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2010年6月14日午前9時30分父は安らかに旅立ちましたいつもの様に横で眠る私を見守りながら静かに旅立ちましたまだまだ気持ちの整理が付かず涙する事も多いですが泣きたい時は思いっきり泣いてそれでも日々の自分の生活をぼちぼち歩き始めました父の闘病記はまだまだ続けるつもりなのでもう少し落ち着いたらまたバンバン書いていきますPCの向こうから父の回復を祈っていて下さったみなさま本当にありがとうございました最後の最後まであきらめることなく頑張った父をほんの少し褒めてやって下さい
2010.06.24
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2010年6月11日(金曜日)21:00つい先ほど父の呼吸が弱いという事で二人のドクターが来てあれこれ診て行ってくれましたあまり効かなかった薬が3日ほど前より徐々に効きが良くなってきていて、ほっとしたのもつかの間今度は薬が効きすぎて目が覚めなくなり、いつもは全く効果のない夜の飲み薬の眠剤(レスリン・エバミール・セロクエル)で眠りこけ、時折夢遊病の様にうめき声と腕を動かしまわり、時折開ける目も焦点が定まらず結局、衰弱から代謝が悪くなり薬が体内にたまりすぎて、呼吸を鈍らせ、低血圧(上90)脈拍も微弱になったらしいという事で、24時間のキシロカインをストップし、同じく24時間のモルヒネ・ファビナーレも減量する事になり、いつも眠剤の後にする点滴アイオナールも暫く様子を見る事にして、痛みが増して眠れなくなったら投与するという事になりました。ちょっとドキドキしましたが、今夜どうこうと言う事は多分ないと思うとドクターが言ってくれたのでちょっと安心したけど、ほんと!薬が効きすぎたり全く効かなかったり…父の緩和療法はピンポイントの調整を要求されるようで、先生方もなかなか悩ましいみたいですそれでは、前々回のブログの続きです。2010年5月24日(月曜日)救急搬送編119番をコールすると、当たり前ですが救急車が必要な人の状態を聞かれます。昨年来救急車の世話になる事度々で、いつもは結構よどみなく簡潔に答える私でしたがさすがに今日の父の状態の説明は少ししどろもどろになりつつ、父が白血病の末期で在宅のターミナルで自宅療養中であり、もちろん自宅で最期を迎える為に病院を出てきたけど、最期を看取ってくれるはずのターミナルケアの在宅医に「非常に危険な状態だから市民病院へ行ってくれ」と言われたので、どうしてよいのか分からずコールしました。と、まだしゃべろうとする私の言葉をさえぎって「取りあえず直ぐに行きますので、少しだけ待っていて下さい」と言ってくれ、実際5分ほどで駆けつけてくれました。で、もう一度最初からの事情を聞かれ、自分は父の最後を看取るつもりで自宅に連れ帰り、その最期を一緒に看取りましょうと言ってくれていた在宅医から思いもかけない病院へ行った方が良いという言葉にどうしたものかわからなくなり、苦しんでいる父がかわいそうでコールしたんですが、一応木曜日には六甲病院のホスピスに入院することも決まってはいるんですが、それまではとてもじゃないけど待てないし、最後まで面倒みさせて下さいと言ってくれていた好意を蹴って退院してきた市民病院に行くのも何だかで・・・。と、煮え切らない説明をすると、「解りました、一応六甲病院への入院が決まっているのなら六甲病院へ搬送するのが一番ですが、もうこの時間では六甲病院はあまり機能していないのでお父さんをどうする事も出来ないので、一度市民病院へ問い合わせてみますね!それでだめなら他を考えましょう!!」と、市民病院に問い合わせてくれ、市民病院が快諾してくれたのですぐに父を市民病院へ搬送してくれました。で、またまたですが、市民病院へ到着しても先ず在宅ターミナルで金曜日に退院した所だという説明から始め、一連の説明をしてそれから担当医が、やはり父の病気の末期だと一応痛みを取れるような処置はしますが、たぶん今の状態の父を楽にしてあげる事は困難だと思われるけど、取りあえずお腹の痛みが激しいので出血箇所がないか造影CTで確認してくれ現時点では出血しているところもないし採血結果も極端に悪い数値ではないし、それでもやはり父が危険な状態には変わりなく数時間後には大量下血とかの危険性が高いので、父もかなり体調が悪そうで自宅に戻っても不安だろうし、万が一自宅で大量出血とかになるとほんとに大変ですから、このまま入院されますか?