2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
全36件 (36件中 1-36件目)
1
今にして思えば高校を卒業した私がいきなり紺色の事務服を着る仕事に就いて、おおよそ赤とは全く無縁になってしまったし、淡路島と大阪では滅多に帰ることもなくなったからなのかどうか、旅行に行ったからとお土産に父が買ってくれたのは、真っ赤な財布。私自身は梅田で買ったスヌーピーの刺繍入りのデニムの札入れがお気に入りだった。何故かそれも紺系統の色だったなぁ。 大阪から淡路島へ戻って、淡路島では自転車代わりとも言うべき車を購入することになった。父は近くの自動車整備工場勤務だったから、そういう手はずは速かった。車種はスズキのアルト。色は勿論『赤』運転免許取りたての私にはオートマチック車限定みたいな感じで、マニュアル車などとても用事がない。左足なんて、クラッチペダルを踏むより、電子オルガンのベース音を踏む方がむしろ慣れていたくらいで、クラッチペダルなんて恐ろしい。 結婚が決まり、また登場したのはやはりスズキのLEPO。これもアルトの機種のうちなのかな?で、やはり色は『赤』。 ある日車を買い替えることになり、購入したのは今度はホンダのライフ・メヌエット。今じゃCDなんて古臭いけど、あの頃はCDが聴ければ十分だった。メヌエットと言う名前も可愛い。夫が何もかも手続きをしてくれ、届いた車の色は何と『白』(正式には何と言う色なのか。。。?)これには父も異様な顔をしていた。とてもガッカリしているみたいな。父自身はずうっとシルバーグレーの日産サニー専門みたいに乗り潰していた。でも、一人娘の私には『赤』い車に乗って欲しかったのかなぁ。 父は優良運転手で、事故など起こす方がおかしい!と常々熱っぽく語っていた。勤務先では保険関係の仕事をしていたから事故の怖さは普通の人よりも知っている。でも、その運転には自信たっぷりだった父も最期にはとんでもない事故を。慌ててアクセルとブレーキを間違えたらしい。損傷の度合いは見ていないのでわからない。いつも心安くしていただいている車屋さんに頼んで即刻廃車手続きと代車を購入してしまったから。でも、怪我が無かったのが不思議なくらい。 被害の車は軽トラック。軽トラックの一番堅い部分と乗用車だから見るも無惨な姿になったらしい。 結局、父はその後1年で他界してしまったけど、肺を患うということは呼吸がまともに出来ないわけで、一時的に脳にも酸素不足が生じての事故だったのだろか。 実家は一応農家ではあるけれど、軽トラックというものは所有していない。父はいつも日産サニーで通勤していたし、田圃に行くといっても歩いて行ける距離で移動には自転車を使うことはあっても、車は不要だった。農作物を運ぶのは淡路島特産(?)の農民車を使っていた。そして、代車は今孫が乗っている。やはり『シルバーグレー』を選んだようだ。 赤い色って、老夫婦の暮らしには関係が無い色だっただろうから、せめてもうちょっと父の目を楽しませる工夫をすれば良かったのかなぁ。相変わらずこの時期になると、紺色の事務服が重宝してしまう私。私には紺ですよ、紺!
2007.10.31
コメント(17)

お父様が定年を前に仕込んだというお酒。杜氏として頑張っていらっしゃったお父様はどんな思いでこのお酒を仕込まれたのでしょう。モンドセレクション金賞酒のラベルが輝いていました。 結婚式は10月28日。このお酒が出来上がる頃を待ってのことだったでしょうか。その辺の事情はわかりませんが、何かの事情で結婚式がのびのびになっていたと、披露宴会場で席を埋めた夫が話してくれた。 我が家の近くにも酒蔵があり、そろそろ杜氏さんたちの出番の準備が始まるらしい。だから、土・日休みだったのが、11月の新米が入る時期から土曜もフル創業になると聞いたことがある。今日仕込んで明日。というような品物ではないから、結果が出るまで半年以上かかってしまう。 そう思うと、稲でも玉葱でも種撒きから考えると実質半年はかかってしまう。丹精込めて。という言葉もこんなところからきている気がする。 さて、そのお酒をもう召し上がった方がいらっしゃったとかで、とても美味しいそうな。我が家はまだ鎮座ましましておりますが、お正月みたいな晴れの日に頂こうかな、それとも17年間持った私たち夫婦の記念日にいただこうかな♪ お酒は百薬の長と言いますが、過ぎては毒になりますね。適度に酔いを醒ましながらたしなむ。月はもう満月を過ぎてしまいましたが、折角の美味しいお酒なんだから嬉しい日に封を切りたい。 秋田から、淡路島とはまるで違う環境で育てた娘を嫁に出す父親の思いやいかに。。。
2007.10.30
コメント(6)
母が言うには、ディルームにあるテレビで、どうやら私たちが10月7日に歌ったステージ『じょいふるこんさーと』の様子をケーブルテレビが流しているらしい。で、私が歌っていたのを見つけて、ああ、やっぱり。母には歌を「聴いた」ではなく、歌っている私を「観た」ということになるんだろう。まぁ、母にはその程度にしかわからないだろうなぁ。 バイト先でも何人かの人に声をかけられた。淡路島での2005年の『第九』の様子を綴った冊子を持ち込んでいわば見せびらかし状態だったし、今回の「じょいふるこんさーと」のチラシもチケットも持ち込んで何人かの人に渡しておいたから。 でも、実際会場でお姿を見つけたときは本当に嬉しかった。PTAが関係なく、私が歌うことを知っていても聴きに来てくださる。なんて人は本当に居なかったから。ただ、「地元の方の」コーラスグループのメンバーも来てくださったらしいと聞いたけど。 夫にまで同僚さんから声がかかるらしい。「いつも写ってる」そりゃそうでしょう。同じパターンのが流れるのだから。でも、そうやって応援してくださるというのが本当に有り難い。出来れば一緒に。。。あの私がマイクを向けさせていただいたとき、気持ち良さそうに歌っていらっしゃった方は今頃どうしているのかなぁ。 ずうっと引っ張って行ってくださる立場だったご夫妻が突然辞めることになり、肝心のベースパートが。。。と、こんなことは私が心配することではないけれど。 毎週金曜日なんですが、皆さんも一緒に歌いませんか~?
2007.10.29
コメント(2)

実は昨日から行われていた図書館市民祭り。午前中、お花を教えてくださっている先生が主になって“ユニット折り紙”の教室が開かれると聞いてはいたけど、昨日行けなかった父の墓参のことも気になるし、というわけでお墓へ行ってひとりきり草抜きに専念し、その後母を見舞って戻り、洗濯物を干したらすっかりお昼に。会場へ着いたらもう午後1時を回っていた。先生の姿はどこにもない。そりゃそうだ。午前10時から教室が開かれることになっていたのだから。 先生にお逢いするのはあきらめて、展示物を。私には興味のあった“華道七流派展示”というコーナーも見学することができたし、“ラタンの魅せどころ”では籐でこんなものまで?と驚かされる。また必死に頑張っていらっしゃる“淡路島の自然を愛する会”の皆さん、“趣味の水墨画”などなど。 昨日が撃沈状態だったので今日のお天気には本当にラッキーだった。今日も雨だったらもしかしたら、三原文化芸能際のスタッフ打ち合わせ会に顔を出せたら良い方だったかも。 皆さんにはすっかりご心配をおかけしてしまいましたが、今回は何とか軽く済んだようです。今日のお天気は本当に私にはラッキーでした。 病は気から。と言いますが、落ち込んでなどいられない青空。それが私には有難かったです。 と、油断禁物ですね。もうそろそろ水平になります。
2007.10.28
コメント(4)

開演が午後4時ということで、午後1時半から始まる『NECシニアITサポーター養成講座』準備会の途中まで顔を出して、それから会場へ向かう予定だったのに、前夜余りにも良い気分になって、ちょっと身体が火照ったかな?とそのまま横になったのがいけなかった。朝、起きられない。胸が悪くて食べるどころの騒ぎではない。洗濯は洗濯機がやってくれるのに、干すに干せない有様。 本当は父の月命日だから午前中に先ずお墓へ行って、それから母を見舞って間に合いそうな高速バスに乗り込む予定だった。ところが、仕事だという夫を送り出したらバッタンキュー。雨模様の寒い一日だったから、そのこともあったし、夜中急激に寒さに襲われたと思ったら無理も無い。パジャマを引っ掛けていたのは上だけ。そんな姿で横になっていたのだから、風邪を呼び込むのは当り前。 焦るばかり。でもちょっと動けば吐き気に襲われ、どうにもならない。金曜日の夜用にと煮込んでおいたのを夫は気付かず箸もつけていなかったから、夫にはそれで済ませてもらうことにして、私はお風呂の後、そのまま布団に潜り込んだ。 二日酔いと風邪。どちらが重い症状なのかわからないけど、風邪だって頭痛には襲われるし、お腹にも来るだろうなぁ。どっちかわからないけど、何も食べてないので薬も飲めず。寝たら少しは楽になることを期待して。。。
2007.10.27
コメント(12)
歩道と車道の区別が無い道路を歩いている小学生たちが交通事故の被害に遭わないかと心配でたまらない。大きな傘を広げて、小さい身体が風に煽られそうな感じ。横断歩道で待っていても車は止まってくれない。。。 教習所では横断者最優先と習ったのに、まるで走る車が最優先!みたいな。また、傘などは視野を遮ってしまうから、本当に注意が必要だと思う。今遠くに居たと思った車がもう目の前を横切るのだから。 通勤時間帯などは1分1秒を争うみたいな勢いで車が走っている。信号が赤に変わってからも無理矢理交差点を突っ切ろうとする。家を10分早く出ればそんなに慌てることはないのに。だって、途中で何が起こるかわからないのに。 新しい道路では歩道の設置が義務付けられているようで、これは歩行者にとっては有り難いと思う。でも、既存の道路は大抵が車の対面通行がギリギリの幅で、危なくて歩いていられない。せめて歩行者が居る場合、徐行するなり、歩行者の安全が確保できるまで止まるなりすれば良いのになぁ。 危ないのはバイク。50ccの場合、制限速度が30k/hのはずなのに、結構スピードを出している。50k/hで走っていたら追い越されてしまいそうな勢い。しかも今日は雨。路面が滑り易いのは経験で存じていらっしゃると思うけど、やはり普段よりはスピードを落として走らないと。 あら、突然の雷鳴。今から出勤だというのに。。。皆様、雨の日の通行にはどうぞお気をつけください。今日も無事故で家族に笑顔を届けましょうよ!
2007.10.26
コメント(8)

