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『人生讃歌』ー愉しく自由に美しく、又のびやかにー美輪明宏 齋藤孝 著手にした動機は、本のレイアウトを参考にするためでした。美輪さんが、政界のO氏のことを、本人は元気だけど、一緒に組んだ人は、ことごとく生気を失くすというようなことを言っていて、それが、2年以上前であることが、かなり興味深かった。(この2年も そう言えるような気がします)齋藤さんのことは、特にファンと思ったことはないのですが、何故か、各所で接点があるのは、やはり 執筆量が半端でないのでしょうか。…僕は人を見たときに、その人のエネルギー量の大きさを敏感に感じることがあります。その人が何を言っているか、何をやっているか以上に、その人の持っているエネルギーが気になる。たとえば学生であれば、この学生のエネルギー量ならば就職しても大丈夫、やっていけると思ったりする。(本文より 齋藤氏)「気になる」などと、私は、立派そうに言えませんが、たしかに 人と接すると、その エネルギーというか、パワーというか、感じます。うん? 感じるということは、 感じられるということ。おそろしい (+_+)~~~~~~~~~~~~~~~~ 『貧相ですが何か?』ー哲学教授大いに悩むー 土屋賢二 著笑う哲学者こと 土屋氏 の本は、おそらくほとんど読んでいます。面白いから。ふふ、簡単。 (^^)v無条件に 笑ってしまうけれど、哲学を かすったような気分になれるから、かな。…と、著者はこんなひねりもない言葉は使わないでしょうけれど。 …最終的に必要なのは、何が重要かという判断だ。しかし、重要度を判断するのは難しい。わたしのイラストの描き損じを収集すれば10キロ5円の価値がある。わたしという人間の価値にしても、妻にとってはゴミかもしれないが、出すところへ出せば、腎臓肝臓など合わせてかなりの金額になるはずだ。 (本文より)付け加えるようなことは、ありませんが、土屋氏について、謙虚という言葉は、一見、合わないかもしれないけれど、でも、おそらく、根底には、ギャグばかりでなく、学問への謙虚で真摯な姿勢があると、感じられて、だから、好きです。~~~~~~~~~~~~~~~~これ、正確には違う本ですが、楽天さんの画像を借りています。先日来、歴史マンガをたびたび読んで、戦国時代から現代までとりあえず来たので、人物編の、これは、 北条時宗。まあ、元寇を無事、乗り切ったということですね。時宗さん。それにしても、二度までも神風で国難を超えたと思われる事態に、人々は、やはり感動したでしょうね。というか、そんな暢気なものではなかった?当時、存在の大きかった、日蓮が、 かなり強硬な姿に思えました。この辺は、簡単な言葉で言っては、いけないと思われますが…… ~~~~~~~~~~~~~~~~というわけで、メモでした。めもと入力すると、___φ(。_。*) こういうふうに、変換されるのは、初期設定が そうなのでしょうか。それとも、うちのパソコンに誰かが、単語登録したのかしら?秋の爽快な風が、誰にも心地よく吹きますように♪――――――――――――――――――【本日の同音異義語の驚き(o^^o)】豊穣時胸なんて変換されるとドッキリ――――――――――――――――――
2006.10.16
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某氏のグループ展を見に 銀座へ行きました。その後、たまたま時間が空いたので、久しぶりに ぶらぶらと画廊街を散策。(ふふ、この可能性を狙って、(^^)v わざと 早めに行ったわけです )ぼんやりとしか、見えませんが。そういえば、以前 四丁目交差点付近の 街頭に突然 現れたボテロの彫刻は、今日はなかった!?あれは、何だったのだろう。木村屋のアンパン のお店の前アンパン屋さんの前で、こうやって写真を撮るのも なんかなぁ…… まっ いいでしょうか。中途半端な構図ですが、かつて橋本元首相も、何かの局面で 自らアンパンを買いに来たところ。。本当は、小さな路地の ひっそりしたビルの上の方にある画廊を探して ふらっと入るのが好きです。でも、限られた時間なので 日動画廊へ。「日動展」の最中でした。まあ名前の通り、この画廊に関係する作家の作品がズラッと多数 並んでいます。う~ん。。作家も作品も 懐かしすぎて、妙な感じ。