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教育評論家の尾木ママこと尾木直樹さんのテレビでの発言がネットで話題になっているという(2月22日付けlivedoorNEWS)。その記事は、尾木さんの発言を次のように引用している。「国語が苦手な人は、実践的なデータを見ても、圧倒的にいじめっ子になりやすいんです。こちらがどれだけ説明しても、被害者の気持ちになることができない。こういう子は国語の作文能力とか作者の気持ちを読み取る読解能力とか、そういう能力がものすごく下手なんです。100%じゃないですけど、非常にその可能性が高い」 このニュースに触れて、言葉の芸術家である一人の詩人が尾木さんの発言を肯いつつ、ツイッターで攻撃的なリプライをする人たちの読解力、語彙力に低さを指摘していた。私が見ていても、そういう人たちの攻撃的なリプライ(つまり、悪口)は誰かが言った悪口を繰り返すことが圧倒的に多い、悪口にまったく個性がないし、創造性などいうのはどこの世界のことだ、そんなレベルのツイートが多い。 尾木さんは、ほかに手指の長さと性格の相関を調べた研究にも触れているが、こちらは相関の強さについての言及がない。相関には強弱があって、弱い相関を主題にすると、それよりやや強い別の相関が(性格決定などに)主要な役割を果たすことがあるので注意を要する。相関があってもそれが性格や能力を決定している主因ではないこともある。退職前に私が書いた教科書は『強相関電子物理学』[1] で、私は「相関」にうるさいのである(ま、冗談ですが)。 とはいえ、「国語が苦手な人」と「いじめっ子」の相関は、100%ではないが相当に強いと尾木さんは強調されているし、私も実感的にはかなり納得できる。 このニュースで、今から4年ほど前に読んだ『差別主義者は単に「頭が悪いだけ」であることが科学的にあきらかに』というブログ記事を思い出した。『Current Directions in Psychological Science 』という心理学の専門誌に掲載された論文について書かれたものである。この専門雑誌がどれほど権威あるものか門外漢の私には判断しかねるが、その論文の「Abstract」を読んだ限りでは差別主義者には低い認知能力[recognition ability]の人が多いと記されていた(4年前には論文Abstractまでたどり着けたが本文は有料で読むことができなかった。現在はAbstractにもアプローチできない)。 その論文は、認知能力と差別主義者の相関を調べた研究を集めて調べたいわゆる「メタ解析」を行ったもので、複数の研究を用いることで統計精度を上げたものだろう。 ブログには「ざっくり結論から言っちゃうと、やっぱり「差別主義者は頭が悪い(確率が非常に高い)」らしい。多くのデータが、偏見や人種差別と知性の低さの関連を示しているというんです」と書かれていて、じつのところ私自身もそれなりに納得(科学的にではなく経験的に)できたのだ。ただ当時は、頭の良し悪しが思想を決めるという結論は思想的議論を封じてしまうように思って、引用することも紹介することもしないで放っておいた。 しかし、差別主義者のそれは「主義」と名指されていても「思想」というのは間違いだ。それは人間存在に対する冒涜であり、犯罪だとしか思えない。だから、正しくは、差別主義者が書かれた文章を批判的に検討したうえで、いかに認知能力が劣っているかを論証すればいいのだが、貴重な人生の時間を差別主義者の文章のために費やするのはもったいない。というわけで、ブログを紹介するだけで終わりとする。勾当台公園から一番町へ。(2018/2/25 14:21~14:46) 休日の昼デモはいつでも集まりが悪い、そう思っていたが35人の参加は金曜日の夜デモとほぼ同じくらいだ。 薄く陽が射すこともあって、まだ遠いけれども微かな春の匂いを追うようにデモは勾当台公園を出発した。 一番町に入り、通行人への呼びかけの言葉の中に「2月20日、102才の高齢で長年住み慣れた飯館村が避難区域に指定されたことを苦に、自殺に追い込まれた大久保さんについて、東電の責任を認める判決がでました。みなさん、原発の生み出す悲劇を私たちは決して忘れるわけにはいきません。」という一文があった。原発事故後の福島を丁寧に追いかけている『民の声新聞』の2月21付けの記事のリードにこう書かれている。