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今日の香港は快晴。でも、道端に水をまくように夕方雨が突然降った。 香港には高島暦のような暦「通勝」がある。7月だというのにもうこれが販売されているからびっくりした。昨日まで行われていたブックフェアのせいなのだろうか?風水や四柱推命の世界では2月4日の立春が一年のはじまりだからまだ半年もたっていない計算になる。 以前は西暦の年末に販売されていた記憶があるが、年々はやまってきている。暦は既に定まっていることなのでいつ発売されてもかまわないのだが、何だか季節感がなくなってしまったようでさびしい感じがする。 そういえば、毎年年末になると「通勝」を見て良い日取りをチェックしたものだ。So先生にそういうと「忙しくてまだ予習してないよ。」と言われたものだ。去年の今日、So先生と最期に会話し、その2日後先生は倒れ、その1週間後亡くなった。あれから私の人生も大きく変わった。奥様に一周忌のことを聞いたら「ありがとう。8月中に行います」とのことだった。ルイヴィトンよりも先に奥様に幸せになってもらえる風水をしなければいけないと思っている。
2009.07.29
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今日の香港は快晴。今日は郭先生を囲んでの食事会があったが、香港でよくありがちな宣伝や勧誘等があり、ちょっとがっかりした。ヨコシマな気持ちではなく、みんな純粋な気持ちで声をかけているんだと思うが、純粋に風水をやる者同士の交流や意見交換の場であれば十分なのに、と思っている。ところで、昨日私の仲間に気功を伝授した。この仲間のおとうさまが病気だと聞いたので、おとうさまのために役にたつかもしれないと思いやり方を一つ一つ説明した。辛先生はがん患者と一緒に気功をやっていた。その数ヵ月後、このがん患者のがんは9割がたなくなったそうだ。西洋医学的な治療をすることはとても大事だし、気功はそれに平行して行うことができる。また、自分で自分のココロとカラダを引き受けることはとても大事なことだと思う。気功の一つの動きで、自分のカラダを理解するのがある。普段わたしたちはこの大事な自分のカラダを自分で理解しているだろうか?そしてそれを引き受けているだろうか? 気功は、求めればいろんなことを教えてくれる。 気功は誰かに気を入れてもらったり、誰かに動かしてもらったりするものではない。自分で自分の気の流れを良くし、細胞が活性化され、その結果カラダもココロも健康になるものだ。よって明るくほがらかになり、それが良い方向に循環していくものだと思う。私は気功をやりはじめてから健康には恵まれている。カラダとココロに良い気功を伝授してくれる辛先生に出会えたことは私の宝だ。そして、辛先生のように求める人たちに気功の良さを伝えることができれば、と思っている。
2009.07.28
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今日の香港も晴れ。まだまだ日の長い暑い日が続いている。今日は朱先生の勉強会があった。 昔の中国では、男性が立身出世できるかどうか、女性は良い男性に嫁ぐことができるかどうか、が最も重要なことであった。女性が立身出世できるかどうか、とか男性が仕事以外のことで云々、というのは昔の書物から読み取ることはなかなかできない。朱先生のお話もこうした伝統的な教えからきている。自分で応用して考えるしかない。 男性が立身出世できるかどうか、女性が良い結婚をするかどうか。他の要素もあるが眉と眉の間の「印堂」も一つの条件となる。この部分がすっきりしていて肉があるかどうか。広すぎず狭すぎないか。女性の場合はさらにこの部分の色艶がよく、うっすらとピンク色になっているかどうか。ここがすっきりしている人は聡明で見ていて気持ちの良い人であるようだ。いわゆる福のある相である。ストレスで押しつぶされそうな場合はそれがシワなどに現れ、さらに運気を落と としてしまう。 ちなみにこの部分は気功では「上丹田」と呼ばれ、我々のエネルギーが発電する発電所のような役割も持っている。 ここへきてようやくいろんなものがつながりはじめてきた。