「あぁ、先生 … お元気かな 」並んでいる作品には、かなり 高齢になられた方も多いです。懐かしいという感情には、温かさが8割。 切なさが2割。 たぶん。日動画廊は、地下に降りて行くと 物故作家コーナー。作家名は美術館並みです。作品はみな 小ぶりだけれど、3点あった香月泰男が 良かった。坂本繁二郎の小品も。他に、梅原龍三郎、 浮田克躬、 小磯良平 福井良之助、 宮本三郎、 向井潤吉 etc 名前の方が勝っている(?)というか、大家の割りに ちょっと物足りない作品のようにも思えましたが、いずれ、なかなかです。そう言えば、売っているとはいえ、店頭で突然「これ、下さい」なんてことは、画廊では あまりないから、もったいないような 空間です。関係ない私が、言ってはいけませんけど……(日動さんごめんなさい) ~~~~~~~~~~~~~~~~それにしても 画廊街を歩くと、タイムトンネルに 迷い込んだような、不思議な 感覚になる。これは、何だろう。 バブルのころと、今では、時代も変わった。 私の状況も変わった。塵も、 宝も、ともに水底に、しずかに 沈んで、今は、それを、あまりかき回さないように、上澄みの中に 生きている。たぶん。上澄みは、決して透明ではないけれど、ドロドロでもないから、その中途半端具合を、極上ではないようだけれど、おかげさまで、ちょうどいい幸せ具合を、この時期、私は、楽しんでいる。たぶん。。。なんて、またまたお久しぶりの更新。明日も皆さまに いい日でありますように♪――――――――――――――――――【本日の同音異義語の驚き(o^^o)】 帽子の展覧会がある予定です。――――――――――――――――――
2006.10.12
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昨夜、頭が痛くて 横になりながら 見た。いや、必死なこだわりとかでは、 ないのですが、やっぱり見たくなったので。日本テレビの報道ドラマスペシャル 「再会」~横田めぐみさんの願い そのサイト拉致問題のことや、その家族の方のことは、こんな感じで、たまたまのように 触れるのも、どこか、気が引けるのですが……。でも、気が引ける理由 は 何だろう。たとえば、ガン患者さんの特別リポートのような、番組を見たとしたら、 困っている最中の人 = その方々 幸い?困っていない人 = 自分というような構図になっては いけない、という心理が働くように思います。健康であることも、たまたま。現在の自分の状態も、他の方の状態も、たまたま。 「いつか死に行く存在である」 ということ以外は、みんな たまたま の たまたま。という気がするのです。でも、ある日突然、見知らぬ暴徒に、連れ去られ、愛する家族に会うこともできず、自分が「ここにいる」ことも伝えられずに、どんなに、会いたいか、どんなに帰りたいかを、伝える術もなく、過ごすというのは、たまたま ではない。断固、たまたま ではない。自分もいつか、大病にかかるかもしれないし、事故に遭うかも、しれないけれど、いつか、そんな身に私がなるかもしれないとは、到底 思えないから、おそらく、それで、ある種の 気が引ける気持ちが生じるように 思います。 ~~~~~~~~~~~~~~~~数年前、五人の拉致被害者の方が、帰ってきたそのときは、連日、ニュースに釘付けになって、しまいました。奇跡のように帰ってきたのに、また、あちらに行かなかればならない なんて…(それは なかったけれど)その後も、横田さん夫妻をはじめとする 家族の方々も、ある意味 政治家以上に、いつも、マスコミの目を浴び、安らぎの時間も ないことでしょう。めぐみさんの気持ちも、めぐみさんのご両親の気持ちも、どんなに、思いを寄せたとしても、想像という範囲でしかありません。いずれ、めぐみさんのお母さんの、毅然とした、情が溢れそうでいて抑制のある、あの姿には、頭が下がります。 ~~~~~~~~~~~~~~~~番組に関しては、お母さん役が、ビクッとするほど、似ていました。どうでもいいかもしれないけれど、お父さん役は、誠実な演技ではあったけれど、ちょっと、雰囲気が滋さんと違いすぎたかな。帰られた五人の方のことも、現段階でも、やはり、想像以上のことは分かりません。昨夜、 この番組が終わった瞬間に、北朝鮮の核実験問題のニュースが、始まろうとしていました。そんな、バカな !!怒りを感じるけれど、おそらく、それは、切実に感じる人の それと、同質ではないように思います。同質ではないけれど、怒りを感じます。じつに。――――――――――――――――――【本日の同音異義語の驚き(o^^o)】 政治会場に忙しい毎日です。――――――――――――――――――