雲龍柳と言われても最初はわからなかった。お正月に金箔を塗ったような感じのを使ったことがあるけど、まるでそんな感じ。葉が付いていないけど、枝ぶりを生かしてそれなりに豪快に入れてみようということで直体の体芯Aの型に。花材は雲龍柳、アンスリウム、アレカヤシ、ソリダスター。どちらかというと自由花っぽい感じに。体、用、留に雲龍柳、中間添えにアンスリウム。今日の色も変わった色だった。最近、真っ赤じゃなく、こういう色が多くなっている気がする。アンスリウムの間にアレカヤシを入れ、更に短い部分を奥に入れて奥行きを出す。そりソリダスターに高低をつけながらバランス良く入れる。お決まりの花器ギリギリ手前にも入れて締める。 雲龍柳の枝ぶりそのもので、一体どれを体に、用に、留に。と悩みながら最初は垂体もしくは斜体ぎみに入れていたのを、最後にこれを体にしようと入れたので直体ということに。枝ぶりの妙を生かすということで、それでいて基本には忠実に。ということだったけど、家で入れてみるとやはり自分流になってしまう。前にも思いっきり遊んでいる感じにボリュームがあり、本当に豪快な花になってしまった。アンスリウムがもう数本あればまた違った感じになりそうな。
2007.10.25
コメント(2)
昨日、バイト先で電気代の話題になって、床暖房なんてどうなんだろう?ということになった。で、私が一言、ダニなんかわかないのかなぁ?と。疑問は膨らむばかり。そしたら24日付け地元紙のくらし欄にこんな記事が。繁殖場所から取り除く ともある。そのまま引用させていただきます。 『過ごし易い季節を向かえ、掃除で気を付けたいのがダニ。繁殖のピークを終えて秋に大量にたまったふんや死骸(しがい)は、ぜんそくやアトピー性皮膚炎などアレルギー性疾患を引き起こすアレルゲンとなる。ダニを取り除く効果的な掃除方法をプロに教えてもらった。 ダスキン(大阪市)によると、ダニが好む環境は、温度が20~30度、湿度が60~80%。えさは、ふけ、食べかす、カビ、ほこり。繁殖しやすい場所はカーペット、寝具、布製ソファ、ぬいぐるみ。 ダニは梅雨時に大量に発生して2~3ヵ月で寿命を向かえ、秋はふんや死骸で一杯となる。これらを除去すると同時に、室内を繁殖しにくい状態にすることが大切だ。 布団は寝ている間、人の体温で温度は25~28度、汗のために湿度は65~85%にも上がり、えさであるふけ、あか、皮脂は布団の中綿に蓄積される。乾す際は、布団たたきで強くたたくのは禁物。ダニのふんや死骸が細かく砕かれて広がってしまうので、軽く手ではたき、掃除機でゆっくり吸い取る。ただし布団の表面は半分弱しか除去できない。 このため、ダニによる汚れをしっかり落とすには水洗いが効果的。特に中綿のダニは掃除機でほとんど取れないので、年に一度クリーニング店などで丸洗いに出すのがよい。 部屋の掃除はフローリングの場合、ダニ、花粉などを吸着する専用モップなどで取り除いた後、掃除機をかける。畳は目に沿って、一畳当たり30秒以上をかけて丁寧に。カーペットは、パイル(毛足)の内側に沢山のほこりが隠れ、ダニが最も繁殖しやすい場所。掃除機の細いノズルを使って一畳当たり5分以上かけ、パイルのおくまで吸い取る。 ダニ、カビの繁殖を抑えるには、部屋の湿度を下げたり、換気をこまめにすることも効果的だ。洗濯物を室内で干さないようにし、湿度計を使って管理するといい。台所を使っているときは必ず換気し、冷暖房時は1時間に5分を目安に窓を開放する。換気扇の小窓や吸排気口は締め切ったり、家具でふさがないようにする。 ダスキン暮らしの快適化生活研究所の越智佳世さんは「ほこりは、人間がいると空中に舞い上がり、ゆっくりと床に下りてくる。効率よく掃除するには、ほこりが積もっている朝方に行うとよい。また毎朝1回モップをかけるだけで、週1回の掃除に比べ、アレルゲンは10数分の1に減ります」と助言する。』 実際、洗濯物などは洗濯機のスイッチを入れるだけである時間経てば終わってしまう。掃除の場合はこうは行かない。こまめに掃除しないとダニははびこるばかり。近眼の私には目には見え難いけど、拡大されたら目をふさぎたくなるような光景かも知れない。 余り綺麗好きになり過ぎても抵抗力が無くなる?確かに、埃では死なないだろうけど、来年の夏にダニだらけにならないためにも、今のうちにせっせと埃取りに専念しなければ。
2007.10.25
コメント(2)

