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今日は、かめおかゆみこさんの「『聴く』を磨く」連続講座の2回目。今回は「体を緩める」ワークをたくさんしました。☆各自上向きに寝て、足の指先から順々に緩め、体全体を完全に脱力させるワーク(足の先から徐々に透明になっていくような不思議な感じでした)。☆2人ペアで、一人がうつ伏せに寝て、もう一人が肩甲骨や背中に両手を当て体重をぐーっとかけるワーク(全然痛くなくて、深ーい気持ちいい呼吸ができました。肺の中の空気が、全部新しい空気に入れ替わった気が〜)。☆うつ伏せに寝ている相手の上に、背中合わせで寝るワーク(なんてフィットするんだろ〜、一体になってる…という感じ)。その他、いろいろ。参加している皆が、もう気持ちよく、ゆるゆる〜。体だけでなく、多分心も、ゆるゆる〜。最後に、皆で輪になって座り、順に声を重ねていくというワークをしました。出す声は、アーでもララ〜でもルッララッでも何でもよくて、途中で変えてもよくて、音の高さとか声の大きさとかリズムとか、全部自由。全部自由なのに、素敵なハーモニーに。全員の声が重なって、何分間か続けて、とってもとっても心地よかったです皆の声が自然に耳に入って、自分の声が自由に気持ちよく出せて、全体が心地よい柔らかなハーモニー✨なぜか、ちょっと涙が出そうになりました。こんな感じで聴けて、こんな感じで話せたら、本当に幸せだなぁ…と思いました。家族であれ、仲間であれ、社会であれ。皆の気持ちよく緩んだ体と心から、心地よい柔らかなハーモニーが…自分の中に、しっかりイメージとして残りました。連続講座。また2週間後が楽しみです*******午後は息子を連れて病院へ。まだ熱は下がらないのですが、血液検査の結果は大丈夫とのこと。ゆっくり休んで様子を見ることになりました。息子よ、ゆるゆる〜、ゆるゆる〜。【追記】豆苗、30日に豆乳鍋に入れて美味しく食べました。第2号も順調に成長~。
2016.09.29
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豆苗。みるみる間に成長し、そろそろ食べ頃かな?2リットルのペットボトルより背が高くなったノッポ君もいます。一方、三男。先週から7度台の熱があり、本人は平気!と言っていましたが…今週月曜から8度台で下がらず💦今日からの学校行事にどうしても参加したくて、今朝は4時に起きてきて何度も熱を測っていましたが、6時過ぎに自分で断念。副鼻腔炎でもなく(レントゲンを撮りました)、風邪にしては長引き過ぎとのことで、明日、また病院へ。月曜に病院を受診して、もっと早く来るよう諭されました。本人も親も反省…💦ちょっと呑気過ぎでした早く治りますように。
2016.09.28
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豆苗。また1日経ち、次々とヒョロローン。いやぁ、可愛いなぁ。生命力、感じます✨ 昨日「脇芽を2つ残してカット」とホームページで見て、やってみたくなり、今夜から第2号も観察開始。右下の写真が第2号。豆苗は味噌汁に入れて、美味しくいただきました。*******今日は、三男の高校の文化祭を見に行きました。今まで、息子達の高校の文化祭って見に行ったことがなかったのですが(本人が楽しんでいればいいか〜と思って)、行ってみて良かったー。息子が発表している姿にウルッ、こんな仲間と楽しく活動してるんだなーとウルッ、笑顔にウルッ。ウルッし過ぎ…(笑)軽音楽部や落語研究会やダンスパフォーマンスも見て、いやー、高校生すごいとビックリ。エネルギーとクオリティーの高さとユーモアに拍手でした!少し前に息子が「高校生活、もう半分終わっちゃうよ〜」と言っていました。楽しんでるんだなー。入学のチャンスを与えてもらって本当に良かったと、改めて感じた一日でした。
2016.09.25
