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毎日熱帯夜の猛暑日が続きますがそんな中でも朝夕時折涼しい風が吹くようになってきました子供のころから夏休みの終わりのこの時期はわずかに残されたお休みと山のように残された宿題と…何となく物寂しい気持ちで過ごしていたような気がしますが人生気がつけば残された宿題の山を手伝ってくれる母も毎年同じこと言って泣いてる私を叱っていた父もいなくなり・・・などと・・・ こんな事を思っては寂しい気持ちになることもあるけどでも両親とのいろんな歴史を思い出すたびにつくづく私は幸せだなあ~と、感じることの多い今日この頃の私です で、この写真は私のチョーお気に入り5~6年前にバリ島のウブド「チェディクラブ」で親子でルンルンとリゾート楽しんでいるところです(二人とも若いです~~~~) この写真は去年の9月の4日に撮影したもので我が家のかわいいにゃんズも寂しかったのか私が家に帰るといつもぴったり寄り添っていました 私が改めてブログをやっていてよかったと思うのが写真の数の多さですブロガーさんなら思い当たると思うのですがブログやってると日常生活の中で何をするにも先ずカメラのシャッター切るのが習慣になっていて周りから顰蹙かうことも多々ありますが世間の白い目気にしないでシャッター切り続けてて良かったと、思う事しきりですほんで私の場合は性能の良いカメラとかではなくてごく安上がりにほとんどケータイで撮っていたのですがケータイだと日付とかもきっちりとしているので父の闘病日記を1年もたってから記録していくにあたって当時の事を日記としてはなにも記録していなかったけどPCに残された写真の日付と曜日だけで割と鮮明に記憶が蘇ってくるのでほんと良かったです
2010.08.27
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23日は、ごり押しの入院が決まって結局部屋に入る事が出来たのは9時半頃だったのですが、一つ心配な事がありました。それは父のせん妄症で、認知症とはまた違うのですが、実際病院と言うのはどの部屋も同じで、病室内にトイレのない市民病院で父が迷わずトイレに行って自分の部屋のベッドに迷わずに戻って来れるかか疑問でした。その事を看護師さんに相談すると、一応ベッドわきにポータブルのトイレ置いてくれて、夜勤の看護師も気をつけてみ回るようにしますと言ってくれました。その後消化器内科で主治医となるD先生と言う美人先生が挨拶に来られて、父のこれまでの病状の経過を質問され説明する事になったのですが、今日だけで既に同じ説明を何度もしている私は大概うんざりして「もう何回同じこと言わなきゃいけないんですか」と怒り心頭でまたまた怒鳴っちゃいました当然ながらD先生は初めて父を診察するので、家族である私に父の病状を質問するのは至って当り前のことで、父がしっかりとした返事が出来ない以上私が説明する以外ないので、今思うと反省しきりな訳なのですが・・・心やさしいD先生は本当に何度も同じこと言わせて申し訳ないけど聞かなきゃ分からないので…と本当に申し訳なさそうに言って静かに半分怒り交じりの私の話を聞いてくれていました。この時のD先生との話の中で「お父さんの下痢は本当に異常な回数なんですが・・・いつ頃から・・・」と言うくだりがあり、それにまたまた私が激怒して「そやから何度も異常な下痢って、ここに来た最初から言ってるじゃないですか」「それやのに、感染症や腸閉そくやらなんチャラと言って様子見ましょうって、病院はちゃんと対処してくれなかったじゃないですか」と、私ってほんまに短気やから・・・で、その後少し冷静になり「やっぱり父の下痢は感染症なんですか?」と聞くと「確かに菌に感染していて、菌も何種類か出てはいるんですけども、その菌がここまで異常な下痢を引き起こすとは考えられないんです。」「本当に後手後手になってしまい申し訳なかったんですけど、お父さんの下痢を一刻も早く止めてあげれるよう、明日から徹底的に検査してしっかり原因を突き止めて、お父さんが1日も早く回復できるよう頑張ります」と、力強く仰って頂きましたので私はここ何カ月間か背負っていた重いものから解放された様にホッとしました。