と言われ、その予想外の言葉に私はびっくりして「入院出来るんですか!?」と聞き返しましたが、担当医は「大丈夫ですよ!まだ退院して3~4日しか経っていないので当院でちゃんと面倒みさせて頂きます。木曜日には六甲病院も決まっているのならそれまでのつなぎとして預かってもいいし、そのまま最後までいてもらってもいいですよ!」 私は市民病院のかつてない寛大な対応に本当に驚きましたが(救急で来てこんな親切な対応は初めてやったもんやから、ほんまビックリ!!)「ただ、入院に当たっては一つどうしても同意して頂かない事が有ります」「今少しお父さんは落ち着いていますが、恐らく薬が切れてくるとまた激しい痛みが戻ってくると思うのですが、既に入院中にも普通の痛み止めなどは効かなかったと思うので、今度お父さんが薬で抑えられない痛みに襲われた時、市民病院としての処置はお父さんの意識を完全に奪って24時間連続のモルヒネ投与となり、そうなった場合最期までお父さんはそのままの状態となります」 「この処置は数時間後かもしれないし、痛みがなければもちろんしませんが、痛みが出ないというのはちょっと考えにくいので、ここに入院するという事はそうなることを覚悟して頂かなくてはなりませんまあ、ただそういう状態になった時、薬で寝たきり状態の患者さんを今度は六甲病院が受け入れるかどうかわかりませんが、六甲病院がだめでもうちでちゃんと最期まで面倒みさせて頂きますので、心配はいりませんが・・・」ひょえ~~~~~な、何が心配はいりませんよ!よっめちゃくちゃ究極の選択やんかほんで、私がオタオタと決めかねて、(入院したら安心やけど、意識を奪って死ぬまでそのままというのもいやだし。かと言って家帰ってまた痛くてどうしようもなくなったらかわいそうやし・・・)などと迷っていると担当医が「迷いますよね!?ゆっくり考えてもらっていいですよ!!」とか言いながら、父の耳元に顔を近づけて「◎◎さん、おうちに帰られますかー?それともこのままここにいますか?」と、大きな声で呟き、その呟きに父は顔を輝かせ「ここにおってもええの?入院出来るん」「大丈夫ですよ!苦しい時はいつでも入院できますよ~」「ほんなら、ここにおる」ひゃぁ~~~~こらこら何言うねん私は条件反射の様に父の顔に顔を近づけ「お父ちゃん!!ほんまにここにおるの? それとも!!私と一緒に、家帰る」と、最後の部分を大きな声で怒鳴ると父は「お腹すいたし、家かえる~~~」と言ったので、私は担当医の方を向き満面の笑顔で「家帰ると言ってますので、取りあえず一旦自宅に連れて帰ります」担当医は苦笑交じりの顔で「そうですね、せっかくおうちに帰ったんだからおうちに帰った方がいいですね!それじゃあ介護タクシーの手配しましょうね!」と、ほんとに優しい人間味のあるドクターでした。その優しさに甘えて私は一応今後の緊急時の為に「先生、一旦父を自宅に連れて帰りますが、たとえば1時間後とかにまたものすごく体調が悪くなったりしたら、もう一度市民病院に来ても構いませんか?」と、確認しておきました。「大丈夫です!ここは病院ですから具合の悪い患者さんを拒否する事は有りません!!2度でも3度でも何度でも来てもらって構いませんよ!!」この言葉を聞いて私たち親子は安心して「帰ったらおにぎり食べよな!!梅干しでいい」「うん、おむすびやったらなんでもええわ」と、気分晴れやかにタクシーに乗り込みました
2010.06.13
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2010年6月11日(金曜日)04:00AM昨日は部屋の移動をしました。窓の外は緑いっぱいで朝窓を開けるととてもさわやかな風が入ってきます窓の外は緑いっぱいで朝窓を開けるととてもさわやかな風が入ってきます数日前父の体調がすこぶる悪い時(良い時なんてまずあり得ないんですけど)何か言っていたので聞き取ろうと顔に耳を近づけて何度かきき返すと「家に連れて帰って・・・はよ家に帰ろ・・・」と苦しいのですごく険しい顔で繰り返していました。さすがに今の状態で自宅へ戻るというのは自殺行為で、いろんなお薬によってかろうじて抑えている痛みや苦しみが病院を離れると怒涛のように押し寄せてくる事になると思います。