出しました。「御観閲式」と云ふ題からして何やら物々しい雰囲気。重厚な御車で颯爽とお出ましになったのは、もしや大元帥陛下(昭和天皇)であらうか。もしさうであれば是は大変なこと。生徒諸君も整列してゐるが、会場の片隅に立たせてもらうだけで名誉とされたのであらう。教師陣の中には、恐らく「宇垣軍縮」で失業したらしい軍人さんがゐる。だから軍事演習もあります。まぁ当時としては不思議でも何でもない、男の嗜みぐらいの感覚であらうか。ちなみにアメリカの大学では現在でも「予備役将校訓練課程」と云ふ制度があり、学生が予備士官になる教育を受けることは普通に行われてゐる。運動会もなかなか突っ込みどころ多い。鉄棒と跳び箱、なかゝゝレベル高そう。なんかダルマみたいな被り物の競争が楽しそうであります。防毒マスクを被った競技が左寄りの人を刺激しそうだが、別に防毒マスクの操作を知っていて損は無い。偉そうな服装のおっさんは誰?学校校舎と共に写る大礼服のおっさん。名は「大倉喜八郎」と書かれてゐる。名前のとおり学校を開いた「偉い人」なのだが、いろゝゝ調べたら、渋沢栄一のやうな偉大な実業家であることが分かった。其の残滓は現在も脈々と受け継がれてゐて、例えば「ホテルオークラ」なんかも其の一つ。拙者は現在横浜市在住。そごうで御馳走を物色してゐたら、「ホテルオークラのハットケーキ」なるものを発見。弐割引きだから買ってしまった。メープルシロップやバターも高級感を出してゐます。是はぜひとも珈琲と一緒に。札幌在住時代に見に行った大倉山ジャンプ競技場も「あの大倉さん」から来てゐるのですね。知らなかった!リフト乗り場脇に大倉喜七郎顕彰碑があるらしいが、全く見落としてをりました。
2024.12.31
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日本自動車博物館にて旧東ドイツのトラバントや80年代のトヨタ車、そして画像のメルセデス300SLなどを拝見し、お腹一杯になった処で引き揚げることにした。粟津駅までてくてく40分くらいかけて歩き、並行在来線で金沢駅まで戻る。金沢駅を降りたのも人生初めて。比較するものが無いので、へぇーこんな処かと眺め、後は食べる処を探しに。初めて降りる駅は勝手が分からず迷った。ふと目に留まったのが「金沢カレー」と云うお店。金沢のカレーとはなんぞや?出て来た一皿を眺めて、初めて見るような何処かで見たような微妙な小宇宙なり。銀皿に御飯を敷き詰めた上にカレーとカツと千切りキャベツが乗り、スプーンでなくフォークで食す。フォークでカレーをすくえるのか?と思いきや、意外とイケる。カレーはデミグラスソースに近い風味だ。面白い料理をありがとうございました。萬久=ばんきゅうと読みますさて、新幹線に乗る前に嫁さんへのお土産を買う。もう金沢と云えば金箔、お土産コーナーは方々金キラ金と景気がいい。迷いに迷った結果、金箔のカステラと決めた。金に投資して二十年、このところの金価格上昇は嬉しいが、其の金を敢えて食べて仕舞いにする贅沢感も悪く無い。帰宅した翌日、「阪急百貨店大阪ブレンド」と共にいただきます。「ばんきゅうのカステラをはんきゅうの珈琲といただく」訳ですな(笑)。食べ物はさっさと食べる!其の割り切りも人生必要ですよ。箱を開け、カステラの表面を覆ってゐる和紙を丁寧に剥がし、見事な金箔の表情を愉しみます。徹底的に薄く伸ばす技術がキモだが、そら単価が上がってゐるのだから薄くせねばならぬのだ。カステラは既に包丁入れてありました。是が何とも有難い。一般家庭の包丁では、こんなに上手く切れないだろう。処で味の方だが、ちょっと甘めのカステラでございます。大阪ストロング珈琲との組み合わせが乙です。フォークも金で揃えれば良かったと今更「あー」っと云う感じ。でもまぁカステラの味は長崎の「底が砂糖ジャリジャリのアレ」に軍配ですかな。砂糖の使い方が憎い程上手いのは、長崎の歴史的経緯から必然でしょう。もはや思い出となり歴史となり・・
2024.12.14
