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朝日新聞の小山薫堂氏のコラムから、以下一部抜粋引用”伸びしろという視点から考えると、伝統工芸や、他の古いと言われる仕事の世界も異なった見え方をしてくると思います。時代が前に進んで取り残されたということは、逆に言うと進むべき伸びしろができたわけですよね。時代に追いつく努力の方向と面白さがそこに出現したのです。” この「伸びしろ」というものの見方にハッとさせられた。 「このギャップにやるべき面白さがあるんだ」 たった数行の言葉に目から鱗であった。
2009年05月31日
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ベテラン歌手がやってきて、君が代を唄い、表彰式に首相が参列する。随分と競馬が変わってきたものである。 初めてダービーの馬券を買ったのは、第36回、高校3年のとき。ダイシンボルガードとタカツバキの1点を予想して知人に頼んだ。 ダービー当日は前夜の雨がやんで快晴だったと記憶している。 発馬直後、島田騎乗のタカツバキがあわやの落馬ではかない夢は一瞬についえた。 後日、地方競馬出身の馬への妨害だというようなうがったニュースが流れた記憶があるが‥ レースは穴馬的な存在であった大崎騎乗のダイシンボルガードが快勝。2着はミノルだったか? もし落馬がなければ、などと考えたものである。 今年は76回目、あれからもう40回も回を重ねたのか? 先日の新聞に100回目のダービーが見られるだろうか?とのコラム記事があったが‥‥。 そうか‥‥? これはなかなか大変なことだと思わず己を振り返る。 ダービーを見るとき、必ず思い出す言葉がある。例の馬好きの人がよく言うことである。「あと、何回ダービーを見ることができるだろうか」と。 今年は突然の豪雨で、約10秒もの遅いタイムで決着した。当日、雨が降り、不良馬場でのレースは42年のアサデンコウ以来だと実況で言っていたが。 もし晴れていたらなどとの仮定は排除されて事実だけが、歴史に名前を連ねていく。 泣くもの、笑うもの、関係者は悲喜こもごもであるが、皐月賞で大敗したネオユニバースで今回挽回し、悲願のダービージョッキーになった横山騎手に拍手を送りたい。 そんなダービーも終わって、明日からは6月。
2009年05月31日
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行進曲(マーチ)の類を聴くと元気が出る。 そういえば、中学の頃、初めて買ったレコード(ソノシート)も行進曲の特集だった。 身近なところの曲で気に入っているベスト3を挙げるとすれば 高校野球入場行進曲(栄冠は君に輝く) サラブレッドマーチ 東京オリンピック・マーチ 次点 巨人軍応援歌(闘魂こめて) こんなところだろうか? 栄冠は君に輝く‥‥真夏の郷愁を誘う サラブレッドマーチ‥‥関西の杉本節との組合せが絶妙 東京オリンピック入場行進曲‥‥雲ひとつない青空が瞼に浮かぶ 闘魂こめて‥‥何といっても長嶋! 聞きたいときにyoutubeで検索すれば出てくるのが便利すぎるほど。 ただ、サラブレッドマーチだけは臨場感のあるものが見つからないのが残念である。
2009年05月29日
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本を選ぶ動機は、知人から情報を得たり、新聞の書評を読んだり、いろいろあるが、最近はブロガーの書評も参考にしている。この本もこの方が推奨していたので、ネットで注文してみた。以下、目次 プロローグ 始まりはすべて小さな一歩 第一章 一つの習慣だけでうまくいく理由 第二章 小さな質問をする 第三章 小さな思考を活用する 第四章 小さな行動を起こす 第五章 小さな問題を解決する 第六章 小さなごほうびを与える 第七章 小さな瞬間を察知する エピローグ 脳が教える!一つの習慣 脳の抵抗を受けないように、なるだけ小さなものにブレークダウンして、それをさりげなく毎日の習慣に落とし込んでいくという方法。 小さな自身への質問、小さな行動などが大きな目標へ有効なことははまったくもって同感である。 最後に第七章の「小さな瞬間を察知する」から、以下、一部抜粋引用 ”小さな習慣に目を向けるというのは、たやすいことであり、むずかしいことでもある。 私は、子供が遊んだり学んだりするのを見ていると、それがたやすいことだと思えてくる。子供たちはその瞬間に完全に集中しているので、遊びや友達との関係に喜びを感じ、夢中になれるのだ。子供たちの脳が発達するにつれ、二つの別の能力が加わってくる。一つは過去を思い出す能力、もう一つは未来を予想する能力だ。 ‥‥だが、、この二つの能力のせいで、私たちはいつまでも過去にこだわったり、えんえんと未来を心配したりしてしまう。 しかし、小さな瞬間に目を向けるテクニックを身につければ、子供のころの貴重な特性をいくらか回復することができる。つまり一瞬一瞬を楽しみ、周囲のものや、いまやっていることに夢中になれる能力を取り戻せるのだ。” この本も若い人への教育で使える内容をたくさん含んでいる。