で、ここには和室の部屋が有ったのを思い出し、幸いにも空き状態だったので部屋をインスペクションして(ホテル巡りでなく病院の部屋巡りをするなんて思いもしなかったけど)部屋の造りがほんとに自宅の和室の様なというか安ものの旅館の和室の様で全く病院と言う感じがしなかったので、担当ナースに相談してルームチェンジする事になりました昨日は週1回の入浴デーでもあったので、今は全く動けなくなった父の負担を少しでも減らすために、入浴した後そのまま新しい部屋に戻ると言う予定で37度と少し微熱が有りましたが、強硬にお風呂に入れる事にして、看護師さんと私の二人で汗だくになって父の体をピカピカにしてやりました。お風呂から新しい部屋はとても近いのですが、和室なので玄関先で履物を脱ぐようになっていて、そこが病院なのになぜだかバリアフリーでなくて20センチほどの段差が有り、動けない患者の為の入浴ベッドを部屋のベッドに横づけする事が出来ず、部屋の外で看護師4人で父を抱き上げ『落ちる!落ちる!!何するん!!オブないやん!!』と叫びまくっている父をあっという間に部屋のベッドに移して、父は生まれたまんまの姿でゼエゼエ言っていましたが、休む暇なく今度はパジャマを着なきゃいけませんおむつをつけてシャツを着てパジャマを着るという動作も患者自体が自分で体を動かす事が出来なくなると、着せる方も着せられる方も大変で父はいつも着替えの時は終始「やめて痛い!死ぬぅ~~~」を繰り返しますでも元来きれい好きな父なので、きれいに身支度が整うと「ありがとう」と言ってくれ、何とも言えない顔でほほ笑んでくれます。病院なのにひきd氏のタンスがありますなんとなく、この散らかりようが我が家とソックシですで、入浴の後、引越しのごたごたで中々24時間の注射類をつなぐ事が出来ず、そのせいかお風呂のせいかは分からないけど、ものすごく体調が悪くなり24時間の注射3本つないで、更に「ファンタニル」と言うモルヒネの点滴をしました。点滴後30分ほどして少し落ち着いたところで父に「家帰ってきたよ~」「ベッド置かなきゃいけないから家具はよけたけどね」 と言うと、部屋をぐっと見回して「ほんま、ほんまに家帰ってきたん?」「うん、お父ちゃんの部屋じゃなくて和室の方やけど、家帰ってきたんよ!」と、部屋の違いを何とかごまかすと「うれしいなあ~~。家帰ってきたんや。。。」と、ほんと、部屋代前の1,5倍やけど、この一言で部屋代の高さなんて吹っ飛んじゃいました!病院だけど和室なので、床は畳ですその後点滴が効いたのか部屋の雰囲気のせいなのか、なんとなく父の痛みは少しましなようで、時折うなり声は上げるものの、ジュースを飲んだり、晩御飯もかぼちゃ一口と餡かけ一口食べ、夜9時まで眠剤の点滴なしで起きて過ごす事が出来ました(こんな生活パターンは2週間ぶりです)入院してからの父は医師達も色々と工夫はしてくれますが、なk中思うように痛みは取り除けなくて、いつも6時か7時ころにはぐっすり眠れる点滴をして、朝の私の希望する時間まで眠らせているので、夜9時まで多少の痛みと苦しみは有ろうとも、眠らせないで起きているという事がものすごく画期的な事で、私も看護師さんも「一体どうなっているんやろ?」と、キツネにつままれたような感じでした。この事も部屋を移動した効果だとしたら、部屋の雰囲気だけでこうも病人の気持ちや体調が激変するなんて、ちょっとビkックリです!!でも、まあこれも日々いろいろ模索して下さっているドクターたちのおかげだとは思うのですが、部屋の雰囲気は多分モルヒネ10本分くらいの効果は有ったような気がします
2010.06.11
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2010年6月8日(火曜日)今日はお仕事お休みなので、病院にて2回目のブログの下書き作成と参ります今日は朝の回診でお腹の張りも収まりチューブからの排出量も極少量と言う事で鼻からのドレーンを外してもらいました。その後お昼すぎ頃までは比較的穏やかに過ごしていたのですが、1時間程前より苦しくなりモルヒネの早落としを連続して2回落としても効果なく、こういう時にいつも使うキシロカインは既に24時間連続投与しているので、他に処置の仕様がないのか夜寝るときに使う「ドルミカム1A」を使って眠りに落ちて何とか眠りに落ちたけど、いつもは静かに眠ることのできるドルミカムで時折苦しそうに魘されているので、ほんとにこれで大丈夫なのか少し気になるところですが、恐らくできるいっぱいの緩和処方はしてくれていると思われるので、仕方がないのかもしれませんそれでは在宅ターミナルの最終日、4日目の日記でございます2010年5月24日(月曜日)この日は本来お仕事3時間こなす予定でしたが、普段は定休日の為か予約希望がなかったので急きょお仕事お休みにしました。