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初めて乗った北陸新幹線、初めて訪問した石川県、目的は「旧東ドイツのトラバントを見たい」なのだから、ちょっと頭がどうかしてゐるかも知れぬ。其の東ドイツ車が収蔵されてある有難い場所は「日本自動車博物館」。金沢よりもっと先の小松にあるのだ。北陸新幹線に初めて乗って金沢より先の小松で降りる人間は拙者くらいかも知れぬ。早速駅界隈を探検、かつて北陸本線で活躍したボンネット特急が鎮座してゐた。特急白鳥は、大阪-青森間千キロを走破した、現代では考えられない長距離列車。全盛期は食堂車も併結してゐた。最近、有志の皆さんによって往時の食堂車車両を持ってくる計画があるのだとか。今や食堂車こそ、鉄道浪漫の最たるものであります。小松と云えばそもそも「コマツ」がある。駅前には「コマツの杜」と云う公園のやうな施設があって、コマツの巨大重機がドカーンと鎮座。此のパワーショベル、道路工事の機械とは大きさの次元が違います。日本自動車博物館は、小松駅からさらに在来線で一駅の「粟津」近郊にある。約40分の道程を歩いた。地方都市らしく超クルマ社会なので、歩いているのはもちろん拙者だけ。実は此の界隈でツキノワグマが出たそうで、無事に着けたことを神に感謝。瀟洒な外観の博物館トラバントと往時のトヨタ車に注目やはり特別なクルマであることの証拠に、「ベルリンの壁が崩されて急に有名になった車」と注意書きがあった。壁の向こう側の世界が西側メディアに曝け出された直後、東独人民が乗ってゐるトラバントの驚異的な低性能に世界が仰天したのである。インパネに燃料計なし、ライトの上下も運転席から操作不可、こんなクルマを1980年代になってもドイツ人らしい生真面目さで量産してゐたのだ。同年代のトヨタ車を眺めて、同じ時代だったことに改めて驚く。そんなに日本は進んだ国だったのかと。1984年のクラウン~憧れましたよ。デジタルメーターに萌え死にしそうでした。こんなクルマ、もう二度と現れないでしょう。セダンと同じ顔なのにツードア・ハードトップ。後席だって富永愛さんが座れるほどゆったりしてゐる。フェンダーミラーに違和感全くない。トラバントはしょぼかった、でも同年代のトヨタ車はこんなに輝いてゐた、此の見事なコントラストに酔いしれてゐる自分を発見しました。結局「ハイソカー」に憧れてゐた世代なんですよね。ボディカラーはホワイトでも、こんなに恰好良かった訳です。トラバントや最近のクルマと違って。 いつかはクラウン、だから懸命に働いて稼ごう!と云う野心も、時代と共に萎えて行きました。もはやクラウン自体が、自分の思い描いたイメージではないクルマになってしまい、そもそもクルマを持つ必要性とか、そんな大前提も変わっていく。少年の頃に思い描いた憧れの存在は、代替も出来ぬまゝ脳裏の片隅に宿ってゐるのであります。
2024.12.07
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横浜銀行なんて云ってるからバチが当たるのだ。其れはさておき、横浜ファンの皆様におかれては、日本シリーズ進出を心からお祝い申し上げる。一応、拙者も横浜市民になっちゃったし、巨人なんかが出るよりはよっぽどマシ、と思へば其れでいい。下手に横浜に勝って、巨人なんかにコテンパにやられる、なんてことがあれば年内ずっと精神的に立ち直れないだろう。予想通り、阿部監督は怖い存在となった。横浜スタヂアムなんて近所なんですよ。でも今シーズンは一度も行けんかった。なんかね、横浜に来てから一年があっと云う間に過ぎてしまった。色々と忙しなかったのも確かで、阪神戦何時見に行こうかなー消化試合ぐらいでいいか、なんて油断してたら、最後まで全然消化試合にならない。あのとおり大盛況ですよ。凄い戦いやった。なのでチケット取れる訳ない。せめて記念に阪神戦のPVぐらい見に行った。お忍びでね。チアリーダーのお立ち台まで作って、PVとは思えぬ盛り上がりぶりだ。午前中、郵便局行く途中に球場の横を通ったが、始まる何時間も前から球場前は長蛇の列だった。あゝやって何時間も時間を潰してしまう気持ちが分からない。人生は有限なのですぞ!横浜の選手が塁に出ると、ホシーだかソウニャンだか知らんが、マスコットキャラが塁に出て実況。満塁になっても点が入らないところが「横浜らしいなー」と油断してゐたのだが。処でライト側に停まってる妙なクルマはなんやろ。バズーカ砲を搭載してゐて、ボールのやうなものをスタンドにぶちまける儀式がある。横浜ファンの皆さんは、大騒ぎして投げられたボールを取ろうとしてゐる。何かの御利益があるのだろう。阪神の打撃の不振ぶりが痛い。さとてるがフルスイングで当たれば、あのとおりチームもファンも奮起するのだが。逆に「まきしゅーごー!」は絶好調ぢゃないですか。小さい子供さんまで「まきしゅーごー!」と絶叫。選手は幸せ者ですな。我がタイガースの敗色濃厚とあって、此の辺りで撤退。また株下がるなー。球場に入っての愉しみは、色んな歴史的資料なんかを見ることが出来ること。ちょっとした博物館ですよ。今回も面白いものを見つけた。「日本野球選手権試合:横浜シリーズ」のポスター。ヨルの部が八時からって、遅過ぎやろ?