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秋雨が続き、このところ急に気温が下がってきましたね~。我が家では、早くも食卓に鍋物が頻繁に登場していますそして鍋の仕上げ間際によく入れるのが、豆苗(とうみょう)。えんどう豆(グリーンピース)の芽で、クセがなく、緑色がキレイ。栄養価も高いそうです(豆と葉物野菜の栄養を合わせ持つ✨)。そして、もう一つの楽しみは、再収穫できること上の写真は、下の写真から1日半後。ヒョロンと芽が伸びてきました今日、改めて調べてみたら(豆苗研究会)、もう少し根元を残して切った方が良く育つようです。適当に切ってた~💦今度から、そうしよう!この豆苗研究会のホームページ、楽しく読めて情報満載。オススメですキッチンのカウンターの上に置いてあるので、台所仕事をしながら成長が見えて和みます~1日に1~2回、水を替えればいいのですが、ついつい頻繁に新鮮な水に替えてます…過保護!(笑)
2016.09.24
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一つ前のブログで塾について書きましたが、皆が中学に行っている時間に塾で勉強していたわけではありません。というか、皆が中学に行っている時間帯は、息子、一切勉強できませんでした。入試の直前まで、それは変わりませんでした。(もちろん、中学だけでなく塾にも通えない時期もありました) 平日は夕方まで寝たり、ゲームをしたり、本や漫画を読んだりしていました。私のスマホを貸すことも多かったです。夕方までは体調が悪いのかと思ったこともありましたが、中3の冬休みは昼間も勉強していました(冬休みが明けたら、また昼間は勉強せず)。学校を休んで受験勉強することは、彼の中で許せないことだったのかもしれません。それとも、エネルギー的に、昼間は充電しないと持たなかったのかもしれません。登校する・しないについては、卒業まで毎日葛藤し続けていたように思います。これは、見ていて本当にしんどかったです💦もう、いいじゃん!と伝えたこともありましたが…彼の葛藤は彼のもの…でした。私にできるのは、口出ししないで見ていることだけ、でした。
2016.09.23
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「子どもには、教育を受ける権利(義務ではなく)がある」不登校であっても、それは一緒。教育は、学校でしか受けられないわけじゃない。今、どうしても学校に行けないのなら、そしてお子さんが望まれるなら、「学校以外での学び」も選択して良いのではないでしょうか。我が家の場合は、塾にお世話になりました。今はスタディサプリなど、家庭のパソコンで安価に学習できる教材も提供されています。高校への進学も、中学で不登校だったから全日制は無理、と最初から決める必要もないと思います。中学で不登校だった息子。本人の希望する、全日制の公立高校を受験しました。内申点を考慮しない枠での受験でしたが、当日の得点力的にもギリギリのラインの学校。大丈夫でした。不登校の子に対してはテストの採点が厳しめなのでは、とか、面接点も低く付けられるのでは、と心配でしたが(←私が。口には出しませんでしたが💦)、そういうことは全くなかったようです。当時、中学に行かず塾に行ってどうするんだ?普通に受験して受かるわけがないし、仮に受かったとして通えるのか、という夫に対して、なかなか反論できなかったのは、私にも少なからず同じ気持ちがあったからだと思います。心の中で、たくさん葛藤しました💦でも、どう頑張っても中学には行けない、けれど高校には行くという本人の強い思いがありました。中学からは当初、サポート校の受験を勧められました。不登校の子が全日制公立高校へ進学した前例が、あまりなかったようです。本人の意思を尊重して良かったです。大切なのは、子どもが自分で決めること。子どものチャレンジを邪魔しないこと。思っている以上に、高校は色眼鏡なしで不登校の子を合格させてくれる、というのが受験を通しての実感でした(私立は学校によって対応がいろいろだと思いますが、息子が受験した私立は不登校でも大丈夫でした)。不登校で内申点もないんだから勉強したって仕方ない、って諦める必要はない。エネルギーが枯渇していて、勉強どころじゃない場合も多いかと思います。でも不登校の原因や子どもの状態は様々なので、場合によっては学校と勉強を分けて考える道もあるかも…と思います。