2009年05月23日
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ありとあらゆる、文字通りピンからキリまで、箸にも棒にも引っかからないサイトから、有益な情報を次から次に発信してくれるサイトまで千差万別。それで‥‥、しかも底なし沼。 限られた時間を生きている生命体にとって、これといかに対していくか? その付き合い方が非常に難しい。 ‥‥ということはさておいて、ひょんなことからこのブログに巡り合った。 普段はメディアを通してしか知ることができない、何気なく当たり前のように報じられているニュースも、実は、本当のところはこうなんだと、不当な訴えに抗い、正直な気持ちを吐露している日々の記載内容が興味深い。
2009年05月22日
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大学の東京春の集いがロイヤルパークホテルで開かれた。 久しぶりに出席してみたが、会場はほぼ満杯。年々盛況になっていくようで嬉しいことである。 第一部はいろいろな挨拶の後、鹿野経済学部教授による経済講演会。昨年来の経済の混乱について分かりやすい話を聞くことができた。 二部は立食形式の懇親会。年度ごとの卓で旧交を温める。 最後はチアを含めた応援団によるイベント。これがなかなか良い。昨年から始めたようであるが、元気になれる催しで好評のようである。 これらの様子をデジカメの動画に収めようとしたが、肝心の最後のカレッジソングなどが始まるところで、メモリーが満杯に‥‥‥。 メインディッシュがない動画になってしまった。
2009年05月17日
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今日、習志野大久保の商店街で除幕式が行われた。 司馬遼太郎の「坂の上の雲」で一躍有名になった日露戦争で活躍した軍人、秋山好古の顕彰碑が街中にできた。 昔、習志野に騎兵連隊の演習場があり、当人も訪れていたことからこの碑の建立につながったようである。 今秋からNHKでも3年間の大河ドラマとして、「坂の上の雲」を放映予定とのことで、宣伝にもなり、商店街の更なる活性化が期待される。 あいにくの曇り空であったが、会場には森健知事、秋山氏の孫なども参列して、いっとき、花が咲いたように賑やかであった。 大久保インターネット商店街 関連ブログ わくわく習志野
2009年05月17日
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同窓仲間の息子さんのところで作っているシイタケを先日、郵送してもらった。 食したところ、この生シイタケ、すこぶるがおいしい。 格安で大ぶりで肉厚、いろいろな料理に使える。そして何より、健康によい。 NPO法人いちょう会で運営している、はみんぐばあど農園で栽培しているとのこと。 こんな感じのしいたけ農場です。 もし良かったら、メールか電話でお問い合わせください。
2009年05月16日
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並木道があると心が落ち着く。 人工物を覆う大ケヤキ並木がある阿佐ヶ谷の駅前を歩いていてそう感じた。 とき、折しも新緑。木漏れ日とそよぐ風がすがすがしい。 車の排気もすべて吸収してくれるよう。 自然との共存、そして調和が街作りには不可欠である。
2009年05月15日
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その朝が来ると、wife はいそいそと起き出して朝食もそこそこに準備に余念がない。 身支度を整えて、あっという間に出かけていく。 素早くて後を追うことができない。でも、ついに‥‥現場を突き止めた。 良いのかどうか? 覚悟の上でブログにアップ。 天候、快晴。 S駅前にて。 あの、変な恰好はこれだったのか! 先月末のテレビ放映で人出も以前にも増して良好とのこと。 太鼓目当てじゃなくて、あのスーパーが‥‥!
