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先週火曜に胃の手術をした父。昨日、腕への点滴の管も取れたとのこと。 11月の再入院以来、腕への点滴の管、首への中心静脈栄養の管、胃の内容物を排出する経鼻管、導尿管etc.一時は本当にたくさんの管が付いていたのが、ついに全部取れました。良かったね~ 食事の量も徐々に増えてきているようで、ほっとしました。 今日は、介護認定の通知が来たとのこと。要介護4。退院がいつになるかはまだわかりませんが、病院のソーシャルワーカーさんにもご相談しながら、いろいろ考えていこうと思います。 介護保険のことが全然わからないという母に、またそっちに行くからと返事したものの、まず昨日からの頭痛が早く治らないと と同時に、3年前の今頃のことを思い出しました。自分の体がちゃんとサインを出していたのに気付かず、救急車にまでお世話になってしまった…💦 とりあえず今日は早く寝よう…
2016.01.30
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今朝から頭痛…💦右目の奥と右のこめかみが痛い💦朝、家族を送り出した後、とりあえず痛み止めを飲み、寝ることに…。 目が覚めたら3時過ぎ爆睡していました。頭痛は少し治まったような…。 寝ぼけ眼で久しぶりに気圧予報アプリ「頭痛ーる」を開いてみると、あー、やっぱり!ちゃんと気圧低下の警報が出ていました。チェックしておくんだったー。 気圧が急激に下がると頭痛等が起きる「気象病」があると知ったときは、なんだかすごくほっとしました。病は気からかと思っていた頭痛に、お墨付きがもらえた気がして。 さらに気圧予報アプリというものも出ていると知ってビックリ!早速スマホにインストール。気圧が下がる前に酔い止め薬を飲むと良いらしい…。 ところが、その直後から父の入院などでバタバタしていて、振り返ればここ数ヶ月は頭痛も起きていませんでした。 父の手術も終わり、子どもも自分で受験校を決め、ほっとしたら頭痛?! よくわかりませんが、頭痛ーる君にも相談しながら、自分の体とも上手に付き合っていければ…。
2016.01.29
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5年程前のこと。庭のヤマモモの木に、鳥の巣があるのを発見。巣立ちした後で、もう空っぽでした。直径6~7センチの小さな巣。細い枝とビニール紐で、とても上手に作ってありました。 裏庭にある木で普段あまりよく見ていなかったこともありますが、いつの間に~!全然気付かなかった💦とビックリしました。 調べてみると、大きさからしてメジロの巣かも。子育てしているところが見たかったなー、それにしても全然気付かれずに…すごいなぁと思いました。 驚いたのは、巣を見つけた時だけではありません。今日、撮った写真です。 5年経っても、まだこんなに形が残っています。枝葉に守られているとはいえ、雨風にさらされ、台風にもあっているのに。 親鳥、安全に卵を産み雛が育つよう、よっぽど丁寧に作ったんでしょうね。でも翌年以降、巣が再利用されている気配はありません。産卵・巣立ちの1回限り、ほんの数ヶ月しか使わないものなのでしょう。 空の巣症候群という言葉がありますが、親鳥はけっして「あんなに丁寧に作ったのに…」なんて巣を見に来ることはないんですよね。 親鳥の一生懸命さと潔さ。 見習わなくては!