2016.09.21
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ブログ、200件目になりました。それを書いていた8ヶ月半の間に、夫は転職し、長男は社会人になり、次男は宅浪生から大学生になり、高校生の三男は一段と親離れしました。そして実家の父が亡くなりました。9月3日のブログ「ダブルレインボーを見ました〜幸運の前兆〜」の写真を再掲します(アプリInstaMagを使っています)。力不足ながらも不登校相談会のお手伝いをし、NPO法人のA先生と一緒に最寄り駅に向かう途中で見た、とっても大きな虹。しかも、初めて見たダブルレインボー。A先生が「ごほうびかしらねー」とおっしゃいました。ダブルレインボー…スピリチュアル的には、「卒業」「祝福」という意味があるとか。あの日見た、大きなダブルレインボーを心に思い浮かべると、「祝福されている」という感覚でいっぱいになります。今この瞬間に祝福されているだけでなく、苦しいと感じていた日々も含め、本当はずっと祝福されていたのかも…という感覚。まだまだ亡くなるとは思っていなかった父が亡くなってしまった時は、本当に悲しく悔やまれましたが、今は、あのダブルレインボーのすぐ側で、生前と変わらぬ呑気な口調で「どうして死んでしまったんだか、わからんのだわー」とか言いながら、あちらでお友達になった方とパチンパチンと碁を打っている気がします。父…祝福され、現世から卒業していったんだなぁと思います。思い出すと、最近は、鼻の奥の方に温かい涙を感じます。ダブルレインボーは、「幸運の前兆」とも言われているそうです。雨上がりの虹。大きなダブルレインボーのイメージ。大切に心に留めておこうと思います。
2016.09.20
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雨の合間に、ワンコの散歩で広い公園へ。そこで、素敵な幹を発見表皮の割れ具合が、なんとも味わい深いおかきのようでもあり(笑)。見上げると、とても背の高い木でした。木に札が付いていました。「ヒロハハコヤナギ」。ヒロ母子・柳?(違うよね💦)広葉・ハコ柳?(ハコ柳?)ヒロハハ・小柳?(小さくないぞ、笑)以下、札から引用。☆北米のミシシッピー河畔に特に多く自生しているポプラです。☆種が白い綿毛をもっていることから、コットンウッドの英名があります。少し離れて見ると、なんとも気持ちよく高く伸びていること!たくさんの小さな葉が、とても細かくサワサワそよいで、満天の星がまたたいているようにも見えるなぁ…。小声のおしゃべりが、たくさん聴こえてくるようにも感じられました。 Cottonwood。白い綿毛をもつ種って、どんなだろう?綿の木(Cotton)とは、また全然違う種類の木。また時々、見に行こう~*******調べてみたら、「箱柳」でした!かつてダンボールや発泡スチロールなどが使われるようになる前、魚箱やリンゴ箱など「箱」の材料として利用されたことが名前の由来のようです。「広葉」かどうかは、わかりません💦
2016.09.18
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我が家の次男、大学1年。夏休みは、お盆休みもなく毎日ひたすら部活。もう真っ黒焦げですこの1週間は、夏休み中、唯一のオフらしく(大学の夏休みは、もうしばらく続きます)、床屋に行く暇もなかったのが、やっと行けてサッパリ〜。友達と遊び、カラオケにも行き、相変わらず家にはあまりいません。 昨日は朝から出かけ、夜遅くに帰宅。電車で遠出をして、30km歩き(走り?)、ミニリュウを80匹捕まえたらしいどーして、そんなに乱獲するのか、オババにはナゾですが、まぁ小さい頃はセミを乱獲してましたからねー(笑)今朝は4時半に家を出て、ポケモンGOの今日発売の何かを買いに行きました。男子って…(笑)気が付いたら、子育て、本当に終わりかけだー。近頃、ツクツクボウシの声が妙に心に響きます💦(まだ高校生の三男はいますが)。そうそう、四男がいるんだった!わーい!