2006.10.04
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10月ですね。お久しぶりです @いつもながら。(^^)vおかげさまで 元気なのですが、そして、書きたいと思うことも、 ぼちぼちあったですが…気持ちが旬を越すと、つい言葉にならず、ついつい、無口に過ぎております。久しぶりにやっと絵を見に行ったので、「旬」のうちに書こうかな~ の進行形。 ~~~~~~~~~~~~~~~~最終日の日曜日の、お昼ころに行くなんて・・・混むに決まっているから、避けたいパターンだったけど、結局、その通りのタイミングで、行ってきました。帝劇ビルに近づくと、すでに行列。やっ やっぱり~? でした。 国宝 風神雷神図屏風 ―宗達・光琳・抱一 琳派芸術の継承と創造― 俵屋 宗達 生年未詳-1643年? 尾形 光琳 1658年-1716年 酒井 抱一 1761年-1829年この3人が同じモチーフの絵の「風神雷神図屏風」を描いた。そして、宗達作品をはじめ、貴重なこれらを、数十年ぶりに 同時に見られるというわけですね。図版は三つを見られる情報サイトがあったのですが、会期が終わったら 消えていました。 ああ、無常。でも、そういえば図版は一村雨さんのブログで、出しておられましたね。(一村雨さん、いつもお世話になっています^_^;)帝国劇場のビルの9階が出光美術館。雨が降り始めた1階外の 行列で待っていたときの看板↓入場してからもなお、待ち時間がありました。上記三点について、目とか、角とか、髪とか、比較した解説があって、なるほど、たった3点ではありますが、よく比較できました。たしかに、宗達→光琳→抱一 の順にまるで整理されていくように、色が鮮やかに、浮き出して感じられました。好みの順を つけるようなものでは、ありませんが、単純には、抱一のが、よかった気がします。スッキリ、すんなり、目に入ってきた。ただ…色が、 描線が、 という前に、基本的な疑問がわいてきて、「はて?」だった。江戸時代初期の「宗達」の作品は、古色蒼然としていて、中期の「光琳」を経て、後期の「抱一」が現代のCGかと思うほど、きらめいて感じられるのは、200年くらいの、経た時間の差のゆえである、という要素は、あまり、ないのでしょうか?それとも、そんなこと 当たり前なのでしょうか?それにしても、抱一の作品は、さらに200年近く経った現在も、見事なほどに、鮮やか。ミケランジェロの天井画 のように、洗浄修復すると、嘘のようにきれいになった!とかいうのは、日本の作品には、起きないことでしょうか。解説のパネルによると、宗達作品の「顔」は荘厳で、光琳、抱一となるにつれ、俗に近くなるということでしたが、これも、そうかな~という感想でした。なんて、簡単、感嘆。タン。。 ~~~~~~~~~~~~~~~~出光美術館からは、皇居が見えて、このスポットが、大好き。画像がよくないですが、真ん中の 白いあたりが、桜田門↓やや右側の、緑の屋根が新宮殿↓まあ、ほとんど 見えませんか。思いっきりプライベートな話 ^_^;むかし、むかし、 あるところに、いや、卒論のために、出光美術館のルオーを観に、はるばる夜行バスに乗って、一人やって来たのでした。東洋美術の所蔵が充実しているのに、なぜか、すごいルオーをもっている、この美術館。。今回はルオーはありませんでした。(その代わり、いつも間にかムンクが…)個人的な思い入れもあって、出光美術館には、その後も思い出を重ねてきました。今回は、初めて すごい人であふれていて、プライベートモードの空間が、急に白日のもとに晒されたような、 オーバー ヾ(ーー )まあ、そんな気がして、早々に帰ってきました。急だったので、一人で行ったし。また、そのうち、行きましょう。いろいろ。――――――――――――――――――【本日の同音異義語の驚き(o^^o)】 風塵雷神ではありません。――――――――――――――――――
2006.10.02
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