福島県相馬郡飯舘村の大久保文雄さん(当時102歳)が、政府による全村避難方針が示された夜に自ら命を絶ったのは原発事故が原因だとして遺族の大久保美江子さん(65)=南相馬市に避難中=ら3人が東電に計6050万円の慰謝料支払いを求めていた損害賠償請求訴訟で福島地裁の金澤秀樹裁判長は20日午後、自死と原発事故との因果関係を認めた上で東電に計1520万円の支払いを命じる判決を言い渡した。弁護団は「原発事故の重大性をとらえているという意味では非常に画期的な判決」と評価。控訴しない方針だ。 男性の102歳という高齢は、肉体的な健康ばかりではなく精神的な強さを兼ね備えていたということは想像できる。私は、あとひと月で114歳になる義母と一緒に暮らしているので、そのことは切実に理解できる。しかし、102歳で自死するということ自体も、その時の102歳の心の痛みようも想像することは不可能に近い。私たちは、「自死」がどれほどの精神的エネルギーが必要かを知っている。102歳の心が、そのエネルギー障壁を越えていく悲惨と絶望を想像することができない。そして、たった一つ理解できることは、原発は残酷きわまりない存在であり、原発事故はなんとしてでも避けなければならない人間(精神)のカタストロフィーであるということだけだ。だから、「伊方原発では福島事故のような事故は起きません」と何ら根拠なく妄言する愛媛県知事は犯罪者にしか見えない。その犯罪の矛先は、愛媛県民ばかりではない、隣県住民、すべての国民、そして人類全体、いや地球の生きとし生けるものすべてに向けられている。それは、放射能汚染、放射線被曝がもたらす結果についての脆弱な認知能力がもたらす犯罪なのだ。一番町(1)。(2018/2/25 14:48~14:52) 福島事故は、放射能汚染圏域の住民に考えうる限りの生の不安定性(プレカリティ)をもたらした。そのプレカリティは住民を自死に追い込むほどの苛烈なものだった。 人間の生の不安定性の現実的様式は世界の多くの地で起きている。たとえばシリアではロシアの最新鋭戦闘機が空爆を行っているという。シリア政府支援のロシアばかりではなく、反政府勢力支援のフランスやアメリカだって最新鋭の戦闘機を投入して空爆してきた。2月22日のニュースは、東グータ地区では政府軍による空爆でこの5日間で子どもたちを含む400人以上が死亡したという。ここでは自死ではなく、直接的殺害が起きている。 また、「電力不足で病院閉鎖危機=新生児の命に影響も――パレスチナ自治区ガザ」というニュース(2月11日付け時事ドットコム)もあった。イスラエルによる送電制限やエジプトによる経済封鎖による燃料不足がガザ住民の生命の不安定性を極端に高めているのだ。 イスラエル軍の攻撃による直接的な虐殺ばかりではなく、緩慢な虐殺が進行しているのだ。ジェノサイドの対象だったユダヤ人がパレスチナ人を対象にジェノサイドを行うというのは、なんという人類の悲劇なのだろう。 日本だったら沖縄である。宜野湾の小学校の校庭に米軍海兵隊のCH53E大型輸送ヘリの窓枠13日午前10時15分ごろ、上空から1メートル四方ほどの窓状のものが落下した。その校庭では体育の授業中だったという。軍事基地と米軍による沖縄県民の生の不安定性は日常的である。戦争にまつわる諸々は不安定性(プレカリティ)の最大の要因だが、私たちは日本におけるそのほとんどの不安定性を沖縄に押し付けている。 そして、その不安定性は本土でも顕在化した。小川原湖で漁民が漁をしている間近に三沢基地所属の米軍機が燃料タンクを投棄した。漁民への直接的被害はかろうじて免れたものの投棄燃料による湖の汚染は甚大な漁業被害をもたらすだろう。 何よりも問題なのは、事故ではなく米軍機パイロットの意思によって投棄されたという事実である。日本人の生の不安定性を糧として米軍の基地が存続していることに米軍も(そして日本政府も)自覚的なのである。犯罪で言えば、確信犯なのだ。 小川原湖漁協は、淡水湖では珍しく自前の荷捌き場や仲卸市場を持つ生産性の高い漁協で、多くの漁民が小川原湖で生計を立てている。彼らもまた、その生と生活の不安定性を強いられている。 小川原湖漁協組合長の濱田正隆さんは、青森県内水面漁場管理委員会の会長であるばかりではなく、いまや全国内水面漁場管理委員会連合会の会長でもある。その関係で、じつのところ私の知己でもある。昨年の11月初め、大勢でだが一緒に酒を飲み握手をして別れた彼が、取材陣の前で涙を流す姿を見ていられなかった。私も口惜しいのだ。一番町(2)。(2018/2/25 14:52~15:01) ジュディス・バトラーは語っている。 不安定性(プレカリティ)とは不安定性(プレカリアスネス)を差別的に配分することである。