2009年05月11日
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今日の新聞のコラムにちょっと目を引く記事があったので‥ 以下、サンスポの「甘口辛口」から抜粋引用”‥‥毎月の給料と無償の住居付きならという人には朗報です。場所は和歌山県高野町。世界遺産の高野山を抱えて豊かな自然や文化財に恵まれ、‥‥‥‥そこで町を活性化させる起死回生策として、町は今月から、集落に3年間住んで住民をサポートするむらづくり支援員の募集を始めた。年齢性別は不問。お年寄りの話し相手のほか、特産物の販売などが仕事だ。月100時間を目安とするフレックス制で報酬は15万円。‥‥活動に応じて経費が出るほか、本業に支障が出なければ、他の仕事を行うこともでき、住居は町から無償で用意される。これほどの条件はなかなかない。募集は3人だが将来的に増やす予定で、希望者は「集落支援に活かしたい私の能力」か「3年間のムラ活動で掲げたい目標」のどちらかのテーマで2000字以内のリポートを町に提出。書類審査と面接で決まる。‥‥できるだけ若く熱意があり、得意分野のある人に来てほしいという。が、都会と違い、濃密な人間関係が待ち構えているのも事実。それなりの覚悟はいるが、我こそはと思う人は挑戦してみてほしい。” 今、都会を離れて田舎での生活にあこがれる人は多い。ここにも書いてあるように、田舎暮らしと高齢化された社会での生活はそれなりの覚悟がいるが、それでも‥‥と思う人は、いかがですか?
2009年05月10日
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著者は90年代から一貫して市場原理主義、新自由主義的改革に対して警笛を発し続けてきた。その一貫性と時代を見通す目に、本書の内容の重みを感じる。 帯から ”いま、私たちが向かうべき再生への道筋がおぼろげながら見えてくるのではないでしょうか。目指すべき「あるべき経済」とは分断・対立・競争を原理とする「競争セクター」万能の社会ではなく、連帯・参加・協同を原理とする「共生セクター」が力を盛り返す社会のほかにないと思います。” 以下、目次 第1部 序にかえて 「新しいアメリカ」にどう向き合うのか 米「医療改革」に二つの歴史的意味 「ホープレス社会」でいいのか 「条件反射型社会」の実相 日本経団連『希望の国、日本』を問う 世界経済危機―脆い「日本の防波堤」 「市場原理主義」を超えて 第2部 「共生経済」宣言 「市場万能主義」がもたらしたもの 菜の花が世界を救う 「浪費なき成長」に向けて ほか 「日本型自営業」の可能性 地域からの挑戦(1)高知国独立宣言 地域からの挑戦(2)オオサンショウウオの町で 「マネー」が国を滅ぼす 「共生経済」への道 第3部 競争至上主義を超えて 労働・格差・ワーキングプア 市場原理・構造改革 神戸・地方・市民 オバマ氏も連帯を唱えているが、これからのキーワードはやはり「共生」ではないか? 本書は本人が今までに発表した資料などからの引用が多い。ということは、今に始まって、このようなことを言っているのではないと、強調したかったのかもしれない。だが、一部、同じ内容が掲載されているのはちょっといただけなかった。 しかしながら、読む価値は十二分にある本であると感じる。 にほんブログ村
2009年05月07日
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副題には「退化に生きる我ら」とある。 帯には 今、本当に考えなければならないこと。 私たちは経済成長が人間の社会の繁栄と進歩につながると信じて、競争を続けてきた。しかし、その努力を続ける中で私たちの社会は少しでも進歩したといえるだろうか?むしろ、退化したものを直視することを避けるために、ラットレースのような競争を続けてきたのではなかったか ―本文よりとある。 以下、長いまえがきより ””部を抜粋引用 ”日本という国の、奇妙な変化といったものが視野に入ってきた。つまり、私がアメリカの会社に参加した2000年あたりを境にして、それ以前とそれ以後では人々の考え方も、言葉つかいも大きく変わったということである。価値観が変わったと言ってもよいかもしれない。” ”‥イデオロギーの正当性に代わって、経済力が国威や覇権を決定する一義的な指標になったといえるかもしれない。この、イデオロギーから経済の時代への変化は、個人の立ち位置にも影を落とすことになる。人々の思考や生活においても、経済的差異という数値的な指標がクローズアップされることになり、言葉(思想)よりは財力、観念(イデオロギー)よりは実質、質より量が重視されるようになる。個人にとっても国家にとっても、重要なことは、思想的、文化的威信以上に、経済的優位性であると多くの人々が考えるようになっていった。