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昨日3月29日の朝、テレビに異常がありました。テレビが3分おきぐらいにオンオフを繰り返すのです。タイマーや予約設定を変えても、コンセントを抜いても修復されませんでした。諦めて外出、帰宅すると直っていました。三菱液晶テレビのソフトウエア更新に関するトラブルが原因。放送電波を使ってのソフト更新による異常でした。障害は全国レベルで、162万台のテレビで発生しました。怖いのは、三菱電機自身からの更新が原因ではないこと。他社が発信したデータが、三菱電機製テレビの異常を招きました。今回は他社が配信停止することで、障害が復旧しました。しかし、もしこれが電波を使ったテロなら・・・。例えば、突然、テレビが最大音声で鳴り続ける。これが病院で起きれば、人命に関わるかもしれません。例えば、電源設定などが改ざんされ、ハードディスクや基板類が致命的な損傷を受ける。いずれも全国レベルで起きれば、放送メディアは大混乱。少なくとも、家電メーカのクレーム補償費は、莫大な額になることでしょう。テレビなどの家電をねらった電波テロ。ネット経由のサイバーテロより、容易で効果的なテロなのかもしれません。
2015.03.30
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先日、放送を終了したアニメ「四月は君の嘘」は、感動的な良い作品でした。母の死への後悔から、音楽を捨てかけていた天才ピアニスト、有馬公生。しかし、彼の前に突然現れたバイオリニストが、自由奔放に彼の人生を変えていく。音楽家であることへの問いかけ、詩的な展開。音楽と光の描写。そして、涙の最終回。2期、全22話と長編ではありますが、機会があれば、ぜひご覧ください。【オフィシャルサイト】 「四月は君の嘘」・・・・今日は、桜がなぜ厳しい冬を越えた後に、春に花を咲かせるかを書こうと思っていました。しかし、文章が長すぎ、難しくなりすぎ、しかも一部は現代科学では未解明なので、途中挫折しました。桜は頭で考えるより、目と心で見るのが良さそうです。
2015.03.28
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古代エジプト人は、知っていました。収穫したイチジクの数個に切込みを入れて置くと、残りの実が熟すことを。古代中国人は、知っていました。収穫した固い梨を倉庫に入れ、お香を焚くと梨が熟すことを。フロリダの農民は、考えました。柑橘類を暖めると、きっと実が熟すはずだろうと。たしかに、石油ストーブで柑橘類を暖めると、その実は熟しました。でも、暖房を電気ストーブに変えると、実は熟さなくなりました。実の切込み、お香、そして石油ストーブ。その共通点は分からないけど、農家にとっては完熟を促す知恵でした。1924年、科学者は、ついに答えを出しました。熟した実、傷ついた実、お香、石油ストーブ。これらからは、いずれも気体「エチレン」が出ていると。実は熟すと、エチレンを出します。そのエチレンを”感じて”、他の植物も熟します。紅葉の葉が色付く時、やはりエチレンが放たれます。そのエチレンを”感じて”、他の木々も紅葉を始めます。実が熟す時、葉が色付く時、なぜ植物はエチレンを出すのでしょう。塾す実、染まる葉、その時は、いずれも植物が死を迎える時。死を前に植物は、悲鳴をあげて、仲間に死の覚悟を伝えます。ひとりで生きてきたけれど、ひとりでは死にたくないから。だから植物は悲鳴をあげて、仲間とともに死ぬことを望みます。ひとりでは、さびしいから。「ねえ、いっしょに、死にましょう。」【過去の日記1】 「君に届け - 接触形態形成 -」【過去の日記2】 「聞こえますか その声が - 悲鳴を上げる植物 -」【過去の日記3】 「引き金を 引くとき - ほうれん草 -」
2015.03.26