差別的に曝された住民は、適切な保護や救済がなければ、病気、貧困、飢餓、立ち退きの、そして暴力への可傷性(ヴァルネラビリティ)の、高いリスクに苦しむことになる。不安定性(プレカリティ)はまた、恣意的な国家の暴力、街頭あるいは家庭での暴力に曝された住民の、あるいは国家によって行為化されたのではないが、国家の司法手段が十分な保護や救済を提供できないようなその他の諸形式に曝された住民の、政治的に誘発された、最大化された可傷性と曝されの条件を特徴付けている。 (『アセンブリ』[2]、pp. 47-8) 2011年以降、福島で行われていることは資本と政治による放射線被曝の強要という暴力である。また、故郷から避難せざるをえなかった住民に対して経済的締め付けと避難住宅立ち退き訴訟による高汚染地域へ帰還強要とその暴力性は止まることがない。 福島の人々、パレスチナ・ガザの人々、シリアの人々はそれぞれ著しく差別的に不安定性が配分されている。バトラーは、不安定性こそそれらの人々や「女性、クイア、トランスジェンダーの人々、貧者、身体障害者、無国籍者、また宗教的、人種的マイノリティを集合させる概念」だと言う(『アセンブリ』、p. 77)。 そして、そうした出来事は世界中で起きている。生が脅かされるほどの貧者のいない国はない。ほとんどの国でナショナル・マイノリティやセクシャル・マイノリティの人たちが差別と迫害と暴力に曝されている。自公政権の沖縄に向ける政治的意思は、かつての琉球処分をしのぐほどの露骨さで、いまや沖縄の人々を日本におけるナショナル・マイノリティと位置づけて迫害しているとしか思えない。 バトラーは『アセンブリ』において、広場や道に集まり、抗議する人々、不安定性を共有する人々の集団(アセンブリ)の意味と運動を理論化しようとしている。そして、パレスチナ/イスラエル問題を念頭に置いたとき、ハンナ・アーレントの政治哲学とエマニュエル・レヴィナスの倫理哲学を避けがたく乗り越えるしかないと考えているようだ。以前の著作を読むかぎり、バトラーはアーレントとレヴィナスを深く敬愛していたと思っていたので、『アセンブリ』の理路の流れに少しばかり驚いた(これだから読書はやめられない)。 レヴィナスの倫理は深く厳しいものだが、ユダヤ・キリスト教世界の内という限界性を持っていて、あろうことか、「シオニストであることを自認して」(『アセンブリ』、p. 143) いる。さらに、アーレントの哲学における欧米的枠組みはヨーロッパ中心主義的な要素があって自分とアラブのユダヤ人を区別しようとしているのだという(『アセンブリ』、p. 144)。 アーレントがジェノサイドは人道に反する罪であって特定の国民を代理するイスラエルのアイヒマン裁判を批判するという優れて深い平等性の理解を示したことは確かなことだが、アーレントにせよレヴィナスにせよ。バトラーが批判的に引用するような内容を、じつのところ彼らの著作から私は読み込めていなかったのは確かである。 私のことはさておき、バトラーは文字通りグローバルに広がる不安定性と可傷性にさらされている人々を視野に置き、そのような人々のアセンブリとしての運動のグローバルな展開とメディアの関係も理論化しようとしている。プレカリティを存在の基底とする人々の闘いこそこれからの闘いのように思えて、バトラー思想の展開を期待している。 とはいえ、先週から読み始めた『アセンブリ』だが、330ページのうち170ページまでしか読み進んでいない。遅々たる読書だが、楽しみはあとに残していると呟いてみたりする(悔し紛れにだが)。青葉通り。(2018/2/25 15:04~15:10) 先週のブログに、動くデモ人にうまくオートフォーカスが追随しないという意味のことを書いたら、顔追随機能を使ってみたらという教示をいただいた。あらためてマニュアルを眺めたら、「スポーツモード」というのがそれに相当するらしい。 シャッター半押しで人物にフォーカスさせると、人物が動いても追随するのだという。それで写すとシャーター速度は1/500から1/1000秒と早くなって絞りは開放に近くなる。じつは、昼デモでは絞りをF20くらいに絞り込んで、列を作る前後(遠近)の複数のデモ人に同じようにピントが合うような試みをしていて、スポーツモードではまったく逆の条件が設定されてしまう。 そこで、スポーツモードと絞り優先モードを切り替えながらいつもの倍ほどの枚数を撮った。結果から言えば、両方ともいい写真、だめな写真が同じほどあって、整理するといつもの枚数ほどしか残らなかった。このスポーツモードは夜デモでは暗すぎて難しいだろうと思う。 カメラにもまだまだ分からないこと、課題が多くて、楽しみがたくさん残っている(と、これもまた悔しまぎれに)思ったのだった。[1] 青木晴善、小野寺秀也『強相関電子物理学』(朝倉書店、2013年)。[2] ジュディス・バトラー(佐藤嘉幸、清水知子訳)『アセンブリ――行為遂行性・複数性・政治』(青土社、2018年)。 読書や絵画鑑賞のブログかわたれどきの頁繰り(小野寺秀也)日々のささやかなことのブログヌードルランチ、ときどき花と犬(小野寺秀也) 小野寺秀也のホームページブリコラージュ@川内川前叢茅辺