2016.09.16
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今日から、かめおかゆみこさんの「『聴く』を磨く」連続講座に参加。かめおかさんのメルマガは毎朝読んでいるのですが、今朝はバタバタしていて、読まないまま講座へ〜。講座が終わってからメルマガ「今日のフォーカスチェンジ」を読んで、あぁ、そうかーと思った箇所があるので、引用させていただきます。*******それまでの、無理して、何かしようとしているのをやめると、そこから、自然に、そのひとらしさがあらわれてきます。すると、そのひと自身が、生き生きとかがやきだすんです。何か、特別なことをすることが、そのひとをかがやかせるのではなく、そのひとがそのひとらしくあるということが、そのひとの本来のかがやきを、見せてくれるんです。******* 「無理して、何かしようとしているのをやめる」あー、今日ちょっと、これできたかも。 いつも初めての場では、どうしても周りを見渡し、皆から外れないように…としてしまいます。場の空気に合わせようって。でも今日は、自分の感覚を大事にしようと思えました。それが「聴く」の第一歩かな、と感じて。 行く前は、どんな方々がいらっしゃるんだろう、何人位かなーと緊張していましたが、連続講座1回目にして、安心して信頼できる場だと感じられて、良いスタートでした〜今日は全体の流れのお話もありましたが、盛り沢山の内容。あの場で、毎回どんなことが起こっていくのか?!予想がつきません!楽しみ〜 間もなく父の3回目の月命日ですが、父の最後の日々に付き添い、深いところで思いが通じ合えた体験を通して、「聴く」ことに一層魅せられるようになりました。こうして講座に参加できることに感謝しながら、これからの人生を楽しもうって思います。夕方、ワンコの散歩に行ったら、公園の十月桜が薄曇りの空の下で、もう開花し始めていました。春と秋の2回、咲きます。花言葉は「神秘な心」「寛容」。
2016.09.15
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森の声さんのブログ「森へ行こう(心とからだと子育てと)」に1ヶ月程前から連載されている「気質」の話に、すっかり引き込まれています。9月12日は、「気質は成長するのです」(無という思想)。以下、抜き書きさせていただきます。*******「気質」も同じように、その状態を肯定され、満たされていると、自分に足らない要素を自分で求め始めるのです。そして「無」(種)という状態で自分の中に隠れていた気質に気づき始めるのです。本当は、人はその内側に「全て」を持っているのです。そのことに気づけば現れ、気づかなければ消えたままです。(中略)親は子どもの偏りを直そうとします。でも、それをやると子どもは自分を守るためにさらにその「偏り」にしがみつきます。そして、状態は悪化していきます。でも、「それでいいんだよ」と肯定していると、子どもはその「偏り」にしがみつかなくなります。そして、親が追い立てなくても子どもは自分の意思で自分に足らないところを補い始めるのです。*******ここでは「親が子どもの気質を肯定する」という形で書かれていますが、これはどの人間関係にも応用できるのではないかなーと感じます。また「自分が自分の気質を肯定する」ことでも、同じような働きが生じるのでは、とも思います(私の感想です。違うかもしれません💦)「気質」のことを知ってから、親との関係も、あぁ、そうだったんだね…と思えるようになりました。母は、典型的な胆汁質。多血質な面もあり、実家の中では、華やかで断定的な女王でした。私は(自分の気質は、自分ではよく把握できないようですが)、多分、憂鬱質+胆汁質な子どもだったと思います。でも母は憂鬱質な子どものことは嫌いなんだと、はっきり感じていて、自宅と祖父母宅では一生懸命に多血質的に振る舞っていました。私の胆汁質のうち、頑張ることや競争が好きな部分は、家庭でも肯定されていました。でも母の胆汁質と私の胆汁質が衝突すると、勝ち目はなかったですねー。 親や妹から見た私は、多分長年、一生懸命で能天気なお姉ちゃんだったんだろうなぁ。 子どもの頃、家庭の外では、それほど取り繕ってはいなかったと思います。大学生以降は、友人達の影響か、バブリーな時代の空気のせいか、多血質が自然に強くなっていったような…。子育て期の自分は、胆汁質+多血質だったかなぁ。男の子3人で、日々体力勝負のところもあり、憂鬱質が出る幕がなかった?それが三男の不登校で、本来の気質に引き戻された気がします。森の声さんのブログでも、憂鬱質+胆汁質は「ブレーキを踏みながらアクセルを踏んでいる状態」と書かれていましたが、当時の苦しさを本当に的確に表現してもらった!