天下の市民病院がこんなにしっかりと請け負ってくれたのだから父の下痢はすぐに治まり、1週間ほどで退院できると…ほんとに、この時はまだその先に潜んでいる悪魔のような病気のことなんて、私たち親子は勿論の事、医者だって全く気付かずにいたのですからその夜11時半ごろ、父にしっかりと「看護師さんの言う事聞いて、自分勝手な事しないで、トイレは一人で言っちゃだめよ」と、念を押して私は自宅に戻りました その翌日の月曜日、10時ころ父の病室に行くと昨夜緊急入院で来て精神的に少しホッとしたのか父が顔色も良く元気そうに「お腹空いた~」とわめいていました私は自分用のランチにと朝ご飯炊いておむすびにして持って来ていたので、食べさせて良いかどうか主治医が回診に来た時に尋ねてみました。主治医のD先生は「食欲があるのはいい事なので構わないですよ」と優しく言ってくれたので、父はおむすびを半分ほど食べたように記憶しています本当に激しい下痢で体力が極端に落ちてきて以降のこの1ヶ月間、父は固形物はほとんど口に出来ていなかったので、私はウキウキしてしまうほどうれしかったです 久々に父が口にしたおむすびほんとにうれしかったですでも・・・結局この時のを最後に父の長い絶食生活が始まったのでした
2010.08.24
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やっとの事ですが、今日はある意味私たち親子の記念日でもあるので父の闘病記再開したいと思います(一応この日の日記の続きになります) 1年前の今日、8月23日の日曜日はとても印象深い日で今もあの日一日の出来事はは私の記憶の中に鮮明に残っていますこの日は日曜日で私はもちろん仕事でしたが6月末頃から始まった父の下痢は、お医者様たちが色々手を尽くすも治まらず体重は既に15キロほど落ち、急激な体重減から来る栄養失調で脳に栄養が回らず父は精神科の医師より「せん妄症」を宣告されており、既に一人で外へ出かける体力もなく、食欲も全くなく、1日に摂取できる食べ物は果物を一口か二口、それに病院で処方されている栄養ドリンクのラコールを100mlほど(医者からは父の体格からすると1日に5~6袋は必要と言われていた)と、点滴だけで命の火を繋いでいたような状態でした。この頃、私は悲しいけどこのままだと父は飢え死にするだろうと思っていました。もちろん近所の主治医や市民病院にも7月の中旬からかかっていて、いろいろ検査するも全く異常がなく、いつももう少し様子見ましょうで終わっていたのですこの頃の私はまだまだお医者様を全面的信頼していて、医者が異常ないというのならそうなんだろうとたとえどこかに異常があったとしても医者に見つける事が出来ない病は治しようもなく、ある意味病気のカテゴリーから外れてしまっても仕方がないという考えでした。実際ある医師はこう言いました。「お父さんの体は特に異常はなく、内臓もこの年齢にしてはとてもきれいで、お父さんに病気があるとしたら精神的なものでしょう。」と、言われ当時の私はガックリしたもんですが「でも父はほんの数カ月前までは海外にも元気で出かけ、体力だって人一倍あって、今の状態が精神的なものだけとは思いにくいんですが…」と健気に訴えたりもしていましたが・・「お父さんも間もなく80歳で、男性の平均寿命は生きておられる訳で、人間の寿命と終わりと言うのはこんな風にやってくるものですよ」と、鬼のような宣告をされたりもしました医者がこんな風に言うのなら、本当に今まさに父の寿命は終わりにさしかかっているのだろうと、何とも納得できない思いを抱えていた事を思い出します で、この日の日曜日は父の為に午前中に予約は取らず、朝タクシーで父と共にお店に出勤して、カットと髭そりをしてやりました父はおしゃれな方なので、散髪や顔そりはとても大好きで、いつもならルンルンなんですがやはり体力もなく食事もほとんど出来ていないので、直ぐにしんどいと訴えたので、カットと髭そりを済ませると早々にタクシーで帰らせました。その後私はいつもと変わりなく仕事していたのですが、1時半頃に父から電話があり「しんどいねん。死にそうや!」