面白いナンバーが出ると何故か気分が華やぐから不思議。 半年前は体調不良でPCも開けられない毎日だった。当然母を見舞うことすら出来ない日があって、入院中の母には随分心配をかけてしまった。 一杯不安を抱えたままの就職。一体どうなることやらと思いつつも何とか続いている。シフトの関係で母を見舞うのは午前中だったり、仕事帰りだったり。 母の再手術が決まったのは就職を決めてからだった。面接は終えたし、初出勤の日も決まった。もう引き返すことはできない。しかも手術は私が午後3時からの日と重なってしまった。 今、母はお手洗いへ行く以外の移動には松葉杖を利用している。目が怪しいから手探り状態だとどうしても車椅子の方が移動は楽なようだ。 実際に車椅子に乗ってみる経験をしたのは、当時の南淡町で行われたコミュニティーカレッジのうちの一つ、福祉講座だった。夜の街を実際に車椅子に乗って移動してみる。というもの。勿論、視覚障害者のための点字ブロックも車椅子では初体験。歩道と車道との段差。段差のある部分を一人で移動するのは至難の業だった。 ところが、母はというといとも簡単に切り返し、バックでスイッと病室を出てしまう。これには正直驚いた。だから松葉杖よりもついつい車椅子で。ということになるのかも。 実際、退院できるのは何時になるかまるでわからない。7月に手術した時点で、一からやり直しのつもりではあったけど、長くて4ヵ月。と思っていたらアッという間に術後丸3ヵ月を過ぎてしまった。一体いつになったら自宅へ戻れるのだろう。その反面、病院に居る方が安全だったりするのかも。なんて思ってしまう。まぁ、母が病院に居る間、毎日とは言わないけどお墓参りにも行かなきゃ。でも、実家と病院では病院の方が遥かに近い感じがするのは最近東へ移動することの方が多くなったせいかな?実際はどうなんだろう。一応は同じ市内というくくりになってしまう、それが残念。 体調を崩していたときのことを思うと、今の方が充実している。まだまだ訪れてくださった人のところへも完全にはお礼に行けない状態だけど、管理人だけが楽しむ。。。それもアリかな?
2007.10.24
コメント(2)
珍しく地元紙からの引用です。この、「地元紙」と表記するのがいけないのかどうか、私にはわかりません。著作権のことについても、一体どのようにすれば良いのかわかりません。ただ、新聞を読んで、ハッと思った記事を是非皆さんにも知って欲しいという思いで引用させていただいています。 21日付け地元紙の総合欄。『人』という欄があって、梨田昌孝氏のことを紹介していました。一時NHKでしか顔を拝見できなかった時期もありますが、まだまだ大活躍の梨田さん。これからも是非!という思いを込めて、そのまま引用させていただきます。 『監督就任会見の前に深々と一例した。穏やかな笑みを絶やすことなく、やさしく話す姿は柔和な人柄を物語る。「野球にミスはつきもの。みんなで助け合っていきたい」。「和」を重んじる人ならではの言葉だ。 自分のことを「古里をなくした男」と言う。これまでは近鉄一筋だった。現役生活は17年間。強肩を武器に1年目から頭角を現し、両腕をクネクネと動かす「コンニャク打法」で人気を集めた。2000年に監督に就任。翌年、前年の最下位からリーグ優勝へ導いたが、04年にオリックスとの合併で球団が消滅し「がくぜんとした」。懸命に愛情を注いだチームを失うとともに、現場のトップとして、多くのファンを失望させたことを嘆いた。 この3年間は野球解説者として米大リーグも視察。再びユニホームに袖を通す日を夢見て、力を蓄えてきた。その思いがかない「静かな時が流れていたのが、大きな鼓動に変わった」。 北の大地での新たなスタート。「北海道民とともに歩んで、みんなでチームをつくっていきたい」と意気込む。また「梨田相談室など、いろいろやってみたい」と早くもサービス精神をアピールした。 悩みは試着したユニホームがきつめだったこと。大の左党で、この充電期間で飲みすぎたのか。「ユニホームは格好いいが、後は自分の体型を見やすいものにしないと」と笑った。家族は友人と一男一女。北海道では単身赴任生活を送る予定。島根県出身。54歳。』 単身赴任では尚更お酒の量が気になるけど、監督さんなんだからほどほどに。でも、ストレスが溜まるとやはりお酒に。なんてことになるのかな。 『信じられな~い』から『信じていました』だったかな?ここは是非とも日本一になって欲しい。北海道の寒さは予想もできないけど、美味しいものう~んと食べて体力つけて頑張って欲しい。
2007.10.23
コメント(2)
今日と明日の2日間開催されるというジュエリー展を覗いてみた。懐かしい顔が一杯。ずうっとどうしていらっしゃるか気になっていた人に偶然お逢いすることができた。相手のかたは私のことを覚えてはいらっしゃらなかったみたいだけど、私は直ぐにわかって、とても懐かしかった♪だって、高校を卒業して以来なんだもの。 以前勤めていた印刷屋さんでいつも差し向かいで仕事していた人の前の職場へお嫁に行ったらしいことは、実はその差し向かいで仕事していた人から伺った話。とおっても綺麗なお嫁さん。と話してくださったし、ピアノが上手だということもお聞きして、一度はお目にかかりたいと思っていたけど、建設業とは全く関係なしの私がそんなに簡単にお逢いする機会を持てるわけがない。と思っていただけに本当に嬉しかった。 懐かしい顔、このお店でしかお逢いできない顔。。。それでも思わず話がはずんでしまうのはオーナーさんのお人柄だったりもするのかな。 人が人を呼ぶというけど、その通りなんだと思う。宝石なんてそうそう買えるものじゃない。でも、珍しいのが入ったからと声をかけてくださると、やはり足を運んでしまう。しかも三宮から来られたというネイルアートの専門家さん。気持ち良く手のマッサージをしてくださった。で、淡路島は初めてと仰るので、印象を尋ねてみたら、「田舎とおんなじ!」と。で、田舎は?と尋ねると「宮崎!」で知事さんの話で盛り上がってしまった。オマケに私がお母様と似ているらしい。エッ?もしかしたら私たち親子? というわけで、たま~にはこんな目の保養も。うん百万のダイヤなんてとても手が出せませんが。まぁ、雑誌でも評判になったというデザイナーさんが淡路島へやってくるだけでも凄いのにな。
2007.10.21
コメント(6)
結構きついものがある。午前7時前には家を出たいと思うと、できることなら午前5時半には布団を離れていたかった。ところが目が覚めたらもううっすらと明るくなりかけている。エッ?と急いで飛び起きる。午前6時には5分ほど時間があるけど思い切って洗濯機を回すことに。 昨夜は「楽しい方の」コーラスグループの練習があって、午後7時までのシフトでそのまま練習会場へ行ったから、干しておいた洗濯物を取り込むことができなかった。なので先ず昨日干した分を乾燥機へ放り込む。ところが、母の分の洗濯物が乾燥機を占領したまんま。20分タイマーをセットしてスイッチオン。 昨夜干したのもやはりそのままではたためそうにない。母の分の乾燥が終わったらそれも20分タイマーをセット。洗った物はせめて干してから出勤したい。なので食べながらの並行作業に。 昨日の雨はすっかり止んだけど、雲行きが何やら怪しい。でも、コレってもしかしたら冬の雲?確かに北からの風は本当に冷たい。寒いところでは雪というのも頷ける。カッターシャツの上へ1枚。雨になっても大丈夫なように、ヤッケを羽織っていて正解だった。 影と日向ではまるで気温が違う。しかも坂道の周りは高い土手のようになっていて、吹き降ろしの風が驚くほど冷たい。これからもっと寒くなるというのに今からこれではどうなるんだろう。。。?
2007.10.20
コメント(6)
まるで気温が違う。部屋の中に居る分にはそうでもないのに、戸外だと歴然としている。カッターシャツ1枚では少し肌寒い。こんなときは薄手のインナーでカバーするしかないかな?肩が出ている、出ていないで体感温度も随分変わってくるから不思議。 雨だから雨よけ代わりの薄手のジャンパーを引っ張り出してみた。職場では厚手のエプロンですっぽりお腹を隠しているので、通勤中はこれで十分かな? たった一つの楽しみは、山々にかかる霧の綺麗なこと。まるで墨絵の世界。見とれているとハンドルを切り損ねてしまいそうなのでここはご用心。 今日は午後1時からのシフトだから間もなく出勤。先ほど母を見舞ったときは行きも帰りも結構雨脚が強くて運転にも力が入ってしまったけど、さて今夜は。。。?昨夜に引き続き実は「楽しい方の」コーラスグループの練習。「じょいふるこんさーと」があった週は練習が休みだったから、今度はどんな曲が登場するんだろう♪ 昨夜の「地元の方の」コーラスの練習では、風邪のため休み。というかたが何人か。で、私も怪しくなってきたので風邪薬を飲んでみた。3錠のところを2錠だけ。今からハンドルを握らなければならないし、その後は椅子に座りっぱなしになるのだからこれもご用心、ご用心。 昨日買った豚肉を加えて加熱すれば良いように鍋を用意して、夫は今夜も一人晩御飯。今夜は良いけど、明日の朝の方が私には心配。朝7時前には家を出なきゃならない。 秋の長雨の季節というのは一体いつ頃のことを言うのか、今年の残暑が余りにも厳しかったので、雨続きのために農作業が出来ない。ということは無かったけど、雨の前に慌しく稲の刈り取り作業を済ませてしまおうとして、結局ぬかるんだ田圃で夫は四苦八苦しつつコンバインを作動させていたようだ。 雨が無ければ農作物も育たない。でも、雨ばかりだとこれも農作業にならない。。。一番勝手なこと言ってるのはやはり人間なのかなぁ。。。?この雨の後は、予想では最高気温が25℃なんて日もありそうで、11月と9月を行ったりきたり。ちょっとなぁ、体調管理が難し過ぎる。
2007.10.19
コメント(4)
そのスーパーが開店したのはいつだっただろう?夫は何度も足を運んでいるのに、私自身全く一人で入って自分のお財布からお金を出して買うのは全く初めてだった。夕食の献立は決めていたので野菜を主に買い込むことに。 ランチを一緒に。ということで本当はフードコートで友人と待ち合わせたけど、少しだけ時間がありそうだったので、一回りしてみることにした。 ハクサイ4分の1カットが何と50円。ついつい手が伸びてしまう。そうなれば後はお肉とか鍋に加える材料が欲しくなる。温度管理が必要なものはランチが済んでから買うことにして、例えばきゅうり1本だと割り高になると思いつつ、3本買ってしまうと調理に困るので、1本だけ。 大人が二人の食卓だから余分な物は買えない。しかも調理可能な日とそうでない日があるから冷凍保存可能な物ということになる。 入っていきなり女性下着などのコーナーがあったり、Gパン1000円!などと書いてあるコーナーがあって、実は目指す食品売り場がどこにあるのやら。入り口を間違えたかな?でも、総合レジは入り口近くにあったのになぁ。 やはり、買い慣れたスーパーが良い。何がどこにあるか直ぐにわかるし、ばら売りのが欲しければ目の前に八百屋さんがあるし、お肉はお肉屋さんが入っている。おでんの材料だって揃う。。。 フードコートのみが時間制限無しで楽しめるスポットかな?コーヒー1杯150円でお喋りし放題なんだから♪これがいつもだと日替わりランチにドリンク付で500円なのに、今日は限定品のみの受付。しかもドリンクは勿論別料金。まぁ、たまにはこんなことがあっても良いのかな?ドリンクを別にしても1000円までで済んだのだから。
2007.10.18
コメント(2)
毎年、この頃には一体何を着ていたんだろうと悩んでしまう。本当はカッターシャツの上からベストを着たい。お腹を隠したいのにまだまだベストじゃ暑い。10月の今日は18日だというのに、国道を走ってると行きも帰りもお日様がまとも。どうかすると暑いぐらい。 日向と日陰では気温がこんなにも違うのかと驚いてしまう。だから“日向ぼこ”という言葉も生まれたのだろう。でも、これって完全に冬になってからがふさわしく、まだまだ暑くてやってられない。 今年になって急にこんなに暑くなってしまったのか、それとも徐々に季節がおかしくなり始めたのか。。。少しだけ色づき始めた葉を見つけると少しは安心したりもする。 確かに、暖かいのは凌ぎ易くて良いけれど、冬野菜にはたまったものではない。虫がわいて葉はボロボロにされてしまう。妙に湿気があるとカビたりするし、お天気相手の農業は毎年一年生というのが納得できる。
2007.10.18
コメント(4)