2009.07.23
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今日の香港は快晴。まばゆいばかりの一日だった。今日は朝8:14から10:40まで皆既日食が香港でも観測できる、というので科学館に大勢の人がかけつけた、というニュースを見た。昔から中国では皆既日食の起きるときに災難が生じる、と言われる。現に日本でも中国でも大地震や洪水などの災害が起きている。そしてこれ以上の災害がまだ起きるのであろうか。災害なのだろうか、それとも別の思いもかけない事がおきるのだろうか?どんどん想像をふくらまし、波長を悪い方へ悪い方へとチューニングすると悪いものしか拾わない、と私は思っている。その逆を何故人はしようとしないのだろうか?良い方へチューニングしてツキを呼んだ方が絶対良いのに。頭で分かっていてもそう簡単に実行できないのが人間。でも、ほんの少しの心がけで日々の時間が肩肘張らず涙せず過ごせるのでは、と私は思う。
2009.07.22
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昨晩以下の文章を書いたのに何故か公開できなかったのでここに公開する。 昨日の香港は台風の後の風の強い一日であった。昨日の午後は久しぶりに羅先生の四柱推命勉強会に参加した。一人の人の出生年月日と時間だけを与えられ、その人の人生を分析し3時間かけて議論する。しかしながら、毎回あっという間の3時間である。 今回の「人」はあのお騒がせ風水師・トニー・チャンの奥様、譚妙清についてであった。 西暦1963年8月28日辰時生まれの女性なので、四柱は以下のようになる。年 癸卯月 庚申日 癸卯時 丙辰 あれれ、おかしい。これでいくと彼女は身旺になる。そうすると比肩運の92年、93年の頃はオカネに苦しむはず。しかしながら実際はこの頃トニー・チャンと共同名義で不動産を7軒購入したり、一生かけても使いきれないほどの大金を手にしている。身旺でも確かにオカネには困らない人となるが、これはありえない。 この頃香港ではサマー・タイムが採用されていたので、時間を卯の時間に変更すると年 癸卯月 庚申日 癸卯時 乙卯になる。身弱である。しかもこれなら彼女らしい人物に変わる。私は自分が試されている、と思った。脇を甘くしていてはいけない。 そして、彼女の性格、つまり癸としての性格や食神が強いがための性格などを語り、幼少の頃を語り、家族や出身を語り、夫婦のことを語り、金運を語る。羅先生に「昨年はどうだったか?」と聞かれ、私は「夫婦仲が最悪の一年だった」と答えた。表面上は良かったのかもしれない。しかしながら、この年は「戊子年」でこのときの彼女の大運は乙丑。子と丑は合して土となり正官となるので天干の「戊」を支え正官の強い年となる。彼女の命式は元々食神が強くしかも財がないので食神と正官はぶつかる。これが一つ目の理由。2つ目の理由は子卯の刑。子のエネルギーが彼女の地支に3つもある卯を強く刺激したはずである。特に配偶者宮である卯がこの刑から逃れることができるはずがない。と同時にいわゆる「官非」、つまり裁判沙汰になった年でもあった。 私はこの実在の人物のことを余りよく知らない。しかしながら、彼女の命式や運勢をみているうちに同じ女性として胸に強く感じるところが多かった。またしてもあっという間の3時間を過ごしていた。
2009.07.20
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今日の香港も快晴。パンチの効いた真夏日だった。しかしながら巷ではまた台風が近づいてきている。週末はまた先週のような大雨に見舞われるのだろうか? また朱先生の話。 変な話だが朱先生が話すことは一字一句漏れのないように注意して聞いている。先生は元気一杯でしゃきしゃきされているが、それでも御歳86歳。しかしながら・・・というわけではないが、朱先生のお話は自分にあるだけの集中力を使って吸収している。毎週木曜日の夜は先生の勉強会+食事会に時間と決めている。