2024.10.28
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大阪から横濱へ帰るのに、わざわざ時間を掛けて近鉄特急に乗る!鉄ヲタの基本中の基本だが、嫁さんを誘いやすくなったのは、特急「ひのとり」のお蔭かも知れない。いよいよ大阪難波駅にて乗車を待つ。やって来たのは阪神電車~台湾のラッピングが美しい!中共の陰湿な嫌がらせに負けるな!と念じて撮影!大阪難波駅は、ターミナル駅なのにホームが三面しか無いから、名鉄名古屋のやうに忙しない。よく是で奈良線と名古屋・伊勢志摩へ行く特急を捌けるもんだなと不思議に思う。車内へ入り、床の高さに驚いた。二階席とまでいかないが、相当な高さだ。買った指定席は一列シート。最前列は取れなかったが、嫁さんは前から二番目に乗ってもらう。バックシェルだからリクライニングも遠慮なく倒せる。珈琲を飲まずして居られるか!もちろん、ひのとりコーヒーを買わないと。デッキに珈琲販売機とお菓子undグッズ販売機がある。コーヒーフレッシュやスティックシュガーは駕籠から適宜取る方式だった。コーヒーは激熱なので要注意だ。しっかり蓋をして、外れないか確認してから席に戻りたい。列車は信じられないほど静粛で「セドリックのV8ターボエンジン」のやうに振動が少ないが、電車なので結構揺れている。蓋の締まりが中途半端だと大惨事に。折り畳み式のテーブルは、座席の横から出て来る。コーヒーは、さすが有料だけあって全日空より遥かに濃くて美味しい。是でゲミュートリッヒと云はずして何であろうか。このまま横濱まで行って欲しいくらいだが三重県に入り、晩夏の田園地帯を進む。やまぶき色の絨毯の中を深紅の矢が進む光景は、さぞかし美しいに相違ない。伊勢中川で山田方面の線路と別れて名古屋線の線路と合流。此処では超低速だ。四日市でコンビナートの煙突が見えて来る。ただし、近鉄四日市はあっさり通過。近鉄名古屋に到着!ちなみに座ったシートは以下のとおりです。リクライニングは電動、日除けのブラインドも電動だ。プレミアムシートはグランクラス並み、レギュラーシートもバックシェルでリクライニング倒し放題だから、ほぼグリーン車並みと云ふのが「ひのとり」の世界観。ひのとりに続いて「アーバンライナー」が到着。新幹線とは勝負にならなかったはずの名阪ノンストップ特急が、アーバンライナーの登場で一気に反撃体制に。六年前、デラックスカーに乗ったが、今やひのとりが凄すぎて一気に陳腐化した感じ。乗り換えの新幹線まで時間があるので、名鉄に乗り換えて熱田神宮を参拝。夕食は名古屋駅できし麺でも食すとしよう。
2024.10.19
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大阪で用事を済ませ、時間があるからと「ひのとり」で名古屋まで行くことになったが、其の前に万博記念公園に行くと云ふ、方向感覚の狂った旅の始まりであります。大雨の為、阪急千里線は運休してゐるから、千里中央経由で行くことにした。御堂筋線に乗るにあたり、あらかじめ「北急車」の時刻を調べてから乗る拙者は既に「頭おかしい人」の範疇に相違ない。千里中央から大阪モノレールに乗り換へ。万博当時、北大阪急行が会場までアクセスしてゐたが、閉幕と同時に廃止されてしまった。長い空白期間を経てモノレールが開通し、記念公園までのアクセスが実現した訳であります。駅ホームから「千里阪急ホテル」が見えた。泊まりたくても空室が無くて予約出来ない。近く再開発で閉館するらしいのだ。万博記念公園駅から太陽の塔がある公園へ向かう。結局、世界は晴れてしまって暑い々々。記念館の展示は面白い。会場の案内係を担当した御婦人の制服が、古臭いのか斬新なのか分からないところが半世紀と云ふ時間の経過を示してゐる。万博当時のマスクが展示されてゐる。材質的に繊細だったそうで、レプリカに交換されてゐるのだ。思へば、是ほどまでに人の記憶に残りやすい像は無いだろう。シルエットだけでも何なのか即分かる。岡本太郎先生は凄い人だ。