2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
全12件 (12件中 1-12件目)
1

はい、タイトルどおりです。新しい仕事に就いて1週間経ちました。印象は?そらもこんな感じです以前紹介した既出画像ですが…m(_ _)mとにかく疲れました。へとへとです。はい(^^);でもしかし、お飯をいただく為には、そしてやりたい趣味をさせて貰う為には、額に汗して頑張るしかありません1日も早く仕事を覚えて1人前にならないと…
2009年02月28日
コメント(2)

今更の更新で恐縮ですm(_ _)mさて、昨年夏より非正規非常勤雇用の形でしたが一応碌をもらっていた職場で、昨年末より相次いで退職者が生じました。年末で退職した社員の後任に入った人物が、1人目は2ヶ月働いたものの性に合わなかったのか或いは当人の能力の問題かそれは当人以外に知る由もありませんが結局退職、その次に入社した人物も前職に比べ条件がきつい割りに給与が少ないと言う事でこれまた2週間で退職。とうとう職場長から…「どうだ青列車、オマエ此処の仕事以外何もしていないならいっそ、後任をやってみないか?」と白羽の矢が立てられてしまいました。今までは週2日のみの勤務で、水曜日は夕方に短時間のミーティング、木曜日は発送物の仕分けと配送のみが公務で、人手が足りない場合のみ金曜日に個別配布支援と言う仕事内容でした(もっとも実際には金曜日の個別配布スタッフの不足でほぼ毎週金曜日は個別配布に追われていましたが…)。仕事内容や労働条件には指して不満は無く自由時間も多いのは魅力でしたがいかんせん、男一匹身を立てるにはあまりにも不安定な立場でもありました。それが常用雇用となり給与も決して高額とはいえないまでも今までよりは増えるとあっては断る理由は有りません。「白羽の矢」は受諾しました。そしてこの日2月23日より正式に正社員としての勤務がスタートしました。さて…いざ始めてみると?一言で言えば…「Mさん良くこの仕事こなしていたなぁ~…Kさん達がすぐに逃げ出すのも判らないではないなぁ~…」(^^);今まで経験した事の無い職務、上司や先輩たちから色々教わりながら見よう見まねでするためどうしてもぎこちなく要領も得ません。自由時間もうんと減ってしまい、今までのように気軽に「撮り鉄」にも行けません(しまった!3月15日以降に…って言えば良かった?)(おひ!)がしかし、この仕事がきちんとできないと他のスタッフにも迷惑がかかりますし、折角原稿を作ってくれた人、うちの会社を信頼して広告掲載をしてくれた取引先、またその営業に汗水たらした人、そのミニコミ新聞を配る人、そしてそれを楽しみに待ってくれる読者各位、皆さんに迷惑がかかります。今私が身勝手な理由で投げ出しては皆様に申し訳ないし、そもそも自分が許せません。仮にもオトコたるもの、働く事から逃げ出してはオトコが廃ります!働く事を厭うような人間にだけはなりたくありません慣れないうちはきついのはどんな仕事も同じ。こんな私でも期待してくれる人が職場がある以上、何としてもそれに応えられるよう、粉骨砕身しませんと…そんな自分に贈る言葉。アニメ新世紀エヴァンゲリオンから主人公碇シンジの名台詞。逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ…画像ナシでは寂しいので只今の心境など(^^);例によってイメージ画像です
2009年02月23日
コメント(0)

はい、しつこいまでにこのネタです。抑えよう抑えようと思えども、永久の別れの日が近付くにつれ、胸の奥の熱い思いはますます激しくなるばかり。今朝も今朝とて出掛けてしまいました。前日の経験を踏まえ本日の出撃場所はこの時と同じ場所です。この辺りならギリギリ明るくなっていないか?と期待を込めて赴いたものです。撮影予定ポイントに辿り着いたと思ったらすぐに上り列車がやって来ました。時間帯から察して糸崎行538M(徳山からは5338M)のようです。115系広セキ正調N編成、3000番台はシート座面が柔らかく長時間乗車の際頗るありがたい存在です。続いてやって来たのは新山口行525M。1レの露払い列車(笑)です。115系2連広セキT編成。この日はT-04編成でした。既にT-01は亡く、残るT編成の命運や如何に?大畠トンネルを抜け、1レがやって来ました。遠目の上縮小リサイズしていますのでいささかお見苦しくなっている事をお詫び申し上げます。列車が入り江を回って近くにやって来たと思ったら?なななな何と絶妙のタイミングで、糸崎行340Mが被ってしまいました…何とか「頭」だけ抜けた1レの姿です。生憎カマのナンバーは読めませんでした。(どうやら53号機らしいのですが…)因みにこれは、この日紹介した1レのカットです。2008(平成20)年07月11日に撮影しました。この時の牽引機もEF6653号機です。
2009年02月22日
コメント(2)