ヘルパーさんの方は予定通り来て頂いているので、私も少しゆっくりするつもりでしたが、この日は昨日に引き続きあまり体調が良くはなかったので、結局さほどゆっくりも出来ずでしたが、ヘルパーさんにはお掃除と肉じゃがを作ってもらい、二人で父の面倒を見つつお茶を飲んだりして世間話をしながら過ごしました。で、この日訪問予定であった在宅医は11時ころにやってきて、断続的な痛みで痛み止めの効果もないという事で初めてモルヒネの内服薬「オプソ」5mlを処方してくれ、とりあえず非常時の為とそれを3本置いて更に痛み止めの注射をして帰って行きました。オプソの使用量については、1回に付き1mlほどから初めて、治まらないようであれば引き続き使っていいそうで、大体効果が表れるまでに30分ほど時間がかかりますと言われました。その後、13時半にヘルパーさんが帰宅し、15時ころに痛みが我慢できないと言うので初めてモルヒネを内服させました。ドクターに苦くはないかと一応確認して苦いと言われた事はないと言っていましたが、父は余りの苦さに顔をゆがめて「にっがぁ~~」と呻いてましたでも、結局1回目の内服で効果は全くなかったので30分ほどして更に1,5mlほど追加して40分ほど待ちましたが全く効果がなかったので、緊急時の連絡先にコールして指示を仰ぐ事にしました。この時の対応は早く電話を切って1~2分で電話がかかってきて「ドクターの指示で、オプソの残り2,5mlと夜の分の痛み止めを一気に内服して下さい。それで多分痛みは治まるはずです」と、言われその指示通りにして、今度こそ父の痛みは治まるのだろうと、呑気に構えていましたが1時間待っても一向にその気配がなく、再び緊急連絡先にコールしました。で、今度は医師から直接コールが有り「オプソは痛みにはかなりよく効くお薬です。これと今日1日3回分の痛み止めを内服して痛みが取れないという事は、今夜中にもお父さんの体に命にかかわるような異変が起こる可能性が高いと思いますので、市民病院で一度受診されてください」と言われ、その言葉に私は耳を疑いましたが「いや、あの…、自宅で最期を看取るという事で帰ってきたので市民病院にはもう行くつもりはないんですが…」「でも、今のお父さんの状態はほんとに危険な状態で、多分数時間後には大量下血などの手に負えないような状況になると思われるので行ってもらった方がいいと思います」父の大量下血や内臓に穴が開いたり破れたりの危険性は初めからわかっている事で、そんな事をすべて承知の上で在宅ターミナルを決心したのであって、帰宅したその日に亡くなる事も想定しての強硬在宅ターミナルな訳で、この事に関してはこの在宅医も市民病院での在宅ターミナルに向けての話し合いの最中に大勢の関係者の前で「お父様が大量下血などの緊急の事態になられた場合救急車での搬送を望みますか?それとも緊急時に於いても最期の時を在宅で迎えられますか?」と私に決断を迫り、もちろん私は普段から決めていた事なので躊躇なく「一旦自宅でターミナルケアを決めたからには、救急車など呼ぶつもりもないし、一度出た市民病院のお世話になるつもりはないです!ただ私も優柔不断なところはあるので実際父が激しく苦しんでいたりしたらこの決断は簡単に翻るかもしれませんが、もしも大量下血となった場合は貧血状態で恐らく比較的楽に死ねるような気がするので慌てる事無く最期を看取ってやれると思います」と答えこの時私の考えを聞いた在宅医は「解りました!そういった覚悟がお有りでしたら、私も最後まできっちりご自宅での最期を看取らせて頂きます!!」と自信たっぷりに言ったはずなのに・・・ほんと、まさかこれほど自信に満ちた事を仰られた在宅医がいとも簡単に「市民病院へ行って下さい」とはただこの後私が「一応二度と市民病院の敷居はまたがないつもりで在宅ターミナルを選択したので、市民病院には行くつもりもないし、このあと数時間後に父との別れの時が来ても、私はあくまで自宅で父を逝かせてやるつもりだったのですが」と言うと、この言葉に応じて在宅医は「解りました。娘さんがそう考えていらっしゃるのでしたら、もしもの時には私が最期を看取らせて頂きますので、また容態の方が変わったら連絡下さい」と言って電話を切ったのですがなんや結局父がいくら薬を飲んでも痛みが治まらないというのに、在宅医の下した判断は父が死にそうになったら駆け付ける!!という事なのか・・・で、受話器を置いて父の傍に行くと「先生来てくれるんか・・・」と、苦しそうに言ってきました。。。「いや、先生来てくれへんのよ!どう?まだ苦しい?」私が聞くと、父は医者が来てくれない事にひどく落胆しながら頷きました。う~~~~ん何か改めて在宅ターミナルの医師の指示に疑問を覚えた私は、何とも父がかわいそうで「どうする?病院行く?」と聞き、父は「病院連れて行ってくれるの?」と、うれしそうに言ったので 「うん。大丈夫や!病院くらい何ぼでも連れて行ったげるよ」と、救急車を呼ぶ決意をしました。