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オクターブの法則をご存知でしょうか。イギリスの化学者ジョン・ニューランズと、ドイツの化学者ロータル・マイヤー。ふたりは、元素が8個おきに、似た性格を持つことに気づきました。ドレミファの音階に似たこの性質は、オクターブの法則と呼ばれました。周期表を、ご覧ください。水素(H)とヘリウム(He)は両端の「ド」の位置にあります。そして、Li,Be,B,C,N,O,F,Neは、ドレミファソラシドになります。周期表が整備された今、オクターブの法則を学ぶ機会はあまりありません。しかし、化学を音楽で表せば、もっと化学は楽しくなるかもしれません。たとえば、水はH2O。これを音楽に変えれば、ドドラ。たとえば、二酸化炭素CO2。音楽ならば、ファララ。食塩NaClはドラ、アンモニアNH3はソドドド。火山で怖い硫化水素H2Sも、水と音階違いのドドラ。音楽に満ちた、元素の世界。そして、元素で作られるこの世界も、きっと音楽に満ちている。化学の世界に、旅立とう。まだ知らない音楽が、すぐ目の前にあるかもしれないから。【ウィキペディア】 「周期表」
2015.03.24
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全国各地に、ぽっくり寺と呼ばれるお寺があります。その中でも、奈良県香芝市の誕生院阿日寺は、ぽっくり寺の元祖と言われます。阿日寺は、源信の生誕の地にあります。源信が書いた「往生要集」は、後の浄土宗や浄土真宗の基盤となりました。母の臨終に際し、源信は除魔の法を修して、母を安楽往生に導きました。文字通りの「ぽっくり」です。母の忌中に源信は阿弥陀如来像を彫り、それを母の代わりとして拝みました。その阿弥陀如来像が、今も阿日寺にあります。長寿国家の日本は、今や終活ブーム。全国のぽっくり寺を訪れる人も、少なくはありません。
2015.03.22
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1933年3月3日、昭和三陸大津波が東北を襲った。津波の高さは約29メートルにも達し、岩手県田老地区(現宮古市)は、ほぼ家がない更地に変わった。田老の人々は津波から身を守るため、高さ10メートル,総延長2433メートルの大堤防を2重に築いた。1960年、チリ地震の津波が再び田老を襲ったが、大堤防は田老の人々を津波から守った。その結果、田老の大堤防は、世界中に知られることとなった。しかし、その大堤防に対する信頼が、人々を油断させてしまった。2011年3月11日、田老を襲った大津波は、大堤防の2倍以上の高さに達した。津波は巨大堤防を軽々と越えるばかりか、中心部の堤防は跡形もなく砕かれ、姿を消した。堤防への信頼から逃げ遅れた人々は津波にさらわれ、市街地は壊滅した。災害の記憶には、”3”の法則があるという。災害後、3ヶ月後には防災意識が薄れ、3年後には忘れ始める。30年後には災害の伝承が途絶え、60年後には地域が忘れる。300年後には地域から社会から忘れられ、1200年後には災害があったことすら忘れさられる。災害後、知られた宮古市の石碑。「高き住宅は児孫に和楽 想へ惨禍の大津波 此処より下に家を建てるな」2011年の大津波は、昭和三陸大津波から78年後。津波の本当の怖さを、まさに地域が忘れた時だった。石碑より低い土地に、多くの家が建ち並んでいた。守るための努力、その成果への信頼が命を奪う。伝えたい記憶、忘れられる記憶。たとえ、どれほど悲しくても、忘れてはならない記憶がある。
2015.03.20
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のとドンの日記を掲載後、下記の記事を目にしました。タイムリーなので、ご紹介します。【日経新聞 3月18日】 「人気ゆるキャラ、なごむ名前の法則」なぜ、ゆるきゃらに「~どん」や「~もん」が多いかの理由です。「どん」は鹿児島弁の「さん」、「もん」は熊本弁の「者」に由来するとしています。「どん」には対人関係の壁をなくすともあります。ゆるきゃらでは、「のとドン」が最初に紹介されています。まさにタイムリー。「ドラエもん」も「もん」だと、この記事で思い当たりました。自然にできる呼び名の法則。面白いものです。【過去の日記】 「シンプル・イズ・ベスト - のとドン -」
2015.03.19