稲を刈った後、籾は乾燥機へ入れられ、乾燥が終わると籾摺り作業。そのために私たちが結婚後に大きな大きな倉庫を建てた。米のシーズンになるまでは玉葱が保管されていたりする。で、私がこの倉庫へ入るのは料理に使う玉葱を失敬するときだけ。今は倉庫に米が入っているため表からは入れず、裏に回ってみて見つけたのが、何と!ジュランタ・タカラヅカ 一体いつから?と私には初めての発見に驚いたし、隣家では既に終わりかけなのに、まだまだ元気に咲いているのが嬉しくて。 元々、配食サービスの仕事をしていたときにとあるお宅で見つけて、何という花なんだろう?と不思議だったのを先日宝塚へご一緒だった方が教えてくださったのがあれは何年前になるだろう。その後、叔母の家にも咲いているのを見つけて感動したのに、こんな身近なところに咲いていただなんて。。。 色は私が大好きな色♪一つだけだと気がつかない大きさなのに、花が一杯ついていると本当に豪華な雰囲気。 名前の由来も、どうやら宝塚には縁があると、確かその方に聞いた気がする。
2007.10.17
コメント(6)

ずうっと「ミュージカルキャッツ」観劇で買った黒の半袖Tシャツで寝ていた私。数日前に毛布を用意して、今は夫が買ってくれたこの長袖パジャマを愛用している。それでも今朝はかなり冷え込んだ感じ。その分昼間は暑いくらいになりそうな。北に面した窓際にPCを置いているもので、窓には遮光カーテンを引いている。台所の東側に面した窓からは朝日が降り注いでいるからこの部屋と台所では少し違う。“お”がついて“様”が付けられるお日様って本当に凄いと思う。このお日様が無きゃ野菜だって育たない。勿論洗濯物だって乾かない。。。 ただ、心配なのはオゾンホールの破壊が進んでいるのか、紫外線がやたらときつい気がすること。この時期車を走らせていても、時折エアコンのスイッチに手が伸びたりする。まぁ、これが小春日和というのかな?って、もうちょっと先だったような。 今年は何とか桜の葉っぱも木に残ってるから、間もなく開花。なんて桜は無いと思うけど、鍋物が恋しくなっても葉物野菜などは却って栽培が難しいとのこと。寒いときにはやはり寒くならなきゃ育たないらしい。 つくづく、人が凌ぎ易い温度というのはご用心、ご用心なわけだ。と思ってしまう。原油価格高騰でそのまま灯油の値段にも跳ね上がってしまう。ってことはやはり早寝、早起きで対応するしか無いのかな?
2007.10.17
コメント(2)

確か昨年は私が知っている栄養士さんが奮闘していたイベントな気がする。業務用食材などの総合展示会というとまた違うかも知れないけど、業務用としてもまた非常用食材として備蓄しておけるのが利点だと思う。 会場へ着いた時点で、終了40分ほど前だっただろうか。それでも各ブースで熱心に説明してくださる。牛乳を加えるだけで簡単にムースが出来るのは夏場のおやつ作りに重宝しそうだ。 噛むことが難しくなると、刻み食にしたり、もっと酷くなるとミキサー食にしたりするけど、こうなってしまうとまるで何が何だかわからない。見た目も大事だということで、噛むことにそんなに不自由ではないのに、食材の形がそのまま。という調理済み食材がいくつか並べられていて驚いた。ちゃんと一人用に利用できる量のも揃っている。刻み食とは違い、ちゃんと何という野菜なのかもわかるし、形が残っているから見た目だけでも食欲をそそられそうな。 実は会場の片隅にカラオケセットのブースが設けられているのには驚いた。環境ということで、生活空間を演出する大事な道具だということかな?それともBGM? あとは勿論業務用の冷蔵庫があったり、どうして車屋さんが?と思ったらやはり業務用の車の販売コーナーまであった。 特別養護老人ホーム厨房での見習いに続いて配食サービスの職に就いていたときは何とも思わなかったけど、実に便利な食材があるもの。と感心させられた。こういうのを個人の家庭でも上手に利用すれば、経済的にも助かる? ただ、実際に試食してみた若布ご飯と、蕎麦の付け汁。私には少し塩分多目な気がしたけど、保存ということを考えるとこれも仕方がないのかな? お世話してくださった会場の皆さん、本当にお疲れ様でした!
2007.10.16
コメント(2)
先週は土・日がお休みで「じょいふるこんさーと」に始終してしまい、間で10日(水)が休みだったのを午後から神戸へ。なものでちょっと出かけることが続き、家でゆっくりしていないものだから少しバテ気味。しかも気温の変化で怪しい人も出始め、その影響が出なきゃ良いけど。と少し不安。 明日は午前9時からのシフトなものでこの辺で身体を横たえないと怪しい。 長袖カッターシャツ姿だと暑いのか寒いのかわからなくなってしまう。男性は殆どが半袖ポロシャツのまんま。動き回られるから半袖で十分だったりするのかなぁ。 晴れる日、曇りがちの日でこんなにも気温が違うなんて、本当に少しのことで体調を崩してしまいそうな。睡眠は十分に取らないと。。。ということで、今夜はこの辺で。
2007.10.14
コメント(6)

三宮に着いて先ず目指すは元町にあるデパート。10日には生け込み風景を堪能させていただき、13日は出来上がった作品を。どれもこれも圧倒されるばかり。。。 このデパートの周りはいかにも神戸という雰囲気が漂っている。木立に囲まれた部分あり、オープンカフェあり。で見ているだけでも楽しい。 師匠は結局、メリケンパーク会場でのみの出瓶ということでデパートではお見かけせず。でも、スケールの大きいお花の数々。そこら辺で見かけそうな花々を上手に入れて秋を演出している。 どの流派が良いとか悪いとかじゃなく、花そのものの美しさをう~んと引き出す工夫が凝らされている。県下から超一流の人たちが入れられたのだからこれは当然かな? さて、13日本来の目的地である宝塚へ。私の場合だと三宮から阪急電鉄で一旦西宮北口へ。そして乗り換えることになる。待ち合わせ場所は宝塚歌劇場の入り口。たっぷりと生花を楽しんだ後、ちょっと座ってアメリカンコーヒーを。そしてまた歩いて三宮駅まで戻って移動開始! 目的地へは30分早く着いたけど、無事合流。ランチは4人でテーブルを囲む。私自身は一人の人しか知らなかったけど、後の3人はそれぞれネット友だちということで直ぐに話が弾む。それぞれ注文した物が運ばれて来るのを待つ間も話が止まらない。 アイスクリームにコーヒーを格安でサービスしてくださったのは、お世話してくださった方がクーポンをご持参してくれたお陰。有難く美味しく頂いて、1000円。これは満足で、待った甲斐があるというもの。 話に花を咲かせ、開場時間が過ぎたところで移動。宝塚歌劇場のホールの入り口を入ったところにこの自動演奏のピアノが鎮座している。その日の講演に合わせたり、「スミレの花咲く頃」とかを常時自動演奏している。真っ赤な絨毯が敷き詰められた階段を上がり指定席へ。 いよいよ開演。何と、オーケストラピットが少しだけ、指揮者の上半身が観えるではないか。こんなこと書くと、本当の宝塚ファンには叱られてしまいそうだけど、私はブラスバンドの経験もあるためか、バックの音楽というのにもとても興味がある。楽器の全貌を拝見することは出来なかったけど、この人たちが居ないことには歌劇の幕は上がらないのだから、とても重要な存在だと思う。指揮者の名前が告げられ、お辞儀をして開幕。 いつも音響設備には実は驚かされる。舞台装置も見事だし、寸分たがわず次のシーンに合わせられるのが素晴らしいタイミングで、このことにもいつも驚かされる私。専門家が何人もいらっしゃって、ステージには立たないけど、オーケストラの皆さん同様無くてはならない存在だと思う。 しかも、宝塚歌劇の場合、映画でいうところの二本立て。という難しいことをやってくださる。何もかもが違うのだ。最初はミュージカルっぽい感じで、ふたつ目のステージはレビューで、皆さん殆ど同じ様な衣装に身を包み、歌いながらのダンシング。ひとつ目のステージの内容を把握するだけでも大変なのに、こういうことを繰り返しやっていらっしゃるのだから、本当に凄い人たちだと思う。 コーラスしかやっていない私には、音響装置に負けないだけの声量というのはとても無理がある。皆さんヘッドホンマイクをさり気なくしていらっしゃって、それが全く不自然じゃない。あんなに激しい動きなのに。これだけでも私には驚くばかり。 で、ステージに立つ人は勿論女性ばかりなのに、メイクやら仕草やらで見事に女性、男性に仕上がってしまっている。ここが凄いところだと思う。で、13日もずうっとトップとして大活躍していらっしゃった人のさよなら公演だった。だからファンが多いわけだ。 驚いたことのもう一つはふたつ目のステージの指揮者が何と女性だったこと。何もかもを率いている指揮者で、そのステージのいわば最高責任者ということなのに、凄いと思う。そんなにお歳じゃない風だったし、退団される人同様にこれからも大活躍して欲しい。だって、このステージは私が仕切るのよ!みたいにとおっても楽しそうだったんだもん。
2007.10.13
コメント(8)
一人に課せられた枚数は2500枚。15日までに一次集計したいとかで、母を見舞ってから何軒か回ってみた。「来るのが遅いよ!」と言われながらも百枚、50枚、20枚と買ってくださる人。本当に有り難い。義理堅い人たちに感謝。 そして、頼みの綱だと思いつつ、かなり遅れ気味で出かけたのを後悔しながら。。。やはり従業員数も減らし、経費も削減しなければやって行けないと仰る。一枚50円の年賀状。これに多い人なら印刷屋さんに頼むことになるから印刷代もバカにならない。 昨今、携帯メールとかメールで綺麗なグリーティングカードが送れたりするからとても便利だったりする。私自身も何度か利用したことがある。パターンはよく似ているけど、受け取ったらニンマリさせられるのがたまらなく嬉しい♪ 私自身は頂いた年賀状をその人ごとに管理して、いわばその人の歴史がわかるようになっている。ある年は服喪中の案内だったりする。その人たちには寒中見舞い用の葉書を印刷屋さんで分けていただいて、服喪中であることの大変さ、そして一言二言書き加えて送ることにしている。 年賀状の使い方は色々。転居していらっしゃったらその確認にもなる。でも、正直印刷屋さんに頼んだことはないから電話番号を書いたことが無かった。今年は。。。どうしよう。ほんの少しなんだから、宛名はパソコンに頼んで、やはり何か描いて出そうと思う。 2500枚になんてとても到達できそうにないけど、私なりのことはやったつもり。お客様の取り合いなんてのはどうかと思うし。。。って、営業活動放棄になるのかなぁ?
2007.10.12
コメント(10)