2010.06.09
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2010年6月8日(火曜日)ここに来てから、父が夜の眠剤で眠ると同時に私も眠る癖がついてしまって、毎晩眠りにつくのが8時とか9時で、父に使われている眠剤というのが軽めの麻酔薬なので朝までしっかりと眠るので、私も比較的熟睡出来てしまうので、毎朝起床時間が5字前後とほぼ老人の生活サイクルになってしまっていますなのでこの日記も本日の朝5時頃より書きはじめました父は昨日より何とも言えない気分の悪さが取れない父の為に1日2回点滴投与していた痛み止めの「キシロカイン」を24時間点滴切り替えました。何を処方しても父の体のしんどさと苦しみを取り除く事は出来ず、よりあえずこのキシロカインが何とか少し効果が有りそうだという事での処方です。これで24時間持続の処方はこのキシロカインと皮下注の腸の通りを良くするサンドスタチンとモルヒネとなりました。それに胃の中にたまったものを出すドレーンと酸素のチューブ、計5本のチューブがつながっているので、既に自力で動けない状態ではあるけど、身動きとれない状態で痛々しいです。でもまだ多くを語る事は出来ないけど、意識もしっかりしていて受け答えもちゃんとしてくれるので、ほんの少しだけですが会話も楽しみ父の面白い反応に笑ったりすることも度々あるので楽しい時間もそこそこ持てているのでまだまだ有意義な時を過ごしている父と私ですさて、それでは在宅ターミナル3日目の模様です2010年5月23日(日曜日)父はこの日は朝から体調がすぐれず、朝食に作ったおうどんも2本ほど食しただけでごちそうさましました。お薬の内服には少し時間がかかりましたが、何とか飲み切りその口腔ケアして顔そりして9時半にはヘルパーさんとバトンタッチしました。ヘルパーさんには今日は体調が良くないので、傍に付いていてくれる事最優先にお願いして後ろ髪をひかれつつ私は御出勤となりました。父は在宅中の4日間で2回の訪問看護と2回の訪問ドクターの診察を受け、1日1回は必ず医療関係者の診察を受けるというプランでお願いしていました。で、本日は少し驚いた訪問看護の現状について書きたいと思うのですが、ただこれについてはあくまで我が家が利用した訪問看護ステーションの話ですので、参考程度にして頂ければと思います…。 訪問の看護師さんが来てする事は父の体調を診て、検温に酸素濃度、それに血圧測定とマッサージやつめきり、身体の清拭や着替え足浴やマッサージなど、して頂けるサービス内容は結構あります。ただ、これらの事はヘルパーさんでもして頂ける内容で(もちろん!家族でも出来ることばかりです)、やはり訪問看護の大切なお仕事としては医療従事者でないと出来ないサービス、注射や点滴になると思うのですが実は父にはカテーテルがついているので、注射類は全てそこから注入する事になります。もちろん点滴類もそこに接続するだけで比較的簡単にできる事で、在宅の場合この事については本人または家族のみ許されている医療行為になるので、もちろん私もこの点滴の抜き差しや、薬液が詰まって流れなくなった時の処置法など一通り困らない程度覚えてきています。で、実際点滴については私も出来るのでして頂かなくても結構ですが、と一応伝えましたが、訪問看護の場合この点滴も治療報酬につながるので、そのせいかどうかは分からないけど訪問看護師は「いえ、指示が出ていますのでこちらでしますよ~」と、言う事でやってはくれたのですが実際やってもらってめちゃくちゃ驚いたのが、2回来た訪看さんお二人とも父の点滴の薬液について知識がなかったのです父の高カロリー点滴はごく一般的なもののはずで、密封の袋の中に入っていて、まずそこから点滴液を取りだし、パックの中が4層に分かれているのでそれを上から手で圧迫して仕切りをすべて開通させてからそこに止血剤を注入して使うのですが訪看さん、まずこの高カロリー点滴見るの初めてみたいで、袋が2重になっていて中から取り出すのもよく知らず、その次はこの薬液が4層に分かれている知識もなくそのまま使おうとするし、止血剤のアンプルに至っては点滴液の中に混ぜるのではなく腕から注射しようとするわで、私はびっくり仰天で、結局すべて横から私が指導した始末・・・おまけにいざ接続しようとするとその器具が新しいとか何とか訳のわからない言い訳して、それも私が教えましたしかも、ドクターから指示されていた痛み止めの「リンデロン」の注射を腕に刺そうとしたので『市民病院で注射はいつも点滴の接続部の挿入口から入れていましたよ!!』