はい、この日またまた出掛けて参りました。え?何処に?何をしに?例によって1レ「はやぶさ・富士」の撮影です。今回赴いたのは厚東駅周辺です。ここは厚東川に沿って山陽本線が走っていて穏やかな川面の風情が目に優しい区間です。界隈の車窓です(過去発言添付画像の再掲で失礼します)m(_ _)m是非この川を絡めて1レの写真を撮りたい!と言うのが今回の「撮り鉄」行のきっかけでした。以前にロケハンを行った事はあるのですが中々良い足場が見つかりません。今回も色々迷いました。EF200-15が下り貨物列車をエスコートして駆け抜けていきます。最初はこの場所を想定したのですが、日が昇るとここは逆光になってしまうので川の反対側に回ります。しかし刺して背は高くないものの河岸の潅木が視界を邪魔し綺麗に撮れません。そこで川面に下りてみました。上り列車がやって来ました。糸崎行シティーライナー5342M(但し徳山までは3342M)のようです。約300キロを5時間弱で走破します。117系は望めなくとも、せめて転換シートの3000番台車広セキN編成や、40N更新工事を受け転換シート化された広ヒロL編成なら長距離乗車も苦になりませんが、見たところC編成、それも4両ともシートピッチの狭い300番台車の編成のようです。え?全区間乗り通す物好きはオマエぐらいだ?ごもっともで…(^^);ふと振り返るとややあんな場所がアッチから狙えばよかったかな?でももう今更移動する余裕は無いしあちらも既に先客がいるし…そのままこの場所で撮影する事にします。EF210のエスコートする下り貨物列車です。遠目なのではっきりとは判りませんがどうやら100番台でしょうか115系2連、広セキT編成による上り列車です。川の水面が水鏡になりました。時間帯から察して新山口行3542Mでしょうか?その115系T編成が通過して程なく、1レがやって来ました。生憎この遠距離からだとカマのナンバーは読めませんが、某巨大BBSの関連スレッドの情報や、別カットの画像を拡大してみたところどうやらこの日の牽引機は51号機のようです。車内には思いのほか多くの乗客の姿がありました。しかし見たところどうやらお名残乗車の「ご同輩」各位の様です出来る事ならせめてもう1回ぐらいは乗りたいところですが…諸般の事情でそれは絶望的と相成りました。Xデーまであと数週間。勇退するその日まで力強く走り続けて欲しいものです。
2009年02月21日
コメント(0)

少々間が空いてしまいましたがこの日の話題です。病院を辞して太宰府天満宮に向かい、姪っ子と落ち合いましたが大宰府駅前で待ち合わせたことでもあり、待ち時間を利用して少々「鉄」分補給をしました。西鉄大宰府駅。太宰府天満宮最寄駅らしい建物です。到着する電車。今やベテランとなった5000系。左右非対称のこの顔もすっかりこの地に馴染みました。学生時代以来久々の対面です。世代交代は勿論西鉄とて例外ではありません。下大利駅付近で見かけた3000系です。(姪っ子がこの辺りに住んでいるので送っていった際撮影しました)今を去ること四半世紀前、私が福岡で大学生活を送っていた頃、西鉄電車を利用した事があります。特急用には2000系が走り、5000系はまだ新進気鋭。古豪の1200系・1300系もまだ「老骨に鞭打って」活躍していましたし、宮地岳線(現:貝塚線)にはドアが自動ではない単車の電車が走っていました。四半世紀も経つと町も鉄道もガラリと風情が変わるものですね。また日を改めて、この鉄道を堪能してみたいものです。
2009年02月16日
コメント(0)