2016.01.28
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マンナカ君が生まれたときのこと。 里帰り出産でした。出産後は外食なんて当分できなくなるんだから、という実家の母の言葉で、予定日が迫ってからは美味しいものを食べ歩く日々。両親とハジメテ君の4人で、明日は生まれるかなーと鰻を食べ、明日はきっととお鮨を食べ、明日こそはと…。 けれど、お腹の赤ちゃんは生まれる気配なし。病院の先生は「赤ちゃんは元気だから大丈夫!」。 今にして思えば、こんなに待ってくれる先生も珍しいのかも。陣痛促進剤という話も一度も出ず、私も不思議と焦る気持ちにはなりませんでした。 そして予定日を過ぎること2週間。陣痛が始まったと思ったら、あっという間の超安産。自然分娩で3630グラムのビッグベビーが生まれました。 真ん丸の満ち足りた顔をした赤ちゃんでした。お腹の中で気が済むまで美味しいものを食べていたんだな、やっともうよし!と思って生まれてきたんだなーと可笑しくなりました。 赤ちゃんは、自分の生まれたい時にちゃんと生まれてくる。 なのに子育てをする中で、子どもの「時」を待てなくなる。マンナカ君が生まれるまで、ただ楽しみに待っていたあの2週間を忘れてしまう…。 我が家の子どもたち、随分大きくなりました。「時を待つ」…その難しさと豊かさを教えてくれた子どもたち。そして、それは今も継続中。 庭のガーデンシクラメン。4~5年前から地植えで植えっぱなしですが、毎年花を咲かせてくれます。 植えっぱなしのチューリップ(原種)の芽。こちらは10年程前から。毎年この時期になると、寒い中ちゃんと芽を出します。春が楽しみ
2016.01.27
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我が家には子どもが3人。ハジメテ君、マンナカ君、スエッコ君。 このうちマンナカ君が先日センター試験を受けました。勘が冴えていたとかで、思ったより点が取れた様子。 これだったら○○行けるんじゃない?マンナカ君は安心すると油断するタイプでは?と、つい余計な一言を…💦 わかって取れたわけじゃないしー、2次の勉強そんなに頑張れないしー、と軽くかわされました。 はい、そうでした。私が口出しすることではありませんでした。この話は、それでおしまい。 ハジメテ君の受験の時は、なんだかんだと口出ししていました。それもソフトに誘導する感じで。親がアドバイスするのは当然のことだと思い、やんわりじわじわと親の考えを押し付けていました。 ここ何年かは、自分の子育てを振り返らざるをえないことも多かったです。子どもたちとの関係も、少しずつ変わってきました。 17日のブログにも書きましたが、忘れがちなので、自分のためにもう一度書いておきます。 「人の頑張りように口を出さない」 今日のワンコの散歩は、マンナカ君も一緒に行きました。
2016.01.26
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昨日、1週間ぶりに実家から自宅に帰りました。新幹線からは、真っ白な富士山が綺麗に見えました。 家では、またまたワンコに大歓迎され…お留守番ありがとう。家族のみんなも、ありがとう! そして今日で父の手術から丸一週間。合併症が起きるリスクが高かったのですが、その危険がある期間を無事に過ごすことができ、ほっと一安心…。 今日の昼から、食事も始まったとのこと。胃の狭窄のため重湯も食べられなくなり、この2ヶ月余り、少しの水以外何も口にしていなかった父。今日は少しの重湯とヨーグルトを、ゆーっくり食べたそうです。 一時は腸ろうという話もあったのに、また食べられるようになって本当に良かった… 冬の花~サザンカ~ 昨日、実家の庭で撮りました。花言葉は「困難に打ち克つ」「ひたむきさ」。寒さが強まる初冬にかけて花を咲かせることに由来するそうです。 春の花~菜の花~ 今日、ワンコの散歩中に撮りました。日陰には雪が残っている寒さの中、少しだけ咲き始めている春の花
2016.01.25