と思いました。心の中では胆汁質が荒れ狂っても、一方で人を追い詰めてはいけないという意識が常に働いていました。そういえば、あの頃、逆流性食道炎になり、なかなか治りませんでした。込み上げる言葉(息子に対してだけではなく)を喉元で止めていましたから💦心と身体は、なんともピッタリ、リンクしているものか…でもその本当に苦しかったときに、数日前のブログに書きましたが、無条件の愛のシャワーをたくさん浴びました。憂鬱質な自分をさらし、弱音を吐き、涙を流しても、大丈夫でした…。そして、いつのまにか粘液質を自分の中に感じられるようになったのは、本当に不思議です。ずっと嫌いだった自分の憂鬱質な部分も、胆汁質の一部分も、大切に思えるようになりました。楽になりました。話ははじめに戻り、母との関係。これも、実は変わりつつあります。母は胆汁質だったから、ああいう物言いをしたんだなーと思うと、なんだ、そうか、と感じられました。そしてその母も、緩衝材的な(?)父がいたから、安心してザ・胆汁質でいられたんだなと思うようになりました(父は、3ヶ月前に亡くなりました)。母の胆汁質的な部分を拒否する気持ちが私の中で弱くなったことも関係あるのか、最近は、母が以前と違って見えます。「気質は関係性の中で現れる」って、こういうことかなぁ…。
2016.09.13
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母は舟の一族だろうか。こころもち傾いているのはどんな荷物を積みすぎているせいか。吉野弘母と舟。「荷を運ぶ」という共通の性質をそこに感じると詩人は言う。母と舟をつなぐもう一つのものがある。海。ここにも母が含まれる。そして海は「産み」に通じる。だが詩人は、字の構成や音の類似以上に、母という字の傾きに引かれる。(後略)9月10日付け朝日新聞「折々のことば」より母という字。活字だとわからないけれど、手書きで書くと、確かに一画目の横線が右下がり。 横線は若干右上がりが基本なのに。2本の縦線も傾いていて、なんとも頼りない四角形。でも五画目の横線が加わると、傾きながらもバランスが取れる。母…荷物を積みすぎて傾きながらも、バランスを取りつつ漕いでゆく舟かぁ…。思い当たる節もあり、なるほどなーと思いました。*******あの子は魚と絵が好きだからそれでいいんです。さかなクンの母親(前略)毎夕母にタコ料理をねだり、水族館で水槽にかじりつき、魚屋では魚を丸ごと一匹買ってもらう。それを観察して絵に描く。「すごい、飛び出て泳ぎ出しそう」と叫ぶ母と感動を共有できたことが“魚学”の道につながった。もっと勉強も、と担任に告げられた時の母の返答。(後略)9月7日付け同上よりさかなクン、大好きです。こんなお母さんだったんですね!いいなぁ、いいなぁ、さかなクンのお母さん✨*******言葉には力があります。だからこそ、穏やかに話す人になりましょう。郡美矢(前略)激しい声は人を圧し、ひるませる。よどむ言葉、ためらいがちの言葉、たどたどしい言葉のほうが、滑らかに流れる言葉より、ときに多くを伝える。国際手話通訳者として活躍する牧師の「あなたは見えないところで愛されている」から。9月11日付け同上より「よどむ言葉〜ときに多くを伝える」は、実感として本当にそうだな…と思います。この方の書かれたものを、もっと読んでみたいと思いました。【訂正】郡美矢(こおり・みや)さんのお名前を、はじめ間違えて都美矢さんと書いていました。失礼いたしました。
2016.09.11
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昨日、ブログをアップしてから思ったのですが、私、息子のためにと思ってワンコを飼い始めていたら、ますます「渦中」になっていたかも…。せっかく外に出るきっかけにと思ったのに、どうしてワンコの散歩に行かないの?自分より小さく弱いものの世話をすることで、何か感じるものがあると思ったのに。ワンコ撫でてごらんよ、気持ちが和らぐよ。etc.…etc.…。「息子のために」の思いが、ますますゴウゴウと音を立てて渦巻き、その「渦中」にはまった可能性も💦 親の会でワンコの話が出たとき。A先生からも、参加していたお母さん方からも、「息子君のために飼った方がいいよ」というニュアンスは感じませんでした。感じていたら、自分、親の会の帰りにペットショップに直行していたはず💦犬はあまり好きじゃないという夫が、「まぁ、あいつに何かいい効果があるかもなぁ」と言ったときは、特に否定はしませんでしたが(とにかく、あのウレション・ワンコと暮らしたかった〜)結果的には、息子、ワンコの散歩に出かけてました(近所は無理だったので、車で遠くの広い公園や海辺へ行って)。お世話は、3人兄弟の中では一番しない方です*******小さな生き物の持つ力は、計り知れない。それも書きたかったけれど、一番書きたかったのは「渦から出る」についてだったんだ!と後から気付きました。「ワンコを飼う」は、ほんの一例。