今年の夏は異様に暑かったので、朝顔がいつまでも元気だったりするのに驚く。既に実を結んでいるかたわらでたった一輪健気に咲いていた。 昨日、神戸で観た彼岸花。この時期に?と驚かされたけどまだまだ畦道を真っ赤に染めていたりして驚く。もう10月なのに。 エンジェルトランペットにキンモクセイ。。。秋なのか夏なのかわからない有様。一体季節はどうなってしまったんだろう。 秋のお彼岸用にと求めた花屋さんで見つけた見事な菊。北海道産だと仰る。本土では暑くてとても栽培にはならないのだとか。 北海道で美味しいお米が生産可能となったのを喜ぶべきかどうか実は本当に複雑な思いで見ている。まさか本土では生産不可能。なんてことはないだろうけれど、暑過ぎる本土、暑さの基準までが北上しているとしたら、薄ら寒い思いがする。 日本の中心と言ってしまえば言い過ぎかも知れないけど、一応東経135度線が通っている地区もある淡路島。亜熱帯植物が平気な顔で育っていたりすると、やはり怖いものがある。この線だけは北上して欲しくない。
2007.10.11
コメント(8)

久々の休日だった。お天気に誘われて神戸まで出ることに。目的はたった一つ、お花の師匠の作品をこの目で観ること。ところが、開催場所を“メリケンパーク”と記憶していただけで、どういうイベントなのかはまるで知らずに出かけたもので、未来のいけばな展というのに驚いた。2007とあるのだから毎年行われているイベントなのだと思う。 地元紙に紹介されていて、私はイベントそのものよりもただ単に師匠の名前を発見したことが嬉しくて、たまたま私の久々の休み(前回の休みは2日とも「じょいふるこんさーと」で潰れてしまったため)だったし、お天気が良かったので。 三宮まで高速バスを利用し、歩くほどの距離ではないにしても、駅からかなりありそうなので元町駅までJRを利用し、駅からひたすら海を目指して歩く。大丸を横目に観ながら(帰りは絶対寄るぞ!)と思いつつ、イベント案内の幟に導かれていたので迷うことは無かった。 ただ、会場に着いて驚いたのは、いくつもの鉄道用のコンテナが並べられている。そりゃそうだ、アートインコンテナなのだから。でも、甘い物好きな人はスイーツデザイン展も外せないんだろうな。会期は11月25日まで。 いけばな未来展のコーナーの目印は何やら木材を組み立てたモニュメントっぽい物。それぞれの流派で一つの貨物用コンテナを占有する形だった。他の流派と違い、誰の作品なのかは個々に表示されておらずちょっと寂しかった。でも、共同作品っぽい大きな作品には圧倒された。柿の実(多分渋柿?)も色づき、綺麗なリンドウが添えられていたり、もちろんワレモコウ?真っ赤な彼岸花に、ちょっと色づいただけの種類と思われる彼岸花。この時期既に彼岸花など枯れる頃なのに、見事なまでに開いているのには驚いた。それにしても、こんな大きな作品をどうやって運び込んだのだろう。誰が何を。と分担するにしても、大きな木や柿の枝を運び込むのは本当に大変だったと思う。 順序が逆になってしまったけど、チケットを買い求めた窓口で渡された冊子。何しろ最寄り高速バスのバス停発12時8分に乗ったのだから、そんなにのんびりとはしていられない。何しろ夫が「今夜は鍋♪」と所望して出勤したのだから午後4時前に三宮を出るバスに乗りたい。乗車時間は1時間ちょっと。往復には2時間半ほどかかってしまう。ってことは。。。エッ?目的の師匠の作品をチェックして、帰りに大丸へ寄って11日から開催されるという神戸・秋のいけばな展の準備の様子を少しだけ覗いてそのまま地下へ。 母とは同部屋の人に「今から神戸へ行くの♪」と報告したものだから明日手ぶらで病室を覗くわけにはいかない。というわけで、高齢者でも差し支えがなさそうな物を選んであたふたと大丸を後にし、元町駅へ。 バスはやはり10日(関西では五十日“ごとび”=集金日で超忙しい日)のため延着だった。まぁ、仕方がないのかな?と思いつつ自動販売機でお茶を買って一口。そんなに遅れることもなくバスが到着してそのまま淡路島へ。乗るつもりだったバスに乗れただけでも良かったとしよう。明日は幸い午後1時からのシフトだし。。。
2007.10.10
コメント(2)
6日付日記でも紹介した流派の師範についたのは2005年、淡路島でも「第九」演奏会があった頃。たまたま淡路島で第一回目の「第九」演奏会のときに知り合った方が「お花」を教えていらっしゃると知ったのは、このときだった。 淡路文化協会会員でもあった、草月の師範をしていた叔母が病気がちで今年になって他界したこともあり、ずうっと花からは遠ざかっていた私。せめて花の名前を覚えるだけでも楽しそうだな、という生花とはおおよそ遠い観点から教えていただくことに。 どうしても草月の癖が出てしまう。違う流派というのはなかなか身に入らない。それでもバランスとか位置とか一から覚え直すつもりで取り組んでいる(つもり)。 今まで何度も師範にはお誘いをいただきながら結局荒天のため移動が困難だったりで一度もいけばな展には足を運んでいない私。今日はたまたま休みと重なり、(後になって非番にも関わらず業務の関係で出て欲しいと言われたのを断って)行くことを決めた! 幸い、今日は申し分の無いお天気。師範から直接声をかけられずに行くときっと驚くだろうなぁ。ま、3回目の洗濯が終わったら母のところへ行って家出開始♪
2007.10.10
コメント(0)
今日付け地元紙の第一面にこんなタイトルがあったのでそのまま引用させていただきます。 『ストレス社会 進む低年齢化 北大初の大規模面接調査 中1「うつ」10% 小学4年~中学1年の一般児童・生徒738人に、医師が面接して診断した北海道大研究チームの調査で、うつ病とそううつ病の有病率が計4.2%に上ったことが8日、分かった。これまで質問を郵送する方式では例があるが、石が面接する大規模な疫学調査は国内初という。 有病率は、中学1年(総数122人)に限ると10.7%に上った。研究地ーんむの伝田健三・北大大学院准教授(精神医学)は「これほど高いとは驚きだ。これまで子供のうつは見過ごされてきたが、自殺との関係も深く、対策を真剣に考えていく必要がある」としている。 調査は今年4~9月に北海道内の小学4年から中学1年までの児童、生徒計738人(男子382人、女子356人)を対象に実施。調査への協力が得られた小学校8校、中学校2校にそれぞれ4~6人の精神科医が出向き問診、小児・思春期用の基準などに基づき診断した。 それによると、軽症のものも含めうつ病と診断されたのは全体の3.1%、そううつ病が1.1%。学年別にみると、小学4年で1.6%、同5年2.1%、同6年4.2%と学年が上がるほど割合が高くなった。 就寝・起床時間や1日のうちに外で遊ぶ時間、テレビ視聴時間、ゲームをする時間、朝食を取るかどうか、など生活スタイルについても尋ねたが、分析の結果、関連はみられなかった。 これとは別に、高機能自閉症などの「高機能広汎性発達障害」や、注意欠陥多動性障害(ADHD)が疑われたケースが2.6%あったが、日常生活や発達暦に関する情報がないため明確な診断には至らなかった。 うつ病やそううつ病と診断された児童、生徒の親らには、受診を勧めるなどしたという。 調査結果は12日から徳島市で開かれる日本精神診断学会と、30日から盛岡市で開かれる日本児童青年精神医学会で発表する。 現状への警鐘・児童精神科医の石川憲彦さんの話 今回の調査データは、学校などの子供社会に不自然なストレスがかかっている現状への警鐘として位置づけられるが、一方で、診断された子供や親の不安感をあおる懸念もある。子供のうつ病は症状の重さに非常に幅があり、うつ病と診断されたからといって、すぐに投薬が必要なわけではない点に注意が必要だ。いらいらなどの症状がある子供には、まず安心感と休養を与え、症状を生んでいる原因を周囲が協力して取り除いてやることが何より大切だ。』 「切れる子」と題してニューポート大学西日本校学長が講演していらっしゃる。一体何がいけないのか。育ち方、育て方。。。 でも、基本は本当に簡単なことだったりする。朝起きたとき、家族にちゃんと挨拶が出来るかどうか。そこで家には誰も居ない。(夜勤とかの事情で)なんてことになると、朝食だっていい加減なことで済ませてしまいがち。 職業によって、夜勤が欠かせない事情というのがある。でも、夜勤でない日は普通に朝を一緒に過ごせる時間を作れないものだろうか。 大人になって、やがて結婚して親となる。。。すると親になった瞬間、その人たちは自分だって子供の時代があったんだ。ということを忘れてしまうんじゃないか。と思うことがある。何にもできなくて、全て親任せにしていた時代があったのに、「どうして出来ないの?」と叱り付けてしまう。この辺のズレが大きな原因の一つなのではないかな?と。 それと、俗に言う、「大人になる」という言葉。これってとてもファジーな気がする。正しいことを正しいと言っていた学生時代。それが一変して、「それくらいでいいじゃない」となってしまう。そしてこれが世渡りのコツだったりもする。その辺のギャップが子供には理解出来ない。当然だと思う。 純真だった頃の気持ちを大人になっても決して忘れてはいけない気がする。。。 と、親になれなかったから、やはり親になった人の気持ちがわからないだけなのかなぁ、私は。
2007.10.09
コメント(4)
一人抜けただけでも大きな痛手の「地元の方の」コーラスグループ。結局メゾソプラノからピアノに堪能な方が二曲共アルトパートを引き受けてくださることに。練習はもう一つのグループのメンバーと一緒に気軽にしていただけると期待している。ピアノの指導もできる人だから、音感はしっかりしていらっしゃる。有り難い存在だけど、その分、私自身も頑張らなきゃ。 そして、来年3月に行われる「淡路合唱祭」。持ち時間は1団体5分。予め歌う曲の譜面を先生に見ていただいて、グループの励みになるような批評をしてくださるというもの。場所はもう「しづかホール」と決定したらしい。 その前に、私たちは11月3日を目標にしなければならないけど、これはまぁ、地元の人しか来ないし、「淡路合唱祭」に比べたら気軽なイベント。なんていうとお世話してくださる人に申し訳ないかな。 それと、スタッフをどのようにお願いするか。昨年は二人で午前担当と午後担当で良かったのに、今年は二人常駐の状態でなければならないらしい。午前と午後に分けると4人の人手が必要。私は丸一日出たとしても後の3人をどうやって決めたら良いものやら。。。
2007.10.08
コメント(4)