そしてその経済的優位性を確保するためには、なによりも経済成長が重要であると考えるようになった。” ”‥問題はバランスであり、このバランスを欠いたときに人間は恐ろしく傲慢な存在になり、その傲慢さが生み出す歪みが、もはや社会の秩序を維持することができなくなるところまで突き進んでしまう。この10年間は、その無残な実例であったと私は思う。消費はかってないほど活発になり、生活の利便は向上したが、人間が自らの欲望に振り回される姿を見なければならないとすれば、それは無残な光景だといわざるを得ない。” 以下目次序 章 私たちもまた加担者であった第一章 経済成長という神話の終焉 リーマンの破綻、擬制の終焉 宵越しの金は持たない―思想の立ち位置 専門家ほど見誤ったアメリカシステムの余命 経済成長という病 グローバル化に逆行するグローバリズム思想 イスラムとは何でないかを証明する旅 「多様化の時代」という虚構―限りなく細分化される個人第二章 溶解する商の倫理 グローバル時代の自由で傲慢な市場 何が商の倫理を蒸発させたのか 私たちは自分たちが何を食べているか知らない ギャンブラーの自己責任 街場の名経営者との会話 寒い冬を生きる経営 ホスピタリティは日本が誇る文化である第三章 経済成長という病が作り出した風景 利便性の向こう側に見える風景 暴走する正義 新自由主義と銃社会 教育をビジネスの言葉で語るな テレビが映し出した異常な世界の断片 雇用問題と自己責任論 砂上の国際社会 直接的にか、間接的にか、あるいは何かを迂回して「かれ」と出会う終 章 本末転倒の未来図 以下、本文から””部 抜粋引用 ”誰もがそれを自分の身に及ぶ差し迫った危機であるとは考えず、やがて起こらないだろうという確信を導き出すに至る。その理由の一つは、人間は多かれ少なかれその思考の型というものを、自分の生きてきた時間の中で体験した出来事の枠内で作り上げており、今日の時間は同じように明日も続くだろうという惰性的な予見に支配されているからである。つまり、自らが経験したことが思考のバイアスになるということが見えないのである。さらには、地震など起きてはほしくはないという願望がこの経験のバイアスを確信に変えてしまう。 ”卑近な例を挙げるなら、世間にダイエットという言葉が流行しはじめたとき、すでに経済成長はその本来の動機を失いつつあると思うべきではないのか。 食料を必要以上に摂取し、肥え太って動けなくなり、何とかしなければならないと思ってスポーツジムに通い、ルームランナーで余分な水分を搾り取るというのは、どう見ても間尺に合わない行動である。しかし、自分がブロイラーのニワトリのような生活をしていてもやがてそれを奇妙だと思わなくなる。より、効果的なダイエット器具が開発され、新しい需要が喚起される。 こんなことが永遠に続くと考える方が不自然である。” ”‥いかなる人間も永遠に成長することはできない。どこかで成長は止まり、やがてそれまで獲得してきたものをひとつひとつ失っていく退行のプロセスが始まる。どれだけ財貨を積み上げようが、どれだけ医学や技術の成果を集めてこようが、老いのプロセスを食い止めることはできない。 その普遍の事実は、私たちがあたりまえのように目にしている、日常的な事実であるが、同時に驚くべき事実でもある。この事実の中には時間の秘密といった解きがたい問題まで含まれている。経済学はもちろん、この事実を自らの学問領域から除外する。しかし、ほんとうはどこかで、人も社会も成長段階があれば老いていく段階もあるのだ、ということを勘定に入れて考えることが必要になる。” ”ひとりひとりが、ここに至った問題がなんであったのかを、見つめなおすために立ち止まる機会が今なのだとだけは言っておきたいと思う。 ”‥もし日本の社会というものがすでに成熟期を迎えており、経済成長の糊しろが薄い(定常状態)に向かっているものだとするならば、経済成長を前提とした国家戦略も企業戦略もこれから先、現実との乖離を大きくしていくだけであり、その乖離を埋めるために無理を重ねるということになる。” ”‥いまなら、光り輝くものではないかもしれないが、もう少し味のある未来図を描けそうな気がする。なぜなら、国も私も十分に成熟したからであり、成熟こそ私たちが若さと引き換えに得た、貴重で信ずるに足る資産だからである。 成熟した未来図を成熟した大人が描く。 その作業をひとりひとりが、はじめてみてもよいと思う。” 社会では経済成長を当たり前であるというより、それが空気であるように話を進めるが、この経済成長には常々疑問を抱いていた。この成長の先に何があるのか、また、時代じだいに経済のあり方があるのではないか。きたるべき未来はもっと違った姿を描いていないといけないのではないか‥‥ そんな思いに救いを与えてくれる本であった。また、語彙が豊富で、表現力が豊かであるので、読んでいて面白く一気に読んでしまった。 著者は現在の社会を全面的に否定しているわけではなく、他人事で語っているのでもない。その姿勢にも好感が持てた。 最後に著者は昨年六月の秋葉原事件にも触れている。