素顔の先生はほがらかでカラフルでとてもお茶目だ。奥様も朗らかで私を可愛がってくださる。この先生と共有できる時間がこれから先もずっと続きますように、といつも思っている。 最近の私は朱先生との口約束で彼の人相学の本を翻訳しはじめている。人相学は面白い。そして、理解するまでに相当な長い道のりがある四柱推命とは違ってすぐ理解できる明快だ。 最近は香港の繁華街・コーズウエイベイを歩く時、通り過ぎる人々の表情を見て勝手に一人で楽しんでいる。「あの人はこうなんだ」「この人はこんな風だろう」と生きたテキストブックを見て楽しんでいる。ふくよかな人、ギスギスした人、顔の輪郭、額の美しさ、耳の形や色、眼の形や力、眼に神様が宿っているかどうか。見ているだけで十分に楽しい。 朱先生は来る7月22日から行われるブックフェアで四柱推命の本を出される予定だ。そして、次の次の本の構想まで練っていらっしゃる。次の次の本は、人相学と四柱推命学とを合わせてどう分析するか、という本だそうだ。86歳のご老人が次の次のテーマを決めて構想を練っているのである。身近に刺激になる方がいるのは本当にありがたいことだ。 私も負けずとこの秋か冬に人相学とメーキャップを合わせたワークショップをしようと思っている。人相学を「あなたはこんな人です」でとどめるのではなく、もっと具体的に使えるようなものにしたいと思っている。「女を上げるメーク」になるのか「運気を上げるメーク」になるのか「婚活にサクセスするメーク」になるのかまだアイディアを練っているところである。それでも次の次の手、ではなく次の手しか考えていない。師匠には頭が下がる思いである。
2009.07.10
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今日の香港は快晴。まぶしいばかりの一日だった。 四柱推命の朱先生が今日は面白いことをおっしゃっていた。時は移り世は変わりやすい。人も時代と共に変わり、これまでしっくりきていたことがあてはまらなくなってきたり、これまであてはまっていたことが逆にしっくりこなくなる。失敗は成功になり、成功は世の流れと共に失敗に変わってしまう。と。 昔、広東省のとある村にとある男性が世の為人の為にある裁判で戦った。無実の罪を問われた人たちの命を救おうと彼は自分にできる精一杯の知恵を働かせがんばったが、相手方がワイロをばらまいたのでお裁きに負けてしまった。この男性はそれでも人々のために戦ったがまたお裁きに負けてしまった。この男性は悔しくて、(ワイロに影響されない)北京ならお裁きに勝てるだろうと思い、命がけで北京に向かい、終に裁判で勝利を得た。ワイロをばらまき不正を働いた相手方はしっかり罪の償いをすることになったという。この男性の名前とその評判は中国全土に知るところとなった。ここまでは中国では有名なサクセスストーリー。しかしながら、その後のこの男性の話をほとんどの人は知らない、と先生は話を続ける。 彼は身の危険を感じて広東省に戻らず北京にとどまった。しかし、北京では何の仕事もない。人々を救った功績だけが残っている。そこで彼は自分の実力を信じて弁護士になることを決意した。「世の為人の為」ではなく、自分の生活の糧のため、つまり「オカネの為」に彼は弁護士になった。 果たして彼の評判はよく、ビジネスは成功した。彼はどんな人にでも弁護をした。白いものも黒いと言うことで彼の腕はあがり、大金が舞い込んできた。 オカネのメシアになっている人にとってはこの後半の話もサクセスストーリーであろう。しかしながら、人徳を尊ぶ人にとってはサクセスストーリーと言えるであろうか?現にこの男性の最期は人々から恨みを買われ殺されている。 今香港で一番話題になっている風水師・陳振聡のストーリーは、多くの兄さん弟子がうらやましがっているのも事実である。しかしながら、彼には人間としての尊さも徳も気品も全く感じられない。 そういう人になりたいであろうか? オカネがものさしである人が比較的多い香港でもその答えは様々であることが私にとってはおもしろいのである。
2009.07.09