終わった! 10月に入って1日が御通夜、3日が「地元の方の」コーラスグループ関連のプログラム編成会議、4日は「地元の方の」コーラスグループの定例練習、5日は「楽しい方の」コーラスグループの定例練習、6日がやはり「楽しい方の」グループのゲネプロ、そして7日がいよいよ本番・打ち上げと続き、少々バテ気味。 でも、楽しく続けていられるのは職場のお陰だと思う。常々「郵便業務のみ」の仕事に憧れていた私。勿論電話では、例えば祝日にATMが使える郵便局を教えてください。なんてお尋ねもあるけれど。。。 そして、何と“ゆうメイトリーダー”さんと、その同僚であり、先輩でいらっしゃる方のお姿を客席で見つけたときの喜び。本当に嬉しかった。 打ち上げが終わって帰宅しても、我が家は真っ暗。母が入院している病院へ寄ってから帰宅したから尚更だけど、どうやら私以外の家族で外食と前々から予定していたらしい。 まぁ、それはいつものことだから良いとして、やはり真っ暗なのはやり切れない。せめて門灯ぐらいは点けておいて欲しかった。まぁ、防犯上のこともあるからかも知れないけど。 私自身はステージで歌ったときよりも、客席へマイクを持って周ったのが実は一番楽しかった。というのも、先日他界された淡路島を代表する偉大な作詞家阿久悠さんを偲ぶ意味で、先生が作詞された歌の中から6曲を選んで会場の皆さんと一緒に歌おうというコーナーを設け、私自身、ブラスバンド演奏した経験から“譜面を見たことがある”という理由で、苦手な演歌の中から唯一歌える曲が「津軽海峡冬景色」だったものだから、いくつかの曲の中から“歌える曲”ということで真っ先に手を挙げたのがこの曲。実際は歌い始めを少しだけ歌って、後は会場の方に歌っていただく、ということ。本当に気持ち良さそうに歌ってくださって、マイクを持つ私もとても嬉しかった。伴奏は電子オルガン。こういう経験も実は中々出来ないのじゃないかなぁ。 さて、本番はアッという間に終わってしまった感じ。 スタッフの皆さんは前日から間違いの無いように、何度も何度も点検しながら関わってくださった。そのことにもステージに立った私たちは感謝しなければいけない。彼女たちがいなければ演奏会は始まらなかったのだから。 そして、受付を担当してくださったメンバー、いつも無理なお願いをしてピアノ伴奏をしてくださる方などなど。陰で支えてくださる人たちの存在があったからこその本番。 金子みすずの歌詞に西村直記作曲、冬木透編曲による、「芝草」、「大漁」、「私と小鳥と鈴と」に続き、鈴木憲夫作曲による「雪」、「月と泥棒」、「この道」を歌い上げた第三部。今回のコンサートの目的の一つが「金子みすず」だっただけに感動も一入だった。特に「月と泥棒」の演奏中、内容に合わせてバックに大きなお月様を入れてくださったスタッフの方々。これには大感動。先日の名月を観る機会のなかった会場の人々も大喜びだったと思う。確かに「泥棒」なんていけない。でも、お月様のお陰でそのことを忘れてしまった。帰り道も忘れてしまった。そしたらそのうちに夜が明けてしまった。なんていかにも物語っぽい作品。 アンコール曲はやはり故能本欣一郎先生が編曲された「川の流れのように」。。。先生が見守ってくださったお陰で、無事に終了することができました。皆さん本当に有難うございました♪
2007.10.07
コメント(4)
10月4日付け地元紙の地域ニュース欄で見つけたタイトルには「華道人生まだまだ半ば」とあり、「未生流庵家」家元継承50年として紹介されていましたので、そのまま引用させていただきます。 『二百年の歴史を誇る華道の未生流庵家(本部・芦屋市)の九代家元で元兵庫県いけばな協会会長の佐伯一甫(いっぽ)さん=芦屋市=が、このほど家元継承五十周年を迎えた。同流派の家元としては初めてで、「祝う会」が神戸市内のホテルで盛大に開かれた。(貝原加奈) [芦屋在住佐伯さん] 未生流庵家は、江戸時代の文化三(1806)年に大阪で生まれ、現在は西日本を中心に数万人の門下生がいる。 佐伯さんは15歳の時に八代家元だった父を亡くし、周りに推される形で高校進学を断念し、家元を継いだ。「それまで華道の知識はゼロに近かった」(佐伯さん)だけに、重責に押しつぶされそうになったが、「宿命と思いなさい」という先輩の一言で迷いが吹っ切れた。 一番つらかったのは、阪神・淡路大震災で本部の未生会館(芦屋市)が一部壊れ、一ヵ月間教室を閉鎖したころだったという。教室の閉鎖は初めての経験で、自身も震災後に網膜剥離(はくり)を患い、左目を失明した。しかし、「家族や門下生との触れ合いが、何よりの支えになった」と振り返る。 同流派の伝統は梅や椿などの花木を生ける「格花(かくばな)」。現在は、床の間のない現代の生活様式になじみやすい生花を取り入れた「格風調」など新しい研究にも取り組む。 その功績が認められ、1998年に県いけばな協会会長、2004年には日本いけばな芸術協会常任理事に就任。「若い人にも関心をもってほしい」と芦屋大では客員教授として華道を教える。 36年間、指導を受けてきた師範の米田さち甫さんは「家元は決して自分のやり方を押しつけない方。その人柄が多くの人を引きつけてきた」と話す。 「華道は派手なものではない。思い通りにならない花にどう向き合うかが試される精神修行です」と佐伯さん。祝う会では「本来引っ込み思案な性格の私がこれほど続けられたのは、皆さまの支えがあってこそ」と謝辞を述べ、締めくくった。』 教本でしかご覧になったことがないお家元のお姿が掲載されている。震災で左目を失明された。なんてことは全く存じ上げなかった。立体的な表現が必要とされる生花の世界にあって、左目が失明。という現実はかなり厳しいものがあったと思う。 師範のお一人が述べていらっしゃるように、「自分のやり方を押しつけない」。。。ここが凄いところだと思う。バランス感覚とでも言うのか、基本は基本で一本筋の通った部分があり、あとはもう自分流だったりする。と、まだまだ初歩の「初」までにも到達していない私なのですが、10日には直接ご指導をいただいている師範の作品を観に神戸まで足を運ぼうと思う。
2007.10.06
コメント(2)
参加している「地元の方の」コーラスグループは弱小チーム。アルト・メゾソプラノはそれぞれ3名しかいない。そこへ、アルトの方の旦那様の他界。11月3日に控えている「文化芸能祭」などに出演できるわけがない。と、そこへまたアルト担当の重要メンバーが出演できないかも。という状況に。そんなぁ。で、ここはメゾから一人一曲ずつ(三曲のうち一曲は二部編成なので助かった!)責任課題として徹底的に練習して。ということにするより仕方がないかなぁ。ソプラノの人にアルトへ。なんて頼めやしない。人数的には一人ぐらい。。。でも、コーラスは人数合わせではない。しかもソプラノの人がアルトなんて、無理な話。 本当は誰もがオールマイティーに歌えるように普段からしておくべきなんでしょうけどねぇ。困ったなぁ。 さて、メゾ担当の私。「千の風になって」「峠の我が家」のどちらのアルトを今から練習するか、これは大問題であります。 7日には「楽しい方の」グループのジョイフルコンサートを控えていて、今夜も午後7時までのシフトを終えたら練習会場へ直行しなきゃいけない。明日は午後6時からゲネプロ。確かに日にちはあるにしてもなぁ。アルトだからなぁ。。。でも、頑張るしかないかな?誰か助けて!
2007.10.05
コメント(8)