2009年05月07日
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各章・項目毎に身近にありそうな「会話」の例を取り込んで分かりやすく導入してくれる。また、実際に調査研究に使われた例題を使うことにより、そのトリックを明かしてくれるようになっている。そこに、著者のオリジナルな工夫が手に取るように分かる。 以下、目次第一章 理不尽な上司 ‥自信過剰第二章 契約が取れない本当の理由 ‥認知不協和第三章 ひねくれ者は成功する ‥フレーミング効果第四章 損得を的確にとらえる方法 ‥価値関数第五章 あのネットビジネスは本当に儲かるのか ‥利用可能性ヒューリスティック第六章 見積もりなんて嘘だらけ ‥アンカリング第七章 都合よくとらえれば致命傷 ‥確率加重第八章 二年目のジンクス ‥代表性ヒューリスティック第九章 頑固になれば成功できる ‥選好の変化とコミットメント あとがきから以下””部 抜粋引用 ”‥‥いかに人間が「感情」で動く生き物であるのか、世の中がいかに「感情」で動いているのか、ひしひしと感じられるのです。 そのような中で私が大切だと思うのは、「感情」との付き合い方です。つまり、何が合理的で何が合理的でないのかを見きわめるようになることが大切であり、それが結果的に、自分自身を知ること、自分自身の満足度を高めていくことにつながると思うのです。” 日常、目にするさまざまな事例から、ちょっとした主観的なバイアスを取り除き、ニュートラルな位置で判断し、合理的な行動を取るために参考になる本である。
2009年05月06日
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帯には「なぜ、無謀な戦争に突入していったのか」「五つのキーワードがあぶり出す日本人の弱点」「昭和史研究の第一人者がどうしてもいま語っておきたい歴史の虚実がここにある」と、ある。裏表紙には、以下の本文の内容が紹介されている。保坂 歴史の上で「しかたなかった」というのは、じつに微妙な言葉です。 それを言った人の全人格、全人生が問われることになる。半藤 後世の人が「そのとおりだ、あなたは精一杯やった」とうなずいてくれるか、 それとも「なんて無責任な野郎だ、ふざけるな」と怒り出すか。そのためにも 資料は残しておかないといけない。証拠湮滅は歴史への冒とくです。保坂 ただね、関係者が生きておられるうちは、なかなか公正な判断がしにくいと いうのも事実です。半藤 また責任を痛感しておられる人ほど、批判に対しても甘んじて受けるという 姿勢の方が多い。保坂 責任ある人の沈黙、あるいはわずかに残された言葉をどう解釈するかは 非常に難しい。 (本文より)以下、目次序 章 ありふれた言葉で昭和史を読む第一章 世界の大勢 ‥近代日本の呪文第二章 この際だから ‥原則なき思考 第三章 ウチはウチ ‥国際的視野狭窄の悲喜劇第四章 それはお前の仕事だろう ‥セクショナリズムと無責任という宿痾第五章 しかたなかった ‥状況への追随、既成事実への屈服 5つのキーワード、「世界の大勢」「この際だから」「ウチはウチ」「それはお前の仕事だろう」「しかたなかった」を切り口にしての対談というところが面白い。これらの言葉は日常生活や諸組織の中でしばしば耳にする言葉であり、読んでいる時に現在の風景と、ついダブらせてみたりしてしまった。
2009年05月06日
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著者がコンサルタントとして接してきた、数多くの経営者やビジネスパースンから教わったノウハウを整理した本である。 以下、目次序章 コンサルタントの習慣術とは何か ‥レセプター(受容体)を開いて常に進化するために 習慣が「一万時間の継続」を可能にする 積小為大――小さな積み重ねが大事へとつながる 「練習と実践のサイクル」で能力は高まる一章 習慣をマネジメントする ‥「習慣=それをしないと気持ちが悪い状態」を実現するために 目的・目標・手段を「一体化」させるのが習慣化の第一段階 「見える化」でプロセスをチェックする ランドセルサイクルで「見える化」したことをまわす 愚直な継続が、自己革新の肝二章 考える習慣を磨く習慣術 ‥いつも「三つ」に分けて考える思考習慣を持つために まず「問題意識」を顕在化させる 一日30冊の本を読んで、一日でその道のプロになる 場所・時間を変え、視点をずらして考え直す「熟成」の時間を持つ三章 「主体的な行動力」が身につく習慣術 ‥ロードマップを描いて着実に成長するために 