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2021.01.26
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カテゴリ: 仕事と人間心理



「トム・ソーヤーの冒険」などで知られるアメリカの作家、マーク・トウェインの手による「王子とこじき」を読んだのは、小学校3年生の冬だった(その時のは、児童向けに易しく書き直されたもの)。
なぜか、55年経った一昨日の夜。急に読み返したくなり、電子書籍にて購入し、一気に読み終えた。

実在したイングランド国王エドワード6世をモデルにしたこの小説は、幾度となく舞台化映画化されていることもあって、ストーリー自体は広く知られている。

16世紀も半ばを過ぎようというある秋の日、イングランドのスラム街のこじき一家に男の子が生まれ、トムと名付けられる。
同じ日、王宮にも男の子が誕生。エドワードと命名され、待ちに待った王家の跡取りとして皆に鍾愛されて育った。
トムとエドワード。環境は違えど、見かけは双子と見間違うほどにそっくり。そんな2人が偶然にも出会い、親しく会話を交わし、ついには遊び心で互いの服を取り替えたことから立場が入れ替わってしまった。
それがゆえに起こるモロモロは実に面白く、自然と
「この次はどうなるんだろう。どうなるんだろう」


もっとも、今日(こんにち)の、玉石混交とは言え情報あふれるネット社会では、けっこうツッコミを入れられるかも知れない。
例えば、こんなふうに。
「いくら外見と声が瓜二つでも、かたや貧民窟の子でかたや君主の子では育ちの違いが立居振る舞いや言葉遣いなどにあらわれるはずだから、服を取り替えても(下僕が)王子をこじきと間違えるはずはないし、その逆もしかり。王子の格好をしたこじきのトムに異変を感じないはずがない」。

確かに当たっている。同時に、当たっていない。
なぜなら、それと同じくらいの確率で次の指摘も当たっているからだ。

「人間は、何のかんの言っても、まずは見た目で対象を判断する。そして、その第一に受けるイメージが、後々まで対象への評価に強く影響を及ぼす」。
そうなんである。
いくら王子のエドワードが王子然とした雰囲気と風格のある佇まいを示し、かつ、格調あるものの言いようをしていても、見る者の視覚にまず飛び込んでくるのがいかにもこじきらしいボロ服であったなら、その時点で王子エドワードは見る者側からすればこじきと認識され、断定されてしまうのである。

この部分。まさに人間心理の本質をニクイまでについていると感じない?
さすが、基本的には子どものために書かれた物語だけのことはある。
子どものためのオハナシこそ、時にエグいまでの「真実」を示す必要があるのだ。


大人向けのオハナシには、難解で抽象的な語句を羅列し、半ばコトバ遊び化して焦点をぼかしたたものもあるが、子どもにはそういうのは通用しないからねえ。読み手である子どもの関心を引き出し、共感を得ないと、子どもは途中で本を閉じてしまう。
そのためには、やはり、少々キツいが、核心にはズバリと触れないと。
「見た目で判断することの是非と危険性」
などは、それから当の子どもに考えさせ、実生活の中で学習していったらよい。

写真は、少年時代の作者マーク・トウェイン(public domain)。





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最終更新日  2021.01.26 09:43:39
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