2004年8月に開設したにも関わらず亀の歩みながら、朝開けたときにまぁるい数字だと嬉しくなる。キリ番とかの報告を受けているわけじゃないけど、自分への励みになる。 元々は配食サービスで作ったお弁当の献立記録のつもりで始めたGAIAXのサイト。閉鎖されると決まって大慌てでこちらへ移行してきた私。。。仕事を始めたときは「夕食用の」お弁当だったから私も何とかついて行けたけど、三原郡4町が合併し南あわじ市となった二年目の5月に「昼食用の」お弁当。になってしまった為、正直、朝が苦手な私には至難の業となってしまい、9月を以って退職。 今年になって3月に母が入院、そして私の体調不良も重なり殆ど閉鎖状態のサイトに。それでも本当に温かく見守ってくださる人のお陰でここまで辿り着くことができた。 昨年9月の退職から暫くは要約筆記通訳奉仕員としての活動でそれなりに忙しくしていたものの、やはり毎朝決まって出勤。というわけではなく、リズムが狂ってしまったのもあったと思う。 今は高校を卒業して就職していた郵政関連の職場に再チャレンジという形でパートとしての職を得ることができたこと。やはり私は根っからの郵政人なんだ。と思ったのは、元々が手紙のやり取りが好きで、初等教育科へ進むのを諦めて就職を決めたときに真っ先に思い浮かんだのが郵便局だった。 就職先は大阪市内の特定郵便局。なもので郵便だけを扱う業務とはかけ離れている。貯金も保険も担当しなければならない。でも、今は郵便業務のみ。私にはそれが似合ってると自分でも思う。かつて私の家へ手紙を届けてくださった人への感謝のつもりで精進したい。 カウンターの話と何関係あるねん。みたいな日記になってしまったけど。。。
2007.10.04
コメント(4)
実は11月3日に行われる「三原文化芸能祭」で私たちは「千の風になって」を歌う予定にしている。そこへ重要メンバーの旦那様が他界。指導してくださる先生は「余りにもお辛いのでは?」と、でも私は「だからこそ歌うのよ!」ということで悩んでいるところへ今朝の地元紙の文化欄で見つけた『千の風が吹く』何と新井満さんの笑顔の写真とともに紹介されている。そのまま引用させていただきます。 『死ぬということほど平等なものはありません。だってあらゆる生物で死はなないものはない。いつか必ず死ぬわけですから。 しかも死んで終わりじゃなくて、風に生まれ変わるとしたら、なんか肩の荷物が下ろされて気持ちが軽くなる。執着から開放される。つまり、悟ることができる。だから、あの歌を歌うと、みんないい人になるんです。 ママさんパパさんコーラスのレパートリーとしても急増しているみたい。東京であったコーラス大会のプログラムを見たら、何組も「千の風になって」を歌ってました。 葬式でかかることはもう定番化しているようです。先日、親せきの葬儀にでたら「千の風になって」がかかってました。私が来るからかけたわけではないですよ。秋川バージョンの歌が流れる中「ご焼香をどうぞ」と始まり、「故人はいま千の風になられました」と司会者が言っていました。 「死」や「墓」という言葉がタブーだったけれど、今や小学生までが「私のお墓の前で泣かないでください」なんて、大声で歌っている。 「おじいさんが死にました」というのを「おじいさんが千の風になりました」と言いかえられるようになった。日常会話の中での「死」や「墓」という言葉をめぐる文化状況が短期間にがらっと変わったと思います。 「そこに(お墓の中には)私はいません」と「お墓参り大好き」は矛盾するのではないか、という人もいますが、そんなことはないんです。 「1年中、お墓に閉じ込められているというわけではありません」という意味なんですよ。自由自在に吹きわたる風になって、世界中に遍在している。お墓も世界のうちの一つです。 私は墓はあったほうがいいと思っています。故人と会って、心の対話をしたいと思ったら墓参をしたらいいと思う。 ただこれまでは「墓」というと、その中にずっと監禁されているというイメージでした。 「墓」は冷たく、暗いイメージでした。風になるということは、そういう墓のイメージから開放されるということです。 「般若心経」で有名な「色即是空」の「空」とは、万物は変化するということ。そして万物が変化した結果、ほろぶというのが「色即是空」です。 「平家物語」も「方丈記」も、日本文学の根底となる哲学はずっと「色即是空」でした。つまり万物は変化して死ぬ。死ねば一巻の終わりということでした。 でもそれでは「空」の哲学理解としては、半分だけなのです。「色即是空」の後に出てくる「空即是色」、これは「万物は変化した後、再生する」という意味なんです。 つまり死んだ後、生まれ変わって風になるというのが「空即是色」なんです。万物変化して人も死ぬ。でも「死は終わりじゃない。再生する」という「空即是色」の部分を歌にしたのが「千の風になって」です。気持ちがいいから皆さん、歌いたくなるんでしょうね。 (聞き手=共同通信編集委員・小山鉄郎) あらい・まん 1946年・新潟県生まれ。上智大卒。大手広告代理店に2006年まで勤務。1988年「尋ね人の時間」で芥川賞受賞。「ワインカラーのときめき」を歌って、40万枚の大ヒットを飛ばした。環境ビデオにも多くの秀作がある。2003年発売の「千の風になって」は社会現象となった。』 吹き渡っている=見守ってくださっている。。。 私自身は祖父が家族では初めてだった。そして、こちらへ嫁して3年で義父が他界。義母には母親。後は叔父、叔母。。。やはりみ~んな見守ってくださっていると思うことにしたら、肩が軽くなったし、何時までも涙に暮れていたら、安心して成仏できないんだ、と。 父のときはけっさくだった。兄が携帯メールで知らせてくれたときは厨房に居たから全く気付かず。そのまま配達に出て、携帯電話に出てみると兄の声。メールなんて全く知らなかったから、配達から戻って栄養士さんに報告。栄養士さんは私の娘(産んでたとして)ほどの年齢なのに、思いっきり泣いてしまった。もう、何だかそれで吹っ切れた気がして、涙は無かった。それでも、「さとうきび畑」の歌詞の中に、「父は死んでいった~」というのがあって、余りにもリアルだったから父のことを思って涙ぐんでしまったことがある。 やはり心の中では生き続けて、そしてやんわりとした表情で見守っていてくださると思うことにした。ただ、会ったこともない、私の兄。4月生まれだったらしい。死産だったと随分後になって母から聞かされて驚いた。その兄が私の守護を務めてくださっている気がしている。
2007.10.03
コメント(6)