仕事は選べなくても、仕事の「やり方」は選べる 行動することで、自分を変えていく 「着眼大局・着手小局」で日々の行動の意味・目的を明確にする四章 「新たなものを創り出す」習慣術 ‥自分に刺激を与えてパラダイムシフトするために 時には「見た目」から変化させる 旅・ソーシャル活動――日常を超えた経験の力 自分の生活に「15%(一日一時間)ルール」を課す五章 「打たれ強い人」になる習慣術 ‥自分もチームも、逆境を乗り越えるために 普段から、自分を支えてくれる人をつくっておく 相手軸で考えて自分を「見える化」できれば、トラブルは回避・解決しやすい 修羅場こそ、シンプルに考えて行動する六章 「人を動かすリーダー」になる習慣術 ‥責任を全うする喜びを感じるために 組織に属している以上、リーダーは役割と割り切る 部下のタイプ・成熟度によって、リーダーシップを使い分ける リーダーの本木と覚悟が部下を動かす 以下、印象に残った短文など””部を抜粋引用 ”コンサルタントはときどき幽体離脱する” ”自分なりの考える場所、考える時間、考えるテーマをいつもいつも持っていただきたい。” ”仕事そのものは選べなくても、どんなふうに仕事をするかは自分で選べる主体的な行動力の習慣化はロードマップを描くことからはじまる” ”パラダイムシフトの特徴は非連続的であるということだ。古い枠組みの延長線上に、新しい枠組みが生まれるわけではなく、古い枠組みからの飛躍によって、新しい枠組みが生まれる。” ”旅を習慣化したことが、モーツアルトが真の天才になれた理由の一つだと私も考えている。彼にとって旅という習慣は新たなものを創り出すために不可欠なものだったのだ。” ”ソーシャル活動に携わっていると、励ます側が励まされる、支援する側が支援されるといった助ける側と助けられる側の区分が曖昧になる。与えると同時に与えられる関係になる。” ”新たなものを創り出す習慣には旅、そしてソーシャル活動が向いている。自分を知り、他の世界の存在も知ることができるからだ。” ”相手の立場に立って物事を見ることこそが、自分自身を「見える化」することにつながる。すなわち相手軸に立つことが大切なのだ。” 習慣の大切さを若い人へ常々説いているが、教育用として参考になる部分が多々あるので機会をとらえて内容を紹介していこう。 コンサルタントだけあって、内容も読みやすく、ものの見方のバランスがよい本であると感じた。
2009年05月06日
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今の住まいから、電車で約20分くらい乗って、駅から数分のところに昔住んでいた場所がある。 生まれてから約20年間の、小さい時の記憶をもすべて含んだ場所。 30数年ぶりに初めて訪ねてみた。以前、跡地に銀行の寮ができたと聞いていたが、行ってみると更地になっている。 今度は、何かを建てて売り出すらしい。旗と看板が立ち、数人の案内人がいた。 そうか、引っ越してからもう一サイクルが終わっていたんだ。 周辺には聞き覚えのある懐かしい表札も少し残っている。 来し方、当時との変わりようを見て、30数年の変化とはこのようなものなのかとあらためて感じ入った。 宅地化とモータリゼーションの波。 緑(木々)が減り、土(アスファルト化)が消えた。 隣人の生活の臭いもあまり感じさせない時代である。 ところで、そういえばあの家の柱には傷があったはずだ。そんなことも思い出した。きっと、想像以上に低いところに‥‥。
2009年05月05日
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裏表紙には、 ”実験心理学の知見を応用し、市場や経済の動向を分析する行動ファイナンスの考え方で、「ビールは一杯目がおいしいのはなぜか?」などの身近な事柄から「バブルはなぜ崩壊するのか?」といった経済事象までをわかりやすく解説する。長年マーケットの現場で活躍した著者が解説する、楽しくためになる経済学講座”とある。以下、目次第一章 バブルはなぜ起こるのか? 行動ファイナンスへの招待第二章 人間は合理的ではない プロスペクト理論第三章 情報の存在と意思決定 人間の心理とヒューリスティック第四章 市場取引にフリーランチはあるか第五章 市場は踊る 相場のリズム第六章 短期投資と長期投資第七章 その価格はリーズナブルですか第八章 株式投資は美人投票なのか 初めて聞くような理論や言葉が出てきて、今まで知らなかった概念などが新鮮に感じる。 以下、””部は本文から抜粋引用 ”プロスペクト理論の最大の特徴は、人々が実際にとる、あるいはとるであろう行動を説明する、現実に近い理論だということです。これによって、人間の合理性を前提にする伝統的理論では説明が困難な事象を分析することができるのです。 