と言う事も教えて差し上げましたほんと、まさか訪問看護師がここまで在宅ケアの肝心な部分ができないとは予想もしてみなかった事でがよくよく考えれば訪問看護師と言うのは、ヘルパーさんたち同様、ほとんどが現役引退しているパートやアルバイトで、長らく医療現場を離れていて最新と言うか最近の医療技術も学べていないという事みたいです。ちなみに私の職業は美容師ですが、現場を1年離れれば1カ月は使い物にならず、3年離れた美容師を雇うのには非常に勇気がいるしもちろん給料は見習並みとなります。これが看護師に当てはまるかどうかは分からないけど、医療の現場と言うのは日進月歩、現役の従事者でさえ頻繁に研修が繰り返されていると思うのですが、果たして訪問看護師の研修実態と言うもがどの程度なのか、恐らく訪問看護には個人の力量の差がかなりあるとは思うのですが、底辺の訪問看護師が来訪するということを念頭に置いて、訪問看護サービス受ける時は家族もそれなりにしっかりしておかなきゃ、とんでもない医療事故に遭遇する可能性もあるのかもしれません。付け加えておきますと、本来なら父に関する在宅での処置は全て在宅のドクターの指示という事で、訪問看護は在宅医と一心同体で機能するはずなので、点滴の種類や注射の種類はもちろんの事、それらをどのように患者に対して施術するのかという事は把握していて当たり前で、私が思うにおそらく在宅ドクターの指示というのが単なる処方箋のようなもので、何と何をどのように混合させてどこからどう使うかまでは指示していなかったものと思われ、この訪問看護のお粗末さは、ある意味在宅医の単純な怠慢指示のせいもあると思います。在宅ターミナルについては多分まだまだ歴史も浅く、これからどんどん利用する人も増えてどんどん改善されていくとは思うのですがお医者様も訪問看護ステーションも、そして家族もしっかりと大切な人の最期を幸せに看取ってあげられるように、気を引き締めて取り組んでいってほしいものですね!!
2010.06.08
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2010年6月2日(水曜日)昨日の定休日はお仕事したので今日は代休取ってお休みしています。ここのところ夜は眠剤で眠りっぱなしだったので、久々に起きている状態の父と過ごしているのですが、めちゃくちゃ体調悪いです。痛みと苦しさがひっきりなしに押し寄せているようで、そばにいる私もナースコールばかりしている状態なんですが、今日はおしっこやウンチを本人はひっきりなしに訴えてうるさいのですが、導尿しても痛いだけで昨夜から今日の15時ころまでで150CCほどしか出ていないし、ストマの中も100ほどしか出ていません(ストマには市民病院入院中には2~3リットルでる日もあったのですが)気分の悪さは腸の動きが悪く排尿・排便困難から来るものと思われ、吐き気止めや、痛み止め、抗生剤、24時間モルヒネの早落とし、など色々やってくれますが全く効果なく、ついに16時ころ少し嘔吐しました。するとドクターがすっ飛んできて、嘔吐の量や色など矢継ぎ早に質問され「色は無色で、量もほんのちょっぴりですけど、かなり激しくエズいていました」と説明すろとドクターは、「恐らくお父さんの腸はどこかで詰まりかげんになっていて、胃の内容物が下から出ないで胃の中に全部溜まっていると思われますので、多分そのせいで、吐き気止めも全く効果なくとめどなく吐き気が続き体調も悪いんだと思いますので、出るか出ないかはやってみないと解らないのですが、許可してもらえるなら、鼻から管を通して出したいと思うのですが」私は父は何も食べていないのにそんなに胃の中に物が溜まるものなのかが不思議でしたが、ドクター曰く胃の中は胃酸や唾だけでもかなり溜まるので、それが腸管から流れないとどんどん上に積みあがって圧迫されてずっと吐き気が止まらないんだと思いますよ!