と言うけど、私は午前中の仕事も午後に回していたので帰宅は出来ないので「どうしても我慢できなかったら救急車呼んで市民病院に運んでもらって」とだけ言って、実際父が救急車呼べるかどうか(何せせん妄症で体力無いので119番をコールして市民病院に運んで下さいと言うだけの知恵が残っているかどうか疑わしかった)解らないけど、私自身動きが取れなかったのでそのまま受話器を置きました。で、結局4時半頃市民病院から電話があり、ひょっとしたら腸閉そくかもしれなくて緊急手術になるかも知れないので、何時でもいいので病院まで来て下さいと言われ、私は6時半頃に伺いますと言って電話を切りました。この時はお客さんと、とりあえずちゃんと救急車呼んで市民病院行けたみたいやから安心したわなどと至って軽い会話をしていました。私が市民病院に行くと丁度いろいろ検査が終わったところで、腸閉そくではなかったらしくとりあえず一旦自宅に戻ってもう少し様子を見てみましょう!と診断されたのですが医師や看護師とのいろんなやり取りの中で、市民病院にかかって1ヶ月半・・・何度も聞いた「もう少し様子を見てみましょう」に突然ブチ切れてしまいました「あのね、様子見ましょう様子見ましょうって、いつまで様子見るの」「父が死ぬまで様子見るつもりなん」 「いえ、そんな事は・・・ただ特別どこにも異常がないので今はこのまま様子見させていただこうかと・・・」 「何言うとんそんなオウムみたいに毎度毎度様子見ましょうって言ってる間に、うちのお父ちゃんこんなに弱ってしまったやん今にも死にそうやのになんで入院させてくれへんの」(こういう場合、市民病院には入院規定というものがあって、死にかけている父でも入院規定に達しないから入院できないという。お役所仕事の病院やから、すべてマニュアル通り、万が一にも自分たちの能力不足で隠されたとんでもない病気が潜んでいるなどとは露ほども思わないらしい・・・)でもこの時はさすがにこのまま父を自宅に連れ帰ったたら、死んでしまうような気がして引き続き私は大声で救急外来のど真ん中で怒鳴り続けました「カルテに書いてるかどうか知らんけど、父は最初ここに来た時はポートライナー乗って元気に歩いてきたんよそれが様子見で1週間たった時には体力がなくなってタクシーになりその次は歩行困難になって車いすで今は車いすにも乗れへん状態やん」「様子見ましょうもええけど、その前に父の止まらへん下痢治してよっ父はウンチが止まらへんから熟睡する事も出来へんのよ」と言う事で私の大声の剣幕で父は無事「消化器内科」に入院したのでした そして・・・ この日・・・ 父のATL闘病の開始のゴングが鳴ったのでした写真は2枚とも昨年3月に行ったバリ島ですちなみにこの時の体重は78キロほどだったと思います
2010.08.23
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あんまりかわいいので 引き続き ピュリナのトラックバックキャンペーン 夏だから・・・ ハナちゃん オオマタびらきィーー はぁぁ~~~~~ い、いちおー お年頃の女の子やねんけどね~~ ハナちゃんのあまりの寝姿にちびくんも思わずため息です。。。。
2010.08.21
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夏だから・・・というテーマでピュリナの社員ブログのトラックバックキャンペーンやってたので今日はにゃん子ネタです 我が家では夏だから…かわいいにゃんズ昨日、お風呂に入れちゃいました約1年半ぶりのお風呂タイムに(この1年は流石にネコお風呂に入れる余裕なかった)にゃんズ、死にそうな大声あげてました~~(残念ながら入浴後の貧相なかわいい姿撮り忘れました) にゃん子をお風呂に入れるか否かこれは賛否両論で事実、2年前獣医さんのパピークラス受講した時もこの点について質問すると獣医さんは「ネコはお風呂に入れる必要ありません」「嫌がることを無理にするとストレスで早死にします」なあ~んてこと言われちゃいましたが我が家では代々にゃん子お風呂に入れてます私が感じたにゃん子ちゃんのお風呂のメリットとして1、ノミが湧かない2、皮膚病になりにくい3、抜け毛が少なくなるのでお腹に毛玉がたまりにくくなる4、入浴中は地獄のようだが、その後は天国さながら気持ちよさそうである4、ネコに聞いたわけではないが、身体のかゆみがなくなり快適である5、10日ほどシャンプーの良い香りがお部屋に漂い、デオドラント効果バッチシ因みに、前猫6匹は2カ月に1回の入浴ペースで15歳~19歳半とみんな比較的長生きしてくれました