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今週火曜に胃の手術を受けた父は、お陰さまで心配された合併症が出ることもなく、着々と回復しています。 手術前2ヶ月間は、胃の狭窄のため完全絶食で、中心静脈栄養のみで過ごしていた父。まだ食事は開始されていませんが、久しぶりの食事が待ち遠しい様子。 父は、ずっと遠い存在でした。仕事と付き合いであまり家にいなかった父。私が就職して家を離れてからは、ますます話す機会もなく。 性格的には、天然のようでもあり頑固なところもあり。母に隠れて影が薄く、何ともつかみどころのない人だなーと思っていました。 一方、母は近すぎる存在でした。明るくパワフルで過干渉。断定的な物言いが多い、絶対的な存在。 離れて暮らしても、結婚しても、相変わらず大きすぎる存在。つい無意識に顔色を伺ってしまう。振り回されてしまう。 でも今回、父の入院を通して、父に沸き上がるいとおしさを感じる自分、母が等身大に見える自分を感じました。 遠すぎた父が近くへ。近すぎた母が遠くへ。 何がきっかけで何が変わるか、本当にわからないものです。頑張っても変わらないときもあれば、どうしてかわからないけれど変わるときもある。 Tomorrow is another day! お父さん、元気になって早く家に「かえる」んだよー。
2016.01.23
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黒地に白のストライプ 赤いドットも付いている 君はいったい何者か? 幼虫の顔をじっと見る 羽化した君はオオゴマダラ 白黒まだらの大きな蝶 ふんわり空を舞う姿 サナギのときを思い出す サナギの君は動かない 何を考え思うのか 写真を見れば金色だ サナギの君は まばゆい金 身体が溶ける その時期に 混沌とした その時期に 放っていたのは 光なり それにようやく 気付く今 ミニバラ
2016.01.22
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金のなる木(英名Dollar plant) 挿し木でどんどん増えた、実家の金のなる木。つぼみが次々とほころび、小さな可愛い花が咲き始めています。軒下の花台に並んだ植木鉢。この寒さの中、強い生命力を感じます。 つやつやした厚手の緑の葉も冬は赤くなり、それもまた綺麗です。 一昨日に胃の手術をした父は容体も安定し、お陰さまでHCUから一般病棟に移ることができました。 12月はじめに三途の川に足をつけ、思いとどまって引き返してきた父。Viva!生命力!
2016.01.21
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昨日。父の手術中、家族は病院内で待っていてくださいとのこと。手術が終わったら、携帯に連絡をくださるとのことでした。 朝9時に手術室に入り、出るのが夕方5時頃の予定でしたが、 場合によっては手術が難しくもっと早く終わるのではと、午前中はなかなか落ち着くことができず…。 午後になり母と妹と3人でお昼ご飯を食べ、きっと順調にいってるんだよと、やっと少し心がゆるみました。 母と妹は一旦家に戻るはずでしたが、やはり終わるまで病院で待つとのこと。院内のカフェや家族待機場所で、いろいろおしゃべりしながら待ちました。 夕方になると、もうそろそろかなと、またソワソワ…。携帯に終わりましたとの連絡を受けたときは、ほっとしました。午後6時半でした。 その後、先生からお話をお聞きしました。以前手術した胆のう付近に癒着があり手術が長引いたが、大きなトラブルはなかったとのこと。良かったです…。先生方、本当にありがとうございました! 予定どおり胃を3分の2切除し、細胞検査の結果は2週間後にわかるそうです。 少し待ち、HCUで父に会えました。長い一日でしたが、延期されていた手術が無事に終わり、本当に良かったです…。感謝の一日でした。 そして実家でぐっすり眠り、今朝起きると、掛け布団の上に知らないうちに毛布が1枚。夜中に母が… カーテンを開けると、一面真っ白。実家地方の初雪でした。 実家の庭の金柑(キンカン) 日が射してきました。10時過ぎの庭の南天(ナンテン)。
2016.01.20
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いつも共にいてください。 私の小さな願いを手離します。 すべてをお委ねいたします。 どうぞ、すべてのことを働かせて 益としてくださいますよう…。 静かな美しい朝を ありがとうございます。 初雪が降りました。
2016.01.18
