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今回の東北地方太平洋沖地震による津波について、自分なりにまとめてみました。
地震発生後約30分で、岩手県から福島県にかけて、大津波が襲ってきました。
津波の高さは、いろいろな資料を統合してみると、(久しぶりにエクセル使いました)
気象庁調べ2011.4.5(痕跡等から推定した津波の高さ)
http://www.coastal.jp/ttjt/index.php
東北地方太平洋沖地震津波情報
毎日新聞2011.3.25(港湾空港技術研究所と都司嘉宣・東大准教授の調査による)
東京電力発表2011.4.9
河北新報2011.4.11
http://www2.ttcn.ne.jp/~honkawa/4363b.html
社会実情データ図録
ちなみに、津波の高さは、平常潮位(月と太陽の影響のみで変化する規則的な海面の水位)から上昇した高さのことを言い、以下の測定法があります。
検潮所などでの津波の高さ
海際にある気象庁の検潮所、津波観測計で計った高さ。正確ですが、今回のように異常に高いと振り切れてしまう場合があります。
痕跡高
建物などに残った津波の跡から推定した津波の高さ。
遡上高
津波が駆け上がっていって、最終的に到達した高さ。リアス式海岸のような険しい地形では、2倍ぐらい駆け上ることがあります。
http://outreach.eri.u-tokyo.ac.jp/eqvolc/201103_tohoku/#kitasanrikuhikaku
北三陸の津波高さ-明治・昭和との比較
三陸
では、過去最大だった明治三陸大津波と同規模かそれ以上だったようです。特に、リアス式でV字型の入り江のところはパワーが集中するので高くなり、
大船渡市綾里
(明治三陸大津波で遡上高38.2mの史上最高記録を残した地区)
高さ3mの防波堤を乗り越え、波高約20m、遡上高30m。ただし、住宅は高さ38m以上に建築したため、被害なし。
宮古市姉吉
今回、遡上高38.9mで過去最高記録となった地区。ここも、高所移転しており、建物の被害はなし。
宮古市田老
防波堤10mで、チリ津波は防げましたが、今回は20mの津波で乗り越えられました。ただし、明治三陸でも15mの津波だったので、堤防は時間稼ぎとみて、逃げて助かった人も多いようです。
ほかの、 大船渡市
、 陸前高田市
などは、もともと海沿いの大きな街で、高所移転はできず、被害は大きかったようです。
宮城県
でも、 歌津
あたりはリアス式海岸で、明治三陸、昭和三陸でも10m近い津波に襲われ、今回は15mで壊滅的な被害でした。
宮城県、福島県のなだらかな海岸部は、明治三陸大津波などは三陸沖が震源のため牡鹿半島に遮られ、さらにリアス式のような津波の集中もないため、高さ3m程度で、貞観津波は高さ7mの推定も千年以上前で考慮されず、どこも想定3m程度でした。堤防も3~5m程度で、今回の貞観津波を超える5~9mの津波に超えられてしまいました。また、最初の予想が3mだったためか、逃げなかった人、海近くの自宅や会社に戻った人も多くて、大被害となってしまいました。
石巻と矢本の「浸水範囲概況図(国土地理院)」。
http://www.gsi.go.jp/common/000059847.pdf
石巻
は、海岸沿いの、魚町、湊、南浜町、門脇町、工業港のあたりは壊滅的でした。石巻駅前、大街道、中里といった中心街も床上浸水地域で、遠くは、三陸道を越えて5km近く、田んぼに浸水しました。旧北上川を遡上して氾濫し、旧河南町鹿又地区まで浸水しました。旧石巻市で浸水しなかったのは、日和山、蛇田の中心地区だけでした。
矢本
も、大曲地区は壊滅的で、ロックタウン周辺以外はほとんど浸水してしまいました。
仙台市近辺の「浸水範囲概況図(国土地理院)」。
http://www.gsi.go.jp/common/000060133.pdf
松島
は海沿いの道路と店が冠水しましたが、島々で津波が緩和されたのか、他の沿岸部ほどではありませんでした。
塩釜
は、港周辺が浸水しましたが、坂の多い街なので高所は無事でした。
多賀城
は、仙台港近くは45号線あたりまで浸水。
仙台市
の海沿いの宮城野区と若林区は、10m近い津波が襲ったところで、平野を圧し進み、仙台東部道路付近まで甚大な被害で、一部は5km以上浸水しました。
名取市
は、仙台空港あたりの田んぼはほとんど冠水、 岩沼市
と 亘理町
も海から5km程度までと膨大な被害でした。
今回の被害を大きくした原因の一つに、地震による地盤沈下がありました。
GPS連続観測から得られた電子基準点の地殻変動 (国土地理院)
http://www.gsi.go.jp/chibankansi/chikakukansi40005.html
震源地に一番近い、牡鹿半島では東に5.3m、下に1.2m移動し、陸前高田では84cm、石巻市渡波では78cm、相馬市で29cm地盤沈下しました。その分、堤防と陸地が低くなってから津波が押し寄せてきたので、高さが増しました。
この地震による地盤沈下の説明がどこにもされていなくて、普通、陸側のプレートが持ち上がったら地盤上昇するような気がするのですが、自分なりに解釈してみました。(間違っていたらすみません。)
陸側の北米プレートが千年かけて、太平洋プレートが西に沈んでいくのに押されて、黒線のように弓なりにしなっていきます。それが今回の地震で解放され、青線のように陸側プレートの先端が24m東にずれ5m上昇し、津波を起こすと同時に牡鹿半島の辺りでは東に5m引っ張られ移動、弓なりが直線化して地盤が1m低下したと考えられます。もともと、北日本の北米プレートは太平洋プレートに西側に押されて移動してますから、その反動で東に伸びて戻った分、東への移動が大きかった可能性もあります。
この解釈だと、千年たてば、また弓なり状態になって元の高さと位置に戻りそうですが、その間にも満ち潮や台風や他の地震や津波などは来ますから、低くなってしまった分、今まで以上の対策が必要でしょう。
以上の被害状況は、国土地理院の航空写真でも分かりますし、Googleマップが被災後の航空写真を反映しており見やすいです。
http://saigai.gsi.go.jp/h23taiheiyo-hr/index.html
国土地理院
http://maps.google.co.jp/maps?hl=ja&tab=vl
Googleマップ
こうして、画像や動画だけでみると、映画やゲームのように感じる人もいるかもしれませんが、実際は本当に命がけで、大勢の人が亡くなって、膨大な建物や資源が被害を受けました。心よりお悔やみとお見舞いを申し上げます。そして、今回の地震の情報が、将来の復興と防災に役立つようお祈りいたします。
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