2016.09.09
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息子が不登校になって1年程経った頃から、NPO団体のA先生の支援を受け始めました。それから2ヶ月後の親の会。A先生に「ダンデさん、犬飼ってみたらどうかと思うのよね~」と言われ、えっ!しつこく勧められたわけじゃなく(笑)、その後は参加していたお母さん方で「うちのワンコが~」「ネコもいいよー」という話に。A先生、最後にさらっと、「いや冗談じゃなく、ダンデさんにとって、いいと思うのよー」とおっしゃいました。私。内心、それどころじゃない…と思いました💦だいたい、生まれてこのかた、犬も猫も飼ったことないし、特に好きでもないし。それに、よりによって今?!ありえない…その場は、なんとなく曖昧な返事をして帰宅。数日後。勧められたのに全然考えもしないってどうかなーと思い直し、ペットショップへ。そこで、出会ってしまいました。抱っこしたら、チョロッとオシッコされ。 「あれあれ、ウレション(嬉しくて出ちゃうオシッコ)しちゃってー」とお店の人に言われ、えっ、ウレション?!飼うつもりはなかったけれど、飼うなら女の子と思っていた~でも、この子、男の子(笑)だめだ、やられたー!衝動買いはダメだと、それからワンコについてたくさん調べ、他のお店もたくさん見て回りました(こういう時の自分は、すごく集中力とパワーあり)そして10日後。あのウレション・ワンコが我が家へ当時、A先生から支援は受け始めたけれど、息子は登校できないまま。その時期に、思いがけずワンコが我が家へ。 あのとき勧めていただかなかったら、この子来ていなかったんだなぁ…。そして、「渦中だから」勧めていただいたんだろうな、あの時はわからなかったけれど。完全に私が渦の中に入っちゃってましたから💦不登校のことだけを、すごい集中力で見詰めていましたから💦ワンコが来て、家の空気が変わりました当時パピーだったので、お世話も大変〜。でも、めっちゃ可愛い家族でワーワーしながら世話をして、今も皆で溺愛中。出会えて本当によかったです、息子の不登校のお陰ですねー。
2016.09.08
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自分の人生の脚本は書けるけれど(もちろん、何回も書き直しありで)、自分以外の人々が主要キャストの脚本を勝手に書いて、そのとおり演じさせることなんてできるわけない。当たり前のことなのに、これがわかるのに、とても時間がかかりました〜💦これに対しては、こう反応するのが当たり前でしょ?どうして、そんな反応ができるわけ?脚本どおりに動かんかーい!(怖っ💦)息子に対してだけじゃなくて、ごく一部の、脚本どおりの言動をしない人に対しても。怒りは、なるべく外に出さないよう、注意深く心の中に閉じ込めていましたが(これまた、怖っ💦)。でも、人は各々の価値観の中で生きているんですよね。当ったり前だけど、ピンと来てなかった〜息子が不登校時の私の苦しさの根源って、「みんな、私の脚本どおりに動かんかーい!」だったのかも。ふーっ。今は、わかって良かったなぁと思っています。私は、自分の人生の脚本しか書けない。どんどん面白い脚本にしちゃおう、と思います。
2016.09.07
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「不登校生の矜持」…息子がボソッと言った言葉。中3の10月頃でした。なにしろ言葉が少なくなっていたので、何を考えているのかよくわからなかった時期。受験すると言いながら、学校見学に行く気配もなく。その中で出た「不登校生の矜持」。具体的にどういう意味だったかは、今でもわかりません…💦でも。息子のその言葉、とても心に残りました。「矜持」…私自身は、かつて使ったことがない言葉。よくはわからないけれど、自分を肯定できているんだなと思いました。 この後、ギリギリの時期になり自分で学校見学に出かけ、自分で志望校を決めました。 少しずつ色合いの違う、庭のニチニチソウ(日々草)【追記】矜持…なんとなく感覚的に意味を受け取っていたけれど(いい加減〜)、ちょっと気になって調べてみたら、☆その立場にある者としての「誇り」「妥協できない態度」「示すべき態度」等を指す☆「自尊心」と単純に置き換えると、意味が少しずれるだとか。ふむふむ〜。いや、余計にわからなくなったかも💦わからないけれど、そうだったんだね〜