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クリスマスの少し前のこと。実家に向かう新幹線の中で、あ、そろそろ富士山見えるかな?と思いました。 次の瞬間、あれ、秋から何度も新幹線で実家に行き来しているのに、今まで1度も窓の外を見たことがなかったなーと気付きました。 入院している父のこと、疲れがたまっている母のこと、自宅の家族のこと…あれこれ心配で、心に余裕がなかったんですね。この頃から自分自身、だいぶ気持ちが落ち着いてきた気がします。 父の方もリハビリが進み、この頃には先生に腕を支えていただきながら、杖をついてゆっくり歩けるまでになっていました。 けれど体力の回復とともに、リハビリの最中にもあれこれ話し始めてしまうように。そして口が動けば、その他の動きは止まり… 私が見ていたときも、「ICUに運ばれる途中、お見送り口って札が見えたけど、あっちに連れてかれんで良かったなぁ」などと話し始め…💦 何それ?本当?と思いながらも、お父さん、足が止まっちゃってるよ、ちゃんとやらなきゃ、と言った私。 一方、リハビリの先生は黙ってニコニコと父の話を聞き、これだけいろいろお話できるようになって良かったです、と私に言ってくださりました。 あぁ、本当だなーと思いました。せっかくリハビリしてもらっているのだから、一生懸命頑張って!とついつい欲張っていました。 人の頑張りように口を出さない。ただ見ているだけで十分なんですね~ 公園で咲いていた雲南黄梅(ウンナンオウバイ)
2016.01.17
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昨日は、自然が残る広い公園をワンコと散歩しました。1月5日のブログにアップした写真の場所。10日余りでどうなったかなと見に行きました。ごく一部は咲き始めていましたが、一面黄色の菜の花畑になるには、まだまだ時間がかかりそう… 。あっ、でもよく見てみると、あちこちに小さなつぼみがすると「菜の花は、まだだねー」と声をかけてくれた方が。畑でいろいろ作られているそうで、この時期は大根やほうれん草の他、フキノトウやヤーコンも採れるとのこと。フキノトウ…早春の味ですね。楽しくお話していると、あぁ、向こうの方でロウバイが咲いてるよねー、見頃はちょっと過ぎちゃったけどねーと教えてくださいました。ロウバイ?見に行ってみると、確かに1本のロウバイの木が…。菜の花の場所に向かうときに前を通ったのに、全然気付きませんでした。帰宅してから調べると、ロウバイの花言葉は「慈愛」「優しい心」「先導」「先見」。あぁ、ぴったりだなーと思いました。派手さはない控え目な優しい花。春に先駆けて寒い冬に咲く花。「慈愛」英名はWinter sweet。あれ、甘い香りに気付かなかったけど?そうだ、マスクしてたんだ💦多分、日々の暮らしの中でも、気付かないうちにたくさんの慈愛を授かり、導きを与えられているのでしょう。自分で決めた目的地しか見えなくなりがちな私ですが、散歩の途中の楽しい会話とロウバイ&その花言葉にほっこりしました…
2016.01.17
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父の体調が悪くなったのは、昨年夏から。あまり食べられなくなり、体重もかなり減ってしまいました。 そして10月下旬のある朝。トイレに起きた父がなかなか戻ってこないのに気付いた母が見に行くと、廊下でしゃがみ込んでいる姿が…。自分では歩けない様子で、会話もままならない。 両親は2階で寝ているのですが、母は歩けない父をなんとか1階に下ろし、タクシーで病院に連れて行きました。 実家の階段には、かつて同居していた祖母のために設けた昇降機があり、そのレールの分だけ階段幅が狭くなっています。しかも母は膝が悪く、普段から階段の上り下りもえっちらおっちら。 狭い階段で、どうやって父を下ろしたのでしょう?2人が階段から転げないで、本当に良かったです。 火事場の馬鹿力とは、すごいもの。でもこういう時は絶対に無理せず救急車呼んでね、と両親には後からよくよく伝えました。 結局、父は胃からの出血でひどい貧血になっており、すぐに緊急入院となりました。この後いろいろありましたが、今は来週火曜の手術に向け、入院して体調管理をしていただいているところです。 そうそう、まだ使わなくても大丈夫だから、と動かないままになっていた階段昇降機は修理してもらいました。 火事場の馬鹿力…ふと思い浮かんだ言葉ですが、今朝、センター試験に出かける息子にも思わず言ってしまいました。 いざとなったら火事場の馬鹿力! ちょっと妙な励ましでしたね。息子が笑って聞き流してくれて良かったです。 どうぞ、すべてが笑い話になる日が早く来ますように!