2018.02.25
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ブログに自分の風邪っぴきの話を書くのは、ほんとうにもういい加減にやめなければ……。そう思うほど私はしょっちゅう風邪をひく。何度も何度も風邪をひいているのに、風邪をひかないための知恵などまったく身につかないのだ。 一年ほど前のことだが、朝、布団の中で目覚めると鼻と口のあたりがツンとする。夕べの酒が少し残っているような感じなのだが、その夕べにそんなに飲んだ記憶がない。 それだけのことなので、そのまま起き出して散歩に出かけたのだが、歩き始めるとどんどん足が重くなる。驚いて、急いで引き返したが、そのまま発熱ということになった。 その時、朝の目覚めの鼻先がツンとする感じが風邪ひきの始まりの徴だということが分かった。それ以来、そんな時は散歩に出かけず、急いで葛根湯を飲む。 とはいえ、それで風邪をひかなくなったという話ではない。風邪のひき始めが目覚め時と重なることはそんなに多くないのだ。むしろ、体を動かす日中に風邪の症状が現れることが多い。ささやかな発見も風邪ひきの回数を減らすことにあまり貢献していない。 今朝、目覚めたとき鼻先がツンとする。朝食が終わったころには、熱が出てきて少しぼーっとしてくる。金デモは無理かもしれないと思いながら、市販薬を飲んで布団に入って休んだ。 午後1時ころに起き出して、昼食(4種のキノコのクリームスパゲッティ)を5人分(来客が一人、外出中の妻の分は作り置き)作った。もう一度、市販薬を飲んで、布団に潜り込む。 夕方、症状が軽くなったので、金デモに出かけることにした。鼻ツンで対策したのが少しは効いたようだ。勾当台公園から一番町へ。(2018/2/16 18:19~18:44) 勾当台公園に着くと、スタッフの一人が「風邪は大丈夫?」と声をかけてくれた。じつは、朝方フェイスブックで風邪ひきを公表していたのだ。フェイスブックは世話好きで、「〇年前の今日、こんな投稿をしていますよ」と教えてくれる。「余計なお世話」と思うこともあるが、たまたまその投稿が2012年7月に始まった脱原発みやぎ金曜デモから半年後の感想のまとめのような文章だったので、シェアして再投稿した。そのとき、それから5年後の今日の金デモに参加できるかどうか危ういと書き添えたのだった。 インフルエンザも流行っているから無理をするな、とFBで忠告してくれた人もいたし、先ほど声をかけてくれた人も「いま、けっこう風邪をひいている人が多いですよ」と話されていた。 風邪が流行っているというのに、先週と変わらない35人の参加者が仙台の街に出発した。 一番町(1)。(2018/2/16 18:44~18:48) いま、何となく金デモの専属カメラマンふうに振舞っているし、町内の行事や友人たちの集まりでもカメラマンという役割だが、私はけっしてカメラが趣味だというわけではない。 かつて3台のコンパクトデジカメを持っていた(いまも2台は現役である)。1台は登山、釣り用の防水仕様のもの、1台は大学に勤めていたときの実験メモ用、もう1台は普通の家庭用だった。 金デモのことを毎週ブログに書くようになって写真の掲載も始めたのだが、夜デモではそのコンデジのどれでも気にいる写真は撮れないのだった。業を煮やして一眼レフを買ってしまった。その時、妻はなけなしの年金をカメラ道楽につぎ込まれるのないかと恐怖心を抱いたとあとで漏らしていたが、そんな高級なカメラを買ったわけではない。もちろん高級機が欲しくないわけではないが、上達しない腕のままではそれは生意気だと自分に言い聞かせているのである。 夜デモの撮影で問題なのは、オートフォーカスがうまく働かないことが多いことだ。デモ人は歩いているし、繁華街では背景の明るいショーウィンドーの方に焦点が動いてしまうことがある。 明るい部分をはずしてシャッター半押しで距離をあわせてから元の構図を狙えば少しはましになる。