2016.09.06
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今朝、心に浮かんだこと。息子が不登校だった時期の私…たっぷりの「無条件の愛」のシャワーを浴びていたんだなぁ…。追い詰められ、というか、自分で自分を追い詰め、ヨレヨレになっていました。以前にもブログに書きましたが、救急車で運ばれ、1週間、入院したことも…(めまい、嘔吐で)。結果的にはストレス性のものだとわかったので、後から思うと救急車とか入院とか大袈裟だった〜💦と恥ずかしいのですが一時期味覚が全く消失し、治るのに半年程かかったこともあったし。子ども本人ではなく、母がここまでヨレヨレになるなんてねやれやれ〜。そんな自分のことを、8月31日のブログで「一生懸命だけれど愚かな母」と書きました。本当に、そうだったと思います。でもね。「一生懸命だけれど愚かな母」…これ、否定する言葉じゃないんです。当時の自分を、黙って、いとおしく抱きしめながら、そうだったね…と思う感じでしょうか。そして気付かないうちに、その時々の状況に関わらず、息子を黙って、いとおしく見つめられるようになっていったように感じます。どうしてそうなったのかな、と振り返ると、息子が不登校だった期間に、私自身が「無条件の愛」のシャワーをたくさん浴びていたから?…と思うのです。自分の生育歴の中では、なかなか感じられなかった「無条件の愛」。両親としては、出し惜しみすることなく愛して育ててくれたと思いますが、私の実感としては、無条件に愛されていると感じることは難しかったです…。今なら、わかります。もし小さい頃、例えば私が何か事故にあって一生寝たきりになったとしたら…。両親は、いろいろ悩みながらかもしれないけれど、やはり私を愛してくれたと思います。いらない子になんて、なるはずなかった。つい最近まで、それがわかりませんでした。頑張っているんだから、なんとか愛されているんだと思っていましたねー💦あれれ、テーマから外れつつあるかも💦いや、外れていないか。そうか、「無条件の愛」に気付くようになったってことかもしれません。息子が不登校だった2年半の間、本当にたくさんの方に手を差し伸べていただきました。息子が中学の中で一番信頼していた、部活の先生。中3になるときに異動されてしまいましたが、親子ともども、本当に支えていただきました。いつでも待っているよ、でも学校に来られなくても仲間だよ、という先生のメッセージは、息子の心に確かに伝わっていたと思います。部活の同級生、先輩方、そしてお母さん方にも、たくさん優しさをいただきました。何にもお礼ができていませんが、思い出すと涙が出そうになるぐらい、ありがたかったです。学年主任の先生。不登校当初から、親身になってたくさん相談にのっていただきました。不登校になって1年程たって出会い、言葉に尽くせないほどお世話になった、NPO法人のA先生とスタッフの方。A先生は、本当に「慈愛」を体現している方だと思います。A先生もスタッフの方も、たくさんのケースに対応しているはずなのに、本当にいろいろな形で支援してくださいました。また、そこで出会ったお母さん方。親の会で、不登校の子がいるお母さん方だけでなく、お子さんの発達障害のことで相談にいらしている方々にもお会いし、そこでもたくさんの「無条件の愛」を感じました。息子がお世話になった塾の先生方。大手の集団指導塾でしたが、どうしてここまでしていただけるのかと思うほど、気にかけてくださいました。ずっと成績別の一番下のクラスで、塾の進学実績には全然貢献しないのに。また息子、塾のクラスの友だちには不登校だとカミングアウトしていたようですが、皆、ごく普通に接してくれていたようです。中3の夏休み明けからは、スクールカウンセラーの方にも、いろいろ話を聞いていただきました。主に、ささいなこととして自分では処理したつもりでも、まだ心にわだかまりとして残っていたあれこれについて。ささいなことだったはずなのに、たくさん涙が出ました…。他にも、以前からとても信頼していた方で、いろいろ聴いていただいた方が一人。さりげなく、でも途切れることなく、お葉書をくださった方が一人。私が疲労困憊していて、お返事を書けないことも多々でしたが、変わらず、さりげなく…。本当に本当に、ありがたかったです。また不登校期間の途中で「アティテューディナル・ヒーリング(AH)」に出会い、AHの考え方から、また実際のAHグループに参加したことでも、たくさんの「無条件の愛」に触れることができました。