もう一つの万博アクセス線~阪急千里線阪急千里線が運転再開したので、帰りは山田経由で梅田まで行く。株主優待使えて良かった!新1300系が北千里方面に快走して行くが、此処からちょっと行った処に阪急の万博西口駅があった。阪急も「エキスポ準急」を運転するなどして、万博輸送に活躍したのであります。タイムスリップしてまで見に行きたい!我々が乗ったのは5300系。上手く写せなかった(笑)。阪急を撮影するのは結構難しい。人多い、電車速い、ピカヽヽ光り過ぎ、だから。5300系は、昭和の阪急電車。重たいブラインドがまだ残ってゐた。是を使いこなせてこそ阪急沿線人だったのだが。車齢半世紀経ってもピカヽヽ。年齢を重ねても、逆に深みが出るやうな人間になりたいものだ。まかり間違っても、中共の認知戦ごときに操作されるやうな愚を犯さない程度にね。近く予定される大阪万博一つとっても要注意だ。知らぬ間にネガティブな世論形成が仕組まれ、乗せられてゐる可能性があるからだ。→関連ページ:大阪神戸ロマンチカ
2024.09.29
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所用で大阪入りした。親戚の方々と姫松の喫茶店で談笑した後、本日は梅田で宿泊となる。どうせ泊まるなら、閉館前の新阪急ホテルを選んだのであります。阪神スナックパークで、イタリア人共が発狂すること保障済みの大阪ナポリタンを食べた後、いよいよ新阪急ホテルへ到着!そうか!ホテルの下はバスターミナルになっているのかと、今更気付いた。梅田界隈の複雑さは、もはや迷宮と云えよう。バスターミナルから発着する、世界一美しい空港バス=阪急観光バス。鹿児島在住時代、伊丹空港へ行く際に利用しました。ところで、ホテル閉館後にバスターミナルはどうなるのだろうか?ホテルにてチェックイン。ロビーに飾ってあるのは、宝塚大劇場で使われた緞帳であります。其処が如何にも阪急系のホテルだ。部屋も未だに「鍵」なのが味わい深い。ホテル閉館のお知らせも付いていた。このヘンの意匠が是またクラシック。レトロさをたっぷり味わいながら寝させていただきます。翌日は万博記念公園へ明け方の梅田は集中豪雨であった。フリーwifiがあるから、スマホで「モーツァルト:レクイエム」を聴きながら、今日は何しようかなと思案。六時半に朝のレストランへ。旅行すると野菜不足になるから、サラダ2種類、コーンスープにフルーツポンチ、もう野菜ばっかり選んだ。コーンスープが目が飛び出るほど美味いから、3回おかわりしました。結局晴れてしまいました。だから太陽の塔もこのとおり。阪急京都線・千里線が大雨で不通だと云うから、千里中央経由で到着であります。帰る頃に千里線が動いていた!山田から梅田まで株主優待券を使わせていただきます。ダイヤが多少混乱していたが、無事梅田まで到着!5300系~準急の表示が美しい。通過識別灯の「片目ウインク」もまた関西の私鉄らしくて味がありますな。東京の皆さん、電球が切れてるんじゃ無いですよ。
2024.09.14
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お寺さんでお盆の恒例行事があるので、横濱から汽車を乗り継いで大阪入りした。喜連瓜破でお墓参りを済ませてから堺のお寺さんへ向かうのだが、法要の開始まで時間が相当ある。谷町線阿倍野駅で降りて、阿倍野ベルタへ入り掛けた処にレトロな喫茶店があったので、其処で一服。まるで時間が止まったやうな「ハットケーキ」を食べる。此処から懐古趣味炸裂な一日の始まりであります。此処から堺までは、阿倍野電停から阪堺電車に乗ればよい。やって来た電車は何と昭和32年製!帝国車両の製造であります。電車は住吉さんの横を通り抜け、古びた住宅街の中をのんびり走ってゆきます。大和川に架かる橋を通過。阪堺電車で此処まで下ったのは初めてであります。まるで絵画のやうな光景。妙国寺前で下車~晩夏の太陽が容赦なく照りつける。新旧の融合が愉しいそして法要も無事終わり、親戚の方々と姫松電停前の喫茶店で一服することになった。