しかし、それでは歩いている被写体(デモ人)が構図から外れてしまうことも多くなる。デモの写真は、畢竟デモ人の写真ということなので、それでは困るのだ。一番町(2)。(2018/2/16 18:50~18:55) この正月に老犬が死んで、その時の気落ちがなかなか戻らない。気落ちと言うか、どちらかと言えば進んで何かをしたいと思うことがほとんどない。いつもやってることを淡々とこなしているだけの生活、そんな感じである。 これはあまりいい状態ではない。そう思ってとりあえず街に出てみることが何度かあった。一度は友人に誘われて飲みに出たのだが、それ以外はぶらぶら夜の街を歩いて本屋を覗いてみる程度の外出なのだが……。 それでも、普段は立ち寄らない本屋にも足を延ばすので、思いがけない本を見つけることもある。4日ほど前、『アセンブリ』[1] という本を見つけた。ジュディス・バトラーである。彼女の書いたもので一番新しかったのは、『人民とはなにか?』[2] にバディウやブルデューなどの論考とともに収録された「われわれ人民――集会の自由についての考察」というさほど長くはない論文だった。 その本の中で、バトラーは「人びとが集まることは、〔中略〕既に一つのパフォーマティヴな政治的主張なのである」と主張し、次のように述べている。われわれは街路に出る。なぜなら、われわれはそこを歩き、そこで動く必要があるからだ。われわれは街路を必要としている。なぜなら、われわれはたとえ車椅子に乗ってでも、妨害されることなく、ハラスメントも政府による拘留も受けず、傷つけられたり殺されたりすることを怖れることなく、街路を動き回ることができるからだ。われわれが街頭に立/つとすればそれはわれわれが存在し続けるために、その名に相応しい生を生きるために支えを必要とする身体であるからだ。動くことは身体の一つの権利であり、集会の権利自体をも含む他の諸権利を行使するための前提条件である。集会は同時に、共同で行なわれるあらゆる要求の表明の条件であり、人びとの集まりが求める特殊な権利でもある。この循環は矛盾であるよりもむしろ、政治における複数性、一つの人民の創設条件なのである。 (『人民とはなにか?』、pp. 78-9)『アセンブリ』は、サブタイトルに「行為遂行性・複数性・政治」とある。その序論にこんなことが書いてある。集会の自由と表現の自由が区別される理由を考えるなら、それは、人民が共に結集すべき力はそれ自体が重要な政治的特権であり、ひとたび人民が集まったときに発言すべきこと――それがいかなるものであれ――を発言する権利とはまったく異なっているからだ。集会が意味しているのは発言内容以上のことであり、その意味作用の様態は、協調した身体的な行為化であり、行為遂行性の複数的形式なのである。 (『アセンブリ』、p. 15) 要するに、この本は『人民とはなにか?』に収められた論考を大成させたものらしいのである。クィアの理論家から虐げられた者たち、「剥き出しの生」を生きる者たちへ眼差しを向ける思想家となったバトラーの著作として、なにかワクワクと期待してしまう本だ。 まだ序論の一部しか読んでいない(序論も長いのだ)が、人々が広場に集まり占拠すること自体がパフォーマティヴで、それだけですでに優れて政治的だとする主張は、ジョルジョ・アガンベンが『到来する共同体』[3] で天安門広場に集まる人民が明確な政治的要求を掲げていないにもかかわらず中国共産党政府は戦車を繰り出さざるをえなかったと指摘したことと呼応しているようだ。 「なんであれかまわない存在」としての「われわれ人民」が広場に集まる。そのアセンブリの存在自体が、権力を脅えさせる優れた行為遂行性(パフォーマティヴィティ)なのだ。 「アセンブリ(Assembly)」とは、立法議会などという意味もあるが、集合や集団という意味である。私が初めてAssemblyという言葉の意味を知ったのは、大学3年のとき、「原子炉工学」の講義で原子炉内の核燃料棒のひとかたまりをAssemblyと呼ぶことを教えられたときである。 それから50年、核燃料アセンブリを学んでいた私は、人間のアセンブリのひとりとして核燃料アセンブリをこの世からなくすために夜の街を歩いている。青葉通り。(2018/2/16 18:56~17:03) 風邪だが、デモを歩いたからといってことさら症状が悪化したわけでもない。デモの前と同じようにわずかに熱っぽくどことなくぼーっとした感じがする程度だ。朝目覚めてすぐ、風邪の徴候に気づいたことが役に立った(と一応は自分を褒めておく)。 デモは終わった。急いで家に帰って、「風邪だ。風邪だ」と騒いで(妻を攪乱して)布団に潜り込み、『アセンブリ』を読むのだ。[1] アラン・バディウ他(市川崇訳)『人民とはなにか?』(以文社、2015年)。[2] ジュディス・バトラー(佐藤嘉幸、清水知子訳)『アセンブリ――行為遂行性・複数性・政治』(青土社、2018年)。[3] ジョルジョ・アガンベン(上村忠男訳)『到来する共同体』(月曜社、2012/2015年)。 読書や絵画鑑賞のブログかわたれどきの頁繰り(小野寺秀也)日々のささやかなことのブログヌードルランチ、ときどき花と犬(小野寺秀也) 小野寺秀也のホームページブリコラージュ@川内川前叢茅辺