プロスペクト理論の中でカーネマン、トベルスキーが得た結論の一つは、「人々の意思決定の基になる価値は、特定のリファレンス・ポイントからの変化、つまりリファレンス・ポイントから離れることで発生するメリットやデメリットに大きく依存する」ということです。 その過程で考え出されたのが、「価値関数」というものです。これは、実際の人が、ある事象についてどれだけの価値を見出すかを示すものです。私たちが意思決定を行う場合、「それを選択することによって、どれだけの価値が得られるのか」が最も重要な要素になっています。つまり、その価値に基づいて、意思決定を行っているのです。 価値関数とは、「意思決定者が受ける利益・損失を、意思決定者の主観的な価値に対応させた関数」ということになります。” ”リファレンス・ポイントは、日本語では「参照点」と訳されます。その意味は、ある人が、物事の認識や評価を行うときに使う基準ということができます。” ”価値がゼロである点がリファレンス・ポイントということができます。リファレンス・ポイントから、どれだけ離れているかによって、主観的な価値が決まることになります。” ”人間が意識するリファレンスポイントは、その人の考え方一つで動く=変化するということです。こうした現象から、二つの大切な教訓を導き出すことができます。 一つは、私たちの心の中の欲に執着してはいけないということです。‥‥‥‥‥もう一つの教訓は、リファレンスポイントの意識をしっかり持つということです。主観的な価値を測るときに、もっとも大切な基準がリファレンスポイントで、それが揺らいでいるようだと、適切な意思決定ができないからです。リファレンスポイントがはっきりしていないと、価値関数を描くことができません。” 他、ヒューリスティック、アンカーリング、フェアバリューなどの考え方もためになる。 第六章ではウォーレンバフェットの投資スタイルに触れている。そこで、「わからないものには投資しない」「理解できるビジネスモデルを」を持っているかどうかは、投資判断において非常に重要な要素であると説いている。 第七章ではリスクと危険の違いについて分かりやすく説明されている。 ”リスクは危険と同義語ではありません。リスクは、予想していたことと違うことが起きるという不確実性の概念であるのに対し、危険とは、はじめからデメリットを被るとわかっているのにそれを省みずに行動を起こすというあり方を示す概念です。” 世の中の動きというのは、突き詰めれば、当たり前であるが、その時の一人ひとりの生身の人間の心理の動き方そのものの集合体ということであり、その心理の動き方そのもの目を向けた経済学ということか? ‥‥いろいろと応用ができそうである。
2009年05月05日
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先日、今はもう引退して悠々自適の生活をしている会社の元上司の方からメールで面白い情報を頂いた。 今、国際宇宙ステーションででいろいろな活動をしている若田氏のホットな映像である。 船内のいたるところを案内してくれたり、日本を映してくれたり食事の様子を紹介してくれたり、「きぼう」での活動を紹介してくれたりで‥‥‥で居ながらにして、宇宙を体験できるのが素晴らしい。 地球上での生活をいっとき離れて、ひととき宇宙の旅をするのも乙なものである。 以下、紹介させてもらいます! 「きぼう」実験室モジュールツアー[11分56秒] 国際宇宙ステーションツアー[21分30秒] 宇宙日本食紹介[6分24秒] 「きぼう」日本実験棟の窓から撮影した日本列島[6分08秒] 宇宙ステーション・きぼう 広報・情報センター
2009年05月04日
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預ける会社人生もあと数年??となったので、いまさらではあるが‥‥‥。 著者の本は読みやすいのか?これで4,5冊目になるだろうか? カツマーである。 以下目次プロローグ リスクリテラシーと終身雇用制第一章 会社に人生を預けるな 終身雇用制は現代の小作農または奴隷制 終身雇用制とワークライフバランス さまざまな歪みの原因 女性は働きにくく若者は報われない第二章 リスクリテラシーを磨く なぜ、貯蓄から投資が進まないのか 日常生活に潜むリスク リスクは偏在する第三章 お上に人生を預けるな お上中心主義 日本の巧みな支配構造 現代資本主義が抱えるリスク リスクを予見する能力第四章 21世紀のパラダイムシフト 人生はコントロールするもの 日本が導入すべき三つのもの よりよく生きるために 問題解決の鍵エピローグ リスクを取る自由 以下、「問題解決の鍵」の項から一部抜粋引用 ”毎日、ほんの少しずつ、私たちがリスクを見抜き、リスクを取る訓練をしていけばよいのです。あれっと思った時にはリスクを調べてみる、迷った時には少しずつよりリスクの高い選択をしてみる、何かに引っかかった時には早めに対処するなど、ほんのちょっぴりの習慣です。 私はよく、0.2%の日々の改善が重要とだという説明をしています。これは、毎日0.2%ずつ何かの能力が複利で改善されていくと、100.2%が365日、すなわち365乗すると1年でほぼ倍の数字になるということです。このように、リスクリテラシーに関しても、毎日、ほんの少しでも上乗せしてゆけば、1年で大きな改善が得られる可能性があるのです。” そうか! 1日に1/500の向上で良いのか!!5年でじつに何と!!36倍に膨れ上がる。 これは使える。若い人たちへの話として活用させてもらおう。