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北陸新幹線開通でにぎわう石川県。「chappy2828さん」によると、北陸新幹線開業のPRキャラクターは「ひゃくまんさん」とのことです。「ひゃくまんさん」しかし、私にとっては石川県のゆるきゃらは「のとドン」のイメージが強烈です。「のとドン」シンプルさが、魅力的。とかく、手にご当地グッズを持ち勝ちですが、通常は素手で勝負です。とはいえ、シンプルさでは「ほっくん」に負けます。「ほっくん」は、山口県のゆるきゃらです。「ほっくん」手さえない「ほっくん」は、ご当地グッズを持ってPRすることはありえません。それ以前に、こければ、きっと起き上がることはできないでしょう。いつの間にか、石川県から話がずれました。今回の開業で、石川駅も新幹線はIC乗車券対応の改札ができたそうです。有人改札の廃止、在来線のIC乗車券対応も、遠くはないことでしょう。これから伸びる石川県、ゆるきゃらはシンプルなのが良いというお話でした。※これらゆるきゃらの意匠はフリーライセンスですが、商業目的の使用ではHPを確認ください。
2015.03.17
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今日は遠方移動で、帰りも遅くなりました。また、道中などでトラブルも続発。疲れましたので、日記訪問などは明日にさせて戴きます。すみません。以下、私信です。「鹿児島の石造遺跡」鹿児島の代表的な石造遺跡として、書籍で紹介されているものです。・姶良郡吉松町姶良郡栗野町稲葉崎の供養塔群: 県指定史跡・姶良郡隼人町見次・隼人塚: 国指定史跡・川内市周辺の田の神・川辺郡川辺町清水・岩谷公園磨崖石碑群
2015.03.16
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地球上からは、月の裏側を見ることができない。この法則は、カッシーニの法則にあります。カッシーニの第1法則。「月の固定された自転軸を一定の方向に回転し、その自転周期は公転周期に等しい。」つまり、月は地球の周りを回る公転と、同じ速度で自転します。そのため、常に一定の面しか、地球上からは見ることができません。ただ実際は、月の赤道と公転面はわずかに傾いています。そのため、地球からは月は首振りをして見えます。この秤動という首振りにより、地球から見える月の表面は、約59%。月の横顔を、ほんの少し見ることができます。地球を見続ける、月の顔。月が地球に恋するからか、それとも、地球が心配だからなのでしょうか。見続ける、その理由をたずねても、ただ、月は、いやいやと首を振るばかり。
2015.03.14
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昨日も留守をしていました。ただいま戻りましたが、今日は日記更新よりご訪問に専念します。ここ数日にご訪問戴いた方の所にご訪問します。よろしくお願いします。
2015.03.13
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ワインと言えば、フランス。今日のフランスでは、ワインが日常的に飲まれています。しかし、19世紀半ばまでは、庶民にとってワインは高嶺の花でした。それまで庶民は、ブドウの搾りかすから作ったピケットという安酒を飲んでいました。ピケットさえも飲めるのは特別な時で、普段は水を飲むしかありませんでした。ワインが入手できなかったのは、その輸送が困難なことにありました。重いワインを運ぶのは、とても大変なことでしたから。ワインは主に、川を使って運ばれました。高価なワインは、ポンパドゥール夫人ら、一部の富裕層に愛されました。その後、庶民がワインを飲めるようになったのは、鉄道の普及のおかげです。19世紀後半の鉄道網の発達が、ワインの安価な輸送を可能にしました。商品の価格では、送料がネックなのです。ネットショピングでお悩みの方には、送料の重みはよくおわかりなことでしょう。
2015.03.11
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石棺仏のご紹介をしていないことに気づきました。古墳の石棺をリサイクルして、後年に石仏としたのが石棺仏。石棺仏は兵庫に多くありますが、奈良でも石棺仏を見ることができます。石棺仏を見るのも好きな私。今日はそのひとつをご紹介しましょう。奈良で最も有名な石棺仏は、長谷寺の弥勒石棺仏。石棺の蓋石を使い、高さ2.4m,幅1.8mの実に立派な石棺仏です。長谷寺弥勒石棺仏が製作されたのは、鎌倉時代。そのためか、非常に綺麗な石仏です。鎌倉時代、石棺仏を作るブームがありました。リサイクルより、信仰的な意味かと思いますが。皆様の地域にも、石棺仏はありませんか? 【過去の日記】 「いつの時代もリサイクル - 青石 -」< ↓ ランキングクリックはこちらから > にほんブログ村