という事らしく、一連の作業は眠剤で眠らせて行うので父にはあまり負担もなく、その管で食道や胃を傷つける事もなく簡単な処置だと言うので、安心してお願いする事にしました。で、実際説明通り、眠剤の点滴をマックスで落とし父を眠らせチューブを通して、ホントに驚くほど簡単に透明のチューブを通って父の胃の中に溜まっていた苔色(父の便はいつも緑かもう少し濃いめの苔の色状です)の液がどんどん出てきたのには驚いたけど、何とわずかの時間で1リットルも出てきて、先程までパンパンに張っていたおなかが、ペッこりへっ込んで軟らかくなりました。この処置の後は、父も少し吐き気がましになったのと、膨満感が無くなってスッキリしたようで、少し眠れる痛み止めの点滴を受けて眠りにつきました。父は薬で眠っている時だけが穏やかな時間なので、その眠り顔は本当に平和そのもので私もホッとして、父が眠りについた間にお風呂に入る事にしました
2010.06.05
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2010年6月2日03:30(水曜日)夜6時半ごろに内服した眠剤でこんこんと眠り続けていたけど日付が変わって午前2時ころに痛みで目覚め、24時間皮下注のモルヒネの早落としでつい先ほどようやく眠りにつきました。でも、反対に私は目が覚めてしまったので真夜中ですが、日記をつける事にしました1日毎に父は確実に弱っていっていますが、それでも痛みと苦しさとに懸命に闘いながら頑張っています本当に私たち親子ってとっても頑張り屋さんで、世界中で5本の指に入るくらい素晴らしい親子ではないかと自画自賛したいほどです それでは、5月22日土曜日 在宅ターミナル2日目の日記ですこの日はいよいよ本格的な在宅ターミナルの開始日となります。朝6時半ころに起床して、にゃんこのトイレと御飯用意して、父の検温と血圧測って問題ないことを確認して、尿器でおしっこを取り、座りたいと言うので、ベッドに座らせていましたが(もちろん介護ベッドなのでソファの様になります)しんどいと言うので、車いすに異動させ、そのまま隣のリビングに異動させて、TVを見ていてもらい、その間に私は大急ぎでパンと目玉焼きを作ったけど、結局パンは全く手をつけないで目玉焼き2口ほどとミルクを100CCほど飲みました。食事量はわずかですが、病院ではほとんど何も手をつけなかったので上出来かもしれませんが、昨日より一旦高カロリー点滴お休みしているので、ホントはもうちょっと食べてほしいのが本音ですが、父にとって食事は結構地獄の苦しみなので、お薬内服してもらう事にしました・・・。でも、この内服薬が実は問題で、この2カ月ほとんど食事もとってないし白血病の急激な進行で体力もめちゃめちゃ落ちているので、お薬を飲む事がかなり困難なんですが本日より在宅のドクターが痛み止めやらステロイドや利尿剤など信じられない数だしたので、2時間ほどかけて飲ませなきゃいけませんちょっと今手元にお薬がないので詳しい種類はは後日また載せますね。お薬は多分14~5錠有ったような気がするけど、処方された時に当然こんだけ飲むのは不可能やとは訴えましたが、ドクターからはとりあえず父に必要な薬なので頑張って飲んでくださいと言われたけど、ほんと、この辺りが普段の父の様子を全く知らないドクターが在宅医を務める難しさと言おうか、まだまだ全く絆と言う物がないわけなので、医師は理論通り父の痛みの緩和のみを最優先に考えるのであって、これだけの大量の薬の内服が新たな苦しみを父に与えるということは二の次の様な気がしてなりませんもちろん私の事ですからこの辺りの事情はちゃんと抗議しましたが、医師はとりあえずできるだけ頑張って飲んでもらって、それでもだめなら何とか他の方法を考えますとは言っていたけど… (本音はそれなら最初からなんとか別の方法考えろよ!と、突っ込む気持ちは少し我慢しました)まま、色々愚痴ってはいたものの、父は意外とスムーズにお薬全部飲んでくれたので良かったのですがまあ、そんなことしながら洗濯機まわして、父の口腔ケアに自分の身仕度と、あっという間にヘルパーさんが来る9時半になり、簡単な注意点と父の体調最優先でお願いしているお仕事はすべて二の次で!と、お願いして私は御出勤です。