2018.02.16
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2月6日付けの共同通信社のニュースの見出しはこうだった。 「仏日の高速炉、研究見直しか――出力規模縮小と地元メディア」。 とても短い記事なので、全文を転載しておく。 日本がフランスとの共同研究を目指す高速炉実証炉「ASTRID(アストリッド)」について、フランス側が出力規模の大幅縮小を検討している、などとフランスメディアが6日までに報じた。高速増殖原型炉もんじゅ(福井県)の廃炉を決定した日本は、高速炉の開発にアストリッドを活用したい考えで、日本側専門家からは影響を指摘する声が上がっている。 高速炉は、核分裂反応に高速の中性子を使う特殊な原子炉。日本の高速炉開発は4段階で進む計画で、アストリッドは3段階目に当たる実証炉建設に向けてデータなどを得るためのプロジェクト。日本が開発を進める上で不可欠とみられている。 高速増殖炉の実用化そのものが日本の原子力工学技術ではほぼ実現不可能であることは、原型炉に過ぎない「もんじゅ」の廃炉決定までの経緯で見事に証明されて、かろうじてまだ高速増殖炉にしがみついているフランスのASTRID計画に頼るしかなかったのだが、そのASTRIDが「出力規模の大幅縮小」をするというのだ。 3段階目の実証炉が大幅に小型化するなら、実用炉に取りかかる前に「実証炉の大型化の実証」という段階が必要になるのではないか。いずれにせよ、高速増殖炉は原発大国フランスでもその実用化はまた一段と遠い将来のことになった。 現在のヨーロッパにおけるに再生可能エネルギーの進展・増加の勢いから考えて、高速増殖炉が技術的に可能になる時代には原発そのものが不要になっている可能性が高い。 もともと原子力発電というのは、原子レベルの化学反応が生み出すエネルギーに比べて核分裂が生み出すエネルギーが格段に大きいことを頼りにしている。つまり、一つの発電施設が生み出す発電量がとてつもなく大きいことが唯一のメリットである。 高速増殖炉の技術的な難しさで、その原子炉を小型化するのだとすれば、その唯一のメリットを諦めることに等しい。つまり、原子力工学技術が誇っていた「膨大なエネルギー生産量」の否定の方向に向かうということだ。 実証炉の小型化を図ったはいいが、それでも技術的な困難を解決できなくてもっともっと小型化するということになりそうな気がする。原子炉というのは核分裂エネルギーでお湯(高速増殖炉では液体のナトリウム金属など)を沸かすのが目的なので、どんどん小型化していった結果、高速増殖炉で薬缶のお湯を沸かしている戯画が目に浮かぶ(薬缶を囲んでお茶を飲みながら、税金を湯水のごとく原子力に使えた昔を懐かしみながらしんみりとしている老醜政治家と資本家たちの2050年ごろの一場面)。くだらない絵面だが……。勾当台公園から一番町へ。(2018/2/9 18:19~18:44) 道端に寄せられた雪の塊が日中の暖かさで溶けだし、濡れた路面が夕方に再び凍って難儀をする日が続いたが、今日はまったく凍っていない。寒の底は過ぎたようである。これからは日差しも長くなってくる。デモに行くために家を出るころはいくぶん明るさが残っていた。まもなく仙台にも春がやってくる。一番町(1)。(2018/2/9 18:44~18:48) 仙台の金デモのコーラーは、その日の参加者のどなたか二人にお願いする。男性と女性一人ずつというケースが多いが、女性だけのときもある。今日のように男性二人ということもそんなに多くはないがあるのだ。 短いコールの言葉は、コーラーが男性でも女性でも同じなのだが、日常会話が違うようにコールも違ってもいいのではないかと思うことがある。とはいえ、どんなふうに違えるといいのか、皆目見当がつかない。 才能がある人なら言葉遣いもリズムも微妙に変化させることがきっとできるに違いない。