拙者は子供時代の僅かな記憶を辿ってみる。此の店は、祖父と何回か行ったことがあるのだ。店内に中2階の客席がある変わった構造だったから覚えていた。約四十数年ぶりの来店であります。建物の外観こそレトロだが、時代が進んだ一面もある。四十年でケーキも進化したのだろう!ピスタチオのケーキは、全く初めて食べる味だ。コーヒーカップのデザインも話題となった。サマーブレンドとのことだが、何だか紅茶のやうな風味。此処でしか味わえない経験をさせていただきました!姫松交差点で解散後、我々は再び阪堺電車に乗って、まずは天王寺へ。御堂筋線・四つ橋線と乗り継いで、西梅田から阪神百貨店に入った。夕食は、最新式のフードコート「阪神百貨店スナックパーク」で、超レトロな「大阪ナポリタン」であります。溶岩並みの熱々プレートが、パスタに程よい具合に焦げ目をつける。魚肉ソーセージも付いて、まさに昭和感爆発の一皿。伊太利人が卒倒すること間違いなしだ。さて、本日は新阪急ホテルで一泊の予定だが、閉館まで秒読みとなり、もはや旧阪急ホテル。寝る間際までレトロな大阪を愉しむとしよう。
2024.09.08
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伊勢佐木にある喫茶店で、ボストンクリームパイなるものを食した。文字通りアメリカのボストンで生まれたお菓子で、繊細な模様が素晴らしい。ヤンキー共が、いちゝゝこんな細かい装飾に凝るとは意外である。此処でふと思い出したのは、人間は何故に足が入らないやうな後部座席を作るのかと云ふこと。伊勢佐木から数キロの処にある日産自動車のギャラリーを見て、暫し考え込んでしまった。日産シルビアの後部座席は、富永愛さんでなくても座るのは無理である。がんばれ台湾!さて、日産自動車のギャラリーからさらに数百米の処にある地下街に、台湾飯店がある。中共の陰湿な嫌がらせに耐え忍んでゐる台湾を応援するためには、かうした店を利用したくなる。初めて台湾カステラ(グゥ ザァオ ウェイ ダン ガァオ、と読むらしい)なるものを食した。長崎のカステラと食感が大きく異なり、本当に台所用スポンジみたい。飲み物は鉄観音~まるでビールのやう。なんで泡を立てられるのか不思議で不思議で考え込んじゃう。でもやっぱり不思議なのは、座れないほど狭い後席。昔乗ってた軽自動車(ラパン)だって、富永愛さんが座れるぐらいの広さがあったのであります。アパホテルのカレーは不思議に美味い所用で相模原(富永愛さんの故郷)へ行ったときのこと。サンマルクカフェで一際目を引いたのがアパホテルの社長さん。例のカレーを詰めた訳ですね。さう云へば、アパホテルを使わなくなりました。狭いけど安いから良いかと利用してゐたが、近頃インバウンド需要の性で値上がりが著しい。今夏、お寺さんの法要で帰阪する予定だが、どうせお金出すなら新阪急ホテルにしようか?と云ふことになってしまう。いろゝゝ税金のこととか調べてたら、不思議なことが分かった。例の「狭い後席」の件!後席が無いスポーツカーだと税金が高くなる国がある、あるいは会社の経費で落とせない国がある、だから「座れなくても知ったこっちゃない」レベルの後席を装備するらしい。明らかに営業車ではないのに、経費で落とそうと云ふセコい連中の為にやってる訳だ。思へば、後席でも富永愛さんが座れるぐらいの余裕があった初代ソアラなんか、シビレるやうな凄いクルマだったな。→トヨタ博物館にありました!続いて相模原駅で久々ヴィドフランスに立ち寄った。久々なので、ついゝゝ何種類も食べちゃう。国電でテクヽヽ横濱まで戻り、再び日産ギャラリーを覗いて思わず絶叫しそうに。日産プレーリー!しかも三列シート!足が全く入らない三列目をわざわざ作る必要があったのか?税金関係ないよね?此のクルマ、足が入らない謎の三列目シートの本家かも知れない。
2024.09.01
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