2016.01.16
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過ぎた時間を振り返り 何を書こうか考える 自分は反芻動物 経験したあれこれ 感じた様々な思いから もう一度ゆっくり味わいたいこと 未消化のままになっていることを 反芻する 膨れた胃から 口に戻して言葉にする 言葉は再び胃に流れ 微生物によって分解される あるいはまだ分解されないまま 胃にとどまる 日々ゆっくりと 消化吸収排出を繰り返す 反芻動物
2016.01.15
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今日は「幸せを呼ぶ馬蹄パイ」を買いました。息子が今度の土日、センター試験なので、願掛けで。 馬蹄は上が開いているU字型のため、欧州では古くから、幸せを受け止め満たしてくれる縁起物とされてきたそうです。 確かに、幸せを呼んでくれそう 妹にも受験生の子がいるので、妹家族にも一箱。そしてもちろん、手術して父が元気になることを祈って、実家にも一箱。 どうぞ、皆が笑顔の春になりますように…!
2016.01.14
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ICU6日目。体調が安定してきたとのことで、父は元の一般病棟に戻りました。12月7日のことでした。 体力は随分落ち、以前はできていたのに、できなくなってしまったこともいろいろあります。ですが幸い今日、身体のどこにも麻痺は残らず、認知に問題もありません。 担当医の先生はじめ何人もの先生方、リハビリの先生方、看護師の方々。しっかりしたチーム体制で手厚く父の回復を助けていただき、本当にありがたく思っています…。 予定では手術は来週火曜日。手術後はICUで見守ってくださるとのこと。なので来週の今頃は、父は無事に手術が終わって、ICUで回復をサポートしていただいているはず…。 今大変お世話になっている各科の先生方、手術を担当してくださる総合消化器外科の先生方、麻酔科の先生方、看護師の方々、どうぞどうぞ、よろしくお願いいたします。 12月8日以降の父については、また明日以降、少しずつ書きたいと思います。
2016.01.13
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ICU5日目。自宅にFAXが届きました。でも、あれっ?真っ白…。発信元は実家。 すると、スマホに母からメールが。「どう?驚いたでしょ?」。 ?? 母に電話しました。母は弾んだ声で、この日面会に行ったら父の電動ベッドの背もたれが上がっていて、両手の拘束も外されていたこと、父が看護師さんあてに手紙を書いたこと、それをFAXしたことを教えてくれました。 父が看護師さんにお礼の手紙を書きたいと言い、母のカバンに入っていたメモ用紙を渡したら、それに書けたというのです でもFAXは真っ白…。母は「鉛筆で書いた薄い字だから、見えないのかなー」と残念そう。じゃあ、写メールはどうかな、と手紙の写真を撮ってメールしてもらいました。 送られてきた写メールには、まだ力の入らない手で書かれた震える文字がうっすらと…。メモ用紙に、宛名と一文と自分の名前だけが書かれた手紙。はぁ、すごいなぁと思いました。ただただ、すごいなぁと思いました 結局、その手紙はお渡ししないことになり、実家においてあります。後日、実家に行ったときに実物を見ました。改めて胸がいっぱいになりました…
2016.01.13
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母が一足先にICUを出た後、父と妹と私の3人で話していたら、父が妙なことを言い出しました。「あそこの壁のところにお酒が置いてあるけど」。妹と私は「?」。父が見つめる方には、ただの壁…。 幻覚だと思い、なんだろねーと聞き流そうかと思った私。一方、妹は壁の近くまで行き「お酒、棚に乗ってる?」「いや、お酒だけある」、「この辺?」「そう、そこ」、「手でこう隠したら見える?」「見えなくなる」と会話。壁にある電気のスイッチのプレートと、もう一つ何かのプレートの形が合わさって、お酒のビンの形に見えていたことがわかりました。 「なーんだ、退院祝いのお酒かと思っとった」という父に大笑い。確かに認知が多少変になっていたのかもしれませんが、そんな父を見て「ICUに退院祝いのお酒が置いてあるって何よー」と妹と笑ってしまいました。 父の手を触ったら、とてもむくんでいました。右と左がわからなくたって全然どうってことない。退院祝いのお酒が見えるなんて面白い。「生きてるだけで丸儲け」という言葉が頭に浮かびました。 そしてこの夜、私は1週間ぶりに自宅に帰りました。実家から自宅へは、在来線+新幹線で3時間半ほど。ワンコがピョンピョコ跳ねながら大歓迎してくれましたお留守番ありがとうね。 夫にも子どもたちにも心配をかけました。いろいろありがとう…。