5月に他界した華道草月流師範だった叔母がよく使っていたエニシダを、本当に久々に入れることになった。 今日は友人のご主人のご葬儀があったため、昨夜から仲間との連絡にアタフタしていて、今日の午前中の時間を約束していたことをすっかり忘れていた。携帯への不在に気付いたのは、争議会場の駐車場。大慌てで先生に連絡を。申し訳なかったと詫びて、頼んでくださっていた花だけを受け取りに行くことに。明日にしても良かったものの、午後1時からのシフトのため、午前10時を回る頃には私の昼食を準備して、食べ始めなければならないため、ゆっくりと先生とお喋りする時間も取れそうにないので、私自身が忙しいのを承知で先生宅へ。 勝手流も良いところ。先生に見つかったら叱られるかも知れない。先週入れたばかりの花、しかも二活けしたから玄関を占領してしまったので、久々に床の間へ。体にしたエニシダの先がお軸にかかってしまったし、画像では切れてしまったけど、綺麗な色のトルコキキョウを中間添え、そしてフジバカマを根〆にして入れてみた。最初に体にするエニシダを少し短く切ってしまったので全体のバランスが、花器に対してこじんまりとしてしまったけど。。。先生、ごめんなさい。 そして、結局はお香典を受け取ってもらえず、お香典袋の中へ忍ばせておいた「文」だけを手渡すことに。 歯を食いしばって悲しみに耐えていらっしゃるお姿に、やはり涙をこらえ切れなかった私。余りにもお若い。叔父に当たられるという元校長先生の親族を代表してのお礼の言葉にまた涙に暮れてしまった。 がんは若い身体を思うように蝕んでしまったらしい。どうぞ安らかに。。。
2007.10.02
コメント(2)
実は昨日付け地元紙の『正平調』にはこんなことが述べられていた。後先逆になってしまったけど、そのまま引用させていただきます。 『気象台に「生物季節観測」という業務がある。毎年、あらかじめ決めた動植物の初鳴きや開花の日を記録し、気象が生物の生育や行動に及ぼす影響を調べている◆神戸海洋気象台では、植物は19種が対象だ。話題になるのはソメイヨシノの開花・満開だが、それ以外にも、1、2月にスイセンやウメ、ツバキの開花、3月になるとシダレヤナギの発芽…と続く。リストを見るだけで四季が感じられて心が和む◆こうした観測は明治期からあったが、国際気象会議の勧告で1953年に対象や方法が全国的に統一され、意識が増した。もともと主に農業に生かされてきたものだが、近年は桜の開花予想などに使われて、レジャー面からの感心も高まっている◆春は「桜前線」が列島を北上し、秋には「紅葉前線」が南に下ってくる。その動きに多くの人が一喜一憂するような国が、ほかにあるだろうか。古来、花鳥風月に深く感心を寄せてきた感性が、地道な観測にも反映しているのかもしれない◆こうして積み重ねられたデータが今、新たな役割を持ち始めている。地球温暖化を議論する国際的な会合で、取り上げる研究者がでてきたという。目と耳で集めた記録なので、信頼性は高い。身近な自然への視線が、こんな形で役に立つとは、当初は思いもしなかっただろう◆今日から10月。ようやく秋めいてはきたが、厳しかった残暑で葉の色づきは遅い。冬から夏にかけての開花が早まり、紅葉が遅くなっている。季節感を奪いながら、“温暖化前線”が北上しているようだ。』 秋のお彼岸の前に立ち寄った花屋さんで見つけた立派な菊。北海道から空輸されたものだと聞いて驚いたけど、それほど本土が暑いために、栽培が出来なくなっているのだとか。てっきり淡路島・灘産の菊だとばかり思っていたのに。 何か、北海道でも美味しいお米が生産されるようになったのだとか。稲の北限はもっと南の方だったと思ったのは、私の記憶違いだったのだろうか。 結局生命を維持するのが難しくなって、やがては生きて行けなくなるのだろうか。ってことは体が小さい生命体の方が有利だったりする?
2007.10.02
コメント(0)
今日付け地元紙のトップページにこんなことが載っていたのでそのまま引用させていただきます。 『8月の記録的猛暑に続く厳しい残暑で、9月の平均気温は神戸、豊岡、姫路で観測至上最高を記録したことが1日、気象庁のまとめで分かった。いずれも平年より2.7~3度高かった。洲本は同二位。西日本全体でも戦後最高を記録した。また、各地で9月の方が7月よりも平均気温が高くなる慰霊の逆転現象がみられた。(森 信弘) 平均気温、過去最高に 9月の平均気温は、神戸27.3度、豊岡24.8度、姫路26.0度、洲本25.2度。これまで神戸でもっとも高い記録は、1999年の27.1度だった。 9月の内訳をみると、最高気温が30度以上の「真夏日」は神戸、姫路で24日にもなり、いずれも統計が整備されている1961年以降、最も多かった。 記録的高音の原因について気象庁は1、「ラニーニャ現象」の影響などで日本の南海上で対流活動が活発になり、太平洋高気圧が日本付近で強い勢力を保った。2、偏西風の蛇行で日本列島の上層にも高気圧がかさなり、上層から下層まで強い高気圧になったーなどを挙げている。 同庁によると、全国153観測地点のうち64地点で、9月の平均気温が観測史上最高を記録。鹿児島28.0度、熊本27.5度、大阪27.2度などだった。西日本全体では平年より2.7度高く、東日本でも2.1度高かった。 また、神戸、豊岡、姫路、洲本では、いずれも9月の平均気温が7月を上回った。それぞれ観測史上、1~5回しかない現象という。梅雨明けが遅かったため、7月の気温が平年より低目だったことも影響している』 最初は冷夏?と予想していて、今年も稲の生育が遅れるんじゃないかと心配だった。まるで夏と冬しかないみたいな気象。これでは情緒も何も無い。四季折々の果物、野菜。それが年中を通して食べられる技術は凄いけれど、やはり秋には秋の果物が美味しいと思う。イチゴなどもやはり初夏の食べ物だった気がするし、スイカは暑い夏にこそ美味しい食べ物。 夏休みが暑いのは仕方が無いけど、夕方には涼風が渡っていたと思う。そんな中で、「体育の夕べ」という行事もあった。陸上競技大会に出場するための、いわば準備として行われていたけど、卓球部に所属していた中学時代、私も皆さんと一緒になってグランドを周った経験が。 厳しい暑さの後の冬はこれまた厳しい冬だとしたら、坂道を転げ落ちない練習をしておかなきゃいけないのかなぁ。スキーもスケートも未経験なんだけどなぁ。。。
2007.10.02
コメント(0)

昨日は日曜日だったから、兄も仕事が休みとあって、涼しくなり始めた母の衣装のことが気になったのか、どうやら自宅と携帯に電話があったらしい。気がついたのは、午後7時過ぎ。帰りの車の中だった。バイトが午後1時~午後7時までのシフトだったもので、持ち込み禁止なので着信に気付くわけもなく。。。 なもので、今日は母の下着を買う積もりで病院へ。欲しい物はリハビリ用のパンツだという。それと素肌にばかり着ていたパジャマでは無理があるだろうと、下着の好みも聞いて一旦店へ。母の好みそうなのは中々サイズが見つからない。適当に見繕って買って病院へ戻る。 母はリハビリに行ったと部屋の人。エレベータで下へ行っても母の姿は無い。どうやらトイレだったようだ。もう一度二階へ戻ると母はやはりトイレから出てくるところだった。パンツのひとつは派手だったけど、ひとつは気に入った様子。上下違いのパジャマを着ていた母に、折角だからと着替えさせる。 リハビリへと母が部屋を出た隙に、ベッドに敷き詰めているバスタオル、枕カバーを素早く交換。そんなことをしていたもので自宅へ戻るのが遅くなってしまったけど、たまたま帰宅後に開いたナンバーがまたまた面白い数字だったし、今日は10月の一番最初の日ということもあって、何だか嬉しくなったので。。。 母は松葉杖を頼りに何とか歩けるように。有り難いと思う。ただ、傷口がまだ痛むらしい。そりゃそうだ。あんなに深い傷なんだもの。私なんか5年も前の切腹跡がまだ痛むのに。
2007.10.01
コメント(4)
毎月1日は市の広報が入る。そして、10月1日発行の三高同窓会報も。読み進めていると、転入・新任の先生方の欄に、英語科の常勤講師として赴任されたF先生が紹介されている。その一部を引用させていただきます。 『英語を使って世界中の人と話せる楽しさを生徒に味あわせてあげたいと意欲を燃やしておられます。また、大学時代から“武道”を続けており、現在も週末に同乗に通い、毎年秋に行われる大会に向けて練習に励んでおられるそうです。座右の銘は“秘伝は初伝にあり”。一番大事なことは最初に学ぶこと、いわゆる基礎基本であるという意味だそうです。先生がこの志しを胸にこれからもご活躍されることを期待しております。』 なるほどなぁ、と思ったもので、敢えて紹介させていただきました。 私は、中学校時代に使った家庭科の教科書を今もときどき参考書として使っています。やはり基本て大事なんだ。と思うことしきり。 さて、南あわじ市広報の表紙を飾ったのは、『兵庫県吹奏楽コンクールで3年連続の金賞を受賞した御原(みはら)中学校吹奏楽部が、マーチング(行進や演技つきの演奏)を、9月9日の同校体育祭で初披露』(『』は広報からの引用文です)のときの写真。真剣そのものの皆さんが何だか羨ましくて。 高石市制10周年のときに帽子からブーツまで揃えて行進だけしたことがあったけど、演技をしながらの演奏って、経験が無いものだから凄い!としか言いようがなくて。これからも頑張って欲しいという願いを込めて、1日の日記とします。でも、指導の船越いくみ先生って。。。お若いのに凄いなぁ、しかも3年連続だなんて。クラリネットやってた人だっけかな? “武道”の部分、10月8日にご本人の申し出により追加訂正とさせていただきました。 F先生、ご指摘有難うございました。また、先生の益々のご活躍をお祈りしております。 “F先生”の部分、実名での記載をF先生とさせていただきました。
2007.10.01
コメント(2)
全36件 (36件中 1-36件目)
1
![]()

![]()