そう思うのだが、私にはリズミックな短いフレーズを作る才能がからっきしないのだ。自分でできないことを人に要求するのは理不尽なので、結局私は黙っているしかないのである。一番町(2)。(2018/2/9 18:50~18:55) 父祖代々、綿々と受け継がれてきた土地、そこで築き上げたきた人間関係、生業としてきた職業と職場、時として家族関係そのもの、そうしたものを一切失う。つまりは、「故郷喪失」そのものを損失金額として計上できるものだろうか。そんなニュース(2月7日付け毎日新聞)があった。 東電1F事故で長期の避難生活をしていた南相馬市小高地区の元住民321人が「ふるさと喪失慰謝料」として東電に賠償を求めた裁判の判決が2月7日にあった。東京地裁は、110億円の賠償要求に対してたった1割の11億円の支払いを東電に命じた。 判決は、「原告は、憲法が保障する居住・移転の自由や人格権を侵害された」と認めたが、「歴史、伝統、文化を奪われ、後継ぎとなる若者もいない。働き先となる企業もない。小高が二度と元に戻らない被害をもっと(社会に)知ってほしい」(原告団長・江井績さん)と訴える人に、一人あたり330万円の賠償に過ぎない。 生活基盤が一切消滅した対価が低所得勤労者の年間所得ほどの330万円である。ここには、人間が生きてきた歴史や時間を一切無視する思想しかない。 私たちは、全ての原発の廃炉を求めてて仙台の街で訴えているが、起きてしまった事故の被害は「故郷喪失」というかつてないものであって、それに対する正当な補償(それがいかに困難であっても)がいかなるものか、私たちの未来をかけて考え抜き、要求し、実現させなければならない。おそらくそれが、二度と原発事故を防ぐための最も有効な手段のひとつになるだろう。青葉通り。(2018/2/9 18:56~17:03) 今日の夜は暖かい。正しくは寒くないというだけなのだが、そう言いたくなる夜デモだった。夏の宵闇と比べようがないが、闇が湿気を含んで濃くなっているような気がする。 しかし、夜デモの写真は難しい。暗い中で動いている被写体にオートフォーカスが追い付かずにシャッターが下りないときがしばしばある。うまく写せたと思っても、シャッター速度が遅くてぶれて居ることが多い。 デモ写真を撮り続けてきて鍛えられたのは、出来損ないの写真をばっさばっさと消してしまう大胆さだけだ。 読書や絵画鑑賞のブログかわたれどきの頁繰り(小野寺秀也)日々のささやかなことのブログヌードルランチ、ときどき花と犬(小野寺秀也) 小野寺秀也のホームページブリコラージュ@川内川前叢茅辺
2018.02.09
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老犬が死んでぽっかりと空いてしまった時空間を埋めるために、何か新しいことを始めようと思いたったのだが、それを考え出すエネルギーもどこかへ消えてしまったようだ。思いつかないまま過ぎてゆく。 定年退職を楽しみに待っていて、やりたかったことをあれもこれもと手を出したので、たいがいのことは新しいことではなくなった。もちろん世の中にはやれることがたくさんあるだろうが、私にはやりたくないことも、やれそうにないことも多いのだ。 せめてものことと読書に時間をかけ始めたが、これはとくに新しいことではないうえに、かつての読書ペースにはるかに及ばない。それでも、面白い本を見つけられて、この一週間ほどはそれを楽しんだ。 自分では新しいことが見つけられずにいたが、やることが向こうからやってくる気配がある。町内会の役も四月から最終局面に入って、極端に仕事量が増えそうだ。私を役員に誘った町内会長が私に後を託して引退したいと言い出した。高齢まで頑張って来られたこともあって引き留めることもできず、他の役員もそのシナリオに乗り気になっているようだ。最終決定は四月だが、避けられそうにない。 知人から電話があって「飲みませんか」という誘いもあった。私と同じほどの年齢の人だが、「年も年なので、会いたい人には会っておこう」と考えたというのだ。そうか、「会いたい人、会っておくべき人に会いに行く」ことが私の「何か新しいこと」になるかもしれない。そんな予感がする。 さて、これから夜の街に出ていくのだが、会いたい人に会うためにではなく、脱原発デモに行くのである。勾当台公園から一番町へ。(2018/2/2 18:27~18:40) 日中は氷点下を脱するようになって寒さはピークを過ぎたようだ。わが家では初めての経験だが、今年になって水道管を破裂させてしまった。