で、先日ネットで買ったネコの爪とぎのおもちゃ穴の中にカリカリ入れてにゃん子が遊び感覚でそれをほじくりだしその時についでに爪が研げるといもので更に周りのマットはポチポチがあってそれを踏む事によって肉球のマッサージ効果があるという実用的なおもちゃなハズなんですが・・・2500円ぐらいしたのに我が家のにゃんズは全く興味なしで中に入ってるカリカリは手を使わないで直接口で食べれる分だけ食べ、残りは放置マットは気持ち悪いのか踏まないようにしているみたいだし 買うんじゃなかった~~
2010.08.19
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さて、出来るだけ記憶が鮮明なうちに父の闘病記再開せねばと思い立っては見たものの放置時間が結構長かったので、どこから再開したものかと悩んでしまっています今日の私はお盆休みで仏壇のお掃除と言うか、お引っ越しと言うか…新仏用に白木で組まれていた仏壇の前(下かな)の祭壇を片付けてTVボードの上に置いていた仏壇を本来TVを納めるべき場所にお引っ越ししてもらいました今までは1メートル20センチのTVボードの上にあったので座ってお参りする時見上げなきゃならなかったしお掃除も椅子の上に乗ってしないと出来なかったしでめちゃ不便やったけど(てか、元々置き場所が間違っていたのかもしれないけど)先ほどから座ってゆっくりおしゃべりしながらお参りできるようになりましたんで、父の闘病中すっかりさみしい思いをさせていた我が家のかわいいにゃんズも毎日私に甘えて(時にはかむ事もあるけど)のびのびと元気になり父がいた頃には、絶対してくれなかった出かける時のお見送りと帰ってきた時のお迎えを必ずしてくれる様になりました今も私は、出かけるときと帰宅時には「行ってきまあ~す」と「ただいま~~」と、父がいた頃のように変わらず言うのですが今では父の代わりににゃんズが「にゃーー」と、言ってくれています(たんにご飯欲しくて泣いてるだけかもですが…) でも、この子たちがいなかったらさみしくて、さみしくて・・・まだまだどーしようもない時間を過ごしていたように思いますほんとちびたろー王子と花子姫は私の宝物です
2010.08.17
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ふと気がつくと…いつの間にやら…父が亡くなって丸2カ月経っていました 写真の父はホスピス入院後一旦危篤を言い渡されその後、持ち前の頑張りで見事にお庭散歩できるまでに回復した時の写真です撮影日は5月の30日の日曜日でとても温かい日でした今改めてこの写真を目にしてこの2ヶ月間悶々と悩んだり後悔したりしていた事が全てきれいさっぱりと吹き飛び父を市民病院から自宅を経てホスピスで最後の時を過ごさせた事が決して間違いではなかったと 私たち親子は本当に素晴らしい時間を過ごせたんだとちょっぴりですが神様に感謝したいです 前回の日記から随分と時間がたってしまいましたがコメントを頂きました皆様には心よりお礼を申し上げます。2カ月近くもブログも放置しっぱなしで、気にはなっていたのですが中々、このブログを開けただけで泣いてしまいせっかく頂いた温かいコメントにレスを付けることもできませんでした。かといって私が殊勝にずっと泣き暮らしていたという訳でもなく日々笑いながら普通に自分の生活を楽しんではいたのですが…無事父の忌明けの法要、初盆も済ませ自宅では父が変わらぬ笑顔で鎮座しております。(お葬式の時の父の遺影がとても良い写真なのでいつかブログでも紹介したいデス)で、昨年の今頃は父は原因不明の下痢で途方に暮れていた頃で今からなら、丁度1年遅れのオンタイムで闘病記書けそうなので私もいつまでも自分のブログ見てめそめそしてないで父が精一杯戦った命の軌跡を綴ってやらねばと・・・ガンバリマス
2010.08.14
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