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昨日の「思いがけない人に再会」ネタの続き。仕事で訪れた大阪府中部の某スーパーで、お客さんとして来店した元同業者と久方ぶりに会ったことは述べた。さらに、彼女の口から、これまた思いがけなく共通の知人であるBさんの話題が出たことも。話を進める前に、このBさんを少し紹介しておこう。私がBさんに会ったのは、デモンストレーターになって2年目。大阪府内の某町にあった大手スーパー(Cストアとする)の系列のA店に仕事で赴いた時のことだった。Bさんは当時、そこの一部門の責任者(チーフ)。仕事には熱心に取り組むものの無表情で口数が少なく、たまにしゃべってもどこか愛想のないものの言いようをする、正直、あまり良い印象は持てなかった人だった。まあ、全体的にはおとなしいタイプではあったと思う、、、上司らしき人にきつく当たられてもただ黙って聞いていることが多かったから。もっとも、それだけに、と表すべきかどうか。私には、Bさんの全身から、諦念にも似た、こんな雰囲気が漂っている気がしてならなかった。「Cストアにいる限り、オレは社会保障も退職金も保障されているもんね」。そのBさん。再会した元仕事仲間によると、60歳でCストアを定年退職。再就職はせず、奥さんの自営を手伝ったり、同居している長男一家の子どもたち、つまり孫たちの面倒をみる生活に入った。「すっかり育じいになっていたわ。現役時代と比べると、物腰も柔らかくなっていて。あの人、真面目やけど、性格があんなさかい、上からは小馬鹿にされて都合よう使われていたところがあったわな。けっこうストレスかかえていたんとちゃうかな」。Bさんの変貌ぶりは他にもあった。何と、ピアノを始めたと、彼女に打ち明けたのだ。「はぁ、、、。Bさんがピアノ、ですか?」驚く私に、「びっくりくりっくりやろ? およそピアノなんてガラじゃないもんな、Bさんは。聞いたら、孫の1人が通うピアノ教室の送り迎えをしているうちに、先生にうまくおだてられたみたいで。おじいちゃんも習ってみませんか、なんて感じで。で、今度、孫のピアノ発表会では自分も演奏するんで、よかったら来て下さいと」。発表会当日。彼女は自分の孫を連れて会場へ。Bさんの出番は最後の方。パリッとしたスーツ姿でステージに現れたBさんは、観客に一礼して椅子に座り、おもむろに鍵盤へ指を走らせた。残念なるかな。演奏は、別の教室でピアノを習っている彼女の孫が、「あのおじちゃんよりワタシの方が上手」と彼女に耳打ちしたレベル。事実、会場の一部ではクスクス笑いも。それでも、曲が進むに連れ、不思議な感動が皆の間に広がり始めたそうだ。「Bさんがニコニコニコニコと、本当に楽しそうにしてんねん。孫が可愛くて可愛くてしゃーない。その可愛い孫が好きなピアノを自分も弾いて、孫と一緒に発表会にも出て、嬉しくて嬉しくてしゃーない。そんな気持ちが伝わってくんねん」彼女は心より感じたとか。「Bさん、いい人生を送っているなあ」。「いい人生」とは何だろう?もし、自分の内部(なか)から湧き起こる「楽しい」「嬉しい」を、自然体で自分にも他人にも見せることが出来る人生が「いい人生」なら、人は幾つになっても「いい人生」を得ることが可能だね、、、今までが冴えなくてもね。ついでに。これは私の勝手な想像ながら、Bさんは出世などとは無縁でも敵は作らなかったのではないか。これも「いい人生」だよ。
2026.02.24
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(注)2月22日に書いた記事。今日は大阪府内中部にある某スーパーで仕事。何度も行っている店だし、担当商品の資料も読み込んでいるし、デモンストレーションの予行演習もバッチリしているし、でもデモ開始時に一抹の不安感と緊張をぬぐいえないのは、業務の性質上しかたないか。いつものことだ。 結果?大成功とは言わないまでも、そこそこの売上。少なくとも実施店舗には満足していただけた数字。さてさて。今日行ったこの店で、コロナ前、思いがけない人に再会したことがある。まだまだデモンストレーター駆け出しだった20年ほど前、やはり大阪府内の別のスーパー(A店と称す)で、ちょこちょこ出会っていた他社の同業者(彼女は当時はA店の専属として常駐していた)。お客さんで訪れた彼女。私のことは「声。声であんたとわかった」と語った。聞けば、彼女は2010年代初めにご主人を失い、一人暮らしとなったが、嫁いだ娘さんとそのご主人が心配して声をかけてくれ、「うちは共働きだから育児のフォローもして欲しいし」ということで同居とあいなり、この町に引っ越してきたそうな。