2016.01.12
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ICU4日目。母と妹と一緒に面会に行くと、父は右と左がわからなくなった、昼か夜かもわからないと言っていました。 右と左がわからないのは一時的なことだよ、大丈夫!と励ましました。 昼と夜は…そのとき改めて、ICUには窓がないのだと気が付きました。室温・湿度・気圧・明るさなどを一定に保つため?よくはわかりませんが、何か大事な理由があるのでしょう。 壁には時計が掛けられていました。ですが父は、昼の1時か夜中の1時か、ようわからんと言います。部屋の電気が消えていたら夜だよと伝えたら、あぁそうかーとつぶやく父。 ICUに搬送される前は、認知に特に問題はなかった父。ですがこのとき、父自身も私たち家族も、うっすらと不安を感じたように思います。 両手はまだ拘束されたままで、自由がききません。起き上がることも無理です。でも、ただじっとしていたらいけない気がして、ふと思い付いて「お父さん、足で字書いてみたら?」と言ってみました。 「そうだ、そうだ、おばあちゃんありがとうとか書いてみたら?」と半分冗談で。 すると父は、棒のように細くなった右足を少しベッドから浮かせ、空中に「お」「ば」「あ」と書きました。すごい、すごい!びっくりです 疲れちゃうといけないから、ここまでね、と止めましたが、本当に嬉しかったです父と母と妹と私で見つめた足文字。とても嬉しかった出来事でした。
2016.01.12
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ICU4日目の午後1時半。母と妹と一緒に、父の面会へ。 実は前日の夜中、妹に泣き言メールを送ってしまいました。内容は、自責の思いと、涙が止まらないこと…。 体調急変の前日午後3時過ぎに病院に行ったとき、父がいつもと違い、眠ってばかりだったこと。その間に頻繁に起きてはトイレに行っていたこと。他にも気付いたことがあったのに、看護師さんに伝えるほどでもないかと思い、そのまま帰ってきてしまったこと。 あのとき伝えていれば…。その他、前から頭の隅に引っ掛かっていたことを、もっときちんと確認していれば…。 幸い命は助かったものの、体力は著しく落ちてしまった。できるだけ早く手術するべきだったのに、手術は延期になって、いつになるかわからない。その間に病状が悪化してしまったら…。 今から戻ってやり直せないとわかっているのに、涙が止まらない…。 妹は、温かい返信をくれました。でも涙が止まらないまま、なんと返信していいかわからず…。 朝、起きたら、夜中遅くに妹から「おーい、大丈夫??」とのメール着信あり。返信がなく、心配して起きていてくれたようで…。 ごめんなさい!&ありがとう! 急いで返信しました。 その後、この件について何も触れずにいてくれる妹に感謝です。溢れてしまった気持ちを受け止めてくれる誰かがいるというのは、本当に幸いです。心配かけて、ごめんなさい。聴いてくれて、ありがとう…。
2016.01.12
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庭の花たちが👴待ってるよ🎵 続きだよ🎵 父の容体が急変する日の前日朝に送信した、2通のメールです。 ICUに移ったときに持ち帰った父の携帯を、ICU4日目の朝に開いてみました。この2通のメールは、未読のままになっていました。前日朝から、すでに体調が良くなかったのでしょうか? 後日ICUから一般病棟の病室に移った父に、このメールを見せました。気が付かなかったよ、と言っていました。 未読のまま逝ってしまったかもしれないんだ…。本当に良かった…。 当たり前に明日も会えると信じて疑わない毎日。それがどれだけありがたいことか、身にしみて感じる日々でした。
2016.01.11