2015.03.09
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江戸時代、シーボルトは日本で昆虫も収集しました。その昆虫の標本は、オランダのライデン自然史博物館にあります。日本には、国立博物館,美術館,科学博物館などはあります。しかし、国立の自然史博物館はありません。化学,物理学,工学に力点を置く科学博物館に対して、自然史博物館は、動植物や地質学を取り扱う、生物,地学の博物館。アメリカ,イギリス,フランス,オランダなどには、国立自然史博物館があります。それがない日本は、まだ自然への関心が薄いのかもしれません。地球上の個体数では、他を圧倒する昆虫群。啓蟄の時も過ぎて、目を覚ました虫たちに、目を向けては見ませんか。
2015.03.07
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和邇(ワニ)の上を跳んで渡る、因幡の白兎。この「和邇」とは何か?それは、今も議論が続いています。因幡の白兎が登場するのは、712年編纂の古事記。そこでは、白兎は和邇の上を跳んでいきます。和邇は、サメとも言われます。古代の山陰地方では、サメをワニと呼んだとするのがその理由。しかし、713~733年編纂の出雲風土記には「沙魚(サメ)」の表記があります。また、この時代の木簡にも「佐米(サメ)」が登場します。因幡の白兎が書かれた時代の出雲でも、ワニとサメは区別されていました。和邇は「サメに似て非なる生物」とする解釈があります。島根県では、古くは「ハナニメノアルテカケノワニ」と呼ばれる魚がいました。鼻に目がある、手掛けの様な頭のワニ。つまり、シュモクザメのことです。このことから、和邇をシュモクザメとする説もあります。しかし、絵本では、多くはサメを鮫として描いています。しろうさぎ、君を傷つけたのは誰なのか。答えがない問いかけが続きます。
2015.03.05
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人工の絹糸、レーヨン。光沢が綺麗な繊維です。初期のレーヨンは、「シャルドネ人絹」は1884年に発明されました。出品された1889年のパリ万博では、とても好評を博しました。しかし、シャルドネ人絹は、とても危険な繊維でした。火薬の原料となるニトロセルロースが、原料に含まれていたからです。シャルドネ人絹は大変に燃えやすく、些細な火で燃え上がりました。そのため、人絹のドレスを着た女性が火達磨になる、痛ましい事故が続きました。第一次世界大戦前には、生産中止になった、シャルドネ人絹。改良された、安全で美しい今のレーヨンは、多くの犠牲の末に得られました。美しさより、安全を。その常識が今あるのは、多くの失敗があるからなのです。
2015.03.03
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1455年のグーテンベルクによる聖書の印刷が、活版印刷の実用例として知られています。そして、そのグーテンベルクが借金で苦しんだことも、過去の日記で書きました。【過去の日記】 「借金は、勝者のあかし - グーテンベルク -」活字自体は、11世紀に中国で発明されていました。その活字は陶器でできた、膠泥(こうでい)活字でした。しかし、漢字は種類が多すぎました。そのために、元の時代に中国では活字は忘れられます。忘れられた活字は、モンゴルから欧州に伝わります。文字数が少ないアルファベットでは、活字がとても役立ちました。この活字を改良し、実際に活用したのがグーテンベルクです。日本でも、活字の活用は遅れました。しかし、活字を使わない、世界最古の印刷物は日本にあります。764年に称徳天皇が作らせた、百万塔陀羅尼が世界最古の印刷物。印刷された陀羅尼は、100万巻にも及びます。世界最古の印刷物を作った日本。もし、漢字を使わなければ、日本でも活字が普及したかもしれません。漢字は、種類が多すぎる。国際化の時代、多すぎる漢字の数は、徐々に見直されることでしょう。
2015.03.01
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