しばらくぶりなので昼食を一緒にと提案され、昼休憩が始まった13時に店内のビュッフェで待ち合わせ。四方山話に花を咲かせるうち、またまた思いがけない人物が彼女の口から飛び出した。「な、Bさんを覚えている?」「Bさん? A店で〇〇部門のチーフだった人? 2回か3回かな、Bさんのもとで仕事をしたけれど、何か恐い人でしたね。いつもムスッとしていて」「いやいや、それはあの人が職人気質で人間関係に不器用やからそんなふうに感じられるだけで。ホンマは真面目で飾り気のないエエ人やよ」と彼女。ついで、「実はな、あんた、私、ここへ越してきて、意外や、孫の保育園の行事でBさんにバタリと会って」と続く。「うちの孫娘とBさんの孫娘が、保育園で同じ組やってん。Bさんと久方ぶりに話して、つくづく思うたわ。人生は楽しんだもの勝ちだってね」人生は楽しんだもの勝ち?ん? それって、何のこと?これまでの投稿記事で少しでも関心を抱いた方は、明日にアップする続編をお楽しみに(8時間の立ち仕事をした後のせいか、けっこう疲れている)。、
2026.02.24
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(注)2月20日に書いた記事。プロの治療師が使う温熱マットと温熱コルセットのおかげで、腰の具合は95%まで回復した。ところが、腰がほぼ治りかけるのと入れ違いに風邪。しばらくおとなしくしていた持病の喘息が再びアタマをもたげ、夜も眠れぬほどの激しい咳に苦しめられている。結果、腰が完治するための残りの5%の要素が埋まらない。なぜなら、強い咳は腰に響くからだ。それでも、1日中何もせず、ゆっくりと休む日が続けば違うのだろうけれど、仕事はしなくてはいけないし、仕事がない日もあれやこれや野暮用が押し寄せてきて、つまりはチョコチョコと動かざるを得ない。どこまでも中途半端なのだ。もっとも、こういうケース、特に女性には体験したことがある人は多いのではないか。娘が小さい頃、娘が通う保育園の中に「昨夜は下の子がひどい熱を出してうなされ、一晩中看病。でも勤務シフトが組まれているし、その前に人手不足なんでたやすく欠勤は出来ない。病院は実家の母に1時間かけて来てもらって連れていってもらった。明日と明後日は私は休暇日だけれど、旦那は土日がかき入れ時の業界にいるし時期柄いそがしいシーズンだから出勤。私は溜まった家事を片付けないといけないし、もちろん子どもたちの面倒もみないといけないし、クタクタに疲れていても一息つくことも出来ないな。母? パートながら働いているのよ。いつもいつも頼れるわけじゃない」と嘆いていた人がいたけれど、この嘆きがわかる女性はとても多いのではないか。いや、家事育児に専念している専業主婦でも、病を得た時、自身の体調は二の次にして家族の面倒を優先する人は少なくないはずだ。ここいらの事情を明確にして、対策を立てないと、いつまで経っても、そして、どんなに金銭や特典をばら撒きしたところで、少子化は変わらないと思う。写真は今日の現場、大阪は京橋近く。
2026.02.24
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「よっ」の掛け声と共にグリル鍋などの仕事道具一式が入ったカートを、仕事先の店舗の建築構造上からやむを得なかったとは言え持ち上げたばかりにいためた腰の具合は、少しずつよくなってきた。嬉しいことだ。わけても徒歩に関しては、今はほとんど異常なし。ただ、未だに右足がじゅうぶんに上がらない状態にあっては、やはりいつもの徒歩ではない。歩き続けていると、右足首がだるくなってくる。まして、階段の上がりではまだまだ痛みが消えない。もっとも、我が家はうちは旦那が東洋医学の治療院をしており、診察室においてある温熱ベッドの上に横たわり、かつ、温熱コルセットを巻いてじっとしていたら、明らかによくなる。で、そのまま休んでいたら早く骨もくっつくのだろうけれど仕事に出るから(この仕事、業務の性質上、よほどのことがないと休めない。私も過去、38度台の熱を解熱剤で封じ込めたり喉から出血しても痛みをこらえて現場に立ったことがある)中途半端になって、また痛み出す。困るのは、カラダというものは一つの部位で綻びが生じると、連携して他の部位の働きもうまくいかなくなることがあることだ。一部分であってもどこかしらに支障があると、免疫力を削いでしまう現れだろう。そこに加齢が加わる。医療関係者に聞いたところでは、免疫力は個人差もあるけれど、おおよそ20歳を境に下がり始め、70歳を過ぎると全盛期の10%程度しか残っていないのだそうだ。たったひとつのマイ・ボディ。真実たいせつに労わりたいもの。ここで、気になる、あるお説がある。免疫力をアップさせる最強の方法は「笑い」。笑うこと。とにかく笑う。笑って、笑って、笑い倒す。ううむ?確かに、心からの笑いなら、免疫力はつくだろうと感じる(作り笑いはどうかな?)。写真は、近所にある神社、白峯神宮にある笑い龍。