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今日の香港は快晴。昼間は眩しいばかりの太陽の光と熱さだ。7月は香港の国際展示場、香港コンベンション&エキシビションセンター(HKCEC)でブックフェアが毎年行われる。人気作家のサイン会もあるし夏休みも重なって毎年うだるような暑さの中に長蛇の列ができる人気のイベントだ。このイベントに合わせて羅量先生も「點算八字 性格(四柱推命でわかる性格)」を出版された。性格とは一体何なのか、性格をどうやって分類するのか、香港の著名人や芸能人を沢山例にあげて先生らしいまっすぐで明快な文章だ。四柱推命でははっきりとその人の性格が分かる。そして人々はごく素直に自分の角色を演じている。だからといって先入観を持ってはいけない。そして目の前にいるその人は自分と全く同じ考え方の人間ではなく、むしろ違った考えを持っている人だということに注意すべきだ。その人の持っている奥底の部分をできるだけ早いタイミングで見つけ、何が鍵を握っているかを考える。その人が理解できるコトバで話し、その人が自分のどこに問題があるのか気づくようなコトバで説明をしなければいけない。そのために性格を理解することはまず最初のステップとして重要だと思っている。そして、幼少期の両親との関係がその人の人格を形成する、と言っても過言ではないと私は思っている。おとうさんと一緒におふろに入っていたか、とか、おかあさんが毎晩お話をしてくれた、とか、或いは父親が母親に辛く当たっていたとか、母親に叱られてばかりいたとか、いつも家にいなかったとか、そういった体験を読みとり、その体験がその人のモノの考え方や人格形成にどういう影響を及ぼしているかを読み取る。これが私のやり方である。そしてその体験がとても重くて時には鍵となるものだと実感することが多い。羅先生とちょっとメスの入れ方が違うが、両親をはじめ、周囲の人々との関係がその人の人生に大きく影響を及ぼし、その体験がその人を作っていると確信することがとても多い。
2009.07.08
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今日の香港は晴天。夏至もとっくに過ぎて、ここ香港も本格的な夏が到来している。実に一ヶ月ぶりの更新で、書きたいことが山ほどある。何から話をしようか。久しぶりに会う恋人に対するような、そんな気持ちでいる。私は、四柱推命で占うときにこれから先の人生も当然のことながらお話する。今後何がおきるか。どうなるのか。そしてどう対処するのか、アドバイスするようにしている。良いことか悪いことかは別として四柱推命にはそれがはっきり出てきてしまう。しかもそれはなかなか避けることができない。ある先生は、例えば「血光之災」といって血をみるような事故が起きることが分かる場合にその年献血すれば良い、とアドバイスされる。しかしながらそんなに簡単に災いを避けられるものではない。先のことが分かるのはときとして余りよくないことなのかもしれない。良くないことが起きることも分かってしまうからだ。一方で、「行運」といって運勢が好転し幸運な道を歩む直前に、人は必ずといっていいほど運気がとても悪くなる。不思議なことに身体を壊したり、稼ぎ頭なのにしごとがなくなったり、致命的な痛みを覚える。香港で連続29回コンサートを行った記録を持つ大スター、アニタ・ムイもかつてスポットライトを浴びる直前の年に声帯を痛め声を失い、失意の底に突き落とされたという。これは与えられたありがたい試練なのだ。乗り越えられる試練だと思うこと。この試練を乗り越えられたら私は次のステージに立てる。昨日、大先輩のWさんがそうアドバイスしてくださった。全く同感である。私自身、今年は全くよくない年だ。いろんな意味で試練を味わっている。相当な痛みも感じている。アニタ・ムイとは違うが、私も今年運が大きく変わる時期を迎えている。この苦しみは私に与えられたありがたい試練。乗り越えなければ次のステージをみることはないだろう。そう思えるか思えないかは自分次第なのだ。
2009.07.04
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