AHに出会えたことは、一生の宝です…(アティテューディナル・ヒーリングのカテゴリで書いています)。まだまだ、書き切れません。不登校の時期に母としてできたことは、本当にダメダメのヨレヨレになって、でもたくさんの人に助けられ、なんとかかんとかやっている姿を隠さず息子に見せたことだけかも…と今になって思います。息子が不登校の時期、何を考え感じていたかは、今でもわかりません。私のことを、どう見ていたかもわかりませんねー💦NPO法人のA先生と出会ってすぐの頃、「ダンデさんに、この闇のようなトンネルから、少しでも早く出てほしいのです」という内容のメールをいただいたことがあります。えっ?トンネルに入って出て来ないのは、私じゃなくて息子なのに!何を言われているんだろう?と思ったことを、はっきりと覚えています。今になって、やっとわかるようになりました。A先生と出会った段階で、すでにたくさんの方が手を差し伸べてくださっていたのに、それがわからず、真っ暗になっていた自分。息子の持っている力を信じられず、手放しでは人を信じられず、自責から逃れられず💦このブログに詳しく書くことはないと思いますが、激しく人を責める気持ちにも支配されていました。まさに「闇のようなトンネル」に、母である私が入って出られなくなっていたんだなぁ…。今は、そのトンネルからは出られたと思っています。でもそれは、息子が不登校でなくなったから出られたわけじゃなく。これから、またどこかでトンネルに入ってしまうこともあるかもしれないけれど(私にしても、家族の誰かにしても)、絶対に出られるから大丈夫とも思っています。書き始めたら、思いがけず長いブログになりました。読んでいただきまして、ありがとうございました。
2016.09.05
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今日の夕方、相談会が終わり、最寄りの駅まで歩いている途中のこと。空に、とっても大きな虹が!しかも、よく見ると、二重になっている二重の虹、初めて見ました。急いでタブレットで写真を撮りました。少し歩くと、あれ、もう薄くなっている…。もう少し歩くと、あっ、また見えてきたー2つの虹、色の順番が反対になってるんだ…。帰りの電車の中で、ネットで調べてみたら、「ダブルレインボー」というそうです。「幸運の前兆」とも書いてありました。理由は、1. ダブルレインボーは珍しいから。2. 出ているのに気付いたから(たとえ出ていても、それに気付くか気付かないかで、見ることができるかできないかが変わってくるから)。そうなんだースピリチュアル的には、「卒業」と「祝福」という意味があるらしいです。幸運の前兆…うん、きっと、そうだね。一歩ずつ、前へ。
2016.09.03
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明日は午後から、県の不登校相談会・進路情報説明会があります。主催は、教育委員会、学校・フリースクール等連携協議会、子ども支援協議会。進路情報説明会の後、教育委員会や学校やフリースクール(NPO団体)がブースを設け、個別相談を行うのですが、私もNPO団体の個別相談に同席することになり、ちょっとドキドキ。息子の不登校時(2年目〜)に大変お世話になり、たくさんのことを学ばせていただいたNPO団体。3年前は、相談者としてブースでお話しました。明日は、同じ体験をした者として相談者の方のお話をよくお聴きしたいと思っています。3年前の夏。息子は中2で、五月雨登校を経て完全不登校になっていました。それまでの期間に散々もがき、憔悴しきって参加したことを覚えています(私一人で参加しました)。*******今、私の中では、息子の不登校は「黒歴史」ではなくなっています。息子は私よりずっと早く、そう感じていたようです。高1の5月頃、「こっち、不登校になったこと、別にマイナスだって思ってないから〜」と息子が何気なく言うのを聞きました。息子の方が、先を歩いていたなぁ…中学は結局、卒業まで、ほとんど通えなかったけれど、今は高校生活を楽しんでいる様子。不登校時代、本当に口数も少なくなっていたけれど、心の中でたくさん葛藤し、たくさん考えていたんだろうな。息子に限らず、今、学校に行きづらくなっているお子さん。外から見てわからなくても、大丈夫。ちゃんと自分で、自分の道を探していると思います。「子どもが本当に必要としていることだけを、気持ちよくサポートする」不登校後半、私が心の中で繰り返し(←すぐ忘れるから💦)唱えていた言葉。
2016.09.02
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