2026.02.14
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どうやら腰部を圧迫骨折したようだ。いや、歩けるのは歩けるのだ。2月3日の節分の日も、自治会主催のウォーキング・ツァーに無理なく参加出来たほどだからね。ところが、階段を上がる時や、座っている姿勢から立ち上がる時、右足がじゅうぶんに上がらない。右の腰に刺すような痛みが走るのだ。最初は昨今の寒気、すなわち冷えからきているのかなと思い、お風呂に入ったり整体師である夫に治療してもらったりしたが、一向によくならない。夫は、「こんなに長引くということは、患部を圧迫骨折しているんとちゃうか」と語る。実際に、いくら施術しても回復しない患者さんが過去にいて、圧迫骨折を疑った夫がその患者さんに「一度、整形外科でレントゲンをとってもらっては?」と薦め、患者さんがそのようにしたところ当たっていた、ということがあったのだそうだ。圧迫骨折。思い当たる節はあるんだな。1月の最終日だった。京都市内の某大型店を鍋物関連の仕事で訪れた朝。従業員出入り口をくぐって受付にまわるべく、2段ある階段を登った(スロープタイプになっている店もあるけれど、階段タイプの店もまだまだ多い)。この時だったっけ。グリル鍋や調理器具一式が入っているカートを「よっ」の掛け声と共に持ち上げたら、なんか腰のあたりにグッときたのは。もっとも、違和感はその瞬間だけ。以後は普段と同じ。ところが、翌日から違和感が広がり、痛みが始まり、どんどん増していった。たった一度の「よっ」で圧迫骨折なんて!デモンストレーター歴22年の中で、「よっ」なんて、数えきれないほど体験している。1000回? いや、もっと多いはず。そもそも、バスで移動する時は必ず「よっ」と持ち上げないと乗れないのだからね。今まで何ともなかったのにここにきてこんなことになったということは、加齢による骨の老化か。歩けるし、降りれても、片方の足が自由にならない状態は、不便なことこの上なし。日常生活の営みに、立ったり座ったりは不可欠だ。写真は、節分の日に参加した自治会ウォーキングの途中で見かけた桜の木。この蕾があと2ヶ月もすれば花開き、ピンク色の壮観を見せてくれるのだ。
2026.02.10
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短期間のうちにいろいろな出来事があり、少しブログをお休みしてしまった。最大の出来事は、やはり1番上の孫の中学受験が吉と出たことだろう。幼い頃から、科学関連、特に動物や植物などの生物分野に強い関心を抱いていた孫。それは、小学校入学後に一段と顕著になり、学科では理科が得意。学校の授業以外にも自分でトマトや茄子などをプランター栽培し、カメ、カエル、カナヘビ、イモリ、ヤモリなどの爬虫類・両生類を飼って観察するようになった。そんな孫を、母親である娘は、虫さえ苦手ということもあり、プランターの件はともかく小動物の飼育の方はひどく嫌がっていたが、それでも教師としての職業眼が働いたのだろう。「そんなにまで動植物が好きなら、中学は全生徒一律で学ぶ地元校より科学教育に力を入れている地元校以外の学校で学んだ方がこの子のためにもなるのではないか」と思いはじめ、広範囲に資料を集めた上で、公立ではあるけれど中学と高校が一体になっているA校をピックアップ。孫に受験を薦めた。かくして、小学校4年生になるや進学塾通い。もっとも、昨年の夏に志望校を見学するまで勉強には全く熱心ではなく、ぶっちゃけ、イヤイヤ机に向かっていたようだ。ところが実際に志望校を見学に行ってみれば、科学重視のこの学校に絶対に入りたいと思ったみたいで、それまでとは打って変わって勉強に打ち込み、他の生徒に追い付き、追い越し、合格を手に入れた。将来は生物関連を活かせるコース、例えば農学部などに進みたいと望む反面、理科以外に国語や歴史も好きなので「博物館の職員になりたい」と、娘に話したこともあったそうだ。まだ12歳。夢は無限に広がるね。写真は、その孫。
2026.02.10
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