何故この日の内容が「闘病記」のカテゴリーなのか?訝しむ向きもおありのことと存じます。単にこの日の続きだからです。同日病院を辞したあと太宰府天満宮に向かいました。実は大野城市に姪っ子が住んでいます。折角の機会ですから一緒にランチでもしようと言うことになりました。後ほど大宰府駅前で落ち合うことにしました。さて、太宰府天満宮に行くには福岡市内を抜ける必要があります。福岡県の県庁所在地否、九州の首都と言っても過言ではない福岡市の中心街を抜けるとなると交通量も多く道路も入り組み距離の割に時間がかかります。そこで一区間だけ九州自動車道を利用する事にしました。それを使っても優に30分はかかりました。え?運転がトロい?姪っ子と落ち合ったのは14時過ぎ。さて何処でランチにしよう?駅前の交差点の角にあるラーメン屋は姪っ子によれば地元でも有名な存在とのこと。実際以前利用して「看板に偽り無し」と感心していますのでこの店なら間違いないのは確かですが、ランチタイムを過ぎたこの時間帯でも入口には行列が出来るほどの賑わいぶり。そこで同じ建物の2階にある食堂に入りました。メニューを見てさて何にしよう?しばし迷った挙句うな重にしました。え?味?結構空腹状態で店に入ったのが功を奏したのでしょう美味かったですよ勿論此処まで来たのですから天神様に参拝しない手はありません。老母と姪っ子と3人で詣でます。太宰府天満宮本殿です。時あたかも受験シーズンの土曜日。境内は大賑わいです。大道芸の猿回しが披露されていました。披露と言えば、これも神社のお約束緊張しているのか?ちょっと硬い表情だった新郎さんが微笑ましかった新郎新婦。末永くお幸せに(個人情報保護の観点から画像には無粋な加工があることをお詫びします)天神様と言えば梅花!紅白の梅が境内を彩り春遠からじと教えてくれます。闘病生活にも終わりが近いことに感謝のお参りを終え、姪っ子を送って帰路につきます。国道3号線をそのまま走りますが一般道路では所要時間が半端じゃないので古賀インターから九州自動車道に入ります。一旦古賀SAに立ち寄り早めの夕食を摂ります。食事を終えるともう既に辺りは夜の帳に包まれていました。九州自動車道も中国縦貫道も街中から離れた所を通ります。夜になると何処を走っているかも判りません(道路標識だけが頼りです)。そこで小月インターで降り、あとは国道2号線を走ります。夜も更けてきて案外スムーズに流れます。そして一般道路なので街灯りのある場所を通りますので何処を走っているのか良くわかり、老母も退屈しないで済みました。帰宅したのは22時前でした。往復400キロ運転すると流石に右足首が痛くなりました(^^);(AT車なので右足の使用頻度が遥かに高いのです。)
2009年02月15日
コメント(0)