家を建てた後にバルコニーに温室を建て、外から2階の温室まで水道管を引いた。その水道管が破裂した。ヒーターを巻いていたが、コードが断線して通電していなかったのだ。 勾当台公園の野外音楽堂のベンチに座っている影はまばらだったが、それも寒さの底だった先週に比べれば10人ほど増えて35人の参加者だった。 極寒と呼びたいほどの先週のデモに比べれば、どこかほっこりした気分でデモは出発し、気のせいだろうが、コールの声も伸びやかに聞こえる。一番町(1)。(2018/2/2 18:48~18:53) 明るい一番町に入って、ファインダー越しに懐かしい顔をみつけた。仙台に金デモにずっと参加されていたが2年ほど前に関東に引っ越された人が参加していた。次の予定があって解散地点まで行けずに、挨拶しそびれてしまった。 一番町にも所々に雪が残っている。こんなに長い間雪が消え残るのは最近では珍しい。たいがいは、日中の気温で数日で消えてしまう。それだけ今年の冬は寒いということらしい。一番町(2)。(2018/2/2 18:55~18:58) 少しばかり驚きながら一冊の本を読み終えた。菅香子さんという人が書いた『共同体のかたち』[1] という本だ。東京外国語大学時代の西谷修さんのお弟子さんで、その時の博士論文をベースに書かれた著作ということだ。 現代アートの芸術表現が「表象」から「エクスポジション(展示、露出)」へ変化することと、人間存在の根源的な共同性との相関を論じているのだが、取り上げられている画家や、思想家たちの顔触れが興味深い。 例えば、近代絵画はエドワール・マネから始まったとするミシェル・フーコーの『マネの絵画』[2] が取り上げられる。表象の不可能性を論じる時にはジョルジョ・アガンベンの『アウシュヴィッツの残りのもの』[3]、顔だけを描いたジャン・フォートリエの《人質》と題された一連の作品 [4] にはエマニュエル・レヴィナスの「顔」の概念 [5]、芸術の送り手と受け手の間に成立する根源的な共同性を論じる時にはアガンベンの『開かれ』[6] や『到来する共同体』[7] などが取り上げられている。 著者が論考の理路のために取り上げた著作や絵画の多くが、私が読み散らかした本や足を運んだ見た絵画と重なり合っていた。そのことに少なからず心がどよめいたのである。 私はただ興味あるもの、面白そうなものをランダムに渡り歩いたにすぎない。学究の徒が体系的に調べ、追跡したものには比べようがない。それにしても、私の選好した一連の書籍や絵画が優れた論考の主要なベースとなっていたという偶然が、なにかしら喜ばしい感じがしたのは間違いない。 しかし、この本が指し示した「なんであれかまわないもの」たちの「共同性」という重要な概念について、ジャン=リュック・ナンシーのいくつかの著作はまだ読んでいないし、ロベルト・エスポジトに至ってはまったく読んだことがない。老いと読書のせめぎあいはまだまだ終わりそうにもない。青葉通り。(2018/2/2 18:59~19:00) 読書と老いのせめぎあいはまだまだ続きそうだが、脱原発デモもまた老いとのせめぎあいに勝たねばならない課題だ。読書は私個人に属するが、脱原発デモはこの社会を生きる者としてのせめぎあいに立ち合っている。大学で6年間も原子力工学を学んだ者としての免れがたい責務もあるだろう。 うだうだしてはいられない。そんな思いばかりが募るのだが、老犬の死のアフターエフェクトは大きくて、心に力が入りにくいのである。 [1] 菅香子『共同体のかたち――イメージと人々の存在をめぐって』(講談社、2017年)。[2] ミシェル・フーコー(阿部崇訳)『マネの絵画』(筑摩書房、2006年)。[3] ジョルジョ・アガンベン(上村忠男、廣石正和訳)『アウシュヴィッツの残りのもの――アルシーヴと証人』(月曜社、2001年)。[4] 『ジャン・フォートリエ展』(東京新聞、20144年)。[5] サロモン・マルカ(内田樹訳)『レヴィナスを読む』(国文社、1996年)。[6] ジョルジョ・アガンベン(岡田温司、多賀健太郎訳)『開かれ――人間と動物』(平凡社、2011年)。[7] ジョルジョ・アガンベン(上村忠男訳)『到来する共同体』(月曜社、2012/2015年)。 読書や絵画鑑賞のブログかわたれどきの頁繰り(小野寺秀也)日々のささやかなことのブログヌードルランチ、ときどき花と犬(小野寺秀也) 小野寺秀也のホームページブリコラージュ@川内川前叢茅辺
2018.02.02
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