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ICU3日目の午後1時半。母と一緒に、父の面会へ。会話ができるようになった父に会えて、母はどれほど嬉しかったことでしょう。 後日談ですが、あのまま逝っちゃってたら気まずかったよ、電話切れたままだったしねー、と冗談めかして母が言ったことがあります。 実は体調が急変する前日、父から母に電話があり、母が話した後、私に代わり、その後再び母に代わってと言うので母に携帯を渡したら、電話が切れてしまっていたのです。 母は「いいよ、いいよ、用があったら、またかかってくるよ」と明るく言って、そのままにしておきました。ICUで助けていただかなかったら、あのときの電話が父と母の最後の会話になっていました。 本当に、あのまま逝っちゃってたら気まずかったよ、お父さん! この日、膝の痛みで長く立っていられない母が、私より先にICUを出ようとしたとき、父が声をかけました。「マスク、取ってくれんかなぁ」。マスクを外した母の顔が見たくなったって…。 かわいい父… マスクを外した母は、嬉しそうな、ちょっと泣きそうな笑顔。 私が帰り際「また明日来るね」と言って握手したときにも言われました。「マスク、取ってくれんかなぁ」 この日も、父は話すたびに涙目になっていました。
2016.01.10
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ICU3日目の朝。新たにわかったことがありました。すぐには受け入れがたい事実でした。 妹に連絡し、情報と気持ちをシェアしました。これから1週間ほどは、揺れる気持ちを抱えながら、今一番大切なことは何かを考え続ける日々でした。 双方の配偶者のサポートも、とてもありがたかったです。 集中すると周りが見えなくなりがちな自分と、少し離れて客観的に事態を見るタイプの妹。涙もろいイノシシと聡明なカモシカといった感じの姉妹ですが、本当に妹がいてくれて良かったと思いました。妹の方は、どうでしょう? ある方のブログで紹介されていた言葉があります。 「人生最大の選択とは、 親切で友好的な世界に住んでいるのか、 困難で敵対的な世界に住んでいるのかの どちらを信じるかを選ぶことである」 アインシュタインの言葉だそうです。 暗い気持ちに覆われそうになったときこそ、私たちが親切で友好的な世界に住んでいると信じたい。そう信じることで、困難で敵対的な世界に落ち込まず、親切で友好的な世界が手を広げてくれる…。 このときの1週間、そしてその後の日々は、この言葉が真実であると私に教えてくれました。
2016.01.10
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父がお世話になったICUでは、面会時間は13時半~14時と18時~18時半の2回と決められています。 ICU2日目は、早朝に実家に帰って眠った後、18時から面会へ。夜中の3時に会った時から、また驚くほど回復し、会話ができるようになっていた父。奇跡だ!と思いました。 極度の脱水のためか頬がげっそりとこけ、舌が乾燥し、経鼻胃管も入っていて話しづらそうではありましたが、父と二人でゆっくり話をしました。 最初に看護師さんが来てくださり少しお話をしましたが、その方を見た時の、顔いっぱいに広がった父の笑顔 この日、父と過ごした宝のような時間…。父が目を潤ませながら話したことは、すべて光の言葉でした。 普段はとぼけていて、母にはダメ出しされ続け、妙に頑固で難しいところもある、何ともつかみどころのない父。 一命をとりとめたものの、まだ意識レベルが完全に戻っているかは定かでない中、その父の口から発せられたのは、ケアをしてくださっている方々への心からの感謝と、他の入院患者さんを気遣う言葉でした… 帰り際、家で待っている母に伝言は?と尋ねたら、「こちらのことは大丈夫だから、早く風邪治してください」との答えが…。 父とぎゅっと握手して、とても温かな気持ちでICUを出ました。
2016.01.09
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父の容体が急変した日の夕方。担当医の先生から説明を受けた後、母と一緒に実家に帰りました。遠方の自宅に戻る気には到底なれませんでした。 その夜、担当医の先生から電話があり、ICUに搬送されること、家族も病院に来てほしいことを伝えられました。 すぐに母と病院に向かいました。妹も、病院に駆け付けてくれました。しかし、なかなか父には会えず…。 日付が変わって3時頃。ICUで会った父は、たくさんの生命維持装置に囲まれながらも、視線が合い、意思の疎通ができるまでに回復していました。本当に良かった…命を助けていただいた…本当に良かった…。 ICUへは指定された必要最低限のものしか持ち込めないとのことで、それまでの病室にあった荷物を全部まとめ、母と妹と3人で実家に帰りました。 