この日以来(正確にはもっと以前から)ずっと苦しめられていたこの病気、この日治療(診察と投薬)の為病院に出かけました。往路は1レに「ヒルネ」乗車するのが楽しみでもあったのですが今回は以下の理由でクルマを利用しました。理由1 此処最近のブルトレフィナーレフィーバーでおそらく車内は満席、立ち席乗車券で乗車してもまず座れそうに無い事。理由2 この機会に太宰府天満宮を参拝したいと言う老母を同道させるため、階段の昇り降りなど結構な歩きが必要となる鉄道利用に躊躇があった事。クルマ利用では徳山西インターから山陽自動車道、山口ジャンクションより中国縦貫自動車道、関門橋を渡って九州自動車道へ入り古賀インターで国道3号線へ…のコースです(福岡インターから福岡都市高速へと言う手もありますが有料道路区間の短い方を選択しました)。当初予定では朝8時に出発する予定でしたが、老母が支度に手間取ってしまい、スタートできたのは8時30分になっていました。この時間帯、平日なら国道2号線は通勤ラッシュで混みますがこの日は土曜日、通勤の車は少なくスムーズに流れます。およそ20分で徳山西インターから山陽自動車道へ。ETC車なら土日祝日は割引になる制度が導入されるとかされないとか…生憎ウチのクルマは1991年式。ETCだのカーナビだのキーレスエントリーだのはありません(ブレーキだってABSじゃありません)。もっとも、そこは4ドアピラードハードトップ2000cc車、古くはなっても走る・曲がる・停まるには何の支障もなく長距離長時間乗車でもあまり疲れないのは助かります(ことに同乗させる年寄り=老母=にとっては乗り心地が良く疲れが少ないことが肝心です)。土曜日なので病院の外来診察は午前中のみ。受付時間は11時30分をもって終了します。古賀インターを抜けたのは10時45分を過ぎた頃。これならギリギリ間に合うか?途中2箇所で鹿児島本線と平面交差(要は踏切です)するのですが列車密度の高い鹿児島本線、いずれも待たされます。ことに2回目の踏切では丁度ED761013のエスコートする長い貨物列車が、Y信号見ながらの「ケツ舐め」運転なのか?随分とゆっくり通過するので少々焦ります(^^);果たして病院に着いたのは11時20分。ギリギリ間に合いました。今日も患者が多く例によって待たされます。もっとも、総合病院などでは3時間待って3分診療ってのがデフォルトです(^^);1時間で診察を受けられたのですから良しとしましょう。例によってイメージ画像です。尚内科の触診ではないので胸に聴診器を当てることはありません。(ブログ主がおっさんなのにイメージ画像が少女なのは単純にそのほうが描いてて楽しいからですが今回だけは顰蹙でしょうか?一応ガイドラインは外していないつもりですが…)先生の話ではこのところ落ち着いているようだしもう治りかけているのではないか?一時期症状が重篤だった時には即入院を考えたが現状ではその必要性はまずない。懸念した高血圧も再測定すると落ち着くので血圧降下剤までは必要無さそうなので今回はいつもの薬だけにしておこう。毎月遠距離通院は大変なのではないか?とのこと。更に他の病気ならともかく、うつ病は治せる病気である。決して思い詰めないようにどうやら病気も無事峠を越えたようです。このまま収まってくれると良いのですが…さて?
2009年02月14日
コメント(2)

本日は当初、福岡の病院へ行く予定でした。ところが、朝になって老母が急に体調を崩したので急遽近所の総合病院に連れて行くことになりました。この手の総合病院のお約束として、予約が無い場合長時間待たされるものです。朝8時30分頃病院に送り届け、終わり次第呼び出してもらい迎えに行くことにしました。そうなるとどうせ昼頃までかかるでしょうからその間の時間を利用して
2009年02月10日
コメント(2)

はい、またしても例によって例の如く、1レの撮り鉄に出かけて参りました。今回もきっかけは1通のメールから始まりました。ネット上、主にSNSで何かとお世話になっているくっきぃ様が8日東京発の1(門司~熊本間は41)レ「はやぶさ」にご乗車になるとのこと。残念ながら都合が折り合わずお会いすることは叶いませんでした。ではせめてその列車を撮影しよう!と言うことで赴いたものです。(先様が違うだけでこの日と同じ行動をしています)(^^);事前にネット上で調べたところこの日の1レは人身事故のとばっちりで約1時間遅れているとのこと。と、言うことはおそらく531Mの続行運転になる可能性が高いのですが、これはもしかしたら?遠出をしなくても市内で撮影できるのではないか?当初予定していた撮影場所(山口市内)を急遽周南市内へと変更、07時30分頃出発しました。出発して程なく悔恨の情が…(^^);この時間帯丁度朝の通勤ラッシュ。国道2号線はクルマが混んでいます。とはいえそこは地方都市(って、要は「田舎」ってことです)。首都圏のそれに比べれば渋滞のうちに入りません。戸田駅の先、山陽自動車道徳山西インター手前で2号線から別れ、戸田漁港の方に向かいます。クルマを降りて岸壁の突端に向かいます。カメラを構えている時、下り列車がやって来ました。時間帯から察して下関行531Mのようです。115系広ヒロL編成のようですね。手持ちの携帯電話で時刻を確認、今通過して行ったのが531Mと確認してふと目を上げると…1レがやって来ました。間髪をおかず、まるでY信号を見ながら走っているような、ゆっくりしたペースでした。カマはEF6650とのこと。1号車スハネフ1521以下12連をエスコートし、走り慣れた路を進みます。くっきぃ様は1号車にご乗車とのこと。此処で撮影するとは伝えていなかったので私の姿に果たして気付かれたでしょうか?(何処で撮影できるかまでは事前に決められなかったので伝えようが無かったのです。)列車の側面に昇ったばかりの冬の朝日が反射します。ガキの頃から馴れ親しんだこの光景があと数週間で見られなくなる…確定事項として公式発表されても未だにそれを受け容れられない否、受け容れたくない私です。立て続けに4つのトンネルを潜り、列車は周南市から防府市へ入ります。撮影を終えて帰ろうとしたところ、岸壁にいた釣り人から声をかけられました。オマエ何してたんだ?(この岸壁はタチウオの良い釣り場になるとかで結構「太公望」諸氏が屯しています)どうやら釣り道具も持たずカメラを抱えた怪しげなおっさんがうろついていたので不審者と思われたようですいえ、写真を撮ってたんです。電車の写真を…と答えておいたのですが…(素人さん相手ですからブルトレなどと言うより電車としておいた方が良さそうですね。実際115系の531Mも写したのですから間違いではありません)(^^);はてさて、納得してくれたのかしら?(^^);
2009年02月09日
コメント(4)