ヘルパーサービスについては後日別に書きたいと思いますが、昨年11月退院後からのお付き合いで、これまでにもいろいろ注文したりクレーム付けたりで、父の病気の事も良く理解して頂いているので、今回私の希望する在宅ターミナルのヘルパーサービスをひきうけて頂いた事には本当に感謝していますし、このヘルパーサービスなくして父の在宅ターミナルは実現しなかった訳ですから・・・いくら感謝しても感謝しきれない気持ちで一杯ですその後私はきっちり3時間のお仕事をこなして帰宅。父はお昼ごはんは食べなかったものの、トイレにも行き車いすに腰掛けて比較的元気に過ごしていたようでした。ヘルパーさんが帰って1時間程後、今度は訪問看護師さんが来て、父の診察と高カロリー点滴と痛み止めの注射をして、1時間弱ほどいて帰って行きました。この日は友人が心配して駆け付けていてくれたので、洗濯物の取り込みや晩御飯の調達や父の事もお任せして、私はお風呂に入って少し寝かせてもらう事にしました。さすがに緊張の連続と、在宅のターミナルを希望してから自宅へ戻るまで、かなりハードなスケジュールだったのでもうクタクタでした でも、何とか無事2日目は終了しました
2010.06.04
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2010年5月30日(日曜日)六甲病院の緩和病棟ホスピスに入院して今日で6日目、感染症の高熱で一時危険な状態にもなりましたが抗ブドウ球菌剤「バンコマイシン」投与と、同じくブドウ球菌に効力のある抗菌剤「バクタ」の連続内服により何とか、危険な状態は脱しました。ちなみにこの週末には会いたい人はみんな集めて下さいと言われていたけど、今日の朝のドクター回診時には「顔色もいいし、心拍もしっかりしていて熱も平熱に下がったし、いい感じになりましたね」と、ちょっと不思議そうな顔をしていました。 それでは、バタバタとした転院騒ぎも収まってきたので、闘病記の続きを再開する事にしますね 2010年5月21日(金曜日)待ちに待った退院の日です。午前8時すぎ、退院前最後の採血が有りました。HBC 10,5HRBC 290LHB 9LHT 26,3LPLTC 27,2CRP 3,0H数値に高い低いはあるけど、CRP以外はほどほどの数値で安定しています。最後の採血と言う事で血液像の結果がなかったので白血病細胞の数値が不明なのが残念だったけどもう治療はしないのだから、白血球の詳細データは必要ないのかもしれませんね この日は朝からバタバタと退院の準備をして、お昼前に主治医の最後の診察がありました。「○○さん、良かったね!おうちに帰れますよ!!」主治医が明るく声を掛けてくれたのですが、父は「先生、私もうあかんの?」その言葉に私も主治医もびっくりしましたが主治医がすかさず「ちがいますよ~病気が良くなってきたから退院するんですよ」自分の体調の悪さを考えるとこんなセリフは信じようもないけど、それでも父はうれしそうに「ほんま!?病気ようなってきたん?」「それやったらうれしいなあ~」と、にっこりと笑ったので、ほっと一安心しましたそして、主治医は立ち去り際に「ほんと困った事が有ればいつでも来て下さいね!」と、声をかけて下さり、その優しい言葉に私は今までの自分の激しい言動をちょっぴり反省したりもしましたが、時すでに遅しで仕方ないですね~~(うれしい事に、主治医はこの言葉通り今も父の病気についての知識に乏しいホスピスのドクターたちと連携していろいろアドバイスして下さっているようです。ほんとに感謝感激いつかお礼参り・・・ではなくて、お礼の言葉を伝えることのできる機会があればいいのですが・・・) で、その後病院で最後のランチを頂き(もちろん食ったのは私です)予定通り13時半に11南病棟の看護師さんたちに見送られながら、介護タクシーで自宅へ向かいました。自宅に戻って、かわいいにゃん子に目を細めながら介護ベッドに横になった父は「疲れたなあ~~」と言いながらウトウトし始めました。その寝顔を眺めながら在宅を決意してよかったと、この時は思いました。その後は在宅ターミナルへ向けて、在宅ターミナルのドクターや訪問看護、ヘルパーサービス、ケアプラン担当のケアマネさんなどと忙しく打ち合わせや契約を交わし、すべての事務処理や診察が終わったのは5時ころ ほんと、長い一日で疲れましたがこの日は父も比較的元気で痛みもさほどでもなく、かわいいにゃん子たちも久々に私と父がいるので、それぞれ好きなところでダラ~~~ンと寛いでいました。 父もやっぱり家はいいなあ~~と、しみじみ、うれしそうでした
2010.06.01
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