妹が、夜が明けてから自宅に帰ることになったので、それまで少しの空き時間。 母が、なんだかお腹すいたねーと六花亭のシュトーレンを出してくれました。そして「お父さんって、そういえばね」と繰り出す、数々の父のずっこけ話、母から叱られた話。 私と妹は「ICUに入っているのに、こんなこと言われちゃってるよー」と言いながら、ケラケラ笑ってしまいました。おまけに、美味しいシュトーレンも完食。 1人でいたら、不安でいっぱいだっただろうに…。それとも緊張続きの徹夜明けで、3人とも、どうかなっていたんでしょうか? これからも毎年、クリスマス・シーズンにシュトーレンを食べるたびに、2015年の12月を思い出す気がします。
2016.01.09
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父の容体が急変した日。私が病院に着いたのは午前11時頃でした。 遠方に住んでいるため、次に来られるのは1週間後の手術のとき。そうだ、病室の冷蔵庫に水のペットボトルを足しておこうと病院のコンビニで3本買い求めた後、ナースステーションへ。 そこで看護師さんに容体が急変したとの説明を受け、自力でトイレに行けない状態なのでコンビニでテープタイプの紙おむつを買ってきてほしいと言われました。 話を聞いて驚きはしたものの、どうしてしまったんだろうという気持ちで病室へ。 ところが病室の父は…。 声をかけても壁の方を見たまま、激しいまばたきが止まらない。口を開けっぱなしにして、はぁはぁと荒い呼吸。目の前で手を左右に動かしても、父の眼球は一点を見つめたまま。 一瞬の間の後、顔の向きも自分では変えられないのだと気が付きました。手足も完全に麻痺。もちろん、一切話すこともできない状態でした。 病室を出てコンビニに向かいながら、涙が溢れて止まりませんでした。ついさっき普通にペットボトルを買ったコンビニで、泣きながら紙おむつを買いました。 血液検査を受け、脳のCTを撮り…。傍らにいても、私にできるのは父の手を握り、心の中で話しかけることだけ。父の手がかすかに動いた気がしたときもありましたが、ほとんど反応は感じられませんでした。 午後3時過ぎ。体調を崩してこの日は家にいた母も、心配でじっとしていられず、病院に来ました。 母が病室に入って「お父さん」と言った瞬間、父が「あぁ…」と小さく声を出しました。 この日、父が話した、ただ一つの言葉。全く反応できなくなっているように見えたのに、母のことはわかった父…。また涙が出ました。 この日の夜、昏睡状態になった父はICUへ搬送されました。12月2日のことでした。
2016.01.09
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父は今、入院中です。昨年夏から「食べられない」と言うようになり、体重も減少。9月に内視鏡検査を受けたときには胃潰瘍との診断でしたが、10月に体調が悪化して緊急入院。再検査の結果、やはり胃潰瘍ではない…とのこと。 その後、入院して体調管理をしていただきながら胃の手術に備えていたのですが、手術予定日の1週間前に容体が急変してICUへ。 家族として、命に向き合う日々を過ごしています。 ICUには6日間、お世話になりました。昏睡状態で運び込まれた父が一日一日と回復していく姿は奇跡のように感じられました。ICUの先生方、看護師の方々には感謝の気持ちでいっぱいです。そしてあの日、ICUの部屋に空きがあって本当に良かった。ICUに回していただけて本当に良かった…。 今日、総合消化器外科の先生に、麻酔科のOKが出れば19日に手術と言われました。「悔やんでも仕方ないから、前を向いていきましょう!」とも。 この数ヶ月、やり場のない思いが沸き上がることもありましたが、今はただ素直にそう思います。「悔やんでも仕方ないから、前を向いていきましょう!」。 病院のたくさんの方々に支えられている父の命。家族の思い。そして何よりも父の生命力。すべてが合わさって、どうぞ最善の道が開かれますように…。
2016.01.08
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ワンコの散歩中に見つけました。 1月はじめだけれど、そっと春への準備中 暖かく穏やかな一日でした。 どうぞ2016年が心温まる穏やかな年になりますように。
2016.01.05
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