2009年05月04日
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著者の本を読むのは何年振りだろう。学生時代以来だから35年ぶりくらいか?そんなことを考えながら本を手にした。 冒頭で、著者がカウンターの店で食事をしていた時、突然、中年の男性から声をかけられたことを書いている。「あなたの本は、頭休めにはもってこいの内容なんでね」 本人にはちょっと引っかかる言葉であったようだが、あとで振り返って納得したようである。 この本はそんなことを念頭において書いたのか、なるほどそうだなと感じる。 以下、目次はじめに リラックスのしすぎは問題だ 手巻き時計のネジは戻し戻し巻く 「休日はごろ寝が一番」は正しいか 私は休日性頭痛に悩まされてきた 休みの日に限って体調を崩す謎 盃の最初の一杯は三分かけて飲め ブルーマンデーの正体 疑似知識人としての父の生き方第一章 本と遊ぶ 活字を読むのは病気である 読書をしても人は美しくならない 活字人間だった寺山修二 アフマートワの三冊の本 歎異抄を捨てられるか 本は精神の道具である 一冊の重みをしみじみと感じるとき第二章 体と遊ぶ 裸の姿を全身鏡に映してみる わらじ足に対する偏見 自分の尻の正しい拭き方を考える第三章 アートと遊ぶ 名作地獄に堕ちる人々 脂ぎった目を洗う 盗むか、買うか、究極の一点 オペラに誘われて退屈しない方法 バレリーナの恋人になったつもりで 悪所の卑俗さを残してこそ第四章 車と遊ぶ 日曜はだめよという歌があった 車が生き甲斐だった頃のこと 無事これ名馬のモットーを守るために 事故をさけるための必須マニュアル 安全のための具体的な提案 車社会への愛と絶望の狭間に第五章 声と遊ぶ 黙読は新しい習慣である 声に出して読まれて生きるもの 軍人勅諭とモールス信号 活字は声に出して読んでみる第六章 靴と遊ぶ なぜ靴にこれほどこだわるのか 三十年間はかないブルー・スウェード・シューズ 靴は生命を支える道具である 和足洋靴のムリを承知で 快楽をもたらす靴を求めて第七章 夢と遊ぶ 夢野久作になってみよう 夢の世界をどう創るか第八章 何とでも遊ぶ 凧をとる福沢諭吉の母親 どんなものとでも遊ぶ 退屈な時間をどう生かすかおわりに お恥ずかしい見本として 類似品のひとつとしての現代人 退屈を黄金の時間に変えて 著者がこれほどの車好きとは知らなかった。 今まで事故らしい事故は起こしたことがなく、普段心がけていることが、わかりやすく書かれている。今度、若い人への交通安全の参考資料として活用しよう。
2009年05月04日
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自宅でインターネットを始めたのが1999年のゴールデンウィーク。 連休のほぼ大方を費やして、やっと接続した記憶が残っている。 ほぼ時を同じくしてHPを作ることに言いようのない憧れを持ち、何とかならないものかとしばらく考えていた。 ふと、故ケネディ大統領の「60年代に必ず人類を月に送り込む」と宣言し、見事にそれを実現させた言葉が頭に浮かんだ。 それをまねて、「よし20世紀中(1900年代)に必ずHPを作ろう」と心に決めた。 そう思っていると、不思議なもので、会社内でふとした会話で詳しい人に出会った。そして、たまたま本屋で目にした「5分でできる無料のHP」の見出し。 早速購入して99年8月に初めてアップできた時の感動は今もって忘れられない。 面白くていろいろと試みた。 HTML言語の理解、HPビルダーの操作、FTPソフトの扱い、写真ソフトの取扱い、WEB賀状へのチャレンジ、メルマガの発行、ブログの作成、SNSへの加入、オフ会への参加、バナーの作成、ブログパーツの利用、メーリングリストの活用、等々そして先日は動画のアップができた。 あれから10年。過ぎてしまえば本当に早い。 ネットへの下地は何とかできたので、具体的な方向性を定めて、これからさらに充実させていきたい。
2009年05月03日
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