2月3日は節分の日。この日は地元の氏神様では節分祭が開催され、年男・年女による豆まきなどのイベントが行われました。新年のお飾りなどを奉納したいという老母を連れて行くことになりました。(もっとも先日、叔母の実兄に当たる人が他界し、その告別式がこの日行われることになり、老母は午前中それに参列していました。神社に出かけたのは夕方になってからです)神社に着いたのは夕方4時半ごろ。既に豆まき神事は終わっていました(もっともこの日は朝から雨が降っていてこの神事が無事行われたか否かは不明です。この時間には雨も上がっていましたが…)参道にロープが張られ人だかりが出来ていました。おや?何があるのでしょう?見れば弓道連盟有志による奉射演武が行われていました。袴姿で正装した偉丈夫が渾身の力で弓を引き矢を放ちます。次の瞬間、一直線に飛んだ矢は見事!的を射抜き、厚い木の板は真っ二つに割れ、ギャラリーから万雷の拍手が沸き起こりました。的には其々「魔」・「悪」・「厄」・「穢」の文字が有りました。複数の射手が順番に的を狙います。筋骨隆々とした男性の射手に混じって、女性の射手もいましたが、一見そんな剛腕の持ち主とは見えないたおやかな印象のご婦人方。しかして、そのルックスからは想像できないような実力の持ち主。ことに最後に登場した女流射手は昨年度の全国大会で優勝し、皇后杯を授与された名手との事。彼女の放った矢は見事にまとを射抜き、「穢」と書かれた厚さ1cmはありそうな杉の板は見事に真っ二つに割れました。お見事!の一言です。さて、節分といえばお約束の豆まき。老母がせがむので止む無くする羽目に(^^);鬼は外!福は内!…この掛け声も地域によって色々と違うそうです。福は内!とだけ叫び鬼は外とは言わない土地とか鬼も内!福も内!と叫ぶ土地とかその土地土地での歴史や習慣の違いなのでしょう。とはいえ地元で生まれ育った人には良くても、転勤や婚姻などで転居した人は最初は面食らうでしょうね(^^);それはそうと…追い出された鬼達は何処に行くのでしょう?あまり無慈悲なことにはならないようになって欲しいものです。これじゃどっちが鬼やねん!トイレぐらい行かせてやらな(^^);
2009年02月03日
コメント(0)

はい、タイトルどおりです。この日老母の所用の付き添い(要するに運転手です)で出掛けました。用事が終わるまでかなりの時間がかかることが予想されましたので、老母を送り届けたら用事が終わったら呼び出してもらって迎えに行くということにし、待ち時間に「鉄」をすることにしました。まず赴いたのは新南陽駅。何か珍しいカマでもいないかな?と見渡してみましたが…特別なカマはいませんでした。貨物列車の先頭に立ち発車を待つEF200-20号機です。その持てる性能をフルに発揮できないのがもどかしいところです。下り列車がやって来ました。下関行3349Mです。広セキ115系3000番台N-21編成(N編成ラストナンバー)でした。しばらくここで過ごした後徳山駅の裏手に戻ります(老母の目的地が此処の百貨店だった為その付近で待機します)。岩徳線2238D。キハ47103+キハ471059でした。糸崎行き5370Mです。広ヒロL-08編成でした。岡山発の5353Mです。広セキN-12編成でした。広セキN編成中正調115系3000番台のラストナンバーです。この列車は徳山からは新山口行き3353Mとなります。糸崎行き5372Mです。広セキN-09編成でした。この日はN編成に良く出会いました。転換シートと言う点ではL編成も同じですが、L編成はシートが硬めの上、窓割とシートピッチが合わず、視界の悪い席が多々有ります。居住性が一番良いのはN編成です。(居住性なら117系100番台原型車の広セキC101~103編成が一番ですが117系は新山口以西でしか運用されず、ここ徳山では乗車チャンスがありません。唯一、広セキN-14、N-16~21各編成のモハ車=元117系モハユニットからの改造編入車3500番台=で疑似体験をするのみです)下りの貨物列車をエスコートしてやって来たEF210-108号機です。まだまだ粘れば撮影が出来たのでしょうが、老母から迎えに来いとの呼び出しがありました。本日の「鉄分補給」はこれにて終了です。
2009年02月02日
コメント(0)

過日、かねてよりネット上で何かとお世話になり弊ブログにも時折レスを下さるクモイ103様が九州旅行で1レ「富士」にご乗車になるとのご連絡を頂戴しました。生憎今回もミニオフをする時間が取れず、ご尊顔を拝する機会を得られませんでした。そこで、せめてご乗車の列車を撮影しようと決めていました(実はご本人には事前には連絡していません。何分にも本県内を通過するのは早朝、しかもこの時期では日の昇った後の姿を撮影するにはかなり西方へ行く必要があり早起きが絶対条件です。万が一寝過ごした場合が怖くとても言えませんでした)。前日夜の定例チャットも早々に辞し、早めに寝たはずですが…目覚めて愕然!既に時計の針は6時40分を指していました。例によってイメージ画像です。くたびれたおっさんじゃ絵になりませんし、描いても面白く有りませんので所定ダイヤでは1レ「はやぶさ・富士」の徳山駅発車時刻は6時53分、前夜ネット上で情報収集した限りでは列車はマル(定時)運行とのこと。時間がありません。コトは一刻を争います。大急ぎで着替えてクルマに飛び乗り発進させたのは6時50分頃でした。山口線のSLやまぐち号なら、勾配区間を始め条件が厳しくどうしてもペースを落とさざるを得ない場所もあり、国道9号線を法定速度で走っていても何とか追っかけが出来なくもないのですが、今回の相手は複線電化の幹線を行く特急列車です。一般道路では絶対に追い付けません。国道2号線徳山西インターから山陽自動車道に入ります。幸い道路は空いていましたので、ほぼ列車と並行して先行できる形になります。山口南インターから国道2号線嘉川バイパスに入り、原条出口で降ります。ここで嘉川バイパスが山陽本線をオーバークロスするのです。現地に着いた時には、「ご同業」氏の姿が3人見えました。ギリギリ間に合ったようです。やがて彼方の踏切警報機が鳴動を始めました。木立の間から1レが顔を出しました。生憎手持ちのレンズはF値の暗いズームレンズのみ(以前の銀塩カメラ用のレンズはマウントが全く違う為利用できません)、開放値まで絞りを開いてもシャッタースピードが稼げず、被写体ブレを起こしてしまいました。EF66+14系12両編成が見事に一直線上に揃います。この日のエスコート役はEF6647でした。何故かこのカマとは縁が深く、撮り鉄に赴いた時にはしばしば出会います(^^);編成後半「富士」です。この6両のどこかにクモイ103様がいらっしゃる筈ですが…今にして思えば、多少の露出アンダーはあとでレタッチする前提でもう少し速いシャッタースピードで撮影するべきでした。「Xデー」まであと6週間です。有終の美を飾って欲しいものです。そして、悔いの無い思い出を残しておきたいものです。(でも本当は…客レ形式にはこだわらないので東京行きの直通列車が存続して欲しいと切に願っています)
2009年02月01日
コメント(4)
全12件 (12件中 1-12件目)
1
![]()

